説明

植物病原菌に対する抗菌剤

【課題】 植物病原菌に対してより強い抗菌活性を有する、農業用及び家庭用の抗菌剤を提供する。
【解決手段】 Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体(R体)を活性成分とする、植物病原菌に対する抗菌剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境負荷が少なく安全性が高い、植物病原菌に対する抗菌剤及び増殖阻害剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
農業分野においては、病害の80%が糸状菌によって、10%が細菌によって引き起こされる。糸状菌には、抗生物質を生産するものや麹として利用されるもの等、有用な種類もあるが、灰色カビ病、青カビ病、うどんこ病、炭そ病、いもち病等の植物病害の原因菌も多数あり、農業分野における作物生産の障害となっていた。
【0003】
このような状況下、これらの植物病原菌の感染・増殖を抑える種々の化合物が開発され、それらは化学農薬として用いられている。しかしながら、近年の食の安全・安心への意識の高まりや、環境への配慮から、化学農薬に頼らない減農薬栽培に有効で環境への負荷が少ない植物等の天然物由来の抗菌物質が注目されるようになってきている。
【0004】
そのような天然物由来の抗菌物質として、ネギ属植物の一種であるシャロット(Allium cepa aggregatum group)から抽出されるサポニン類が、糸状菌の1種であるフザリウム(Fusarium)属不完全菌、特にタマネギ乾腐病の原因菌であるFusarium oxysporumに対する抗菌効果を有することが知られている(特許文献1)。
【0005】
一方、Alliospiroside A([(1b, 3b, 25S)-3-hydroxyspirost-5-en-1-yl]2-O-(α-L-rhamnopyranosyl)-α-L-arabinopyranoside)が、ヒトの日和見感染真菌の1種であるCryptococcus neoformansに対して抗菌活性を示したことが報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−77100号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Xu, M. et al., Steroidal Saponins from Fresh Stems of Dracaena angustifolia, J. Nat. Prod., 73:1524-1528(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、Alliospiroside Aが、植物病原菌に対する抗菌活性を有することは未だ報告されていない。また、上記した通り、ネギ(Allium)属植物であるシャロット(Allium cepa aggregatum group)から抽出されるサポニン類が、糸状菌の1種であるFusarium属不完全菌に対して抗菌活性を示すことは知られているが、抽出される多数種のサポニンの中でどのサポニンが抗菌活性を有するのかは不明であった。
【0009】
したがって、本発明は、シャロットから抽出される多数種のサポニンの中でどのサポニンが抗菌活性を有するのかを特定し、植物病原菌に対してより強い抗菌活性を有する、農業用及び家庭用作物の抗菌剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討した結果、シャロットから抽出される多数種のサポニンのうち、Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体が、野菜、果樹及び鑑賞植物等の難防除病害の原因菌である炭そ病菌(Colletotrichum属菌)等に対して特に強い抗菌活性、殺菌活性及び増殖抑制活性を示すことを見いだし、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、
(1)Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体を活性成分とする、植物病原菌に対する抗菌剤、
(2)植物病原菌が、炭そ病菌(Colletotrichum属菌)であることを特徴とする、前記第(1)項に記載の植物病原菌に対する抗菌剤、
(3)植物病原菌が、イネいもち病菌(Magnaporthe grisea)又はイネもみ枯れ病菌(Burkholderia glumae)であることを特徴とする、前記第(1)項に記載の植物病原菌に対する抗菌剤
に関する。
【0012】
また、本発明は、
(4)Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体(R体)を活性成分とする、植物病原菌の増殖阻害剤
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の抗菌剤は、天然物であるシャロット由来であり、農作物に多大な被害を与える炭そ病等の植物病原菌に対して強い増殖抑制効果を示す。したがって、本発明の抗菌剤は、化学農薬に頼らない減農薬栽培に有効で環境への負荷が少なく、かつ、従来の抗菌剤や各種サポニン類よりも抗菌・殺菌効果が格別顕著に優れた農業用及び家庭用作物の抗菌剤とすることができる。
【0014】
また、シャロットからの抽出物中で抗菌活性が高い成分(Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体)の含有量を評価することにより、有用シャロット種の評価が簡便にできるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】シャロット盤茎におけるサポニンの分画(フラクション)を示す。シャロット盤茎サポニン(フラクション1〜10)のp-アニスアルデヒド試薬による発色像(a)と二次元薄層クロマトグラフィー(TLC)(逆相薄層TLC)のUV吸収像(b)。Sは、分画前のサポニンを示す。
【図2】シャロットの盤茎サポニン各フラクションのイチゴ炭そ病菌に対する増殖抑制効果を示す。Cはサポニンを含まない対照区を示す。
【図3】シャロットの盤茎サポニン各フラクションのイチゴ炭そ病菌に対する増殖抑制率を示す。横軸の数字は、フラクション番号を示す。
【図4】Alliospiroside Aの各種植物病原糸状菌に対する増殖抑制率を示す。
【図5】Alliospiroside Aの濃度0〜100 ppmに対するサトウキビ炭そ病菌C. graminicolaの増殖抑制率及び50%抑制ラインを示す。
【図6】アブラナ科植物の炭そ病菌C. destructivumの胞子懸濁液の接種試験に供したシロイヌナズナの葉の写真を示す。
【図7】アブラナ科植物の炭そ病菌C. destructivumの胞子懸濁液の接種試験に供したシロイヌナズナの病斑数を示す。
【図8】Alliospiroside Aのイチゴ炭そ病菌C. gloeosporioidesの胞子に対する殺菌効果を示す。
【図9】Alliospiroside Aのイチゴ炭そ病菌C. gloeosporioides、アブラナ科植物炭そ病菌C. destructivum、およびネギ萎ちょう病菌F.oxysporum f. sp. cepaeの胞子に対する殺菌効果を示す。
【図10】Alliospiroside Aのイチゴ炭そ病菌C. gloeosporioides発芽菌糸にする殺菌効果を示す。
【図11】Alliospiroside Aのイチゴ炭そ病菌C. gloeosporioidesおよびネギ萎ちょう病菌F.oxysporum f. sp. cepae発芽菌糸に対する殺菌効果を示す。
【図12】Alliospiroside Aの細菌に対する増殖抑制効果を示す。左上、大腸菌E. coli;左下、Citrobacter freundii;右上、イネもみ枯細菌病菌Burkholderia glumae;右下、肺炎桿菌 Klebsiella pneumoniae.。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、「抗菌剤」とは、菌に対して抗菌効果を示すものに加えて、菌に対する殺菌効果を示す「殺菌剤」をも含むものである。
【0017】
本発明の抗菌剤の活性成分であるAlliospiroside A([(1b, 3b, 25S)-3-hydroxyspirost-5-en-1-yl]2-O-(α-L-rhamnopyranosyl)-α-L-arabinopyranoside)は、次に示す構造式で表される化合物である。
【化1】




【0018】
また、本発明の抗菌剤の活性成分であるAlliospiroside Aの25位立体異性体は、Alliospiroside A の25位のメチル基が、R体である[(1b, 3b, 25R)-3-hydroxyspirost-5-en-1-yl]2-O-(α-L-rhamnopyranosyl)-α-L-arabinopyranosideであり、次に示す構造式で表される化合物である。
【化2】




【0019】
本発明の抗菌剤の活性成分であるAlliospiroside A及びAlliospiroside Aの25位立体異性体は、それぞれ単独で用いてもよいし、両者の混合物として用いてもよい。本発明の抗菌剤が、植物病原菌に対し、より強い抗菌活性を有するためには、Alliospiroside A及びAlliospiroside Aの25位立体異性体の混合物を活性成分として用いるのが好ましい。
【0020】
Alliospiroside A及びAlliospiroside Aの25位立体異性体の混合物を活性成分として用いる場合、両者の混合比は、本発明の抗菌剤が所望の抗菌活性を示す限り特に限定されないが、約1:10〜約10:1が好ましく、約1:5〜約5:1がより好ましく、約3:1が最も好ましい。
【0021】
本発明の抗菌剤の活性成分であるAlliospiroside A及びAlliospiroside Aの25位立体異性体は、例えば、ネギ(Allium)属植物であるシャロット等から、下記する方法により抽出・精製する工程を経て得ることができる。
【0022】
ここで、本発明に用いられるシャロットとしては、ネギ(Allium)属植物のうち、以下の特徴、すなわち染色体の基本数が8で、管状の葉身部を持ち、鱗茎が発達し、垂直方向に短い茎を有するもの(Subgenus Cepa)であって、花色は緑色がかった白色で、葉は出始めのうち扁平または半円筒状で主に4〜9枚、広がりのある花被片を持ち、花被片の中肋に沿って緑色を呈する繊維が走り、蜜分泌腺はポケット状で、花茎の下半分には風船状の膨らみを有する(Cepa alliance)という特徴を持ち、かつ分球性を示す(aggregatum group)ネギ属植物(Allium cepa aggregatum group)等が代表的に挙げられる(Fritsch R. M. & Friesen N. 2002. Evolution, Domestication and taxonomy. in : Allium Crop Science: Recent Advances. 5-30. CAB International.参照)。
【0023】
Alliospiroside A及びAlliospiroside Aの25位立体異性体を溶媒抽出する方法としては、本発明の抗菌剤の活性成分であるAlliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体を含むサポニンが収率良く得られる方法であれば特に限定されないが、例えば、以下に示す方法により溶媒抽出するのが好ましい。
【0024】
(1)天然物原料(例えば、シャロット等)を破砕又は磨砕する。(2)破砕・磨砕した原料に、脂肪族炭化水素系溶媒(例えば、ヘキサン等)を加えて、同溶媒に溶解性を有する物質を除去する。(3)脂溶性物質を除去した残留物に、アルコール溶媒(例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等、好ましくはメタノール等)を加えて、同溶媒に溶解性を有する物質を抽出する。(4)前記抽出物から乾燥等によりアルコール溶媒を除き、残留物を水に溶解させる。ここに、水と分離できる脂肪族炭化水素系でない溶媒(例えば、ブタノール等)を加えて、同溶媒に溶解性の物質を水溶液から分離抽出する。(5)吸引乾燥等により、溶媒を除去し、粗サポニンを得ることができる。
【0025】
Alliospiroside A及びAlliospiroside Aの25位立体異性体を含む粗サポニンを精製する方法としては、本発明の抗菌剤の活性成分であるAlliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体を含むサポニンが収率良く得られる方法であれば特に限定されないが、例えば、以下に示す方法により精製するのが好ましい。
【0026】
(1)得られた粗サポニンに対し、薄層クロマトグラフィー(TLC)を行う。展開溶媒としては、例えば、クロロホルム:メタノール:水=約6:3:0.5等を用いることができる。(2)紫外線(UV)照射(波長:約254 nm)する、又は、p−アニスアルデヒド試薬やEhrlich’s試薬を、前記薄層に噴霧して発色させることにより、サポニン画分(フラクション)のスポットを確認する。(3)サポニン画分のスポットの部分を掻き取る。(4)掻き取った各サポニン画分に溶媒(例えば、エタノール等)を加えて溶解させ、遠心分離(好ましくは、真空乾燥下)することにより残渣を除去し、抽出した溶媒から自然乾燥等することにより、精製サポニンを得ることができる。
【0027】
得られた精製サポニンに対し、例えば、下記する実施例に記載する抗菌活性試験方法等を用いて、植物病原菌に対し強い抗菌活性を有する精製サポニンの画分(フラクション)を特定することにより、Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体を含む画分を得ることができる。また、その画分を質量分析法(MS)や核磁気共鳴法(NMR)等により、Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体を同定することができる。
【0028】
本発明の抗菌剤は、植物病原菌に対する増殖抑制効果を示すものである。ここで、植物病原菌としては、植物病原糸状菌及び植物病原細菌等が挙げられる。
【0029】
本発明の抗菌剤が増殖抑制効果を示す植物病原糸状菌としては、例えば、Colletotrichum属菌が挙げられる。Colletotrichum属菌は、炭そ病の原因菌として知られている。炭そ病の症状の特徴は、葉、葉柄、つる及び果実等あらゆる部位で発生するもので、葉では径3〜20mm程度の縁が不定形の円形の病斑が生じる。病斑の縁は褐色を呈し、中央部は退色して破れやすくなる。葉柄では淡褐色の紡すい形のくぼんだ病斑が生じ、縦に小さな亀裂が入ることもある。果実では、最初油浸状の小さな斑点が生じ、やがて拡大し、くぼみ、鮭肉色の粘着物が形成され、亀裂が入る。病斑部に小さな黒点が形成されることもある。このように、植物が炭そ病に感染した場合、農産物としての品質が著しく劣化し、商品価値が低下することになる。
【0030】
本発明の抗菌剤が増殖抑制効果を示すColletotrichum属菌(以下、「C.」と略する)としては、例えば、イチゴ、リンゴ及びマンゴー等が感染するC. gloeosporioides、アブラナ科植物が感染するC. destructivum、サクランボ及びリンゴ等が感染するC. acutatum、イネ科植物が感染するC. graminicola等が挙げられる。特に、本発明の抗菌剤は、C. gloeosporioidesに対して強い増殖抑制効果を示す。
【0031】
その他、本発明の抗菌剤が増殖抑制効果を示す植物病原糸状菌としては、例えば、Sclerotium cepivorum(ユリ類黒腐菌核病)、Magnaporthe grisea(イネいもち病菌)、Botrytis cinerea(イチゴ灰色かび病)、Thanatephorus cucumeris(テンサイ根腐病)等が挙げられる。特に、本発明の抗菌剤は、Magnaporthe grisea(イネいもち病菌)に対して強い増殖抑制効果を示す。
【0032】
本発明の抗菌剤が増殖抑制効果を示す植物病原細菌としては、例えば、Ralstonia solanacearum(ナス科青枯れ病菌)、Clavibacter michiganensis(トマトかいよう病菌)、Erwinia carotovora(ハクサイ軟腐病菌)、Burkholderia glumae(イネもみ枯れ病菌)、Agrobacterium rhizogenes(メロン毛根病菌)、Pseudomonas fluorescens(蛍光シュードモナス細菌)等が挙げられる。特に、本発明の抗菌剤は、Burkholderia glumae(イネもみ枯れ病菌)に対して強い増殖抑制効果を示す。
【0033】
本発明の抗菌剤は、野菜、果樹及び鑑賞植物等の農業用・家庭用作物が上記植物病原菌に感染するのを予防することができる。また、本発明の抗菌剤は、植物病原菌に感染した農業用・家庭用作物の殺菌剤とすることもできる。
【0034】
本発明の抗菌剤中のAlliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体の濃度は、植物病原菌に対する抗菌・殺菌活性を示す限り特に限定されないが、好ましくは約10〜約50000 ppm、より好ましくは約10〜約20000ppmである。
【0035】
本発明の抗菌剤は、植物病原菌に対して抗菌活性を有する限り剤形は特に限定されないが、活性成分であるAlliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体に、水、アルコール類(例えば、メタノール、エタノール等)、その他所望の補助剤(例えば、ジメチルスルホキシド等)を混合することによって溶液の形態として用いることが好ましい。
【0036】
本発明の抗菌剤は、野菜、果樹及び鑑賞植物等の農業用・家庭用作物のあらゆる部位に接種、塗布、散布等することにより、作物が植物病原菌に感染するのを予防することができる。また、植物病原菌に感染した農業用・家庭用作物の部位に接種、塗布、散布等することにより、植物病原菌を殺菌することができる。
【0037】
本発明の抗菌剤は、植物保護剤、防菌防黴剤、連作障害低減のための土壌改善剤、貯蔵・市場病害の予防のための食品貯蔵剤とすることもできる。また、本発明の抗菌剤は、野菜工場における植物病原菌の汚染防止剤、無菌施設における環境維持剤とすることもできる。さらに、肥料に本発明の抗菌剤を含有させてもよい。
【実施例】
【0038】
本発明を更に詳しく説明するため、以下に実施例を示すが、当然のことながら、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
実施例1.サポニンの抽出及び精製
ベトナム産シャロット(Allium cepa L. Aggregatum group)の球根を洗浄し、可食部、球根外皮(外皮)、球根基部(盤茎)及び根組織に分け、70℃で乾燥した。乾燥サンプルを粉砕し、ヘキサン抽出を行った。抽出残渣に70%メタノールを加え超音波処理することによりメタノール抽出した後、ろ過を行って、ろ液を回収した。
【0040】
回収したろ液(メタノール画分)をナスフラスコに入れ、減圧留去した。ナスフラスコに残った溶液をイオン交換水で洗い、メスシリンダーに移して一定量にフィルアップした。分液漏斗にフィルアップした溶液を移し、ブタノールを等容量加え、軽く振蕩した後約6時間静置した。2層に分かれた後、上層(ブタノール層)をナスフラスコに移し、減圧留去した。留去後、ナスフラスコ壁面の付着物(粗サポニン画分)を80%エタノールで洗い溶かし、あらかじめ質量を量ったエッペンドルフチューブに移し自然乾燥した。
【0041】
得られた乾燥サポニン数10 mg量を80%エタノールに溶解後、TLCプレートにスポットし、展開液(クロロホルム:メタノール:水=6:3:0.5)を入れた展開槽中で展開した。展開後、UV照射(253.7 nm)下で各フラクションの位置を確認した。各フラクションを含むシリカゲルをスパチュラで削り取り、エッペンドルフチューブに移した。80%エタノールを加えてサポニンを溶出した後、真空乾燥遠心処理(20℃、12000 rpm、10分間)によってエタノールを除去した。処理後、上澄みを回収し真空乾燥遠心処理により、乾燥サポニンフラクションを得た。
【0042】
乾燥サポニンフラクションを再度80%エタノールに溶解し、TLCで展開後、p-アニスアルデヒド試薬による発色を行い、サポニンのスポットを確認した(図1a)。
【0043】
乾燥サポニンフラクションを30μg/μlになるように80%エタノールで調製し、逆相薄層TLCプレートにスポットし、展開液(メタノール:水=45:55)を入れた展開槽中で展開した(二次元TLC)。展開後、UV照射(254nm)下で各画分に含まれるサポニンの数を確認した(図1b)。
【0044】
実施例2.植物病原糸状菌に対する抗菌活性試験
上記実施例1で得られた各乾燥サポニンフラクション(フラクション1〜10)を80%エタノールに溶解し、各100μgを溶解したポテトデキストロース(PD)寒天培地(3 ml)を加えて混釈した。固化後、PD寒天平板培地に培養した供試菌コロニーからコルクボーラー(オートクレーブ滅菌済み)で抜き取った菌糸プラグ(直径5 mm)を平板培地の中央に置いた。コントロール(対照区)として、サポニンを含まないPD寒天培地を用いた。コントロール(C)のコロニーがシャーレ全体に広がるまで各培地を25℃で培養し、コロニーのサイズを測定した。植物病原菌の代表例として、イチゴ炭そ病菌C. gleoeosporioidesに対する増殖抑制効果を図2及び図3に示す。図2は、各シャーレの写真を示し、図3は、各サポニンフラクションのC. gleoeosporioidesに対する増殖抑制率を示す。
【0045】
ここで、「増殖抑制率」とは、上記サポニンフラクションを含まない培地上で生育したコントロール(対照区)の菌叢直径に対して、抗菌活性成分を含むサポニンフラクションを含有培地で菌が生育した菌叢直径から到達できなかった分を、「増殖抑制率」とする。すなわち、「増殖抑制率(%)」は、次式で表される。
【数1】




例えば、ある菌のコントロールの直径が8cmで、サポニンフラクションを含有培地での菌直径が2cmであった場合、「増殖抑制率」は、(8cm−2cm)/8cm×100=75%となる。
【0046】
図2及び図3から明らかなように、サポニンフラクション5がイチゴ炭そ病菌C. gleoeosporioidesに対して強い抗菌活性を示し、シャロット盤茎における主要サポニンであることが判明した。
【0047】
実施例3.抗菌サポニンの構造の同定
イチゴ炭そ病菌C. gleoeosporioidesに対して強い抗菌活性を示したサポニンフラクション5の構造解析を行った。結果を以下に示す。
【0048】
本化合物は、白色粉末として得られ、negative FAB-MSでは、m/z 707に[M-H]に由来する分子イオンピークを示した。そのH−NMRスペクトルでは、d 0.65 (0.75H, d, J=4.3 Hz)、1.04 (2.25H, d, J=7.3 Hz)、1.06 (3H, d, J=6.7 Hz)に27位、21位のsecondaryメチル基、d 0.83 (3H, s)、1.42 (3H, s)に18位、19位のtertiaryメチル基に由来するシグナルを示した。なお、27位(d 0.65 (0.75H), 1.04 (2.25H))のケミカルシフトと積分値より25位の立体異性体の割合はR体:S体=約1:3と推測された。また、d 4.69 (1H, d, J=7.3 Hz)、6.32 (1H, br s)に2本のアノマープロトン(anomeric proton)に由来するシグナルが見られ、さらに、d 5.55 (1H, d, J=5.5 Hz)に二重結合に由来する6位のプロトンのシグナルが観測された。
【0049】
次に、13C−NMRのデータを観測すると、アグリコン(aglycone)部は、(1b, 3b, 25S)-dihydroxy-spirost-5-en(neoruscogenin; C-1~27: 83.65, 37.38, 68.18, 43.80, 139.52, 124.69, 32.37, 33.07, 50.34, 42.86, 24.00, 40.28, 40.13, 56.77, 32.34, 81.17, 62.77, 16.67, 15.01, 42.38, 14.82, 109.72, 26.33, 26.14, 27.49, 65.00, 16.24)と(1b, 3b, 25R)-dihydroxy-spirost-5-en(ruscogenin; C-1~27: 83.65, 37.38, 68.18, 43.80, 139.52, 124.69, 32.37, 33.07, 50.34, 42.86, 24.00, 40.28, 40.13, 56.77, 32.34, 81.09, 62.94, 16.67, 15.01, 41.91, 14.98, 109.24, 31.77, 29.21, 30.55, 66.78, 17.27)の混合物で、糖鎖部は共通で2-O-(α-L-rhamnopyranosyl)-α-L-arabinopyranoside(rhamnopyranpose C-1~6: 101.65, 72.52, 72.55, 74.19, 69.39, 18.98; arabinopyranose C-1~5: 100.43, 75.09, 75.90, 70.07, 67.34)と一致した。
【0050】
以上のデータより、本化合物は、(1b, 3b, 25R)-3-hydroxy-spirost-5-en-1-yl 2-O-(α-L-rhamnopyranosyl)-α-L-arabinopyranosideと(1b, 3b, 25S)-3-hydroxy-spirost-5-en-1-yl 2-O-(α-L-rhamnopyranosyl)-α-L-arabinopyranosideの約1:3の混合物と同定した(Ono, M.; Shoyama, K.; Nohara, T., Shoyakugaku Zasshi, 42, 135-142 (1988))。すなわち、サポニンフラクション5の化合物は、次に示すAlliospiroside A(25S体)とその立体異性体(25R体)の混合物(混合比=約3:1)であった。
【化3】




【0051】
以下の実施例において、上記Alliospiroside A(25S体)とその立体異性体(25R体)の混合物を用い、これをAlliospiroside Aと称する。
【0052】
実施例4.各種植物病原糸状菌に対する抗菌活性試験
Alliospiroside Aを100ppmになるようにポテトデキストロース(PD)寒天培地に混釈した。PD寒天培地上で生育した各種植物病原菌をコルクボーラーで打ち抜いて得た菌ディスクを混釈培地上の中心に置いた。コントロール(Alliospiroside Aを含まないもの)のPD寒天培地での菌のコロニーが培地全体に広がった時に試験を終えた。試験に供した植物病原糸状菌は、イチゴ、リンゴ、マンゴーが感染する炭そ病菌C. gloeosporioides(C. glo)、サクランボ、リンゴが感染する炭そ病菌C. acutatum(C. acu)、イネ科植物が感染する炭そ病菌C. graminicola(C. gra)アブラナ科植物が感染するC. destructirum(C. des)、イネいもち病菌Magnaporthe grisea(M. gri)とした。さらに、植物病原糸状菌であるFusarium属菌として、Fusarium oxysporum f. sp. batatas(Fox f. sp. batatas)、Fusarium oxysporum f. sp. melongenae(Fox f. sp. melongenae)、Fusarium oxysporum sp. cepae(Fox f. sp. cepae)、Fusarium solaniも併せて試験に供した。Alliospiroside Aの各種植物病原糸状菌に対する増殖抑制率を図4に示す。
【0053】
図4から明らかなように、Alliospiroside Aは、濃度100ppmで各種炭そ病菌及びイネいもち病菌の増殖を顕著に抑制した。このことから、Alliospiroside Aは、各種炭そ病菌及びイネいもち病菌に対し優れた抗菌活性を示すことが分かった。
【0054】
実施例5.サトウキビ炭そ病菌C. graminicolaに対する抗菌活性試験
サトウキビ炭そ病菌C. graminicolaに対する抗菌活性試験を行った。Alliospiroside Aを10、30、50、70および100ppmになるようにPD寒天培地に混釈した。コントロールはPD寒天培地を用いた。PD寒天培地上で生育したサトウキビ炭そ病菌C. graminicolaをコルクボーラーで打ち抜いて得た菌ディスクを混釈培地上の中心に置いた。コントロールのPD寒天培地での菌のコロニーが培地全体に広がった時に試験を終えた。Alliospiroside Aの濃度0〜100 ppmに対するC. graminicolaの増殖抑制率を図5に示す。
【0055】
図5から明らかなように、Alliospiroside Aは、サトウキビ炭そ病菌C. graminicolaを濃度6ppmで50%増殖抑制し、濃度30 ppmで100%増殖抑制した。このことから、Alliospiroside Aは、サトウキビ炭そ病菌C. graminicolaに対しても優れた抗菌活性を示すことが分かった。
【0056】
実施例6.シロイヌナズナへの炭そ病菌C. destructivumの接種試験
アブラナ科植物炭そ病菌C. destructivumをPD液体培地で25℃で7日間振とう培養し、胞子を回収した。胞子懸濁液は1.0×106個/mlになるように調整した。Alliospiroside Aを10、50および100ppmになるように胞子懸濁液に加えて混和し、10μlをアブラナ科植物の代表例であるシロイヌナズナの葉5枚にそれぞれ滴下した。またポジティブコントロールは胞子懸濁液、ネガティブコントロールは滅菌水を10μlをシロイヌナズナの葉5枚にそれぞれ滴下した。接種後、25℃で5日間放置し、葉の炭そ病斑を確認した。図6に試験に供したシロイヌナズナの葉の写真、図7にそれぞれのシロイヌナズナの病斑数を示す。
【0057】
図6及び図7から明らかなように、Alliospiroside A(図中、ALと略する)は、濃度50 ppmで病斑数を半減させた。このことから、Alliospiroside Aは、アブラナ科植物の炭そ病菌C. destructivumに対して優れた発病抑制効果を示すことが分かった。
【0058】
実施例7.Alliospiroside Aの植物病原糸状菌の胞子に対する殺菌活性試験
イチゴ炭そ病菌C.gloeosporioides、アブラナ科植物炭そ病菌C. destructivum、およびネギ萎ちょう病菌F. oxysporum f. sp. cepaeをPD液体培地で25℃で7日間振とう培養し、胞子を回収した。回収した胞子は1.0×107個/mlになるように調整した。胞子懸濁液は2mlのエッペンドルフチューブに1mlずつ加え、そこに、Alliospiroside Aを50、100、200および500ppmになるように混合し25℃で24時間、静置した。コントロールは滅菌水のみとした。生死判別はエバンスブルー染色法により行った。図8に示したC. gleoeosporioidesの胞子の顕微鏡写真において、エバンスブルーで染色されたものは死菌である。図9に示した死菌率は100個の胞子をカウントし算出した。
【0059】
図8及び図9から明らかなように、Alliospiroside Aは500 ppmでイチゴ炭そ病菌C. gleoeosporioidesの胞子の約90%を殺した。このことから、Alliospiroside Aは、イチゴ炭そ病菌C. gleoeosporioidesの胞子に対して優れた殺菌効果を示すことが分かった。
【0060】
実施例8.Alliospiroside Aの植物病原糸状菌の発芽菌糸に対する殺菌活性試験
イチゴ炭そ病菌C. gloeosporioidesおよびネギ萎ちょう病菌F. oxysporum f. sp. cepaeをPD液体培地で25℃で7日間振とう培養し、胞子を回収した。回収した胞子1.0×106個/mlになるように調整し、チューブに1mlずつ加えた。そこにPD液体培地を2ml加え、25℃で3日間振とう培養した。3日間培養後、このチューブにAlliospiroside Aを500ppmになるように加え、2時間後と4時間後にエバンスブルー染色法により菌糸の生死判別を行った。コントロールはPD液体培地のみとした。図10に示したC. gloeosporioidesの発芽菌糸の顕微鏡写真において、エバンスブルーで染色されたものは死菌である。図11に示した死菌率は100個の発芽菌糸をカウントし算出した。
【0061】
図10及び図11から明らかなように、Alliospiroside Aは、C. gloeosporioidesの発芽菌糸に対しても500 ppmで100%の殺菌活性を示した。また、Alliospiroside Aは、F.oxysporum f. sp. cepaeの発芽菌糸に対して1000 ppmで80%の殺菌活性を示した。
【0062】
実施例9.Alliospiroside Aの植物病原細菌に対する抗菌活性試験
イネもみ枯細菌病菌Burkholderia glumaeをLB液体培地で24時間、25℃で振とう培養した。培養後、2mlの菌液をLB寒天培地に混ぜ固化した。菌液を混ぜたLB寒天培地にコルクボーラーで等間隔に穴をあけた。そこに粗サポニン、Alliospiroside AおよびAlliospiroside Aの酸(HCl)分解産物を100μg/15μl滴下した。コントロールとして80%エタノール(EtOH)を15μl滴下した。25℃で24時間インキュベート後、形成された細菌生育阻止円を確認した。
【0063】
図12から明らかなように、Alliospiroside Aは100μgでイネもみ枯れ病菌Burkholderia glumaeに対して効果的に増殖抑制した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体(R体)を活性成分とする、植物病原菌に対する抗菌剤。
【請求項2】
植物病原菌が、炭そ病菌(Colletotrichum属菌)であることを特徴とする、請求項1に記載の植物病原菌に対する抗菌剤。
【請求項3】
植物病原菌が、イネいもち病菌(Magnaporthe grisea)又はイネもみ枯れ病菌(Burkholderia glumae)であることを特徴とする、請求項1に記載の植物病原菌に対する抗菌剤。
【請求項4】
Alliospiroside A及び/又はAlliospiroside Aの25位立体異性体(R体)を活性成分とする、植物病原菌の増殖阻害剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−43876(P2013−43876A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184317(P2011−184317)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(390011567)株式会社ハイポネックスジャパン (5)
【Fターム(参考)】