説明

植物変異体、植物変異体の製造方法、及び可溶糖の蓄積方法

【課題】植物の種子以外の組織において、可溶糖を高蓄積する。
【解決手段】植物におけるADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと最も配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように改変した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の遺伝子の機能を欠損した植物変異体、当該植物変異体の製造方法、及び所定の遺伝子の機能を欠損すること植物に含まれる可溶糖の量を調節する可溶糖の蓄積方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ADP-グルコースピロホスホリラーゼ (ADP-glucose pyrophosphorylase、以下AGPaseと称する)は、異なる遺伝子にコードされる大サブユニットと小サブユニットからなるヘテロ4量体であり、デンプン合成経路に関与する酵素である。AGPase活性が低下したトウモロコシは、スイートコーンの育種に古くから用いられており、種子(胚乳)におけるショ糖含量が高いことが知られている(非特許文献1)。また、特許文献1には、トウモロコシにおいてAGPaseを時期又は部位特異的に発現誘導することによって、種子収量を増加させる方法が開示されている。
【0003】
また、非特許文献2には、ジャガイモにおいてAGPaseB遺伝子の発現をRNAiで抑制すると、塊根におけるデンプン量が減少するとともにショ糖量が野生型と比較して約10倍以上になることが開示されている。さらに、特許文献2には、エンドウにおけるAGPase活性を抑制することで、豆内のショ糖含量が増加することが開示されている。エンドウについては、非特許文献3にも、3〜5%程度のAGPase活性を示すエンドウ胚ミュータントではデンプン量の減少とショ糖含量の増加が確認されたことが開示されている。
【0004】
さらに、非特許文献4及び5には、シロイヌナズナについて、デンプン量が減少するといった形質とAGPase活性の欠損との関係が開示されている。
【0005】
さらにまた、非特許文献6には、イネにおいてDBEやAGPaseなどのデンプン生合成に関与する複数の酵素類の発現に影響を与えるfloury2変異体が開示されている。なお、イネ由来のAGPaseについては、大サブユニットをコードする遺伝子としてAGPL1遺伝子、AGPL2遺伝子、AGPL3遺伝子及びAGPL4遺伝子の4種類が知られており、小サブユニットをコードする遺伝子としてAGPS1遺伝子、AGPS2遺伝子の2種類の遺伝子とAGPS2遺伝子の2種類の転写産物(AGPS2a、AGPS2b)が知られている。また、非特許文献7には、大腸菌由来の変異型AGPase(Pi不感受性、常活性型)を導入したイネにおいて種子量が増加したことが開示されている。
【0006】
一方、AGPase活性の改変に関する知見として、特許文献3及び4に開示されるように、小サブユニットをコードするAGPS遺伝子に部位特異的変異を導入することで、Pi(inorganic phosphate)に対する感受性を弱め、種子重量や種子量が増加することが知られている。このように、植物におけるAGPase活性が種子重量や種子量といった形質に影響することが知られていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】US 7,193,130
【特許文献2】US 5,498,831
【特許文献3】EP 1461431
【特許文献4】US 2003/0177533
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】K. Lertrat, Int. J. Plant Breed., (2007), 1(1) 27-30
【非特許文献2】B. Muller-Rober, EMBO J. (1992), 11: 1229-1238
【非特許文献3】AM Smith., Plant Phys., (1989), 89(4) 1279-1284
【非特許文献4】TP Lin, Plant Phys, (1988), 86, 1175-1181
【非特許文献5】TP Lin, Plant Phys, (1988), 86, 1131-1135
【非特許文献6】H. Satoh, Journal of Applied Glycoscience, (2003), 50, 225-230
【非特許文献7】Yasuko S. Nagai, Plant Cell Phys., (2009), 50, 635-643
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、植物の種子以外の組織において、ショ糖等の可溶糖の含有量を制御する技術については知られていなかった。そこで、本発明は、植物の茎部に可溶糖を高蓄積させることができ、可溶糖含量の高い植物の製造を可能とする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するため、本発明者等が鋭意検討した結果、植物において、特定のAGPase遺伝子を抑制することで茎部に可溶糖が高蓄積することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は以下を包含する。
【0012】
(1)植物におけるADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように改変した植物変異体。
(2)イネ以外の植物由来であることを特徴とする(1)記載の植物変異体。
(3)上記AGPL1遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列を含むAGPaseサブユニットをコードすることを特徴とする(1)記載の植物変異体。
(4)上記植物は単子葉植物であることを特徴とする(1)記載の植物変異体。
(5)光合成余剰物質蓄積器官に含まれる可溶糖量が、改変前における同含量と比較して有意に高いことを特徴とする(1)記載の植物変異体。
【0013】
(6)植物におけるADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように改変する工程を含む、植物変異体の製造方法。
(7)イネ以外の植物由来であることを特徴とする(6)記載の植物変異体の製造方法。
(8)上記AGPL1遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列を含むAGPaseサブユニットをコードすることを特徴とする(6)記載の植物変異体の製造方法。
(9)上記植物は単子葉植物であることを特徴とする(6)記載の植物変異体の製造方法。
(10)光合成余剰物質蓄積器官に含まれる可溶糖量が、改変前における同含量と比較して有意に高いことを特徴とする(6)記載の植物変異体の製造方法。
(11)上記改変した後に後代植物を栽培し、可溶糖高蓄積との形質を固定した系統を選抜する工程を更に含む(6)記載の植物変異体の製造方法。
【0014】
(12)植物におけるADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように改変した植物変異体を用意し、当該植物変異体を光合成可能な条件下で生育させる、可溶糖の蓄積方法。
(13)イネ以外の植物由来であることを特徴とする(12)記載の可溶糖の蓄積方法。
(14)上記AGPL1遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列を含むAGPaseサブユニットをコードすることを特徴とする(12)記載の可溶糖の蓄積方法。
(15)上記植物は単子葉植物であることを特徴とする(12)記載の可溶糖の蓄積方法。
(16)光合成余剰物質蓄積器官に含まれる可溶糖量が、改変前における同含量と比較して有意に高いことを特徴とする(12)記載の可溶糖の蓄積方法。
(17)上記改変した後に後代植物を栽培し、可溶糖高蓄積との形質を固定した系統を選抜する工程を更に含む(12)記載の可溶糖の蓄積方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、特定の遺伝子を抑制することで植物の茎部に可溶糖を高蓄積させることができ、可溶糖含量の高い植物を製造することができる。本発明を適用して製造された植物は、可溶糖を高含有するためバイオ燃料の原料として使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】AGPL1遺伝子を破壊した変異体及びAGPL3遺伝子を破壊した変異体について、葉鞘及び葉身における可溶糖及びデンプンの蓄積量を定量した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る可溶糖高含有植物の製造方法を詳細に説明する。
【0018】
本発明では、植物に可溶糖を高蓄積させるため、植物におけるAGPase(ADP-glucose pyrophosphorylase(ADP-グルコースピロホスホリラーゼ))を構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと最も配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制する。ここで、可溶糖とは、ショ糖、グルコース及びフルクトース等の水に溶解する糖の総称を意味する。したがって、「可溶糖を高蓄積する」とは、ショ糖、グルコース及びフルクトース等の糖成分のうちいずれか一成分が高蓄積している場合、複数成分が高蓄積している場合のいずれも含む意味である。また、高蓄積とは、対象の遺伝子を抑制する前の植物に含まれる可溶糖の蓄積量が、当該遺伝子の抑制の後において有意に向上していることを意味する。
【0019】
本発明において、遺伝子を抑制するとは、当該遺伝子を欠損させること、当該遺伝子の発現量を抑制又は減少させること、当該遺伝子によりコードされるタンパク質の機能を阻害することを含む意味である。遺伝子を欠損させるとは、当該遺伝子のコーディング領域の一部又は全部を含む領域を染色体より欠失させること、当該遺伝子のコーディング領域にトランスポゾン等を組み込むことで当該遺伝子を破壊すること意味する。また、遺伝子の発現量を減少させる方法としては、特に限定されないが、当該遺伝子の発現制御領域を改変して転写量を低減する方法、当該遺伝子の転写産物を選択的に分解する方法等を挙げることができる。
【0020】
本発明において遺伝子を抑制する手法としては、所謂、トランスポゾン法、トランスジーン法、転写後遺伝子サイレンシング法、RNAi法、ナンセンス仲介減衰(Nonsense mediated decay, NMD)法、リボザイム法、アンチセンス法、miRNA(micro-RNA)法、siRNA(small interfering RNA)法等を挙げることができる。
【0021】
本発明において抑制する遺伝子は、ADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子(Os05g0580000と呼称される場合もある)がコードするサブユニットと最も配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子である。すなわち、所定の植物において、AGPaseを構成するサブユニットとして複数のアイソマーが特定された場合、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと最も配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように植物ゲノムを改変する。ここで、イネにおけるAGPL1遺伝子の塩基配列及びAGPL1遺伝子がコードするサブユニットのアミノ酸配列を、それぞれ配列番号1及び2に示す。ここで、配列類似性とは、BLAST、PSI-BLAST、HMMERといった配列類似性検索ソフトウェアをデフォルトの設定で使用して2つのアミノ酸配列間の類似性を示す値として算出される値を意味する。本発明において抑制する遺伝子としては、配列番号2に示すアミノ酸配列に対する類似度(Similarity)が例えば70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上であるアミノ酸配列を有し、且つ、AGPaseのサブユニットをコードする遺伝子を挙げることができる。ここで、類似度の値は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)プログラムを実装したコンピュータプログラム及び遺伝子配列情報を格納したデータベースを用いてデフォルトの設定で求められる値を意味する。
【0022】
また、換言すると、本発明において抑制する遺伝子は、イネ以外の植物であれば、イネにおけるAGPL1遺伝子の相同遺伝子と同義である。上記イネ以外の生物に由来する相同遺伝子は、特に限定されず、種々の生物に関する遺伝子配列を格納したデータベースを検索することで特定することができる。すなわち、配列番号1及び2に示した塩基配列やアミノ酸配列をクエリー配列として、例えばDDBJ/EMBL/GenBank国際塩基配列データベースやSWISS-PROTデータベースを検索し、公知のデータベースから容易に検索・同定することができる。
【0023】
ここで、相同遺伝子とは、一般的に、共通の祖先遺伝子から進化分岐した遺伝子を意味しており、2種類の種の相同遺伝子(オルソログ(ortholog))及び同一種内で重複分岐により生じた相同遺伝子(パラログ(paralog))を含む意味である。換言すると、上述した「相同遺伝子」にはオルソログやパラログといった相同遺伝子を含む意味である。
【0024】
また、可溶糖を高蓄積するように、所定の植物の遺伝子を改変する場合、当該植物のゲノム情報が明らかになっていないならば、定法に従ってゲノムライブラリー又はcDNAライブラリーを作製し、イネにおけるAGPL1遺伝子の全部又は一部をプローブとしたハイブリダイゼーションにより抑制すべき遺伝子を特定することができる。
【0025】
なお、可溶糖を高蓄積するように改変する植物がイネである場合、抑制する遺伝子はAGPL1遺伝子となる。イネにおいてAGPaseを構成するサブユニットしては、AGPL1遺伝子、AGPL2遺伝子、AGPL3遺伝子及びAGPL4遺伝子の4種類が知られている。これらのうち、AGPL1遺伝子を抑制することで可溶糖を高蓄積するように形質が変化するが、その他の遺伝子を抑制したとしてもこのような形質変化を観察することはできない。後述の実施例に示すように、AGPL3遺伝子を抑制した植物変異体では、可溶糖の蓄積量については野性型とほぼ同等であることが示されている。AGPL3遺伝子の塩基配列及びAGPL3遺伝子がコードするサブユニットのアミノ酸配列を、それぞれ配列番号3及び4に示す。
【0026】
このような知見から、イネ以外の植物を、可溶糖を高蓄積するように改変する場合、配列番号1及び2に示したAGPL1遺伝子に関する塩基配列及びアミノ酸配列との配列類似性が、配列番号3及び4に示したAGPL3遺伝子に関する塩基配列及びアミノ酸配列との配列類似性よりも高い遺伝子を特定することが好ましい。このように、AGPL1遺伝子に関する塩基配列及びアミノ酸配列との配列類似性がより高い遺伝子を抑制することで、可溶糖を高蓄積できる形質を有する植物変異体を製造できることが後述の実施例より明らかに理解できる。
【0027】
ところで、可溶糖を高蓄積するように改変する植物としては、特に限定されず、如何なる植物であっても良い。対象となる植物としては、例えば、双子葉植物、単子葉植物、例えばアブラナ科、イネ科、ナス科、マメ科、ヤナギ科等に属する植物(下記参照)が挙げられるが、これらの植物に限定されるものではない。
【0028】
アブラナ科:シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica rapa、Brassica napus)、キャベツ(Brassica oleracea var. capitata)、ナタネ(Brassica rapa、Brassica napus)、チンゲンサイ(Brassica rapa var. chinensis)、カブ(Brassica rapa var. rapa)、ノザワナ(Brassica rapa var. hakabura)、ミズナ(Brassica rapa var. lancinifolia)、コマツナ(Brassica rapa var. peruviridis)、パクチョイ(Brassica rapa var. chinensis)、ダイコン(Brassica Raphanus sativus)、ワサビ(Wasabia japonica)など。
ナス科:タバコ(Nicotiana tabacum)、ナス(Solanum melongena)、ジャガイモ(Solaneum tuberosum)、トマト(Lycopersicon lycopersicum)、トウガラシ(Capsicum annuum)、ペチュニア(Petunia)など。
マメ科:ダイズ(Glycine max)、エンドウ(Pisum sativum)、ソラマメ(Vicia faba)、フジ(Wisteria floribunda)、ラッカセイ(Arachis. hypogaea)、ミヤコグサ(Lotus corniculatus var. japonicus)、インゲンマメ(Phaseolus vulgaris)、アズキ(Vigna angularis)、アカシア(Acacia)など。
キク科:キク(Chrysanthemum morifolium)、ヒマワリ(Helianthus annuus)など。
ヤシ科:アブラヤシ(Elaeis guineensis、Elaeis oleifera)、ココヤシ(Cocos nucifera)、ナツメヤシ(Phoenix dactylifera)、ロウヤシ(Copernicia)など。
ウルシ科:ハゼノキ(Rhus succedanea)、カシューナットノキ(Anacardium occidentale)、ウルシ(Toxicodendron vernicifluum)、マンゴー(Mangifera indica)、ピスタチオ(Pistacia vera)など。
ウリ科:カボチャ(Cucurbita maxima、Cucurbita moschata、Cucurbita pepo)、キュウリ(Cucumis sativus)、カラスウリ(Trichosanthes cucumeroides)、ヒョウタン(Lagenaria siceraria var. gourda)など。
バラ科:アーモンド(Amygdalus communis)、バラ(Rosa)、イチゴ(Fragaria)、サクラ(Prunus)、リンゴ(Malus pumila var. domestica)など。
ナデシコ科:カーネーション(Dianthus caryophyllus)など。
ヤナギ科:ポプラ(Populus trichocarpa、Populus nigra、Populus tremula) など。
フトモモ科:ユーカリ(Eucalyptus camaldulensis、Eucalyptus grandis) など。
イネ科:トウモロコシ(Zea mays)、イネ(Oryza sativa)、オオムギ(Hordeum vulgare)、コムギ(Triticum aestivum)、タケ(Phyllostachys)、サトウキビ(Saccharum officinarum)、ネピアグラス(Pennisetum pupureum)、エリアンサス(Erianthus ravenae)、ミスキャンタス(ススキ)(Miscanthus virgatum)、ソルガム(Sorghum)スイッチグラス(Panicum)など。
ユリ科:チューリップ(Tulipa)、ユリ(Lilium)など。
【0029】
なかでも、単子葉植物を対象として、可溶糖を高蓄積できる単子葉植物を製造することが好ましい。単子葉植物のなかでも、特に、イネ、コムギ、オオムギ、サトウキビやトウモロコシといったイネ科の植物を対象とすることが好ましい。
【0030】
特に、本発明を適用して所定の遺伝子を抑制した植物は、当該遺伝子を抑制していない元の植物と比較して、可溶糖を高蓄積するといった性質を示す。一般に、葉において光合成された糖成分(可溶糖)のうち余剰分は茎部等の光合成余剰物質蓄積器官に転流し、蓄積される。したがって、本発明を適用して所定の遺伝子を抑制した植物は、茎部等の光合成余剰物質蓄積器官に可溶糖を高蓄積するといった性質を示す。なお、イネにおいては葉鞘及び稈(茎)が光合成余剰物質蓄積器官として機能する。すなわち、イネにおいては、葉鞘及び稈(茎)に可溶糖を高蓄積することとなる。
【0031】
以上のように本発明に係る製造方法によれば、可溶糖を高蓄積できる植物を製造することができる。この植物は、可溶糖を高蓄積しているため、バイオ燃料の原料として有効に利用することができる。すなわち、本発明を適用した得られた植物は、可溶糖を高蓄積しているため、微生物を利用したバイオ燃料の製造に使用することができる。
【0032】
また、従来、シロイヌナズナやイネなどのモデル植物は、油脂やデンプンを蓄積する植物であって、上述したような器官であってもショ糖の蓄積量の変化を評価することが難しかった。本発明を適用して得られた植物は、茎部や葉鞘等の器官に可溶糖を高蓄積するため、当該器官に含まれる可溶糖の量を指標にすることで、ショ糖等の可溶糖を増産する植物や可溶糖の増産に起用する原因遺伝子をスクリーニングすることができる。
【0033】
さらに、従来、家畜の飼育には、稲わら等を利用した発酵粗飼料が使用されている。発酵粗飼料は、通常、稲わら等の植物に糖成分を添加して乳酸菌による乳酸発酵を行うことで調製されている。本発明を適用して得られた植物を発酵粗飼料の原料として使用する場合、上述のように乳酸発酵のための糖成分の添加が不要となる。上述のように可溶糖を高蓄積しているためである。このように、本発明を適用して得られた植物を利用することで、低コスト且つ高栄養価の家畜用発酵粗飼料を製造することができる。
【0034】
なお、葉鞘や茎部等の光合成余剰物質蓄積器官に蓄積した可溶糖を利用する場合、出穂前の植物を使用することが好ましい。植物の出穂期を過ぎると、光合成余剰物質蓄積器官に蓄積した可溶糖はショ糖のかたちで穂へ転流されるためである。
【0035】
その他の工程
上述したように所定の遺伝子を抑制するように植物を改変した後、定法に従って後代植物を得ることができる。上記所定の遺伝子を抑制するように植物を改変することで獲得した可溶糖の高蓄積という形質を保持・固定した後代植物を定法に従って得ることができる。
【0036】
なお、本発明における植物体とは、成育した植物個体、植物細胞、植物組織、カルス、種子の少なくとも何れかが含まれる。つまり、本発明では、最終的に植物個体まで成育させることができる状態のものであれば、全て植物体とみなす。また、上記植物細胞には、種々の形態の植物細胞が含まれる。かかる植物細胞としては、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片等が含まれる。これらの植物細胞を増殖・分化させることにより植物体を得ることができる。なお、植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて、従来公知の方法を用いて行うことができる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
本実施例では、イネをモデルとして、イネAGPaseを構成するサブユニットが破壊された変異株における可溶糖の蓄積能を検討した。本実施例では、イネAGPaseを構成するサブユニットのうち、AGPL1遺伝子がコードするサブユニットが破壊された変異株及びAGPL3遺伝子がコードするサブユニットが破壊された変異株を入手した。これら変異株は、イネ(日本晴)のTos17-突然変異系統コレクションとして独立行政法人 農業生物資源研究所から分譲された。
【0039】
本実施例では、以下の2系統のイネ種子の分譲を受けた。
【0040】
【表1】

【0041】
具体的には、独立行政法人 農業生物資源研究所から割譲された、イネの内在性レトロトランスポゾンTos17を転移させて作成した変異体系統NF3982、NC7528及びNC0371のM1種子を温室内でポット栽培した。
【0042】
そして、幼植物の葉身からDNAを抽出し、PCR法によりNF3982ではAGPL1が、NF7528ではAGPL3が、NC0371ではISA3が欠損しているかどうか遺伝子型を確認した。
【0043】
DNA抽出は次のようにして行った。まず抽出バッファー[1M KCl、100mM Tris-HCl (pH8)、10mM EDTA]内で、マルチビーズショッカーを用いて破砕した葉身を70℃で20分以上放置した。破砕した葉身を15000 rpm、常温で10分間遠心し、上清150μlを同量のイソプロパノールに加えた。それを3000rpm、4℃で30分間遠心し、沈殿を得た。得られた沈殿に70%エタノール200μlを加え、3000rpm、4℃で5分間遠心した。その後、上清を捨て、常温で1〜2時間風乾した。風乾した沈殿を1/10TEに溶かしてPCRに用いた。
【0044】
PCRはTaKaRa Multiplex PCR Assay Kitを用いて行った。反応条件は94℃60秒の後、94℃30秒・58℃90秒・72℃90秒を1サイクルとして35サイクル、その後、72℃10分とした。プライマーは表2で示したものを用い、各系統のForwardとReverse及び、Tos17-tail3の3種を同時に使用した。
【0045】
【表2】

【0046】
遺伝子型の確認を行った植物体から得られたWTとKOホモのM2種子を播種し、各系統6個体ずつ1/5000 aのポットで温室栽培し、これを糖・デンプン濃度や酵素活性の測定に用いた。温室は明期が5時から19時の14時間、気温が明期27℃、暗期23℃になるように制御した。
【0047】
糖・デンプン濃度の測定はF-キット(J.K.インターナショナル社)を用い、マイクロプレート分光光度計(Viento XS 大日本住友製薬株式会社)により測定した。まず液体窒素中ですり潰した供試材料約50 mgに1000μlの80%エタノールを加え、よく攪拌した。その後80℃で10分間インキュベート後、10000rpm、常温で、5分間遠心し、上清を回収した。残った沈殿に500μlの80%エタノールを加え同じ作業を行なった。このようにして得られた上清を遠心エバポレーターで乾燥し、500μlの蒸留水を加えよく攪拌した。これを15000rpm、4℃で5分間遠心し、上清を抽出液として回収した。抽出液の各糖の濃度(mg/ml)をF-キットの測定操作法に従い測定し、式(1)により新鮮重あたりの糖濃度を算出した。
【0048】
式(1):糖濃度(mg/gFW)=糖濃度(mg/ml)×0.5 (ml)/新鮮重(g)
【0049】
糖・デンプン濃度に関する定量解析の結果を図1に示す。図1において「AGPL1遺伝子破壊株」とはNF3982系統の変異体を意味し、「AGPL3遺伝子破壊株」とはNG7528系統の変異株を意味する。また、図1において「St」はデンプン、「Suc」はショ糖、「Glc」はグルコース、「Fru」フラクトースであり、「S+G+F」はショ糖、グルコース及びフルクトースの合計、すなわち可溶糖を意味している。
【0050】
図1に示した結果より、AGPL1遺伝子を破壊した変異体では、葉鞘におけるショ糖の蓄積量が野生株と比較して2.4倍に増加し、且つ、葉鞘における可溶糖の蓄積量も野生型と比較して有意に増加していることが判る。また、AGPL1遺伝子を破壊した変異体では、葉鞘におけるデンプンの蓄積量が野性型と比較して大幅に低下していることが判る。一方、AGPL1遺伝子を破壊した変異体であっても、葉身におけるショ糖や可溶糖の蓄積量、デンプンの蓄積量は野生型とほぼ同等であった。また、AGPL3遺伝子を破壊した変異体では、葉鞘及び葉身のいずれにおいても、ショ糖などの可溶糖及びデンプンの蓄積量は野生型とほぼ同等であった。
【0051】
この結果から、イネにおいては、AGPaseを構成するサブユニットのうちAGPL1遺伝子がコードするサブユニットを破壊することで、葉鞘に可溶糖を高蓄積できることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物におけるADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように改変した植物変異体。
【請求項2】
イネ以外の植物由来であることを特徴とする請求項1記載の植物変異体。
【請求項3】
上記AGPL1遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列を含むAGPaseサブユニットをコードすることを特徴とする請求項1記載の植物変異体。
【請求項4】
上記植物は単子葉植物であることを特徴とする請求項1記載の植物変異体。
【請求項5】
光合成余剰物質蓄積器官に含まれる可溶糖量が、改変前における同含量と比較して有意に高いことを特徴とする請求項1記載の植物変異体。
【請求項6】
植物におけるADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように改変する工程を含む、植物変異体の製造方法。
【請求項7】
イネ以外の植物由来であることを特徴とする請求項6記載の植物変異体の製造方法。
【請求項8】
上記AGPL1遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列を含むAGPaseサブユニットをコードすることを特徴とする請求項6記載の植物変異体の製造方法。
【請求項9】
上記植物は単子葉植物であることを特徴とする請求項6記載の植物変異体の製造方法。
【請求項10】
光合成余剰物質蓄積器官に含まれる可溶糖量が、改変前における同含量と比較して有意に高いことを特徴とする請求項6記載の植物変異体の製造方法。
【請求項11】
上記改変した後に後代植物を栽培し、可溶糖高蓄積との形質を固定した系統を選抜する工程を更に含む請求項6記載の植物変異体の製造方法。
【請求項12】
植物におけるADP-グルコースピロホスホリラーゼを構成するサブユニットのうち、イネにおけるAGPL1遺伝子がコードするサブユニットと配列類似性の高いサブユニットをコードする遺伝子を抑制するように改変した植物変異体を用意し、
当該植物変異体を光合成可能な条件下で生育させる、可溶糖の蓄積方法。
【請求項13】
イネ以外の植物由来であることを特徴とする請求項12記載の可溶糖の蓄積方法。
【請求項14】
上記AGPL1遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列を含むAGPaseサブユニットをコードすることを特徴とする請求項12記載の可溶糖の蓄積方法。
【請求項15】
上記植物は単子葉植物であることを特徴とする請求項12記載の可溶糖の蓄積方法。
【請求項16】
光合成余剰物質蓄積器官に含まれる可溶糖量が、改変前における同含量と比較して有意に高いことを特徴とする請求項12記載の可溶糖の蓄積方法。
【請求項17】
上記改変した後に後代植物を栽培し、可溶糖高蓄積との形質を固定した系統を選抜する工程を更に含む請求項12記載の可溶糖の蓄積方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−200244(P2012−200244A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−70763(P2011−70763)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】