説明

構成材料の識別方法および成分分析方法

【課題】複数種の構成材料を含む試料中の特定の構成材料を精度よく識別する識別する方法、および特定の構成材料の成分を分析する分析方法を提供する。
【解決手段】複数種の構成材料を含む試料から、変質する温度が既知である特定の構成材料を識別する方法であって、試料の表面を複数の小区画に区分し、各小区画に放射線を照射して、試料より発生する信号によって、特定の構成材料に含まれる元素の各小区画における濃度を測定する第一測定工程と、特定の構成材料が変質する温度で試料の表面を加熱する加熱工程と、加熱後の試料の各小区画に放射線を照射して、試料より発生する信号によって、元素の各小区画における濃度を測定する第二測定工程と、各小区画における元素について、第一測定工程で測定した濃度と、第二測定工程で測定した濃度とを比較して、濃度の変化率が所定の率である小区画を特定の構成材料であると判定する判定工程とを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数種の構成材料を含む試料から特定の構成材料を識別する識別方法、および特定の構成材料の成分を分析する成分分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートやモルタルなどのセメント硬化体、石材、石膏ボード等のように、複数種の構成材料を含む試料における特定の構成材料の識別や、その特定の構成材料の成分分析を行なう方法として、様々な方法が知られている。
例えば、試料を薄くスライスした切断片を多数作製し、かかる切断片の構成成分の識別や成分分析を行なう方法や、試料を溶媒に溶解して測定する方法などがある。
しかし、かかる方法では試料から切断片を作製したり、溶液を作製したりするのに手間がかかり煩雑である。
【0003】
そこで、前記のような測定用の試料の用意に手間がかからず、試料の表面を非破壊で分析できる分析方法を用いて、前記複数種の構成材料を含む試料における特定の構成材料の識別や分析を行なう方法が考えられている。
かかる方法の例として、例えば、電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いる方法が特許文献1に記載されている。
【0004】
前記EPMAは電子線を試料表面に照射することで、試料から発生する特性X線の波長から試料表面に含まれる構成元素を分析する装置であり、試料表面をマイクロメートルオーダーの細かい小区画に分画し、各小区画に電子線を照射して、かかる小区画領域中における構成元素の種類の判定と、その濃度を検出できる。
従って、採取された多数の小区画の元素データを元に、試料の構成材料の種類を識別したり、構成材料の成分を分析したりするものである。
【0005】
特許文献1には、このEPMAを用いて、複数の構成材料を含む試料としてのセメント硬化体試料の各小区画に含まれるSiO2濃度とCaO濃度とを測定し、かかるSiO2濃度とCaO濃度とから、各小区画についてセメント水和物か、骨材かを判定していく方法が記載されている。
【0006】
しかしながら、前記方法によれば、例えば、Si、Caなどの元素濃度が、セメントと近い骨材が含まれている試料を測定した場合には、セメント水和物と骨材成分との識別が難しい。
すなわち、特定の構成材料と、かかる特定の構成材料と類似する元素濃度を有する他の構成材料とが混在する試料においては、前記のような方法での識別が困難である。
【0007】
また、前記のようなEPMAで二次電子像による画像を作成し、かかる画像で視覚的に構成材料の識別を行なうことも考えられるが、二次電子線画像を作成する場合にも構成材料として反射電子量が類似する複数の構成材料が含まれている場合には、その構成材料同士を識別可能な画像を得ることが難しい。
従って、前記のような方法では、試料の構成成分を精度よく識別したり、その成分分析を行ったりすることは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−274551号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記問題点等に鑑み、複数種の構成材料を含む試料中の特定の構成材料を精度よく識別する識別する方法、および特定の構成材料の成分を分析する分析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく、本発明に係る構成材料の識別方法は、複数種の構成材料を含む試料から、変質する温度が既知である特定の構成材料を識別する構成材料の識別方法であって、前記試料の表面を複数の小区画に区分し、前記試料の各小区画に放射線を照射して、前記試料より発生する信号によって、前記特定の構成材料に含まれる特定の元素の各小区画における濃度を測定する第一測定工程と、前記特定の構成材料が変質する温度で前記試料の表面を加熱する加熱工程と、加熱後の前記試料の前記各小区画に放射線を照射して、前記試料より発生する信号によって、前記特定の元素の各小区画における濃度を測定する第二測定工程と、前記各小区画における前記特定の元素について、前記第一測定工程で測定した濃度と、前記第二測定工程で測定した濃度とを比較して、前記濃度の変化率が所定の率である小区画を前記特定の構成材料であると判定する判定工程とを、実施することを特徴とする。
【0011】
上記構成からなる構成材料の識別方法によれば、識別しようとする前記特定の構成材料が変質する温度で前記試料を加熱して、前記加熱前後における前記特定の構成材料に含まれる元素濃度の変化率を測定し、前記元素の濃度の変化率が特定の変化率である試料の区画を前記特定の構成材料であると判定することで、精度よく試料中の特定の構成材料を識別することができる。
すなわち、加熱による変質によって、前記特定の構成材料の表面高さは変化して凹みあるいは膨らみが生じた状態になるが、このような加熱による変質で生じる表面高さの変化は、構成材料によって異なるため、前記特定の構成材料が変質する温度で試料を加熱した場合には、他の構成材料の表面の高さは変化しないか、あるいは変化した場合でも特定の構成材料の表面高さの変化とは異なる変化量になる。
かかる状態で、再度、試料に放射線を照射すると、表面高さが変化している小区画では前記試料から発生する信号が変化するため、実際の元素濃度は変化していなくても、元素濃度として測定される値は、加熱前とは変化した値として測定される。
特定の元素濃度の加熱前後の変化率が特定の変化率である小区画は、特定の構成材料が変質していることを示しているため、すなわち、かかる小区画は前記特定の構成材料であることが識別できる。
よって、試料を加熱して変質させることで、異なる構成材料を区別しやすくなり、精度よく特定の構成材料を識別することが可能となる。
【0012】
尚、本発明でいう、特定の構成材料が変質する温度、とは、特定の構成材料が熱によって損傷を受け、その表面の高さが変化して該損傷部分が凹み又は膨らみを生じるような温度を言う。
かかる損傷する温度は構成材料によって異なるため、識別する特定の構成材料について、予めかかる温度を測定しておく等して、既知であることが必要である。
【0013】
また、本発明でいう、放射線とは、すべての電磁波および粒子線を意味し、例えば、X線、γ線、光、α線、β線、電子線等が含まれる。
さらに、本発明でいう試料より発生する信号とは、前記放射線を照射した試料から発生する信号であって、特性X線、二次電子線、光電子線など試料の表面分析が可能な信号を意味する。
【0014】
また、本発明でいう、特定の元素の濃度の変化率が所定の率である、とは、特定の構成材料が熱によって変質されたことを示す特定の元素濃度の変化率であることをいう。
かかる変化率は、例えば、予め、既知の試料を用いて特定の構成材料の特定の元素について、前記特定の構成材料が変質する温度において、どの程度濃度の測定値が変化するかを測定しておくことで求められる。
【0015】
本発明において、前記試料の表面を研磨する研磨工程を、前記第一測定工程の前に実施することが好ましい。
【0016】
前記第一測定工程に先立ち、前記試料の表面を研磨する研磨工程を実施することにより、より精度よく前記特定の元素の濃度を測定することができる。
【0017】
本発明においては、前記試料がセメント水和物と骨材とを含むセメント硬化体であり、前記特定の構成材料が前記セメント水和物であることが好ましい。
【0018】
セメント水和物と骨材とを含むセメント硬化体において、前記セメントを他の構成材料である骨材と識別する場合に、特に本発明の識別方法が適している。
すなわち、セメント硬化体中には、セメントが水和反応したセメント水和物が存在している。かかるセメント水和物は加熱した場合には骨材に比べて熱による変質が大きく、表面の高さが骨材よりも低下しやすい。
従って、セメント水和物中に多く含まれる特定の元素に着目して、かかる元素濃度の加熱前後の変化率で、各小区画がセメント水和物であるか、骨材であるかを識別することが容易に行いうる。
【0019】
前記のように前記試料がセメント水和物と骨材とを含むセメント硬化体であり、前記特定の構成材料が前記セメントである場合において、前記特定の元素がCaであることが好ましい。
【0020】
Caはセメント中にCaOとして多く含まれている成分であるため、前記特定の構成材料としてセメントを識別する場合には、Ca濃度の変化率によって、セメントであることが容易に識別しうる。
【0021】
本発明において、前記第一測定工程と、前記加熱工程と、前記第二測定工程とを電子線マイクロアナライザーを用いて実施することが好ましい。
【0022】
電子線マイクロアナライザーを用いることで、前記第一測定工程と、加熱工程と、第二測定工程とを、同一装置で実施することが可能となる。
【0023】
本発明に係る構成材料の成分分析方法は、前記構成材料の識別方法によって、前記特定の構成材料であると判定された各小区画を選択し、前記選択された小区画における第一測定工程で測定された前記特定の元素の濃度を平均し、前記平均された元素濃度から前記特定の構成材料の成分を求める分析工程を実施することを特徴とする。
【0024】
前記各識別方法で特定の構成材料であると判定された小区画を選択し、該選択された小区画の第一測定工程で測定された元素濃度を平均化することで、特定の構成材料に含まれる元素比率に近い推定値が得られる。
かかる推定値を基に、前記特定の構成材料中の成分を推測することが可能となる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、複数種の構成材料を含む試料中の特定の構成材料を精度よく識別することができ、さらには特定の構成材料の成分を精度よく分析することが可能となるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】実施例における光学顕微鏡観察像の写真。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係る構成材料の識別方法および成分分析方法の実施形態について説明する。
【0028】
本実施形態の構成材料の識別方法は、複数種の構成材料を含む試料から、変質する温度が既知である特定の構成材料を識別する構成材料の識別方法であって、前記試料の表面を複数の小区画に区分し、前記試料の各小区画に放射線を照射して、前記試料より発生する信号によって、前記特定の構成材料に含まれる特定の元素の各小区画における濃度を測定する第一測定工程と、前記特定の構成材料が変質する温度で前記試料の表面を加熱する加熱工程と、加熱後の前記試料の前記各小区画に放射線を照射して、前記試料より発生する信号によって、前記特定の元素の各小区画における濃度を測定する第二測定工程と、前記各小区画における前記特定の元素について、前記第一測定工程で測定した濃度と、前記第二測定工程で測定した濃度とを比較して、前記濃度の変化率が所定の率である小区画を前記特定の構成材料であると判定する判定工程とを、実施するものである。
【0029】
前記複数種の構成材料を含む試料としては、例えば、セメントが水和反応したセメント水和物と骨材とが混在しているセメント硬化物、粘板岩などの石材を薄い板状に加工したスレート、石膏ボード、疑灰岩、異物や欠点を含むFPD(フラットパネルディスプレイ)板やフイルム等が挙げられる。
中でも、前記セメント硬化物を試料として用いることが好ましい。
【0030】
前記セメント硬化物としては、セメント水和物と細骨材とが混在したモルタル、セメント水和物と粗骨材と細骨材とが混在したコンクリート、セメント水和物と、ガラス繊維と細骨材とが混在したガラス繊維強化セメント(GRC)、あるいはセメント水和物と、結晶性シリカや非結晶性シリカなどのシリカ材料、ガラス材料、アスベスト、高炉スラグおよびフライアッシュ(石炭灰)等からなる群から選ばれる1種以上とが混材しているもの等が挙げられる。
セメント硬化物を前記試料とする場合には、例えば、セメント水和物を特定の構成材料として、その他の構成材料である、骨材、ガラス繊維、シリカ材料、ガラス材料、アスベスト、高炉スラグ、フライアッシュなどと識別することが可能である。
【0031】
本実施形態の構成材料の識別方法においては、以下に説明する各工程を順次実施する。
まず、前記試料の状態に応じて、必要があれば、前記試料の表面を研磨する前記研磨工程を実施する。
前記研磨工程では、放射線を照射する前に前記試料の表面を研磨する。かかる研磨を行うことにより、試料表面の凹凸をなくすことで、後で実施される第二測定工程において精度よく、特定の元素濃度の変化を測定できる。
前記研磨工程で前記試料を研磨する方法としては物理的、化学的な研磨方法のうちいずれの研磨方法も採用しうる。
物理的な研磨方法としては、例えば、バフ研磨方法などが挙げられ、化学的な研磨方法としてはエッチングなどが挙げられる。
【0032】
前記研磨工程では、例えば、前記試料としてセメント硬化物を用いる場合には、JIS B0601(1994)に規定される算術平均粗さ(Ra)が5μm未満となるように観察対象物の表面を研磨することが好ましく、1μm以下となるように観察対象物の表面を鏡面研磨することがより好ましい。
尚、前記研磨工程は、従来公知の方法により、一般的な装置を用いて実施することができる。また、算術平均粗さ(Ra)は、市販の表面粗さ計を用いて測定することができる。
前記試料として、FPD板やフイルム等のように比較的表面が平滑なものを用いる場合には研磨工程を実施しなくてもよく、研磨工程は試料の表面の状態に応じて実施することが好ましい。
【0033】
次に、研磨された前記試料の表面を複数の小区画に区分し、各小区画に放射線を照射して発生する信号によって各小区画に含まれる特定の元素の濃度を測定する前記第一測定工程を実施する。
前記のような放射線を照射して発生する信号によって元素濃度を測定する手段としては、電子線マイクロアナライザー(EPMA)、走査型電子顕微鏡(SEM)、AES(オージェ電子分光装置)、透過型電子顕微鏡(TEM)等を用いることが挙げられる。
また、エックス線を照射するものではX線光電子分光装置(XPS)、IR光を照射するものとしてはFT−IR顕微鏡等を用いることが挙げられる。
中でも、電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いることが好ましい。
【0034】
EPMAを用いる場合には、前記試料表面の元素濃度の測定の他に、電子線の照射条件を変更することで前記試料を加熱することもでき、前記第一測定工程と、後続の加熱工程と、第二測定工程とを同一装置で行うことができる。
【0035】
前記第一測定工程において、例えば、前記試料としてセメント硬化物を用いて、かかるセメント硬化物のセメント水和物を識別する場合には、前記セメントに含まれる特定の元素、例えば、Si、Al、Fe、Ca、Mg、S、Na、K、Ti、Mnなどの元素濃度を測定することが好ましい。中でも、Caはセメント中に多く含まれているため、Ca濃度を特定の元素濃度として測定することが好ましい。
【0036】
また、前記試料としてセメント硬化物を用いる場合には、EPMA測定条件として、ピクセルサイズ0.5μm×0.5μm〜1000μm×1000μm、ピクセル数5pix×5pix〜1024pix×1024pix、加速電圧5〜30kV、照射電流1×10-9〜1×10-5A、ビーム径0〜300μm、照射時間1〜10000msec/pix程度であることが好ましい。
【0037】
尚、前記第一測定工程においては、研磨後の試料に、EPMAで測定を行うために必要な処理、例えば金などの金属蒸着など、を必要に応じて行なってもよい。
【0038】
次に、前記第一測定工程で測定を行った前記試料を加熱する前記加熱工程を実施する。
前記加熱工程では、前記試料の表面を、前記特定の構成材料が変質して表面高さが変化する温度で加熱する。
前記特定の構成材料が変質して表面高さが変化する温度、とは、識別の目的とする特定の構成材料が損傷を受けて体積が減少したり変形したりすることにより、当該部分の表面が凹む又は膨らむような温度をいう。
例えば、前記特定の構成材料が水和物により構成された構成材料であれば結晶水が脱水すること、前記特定の構成材料が重合体により構成された構成材料であれば材料の重合度が変わり分子構造が変化して変形することや密度が変化すること等によってかかる特定の構成材料の表面高さの変化が生じうる。
【0039】
熱によって変質を受けて表面高さが変化する程度は、構成材料の種類によって相違するため、識別の目的である特定の構成材料が変質するような温度で加熱した場合であっても、他の構成材料の表面高さの変化する程度は前記特定の構成材料の表面高さの変化する程度とは異なる。
【0040】
例えば、前記セメント硬化物を試料として用い、かかる試料のセメント水和物を特定の構成材料として識別する場合には100℃〜800℃の温度範囲で加熱することが好ましい。
また、加熱時間は1〜10000msec/pix、好ましくは40msec/pix〜100msec/pixの時間範囲で加熱することが好ましい。
かかる加熱温度、加熱時間は、前もって同一試料の一部よりサンプリングし、TG−DTA(示差熱熱重量同時測定装置)等で熱履歴測定を行い設定することで、より最適な加熱条件で試料を加熱することが可能となる。
【0041】
前記のような温度範囲および時間範囲で加熱することによって、前記セメント水和物が十分に変質し、すなわち、セメント水和物から結晶水が十分に脱水して表面高さが低下する。
一方、セメント硬化物中の骨材、ガラス繊維、シリカ材料、ガラス材料、アスベスト、高炉スラグ、フライアッシュ等のセメント成分以外の構成材料は、前記温度ではほとんど表面高さは変化しない。
尚、前記特定の構成材料をより確実に、表面の高さが変化するように変質させるという点で、適切な加熱温度の範囲を設定することが好ましい。必要以上の高温で加熱すると複数の構成材料が大きく変質してしまい、変質度合いの差が見分けにくくなり、また、加熱温度が低すぎると、特定の構成材料の変質が不十分になるためである。
【0042】
前記加熱工程で、加熱する方法は特に限定されるものでなく、加熱方法としては、例えば、前記試料を所定の温度に保った加熱槽内に静置する加熱方法、所定の温度に加熱できるように前記試料に熱風を所定時間あてる加熱方法、前記試料に赤外光線、可視光線、紫外光線などの光線又は電子線、放射線等、を照射する加熱方法や化学処理(エッチング)などを採用することができる。
前記第一測定工程および前記第二測定工程を、前記EPMAを用いて実施する場合には、前記EPMAを用いて加熱することができるために、前記試料に電子線を照射する加熱方法を採用することが好ましい。
【0043】
前記加熱工程において照射する電子線は、通常、束となった電子ビームの態様で照射される。電子線の照射条件は、特に限定されるものではなく、例えば、その照射条件としては、加速電圧5〜30kV、照射電流1×10-9〜1×10-5A、ビーム径0〜300μm、照射時間1〜10000msec/pix程度であることが好ましい。
また、前記EPMAを用いて前記電子線を照射する場合には、ピクセル数100pix×100pix〜800pix×800pix、照射時間1〜100msec/pix程度の条件で電子線を照射することが好ましい。
【0044】
次に、前記加熱工程を実施した試料を、再度、前記各小区画に放射線を照射して、前記試料から発生する信号によって各小区画に含まれる前記特定の元素の濃度を測定する前記第二測定工程を実施する。
この時、測定条件は前記第一測定工程の測定条件と同一条件で測定する。
前記加熱工程によって、前記試料に含まれる特定の構成材料は変質を受け、表面の高さが変化しているため、前記第一測定工程と同一条件で放射線を照射した場合、前記試料より発生する信号が変化している。
従って、実際は、元素濃度に変化がなくても、電子線を照射される特定の構成材料部分から発生する特性X線は変化し、かかる信号量を基に測定される元素濃度の数値は、前記第一測定工程で測定された現実の元素濃度とは相違する値が、元素濃度として検出される。
【0045】
前記第二測定工程の後、前記第一測定工程と前記第二測定工程とで測定された特定の元素濃度の値から、前記試料中の特定の構成材料を判定する判定工程を実施する。
すなわち、まず、各小区画における前記特定の元素濃度に着目し、前記第一測定工程と前記第二測定工程とで測定された濃度の変化率が所定の率である小区画を特定の構成材料であると判定する。
【0046】
例えば、試料としてセメント硬化物を用いて、セメント水和物を特定の構成成分として識別しようとする場合に、特定の元素としてCaに着目する。
そして、Caの元素濃度が、前記第一測定工程と前記第二測定工程との元素濃度で30%〜35%の範囲以上減少して変化している小区画はセメント水和物であると判定する。
セメント水和物はさらに複数の鉱物成分から成り、各鉱物成分によって前記加熱による濃度の変化率は異なる。従って、セメント水和物全体の前記変化率としては、セメント水和物中の前記鉱物成分の各変化率の最小値から最大値の範囲を所定の変化率として判定する必要があり、すなわち、30%〜35%の範囲以上減少している小区画はすべてセメント水和物であると判定する。
【0047】
Caはセメント部分以外の骨材などにもCaOとして含有されている元素であるが、前記のように、特定の構成部材であるセメント成分が変質する温度で加熱しても、骨材は変質しないため表面高さの低下はセメント成分よりも小さい。
従って、骨材成分の小区画においては、前記第一測定工程と前記第二測定工程とで得られた元素濃度に差はほとんどなく、前記のようにCa濃度が30%〜35%以上減少して変化している小区画をセメント成分と判定することで、骨材成分とは十分に識別できる。
【0048】
尚、通常は、前記加熱工程で熱により変質を受けて表面高さが低下した後に、当該小区画の元素濃度を測定した場合、実際の元素濃度より少ない値になるため、前記変化率は通常は低減率として示される。
また、所定の変化率としてどの程度の変化率を基準とするかは、前記特定の構成材料に含まれる特定の元素の種類によって相違するため、予め、前記特定の元素濃度の種類と変化率との相関関係を測定しておき、前記所定の変化率を定めておくことが必要である。
【0049】
次に、前記のような構成材料の識別方法で、特定の構成材料であると識別された構成材料の成分分析を行なう。
まず、判定工程において前記特定の構成材料であると判定された小区画をすべて選択する。
そして、各小区画における前記第一測定工程の前記特定の元素濃度を平均することで、前記特定の構成材料中に含まれている元素濃度に近い値が得られ、かかる値から特定の構成材料の成分濃度を推定することができる。
【0050】
具体的には、例えば、セメント硬化物を試料として、セメントの成分分析を行なう場合に、前記判定工程において、Caの元素濃度が、前記第一測定工程と前記第二測定工程との元素濃度で30%〜35%以上変化(低減)している小区画をすべて選択し、かかる小区画の第一測定工程で測定されたCa濃度を平均することで、試料のセメントに含まれるCa濃度が得られる。
さらに、かかるCa濃度からCaO濃度に換算することでセメント硬化物に使用されているセメント中に含まれているCaO濃度が推定可能である。
【0051】
尚、前記第一測定工程および第二測定工程で測定する特定の元素として複数の元素の濃度を測定することで、より前記のような構成材料の成分の推定が精度よく行なえる。
例えば、セメント硬化物中のセメント水和物の成分分析を行なう場合に、前記第一測定工程および第二測定工程において、Ca以外にも、Si、Al、Fe、Mg、S、Na、K、Ti、Mnなどセメント成分に含まれている複数の元素濃度を測定しておく。
前記判定工程においては、セメント成分中に最も多く含まれているCaの濃度変化率に着目して、セメント成分であると判定する。
そして、セメント成分であると判定された小区画のCa以外の各元素についても、第一測定工程で測定された元素濃度を平均することで、試料のセメント成分に含まれる各元素濃度の推定濃度が得られる。
かかる複数の元素濃度を測定することで、セメントに含まれている複数の成分の量が推定でき、例えばセメントの種類なども推定できる。
【0052】
さらに、前記元素濃度は、酸化物の濃度に換算することが好ましい。
具体的には、前記各特定の元素濃度から、Al23、SO4、K2O、Na2O、TiO2、SiO2、CaO、Fe23、MgO、MnOなどの酸化物濃度として換算した数値とすることが好ましい。
かかる酸化物濃度に換算することで、例えば、セメントの種類などの分析が容易に行えるためである。
前記Ca濃度からセメントなどの試料中に含まれているCaO濃度に換算するには、例えば、標準試料を用いた比例法で換算することができる。
比例法で酸化物換算する方法とは、例えば、CaO含有濃度が予めわかっている標準試料を用いて、下記の式で試料中のCaO濃度に換算することができる。
試料中のCaO量= 試料中のCaの信号強度×標準試料中のCaO量÷標準試料中のCaの信号強度
【0053】
前記のようにセメント硬化物を試料として用いて前記識別方法および分析方法を行った場合には、例えば、コンクリート構造物から試料を採取し、そのコンクリート構造物において使用されたセメントの成分を推定することができる。そのため、コンクリート構造物の耐久性や、セメント水和反応の程度(材齢)、強度など種々の判定に応用することができる。
【0054】
本実施形態の構成材料の識別方法および分析方法においては、試料としてのセメント硬化物をEPMAを用いて測定し、セメント硬化物中のセメント成分と骨材等とを識別し、成分分析を行ったが、前記のようにセメント成分を変質する温度で加熱することでセメント成分のみを識別して、さらにかかるセメント成分の成分分析を行うため、一般的なEPMAなどの表面分析方法を用いて得られた試料表面の元素量からセメント成分を推測する場合に比べて、精度の高い成分分析が可能である。
特に、セメント硬化物のように、セメント成分と骨材とが上下に重なって存在しているような試料においては、一般的な表面分析では正確に成分分析が行えないが、本実施形態の構成材料の識別方法および分析方法を用いることで、かかるセメント硬化物の成分分析が精度良く行える。
【0055】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は前記説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【実施例】
【0056】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0057】
まず、以下に示すようにして、試料としてのコンクリート硬化物を作製した。
セメント硬化物材料として、JIS R5201に規定するセメント(住友大阪セメント株式会社製、普通ポルトランドセメント)450g、骨材(セメント協会製、セメント強さ試験用標準砂)1350g、水225gを混練して、40mm×40mm×160mmの標準配合試験片を作製し、該試験片を7日後に40mm×40mm×10mmに切断した。かかる切断試験片を、空気中で1日、水中養生を6日行ったものを、試料として得た。
前記試料に用いたセメントの化学組成を表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
前記試料(40mm×40mm×10mmの直方体状)の1面を、平面研磨装置(マルトー社製、機器名:「MG−403」のコア抜き刃を、ダイヤモンドカップ刃に取替えて使用。)及び回転式乾式鏡面研磨装置(ムサシノ電子社製、機器名:「MA−300D」)を用いて、算術平均粗さ(Ra)が5μm未満となるように平滑に研磨することにより、研磨工程を行った。
次に、研磨面に対して、抵抗加熱方式の真空蒸着装置(日本電子社製 製品名「JEE−4X」)を用いて金を蒸着し、厚み100〜500オングストロームの範囲となるように薄膜を形成し、薄膜形成工程を行った。なお、真空度1×10-6torrの蒸着条件とし、45°傾斜させた被蒸着試料を回転させながら蒸着を行った。
【0060】
続いて、EPMA装置(日本電子社製 製品名「JXA−8200」)を用いて、第一測定工程を実施する。
測定条件は、以下の通りである。
【0061】
(測定条件)
フィラメント:W
対物絞り:3
加速電圧:15kV
照射電流:2×10-7
ビーム径:5μm
ピクセル数:100pix×100pix
ピクセルサイズ:5μm×5μm
照射時間:40msec/pix
【0062】
また、測定する元素濃度は、Ca、Si、Al、Fe、Mg、S、Na、K、Ti、Mnの10種類である。
【0063】
次に、前記EPMA装置を用いて加熱工程を実施する。
加熱条件は以下の通りである。
尚、下記条件で加熱した場合に、試料表面は約100℃〜800℃に加熱される。
【0064】
(熱処理条件)
フィラメント:W
対物絞り:3
加速電圧:15kV
照射電流:1×10-6
ビーム径:1μm
ピクセル数:500pix×500pix
ピクセルサイズ:1μm×1μm
照射時間:5msec/pix
【0065】
前記加熱工程後の試料表面の電子顕微鏡写真(倍率:40倍、反射電子像、加速電圧:15kV、照射電流:1×10-8A程度)を図1に示す。
尚、図1において、熱処理後された部分において亀の甲羅状に損傷(ひび割れ)している部分は加熱によって損傷して表面が凹んでいる箇所、すなわちセメント水和物1を示している。
また、亀の甲羅状に損傷(ひび割れ)していない鏡面で平坦な部分は骨材2を示している。
【0066】
さらに、前記加熱後の試料表面を前記第一測定工程と同様にして、前記Ca、Si、Al、Fe、Mg、S、Na、K、Ti、Mnの濃度を測定する第二測定工程を実施する。
【0067】
次に、前記第一測定工程と第二測定工程とで測定された各元素濃度からそれぞれ酸化物濃度に換算する。
該酸化物濃度へ換算する方法は、比例法を用いて換算する。
前記比例法において濃度換算に用いる換算係数は、第一測定工程測定前にEPMA装置(日本電子社製 製品名「JXA−8200」)を用いて、標準試料の点分析を実施し算出する。
換算式:試料中の酸化物濃度(mass%)=試料中の元素の信号強度×標準試料中の酸化物濃度(mass%)÷標準試料中の元素の信号強度

測定条件は、以下の通りである。
(測定条件)
フィラメント:W
対物絞り:3
加速電圧:15kV
照射電流:2×10-7
ビーム径:5μm
ピクセル数:100pix×100pix
ピクセルサイズ:5μm×5μm
照射時間:40msec/pix

また、標準試料及び測定元素は、以下の通りである。
(標準試料)
販売元:日本電子データム株式会社製
標準試料と測定元素
Barite(O4):S
K−Feldspar(M5):Al、Na、K
Wollastonite(M8):Ca、Si
Enstatite(M12):Mg、Fe、Mn
Potassium Titanium Phosphate(M13):Ti
【0068】
前記酸化物濃度のうち、Caの濃度(本実施例ではCaO濃度に換算)について、第一測定工程と第二測定工程とで得られた濃度において、10%、20%、30%、35%、40%、50%、55%以上変化している小区画(ピクセル)をそれぞれ選択する。
すなわち、第一測定工程における濃度よりも、第二測定工程における濃度が、前記各%ずつ低下した(CaOの熱損傷減量閾値とする。)ピクセルを選択する。
そして、各熱損傷減量閾値に該当するピクセルの第一測定工程の酸化物濃度の平均を推定セメント組成として表2に示す。
【0069】
【表2】

【0070】
前記表1と表2とから、本実施例で得られた推定のセメント組成は、実際のセメントの組成と近似する組成であることがわかる。
特に、CaOの熱損傷減量閾値が30%および35%以上変化した各成分の濃度は、表1に示すセメントの各成分の濃度と非常に近く、実際のセメント組成に近い成分分析ができることを示している。
【符号の説明】
【0071】
1:セメント水和物、 2:骨材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種の構成材料を含む試料から、変質する温度が既知である特定の構成材料を識別する構成材料の識別方法であって、
前記試料の表面を複数の小区画に区分し、前記試料の各小区画に放射線を照射して、前記試料より発生する信号によって、前記特定の構成材料に含まれる特定の元素の各小区画における濃度を測定する第一測定工程と、
前記特定の構成材料が変質する温度で前記試料の表面を加熱する加熱工程と、
加熱後の前記試料の前記各小区画に放射線を照射して、前記試料より発生する信号によって、前記特定の元素の各小区画における濃度を測定する第二測定工程と、
前記各小区画における前記特定の元素について、前記第一測定工程で測定した濃度と、前記第二測定工程で測定した濃度とを比較して、前記濃度の変化率が所定の率である小区画を前記特定の構成材料であると判定する判定工程とを、
実施することを特徴とする構成材料の識別方法。
【請求項2】
前記試料の表面を研磨する研磨工程を、前記第一測定工程の前に実施する請求項1に記載の構成材料の識別方法。
【請求項3】
前記試料がセメント水和物と骨材とを含むセメント硬化体であり、前記特定の構成材料が前記セメント水和物である請求項1または2に記載の構成材料の識別方法。
【請求項4】
前記特定の元素がCaである請求項3に記載の構成材料の識別方法。
【請求項5】
前記第一測定工程と、前記加熱工程と、前記第二測定工程とを電子線マイクロアナライザーを用いて実施する請求項1乃至4のいずれか一項に記載の構成材料の識別方法。
【請求項6】
前記請求項1乃至5のいずれか1項に記載の構成材料の識別方法によって前記特定の構成材料であると判定された各小区画を選択し、前記選択された小区画における第一測定工程で測定された前記特定の元素の濃度を平均し、前記平均された元素濃度から前記特定の構成材料の成分濃度を推定する分析工程を実施することを特徴とする構成材料の成分分析方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−36914(P2013−36914A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174645(P2011−174645)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000183266)住友大阪セメント株式会社 (1,342)
【出願人】(594018267)株式会社中研コンサルタント (10)
【Fターム(参考)】