説明

検査精度管理装置、検査精度管理方法および検査精度管理プログラム

【課題】被検者の検体をサンプルにして検査装置による検査精度を管理する。
【解決手段】検査精度管理装置130は、検査装置110によって検査して得た検査値を検査項目ごとに検査DB120に蓄積し、これら検査値群を、母集団とした分布曲線を作成するための数値変換を複数種類おこなう。それぞれ変換された複数種類の数値変換ごとに変換後の検査値群の平均値および標準偏差を算出して母集団分布を作成すると、この母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出し、抽出した母集団分布を用いて、検体の精度を管理するための管理範囲を設定する。あらたにバッチ単位の検査値群が入力されると、これら検査値群に先ほど抽出した母集団分布の検査値群と同じ数値変換をおこない、当該数値変換後の検査値群と管理範囲とを比較してバッチ単位の検査値群が所望する精度を保っているか否かを判断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、被検者から採取した検体の精度管理をおこなう検査精度管理装置、検査精度管理方法および検査精度管理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、病院や、検査機関では、採血や採尿などにより被検者から得られた血液や尿などの試料(以下、これらを「検体」という)を利用して所望の検査項目の検査をおこなっている。検体を利用した検査には検査項目に応じた分析処理をおこなう検査装置を利用するが、この検査装置による検査値(検査結果)は、疾病の診察、治療方針の決定の基準となるため被検者にとっては非常に重要な情報である。したがって、検査装置には高精度の分析処理能力が要求される。
【0003】
検査装置に高精度の分析処理能力を求めるためには、定常的な検査装置の精度管理が必要となる。検査装置の精度管理とは、検査装置が正常に動作し、分析処理を所望する精度で実行しているかを確認する処理である。一般的な精度管理の方法としては、たとえば、精度管理対象の検査装置に既知濃度の精度管理用試料を利用した検査を実行させるものがある。
【0004】
また、精度管理用試料を利用せずに、同一の一般検体に対してあらかじめ定めた分析項目の分析をあらかじめ定めた時間間隔で複数回実行し、実行した複数回の分析値の変動があらかじめ定めた基準内であるか否かを判断することによって分析処理の精度を判断する方法が開示されている。この方法の場合、変動が基準内でなかった場合には管理者に警告を発することもできる(たとえば、下記特許文献1参照。)。
【0005】
また、上述のような一般の検体と、精度管理用試料の蓄積データとを利用して検査情報を得る臨床検査システムも開示されている。この臨床検査システムの場合、精度管理検体の蓄積データから精度管理基準値より管理SD(標準偏差)の範囲外となる予想を予想直線から求め、分析装置が異常になる前にユーザに対して警告をおこなうことによって分析装置を安定な状態に保ち、データの測定精度と信頼性を保証することができる(たとえば、下記特許文献2参照。)。
【0006】
【特許文献1】特開2006−292698号公報
【特許文献2】特開2006−17600号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来技術のように精度管理用試料を利用して検査をおこなう場合、精度管理用試料による検査結果は、実際の人試料とは異なる挙動を示すことがある。たとえば、精度管理用試料は、血清などの人試料と粘度が異なるため、温度変化など、人試料の検査結果が変動する要素が発生しても、検査結果が変動しないことがある。したがって、検査状況によっては、検体の検査結果の精度を正しく判断できないという問題があった。
【0008】
また、精度管理用試料は、一般的に高価である。しかも、検査装置は所望の精度を保つためには定常的に精度管理をおこなわなければならない。したがって、検査装置の維持費用がかさみ、ひいては検査を依頼する利用者の費用負担が大きくなってしまう恐れがあるという問題があった。
【0009】
また、上記特許文献1のように、精度管理用試料を利用せずに被検者から採取した検体を利用した精度管理の方法も開示されているが、この方法の場合、同一検体を利用して何度も分析処理を実行する必要があるため、検体の検査値の精度の判断に多くの時間を要するという問題があった。
【0010】
この発明は、上述した従来技術による問題点を解消するため、被検者から採取した検体を利用して迅速に検査装置の検査精度を判断することのできる検査精度管理装置、検査精度管理方法および検査精度管理プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、請求項1の発明にかかる検査精度管理装置は、検査装置によって検査された検査値が所望の精度を保っているかを管理する検査精度管理装置であって、被検者から採取した検体を前記検査装置によって検査して得られた検査値を検査項目ごとに蓄積する蓄積手段と、前記蓄積手段に所定数以上の検査値が蓄積された検査項目の検査値群を母集団とした分布曲線を作成するための数値変換を複数種類おこなう変換手段と、前記変換手段によってそれぞれ変換された複数種類の数値変換ごとに変換後の検査値群の平均値および標準偏差を算出して母集団分布を作成する分布作成手段と、前記分布作成手段によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出する抽出手段と、前記抽出手段によって抽出された母集団分布を用いて、前記検査装置による前記検査項目における検査精度を管理するための管理範囲を設定する設定手段と、あらたに前記検査項目のバッチ単位の検査値群が入力されると、前記バッチ単位の検査値群に前記抽出手段によって抽出された母集団分布の検査値群と同じ数値変換をおこない、当該数値変換後の検査値群と前記設定手段によって設定された管理範囲とを比較して前記バッチ単位の検査値群が所望する精度を保っているか否かの判断をおこなう精度管理手段と、を備えることを特徴とする。
【0012】
この請求項1の発明によれば、所定数以上の検査値が蓄積した検査項目について、検査装置による検査値の精度判断の基準となる管理範囲を設定することができる。この管理範囲を参照することによって、検査装置があらたに検査した検査結果が所望する検査精度を保っているか否かを判断することができる。
【0013】
また、請求項2の発明にかかる検査精度管理装置は、請求項1に記載の発明において、前記精度管理手段によって前記バッチ単位の検査値群が所望の精度を保っていると判断された場合、前記蓄積手段は、前記バッチ単位の検査値群を蓄積し、前記設定手段は、前記蓄積手段にあらたに蓄積されたバッチ単位の検査値群を含めた管理範囲を作成することを特徴とする。
【0014】
この請求項2の発明によれば、検査装置によって検査精度を満たす検査がおこなわれた場合には、今回のバッチ単位の検査値群を母集団分布に組み込んだ更新版の管理範囲の情報を利用者に提供することができる。
【0015】
また、請求項3の発明にかかる検査精度管理装置は、請求項1または2に記載の発明において、前記変換手段は、前記検査値群を母集団とした分布曲線を作成するため複数種類のべき乗変換をおこなうことを特徴とする。
【0016】
この請求項3の発明によれば、検査値をより正規分布に近い数値となるように変換することができる。
【0017】
また、請求項4の発明にかかる検査精度管理装置は、請求項1〜3のいずれか一つに記載の発明において、前記抽出手段は、最尤法を用いて前記分布作成手段によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出することを特徴とする。
【0018】
この請求項4の発明によれば、各変換後の平均値と標準偏差によって、各母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出することができる。
【0019】
また、請求項5の発明にかかる検査精度管理装置は、請求項1〜4のいずれか一つに記載の発明において、前記設定手段は、前記数値変換後の検査値群の平均値を基準とし、標準偏差に応じた管理幅の上限から下限を管理範囲として設定することを特徴とする。
【0020】
この請求項5の発明によれば、標準偏差に応じた管理幅に応じて管理範囲が変化するため、標準偏差に応じた管理幅を任意に設定することによって所望する検査精度を調整することができる。
【0021】
また、請求項6の発明にかかる検査精度管理装置は、請求項5に記載の発明において、前記設定手段によって設定された管理範囲をあらわす管理図に前記変換後のバッチ単位の検査値群をプロットして表示する表示手段を備えることを特徴とする。
【0022】
この請求項6の発明によれば、管理図とその管理範囲を視覚的に表現することによって利用者にとって直感的に理解しやすい情報を提供することができる。
【0023】
また、請求項7の発明にかかる検査精度管理装置は、請求項1〜6のいずれか一つに記載の発明において、前記精度管理手段において、前記変換後のバッチ単位の検査値群が前記管理範囲に収まらない場合、前記バッチ単位の検査値群が所望する精度外である旨の警告をおこなう警告手段を備えることを特徴とする。
【0024】
この請求項7の発明によれば、検査装置の検査精度の低下を利用者に報知し、メンテナンスや、検体の確認処理などの注意喚起をおこなうことができる。
【0025】
また、請求項8の発明にかかる検査精度管理方法は、検査装置によって検査された検査値が所望の精度を保っているかを管理する検査精度管理方法であって、被検者から採取した検体を前記検査装置によって検査して得られた検査値を検査項目ごとに蓄積する蓄積手段において、所定数以上の検査値が蓄積された検査項目があった場合に、当該検査項目の検査値群を母集団とした分布曲線を作成するための数値変換を複数種類おこなう変換工程と、前記変換工程によってそれぞれ変換された複数種類の数値変換ごとに変換後の検査値群の平均値および標準偏差を算出して母集団分布を作成する分布作成工程と、前記分布作成工程によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出する抽出工程と、前記抽出工程によって抽出された母集団分布を用いて、前記検査装置による前記検査項目における検査精度を管理するための管理範囲を設定する設定工程と、前記設定工程によって管理範囲が設定された後、あらたに前記検査項目のバッチ単位の検査値群が入力されると、前記バッチ単位の検査値群に前記抽出手段によって抽出された母集団分布の検査値群と同じ数値変換をおこない、当該数値変換後の検査値群と前記設定手段によって設定された管理範囲とを比較して前記バッチ単位の検査値群が所望する精度を保っているか否かの判断をおこなう精度管理工程と、を含むことを特徴とする。
【0026】
この請求項8の発明によれば、所定数以上の検査値が蓄積した検査項目について、検査装置による検査値の精度判断の基準となる管理範囲を設定することができる。この管理範囲を参照することによって、検査装置があらたに検査した検査結果が所望する検査精度を保っているか否かを判断することができる。
【0027】
また、請求項9の発明にかかる検査精度管理方法は、請求項8に記載の発明において、前記精度管理工程によって前記バッチ単位の検査値群が所望の精度を保っていると判断された場合に、前記バッチ単位の検査値群を前記蓄積手段に蓄積する蓄積工程と、前記蓄積工程によって前記蓄積手段にあらたな検査値群が蓄積されると、前記管理範囲を前記あらたな検査値群を含めた管理範囲に更新する更新工程を含むことを特徴とする。
【0028】
この請求項9の発明によれば、検査装置によって検査精度を満たす検査がおこなわれた場合には、今回のバッチ単位の検査値群を母集団分布に組み込んだ更新版の管理範囲の情報を利用者に提供することができる。
【0029】
また、請求項10の発明にかかる検査精度管理方法は、請求項8また9に記載の発明において、前記精度管理工程において前記変換後のバッチ単位の検査値群が前記管理範囲に収まらなかった場合に、前記バッチ単位の検査値群が所望する精度外である旨の警告をおこなう警告工程を含むことを特徴とする。
【0030】
この請求項10の発明によれば、検査装置の検査精度の低下を利用者に報知し、メンテナンスや、検体の確認処理などの注意喚起をおこなうことができる。
【0031】
また、請求項11の発明にかかる検査精度管理プログラムによれば、請求項8〜10のいずれか一つに記載の検査精度管理方法をコンピュータに実行させることができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明にかかる検査精度管理装置、検査精度管理方法および検査精度管理プログラムによれば、被検者から採取した検体を利用して迅速に検査装置の検査精度を判断することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に添付図面を参照して、この発明にかかる検査精度管理装置、検査精度管理方法および検査精度管理プログラムの好適な実施の形態を詳細に説明する。
【0034】
(本発明の概要)
まず、本発明の概要について説明する。本発明では、被検者から採取した検体の検査結果を検査データベースに蓄積する。そしてこの検査データベースに所定数以上の検査値が蓄積されるとこれら蓄積した検査値群を用いて検査装置の精度判断の基準となる精度範囲を設定する。精度範囲が設定された後、検査装置により、あるバッチ単位の検体が検査され、検査値が出力されると、このバッチ単位の検査値が精度範囲に収まっているか否かで検査装置によって所望する精度の検査がおこなわれたか否かを判断することができる。なお、バッチ単位とは、特定された一連の処理の他に、たとえば、日付単位の処理、検査装置110の利用者単位の処理などをあらわす。
【0035】
図1は、本発明の概要を示す説明図である。ここでは、一例として図1に示したような検査装置110の検査精度を管理する検査精度管理システム100について説明する。本発明にかかる検査精度管理システム100は、まず検査装置110によって検査された検査値は検査DB(データベース)120に蓄積する。
【0036】
検査装置110は、被検者から採取された検体に所定の処理を施すことによって検体分析をおこなう装置である。なお、検査精度管理システム100によって検査精度を管理したい対象検査の種類に応じて、検査装置110の種類も異なるものとなる。検査装置110によって実行される検査の一例としては、たとえば、検体として血液が採取された場合には、検体のグルコース値およびHbA1c値を測定したり、CRP値およびAST値を測定したりする。これらの測定結果が検査値として検査DB120に蓄積される。なお、検査DB120では、検査値は検査項目ごとにそれぞれ独立した状態で蓄積される。
【0037】
検査DB120に所定数以上の検査値が蓄積されると、検査精度管理装置130は、これらの検査値群を用いて、検査精度を判断するために母集団分布を作成する。以上の処理が図1の説明図の上段部分に示した精度管理準備である。
【0038】
精度管理準備が完了すると、図1の説明図の下段部分に示したような検査装置110によってあるバッチ単位の検査をおこなった場合の精度を管理することができる。バッチ単位の検査の精度管理をおこなう際には、まず、検査装置110によってバッチ単位の検体の検査をおこなう。この検査による検査値は、検査DB120に蓄積される。なお、このとき、バッチ単位の検査値は、精度が判別していないため、上述の精度管理準備の際に検査DB120に蓄積された検査値とは、異なる記録領域に蓄積してもよい。また、検査DB120に蓄積せずに、他の一時的な記録手段に蓄積してもよい。
【0039】
そして、検査精度管理装置130は、バッチ単位の検査値群を用いて、検査精度を判断するために母集団分布を作成する。作成された母集団分布(バッチ単位)は、上述した精度管理準備の際に作成された母集団分布(全検体)と比較され、この比較結果に応じて、今回検査装置110によって検査されたバッチ単位の検査値が所望の精度を保っているか否かを判断することができる。
【0040】
本発明では、以上説明したような処理を用いて検査装置110による検査精度を管理する。精度管理とは、すなわち、検査装置110の利用者が所望する検査精度を満たしていない検査値を排除する処理である。具体的には、検査装置110による検査結果(検査値)が所望の精度を満たしていない場合にはこの検査結果が管理外であることを検査装置110の利用者に警告するなどして今回の検査結果の破棄や再検査を促す。
【0041】
以下、検査精度管理装置130による検査精度管理の具体的な実施例について説明する。
【0042】
(検査精度管理装置の構成)
まず、検査精度管理装置の構成について説明する。図2は、本発明にかかる検査精度管理装置のハードウェア構成を示すブロック図である。図2のように、検査精度管理装置130は、CPU201と、ROM202と、RAM203と、HDD(ハードディスクドライブ)204と、HD(ハードディスク)205と、ディスプレイ206と、ネットワークI/F(インターフェイス)207と、キーボード208と、マウス209とから構成されている。また、これら各構成部201〜209は、バス200によってそれぞれ接続されている。
【0043】
CPU201は、検査精度管理装置130の全体の制御を司る。ROM202は、検査精度管理装置130を起動させるブートプログラムや、検査精度管理プログラムを記録している。RAM203は、CPU201のワークエリアとして使用される。HDD204は、CPU201の制御にしたがってHD205に対するデータのリード/ライトを制御する。HD205は、HDD204の制御にしたがってデータの書き込みや読み出しがおこなわれ、検査DBとして機能する。ディスプレイ206は、カーソル、ウィンドウ、アイコン等をはじめ、検査値の表示や、検査精度管理に関する各種の情報を表示する。ネットワークI/F207は、ネットワークを介して検査装置110に接続され、検査装置110による検査値を受信する。キーボード208およびマウス209は、検査精度管理装置130へ情報を入力するための入力手段である。
【0044】
つぎに、検査精度管理装置130の機能的構成について説明する。図3は、本発明にかかる検査精度管理装置の機能的構成を示すブロック図である。図3のように、検査精度管理装置130は、蓄積部301と、変換部302と、分布作成部303と、抽出部304と、設定部305と、精度管理部306と、表示部307と、警告部308とを含んで構成されている。
【0045】
蓄積部301は、図1に示した検査DB120に相当する機能部であり、被検者から採取した検体を検査装置110によって検査して得られた検査値を検査項目ごとに蓄積する。
【0046】
変換部302は、蓄積部301に所定数以上の検査値が蓄積された検査項目の検査値群を母集団とした分布曲線を作成するための数値変換を複数種類おこなう。このときおこなわれる数値変換としては、たとえば、数種類のべき乗変換がある。具体的には、生データ(X)、二乗データ(X^2)、三乗データ(X^3)、平方根データ(√X)、3平方根データ(3√X)、ログデータ(Log(x))などが挙げられる。
【0047】
分布作成部303は、変換部302によってそれぞれ変換された複数種類の数値変換ごとに変換後の検査値群の平均値および標準偏差を算出して母集団分布を作成する。
【0048】
抽出部304は、分布作成部303によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出する。具体的には、たとえば、最尤法を用いて分布作成部303によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出してもよい。
【0049】
設定部305は、抽出部304によって抽出された母集団分布を用いて、検査装置110によって今回処理をおこなっている検査項目における検査精度を管理するための管理範囲を設定する。具体的には、たとえば、変換部302における数値変換後の検査値群の平均値を基準とし、標準偏差に応じた管理幅の上限から下限を管理範囲として設定してもよい。
【0050】
精度管理部306は、あらたに今回処理をおこなった検査項目のバッチ単位の検査値群が入力されると、バッチ単位の検査値群に抽出部304によって抽出された母集団分布の検査値群と同じ数値変換をおこない、数値変換後の検査値群と設定部305によって設定された管理範囲とを比較してバッチ単位の検査値群が所望する精度を保っているか否かの判断をおこなう。
【0051】
なお、精度管理部306によってバッチ単位の検査値群が所望の精度を保っていると判断された場合、蓄積部301は、バッチ単位の検査値群を蓄積する。そして、設定部305は、蓄積部301にあらたに蓄積されたバッチ単位の検査値群を含めた管理範囲を作成する。すなわち、今回のバッチ単位の検査値群は、所望する検査精度によって検査がおこなわれたことが判別されたため、あらたに検査精度を判断する際の判断基準となる検体となる。
【0052】
また、表示部307は、検査精度を利用者に視覚的に確認させるための機能部であり、設定部305によって設定された管理範囲をあらわす管理図を作成し、この管理図に変換後のバッチ単位の検査値群をプロットして表示させてもよい。
【0053】
警告部308は、精度管理部306において、変換後のバッチ単位の検査値群が管理範囲に収まらない場合、今回のバッチ単位の検査値群が所望する精度外である旨の警告をおこなう。警告の手法は特に限定はなく、たとえば、警告アナウンスを出力してもよいし表示部307に、管理図と共に警告マークや警告文書を表示させてもよい。
【0054】
なお、上述した各機能部において蓄積部301は、たとえば、HDD204およびHD205によってその機能が実現される。また、変換部302と、分布作成部303と、抽出部304と、設定部305と、精度管理部306と、警告部308とは、たとえば、CPU201、ROM202およびRAM203によってそれぞれその機能が実現される。また、表示部307は、たとえば、ディスプレイ206によってその機能が実現される。
【0055】
(検査精度管理処理の手順)
つぎに、上述した構成からなる検査精度管理装置130によって検査精度管理処理の手順について説明する。図1に示したように、検査精度管理処理を実行するには精度管理準備がおこなわれた後、バッチ単位の検査の精度管理がおこなわれるため、それぞれの処理を順に説明する。
【0056】
・管理範囲決定処理(精度管理準備)
まず、精度管理準備として管理範囲決定処理をおこなう。図4は、管理範囲決定処理の手順を示すフローチャートである。図4のフローチャートにおいて、まず、母集団分布を作成する項目が決定したか否かを判断する(ステップS401)。このステップS401において母集団分布を作成する項目の決定判断は、検査DB120において、蓄積された検査項目が所定数以上になったか否かによっておこなわれる。たとえば、グルコース値およびHbA1c値が蓄積されていた場合、いずれかの検査値が10000件以上蓄積された場合、母集団分布を作成する項目として決定される。他の、検査値についても、上述のように所定数以上蓄積されると母集団分布作成処理に移行する。
【0057】
ステップS401において、母集団分布を作成する項目が決定するまで待ち(ステップS401:Noのループ)、項目が決定すると(ステップS401:Yes)、決定した項目の検査値を数種類のべき乗に変換する(ステップS402)。そして、ステップS402によって変換された各べき乗変換の分布を作成し、最尤法によってモデル分布を選択する(ステップS403)。
【0058】
図5は、べき乗変換された検査値による分布曲線をあらわす説明図である。図5の分布曲線グラフ群500のように、検査値をどのように数値変換するかに応じて、分布曲線は大きく異なる。検査精度管理装置130において精度管理をおこなうには、母集団の分布およびサンプル(バッチ単位の検査値)の分布が正規分布になっている必要がある。したがって、図5のような複数の分布曲線の中から最尤法を用いてどの分布が正規分布に近いかの検定をおこなう。この結果、べき乗変換によってログデータ(Log(x))に変換した検査値が最も正規分布に近いモデル分布として選択される。
【0059】
ステップS403によってモデル分布が選択されると、選択されたログデータ(Log(x))によって母集団分布を作成し(ステップS404)、この作成された母集団分布の平均、母集団分布の標準偏差、最大値、最小値、尖度、歪度、モデル分布タイプを出力する(ステップS405)。図6は、母集団分布の平均、標準偏差、最大値、最小値、尖度、歪度、モデル分布タイプの出力例を示すデータテーブルである。図6のデータテーブル600に示したように、母集団分布に応じて、各値が算出され出力される。なお、図6のデータテーブルには参考として図5に示した他のべき乗変換の母集団分布の平均、標準偏差、最大値、最小値、尖度、歪度、モデル分布タイプの出力例も示してある。
【0060】
ステップS405によって各数値が出力されると、これらの数値を用いて管理図を作成し、管理範囲を決定し(ステップS406)、精度管理準備を終了する。図7は、管理図の一例を示す説明図である。ステップS405によって出力された各数値を用いた管理範囲の設定には様々な手法があるが、ここでは平均値と標準偏差(sd)を利用して管理図の管理範囲を決定する。図7に示すように、管理図700は、検査値群の各値をプロットし、検査値群の平均値を標準値Aとし、この標準値Aを中心とした±2sdの幅を管理範囲としている。
【0061】
・検査精度判断処理(バッチ単位の検査の精度管理)
つぎに、バッチ単位の検査の精度管理として、検査精度判断処理をおこなう。図8は、検査精度判断処理の手順を示すフローチャートである。図8のフローチャートにおいて、まず、母集団分布から出力されたモデル分布(該当するべき乗変換)よりバッチ単位の検査値群の分布、すなわち、検査精度判断対象となる標本分布を作成する(ステップS801)。
【0062】
つぎに、ステップS801によって作成された標本(バッチ単位)分布から標本平均、標本標準偏差、最大値、最小値、尖度、歪度、モデル分布タイプ、母集団平均の推定値、母集団標準偏差の推定値を算出し(ステップS802)、算出した各値を管理範囲決定処理にて作成した管理図700(図7参照)に入力する(ステップS803)。
【0063】
そして、ステップS803によって入力された各値が、管理図700の管理範囲外か否かを判断する(ステップS804)。ここで、各値が、管理図700の管理範囲外であった場合(ステップS804:Yes)、検査精度管理装置130の利用者に、今回のバッチ単位の検査値群が管理範囲外である旨の警告を表示し(ステップS805)、バッチ単位の検査の精度管理処理を終了する。一方、各値が、管理図700の管理範囲に収まった場合(ステップS804:No)、今回のバッチ単位の検査値群は、所望する検査精度を保った値であるため、そのまま検査DB120に記録し(ステップS806)、バッチ単位の検査の精度管理処理を終了する。
【0064】
このように、本実施の形態にかかる検査精度管理装置130を用いることによって、高価な精度管理用試料を用意することなく、検査精度の判断基準となる管理範囲を設定することができる。また、検体として人試料を利用しているため、実際の検査値と同様に外的要因によって検査結果が変動するため検体の検査結果の精度を正しく判断できる。さらに、一度所定数以上の検査値が蓄積され、管理範囲が設定された後は、即座にあらたな検体の検査値の精度判断をおこなうことができる。
【0065】
以上説明したように、本発明にかかる検査精度管理装置、検査精度管理方法および検査精度管理プログラムによれば被検者から採取した検体を利用して迅速に検査装置の検査精度を判断することができる。
【0066】
なお、本実施の形態で説明した検査精度管理方法は、あらかじめ用意されたプログラムをパーソナル・コンピュータやワークステーション等のコンピュータで実行することにより実現することができる。このプログラムは、ハードディスク、フレキシブルディスク、CD−ROM、MO、DVD等のコンピュータで読み取り可能な記録媒体に記録され、コンピュータによって記録媒体から読み出されることによって実行される。またこのプログラムは、インターネット等のネットワークを介して配布することが可能な伝送媒体であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0067】
以上のように、本発明にかかる検査精度管理装置、検査精度管理方法および検査精度管理プログラムは、高精度の検査が求められる生化学検査や血液検査に有用であり、特に、検査要求が多く検体提供元となる被検者が多数存在する大規模病院における運用に適している。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の概要を示す説明図である。
【図2】本発明にかかる検査精度管理装置のハードウェア構成を示すブロック図である。
【図3】本発明にかかる検査精度管理装置の機能的構成を示すブロック図である。
【図4】管理範囲決定処理の手順を示すフローチャートである。
【図5】べき乗変換された検査値による分布曲線をあらわす説明図である。
【図6】母集団分布の平均、標準偏差、最大値、最小値、尖度、歪度、モデル分布タイプの出力例を示すデータテーブルである。
【図7】管理図の一例を示す説明図である。
【図8】検査精度判断処理の手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0069】
100 検査精度管理システム
110 検査装置
120 検査DB(データベース)
130 検査精度管理装置
201 CPU
202 ROM
203 RAM
204 HDD
205 HD
206 ディスプレイ
207 ネットワークI/F
208 キーボード
209 マウス
301 蓄積部
302 変換部
303 分布作成部
304 抽出部
305 設定部
306 精度管理部
307 表示部
308 警告部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査装置によって検査された検査値が所望の精度を保っているかを管理する検査精度管理装置であって、
被検者から採取した検体を前記検査装置によって検査して得られた検査値を検査項目ごとに蓄積する蓄積手段と、
前記蓄積手段に所定数以上の検査値が蓄積された検査項目の検査値群を母集団とした分布曲線を作成するための数値変換を複数種類おこなう変換手段と、
前記変換手段によってそれぞれ変換された複数種類の数値変換ごとに変換後の検査値群の平均値および標準偏差を算出して母集団分布を作成する分布作成手段と、
前記分布作成手段によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出する抽出手段と、
前記抽出手段によって抽出された母集団分布を用いて、前記検査装置による前記検査項目における検査精度を管理するための管理範囲を設定する設定手段と、
あらたに前記検査項目のバッチ単位の検査値群が入力されると、前記バッチ単位の検査値群に前記抽出手段によって抽出された母集団分布の検査値群と同じ数値変換をおこない、当該数値変換後の検査値群と前記設定手段によって設定された管理範囲とを比較して前記バッチ単位の検査値群が所望する精度を保っているか否かの判断をおこなう精度管理手段と、
を備えることを特徴とする検査精度管理装置。
【請求項2】
前記精度管理手段によって前記バッチ単位の検査値群が所望の精度を保っていると判断された場合、
前記蓄積手段は、前記バッチ単位の検査値群を蓄積し、
前記設定手段は、前記蓄積手段にあらたに蓄積されたバッチ単位の検査値群を含めた管理範囲を作成することを特徴とする請求項1に記載の検査精度管理装置。
【請求項3】
前記変換手段は、前記検査値群を母集団とした分布曲線を作成するため複数種類のべき乗変換をおこなうことを特徴とする請求項1または2に記載の検査精度管理装置。
【請求項4】
前記抽出手段は、最尤法を用いて前記分布作成手段によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一つに記載の検査精度管理装置。
【請求項5】
前記設定手段は、前記数値変換後の検査値群の平均値を基準とし、標準偏差に応じた管理幅の上限から下限を管理範囲として設定することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一つに記載の検査精度管理装置。
【請求項6】
前記設定手段によって設定された管理範囲をあらわす管理図に前記変換後のバッチ単位の検査値群をプロットして表示する表示手段を備えることを特徴とする請求項5に記載の検査精度管理装置。
【請求項7】
前記精度管理手段において、前記変換後のバッチ単位の検査値群が前記管理範囲に収まらない場合、前記バッチ単位の検査値群が所望する精度外である旨の警告をおこなう警告手段を備えることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一つに記載の検査精度管理装置。
【請求項8】
検査装置によって検査された検査値が所望の精度を保っているかを管理する検査精度管理方法であって、
被検者から採取した検体を前記検査装置によって検査して得られた検査値を検査項目ごとに蓄積する蓄積手段において、所定数以上の検査値が蓄積された検査項目があった場合に、当該検査項目の検査値群を母集団とした分布曲線を作成するための数値変換を複数種類おこなう変換工程と、
前記変換工程によってそれぞれ変換された複数種類の数値変換ごとに変換後の検査値群の平均値および標準偏差を算出して母集団分布を作成する分布作成工程と、
前記分布作成工程によって作成された複数の母集団分布の中から最も正規分布に近い母集団分布を抽出する抽出工程と、
前記抽出工程によって抽出された母集団分布を用いて、前記検査装置による前記検査項目における検査精度を管理するための管理範囲を設定する設定工程と、
前記設定工程によって管理範囲が設定された後、あらたに前記検査項目のバッチ単位の検査値群が入力されると、前記バッチ単位の検査値群に前記抽出手段によって抽出された母集団分布の検査値群と同じ数値変換をおこない、当該数値変換後の検査値群と前記設定手段によって設定された管理範囲とを比較して前記バッチ単位の検査値群が所望する精度を保っているか否かの判断をおこなう精度管理工程と、
を含むことを特徴とする検査精度管理方法。
【請求項9】
前記精度管理工程によって前記バッチ単位の検査値群が所望の精度を保っていると判断された場合に、前記バッチ単位の検査値群を前記蓄積手段に蓄積する蓄積工程と、
前記蓄積工程によって前記蓄積手段にあらたな検査値群が蓄積されると、前記管理範囲を前記あらたな検査値群を含めた管理範囲に更新する更新工程を含むことを特徴とする請求項8に記載の検査精度管理方法。
【請求項10】
前記精度管理工程において前記変換後のバッチ単位の検査値群が前記管理範囲に収まらなかった場合に、前記バッチ単位の検査値群が所望する精度外である旨の警告をおこなう警告工程を含むことを特徴とする請求項8または9に記載の検査精度管理方法。
【請求項11】
請求項8〜10のいずれか一つに記載の検査精度管理方法をコンピュータに実行させることを特徴とする検査精度管理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−98072(P2009−98072A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−271699(P2007−271699)
【出願日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【出願人】(591258484)株式会社エイアンドティー (23)
【Fターム(参考)】