説明

構造物の赤外線調査方法及び赤外線調査用演算装置

【課題】
赤外線カメラの熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれているか否かを判定する材料を提供すること。
【解決手段】
構造物の熱画像に影響を及ぼす因子と、この因子の情報を用いて構造物の熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求める多変量解析の関係式と、を特定しておく。そして赤外線カメラで構造物を撮影して熱画像を取得し、その熱画像から周囲と温度が異なる異常部を抽出し、その異常部における因子の情報を判別したら、判別した因子の情報を数値化し、その数値を多変量解析の関係式に当てはめて、抽出した異常部に不具合が含まれている確率を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線カメラで撮影される熱画像を用いて構造物の不具合を調査する構造物の赤外線調査に関係するものであり、特に熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求めるものである。
【背景技術】
【0002】
橋梁、高架、ビルディングのようなコンクリート構造物(以下、単に「構造物」という)の内部には、経年劣化によって発生する損傷や建設当初から存在する初期欠陥といった不具合が存在する。不具合は、それ自体が空洞(クラックを含む)であったり、また空洞(クラックを含む)の起点となることもある。このように不具合が空洞部を伴うと、その表層では剥離が生じやすくなり、これが剥落に至ると危険である。このため空洞部を伴う不具合を見付けて剥離を予防することが求められる。
【0003】
空洞部を伴う不具合は構造物表面にひび割れとして顕在化することがある。そこで従来は構造物の外観を目視点検し構造物表面のひび割れを確認することで剥離を予防していた。しかし目視点検ではひび割れを伴う不具合しか見付けられない。言い換えるとひび割れを伴わない不具合を見付けられない。ひび割れの中には直ぐには剥離に至らない危険性の低いものもあるが、目視点検ではひび割れの危険性を判断できない。こうしたことから目視点検は剥離を予防する手段として不十分であると考えられる。
【0004】
近年は目視点検に代わり、赤外線カメラを用いた赤外線調査が提案されている。赤外線カメラは被写体から放出される赤外線帯域のエネルギーを検出し、検出したエネルギーを温度に変換して温度分布の画像データを生成する。この温度分布の2次元画像を熱画像又はサーモグラフィ画像と称する。赤外線調査の一例は、例えば下記特許文献1、2に開示されている。
【0005】
構造物は外気や太陽光の影響を受けて構造物外部から内部への吸熱と構造物内部から外部への放熱を繰り返す。吸熱と放熱の際に空洞部を伴う不具合は断熱層として機能するため、不具合で熱移動は遮断される。その結果、不具合が有る部分と不具合が無い部分との間で温度差が生じ、赤外線の放射率に差が生ずる。こうした状態のときに赤外線カメラで構造物の熱画像を撮影すると、不具合が有る部分と不具合が無い部分は相違する色で表示される。このとき不具合が有る部分は不具合が無い部分の中に局所的に表示される。このように周囲と異なる色の部分を異常部と称し、それ以外の部分を健全部と称する。熱画像を観察して異常部が存在するか否かを判定することで、構造物内部の不具合の有無を判定でき、さらには不具合の位置を判別できる。赤外線調査は外観の観察では解らない構造物内部の不具合の有無を判定でき損傷を予防できるという利点を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−140622号公報
【特許文献2】特開2006−329760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら赤外線調査では実際は健全部であるにも関わらず異常部と判定してしまうことがある。これは熱画像において異常部を生じさせる要因が構造物内部の不具合だけでないためである。例えば、構造物が補修されている場合、使用される補修材の熱伝導率の違いに応じて補修跡における赤外線放射率は変化する。また表面に遊離石灰等の付着物が有る構造物と無い構造物とでは赤外線放射率が相違する。つまり補修や付着物は熱画像に異常部を生じさせる要因となる。他にも熱画像に異常部を生じさせる要因はある。
【0008】
熱画像では異常部の発生要因が不具合なのか補修や付着物等なのかを判別できない。このため熱画像から異常部を抽出しても、実際はその異常部に不具合は無く、そこで剥離の危険性は無く、補修の必要は無いことがある。このように熱画像を用いた不具合の有無の判定には誤判定が含まれる。
【0009】
通常は異常部を抽出すると補修の必要性を判断するための作業、例えば打音検査、を行う。しかし異常部が誤判定によって得たものであると、この作業自体が無駄である。特に異常部が多数に及ぶ場合に誤判定が多いと、無駄な作業は膨大となる。こうした無駄な作業を低減するために、不具合の有無の判定の妥当性を判断できるようにすることが望まれている。
【0010】
本発明はこうした実状に鑑みてなされたものであり、赤外線カメラの熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれているか否かを判定する材料を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1の発明は、
赤外線カメラで撮影した構造物の熱画像から異常部を抽出することによって構造物の不具合を見付ける構造物の赤外線調査方法において、
熱画像に影響を及ぼす因子と、当該因子の情報を用いて熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求める多変量解析の関係式と、を特定し、
赤外線カメラで構造物を撮影して熱画像を取得し、
取得した熱画像を用いて周囲と温度が異なる異常部を抽出し、
抽出した異常部における前記因子の情報を判別し、
判別した前記因子の情報を数値化し、その数値を前記多変量解析の関係式に当てはめて、抽出した異常部に不具合が含まれている確率を求めること
を特徴とする。
【0012】
第1の発明では、前記多変量解析の関係式としてロジスティック回帰式を用いることが可能である。
【0013】
第1の発明では、前記因子として、構造物表面のひび割れの有無と、構造物の表面状態と、構造物の供用年数と、を用いることが可能である。
【0014】
第1の発明では、求めた前記確率を用いて不具合対応の判断をすることが可能である。具体的には、複数の異常部における前記確率をそれぞれ求め、前記確率が高い異常部から順に前記不具合対応をすると判断することが可能である。また、前記確率が閾値以上である異常部に対して前記不具合対応をすると判断することが可能である。
【0015】
また第2の発明は、
赤外線カメラで撮影した構造物の熱画像から異常部を抽出することによって構造物の不具合を見付ける構造物の赤外線調査で使用される赤外線調査用演算装置であって、
熱画像に影響を及ぼす因子と、当該因子の情報を用いて熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求める多変量解析の関係式と、を記憶する記憶部と、
前記因子の情報を入力する入力部と、
前記入力部から前記因子の情報を取得し、前記記憶部から前記多変量解析の関係式を取得して、熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求める演算部と、
前記演算部で求めた確率を報知する報知部と
を備えたことを特徴とする。
【0016】
第2の発明では、前記多変量解析の関係式としてロジスティック回帰式を用いることが可能である。
【0017】
第2の発明では、前記因子として、構造物表面のひび割れの有無と、構造物の表面状態と、構造物の供用年数と、を用いることが可能である。
【0018】
第2の発明では、求めた前記確率を用いて不具合対応を要する異常部を特定することが可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、赤外線カメラで撮影された熱画像から異常部を抽出し、その異常部に不具合が含まれている確率を求める。この確率の高低によって抽出した異常部に不具合が含まれるか否かを判定できる。したがって抽出した異常部を実際に検査したら不具合が無かった、というようなケースを大幅に低減できる。
【0020】
また異常部に不具合が含まれるか否かを確率という数値で判定するため、その判定は客観的なものとなる。このようにユーザの技量に左右されない判定結果を得ることができる。
【0021】
また求めた確率の高低で不具合の補修の緊急性も判定できるので、剥離・剥落の危険度の高い不具合を優先的に補修することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は本発明に係る赤外線調査システムの構成を示す。
【図2】図2は決定木分析の結果を示す。
【図3】図3は補修不要の異常部と補修必要の異常部のそれぞれの不具合確率の平均値を示す。
【図4】図4は不具合確率毎の度数を示す。
【図5】図5は本発明に係る赤外線調査の処理手順を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。
【0024】
[1.赤外線調査システムの構成の概要]
図1は本発明に係る赤外線調査システムの構成を示す。赤外線調査システム1は、構造物3から放出される赤外線を検出して熱画像データを生成する赤外線カメラ10と、赤外線カメラ10で生成された熱画像データを用いて構造物3の熱画像を出力する熱画像出力装置20と、構造物3を撮影して外観画像データを生成するカメラ30と、カメラ30で生成された外観画像データを用いて構造物3の外観画像を出力する外観画像出力装置40と、外部から入力される因子の情報に基づき熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率(以下、「不具合確率」という)を求める演算装置50と、を備える。
【0025】
赤外線カメラ10は、構造物3から放出される赤外線帯域のエネルギーを赤外線検出素子で検出し、検出したエネルギーを温度に変換し、変換後の温度の分布を画像化するための熱画像データを生成する。赤外線検出素子としては、例えばInSb、QWIP、μ−ボロメータなどの中赤外線を検出する素子が用いられる。赤外線カメラ10は生成した熱画像データを熱画像信号S1にして熱画像出力装置20に直接送信するか、又は記憶媒体12に保存する。
【0026】
熱画像出力装置20は、赤外線カメラ10から出力された熱画像信号S1又は記憶媒体12によって熱画像データを取得して、熱画像データに基づく熱画像を表示部22に表示する。熱画像を表示部22に表示する代わりに印刷することも可能である。
【0027】
カメラ30は、構造物3の撮影に応じて構造物3の外観画像データを生成する。カメラ30は一般的なスチールカメラやビデオカメラに相当する。構造物3の外観を静止画・動画問わずに撮影できるカメラであればどのようなものでも利用可能である。カメラ30は生成した外観画像データを外観画像信号S2にして外観画像出力装置40に直接送信するか、又は記憶媒体32に保存する。
【0028】
外観画像出力装置40は、カメラ30から出力された外観画像信号S2又は記憶媒体32によって外観画像データを取得して、外観画像データに基づく外観画像を表示部42に表示する。外観画像を表示部42に表示する代わりに印刷することも可能である。
【0029】
外観画像出力装置40は図示しない画像解析部を有する。画像解析部は外観画像を解析して、不具合確率を求める際に使用する因子の情報を判別し、その判別結果を外部に出力する。後述するように、本実施例では不具合確率を求める際に使用する因子を、「ひび割れの有無」、「表面状態」、「供用年数」としており、画像解析部はこのうちの「ひび割れの有無」と「表面状態」を判別する。
【0030】
一方、外観画像出力装置40が画像解析部を有さなくとも良い。この場合はユーザが、外観画像を目視するか又は構造物を直接目視して、不具合確率を求める際に使用する因子の情報を判別する必要がある。なお熱画像出力装置20を外観画像出力装置40として兼用することも可能である。
【0031】
演算装置50は、不具合確率を求める装置であり、入力部52と記憶部54と演算部56と報知部58を備える。演算装置50としてはパーソナルコンピュータを使用可能である。
【0032】
入力部52は、ユーザの入力操作及び/又は外観画像出力装置40から出力された判別結果に応じて、不具合確率を求める際に使用する因子の情報を演算部56に入力する。
【0033】
記憶部54は不具合確率を求める際に使用するソフトウェア及び各種数値を記憶する。後述の[3.不具合確率の演算例]で説明するように、本実施例ではロジスティック回帰式を用いて不具合確率を求めるようにしている。このため記憶部54はロジスティック回帰式を用いた演算を実行するためのソフトウェア及びロジスティック回帰式で使用される各種数値を記憶する。
【0034】
演算部56は入力部52から入力された因子の情報と記憶部54に記憶されるソフトウェア及び各種数値を用いて不具合確率を求める。本実施例では、演算部56は入力部52から入力された「ひび割れの有無」、「表面状態」、「供用年数」の情報と記憶部54に記憶される各種数値をロジスティック回帰式の変数に置き換えて、不具合確率を求める。演算については後述の[3.不具合確率の演算例]で説明する。
【0035】
報知部58は演算部56で求められた不具合確率を報知する。報知の形態としては、ディスプレイ表示、印刷、音声出力などがある。
【0036】
[2.因子の特定]
本発明者らは不具合確率を求める際に使用する因子を次のようにして特定した。
【0037】
本発明者らは広範囲におよぶ赤外線調査を実施した。赤外線調査では、赤外線カメラで構造物を撮影して熱画像を取得し、取得した熱画像から複数の異常部を抽出し、抽出した各異常部を観察し、また打音検査して、不具合とその他の要因との関係を整理した。そして、本実施例で用いる因子を特定すべく、整理した結果を用いて決定木分析を行った。図2は決定木分析の結果を示す。この結果からは、熱画像に影響を及ぼし不具合確率に支配的な因子は、構造物表面の「ひび割れの有無」、構造物の「表面状態」、構造物の「供用年数」であると推測される。
【0038】
ここで図2で示す決定木分析の結果の内訳を説明する。
熱画像から抽出した異常部の総数は663箇所であった(ノード0)。打音検査の結果、補修不要と判定された異常部は490箇所であり、補修必要と判定された異常部は173箇所であった。ノード0をルートノードとし、下位のノードに順次分類し、さらに各ノードを補修必要性の有無で分類していく。
【0039】
ノード0の異常部をひび割れの有無で分類すると、ひび割れ無しと判定された異常部は617箇所(ノード1)であり、ひび割れ有りと判定された異常部は46箇所(ノード2)であった。ノード1の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は483箇所であり、補修必要と判定された異常部は134箇所であった。またノード2の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は7箇所であり、補修必要と判定された異常部は39箇所であった。
【0040】
ノード1の異常部を表面状態で分類すると、健全、色ムラ(水影響なし)、不陸面(段差含)、補修跡のいずれと判定された異常部は435箇所(ノード3)であり、異物付着(スペーサ、木片)、錆(遊離石灰含)、遊離石灰、打継目、鉄筋露出、変色(水影響あり)のいずれと判定された異常部は182箇所(ノード4)であった。ノード3の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は381箇所であり、補修必要と判定された異常部は54箇所であった。またノード4の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は102箇所であり、補修必要と判定された異常部は80箇所であった。
【0041】
ノード3の異常部を供用年数で分類すると、満12年以内と判定された異常部は131箇所(ノード5)であり、満12年越〜満19年以内と判定された異常部は252箇所(ノード6)であり、満19年越と判定された異常部は52箇所(ノード7)であった。ノード5の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は127箇所であり、補修必要と判定された異常部は4箇所であった。またノード6の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は222箇所であり、補修必要と判定された異常部は30箇所であった。またノード7の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は32箇所であり、補修必要と判定された異常部は20箇所であった。
【0042】
ノード4の異常部を供用年数で分類すると、満12年以内と判定された異常部は48箇所(ノード8)であり、満12年越と判定された異常部は131箇所(ノード9)であった。ノード8の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は48箇所であり、補修必要と判定された異常部は3箇所であった。またノード9の異常部のうち、補修不要と判定された異常部は54箇所であり、補修必要と判定された異常部は77箇所であった。
【0043】
前述したように、本発明者らは決定木分析によって「ひび割れの有無」、「表面状態」、「供用年数」という3つの因子が支配的であると推測したが、決定木分析の条件を変えれば、他の因子が推測されることも考えられる。推測される他の因子としては、例えば、「構造物の形式(橋梁の場合は橋梁形式)」、「構造物の部位(橋梁の場合は橋梁部位)」、「異常部の形状」、「異常部の大きさ」、「撮影時期」などがある。
【0044】
[3.不具合確率の演算例]
本発明は多変量解析によって不具合確率を求めるものである。本発明者らは多変量解析としてロジスティック回帰分析を用いることとした。そして前述の決定木分析で特定した「ひび割れの有無」、「表面状態」、「供用年数」という3つの因子についてロジスティック回帰分析を行い、下記(1)式で示されるロジスティック回帰式を作成し、又、下記表1、表2で示される数値を求めた。
【0045】
【数1】

【0046】
Prob(event):不具合確率
α:定数(1.911777049)
β1X1:「ひび割れの有無」の情報に応じて決定される項
β2X2:「表面状態」の情報に応じて決定される項
β3X3:「供用年数」の情報に応じて決定される項。
【0047】
前記(1)式のβ1X1、β2X2、β3X3は下記表1、表2の数値を用いて決定される。表1は各因子の各項目とダミー変数との関係を示し、表2は各項目の回帰係数を示す。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
表1で示すように、本実施例では「ひび割れの有無」、「表面状態」、「供用年数」という3つの因子の情報を複数の項目に分類して特定している。具体的には「ひび割れの有無」の情報を2項目[無、有]に分類している。また「表面状態」の情報を10項目[健全、色ムラ(水影響なし)、不陸面(段差含)、変色(水影響あり)、異物付着(スペーサ、木片)、遊離石灰、錆(遊離石灰含)、打継目、鉄筋露出、補修跡]に分類している。また「供用区分」の情報を3項目[満12年以内、満12年越〜満19年以内、満19年越]に分類している。そして各情報をβXの形で数値化するために、各情報をダミー変数及び回帰回数と対応付けている。
【0051】
前記(1)式のβ1X1は次のようにして決定される。「ひび割れの有無」が「無」と判別される場合、表1で示すように「ひび割れの有無」のダミー変数(1)がコード「1」となり、その結果、ダミー変数(1)に対応する回帰係数(表2のひび有無(1)の回帰係数)が使用され、前記(1)式のβ1X1は「−2.657737762×1」となる。また「ひび割れの有無」が「有」と判別される場合、表1で示すように「ひび割れの有無」のダミー変数(1)がコード「0」となり、前記(1)式のβ1X1は「0」となる。
【0052】
前記(1)式のβ2X2は次のようにして決定される。「表面状態」が「健全」と判別される場合、表1で示すように「表面状態」のダミー変数(1)がコード「1」、ダミー変数(2)〜(9)がコード「0」となり、その結果、ダミー変数(1)(に対応する回帰係数表2の表面状態(1)の回帰係数)が使用され、前記(1)式のβ2X2は「0.16584942×1」となる。また「表面状態」が「色ムラ(水影響なし)」と判別される場合、表1で示すように「表面状態」のダミー変数(2)がコード「1」、ダミー変数(1)、(3)〜(9)がコード「0」となり、その結果、ダミー変数(2)に対応する回帰係数(表2の表面状態(2)の回帰係数)が使用され、前記(1)式のβ2X2は「0.005544054×1」となる。「表面状態」の他の項目(「不陸面(段差含)」〜「鉄筋露出」)に関しても同じようにしてβ2X2が決定されるので、ここではその説明を省略する。また「表面状態」が「補修跡」と判別される場合、表1で示すように「表面状態」のダミー変数(1)〜(9)が全てコード「0」となり、前記(1)式のβ2X2は「0」となる。
【0053】
前記(1)式のβ3X3は次のようにして決定される。「供用区分」が「〜12年」と判別される場合、表1で示すように「供用区分」のダミー変数(1)がコード「1」、ダミー変数(2)がコード「0」となり、その結果、ダミー変数(1)に対応する回帰係数(表2の供用区分(1)の回帰係数)が使用され、前記(1)式のβ3X3は「−3.35658201×1」となる。また「供用区分」が「13年〜19年」と判別される場合、表1で示すように「供用区分」のダミー変数(2)がコード「1」、ダミー変数(1)がコード「0」となり、その結果、ダミー変数(2)に対応する回帰係数(表2の供用区分(2)の回帰係数)が使用され、前記(1)式のβ3X3は「−1.016386375×1」となる。また「供用区分」が「20年以上」と判別される場合、表1で示すように「供用区分」のダミー変数(1)、(2)が共にコード「0」となり、前記(1)式のβ3X3は「0」となる。
【0054】
ここで各因子の具体的状況を想定して、前記(1)式を用いた演算の一例を示す。
【0055】
・(状況1)
ひび割れの有無…無、
表面状態…健全、
供用区分…〜12年、の場合
α=1.911777049
β1X1=−2.657737762
β2X2=0.16584942
β3X3=−3.35658201
α+β1X1+β2X2+β3X3=−3.936693304
Prob(event)=0.019139175
演算の結果、不具合確率は0.019139175となる。
【0056】
・(状況2)
ひび割れの有無…有、
表面状態…補修跡、
供用区分…20年以上、の場合
α=1.911777049
β1X1=0
β2X2=0
β3X3=0
α+β1X1+β2X2+β3X3=1.911777049
Prob(event)=0.871218658
演算の結果、不具合確率は0.871218658となる。
【0057】
以上のように、本実施例では、「ひび割れの有無」、「表面状態」、「供用年数」という3つの因子の情報を判別し、各因子の情報を数値化してロジスティック回帰式に当てはめることで不具合確率を求める。
【0058】
なお、不具合確率を求める多変量解析として、ロジスティック回帰分析を用いる他にニューラルネットワークや重回帰分析などを用いることも考えられる。
【0059】
[4.不具合確率の検証1]
前述の[3.不具合確率の演算例]で求める不具合確率についての検証結果を説明する。図3は補修不要の異常部と補修必要の異常部のそれぞれの不具合確率の平均値を示す。
【0060】
本発明者らは、前述の[2.因子の特定]で説明した663箇所の異常部、すなわち実際の赤外線調査で熱画像から抽出した663箇所の異常部を打音検査して補修必要性の有無で分類し、それぞれの異常部に関して不具合確率を求めた。そして補修不要と判断された490箇所の異常部の不具合確率の平均値と補修必要と判断された173箇所の異常部の不具合確率の平均値を求めた。その結果が図3である。
【0061】
図3で示すように、補修必要のグループの不具合確率の平均値(0.65)は補修不要のグループの不具合確率の平均値(0.12)よりも高くなっている。このことから、前述の[3.不具合確率の演算例]で求める不具合確率は、熱画像から抽出された異常部に不具合が含まれるか否かを表す指標として機能すると考えられる。
【0062】
[5.不具合確率の検証2]
図4は不具合確率毎の度数を示す。
本発明者らは、前述の[2.因子の特定]で説明した663箇所の異常部、すなわち実際の赤外線調査で熱画像から抽出した663箇所の異常部を打音検査して補修必要性の有無で分類し、それぞれの異常部に関して不具合確率を求め、不具合確率の度数を調べた。その結果を図4で示す。さらに異常部に不具合が含まれるか否かを判定するための閾値として0.3と0.65の2値を想定した。つまり不具合確率が0.3以上の異常部に不具合が含まれると判定するケースと不具合確率が0.65以上の異常部に不具合が含まれると判定するケースの2通りを想定した。
【0063】
図4(a)のグラフは補修が必要無い490箇所の異常部の不具合確率を示しているため、このグラフは全ての不具合確率が閾値未満になっている状態が理想的である。しかしながら図4(a)においては92箇所の異常部の不具合確率が0.3以上となっている。閾値を0.3と仮定した場合、これら92箇所の異常部に関しては、不具合を含まないにも関わらず不具合を含むという「誤判定」が発生する。同様に図4(a)においては10箇所の異常部の不具合確率が0.65以上となっている。これら10箇所の異常部に関しては、不具合を含まないにも関わらず不具合を含むという「誤判定」が発生する。
【0064】
図4(b)のグラフは補修が必要である173箇所の異常部の不具合確率を示しているため、このグラフは全ての不具合確率が閾値以上になっている状態が理想的である。図4(b)においては135箇所の異常部の不具合確率が0.3以上となっている。閾値を0.3と仮定した場合、これら135箇所の異常部は実際に不具合を含むため、不具合確率は「的中」と考えられる。同様に図4(b)においては52箇所の異常部の不具合確率が0.65以上となっている。閾値を0.65と仮定した場合、これら52箇所の異常部は実際に不具合を含むため、不具合確率は「的中」と考えられる。
【0065】
本発明者らは、図4(a)の「誤判定」の数と図4(b)の「的中」の数を用いてカバー率と的中率を求めた。その結果を下記表3で示す。表3は図4の特定の不具合確率(0.3、0.65)に関する的中、誤判定、カバー率、的中率を示す。
【0066】
【表3】

【0067】
カバー率とは、補修必要の異常部を不具合確率を用いた判定でカバーできた割合、すなわち補修必要の異常部の総数のうち不具合確率が「的中」した異常部の数の割合を示すものであり、(不具合確率が「的中」した異常部の数)/(補修必要の異常部の総数)で求められる。図4(b)の場合、不具合確率0.3のカバー率は135/173=0.7803・・・となり、78.0%と求められる。また不具合確率0.65のカバー率は52/173=0.3005・・・となり、30.1%と求められる。
【0068】
的中率とは、不具合確率が閾値以上である異常部の総数のうち不具合確率が「的中」した異常部の数の割合を示すものであり、(不具合確率が「的中」した異常部の数)/(不具合確率が「的中」した異常部の数+不具合確率が「誤判定」である異常部の数)で求められる。図4(a)、(b)の場合、不具合確率0.3の的中率は135/(135+92)=0.5947・・・となり、59.5%と求められる。また不具合確率0.65の的中率は52/(52+10)=0.8387・・・となり、83.9%と求められる。
【0069】
カバー率と的中率は共に高い方が望ましい。しかし表3の結果によると、カバー率が高ければ的中率は低くなり、逆に的中率が高ければカバー率は低くなる、といった傾向が見られる。したがって求めた不具合確率に応じて異常部をどのように処置するか判断する場合は、不具合確率の閾値をどのような値に設定するかその時の状況に応じて適宜設定するのが良い。例えばカバー率を優先する場合は不具合確率を低めに設定し、的中率を優先する場合は不具合確率を高めに設定すれば良い。
【0070】
[6.処理手順]
図5は本発明に係る赤外線調査の処理手順を示す。ここでは図1で示す赤外線調査システムを用いた処理手順を説明する。
【0071】
現場で構造物の撮影を行う前に、熱画像に影響を及ぼし不具合確率に支配的な因子と、この因子の情報を用いて不具合確率を求める多変量解析の関係式と、を予め特定しておく(ステップS51)。本実施例では、「ひび割れの有無」、「表面状態」、「供用年数」という3つの因子と、前記(1)式で示すロジスティック回帰式と、を特定しておく。そして表1、表2の情報及びロジスティック回帰式を用いた演算を行うソフトウェアを演算装置50の記憶部54に記憶させておく。
【0072】
次いで、実際に現場で構造物の撮影を行う。このとき赤外線カメラ10で構造物3を撮影して熱画像を取得する(ステップS52)。また赤外線カメラ10で撮影した部分を通常のカメラ30でも撮影してその外観画像を取得する。
【0073】
赤外線カメラ10及び通常のカメラ30による撮影が終了したら、取得した熱画像を熱画像出力部20の表示部22に表示し、表示した熱画像の中から周囲と温度が異なる異常部を抽出する(ステップS53)。
【0074】
いずれの熱画像でも異常部を抽出しない場合は、構造物に不具合は無いと判断する。一方、いずれかの熱画像で異常部を抽出した場合は、通常のカメラ30で取得した外観画像を外観画像出力部40の表示部42に表示し、表示した外観画像のうち熱画像の異常部に対応する部分の因子の情報を判別する(ステップS54)。具体的には、外観画像から、異常部に対応する部分の「ひび割れの有無」の情報を前記表1で示す2項目の中から判別し、異常部に対応する部分の「表面状態」の情報を前記表1で示す10項目の中から判別する。またその構造物の「供用年数」の情報を前記表1で示す3項目の中から判別する。
【0075】
各因子の情報を判別したら、判別した各因子の情報を演算装置50の入力部52を用いて演算部56に入力する。すると演算部56は、入力された因子の情報を数値化し、その数値とロジスティック回帰式を用いて抽出した異常部での不具合確率を求める(ステップS55)。すなわち演算部56は、前述の[3.不具合確率の演算例]で説明したように、「ひび割れの有無」の情報に対応するβ1X1と、「表面状態」の情報に対応するβ2X2と、「供用年数」の状態に対応するβ3X3を、記憶部54で記憶された前記表1、表2を用いてそれぞれ求め、β1X1、β2X2、β3X3を前記(1)式で示されるロジスティック回帰式に当てはめて演算を行う。演算が終了すると、報知部58は例えばディスプレイ表示や印刷のような形態で演算結果を外部に出力する。
【0076】
このようにして本実施例では、赤外線カメラを用いて取得した熱画像から異常部を抽出し、その異常部での不具合確率Prob(event)を求めている。
【0077】
さらに、一連の処理で得た結果を教師データとして改めてロジスティック回帰分析を行うことで、ロジスティック回帰式の精度を向上させることが可能である。
【0078】
なお、図5で示す処理を次のように変形することも可能である。
【0079】
図5で示す処理では赤外線カメラ10を用いた構造物の撮影と通常のカメラ30を用いた構造物の撮影とを同時に行うようにしている(ステップS52)。しかし通常のカメラ30を用いた構造物の撮影を、熱画像から異常部を抽出した後、すなわちステップS53の後に、抽出した異常部についてのみ行うようにしても良い。
【0080】
また図5で示す処理では通常のカメラ30で取得した外観画像を用いて因子の情報を判別している(ステップS54)。しかし外観画像を用いるのではなく、構造物を直接目視して、抽出した異常部における因子の情報を判別するようにしても良い。
【0081】
また図5で示す処理では因子と多変量解析の関係式の特定を赤外線カメラによる構造物の撮影前に行うようにしている(ステップS51)。しかし因子と多変量解析の関係式の特定は、実際に因子や多変量解析の関係式を使用する前すなわちステップS54の前であれば何時行うようにしても良い。
【0082】
[7.不具合確率の利用例]
年数を経た構造物や広範囲にわたる構造物は複数の不具合を有することが多い。こうした構造物に対して赤外線調査を行うと、取得した熱画像からは複数の異常部が抽出される。このように複数の異常部が抽出される場合は、例えば、個々の異常部の不具合確率を求め、求めた不具合確率が高い異常部から順に打音検査や補修などを実施すれば良い。この際、図1に示す演算装置50又は演算装置50に付随する装置で不具合確率の高い異常部を特定し、不具合確率の高い異常部から順に位置情報や調査日時等を表示するようにしても良い。
【0083】
また不具合確率の閾値を定めておき、求めた不具合確率が閾値以上又は閾値を超えている異常部に対して打音検査や補修などを実施するようにしても良い。この際、図1に示す演算装置50又は演算装置50に付随する装置で、不具合確率が閾値以上又は閾値を超えている異常部を特定し、異常部の位置情報や調査日時等を表示するようにしても良い。
【0084】
また前記二つの形態を組み合わせても良い。すなわち不具合確率の閾値を定めておき、複数の異常部が抽出される場合には、求めた不具合確率が閾値以上又は閾値を超えている異常部のうち不具合確率が高い異常部から順に打音検査や補修などを実施するようにしても良い。
【符号の説明】
【0085】
1 …赤外線調査システム
10…赤外線カメラ
20…熱画像出力装置
30…カメラ
40…外観画像出力装置
50…演算装置
52…入力部
54…記憶部
56…演算部
58…出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線カメラで撮影した構造物の熱画像から異常部を抽出することによって構造物の不具合を見付ける構造物の赤外線調査方法において、
熱画像に影響を及ぼす因子と、当該因子の情報を用いて熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求める多変量解析の関係式と、を特定し、
赤外線カメラで構造物を撮影して熱画像を取得し、
取得した熱画像を用いて周囲と温度が異なる異常部を抽出し、
抽出した異常部における前記因子の情報を判別し、
判別した前記因子の情報を数値化し、その数値を前記多変量解析の関係式に当てはめて、抽出した異常部に不具合が含まれている確率を求めること
を特徴とする構造物の赤外線調査方法。
【請求項2】
前記多変量解析の関係式としてロジスティック回帰式を用いる請求項1に記載の構造物の赤外線調査方法。
【請求項3】
前記因子として、構造物表面のひび割れの有無と、構造物の表面状態と、構造物の供用年数と、を用いる請求項1又は2に記載の構造物の赤外線調査方法。
【請求項4】
求めた前記確率を用いて不具合対応の判断をする請求項1〜3のいずれかに記載の構造物の赤外線調査方法。
【請求項5】
複数の異常部における前記確率をそれぞれ求め、前記確率が高い異常部から順に前記不具合対応をすると判断する請求項4に記載の構造物の赤外線調査方法。
【請求項6】
前記確率が閾値以上である異常部に対して前記不具合対応をすると判断する請求項4又は5に記載の構造物の赤外線調査方法。
【請求項7】
赤外線カメラで撮影した構造物の熱画像から異常部を抽出することによって構造物の不具合を見付ける構造物の赤外線調査で使用する赤外線調査用演算装置であって、
熱画像に影響を及ぼす因子と、当該因子の情報を用いて熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求める多変量解析の関係式と、を記憶する記憶部と、
前記因子の情報を入力する入力部と、
前記入力部から前記因子の情報を取得し、前記記憶部から前記多変量解析の関係式を取得して、熱画像から抽出される異常部に不具合が含まれている確率を求める演算部と、
前記演算部で求めた確率を報知する報知部と
を備えたことを特徴とする赤外線調査用演算装置。
【請求項8】
前記多変量解析の関係式としてロジスティック回帰式を用いる請求項7に記載の構造物の赤外線調査方法。
【請求項9】
前記因子として、構造物表面のひび割れの有無と、構造物の表面状態と、構造物の供用年数と、を用いる請求項7又は8に記載の赤外線調査用演算装置。
【請求項10】
求めた前記確率を用いて不具合対応を要する異常部を特定する請求項7〜9のいずれかに記載の構造物の赤外線調査用演算装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2013−96741(P2013−96741A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237250(P2011−237250)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(501497264)西日本高速道路エンジニアリング四国株式会社 (17)
【Fターム(参考)】