説明

植物形質転換体の作出方法、及び、植物形質転換体

【課題】オウレン属植物の組織・器官を材料とした植物形質転換体の作出方法、及び、植物形質転換体を提供する。
【解決手段】本発明に係る植物形質転換体の作出方法は、オウレン属植物の組織・器官を殺菌する殺菌工程と、殺菌された組織・器官から植物組織培養物を誘導する植物組織培養物誘導工程と、当該植物組織培養物を継代培養する継代培養工程と、誘導又は継代培養された植物組織培養物からカルスを誘導するカルス誘導工程と、当該カルスに遺伝子を導入し、当該カルスを形質転換する形質転換工程と、を備える。また、継代培養工程及びカルス誘導工程では、培養物が無菌的に培養され、形質転換工程では、培養物がカルスを経由して植物組織又は器官に再分化される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オウレン属植物の組織・器官を材料とした植物形質転換体の作出方法、及び、植物形質転換体に関する。
【背景技術】
【0002】
オウレン属植物は、キンポウゲ科(Ranunculaceae)の多年草であり、抗菌・抗ウイルス作用、血圧降下作用、抗炎症作用、鎮痙作用、鎮痛作用、胆汁分泌促進作用などの様々な薬理活性を示し、医薬品としても重要なベルベリンを生産する。
【0003】
オウレン属(コプティス:genus Coptis)植物のうち、特にオウレン(コプティス・ヤポニカ・マキノ:Coptis japonica Makino)、コプティス・キネンシス・フランチェット(Coptis chinensis Franchet)、コプティス・デルトイデア・シー・ワイ・チェン・エト・シャオ(Coptis deltoidea C. Y. Cheng et Hsiao)及びコプティス・テータ・ワリッチ(Coptis teeta Wallichi)の根茎は、生薬「黄連(オウレン)」として第十五改正日本薬局方に収載されている医薬品である(非特許文献1参照)。
【0004】
生薬「黄連」は、止瀉薬および健胃薬として胃腸薬に配合されるほか、のぼせ、精神不安、充血の治療を目的とする漢方処方に配合されており、繁用される重要な生薬の一つである。さらに最近では、ベルベリンの新しい薬理作用として、血中のコレステロールを低下させる作用が報告されている(非特許文献2参照)。このため、オウレン属植物は、メタボリックシンドローム治療薬としても有望視され、今後も需要が伸びていくと考えられる。
【0005】
従来、オウレンは、兵庫県、福井県、鳥取県、石川県等の日本各地で栽培されてきた。しかし、当該植物を収穫するまでには5年〜10年の年月を要すること、生薬の調製に手間を要すること、農村部の高齢化、中国からの安価な輸入品の増加などにより国内生産は減少し続けており、2001年においては輸入量100トンに対し、国内生産量は約6トンである。さらに、2007年においては、静岡県、富山県、福井県の3県で、わずか1.8トンが生産されているのみである(非特許文献3参照)。
【0006】
オウレン属植物の国内生産活性化のためには、短期間の栽培で、ベルベリンの高い収量が得られる品種の育成が望ましく、また、天候・自然災害の影響を受けない閉鎖温室での栽培が可能な品種の育成も有効である。このため、従来長い年月を要していた品種の育成を短期間で達成するために遺伝子組換え法を利用することは、オウレン属植物のように成長が緩慢な植物種において特に有効である。遺伝子組換え法とは、ある特定の機能を有する自己あるいは他の生物の遺伝子を、対象とする生物のゲノム染色体に導入し、新たな形質の付与あるいは特定の形質を強化または抑制する方法である。
【0007】
オウレン属植物の遺伝子組換えについては、オウレン培養細胞の形質転換と、野外栽培植物の葉柄を外植片とする形質転換と、が報告されている(非特許文献4、及び、非特許文献5参照)。
【0008】
非特許文献4に開示されている手法では、オウレン培養細胞の形質転換は、16g(1億6千万個)の培養細胞から得られた形質転換細胞はわずか1クローンであり、形質転換効率が非常に低く実用性が低かった。
【0009】
また、非特許文献5に開示されている手法では、外植片の33.3%に形質転換細胞が形成され、形質転換効率が飛躍的に改善されたが、野外栽培植物を材料とするため、新鮮な植物材料が得にくい初夏から初春にかけては形質転換実験を行うことができなかった。
【0010】
このため、オウレン属植物を採取できる時期に影響を受けることなく、形質転換効率が高い植物形質転換体を作出するのに好適な新たな作出方法が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】第十五改正日本薬局方、1187、2006年
【非特許文献2】W. Kong et al., Nat. Med. 10, 1344-1351 (2004)
【非特許文献3】薬用作物(生薬)関係資料、平成19年3月、財団法人日本特産農産物協会、p16 (2007)
【非特許文献4】F. Sato et al., PNAS 98, 367-362 (2001)
【非特許文献5】N. Shitan et al., Plant Biotechnology 22, 113-118 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、オウレン属植物の組織・器官を材料とした植物形質転換体の作出方法、及び、植物形質転換体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的を達成するため、本発明の第1の観点に係る植物形質転換体の作出方法は、
オウレン属植物の組織・器官を殺菌する殺菌工程と、
前記殺菌された組織・器官を組織培養して、当該組織・器官から植物組織培養物を誘導する植物組織培養物誘導工程と、
前記誘導された植物組織培養物を継代培養する継代培養工程と、
前記誘導又は継代培養された植物組織培養物からカルスを誘導するカルス誘導工程と、
前記植物組織培養物から誘導されたカルスに遺伝子を導入し、当該カルスを形質転換する形質転換工程と、を備えることを特徴とする。
【0014】
前記継代培養工程では、前記植物組織培養物が無菌的に培養され、
前記形質転換工程では、前記カルスが植物組織又は器官に再分化される、ことも可能である。
【0015】
前記継代培養工程及びカルス誘導工程では、オーキシンとサイトカイニンとを含む固形培地で培養される、ことも可能である。
【0016】
前記形質転換工程では、アグロバクテリウム法、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法、及び、パーティクルガン法の少なくともいずれか1つの方法により前記遺伝子が導入される、ことも可能である。
【0017】
また、本発明の他の観点に係る植物形質転換体は、ノルコクラウリン−6−O−メチルトランスフェラーゼ(6−OMT)遺伝子が導入されて形質転換されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、オウレン属植物の組織・器官を材料とした植物形質転換体を作出することができる。また、オウレン属植物の植物形質転換体を高い効率で作出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】バイナリーベクターpBI-sGFPの構造を示す模式図である。
【図2】実施例1に係るオウレン属カルスへのsGFP遺伝子導入を行った結果、出現したsGFPの蛍光を示す図である。
【図3A】実施例1に係るsGFP蛍光が観察されたカルスの一部を分離して継代培養し、得られた形質転換カルスクローンを示す図である。
【図3B】実施例1に係るsGFP蛍光が観察されたカルスの一部を分離して継代培養し、得られた形質転換カルスクローンのsGFP蛍光を示す図である。
【図4】実施例2に係るオウレン培養植物体及び培養シュートの葉柄へのsGFP遺伝子導入を行った結果、出現したsGFPの蛍光を示す図である。
【図5】実施例3に係るオウレン属植物の培養根へのsGFP遺伝子導入を行った結果、出現したsGFPの蛍光を示す図である。
【図6A】実施例4に係る6−OMT遺伝子が導入されて形質転換されたカルスを示す図である。
【図6B】実施例4に係る6−OMT遺伝子が導入されて形質転換されたカルスを示す図である。
【図6C】実施例4に係る6−OMT遺伝子が導入されて形質転換されたカルスから再分化した6−OMT遺伝子導入形質転換植物体を示す図である。
【図7A】6−OMT遺伝子がオウレン属植物に導入されたことを示す図である。
【図7B】6−OMT遺伝子がオウレン属植物に導入されたことを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書の全体にわたり、単数系の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、定義を含めて本明細書が優先する。
【0021】
(用語の定義)
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を列挙する。
【0022】
本発明において、「植物組織培養物」とは、植物の種々の器官、組織あるいは細胞を無菌的に分離し、これを適当な条件下で無菌的に培養したものをいう。具体的には、カルス、不定胚、培養シュート、培養根、培養植物体などである。
「培養植物体」とは、植物組織培養物のうち、植物形態学的な地上部組織「茎葉」と地下部組織「根」を有するものをいう。
「培養シュート」とは、植物組織培養物のうち、植物形態学的な地上部組織「茎葉」を有し、「根」をもたないものをいう。
「培養根」とは、植物組織培養物のうち植物形態学的な地下部組織「根」を有し、「茎葉」をもたないものをいう。
「カルス」とは、植物組織培養物のうち、不定形の植物細胞の塊で、植物形態学的な地上部組織「茎葉」や地下部組織「根」をもたないものをいう。
「不定胚」とは、植物組織培養物のうち、植物個体の体細胞由来の「胚様体」で、受精卵由来である通常の種子胚と同様な機能および形態形成上の特徴をもつものをいう。
【0023】
本発明の対象となる植物は、オウレン属(Coptis)に含まれる植物(以下、オウレン属植物)であれば特に限定されるものではない。オウレン属植物として、例えば、オウレン(コプティス・ヤポニカ:Coptis japonica)、コプティス・キネンシス(Coptis chinensis)、コプティス・デルトイデア(Coptis deltoidea)、その他ベルベリンを主アルカロイドとするオウレン属(コプティス属:genus Coptis)植物を使用することができる。
【0024】
本発明において、「無菌植物」とは、上記植物組織培養物に加え、野外で栽培している植物の種々の器官、組織あるいは種子を殺菌処理し、適当な条件下で無菌的に培養したものもいう。無菌植物は、試験管やフラスコなどの密閉された容器に植物が生育するのに必要な培地を入れて、培地、容器ともにオートクレーブ等を用いて殺菌し、その無菌的な空間の中で育てられる。
【0025】
本発明において、「オーキシン」とは、植物細胞の成長を促進する「植物成長調節物質」のうち、細胞の伸長、発根、細胞分裂の促進、カルス形成などを引き起こす性質をもつインドール酢酸(IAA)、インドール酪酸(IBA)、ナフタレン酢酸(NAA)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などをいう。
「サイトカイニン」とは、「植物成長調節物質」のうち、細胞分裂、不定芽の形成、芽の成長などを促進する性質をもつイソペンテニルアデニン(IPA)、カイネチン(KIN)、ゼアチン、ベンジルアデニン(BA)などをいう。
【0026】
「植物発現用ベクター」とは、植物に所望の組換え遺伝子を導入するために、所望の組換え遺伝子を含む適切なベクターである。植物発現用ベクターは、当業者に周知の遺伝子組換え技術を用いて作製され得る。アグロバクテリウムを用いた形質転換法において使用するための植物発現用ベクターの構築には、例えば、pBI系のベクターが好適に用いられるが、これに限定されない。
【0027】
「所望の組換え遺伝子」とは、植物に導入されることが所望される任意のポリヌクレオチドをいう。本発明における所望の組換え遺伝子は、天然から単離されたものに限定されず、合成ポリヌクレオチドも含み得る。合成ポリヌクレオチドは、例えば、配列が公知の遺伝子を、当業者に周知の手法によって合成または改変することにより入手し得る。
本発明における所望の組換え遺伝子としては、例えば、形質転換される植物において発現が所望される、その植物に対して内因性または外因性である任意のポリヌクレオチドおよび植物においてある内因性遺伝子の発現制御が所望される場合の、その標的となる遺伝子のアンチセンス配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。また、アルカロイドの生合成鍵酵素遺伝子、アルカロイドの生合成酵素遺伝子抑制配列(RNAi)、アルカロイド生合成能に影響を与える転写因子及びそのRNAi、植物の形態(例えば、葉が大きくなる、成長が早くなる、草丈が大きくなるなど)に影響を与えるシロイヌナズナ由来の転写因子及びその抑制遺伝子、及び、植物の形態に影響を与える転写因子のセリバオウレン由来のホモログ遺伝子などである。
【0028】
植物において発現が意図される場合、所望の組換え遺伝子は、自己のプロモーター、すなわち、天然において当該遺伝子が作動可能に連結しているプロモーターを作動可能な様式で含むか、または自己のプロモーターを含まない場合、もしくは自己のプロモーター以外のプロモーターをさらに含むことが所望される場合、任意の適切な植物プロモーターと作動可能に連結される。使用され得る植物プロモーターとしては、構成的プロモーターおよび植物体の一部において選択的に発現するプロモーター、ならびに誘導性のプロモーターが挙げられる。
【0029】
植物発現用ベクターにおいて、さらに種々のエレメントが宿主植物の細胞中で作動し得る状態で連結され得る。調節エレメントは、好適には、選抜マーカー遺伝子、植物プロモーター、ターミネーターおよびエンハンサーを含み得る。使用される植物発現用ベクターのタイプおよび調節エレメントの種類が、形質転換の目的に応じて変わり得る事は、当業者に周知の事項である。
【0030】
「選抜マーカー遺伝子」は、形質転換植物の選抜を容易にするために使用され得る。ハイグロマイシン耐性を付与するためのハイグロマイシンフォスフォトランスフェラーゼ(hpt)遺伝子、およびカナマイシン耐性を付与するためのネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼII(nptII)遺伝子、およびビアラフォス耐性を付与するためのフォスフィノスリシンアセチルトランスフェラーゼ(pat)遺伝子のような薬剤耐性遺伝子が好適に用いられ得るが、これらに限定されない。
【0031】
「レポーター遺伝子」とは、通常、蛍光タンパク質遺伝子、呈色反応を触媒する酵素の遺伝子であり、たとえば、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、赤色蛍光タンパク質遺伝子(DsRed)、ルシフェラーゼ遺伝子(Luc)やβ−グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子である。レポーター遺伝子は、形質転換植物中に導入された組換え遺伝子の植物組織・細胞特異的発現の様相を明らかにするために使用され得る、また、形質転換植物の選抜を容易にするための選抜マーカー遺伝子としても使用され得る。薬剤耐性遺伝子以外の選抜マーカー遺伝子として、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子や赤色蛍光タンパク質遺伝子(DsRed)が好適に用いられ得るが、これらに限定されない。
【0032】
「植物プロモーター」とは、選抜マーカー遺伝子および所望の組換え遺伝子に作動可能に連結される、植物で発現するプロモーターを意味する。このようなプロモーターの例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター、およびノパリン合成酵素のプロモーターが挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
「ターミネーター」とは、遺伝子のタンパク質をコードする領域の下流に位置し、DNAがmRNAに転写される際の転写の終結、およびポリA配列の付加に関与する配列である。ターミネーターの例としては、CaMV35Sターミネーター、およびノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター(Tnos)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
「エンハンサー」は、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ得る。エンハンサーとしては、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域が好適である。エンハンサーは、1つの植物発現用ベクターあたり複数個用いられ得る。
【0035】
以下に、オウレン属植物を形質転換する方法について説明する。
【0036】
(殺菌処理)
まず、野外栽培のオウレン属植物の一部を構成する組織・器官を殺菌処理する。当該組織・器官は、例えば、葉、葉柄、花梗、茎、根茎、根、実、種子である。野外栽培のオウレン属植物等を殺菌するために、(1)75%エタノールで1分間殺菌し、(2)滅菌水で1分間すすぎ、(3)2%次亜塩素酸ナトリウム(Tween20 1滴/30ml)で10分間殺菌し、(4)滅菌水で1分間すすぐ工程を3回行い、(5)植物の傷んだ部分を取り除く。
なお、植物に付着する菌の数を一定数以下にすることができる公知のいかなる殺菌方法も用いることができる。
【0037】
上記の処理により、野外栽培のオウレン属植物等を殺菌することができるが、野外栽培の植物であるため、形質転換に適した無菌植物を得ることが困難である。このため、後述する植物組織培養物誘導処理及び継代培養処理を行うことにより、無菌植物を作出することができる。
【0038】
(植物組織培養物誘導処理)
次に、殺菌処理されたオウレン属植物組織・器官を適切な大きさ(例えば、5mm長など)の切片に調製した後、適切な濃度のオーキシン(例えば、0〜1mg/lのNAA)とサイトカイニン(例えば、0〜2mg/lのKIN)とを含む培地で培養する。当該処理により、無菌植物を作出することができる。
【0039】
このときの培地としては、ムラシゲ・スクーグ培地、ガンボルグB5培地、ホワイト培地、リンスマイヤー・スクーグ培地、ウッディプラント(WP)培地(G. Lloyd & B. McCown, Intnl. Plant Propag. Soc. Combd. Proc., vol. 30, 421-427 (1980)参照)等の通常の植物組織培養用培地を用いることができる。特に、WP培地を用いることが望ましく、さらに、この培地に10mg/lのL-グルタミンを添加することが望ましい。培養の温度は、代表的には15〜25℃、好ましくは20℃である。光条件は特に限定しないが、暗所が望ましい。
【0040】
(継代培養処理)
少なくとも1回の培養を行うことにより、植物組織培養物が作出される。そして、作出された植物組織培養物を、そのまま、もしくは、分割して植え替えを行うことにより、継代培養する。継代培養する回数は任意であり、植物組織培養物を作出することができればよい。継代培養処理では、植物組織培養物誘導処理と同様の培地を用いることができる。
【0041】
なお、継代培養せずに、1回の培養により作出された植物組織培養物を、後述する形質転換処理することもでき、また、継代培養により作出された植物組織培養物を形質転換処理することもできる。
【0042】
(形質転換処理)
次に、培養された植物組織培養物を形質転換する。形質転換する方法として、アグロバクテリウム法について説明する。
【0043】
オウレン属植物の形質転換に用いられるアグロバクテリウムは、アグロバクテリウム属細菌のアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)あるいはアグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacterium rhizogenes)であり、好ましくはアグロバクテリウム・ツメファシエンスである。アグロバクテリウムは、所望の組換え遺伝子を含む植物発現用ベクターで、例えば、エレクトロポレーション(電気穿孔法)によって形質転換される。形質転換されたアグロバクテリウムを、オウレン属植物の植物組織培養物に感染させることにより、所望の組換え遺伝子を植物に導入し得る。導入された組換え遺伝子は、植物中のゲノムに組み込まれて存在する。また、形質転換体と非形質転換体とを選別するための選抜マーカー遺伝子は、所望の組換え遺伝子とともに植物に導入される。
なお、植物中のゲノムとは、核染色体のみならず、植物細胞中の各種オルガネラ、例えば、ミトコンドリア、葉緑体などに含まれるゲノムを含んでいう。
【0044】
(カルス誘導処理とアグロバクテリウム感染処理)
前記植物組織培養物(例えば、カルス、不定胚、培養シュートや培養根)は、適切な濃度のオーキシン(例えば、0〜1mg/lのNAA)とサイトカイニン(例えば、0〜2mg/lのKIN)とを含む培地でカルス誘導処理したのち、適切な大きさ(例えば、5mm長、径2〜3mmの細胞塊など)に調製し、無菌操作下で、形質転換されたアグロバクテリウムを感染させる。
【0045】
アグロバクテリウムでの感染(共存培養)の間、代表的には30分〜14日間、好ましくは14日間、植物切片は暗所で保温される。植物とアグロバクテリウムを共存培養するための一般的な期間は2〜3日程度であるが、本形質転換処理における共存培養期間は、一般的な共存培養期間より長いことが好ましい。
【0046】
共存培養時の温度は代表的には10〜28℃、好ましくは20℃である。共存培養時の温度を低くすることにより、オウレン属植物から生産されるベルベリンの量を抑えることができる。ベルベリンには殺菌効果があり、ベルベリンの量が抑えられると殺菌効果が弱まるため、形質転換効率を高めることができる。
【0047】
次に、アグロバクテリウムを除菌するために、共存培養した植物切片を、適切な除菌剤(例えば、カルベニシリン、クラフォラン)により処理する。
【0048】
植物発現用ベクターに含まれる選抜マーカー(例えば、カナマイシン耐性、ハイグロマイシン耐性などの薬剤耐性)を基準として、形質転換された植物細胞を選抜する。
【0049】
アグロバクテリウムの除菌処理と選抜マーカーによる形質転換細胞の選抜は、両方の薬剤を培地に添加し、同時に行い得るが、それぞれを単独に行うことも可能である。特にアグロバクテリウム感染直後の除菌処理では、選抜のための薬剤を添加せず、除菌剤単独の添加が好ましい。
【0050】
適切な除菌条件および選抜条件下での培養後、選抜された形質転換細胞は、適切な植物成長調節物質を含む再分化培地(例えば、10mg/lグルタミンを含有したWP培地、以下WPG培地)に移され、適切な期間、保温される。再分化した形質転換体は、発根培地(例えば、植物調節物質を含まないWPG培地)に移される。根の発育が確認された後、形質転換体は、鉢上げされる。
【0051】
植物に導入された所望の組換え遺伝子は、植物において意図される目的(例えば、目的とされる新たな形質の発現、またはある内因性の遺伝子の発現の制御)のために作用する。
【0052】
所望の組換え遺伝子が植物に導入されたか否かは、当業者に周知の手法を用いて、確認される。この確認は、例えば、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、in situハイブリダイゼーション等により行うことができる。具体的には、PCR法の場合、形質転換植物からDNAを調製し、所望の組換え遺伝子特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法でもよい。
組換え遺伝子としてレポーター遺伝子を植物に導入した場合は、形質転換植物からDNAやRNAを調製することなく、導入遺伝子の確認を行うことが出来る。例えば、改変型GFP(sGFP)遺伝子を植物に導入した場合、組換え遺伝子が導入され、発現した植物細胞は、sGFPタンパク質を生産するため、特異的な緑色蛍光が観察される。すなわち、蛍光顕微鏡下での観察により、遺伝子導入が確認できる。
【0053】
形質転換効率は、所望の組換え遺伝子がゲノムDNAに挿入された植物切片数を感染に供した切片数で割り、100をかけて算出し得る。導入する組換え遺伝子として、sGFP遺伝子を用いた場合、アグロバクテリウム感染、除菌、薬剤耐性マーカーによる選抜を行った植物切片に形成したカルスを、蛍光顕微鏡下で観察し、sGFP蛍光が観察された切片数を感染に供した切片数で割り、100をかけて算出する。sGFP蛍光は、1切片に形成したカルスのいずれかの部位に観察されれば1とカウントする。sGFP蛍光は、試験切片の観察前に、非組換えカルスを観察し、非組換えカルスで蛍光が認められない励起光および露光条件に設定後、試験切片を観察する。
【0054】
本発明に係る方法により作出される植物形質転換体は、27〜70%の形質転換効率が得られ、従来の方法と比較して、約2倍以上の効率である。
【0055】
なお、植物組織培養物を形質転換する方法は、アグロバクテリウム法に限定されず、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法、また、パーティクルガン法等、公知のいかなる方法も用いることができる。また、複数の手法、例えば、アグロバクテリウム法とポリエチレングリコール法との2種類の方法を用いて、形質転換処理を行うこともできる。
【0056】
以上説明したように、本発明によれば、オウレン属植物の組織・器官を材料とした植物形質転換体を作出することができる。また、オウレン属植物の植物形質転換体を高い効率で作出することができる。
【0057】
従来の方法では、野外栽培植物の葉柄の外植片を形質転換の材料とするため、アグロバクテリウムでの感染の前に、葉柄の滅菌処理を必要とした。オウレン属植物を採取できない季節では、形質転換を行うための材料そのものが手に入らないため、形質転換を行える季節が初春から初夏までに限定されていた。対照的に、本発明の方法は、無菌化された植物組織培養物を用いるため、通年の形質転換が可能である。
【0058】
次に、ノルコクラウリン−6−O−メチルトランスフェラーゼ(6−OMT)遺伝子が導入されて、形質転換されるオウレン属植物の形質転換体を作出する方法について説明する。なお、オウレン属植物を殺菌する処理、植物組織培養物を誘導する処理、形質転換する処理については、上述の処理と同様である。
【0059】
(ベクター)
オウレン属植物に所望の組換え遺伝子を導入するために、所望の組換え遺伝子を含む適切な植物発現用ベクターが構築される。6−OMT遺伝子を植物の高発現型プロモーター(EL2-35S)の下流に連結したカセットと、形質転換細胞を選抜するマーカー遺伝子であるカナマイシン耐性遺伝子(nptII)またはハイグロマイシン耐性遺伝子(hpt)と、をT-DNA上に有するバイナリーベクターが用いられる。
【0060】
6−OMT遺伝子が導入されたかの確認は、カルス又は形質転換植物体からDNeasy(QIAGEN)を用いて、従来の方法に従ってDNAを抽出し、高発現型プロモーター(EL2-35S)と6−OMT遺伝子に特異的なプライマーセットを用いたPCR法により行う。そして、電気泳動により、導入されたEL2-35Sから6−OMT遺伝子に至る配列を確認する。また、形質転換の確認は、マーカー遺伝子であるカナマイシン耐性遺伝子(nptII)またはハイグロマイシン耐性遺伝子(hpt)それぞれに特異的なプライマーセットを用いたPCR法で確認することもできる。
【0061】
6−OMT遺伝子は、イソキノリンアルカロイド生合成系遺伝子である。6−OMT遺伝子以外のイソキノリンアルカロイド生合成系遺伝子として、例えば、チロシンデカルボキシラーゼ(TYDC)、ノルコクラウリン合成酵素(NCS)、コクラウリン-N-メチルトランスフェラーゼ(CNMT)、チトクロームP450 80B2(CYP80B2)、(S)-3'-ヒドロキシ-N-メチルコクラウリン-4'-O-メチルトランスフェラーゼ(4'OMT)、ベルベリンブリッジ酵素(BBE)、スコウレリン-9-O-メチルトランスフェラーゼ(SMT)、または、チトクロームP450 719A:カナディン合成酵素(CYP719A)等、をコードする遺伝子を挙げることができる。6−OMT遺伝子以外のイソキノリンアルカロイド生合成系遺伝子を導入することにより、オウレン属植物を形質転換することができる。
【0062】
以上説明したように、本発明によれば、6−OMT遺伝子が導入されるオウレン属の植物形質転換体を作出することができる。
【実施例】
【0063】
以下に実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。本発明は以下の実施例に限定されるものではない。実施例で使用した、材料、試薬などは、他に特定のない限り、商業的な供給源から入手可能である。
【0064】
(実施例1:カルスの形質転換)
オウレン属植物(コプティス・ヤポニカ・マキノ:Coptis japonica Makino)のカルスを材料として、以下の方法によって形質転換を行った。
【0065】
(ベクター)
図1は、バイナリーベクターpBI-sGFPの構造を示す模式図である。形質転換細胞を選抜するマーカー遺伝子であるカナマイシン耐性遺伝子(nptII)と、形質転換細胞のレポーターとなるsGFP(synthesized Green Fluorescent Protein)遺伝子と、をT-DNA上に有するバイナリーベクターpBI-sGFPをAgrobacterium tumefaciens LBA4404菌に形質転換し、実験に用いた。
【0066】
(カルスの誘導及びカルスの継代培養)
殺菌処理したオウレン野外栽培植物の葉柄を、10mg/l L-グルタミンを含むWPG培地に置床し、20℃、暗所で培養し、不定胚形成能を有するカルスを誘導した。得られたカルスは、同培地で継代培養した。カルスの誘導及び継代培養に用いたWPG培地(WPGN1K2培地)の組成は、以下のとおりである:30g/l スクロース、10mg/l L-グルタミン、1mg/l NAA、2mg/l KIN、2.5g/lゲルライト、pH5.7。
【0067】
(アグロバクテリウムの感染)
YEB固形培地、25℃、暗所で培養中のアグロバクテリウム菌を白金耳ですくい取り、20mg/lのアセトシリンゴンを含む滅菌水に懸濁し、アグロバクテリウム菌液を調製した。上記カルスから、径2-3mmのカルス片を調製し、そのままアグロバクテリウム菌液に浸せきした後、WPGN1K2培地に移植し、暗所、20℃で14日間共存培養を行った。
【0068】
(除菌及び形質転換カルスの選抜)
共存培養の完了後、アグロバクテリウムを感染させたカルス片を1g/lクラフォランを含有する滅菌水(クラフォラン液)に入れ、100rpmで振とうしながら20℃、暗所で1日間、次いでクラフォラン液を交換し3日間、さらにクラフォラン液を交換し4日間、合計3回この操作を繰り返し、カルス片からアグロバクテリウムを洗い流した。
【0069】
次いで形質転換した細胞を選抜するために、薬剤として20mg/lジェネティシンを含有するWPGN1K2培地(選抜培地)に置床した。カルス片からアグロバクテリウムが再び増殖し始めた場合は、500mg/lクラフォランを追加したWPGN1K2培地(除菌培地)に移植し除菌処理を行った。また、除菌のための薬剤および選抜のための薬剤の影響により、カルス片の褐変化が著しい場合は、薬剤を含まないWPGN1K2培地にカルス片を移植し、カルスの成長を促した。形質転換細胞の出現は、レポーター遺伝子sGFPの発現を指標に評価した。
【0070】
図2は、オウレン属カルスへのsGFP遺伝子導入を行った結果、出現したsGFPの蛍光である。sGFPの蛍光は、カルスに励起光(青色光)を照射し、発せられる緑色蛍光(510nm)を実体蛍光顕微鏡(OLYMPUS SZX16)で観察した。図2に示すように、sGFP遺伝子がオウレン属植物のカルスに導入されて、当該カルスから形質転換体が得られていることが判明した。
【0071】
図3Aは、図2のsGFP蛍光が観察されたカルスの一部を分離して継代培養し、得られた形質転換カルスクローンである。また、図3Bは、図3AのカルスクローンのsGFP蛍光を示す図である。sGFPの蛍光は、カルスに励起光(青色光)を照射し、発せられる緑色蛍光(510nm)を実体蛍光顕微鏡(VG-05シリーズ、キーエンス社)で観察した。このように、形質転換処理により得られたカルスを分離しクローン化することにより、均一なsGFP蛍光発現を示すカルスクローンが得られていることが判明した。
【0072】
(実施例2:培養植物体および培養シュートの形質転換)
オウレン属植物(コプティス・ヤポニカ・マキノ:Coptis japonica Makino)の培養植物体および培養シュートを材料として、以下の方法によって形質転換を行った。
【0073】
(ベクター)
実施例1と同様に、形質転換細胞を選抜するマーカー遺伝子であるカナマイシン耐性遺伝子(nptII)と、形質転換細胞のレポーターとなるsGFP遺伝子をT-DNA上に有するバイナリーベクターpBI-sGFPをAgrobacterium tumefaciens LBA4404菌に形質転換し、実験に用いた。
【0074】
(カルス誘導)
オウレン培養植物体及び培養シュートの葉柄より、約5mm長の切片を調製し、2%スクロースを添加したWPGN1K2固形培地に植付け、20℃、暗所、で30日間、培養した。
【0075】
(アグロバクテリウムの感染)
LB液体培地、28℃、暗所で増殖させたアグロバクテリウム菌を菌液として用いた。前記培養し、その両端にカルスが形成している葉柄切片を、2%スクロースを含有するWPGN1K2液体培地に入れ、適切な量のアグロバクテリウム菌液を加えて、培地1mlあたり100万〜1千万のアグロバクテリウム菌となるよう調製し、暗所、60rpmで振とうしながら28℃で30分間感染処理を行った。
【0076】
(除菌及び形質転換カルスの選抜)
感染処理の完了後、アグロバクテリウムを感染させた葉柄切片を500mg/lクラフォランを含有するWPGN1K2固形培地(除菌培地)に置床し、除菌処理を行った。
【0077】
次いで形質転換した細胞を選抜するために、薬剤として20mg/lジェネティシンを含有するWPGN1K2培地(選抜培地)に置床した。葉柄切片からアグロバクテリウムが再び増殖し始めた場合は、500mg/lクラフォランを追加したWPGN1K2培地に移植し除菌処理を行った。また、除菌のための薬剤及び選抜のための薬剤の影響により、カルスの褐変化が著しい場合は、薬剤を含まないWPGN1K2培地に葉柄切片を移植し、カルスの成長を促した。形質転換細胞の出現は、レポーター遺伝子sGFPの発現を指標に評価した。
【0078】
図4は、オウレン培養植物体及び培養シュートの葉柄へのsGFP遺伝子導入を行った結果、出現したsGFPの蛍光である。sGFPの蛍光は、葉柄切片に形成したカルスに励起光(青色光)を照射し、発せられる緑色蛍光(510nm)を実体蛍光顕微鏡(OLYMPUS SZX16)で観察した。
【0079】
同図に示すように、sGFP遺伝子がオウレン属植物の葉柄に形成したカルスに導入されて、当該葉柄から形質転換体が得られていることが判明した。
【0080】
(実施例3:培養根の形質転換)
オウレン属植物(コプティス・ヤポニカ・マキノ:Coptis japonica Makino)の培養根を材料として、以下の方法によって形質転換を行った。
【0081】
(ベクター)
実施例1と同様に、形質転換細胞を選抜するマーカー遺伝子であるカナマイシン耐性遺伝子(nptII)と、形質転換細胞のレポーターとなるsGFP遺伝子をT-DNA上に有するバイナリーベクターpBI-sGFPをAgrobacterium tumefaciens LBA4404菌に形質転換し、実験に用いた。
【0082】
(カルス誘導)
オウレン培養根より、約5mm長の切片を調製し、2%スクロースを添加したWPGN1K2固形培地に植付け、20℃、暗所で30日間、培養した。
【0083】
(アグロバクテリウムの感染)
LB液体培地、28℃、暗所で増殖させたアグロバクテリウム菌を菌液として用いた。前記培養し、その両端にカルスが形成している培養根切片を、2%スクロースを含有するWPGN1K2液体培地に入れ、適切な量のアグロバクテリウム菌液を加えて、培地1mlあたり100万〜1千万のアグロバクテリウム菌となるよう調製し、暗所、60rpmで振とうしながら28℃で30分間感染処理を行った。
【0084】
(除菌及び形質転換カルスの選抜)
感染処理の完了後、アグロバクテリウムを感染させた培養根切片を500mg/lクラフォランを含有するWPGN1K2固形培地(除菌培地)に置床し、除菌処理を行った。次いで形質転換した細胞を選抜するために、薬剤として20mg/lジェネティシンを含有するWPGN1K2培地(選択培地)に置床した。培養根切片からアグロバクテリウムが再び増殖し始めた場合は、500mg/lクラフォランを追加した選択培地に移植し除菌処理を行った。また、除菌のための薬剤および選抜のための薬剤の影響により、カルスの褐変化が著しい場合は、薬剤を含まないWPGN1K2培地に培養根切片を移植し、カルスの成長を促した。形質転換細胞の出現は、レポーター遺伝子sGFPの発現を指標に評価した。
【0085】
図5は、オウレン属植物の培養根へのsGFP遺伝子導入を行った結果、出現したsGFPの蛍光を示す図である。sGFPの蛍光は、培養根切片に形成したカルスに励起光(青色光)を照射し、発せられる緑色蛍光(510nm)を実体蛍光顕微鏡(OLYMPUS SZX16)で観察した。
【0086】
同図に示すように、sGFP遺伝子がオウレン属植物の培養根に形成したカルスに導入されて、当該培養根から形質転換体が得られていることが判明した。
【0087】
次に、実施例1〜3の結果、得られた形質転換効率を表1に示す。形質転換効率は、sGFP蛍光が観察された切片数を感染に供した切片数で割り、100をかけて算出した。sGFP蛍光は、1切片に形成したカルスのいずれかの部位に観察されれば1とカウントした。sGFP蛍光は、試験切片の観察前に、非組換えカルスを観察し、非組換えカルスで蛍光が認められない励起光および露光条件に設定後、試験切片を観察した。
なお、図2、図4及び図5に示すように、実際には、数カ所で蛍光が観察されており、得られる組換え細胞は1切片あたり、1個以上である。
【0088】
【表1】

【0089】
表1の結果から、WPGN1K2培地で継代培養しているカルス、あるいはWPGN1K2培地で培養した組織培養物由来の切片にアグロバクテリウムを感染させることにより、27〜70%の形質転換効率で形質転換体が得られることが示された。
【0090】
以上により、オウレン属植物の植物形質転換体を高い効率で作出することができた。また、本発明の方法では、無菌化された組織培養物を用いるため、従来の方法と比較すると、オウレン属植物が採取できる時期に影響を受けることがないという効果が理解される。
【0091】
(実施例4:6−OMT遺伝子を導入した形質転換体の作出)
オウレン属植物(コプティス・ヤポニカ・マキノ:Coptis japonica Makino)を材料として、以下の方法によって形質転換を行った。
【0092】
(ベクター)
ノルコクラウリン−6−O−メチルトランスフェラーゼ(6−OMT)遺伝子を植物の高発現型プロモーター(EL2-35S)の下流に連結したカセットと、形質転換細胞を選抜するマーカー遺伝子であるカナマイシン耐性遺伝子(nptII)又はハイグロマイシン耐性遺伝子(hpt)と、をT-DNA上に有するバイナリーベクターをAgrobacterium tumefaciens LBA4404菌に形質転換し、実験に用いた。
【0093】
(アグロバクテリウムを感染させるカルスの誘導)
殺菌処理したオウレン野外栽培植物の葉柄を、植物成長調節物質無添加WPG培地(WPGHF培地)に置床し、20℃、暗所で9日間培養し、カルスを誘導した。カルスの誘導に用いたWPG培地の組成は、以下のとおりである:30g/l スクロース、10mg/l L-グルタミン、1mg/l NAA、2mg/l KIN、2.5g/lゲルライト、pH5.7。
【0094】
(アグロバクテリウムの感染)
YEB液体培地、25℃、暗所で増殖させたアグロバクテリウム菌液を用いた。前記カルスを含む葉柄切片をWPGN1K2液体培地に入れ、適切な量のアグロバクテリウム菌液を加えて、培地1mlあたり100万〜1千万のアグロバクテリウム菌となるよう調製し、暗所、100rpmで振とうしながら25℃で3日間共存培養を行った。
【0095】
(除菌及び形質転換カルスの選抜)
共存培養の完了後、アグロバクテリウムを感染させた葉柄切片を500mg/lクラフォランを含有する滅菌水(クラフォラン液)に入れ、100rpmで振とうしながら20℃、暗所で2日間、次いで500mg/lクラフォランを含むWPGN1K2固形培地(除菌培地)に置床し、除菌処理を行った。
【0096】
次いで形質転換した細胞を選抜するために、薬剤として150mg/lカナマイシン又は25mg/lハイグロマイシンを含有するWPGN1K2培地(選抜培地)に置床した。切片からアグロバクテリウムが再び増殖し始めた場合は、500mg/lクラフォランを追加したWPGN1K2培地(除菌培地)に移植し除菌処理を行った。また、除菌のための薬剤および選抜のための薬剤の影響により、カルス片の褐変化が著しい場合は、薬剤を含まないWPGN1K2培地にカルス片を移植し、カルスの成長を促した。6−OMT遺伝子の確認は、カルス又は形質転換植物体からDNeasy(QIAGEN)を用いて、従来の方法に従ってDNAを抽出し、高発現型プロモーター(EL2-35S)と6−OMT遺伝子に特異的なプライマーセットを用いたPCR法により行った。そして、電気泳動により、導入されたEL2-35Sから6−OMT遺伝子に至る配列を確認した。同様に、マーカー遺伝子特異的プライマーセットを用いたPCR法により、カナマイシン耐性遺伝子(nptII)及びハイグロマイシン耐性遺伝子(hpt)を確認した。
【0097】
図6A及び6Bは、6−OMT遺伝子が導入されて、形質転換されたオウレン属植物のカルスを示す図である。同図に示すカルスに、6−OMT遺伝子が導入されていることを確認した。また、図6Cは、図6Bのカルスから再分化した6−OMT遺伝子導入形質転換植物体を示す図である。
【0098】
図6A〜6Cに示すように、カルスを経由した遺伝子組換え植物体を作出した。
【0099】
図7A及び7Bは、6−OMT遺伝子がオウレン属植物に導入されたことを示す図である。図7Aは、番号4が図6Aに示したカルスであり、EL2-35Sから6−OMT遺伝子に至る配列の導入の確認を示す図である。図7Bは、番号2が図6Bに示したカルスであり、EL2-35Sから6−OMT遺伝子に至る配列の導入の確認を示す図である。
【0100】
図7A及び7Bに示すように、6−OMT遺伝子が導入されたオウレン属の植物形質転換体を作出した。
【0101】
以上により、6−OMT遺伝子が導入されて形質転換されるオウレン属植物の植物形質転換体を作出することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オウレン属植物の組織・器官を殺菌する殺菌工程と、
前記殺菌された組織・器官を組織培養して、当該組織・器官から植物組織培養物を誘導する植物組織培養物誘導工程と、
前記誘導された植物組織培養物を継代培養する継代培養工程と、
前記誘導又は継代培養された植物組織培養物からカルスを誘導するカルス誘導工程と、
前記植物組織培養物から誘導されたカルスに遺伝子を導入し、当該カルスを形質転換する形質転換工程と、を備える、
ことを特徴とする植物形質転換体の作出方法。
【請求項2】
前記継代培養工程では、前記植物組織培養物が無菌的に培養され、
前記形質転換工程では、前記カルスが植物組織又は器官に再分化される、
ことを特徴とする請求項1に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項3】
前記継代培養工程及びカルス誘導工程では、オーキシンとサイトカイニンとを含む固形培地で培養される、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項4】
前記形質転換工程では、アグロバクテリウム法、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法、及び、パーティクルガン法の少なくともいずれか1つの方法により前記遺伝子が導入される、
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項5】
ノルコクラウリン−6−O−メチルトランスフェラーゼ(6−OMT)遺伝子が導入されて形質転換されることを特徴とするオウレン属の植物形質転換体。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図7A】
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【図7B】
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【公開番号】特開2010−227033(P2010−227033A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−79018(P2009−79018)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】