説明

標的物質の細胞内導入方法、細胞培養装置

【課題】標的物質を細胞内に高効率で導入する方法、及びその方法を実現する細胞培養装置を実現する。
【解決手段】本発明に係る細胞内導入装置は、少なくとも2つの開口部11、少なくとも一部の領域に細胞が固定化可能な壁面を備え、開口部11間を連通する内部流路12を具備する細胞培養容器1と、標的物質と磁性微粒子の複合体を含有する流体を細胞培養容器1内に循環させる循環手段2と、細胞が固定化された壁面の少なくとも一部に、複合体が集積するように磁界を発生させる磁力発生手段3とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子や薬剤等の標的物質を細胞内に導入する細胞内導入方法、及び前記方法を実現する細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、遺伝子を細胞内に人工的に導入する技術が精力的に研究され、現在、遺伝子治療をはじめとする様々な分野で、広く展開されている。遺伝子を細胞内に人工的に導入する方法としては、組み換えウイルス(ウイルスベクター)を利用する方法や、マイクロインジェクション、電気穿孔、パーティクルガンなどの方法がある。また、リン脂質等の陽性荷電物質と遺伝子を静電結合させた遺伝子−陽性荷電物質複合体を、細胞培養培地に添加することによってトランスフェクション(transfection)を行う方法が以前より知られている。
【0003】
近年においては、より改良された様々な技術が提案されている。例えば、非特許文献1においては、底部にマグネットを配置した円筒状の細胞培養ウェルに細胞を固定化させ、このウェル内に遺伝子−磁性微粒子複合体を導入することによってトランスフェクションを行う方法が提案されている。
【0004】
特許文献1においては、遺伝子導入ベクターと金磁性粒子との複合体を、磁場を用いて標的細胞の表面に誘導する方法が提案されている。特許文献2においては、細胞への導入効率を高める方法として、電界印加により細胞表面に穿孔を開け、この穿孔を介して、磁界印加によって磁性を有する微粒子を細胞内に導入する方法が提案されている。磁気粒子を用いたトランスフェクション試薬としては、PolyMag(オズ バイオサイエンス社製)などが市販されている(非特許文献2)。
【0005】
本発明者らは、先般、細胞内への標的物質の導入に利用可能な複合体として、自己会合型磁性脂質ナノ粒子を提案した(特許文献3)。自己会合型とすることにより製造工程の簡略化を図り、粒子組成の変更による磁性脂質ナノ粒子の高性能化等を容易化することに成功した。なお、特許文献4及び非特許文献3については、後述する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−182921号公報
【特許文献2】特開2006−6223号公報
【特許文献3】特許第4183047号
【特許文献4】国際公開第2004/083412号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Scherer, F. et al. Magnetofection: enhancing and targeting gene delivery by magnetic force in vitro and in vivo. Gene Ther, 2002, 9, 102-109.
【非特許文献2】"磁気粒子を用いた効率の高いトランスフェクション試薬"、[online],2008年4月21日、フナコシ株式会社、[平成21年6月1日検索]、インターネット(http://www.funakoshi.co.jp/shiyaku/entry/539.php#top)
【非特許文献3】Namiki et al. Gene transduction for disseminated intraperitoneal tumor using cationic liposomes containing non-histone chromatin proteins. Gene therapy,1998, 5, 240-246
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記遺伝子−陽性荷電物質複合体を、細胞培養培地に導入する方法や特許文献1の方法においては、トランスフェクションに少なくとも数時間を要し、トランスフェクション効率が十分ではなかった。非特許文献1、2や特許文献2の方法によれば、前者の方法に比して、トランスフェクションに要する時間の短縮化を図ることができる。しかしながら、ハイスループット化の実現、工業的利用への新たな応用展開を実現するには、よりトランスフェクションの高効率化を図る技術が求められている。
【0009】
なお、上記においては、遺伝子を細胞に導入する際の課題について述べたが、遺伝子に限定されず、核酸全般、タンパク質、薬剤等の標的物質を細胞に導入する場合においても同様の課題が生じ得る。
【0010】
本発明は、上記背景に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、標的物質を細胞内に高効率で導入する方法、及び前記方法を実現する細胞培養装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る細胞培養装置は、少なくとも2つの開口部、前記開口部間を連通し、かつ細胞が固定化可能な壁面を少なくとも一部の領域に備える内部流路を具備する細胞培養容器と、標的物質と磁性微粒子の複合体を含有する流体を、前記細胞培養容器内に循環させる循環手段と、前記細胞が固定化された前記壁面の少なくとも一部に、前記複合体を集積するように磁界を発生させる磁力発生手段とを備えるものである。
【0012】
本発明に係る細胞培養装置によれば、循環手段と磁力発生手段を備えることにより、標的物質−磁性微粒子複合体の流動性を高め、効率的に磁力の影響を受ける領域に標的物質−磁性微粒子複合体を集積させることができる。言い換えると、磁力の影響を受ける領域に短時間で高濃度に標的物質−磁性微粒子複合体を集めることができる。その結果、固定化された細胞と標的物質−磁性微粒子複合体の接触確率を高め、細胞内への標的物質の導入効率を高めることができる。
【0013】
本発明に係る標的物質の細胞内導入方法は、内部流路内の壁面に細胞を固定化し、標的物質と磁性微粒子の複合体を前記細胞内に効率的に取り込ませるように、前記複合体を含有する流体を、前記内部流路内に循環させ、かつ、前記細胞が固定化された前記壁面の少なくとも一部に、磁力により前記複合体を集積させるものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、標的物質を細胞内に高効率で導入する方法、及び前記方法を実現する細胞培養装置を提供することができるという優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(a)実施形態に係る細胞培養装置の上面図。(b)図1(a)のIB−IB線における模式的な分解断面図。
【図2】実施形態に係る磁力発生手段の模式的分解斜視図。
【図3】実施形態に係る磁力発生手段の模式的斜視図。
【図4】実施形態に係る標的物質の細胞内導入方法を説明するためのフローチャート図。
【図5】実施形態に係る標的物質の細胞内導入方法を説明するための模式的断面図。
【図6】実施例及び比較例に係る遺伝子導入効率の結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を適用した実施形態の一例について説明する。なお、本発明の趣旨に合致する限り、他の実施形態も本発明の範疇に含まれることは言うまでもない。また、以降の図における各部材のサイズや比率は、説明の便宜上のものであり、実際のものとは必ずしも一致しない。また、以降の実施形態及び実施例において、同一の要素部材には同一符号を付し、適宜その説明を省略する。
【0017】
図1(a)に、本発明に係る細胞培養装置の一例を示す模式的上面図を、図1(b)に、図1(a)のIB−IB切断線における模式的な分解断面図を示す。細胞培養装置100は、図1(a)(b)に示すように、細胞培養容器1、循環手段2、磁力発生手段3を具備する。本発明に係る細胞培養装置100は、遺伝子や薬剤等の標的物質を細胞内に導入する機能を有する。
【0018】
細胞培養容器1は、図1(b)に示すように、2つの開口部11と、内部流路12を備える。2つの開口部11は、流体を導入、若しくは流出するポートとして機能する。内部流路12は、2つの開口部11間を連通するように構成されている。内部流路12の構造は、後述する循環手段2により流体が移動可能であればよく、その構造は特に限定されない。内部流路12の壁面のうち、少なくとも後述する磁気照射領域に細胞が固定可能な培地領域を有する。内部流路12の壁面全面を、細胞の固定化可能な領域としてもよい。
【0019】
細胞培養容器1の筐体の材料は、用途やニーズに応じて適宜選定することができる。透明な樹脂材料等により構成すれば、目視、若しくは顕微鏡による内部観察が可能となる。また、金属製材料等により構成することにより、機械的強度を高めることが可能となる。細胞を固定化する内部流路12内には、通常、細胞が培養可能なように表面処理を予め実施しておく。当該表面処理は、公知の方法を制限なく利用することができる。細胞付着性コーティングが施された市販品を適用してもよい。
【0020】
なお、図1の細胞培養容器1は一例であって、種々の変形が可能である。例えば、2つの開口部11に代えて、3つ以上の開口部を有する構成としてもよい。また、開口部11の位置は、細胞培養容器1の上面に限定されるものではなく、底面や側面に設けてもよい。
【0021】
また、内部流路12のサイズや流路幅等は、用途やニーズに応じて設計すればよく、工業的スケールとすることも、実験的スケールとすることも可能である。図1の例においては、一直線上の内部流路の例を示しているが、分岐構造を有する内部流路や、螺旋構造を有する内部流路であってもよい。内部流路は、二次元的に平面内に配設する他、三次元的に高さ方向にも配設するようにしてもよい。また、細胞培養装置100に複数の独立した内部流路と、それぞれに連通する開口部を並列に配設するようにしてもよい。さらには、細胞培養装置100を複数積層させた構造としてもよい。また、内部流路内に弁などを適宜設けて、目的に応じて、内部流路内における流体の流れの方向を制御できるようにしてもよい。
【0022】
循環手段2は、流体を内部流路12内で循環させる役割を担う。図1の例においては、2つの開口部11に嵌合可能なシリンダー20を有する。シリンダー20は、貫通穴25が形成された円筒部21と、円筒部21内を図1(b)中の上下方向に自在に移動可能なピストン部22を備える。円筒部21の先端部分は、細胞培養容器1の開口部11に嵌合可能な構成となっている。循環手段2を用いることにより、細胞培養容器1よりも多い容積の流体を循環させることが可能となる。
【0023】
なお、細胞培養容器1の開口部11とシリンダー20の円筒部21とが一体的に成形されていてもよい。また、循環手段2としてのシリンダー20は、一例であって、流体が細胞培養容器1の内部流路12内で循環させることができるものであれば限定されずに適用することができる。例えば、シリンダー20に代えて、電動あるいは手動ポンプを開口部11間に接続してもよい。また、開口部11間をチューブで接続し、循環させる構造としてもよい。
【0024】
磁力発生手段3は、細胞培養容器1の内部流路12の所定箇所に磁気を照射する機能を有する。図2に、実施形態に係る磁力発生手段3の分解斜視図を、図3に、磁力発生手段3の外観を示す模式的斜視図を示す。
【0025】
磁力発生手段3は、図2及び図3に示すように磁石31、シールド手段32、収容部35、固設部36、貫通孔37、蓋部38等を具備する。収容部35、固設部36、蓋部38は、ケーシングとして機能する。シールド手段32は、磁力遮蔽部材により構成する。これにより、磁石31の磁力線に指向性を付与させることが可能となる。
【0026】
なお、磁力発生手段3としては、磁石31を有していればよく、磁石31に指向性を付与する必要がない場合には、シールド手段32を具備していなくてもよい。また、ケーシングも必須の構成要素ではない。
【0027】
磁石31は、その種類や形状は特に限定されない。例えば、電磁石、超電導磁石、永久磁石を用いることができる。電磁石を用いて電圧、若しくは電流を可変させることにより磁場を変化させてもよい。また、磁性ナノ粒子の細胞集積効率を向上させる目的で、磁石を移動させてもよい。さらに、磁気勾配を付与する工夫を施してもよい。磁力発生手段3の小型化を実現する観点からは、永久磁石を用いることが好ましい。永久磁石の種類は、特に限定されるものではないが、一例として、フェライト、Ne−Fe−B合金、サマリウム−コバルト合金を挙げることができる。また、細胞培養装置自体の少なくとも一部をゴム磁石などの磁石で構成してもよい。強力な磁力を要する場合には、Ne−Fe−B合金が好ましい。磁石31の形状は、特に限定されないが、本実施形態においては、図2に示すように円柱体とした。
【0028】
シールド手段32は、前述したように、磁石31の磁界発生方向に指向性を付与するためのシールド機能を有する。本実施形態に係るシールド手段32は、ヨーク(継鉄)により構成した。無論、シールド機能を有する材料であればこれに限定されるものではない。本実施形態においては、磁石31の図2中の円柱体の軸方向の上側(上面31a)に強い磁力が発生するように、シールド手段32であるヨークは、磁石31の側面及び底面を被覆するような凹部形状の円筒体からなる。シールド手段32を設けることにより、磁石31の図3中の上面からの磁力を増強し、他の部分の磁力の大幅な減衰を実現することができる。
【0029】
ケーシングは、同一材料のみから構成されるものに限定されず、複数の材料から構成してもよい。ケーシングの作製は、例えば、切削加工、射出成型加工等の公知の方法を適用することができる。
【0030】
本実施形態に係るケーシングは、前述したように収容部35、固設部36、蓋部38から構成される。収容部35と固設部36は一体的に形成されている。収容部35と蓋部38は、別体に構成され、磁石31を収容した後に接合する。これにより、ケーシング内部に磁石31及びシールド手段32を密封する。
【0031】
固設部36は、収容部35の外径よりも大きいフラットな円板形状をしており、収容部35の底面部に、両者の同心が概ね一致するように一体的に形成されている。固設部36は、細胞培養容器1と接触させて固設する個所であり、固設手段として細胞培養容器1に設けられた凸部15と固設部36に設けられた貫通孔37が着脱自在に嵌合可能なように構成されている。
【0032】
なお、固設部36及び固設手段である貫通孔37の例は一例であって、ケーシングにおける設置個所や、設置形状等はこれに限定されない。また、前述したように固設部36や貫通孔37は必ずしも設けなくてよい。また、粘着材や接着材などによりケーシングと細胞培養容器1とを固定してもよい。また、搬送アームなどにより必要時に細胞培養容器1に磁力発生手段2を近接、又は当接するようにしてもよい。
【0033】
また、細胞培養容器1と磁石31の間に、着脱自在なシールド板を取り付け可能なように設置してもよい。これにより、細胞培養容器1への磁気照射のオン、オフを制御することが可能となる。また、電磁石からなる磁石31を細胞培養容器1に固設させ、電気のオン、オフにより、磁力線の発生をオン、オフ可能なように構成してもよい。
【0034】
また、細胞培養装置100は、細胞のコンディション(生存・活性など)や磁性体の集積モニターなどを目的として、酸素センサー、二酸化炭素センサー、顕微鏡装置、レーザー装置、光センサー、デンシトメーター、パーティクルアナライザー、セルソーター、放射能検出装置、超音波発生装置、超音波検出装置、磁場発生装置などを付属するようにしてもよい。また、交流磁場を磁性体ナノ粒子に照射するとナノ粒子の振動により発生する音を検出するマイクロフォンなどを付属してもよい。
【0035】
次に、本発明に係る標的物質を細胞内に導入する方法について図4のフローチャート図を用いつつ説明する。まず、標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体を調製する(Step1)。また、Step1と並行して、若しくはStep1に先立って、細胞培養装置100の細胞培養容器1内の内部流路12に細胞を固定化させておく(Step2)。次いで、標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体を前述の細胞培養容器1の開口部11から内部流路12内に導入する(Step3)。その後、細胞培養装置100に備えられた循環手段2、磁力発生手段3を用いて、細胞培養容器1内の所定箇所に標的物質−磁性微粒子複合体を集積させる(Step4)。以下、各Stepについて詳細に説明する。
【0036】
<Step1>まず、標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体を調製する方法について説明する。細胞内に導入する標的物質の対象は、所望のタンパク質をコードする遺伝子に限定されず、核酸全般(例えば、DNA、RNA、またはこれらの類似体又は誘導体(例えば、ペプチド核酸、ホスホロチオエートDNA等)、ペプチド、タンパク質、薬物(例えば、抗癌剤、光感受性物質、造影剤、診断用薬剤、治療用薬剤等)、糖、これらの複合体等の生理活性物質全般である。なお、核酸の形態は、一本鎖又は二本鎖、線状又は環状等、特に限定されない。
【0037】
調製する流体は、(1)標的物質−磁性微粒子複合体を分散可能であり、(2)細胞培養装置100に設けられた循環手段2によって連続的に流動可能であり、(3)細胞培養装置100に固定化された細胞に悪影響を及ぼさないものとする。流体の好ましい例としては、細胞培養液、生理食塩水、リン酸緩衝液などを挙げることができる。空気、アルゴン、窒素などの細胞に悪影響を及ぼさない気体を、流体を導入する際に、細胞培養容器1内に導入し、共に循環させるようにしてもよい。
【0038】
磁性微粒子としては、(1)標的物質と複合体を形成する、(2)細胞内に導入可能であって、細胞に悪影響を及ぼさない、(3)細胞培養装置100の磁力発生手段3により、集積可能な磁性を有する、という条件を満たすものであれば、特に限定されずに適用することができる。好ましい磁性微粒子としては、磁性分子が非磁性分子によって被覆されたナノ粒子、若しくはマイクロ粒子を挙げることができる。その中でも、上記特許文献3に開示した自己会合型磁性脂質ナノ粒子、若しくは脂質被覆磁性ナノ粒子やポリマー被覆磁性ナノ粒子が特に好ましい。
【0039】
自己会合型磁性脂質ナノ粒子は、例えば、上記特許文献3の方法に従って製造することができる。具体的には、脂溶性界面活性剤で被覆した磁性体ナノ結晶を脂溶性有機溶媒に分散させることにより脂溶性磁性流体を調製する。次いで、磁性流体に脂溶性薬剤等を溶解させ、さらに水あるいは水溶性薬剤の溶解した水溶液等を添加する。その後、超音波照射等により磁性体ナノ結晶が均一に分散させることによりwater in oil型の逆ミセルを得る。
【0040】
続いて、逆ミセルに引き続いて、超音波照射等を行い、比重の高い磁性体ナノ結晶の均一な分散を維持した状態で、急速かつ強力な減圧を行う。この減圧により、脂溶性有機溶媒を急速に蒸発させる。これにより、磁性体ナノ結晶を被覆する上記界面活性剤の疎水基と脂溶性薬剤の疎水基同士の速やかな疎水結合による自己会合を促す。自己会合により脂溶性薬剤の親水基をナノ粒子の最外層に表出させることにより、ナノ粒子に親水性を付与し、水溶液中で分散性の高い自己会合型磁性脂質ナノ粒子を得る。
【0041】
脂溶性磁性流体は、磁性体ナノ結晶、磁性体ナノ結晶を被覆する脂溶性界面活性剤及び脂溶性有機溶媒から構成される。脂溶性界面活性剤で被覆された磁性体ナノ結晶はブラウン運動や界面活性剤の電荷による反発力等を介して脂溶性有機溶媒中に均一に分散する。
【0042】
脂溶性磁性流体を構成する磁性体ナノ結晶の種類については、例えば、マグネタイト(Fe)、マグヘマイト(Fe)、一酸化鉄(FeO)、鉄(Fe)、ニッケル、コバルト、コバルト白金クロム合金、バリウムフェライト合金、マンガンアルミ合金、鉄白金合金、鉄パラジウム合金、コバルト白金合金、鉄ネオジムボロン合金、及びサマリウムコバルト合金等特に限定されず、脂溶性界面活性剤により被覆することのできるものは全て用いることができるが、生体内利用を目的とした場合、毒性による有害事象回避のため、マグネタイト、マグヘマイト、一酸化鉄、鉄等の使用が好ましい。また、必要に応じて二種種以上の磁性体ナノ結晶を混合して用いることも可能である。
【0043】
脂溶性磁性流体を構成する脂溶性界面活性剤の種類としては、例えば、オレイン酸、リノレイン酸、リノレン酸等炭素数18の脂溶性不飽和脂肪酸が好ましい。その中でも二重結合数が最小である、すなわち、酸化耐性の高いオレイン酸が好ましい。但し、脂溶性磁性流体を作製可能であれば、界面活性剤の種類に何ら制限なく用いることができる。また、必要に応じて二種種以上の界面活性剤を混合して用いることも可能である。
【0044】
脂溶性磁性流体を構成する脂溶性有機溶媒の種類としては、例えば、クロロホルム、n−ヘキサン等、比較的低沸点の減圧により蒸発しやすい、脂溶性界面活性剤で被覆された磁性体ナノ結晶の安定した分散が可能であり、かつ脂溶性薬剤の溶解可能な非極性脂溶性有機溶媒が好ましい。但し、脂溶性薬剤の溶解可能な脂溶性磁性流体を作製可能であれば、脂溶性有機溶媒の種類に何ら制限なく用いることができる。また、必要に応じて二種種以上の有機溶媒を混合して用いることも可能である。
【0045】
脂溶性薬剤については、脂溶性磁性流体に溶解可能かつ自己会合型磁性脂質ナノ粒子を作製可能であれば、例えば、リン脂質、糖脂質、ステロール、不飽和あるいは飽和の脂肪酸、脂溶性抗癌剤、脂溶性光感受性物質、脂溶性造影剤等何ら制限なく用いることができる。また、必要に応じて、二種種以上の脂溶性薬剤を混合して用いることも可能である。
【0046】
リン脂質としては、例えば、卵黄レシチン、大豆レシチン、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、ホスファチジン酸、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルコリン(例えば、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジラウロイルホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン等)、ホスファチジルグリセロール(例えば、ジオレオイルホスファチジルグリセロール、ジラウロイルホスファチジルグリセロール、ジミリストイルホスファチジルグリセロール、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール、ジステアロイルホスファチジルグリセロール等)、ホスファチジルエタノールアミン(例えば、ジオレオイルホスファチジルエタノールアミン、ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジルエタノールアミン等)及びこれらの水素添加物等が挙げられる。
【0047】
糖脂質としては、例えば、スフィンゴ糖脂質(例えば、ガンクリオシド、ガラクトシルセレブロシド、ラクトシルセレブロシド等)、グリセロ糖脂質(例えば、スルホキシリボシルグリセリド、ジグリコシルジグリセリド、ジガラクトシルジグリセリド、ガラクトシルジグリセリド、グリコシルジグリセリド等)等が挙げられる。
【0048】
ステロールとしては、例えば、動物由来ステロール(例えば、コレステロール、コレステロールコハク酸、ラノステロール、ジヒドロラノステロール、デスモステロール、ジヒドロコレステロール等)、植物由来ステロール(フィトステロール)(例えば、スチグマステロール、シトステロール、カンペステロール、ブラシカステロール等)、微生物由来ステロール(例えば、チモステロール、エルゴステロール等)等が挙げられる。
【0049】
飽和又は不飽和の脂肪酸としては、例えば、パルミチン酸、オレイン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸等の炭素数12〜20の不飽和または飽和の脂肪酸が挙げられる。
【0050】
脂質は、中性脂質、陽性荷電脂質及び陰性荷電脂質に分類され、中性脂質としては、例えば、ジアシルホスファチジルコリン、ジアシルホスファチジルエタノールアミン、コレステロール、セラミド、スフィンゴミエリン、セファリン、セレブロシド等が挙げられる。陽性荷電脂質としては、例えば、DOTAP(1,2-dioleoyloxy-3-trimethylammonio propane)、DC−6−14(o,o'-ditetradecanoyl-N-(alpha-trimethylammonioacetyl)diethanolamine chloride、DC−Chol(3beta-N-(N,N,-dimethyl-aminoethane)carbamol cholesterol)、TMAG(N-(alpha-trimethylammonioacetyl)didodecyl-D-glutamate chloride)、DOTMA(N-2,3-di-oleyloxypropyl-N,N,N-trimethylammonium)、DODAC(dioctadecyldimethylammonium chloride)、DDAB(didodecyl-ammonium bromide)、DOSPA(2,3-dioleyloxy-N-[2(sperminecarboxamido)ethyl]-N,N-dimethyl-1-propanaminum trifluoroacetane)等が挙げられる。
【0051】
自己会合型磁性脂質ナノ粒子表面に親水性ポリマーを有するようにしてもよい。自己会合型磁性脂質ナノ粒子を構成する脂質に対する親水性ポリマーの含有量は、特に限定されないが、1〜10%(モル比)、好ましくは7〜10%(モル比)である。自己会合型磁性脂質ナノ粒子を構成する脂質は、親水性ポリマーの主鎖末端に結合するのが好ましいが、側鎖に結合していてもよい。
【0052】
親水性ポリマーの種類は、特に限定されるものではなく、例えば、ポリアルキレングリコール(例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、ポリヘキサメチレングリコール)、デキストラン、プルラン、フィコール、ポリビニルアルコール、スチレン−無水マレイン酸交互共重合体、ジビニルエーテル−無水マレイン酸交互共重合体、アミロース、アミロペクチン、キトサン、マンナン、シクロデキストリン、ペクチン、カラギーナン等が挙げられるが、ポリアルキレングリコールが好ましく、ポリエチレングリコールがさらに好ましい。
【0053】
親水性ポリマーがポリアルキレングリコールである場合、その分子量は、通常300〜10000、好ましくは1000〜5000である。
【0054】
親水性ポリマーには、アルキル基(例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、t−ペンチル基、ネオペンチル基等)、アルコキシ基(例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、イソブトキシ基、s−ブトキシ基、t−ブトキシ基等)、ヒドロキシル基、カルボニル基、アルコキシカルボニル基、シアノ基等の置換基が導入されていてもよい。
【0055】
自己会合型磁性脂質ナノ粒子構成脂質と親水性ポリマーとは、自己会合型磁性脂質ナノ粒子構成脂質が有する官能基と親水性ポリマーが有する官能基とを反応させることにより、共有結合を介して結合させることができる。共有結合を形成可能な官能基の組み合わせとしては、例えば、アミノ基/カルボキシル基、アミノ基/ハロゲン化アシル基、アミノ基/N−ヒドロキシスクシンイミドエステル基、アミノ基/ベンゾトリアゾールカーボネート基、アミノ基/アルデヒド基、チオール基/マレイミド基、チオール基/ビニルスルホン基等が挙げられる。
【0056】
標的物質が核酸である場合、陰性荷電をもつ核酸と自己会合型磁性脂質ナノ粒子を構成する陽性荷電脂質の静電的相互作用を介して、自己会合型磁性脂質ナノ粒子−核酸複合体を形成し、複合体の磁気誘導によって細胞内への送達が可能となる。
【0057】
なお、標的物質が細胞内に送達可能であれば、磁性微粒子と標的物質を結合する方法については、特に限定されない。磁性微粒子や標的物質の動態は、呈色、発光、蛍光、紫外線、赤外線、放射能、磁気、音波によって検出できるようにしてもよい。
【0058】
<Step2>前述したように、Step1と並行して、若しくはStep1に先立って、細胞培養装置100の細胞培養容器1の内部流路12の壁面に細胞が固定化されるように培養しておく。細胞を内部流路12の壁面に培養させる方法として、公知の方法を制限なく利用することができる。例えば、細胞を分散させた培養液をシリンジ等により注入し、細胞を培養し、内部流路12に固定化させればよい。細胞の培養条件(pH、温度、湿度、二酸化炭素濃度、試薬等)は、適宜好適な条件を決定する。また、培養に際しては、公知の培養装置を制限なく利用することができる。
【0059】
内部流路12に固定化する対象となる細胞は、特に限定されず、体細胞、生殖細胞、幹細胞(ES細胞、iPS細胞も含む)又はこれらの培養細胞等、特に限定されない。細胞が由来する生物種も特に限定されず、例えば、動物、植物、微生物等を挙げることができる。
【0060】
上記特許文献4においては、磁性微粒子を取り込んだ細胞シートが提案されている。細胞培養容器1に細胞を固定化する方法として、このような磁性微粒子を取り込んだ細胞シートを利用することも可能である。この場合、細胞シートは、磁力発生手段3により固定すればよい。換言すると、壁面に細胞を直接的に固定化しなくてもよい。そして、同一の磁力発生手段3により、標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体を循環させて、磁気領域に標的物質−磁性微粒子複合体を集積させることができる。細胞培養容器1を、流路を設けた2つの基板等を接合することにより構成し、これらを着脱自在に構成することにより、細胞シートの挿入、取り出しを容易に行うことができる。また、壁面に直接的に細胞を固設しないので、内部流路の表面処理や、細胞剥離処理等が不要であるというメリットを有する。
【0061】
また、磁性微粒子を取り込んだ細胞シートに代えて、通常の細胞シートを用いてもよい。この場合には、細胞シートの一主面を細胞培養容器に固定化したり、細胞シートの端部領域を細胞培養容器に固定化する係合手段、固定手段等を設けたりすればよい。
【0062】
<Step3>標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体を前述の細胞培養容器1の開口部11から内部流路12内に導入する。図1の例においては、シリンダー20の円筒部21の先端部を細胞培養容器1の開口部11と嵌合させ、円筒部21内に流体を導入する。標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体は、1種類に限定されず、複数種類としてもよい。
【0063】
<Step4>細胞培養装置100に備えられた循環手段2、磁力発生手段3を用いて、細胞培養容器1内の所定箇所に標的物質−磁性微粒子複合体を集積させる。図5に、本実施形態に係る細胞培養装置100において、標的物質の細胞内導入方法を説明するための模式的断面図を示す。2つのピストン22を図5中の上下方向に、所定の圧力がかかる状態で動かすことにより、標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体50を内部流路12内において循環させることができる。
【0064】
同時に、磁力発生手段3により、内部流路12の所定箇所に磁力線を照射しているので、磁界が生じている領域に、標的物質−磁性微粒子複合体を効率的に集積させることができる。その結果、局所的に標的物質−磁性微粒子複合体の濃度を高め、効率的に標的物質を細胞内に導入させることができる。流体を循環させる際、適量の圧力を加えることにより、さらに効率的に標的物質を細胞内に導入させることができる。
【0065】
上記特許文献2においては、浮遊細胞を用いているので、磁力発生領域の細胞濃度が必ずしも一定ではなかった。磁力発生領域に磁性微粒子が集積することに連動して、浮遊細胞が磁力発生領域中から押し出されて、磁力発生領域中の浮遊細胞の濃度が低下する可能性もある。本発明によれば、内部流路12の壁面に細胞を固定化しているので、磁力発生領域の細胞濃度を一定に保つことができる。また、本発明においては、付着細胞を適用することによって、循環手段によって磁性微粒子のみを流動させることができる。そして、磁気照射手段を適用することによって、固定化された細胞に対して、磁性微粒子を効果的に集積させることができる。
【0066】
Step4の工程後、別の標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体を用いて、上記Step3とStep4の工程を複数回実施することも可能である。
【0067】
Step4により標的物質を細胞内に取り込ませた後は、引き続き細胞培養を行うことにより、例えば、目的遺伝子発現誘導を促す。あるいは、内部流路内にて細胞の形質転換又は形質導入を行う。細胞の栄養分となるアミノ酸、ホルモン、ビタミンなどを、循環手段2により供給してもよい。また、細胞が排出するアンモニア、尿素などの窒素化合物等を培養液から除去する手段として、循環手段2を利用してもよい。また、遺伝子導入効率を高めるために分裂を促進する処理などを、任意に制限なく併用することができる。
【0068】
培養を行うことにより、例えば、動物細胞により生産されたタンパク質を培地中に得ることができる。動物細胞のタンパク質の生産条件は、培養する動物細胞により適宜決定すればよい。そして、ペプチド、ホルモン、モノクロナール抗体等を含むタンパク質等の標的細胞導入による細胞からの生成物は、常法に従って、回収及び精製することができる。例えば、酵素処理などにより、内部流路12の壁面から剥離、回収することができる。
【0069】
本発明によれば、循環手段と磁力発生手段を備えることにより、標的物質−磁性微粒子複合体の流動性を高め、効率的に磁力の影響を受ける領域に標的物質−磁性微粒子複合体を集積させることができる。換言すると、磁力の影響を受ける領域に短時間で高濃度に標的物質−磁性微粒子複合体を集めることができる。その結果、固定化された細胞と標的物質−磁性微粒子複合体の接触確率を高め、細胞内への標的物質の導入効率を高めることができる。また、上記循環手段に加えて流体の押圧手段を備えることにより、細胞内への標的物質の導入効率をより効果的に高めることができる。
【0070】
また、従来の方法では、細胞内に導入することが難しいとされてきた標的物質と細胞との組み合わせにおいても、その導入を可能とすることが期待できる。また、標的物質の量が少ない場合において、効率よく細胞内に導入したい用途においても威力を発揮する。
【0071】
上記実施形態においては、標的物質の生体外(in vitro)の細胞内に導入する方法について説明したが、本発明は、体内中の細胞に標的物質を導入する際にも利用することもできる。例えば、内部流路として、人を含む動物の静脈を利用してもよい。具体的には、動物の静脈の所定区画を生理的な食塩水で洗浄することにより、当該区画の静脈中の血液を一時的に除去する。次いで、注射器により標的物質−磁性微粒子複合体を導入し、磁力発生手段との組み合わせにより、静脈壁面の細胞内に遺伝子等の標的物質を選択的に集積して細胞内に標的物質を導入する。本発明によれば、極短時間に、効率的に標的物質を細胞内に導入することができるため、静脈壁面の細胞内に標的物質を導入する際にも好適に適用できる。
【0072】
なお、本発明に係る標的物質の導入方法は、単独で使用する他、他の公知の導入方法と組み合わせて使用してもよい。
【0073】
[実施例]
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。なお本発明の範囲は、かかる実施例に限定されないことはいうまでもない。
【0074】
(実施例1)
まず、細胞培養容器として、スライドチェンバであるマイクロスライド(μ-Slide VI-flow through マイクロスライド VI フロースルー(ibidi)、日本ジェネティクス株式会社製)を用意し、内部流路壁面に細胞を固定化させた。具体的には、マイクロスライドに設けられた2つの開口部(リザーバー)から、HeLa細胞を懸濁させた培養液を添加した。そして、チャンネル内の内部流路内を培養液で満たした。次いで、12時間、37℃・湿度95%・CO5%の環境下にて、マイクロスライドをインキュベートすることにより、細胞を培養し、チャンネル内の内部流路に細胞を付着させた。
【0075】
次に、標的物質−磁性微粒子複合体を含む流体を調製した。実施例1においては、遺伝子(ベータガラクトシダーゼ遺伝子)−磁性ナノ粒子(PolyMag(OZ bioscience社製))の複合体を含む流体を用意した。
【0076】
次いで、マイクロスライドの内部流路下部に磁石を設置した。その後、マイクロスライドに備えられた2つの開口部の一方のアダプターに、遺伝子−磁性ナノ粒子の複合体を含む流体0.2mLを入れた1mL容積のシリンジ(以下、「第1のシリンジ」とも称する)を無菌的環境下で接続した。同様に、マイクロスライドのもう一方の開口部に設けられたアダプターに、空の1mL容積のシリンジ(以下、「第2のシリンジ」とも称する)を無菌的環境下で接続した。
【0077】
その後、第1のシリンジ内の標的物質−磁性微粒子を含む流体を緩やかに、マイクロスライドの内部流路内に導入した。これにより、磁性ナノ粒子(PolyMag(OZ bioscience社製))/遺伝子(ベータガラクトシダーゼ遺伝子)複合体が、内部流路内の磁力発生領域に瞬間的に集積した。この方法により、新鮮な複合体を含む流体を細胞が固定された領域で循環させ、かつ固定化された細胞近傍に、磁力により複合体を瞬時に集積させることが可能となる。その結果、細胞と接触する複合体の濃度を高め、標的物質の細胞内への導入効率を高めることができる。
【0078】
第1のシリンジ内の標的物質−磁性微粒子を含む流体を緩やかに、マイクロスライドの内部流路内に導入する際、流体の一部は、第2のシリンジの内部にも流入する。前述の第1のシリンジへの操作と同様にして、第2のシリンジに流入してきた標的物質−磁性微粒子を含む流体は、緩やかにマイクロスライドの内部流路内に再導入した。これにより、流体中に残存していた標的物質−磁性微粒子を効率よく磁力発生領域に集積させることができた。第1のシリンジ、第2のシリンジ内の標的物質−磁性微粒子を含む流体を、交互にマイクロスライドの内部流路内に導入する工程を複数回実施することにより、ほとんどすべての標的物質−磁性微粒子を細胞表面に磁気選択的に吸着可能であることを確認した。
【0079】
その後、第1のシリンジ、第2のシリンジをマイクロスライドから外し、マイクロスライドの開口部のアダプター部にキャップを被せ、無菌状態を保持した。そして、24時間、37℃・湿度95%・CO5%の環境下にて、マイクロスライドをインキュベートした。これにより、遺伝子導入後の細胞に、遺伝子導入産物であるベータガラクトシダーゼを産生させた。
【0080】
次に、マイクロスライドのチャンネル内部である内部流路を生理食塩水で洗浄した。具体的には、マイクロスライドの両端に設けられた開口部を介して、生理食塩水0.5mLを入れた1mL容積のシリンジと空のシリンジを接続し、シリンジ内容物を排出することにより、細胞を生理食塩水でフラッシュした。
【0081】
続いて、洗浄済みのチャンネル内部である内部流路に、細胞溶解液(東洋インキ社製)を満たした。具体的には、マイクロスライドの両端に設けられた開口部を介して、細胞溶解液0.2mLを入れた1mL容積のシリンジと空のシリンジを接続し、シリンジ内容物の排出を繰り返すことにより、細胞を溶解させた。
【0082】
その後、ONPG(o-Nitrophenyl-beta-D-galactopyranoside)法(上記非特許文献3参照)により、O-ニトロフェニル−β−D−ガラクトピラノシド(o-Nitrophenyl-beta-D-galactopyranoside)を基質とした呈色反応(ベータガラクトシダーゼの存在下で、無色から黄色に変色)を用いて、上記細胞溶解液にONPG溶液、及びメルカプトエタノール(呈色促進剤)を添加した。そして、420nmの吸光度を測定することにより、細胞が産生したベータガラクトシダーゼの定量を行った。
【0083】
(比較例1)
比較例1は、以下の点を除き、上記実施例1と同様の条件で実験を行った。すなわち、上記実施例1においては、流体を循環手段により循環させていたのに対し、比較例1においては、循環手段を用いず、流体を物理的に流動させない点において相違する。換言すると、標的物質−磁性微粒子を含む流体を、物理的手段によって流動しないようにした。また、上記実施例1においては、標的物質−磁性微粒子を含む流体をマイクロスライドに導入する前に、磁石を設置していたのに対し、比較例1においては、磁石を設置する前に、標的物質−磁性微粒子を含む流体を内部流路内に満たすようにし、その後に磁石を設置する点において相違する。
【0084】
(比較例2)
比較例2は、以下の点を除き、上記実施例1と同様の条件で実験を行った。すなわち、上記実施例1においては、標的物質と磁性微粒子との複合体を形成させ、これを含む流体を用いたのに対し、比較例2においては、標的物質が磁性微粒子と複合体を形成せず、標的物質が単独で流体中に分散している流体を用いた点において相違する。
【0085】
(比較例3)
比較例3は、以下の点を除き、上記実施例1と同様の条件で実験を行った。すなわち、上記実施例1においては、磁力発生手段を適用していたのに対し、比較例3においては、磁力発生手段を適用しない点において相違する。また、上記実施例1においては、標的物質と磁性微粒子との複合体を形成させ、これを含む流体を用いたのに対し、比較例3においては、標的物質が磁性微粒子と複合体を形成せず、標的物質が単独で流体中に分散している流体を用いた点において相違する。
【0086】
上記実施例1及び比較例1〜3の実験条件をまとめると、表1のようになる。
【表1】

【0087】
図6は、実施例1、及び比較例1〜3の各サンプルにおいて、遺伝子導入効率をプロットしたものである。図6の縦軸は、実施例1のガラクトシダーゼの活性(遺伝子導入効率)を100%として規格化したものである。同図より、実施例1は、比較例1に比して3倍以上の高い遺伝子導入効率を示すことがわかる。また、比較例2及び比較例3は、比較例1に比して、さらに低い遺伝子導入効率しか得られないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、標的物質を高効率で細胞内に導入することができるので、例えば、所望のタンパク質をコードする遺伝子を動物細胞に導入して培養することにより、所望のタンパク質を製造することができる。高効率で標的物質を細胞内に導入することができるので、工業的なタンパク質合成への応用展開が期待できる。また、外来遺伝子等の標的物質を効率よく細胞に導入させ、遺伝子治療などの基礎的知見を得る方法として有用である。また、磁力発生手段や循環手段のオン、オフを制御し、別ルートの流路や流路弁などを利用することにより、産生されたタンパク質(例えば、酵素、ホルモンなどの生理活性物質)等を効率的に回収し、下流の方で集めて濃縮し、薬などの製造を行うことも可能である。また、RNAi法に使用するsiRNAの導入に本発明を利用し、遺伝子の機能解析等の知見を得る等の利用も可能である。
【符号の説明】
【0089】
1 細胞培養装置
2 循環手段
3 磁力発生手段
11 開口部
12 内部流路
20 シリンダー
21 円筒部
22 ピストン部
31 磁石
32 シールド手段
35 収容部
36 固設部
37 貫通穴
38 蓋部
50 流体
100 細胞培養装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2つの開口部と、前記開口部間を連通し、かつ細胞が固定化可能な壁面を少なくとも一部の領域に備える内部流路とを具備する細胞培養容器と、
標的物質と磁性微粒子の複合体を含有する流体を、前記細胞培養容器内に循環させる循環手段と、
前記細胞が固定化された前記壁面の少なくとも一部に、前記複合体が集積するように磁界を発生させる磁力発生手段と
を備える細胞培養装置。
【請求項2】
前記循環手段は、前記内部流路に圧力を印加する押圧手段を備えていることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養装置。
【請求項3】
前記磁力発生手段が、電磁石、超電導磁石、又は永久磁石を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞培養装置。
【請求項4】
前記標的物質が、核酸、薬物、又は生理活性物質であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞培養装置。
【請求項5】
前記磁性微粒子は、磁性分子が非磁性分子によって被覆されたナノ粒子、若しくはマイクロ粒子であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞培養装置。
【請求項6】
内部流路内の壁面に細胞を固定化し、
標的物質と磁性微粒子の複合体を前記細胞内に効率的に取り込ませるように、前記複合体を含有する流体を、前記内部流路内に循環させ、かつ、前記細胞が固定化された前記壁面の少なくとも一部に、磁力により前記複合体を集積させる標的物質の細胞内導入方法。
【請求項7】
前記内部流路内で前記流体を循環させる際に、圧力を付加することを特徴とする請求項6に記載の標的物質の細胞内導入方法。
【請求項8】
前記標的物質を導入後、前記流体内で前記標的細胞を培養することを特徴とする請求項6又は7に記載の標的物質の細胞内導入方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−279274(P2010−279274A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−134260(P2009−134260)
【出願日】平成21年6月3日(2009.6.3)
【出願人】(501083643)学校法人慈恵大学 (20)
【Fターム(参考)】