説明

構造部材の健全性判定方法、装置並びにプログラム

【課題】センサーを全体に亘って設置しなくても構造部材全体の健全性を判定することを可能にすると共に、新設の構造物に対しても既設の構造物に対しても適用することを可能にする。
【解決手段】構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみの差と前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度の差との比が経時的に変化しているか否かによって構造部材の健全性の判定を行うようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造部材の健全性判定方法、装置並びにプログラムに関する。さらに詳述すると、本発明は、構造物の例えばコンクリート床板の健全性の判定に用いて好適な構造部材の健全性を判定するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートからなる構造部材の健全性を判定するための従来の技術としては、例えば構造部材の健全性モニタリングセンサーがある(特許文献1)。この健全性モニタリングセンサー101は、図7に示すように、構造部材102に埋設された導電性線材103と、導電性線材103に対してその延在方向の少なくとも二箇所に設けられた端子104,104と、これら端子104,104間の電気抵抗値を測定する抵抗計105とを備え、導電性線材103にその引張強度以下の緊張力を付与したものである。そして、抵抗計105によって端子104,104間の抵抗値を測定し、この観測された測定値を予め調べておいた荷重−部材の伸び−電気抵抗の残留値の関係と参照することによって構造部材102に作用した荷重あるいは部材の伸びを推定し、これに基づいて部材の損傷の程度又は健全性をモニタリングする。
【0003】
【特許文献1】特開2000−55748号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の健全性モニタリングセンサーでは、ひずみの発生を検出することができるのは構造部材のうちセンサーが埋設された箇所に限られ、それ以外の箇所で損傷が発生してもそれを検出することはできない。したがって、構造物の例えば床板等の構造部材に対してセンサーを部分的に埋設しただけでは構造部材全体についての健全性の判定として万全とは言えず、構造部材全体について健全性の判定を行うためには構造部材全体に亘ってセンサーを設置することが必要とされ、センサーの設置に手間がかかると共にコストアップにつながる。
【0005】
また、特許文献1の健全性モニタリングセンサーでは、例えばコンクリート構造部材にセンサーを埋設して健全性をモニタリングする場合には、新設の構造物に対して適用することはできても、既設の構造物に対して適用することはできないという問題がある。また、構造部材の表面にセンサーを貼付して健全性をモニタリングする場合には、センサーを構造部材の表面に直接貼付する必要があるので、構造部材を覆う化粧材や表面材等を取り除かなければ適用することができないという問題がある。したがって、汎用性が高いとは言えない。
【0006】
そこで、本発明は、センサーを全体に亘って設置しなくても構造部材全体の健全性を判定することができると共に、新設の構造物に対しても既設の構造物に対しても適用することができ、さらに、構造部材が化粧材や表面材等に覆われていても適用することができる構造部材の健全性判定方法、装置並びにプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、構造部材全体の健全性を判定する方法の検討を行う中で、構造部材の二箇所で測定された温度の差と軸方向ひずみの差との間の関係を用いて構造物全体の健全性を判定することができることを知見した。
【0008】
請求項1記載の構造部材の健全性判定方法は、上記の知見に基づくものであり、構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみの差と前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度の差との比が経時的に変化しているか否かによって構造部材の健全性の判定を行うようにしている。
【0009】
また、請求項2記載の構造部材の健全性判定装置は、構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみの差を算出する手段と、前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度の差を算出する手段と、軸方向ひずみの差と温度の差との比を算出する手段と、前記比が経時的に変化しているか否かによって構造部材の健全性の判定を行う手段とを有するようにしている。
【0010】
また、請求項3記載の構造部材の健全性判定プログラムは、構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみデータ及び前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度データが記録されたデータベースから軸方向ひずみデータ及び温度データを読み込む処理と、軸方向ひずみデータを用いて構造部材の二箇所の軸方向ひずみの差を算出する処理と、温度データを用いて構造部材の二箇所の温度の差を算出する処理と、軸方向ひずみの差と温度の差との比を算出する処理と、前記比が経時的に変化しているか否かによって構造部材の健全性の判定を行う処理とをコンピュータに行わせるようにしている。
【0011】
したがって、この構造部材の健全性判定方法、装置並びにプログラムによると、構造部材の二箇所の軸方向ひずみの差と温度の差との比を指標として用いて健全性の評価を行うようにしているので、センサーの設置箇所に限られることなく構造部材の広い範囲に亘って損傷の発生が検出される。すなわち、ひずみの数値そのものを用いて局所的な健全性を判定するのではなく、構造部材の二箇所の軸方向ひずみの差と温度の差との比で表される構造部材の剛性を健全性判定の指標とすることで構造部材全体について損傷の発生を検出して健全性を判定する。
【0012】
また、請求項4記載の発明は、請求項1記載の構造部材の健全性判定方法において、軸方向ひずみ及び温度が測定される二箇所のうちの一方は構造部材の直射日光が当たる側であり、他方は直射日光が当たらない側であるようにしている。この場合には、直射日光が当たる側と当たらない側とで測定された軸方向ひずみ及び温度を用いるようにしているので、測定される構造部材の二箇所の温度の差が大きくなると共に温度の差の変化に伴う軸方向ひずみの差が顕著になる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の構造部材の健全性判定方法、装置並びにプログラムによれば、軸方向ひずみの差と温度の差との比で表される構造部材の剛性を健全性判定の指標とするようにしているので、構造部材全体について損傷の発生を検出して健全性を判定することが可能であり、センサーを全体に亘って設置しなくても構造部材全体の健全性を判定することができる。また、軸方向ひずみ及び温度は構造部材の内部にセンサを埋設することなく測定することができるので、新設の構造物に対しても既設の構造物に対しても適用可能であり、さらに、構造部材が化粧材や表面材等に覆われていても適用可能であって通常通りに建物を使用している状態で建物の健全性を監視することができ、汎用性の向上を図ることができる。
【0014】
そして、通常は、構造部材の載荷試験を実施するためには反力をとるための鉄骨フレームなどを準備する必要があり、かなり大掛かりな試験となる。これに対して本発明は、構造部材の温度変化に伴う温度ひずみと部材温度とを測定して利用するものであるので、大掛かりな反力フレームや載荷装置は不要であり、測定機器やそのための仕掛けも大掛かりなものを必要とせず、しかも、建物や構造部材に傷を付けることがない。
【0015】
また、センサーを埋め込む方式では、センサーが損傷の発生を検出するためには構造部材の損傷箇所とセンサーを埋め込んだ位置とが一致する必要があり、センサの埋め込み位置を予想する必要がある。そして、予想が外れた場合にはセンサーが機能せず損傷の発生を検出することができない。これに対して本発明は、対象とする構造部材のどこに損傷が発生しても検出することができる。さらに、センサーを埋め込まなくても構造部材の内部の欠陥の有無も検出することができる。
【0016】
また、本発明は構造部材の温度変化に伴う温度ひずみを利用するものであり、この温度ひずみのような静的な現象は剛性の比較的高い部材の剛性変化に対して敏感に反応する。そして、建物においては、柱、壁及び梁部材の剛性は比較的低く、床部材の剛性は比較的高い。そのため、本発明は、柱、壁及び梁部材の損傷検出に比べて床部材の損傷検出においてより高い効果を発揮する。
【0017】
なお、構造物の健全性診断は、診断の目的に応じて、[STEP1]損傷の有無の診断、[STEP2]損傷の位置の診断、[STEP3]損傷の量の診断、[STPE4]損傷を受けた建物全体の健全性の診断の4つのステップの診断に分類される。本発明は[STEP1]に相当する初期の診断に対応するものである。現状においてこの初期の診断は専門家の目視による観察に基づく方法が一般的であり、とりわけ床部材は目視で確認できないことが多く、本発明はこれに代わる診断方法の一つの手段として特に有効である。
【0018】
さらに、本発明の構造部材の健全性判定方法によれば、測定される構造部材の二箇所の温度の差の変化に伴う軸方向ひずみの差が顕著になるので、構造部材の損傷発生の検出が容易となり、構造部材の健全性判定の精度の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の構成を図面に示す最良の形態に基づいて詳細に説明する。なお、本実施形態では、矩形のコンクリート床板に対して本発明を適用した場合について説明する。また、本実施形態では、矩形コンクリート床板の各辺が東西南北の各方角に対面しているとする。
【0020】
図1から図3に、本発明の構造部材の健全性判定方法、装置並びにプログラムの実施形態の一例を示す。この構造部材の健全性判定方法は、構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみの差と前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度の差との比が経時的に変化しているか否かによって構造部材の健全性の判定を行うようにしている。
【0021】
そして、上記構造部材の健全性判定方法は、図1に示すように、ひずみデータの読み込みを行うステップ(S1)と、S1の処理で読み込んだひずみデータを用いてひずみ差の算出を行うステップ(S2)と、温度データの読み込みを行うステップ(S3)と、S3の処理で読み込んだ温度データを用いて温度差の算出を行うステップ(S4)と、S2の処理で算出したひずみ差及びS4の処理で算出した温度差を用いて温度差−ひずみ差係数の算出を行うステップ(S5)と、S5の処理で算出した温度差−ひずみ差係数を用いて構造部材の健全性の判定を行うステップ(S6)とからなる処理構成により実現される。
【0022】
また、上記構造部材の健全性判定方法は、本発明の構造部材の健全性判定装置として実現され得る。本発明の構造部材の健全性判定装置は、構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみの差を算出する手段と、前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度の差を算出する手段と、軸方向ひずみの差と温度の差との比を算出する手段と、前記比が経時的に変化しているか否かによって構造部材の健全性の判定を行う手段とを有する。
【0023】
上述の構造部材の健全性判定方法並びに構造部材の健全性判定装置は、本発明の構造部材の健全性判定プログラムをコンピュータ上で実行することによっても実現される。本実施形態では、構造部材の健全性判定プログラムをコンピュータ上で実行する場合を例に挙げて説明する。
【0024】
構造部材の健全性判定プログラム17を実行するための本実施形態の構造部材の健全性判定装置10の全体構成を図2に示す。この構造部材の健全性判定装置10は、制御部11、記憶部12、入力部13、表示部14及びメモリ15を備え相互にバス等の信号回線により接続されている。また、構造部材の健全性判定装置10にはデータサーバ16が通信回線等により接続されており、その通信回線等を介して相互にデータや制御指令等の信号の送受信(出入力)が行われる。
【0025】
制御部11は記憶部12に記憶されている構造部材の健全性判定プログラム17により構造部材の健全性判定装置10全体の制御並びに構造部材の健全性判定に係る演算を行うものであり、例えばCPUである。記憶部12は少なくともデータやプログラムを記憶可能な装置であり、例えばハードディスクである。入力部13は少なくとも作業者の命令を制御部11に与えるためのインターフェイスであり、例えばキーボードである。表示部14は制御部11の制御により文字や図形等の表示を行うものであり、例えばディスプレイである。メモリ15は制御部11が各種制御や演算を実行する際の作業領域であるメモリ空間となる。また、データサーバ16は少なくともデータを記憶可能なサーバである。
【0026】
構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみデータ及び前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度データが記録されたデータベースにアクセス可能なコンピュータである構造部材の健全性判定装置10の制御部11には、構造部材の健全性判定プログラム17を実行することにより、データサーバ16から構造部材の健全性判定の演算に係るデータの読み込みを行うデータ読込部11aと、軸方向ひずみデータを用いて構造部材の二箇所の軸方向ひずみの差の算出を行うひずみ差算出部11bと、温度データを用いて構造部材の二箇所の温度の差の算出を行う温度差算出部11cと、軸方向ひずみの差と温度の差との比の算出を行う温度差−ひずみ差係数算出部11dと、前記比が経時的に変化しているか否かによって構造部材の健全性の判定を行う健全性判定部11eとが構成される。
【0027】
本発明の構造部材の健全性判定方法の実行にあたっては、まず、制御部11のデータ読込部11aは、S2の処理であるひずみ差の算出に用いるひずみデータの読み込みを行う(S1)。
【0028】
本発明では、健全性判定を行う構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみを用いる。そして、本発明は構造部材の温度変化に伴う温度ひずみを利用するものであるので、温度差がより大きくなる二箇所の軸方向ひずみを用いることが望ましい。ここで、構成部材は日照の程度の差によって温度差が大きくなるので、日当たりが良好な部分と日当たりが不良な部分、具体的には例えば構造部材の南構面と北構面とにおける軸方向ひずみを用いることが望ましい。本実施形態では、矩形コンクリート床板の日当たりが良好な南側縁部と日当たりが不良な北側縁部とにおける東西方向の即ち互いに平行な軸方向ひずみを用いる。なお、以下では、コンクリート床板の軸方向ひずみの測定を行う箇所のことを測定箇所と呼ぶ。そして、本実施形態の測定箇所のことを南側測定箇所及び北側測定箇所と呼ぶ。
【0029】
また、本発明は、構造部材の二箇所で測定された温度の差の変化とこれに伴う軸方向ひずみの差の変化とを利用するもの、すなわち、特定の時点において温度や軸方向ひずみに差があることに加えてその差の大きさが変化することを利用するものであるので、測定箇所として、温度の変化が大きい箇所と、温度が変化しない若しくは温度の変化が小さい箇所との二箇所を選ぶことが望ましい。具体的には、一日における日照具合の変化の差による温度の差の変化を利用することが考えられ、構造部材のうち昼間の日当たりの良い部分と終日日当たりの悪い部分とを測定箇所とすることが考えられる。そして、少なくとも昼間の複数時点で測定された時系列のひずみデータを用いる。本実施形態では、終日に亘り一時間毎に測定された変位に基づくひずみデータを用いる。
【0030】
ひずみデータの作成のための構造部材の変位の測定方法は、構造部材の軸方向ひずみを算定するための変位を測定できる方法であればどのような方法であっても構わない。本実施形態では、矩形コンクリート床板の南側縁部の東西両端と北側縁部の東西両端とに変位計を設置して測定された変位データを用いる。なお、構造部材全体に亘って健全性判定を行う場合には、構造部材のできる限り端部に係る軸方向ひずみを用いることが望ましい。
【0031】
軸方向ひずみεは、軸方向(本実施形態の場合には東西方向)の変位量xと、変位方向の構造部材の長さLとを用いて、ε=x/Lであらわされる。
【0032】
本実施形態では、コンクリート床板南側縁部における時刻tの軸方向ひずみをεStとし、コンクリート床板北側縁部における時刻tの軸方向ひずみをεNtとする。
【0033】
測定箇所別の測定時刻t毎のひずみデータεSt,εNtはひずみデータベース18としてデータサーバ16に予め保存される。そして、データ読込部11aは、ひずみデータベース18からひずみデータを読み込み、メモリ15に記憶させる。
【0034】
次に、制御部11のひずみ差算出部11bは、S1の処理で読み込んだひずみデータを用いてひずみ差を算出する(S2)。
【0035】
本発明で用いるひずみ差Δεは、構造部材の二つの測定箇所における軸方向ひずみの差であって、変位の測定時刻t毎に算出される。本実施形態では、具体的には、数式1を用いて算出される。なお、数式1は構造部材の健全性判定プログラム17上に予め規定される。
【0036】
(数1)Δε=εSt−εNt
ここに、Δε:測定時刻tのひずみ差、εSt:南側測定箇所の測定時刻tの軸方向ひずみ、εNt:北側測定箇所の測定時刻tの軸方向ひずみ。
【0037】
ひずみ差算出部11bは、S1の処理でメモリ15に記憶されたひずみデータを用いて測定時刻t毎のひずみ差Δεを算出し、算出した値をメモリ15に記憶させる。
【0038】
次に、制御部11のデータ読込部11aは、S4の処理である温度差の算出に用いる温度データの読み込みを行う(S3)。
【0039】
本発明では、構造部材の軸方向ひずみに対応させて測定された温度、具体的には、測定箇所若しくはその近傍において測定されたものであって、変位測定時刻に測定された温度を用いる。
【0040】
本実施形態では、コンクリート床板南側縁部における時刻tの温度をTStとし、コンクリート床板北側縁部における時刻tの温度をTNtとする。
【0041】
測定箇所別の測定時刻t毎の温度データTSt,TNtは温度データベース19としてデータサーバ16に予め保存される。そして、データ読込部11aは、温度データベース19から温度データを読み込み、メモリ15に記憶させる。
【0042】
次に、制御部11の温度差算出部11cは、S3の処理で読み込んだ温度データを用いて温度差を算出する(S4)。
【0043】
本発明で用いる温度差ΔTは、構造部材の二つの測定箇所における温度の差であって、変位の測定時刻t毎に算出される。本実施形態では、具体的には、数式2を用いて算出される。なお、数式2は構造部材の健全性判定プログラム17上に予め規定される。
【0044】
(数2)ΔT=TSt−TNt
ここに、ΔT:測定時刻tの温度差、TSt:南側測定箇所の測定時刻tの温度、TNt:北側測定箇所の測定時刻tの温度。
【0045】
温度差算出部11cは、S3の処理でメモリ15に記憶された温度データを用いて測定時刻t毎の温度差ΔTを算出し、算出した値をメモリ15に記憶させる。
【0046】
次に、制御部11の温度差−ひずみ差係数算出部11dは、S2の処理で算出したひずみ差及びS4の処理で算出した温度差を用いて温度差−ひずみ差係数を算出する(S5)。
【0047】
本発明では、S2の処理で算出したひずみ差とS4の処理で算出した温度差との間の関係を用いて構造部材の健全性を判定する。
【0048】
具体的には、図3に示すように、本実施形態における構造部材としてのコンクリート床板1の南構面と北構面との間の温度差の発生を考慮した静的な一次元ばねモデルを考える。なお、図3はコンクリート床板1の平面図であり、上側が北構面、下側が南構面である。また、図3に示すように、符号Cで示す一点鎖線がコンクリート床板1の中心線をあらわし、挙動の対称性を考慮してコンクリート床板1の半面即ち東側半面をモデル化の対象としている。
【0049】
図3に示すモデルにおいては、コンクリート床板1の南側半分及び北側半分の東西方向の軸方向剛性を別々に考慮した南側軸方向ばね2S及び北側軸方向ばね2Nの一端が固定され、他端が横方向自由度を有する節点3A,3Bに接続されている。
【0050】
節点3Aと3Bとはせん断ばね4で結合され、せん断ばね4を介して南構面と北構面とに作用する応力が相互に伝達される。
【0051】
コンクリート床板1は全体に亘って均質であって南構面と北構面とで材質自体の指標に差はないとし、南側軸方向ばね2S及び北側軸方向ばね2Nの剛性をKとする。また、せん断ばね4の剛性をKとする。
【0052】
温度Tが0℃のときのコンクリート床板1の半面の東西方向の長さ(以下、自然長と呼ぶ)をLとする。また、コンクリート床板1の熱膨張率即ち線膨張係数はαとする。
【0053】
また、南側の変形量をあらわす節点3Aの変位量をx、北側の変形量をあらわす節点3Bの変位量をxとする。なお、これらの変位量は自然長の位置を原点とする。
【0054】
コンクリート床板1の南構面と北構面とでは日照の程度の差によって温度が異なる。コンクリート床板1の南構面の温度がT、北構面の温度がTのとき、南側軸方向ばね2SはαLだけ伸びようとし、北側軸方向ばね2NはαLだけ伸びようとする。したがって、T≠Tのときには南側軸方向ばね2Sと北側軸方向ばね2Nとの伸び量が異なるので、節点3Aと節点3Bとの変位量のずれが生じ、せん断ばね4に作用力が発生する。このとき、節点3Aと節点3Bとの間の力の釣り合いを考慮すると数式3a及び3bが得られる。
【0055】
(数3a)K(αL−x)=K(x−x
(数3b)K(x−αL)=K(x−x
【0056】
数式3a及び3bを変位量xとxとについて解き、南構面の軸方向ひずみをε(=x/L)とし北構面の軸方向ひずみをε(=x/L)として変位量をひずみに換算して整理するとコンクリート床板1の南構面と北構面とにおける温度と軸方向ひずみとの間の関係式として数式4が得られる。
【0057】
【数4】

【0058】
数式4を用いて南構面軸方向ひずみεと北構面軸方向ひずみεとの差(以降では、ひずみ差と呼ぶ)ε−εを計算すると数式5が得られる。
【0059】
【数5】

ここに、ε:コンクリート床板の南構面軸方向ひずみ,ε:コンクリート床板の北構面軸方向ひずみ,K:コンクリート床板のせん断剛性,K:コンクリート床板の軸剛性,α:コンクリートの線膨張係数,T:コンクリート床板の南構面温度,T:コンクリート床板の北構面温度。なお、以降では、T−Tのことを温度差と呼ぶ。
【0060】
数式5より、ひずみ差と温度差との比ε−ε/T−Tは、コンクリート床板の東西方向のせん断剛性と軸剛性との比K/K及びコンクリートの線膨張係数αで表される。なお、以降では、ε−ε/T−Tのことを温度差−ひずみ差係数と呼び、K/Kのことを剛性比と呼ぶ。
【0061】
そして、コンクリート床板1に損傷が発生すると、コンクリートの線膨張係数αは変化しないが、剛性比K/Kは変化する。
【0062】
したがって、コンクリート床板1に損傷が発生した場合には温度差−ひずみ差係数ε−ε/T−Tの値が変化するので、温度差−ひずみ差係数ε−ε/T−Tを経時的にモニタリングすることによってコンクリート床板1の損傷発生の有無を判定することができる。
【0063】
なお、温度差−ひずみ差係数ε−ε/T−Tの値が増加した場合にはコンクリート床板1のせん断剛性Kが軸剛性Kよりも減少したことになり、コンクリート床板1のせん断剛性が低下するような損傷が発生したと判断できる。一方、温度差−ひずみ差係数ε−ε/T−Tの値が減少した場合にはコンクリート床板1の軸剛性Kがせん断剛性Kよりも減少したことになり、コンクリート床板1の軸剛性が低下するような損傷が発生したと判断できる。
【0064】
温度差−ひずみ差係数算出部11dは、S2の処理でメモリ15に記憶された測定時刻t毎のひずみ差Δε、及びS4の処理でメモリ15に記憶された測定時刻t毎の温度差ΔTを用いてΔε/ΔT即ち測定時刻t毎の温度差−ひずみ差係数εSt−εNt/TSt−TNtを算出する。そして、算出した測定時刻t毎の温度差−ひずみ差係数の値をメモリ15に記憶させる。
【0065】
次に、制御部11の健全性判定部11eは、S5の処理で算出した温度差−ひずみ差係数を用いて構造部材の健全性の判定を行う(S6)。
【0066】
構造部材の健全性の判定は、測定時刻t毎の温度差−ひずみ差係数εSt−εNt/TSt−TNtの値を時系列でみた場合の変化の有無によって行う。
【0067】
具体的には例えば、測定開始当初の温度差−ひずみ差係数の値を基準値とし、この基準値から一定の範囲を超えて変化した場合にコンクリート床板1に損傷が発生し健全性が害されたと判定する。一方、基準値から大きく変化しない場合にはコンクリート床板1の健全性が維持されていると判定する。
【0068】
損傷が発生したと判定するための温度差−ひずみ差係数の基準値からの変化の大きさは、実際に算出される温度差−ひずみ差係数の大きさや、例えば構造部材の重要性等を考慮して作業者が適宜設定すれば良い。また、基準値からの変化の絶対値を設定するようにしても良いし、基準値に対する変化の割合を設定するようにしても良い。具体的には例えば、温度差−ひずみ差係数の値が基準値から50%増加若しくは減少した場合に損傷が発生したと判定するようにしたり、基準値から100%増加若しくは減少した場合に損傷が発生したと判定するようにしたりすることが考えられる。
【0069】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、本実施形態では、変位計を用いて構造部材の変位を測定してひずみを算定するようにしているが、これに限られず、構造部材に対して直接設置する必要があるが、多数のひずみゲージを外周部に貼付したり光ファイバひずみセンサ等を用いたりして測定された構造部材の南構面と北構面との平均的なひずみの測定値を用いても良い。
【0070】
また、本実施形態では、矩形コンクリート床板の各辺が東西南北の各方角に対面していることを前提としているが、各方角に対してずれて構造物が立地している場合であっても構わない。そして、この場合、温度差が最も大きくなる二つの構面における温度差の差及び軸方向ひずみの差を用いるようにすることが望ましい。具体的には例えば、日照が多い構面と少ない構面とにおける温度の差及び軸方向ひずみの差を用いて本発明を適用することが望ましい。
【0071】
また、本実施形態では、ひずみ差を算出するために矩形コンクリート床板の南側縁部の東西方向の軸方向ひずみと北側縁部の東西方向の軸方向ひずみを用いるようにしているが、軸方向ひずみの軸方向は東西方向に限られるものではない。なお、軸方向ひずみの軸方向は構造部材のいずれかの辺に対して平行でなくても良い。
【0072】
また、本実施形態では、ひずみ差を算出するために矩形コンクリート床板の南側縁部の東西方向の軸方向ひずみと北側縁部の東西方向の軸方向ひずみ、すなわち、軸方向が互いに平行になっている軸方向ひずみを用いるようにしているが、軸方向ひずみの軸方向は厳密に平行であるものには限られない。すなわち、軸方向ひずみの軸方向は相互に平行に近いほど望ましく完全に平行であることが最も望ましい一方で、相互に平行でなくても本発明は適用することができる。したがって、構造部材が本実施例のように矩形でない場合にも、例えば日照が多い構面の縁部の軸方向ひずみと日照が少ない構面の縁部の軸方向ひずみとが互いに平行でなくても本発明は適用することができる。
【実施例1】
【0073】
本発明の構造部材の健全性判定方法、装置並びにプログラムを実際の鉄筋コンクリート構造物に適用した実施例を図4から図6を用いて説明する。
【0074】
本実施例では、図4に概略構造を示す免震構造を有する鉄筋コンクリート構造物(以下、対象構造物と呼ぶ)の免震床スラブの健全性の判定を行った。なお、対象構造物の各壁面は東西南北の各方角に対面しており、南に対面している壁面は昼間に直射日光が当たるが、北に対面している壁面は直射日光が当たらない。
【0075】
本実施例では、対象構造物の1階の下層の免震層の四隅に変位計5を設置し(図4(B)中の★の位置)、免震層の直上即ち1階床及び直下即ち基礎板の相対変形を測定した。また、1階床スラブの上面及び下面の東西南北の合計8点に温度計6を設置し(図4中の▼の位置)、温度を測定した。本実施例では、毎時丁度に相対変形を測定すると共に温度を測定した。
【0076】
測定データに基づいてひずみ差を算出し(S2)、さらに温度差を算出した(S4)。
【0077】
温度差を横軸、ひずみ差を縦軸として毎時の測定結果を温度差とひずみ差との間の日変動成分の関係としてプロットした結果を図5に示す。図5(A)は1階床スラブの上面即ち床上に設置した温度計によって測定した温度を用いて温度差を算出した場合の結果であり、図5(B)は1階床スラブの下面即ち床下に設置した温度計によって測定した温度を用いて温度差を算出した場合の結果である。
【0078】
なお、ひずみ差及び温度差には、日変動成分に加えて季節に依存した年間変動が含まれる。本実施例では、季節に依存した年間変動を排除して日変動成分のみを取り出すため、ひずみ差及び温度差の計算値にバンド幅1日のローカットフィルタを作用させてひずみ差及び温度差の日変動成分のみを抽出した。このため、図5の横軸の温度差及び縦軸のひずみ差は、一日の平均値の値がゼロであって原点となっている。
【0079】
図5(A)に示すように、床上に設置した温度計によって測定した温度を用いた場合には、ひずみの日変動よりも床上温度の日変動の方が早く変化するために毎時のプロット結果は左回りの軌跡となった。なお、図5(A)において、代表的な結果について△及び○を付与し、△は7時から13時までの結果、○は18時から翌6時までの結果である。
【0080】
一方、図5(B)に示すように、床下に設置した温度計によって測定した温度を用いた場合には、ひずみの日変動よりも床下温度の日変動の方が遅く変化するために毎時のプロット結果は右回りの軌跡となった。なお、図5(B)において、代表的な結果について△及び○を付与し、△は9時から16時までの結果、○は18時から翌7時までの結果である。
【0081】
これは、日照によって対象構造物南構面の床上温度がまず高くなり、その熱量が床板の厚さ方向に伝達するに伴ってひずみ差が大きくなり、床上の日照による熱量が最終的に床下まで伝達されて床下温度が高くなるというように、床上温度とひずみ差と床下温度との三者の変化にはタイムラグがあるためである。
【0082】
図5の結果から、温度差が小さい場合には、具体的には、床上温度を用いた場合は温度差が6℃未満のときに、床下温度を用いた場合は温度差が4℃未満のときにひずみ差の値も小さくなって両者の変化の傾向が安定しない一方で、温度差が大きくなるとひずみ差も大きくなって両者の変化の傾向が顕著になる。そして、この結果から、温度差とひずみ差とは連動して変化し、且つ、温度差が大きい場合には特に規則性をもって両者が変動していることが確認された。
【0083】
続いて、ひずみ差と温度差とを用いて温度差−ひずみ差係数を算出した(S5)。
【0084】
日別の毎時のデータを用いて温度差−ひずみ差係数を算出した結果を図6に示す。図6(A)は床上に設置した温度計によって測定した温度を用いて7時から13時の測定結果について係数を算出した結果である。図6(B)は床上に設置した温度計によって測定した温度を用いて18時から翌6時の測定結果について係数を算出した結果である。図6(C)は床下に設置した温度計によって測定した温度を用いて9時から16時の測定結果について係数を算出した結果である。図6(D)は床下に設置した温度計によって測定した温度を用いて18時から翌7時の測定結果について係数を算出した結果である。
【0085】
なお、床下温度を使用した図6(C)及び(D)の二つのグラフは床下温度の測定開始時期に合わせて2006年4月以降のデータである。また、温度差とひずみ差との変化の傾向が安定する範囲である床上温度差で6度以上、床下温度差で4度以上のデータのみを選択してプロットした。なお、2006年5月〜8月初旬までは天候不良のために床上温度差が6度以上のデータがほとんどなかったために図6(A)及び(B)はこの期間のデータが僅かしかなかった。
【0086】
図6(A)の結果から、温度差−ひずみ差係数の変化が概ね1より小さい範囲に入っており、温度差−ひずみ差係数が安定していることが確認された。これより、実施例の期間においては1階床スラブには損傷の発生はないと判定された(S6)。
【0087】
また、図6(A)と(B),(C),(D)との結果を比較することにより、床上で測定した日照の初期から午後1時程度までのデータが健全性の判定に適当なデータであることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の構造部材の健全性判定方法の実施形態の一例を説明するフローチャートである。
【図2】実施形態の構造部材の健全性判定方法をプログラムを用いて実施する場合の構造部材の健全性判定装置の機能ブロック図である。
【図3】本発明の構造部材の温度変化による変形モデルを説明する図である。
【図4】実施例の健全性判定を行った対象構造物の概略を示す図である。(A)は1階の平面図である。(B)は免震層の伏図である。(C)は軸組図である。
【図5】実施例の温度差とひずみ差との間の関係を示す図である。(A)は温度差を床上温度で算出した場合の図である。(B)は温度差を床下温度で算出した場合の図である。
【図6】実施例の温度差−ひずみ差係数の算出結果を示す図である。(A)は床上温度を用いた7時から13時の結果である。(B)は床上温度を用いた18時から翌6時の結果である。(C)は床下温度を用いた9時から16時の結果である。(D)は床下温度を用いた18時から翌7時の結果である。
【図7】従来の構造部材の健全性モニタリングセンサーを模式的に示す断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみの差と前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度の差との比が経時的に変化しているか否かによって前記構造部材の健全性の判定を行うことを特徴とする構造部材の健全性判定方法。
【請求項2】
構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみの差を算出する手段と、前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度の差を算出する手段と、前記軸方向ひずみの差と前記温度の差との比を算出する手段と、前記比が経時的に変化しているか否かによって前記構造部材の健全性の判定を行う手段とを有することを特徴とする構造部材の健全性判定装置。
【請求項3】
構造部材の温度差のある二箇所で測定された互いに平行な軸方向ひずみデータ及び前記二箇所と同一若しくは近傍の二箇所で測定された温度データが記録されたデータベースから前記軸方向ひずみデータ及び前記温度データを読み込む処理と、前記軸方向ひずみデータを用いて前記構造部材の二箇所の軸方向ひずみの差を算出する処理と、前記温度データを用いて前記構造部材の二箇所の温度の差を算出する処理と、前記軸方向ひずみの差と前記温度の差との比を算出する処理と、前記比が経時的に変化しているか否かによって前記構造部材の健全性の判定を行う処理とをコンピュータに行わせることを特徴とする構造部材の健全性判定プログラム。
【請求項4】
前記軸方向ひずみ及び前記温度が測定される二箇所のうちの一方は前記構造部材の直射日光が当たる側であり、他方は直射日光が当たらない側であることを特徴とする請求項1記載の構造部材の健全性判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−216212(P2008−216212A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−57754(P2007−57754)
【出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】