検出装置
【課題】信頼性が高く連続した計測が可能な検出装置を提供すること。
【解決手段】センサーチップ20と、試料分子を含む流体試料をセンサーチップ20に吸引する吸引部40と、センサーチップ20に光を照射する光源50と、センサーチップ20へ照射する光強度を調整する光強度調整部290と、センサーチップに吸着された試料分子を反映する光を検出する光検出部60と、吸引部40を駆動制御する制御部71と、を有する。制御部71は、光検出部にて検出する第1モードでは、センサーチップ上での流体試料の吸引流速をV1にし、第2モードでは、センサーチップ上での流体試料の吸引流速をV2(V2>V1)にする。光強度調整部は、第1モードでは、前記センサーチップ上での前記光源からの光強度をL1にし、第2モードでは、前記センサーチップ上での前記光強度をL2(L2>L1)にする。光検出部からの信号に基づいて前記第1、第2モードを切り替える。
【解決手段】センサーチップ20と、試料分子を含む流体試料をセンサーチップ20に吸引する吸引部40と、センサーチップ20に光を照射する光源50と、センサーチップ20へ照射する光強度を調整する光強度調整部290と、センサーチップに吸着された試料分子を反映する光を検出する光検出部60と、吸引部40を駆動制御する制御部71と、を有する。制御部71は、光検出部にて検出する第1モードでは、センサーチップ上での流体試料の吸引流速をV1にし、第2モードでは、センサーチップ上での流体試料の吸引流速をV2(V2>V1)にする。光強度調整部は、第1モードでは、前記センサーチップ上での前記光源からの光強度をL1にし、第2モードでは、前記センサーチップ上での前記光強度をL2(L2>L1)にする。光検出部からの信号に基づいて前記第1、第2モードを切り替える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、低濃度の試料分子を検出する高感度分光技術の1つとして、SPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴)、特にLSPR(Localized Surface Plasmon Resonance:局在表面プラズモン共鳴)を利用したSERS(Surface Enhanced Raman Scattering:表面増強ラマン散乱)分光が注目されている(特許文献1,2)。SERSとは、ナノメートルスケールの凸凹構造を持つ金属表面でラマン散乱光が102〜1014倍増強される現象である。レーザー等の単一波長の励起光を試料分子に照射する。励起光の波長から試料分子の分子振動エネルギー分だけ僅かにずれた散乱波長(ラマン散乱光)を分光検出し、試料分子の指紋スペクトルを得る。その指紋スペクトルの形状から、試料分子を同定することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3714671号公報
【特許文献2】特開2000−356587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この種の表面プラズモン共鳴センサーは、基板上に金や銀等の金属微粒子を基板上に固定したものである。このセンサーを備えた検出装置は、表面プラズモン共鳴センサーの金属ナノ粒子に吸着された試料分子に光を照射し、増強されたラマン散乱光を検出する。
【0005】
ここで、表面プラズモン共鳴センサーの用途の1つとして、例えば、環境汚染物質のモニタリングが挙げられている。汚染物質をモニタリングするには、リアルタイムで連続して汚染物質を検出しなければならない。しかし、上述した検出装置では、表面プラズモン共鳴センサーの金属ナノ粒子に吸着された試料分子が汚染物質であるか否かは検出できるが、一回の検出に止まる。よって、例えば、空間中の試料分子の有無をリアルタイムで何度も検出したとき、試料分子がある濃度以上で確実に存在するか、あるいはある濃度以下で確実に存在しないかを信頼性を高めて検出することができなかった。そこで、信頼性が高く連続した計測が可能な検出装置が求められていた。尚、この連続した計測は、クリーニング期間と物質検出期間とを合わせて計測期間としたときに計測期間が連続することを示す。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]本適用例にかかる検出装置は、センサーチップと、試料分子を含む流体試料を吸引し前記センサーチップに吸着させる吸引部と、前記センサーチップに光を照射する光源と、前記センサーチップへ照射する光強度を調整する光強度調整部と、前記センサーチップ上に吸着した試料分子を反映する光を用いて前記試料分子を検出する光検出部と、前記吸引部及び前記光強度調整部を制御する制御部と、を有し、前記光検出部が検出する期間を含む第1モードにおける前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV1とし、第2モードでは、前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV2とするとき、前記吸引部は、V2>V1となるように前記流体試料の流速を制御し、前記第1モードにおける前記センサーチップ上の前記光源からの光強度をL1とし、前記第2モードにおける前記センサーチップ上の前記光強度をL2とするとき、前記光強度調整部は、L2>L1となるように前記光強度を制御し、前記光検出部からの信号に基づいて前記制御部は前記第1モードと前記第2モードとを切り替えることを特徴とする。
【0008】
本適用例によれば、第1モードでは、流速V1で吸引される流体試料中の試料分子をセンサーチップに吸着することができる。この第1モードで、センサーチップに光源からの光を光強度L1で照射すると、センサーチップに吸着された試料分子が反映された光が生ずる。光検出部はセンサーチップからの光を検出することができる。一方、第2モードでは、第1モードでの流速V1よりも大きい流速V2に設定され、且つ光強度がL1よりも大きいL2に設定される。よって、第2モードではセンサーチップに吸着された試料を光エネルギー供与に由来する熱エネルギーと流体試料が流動する力によって効率的に脱離させることができる。
【0009】
このように、第1モードと第2モードとを交互に実施すると、一旦センサーチップに吸着された試料を脱離させることができる。こうして、検査後にセンサーチップをクリーンアップすることができ、前回検査した時の影響を残すことなく次回の検査を繰り返し実施することが可能となる。よって、第1モードと第2モードを切り替えることにより、連続して検査することが可能となる。しかも、検査後にセンサーチップをクリーンアップできる。そして、光検出部からの信号に基づいて第1モードと第2モードとを切り替えている為、信頼性が高く連続した計測を行うことができる。尚、連続した計測は第1モードと第2モードとを合わせて計測期間としたときに計測期間が連続することを示す。
【0010】
[適用例2]上記適用例に記載の検出装置では、前記センサーチップは、前記流体試料のラマン散乱光を発生させ、前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質のラマン散乱光を検出することが好ましい。
本適用例によれば、ラマン散乱光は検査対象の物質を反映した信号であり、流体試料中にて検査対象の物質の有無を判定することができる。
【0011】
[適用例3]上記適用例に記載の検出装置では、前記光強度調整部は光学フィルターを備え、前記光学フィルターを切り替えて光強度を調整することが好ましい。
本適用例によれば、透過率の異なるフィルターを切り替えることで光強度を調整している。このとき、フィルターの光透過率を機械的に制御することによって光強度調整部を通過する光強度を簡単に変化させることができる。
【0012】
[適用例4]上記適用例に記載の検出装置では、前記吸引部は負圧発生部を含み、前記制御部は前記負圧発生部の駆動条件を制御することが好ましい。
本適用例によれば、負圧発生部の駆動条件、例えば、単位時間あたりの流体輸送量を調整制御することで、センサーチップ上における流体試料の流速を制御することができる。
【0013】
[適用例5]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、前記光検出部が出力する信号レベルを第1判定値と比較し、前記信号レベルが前記第1判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることが好ましい。
【0014】
本適用例によれば、第1モードにて吸引される流体試料中の試料分子がセンサーチップに吸着され、それに伴い光検出部からの信号の強度が大きくなる。この信号レベルが第1判定値に達する前に試料分子の有無の検査を実施する。そして、光検出部の信号レベルが第1判定値以上となれば、第1モードから第2モードに切り替えている。そして、第2モードでは吸着された試料分子を脱離させている。従って、センサーチップのクリーンアップを開示する時期を判断することができる。
【0015】
[適用例6]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、前記光検出部からの信号レベルが第2判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることが好ましい。
本適用例によれば、第2モードにてセンサーチップから試料分子を脱離させている。光検出部からの信号レベルが第2判定値以下であれば充分に脱離が行われたと判断し、第2モードを終了し、第1モードに移行している。従って、センサーチップのクリーンアップを終了する時期を判断することができる。
【0016】
[適用例7]上記適用例に記載の検出装置では、前記第1モードで標準試料を前記流体試料を介して前記センサーチップに供給する供給部をさらに有し、前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質とは異なる波長にて、前記標準試料を反映する光を検出し、前記制御部は、前記物質を反映した信号が前記第1判定値未満であっても、前記標準試料を反映した信号レベルが第3判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることが好ましい。
【0017】
本適用例によれば、標準試料を反映した信号と第3判定値との対比に基づく制御を併行して実施することにより、第1モードから第2モードに移行する時期を判断している。従って、例えばトリニトロトルエン(TNT)分子のように試料分子が通常時は存在しないか極微量である場合でも第1モードから第2モードに移行する時期を判断することができる。
【0018】
[適用例8]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、前記検査対象である試料分子に対応する前記光検出部からの信号レベルが前記第2判定値よりも高くても、前記標準試料に対応する前記光検出部からの信号レベルが第4判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることが好ましい。
【0019】
本適用例によれば、標準試料を反映した信号と第4判定値との対比に基づく制御を併行して実施することにより、第2モードから第1モードに移行する時期を判断している。従って、例えばトリニトロトルエン(TNT)分子のように試料分子が通常時は存在しないか極微量である場合でも第2モードから第1モードに移行する時期を判断することができる。
【0020】
[適用例9]上記適用例に記載の検出装置では、前記供給部は、前記第1モード中に前記標準試料を一定量だけ供給することが好ましい。
本適用例によれば、供給部から流体試料中に一定量の標準試料が供給される。標準試料の総量を一定量とすることで、精度良く第1モードから第2モードに切り替えることができる。その結果、検査対象の物質が検出できない低濃度の場合でも、検査対象の物質の検出に適切な時間を第1モードに割り当てることができる。
【0021】
[適用例10]上記適用例に記載の検出装置では、前記標準試料は、ヘテロ環、ベンゼン環、COOH基、OH基、CHO基、S原子、N原子の少なくとも1つを有する分子であることが好ましい。
本適用例によれば、これらの官能基及び原子は比較的金属と吸着結合しやすく、確実に検出できる分子である。そのため標準試料として機能させることができる。
【0022】
[適用例11]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、少なくとも前記第2モードと前記第1モードとを繰り返して切り替えることが好ましい。
本適用例によれば、このように、第1モードの前に実施される第2モードにより、センサーチップはクリーンアップされる。これにより、検出装置の検出精度が高められる。そして、第1モードの後に実施される第2モードにより、次回の試料分子の検出前にセンサーチップをクリーンアップすることができる。従って、断続的に精度良く試料分子の検出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】検出装置の構成を示すブロック図。
【図2】第1モード及び第2モードを説明するためのグラフ。
【図3】光エネルギーの供与とセンサーチップからの分子の脱離との関係を示す特性図。
【図4】第1モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図5】第2モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図6】ラマン散乱光の検出原理を説明するための模式図。
【図7】検出装置の構成を示す模式平面図。
【図8】検出装置の制御系ブロック図。
【図9】第1モードと第2モードとを示すタイムチャート。
【図10】試料分子の測定結果の例を示すグラフ。
【図11】SERSスペクトルを示すグラフ。
【図12】SERSスペクトルを示すグラフ。
【図13】変形例にかかる検出装置の構成を示す模式平面図。
【図14】第1モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図15】第2モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図16】TNT分子のSERSスペクトルを示すグラフ。
【図17】第1モード及び第2モードを説明するためのグラフ。
【図18】SERSスペクトルを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。尚、以下の各図においては、各部材を認識可能な程度の大きさにするため、各部材の尺度を実際とは異ならせしめている。尚、以下に説明する本実施形態は特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の総てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0025】
(実施形態)
1.検出装置の基本構成
図1は、本実施形態の検出装置の構成を示すブロック図である。図1に示すように、検出装置10は、センサーチップ(光デバイス)20と、吸引部40と、光源50と、光検出部60と、制御部71と、光強度調整部290とを有する。センサーチップ20と光源50との間及びセンサーチップ20と光検出部60との間には光学系30が設置されている。本実施形態では、流体試料は例えば大気であり、検査対象の物質は大気中の特定気体分子(試料分子)とすることができるが、これに限定されない。
【0026】
吸引部40は負圧発生部、例えばファン450を備え、流体試料を吸引する。負圧発生部はファンに限らずチューブポンプ、ダイヤフラム式ポンプ等のポンプなど、吸引部40にて負圧を発生させて流体試料を吸引できるものであれば良い。そして、吸引した流体試料に含まれる検査対象の物質をセンサーチップ20に吸着させる機能を備えている。光源50から射出された光は、光強度調整部290及び光学系30を介してセンサーチップ20を照射する。光強度調整部290は、例えば、減光フィルター等の光学フィルターから成っている。そして、光強度調整部290は光学フィルターを切り替えることにより、センサーチップ20を照射する光強度を調整する。光学系30は、例えば、ハーフミラー320及び対物レンズ330等から構成されている。センサーチップ20に吸着された試料分子に照射され散乱した光はLSPR(局在表面プラズモン共鳴)で増強され、SERS(表面増強ラマン散乱)光となって射出される。射出されたSERS光は対物レンズ34およびハーフミラー32を通過する。そして、通過した光は光検出部60に集光され、光検出部60は光を検出する。
【0027】
図2は、第1モード及び第2モードを説明するためのグラフである。図2において、切替え線35は流速と光強度との推移を示している。切替え線35が示すように、制御部71は、光検出部60からの信号に基づいて、第1モード2と第2モード3を切り替える制御を行う。そして、制御部71は、第2モード3と第1モード2とを繰り返して切り替える。ここで、第1モード2は、センサーチップ20に流体試料中の検査対象の物質を吸着させて、光検出部60にて散乱光を検出する。第1モード2ではセンサーチップ20上での流体試料の流速VがV1(m/分)となるように制御部71がファン450を制御する。さらに、制御部71は、光源50から射出される光の光強度がL1(mW)となるように光源50を制御する。
【0028】
第2モード3は、センサーチップ20から流体試料中の検査対象の物質を脱離させる。第2モード3では流速がV2(V2>V1)となるように制御部71がファン450を制御する。さらに、光源50から射出される光の光強度がL2(L2>L1)となるように光源50を制御する。このとき、制御部71は、光強度調整部290の減光フィルターを光路から外すよう駆動制御する。
【0029】
ファン450は、第1モード2では流体試料輸送量がW1(ml/分)であり、第2モード3では流体試料輸送量がW2(ml/分)であり、W2>W1を満たす。流体試料輸送量の制御は、ファン450を制御しても良いし、他にもバルブやシャッターを設置して、バルブやシャッターの開口面積を変化させても良い。ファン450、バルブ、シャッター等の制御の結果として、センサーチップ20上の検査対象の物質を運搬する流体試料の速度を制御できれば良い。
【0030】
光強度調整部290は、第1モード2では光源50から出力される光の光強度がL1(mW)であり、第2モード3では光強度がL2(mW)であるとき、L2>L1を満たす。光源50から出力される光の光強度の制御は、上述の通り減光フィルターでの調整を対象としても良いし、光源自体の発光強度を調整してもよい。制御の結果としてセンサーチップ20上の光強度を可変できれば何れの方法でも良い。
【0031】
図3は、光エネルギーの供与とセンサーチップからの検査対象の分子の脱離との関係を示す特性図である。図3において、第1推移線4は光強度が2mWのときにセンサーチップ20から試料分子が脱離する推移を示している。そして、第2推移線5は光強度が0.1mWのときにセンサーチップ20から試料分子が脱離する推移を示している。横軸は積算照射時間を示している。縦軸は光検出部60が検出する信号の強さを示し、センサーチップ20に吸着する試料分子の密度に対応する量となっている。
【0032】
第1推移線4及び第2推移線5は積算照射時間が推移するのに従って、試料分子の密度が下降している。これは、センサーチップ20から試料分子が離脱していることを示している。そして、第1推移線4の方が、第2推移線5より変化率が大きくなっている。つまり、L2>L1とすることで光エネルギー供与によるセンサーチップ20への試料分子の脱離性能が向上することを示している。
【0033】
脱離特性が向上する理由は、励起光強度を増加させることで金属ナノ粒子に発現する自由電子の集団的振動(LSPR)によるジュール熱が増加するため、金属ナノ粒子に吸着した分子はそのジュール熱を得て脱離することができると考えられる。従って励起光強度を制御することによって脱離特性を制御することができる。
【0034】
本実施形態では、第1モード2では、流速がV1で流動される流動試料中に含まれる検査対象の物質をセンサーチップ20に吸着させることができる。この第1モード2を吸着モードとも称することができる。この第1モード2において、センサーチップ20に光強度調整部290を介した光強度がL1の光を照射するとき、センサーチップ20に吸着された検査対象の物質の特性が反映された光が生ずる。そして、この光が光検出部60に集光されることにより、光検出部60はセンサーチップ20からの光を検出することができる。その意味で、第1モード2は検査が実施される検査モードとも称することができる。
【0035】
一方、第2モード3では、第1モード2(吸着モードまたは検査モード)での流速がV1よりも大きいV2に設定され、且つ、光強度調整部290が作動して光源50からの光強度がL2(L2>L1)に設定される。よって、第2モード3ではセンサーチップ20に吸着された検査対象の物質を流体により押し流す力と光エネルギーとにより効率的に脱離させることができる。従って、第2モード3を脱離モードと称することができる。
【0036】
このように、第1モード2と第2モード3とを交互に実施すると、一旦センサーチップ20に吸着された検査対象の物質を脱離させることができる。こうして、検査後にセンサーチップ20をクリーンアップすることができ、前回検査時の影響を残すことなく次回の検査を繰り返し実施することが可能となる。例えば、図2に示すように第1モード2に先駆けて第2モード3を実施すると、常にフレッシュなセンサーチップ20に検査対象の物質を吸着させて検査することができる。第1モード2、第2モード3を交互に繰り返し実施することにより、リアルタイムで連続した検査が可能となる。
【0037】
ここで、第1モード2、第2モード3の各流速であるV1及びV2はセンサーチップ20上での流体試料の流速であり、この流速がV1、V2となるようにファン450が駆動される。その際、第1モード2と第2モード3とを交互に繰り返し実施する場合には、第1モード2でのファン450の駆動を停止してもよい。この場合、第2モード3での流量や慣性を利用して、センサーチップ20上での流体試料の流速V1(V1≠0)を確保できる。
【0038】
第1モード2と第2モード3との切り替えは、光検出部60の出力に基づいて行うことができる。第1モード2と第2モード3との間では、検査対象の物質の吸着または脱離によって光検出部60が検出する光が変化するので、光検出部60が出力する光検出信号が変化する。従って、光検出信号を用いて試料分子の吸着状況を検出することができる。
【0039】
センサーチップ20からはLSPR(局在表面プラズモン共鳴)を利用したSERS(表面増強ラマン散乱)光が射出される。図4は、第1モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフである。図4において、第1SERS強度推移線6は、時刻T1〜時刻T2の第1モード2(吸着モードまたは検査モード)における光検出部60が出力する検査対象物質である試料分子のSERS強度の変化を示している。時刻T1から開始される第1モード2では、センサーチップ20に吸着される試料分子が増加する。従って、第1モード2ではSERS強度が増加する。よって、第1SERS強度推移線6が上昇し第1判定値7をSERS強度が上回る時刻T2にて、制御部71は第1モード2を終了することを判断する。そして、制御部71は第1モード2から第2モード3へ移行させる。つまり、検出装置10は光検出部60が検出する信号レベルが第1判定値7以上となったときに第1モード2から第2モード3へ切り替えている。
【0040】
図5は、第2モードにおける検査対象物質である試料分子のSERS強度の推移を示すグラフである。第2SERS強度推移線8は、第2モード3(脱離モード)での光検出部60が出力する試料分子のSERS強度の変化を示している。時刻T2から開始される第2モード3では、センサーチップ20から脱離される試料分子が増加する。よって、第2モード3では試料分子のSERS強度が低下する。よって、図5に示す第2判定値9をSERS強度が下回った時刻T3にて、制御部71は第2モード3を終了することを判断する。そして、制御部71は第2モード3から第1モード2へ移行させる。つまり、検出装置10は光検出部60が検出する信号レベルが第2判定値9以下となったときに第2モード3から第1モード2へ切り替えている。
【0041】
尚、SERS強度は光検出部60の受光素子にて受光されるフォトンの数に基づく値である。第1判定値7及び第2判定値9の値は特に限定されないが、本実施形態では例えば、第1判定値7はフォトン数で200であり、第2判定値9はフォトン数で100に設定している。
【0042】
2.光検出の原理と構造の一例
次に、図6(a)〜図6(c)を用いて、試料を反映した光検出原理の一例としてラマン散乱光の検出原理の説明図を示す。図6は、ラマン散乱光の検出原理を説明するための模式図である。図6(a)に示すように、センサーチップ20に吸着される検査対象物質である試料分子1に入射光(振動数ν)が照射される。一般に、入射光の多くは、レイリー散乱光として散乱され、レイリー散乱光の振動数νまたは波長は入射光に対して変化しない。入射光の一部はラマン散乱光として散乱され、ラマン散乱光の振動数(ν−ν’及びν+ν’)または波長には試料分子1の振動数ν’(分子振動)が反映される。つまり、ラマン散乱光は試料分子1の特性を反映した光である。入射光の一部は試料分子1を振動させてエネルギーを失うが、試料分子1の振動エネルギーがラマン散乱光の振動エネルギーまたは光エネルギーに付加されることもある。このような振動数のシフト(ν’)をラマンシフトと呼ぶ。
【0043】
図6(b)は、センサーチップの要部模式拡大図である。図6(b)に示すように入射光が基板200の平坦面から入射される場合、基板200は入射光に対して透明な材料が用いられる。センサーチップ20は、基板200上の第1構造物として、誘電体からなる複数の凸部210を有する。本実施形態では、入射光に対して透明な誘電体としての石英、水晶、硼珪酸ガラス等のガラスまたはシリコン等で形成された基板200上に、レジストを形成し、そのレジストを例えば遠紫外線(DUV)フォトリソグラフィー法を用いてパターン化している。パターン化されたレジストを用いて基板200をエッチングすることで、例えば、図6(c)に示すように複数の凸部210が二次元的に配置される。尚、基板200と凸部210とを異なる材料で形成しても良い。
【0044】
複数の凸部210上の第2構造物として、複数の凸部210には、例えばAuまたはAg等の金属ナノ粒子(金属微粒子)220が例えば蒸着、スパッタ等により形成される。結果として、センサーチップ20は、1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造を有することができる。1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造とは、基板200の上面を当該サイズの凸部構造(基板材で)を持つように加工する他に、基板上に当該サイズの金属微粒子を蒸着・スパッタ等で固着させる、または、基板上にアイランド構造を有する金属膜を形成する等の方法で形成できる。
【0045】
図6(b)及び図6(c)に示すように、二次元パターン状の金属ナノ粒子220に入射光が入射された領域240では、隣り合う金属ナノ粒子220間のギャップGに、増強電場230が形成される。特に、入射光の波長よりも小さな金属ナノ粒子220に対して入射光を照射する場合、入射光の電場は、金属ナノ粒子220の表面に存在する自由電子に作用し、共鳴を引き起こす。これにより、自由電子による電気双極子が金属ナノ粒子220内に励起され、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)により、入射光の電場よりも強い増強電場230が形成される。この現象は、入射光の波長よりも小さな金属ナノ粒子220等の電気伝導体に特有の現象である。
【0046】
図6では、センサーチップ20に入射光を照射した時に表面増強ラマン散乱(SERS: Surface Enhanced Raman Scattering)光が生ずる。つまり、増強電場230に試料分子1が入り込むと、その試料分子1によるラマン散乱光は増強電場230で増強されて、ラマン散乱光の信号強度は、強くなる。このような表面増強ラマン散乱では、試料分子1が微量であっても、検出感度を高めることができる。
【0047】
以下にて説明する試料分子の「吸着」という現象は、試料分子が金属ナノ粒子220に衝突する衝突分子の数(分圧)が支配的である現象であり、物理吸着及び化学吸着の一方又は双方を含む。「脱離」は外力により吸着を解除することを意味する。吸着エネルギーは気体分子の運動エネルギーに依存し、ある値を乗り超えると衝突して「吸着」現象を呈し、吸着には外力は不要である。一方、脱離には外力が必要である。また、センサーチップ20に流体試料を吸引することとは、換言すると、その内部にセンサーチップ20を配置した流路に吸引流を生じさせることで、流体試料をセンサーチップ20に接触させることである。
【0048】
3.検出装置の具体的な構成
図7は、検出装置の構成を示す模式平面図である。図7に示すように、検出装置10はセンサーチップ20と、光強度切替用の減光フィルターを有する光強度調整部290、光学系30と、吸引部40と、光源50と、光検出部60と、制御部71を含む処理部70を有している。
【0049】
光源50は例えばレーザーであり、小型化の観点から好ましくは垂直共振型面発光レーザーを用いることができるが、これに限定されない。光源50からの光は、光学系30を構成するコリメーターレンズ310により平行光にされる。コリメーターレンズ310の下流に偏光制御素子を設け、直線偏光に変換しても良い。ただし、光源50として例えば面発光レーザーを採用し、直線偏光を有する光を発光可能であれば、偏光制御素子を省略することができる。
【0050】
コリメーターレンズ310により平行光された光は、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)320によりセンサーチップ20の方向に導かれ、対物レンズ330で集光され、センサーチップ20に入射する。センサーチップ20には、図6に示す金属ナノ粒子220が形成される。センサーチップ20から、例えば、表面増強ラマン散乱によるレイリー散乱光及びラマン散乱光が放射される。センサーチップ20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、対物レンズ330を通過し、ハーフミラー320によって光検出部60の方向に導かれる。
【0051】
センサーチップ20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、集光レンズ340で集光されて、光検出部60に入力される。光検出部60ではまず、光フィルター610に到達する。光フィルター610(例えばノッチフィルター)によりラマン散乱光が取り出される。このラマン散乱光は、さらに分光器620を介して受光素子630にて受光される。分光器620は、例えばファブリペロー共振を利用したエタロン等で形成されて通過波長帯域を可変とすることができる。分光器620を通過する光の波長は、制御部71により制御(選択)することができる。受光素子630によって、試料分子1に特有のラマンスペクトルが得られ、得られたラマンスペクトルと予め保持するデータと照合することで、試料分子1を特定することができる。
【0052】
吸引部40は、吸引口400と排出口410との間に誘導部420を有する。試料分子1を含む流体試料は、吸引口400(搬入口)から誘導部420の内部に導入され、排出口410から誘導部420の外部に排出される。吸引口400側に除塵フィルター401を設けることができる。検出装置10は、排気するファン450を排出口410付近に有し、ファン450を作動させると、誘導部420の吸引流路421、センサーチップ20付近の流路422及び排出流路423内の圧力(気圧)が低下する。これにより、流体試料と共に試料分子1が誘導部420に吸引される。流体試料は、吸引流路421を通り、センサーチップ20付近の流路422を経由して排出流路423から排出される。このとき、試料分子1の一部がセンサーチップ20の表面(電気伝導体)に付着する。
【0053】
検査対象物質である試料分子1は、例えば麻薬やアルコールや残留農薬等の希薄な分子や、ウイルス等の病原体等を想定することができ、特に本実施形態はこれらの試料分子1をリアルタイムで連続して検出するのに適している。
【0054】
検出装置10は、筐体100を有し、筐体100内に例えば光学系30、光源50、光検出部60及び処理部70を有する。さらに、検出装置10は、筐体100に電力供給部80、通信接続部90及び電源接続部92を含むことができる。電力供給部80は、電源接続部92からの電力を、光源50、光検出部60、処理部70及びファン450等に供給する。電力供給部80は、例えば2次電池で構成することができ、1次電池、ACアダプター等で構成してもよい。通信接続部90は処理部70と接続され、処理部70に対してデータや制御信号等を媒介する。検出装置10は、カバー110を有し、カバー110は、センサーチップ20等を格納することができる。
【0055】
処理部70は光源50以外の光検出部60、ファン450等への命令を送ることができる。さらに、処理部70は、ラマンスペクトルによる分光分析を実行することができ、処理部70は、標的物である試料分子1を特定することができる。尚、処理部70は、ラマン散乱光による検出結果、ラマンスペクトルによる分光分析結果等を例えば通信接続部90に接続される外部機器(図示せず)に送信することができる。
【0056】
図8は、検出装置の制御系ブロック図である。図8に示すように、検出装置10は制御部71を備えている。制御部71には、インターフェイス120、表示部130及び操作部140等をさらに含むことができる。また、処理部70は、例えばCPU72(Central Processing Unit)、RAM73(Random Access Memory)、ROM74(Read Only Memory)等を有することができる。さらに、制御部71は、例えば、光源ドライバー52、分光ドライバー622、受光回路632、ファンドライバー452及び光調整ドライバー292を含むことができる。
【0057】
光源ドライバー52は光源50を駆動し、分光ドライバー622は分光器620を駆動する。受光回路632は受光素子630を駆動し、受光素子630が受光する光に応じた信号を増幅して処理部70に出力する。ファンドライバー452はファン450を駆動する。そして、光調整ドライバー292は光強度調整部290を駆動する。
【0058】
4.第1モードと第2モードとの切り替えの説明
図9は、第1モードと第2モードとを示すタイムチャートであり、図10は、検査対象物質である試料分子1の測定結果の例を示すグラフである。図9に示す第1モード2(吸着モード)と第2モード3(脱離モード)とを切り替える切替え線11に従って、試料分子を硫化ジメチル(DMS)気体分子としたときの実際の測定結果を図10に示す。図10において横軸はラマンシフト(cm-1)であり、縦軸はスペクトル強度である。DMS分子はラマンシフトが676cm-1の信号が最も強い。この後の説明ではラマンシフトが676cm-1のピーク強度に着目することにする。光源50には、励起波長が632.8nm、強度が2mWのHe−Neレーザーが用いられている。センサーチップ20の材質はAgである。第1モード2(吸着モード)でのファン450の流体輸送量であるW1は20ml/min、光強度L1は0.1mW、光検出部60での計測露光時間は20秒とした。
【0059】
第2モード3(脱離モード)でのファン450の流体輸送量=W2:200ml/min、光強度L2は2.0mW、光検出部60での計測露光時間は10秒とした。切替え線11に示すように、30秒間の第2モード3(脱離モード)から開始した。30秒後にW1:20ml/min、L1=0.1mWの第1モード2(吸着モード)に切り替えた。切り替えて10秒後に測定したSERSスペクトルを図10に示す。図10は、SERSスペクトルを示すグラフである。図10に示すように、第1強度分布線12においてラマンシフトが676cm-1に明確なピークが確認できる。
【0060】
図11及び図12は、SERSスペクトルを示すグラフであり、ラマンシフトが676cm-1の場所を拡大したグラフである。図11において、第2強度分布線13は第1モード2(吸着モード)開始10秒後の分布を示し、第3強度分布線14は第1モード2(吸着モード)開始1分後の分布を示している。ラマンシフトが676cm-1付近のDMS分子のピークは、第1モード2(吸着モード)開始10秒後では第2強度分布線13に示すように確認できる程度であるがまだ弱い。第1モード2(吸着モード)開始60秒後を測定モードとしてSERS測定を行うと、第3強度分布線14に示すようにラマンシフトが676cm-1付近でDMS分子のピークが大きく明確となることが確認できる。このことは、吸着が進んだ証拠となっている。
【0061】
その後、気体輸送量=W2:200ml/min、L2=2mWの第2モード3(脱離モード)に切り替わり、脱離が促される。図12において、第3強度分布線15は第2モード3(脱離モード)開始直後の分布を示し、第4強度分布線16は第2モード3(脱離モード)開始1分後の分布を示している。第2モード3(脱離モード)開始直後に測定したスペクトルでは、第3強度分布線15に示すように明確な強いピークを確認できる。尚、強度が吸着モードよりも大きくなっているのは励起光強度が0.1mWから2mWに増加したためであり、吸着分子が増えたためではない。第2モード3開始から1分経過すると、第4強度分布線16に示すように明確だったDMSのピークは大幅に減衰している。尚、ここに記した時間はあくまで例であり、センサーチップ20の材質や試料分子に合わせて随時変更する必要がある。従って、予め実験を行って適切な時間を設定するのが好ましい。
【0062】
切替え線11の例では、当初の第2モード3(脱離モード)が30秒間、その後の第1モード2(吸着モード)が90秒間、次の第2モード3(脱離モード)は120秒に設定されているが、実際には図2、図4、図5に示すように、SERS強度を第1判定値7及び第2判定値9と比較してモード切り替えが実施される。
【0063】
(変形例)
5.標準分子を併用する変形例
次に、本発明を具体化した検出装置の一変形例について図13〜18を用いて説明する。本変形例が上記実施形態と異なる点は標準分子格納庫を備えた点にある。尚、上記実施形態と同じ点については説明を省略する。
【0064】
5.1.全体構造
例えば港湾等において、爆薬の成分分子であるTNT分子を検査対象物質として検出することを想定する。TNT分子は通常時には空気中に存在しない。よって、上述した実施形態に従ってTNT分子を試料分子として検出すると、何時までたっても第1モード2(吸着モード)が終了しない。第1モード2(吸着モード)になっても、通常時はTNT分子のSERS強度は第1判定値7を超えない可能性が高いからである。こうなると、第2モード3(脱離モード)が開始されない。そうすると、他の分子によりセンサーチップ20の表面が汚染され、センサーチップ20の表面に位置する吸着サイトが飽和して検査対象物質であるTNT分子を吸着できなくなる。つまり、試料分子が確実に存在しないか極微量であるとの判定への信頼性が低下する。本実施形態は、TNT分子のように通常時は存在しないか極微量である場合でも、繰り返し脱離モードに移行できるようにしたものである。
【0065】
図13は、変形例にかかる検出装置の構成を示す模式平面図である。図13において、検出装置17は流体試料中に試料分子1の他に標準分子も検出し、試料分子1及び標準分子の検出信号に基づいて第1モード2と第2モード3とを切り替える。検出装置17は、図7の検出装置10に追加して、吸引部40のセンサーチップ20よりも上流側に、標準分子格納庫150を設けている。
【0066】
標準分子格納庫150には標準分子が格納され、例えば標準分子が蒸気の状態になっている。標準分子格納庫150は誘導部420に標準分子を吐出する吐出口151を有する。標準分子格納庫150には吐出駆動部160が設けられる。吐出駆動部160は、第1モード2(吸着モード)が開始する時に一定量の標準分子を吐出口151から誘導部420に吐出する。吐出駆動部160は吸引流路421を流動する気体の流速や標準分子格納庫150内の蒸気圧に応じて吐出する時間を調整する。これにより、吐出駆動部160は吐出口151から一定量の標準分子を気体中に供給するようになっている。標準分子格納庫150、吐出口151及び吐出駆動部160等から構成される供給部は標準分子を供給する供給部の一例である。ここで、標準分子は、試料分子とは異なる波長にてラマン散乱光を検出できることが条件となる。なお、流体試料の状態は気体を想定して標準分子を蒸気としたが、流体試料が液体の場合、標準分子の状態は液体が望ましい。
【0067】
分光器620は、例えば、エタロンのように取り出される帯域波長が可変か、または回折格子のように複数波長を同時に取り出せるものであり、試料分子と標準分子の双方のラマン散乱光を取り出せる装置である。受光素子630は、試料分子と標準分子のSERS強度を検出する素子である。
【0068】
図14は、第1モードにおける標準分子のSERS強度の推移を示すグラフであり、標準分子格納庫150から標準分子を供給中の光検出部60の出力を示す。図14において、第3SERS強度推移線21は、標準分子格納庫150から標準分子を供給中に光検出部60が出力する標準分子のSERS強度の変化を示している。時刻T1にて吐出口151から一定量の標準分子が流体試料中に供給される。そして、第3SERS強度推移線21が示すように標準分子の供給開始からの時間経過と共にセンサーチップ20に吸着される標準分子が多くなる。従って、標準分子の供給を第1モード2(吸着モード)で実施すれば、標準分子のSERS強度が増加する。よって、第3SERS強度推移線21に示す第3判定値22を標準分子のSERS強度が上回る時刻T2にて、第1モード2を終了する判断を行うことができる。標準試料の供給を停止する時期は、第1モード2の終了時とすることができる。つまり、制御部71は、検査対象物質である試料分子1を反映した信号レベルが第1判定値7未満であっても、標準分子を反映した信号レベルが第3判定値22以上となった時に、第1モード2から第2モード3に切り替える。
【0069】
図15は、第2モードにおける標準試料分子のSERS強度の推移を示すグラフである。図15において、第4SERS強度推移線23は、第2モード3(脱離モード)で光検出部60が同様に出力する標準分子のSERS強度の変化を示している。第4SERS強度推移線23が示すように時刻T2から開始される第2モード3では、標準分子が供給されていない上に流速が速いので、センサーチップ20から脱離させられる標準分子が多くなる。よって、第2モード3ではSERS強度が時間推移と共に低下する。よって、標準分子のSERS強度が第4判定値24より下回った時刻T3にて、第2モード3を終了する判断を行うことができる。つまり、制御部71は、検査対象物質である試料分子1に対応する光検出部60からの信号レベルが第2判定値9よりも高くても、標準分子に対応する光検出部60からの信号レベルが第4判定値24以下となった時に、第2モード3から第1モード2に切り替える。
【0070】
ここで、標準試料は、ヘテロ環、ベンゼン環、COOH基、OH基、CHO基、S原子、N原子の少なくとも1つを有する分子で構成できる。例えば、ヘテロ環の一例としてピリジンを挙げることができる。図16は、TNT分子のSERSスペクトルを示すグラフである。図16に示すように、TNT分子は800cm-1付近にピークを有する。従って、TNT分子が試料分子であるとき標準試料としてのピリジンは1010cm-1と1035cm-1とに鋭いピークを持つため、TNT分子と標準試料とはラマン散乱光のピークが重ならないようにすることができる。
【0071】
5.2.実験例2
図17は、第1モード及び第2モードを説明するためのグラフである。図17に示すように、第1モード2(吸着モード)と第2モード(脱離モード)とを交互に行う切替え線25に沿って実験を行った。尚、実験例2では検査対象物質である試料分子1は策定していない。光源50は、励起波長が632.8nm、強度が2mWのHe−Neレーザーを用いた。センサーチップ20の材質にはAgを採用した。第1モード2(吸着モード)でのファン450の流体輸送量W1は20ml/minとし、センサーチップ20上での励起光強度はL1=0.1mW、光検出部60での計測露光時間は20秒とした。第2モード3(脱離モード)でのファン450の流体輸送量W2は200ml/minとし、センサーチップ20上での励起光強度はL2=2mW、光検出部60での計測露光時間は10秒とした。
【0072】
切替え線25に示すように、30秒間の第2モード3(脱離モード)から開始した。30秒後に第1モード2(吸着モード)に切り替えた。第1モード2(吸着モード)の条件はW1=20ml/min、L1=0.1mWである。モードを切り替えた直後に標準分子であるピリジンの供給が開始される。標準分子の供給時間を10秒とした。測定したピリジン分子のSERSスペクトルを図18に示す。図18は、SERSスペクトルを示すグラフであり、切替え線25に従って、標準分子をピリジン分子としたときの測定結果を示している。第5強度分布線26は第1モード2(吸着モード)に切り替えて10秒後のSERSスペクトルを示す。第6強度分布線27は第1モード2(吸着モード)に切り替えて30秒後のSERSスペクトルを示す。第7強度分布線28は第2モード3(脱離モード)に切り替えて30秒後のSERSスペクトルを示す。第8強度分布線29は第2モード3(脱離モード)に切り替えて60秒後のSERSスペクトルを示す。
【0073】
第5強度分布線26及び第6強度分布線27に示すように、1010cm-1付近のピリジン分子のピークは、吸着モード開始10秒後でも30秒後でも明確に認められる。その後、検出装置17の駆動条件を第2モード3(脱離モード)に切り替える。これにより、W2=200ml/min、L2=2mWの脱離モードに切り替わり、センサーチップ20からピリジン分子の脱離が促される。第7強度分布線28に示すように、脱離モード開始30秒後に測定したスペクトルには減衰が観測されている。第8強度分布線29に示すように、脱離モード開始60秒後ではさらに大幅にピークが減衰している。尚、ここに記した時間はあくまで例であり、センサーチップ20の材質や試料分子に合わせて随時変更する必要がある。
【0074】
図17に示す切替え線25の実験例では、当初の脱離モードが30秒間、その後の吸着モードが60秒間、脱離モードは90秒に設定されている。実際には図14及び図15に示すように、標準分子のSERS強度を第3判定値22及び第4判定値24と比較してモード切り替えが実施される。
【符号の説明】
【0075】
7…第1判定値、9…第2判定値、10,17…検出装置、20…センサーチップ、22…第3判定値、24…第4判定値、40…吸引部、50…光源、60…光検出部、71…制御部、150…供給部としての標準分子格納庫、151…供給部としての吐出口、160…供給部としての吐出駆動部、290…光強度調整部、450…ファン。
【技術分野】
【0001】
本発明は、検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、低濃度の試料分子を検出する高感度分光技術の1つとして、SPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴)、特にLSPR(Localized Surface Plasmon Resonance:局在表面プラズモン共鳴)を利用したSERS(Surface Enhanced Raman Scattering:表面増強ラマン散乱)分光が注目されている(特許文献1,2)。SERSとは、ナノメートルスケールの凸凹構造を持つ金属表面でラマン散乱光が102〜1014倍増強される現象である。レーザー等の単一波長の励起光を試料分子に照射する。励起光の波長から試料分子の分子振動エネルギー分だけ僅かにずれた散乱波長(ラマン散乱光)を分光検出し、試料分子の指紋スペクトルを得る。その指紋スペクトルの形状から、試料分子を同定することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3714671号公報
【特許文献2】特開2000−356587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この種の表面プラズモン共鳴センサーは、基板上に金や銀等の金属微粒子を基板上に固定したものである。このセンサーを備えた検出装置は、表面プラズモン共鳴センサーの金属ナノ粒子に吸着された試料分子に光を照射し、増強されたラマン散乱光を検出する。
【0005】
ここで、表面プラズモン共鳴センサーの用途の1つとして、例えば、環境汚染物質のモニタリングが挙げられている。汚染物質をモニタリングするには、リアルタイムで連続して汚染物質を検出しなければならない。しかし、上述した検出装置では、表面プラズモン共鳴センサーの金属ナノ粒子に吸着された試料分子が汚染物質であるか否かは検出できるが、一回の検出に止まる。よって、例えば、空間中の試料分子の有無をリアルタイムで何度も検出したとき、試料分子がある濃度以上で確実に存在するか、あるいはある濃度以下で確実に存在しないかを信頼性を高めて検出することができなかった。そこで、信頼性が高く連続した計測が可能な検出装置が求められていた。尚、この連続した計測は、クリーニング期間と物質検出期間とを合わせて計測期間としたときに計測期間が連続することを示す。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]本適用例にかかる検出装置は、センサーチップと、試料分子を含む流体試料を吸引し前記センサーチップに吸着させる吸引部と、前記センサーチップに光を照射する光源と、前記センサーチップへ照射する光強度を調整する光強度調整部と、前記センサーチップ上に吸着した試料分子を反映する光を用いて前記試料分子を検出する光検出部と、前記吸引部及び前記光強度調整部を制御する制御部と、を有し、前記光検出部が検出する期間を含む第1モードにおける前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV1とし、第2モードでは、前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV2とするとき、前記吸引部は、V2>V1となるように前記流体試料の流速を制御し、前記第1モードにおける前記センサーチップ上の前記光源からの光強度をL1とし、前記第2モードにおける前記センサーチップ上の前記光強度をL2とするとき、前記光強度調整部は、L2>L1となるように前記光強度を制御し、前記光検出部からの信号に基づいて前記制御部は前記第1モードと前記第2モードとを切り替えることを特徴とする。
【0008】
本適用例によれば、第1モードでは、流速V1で吸引される流体試料中の試料分子をセンサーチップに吸着することができる。この第1モードで、センサーチップに光源からの光を光強度L1で照射すると、センサーチップに吸着された試料分子が反映された光が生ずる。光検出部はセンサーチップからの光を検出することができる。一方、第2モードでは、第1モードでの流速V1よりも大きい流速V2に設定され、且つ光強度がL1よりも大きいL2に設定される。よって、第2モードではセンサーチップに吸着された試料を光エネルギー供与に由来する熱エネルギーと流体試料が流動する力によって効率的に脱離させることができる。
【0009】
このように、第1モードと第2モードとを交互に実施すると、一旦センサーチップに吸着された試料を脱離させることができる。こうして、検査後にセンサーチップをクリーンアップすることができ、前回検査した時の影響を残すことなく次回の検査を繰り返し実施することが可能となる。よって、第1モードと第2モードを切り替えることにより、連続して検査することが可能となる。しかも、検査後にセンサーチップをクリーンアップできる。そして、光検出部からの信号に基づいて第1モードと第2モードとを切り替えている為、信頼性が高く連続した計測を行うことができる。尚、連続した計測は第1モードと第2モードとを合わせて計測期間としたときに計測期間が連続することを示す。
【0010】
[適用例2]上記適用例に記載の検出装置では、前記センサーチップは、前記流体試料のラマン散乱光を発生させ、前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質のラマン散乱光を検出することが好ましい。
本適用例によれば、ラマン散乱光は検査対象の物質を反映した信号であり、流体試料中にて検査対象の物質の有無を判定することができる。
【0011】
[適用例3]上記適用例に記載の検出装置では、前記光強度調整部は光学フィルターを備え、前記光学フィルターを切り替えて光強度を調整することが好ましい。
本適用例によれば、透過率の異なるフィルターを切り替えることで光強度を調整している。このとき、フィルターの光透過率を機械的に制御することによって光強度調整部を通過する光強度を簡単に変化させることができる。
【0012】
[適用例4]上記適用例に記載の検出装置では、前記吸引部は負圧発生部を含み、前記制御部は前記負圧発生部の駆動条件を制御することが好ましい。
本適用例によれば、負圧発生部の駆動条件、例えば、単位時間あたりの流体輸送量を調整制御することで、センサーチップ上における流体試料の流速を制御することができる。
【0013】
[適用例5]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、前記光検出部が出力する信号レベルを第1判定値と比較し、前記信号レベルが前記第1判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることが好ましい。
【0014】
本適用例によれば、第1モードにて吸引される流体試料中の試料分子がセンサーチップに吸着され、それに伴い光検出部からの信号の強度が大きくなる。この信号レベルが第1判定値に達する前に試料分子の有無の検査を実施する。そして、光検出部の信号レベルが第1判定値以上となれば、第1モードから第2モードに切り替えている。そして、第2モードでは吸着された試料分子を脱離させている。従って、センサーチップのクリーンアップを開示する時期を判断することができる。
【0015】
[適用例6]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、前記光検出部からの信号レベルが第2判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることが好ましい。
本適用例によれば、第2モードにてセンサーチップから試料分子を脱離させている。光検出部からの信号レベルが第2判定値以下であれば充分に脱離が行われたと判断し、第2モードを終了し、第1モードに移行している。従って、センサーチップのクリーンアップを終了する時期を判断することができる。
【0016】
[適用例7]上記適用例に記載の検出装置では、前記第1モードで標準試料を前記流体試料を介して前記センサーチップに供給する供給部をさらに有し、前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質とは異なる波長にて、前記標準試料を反映する光を検出し、前記制御部は、前記物質を反映した信号が前記第1判定値未満であっても、前記標準試料を反映した信号レベルが第3判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることが好ましい。
【0017】
本適用例によれば、標準試料を反映した信号と第3判定値との対比に基づく制御を併行して実施することにより、第1モードから第2モードに移行する時期を判断している。従って、例えばトリニトロトルエン(TNT)分子のように試料分子が通常時は存在しないか極微量である場合でも第1モードから第2モードに移行する時期を判断することができる。
【0018】
[適用例8]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、前記検査対象である試料分子に対応する前記光検出部からの信号レベルが前記第2判定値よりも高くても、前記標準試料に対応する前記光検出部からの信号レベルが第4判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることが好ましい。
【0019】
本適用例によれば、標準試料を反映した信号と第4判定値との対比に基づく制御を併行して実施することにより、第2モードから第1モードに移行する時期を判断している。従って、例えばトリニトロトルエン(TNT)分子のように試料分子が通常時は存在しないか極微量である場合でも第2モードから第1モードに移行する時期を判断することができる。
【0020】
[適用例9]上記適用例に記載の検出装置では、前記供給部は、前記第1モード中に前記標準試料を一定量だけ供給することが好ましい。
本適用例によれば、供給部から流体試料中に一定量の標準試料が供給される。標準試料の総量を一定量とすることで、精度良く第1モードから第2モードに切り替えることができる。その結果、検査対象の物質が検出できない低濃度の場合でも、検査対象の物質の検出に適切な時間を第1モードに割り当てることができる。
【0021】
[適用例10]上記適用例に記載の検出装置では、前記標準試料は、ヘテロ環、ベンゼン環、COOH基、OH基、CHO基、S原子、N原子の少なくとも1つを有する分子であることが好ましい。
本適用例によれば、これらの官能基及び原子は比較的金属と吸着結合しやすく、確実に検出できる分子である。そのため標準試料として機能させることができる。
【0022】
[適用例11]上記適用例に記載の検出装置では、前記制御部は、少なくとも前記第2モードと前記第1モードとを繰り返して切り替えることが好ましい。
本適用例によれば、このように、第1モードの前に実施される第2モードにより、センサーチップはクリーンアップされる。これにより、検出装置の検出精度が高められる。そして、第1モードの後に実施される第2モードにより、次回の試料分子の検出前にセンサーチップをクリーンアップすることができる。従って、断続的に精度良く試料分子の検出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】検出装置の構成を示すブロック図。
【図2】第1モード及び第2モードを説明するためのグラフ。
【図3】光エネルギーの供与とセンサーチップからの分子の脱離との関係を示す特性図。
【図4】第1モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図5】第2モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図6】ラマン散乱光の検出原理を説明するための模式図。
【図7】検出装置の構成を示す模式平面図。
【図8】検出装置の制御系ブロック図。
【図9】第1モードと第2モードとを示すタイムチャート。
【図10】試料分子の測定結果の例を示すグラフ。
【図11】SERSスペクトルを示すグラフ。
【図12】SERSスペクトルを示すグラフ。
【図13】変形例にかかる検出装置の構成を示す模式平面図。
【図14】第1モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図15】第2モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフ。
【図16】TNT分子のSERSスペクトルを示すグラフ。
【図17】第1モード及び第2モードを説明するためのグラフ。
【図18】SERSスペクトルを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。尚、以下の各図においては、各部材を認識可能な程度の大きさにするため、各部材の尺度を実際とは異ならせしめている。尚、以下に説明する本実施形態は特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の総てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0025】
(実施形態)
1.検出装置の基本構成
図1は、本実施形態の検出装置の構成を示すブロック図である。図1に示すように、検出装置10は、センサーチップ(光デバイス)20と、吸引部40と、光源50と、光検出部60と、制御部71と、光強度調整部290とを有する。センサーチップ20と光源50との間及びセンサーチップ20と光検出部60との間には光学系30が設置されている。本実施形態では、流体試料は例えば大気であり、検査対象の物質は大気中の特定気体分子(試料分子)とすることができるが、これに限定されない。
【0026】
吸引部40は負圧発生部、例えばファン450を備え、流体試料を吸引する。負圧発生部はファンに限らずチューブポンプ、ダイヤフラム式ポンプ等のポンプなど、吸引部40にて負圧を発生させて流体試料を吸引できるものであれば良い。そして、吸引した流体試料に含まれる検査対象の物質をセンサーチップ20に吸着させる機能を備えている。光源50から射出された光は、光強度調整部290及び光学系30を介してセンサーチップ20を照射する。光強度調整部290は、例えば、減光フィルター等の光学フィルターから成っている。そして、光強度調整部290は光学フィルターを切り替えることにより、センサーチップ20を照射する光強度を調整する。光学系30は、例えば、ハーフミラー320及び対物レンズ330等から構成されている。センサーチップ20に吸着された試料分子に照射され散乱した光はLSPR(局在表面プラズモン共鳴)で増強され、SERS(表面増強ラマン散乱)光となって射出される。射出されたSERS光は対物レンズ34およびハーフミラー32を通過する。そして、通過した光は光検出部60に集光され、光検出部60は光を検出する。
【0027】
図2は、第1モード及び第2モードを説明するためのグラフである。図2において、切替え線35は流速と光強度との推移を示している。切替え線35が示すように、制御部71は、光検出部60からの信号に基づいて、第1モード2と第2モード3を切り替える制御を行う。そして、制御部71は、第2モード3と第1モード2とを繰り返して切り替える。ここで、第1モード2は、センサーチップ20に流体試料中の検査対象の物質を吸着させて、光検出部60にて散乱光を検出する。第1モード2ではセンサーチップ20上での流体試料の流速VがV1(m/分)となるように制御部71がファン450を制御する。さらに、制御部71は、光源50から射出される光の光強度がL1(mW)となるように光源50を制御する。
【0028】
第2モード3は、センサーチップ20から流体試料中の検査対象の物質を脱離させる。第2モード3では流速がV2(V2>V1)となるように制御部71がファン450を制御する。さらに、光源50から射出される光の光強度がL2(L2>L1)となるように光源50を制御する。このとき、制御部71は、光強度調整部290の減光フィルターを光路から外すよう駆動制御する。
【0029】
ファン450は、第1モード2では流体試料輸送量がW1(ml/分)であり、第2モード3では流体試料輸送量がW2(ml/分)であり、W2>W1を満たす。流体試料輸送量の制御は、ファン450を制御しても良いし、他にもバルブやシャッターを設置して、バルブやシャッターの開口面積を変化させても良い。ファン450、バルブ、シャッター等の制御の結果として、センサーチップ20上の検査対象の物質を運搬する流体試料の速度を制御できれば良い。
【0030】
光強度調整部290は、第1モード2では光源50から出力される光の光強度がL1(mW)であり、第2モード3では光強度がL2(mW)であるとき、L2>L1を満たす。光源50から出力される光の光強度の制御は、上述の通り減光フィルターでの調整を対象としても良いし、光源自体の発光強度を調整してもよい。制御の結果としてセンサーチップ20上の光強度を可変できれば何れの方法でも良い。
【0031】
図3は、光エネルギーの供与とセンサーチップからの検査対象の分子の脱離との関係を示す特性図である。図3において、第1推移線4は光強度が2mWのときにセンサーチップ20から試料分子が脱離する推移を示している。そして、第2推移線5は光強度が0.1mWのときにセンサーチップ20から試料分子が脱離する推移を示している。横軸は積算照射時間を示している。縦軸は光検出部60が検出する信号の強さを示し、センサーチップ20に吸着する試料分子の密度に対応する量となっている。
【0032】
第1推移線4及び第2推移線5は積算照射時間が推移するのに従って、試料分子の密度が下降している。これは、センサーチップ20から試料分子が離脱していることを示している。そして、第1推移線4の方が、第2推移線5より変化率が大きくなっている。つまり、L2>L1とすることで光エネルギー供与によるセンサーチップ20への試料分子の脱離性能が向上することを示している。
【0033】
脱離特性が向上する理由は、励起光強度を増加させることで金属ナノ粒子に発現する自由電子の集団的振動(LSPR)によるジュール熱が増加するため、金属ナノ粒子に吸着した分子はそのジュール熱を得て脱離することができると考えられる。従って励起光強度を制御することによって脱離特性を制御することができる。
【0034】
本実施形態では、第1モード2では、流速がV1で流動される流動試料中に含まれる検査対象の物質をセンサーチップ20に吸着させることができる。この第1モード2を吸着モードとも称することができる。この第1モード2において、センサーチップ20に光強度調整部290を介した光強度がL1の光を照射するとき、センサーチップ20に吸着された検査対象の物質の特性が反映された光が生ずる。そして、この光が光検出部60に集光されることにより、光検出部60はセンサーチップ20からの光を検出することができる。その意味で、第1モード2は検査が実施される検査モードとも称することができる。
【0035】
一方、第2モード3では、第1モード2(吸着モードまたは検査モード)での流速がV1よりも大きいV2に設定され、且つ、光強度調整部290が作動して光源50からの光強度がL2(L2>L1)に設定される。よって、第2モード3ではセンサーチップ20に吸着された検査対象の物質を流体により押し流す力と光エネルギーとにより効率的に脱離させることができる。従って、第2モード3を脱離モードと称することができる。
【0036】
このように、第1モード2と第2モード3とを交互に実施すると、一旦センサーチップ20に吸着された検査対象の物質を脱離させることができる。こうして、検査後にセンサーチップ20をクリーンアップすることができ、前回検査時の影響を残すことなく次回の検査を繰り返し実施することが可能となる。例えば、図2に示すように第1モード2に先駆けて第2モード3を実施すると、常にフレッシュなセンサーチップ20に検査対象の物質を吸着させて検査することができる。第1モード2、第2モード3を交互に繰り返し実施することにより、リアルタイムで連続した検査が可能となる。
【0037】
ここで、第1モード2、第2モード3の各流速であるV1及びV2はセンサーチップ20上での流体試料の流速であり、この流速がV1、V2となるようにファン450が駆動される。その際、第1モード2と第2モード3とを交互に繰り返し実施する場合には、第1モード2でのファン450の駆動を停止してもよい。この場合、第2モード3での流量や慣性を利用して、センサーチップ20上での流体試料の流速V1(V1≠0)を確保できる。
【0038】
第1モード2と第2モード3との切り替えは、光検出部60の出力に基づいて行うことができる。第1モード2と第2モード3との間では、検査対象の物質の吸着または脱離によって光検出部60が検出する光が変化するので、光検出部60が出力する光検出信号が変化する。従って、光検出信号を用いて試料分子の吸着状況を検出することができる。
【0039】
センサーチップ20からはLSPR(局在表面プラズモン共鳴)を利用したSERS(表面増強ラマン散乱)光が射出される。図4は、第1モードにおける試料分子のSERS強度の推移を示すグラフである。図4において、第1SERS強度推移線6は、時刻T1〜時刻T2の第1モード2(吸着モードまたは検査モード)における光検出部60が出力する検査対象物質である試料分子のSERS強度の変化を示している。時刻T1から開始される第1モード2では、センサーチップ20に吸着される試料分子が増加する。従って、第1モード2ではSERS強度が増加する。よって、第1SERS強度推移線6が上昇し第1判定値7をSERS強度が上回る時刻T2にて、制御部71は第1モード2を終了することを判断する。そして、制御部71は第1モード2から第2モード3へ移行させる。つまり、検出装置10は光検出部60が検出する信号レベルが第1判定値7以上となったときに第1モード2から第2モード3へ切り替えている。
【0040】
図5は、第2モードにおける検査対象物質である試料分子のSERS強度の推移を示すグラフである。第2SERS強度推移線8は、第2モード3(脱離モード)での光検出部60が出力する試料分子のSERS強度の変化を示している。時刻T2から開始される第2モード3では、センサーチップ20から脱離される試料分子が増加する。よって、第2モード3では試料分子のSERS強度が低下する。よって、図5に示す第2判定値9をSERS強度が下回った時刻T3にて、制御部71は第2モード3を終了することを判断する。そして、制御部71は第2モード3から第1モード2へ移行させる。つまり、検出装置10は光検出部60が検出する信号レベルが第2判定値9以下となったときに第2モード3から第1モード2へ切り替えている。
【0041】
尚、SERS強度は光検出部60の受光素子にて受光されるフォトンの数に基づく値である。第1判定値7及び第2判定値9の値は特に限定されないが、本実施形態では例えば、第1判定値7はフォトン数で200であり、第2判定値9はフォトン数で100に設定している。
【0042】
2.光検出の原理と構造の一例
次に、図6(a)〜図6(c)を用いて、試料を反映した光検出原理の一例としてラマン散乱光の検出原理の説明図を示す。図6は、ラマン散乱光の検出原理を説明するための模式図である。図6(a)に示すように、センサーチップ20に吸着される検査対象物質である試料分子1に入射光(振動数ν)が照射される。一般に、入射光の多くは、レイリー散乱光として散乱され、レイリー散乱光の振動数νまたは波長は入射光に対して変化しない。入射光の一部はラマン散乱光として散乱され、ラマン散乱光の振動数(ν−ν’及びν+ν’)または波長には試料分子1の振動数ν’(分子振動)が反映される。つまり、ラマン散乱光は試料分子1の特性を反映した光である。入射光の一部は試料分子1を振動させてエネルギーを失うが、試料分子1の振動エネルギーがラマン散乱光の振動エネルギーまたは光エネルギーに付加されることもある。このような振動数のシフト(ν’)をラマンシフトと呼ぶ。
【0043】
図6(b)は、センサーチップの要部模式拡大図である。図6(b)に示すように入射光が基板200の平坦面から入射される場合、基板200は入射光に対して透明な材料が用いられる。センサーチップ20は、基板200上の第1構造物として、誘電体からなる複数の凸部210を有する。本実施形態では、入射光に対して透明な誘電体としての石英、水晶、硼珪酸ガラス等のガラスまたはシリコン等で形成された基板200上に、レジストを形成し、そのレジストを例えば遠紫外線(DUV)フォトリソグラフィー法を用いてパターン化している。パターン化されたレジストを用いて基板200をエッチングすることで、例えば、図6(c)に示すように複数の凸部210が二次元的に配置される。尚、基板200と凸部210とを異なる材料で形成しても良い。
【0044】
複数の凸部210上の第2構造物として、複数の凸部210には、例えばAuまたはAg等の金属ナノ粒子(金属微粒子)220が例えば蒸着、スパッタ等により形成される。結果として、センサーチップ20は、1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造を有することができる。1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造とは、基板200の上面を当該サイズの凸部構造(基板材で)を持つように加工する他に、基板上に当該サイズの金属微粒子を蒸着・スパッタ等で固着させる、または、基板上にアイランド構造を有する金属膜を形成する等の方法で形成できる。
【0045】
図6(b)及び図6(c)に示すように、二次元パターン状の金属ナノ粒子220に入射光が入射された領域240では、隣り合う金属ナノ粒子220間のギャップGに、増強電場230が形成される。特に、入射光の波長よりも小さな金属ナノ粒子220に対して入射光を照射する場合、入射光の電場は、金属ナノ粒子220の表面に存在する自由電子に作用し、共鳴を引き起こす。これにより、自由電子による電気双極子が金属ナノ粒子220内に励起され、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)により、入射光の電場よりも強い増強電場230が形成される。この現象は、入射光の波長よりも小さな金属ナノ粒子220等の電気伝導体に特有の現象である。
【0046】
図6では、センサーチップ20に入射光を照射した時に表面増強ラマン散乱(SERS: Surface Enhanced Raman Scattering)光が生ずる。つまり、増強電場230に試料分子1が入り込むと、その試料分子1によるラマン散乱光は増強電場230で増強されて、ラマン散乱光の信号強度は、強くなる。このような表面増強ラマン散乱では、試料分子1が微量であっても、検出感度を高めることができる。
【0047】
以下にて説明する試料分子の「吸着」という現象は、試料分子が金属ナノ粒子220に衝突する衝突分子の数(分圧)が支配的である現象であり、物理吸着及び化学吸着の一方又は双方を含む。「脱離」は外力により吸着を解除することを意味する。吸着エネルギーは気体分子の運動エネルギーに依存し、ある値を乗り超えると衝突して「吸着」現象を呈し、吸着には外力は不要である。一方、脱離には外力が必要である。また、センサーチップ20に流体試料を吸引することとは、換言すると、その内部にセンサーチップ20を配置した流路に吸引流を生じさせることで、流体試料をセンサーチップ20に接触させることである。
【0048】
3.検出装置の具体的な構成
図7は、検出装置の構成を示す模式平面図である。図7に示すように、検出装置10はセンサーチップ20と、光強度切替用の減光フィルターを有する光強度調整部290、光学系30と、吸引部40と、光源50と、光検出部60と、制御部71を含む処理部70を有している。
【0049】
光源50は例えばレーザーであり、小型化の観点から好ましくは垂直共振型面発光レーザーを用いることができるが、これに限定されない。光源50からの光は、光学系30を構成するコリメーターレンズ310により平行光にされる。コリメーターレンズ310の下流に偏光制御素子を設け、直線偏光に変換しても良い。ただし、光源50として例えば面発光レーザーを採用し、直線偏光を有する光を発光可能であれば、偏光制御素子を省略することができる。
【0050】
コリメーターレンズ310により平行光された光は、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)320によりセンサーチップ20の方向に導かれ、対物レンズ330で集光され、センサーチップ20に入射する。センサーチップ20には、図6に示す金属ナノ粒子220が形成される。センサーチップ20から、例えば、表面増強ラマン散乱によるレイリー散乱光及びラマン散乱光が放射される。センサーチップ20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、対物レンズ330を通過し、ハーフミラー320によって光検出部60の方向に導かれる。
【0051】
センサーチップ20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、集光レンズ340で集光されて、光検出部60に入力される。光検出部60ではまず、光フィルター610に到達する。光フィルター610(例えばノッチフィルター)によりラマン散乱光が取り出される。このラマン散乱光は、さらに分光器620を介して受光素子630にて受光される。分光器620は、例えばファブリペロー共振を利用したエタロン等で形成されて通過波長帯域を可変とすることができる。分光器620を通過する光の波長は、制御部71により制御(選択)することができる。受光素子630によって、試料分子1に特有のラマンスペクトルが得られ、得られたラマンスペクトルと予め保持するデータと照合することで、試料分子1を特定することができる。
【0052】
吸引部40は、吸引口400と排出口410との間に誘導部420を有する。試料分子1を含む流体試料は、吸引口400(搬入口)から誘導部420の内部に導入され、排出口410から誘導部420の外部に排出される。吸引口400側に除塵フィルター401を設けることができる。検出装置10は、排気するファン450を排出口410付近に有し、ファン450を作動させると、誘導部420の吸引流路421、センサーチップ20付近の流路422及び排出流路423内の圧力(気圧)が低下する。これにより、流体試料と共に試料分子1が誘導部420に吸引される。流体試料は、吸引流路421を通り、センサーチップ20付近の流路422を経由して排出流路423から排出される。このとき、試料分子1の一部がセンサーチップ20の表面(電気伝導体)に付着する。
【0053】
検査対象物質である試料分子1は、例えば麻薬やアルコールや残留農薬等の希薄な分子や、ウイルス等の病原体等を想定することができ、特に本実施形態はこれらの試料分子1をリアルタイムで連続して検出するのに適している。
【0054】
検出装置10は、筐体100を有し、筐体100内に例えば光学系30、光源50、光検出部60及び処理部70を有する。さらに、検出装置10は、筐体100に電力供給部80、通信接続部90及び電源接続部92を含むことができる。電力供給部80は、電源接続部92からの電力を、光源50、光検出部60、処理部70及びファン450等に供給する。電力供給部80は、例えば2次電池で構成することができ、1次電池、ACアダプター等で構成してもよい。通信接続部90は処理部70と接続され、処理部70に対してデータや制御信号等を媒介する。検出装置10は、カバー110を有し、カバー110は、センサーチップ20等を格納することができる。
【0055】
処理部70は光源50以外の光検出部60、ファン450等への命令を送ることができる。さらに、処理部70は、ラマンスペクトルによる分光分析を実行することができ、処理部70は、標的物である試料分子1を特定することができる。尚、処理部70は、ラマン散乱光による検出結果、ラマンスペクトルによる分光分析結果等を例えば通信接続部90に接続される外部機器(図示せず)に送信することができる。
【0056】
図8は、検出装置の制御系ブロック図である。図8に示すように、検出装置10は制御部71を備えている。制御部71には、インターフェイス120、表示部130及び操作部140等をさらに含むことができる。また、処理部70は、例えばCPU72(Central Processing Unit)、RAM73(Random Access Memory)、ROM74(Read Only Memory)等を有することができる。さらに、制御部71は、例えば、光源ドライバー52、分光ドライバー622、受光回路632、ファンドライバー452及び光調整ドライバー292を含むことができる。
【0057】
光源ドライバー52は光源50を駆動し、分光ドライバー622は分光器620を駆動する。受光回路632は受光素子630を駆動し、受光素子630が受光する光に応じた信号を増幅して処理部70に出力する。ファンドライバー452はファン450を駆動する。そして、光調整ドライバー292は光強度調整部290を駆動する。
【0058】
4.第1モードと第2モードとの切り替えの説明
図9は、第1モードと第2モードとを示すタイムチャートであり、図10は、検査対象物質である試料分子1の測定結果の例を示すグラフである。図9に示す第1モード2(吸着モード)と第2モード3(脱離モード)とを切り替える切替え線11に従って、試料分子を硫化ジメチル(DMS)気体分子としたときの実際の測定結果を図10に示す。図10において横軸はラマンシフト(cm-1)であり、縦軸はスペクトル強度である。DMS分子はラマンシフトが676cm-1の信号が最も強い。この後の説明ではラマンシフトが676cm-1のピーク強度に着目することにする。光源50には、励起波長が632.8nm、強度が2mWのHe−Neレーザーが用いられている。センサーチップ20の材質はAgである。第1モード2(吸着モード)でのファン450の流体輸送量であるW1は20ml/min、光強度L1は0.1mW、光検出部60での計測露光時間は20秒とした。
【0059】
第2モード3(脱離モード)でのファン450の流体輸送量=W2:200ml/min、光強度L2は2.0mW、光検出部60での計測露光時間は10秒とした。切替え線11に示すように、30秒間の第2モード3(脱離モード)から開始した。30秒後にW1:20ml/min、L1=0.1mWの第1モード2(吸着モード)に切り替えた。切り替えて10秒後に測定したSERSスペクトルを図10に示す。図10は、SERSスペクトルを示すグラフである。図10に示すように、第1強度分布線12においてラマンシフトが676cm-1に明確なピークが確認できる。
【0060】
図11及び図12は、SERSスペクトルを示すグラフであり、ラマンシフトが676cm-1の場所を拡大したグラフである。図11において、第2強度分布線13は第1モード2(吸着モード)開始10秒後の分布を示し、第3強度分布線14は第1モード2(吸着モード)開始1分後の分布を示している。ラマンシフトが676cm-1付近のDMS分子のピークは、第1モード2(吸着モード)開始10秒後では第2強度分布線13に示すように確認できる程度であるがまだ弱い。第1モード2(吸着モード)開始60秒後を測定モードとしてSERS測定を行うと、第3強度分布線14に示すようにラマンシフトが676cm-1付近でDMS分子のピークが大きく明確となることが確認できる。このことは、吸着が進んだ証拠となっている。
【0061】
その後、気体輸送量=W2:200ml/min、L2=2mWの第2モード3(脱離モード)に切り替わり、脱離が促される。図12において、第3強度分布線15は第2モード3(脱離モード)開始直後の分布を示し、第4強度分布線16は第2モード3(脱離モード)開始1分後の分布を示している。第2モード3(脱離モード)開始直後に測定したスペクトルでは、第3強度分布線15に示すように明確な強いピークを確認できる。尚、強度が吸着モードよりも大きくなっているのは励起光強度が0.1mWから2mWに増加したためであり、吸着分子が増えたためではない。第2モード3開始から1分経過すると、第4強度分布線16に示すように明確だったDMSのピークは大幅に減衰している。尚、ここに記した時間はあくまで例であり、センサーチップ20の材質や試料分子に合わせて随時変更する必要がある。従って、予め実験を行って適切な時間を設定するのが好ましい。
【0062】
切替え線11の例では、当初の第2モード3(脱離モード)が30秒間、その後の第1モード2(吸着モード)が90秒間、次の第2モード3(脱離モード)は120秒に設定されているが、実際には図2、図4、図5に示すように、SERS強度を第1判定値7及び第2判定値9と比較してモード切り替えが実施される。
【0063】
(変形例)
5.標準分子を併用する変形例
次に、本発明を具体化した検出装置の一変形例について図13〜18を用いて説明する。本変形例が上記実施形態と異なる点は標準分子格納庫を備えた点にある。尚、上記実施形態と同じ点については説明を省略する。
【0064】
5.1.全体構造
例えば港湾等において、爆薬の成分分子であるTNT分子を検査対象物質として検出することを想定する。TNT分子は通常時には空気中に存在しない。よって、上述した実施形態に従ってTNT分子を試料分子として検出すると、何時までたっても第1モード2(吸着モード)が終了しない。第1モード2(吸着モード)になっても、通常時はTNT分子のSERS強度は第1判定値7を超えない可能性が高いからである。こうなると、第2モード3(脱離モード)が開始されない。そうすると、他の分子によりセンサーチップ20の表面が汚染され、センサーチップ20の表面に位置する吸着サイトが飽和して検査対象物質であるTNT分子を吸着できなくなる。つまり、試料分子が確実に存在しないか極微量であるとの判定への信頼性が低下する。本実施形態は、TNT分子のように通常時は存在しないか極微量である場合でも、繰り返し脱離モードに移行できるようにしたものである。
【0065】
図13は、変形例にかかる検出装置の構成を示す模式平面図である。図13において、検出装置17は流体試料中に試料分子1の他に標準分子も検出し、試料分子1及び標準分子の検出信号に基づいて第1モード2と第2モード3とを切り替える。検出装置17は、図7の検出装置10に追加して、吸引部40のセンサーチップ20よりも上流側に、標準分子格納庫150を設けている。
【0066】
標準分子格納庫150には標準分子が格納され、例えば標準分子が蒸気の状態になっている。標準分子格納庫150は誘導部420に標準分子を吐出する吐出口151を有する。標準分子格納庫150には吐出駆動部160が設けられる。吐出駆動部160は、第1モード2(吸着モード)が開始する時に一定量の標準分子を吐出口151から誘導部420に吐出する。吐出駆動部160は吸引流路421を流動する気体の流速や標準分子格納庫150内の蒸気圧に応じて吐出する時間を調整する。これにより、吐出駆動部160は吐出口151から一定量の標準分子を気体中に供給するようになっている。標準分子格納庫150、吐出口151及び吐出駆動部160等から構成される供給部は標準分子を供給する供給部の一例である。ここで、標準分子は、試料分子とは異なる波長にてラマン散乱光を検出できることが条件となる。なお、流体試料の状態は気体を想定して標準分子を蒸気としたが、流体試料が液体の場合、標準分子の状態は液体が望ましい。
【0067】
分光器620は、例えば、エタロンのように取り出される帯域波長が可変か、または回折格子のように複数波長を同時に取り出せるものであり、試料分子と標準分子の双方のラマン散乱光を取り出せる装置である。受光素子630は、試料分子と標準分子のSERS強度を検出する素子である。
【0068】
図14は、第1モードにおける標準分子のSERS強度の推移を示すグラフであり、標準分子格納庫150から標準分子を供給中の光検出部60の出力を示す。図14において、第3SERS強度推移線21は、標準分子格納庫150から標準分子を供給中に光検出部60が出力する標準分子のSERS強度の変化を示している。時刻T1にて吐出口151から一定量の標準分子が流体試料中に供給される。そして、第3SERS強度推移線21が示すように標準分子の供給開始からの時間経過と共にセンサーチップ20に吸着される標準分子が多くなる。従って、標準分子の供給を第1モード2(吸着モード)で実施すれば、標準分子のSERS強度が増加する。よって、第3SERS強度推移線21に示す第3判定値22を標準分子のSERS強度が上回る時刻T2にて、第1モード2を終了する判断を行うことができる。標準試料の供給を停止する時期は、第1モード2の終了時とすることができる。つまり、制御部71は、検査対象物質である試料分子1を反映した信号レベルが第1判定値7未満であっても、標準分子を反映した信号レベルが第3判定値22以上となった時に、第1モード2から第2モード3に切り替える。
【0069】
図15は、第2モードにおける標準試料分子のSERS強度の推移を示すグラフである。図15において、第4SERS強度推移線23は、第2モード3(脱離モード)で光検出部60が同様に出力する標準分子のSERS強度の変化を示している。第4SERS強度推移線23が示すように時刻T2から開始される第2モード3では、標準分子が供給されていない上に流速が速いので、センサーチップ20から脱離させられる標準分子が多くなる。よって、第2モード3ではSERS強度が時間推移と共に低下する。よって、標準分子のSERS強度が第4判定値24より下回った時刻T3にて、第2モード3を終了する判断を行うことができる。つまり、制御部71は、検査対象物質である試料分子1に対応する光検出部60からの信号レベルが第2判定値9よりも高くても、標準分子に対応する光検出部60からの信号レベルが第4判定値24以下となった時に、第2モード3から第1モード2に切り替える。
【0070】
ここで、標準試料は、ヘテロ環、ベンゼン環、COOH基、OH基、CHO基、S原子、N原子の少なくとも1つを有する分子で構成できる。例えば、ヘテロ環の一例としてピリジンを挙げることができる。図16は、TNT分子のSERSスペクトルを示すグラフである。図16に示すように、TNT分子は800cm-1付近にピークを有する。従って、TNT分子が試料分子であるとき標準試料としてのピリジンは1010cm-1と1035cm-1とに鋭いピークを持つため、TNT分子と標準試料とはラマン散乱光のピークが重ならないようにすることができる。
【0071】
5.2.実験例2
図17は、第1モード及び第2モードを説明するためのグラフである。図17に示すように、第1モード2(吸着モード)と第2モード(脱離モード)とを交互に行う切替え線25に沿って実験を行った。尚、実験例2では検査対象物質である試料分子1は策定していない。光源50は、励起波長が632.8nm、強度が2mWのHe−Neレーザーを用いた。センサーチップ20の材質にはAgを採用した。第1モード2(吸着モード)でのファン450の流体輸送量W1は20ml/minとし、センサーチップ20上での励起光強度はL1=0.1mW、光検出部60での計測露光時間は20秒とした。第2モード3(脱離モード)でのファン450の流体輸送量W2は200ml/minとし、センサーチップ20上での励起光強度はL2=2mW、光検出部60での計測露光時間は10秒とした。
【0072】
切替え線25に示すように、30秒間の第2モード3(脱離モード)から開始した。30秒後に第1モード2(吸着モード)に切り替えた。第1モード2(吸着モード)の条件はW1=20ml/min、L1=0.1mWである。モードを切り替えた直後に標準分子であるピリジンの供給が開始される。標準分子の供給時間を10秒とした。測定したピリジン分子のSERSスペクトルを図18に示す。図18は、SERSスペクトルを示すグラフであり、切替え線25に従って、標準分子をピリジン分子としたときの測定結果を示している。第5強度分布線26は第1モード2(吸着モード)に切り替えて10秒後のSERSスペクトルを示す。第6強度分布線27は第1モード2(吸着モード)に切り替えて30秒後のSERSスペクトルを示す。第7強度分布線28は第2モード3(脱離モード)に切り替えて30秒後のSERSスペクトルを示す。第8強度分布線29は第2モード3(脱離モード)に切り替えて60秒後のSERSスペクトルを示す。
【0073】
第5強度分布線26及び第6強度分布線27に示すように、1010cm-1付近のピリジン分子のピークは、吸着モード開始10秒後でも30秒後でも明確に認められる。その後、検出装置17の駆動条件を第2モード3(脱離モード)に切り替える。これにより、W2=200ml/min、L2=2mWの脱離モードに切り替わり、センサーチップ20からピリジン分子の脱離が促される。第7強度分布線28に示すように、脱離モード開始30秒後に測定したスペクトルには減衰が観測されている。第8強度分布線29に示すように、脱離モード開始60秒後ではさらに大幅にピークが減衰している。尚、ここに記した時間はあくまで例であり、センサーチップ20の材質や試料分子に合わせて随時変更する必要がある。
【0074】
図17に示す切替え線25の実験例では、当初の脱離モードが30秒間、その後の吸着モードが60秒間、脱離モードは90秒に設定されている。実際には図14及び図15に示すように、標準分子のSERS強度を第3判定値22及び第4判定値24と比較してモード切り替えが実施される。
【符号の説明】
【0075】
7…第1判定値、9…第2判定値、10,17…検出装置、20…センサーチップ、22…第3判定値、24…第4判定値、40…吸引部、50…光源、60…光検出部、71…制御部、150…供給部としての標準分子格納庫、151…供給部としての吐出口、160…供給部としての吐出駆動部、290…光強度調整部、450…ファン。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
センサーチップと、
試料分子を含む流体試料を吸引し前記センサーチップに吸着させる吸引部と、
前記センサーチップに光を照射する光源と、
前記センサーチップへ照射する光強度を調整する光強度調整部と、
前記センサーチップ上に吸着した試料分子を反映する光を用いて前記試料分子を検出する光検出部と、
前記吸引部及び前記光強度調整部を制御する制御部と、を有し、
前記光検出部が検出する期間を含む第1モードにおける前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV1とし、第2モードでは、前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV2とするとき、前記吸引部は、V2>V1となるように前記流体試料の流速を制御し、
前記第1モードにおける前記センサーチップ上の前記光源からの光強度をL1とし、前記第2モードにおける前記センサーチップ上の前記光強度をL2とするとき、前記光強度調整部は、L2>L1となるように前記光強度を制御し、
前記光検出部からの信号に基づいて前記制御部は前記第1モードと前記第2モードとを切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項2】
請求項1に記載の検出装置において、
前記センサーチップは、前記流体試料のラマン散乱光を発生させ、
前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質のラマン散乱光を検出することを特徴とする検出装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の検出装置において、
前記光強度調整部は光学フィルターを備え、前記光学フィルターを切り替えて光強度を調整することを特徴とする検出装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記吸引部は負圧発生部を含み、
前記制御部は前記負圧発生部の駆動条件を制御することを特徴とする検出装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記制御部は、前記光検出部が出力する信号レベルを第1判定値と比較し、前記信号レベルが前記第1判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項6】
請求項5に記載の検出装置において、
前記制御部は、前記光検出部からの信号レベルが第2判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記第1モードで標準試料を前記流体試料を介して前記センサーチップに供給する供給部をさらに有し、
前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質とは異なる波長にて、前記標準試料を反映する光を検出し、
前記制御部は、前記物質を反映した信号が前記第1判定値未満であっても、前記標準試料を反映した信号レベルが第3判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項8】
請求項7に記載の検出装置において、
前記制御部は、前記検査対象である試料分子に対応する前記光検出部からの信号レベルが前記第2判定値よりも高くても、前記標準試料に対応する前記光検出部からの信号レベルが第4判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項9】
請求項7または8に記載の検出装置において、
前記供給部は、前記第1モード中に前記標準試料を一定量だけ供給することを特徴とする検出装置。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記標準試料は、ヘテロ環、ベンゼン環、COOH基、OH基、CHO基、S原子、N原子の少なくとも1つを有する分子であることを特徴とする検出装置。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記制御部は、少なくとも前記第2モードと前記第1モードとを繰り返して切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項1】
センサーチップと、
試料分子を含む流体試料を吸引し前記センサーチップに吸着させる吸引部と、
前記センサーチップに光を照射する光源と、
前記センサーチップへ照射する光強度を調整する光強度調整部と、
前記センサーチップ上に吸着した試料分子を反映する光を用いて前記試料分子を検出する光検出部と、
前記吸引部及び前記光強度調整部を制御する制御部と、を有し、
前記光検出部が検出する期間を含む第1モードにおける前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV1とし、第2モードでは、前記センサーチップ上での前記流体試料の流速をV2とするとき、前記吸引部は、V2>V1となるように前記流体試料の流速を制御し、
前記第1モードにおける前記センサーチップ上の前記光源からの光強度をL1とし、前記第2モードにおける前記センサーチップ上の前記光強度をL2とするとき、前記光強度調整部は、L2>L1となるように前記光強度を制御し、
前記光検出部からの信号に基づいて前記制御部は前記第1モードと前記第2モードとを切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項2】
請求項1に記載の検出装置において、
前記センサーチップは、前記流体試料のラマン散乱光を発生させ、
前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質のラマン散乱光を検出することを特徴とする検出装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の検出装置において、
前記光強度調整部は光学フィルターを備え、前記光学フィルターを切り替えて光強度を調整することを特徴とする検出装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記吸引部は負圧発生部を含み、
前記制御部は前記負圧発生部の駆動条件を制御することを特徴とする検出装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記制御部は、前記光検出部が出力する信号レベルを第1判定値と比較し、前記信号レベルが前記第1判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項6】
請求項5に記載の検出装置において、
前記制御部は、前記光検出部からの信号レベルが第2判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記第1モードで標準試料を前記流体試料を介して前記センサーチップに供給する供給部をさらに有し、
前記光検出部は、前記流体試料中に存在し得る検査対象の物質とは異なる波長にて、前記標準試料を反映する光を検出し、
前記制御部は、前記物質を反映した信号が前記第1判定値未満であっても、前記標準試料を反映した信号レベルが第3判定値以上となった時に、前記第1モードから前記第2モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項8】
請求項7に記載の検出装置において、
前記制御部は、前記検査対象である試料分子に対応する前記光検出部からの信号レベルが前記第2判定値よりも高くても、前記標準試料に対応する前記光検出部からの信号レベルが第4判定値以下となった時に、前記第2モードから前記第1モードに切り替えることを特徴とする検出装置。
【請求項9】
請求項7または8に記載の検出装置において、
前記供給部は、前記第1モード中に前記標準試料を一定量だけ供給することを特徴とする検出装置。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記標準試料は、ヘテロ環、ベンゼン環、COOH基、OH基、CHO基、S原子、N原子の少なくとも1つを有する分子であることを特徴とする検出装置。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の検出装置において、
前記制御部は、少なくとも前記第2モードと前記第1モードとを繰り返して切り替えることを特徴とする検出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2012−230042(P2012−230042A)
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−99243(P2011−99243)
【出願日】平成23年4月27日(2011.4.27)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月27日(2011.4.27)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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