説明

植物体の茎葉部及び子実部への亜鉛蓄積促進栽培方法及び該方法により生産した農作物

【課題】植物、とりわけ農作物の葉、茎部及び子実部(可食部)への亜鉛の蓄積を容易に増加促進させる方法を提供する。
【解決手段】植物の葉にチオール基を有する化学物質を与え、根圏の状況及び根の生理的な状態を変化させることにより、植物が吸収する亜鉛の量及び吸収された亜鉛の植物体の地上部への移行量を増加させる。その方法として、溶液のpHを植物のアポスラストのpHと同等に保つための、pH緩衝能を持つMES-NaOH(pH=6.1)、溶液中の成分を葉に浸透させるための界面活性剤であるTritonX−100及びグルタチオン(還元型)の組成から成るグルタチオン溶液を、葉表面に適量を適当回数、筆などの手段を用いて塗布、あるいは散布することによって葉に限定したグルタチオンの施用を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物において亜鉛を高濃度に蓄積させる栽培方法に関するものであり、更に詳細には、農作物の茎・葉部及び子実部(可食部)に亜鉛を高濃度に蓄積する栽培方法と当該方法を用いて生産される農作物に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛はわれわれ人間にとって欠くことのできない必須の重金属元素である。しかし、近年の日本人を始めとするヒトの食生活の変化は、食物からの亜鉛の摂取量の低下をもたらし、その結果として、味覚異常、生殖機能の低下などの様々な問題を引き起こしている。食糧需給のデータから推察すると、世界の人口の約50%に亜鉛欠乏症のリスクがあることが示されている。
【0003】
亜鉛の摂取不足を単純に補うには、牡蠣等の亜鉛を多く含む食物を摂取すればよいが、これでは栄養面での偏りが生じる。そこで、他の栄養面に配慮しつつ亜鉛不足を解消する方法としては、ミネラル分が豊富な野菜からの亜鉛の摂取が考えられる。しかし、野菜から得られる亜鉛でその必要量を満たすためには相当量の野菜を摂取する必要がある。ちなみにベジタリアンはヒトの中でも亜鉛欠乏のリスクが高いカテゴリーに分類される。
【0004】
そこでこのような問題を解決するための手段としては、農作物の可食部分に蓄積する亜鉛の量を増やすことによって、十分な亜鉛の摂取量を確保することが考えられる。この技術が実用化されれば、現実的な野菜の摂取量で亜鉛の必要量を確保することが可能になり、亜鉛摂取量不足の問題の解決に繋げることが期待できる。
【0005】
現在、植物に蓄積する亜鉛の量を増やす方法としては、持続性亜鉛剤を土壌中に投入すること(特許文献1)や各種のミネラル剤を配合した土壌改良剤を使用すること(特許文献2)が挙げられる。しかし、これらの方法では、土壌中に新たな資材を投入することになる。そのため、農作物の品質を安定的にすることを考えた場合、栽培土壌に多量の資材を投入する方法では投入される物質が食糧生産に及ぼす影響(例えば資材コスト、生産物の品質など)を常に監視する必要が生じる。
【0006】
また、植物の代謝を促進する物質や栄養元素を含む葉面散布剤を与えることによって、植物に付加価値を付与する試みもある(特許文献3)が、根における特定の物質の吸収を促進させるものではない。
【0007】
これまでに行われてきた植物生理学的な研究においては、亜鉛集積性が高い植物を用いた実験によって、植物における亜鉛蓄積のメカニズムが明らかになってきている(非特許文献1)。
【0008】
その中でもアブラナ科植物を用いた実験によって、根における亜鉛の動態が明らかになってきている。アラビドプシスを用いた実験では、根の亜鉛動態に関与する亜鉛輸送体タンパク質の遺伝子も同定されている(非特許文献2)。
【0009】
それらの研究では主に高濃度に亜鉛が蓄積した土壌から、亜鉛を除去することへの応用が検討され、食用の野菜における亜鉛含量を高めることが検討されている例はほとんどない。仮にこのようなメカニズムを応用した技術を実用化して、亜鉛高蓄積作物を創成する場合には、当該遺伝子の発現を制御する必要がある。このような場合、遺伝子組換技術を用いられる。遺伝子組換えを用いた技術の場合、これらの技術が市場から受け入れられるためには、多くの超えなければならない障壁が存在することが予想される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000-327464 持続性亜鉛剤
【特許文献2】特開2006-306683 植物育成用ミネラル剤及びそれを配合した土壌改良剤
【特許文献3】特開2006-265199 葉面散布剤とその製造方法
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Papoyan et al.,(2007) New Phytologist 175: 51-58
【非特許文献2】Kraemer (2010) Annu. Rev. Plant Biol. 61: 517-534
【非特許文献3】Sanita´ di Toppiand Gabbrielli (1999) Environ. Exp. Bot. 41: 105-130
【非特許文献4】食品成分表2010(文部科学省)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上述べたように、土壌中に新たな資材を投入することによって植物の生育に影響が及ぶことや、これまでの研究知見を応用して遺伝子組み換え技術を用いるとしても、その技術が今日の社会に容易に受け入れられないことなど、従来の技術は様々な問題点を抱えている。また従来法では、植物に葉面散布材を与えることによって、根における特定の物質の吸収を促進する試みはほとんど行われていない。
【0013】
本発明の目的はかかる従来の技術が有している問題点を解決しようというものであって、植物、とりわけ農作物の葉、茎部及び子実部(可食部)への亜鉛の蓄積を容易に増加促進させる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
チオール基(スルフヒドリル基)は化学式が−SHで表記される水素化された硫黄を持つ置換基である。反応性に富む置換基であり、酸化されてより化学的に安定なジスルフィド(−S−S−)になりやすい性質を持つ。チオール基を持つ低分子化合物としては、グルタチオン、システイン、補酵素Aなどがある。その中でもグルタチオンはこれまでの研究から、植物の細胞内における重金属元素の動態に影響を及ぼしていることが確認されている(非特許文献3)。従って、本発明では植物の葉に限定して、グルタチオンを与え、根圏の状況及び根の生理的な状態を変化させることにより、植物が根から吸収する亜鉛の量及び植物によって吸収された亜鉛の植物体の地上部への移行量を増加させる。
【0015】
具体的には、溶液のpHを植物のアポスラストのpHと同等に保つための、pH緩衝能を持つMES-NaOH(pH=6.1)、溶液中の成分を葉に浸透させるための界面活性剤であるTriton X−100及びグルタチオン(還元型)の組成から成るグルタチオン溶液を、葉表面に適量を適当回数、筆などの手段を用いて塗布、あるいは散布することによって葉に限定したグルタチオンの施用を実現する。なお、上記組成成分、適量、適当回数、手段は任意に選ぶことができるのは勿論である。
【発明の効果】
【0016】
上記の課題解決手段による作用効果は次の通りである。すなわち、グルタチオンなどの分子内にチオール基を持つ物質を、葉面から塗布あるいは散布することにより、容易に、植物の茎・葉部及び子実部に蓄積する亜鉛の量を増加させることが可能となり、高濃度に亜鉛を含む高付加価値の農作物を市場に提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
植物の葉に限定して、チオール基を持つ物質であるグルタチオンを投与することにより、その植物の茎・葉部分に蓄積する亜鉛の量を増加させる。
以下に詳細を説明する。
【実施例】
【0018】
対象植物としてアブラナ(品種:農林16号)を使用する。アブラナ科植物は、重金属耐性・蓄積性が比較的強く、一般的に植物体内における重金属動態を解明するための実験の材料としてよく使用される。また、今回の実験では、植物の根における栄養元素の吸収における理想的な系として水耕栽培による栽培実験を行った。水耕栽培には改変ホグランド液を用いた。表1にその組成を示す。一般的にホグランド液は畑作物の水耕栽培実験に使用される。
【0019】
水耕栽培に用いた装置及び生育条件は次のとおりである。すなわち、栽培には生育環境が完全に制御できる人工気象器を用いた。装置内は16時間の昼間時を模擬して明条件時には、室温24℃、光条件約270μmol・m-2・s-1(5方向から蛍光灯により照射)に、8時間の夜間時を模擬して暗条件時には、室温16℃、光条件0μmol・m-2・s-1に環境設定した。
【0020】
アブラナは畑で栽培される農作物であることから、根に充分量の空気を供給するため、水耕栽培期間中はエアーポンプを用いて、水耕液中に空気を常時供給した。また、今回の水耕栽培では1.5Lの容器を用いて、各容器に4株の植物を栽培した。栽培時に水耕液の交換は週2度行った。処理実験には播種後、約2週間上記の方法で水耕栽培した植物を用い、2週間の処理を行った。今回行った処理実験では、植物体内における元素の動態に類似点が多いことから、その動態を観察する目的で水耕液中に10μMの濃度でCdCl2を添加した。グルタチオン溶液を使用した処理区(グルタチオン処理区という)では表2に組成を示すグルタチオン溶液を最も展開した3枚の葉の表面に1枚当たり250μLずつ、1日に朝、夕2回、筆を用いて塗布した。なお、グルタチオン溶液には亜鉛を含む化合物は添加していない。


【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
グルタチオン処理を行った植物は収穫後、植物体を地上部(shoot)、すなわち茎葉部分及び子実を表す、と地下部(root)、すなわち根を表す、に分けてそれぞれの亜鉛含量の測定をした。
【0024】
地下部のサンプルは根に付着した水耕液の成分を洗い流すために、水道水、0.1M硝酸、蒸留水の順に根を浸して洗浄した。洗浄後の地下部のサンプルおよび地上部のサンプルは乾熱器(105℃)で十分な乾燥を行い、水分を完全に蒸発させた。乾燥後のそれぞれのサンプルの重量を測定後、乳棒、乳鉢を用いて、各サンプルの粉砕をした。その後、マイクロウェーブ分解装置(ETHOS-1600、マイルストーンゼネラル社)を使用して、重金属元素量測定時に妨害物質になりうる各サンプル中に含まれる有機物を分解した。この分解の操作は粉砕した各サンプルのそれぞれ0.3g程度(総重量が0.3g以下の場合は全量)に硝酸5ml、過酸化水素水1mlを添加することによって行った。回収した分解液をメスフラスコを用いて10mlに定容した。
【0025】
回収した液の亜鉛濃度はICP発光分析装置(IRIS Advantage ICAP、日本ジャーレルアッシュ)により測定した。サンプル液中の亜鉛濃度の測定値及び、測定に用いたサンプルの重量から各植物に含まれる亜鉛含量を算出した。
【0026】
各処理区におけるアブラナの地上部の亜鉛濃度を図1に示す。グルタチオンを塗布しない対照区の植物に蓄積する亜鉛含量と比較して、葉に限定してグルタチオンを与えたグルタチオン処理区(GSH処理区)のアブラナではその亜鉛含量が約5倍になり、有意に増加していた。尚、この実験では植物に蓄積したカドミウム含量には亜鉛含量ほどの増加は見られなかった。なお図中のコマツナの亜鉛標準量は非特許文献3によるものである。この食品成分表2010に記載のコマツナの葉100gに含まれる亜鉛含量より、コマツナ葉中の水分含量を90%と推定して、コマツナ乾物重1g当たりの亜鉛含量を算出した。実施例の測定値との比較のためにこの値を示した。(非特許文献4)
【0027】
以上はアブラナを対象植物として使用したが、同じ科に属する植物は類似の栄養特性を持つことが予想されるため、キャベツ、ハクサイ等をはじめとするアブラナ科植物に本発明の技術が応用が可能なことは勿論である。また、葉における亜鉛蓄積量が増加したことから、子実に蓄積する亜鉛量対しても同様の効果が期待できる。
【0028】
また、ここではグルタチオンを用いたがシステインなどのチオール基を持つ化合物を用いることも可能である。また、本実験では筆による葉への塗布を行ったが、散布機による塗布でも良いことは勿論である。なお、グルタチオン溶液はそのままでもまた葉面散布剤などに添加することも勿論可能である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】グルタチオン処理したアブラナの葉における亜鉛含量
【産業上の利用可能性】
【0030】
葉面散布剤などに請求項に記載の物質を添加することにより個々の農作物が茎・葉部分に蓄積する亜鉛の量を容易に増加させることができる。その結果として高濃度に亜鉛を含む、付加価値が高い農作物を市場に安定的に提供することが可能になる。本発明は、農業の振興に大きな貢献をすることができる。また、本発明は通常の土耕栽培のみならず、水耕栽培にも応用することが可能であることから植物工場などでも利用することができ、安全かつ高付加価値な農作物の生産を可能にする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオール基を持つ化合物を植物の葉面に塗布或いは散布することにより植物体の茎、葉、子実部分への亜鉛の蓄積を増加促進させる方法。
【請求項2】
請求項1に記載のチオール基を持つ化合物としてグルタチオンを使用する請求項1記載の方法。
【請求項3】
請求項1に記載の植物体としてアブラナ、キャベツ、ハクサイ等をはじめとするアブラナ科植物を用いて、請求項2に記載のグルタチオンを用いた方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−21928(P2013−21928A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−156846(P2011−156846)
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】