説明

植物病害抵抗性の向上方法および植物病害抵抗性向上剤

【課題】本発明は、極めて安全性に優れるものであり、植物自身の病害抵抗性を有効に高めることができる薬剤と、当該薬剤を使った植物病害抵抗性の向上方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る植物病害抵抗性の向上方法は、焼成カキ殻粉末を植物体に投与することを特徴とする。また、本発明の植物病害抵抗性向上剤は、焼成カキ殻粉末を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の病害抵抗性を向上するための方法と、植物病害抵抗性を向上する薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
農作物の病害は生産効率を低下させ、食料の供給不足の原因となる。かかる病害の抑制には、従来、主に農薬が使われてきた。しかし、多量に農薬を使用すると耐性菌が生じるおそれがある。そして何よりも、農薬には生物毒性の問題がある。
【0003】
近年、環境に与える影響を低減すべく、温血動物への毒性を低減して病原菌等に対する作用を強化した選択性の高い薬剤の研究も進んでいる。しかし、温血動物に対する合成薬剤の毒性を皆無にすることは困難であり、また、最近における健康志向から農薬自体に対する抵抗も高まっている。
【0004】
そこで、病原菌等に対して作用するのではなく、植物自身の病害抵抗性を高める薬剤が研究されている。かかる薬剤は耐性菌を生じさせるリスクはほとんど無く、また、生物毒性が低いと考えられることから、環境に優しい病害防除方法として注目されている。その様な植物病害抵抗性向上剤としては、ベンゾイソチアゾール誘導体であるプロベナゾール、ベンゾチアジアゾール誘導体であるアシベンゾラルSメチル、およびチアジアゾールカルボキサミド誘導体であるチアジニルが知られている(非特許文献1)。
【0005】
しかし、病害抵抗性を高める薬剤の普及は十分に進んでいないのが現状である。その理由の一つとしては、これら薬剤は農薬と同様の合成化合物であることにはかわりなく、場合によっては作物に薬害を引き起こすことを挙げることができる。
【0006】
ところで、カキ(牡蠣)は我が国で古来より食用にされており、産地として有名な広島県や宮城県のみならず日本各地で養殖されているが、その殻の処理が問題となっている。即ち、カキは殻が付いたままであると非常に嵩張るために、殻は産地で除去されて貝の身のみが市場に流通する場合が多い。その一方で、カキ殻の用途は確立していないため、カキの出荷シーズンにはカキ殻が廃棄物として大量に出される。よって、カキ殻の有効利用が求められているところである。
【0007】
例えば特許文献1〜3には、カキ殻の焼成物が食中毒等の原因となる大腸菌やサルモネラ菌、或いはウィルスに対する殺菌剤として用い得ることが記載されている。
【非特許文献1】石井英夫,”作物の誘導抵抗性を利用した病害防除”,[online],平成16年9月13−14日,[平成19年7月23日検索],インターネット<URL:http://www.niaes.affrc.go.jp/techdoc/inovlec2004/2-5.pdf>
【特許文献1】国際公開第93/11670号パンフレット
【特許文献2】国際公開第00/72685号パンフレット
【特許文献3】特開2001−226210号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した様に、植物自身の病害抵抗性を高める薬剤が既存の農薬にとって代わり得るものとして注目されている。しかし、実用化されている植物病害抵抗性向上剤は合成薬剤であり、薬害などの問題からか普及に至っていない。
【0009】
そこで本発明が解決すべき課題は、極めて安全性に優れるものであり、植物自身の病害抵抗性を有効に高めることができる薬剤と、当該薬剤を使った植物病害抵抗性の向上方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた。その結果、いまだ有効な用途がなく廃棄物として処理に窮していたカキ殻の焼成物は、安全であるのみならず、直接塗布した葉だけでなくその後に生じた葉の病害抵抗性をも向上するという優れた作用を示すことを見出して本発明を完成した。
【0011】
本発明に係る植物病害抵抗性の向上方法は、焼成カキ殻粉末を植物体に投与することを特徴とする。
【0012】
上記方法としては、パーオキシダーゼ遺伝子を活性化するものが好適である。パーオキシダーゼは植物の防御システムの一部として様々な病原菌やウィルスの侵入を抑制するといった作用効果を有する。よって、パーオキシダーゼ遺伝子を活性化してパーオキシダーゼの発現を誘導することにより植物の病害抵抗性を有効に高めることができる。
【0013】
上記方法は、ウリ科植物の植物病害抵抗性の向上に顕著な効果を示す。かかる効果は後記の実施例により実証されている。
【0014】
本発明の植物病害抵抗性向上剤は、焼成カキ殻粉末を含むことを特徴とする。当該焼成粉末は、800℃以上で焼成されたものが好ましい。カキ殻の主成分は炭酸カルシウムであるが、おおよそ700℃付近で炭酸カルシウムまたはその他の成分が変質し、植物の病害抵抗性の向上に寄与すると考えられる。よって、800℃以上で焼成されたカキ殻であれば、病害抵抗性の向上成分が十分に含まれている。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、農作物やその周りの環境に悪影響を与えることなく作物自体の病害抵抗性を向上することができる。その効果は持続するものであり、例えば展葉期の初期に本発明薬剤を投与した場合、それ以降に生じた葉の病原抵抗性も高められる。よって本発明は、既存の農薬の使用を抑制しつつ農作物等の病害を有効に低減できるものとして、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る植物病害抵抗性の向上方法は、焼成カキ殻粉末を植物体に投与することを特徴とする。通常の農薬などは病害の原因となる細菌やウィルスなどに直接作用するが、植物自体を傷めることがあり、また、残留農薬が問題となる。一方、本発明方法は安全な焼成カキ殻粉末を用いることから、植物や環境に対する悪影響はなく、また、たとえ農作物に残留しても人体等に対する悪影響もない。
【0017】
カキはウグイスガイ目イタボガキ科に属する二枚貝であり、マガキ、イワガキ、スミノエガキなどのマガキ属カキや、イタボガキやヨーロッパヒラガキなどのイタボガキ属カキなどが知られている。本発明で用いるカキ殻のもととなるカキの種類は特に制限されず、何れのカキのカキ殻を用いてもよい。但し、食用カキのカキ殻は、いまだその用途が確立されておらずカキ産地でその処理が問題となっている。本発明は、かかるカキ殻の用途を提供するものでもあるので、好適には食用カキのカキ殻を用いる。
【0018】
カキ殻は炭酸カルシウムを主成分とし、炭酸カルシウムからなるブロックがタンパク質で結合された構成を有する。また、カルシウム、窒素、カリウム、リンの他、鉄、マグネシウム、亜鉛、モリブデン、銅などの微量元素を含む。本発明ではカキ殻の焼成粉末を用い、炭酸カルシウムは焼成により酸化カルシウムに変化すると考えられるが、他の成分が焼成によりいかに変化するかは明らかでない。また、焼成により得られた酸化カルシウムが主な作用効果を示すのか、その他の成分などの焼成物が作用効果を示すのか、或いはこれらの相乗効果によるのかは不明である。しかし少なくとも、焼成カキ殻粉末の病原抵抗性向上効果は、後記の実施例で実証されている。なお、カキ殻の用途としては殺菌剤や抗ウィルス剤としての用途が知られていたが、これらは食品などの殺菌等を目的としてものであり、カキ殻焼成物が植物の病原抵抗性を高めることは従来知られていなかった事項である。
【0019】
カキ殻は、焼成する前に水などで洗浄することが好ましい。海水に由来する塩分が付着したままであると植物に悪影響を与える可能性がある。また、効率的に焼成するために洗浄後は乾燥し、細かく粉砕することが好ましい。
【0020】
カキ殻の焼成温度は800℃以上とすることが好ましい。後述する実施例の通り、600℃以下で焼成しても効果は低く、700℃で効果が高まり始めるが、800℃以上で焼成されたカキ殻粉末は病害抵抗性の向上効果を十分に示す。一方、焼成温度の上限は特に制限されないが、過剰に温度を高めるとコストが増加し、また、作用効果を示す有機成分が消失する可能性もあるので、1200℃以下で焼成することが好ましい。
【0021】
カキ殻の焼成時間は予備実験などで適宜決定すればよいが、通常は1〜5時間程度とする。
【0022】
焼成したカキ殻は粉砕して粉末状にする。カキ殻の焼成物はほとんど水に溶解しないことから、植物に十分に作用させるべく細かくすべきである。その粒径は十分に効果を示す程度であれば厳密なものでなくともよいが、粒度分布試験により測定した粒度分布から求められる50%累積径で200μm以下程度が好ましい。一方、粒径の下限は特に制限されないが、機械的な粉砕では10μm未満にすることは困難でありそれ以上細かくすると製造コストが増大することから、10μm以上とする。
【0023】
カキ殻焼成物の粉砕手段は特に制限されず、通常の粉砕機を用いればよい。また、焼成カキ殻粉末の粒径の調整方法も常法に従えばよく、例えば機械的に粉砕した後に篩などを用いて篩分けすれば、粗大な粉砕物を容易に除去することができる。
【0024】
本発明方法の対象となる植物体は、病害抵抗性を向上すべき農作物等であればその種類などは特に制限されない。例えば、キュウリ、スイカ、カボチャ、トウガン、ニガウリ、メロンなどのウリ科植物;トマト、ナス、ジャガイモ、トウガラシ、ピーマンなどのナス科植物;ダイコン、キャベツ、ワサビなどのアブラナ科植物;大豆、インゲン、ラッカセイなどのマメ科植物;茶などのツバキ科植物を挙げることができる。本発明方法は、好適にはウリ科植物の植物病害抵抗性を向上するために用いる。
【0025】
本発明方法によれば、少なくともパーオキシダーゼ遺伝子が活性化し、パーオキシダーゼが発現することにより植物の病害抵抗性が向上することが実証されている。パーオキシダーゼは植物の防御システムの一部として微生物の感染の抑制に関与していることから、細菌やウィルスの感染を原因とする病害から植物を守ることができると考えられる。よって、本発明方法の対象となる病害は特に制限されないが、例えば炭疽病、葉カビ病、灰色カビ病、べと病、褐斑病、褐色腐敗病、軟腐病、白絹病、菌核病などを挙げることができる。少なくとも、本発明方法がキュウリ炭疽病の原因となるColletotrichum orbiculareによる感染から植物を防御できることは実証されている。
【0026】
本発明方法では、焼成カキ殻粉末を植物体に投与することにより植物の病害抵抗性を向上させる。
【0027】
その投与方法は特に制限されないが、好適には水に懸濁した上で植物体へ直接投与する。当該懸濁液の濃度は適宜調整すればよいが、例えば水100mLへ10〜30g程度の割合で添加した上でよく攪拌すればよい。好適には焼成カキ殻粉末の懸濁液を葉へ塗布する。
【0028】
投与間隔も適宜調整すればよいが、本発明の植物病害抵抗性向上剤は効果がある程度持続することから、毎日投与する必要はない。例えば、展葉期の初期である2葉期までに第1葉または第2葉に塗布すれば十分である。その後、植物体の状態などを観察しつつ、適宜追加投与してもよい。
【0029】
本発明の植物病害抵抗性向上剤は、上記方法で用いるものであり、焼成カキ殻粉末を含む。よって極めて安全であり、対象となる植物のみならず人体や環境への悪影響も極めて少ない。その上、その植物病害抵抗性の向上作用は極めて優れている。従って、本発明の植物病害抵抗性向上剤は農薬の使用量を抑制できるものであり、環境に優しいということができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0031】
実施例1 植物病害抵抗性向上剤の製造
海水中で約2〜3年間貯蔵されていたカキ殻を水道水で洗浄した後、110℃で24時間乾燥した。得られた乾燥カキ殻(10g)を金槌で細かく粉砕した後、マッフル炉(ADVANTEC社製、製品名「FUL242FA」)に入れて1050℃で3時間焼成した。次いで、常温まで炉内で放置した後、粉砕機(大阪ケミカル社製、製品名「ワンダクラッシュミルD3V−101」)で粉末状に粉砕した。得られた粉末を篩(東京スクリーン社製、製品名「Testing Sieve」、目開き:106μm)で篩い分けし、粗大な粉末を除外した。
【0032】
比較のために、1050℃での焼成を行わなかった以外は同様にして、カキ殻粉末を製造した。
【0033】
実施例2 植物病害抵抗性の向上実験
上記実施例1で得た焼成カキ殻粉末(2g)を蒸留水(10mL)に加えてよく攪拌し、懸濁液とした。キュウリ(タキイ種苗社製、製品名「相模半白節成」)を実生1.5葉期まで育成し、綿棒に上記懸濁液を浸漬して本葉第一葉に塗布した。また、比較のために、水のみ、および上記実施例1で得た未焼成カキ殻粉末の懸濁液も同様に塗布した。
【0034】
24時間後に処理葉を採取し、即座に−70℃で凍結し、Plant RNA Isolation Mini Kit(Agilent社製)を用いてトータルRNAを抽出した。トータルRNA(500ng)からPerfect Real Time RT-PCR kit(タカラバイオ社製)によりcDNAを合成した。当該cDNAを40倍に希釈し、その1μLをPCRに付した。病原抵抗性関連遺伝子としてパーオキシダーゼ遺伝子を対象にし、当該遺伝子に特異的なプライマーセットを用いてSYBR Premix Ex Taq(タカラバイオ社製)によりリアルタイムPCRを行った。当該PCRでは、95℃で10秒間ポリメラーゼを活性化した後、DNA変性を95℃で5秒間、アニーリングと伸長を64℃で30秒間のサイクルを40回行った。パーオキシダーゼ遺伝子の発現量は、内部標準遺伝子であるアクチン遺伝子の発現量により正規化し、かつ水のみで処理した場合の発現量を1とする相対的な値として算出した。結果を図1に示す。
【0035】
図1の通り、カキ殻を焼成したものの懸濁液を葉に塗布した場合、病原抵抗性に関係するパーオキシダーゼの遺伝子を活性化する。その活性化能は、未焼成のカキ殻粉末懸濁液より明らかに高いものであった。かかる結果より、本発明により植物の病害抵抗性を向上できることが実証された。
【0036】
実施例3 植物病害抵抗性の向上実験
上記実施例1で得た焼成カキ殻粉末(2g)を蒸留水(10mL)に加えてよく攪拌し、懸濁液とした。キュウリ(タキイ種苗社製、製品名「相模半白節成」)を3個体ずつ1ポットに植えて実生0.5葉期まで育成し、綿棒に上記懸濁液を浸漬して2ポットのキュウリ個体(合計6個体)の子葉に塗布した。また、比較のために、水のみ、および上記実施例1で得た未焼成カキ殻粉末の懸濁液も同様に塗布した。塗布から2日後の1葉期に、胞子濃度:1×106/mLに調節したキュウリ炭疽病菌(Colletotrichum orbiculare)の胞子懸濁液を1個体当たり約2mLずつ子葉と本葉第一葉に噴霧接種した。次いで、当該キュウリ植物体ポットを暗黒湿潤条件に24時間放置した後、温度:25℃で、照度:3000luxの明環境下で16時間、および暗環境下で8時間のサイクルの日長環境制御室に入れ、3〜4日後に発病度を調査した。発病度は、病斑面積を5%未満、5%以上25%未満、25%以上50%未満、50%以上75%未満、75%以上の5段階で評価し、各階級の中央値に置換して水のみで処理した場合に対する抑制率として算出した。結果を表1に示す。また、水のみで処理したキュウリと焼成カキ殻粉末で処理したキュウリの写真を図2に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
図2(1)の通り、水のみで処理した上で炭疽病菌を接種したキュウリでは、子葉と本葉の両方に明確な病変が観察される。一方、図2(2)の通り、焼成カキ殻粉末で処理した上で炭疽病菌を接種したキュウリでは病変部位が顕著に低減されている。さらに驚くべきことに、焼成カキ殻粉末の懸濁液で処理したのは子葉のみであるにもかかわらず、病変部位の低減効果は本葉でも観察される。この結果を上記実施例2の結果と合わせて考えれば、本発明に係る焼成カキ殻粉末は病害抵抗性に関係するパーオキシダーゼを誘導し、植物体全体にわたり病害抵抗性を高めると考えられる。また、表1の通り、焼成カキ殻粉末で処理した場合の植物病害抵抗性の向上効果は、未焼成のカキ殻粉末で処理した場合よりも明らかに高い。かかる結果より、本発明により植物の病害抵抗性を顕著に向上できることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明に係る植物病害抵抗性向上剤の効果を示すグラフである。
【図2】本発明に係る植物病害抵抗性向上剤の効果を示す写真である。(1)は水のみで処理した上で病原細菌を接種したキュウリであり、(2)は焼成カキ殻粉末で処理した上で病原細菌を接種したキュウリである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼成カキ殻粉末を植物体に投与することを特徴とする植物病害抵抗性の向上方法。
【請求項2】
パーオキシダーゼ遺伝子を活性化するものである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ウリ科植物の植物病害抵抗性を向上するものである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
焼成カキ殻粉末を含むことを特徴とする植物病害抵抗性向上剤。
【請求項5】
800℃以上で焼成されたものである請求項4に記載の植物病害抵抗性向上剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−73746(P2009−73746A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−242912(P2007−242912)
【出願日】平成19年9月19日(2007.9.19)
【出願人】(000006781)ヤンマー株式会社 (3,810)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】