説明

検体の前処理方法

【課題】糞便検体を用い、免疫学的反応や遺伝子がハイブリダイズする特異性を利用して、該生体試料に含まれる種々の成分を測定する際に、正確に測定を行うために必要な糞便検体前処理液、並びにこの検体前処理液を用いた糞便に含まれる成分測定用キット及び成分測定方法を提供すること。
【解決手段】糞便に由来する検体の前処理方法であって、前記検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁する工程を含むことを特徴とする検体の前処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体の前処理方法、前処理液、並びにこの検体前処理液を用いた糞便に含まれる成分測定用キット及び成分測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料を用い、免疫学的反応や遺伝子がハイブリダイズする特異性を利用して、該生体試料に含まれる種々の成分を測定する方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−235471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、上記方法により糞便検体を測定した場合、測定項目に関係なく異常値が高率で発生する現象があることを見出した。
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、糞便検体を用い、免疫学的反応や遺伝子がハイブリダイズする特異性を利用して、該生体試料に含まれる種々の成分を測定する際に、正確に測定を行うために必要な糞便検体前処理液、並びにこの検体前処理液を用いた糞便に含まれる成分測定用キット及び成分測定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らが測定データを解析した結果、異常値の発生は、検出を化学発光法で行った場合に多いことが明らかになった。次いで、本発明者らは、検出系に影響を与える要因に着目して異常値が発生する原因を検討したところ、原因は、糞便に含まれるアルカリホスファターゼによるものであることがわかった。
【0006】
そこで、本発明者らは、該アルカリホスファターゼの影響を排除する方法について検討し、前処理においてpHを0.5〜2.9の間で処理することによりアルカリホスファターゼの影響をなくして、測定の正確性を向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は以下の構成からなる。
[項1]
糞便に由来する検体の前処理方法であって、前記検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁する工程を含むことを特徴とする検体の前処理方法。
[項2]
前記前処理方法が、免疫学的反応、または、遺伝子がハイブリダイズする相互作用の特異性を利用して、糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法のために用いられる、項1に記載の前処理方法。
[項3]
前記の目的成分測定法が、検出系に化学発光反応を用いる方法である、項2に記載の検体前処理方法。
[項4]
前記の目的成分測定法が、酵素免疫測定法である、項2または3に記載の検体前処理方法。
[項5]
前記の目的成分が、Rotaウイルスである、項2〜4のいずれかに記載の検体前処理方法。
[項6]
項1に記載の前処理方法であって、以下の(1)〜(3)の工程を含むことを特徴とする検体の前処理方法。
(1)前記検体を検体抽出液に懸濁し懸濁液とする工程
(2)前記懸濁液のpHを0.5〜2.9の間になるよう調整する工程
(3)(2)で処理した懸濁液のpHを6.0〜8.0の間になるよう調整する工程
[項7]
糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法であって、以下の(1)および(2)の工程を含むことを特徴とする目的成分測定法。
(1)糞便に由来する検体を、項1〜6のいずれかに記載の検体前処理方法で、処理する工程
(2)免疫学的反応、または、遺伝子がハイブリダイズする相互作用の特異性を利用して、糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する工程
[項8]
前記の目的成分測定法が、検出系に化学発光反応を用いる方法である、項7に記載の目的成分測定法。
[項9]
前記の目的成分測定法が、酵素免疫測定法である、項7または8に記載の目的成分測定法。
[項10]
前記の酵素免疫測定法が、以下の(A)に記載された(a)から(e)の工程、または、(B)に記載された(a)から(d)の工程を含む方法である、項9に記載の目的成分測定法。
(A)
(a)目的成分を含む処理検体と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体にリガンドが結合された結合体(試薬1)を含む溶液とを接触させて、試薬1と該目的成分との複合体を溶液中にて形成する工程。
(b)該複合体を含む溶液を、上記リガンドの補捉剤が結合された多孔性フィルタの表面に滴下して、該複合体のリガンド部分を、該リガンド補捉剤に結合させる工程。
(c)多孔性フィルタの表面に、上記目的成分に特異的に結合する、酵素で標識された第二の抗体(試薬2)の溶液を滴下して、試薬2を、リガンド補捉剤とリガンド部分とを介して多孔性フィルタに結合している第一の抗体と目的成分との複合体に結合させる工程。
(d)多孔性フィルタを洗浄することにより、多孔性フィルタに結合していない試薬を除去する工程。
(e)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、発光基質を用いて測定する工程。
(B)
(a)目的成分を含む処理検体と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体にリガンドが結合された結合体(試薬1)と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体とは別の抗体であって、第一の抗体と同じもしくは異なる部分で該目的成分に結合する第二の抗体が酵素で標識された第二の抗体(試薬2)を接触させて、試薬1と試薬2と目的成分との複合体を溶液中にて形成する工程。
(b)該複合体を含む溶液を、上記リガンドの補捉剤が結合された多孔性フィルタの表面に滴下して、該複合体のリガンド部分を、該リガンド補捉剤に結合させる工程。
(c)多孔性フィルタを洗浄することにより、多孔性フィルタに結合していない試薬を除去する工程。
(d)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、発光基質を用いて測定する工程。
[項11]
項1〜6のいずれかに記載の糞便に由来する検体の前処理方法に用いるためのセットであって、pH2.9未満の酸性水溶液、または、pH0.5〜2.9の間の緩衝液を含むことを特徴とする検体前処理用セット。
[項12]
項7〜10のいずれかに記載の糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法に用いるためのキットであって、以下の(1)〜(3)の構成を含むことを特徴とするキット。
(1)項11に記載の検体前処理用セット
(2)前記検体に含まれる目的成分に特異的に結合する第一の抗体
(3)前記検体に含まれる目的成分に特異的に結合する第二の抗体
(4)未結合の検体・抗体を除去するための洗浄液
(5)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、測定するための発光基質
【発明の効果】
【0008】
糞便検体を用い、免疫学的反応や遺伝子がハイブリダイズする特異性を利用して、該生体試料に含まれる種々の成分を測定する場合において、本発明の検体前処理液を用いて糞便検体を前処理することにより、正確性の高い測定が可能になる。
本発明の検体前処理方法によれば、pHを0.5〜2.9の間で処理することにより、糞便検体に含まれるアルカリホスファターゼが不可逆的に活性を失い、発光測定系で用いている発光基質に非特異的に反応することを防ぐことができ、これにより、その測定における正確性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】糞便に由来する検体を酸処理したときのpHと測定結果との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳述するが、これに限定されるものではない。
【0011】
本発明の実施形態の一つは、糞便に由来する検体の前処理方法であって、前記検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁する工程を含むことを特徴とする検体の前処理方法である。
【0012】
本発明の前処理方法に適用される検体は、特に限定されない。糞便に由来するものとして、糞便そのものや、糞便を緩衝液などの水溶液で懸濁したもの、あるいは、それらを濾過などの手段で清澄化したものなどが例示される。また、生体から採取できるものに限らず、糞便を種々の方法で処理したものや、糞便由来の成分が含まれる可能性のあるものも糞便に由来する検体として、本発明の前処理方法を適用できる。
検体を採取する方法は特に限定されず、公知の方法を採用することができる。具体的には、綿棒、糞便採取器具などを用いて採取することができる。
【0013】
本発明の前処理方法における懸濁操作は特に限定されないが、例えば、検体採取に用いた綿棒を用いて懸濁液を攪拌することにより行うことが出来る。
【0014】
本発明の前処理方法において、糞便に由来する検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁するための手段は、特に限定されない。
例えば、糞便に由来する検体を懸濁することが出来る溶液であって、前記検体との混合時にそのような範囲のpHになるような溶液(本明細書ではこのような溶液を「前処理液」ともよぶ。)を用いればよい。例えば、pHが0.5〜2.9の範囲で調整された前処理液で前記検体を懸濁させることにより行うことができる。
【0015】
また、上記工程は必要に応じて、pHが2.9を越える範囲で調整された溶液(本明細書ではこのような溶液を「検体抽出液」ともよぶ。)に糞便に由来する検体を懸濁する工程と、前記懸濁液のpHを0.5〜2.9の範囲になるよう調整する工程とに分けても良い。
前記懸濁液のpHを調整する手段としては、例えば、「pHが0.5〜2.9の範囲で調整された前処理液」を添加すればよい。
工程を分ける場合、検体抽出液と前処理液とを混合するときの液量比は特に限定されないが、検体抽出液:前処理液=3:2の割合が好ましい。
【0016】
前処理液としては、pHが0.5〜2.9の範囲で調整されたものであれば特に限定されないが、種々の無機酸や有機酸などの酸類、または、酸性に調整された緩衝液が例示できる。
さらに具体的には、塩酸、硫酸、硝酸、過塩素酸、リン酸緩衝液、グリシン塩酸緩衝液、セリン塩酸緩衝液、アラニン塩酸緩衝液が例示でき、中でもグリシン塩酸緩衝液、セリン塩酸緩衝液、アラニン塩酸緩衝液が好ましい。
酸類など実質的に緩衝能を持たない場合は、濃度は限定されないが0.5Mから2.0Mが好ましい。また、pHは0.5〜2.9であれば特に限定されないが、2.0以下が好ましい。
酸性に調整された緩衝液の場合、濃度は限定されないが0.5Mから2.0Mが好ましい。また、pHは0.5〜2.9であれば特に限定されないが、2.5以下が好ましい。
【0017】
糞便に由来する検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁する工程においては、前処理した検体の目的成分を測定する際における非特異的発光の防止効果を上げるために、また、当該測定において免疫学的反応を使用する場合は免疫反応の感度を上げるために、界面活性剤を含んでもよい。
界面活性剤としては、特に限定されるものではないが、非イオン性界面活性剤が好ましい。例えば、Triton X−100、Tween20、Pluronicなどが挙げられる。
界面活性剤の濃度は0.10重量%から0.25重量%が好ましい。中でも0.25重量%が好ましい。
界面活性剤は、前処理液に添加されていても良いし、検体抽出液に添加されていてもよい。
【0018】
糞便に由来する検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁する工程においては、前処理した検体の目的成分を測定する際において免疫学的反応を使用する場合は、前記検体を懸濁する際に、抗原が該懸濁液を入れる容器の表面へ吸着することを防止するために、BSA(ウシ血清アルブミン)を含んでも良い。また、防腐のためにアジ化ナトリウムなどの各種防腐剤を含んでも良い。
これらの試薬は、前処理液に添加されていても良いし、検体抽出液に添加されていてもよい。
【0019】
上記工程の処理時間は特に限定されないが、30秒から5分の間が好ましい。
【0020】
糞便に由来する検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁する工程の後には、必要に応じて、懸濁液のpHを6.0から8.0の間に調整する工程を含んでも良い。
pHを6.0〜8.0の間に調整する方法は、混合時にそのようなpHになるように溶液(本明細書ではこのような溶液を「中和液」ともよぶ。)を添加するのであれば、特に限定されない。例えば検体抽出液にpHが6.0を越える溶液を含有させることにより行うことができる。
【0021】
中和液としては、pHが6.0を越える範囲で調整されたものであれば特に限定されない。アルカリ溶液類、または、アルカリ性に調整された緩衝液が例示できる。
さらに具体的には、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、グリシン‐NaOH緩衝液、トリシン‐NaOH緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液が例示でき、中でもトリシン‐NaOH緩衝液が好ましい。
アルカリ溶液類など実質的に緩衝能を持たない場合は、濃度は限定されないが0.05Mから2.0Mが好ましい。また、pHは6.0以上であれば特に限定されないが、12.0以上が好ましい。
アルカリ性に調整された緩衝液の場合、濃度は限定されないが0.5Mから2.0Mが好ましい。また、pHは6.0以上であれば特に限定されないが、7.0〜9.0の塩基性の範囲の溶液が好ましく、7.0〜8.0が更に好ましい。
先の工程でpHを0.5〜2.9の範囲になるよう調整した溶液と、上記pHが6.0を越える溶液との液量比は特に限定されないが、2:1の割合が好ましい。
【0022】
上記工程の処理時間は特に限定されないが、30秒から5分の間が好ましい。
【0023】
本発明の前処理方法で処理された検体は、特に限定されることなく種々の測定方法に適用することができる。
例えば、免疫学的反応や遺伝子がハイブリダイズする相互作用の特異性を利用して、該生体試料に含まれる種々の目的成分を測定する方法が例示できる。
免疫学的方法としては、酵素免疫測定法、放射免疫測定法、免疫比濁測定法、免疫凝集測定法などが例示できる。
遺伝子がハイブリダイズする相互作用の特異性を利用した方法としては、LAMP法、Qプローブ法などが例示できる。
本発明の検体前処理方法が適用される測定項目は、特に限定されるものではないが、例えば、糞便に含まれるRotaウイルスの検出に利用することができる。
【0024】
本発明の前処理方法は、中でも、検出系に化学発光反応を用いる目的成分測定方法に好ましく適用できる。
化学発光反応を用いる検出系としては、特に限定されるものではないが、ウエスタンブロッティング法、免疫共沈降法、酵素免疫測定法などが挙げられる。
【0025】
本発明の実施形態の一つは、糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法であって、以下の(1)および(2)の工程を含むことを特徴とする目的成分測定法である。
(1)糞便に由来する検体を、上述の検体前処理方法で、処理する工程
(2)免疫学的反応、または、遺伝子がハイブリダイズする相互作用の特異性を利用して、糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する工程
【0026】
当該実施形態における検体前処理方法については、上記で詳しく説明したとおりである。
また、当該実施形態における目的成分測定方法としては、特に限定されないが、例えば、以下の(A)に記載された(a)から(e)の工程、または、(B)に記載された(a)から(d)の工程を含む酵素免疫測定法が例示できる。この測定法は、特開2001−235471号公報(特許文献1)などで公知である。
(A)
(a)目的成分を含む処理検体と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体にリガンドが結合された結合体(試薬1)を含む溶液とを接触させて、試薬1と該目的成分との複合体を溶液中にて形成する工程。
(b)該複合体を含む溶液を、上記リガンドの補捉剤が結合された多孔性フィルタの表面に滴下して、該複合体のリガンド部分を、該リガンド補捉剤に結合させる工程。
(c)多孔性フィルタの表面に、上記目的成分に特異的に結合する、酵素で標識された第二の抗体(試薬2)の溶液を滴下して、試薬2を、リガンド補捉剤とリガンド部分とを介して多孔性フィルタに結合している第一の抗体と目的成分との複合体に結合させる工程。
(d)多孔性フィルタを洗浄することにより、多孔性フィルタに結合していない試薬を除去する工程。
(e)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、発光基質を用いて測定する工程。
(B)
(a)目的成分を含む処理検体と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体にリガンドが結合された結合体(試薬1)と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体とは別の抗体であって、第一の抗体と同じもしくは異なる部分で該目的成分に結合する第二の抗体が酵素で標識された第二の抗体(試薬2)を接触させて、試薬1と試薬2と目的成分との複合体を溶液中にて形成する工程。
(b)該複合体を含む溶液を、上記リガンドの補捉剤が結合された多孔性フィルタの表面に滴下して、該複合体のリガンド部分を、該リガンド補捉剤に結合させる工程。
(c)多孔性フィルタを洗浄することにより、多孔性フィルタに結合していない試薬を除去する工程。
(d)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、発光基質を用いて測定する工程。
【0027】
本発明の実施形態の一つは、上記で説明した糞便に由来する検体の前処理方法に用いるためのセットであって、pH2.9未満の酸性水溶液、もしくは、pH0.5〜2.9の間の酸性緩衝液を含むことを特徴とする検体前処理用セットである。
【0028】
セットの各構成については、本発明の前処理方法の項で説明したとおりである。
【0029】
本発明の実施形態の一つは、糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法に用いるためのキットであって、上記で説明した検体前処理用のセットに加え、さらに、目的成分を測定するために必要な試薬構成を含むものである。
検体に含まれる目的成分を測定するために必要な試薬構成部分については、特に限定されない。例えば、下記の全てを含む一式が例示される。
・前記検体に含まれる目的成分に特異的に結合する第一の抗体、
・前記検体に含まれる目的成分に特異的に結合する第二の抗体、
・未結合の検体・抗体を除去するための洗浄液、および、
・多孔性フィルタに結合した酵素の活性を測定するための発光基質
【0030】
(実施例)
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0031】
(実験1)ビオチン標識抗ロタウイルス抗体の調製
抗ロタウイルスマウスモノクローナル抗体(Fitzgerald社)1 mgとビオチンアミドカプロン酸−N−ヒドロキシスクシンイミドエステルを25℃で4時間反応させ、Amicon Ultra−4(ミリポア社製)を用いて分画し、第1抗体液を調製した。
(実験2)ALP標識抗ロタウイルス抗体の調製
抗ロタウイルスマウスモノクローナル抗体(Fitzgerald社)0.1 mgをAlkaline Phosphatase Labeling Kit - SH(同人化学社製)を用いて、第2抗体液を調製した。
(実験3)ロタウイルス抗原測定の実施
症状から明らかにロタウイルス感染症でない人より糞便を採取し、そのうちイムノクロマト法を原理とする市販のロタウイルス検出キット(日本ベクトン・ディッキンソン社 商品名BD Rota/Adeno エグザマンTM スティック)でロタウイルス感染症陰性であることを確認できた糞便を使用し(54例)、ロタウイルス抗原を測定した。
検体抽出液としては、0.15重量% Triton X−100(ナカライテスク社製)、0.1重量% Tween20(ナカライテスク社製)、1重量% BSAを含む溶液を用い、糞便を前記検体抽出液に懸濁したものを検体とした。
検体75μlに第1抗体液20μlを添加し、混合後、40℃でインキュベーションした(検体・第1抗体液混合液)。10秒後に、検体・第1抗体液混合液70μlをあらかじめ50μlの蒸留水を添加したPOCube(東洋紡績社製)専用反応容器(第1抗体に結合したリガンドを特異的に認識するリガンド捕捉剤が結合された多孔性フィルタ(抗ビオチン抗体を結合させたガラスフィルター固相)を含む容器。)に添加し、さらに、第2抗体液を20μl添加し、40℃でインキュベーションした。150秒後に、0.05%のTween20を含む蒸留水を80μlずつ2回添加し、さらに発色基質としてLumigenTM APS−5(Lumigen社製)を30μl添加し、発光強度を測定した。発光強度で10000以上を示す検体をロタウイルス感染症陽性と判定した。
その結果、54例中、すべての検体で非特異的な発光が検出され、擬陽性を示した。
【実施例2】
【0032】
実験3に用いた発光基質であるLumigenTM APS−5はアルカリホスファターゼ(ALP)依存的であり、非特異的な発光は糞便に含まれるALPであると推測される。そこで実験3で用いた糞便のうち3例を用いてALP活性を調べた。また、ネガティブコントロールとして検体抽出液も測定した。
(実験4)ALP測定試薬の調製
9.66mlのジエタノールアミン(ナカライテスク社製)を蒸留水60mlで希釈後、0.1M 塩化マグネシウム水溶液 0.25mlを添加した。さらに、2.0M HClでpHを10.1に調整し、最終液量を100mlとして、試薬Aとした。また、371mgのp−ニトロフェニルリン酸二ナトリウム塩(ナカライテスク社製)を10mlの試薬Aに溶解して、試薬Bとした。
(実験5)ALP活性測定の実施
試薬A 2.6mlと試薬B 0.3mlとを混合し、37℃で5分間予備加温した。続いて(実験3)で用いた検体0.1mlを添加し、ゆるやかに混和後、水を対象に、37℃に制御された分光光度計で405nmの吸光度変化を3から4分間記録し、その初期直線部分から1分間当たりの吸光度変化量を測定した。得られた結果を(実験3)で得られた発光強度のデータと合わせて表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
表1の結果から、糞便では、ALP活性を示す吸光度変化量がネガティブコントロールである検体抽出液に比べて有意に高いことが確認できた。このことから、糞便が高い発光強度を示す原因は糞便中のALPの影響であると言える。
【実施例3】
【0035】
ALPはアルカリ性条件下で有意に働く酵素であり、強酸性にすることで失活させることができると考え、前処理液として数種の酸性溶液を用いて、糞便中のALPを失活させようと考えた。
(実験6)酸処理後の糞便中のALP活性測定の実施
7種類の酸性溶液を用いてロタウイルス感染症陰性である糞便中のALP活性測定を測定した。糞便を(実験3)で用いた検体抽出液に懸濁し、そのうち30μlに前処理液として酸性溶液20μlを加えて40℃、1分間処理後、中和液として、1.0M,pH8.0のTricine緩衝液 50μlでpH7に中和した。酸処理後、中和した検体を用いて、(実験5)と同様の方法でALP活性測定を実施した。得られた結果を酸処理後のpHのデータと合わせて表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
表2の結果から、酢酸以外の酸では有意にALP活性を低減させる効果があることが確認できた。
【実施例4】
【0038】
(実験7)ロタウイルス抗原測定の実施
(実験6)で用いた7種類の酸性溶液で処理し、中和した陰性検体を用いてロタウイルス抗原量測定を行った。測定方法は(実験3)と同様の方法で行った。得られた結果を酸処理後のpHのデータと合わせて表3に示す。
【0039】
【表3】

【実施例5】
【0040】
(実験8)処理に用いる酸のpHと、ALP活性、POCube測定値の関係の検証
(実験6)で用いた酸のうち、Gly−HCl緩衝液を用いて、pH 0.5から4.0に調整した15種類の溶液を準備し、それぞれの溶液を用いて陰性検体に対して酸処理を行い、ALP活性測定とPOCube測定値との関係を調べた。得られた結果を表4に示す。また、ALP活性とPOCube測定値との相関を図1に示す。
【0041】
【表4】

【0042】
表4、図1の結果から、ALP活性とPOCube測定値とは良好な相関を示した。また、POCube測定では、10000RLU(RLUは、Relative Light Unit(相対発光量)の略。)を上回ると陽性判定となることから、処理に用いる酸性溶液はpH0.5から2.9までの間であれば、偽陽性判定を防ぐことができることがわかった。
【実施例6】
【0043】
(実験9)ロタウイルス抗原測定の実施
(実験7)の方法と同様にして、効果が確認できなかった酢酸を除く6種類の酸性溶液を用いて、ロタウイルス抗原測定を行った。糞便は(実験3)で用いた54例のうち20例を用いた。得られた結果を表5に示す。
【0044】
【表5】

【0045】
表5の結果から、6種類の酸性溶液いずれも市販のロタウイルス検出キットとの一致率は100%であった。
以上の結果から、糞便中のロタウイルス抗原検出の際に、pHが2.9以下になるように酸性溶液で処理することで、擬陽性判定を防ぐことができると確認できた。本発明の糞便処理方法は、化学発光法を測定原理とした免疫測定法において十分利用可能であると言える。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、糞便検体を用い、免疫学的反応や遺伝子がハイブリダイズする特異性を利用して、該生体試料に含まれる種々の成分を測定する場合において、本発明の検体前処理液を用いて糞便検体を前処理することにより、正確性の高い測定が可能になる。種々の診断システムに適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糞便に由来する検体の前処理方法であって、前記検体をpHが0.5〜2.9の範囲内に保たれた状態で懸濁する工程を含むことを特徴とする検体の前処理方法。
【請求項2】
前記前処理方法が、免疫学的反応、または、遺伝子がハイブリダイズする相互作用の特異性を利用して、糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法のために用いられる、請求項1に記載の前処理方法。
【請求項3】
前記の目的成分測定法が、検出系に化学発光反応を用いる方法である、請求項2に記載の検体前処理方法。
【請求項4】
前記の目的成分測定法が、酵素免疫測定法である、請求項2または3に記載の検体前処理方法。
【請求項5】
前記の目的成分が、Rotaウイルスである、請求項2〜4のいずれかに記載の検体前処理方法。
【請求項6】
請求項1に記載の前処理方法であって、以下の(1)〜(3)の工程を含むことを特徴とする検体の前処理方法。
(1)前記検体を検体抽出液に懸濁し懸濁液とする工程
(2)前記懸濁液のpHを0.5〜2.9の間になるよう調整する工程
(3)(2)で処理した懸濁液のpHを6.0〜8.0の間になるよう調整する工程
【請求項7】
糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法であって、以下の(1)および(2)の工程を含むことを特徴とする目的成分測定法。
(1)糞便に由来する検体を、請求項1〜6のいずれかに記載の検体前処理方法で、処理する工程
(2)免疫学的反応、または、遺伝子がハイブリダイズする相互作用の特異性を利用して、糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する工程
【請求項8】
前記の目的成分測定法が、検出系に化学発光反応を用いる方法である、請求項7に記載の目的成分測定法。
【請求項9】
前記の目的成分測定法が、酵素免疫測定法である、請求項7または8に記載の目的成分測定法。
【請求項10】
前記の酵素免疫測定法が、以下の(A)に記載された(a)から(e)の工程、または、(B)に記載された(a)から(d)の工程を含む方法である、請求項9に記載の目的成分測定法。
(A)
(a)目的成分を含む処理検体と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体にリガンドが結合された結合体(試薬1)を含む溶液とを接触させて、試薬1と該目的成分との複合体を溶液中にて形成する工程。
(b)該複合体を含む溶液を、上記リガンドの補捉剤が結合された多孔性フィルタの表面に滴下して、該複合体のリガンド部分を、該リガンド補捉剤に結合させる工程。
(c)多孔性フィルタの表面に、上記目的成分に特異的に結合する、酵素で標識された第二の抗体(試薬2)の溶液を滴下して、試薬2を、リガンド補捉剤とリガンド部分とを介して多孔性フィルタに結合している第一の抗体と目的成分との複合体に結合させる工程。
(d)多孔性フィルタを洗浄することにより、多孔性フィルタに結合していない試薬を除去する工程。
(e)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、発光基質を用いて測定する工程。
(B)
(a)目的成分を含む処理検体と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体にリガンドが結合された結合体(試薬1)と、該目的成分に特異的に結合する第一の抗体とは別の抗体であって、第一の抗体と同じもしくは異なる部分で該目的成分に結合する第二の抗体が酵素で標識された第二の抗体(試薬2)を接触させて、試薬1と試薬2と目的成分との複合体を溶液中にて形成する工程。
(b)該複合体を含む溶液を、上記リガンドの補捉剤が結合された多孔性フィルタの表面に滴下して、該複合体のリガンド部分を、該リガンド補捉剤に結合させる工程。
(c)多孔性フィルタを洗浄することにより、多孔性フィルタに結合していない試薬を除去する工程。
(d)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、発光基質を用いて測定する工程。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれかに記載の糞便に由来する検体の前処理方法に用いるためのセットであって、pH2.9未満の酸性水溶液、または、pH0.5〜2.9の間の緩衝液を含むことを特徴とする検体前処理用セット。
【請求項12】
請求項7〜10のいずれかに記載の糞便に由来する検体に含まれる目的成分を測定する方法に用いるためのキットであって、以下の(1)〜(3)の構成を含むことを特徴とするキット。
(1)請求項11に記載の検体前処理用セット
(2)前記検体に含まれる目的成分に特異的に結合する第一の抗体
(3)前記検体に含まれる目的成分に特異的に結合する第二の抗体
(4)未結合の検体・抗体を除去するための洗浄液
(5)多孔性フィルタに結合した酵素の活性を、測定するための発光基質

【図1】
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【公開番号】特開2012−220195(P2012−220195A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−82610(P2011−82610)
【出願日】平成23年4月4日(2011.4.4)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】