説明

検体の前処理方法及び検体の分析方法

【課題】 検体の分析すべき特定部位の前処理を高精度で簡便に行い得る前処理方法の提供。
【解決手段】 生体組織からなる検体の特定部位を分析するための前処理方法であって、
分析する検体を用意する工程と、前記検体における特定部位を決定する工程と、前記検体の前記特定部位以外の部位に液滴噴射法を用いて分析阻害物質を付与する工程と、を有する前処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体の前処理方法及び検体の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノム(genome)解析の進展により、生体内に存在する遺伝子産物であるタンパク質の解析の重要性が急速にクローズアップされてきている。
【0003】
従来から、タンパク質の発現及び機能解析の重要性が指摘されており、その解析手法の開発が進められている。
【0004】
これらの手法は、(1)二次元電気泳動や高速液体クロマトグラフ(HPLC)による分離精製と、(2)放射線分析、光学的分析、質量分析等の検出及び分析の組み合わせを基本としている。
【0005】
タンパク質解析技術の基盤はプロテオーム(proteome)解析と呼ばれるもので、これは遺伝子(gene)から作り出され実際に生体内で働いているタンパク質を解析し、細胞の機能や疾患の原因を究明することを目的としている。
【0006】
代表的な解析手法としては、以下のものが挙げられる。
即ち、(1)対象とする生体組織や細胞からのタンパク質の抽出、
(2)二次元電気泳動によるタンパク質の分離、
(3)MALDI法(マトリクス支援レーザー脱離−飛行時間型質量分析法:MALDI−TOFMS)などの質量分析によるタンパク質またはその断片の分析、
(4)ゲノムプロジェクトなどのデータベースを利用したタンパク質の同定、
である。
【0007】
これらのプロテオーム解析により、癌を例に挙げれば、再発や転移に関わるタンパク質が明らかになりつつあるなど、既に成果が出始めている。
【0008】
一方、これら一連のプロテオーム解析における前処理工程に関する技術、例えば正常細胞や癌などの発達段階にある異常細胞が混在した組織標本から目的とする細胞のみを分析するための前処理技術が極めて重要になっている。
【0009】
こうした前処理としては、目的とする細胞のみを標本から取り出す技術が一般的である。
【0010】
例えば、特許文献1には、マイクロダイセクションを用いた装置が開示されている。
【0011】
この装置を用いて組織標本の目的とする細胞の採取は、以下のような手順で行われる。
【0012】
まず、ステージ中央部に、組織標本が固定されたスライドガラスを載置し、キャップ搬送部を用いて採取用キャップを移動さる。
【0013】
倒立型光学顕微鏡の観察光学系を通じて組織標本を観察しながら、ステージを手動操作してスライドガラスを移動させ、目的とする細胞を組織標本から探し出す。
【0014】
次いで、目的とする細胞が観察視野の中心に来るように位置決めする。
【0015】
その後、レーザー光を採取用キャップを介して照射し、採取用キャップの熱塑性部分を利用して組織標本の目的とする細胞部分だけを接着させる。
【0016】
スライドガラスから採取用キャップを引き剥がし、採取用キャップとともに、目的とする細胞部分を採取する。この他に、レーザー光で目的の部分を切り取る方式のマイクロダイセクション装置も知られている。
【0017】
これと別に、特許文献2には、プローブ顕微鏡を用いて標的部位を選択的に採取する方法が開示されている。
【0018】
この文献に開示の方法は、次の工程を備えるものである。
即ち、標本となる試料のコーティング剤による被覆。プローブ顕微鏡により前記被覆された標本の画像化。プローブ顕微鏡の探針による標的部位の掻爬。掻爬により露出した標的部位に対する処理。これによる標的部位に含有される物質の選択的採取である。
【0019】
さらに、特許文献3は、組織標本から目的とする細胞を物理的に取り出すのではなく、組織標本内の目的部位に処理を施し、該部位のみを分析する方法を開示する。
【0020】
具体的には、分析目的部位(数100ミクロンオーダー)に、インクジェット法により分析用試薬を付着させ、顕微鏡観察法またはレーザー脱離イオン化質量分析法により直接分析するという方法である。
【特許文献1】特表2001−526795号公報
【特許文献2】特開2003−098060号公報
【特許文献3】特開2004−347594号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
特許文献1に開示された装置にあっては、同一組織標本上で複数箇所に点在する細胞の一つ一つについて、ステージを手操作しながら目的の細胞が観察視野の中心に来るように位置決めする必要がある。そして、その操作の後、レーザー光の照射を行わなければならず、作業に多大な手間と時間がかかる。
【0022】
また、特許文献2に開示されたプローブ顕微鏡を用いる技術にあっては、コーティング剤で標的部位を被覆し、探針による掻爬により目的部位を露出させて分析するものであることから再現性及び分析精度の低下が懸念される。
【0023】
さらに、特許文献3に開示された方法にあっては、インクジェット法により生体標本の特定領域に分析用試薬を付着させ、該特定領域を分析するものであり、分析用試薬及び分析手法についての制限がある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明により提供される検体の前処理方法は、生体組織からなる検体の特定部位を分析するための前処理方法であって、分析する検体を用意する工程と、前記検体における特定部位を決定する工程と、前記検体の前記特定部位以外の部位に液滴噴射法を用いて分析阻害物質を付与する工程と、を有することを特徴とするものである。
【0025】
また、本発明により提供される分析方法は、生体組織からなる検体の特定部位を分析する分析方法であって、分析すべき特定部位以外の部位に液滴噴射法により分析阻害物質が付与された検体を用意する工程と、前記検体の特定部位を分析する工程と、を有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明の前処理方法によれば、検体の分析すべき特定部位以外の部位に液滴噴射法により分析阻害物質を付与することで、特定領域のみを分析するための前処理を高精度で簡便に行うことができる。
【0027】
また、本発明の分析方法によれば、分析すべき特定部位以外の部位に液滴噴射法により分析物質阻害物質が付与された検体を用いることから、特定部位以外の部位の影響を排除して、特定部位の分析を高精度に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0029】
本発明により提供される検体の前処理方法は、生体組織からなる検体の特定部位を分析するための前処理方法である。この方法は、分析する検体を用意する工程と、前記検体における特定部位を決定する工程と、前記検体の前記特定部位以外の部位に液滴噴射法を用いて分析阻害物質を付与する工程と、を有する。
【0030】
本発明においては、生体組織とは、生体の一部を構成する組織をいう。
組織の種類としては、骨、軟骨、筋肉、腱などの結合組織、血管、神経、皮膚、毛髪、各種臓器が挙げられる。各種臓器は、眼、肺、腎臓、心臓、肝臓、膵臓、脾臓、小腸を含む消化管、膀胱、卵巣および精巣などである。また、発生段階ないしは組織化の途中にある組織(例えば胚組織)も含まれる。更に、これら組織には、種々の事情により変異した組織、例えば、病変組織をも含まれる。
【0031】
組織の由来は、ヒト以外の動物(爬虫類、両生類、魚類、鳥類、哺乳類など)又はヒトであるが、ヒトの細胞等を用いるのが実用上好適である。
【0032】
本発明においては、分析する特定部位を、生体組織切片内の特定の細胞とすることができる。
【0033】
図1は、本発明の前処理方法を工程の一例を示した工程図である。
工程(a)において、生体組織からなる検体を用意する。ここでは、検体の分析手法に応じた組織切片とする。生体組織切片は、分析の目的によって適宜選択し得るが、一例としては病変組織を挙げることができる。
【0034】
工程(b)において、検体を前処理において用いる基板上に配置する。ここで用いる基板は、分析の際、使用することができる基板とすることが好ましいが、分析の際用いるものと別のものを用いることも可能である。
【0035】
工程(c)において、検体の観察を行う。ここでの観察は、検体中の分析すべき特定部位を観察し得る手法であればよく、光学顕微鏡による観察、CCDカメラを用いた観察等を挙げることができる。
【0036】
工程(d)において、分析する特定部位の決定を行う。分析する特定部位とは、生体組織中の分析したい部位であるが、一例として病変細胞を挙げることができる。特定部位は例えば光学的手法を用いて決定することができる。検体表面の状態を判断して観察者自身が特定部位の決定することもできるが、検体表面の画像を特定のプログラムで処理して観察者自身が又は自動で決定することもできる。
【0037】
観察者自身が特定部位を決定する場合、光学顕微鏡観察下、特定部位を観察者が手動で設定し、これをxy座標上の点として記録することもできる。
【0038】
また、光学顕微鏡観察で得られたデジタル画像におけるコントラスト差などを用いて、特定部位を自動的に設定し、これをxy座標の点として記録することもできる。
【0039】
検体表面の状態の判断に際しては、分析する特定部位の標識化、染色等により、他の部位から区別しやすくすることもできる。
【0040】
工程(e)において、分析すべき部位以外の部位へ液滴噴射法を用いて分析阻害物質の付与を行う。この工程では、分析目的以外の検体表面に、分析阻害物質を付与し、この表面に存在する物質が分析されない状態にする。これにより、分析対象となる細胞など微細部位を検体から採取する必要なしに直接分析することができ、かつ分析部位以外からの不要なシグナルを除去できる。よって、分析精度の向上が図れる。
【0041】
分析阻害物質は、分析の目的および分析手段に応じて選択することができる。
【0042】
本発明において利用される分析阻害物質としては、イオン化阻害物質、X線吸収物質、紫外光吸光物質、可視光吸光物質、赤外光吸光物質、テラヘルツ光吸光物質などが挙げられる。
【0043】
イオン化阻害物質としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、カルシウムのうち少なくとも1つを含む不揮発性の物質(化合物)が挙げられる。これらの元素群は、非常にイオン化され易い元素として知られている。したがって、これらの元素を含む物質を検体表面上に付与することで、これら元素が選択的にイオン化されるため、これらの元素を含む物質が付与された直下に位置する検体中の分子のイオン化が阻害されることになる。
【0044】
よって、質量分析などのイオン化法を用いた分析を行う場合、検体中の分析目的以外の部位に前記物質を付与しておけば、分析目的以外の部位に由来する質量スペクトルは前記元素イオンのみとなる。これにより該部位に存在するタンパク質などからの不要な質量スペクトルの混入を低減でき、精度良く分析を行い得る。
【0045】
X線吸収物質としては、ヨウ素、バリウム、鉛等の原子番号40以上の元素の中から少なくとも1つを含有する物質が挙げられる。これらの元素群は、X線吸収係数が高いため、これらを検体中の分析目的以外の部位に付与しておけば、透過X線分析を行う場合、該元素群が選択的にX線を吸収することになる。このため得られる透過X線エネルギースペクトルには、該部位に由来する信号が入らず、精度良く分析を行い得る。
【0046】
紫外光、可視光、赤外光、テラヘルツ光など、他の波長領域の光に対する吸光物質としては、界面活性剤、色素、金属錯体などの合成高分子化合物の中から選ばれる少なくとも1つを含むものを挙げることができる。これらの物質は一般的に固着しやすく、また様々な官能基を含んでいるため、光を吸収しやすい。したがって、X線分析の場合と同様の理由で、分析する特定部位の透過光スペクトルに、特定部位以外の部位に依存する信号が入らず、精度良く分析を行い得る。X線吸収物質として挙げた前記物質には、紫外光、可視光、赤外光、テラヘルツ光などの波長領域の光に対しても敏感な物質も含まれており、これを用いることもできる。
【0047】
分析阻害物質を付与する液滴噴射法は、所謂インクジェットプリンターに一般に採用される液滴付与手段を用いるものをいう。液滴を吐出させるエネルギーとして熱エネルギーを用いるものと圧電素子を用いるものに大別されるが、本発明において、液滴付与手段は、これらの双方を採用し得る。
【0048】
本発明においては、所謂インクジェット法に採用される液滴噴射法を用いることで、例えば、細胞1つ分のような微細な部位を除いて、前記分析阻害物質を付与することが可能となる。分析阻害物質を付与する際には、噴射ノズルの目詰まりを起こさぬよう、阻害物質に応じてできるだけ低濃度の溶液にして付与することが望ましい。
【0049】
また、付与する量は特に制限は無いが、検体中の分析目的以外の部位全てに付与し、該部位が最表面に露出していない状態にすることが好ましい。ただし、分析阻害物質を含む液滴が検体に付与された際に、該液滴が分析目的部位まで広がらないように注意する必要がある。
【0050】
上述した、分析阻害物質付与に加え、必要に応じて、分析目的部位に分析用試薬を付与することもできる。この分析用試薬付与の工程は、分析阻害物質付与の工程の前後または同時、いずれでも差し支えない。分析用試薬としては、分析感度を向上させるもの等が挙げられる。
【0051】
以上の工程(a)〜工程(e)が前処理工程である。
前処理工程を経た後、次の工程(f)において検体の分析を行う。
分析方法としては、MALDI(マトリクス支援レーザー脱離)法やTOF−SIMS(飛行時間型二次イオン質量分析)法に代表される質量分析法、X線透過および回折法、および紫外光、可視光、赤外光、テラヘルツ光などを用いた反射/吸収法などが挙げられる。
【0052】
ただし検体の特定部位の分析目的に応じた分析手法を選択すれば良く、上記の方法に限定されるものではない。分析の際、通常は測定領域を指定するが、本発明の前処理により、分析目的となる特定部位以外の部位は分析されない状態にあるため、特定部位も含めて直接測定を実施しても差し支えない。また、測定領域自体が特定部位の面積を上回るものであっても、上述したのと同様の理由から、該検体と直接測定することができる。
【0053】
具体的には、細胞1個を分析する際、細胞1個は直径数10ミクロンオーダーであるが、測定領域は例えば100ミクロンでも1ミリオーダーでも差し支えない。
【0054】
本発明の前処理を行った上で行う検体の分析では、得られる測定結果には、測定領域の大小に関わらず、分析目的部位以外に由来する信号が無くなるか非常の抑制されるため、精度の良い分析を行うことができる。
【0055】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の最良の実施形態の一例ではあるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0056】
(実施例1)
組織切片サンプルにおける特定細胞のみをTOF−SIMS分析するために施した前処理の例を示す。
【0057】
図5に本実施例で用いた前処理装置を示す。図5の装置においては、容器120内に検体104を保持する基板105がステージ106上に載置されている。108はステージ106を移動させる移動手段であり、107は光学的観察手段である。113は液体噴射手段としてのインクジェットヘッドであり、これはヘッド移動機構114に接続されている。109はステージ106の位置制御機構である。光学的観察手段107は光学的に観察した像を記録する機構110に接続され、像を記録する機構110は光学的に観察した像を画像処理し分析阻害物質を含む液滴を付与する領域を決定する機構(自動または手動)111に接続されている。101はインクジェットヘッド113の制御機構115と、液滴を付与する領域を決定する機構111及び、像記録する機構110と、を接続するインターフェイスである。
【0058】
検体104は病変組織切片であり、冷凍下でミクロトームにより薄片化されたものである。これを基板105上に固定する。基板としては、不純物を含まないシリコン(Si)基板をアセトンおよび脱イオン水の順番で洗浄し、金(Au)を100nm成膜させたものを用いる。
【0059】
基板105に固定した切片104を光学顕微鏡107にて観察し、これを、像を記録する機構110によりデジタル画像化する。こうして図2のデジタル画像が得られる。図2において、1は病変組織切片、2は該病変組織切片内の細胞を示している。
【0060】
得られたデジタル画像はコントラスト差から、図3に示すように、分析目的とする病変細胞が液滴付与領域を決定する機構111により認識され、細胞の輪郭および中心点のxy座標が記録される。
【0061】
図3において、3は病変細胞、4は該病変細胞の中心点を示している。
機構111による認識により、インクジェット法で分析阻害物質が付与される部位も、図3における5に示されるような、印字用描画像として同時に認識される。
【0062】
次に、検体切片104を固定した基板105をインクジェットヘッド113の下方に移動させ、分析目的以外の部位5(図3における)に対し、インクジェットヘッド113より、分析阻害物質を含む液滴を付与する。分析阻害物質としては、炭酸ナトリウム(NaCO)を用い、これを0.1重量%濃度水溶液とし、インクタンクに充填する。ここでインクジェットヘッドには、市販のキヤノン(株)製バブルジェット(登録商標)プリンタPIXUS990iのプリンタヘッドを実験用に改造したものを使用する。ここで使用するプリンタヘッドより吐出される液滴1個に含まれる水溶液は4plである。この液滴は通常、対象物に付与されると直径約30ミクロンのドットとなるが、この径を考慮し、液滴が分析阻害物質付与領域表面を全て覆うように、各ドットのピッチ幅を設定する必要がある。ここでは各ドットのピッチ幅15ミクロンで吐出を行うようにヘッドの制御機構115により制御する。図4は、分析目的部位以外の部位に対し、インクジェット法により、分析阻害物質を付与する際のドットの概念図である。図4における6は、ドットの重なりを示す。
【0063】
上記NaCO水溶液の付与が終了し、室温、常圧下で3分間放置した後、分析目的とする病変細胞に分析用試薬の付与を行う。分析用試薬としては、消化酵素トリプシンを用い、これを0.4μMに希釈した水溶液として、NaCO水溶液とは別のインクタンクに充填する。該消化酵素を含む水溶液の液滴は、図3で決定された病変細胞のxy座標中心点に付与される。なお、該消化酵素は、TOF−SIMS分析により検出可能な質量数の上限値が2000程度であることを考慮し、病変細胞に含まれるタンパク質をペプチドに分解するために用いる。該消化酵素により分解されたペプチドの質量数は概ね500〜20000の範囲にあるが、上記TOF−SIMSによる分析では、質量数500〜2000が対象となる。このような消化酵素付与処理を行い、室温、湿度80%下で30分間保持する。
【0064】
上述の前処理を施した切片を基板ごと取り出し、そのままTOF−SIMS分析用サンプルとする。このように作製したサンプルは、病変組織内の病変細胞のみを機械的に切り出すことなく他の正常細胞等から分離された状態となる。そしてTOF−SIMS分析の際に周辺からの不要なシグナルが混入し難いため、該病変細胞に存在するペプチドの検出による親タンパク質の同定の精度が向上する。
【0065】
(実施例2)
以下に、組織切片サンプルにおける特定細胞のみをX線分析するために施した前処理の例を示す。
【0066】
検体は病変組織切片であり、冷凍下でミクロトームにより薄片化されたものである。これを基板上に固定する。基板としては、ポリイミド膜を用いる。
【0067】
実施例1と同様にして、基板に固定した病変組織切片を光学顕微鏡にて観察しデジタル画像を得る。得られたデジタル画像のコントラスト差から、分析目的とする病変細胞を自動認識し、細胞の輪郭および中心点のxy座標が記録される。この自動認識により、液体噴射で分析阻害物質が付与される部位も印字用描画像として同時に認識される。
【0068】
次に、前記のように認識された分析目的以外の部位に対し、液体噴射法により、分析阻害物質を含む液滴を付与する。分析阻害物質としては、ヨードベンゼン誘導体を用い、これを10重量%濃度水溶液とし、インクタンクに充填する。ここでも実施例1と同様の装置を用いて、分析阻害物質を付与する。
【0069】
上記のヨードベンゼン誘導体を含む水溶液の付与が終了した後、室温、常圧下で3分間放置する。上述の前処理を施した切片を基板ごと取り出し、そのままX線分析用サンプルとする。このように作製したサンプルは、病変組織内の病変細胞のみを機械的に切り出すことなく他の正常細胞等から分離された状態となっている。
【0070】
すなわち、サンプル表面から垂直方向にX線を照射し、透過X線スペクトルおよび投影像を検出する際、分析目的以外の部位に起因する不要なシグナルが混入し難い。このため、該病変細胞に存在するタンパク質などの分析を精度良く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の前処理方法の工程の一例を示す工程図である。
【図2】検体を観察して得られる像の一例である。
【図3】検体を観察して得られる分析目的部位と、それ以外の部位と、を示す像の一例である。
【図4】分析目的以外の部位に分析阻害物質を液滴(ドット)として付与する際の付与状態を示す概念図である。
【図5】本発明の方法に適用可能な前処理装置の概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織からなる検体の特定部位を分析するための前処理方法であって、
分析する検体を用意する工程と、前記検体における特定部位を決定する工程と、前記検体の前記特定部位以外の部位に液滴噴射法を用いて分析阻害物質を付与する工程と、を有することを特徴とする前処理方法。
【請求項2】
前記特定部位が、生体組織切片内の特定の細胞であることを特徴とする請求項1に記載の前処理方法。
【請求項3】
前記分析阻害物質が、イオン化阻害物質、X線吸収物質、紫外光吸光物質、可視光吸光物質、赤外光吸光物質、テラヘルツ光吸光物質のうち少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1に記載の前処理方法。
【請求項4】
前記イオン化阻害物質が、リチウム、ナトリウム、カリウム、カルシウムのうち少なくとも1つを含む不揮発性の化合物を含有することを特徴とする請求項3に記載の前処理方法。
【請求項5】
前記X線吸収物質が、原子番号40以上の元素を含有することを特徴とする請求項3に記載の前処理方法。
【請求項6】
前記紫外光吸光物質、前記可視光吸光物質、前記赤外光吸光物質、及び前記テラヘルツ光吸光物質の一つが、高分子化合物を含有することを特徴とする請求項3に記載の前処理方法。
【請求項7】
前記特定部位に対して分析用試薬を付与することを特徴とする請求項1に記載の前処理方法。
【請求項8】
生体組織からなる検体の特定部位を分析する分析方法であって、
分析すべき特定部位以外の部位に液滴噴射法により分析阻害物質が付与された検体を用意する工程と、
前記検体の特定部位を分析する工程と、を有することを特徴とする検体の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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