説明

植物形質転換体の作出方法、及び、植物形質転換体

【課題】カルスや組織片からの植物体再生過程が不要で、簡便かつ迅速に作出できるカンゾウ属植物の植物形質転換体の作出方法、及び、該作出方法によって作出された植物形質転換体を提供する。
【解決手段】エレクトロポレーションバッファー中において、カンゾウ属植物の種子を催芽する催芽工程と、催芽されたカンゾウ属植物の種子を、冷却条件下において減圧する減圧工程と、減圧されたカンゾウ属植物の種子を、エレクトロポレーションを行うエレクトロポレーション工程と、エレクトロポレーションが行われたカンゾウ属植物の種子を、氷上で養生させ、さらに暗所で静置する静置工程と、暗所で静置されたカンゾウ属植物の種子を、発芽バッファー中において、育成する育成工程と、育成されたカンゾウ属植物の種子から、目的遺伝子が導入されたカンゾウ属植物の植物形質転換体を得る取得工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カンゾウ属植物の種子を材料とする植物形質転換体の作出方法、及び、該作出方法により作出された植物形質転換体に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は、人類の生存にとって必須のものである。そのうち、薬用植物が生産する二次代謝物は、強い薬理作用を持つものが多く、単離精製された化合物及びそれらの化合物から半合成されたものが医薬品として利用され、さらにそれらの成分を含有する植物製品(生薬)も医薬品として利用されている。
【0003】
例えば、カンゾウ属植物は、マメ科(Leguminosae)の多年草であり、抗炎症作用、抗潰瘍作用、抗アレルギー作用、鎮咳作用、抗癌作用、抗ウイルス作用及び抗菌作用等の様々な薬理活性を示し、医薬品としても重要なグリチルリチン酸を生産する(非特許文献1及び2参照)。カンゾウ属植物が生産するグリチルリチン酸は、砂糖の約50倍の甘味を有する天然甘味料であり、菓子、佃煮、醤油、味噌又は清涼飲料水等の甘味料として大量に消費されている(非特許文献1参照)。なお、カンゾウ属植物においては、グリチルリチン酸はカリウム塩とカルシウム塩の混合物として蓄積され、これを総じてグリチルリチンという。
【0004】
カンゾウ属(グリチルリーザ:genus Glycyrrhiza)植物のうち、特にウラルカンゾウ(グリチルリーザ・ウラレンシス・フィッシャー:Glycyrrhiza uralensis Fischer)及びスペインカンゾウ(グリチルリーザ・グラブラ・リンネ:Glycyrrniza glabra Linne)の根及びストロンは、生薬「甘草(カンゾウ)」として第十五改正日本薬局方に収載されている医薬品である(非特許文献3参照)。これら2種のうち、古来より良品として漢方薬に配合されてきた「東北甘草」は、ウラルカンゾウ(G. uralensis)を主たる基原とする(非特許文献4参照)。
【0005】
生薬「甘草」は、鎮咳、去痰、粘滑、緩和及び矯味を目的に、また、リウマチ、関節炎、扁桃炎、アレルギー、消化性潰瘍及びアジソン病(副腎皮質機能低下症)等の治療を目的に、医療用漢方エキス製剤のおよそ7割に配合されている(使用頻度第一位)、重要な生薬である(非特許文献1)。また、甘草より製造されるグリチルリチン製剤は、その多彩な抗ウイルス活性、インターフェロン誘起作用、免疫賦活作用及び肝臓保護作用等から、ウイルス性肝炎の治療薬として繁用されている(非特許文献5参照)。従って、生薬「甘草」は、漢方薬の使用量の増加及びウイルス性肝炎患者の増加等に伴い、今後も需要が伸びていくと考えられる。
【0006】
カンゾウ属植物は砂漠に近い環境に自生する植物であるため、甘草の国内生産はなく、全て輸入に依存している。2008年の甘草の輸入量は約1,700トンであり、そのうち約1,100トン(約68%)が中華人民共和国からの輸入である(非特許文献6参照)。
主たる甘草生産国である中華人民共和国において、カンゾウ属植物の栽培化は進んでおらず、自生種の採取が主体である。そのため、自生種の過剰採取がなされ、砂漠化を惹起しているとの中華人民共和国政府の見解から、2000年より厳しい輸出規制がひかれている(非特許文献1及び7参照)。甘草資源の激減に伴い、良品とされる東北甘草(ウラルカンゾウ:G. uralensis)の入手が困難になっている(非特許文献7参照)。漢方処方に繁用される甘草の品質低下は、多くの漢方薬の品質や効能効果に影響すると考えられ、深刻な問題である(非特許文献4参照)。
【0007】
甘草資源確保のため、国内の製薬企業による中華人民共和国での甘草栽培の実態調査及び栽培研究(非特許文献7参照)や、オーストラリアでの栽培が行われている(非特許文献8参照)。しかし、非特許文献7によると、日本薬局方の規格(グリチルリチン酸2.5%以上)を満たすウラルカンゾウの根は4年生以上で得られており、長期間の栽培が必要である。また、非特許文献8において栽培されているのは、通常漢方薬原料としては用いられないスペインカンゾウである。
【0008】
甘草資源、特にウラルカンゾウの根及びストロンの国内生産のためには、短期間の栽培で、グリチルリチン酸の高い収量が得られる品種の育成が望ましく、また、天候・自然災害の影響を受けない閉鎖温室での栽培が可能な品種の育成も有効である。このため、従来長い年月を要していた品種の育成を短期間で達成するために遺伝子組換え法を利用することは、カンゾウ属植物のように国内栽培での開花結実が困難で(非特許文献9参照)、交配による育種が適用できない植物に対し特に有効である。ここで、遺伝子組換え法とは、ある特定の機能を有する遺伝子を、対象とする生物のゲノムDNA、ミトコンドリアDNAまたは葉緑体DNAに導入し、新たな形質の付与あるいは特定の形質を強化または抑制する方法である。
【0009】
カンゾウ属植物の遺伝子組換えについては、アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacterium rhizogenes)を介したウラルカンゾウへの組換えスクアレン合成酵素遺伝子の導入例がある(非特許文献10参照)。
【0010】
しかし、非特許文献10に開示されている手法で作出されたのは、形質転換根(毛状根)のみであり、形質転換植物体(遺伝子組換え植物体)は作出されていない。また、アグロバクテリウムを介した遺伝子組換え植物体作出過程で必要な、カルスや組織片からの植物体再生例も、ウラルカンゾウ又はスペインカンゾウでは報告例がない。
【0011】
一方、カルスや組織片からの植物体再生過程が不要で、簡便かつ迅速な形質転換方法として、植物種子を吸水処理後、核酸を含む緩衝液に浸し、減圧処理及びエレクトロポレーションし、組換え植物体を作出する方法が開示され、数種の植物種の形質転換植物体が作出されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特表2005−534299号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】薬学生・薬剤師のための知っておきたい生薬100-含漢方処方、18-19、日本薬学会編、東京化学同人、2004年
【非特許文献2】生薬学改訂第4版、三橋博、井上隆夫編集、148-151、南江堂、1992年
【非特許文献3】第十五改正日本薬局方、1197、2006年
【非特許文献4】芝野真喜雄ら、Natural Medicines、54巻、第2号、70-74、2000年
【非特許文献5】海老名卓三郎、MINOPHAGEN MEDICAL REVIEW、32巻、第5号、254-258、1987年
【非特許文献6】薬用作物(生薬)に関する資料、平成21年3月、財団法人日本特産農産物協会、55、2009年
【非特許文献7】山本豊、第4回甘草に関するシンポジウム講演要旨集、大阪、甘草に関するシンポジウム実行委員会、1-5、2008年
【非特許文献8】田村幸吉、薬用植物フォーラム2004、つくば、33-38、2004年
【非特許文献9】草野源次郎ら、YAKUGAKU ZASSHI、123、619-631、2003年
【非特許文献10】H.-Y. Lu et al., Plant Mol. Biol. Rep. 26, 1-11 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、前述した特許文献1にも、カンゾウ属植物の作出例は開示されていない。同じマメ科では、ダイズ品種オオスズの完熟種子を材料に用いた実施例が記載されているが、当該実施例では種子での一過的GUS遺伝子の発現確認のみしか行われていない。すなわち、マメ科、さらにはウラルカンゾウ又はスペインカンゾウ等のカンゾウ属植物において、全く同様の方法を利用し、カンゾウ属植物の遺伝子組換え植物体が作出可能であるとは限らない。さらに、前述したように、今後カンゾウ属植物の入手は困難となる可能性があり、かつ品質の低下も深刻な問題である。従って、カンゾウ属植物に最も適した遺伝子組換え植物体の作出方法の開発は、今後の大きな課題となっている。
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、カルスや組織片からの植物体再生過程が不要で、簡便かつ迅速に作出できるカンゾウ属植物の植物形質転換体の作出方法、及び、該作出方法によって作出された植物形質転換体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係る植物形質転換体の作出方法は、
カンゾウ属植物の種子を、種皮の溶解酵素、界面活性剤及び目的遺伝子が組み込まれた高濃度プラスミドベクター溶液が添加されたエレクトロポレーションバッファー中において、催芽する催芽工程と、
前記催芽されたカンゾウ属植物の種子を、前記エレクトロポレーションバッファー中において、冷却条件下において減圧する減圧工程と、
前記減圧されたカンゾウ属植物の種子を、前記エレクトロポレーションバッファー中において、エレクトロポレーションを行うエレクトロポレーション工程と、
前記エレクトロポレーションが行われたカンゾウ属植物の種子を、前記エレクトロポレーションバッファー中において、氷上で養生させ、さらに暗所で静置する静置工程と、
前記暗所で静置されたカンゾウ属植物の種子を、発芽バッファー中において、育成する育成工程と、
前記育成されたカンゾウ属植物の種子から、前記目的遺伝子が導入されたカンゾウ属植物の植物形質転換体を得る取得工程と、を備える。
【0017】
前記発芽バッファー中において、前記育成されたカンゾウ属植物の種子から育成した幼植物を、殺菌培養土上で生育する生育工程、をさらに備えることもできる。
【0018】
前記カンゾウ属植物は、ウラルカンゾウ(Glycyrrhiza ularensis)、スペインカンゾウ(G. glabra)、ロシアカンゾウ(G. echinata)、新彊カンゾウ(G. inflata)、G. eurycarpa、又は、イヌカンゾウ(G. pallidiflora)のいずれかであってもよい。
【0019】
前記催芽処理にて用いる前記カンゾウ属植物の種子は、硬実打破処理を施した発芽し易い種子であってもよい。
【0020】
前記高濃度プラスミドベクター溶液は、高濃度pWI系ベクター溶液、又は、高濃度pUC系ベクター溶液であってもよい。
【0021】
前記目的遺伝子は、スクアレン合成酵素遺伝子GuSQS1、又は、赤色蛍光タンパク質遺伝子DsRed2であってもよい。
【0022】
本発明のその他の観点に係る植物形質転換体は、上述の植物形質転換体の作出方法において作出される。
【発明の効果】
【0023】
本発明の植物形質転換体の作出方法によれば、カルスや組織片からの植物体再生過程が不要で、簡便かつ迅速にカンゾウ属植物の植物形質転換体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】発芽し易い種子及び発芽し難い種子を示した図である。
【図2】目的遺伝子が挿入されたシャトルベクターを示す図である。
【図3】育苗用培養土(ジフィーセブン)を用いた育苗装置を示す図である。
【図4】ハイドロボールを支持体とする養液栽培装置を示す図である。
【図5】pWI-DsRed2の構築方法を示す図である。
【図6】赤色蛍光タンパク質DsRed2を発現するウラルカンゾウ幼植物と、遺伝子非導入体のウラルカンゾウ幼植物と、を比較した図である。
【図7】ウラルカンゾウに導入したDsRed2遺伝子をPCR法により確認した、電気泳動結果を示す図である。
【図8A】制限酵素処理したpWI-DsRed2ベクター由来のPCR増幅産物の断片を示す図である。
【図8B】制限酵素処理したpWI-DsRed2ベクター由来のPCR増幅産物の断片を示す図である。
【図9】カンゾウ属植物におけるグリチルリチン酸生合成経路の概略を示す図である。
【図10】スクアレン合成酵素遺伝子増幅用プライマーによるPCR増幅産物の塩基配列及び推定アミノ酸配列を示す図である。
【図11】pWI-GuSQS1の構築方法を示す図である。
【図12】ウラルカンゾウに導入したGuSQS1遺伝子をPCR法により確認した、電気泳動結果を示す図である。
【図13A】WT(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、及び、空ベクター、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体を比較した図である。
【図13B】WT(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、及び、空ベクター、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体を比較した図である。
【図14A】野生株(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、空ベクターを導入したウラルカンゾウ植物体、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体において、植物体の草丈、葉数及び最大葉身長を比較した図である。
【図14B】野生株(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、空ベクターを導入したウラルカンゾウ植物体、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体において、植物体の最大葉身幅、小葉数及び最大頂小葉身長を比較した図である。
【図14C】野生株(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、空ベクターを導入したウラルカンゾウ植物体、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体において、植物体の最大頂小葉身幅、最大側小葉身長及び最大側小葉身幅を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書の全体にわたり、単数系の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語及び科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、定義を含めて本明細書が優先する。
【0026】
以下、本発明の実施形態である、カンゾウ属植物の種子を材料とした植物形質転換体の作出方法について説明する。なお、植物の種子を材料とした植物形質転換体の作出方法は、本明細書において、種子遺伝子導入法と互換可能に使用する場合がある。
【0027】
まず、催芽処理にて用いるカンゾウ属植物の種子の選抜工程について説明する。すなわち、催芽処理にて用いるカンゾウ属植物の種子における、発芽し易い種子、又は、発芽し難い種子の選択方法について説明する。
【0028】
本実施形態では、収穫の後、一般的な種子の保存に適した乾燥条件下において保存されていた種子を、硬実打破処理を施したのち、材料として使用する。カンゾウ属の植物の種子は、目視により、発芽し易い種子か、発芽し難い種子かの選択をすることができる。図1は、発芽し易い種子及び発芽し難い種子を示した図である。同図に示すように、発芽し易い種子は、表面に無数の傷があり、平面状であり、吸水能力が高く、発芽率が高い。それと比較して、発芽し難い種子は、表皮(種皮)は硬く、表面に光沢があり、球状であり、吸水能力が発芽し易い種子と比較して低く、発芽率も同様に低い。このような発芽し難い種子は、さらに硬実打破処理を施すことが好ましい。
【0029】
本明細書において、「硬実打破処理」とは、種子の表皮が硬く、光沢があるという特徴を無くすことをいう。これは、例えば、家庭用精米機等で表面を研磨処理することにより可能である。また、サンドペーパーで種子の表面を研磨し、傷をつけることによっても可能である。サンドペーパーの粗さは#30または#40が望ましく、サンドペーパーに種子を挟み、約20回往復させることで、傷をつけることができる。さらに、硬実打破処理は、硫酸処理も含まれる。硫酸処理とは、好ましくは18Mの濃硫酸に浸し、その後2分間攪拌した後、純水ですすぐ処理をいう。このような処理を行うと、種皮が損傷する為、吸水が進行し、発芽効率が上昇する。
【0030】
なお、硬実打破処理は、種子表面に傷をつけ、吸水工程に適した種子を調製することを目的とする。従って、上記の手法に限らず、種子の表面に、物理的に傷をつけることができる手法であれば、使用する器具及び用法はこれらに限定されない。当該分野の当業者において公知である任意の処理手法を包含する。このような硬実打破処理を施した種子は、発芽効率が向上する。
【0031】
次に、本実施形態において使用する目的遺伝子が組み込まれた高濃度プラスミドベクターについて詳細に説明する。
【0032】
本実施形態であるカンゾウ属植物の種子を材料とした植物形質転換体の作出方法では、目的遺伝子を標的となるカンゾウ属植物の種子に導入するため、目的遺伝子は導入に適したプラスミドベクター(以下、ベクター)に組み込まれたコンストラクトとして導入に用いられる。
【0033】
本発明において使用可能なベクターは、特に限定されないが、高濃度のベクター溶液を必要とする。その為、ベクターの大量調製に支障がないことが望ましい。従って、pWI系又はpUC系のベクターが好ましい。なお、高濃度とは、1 μg/μl程度の濃度をいうが、これに限定されない。
【0034】
また、プロモーター、ターミネーター及びエンハンサーについては、当業者にとって公知であり任意のものが使用可能である。
【0035】
さらに、可能な限り当該ベクターを植物細胞内の核DNAの近傍に配置し、核ゲノムDNAとの組換えが生じる頻度を上げる目的等の為、ベクターはカンゾウ属植物細胞内での増殖能を有することが、本発明に係る植物形質転換体の作出の効率を向上させる為には好ましい。
【0036】
なお、カンゾウ属植物への種子遺伝子導入に最も好ましいベクターは、pWI系ベクターである。pWI系ベクターについて説明すると、植物に感染するジェミニウイルスの一種であるムギ矮化ウイルス(wheat dwarf virus; WDV)の1本鎖環状ゲノムDNA由来のコートタンパク質、及び複製に必要な領域が含まれる塩基配列に加え、大腸菌由来の複製開始起点及び抗生物質耐性遺伝子を有する。その為、pWI系ベクターは、大腸菌及び植物細胞内で増殖が可能な、当業者にとって公知なシャトルベクターである。公知なシャトルベクターとして、例えば、非特許文献 Ugaki M. et al., Nucleic Acid Res., 19, 371-377 (1991)に記載されるベクターが含まれ、当該文献の内容が参酌される。
【0037】
pWI系ベクターの一例を挙げると、例えば、種子遺伝子導入用pWI系の汎用ベクターであるpWI-MCSベクターが挙げられる。pWI-MCSベクターの、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター(35S Prom)及びCaMV35Sターミネーター(35S Term)に挟まれた、マルチプルクローニングサイト(MCS)には、任意の遺伝子を配置可能である。35S Promにより目的遺伝子の転写、発現を強化・誘導し、35S Termにより転写の確実な終止を誘導することが可能である。MCSにはベクターのこの部分にのみ存在する、制限酵素SmaIのサイトがあり、pWI-MCSをSmaIで消化することにより生じる平滑末端断片に、目的遺伝子を挿入することが可能である。図2は、目的遺伝子が挿入されたシャトルベクターを示す図である。ここで、目的遺伝子は、植物体の成長の制御や二次代謝産物生産に関わる遺伝子、あるいはマーカー遺伝子であり、具体的には、後述する遺伝子DsRed2や遺伝子GuSQS1である。
【0038】
なお、pWI系ベクターの植物細胞内での複製・増殖は、元となるWDVの植物細胞内における複製機構により達成されると考えられる。従って、その複製が可能な植物種は、WDVが感染可能な植物種に依存すると考えられる。
【0039】
本実施形態では、pUC系ベクターもまた好ましい。pUC系ベクターは、大腸菌生体内でのコピー数が多いため、高濃度プラスミドベクター溶液の大量調製に適している。また、CaMV35Sプロモーターの上流に、エンハンサー配列であるEL2Ω配列を有しており、目的遺伝子の転写・発現が高効率であることが示唆される。
【0040】
本実施形態においてカンゾウ属植物に導入可能な目的遺伝子について説明すると、当該目的遺伝子は任意の遺伝子であり得る。例えば、マーカータンパク質、有用物質生産に関わる酵素をコードする遺伝子又は植物体の成長の制御に関わる遺伝子等が導入対象として挙げられる。ここで、目的遺伝子は、好ましくは植物体の成長の制御や二次代謝に関わる遺伝子であり、最も好ましくはスクアレン合成酵素遺伝子GuSQS1である。目的遺伝子として、遺伝子GuSQS1のすべてを導入する必要はなく、遺伝子GuSQS1の一部のみを導入してもよい。また、本実施形態が適用され得るカンゾウ属植物には、ウラルカンゾウ(Glycyrrhiza ularensis)、スペインカンゾウ(G. glabra)、ロシアカンゾウ(G. echinata)、新彊カンゾウ(G. inflata)、G. eurycarpa又はイヌカンゾウ(G. pallidiflora)等が挙げられ、これらカンゾウ属植物全てが本発明の対象となり得る。
【0041】
次に、第一の工程である、カンゾウ属植物の種子に、種皮の溶解酵素、界面活性剤及び目的遺伝子が組み込まれた高濃度プラスミドベクター溶液が添加されたエレクトロポレーションバッファー中において、催芽する催芽工程について説明する。なお、目的遺伝子が組み込まれたプラスミドベクター(ベクター)は、ベクターDNAと互換可能に使用される。
【0042】
この工程では、カンゾウ属植物の種子において、導入を意図する遺伝子コンストラクト(目的遺伝子)を有するベクターDNA、種皮の組織を溶解または損傷できるセルラーゼ等の溶解酵素、及び、界面活性剤を含むエレクトロポレーションバッファー中で、種子の吸水を主とする催芽処理を行う。なお、溶解酵素には、例えば、ノボザイム234、キチナーゼ等が挙げられる。また、界面活性剤には、例えば、TritonX-100、Tween20等が挙げられる。催芽処理においては、種皮の組織を溶解または損傷できる任意の溶解酵素、及び、任意の界面活性剤が使用され得る。
【0043】
エレクトロポレーションバッファーの組成・調製は、当該分野において広く知られており、特に限定されない。最も好ましい代表的な組成・調製は、滅菌超純水 940 μl、水溶性ポリマー1.0% PVP(Polyvinylpyrrolidone) 500 μl、界面活性剤Silwet L-77(ポリエーテル変性シリコーン、トリシロキサンエトキシレート)0.5 μl、0.1Mスペルミジン 100 μl、ベクターDNA溶液 (1 μg/μl) 200 μl、及び、0.1 g/ml セルラーゼ 100 μlを列記の順によく混合しながら加え、最後に2.5M 塩化カルシウム(CaCl2)160 μlを加えよく混合する。ここに記載されるエレクトロポレーションバッファーの濃度及び用量は一例であり、催芽処理を行うことができる任意の濃度及び用量が使用され得る。
【0044】
なお、カンゾウ属植物の種子の数は、当該工程を行う容器にも依存し、特に限定されないが、上記のエレクトロポレーションバッファーの組成・調製の場合、最も好ましくは50粒である。このエレクトロポレーションバッファーを、カンゾウ属種子を重ならないように並べることができる大きさの容器(例えばシャーレ)に入れ、これにカンゾウ属種子を入れ、暗所で静置する。吸水した種子は膨潤する。なお、例えばウラルカンゾウ種子の場合は50粒あたり、直径約60mmのシャーレが適当である。静置する時間は18時間が最も好ましいが、この限りではない。本発明者によると、この工程において、水分と共にベクターDNAが種子細胞中に一部取り込まれると考えられる。
【0045】
次に、第二の工程である、催芽したカンゾウ属植物の種子を、エレクトロポレーションバッファー中において、冷却条件下において減圧する減圧工程について説明する。
【0046】
催芽処理により吸水した種子を、冷却条件下において減圧処理する。内容物が、エレクトロポレーションバッファーに浸漬した状態を維持し、容器中で氷上に配置し、容器ごと減圧用のチャンバーに入れ、減圧を開始する。冷却は氷上で行うのが簡便であるが、ペルチェ素子を用いるものなど、なんらかの冷却装置を用いることも可能である。
【0047】
具体的には、催芽後の種子及びエレクトロポレーションバッファーを入れた直径約60 mmのシャーレを氷上におき、減圧チャンバーに入れて、約3時間減圧する。
【0048】
減圧時のチャンバー内の気圧は大気圧よりも0.096 MPa程度低いことが望ましいが、この限りではない。本工程の処理時間は3時間がもっとも好ましいが、この限りではない。減圧処理終了時は、真空チャンバーのコックを静かに開け、徐々に大気圧に戻す。なお、減圧処理を含むエレクトロポレーション方法のさらなる詳細については、特許文献1に記載される内容が含まれ、当該内容が参酌される。
【0049】
次に、第三の工程である、エレクトロポレーションを行うエレクトロポレーション工程について説明する。
【0050】
前述した第二の工程において減圧処理されたカンゾウ属植物種子を、エレクトロポレーション用のエレクトロポレーションチャンバーに移す。エレクトロポレーションチャンバーには絶縁体で形成された種子を収容できる適切な容積を有する容器に、並行に対をなす電極面が1mm乃至15mmの電極間間隔で設置されているものを使用する。例えば、ウラルカンゾウ種子の場合は、一度に50粒が処理できる容積のものが好ましい。この場合、例えば、電極間間隔10mmの白金製の電極を有するシャーレ型のエレクトロポレーションチャンバーである、ネッパジーン株式会社製のエレクトロポレーションチャンバー、シャーレ白金プレート電極、形式CUY495P10が挙げられる。
【0051】
一度のエレクトロポレーションでの処理に適した数のカンゾウ属植物種子と、エレクトロポレーションバッファーをチャンバーに移し、エレクトロポレーション電源制御装置の電極をエレクトロポレーションチャンバーの電極に接続し、電圧(電極間電圧)、パルス幅、パルス間隔及びパルス数を設定する。例えば、ウラルカンゾウ種子への遺伝子導入の場合は、電圧(電極間電圧): 50 V/cm、パルス幅:50 msec.、パルス間隔:75 msec.、パルス数:50回が最も好ましいが、これに限定されない。
【0052】
エレクトロポレーション電源制御装置は、電圧パルスがスクエアパルスであり、上記の設定のパルス電圧を発生させることができるものであれば任意である。例えば、好ましくは、ネッパジーン株式会社製の遺伝子導入装置、形式CUY21EDITが挙げられる。ここで、電圧を加圧する前に、電極間の抵抗値を測定し、これが好ましくは20Ω〜30Ωとなることを確認する。20Ω以下の場合は、エレクトロポレーションバッファーを減少させ、30Ω以上の場合は、エレクトロポレーションバッファーを増加させて、調節する。最終的に抵抗値が20Ω〜30Ωとなることを確認したのち、パルス電圧を加圧する。パルス電圧加圧後の抵抗値を測定する。チャンバー内で発生した気泡はピペッティングによりできる限り除くことが望ましい。
【0053】
約2分間経過した後、電極を1回目と正負逆方向に再接続し、電極間の抵抗値を再度確認し、20Ω〜30Ωとなるようにエレクトロポレーションバッファー量を調節したのち、パルス電圧を加圧する。電極の極性は反転させることが好ましいが、必ずしも必要ではない。また、特許文献1に記載されているように、対をなす電極を2組以上設置し、極性切り替え機を使用するなどして、それらに電極を順次接続しエレクトロポレーションを行うことにより、種子に対し多方向の電圧パルスを加圧してもよい。
【0054】
次に、第四の工程である、エレクトロポレーションバッファー中において、氷上で養生させ、さらに暗所で静置する静置工程について説明する。
【0055】
電圧加圧(エレクトロポレーション)後、種子及びエレクトロポレーションバッファー全量を元の容器(例えば、シャーレ)に回収し、氷上で例えば好ましくは約1時間程度静置し、養生する。この際、氷上に置くのが簡便であるが、冷却機器等を使用することも可能である。冷却下養生した種子を、容器(例えばシャーレ)上でエレクトロポレーションバッファーに浸漬したまま暗所に静置する。好ましくは約20℃〜30℃で約0.5日〜2日、最も好ましくは25℃で1日、暗所に静置する。
【0056】
次に、第五の工程である、発芽バッファー中において、育成する育成工程について説明する。
【0057】
発芽用バッファーは、例えば、0.2% PVP(Polyvinylpyrrolidone)及び0.2% アンチホルミン(有効塩素濃度約0.001%)を含む超純水である。この発芽バッファー40 mlに、ベンレート(登録商標)水和剤(ベノミル、住友化学株式会社)100倍液を10 mlを加え、よく混和する。新たにシャーレ等の容器を準備し、シャーレの底面の大きさに適合するろ紙を1枚敷き、ろ紙を充分に湿る量の発芽用バッファー・ベンレート混和液を加え、ろ紙を充分に湿らせ、その上に暗所で静置した種子を、超純水で洗浄したのち、配置する。これを25℃、暗所に置き、発芽を行う。この工程では、ウラルカンゾウ種子の場合、種子50粒あたり、直径約90 mmのシャーレを使用することが適当である。
【0058】
発芽バッファー中での育成の2日後以降に、根の成長が認められる。この時点で種子表面にカビやバクテリアの繁殖が認められた場合は、その種子は遂次除去すると好ましい。
【0059】
なお、遺伝子導入処理を行ったカンゾウ属植物種子の植え付けには、オートクレーブで滅菌した種子発芽用培養土ポットの使用が適している。例えば、好ましくは、サカタのタネ社のジフィーセブン(水でふくらむタネまき土ポット)等が挙げられるが、培養土、バーミキュライト又はロックウール等の資材でも育成が可能である。また、苗床に使用する資材の滅菌処理は必要不可欠ではない。
【0060】
好ましくは、苗床に発芽又は発根した種子は、丁寧に移植する。図3は、育苗用培養土(ジフィーセブン)を用いた育苗装置を示す図である。例えば、同図に示すように、移植した育苗用培養土(ジフィーセブン)を、本製品に付属のバット等の容器に入れ、底面から約1-2 cmの水位となるように調節する。容器には湿度を高く保つため光を透過する蓋をし、育成を行う。育成は、温度を25℃、日長を16時間明、8時間暗、かつ相対湿度60%を制御したグロースチャンバー内で行うことが最も好ましいが、カンゾウ属植物が良好に成育可能な環境であればこの条件に限らない。
【0061】
具体的には、ジフィーセブンタネまき土ポットを吸水させる。次に、オートクレーブバッグに入れ、オートクレーブした後、十分に冷まし、温室に移動する。次に、アラシステム(株式会社バイオメディカルサイエンス製)の給水用バットを準備し、滅菌処理したジフィーセブンを並べる。次に、発芽している種子を丁寧にジフィーセブンに乗せて、プラスチックの蓋を被せ、高湿度を保つ。灌水装置をセットし、1日1回10分間潅水しながら、明/暗:16/8時間(hrs)、温度:25℃、湿度60%の環境で育成する。そして、子葉展開後、本葉が展開するまで育成して、葉一枚から総DNAを抽出する。
【0062】
葉から総DNAを抽出するために、葉を粉砕処理する。まず、2.0 ml蓋付きチューブを準備し、ラベルを付ける。ラベル記載したチューブ、油性ペン、はさみを準備し、育成しているカンゾウの葉一枚をハサミで切り、チューブに入れる。直径4.8 mmのステンレスボールを1チューブに2つずつピンセットで入れる。フローターに4つずつセットし、液体窒素に浸け、振って粉砕した後、DNeasy Plant Mini kit(登録商標)(Qiagen社製)で総DNAを抽出する。
【0063】
次に、目的遺伝子の導入の確認方法について説明する。
【0064】
目的遺伝子の導入の確認は、発芽し、育成したカンゾウ属植物の新鮮な組織の総DNAを調製し、例えばPCR法により行うことができる。
【0065】
試料とする組織は、葉が適している。総DNAを調製する方法は、一般的な植物分子生物学において使用される方法が適用され得る。総DNA調製キットの使用も可能であり、試料が多数に上る場合は、自動調製システム等の使用も考えられ得る。遺伝子導入の成否の判定は、組換え体候補のカンゾウ属植物より調製した総DNAを鋳型として、目的遺伝子の塩基配列に特異的なプライマーを使用し、PCR法により導入した遺伝子特異的な増幅産物の有無により行うことが可能である。遺伝子導入が起こっている場合は、増幅産物が得られ、目的領域の遺伝子が導入されていない場合は、増幅産物は得られない。また、PCR法の他にも、ゲノミックサザンブロッティング法等、その他当該分野において公知の手法が目的遺伝子のカンゾウ属植物への導入確認に使用され得る。
【0066】
PCR法では、プライマーの設計箇所に応じて、遺伝子導入に使用したベクターのどの領域が植物に導入されたか判定が可能であり、さらに増幅産物の塩基配列を解析することにより、導入された領域を確定することができる。また、ゲノムDNAについてインバースPCR法等の既知配列の周辺部の塩基配列解析のための手法を適用することにより、カンゾウ属植物のゲノムDNA上における導入遺伝子の近傍の塩基配列情報を解析することが可能である。
【0067】
遺伝子導入が確認された植物体は、さらに定植用の例えば殺菌培養土壌・資材に植え替えることにより、成育させることが可能である。図4は、ハイドロボールを支持体とする養液栽培装置を示す図である。同図に示すように、ハイドロボールを支持体とする養液栽培装置に植物体を植えることにより、当該植物体を育成させる。定植・栽培法としては、特願2009−131442号に記載される、ハイドロボールを支持体とした養液栽培法が好ましいが、一般的な培養土、ロックウール等を支持体とする栽培法も適用可能である。
【0068】
上述の本実施形態に係る植物形質転換体の作出方法により作出された遺伝子組換え体は、以下の特徴を有する。遺伝子導入に用いたベクターの一部又は全部のDNAが、ゲノムDNA、ミトコンドリアDNA又は葉緑体DNAに組込まれており、PCR又はゲノミックサザンブロッティング等の一般的な分子生物学的に公知な手法で導入遺伝子の存在を確認することができる。
【0069】
すなわち、例えば、マーカータンパク質をコードする遺伝子を導入し、その機能が発現した場合、マーカータンパク質の発現による機能・性質の付与が認められる。例えば、赤色蛍光タンパク質(Red Fluorescent Protein; RFP)をコードする遺伝子が導入され、機能発現した場合、植物体に励起光を照射すると、その一部または全部が赤色の蛍光を発する。
【0070】
これらの結果から、有用物質生産に関わる生合成酵素遺伝子を導入し、その機能が発現した場合、有用物質の生産量の増大が期待される。さらに、新規生合成経路を付与することにより、非天然型の化合物の生産も達成することができる。
【0071】
さらに、植物の発生又は成長制御に関わる遺伝子を導入し、その機能が発現した場合、植物体の全体、又は、根、茎若しくは葉等の一部の成長の促進または抑制により、得られる収穫物及び有用物質の増産や、植物工場に代表される閉鎖型栽培施設に適した形態への改変も可能である。
【0072】
なお、植物体が幼植物から育成する過程において、導入された遺伝子が植物体から消失・脱落してもよい。導入された遺伝子が消失・脱落した場合であっても、消失・脱落するまで、当該遺伝子が植物体の育成に寄与するためである。
【実施例】
【0073】
以下に実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。この実施例は、本発明を限定するものではない。実施例で使用した、材料、試薬などは、他に特定のない限り、商業的な供給源から入手可能である。
【0074】
(実施例1)
カンゾウ属植物ウラルカンゾウの種子を材料として、マーカー遺伝子の種子遺伝子導入を行った実施例について、以下に説明する。
【0075】
マーカー遺伝子としては、赤色蛍光タンパク質(Red Fluorescent Protein; RFP)の一種である、タンパク質DsRed2(Clontech社製)をコードする遺伝子を用いた。DsRed2遺伝子を含むプラスミドDNA、pDsRed2はClontech社より購入した。DsRed2遺伝子は、pDsRed2を鋳型として、PCRにより全長cDNAを増幅し、塩基配列決定用ベクターpT7Blue(登録商標)(Novagen社製)に導入し、塩基配列を確認した後、制限酵素HincII及びSmaIでcDNA全長を切り出し、pWI-MCSベクターのSmaIサイトに導入し、これをpWI-DsRed2とした。PCR終了後、反応液全量をアガロース電気泳動に供した。
【0076】
ここで、35S Prom - DsRed2-C末端、または、DsRed2-N末端 - DsRed2-C末端のPCR増幅に用いたプライマーセットは下記の通りである。
35S Prom - DsRed2-C末端 増幅用: CaMV35S-717S + DsRed2-C-end
DsRed2-N末端 - DsRed2-C末端 増幅用: DsRed2-N-end + DsRed2-C-end
また、各プライマーの塩基配列は、配列番号1:CaMV35S-717S、配列番号2:DeRed2-N-end、配列番号3:DsRed2-C-endに対応している。
【0077】
また、PCR条件は下記の通りである。
反応液:ゲノムDNA 3 μl, Primer sense (10 pmole) 1 μl, primer anti-sense (10 pmole) 1 μl, GoTaq Green Master Mix(登録商標)(Promega社製) 5 μl (合計10 μl)
PCR cycle:94℃ 5 min →(94℃ 30 sec → 58℃ 30 sec → 72℃ 1 min)×30 cycle → 72℃ 10 min
【0078】
図5は、pWI-DsRed2の構築方法を示す図である。同図に示すように、構築されたpWI-DsRed2は、CaMV35Sプロモーター制御下でDsRed2が発現すると期待される。そこで、pWI-DsRed2を導入用ベクターとし、種子遺伝子導入法により、ウラルカンゾウ種子への遺伝子導入を行い、発芽した幼植物を励起光下で赤色蛍光を観察した。その結果、幼植物体全体において赤色蛍光を発する個体が確認された。図6は、赤色蛍光タンパク質DsRed2を発現するウラルカンゾウ幼植物と、遺伝子非導入体のウラルカンゾウ幼植物と、を比較した図である。ここで、タンパク質DeRed2は、558 nmを中心波長とする励起光下で、583 nmを中心波長とする赤色蛍光を発するタンパク質である。このため、DsRed2遺伝子が導入された植物体は、558 nmを中心波長とする励起光下で、赤色蛍光を植物体全体より発する。同図に示すように、本植物個体は、558 nmを中心波長とする励起光下で、植物体全体より赤色蛍光を発した。すなわち、DsRed2遺伝子の導入でDsRed2タンパク質を幼植物(植物体)全体で発現していた。
【0079】
また、これらの蛍光を発する個体より総DNAを調製し、PCR法により、DsRed2遺伝子の一部領域について増幅を行った。図7は、ウラルカンゾウに導入したDsRed2遺伝子をPCR法により確認した、電気泳動結果を示す図である。なお、100-3、100-7の2レーンが、遺伝子導入を行い、赤色蛍光を発した幼植物より調製した総DNAを鋳型としてPCRを行った増幅産物である。また、WTは非組換え体、pWI-DsRed2は、陽性対照の遺伝子導入に使用したベクターである。同図に示すように、ウラルカンゾウにDsRed2遺伝子が導入されていた。
【0080】
また、DsRed2遺伝子配列中に存在する制限酵素サイトを利用して、DsRed2遺伝子の導入が行われたかを確認した。具体的には、前述と同様の手法で、赤色蛍光の確認された幼植物より調製した総DNAを鋳型としたPCR法で、DsRed2遺伝子と思われるフラグメントを増幅した。ゲルから切り出し、精製、濃縮した後、制限酵素消化を行い、電気泳動で切断パターンを確認することにより、DsRed2遺伝子が導入されているか否かを確認した。
【0081】
以下に、制限酵素処理条件を示す。
合計20 μl(DNA fragment 5 μl, 10×H buffer 2 μl, Pst I 1 μl, H2O 12 μl)
合計20 μl(DNA fragment 5 μl, 10×K buffer 2 μl, 0.1% BSA 2 μl, NcoI 1 μl, H2O 10 μl)
【0082】
図8A及び8Bは、制限酵素処理したpWI-DsRed2ベクター由来のPCR増幅産物の断片を示す図である。同図に示すように、赤色蛍光を発する幼植物の総DNAを鋳型としてPCRで増幅された増幅産物は、制限酵素処理により、pWI-DsRed2ベクターと同様の断片とに切断されることが示され、導入された遺伝子の断片であることが確認された。すなわち、種子遺伝子導入により35S Prom-DsRed2遺伝子がウラルカンゾウに導入されていることが確認できた。そして、DsRed2遺伝子の一部の導入が確認された幼植物は、子葉及び根が形成された。
【0083】
以上の結果、種子遺伝子導入により35S Prom-DsRed2遺伝子がウラルカンゾウに導入されていることが確認できた。
【0084】
(実施例2)
次に、カンゾウ属植物ウラルカンゾウの種子を材料として、スクアレン合成酵素遺伝子GuSQS1の種子遺伝子導入を行った実施例について、以下に説明する。
【0085】
まず、カンゾウ属植物のウラルカンゾウの種子を材料として遺伝子導入を行った。導入した遺伝子は、カンゾウ属植物の生産するグリチルリチン酸の生合成鍵酵素のひとつであるスクアレン合成酵素をコードする遺伝子である。スクアレン合成酵素をコードする遺伝子のcDNAは、ウラルカンゾウよりクローニングした。スクアレン合成酵素は、ファルネシル2リン酸2分子を基質としてスクアレン1分子を合成する酵素である。図9は、カンゾウ属植物におけるグリチルリチン酸生合成経路の概略を示す図である。ここで、スクアレンは、図9に示すように、β-シトステロール等の植物ステロールをはじめ、ウラルカンゾウにおいては有用二次代謝産物である、グリチルリチン酸の生合成中間体である。
【0086】
塩基配列データベース[DDBJ(DNA Data Bank of Japan)/EMBL(European Molecular Biology Laboratory)/GenBank(登録商標)]に登録されているスクアレン合成酵素のcDNA配列よりcDNAの5’末端及び3’末端にアニールするプライマーを設計した。ウラルカンゾウには2つのSQS遺伝子ホモローグが存在する事が知られており、それぞれSQS1、SQS2として塩基配列データベースに登録されている。ウラルカンゾウからのSQS遺伝子のクローニングにおいては、SQS1を用いた。ここで、プライマー設計に使用した塩基配列の accession No.は、SQS1ではD86409、GQ179651、GQ266154である。この塩基配列のアラインメントを作製し、塩基配列の比較より設計したSQS1遺伝子増幅用プライマーの塩基配列は、配列番号4及び5に対応している。
【0087】
全てのプライマーにはpWIベクターに組込む為にEcoRVサイトを付加し、フォワードプライマーには真核生物における翻訳開始に関与するとされるKozak配列を翻訳開始コドンの前に付加した。配列番号4及び5のプライマーを使用し、ウラルカンゾウの全草より調製したcDNAプールを鋳型にKOD-Plus(登録商標)-PCRポリメラーゼ(東洋紡績株式会社製)を使用しPCR増幅を行った。SQS1用プライマーセットで得られたPCR増幅産物は精製の後、塩基配列決定用ベクターpT7Blue(登録商標)(Novagen社製)に導入し、塩基配列を決定した。図10は、スクアレン合成酵素遺伝子増幅用プライマーによるPCR増幅産物の塩基配列及び推定アミノ酸配列を示す図である。スクアレン合成酵素遺伝子増幅用プライマーによるPCR増幅産物の、塩基配列を配列番号6及び図10、また、推定アミノ酸配列を配列番号7及び図10に示す。
【0088】
配列番号6、配列番号7及び図10に示すように、コード領域は1242塩基対であり、これによりコードされるタンパク質は、413アミノ酸と推定される。本塩基配列、及び、コードするアミノ酸は、他のカンゾウ属植物由来のスクアレン合成酵素と高い相同性を示した。ウラルカンゾウ由来の代表的なSQS1、accession No. AM182329との相同性はDNAレベルで99%、また、アミノ酸レベルで98%であった。また、ヒト由来のスクアレン合成酵素SQS(accession No. X69141)との相同性はDNAレベルで58%、アミノ酸レベルで46%であった。ここでは、本PCR増幅産物は他のスクアレン合成酵素と高い相同性を示すことから、本遺伝子がコードするタンパク質の機能はスクアレン合成酵素と推定されるため、この遺伝子をGuSQS1という。
【0089】
GuSQS1の全長cDNAを含む部分をpWI-MCSのSmaIサイトに、GuSQS1遺伝子がCaMV35Sプロモーターにより発現される方向に導入し、この遺伝子導入用ベクターをpWI-GuSQS1とした。図11は、pWI-GuSQS1の構築方法を示す図である。同図に示すように、構築されたpWI-GuSQS1は、CaMV35Sプロモーター制御下でGuSQS1が発現すると期待される。そして、pWI-GuSQS1を導入用ベクターとし、種子遺伝子導入法でウラルカンゾウ種子への遺伝子導入を行った。
【0090】
まず、エレクトロポレーション処理を行った。その後、遺伝子導入処理を施した種子を、発根または発芽後、オートクレーブ滅菌した育苗用ジフィーセブンに植え付け、育成した。成育した株より新鮮葉を採取し、調製した総DNAを鋳型として、導入した遺伝子コンストラクト特異的なプライマーセットで、PCR法により導入遺伝子の有無を確認した。PCRに使用したプライマーは、配列番号8:AIST35Ss、配列番号9:35S term 22A、配列番号10:GuSQS1-262Aに対応している。
【0091】
図12は、ウラルカンゾウに導入したGuSQS1遺伝子をPCR法により確認した、電気泳動結果を示す図である。同図に示すように、4, 5, 8, 15及び18番の植物にGuSQS1遺伝子コンストラクトが導入されていることが判明した。
【0092】
次に、本種子遺伝子導入法により作出された、GuSQS1遺伝子導入ウラルカンゾウを、育苗用ジフィーセブンにおいて育成し、さらに、ハイドロボールを支持体とした養液栽培法により良好に植物体として育成した。育成はグロースチャンバーで行い、育成条件は、温度25℃一定、明/暗:16/8時間(hrs)、湿度60%とした。移植後2週間程度は、植物体にプラスチックカバーを被せ、高湿度を維持した。その後、生育調査、及び、再度植物体にGuSQS1遺伝子が導入されているかを調べた。
【0093】
図13A及び13Bは、WT(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、及び、空ベクター(pWI-MCS)、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体を比較した図である。ここでは、養液栽培装置に移植後42日間生育したウラルカンゾウ植物体を比較した。同図に示すように、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体は、非組換え体のウラルカンゾウ植物体及び空ベクターを導入したウラルカンゾウ植物体と比較して、生育が良好であった。
【0094】
次に、野生株(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、空ベクターを導入したウラルカンゾウ植物体、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体において、植物体の大きさ・葉数及び葉の大きさを比較した。ここでは、草丈、葉数、最大葉身長、最大葉身幅、小葉数、最大頂小葉身長、最大頂小葉身幅、最大側小葉身長、最大側小葉身幅について、比較した。
【0095】
図14A〜14Cは、野生株(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体、空ベクターを導入したウラルカンゾウ植物体、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体において、植物体の大きさ・葉数及び葉の大きさを比較した図である。図中、GuSQS1-1が図13AのGuSQS1遺伝子導入体に、またGuSQS1-2が図13BのGuSQS1遺伝子導入体に対応する。ここでは、図中に特に記載がない場合、養液栽培装置に移植後42日間生育したウラルカンゾウ植物体について比較した。また、それぞれの棒グラフは、平均値を示している。同図に示すように、草丈、葉数、最大葉身長、最大葉身幅、小葉数、最大頂小葉身長、最大頂小葉身幅、最大側小葉身長、最大側小葉身幅のすべての項目について、GuSQS1遺伝子を導入したウラルカンゾウ植物体は、野生株(非組換え体)のウラルカンゾウ植物体及び空ベクターを導入したウラルカンゾウ植物体より、生育が良好であった。
【0096】
以上説明したように、本植物体についてPCR法により導入遺伝子の確認を行うと、CaMV35Sプロモーターの一部から、GuSQS1の全長を経て、そしてCaMV35Sターミネーターの一部に至る、DNA断片が増幅された。すなわち、植物体に人為的に導入された外来のGuSQS1遺伝子の発現用コンストラクトが導入されていることを特徴とする。
【0097】
また、本GuSQS1遺伝子導入植物体においては、ウラルカンゾウが本来有するGuSQS1遺伝子に加え、種子遺伝子導入法により導入されたGuSQS1遺伝子の発現用コンストラクトによるGuSQS1遺伝子の発現により、生合成酵素GuSQS1タンパク質が、非組換え体と比較して多量に生産された。その結果、スクアレンの生産量が向上すると期待される。また、スクアレンはオキシドスクアレンを経て、ウラルカンゾウにおいてはグリチルリチン酸へと変換される生合成経路の生合成中間体であり、結果として有用なグリチルリチン酸の生産量の向上が期待される。
【0098】
また、本GuSQS1遺伝子導入植物体は、非組換え体と同様に、成育すると、根および根茎にグリチルリチン酸を蓄積する。その結果、グリチルリチン酸の含有量は非組換え体を同条件下栽培したものと比較して、高くなるものと期待される。
【0099】
また、本GuSQS1遺伝子導入植物体により生産されるグリチルリチン酸をはじめとする二次代謝産物、及び、その他の一次代謝産物は、抽出・精製等の工程を経て、医薬品、食品、化粧品、その他工業原料等の用途に使用することができる。
【0100】
なお、GuSQS1遺伝子は他の植物、動物、酵母、昆虫等の生物由来の同様のスクアレン生合成能を有するタンパク質をコードする遺伝子で代替可能である。その遺伝子配列はGuSQS1と分子生物学的に高い相同性を有していればよく、その相同性はアミノ酸レベルで40%以上、DNAレベルで50%以上であることが望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0101】
カルスや組織片からの植物体再生過程が不要で、簡便かつ迅速に作出できるカンゾウ属植物の植物形質転換体の作出方法、及び、該作出方法によって作出された植物形質転換体を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンゾウ属植物の種子を、種皮の溶解酵素、界面活性剤及び目的遺伝子が組み込まれた高濃度プラスミドベクター溶液が添加されたエレクトロポレーションバッファー中において、催芽する催芽工程と、
前記催芽されたカンゾウ属植物の種子を、前記エレクトロポレーションバッファー中において、冷却条件下において減圧する減圧工程と、
前記減圧されたカンゾウ属植物の種子を、前記エレクトロポレーションバッファー中において、エレクトロポレーションを行うエレクトロポレーション工程と、
前記エレクトロポレーションが行われたカンゾウ属植物の種子を、前記エレクトロポレーションバッファー中において、氷上で養生させ、さらに暗所で静置する静置工程と、
前記暗所で静置されたカンゾウ属植物の種子を、発芽バッファー中において、育成する育成工程と、
前記育成されたカンゾウ属植物の種子から、前記目的遺伝子が導入されたカンゾウ属植物の植物形質転換体を得る取得工程と、を備える
ことを特徴とする植物形質転換体の作出方法。
【請求項2】
前記発芽バッファー中において、前記育成されたカンゾウ属植物の種子から育成した幼植物を、殺菌培養土上で生育する生育工程、をさらに備える
ことを特徴とする請求項1に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項3】
前記カンゾウ属植物は、ウラルカンゾウ(Glycyrrhiza ularensis)、スペインカンゾウ(G. glabra)、ロシアカンゾウ(G. echinata)、新彊カンゾウ(G. inflata)、G. eurycarpa、又は、イヌカンゾウ(G. pallidiflora)のいずれかである
ことを特徴とする請求項1または2に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項4】
前記催芽処理にて用いる前記カンゾウ属植物の種子は、硬実打破処理を施した発芽し易い種子である
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項5】
前記高濃度プラスミドベクター溶液は、高濃度pWI系ベクター溶液、又は、高濃度pUC系ベクター溶液である
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項6】
前記目的遺伝子は、スクアレン合成酵素遺伝子GuSQS1、又は、赤色蛍光タンパク質遺伝子DsRed2である
ことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の植物形質転換体の作出方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか1項に記載の植物形質転換体の作出方法において作出された
ことを特徴とする植物形質転換体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13A】
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【図13B】
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【図14A】
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【図14B】
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【図14C】
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【公開番号】特開2011−234648(P2011−234648A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−107530(P2010−107530)
【出願日】平成22年5月7日(2010.5.7)
【出願人】(505314022)独立行政法人医薬基盤研究所 (17)
【Fターム(参考)】