説明

標的物質検出素子及び標的物質検出方法

【課題】標的物質検出方法において、検体中の夾雑物が基体に非特異的に吸着することにより、標的物質検出のノイズを発生させていた。
【解決手段】構基体の表面に捕捉体がリンカーを介して固定化された標的物質検出素子であって、前記リンカーが光照射によって構造変化することと、前記基体はその近傍の物理量に応じて信号を出力するセンサ素子であることと、前記センサ素子は、前記物理量が存在する場と前記基体の表面との距離に応じて前記信号が連続的に変化することを特徴とする標的物質検出素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は標的物質を検出するための標的物質検出素子及び標的物質検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ケミカルセンサは分子同士の相互作用を利用して、検体中に含まれる化学物質を標的物質として検出するセンサである。このケミカルセンサは医療、食品検査、環境検査などの分野において利用されている。ケミカルセンサの中でも、素子近傍の誘電率や電気ポテンシャルなどの物理量に応じて、電流や吸光度などの信号が変化する素子を用いた化学センサが知られている。
この素子を化学センサとして用いるには、次のような方法がある。まず、先ほど述べた素子に標的物質を特異的に捕捉する捕捉体を固定した標的物質検出素子を作製する。次にこの素子に標的物質を含む検体を接触させ、標的物質のみを特異的に当該素子上に捕らえさせる。この時、前記標的物質がもつ物理量によって、当該素子近傍の物理量が変化し、当該素子の信号が変化する。この信号を測定することによって前記標的物質の存否を検出する。
【0003】
特許文献1には、捕捉体としてDNAを電界効果トランジスタに固定化した標的物質検出素子が開示されている。さらに、当該素子の信号としてチャネルに一定電圧をかけたときの電流を信号として測定し、その信号による標的物質検出方法が開示されている。前記標的物質がDNAに特異的に捕捉されると、当該素子近傍の電気ポテンシャルが変化する。この変化が当該素子の電流−電圧特性を変化させる。その結果、一定電圧をかけたときの電流が変化し、前記標的物質を検出することができる。
【0004】
また、捕捉体としてビオチンを金属薄膜上に固定化した標的物質検出素子が知られている。当該素子は光の入射角によってプラズモン共鳴を起し、信号として吸光度を示す。さらに、光反射率が最大となる入射角を測定する標的物質検出方法が知られている。前記標的物質であるアビジンがビオチンに特異的に捕捉されると、当該素子近傍の誘電率が変化し、プラズモン共鳴の条件が変化する。この変化が当該素子の光入射角−光反射率特性を変化させる。その結果、光反射率が最大となる光入射角を測定することにより、前記標的物質を検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−77237
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
医療、食品検査、環境検査などに用いられる検体は、一部の精製された検体以外は標的物質以外の夾雑物を含んだ検体であり、このような夾雑物を含んだ検体を対象として標的物質の検出することが多い。検体中に存在する様々な夾雑物は物理吸着、疎水性相互作用、ファンデルワールス力などの様々な要因によって様々な物質の表面に非特異的に吸着してしまっていることが知られている。また、この吸着は要因が特定できない為、夾雑物の非特異的な吸着を完全に防ぐことは困難である。
特許文献1等に開示されている標的物質検出方法においても、夾雑物を含む検体を対象とした場合、夾雑物が素子表面に非特異的に吸着してしまう。この非特異的な吸着によっても、当該素子の信号が変化し、それがノイズ増大の原因となってしまう。このようなノイズ増大は、S/N比(信号対雑音比)の低下につながり、前記標的物質の検出において大きな課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは前記課題を解決すべく、鋭意に研究を重ねた結果、下記の標的物質検出素子及び標的物質検出方法を見出した。
本発明の標的物質検出素子は、基体の表面に捕捉体がリンカーを介して固定化された標的物質検出素子であって、前記リンカーが光照射によって構造変化することと、前記基体はその近傍の物理量に応じて信号を出力するセンサ素子であることと、前記センサ素子は、前記物理量が存在する場と前記基体の表面との距離に応じて前記信号が連続的に変化することを特徴とする。
【0008】
また、本発明の標的物質検出方法は、前記標的物質検出素子に検体を接触させ、前記検体中の標的物質を前記標的物質検出素子にある捕捉体に捕捉せしめる第一の工程と、前記標的物質検出素子からの信号を測定する第二の工程と、前記リンカーに光を照射する第三の工程と、前記標的物質検出素子からの信号を測定する第四の工程と、前記第二工程で得られた信号と前記第四工程で得られた信号の差分を算出する第五の工程とを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、検体中に含まれる標的物質の検出において、S/N比の高い測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】(a)は電界効果トランジスタの基体で、(b)はプラズモン共鳴素子の基体である。
【図2】(a)は構造変化前のリンカーを有する標的物質検出素子で、(b)は構造変化後のリンカーを有する標的物質検出素子である。
【図3】(a)は基体に結合する部位を複数有するリンカーを有する標的物質検出素子で、(b)は一つの捕捉体に結合する部位を複数有するリンカーを有する標的物質検出素子で、(c)複数の捕捉体と結合する部位を有するリンカーを有する標的物質検出素子である。
【図4】(a)は構造変化する部位を複数有するリンカーを有する標的物質検出素子で、(b)は構造変化する部位を複数種類有するリンカーを有する標的物質検出素子で、(c)は異なる波長の光により構造変化する部位を複数有するリンカーと異なる標的物質を補足する捕捉体を有する標的物質検出素子である。
【図5】(a)は標的物質検出素子で、(b)は標的物質捕捉し、光を照射する前の標的物質検出素子で、(c)標的物質捕捉し、光を照射した後の標的物質検出素子である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施の形態を図、式及び実施例等を使用して説明する。なお、これらの図、式、実施例等及び説明は本発明を例示するものであり、本発明の範囲を制限するものではない。本発明の趣旨に合致する限り他の実施の形態も本発明の範疇に属し得ることは言うまでもない。
【0012】
(第一の形態)
本発明の第一の形態は、基体の表面に捕捉体がリンカーを介して固定化された標的物質検出素子であって、前記リンカーが光照射によって構造変化することと、前記基体はその近傍の物理量に応じて信号を出力するセンサ素子であることと、前記センサ素子は、前記物理量が存在する場と前記基体の表面との距離に応じて前記信号が連続的に変化することを特徴とする。
【0013】
(第二の形態)
本発明の第二の形態は、検体中の標的物質検出方法であって、前記標的物質検出素子に検体を接触させ、前記検体中の標的物質を前記標的物質検出素子にある捕捉体に捕捉せしめる第一の工程と、前記標的物質検出素子からの信号を測定する第二の工程と、前記リンカーに光を照射する第三の工程と、前記標的物質検出素子からの信号を測定する第四の工程と、前記第二工程で得られた信号と前記第四工程で得られた信号の差分を算出する第五の工程とを含むことを特徴とする。
【0014】
以下は本発明に用いられる基体等に関する説明であり、特に説明がない限り、全ての実施形態に適用される。
【0015】
(検体)
本発明に係る検体とは、後述する標的物質を含む、液体、気体、または液体、気体、固体の混合物である。測定対象となる検体の具体例としては、医療では血清、尿、唾液などの体液、食品検査では、食品を溶かした溶液や食品の成分を抽出した溶液、環境検査では土壌の成分を抽出した溶液や河川・海などの水溶液がある。これらの検体には標的物質以外の様々な物質が夾雑物として含まれている。
【0016】
(標的物質)
本発明に係る標的物質とは、検出対象とする分子または分子の集合体である。標的物質の具体例としては、天然もしくは非天然に存在するPCB類、ダイオキシン類、内分泌撹乱物質、核酸分子(DNAやRNA等)、蛋白質、糖鎖、脂質、ホルモン等の分子とその複合体がある。
【0017】
(基体)
本発明に係る基体とは、この基体とその近傍の場における物理量に応じて信号を出力するセンサ素子である。前記物理量には誘電率、電気ポテンシャル、磁気ポテンシャル、質量、熱量などがある。前記信号とは当該基体から出てくる反射光、透過光または発光などの強度や、流れる電流、もしくは生じる電圧などである。
また、本発明における基体は、単純に物理量に応じた信号を出力するのではなく、その物理量が存在する場と基体との距離によって出力する前記信号の強度が変化する。同じ物理量でも、前記基体により近い距離の場における物理量に対しては感度がよいため、より大きな信号を出力する。したがって、同じ物理量でも前記基体から遠い距離の場における物理量に対しては感度が鈍いため、出力される信号が小さくなる。
また、物理量がベクトルである場合、その向きによっても信号が変化する場合もある。
したがって、着目する物理量と測定に用いる信号によって、基体の構成は異なる。
【0018】
例えば、着目する物理量が電気ポテンシャルで、信号が電流または電圧である場合、電界効果トランジスタを基体として用いることができる。図1(a)に代表的な電界効果トランジスタの基体を示す。この基体は半導体層101とソース領域102とドレイン領域103とを有している。また、ソース領域102とドレイン領域103が半導体層101を介して結合している。この基体は半導体層101にかかる電圧が変化すると、ソース領域102とドレイン領域103との間で流れる電流量、即ち信号が変化する特性を示す。この信号である電流量は、半導体層にかかる電圧が一定の場合、当該基体とその近傍の電気ポテンシャルによって変化する。また、半導体層101は絶縁層で覆われていてもよく、絶縁層に孤立電極が接続されていても良い。なお、電気特性の測定は電気回路に直結して行えるため、小型化・集積化が容易であるといった利点もある。
【0019】
また、着目する物理量が誘電率で、測定に用いる信号が光である場合、プラズモン共鳴素子を基体として用いることができる。プラズモン共鳴とは金属に光を入射したときに、金属中の自由電子の振動、即ちプラズモンと入射光とが共鳴し、金属が光吸収を起す現象である。図1(b)に代表的なプラズモン共鳴素子を示す。当該基体は基板104上に金属構造体105を有している。金属構造体105は1nmから1000nmの厚さの膜、または構造体の任意の2点間の距離の最大が1nmから1000nmの大きさを有する構造体である。当該構造体は1nmから1000nmの間隔をもつ周期構造で前記基板上に設けることができる。
また、本発明に用いる構造体は、薄膜型もしくは微小構造体型(薄膜をパターニングしたものや微粒子など)等を例として挙げられ、特に限定されない。
金属構造体105に光を入射すると、光の波長や入射角度によって入射光が金属構造体105のプラズモンと共鳴し、金属構造体105が当該入射光を吸収し、即ち信号を示す。吸光度が極大となる波長や吸光度が極大となる入射角度は、金属構造体の周囲の誘電率によって変化する。また、基板104は入射する光に対し、透明であることが望ましい。なお、光学特性の測定は外部からの光を遮断することによってノイズを減らせるため、高感度な測定が行える利点がある。
【0020】
(標的物質の捕捉体)
本発明に係る標的物質の捕捉体は、標的物質を特異的に捕捉する分子または分子の集合体である。自然界には特異的に結合する組み合わせが存在する。この組み合わせには抗体−抗原、酵素−基質、核酸−核酸、レセプター−リガンド、ホスト−ゲストなどが存在する。これらの組み合わせの一方が標的物質であり、他方が当該標的物質の捕捉体となる。
【0021】
(リンカー)
本発明に係るリンカー201は、図2(a)に示すように、基体結合部位203と、捕捉体結合部位205と、構造変化部位206とを有する。
基体結合部位203は、リンカー201を基体202に固定化する役割を果たす。よって、図3(a)に示すように一つのリンカー301が複数の基体結合部位303を有してもよい。この場合では、基体302とリンカー301との結合は基体結合部位303が一つの場合に比べて安定性が向上する。基体結合部位303は、基体302とリンカー301とが互いに結合反応することができる部位(官能基等)の反応によって結合し形成される。この官能基は、アミノ基とカルボキシル基との反応、カルボキシル基と水酸基との反応、アルコキシドと水酸基との反応、ハロゲン化アリールとアミンとの反応などによって結合しうる官能基を用いることができる。
【0022】
また捕捉体結合部位305は、リンカー301に捕捉体を保持させる役割を果たす。よって、図3(b)に示すように一つのリンカー301が複数の捕捉体結合部位305を有してもよい。この場合でも、1つのリンカー301が複数の基体結合部位303を有する場合と同様に結合の安定性が向上する。また、図3(c)に示すように一つのリンカー301が複数の捕捉体304と結合していてもよい。捕捉体結合部位305は、基体結合部位303と同様に、捕捉体304とリンカー301とが互いに結合反応することができる部位(官能基等)の反応によって結合し形成される。捕捉体結合部位305での官能基は、基体結合部位303と同様な官能基を用いることができる。
【0023】
本発明に係る構造変化とは、分子の立体構造の変化である。図2(a)は構造変化前のリンカー201を示し、図2(b)は構造変化後のリンカー201を示した模式的図である。
図2(a)に示すようにリンカー201と、基体結合部位203及び捕捉体結合部位205とは、構造変化部位206を介して結合している。図2(b)に示すように構造変化部位206が構造変化することにより、基体202の表面と捕捉体204との距離または角度若しくはその両方が変化する。
図4(a)に示すように複数個の構造変化部位406を含んでも良い。複数の構造変化部位406を有することでリンカー401を全体としてより大きく構造変化させることができる。すなわち、基体402の表面と捕捉体404との距離または角度若しくはその両方をより大きく変化させることができる。
【0024】
ここでいう距離とは、前記物理量が存在する場と基体の表面との距離をいう。リンカー401に結合している捕捉体404は基体402近傍の物理量を生じさせるため、前記物理量の位置は、捕捉体404の位置にある。よって、前記距離の具体例は、捕捉体404と基体402の表面との距離である。
また、図5に示すように、基体501の近傍の物理量は、捕捉体502に結合する標的物質504によって生じ、そして基体501で一定の信号が生じる。さらにリンカー503の構造変化による標的物質504と基体501の表面との距離の変化に応じて、基体501上の信号が連続的に変化する。本発明は後述するように、前記物理量が存在する場と前記基体の表面との距離に応じて連続的に変化する信号を測定するため、前記距離のより好ましい例は、基体501の表面と標的物質504との距離である。
なお、基体501の表面と夾雑物505との結合も基体501の近傍の物理量を生じさせるが、基体501の表面と夾雑物505との位置は変化しないため、当該物理量が存在する場と基体501の表面との距離も変化しない。よって、夾雑物505の存在によって、基体501上の信号が連続的に変化することはない。
また、ここでいう角度とは、図5(b)及び(c)示すように、基体501の表面の垂線(若しくは垂直をなす平面)と標的物質504の中心線とのなす角度である。前記距離同様、当該角度は、リンカー503の構造変化によって変化する。
【0025】
また、図4(b)に示すようにリンカー401は異なる構造変化部位406の組み合わせを有しても良い。異なる構造変化を起す構造変化部位406を組み合わせたリンカー401は、単一の構造変化部位406を有するリンカー401より基体402の表面と捕捉体404との距離または角度若しくはその両方をより細かく調整して変化させることができる。また、前記異なる構造変化部位406とは、立体構造変化が異なる分子同士である。
図4(c)に示すように異なる構造変化部位406と異なる捕捉体404との組み合わせを複数組設けることにより、特定の捕捉体404のみにおいて、捕捉体404と基体402の表面との距離または角度若しくはその両方を変化させることができる。この形態では、一つの標的物質検出素子を用いて複数の標的物質を検出することができるため、複数の標的物質を検出したい時に有効である。また、これら異なる構造変化部位406とは、異なる波長の光の照射によって異なる構造に変化する部位を指す。
光を照射することによって、構造が変化する構造変化部位406としては、アゾベンゼン誘導体、スチルベン誘導体、スピロピラン誘導体、スピロベンゾピラン誘導体、α−アリール−β−ケト酸誘導体、α−ヒドラゾノ−β−ケト酸誘導体、カルコン誘導体、アゾ化合物誘導体、ベンジリデンフタルイミデン誘導体、ヘミチオインジゴ誘導体、チオインジゴ誘導体、スピロオキサジン誘導体、シンナムアルデヒド誘導体、レチナ−ル誘導体、フルギド誘導体、ジアリ−ルエテン誘導体、ポリメチン系化合物、ベンゾチアゾリノスピロピラン誘導体、ベンゾキオピラン系ピロピラン誘導体、ケイ皮酸エステル誘導体などを含む分子があり、本発明に係るリンカーはこのような構造を含む分子が好ましい。
また、本発明に係る構造変化部位はアゾベンゼン誘導体を含むことがより好ましい。
【0026】
(リンカーに照射する光)
本発明に係るリンカーに照射する光は、例えばリンカー401の構造変化を起すための手段である。照射する光の波長は構造変化部位406の構造によって異なる。
アゾベンゼンを構造変化部位406に用いた場合、下記化学式1から化学式2に構造変化させる場合は紫外光、より好ましくは350nm付近の波長の光を照射する。また、化学式2から化学式1に構造変化させる場合は可視光、より好ましくは、450nm付近の波長の光を照射する。
【0027】
【化1】

(化学式1)
【0028】
【化2】

(化学式2)
【0029】
(標的物質検出素子)
本発明に係る標的物質検出素子は、図5(a)に示すように、基体501に捕捉体502がリンカー503を介して固定化された構造を有する。基体501、捕捉体502及びリンカー503に関しては前述した通りである。
【0030】
(第一の工程)
本発明に係る第一の工程とは、例えば、図5(b)に示すように、標的物質検出素子の捕捉体502に検体の標的物質504を接触させて特異的な結合を形成させ、標的物質504を捕捉体502に捕捉させる工程である。検体は後述する第二から第四の工程において接触させつづけてもよい。また、本工程において、標的物質504を捕捉体502に捕捉させた後は、前記標的物質検出素子を洗浄し、前記検体を排除してもよい。ただし、前記標的物質検出素子を洗浄する時にこの標的物質検出素子上から特異的に結合されている標的物質504が排除されない条件で洗浄する必要がある。なお、本工程において、検体中に存在する夾雑物505が基体501に非特異的に吸着する現象が起こることが多い。
この場合、基体501とその近傍の場において、標的物質504の捕捉または夾雑物505の吸着若しくはその両方によって物理量が変化する。また、標的物質504との相互作用により、捕捉体502の物理量が変化する場合もあり、この場合も基体501とその近傍の場において物理量が変化する。
【0031】
((第二の工程)
本発明に係る第二の工程とは、例えば、図5(b)の状態の標的物質検出素子の信号を測定する工程である。前記基体に関する説明で述べたが、信号の測定とはセンサ素子から出力される電流や光の強度(信号)を測定することである。また、前記信号は単純な物理量だけでなく、その物理量が存在する場と基体の表面との距離によっても変化する。
従来のケミカルセンサにおいては、この第二工程の信号を用いて、標的物質の検出を行っていた。そのため、当該信号は、捕捉された標的物質の物理量または非特異的に吸着している夾雑物の物理量若しくはその両方によって生じる。また、前記捕捉体が標的物質との結合により構造変化する場合、前記捕捉体の物理量も変化するため、信号も生じる。これらの信号に含まれる夾雑物の物理量による信号成分は、前記標的物質の検出にとってノイズである。特に多量の夾雑物が存在するなかで、微量の標的物質を検出する時は、標的物質の物理量に比べて夾雑物による物理量が大きいため、S/N比が低下していた。
【0032】
また、第二の工程において、信号を測定する際に光を入射する場合、後述する第三の工程で用いる光とは異なる波長の光を用いる。前記信号が電流で、外部入力が電圧である場合、電源を用い、素子に流れる電流を信号として測定することができる。また、前記信号が光である場合、ランプやレーザーなどの光源を用い、透過光、散乱光、反射光などの強度を信号として測定することができる。
【0033】
(第三の工程)
本発明に係る第三の工程とは、たとえば、リンカー503に光を照射し、構造変化させることにより、図5(b)の状態から図5(c)の状態に変化させる工程である。この時、捕捉体502及び標的物質504と基体501の表面との距離または角度若しくはその両方は変化する。しかし、夾雑物505と基体501の表面との距離と角度は変化しない。
リンカー503の構造変化部位にアゾベンゼンを用いた場合、可視光を照射すると化学式1の構造となり、紫外光を照射すると化学式2の構造をとる。このアゾベンゼンの構造変化を用いて、リンカー503を構造変化させることができる。
【0034】
(第四の工程)
本発明に係る第四の工程は、例えば、図5(c)の状態の標的物質検出素子の信号を第二の工程と同様の手法で測定する工程である。
前記第三の工程で述べた通り、図5(c)の状態は図5(b)の状態と比較すると、捕捉体502及び標的物質504は基体501の表面との距離または角度若しくはその両方が変化しているが、夾雑物505と基体501の表面との距離と角度は変化していない。
したがって、リンカー503の構造変化の前後において、捕捉体502及び標的物質504は、基体501の表面との距離または角度若しくはその両方が変化したため、基体501で生じた信号を変化させうる。しかし、リンカー503の構造変化の前後において、夾雑物505と基体501の表面との距離と角度は変化していないため、夾雑物505の存在による基体501で生じた信号の変化はない。
また第二の工程と同様に、前記信号を測定する際に光を入射する場合、第三の工程で用いる光とは異なる波長の光を用いる必要がある。
【0035】
(第五の工程)
本発明に係る第五の工程は、第二の工程で測定した信号と第四の工程で測定した信号との差分を算出する工程である。
前記第四の工程で説明したが、第二の工程で測定した信号と第四の工程で測定した信号とを比較すれば、夾雑物505の存在は基体501で生じた信号を変化させていないため、捕捉体502及び標的物質504のみが基体501で生じた信号を変化させていることがわかる。したがって第二の工程で測定した信号と第四の工程で測定した信号との差分を算出すると、夾雑物505による信号を打ち消した値を算出することができる。その結果、この値を用いて検体中に含まれる標的物質を検出し、夾雑物505によるノイズがない、かつ、S/N比の高い測定を行うことができる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0037】
(実施例1)
基体として電界効果トランジスタ、捕捉体としてビオチン、リンカーとして4,4’−ジアミノアゾベンゼンとマレイン酸とアミノプロプリトリメトキシシランとの複合体を用いた標的物質検出素子を例示する。
ソース領域とドレイン領域とは半導体層を介して結合しており、半導体層の表面は絶縁層によって覆われている電界効果トランジスタを基体として用いる。P型シリコン基板にフォトリソグラフィの手法を用いてソース領域とドレイン領域とにイオンを注入する。ソース領域とドレイン領域とに挟まれた半導体層、即ちフォトリソグラフィの手法を用いてチャネル領域の表面を酸化シリコン層で覆う。この電界効果トランジスタ素子を基体として用いる。
【0038】
4,4’−ジアミノアゾベンゼンとビオチンと1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドとを混合して、アゾベンゼンのアミノ基とビオチンのカルボキシル基とカップリング反応させ、片側のアミノ基のみ反応した生成物を精製する。この場合、アミノ基とカルボキシル基とによって形成されるアミド結合が、捕捉体とリンカーとの結合部位になる。次にもう片方のアゾベンゼンに無水マレイン酸を混合してカップリング反応させ、捕捉体−リンカー前駆体を合成する。
基体の酸化シリコン層を1%アミノプロプリトリメトキシシラン溶液に浸し、アミノプロプリトリメトキシシランを基体に結合させる。この時、酸化シリコンの水酸基とアミノプロプリトリメトキシシランのメトキシ基とによって形成されるエーテル結合が、基体とリンカーとの結合部位となる。次に1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドを溶かした溶液に捕捉体−リンカー前駆体を浸し、捕捉体−リンカー前駆体と基体とを結合させ、標的物質検出素子とする。
【0039】
(実施例2)
実施例1で作製した素子を用いて電流を信号として測定する方法を例示する。
まず、実施例1に例示した標的物質検出素子を作製し、当該標的物質検出素子のリンカーに450nmの波長の光を照射する。光の照射によってアゾベンゼンの構造を化学式1の状態にする。
第一の工程として、標的物質検出素子の捕捉体を、夾雑物としてのアルブミンを含むアビジン溶液に浸す。この時、捕捉体がアビジンを捕捉する。また、同時に基体表面にアルブミンが非特異的に吸着する。
【0040】
第二の工程として、ソース領域とドレイン領域とに電極を接続し、その間に電流計をつなぐ。次に半導体層に電圧をかけ、ソース−ドレイン間で流れる電流を信号として測定する。
第三の工程として、標的物質検出素子のリンカーに350nmの波長の光を照射する。光の照射によってアゾベンゼンの構造を化学式2の状態にする。この時、ビオチンとアビジンとが基体の表面に近づく。
第四の工程として、第二の工程と同様に、ソース領域とドレイン領域とに電極を接続し、その間に電流計をつなぐ。次に半導体層に電圧をかけ、ソース−ドレイン間で流れる電流を信号として測定する。
第五の工程として、第二の工程と第四の工程とで測定した電流の差分を算出し、アビジンを検出する。この場合、既知のアビジンの量がわかっている溶液を用いて事前に検量線を作成しておくと、前記アビジンの量を定量することができる。
【0041】
(比較例1)
実施例1と同様の方法で基体を作製する。
従来の標的物質検出素子と検出方法との例として、基体として電界効果トランジスタ、標的物質捕捉体としてアビジンを用いた方法を例示する。
前記基体の酸化シリコン層を1%アミノプロプリトリメトキシシラン溶液に浸し、アミノプロプリトリメトキシシランを基体に結合させる。次にビオチンと1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドとを溶かした溶液に浸し、基体と捕捉体とを結合し、標的物質検出素子とする。
【0042】
作製した標的物質検出素子の捕捉体を、夾雑物としてのアルブミンを含むアビジン溶液に浸す。この時、捕捉体がアビジンを捕捉する。また、同時に基体表面にアルブミンが非特異的に吸着する。
ソース領域とドレイン領域とに電極を接続し、その間に電流計をつなぐ。次に半導体層に電圧をかけ、ソース−ドレイン間で流れる電流を信号として測定し、アビジンの量を定量する。
この比較例においては、アルブミンの量を変化させると電流値が変化してしまい、アビジンを定量することが不可能になる場合がある。しかし、実施例2においては、アルブミンの量を変化させても算出される値は変わらず、アビジンを定量することができる。
【0043】
(実施例3)
基体としてプラズモン共鳴素子、捕捉体としてビオチンアビジン、リンカーとして4,4’−ジアミノアゾベンゼンとマレイン酸とを用い、前記基体を11−アミノ−1−ウンデカチオールとの複合体を用いた例を例示する。
石英基板上に膜厚20nm、200nm×200nmの金の構造体を250nmの間隔で正方配列でパターニングした基板フォトリソグラフィの手法を用いて作製し、これを基体として用いる。
【0044】
前記基体を11−アミノ−1−ウンデカチオール溶液に浸し、11−アミノ−1−ウンデカチオールを基体に結合させる。この時、金と11−アミノ−1−ウンデカチオールのチオール基によって形成されるチオエーテル結合が、基体とリンカーとの結合部位となる。次に実施例1と同様の捕捉体−リンカー前駆体を作製し、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドと共に溶かした溶液に基体を浸し、捕捉体−リンカー前駆体と基体を結合させ、標的物質検出素子とする。
【0045】
(実施例4)
実施例3で作製した素子を用いて光を信号として測定する方法を例示する。
まず、実施例1に例示した標的物質検出素子を作製し、標的物質検出素子のリンカーに450nmの波長の光を照射する。光の照射によってアゾベンゼンの構造を化学式1の状態にする。
第一の工程として、標的物質検出素子の捕捉体を、夾雑物としてのアルブミンを含むアビジン溶液に浸す。この時、捕捉体がアビジンを捕捉する。また、同時に基体表面にアルブミンが非特異的に吸着する。
第二の工程として、800nmから1000nmの波長の光を基体に照射し、透過してきた光の強度を測定することにより、吸光度スペクトルを測定する。さらに吸光度スペクトルの極大波長を求め、信号とする。
【0046】
第三の工程として、標的物質検出素子のリンカーに350nmの波長の光を照射する。光の照射によってアゾベンゼンの構造を化学式2の状態にする。この時、ビオチンとアビジンが基体表面に近づく。
第四の工程として、第二の工程と同様に、800nmから1000nmの波長の光を基体に照射し、透過してきた光の強度を測定することにより、吸光度スペクトルを測定する。さらに吸光度スペクトルの極大吸収波長を求め、信号とする。
第五の工程として、第二の工程と第四の工程とで求めた極大波長の差分を算出し、アビジンを検出する。この場合、既知のアビジンの量がわかっている溶液を用いて検量線を事前に作成しておくと、前記アビジンの量を定量することができる。
本実施例のように第二の工程と第四の工程とで光を入射して信号を測定する際は、リンカーが構造変化を起す光の波長を用いないことが好ましい。
【0047】
(比較例2)
実施例3と同様の方法で基体を作製する。
従来の標的物質検出素子と検出方法の例として、基体としてプラズモン共鳴素子、捕捉体としてビオチンを用いた方法を例示する。
基体を11−アミノ−1−ウンデカチオール溶液に浸し、11−アミノ−1−ウンデカチオールを基体に結合させる。次にビオチンと1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドと共に溶かした溶液に基体を浸し、基体と捕捉体を結合し、標的物質検出素子とする。
【0048】
作製した標的物質検出素子の捕捉体を、夾雑物としてアルブミンを含むアビジン溶液に浸す。この時、捕捉体がアビジンを捕捉する。また、同時に基体表面にアルブミンが非特異的に吸着する。
800nmから1000nmの波長の光を基体に照射し、透過してきた光の強度を測定することにより、吸光度スペクトルを測定する。さらに吸光度スペクトルの極大波長を求め、信号とする。
この比較例においては、アルブミンの量を変化させると極大吸収波長が変化してしまい、アビジンを定量することが不可能になる場合がある。しかし、実施例4においては、アルブミンの量を変化させても算出される値は変わらず、アビジンを定量することができる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明に開示される標的物質検出方法と標的物質検出素子と、及び本発明に基づいて開発されうる標的物質検出装置は医療、食品検査、環境検査などの検体中に含まれる特定物質を検出する場合において有効である。本発明を用いれば、夾雑物が含まれている検体においても精製などの工程を経ずに標的物質の検出が可能である。
【符号の説明】
【0050】
101 半導体層
102 ソース領域
103 ドレイン領域
104 基板
406 構造変化する部位
501 基体
502 捕捉体
503 リンカー
504 標的物質
505 検体中の夾雑物


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体の表面に捕捉体がリンカーを介して固定化された標的物質検出素子であって、前記リンカーが光照射によって構造変化することと、前記基体はその近傍の物理量に応じて信号を出力するセンサ素子であることと、前記センサ素子は、前記物理量が存在する場と前記基体の表面との距離に応じて前記信号が連続的に変化することを特徴とする標的物質検出素子。
【請求項2】
前記センサ素子が電界効果トランジスタまたはプラズモン共鳴素子である請求項1に記載の標的物質検出素子。
【請求項3】
前記リンカーがアゾベンゼン誘導体を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の標的物質検出素子。
【請求項4】
検体中の標的物質検出方法であって、
請求項1乃至3の何れかに記載された標的物質検出素子に検体を接触させ、前記検体中の標的物質を前記標的物質検出素子にある捕捉体に捕捉せしめる第一の工程と、
前記標的物質検出素子からの信号を測定する第二の工程と、
前記リンカーに光を照射する第三の工程と、
前記標的物質検出素子からの信号を測定する第四の工程と、
前記第二工程で得られた信号と前記第四工程で得られた信号との差分を算出する第五の工程とを含むことを特徴とする標的物質検出方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−180108(P2011−180108A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47567(P2010−47567)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】