説明

標的認識分子および標的認識分子を固定化する方法

【課題】標的物質に対する特異的反応性を備えた帯電性標的認識分子であって、分析用のマイクロ流路などの所定箇所に自己集合的に高密度に集合させることができ、またそこに可逆的または不可逆的に固定化することのできる新規な帯電性標的認識分子を提供する。
【解決手段】免疫反応を引き起こし得る標的物質に対し特異的に反応するアミノ酸配列を有する標的認識ペプチドセグメント(1)と、標的物質に特異的に反応する機能を有しないセグメントであって同一溶液中で同一極性に帯電し得る3個以上の帯電性官能基を備え、且つ同一の溶液中で異なる極性に帯電する官能基を有しない帯電性セグメント(2)と、を有してなる標的認識分子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫反応を引き起こし得る標的物質に特異的に反応する感応部位を有する標的認識分子に関し、詳しくは分析デバイス内の特定部位に自己集合的に高密度に集合させ固定化させることのできる、帯電性が付与された標的認識分子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、免疫反応を引き起こし得る標的物質に対し特異的選択的に反応する標的認識分子をマイクロ流路内に固定したチップを用いた分析デバイスが、生体試料中のタンパク質やDNAなどの微量分析用に広く用いられるようになった。
【0003】
このような標的認識分子としては、従来、天然由来の抗体が使用されていた。最近では長期保存性、生産性などの観点から、合成ペプチドなどからなる人工抗体が用いられるようになっている。
【0004】
免疫反応を引き起こし得る標的物質に対し特異的・選択的に反応する物質が配置固定されたこの種の分析デバイスは、操作が簡単で分析に高度な錬度を必要とせず、また少ない検体量で短時間に目的とする物質のみを測定することができるという利点を備えている。その一方、チップ内の所定箇所に必要量の標的認識分子を適正に固定化し保持させることが容易でないなどのため、必ずしも十分な測定精度や信頼性、再現性が得られていない。
【0005】
標的認識分子の固定化方法については、従前より種々な方法が提案されている。例えば、基材表面に標的認識分子を物理吸着させる方法や共有結合させる方法が知られている。また、標的認識分子を微小ビーズの表面に固定化し、これをマイクロ流路内に配置する方法が知られている。更にまた、下記先行技術文献に記載の方法などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003-344396号公報
【特許文献2】特開2006-266831号公報
【特許文献3】特表平4-501605号公報
【特許文献4】特開2000-266716号公報
【特許文献5】特開2006−71324号公報
【特許文献6】特開平04−331362号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、標的認識分子自体に高密度に固定化し得る機能を付与した新規な標的認識分子を提供することにある。また、標的認識分子を効率よく基材に固定化する技術を提供することにある。
【0008】
検出目的物質に対し特異的選択的に反応する標的認識分子をマイクロ流路内の特定部位に固定化してなる分析デバイスは、標的認識分子の固定化効率により生産性が大きく左右されると共に、標的認識分子の固定化密度や固定化状態の良否により分析精度が大きく左右される。標的認識分子の固定化効率が低いと、標的認識分子の多くが固定化されずに流去してしまうため、固定化に多くの時間を必要とする。また、固定化効率が低いと、所望の固定化密度が得られないため、十分な分析感度が得られない。それゆえ、マイクロ流路内の所定部位に迅速的確に、かつ高密度に標的認識分子を固定化できる手段が求められている。
【0009】
更に標的認識分子の中には化学的物理的安定性に乏しいものがあり、化学的物理的安定性に乏しい標的認識分子が固定化されてなる分析デバイスは、製品寿命が短いという問題がある。この問題を解決する方法の一つは、分析時にその場で標的認識分子を固定化することであるが、このためには、分析現場で簡便に固定化し得る手段が必要である。
【0010】
特許文献1〜5の方法によってもペプチド分子の固定化が可能であるものの、これらの方法では、分子量の小さいペプチド分子を所望の信号値が得られる密度にまで固定化させることが難しい。
【0011】
また、特許文献6の方法は、十分な電着速度や電着量が得られ難く、特に分子量の小さいペプチドの場合、再現性よく高密度に電着・固定化することが難しい。人工的に作製した分子量の小さいペプチド分子は、天然の抗体に比べ固定化部位が少ないからである。
【0012】
本発明者は、これらの課題を解決すべくなされたものである。本発明の目的は、標的識別機能と高密度固定化が可能な機能とを併せもつ標的認識分子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、分子中に帯電性セグメントが組み込まれた新規な標的認識分子に関し、一群の発明は次のように構成されている。
【0014】
(1)第1発明にかかる標的認識分子は、免疫反応を引き起こし得る標的物質に対し特異的に反応するアミノ酸配列を有する標的認識ペプチドセグメントと、前記標的物質に特異的に反応する機能を有しないセグメントであって同一溶液中で同一極性に帯電し得る3個以上の帯電性官能基を備えた帯電性セグメントと、を有してなるものである。
【0015】
前記標的認識分子の帯電性セグメントは、溶液中で他のセグメントよりも強く帯電するセグメントであり、前記「同一の溶液中で同一極性の電荷に帯電し得る帯電性官能基」とは、標的認識分子を溶液中に浸漬したときに解離して、分子側がプラス又はマイナスに帯電する官能基をいう。前記3個以上の帯電性官能基は、同一の官能基のみで構成されていてもよく、それぞれ異なる3種類以上の帯電性官能基で構成されていてもよい。
【0016】
また、前記標的認識ペプチドセグメントとは免疫反応を引き起こし得る標的物質に対し特異的に結合するペプチドのことである。結合性の有無は従来の免疫学的手法を用いることが可能である。例えばELISA法やウエスタンブロット法、さらにSPRやQCMなどの定量的な結合評価により結合性を評価することが可能である。
【0017】
前記標的認識ペプチドセグメントの作成は、遺伝子組み換え法を用い生物に生産させることができ、また化学的に合成することもできる。その方法は、公知の方法でよく、遺伝子組み換え法による場合は、作製したいアミノ酸配列に対応するRNAコドンを生成するDNA塩基配列を決定し、このDNA塩基配列を公知のDNA合成法を用いて合成する。このDNA塩基配列をウイルスベクターに組み込んで標的細胞に感染させ、生物学的方法で標的認識ペプチドセグメントにかかるペプチドを生産させる。
【0018】
また、化学に合成する方法については、ペプチド液相法またはペプチド固相法の何れかを用い、所望の結合が行えるように、アミノ酸側鎖の官能基及びα−アミノ基を保護基で保護したアミノ酸を用い、所望の配列にアミノ酸鎖を合成伸張させる。この後、保護基を外して目的とする標的認識ペプチドセグメントを得る。保護基の付加及び脱保護反応についても公知の方法を用いることができる。
【0019】
(2)第2発明は、上記第1発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、前記同一の溶液中で異なる極性に帯電する官能基を有しない、ことを特徴とする。
【0020】
この構成であると、帯電性セグメントの全ての帯電性官能基が同一極性にのみ帯電するので、帯電性セグメントを介して標的認識分子の動きを電気的に制御し易い。
【0021】
(3)第3発明は、上記第1または第2の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、前記標的認識ペプチドセグメントを構成するアミノ酸に直接結合されていることを特徴とする。
【0022】
(4)第4発明は、上記第1ないし第3の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が、6以下であり、前記帯電性セグメントの3個以上の帯電性官能基が、pH6.5以上の溶液中でマイナスに帯電し得る官能基である、ことを特徴とする。
【0023】
(5)第5発明は、上記第1ないし第3の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が、8以上であり、前記帯電性セグメントの3個以上の帯電性官能基が、pH7.5以下の溶液中でプラスに帯電する官能基である、ことを特徴とする。
【0024】
(6)第6発明は、上記第1ないし第3の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が、6を超え8未満であり、前記帯電性セグメントの3個以上の帯電性官能基が、pH6.5以上の溶液中でマイナスに帯電し得る官能基、またはpH7.5以下の溶液中でプラスに帯電する官能基である、ことを特徴とする。
【0025】
ここで上記「平均等電点」とは、標的認識ペプチドセグメントを組成する個々のアミノ酸残基に対応するアミノ酸の等電点を合算した値(総和値)をアミノ残基数で割った値(平均値)で定義される等電点平均値をいう。個々のアミノ酸の等電点は表1に示す通りとする。
【0026】
【表1】

【0027】
〔非ペプチド系帯電性セグメント〕
(7)第7の発明は、上記第1、第2、第3,第4、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、nが3以上の化1で表されるポリアクリル酸構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0028】
【化1】

【0029】
(8)第8の発明は、上記第1、第2、第3,第4、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、nが3以上の化2で表されるポリスチレンスルホン酸構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0030】
【化2】

【0031】
(9)第9の発明は、上記第1、第2、第3,第4、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントは、nが3以上の化3で表されるポリビニル硫酸構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0032】
【化3】

【0033】
(10)第10の発明は、上記第1、第2、第3,第4、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、nが1以上の化4で表されるポリデキストラン硫酸構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0034】
【化4】

【0035】
(11)第11の発明は、上記第1、第2、第3,第4、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントは、nが1以上150以下の化5で表されるポリコンドロイチン硫酸構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0036】
【化5】

【0037】
(12)第12の発明は、上記第1、第2、第3,第4、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、nが3以上の化6で表されるポリヌクレオチド構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0038】
【化6】

【0039】
ここで、リン酸、糖(リボース(RがOH)又はデオキシリボース(RがH))、塩基(アデニン、シトシン、グアニン、チミン(デオキシリボースの場合のみ)、ウラシル(リボースの場合のみ))から構成されるポリヌクレオチドは、リン酸を有しているため、塩基性の溶液中でマイナス電荷を帯びる。よって、この構成の標的認識分子は、アルカリ性から弱酸性の溶液を用いる標的物質分析に都合がよい。なお、帯電性セグメントとして、一本鎖のポリヌクレオチド(ssDNAやRNA)を用いてもよく、二本鎖のポリヌクレオチド(dsDNA)を用いてもよい。
【0040】
(13)第13の発明は、上記第1、第2、第3,第5、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、化7で表されるポリエチレンイミン構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0041】
【化7】

【0042】
(14)第14の発明は、上記第1、第2、第3、第5、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、nが3以上の化8で表されるポリアリルアミン塩酸塩構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0043】
【化8】

【0044】
(15)第15の発明は、上記第1、第2、第3、第5、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、nが3以上の化9で表されるポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0045】
【化9】

【0046】
(16)第16の発明は、上記第1、第2、第3、第5、または第6の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、nが3以上の化10で表されるポリビニルピリジン構成単位を有するセグメントである、ことを特徴とする。
【0047】
【化10】

【0048】
ここで、上記した化1〜化3、化6〜化10の構成単位を有する帯電性セグメントについても、帯電性セグメントの「n」を大きくすると、合成コストが大きくなる。また、「n」が大きくなり過ぎると(長さが長くなり過ぎると)、分子の折れ曲がりや絡み合いなどが生じる結果、標的認識部位の特異的感応性が害されるようになる。よって、帯電性セグメントの「n」は、標的認識ペプチドセグメントの特異的感応性を発揮させ易い大きさとする。例えば帯電性セグメントの「n」は、150以下、又は60以下、又は20以下程度とする。
【0049】
〔ペプチド系帯電セグメント〕
(17)第17の発明は、上記第1ないし第3の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、ペプチド鎖を有してなるものである、ことを特徴とする。
【0050】
この構成においては、標的認識分子を全てアミノ酸で構成することができ、アミノ酸のみからなる標的認識分子であると作成し易い。標的認識分子の作成方法としては、標的認識ペプチドセグメントと帯電性セグメントとをそれぞれ別個に作製した後、両者を結合させる方法、または両者を連続的一体的に作成する方法の何れでもよく、何れの方法も公知の方法を用いることができる。例えば標的認識分子を連続的一体的に生成する方法としては、標的認識分子の全アミノ酸配列に対応するDNA塩基配列を合成し、このDNA塩基配列を標的生物に組み込む遺伝子組み換え技術を用いることができる。
【0051】
(18)第18の発明は、上記第17の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントのペプチド鎖が、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を3個以上含み、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を含まないペプチド鎖からなる、ことを特徴とする。
【0052】
この構成にかかる帯電性セグメントは、等電点が低い酸性アミノ酸残基を3個以上含み、塩基性アミノ酸残基を含まないので、弱酸性からアルカリ性側の溶液中でマイナス電荷を強く帯びる。この構成の標的認識分子は、弱酸性からアルカリ性側の溶液を用いる必要がある標的物質を分析するのに適する。
【0053】
上記構成における酸性アミノ酸残基数は、好ましくは4個以上とし、より好ましくは6個以上、更に好ましくは8個以上とし、上限を、30個、好ましくは20個程度とするのがよい。酸性アミノ酸残基数が多いほど電荷量が大きくなるが、合成費用も大きくなり、また分子が大きくなる分、取り扱い性が悪くなるからである。また、より少ない結合数でより強い電荷が付与できる点で、酸性アミノ酸残基同士を3個以上連続して結合させ、より好ましくは5個以上、更に好ましくは8個以上連続して結合させたものがよい。
【0054】
(19)第19の発明は、上記第18の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントのペプチド鎖における酸性アミノ酸残基の含有数割合が、60%以上である、ことを特徴とする。
【0055】
この構成の帯電性セグメントは、塩基性アミノ酸残基が含まれず、且つ中性アミノ酸残基の占める割合が40%未満であり、酸性アミノ酸残基が支配的であるので、溶液pHとの関係において帯電性セグメントの電荷をマイナスに整え易い。
【0056】
(20)第20の発明は、上記第17ないし第19の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識ペプチドセグメントを構成するペプチド鎖の平均等電点が、8以下であり、前記帯電性セグメントを構成するペプチド鎖の平均等電点が、2.77以上4.5以下である、ことを特徴とする。
【0057】
この構成であると、中性付近のキャリア液を用いたとき、標的認識ぺプチドセグメントはマイナスまたは無視できる程度に弱くプラス、またはゼロに帯電し、帯電性セグメントは強くマイナスに帯電する。よって優先的に帯電性セグメント側をプラス電極に吸引することが可能になる。
【0058】
(21)第21の発明は、上記第1ないし第3の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を含まず、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を6個以上含み、かつ酸性アミノ酸残基の含有数割合が60%以上であり、隣合う酸性アミノ酸残基同士の間に介在する中性アミノ酸残基が2個以下に規制されたペプチド鎖を有してなる、ことを特徴とする。
【0059】
この構成であると、帯電性セグメントの長さ方向における帯電電荷の種類(マイナス、プラス極性)や強度が極端に互い違いになることがない。また、所定長さに対するマイナス帯電電荷密度が十分に高い帯電性セグメントが形成できるので、被保持サイトとして好適に機能する。この構成における隣合う酸性アミノ酸残基同士の間に介在する中性アミノ酸残基数は、2個、1個、またはゼロ個とすることができるが、中性アミノ酸残基数を少なくすると一層強い電荷密度を付与できる。
【0060】
(22)第22の発明は、上記第17の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントのペプチド鎖が、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を3個以上含み、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を含まないペプチド鎖からなる、ことを特徴とする。
【0061】
この構成にかかる帯電性セグメントは、等電点が高い塩基性アミノ酸残基を3個以上含み、酸性アミノ酸残基を含まないので、弱アルカリ性から酸性側の溶液中でプラス電荷を強く帯びる。よって、この構成の標的認識分子は、弱アルカリ性から酸性の溶液を用いることが望まれる標的物質を分析するのに適する。
【0062】
(23)第23の発明は、上記第22の発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントのペプチド鎖における塩基性アミノ酸残基の含有数割合が、60%以上である、ことを特徴とする。
【0063】
この構成の帯電性セグメントは、酸性アミノ酸残基が含まれず、且つ中性アミノ酸残基の占める割合が40%未満であり、塩基性アミノ酸残基が支配的となるので、溶液pHとの関係において帯電性セグメントの電荷をプラスに整え易い。
【0064】
(24)第24の発明は、上記第17、第22、第23の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識分子を構成するペプチド鎖の平均等電点が、6以上であり、前記帯電性セグメントを構成するペプチド鎖の平均等電点が、8以上10.76以下である、ことを特徴とする。
【0065】
この構成であると、中性付近のキャリア液を用いたとき、標的認識ペプチドセグメントは無視しうる程度に弱いマイナスまたはプラス、またはゼロに帯電し、帯電性セグメントは強くプラスに帯電する。よって標的認識ペプチドセグメント側よりも帯電性セグメント側を優先的にマイナス電極に吸引することができる。
【0066】
(25)第25の発明は、上記第1ないし第3の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントが、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を含まず、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を6個以上含み、かつ塩基性アミノ酸残基の含有数割合が60%以上であり、隣合う塩基性アミノ酸残基同士の間に介在する中性アミノ酸残基が2個以下に規制されたペプチド鎖を有してなる、ことを特徴とする。
【0067】
この構成であると、帯電性セグメントの長さ方向における帯電電荷の種類(プラス、マイナス極性)や強度が極端に互い違いになることがない。また、所定長さに対するプラス帯電電荷密度が十分に高い帯電性セグメントが形成できるので、被保持サイトとして好適に機能する。この構成における隣合う塩基性アミノ酸残基同士の間に介在する中性アミノ酸残基数は、2個、1個、またはゼロ個とすることができるが、中性アミノ酸残基数が少ないほど電荷密度が高まるので都合がよい。
【0068】
ここで本明細書にいう中性アミノ酸は、酸性アミノ酸および塩基性アミノ酸を除くアミノ酸を意味し、具体的にはアラニン、アスパラギン、システイン、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンをいう。
【0069】
(26)第26の発明は、上記第1ないし第25の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識ペプチドセグメントはシステイン残基を含み、当該システイン残基の硫黄元素に前記帯電性セグメントが化学結合されていることを特徴とする。
【0070】
(27)第27の発明は、上記第1ないし第25の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識ペプチドセグメントの一方端がシステイン残基であり、当該システイン残基の硫黄元素に前記帯電性セグメントが化学結合されている、ことを特徴とする。
【0071】
(28)第28の発明は、上記第1ないし第25の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントは、前記標的認識ペプチドセグメントを構成するアミノ酸のN末端またはC末端に化学結合されている、ことを特徴とする。
【0072】
この構成であると、帯電性セグメントの末端で結合することによって標的認識ペプチドセグメントの標的物質に対する特異性が害され難い。
【0073】
(29)第29の発明は、上記第1ないし第28の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記標的認識ペプチドセグメントが、3個以上19個以下のアミノ酸残基を有するペプチドである、ことを特徴とする。
【0074】
3個以上19個以下のアミノ酸数であれば、ペプチド合成が容易であり、かつ標的認識能を発揮し得るペプチドを構成することが可能である。
【0075】
(30)第30の発明は、上記第1ないし第29の何れかの発明にかかる標的認識分子において、前記帯電性セグメントには、基材と結合させるための官能基を備える基材結合用セグメントが化学結合されている、ことを特徴とする。
【0076】
帯電性セグメントに更に基材結合用セグメントが結合された標的認識分子であると、電気的吸引力により標的認識分子を効率よくかつ高密度に基材の電極形成部分に集めることができ、この状態で基材結合用セグメントを介して電極形成部分に結合させ固定化することができる。すなわち、上記構成の標的認識分子を用いると、流路内の所定箇所に高密度に標的認識分子を固定化させてなる分析デバイスを実現することができる。この分析デバイスでは、標的認識分子は電圧印加を止めても流路内の所定箇所に保持されたままである。
【0077】
(31)第31の発明は、マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、上記第4発明に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点以上のpHに調整する標的認識分子溶液作製工程と、前記マイクロ流路内の電極にプラス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、を備えることを特徴とする。
【0078】
(32)第32の発明は、マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、上記第5発明に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点以下のpHに調整する標的認識分子溶液作製工程と、前記マイクロ流路内の電極にマイナス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、を備えることを特徴とする。
【0079】
(33)第33の発明は、マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、上記第6発明に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを6.5を超え7.5未満に調整する標的認識分子溶液作製工程と、前記マイクロ流路内の電極にマイナスまたはプラスの何れかの電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、を備えることを特徴とする。
【0080】
この構成の必須要素である第6発明に記載した標的認識分子は、標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が6を超え8未満であり、帯電性セグメントの3個以上の帯電性官能基がpH7.5以上の溶液中でマイナスに帯電し得る官能基、またはpH6.5以下溶液中でプラスに帯電する官能基である。よって、標的認識分子溶液のpHを6.5を超え7.5未満に調整すると、帯電性セグメントの電荷強度を標的認識ペプチドセグメントの電荷強度よりも大きくすることができるので、帯電性セグメント側を電極に吸引させ易くなる。
【0081】
(34)第34の発明は、マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、上記第20発明に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを6以上8.5以下に調整する標的認識分子溶液作製工程と、前記マイクロ流路内の電極にプラス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、を備えることを特徴とする。
【0082】
この構成であると、pHが6以上8.5以下である中性付近のキャリア液を用いることができ、このキュリア液中では標的認識ペプチドセグメントはゼロ、またはややプラスまたはややマイナスに帯電し、帯電性セグメントは強くマイナスに帯電する。よって、プラス電荷を印加した電極に帯電性セグメントを優先的に引き寄せることが可能になる。
【0083】
(35)第35の発明は、マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、上記第24発明に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを6以上8.5以下に調整する標的認識分子溶液作製工程と、前記マイクロ流路内の電極にマイナス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、を備えることを特徴とする。
【0084】
この構成によると、標的認識ペプチドセグメントはゼロ、またはややプラスまたはややマイナスに帯電し、帯電性セグメントは強くプラスに帯電する。よって、帯電性セグメントを優先的にマイナス電荷を印加した電極に引き寄せることができる。
【0085】
(36)第36の発明は、マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、上記第30発明に記載の標的認識分子を水系溶媒に溶解し所定pHに調整した標的認識分子溶液を作製する工程と、前記標的認識分子溶液中における帯電性セグメントの電荷と逆極性の電荷を電極に印加した状態で、当該電極上に前記標的認識分子溶液を流して、標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し暫定的に保持させ、この状態で標的認識分子の基材結合用セグメントを介して標的認識分子を電極面に固定化する工程と、を備えることを特徴とする。
【0086】
ここで、本発明にかかる標的認識分子の使用態様を説明し、この説明を通して、一群の本発明構成の技術的意義を明らかにする。
【0087】
本発明標的認識分子は、電場に集まる性質が増強されているので、この性質を利用して所望の固定化部位に標的認識分子を集合させ保持させることができる。例えば、マイクロ流路を形成してなる分析デバイスにおいて、標的認識分子を保持させたい箇所に電極を形成しておき、この電極に電圧を印加しその表面をプラス又はマイナスに帯電させる。この状態で、マイクロ流路内に標的認識分子を含む溶液(標的認識分子含有溶液)を流すと、電気的作用により電極表面に標的認識分子が捕集され保持される。この状態は仮固定化状態であるので、電圧印加を止めると解除される。
【0088】
例えば上記第2発明にかかる標的認識分子は、溶液中で同一極性の電荷に帯電し得る3個以上の帯電性官能基を備え、かつ異なる極性に帯電する官能基を有しない。よって、この標的認識分子を溶液に溶かすと、帯電性セグメントが同一の電荷を帯びる。それゆえ、電荷が付与された固定化部位(電極)上に本発明標的認識分子を含有するキャリア液を流すと、標的認識分子が電極表面に静電相互作用により引っぱられ、そこに高密度に捕集される。この高密度な集合状態は電極に電荷が付与されている限り保持される。つまり、この方法によると、マイクロ流路内の所定箇所に標的認識分子を可逆的且つ高密度に保持(仮固定化)させることができる。
【0089】
また例えば標的認識ペプチドセグメントが、平均等電点が8以下であるペプチドからなるものであり、帯電性セグメントが、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を3個以上含み、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を含まないペプチド鎖からなり、当該帯電性セグメントを構成するペプチド鎖の平均等電点がpH2.77以上4.5以下であることを特徴とする標的認識分子(第20発明にかかる標的認識分子)を、例えばpH7.5のキャリア液に溶かすと、標的認識ペプチドセグメントはゼロ、またはややプラスまたはややマイナスに帯電し、帯電性セグメントは強くマイナスに帯電する。そして、帯電性セグメントは塩基性アミノ酸を有しないので、その電荷分布に大きな凸凹がない。
【0090】
この標的認識分子を含むキャリア液(標的認識分子溶液)を、プラス電荷を印加した電極が設けられた流路内を流すと、標的認識分子の帯電性セグメント部分(マイナスに帯電)が電極に引き寄せられてその表面に保持される。他方、標的認識分子の標的認識ペプチドセグメント部分も、若干マイナスに帯電しているので、溶液中で分子同士が電気的にくっ付き合うことはない。
【0091】
すなわち、本発明によると、帯電性セグメントが電極面に保持される部位として機能する標的認識分子を提供することができるが、この分子を溶解した溶液を、電圧印加量が適正に制御された電極上を流すと、標的認識分子の帯電性セグメント部分のみが電極面に保持された状態となる。この状態では、帯電性セグメントが電極面と標的認識ペプチドセグメントとの間を保つスペーサとして機能するので、標的認識ペプチドセグメントが帯電性セグメントを基端として揺らぐことのでき、標的認識分子の本来的機能である特異的な認識機能を十分に発揮させることができる。また、この分子は、流路内の所定箇所に配置された電極(保持固定部位)に高効率高密度に捕集保持されると共に、電極への電圧印加を止めると保持が解除され流去可能になる可逆的固定化機能を備える。
【0092】
以上で説明した標的認識分子は、標的認識ペプチドセグメントと帯電性セグメントとが直接連結されたものでもよく、また標的認識ペプチドセグメントと帯電性セグメントの間に両者を連結する連結要素を介在させることもできる。また、帯電性セグメントに基材連結用セグメントを付加することもできる。
【発明の効果】
【0093】
本発明標的認識分子は、標的物質に特異的に反応する標的認識ペプチドセグメントを一方側に備え、マイナス又はプラスの何れかに帯電する帯電性セグメントを他方側に備えた構造を有する化合物である。この構造の本発明標的認識分子は、標的認識ペプチドセグメントが分析対象となる標的物質を特異的に認識する性質を発揮し、帯電性セグメントが印加された電極(固定化部位)に高密度に集合する性質を発揮する。さらに帯電性セグメントが、標的認識ペプチドセグメントの自由度の低下を防止し、標的認識ペプチドセグメントが特異的認識機能を十分に発揮できる状態を形成するよう機能する。
【0094】
このような本発明標的認識分子を用いると、電極の形成された固定化部位に分子を効率よく高密度に保持させることができ、電気的保持による固定化は可逆的であるので、分析デバイスの使い勝手性を大幅に向上させることができる。そしてまた、本発明標的認識分子を用いることによる高密度な固定化により、分析デバイスの分析感度および精度を顕著に向上させることができる。
【0095】
また、帯電性セグメントに基材と結合する官能基を有する基材結合用セグメントが結合された本発明標的認識分子においては、固定化を望む部位に電圧を印加して標的認識分子を高密度に集め、この状態で基材結合用セグメントを介して標的認識分子と基材とを結合させることにより、高密度な固定化が可能である。基材結合用セグメントを介した結合は、電圧印加を解除しても解除されないので、これにより不可逆的な高密度固定化が実現する。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】図1は、本発明標的認識分子の構成要素の繋がりを示す概念図である。
【図2】図2は、図1に示す標的分子が電極(固定化部位)に電荷間相互作用により保持された状態を示す概念図である。
【図3】図3は、基材結合セグメントを有する本発明標的認識分子の構成要素の繋がりを示す概念図である。
【図4】図4は、基材結合セグメントを有する本発明標的認識分子が電極(固定化部位)に電荷間相互作用により保持された状態を示す概念図である。
【図5】図5は、基材結合セグメントを有する本発明標的認識分子が基材である電極に化学結合された様子を示す概念図である。
【図6】図6は、本発明標的認識分子の適用対象である分析装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0097】
本発明の実施するための実施の形態を、順次説明する。
【0098】
〔第1実施例群〕
(実施例1-1)
実施例1-1は標的認識ペプチドセグメントと帯電性セグメントの双方がペプチドで構成された標的認識分子の例である。
【0099】
[標的認識ペプチドセグメント]
標的認識ペプチドセグメントとして、protein kinaseB(PKB)基質ペプチドを用意した。このもののアミノ酸配列は〈G-R-P-R-T-S-S-F-A-E-G〉であり、このものはセリン残基がリン酸化されている。また、下記表1および式1に基づいて算出したPKB基質の平均等電点は6.5である。
【0100】
【数1】

【0101】
【表1】

【0102】
[帯電性セグメント]
帯電性セグメントとしては、酸性アミノ酸であるアスパラギン酸(D)を8個連結させたペプチド〈アミノ酸配列;D-D-D-D-D-D-D-D〉を用意した。この帯電性セグメントの平均等電点は、2.77であり、親水性である。
【0103】
この実施例1-1の標的認識分子のアミノ酸構成を化11に示し、標的認識分子の概念構成を図1に示す。この標的認識分子自体の平均等電点は4.95である。
【0104】
【化11】

【0105】
この標的認識分子の作製方法を説明する。
【0106】
(1)α−カルボキシル基以外のすべての官能基(α−アミノ基及び側鎖の官能基)が全て保護処理された、市販のアミノ酸を準備した。なお、このアミノ酸のα−アミノ基は、Fmoc(Fluorenyl−Methoxy−Carbonyl基)で保護され、側鎖官能基であるアスパラギン酸の側鎖カルボキシル基は、シクロヘキシルエステルで保護され、アルギニンのグアニジノ基は、p−トルエンスルホン酸でそれぞれ保護され、セリンのOH基はジメチルホスフェートで保護されている。
【0107】
(2)表面がアミノ基で修飾されたポリスチレン(担体)に、C末端となるアミノ酸(アスパラギン酸)のカルボキシル基を固定させた。
【0108】
(3)上記(2)により得られたアスパラギン酸が固定された担体と、20%ピペリジン/N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)とを混合し、Fmocにより保護されているアミノ基を脱保護した。
【0109】
(4)脱保護により生じた副生成物を洗浄し除去した。
【0110】
(5)アスパラギン酸(C末端から2番目に結合させるべきアミノ酸)を0.5M(モル/リットル、以下同様)、1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)を1.1M、ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)を1.1Mとなるように、N−メチルピロリドン(NMP)に溶解した。
【0111】
(6)上記(5)により得られた溶液を、上記(4)の洗浄後の溶液に混合した。これにより、アスパラギン酸(D)のアミノ基と、アスパラギン酸(D)のカルボキシル基と、が縮合反応されてペプチド結合が形成される。
【0112】
(7)上記(6)において、ペプチド結合しなかったアミノ酸を洗浄除去した。
【0113】
(8)C末端から3番目以降のアミノ酸について順次、上記(5)〜(7)と同様の操作を行って、N末端のグリシン(G)までアミノ酸鎖を伸長させた。
【0114】
(9)アミノ酸鎖の伸長操作が終了した後、アミノ酸鎖を3容量%のトリイソプロピルシランと、2容量%の純水とを含むトリフルオロ酢酸(TFA)の混合液で処理して、アミノ酸鎖を構成するアミノ酸残基の側鎖官能基の保護基(セリンについてはジメチルホスフェートの2つのメチル基)を脱保護した。このようにして、本実施例にかかる標的認識分子を作製した。
【0115】
なお、標的認識ペプチドセグメントおよび帯電性セグメントは、両者を合わせた全セグメントを遺伝子組み換え法を用いた生物学的方法によっても作成することができ、この標的認識分子の場合にはセリンのリン酸化を行う必要があるので、酵母などの真核生物に遺伝子を組み込むのがよい。
【0116】
図1に、標識認識分子の機能からする概念構成を示す。図1において、符号1が標的認識ペプチドセグメント、符号2が帯電性セグメントであり、1’が標的認識ペプチドセグメントの構成単位であるアミノ酸残基、2’が帯電性セグメントの構成単位(この例ではアミノ酸残基)を表している。なお、図1の「・・・」は構成単位の省略を表している。
【0117】
この標的認識分子を水に溶かし、溶液pHを弱塩基性ないし中性(例えばpH7.3)とすると、帯電性セグメント部分は強くマイナスに帯電し、標的認識ペプチドセグメントは僅かにプラスに帯電する。この溶液をプラスに帯電させた電極面に接触させると、帯電性セグメント部分が電極表面に電気的に保持固定され、標的認識ペプチドセグメント部分は直接的に電極に拘束されない。この様子を図2に示す。図2は概念図であり、標的認識分子が電極面に保持された様子を示している。図2の符号4は基材(電極)である。
【0118】
次に図6を用いて、この標的認識分子の使用態様の一例を説明する。図6は分析用マイクロ流路デバイスを用いた分析装置10であり、符号11は溶液注入口、12はマイクロ流路、13は排出口、14・15は一対の電極、16は検出器である。この装置を用いた分析法の基本的手順は次のようになる。
【0119】
実施例1-1の標的認識分子を、例えばpH7.3のリン酸緩衝生理食塩水からなるキャリア液に溶解させる。濃度は例えば100ug/mLとする。
【0120】
次に、一対の電極(何れか一方の電極表面が固定化部となる)に直流電圧を印加した状態(例えば1〜10Vとする)で、標的認識分子含有キャリア液を溶液注入口11から注入しマイクロ流路12内を流す。上記したように実施例1-1の標的認識分子はpH7.3のキャリア液中では、帯電性セグメントがマイナスに帯電するので、電極14に吸引固定される。この状態で、上記キャリア液(標的認識分子を含まないもの)でマイクロ流路内を洗浄する。これにより標的認識分子の固定化操作が終了する。
【0121】
この後、標的物質(ターゲット)を含むpH7.3のキャリア液を流すと、標的認識ペプチドセグメントに捕捉されることになる。なお、固定化以降の操作は、非標識免疫測定法や標識免疫測定法(例えばサンドイッチアッセイ法など)の公知の分析法に準じればよい。また、検出器としては、例えば熱レンズ、表面プラズモン共鳴、水晶発振子などが使用でき、また、固定化部位である電極自体を電気化学的な検出器として利用することもできる。
【0122】
標的認識分子を電極表面に保持しておく必要がなくなった段階(例えば分析が終了した段階)で電極への電圧印加を止め、洗浄用溶液を流す。電極への電圧を止めると、電極表面への固定化が解除されるので、洗浄用キャリア液によって標的認識分子が流路系外に流去させられる。これにより、分析デバイスの再生利用を図ることができる。なお、洗浄に際しては、標的認識分子の電荷を考慮し洗浄用溶液のpHを洗浄に都合のよいpHとすると一層洗浄効果が高まる。
【0123】
ここで、実施例1−1の標的認識分子は、ペプチドのみからなる分子であるが、帯電性セグメント部分のみが電極表面に固定化され、標的認識用ペプチドセグメント部分は固定化されないので、標的認識用ペプチドセグメント部分はキャリア液に対し自由に揺らぐことができる。よって、固定化によりその標的認識機能(ターゲット捕捉機能)が大幅に害されるといったことがない。
【0124】
なお、上記電極14の構成材料としては、例えば金(Au)、銅(Cu)、銀(Ag)、プラチナ(Pt)などの金属、導電性プラスチックなどが使用でき、電極は、分析デバイスの作製時にこれらの材料を固定化予定部位に塗布する等して予め形成しておけばよい。
【0125】
(実施例1−2)
実施例1の標的認識分子の帯電性セグメント〈アミノ酸配列;D-D-D-D-D-D-D-D〉のC末端に基材結合用セグメントとしてシステイン〈C〉を導入した。この実施例1−2の標的認識分子を化12に示す。化12の平均等電点は4.90である。この標的認識分子は、上記実施例1−1と同様な方法で作製することができる。
【0126】
【化12】

【0127】
実施例1−2の標的認識分子は、システイン残基のチオール基(硫黄元素)を介して金電極表面と化学結合させることができる性質を有する。よって、金電極に電荷を付与した状態で標的認識分子含有溶液を流すことにより、金電極表面に高密度に標的認識分子を集めることができ、これが金(Au)電極面に化学結合する。一旦、電極表面に化学結合した後は、電極への印加を止めても、固定化状態が保持される。
【0128】
(実施例1−3)
実施例1-2においては、更にシステイン残基のチオール基に、(N−[4−(p−Azidosalicylamido) butyl]−3´−(2´−pyridyldithio)propionamide)(APDP;Thermo社)を反応させ、末端に光架橋基であるアジド基を導入した。APDPのジスルフィド結合と、上記システインのSH基とが反応(ジスルフィド交換)して、結合する。
【0129】
実施例1−3の標的認識分子の構造を化13に示す。
【0130】
【化13】

【0131】
上記化13においては、システイン残基を含めたこれ以降の部分を基材結合用セグメントとすることとする。ただし、この例では、帯電性セグメントが酸性アミノ酸からなり、システインも酸性アミノ酸であるので、システイン残基を含めた〈D-D-D-D-D-D-D-D−C〉を帯電性セグメントと認定し、光架橋基(アジド基)と結合した、システイン残基のS以降を基材結合用セグメントと認定することもできる。
【0132】
この実施例1−3の標的認識分子は、基材結合用セグメントが光架橋基(アジド基)を有するので、基材面にUV長波長の光を照射することにより標的認識分子と基材とを化学結合(固定化)させることができる。
【0133】
(実施例1−4)
上記実施例1−3の(N−[4−(p−Azidosalicylamido) butyl]−3´−(2´−pyridyldithio)propionamide)に代えて、N−(6−Maleimidocaproyloxy)succinimide(同仁化学社)を用いて、システイン残基のチオール基にスクシンイミド基を導入した。
【0134】
この実施例にかかる標的認識分子は、分子末端にスクシンイミド基を有するので、アミノ基を持った基材面に化学結合(固定化)させることができる。
【0135】
アミノ基を持った基材面を作製する方法としては、基板上に金薄膜を形成し、11−Amino−1−undecanethiol, hydrochloride(同仁化学社)を用いて金薄膜上にアミノ基末端を持つSAM膜(SELF−Assembled Monolayer)を形成する方法が例示できる。
【0136】
図3に、実施例1−2〜実施例1−4の標的認識分子の概念構成を示す。また図4に、これらの分子が電荷の付与された電極面(基材面)に静電気的に吸着固定された様子を示す。さらに図5に、図4の状態で標的認識分子を基材結合セグメントを介して基材面に化学結合させ、その後、電極面への印加を解除した場合(標的分子が溶液中で立ち上がった状態)を示す。
【0137】
図3〜5に示すように、実施例1−2〜実施例1−4の標的認識分子は、静電気的引力により分子を電極に集め、この状態で基材結合セグメントの官能基を電極面に結合させることができる。よって、高効率で強度の強い固定化を行うことができる。なお、この固定化後は、電極への通電を絶っても固定化状態が保持させる。
【0138】
〔第2実施例群〕
(実施例2−1)
[標的認識ペプチドセグメント]
標的認識ペプチドセグメントとして、protein kinase A(PKA)基質ペプチドを用意した。このもののアミノ酸配列は〈L-R-R-A-S-L-G〉であり、このものはセリン残基がリン酸化されている。また、下記表1および式1に基づいて算出したPKA基質の平均等電点は7.3である。
【0139】
[帯電性セグメント]
帯電性セグメントとしては、塩基性アミノ酸であるアルギニンを10個結合したペプチド〈配列;R-R-R-R-R-R-R-R-R-R〉を用いた。標的認識分子の作製方法は、上記実施例1−1と同様な手法によった。この実施例2-1の標的認識分子を、化14に示す。化14の平均等電点は9.34である。
【0140】
【化14】

【0141】
この標的認識分子は、帯電性セグメントの平均等電点が高いので、帯電性セグメントの平均等電点よりも低いpHのキャリア液を用いる。
【0142】
ここで、帯電性セグメントを構成する塩基性アミノ酸としては、リジンおよびアルギニンが使用でき、酸性アミノ酸としては、アスパラギン酸およびグルタミン酸を使用することができる。例えばこの実施例2-1の分子における帯電性セグメントの構成アミノ酸をアルギニンに代えて、リジンのみ、又はリジンとアルギニンの両者を相互に用いても同様の機能を発揮し得る標的認識分子を構成することができる。さらに帯電性セグメントに中性アミノ酸を含有させても、標的認識機能と固定化機能の双方を備えた標的認識分子を構成することが可能である。
【0143】
ただし、中性アミノ酸の割合が多くなると、帯電性セグメントの電荷強度や密度が低くなるので、帯電性セグメントにおける塩基性アミノ酸残基を6個以上とし、塩基性アミノ酸残基の含有数割合を60%以上で、かつ隣合う塩基性アミノ酸残基同士の間に介在する中性アミノ酸残基を2個以下に規制するのがよい。このような分子を下記拡張例に例示的に示す。酸性アミノ酸を主体とする帯電性セグメントについては、上記塩基性アミノ酸を酸性アミノ酸(アスパラギン酸またはグルタミン酸)に読み替えて、同様に規制するのがよい。
【0144】
〈拡張例〉
〔L-R-R-A-S-L-G〕-〔R-R-R-A-H-K-K-K-T-R-K-R-P-K〕
【0145】
(実施例2−2)
上記実施例1−2と同様、標的認識分子の帯電性セグメント〈アミノ酸配列;RRRRRRRRRR〉のC末端に、実施例1−2と同様に基材結合用セグメントとしてシステイン〈C〉を導入した。この標的認識分子も、上記実施例1−1と同様にして作製することができる。この実施例2−2の標的認識分子の構造を化15に示す。化15の平均等電点は9.10である。
【0146】
【化15】

【0147】
(実施例2−3)
上記実施例1−3と同様にして、分子末端に光架橋基(アジド基)を導入した実施例2−3にかかる標的認識分子を作製した。実施例2−3の標的認識分子を化16に示す。
【0148】
【化16】

【0149】
(実施例2−4)
上記実施例1−4と同様にして、システイン残基のチオール基にスクシンイミド基を導入した実施例2−4にかかる標的認識分子を作製した。実施例2−4の標的認識分子の構造を化17に示す。
【0150】
【化17】

【0151】
〔第3実施例群〕
(実施例3)
標的認識ペプチドセグメントは、上記第1実施例群と同じPKA基質ペプチド〈配列;LRRASLG〉とし、C末端にリジン残基(K)を導入した。帯電性セグメントは、下記化1に示すポリアクリル酸構成単位(n=14、R=Na)を有するものとした。
【0152】
【化1】

【0153】
帯電性セグメントのカルボキシル基の一部を1−Ethyl−3−[3−dimethylaminopropyl]carbodiimide hydrochloride(THERMO社)で活性化させ標的認識ペプチドセグメントのリジン残基の側鎖アミノ基と結合させた。
【0154】
実施例3の標的認識分子のうち1構造を化18に示す。
【0155】
【化18】

【0156】
〔第4実施例群〕
(実施例4)
標的認識ペプチドセグメントは、上記第1実施例群と同じPKA基質ペプチド〈配列;LRRASLG〉とし、C末端にシステイン残基を導入した。
【0157】
帯電性セグメントは、下記化7に示すポリエチレンイミン構成単位(n=14)を有するものとした。帯電性セグメントのアミノ基の一部と、N−(a−Maleimidoacetoxy) succinimide ester)(Thermo社)のスクシンイミド基とを反応させ、さらマレイミド部分に標的認識ペプチドセグメントのシステイン残基のチオール基部分を結合させた。
【0158】
【化7】

【0159】
実施例4の標的認識分子構造のうち一構造を化19に示す。
【0160】
【化19】

【0161】
〔第5実施例群〕
(実施例5)
標的認識ペプチドセグメントは、上記第1実施例群と同じPKA基質ペプチド〈配列;L-R-R-A-S-L-G〉とし、C末端にリジン残基(K)を導入した。
【0162】
帯電性セグメントとしては、化9で表されるポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド構成単位n=14)を有するものとした。なお、帯電性セグメントに、標的認識ペプチドセグメントと結合させるためのアクリル酸構成単位を導入し、アクリル酸のカルボキシル基と上記リジンの側鎖アミノ基とを結合した。
【0163】
【化9】

【0164】
実施例5の標的認識分子のうち一構造を化20に示す。
【0165】
【化20】

【0166】
〔第6実施例群〕
(実施例6)
実施例5において、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロリドに代え、帯電性セグメントを化8で表されるポリアリルアミン構成単位(n=14)を有するものとした。なお、帯電性セグメントに、標的認識ペプチドセグメントと結合させるためのアクリル酸構成単位を導入した。これ以外は実施例5と同様にして、実施例6にかかる標的認識分子を作製した。この分子の構造のうち1構造を化21に示す。
【0167】
【化21】

【0168】
〔第7実施例群〕
(実施例7)
標的認識ペプチドセグメントは、上記第1実施例群と同じPKA基質ペプチド〈配列;LRRASLG〉とし、C末端にリジン残基(K)を導入した。
【0169】
帯電性セグメントは、化10で表されるポリビニルピリジン構成単位(n=14)を有するものとした。なお、帯電性セグメントに、標的認識ペプチドセグメントと結合させるためのアクリル酸構成単位を導入した。これ以外は実施例5と同様に行った。
【0170】
【化10】

【0171】
実施例7の標的認識分子のうち1構造を化22に示す。
【0172】
【化22】

【0173】
〔第8実施例群〕
(実施例8)
標的認識ペプチドセグメントは、上記第1実施例群と同じPKA基質ペプチド〈配列;L-R-R-A-S-L-G〉の末端にリジンKが導入されたものとした。
【0174】
帯電性セグメントは、オクトヌクレオチド(一方鎖はポリデオキシアデノシンモノホスフェート、他方(相補)鎖はポリデオキシチミジンモノホスフェート)を有し、一方鎖の5’末端のリン酸に(CH26SHが導入されたもの(化23参照)とした。
【0175】
【化23】

【0176】
N−(6−Maleimidocaproyloxy)succinimide(同仁化学社)を用いて、帯電性セグメントのチオール基にスクシンイミド基を導入し、標的認識ペプチドセグメントのリジン残基のアミノ基と結合させた。実施例8の標的認識分子の一構造を化24に示す。
【0177】
【化24】

【0178】
(その他の事項)
上記実施例3において、上記ポリアクリル酸構成単位を有する帯電性セグメントに代え、化2に示すポリスチレンスルホン酸構成単位、または化3に示すポリビニル硫酸構成単位を有する帯電性セグメントを用いることができる。
【0179】
【化2】

【0180】
【化3】

【0181】
また、上記実施例3〜9の標的認識分子においては、基材結合セグメントを有しない標的認識分子を示したが、これらの分子に対しても第1実施例群に示したように、基材に共有結合させる基材結合セグメントを化学結合させることができる。
【0182】
また、本発明にかかる標的認識分子は、標的認識ペプチドセグメントと帯電性セグメントとの間に両者を連結する連結要素を介在させたものでもよい。連結要素としては、例えば化25に示すポリエチレングリコールを用いることができる。
【0183】
【化25】

【0184】
〈帯電性セグメントの長さ〉
帯電性セグメントの長さ(アーム長)が長過ぎると、分子相互が絡み合うなどの不都合が生じる恐れがある。その一方、帯電性セグメントの長さが短過ぎると、標的認識ペプチドセグメントの自由度が小さくなり標的認識機能が低下する。よって、帯電性セグメントの長さはそれ自身の性質や標的認識ペプチドセグメントとの関係において適当に選定する必要があり、好ましくは標的認識ペプチドセグメントの長さの同等以上とし、より好ましくは1〜2倍の長さとする。また、繰り返し構成単位「n」が2以下であると静電的相互作用による吸引力が不十分になるので、「n」は3以上とするのが好ましい。
【0185】
〈標的認識ペプチドセグメントの平均等電点〉
標的認識分子を用いる分析デバイスにおいては、一般に中性付近(pH7±1程度)のキャリア液(水溶液)が使用される。上記各実施例2に示した標的認識分子の標的認識ペプチドセグメントの平均等電点は7.3であるので、この標的認識分子をpHが7±1程度の中性キャリア液に溶解した場合、標的認識ペプチドセグメント部分の電荷は無視しうる程度に小さい。すなわち、pH7±1程度のキャリア液を想定するとき、平均等電点7.3の標的認識ペプチドセグメント部分の影響が小さいので、この域でプラス又はマイナスの何れかに強く帯電する官能基を備えた帯電性セグメントを、標的認識ペプチドセグメントに付加すれば、分子全体の挙動を靜電気的に制御できる。
【0186】
ただし、標的認識ペプチドセグメントの平均等電点と、帯電性セグメントの平均等電点が近似していると、分子全体が電極に接触固定される。分子全体が固定されると、標的認識ペプチドセグメントの標的認識機能が害される恐れがある。よって、同一pH溶液中において、標的認識ペプチドセグメントと帯電性セグメントとが異なる種類の電荷に帯電する分子が好ましい。そして上記「同一pH溶液」としては、中性付近のpH溶液が望まれる。標的認識ペプチドセグメントはペプチドであるので、強酸や強塩基の溶液を用いると変性されるからである。
【0187】
具体的には標的認識ペプチドセグメントと帯電性セグメントの双方がペプチドで組成されている分子の標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が「8以下」(好ましくは「7.5以下6以上」)である場合には、帯電性セグメントの等電点を例えば「4.5以下2.77以上」とする。この要件を満たす標的認識分子は、例えばpH7.0付近のキャリア液(緩衝水溶液)に溶解すると、標的認識ペプチドセグメントは弱くプラスまたはマイナス、またはゼロに帯電し、帯電性セグメントは強くマイナスに帯電する。この分子の標的認識ペプチドセグメント部分の電荷の影響は小さいので、プラス印加量を適正に制御することにより、帯電性セグメントのみを好適な形で電極(固定化部位)に保持させることが可能になる。
【0188】
他方、標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が「6以上」、好ましくは「6.5以上8未満」である場合には、帯電性セグメントの等電点を例えば「8以上」、好ましくは「8.5以上10.76以下」、さらに好ましくは「9.5以上10.76以下」とする。この要件を満たす標的認識分子は、例えばpH7.0付近のキャリア液(緩衝水溶液)に溶解すると、標的認識ペプチドセグメントは弱くマイナスまたはプラス、またはゼロに帯電し、帯電性セグメントは強くプラスに帯電する。この分子の標的認識ペプチドセグメント部分の電荷の影響は小さいので、マイナス印加量を適正に制御することにより、帯電性セグメントのみを電極(固定化部位)に保持させることが可能になる。
【0189】
〈標的認識ペプチドセグメントの選定〉
上記各実施例では、標的認識ペプチドセグメントとしてprotein kinase A基質ペプチドおよびprotein kinase B基質ペプチドを用いたが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明要素である標的認識ペプチドセグメントは、標的物質を特異的に認識し得るペプチドであればよく、標的物質を特異的に認識するペプチドであるか否かは、検出目的とする標的物質(ターゲット)との関係において決める。
【0190】
標的認識ペプチドセグメントの選定方法としては、例えばファージディスプレイ法(Pharge Display − Laboratory Manual. Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001 Barbas. C. et al.)や、スポット合成法(The SPOT−synthesis technique. Synthesis peptide arrays on membrane supports−principles and applications. J. Immunol. Methods 267 2002 13−26 R. Frank)などの公知の方法を用いることができ、これらの方法で、標的物質を認識し得るペプチドのアミノ酸配列を決定することができる。
【0191】
標的認識ペプチドセグメントの原料ペプチドは、天然由来のもの、人工的に合成したものの何れでもよく、ペプチドの作製方法についても何ら限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0192】
本発明の標的認識分子は、特定物質に特異的に反応する感応部位である標的認識ペプチドセグメントと、帯電性が付与された帯電性セグメントとを備える新規な化学分子であり、本発明の標的認識分子を含む溶液を用いると、電荷を付与した固定化部位に、標的認識分子を自己集合的にかつ高密度に集合させ可逆的固定を行うことができる。また、基材結合セグメントを備える本発明の標的認識分子を用いると、電荷を付与した固定化部位に、標的認識分子を自己集合的に高密度に固定化することができる。このような本発明標的認識分子は、抗原抗体反応を利用した分析分野や医療分野などにおいて、分析用デバイスの使い勝手性、分析精度や再現性などに対する信頼性を高め、また治療技術の向上などに資する。よってその産業上の利用可能性は大きい。
【符号の説明】
【0193】
1 標的認識ペプチドセグメント
1’ 標的認識ペプチドセグメントの構成単位
2 帯電性セグメント
2’ 帯電性セグメントの構成単位
3 基材結合セグメント
4 基材(電極)
10 分析装置
11 溶液注入口
12 マイクロ流路
13 排出口
14・15 電極(何れか一方が固定化部位)
16 検出器
17 電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
免疫反応を引き起こし得る標的物質に対し特異的に反応するアミノ酸配列を有する標的認識ペプチドセグメントと、
前記標的物質に特異的に反応する機能を有しないセグメントであって同一溶液中で同一極性に帯電し得る3個以上の帯電性官能基を備えた帯電性セグメントと、
を有してなる標的認識分子。
【請求項2】
請求項1に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、前記同一の溶液中で異なる極性に帯電する官能基を有しない、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項3】
請求項1または2に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、前記標的認識ペプチドセグメントを構成するアミノ酸に直接結合されている、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項4】
請求項1、2、3の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が、6以下であり、
前記帯電性セグメントの3個以上の帯電性官能基が、pH6.5以上の溶液中でマイナスに帯電し得る官能基である、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項5】
請求項1、2、3の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が、8以上であり、
前記帯電性セグメントの3個以上の帯電性官能基が、pH7.5以下の溶液中でプラスに帯電する官能基である、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項6】
請求項1、2、3の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点が、6を超え8未満であり、
前記帯電性セグメントの3個以上の帯電性官能基が、pH6.5以上の溶液中でマイナスに帯電し得る官能基、またはpH7.5以下の溶液中でプラスに帯電する官能基である、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項7】
請求項1、2、3、4、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが3以上の化1で表されるポリアクリル酸構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化1】

【請求項8】
請求項1、2、3、4、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが3以上の化2で表されるポリスチレンスルホン酸構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化2】

【請求項9】
請求項1、2、3、4、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが3以上の化3で表されるポリビニル硫酸構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化3】

【請求項10】
請求項1、2、3、4、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが1以上の化4で表されるポリデキストラン硫酸構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化4】

【請求項11】
請求項1、2、3、4、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが1以上150以下の化5で表されるポリコンドロイチン硫酸構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化5】

【請求項12】
請求項1、2、3、4、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが3以上の化6で表されるポリヌクレオチド構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化6】



【請求項13】
請求項1、2、3、5、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、化7で表されるポリエチレンイミン構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化7】

【請求項14】
請求項1、2、3、5、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが3以上の化8で表されるポリアリルアミン塩酸塩構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化8】

【請求項15】
請求項1、2、3、5、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが3以上の化9で表されるポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化9】

【請求項16】
請求項1、2、3、5、または6の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、nが3以上の化10で表されるポリビニルピリジン構成単位を有するセグメントである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【化10】

【請求項17】
請求項1ないし3の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、ペプチド鎖を有してなるものである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項18】
請求項17に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントのペプチド鎖は、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を3個以上含み、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を含まないペプチド鎖からなる、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項19】
請求項18に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントのペプチド鎖における酸性アミノ酸残基の含有数割合が、60%以上である、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項20】
請求項17ないし19の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントを構成するペプチド鎖の平均等電点が、8以下であり、
前記帯電性セグメントを組成するペプチド鎖の平均等電点が、2.77以上4.5以下である、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項21】
請求項1ないし3の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を含まず、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を6個以上含み、かつ酸性アミノ酸残基の含有数割合が60%以上であり、隣合う酸性アミノ酸残基同士の間に介在する中性アミノ酸残基が2個以下に規制されたペプチド鎖を有してなる、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項22】
請求項17に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントのペプチド鎖は、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を3個以上含み、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を含まないペプチド鎖からなる、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項23】
請求項22に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントのペプチド鎖における塩基性アミノ酸残基の含有数割合が、60%以上である、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項24】
請求項17,22,23の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントを構成するペプチド鎖の平均等電点が、6以上であり、
前記帯電性セグメントを構成するペプチド鎖の平均等電点が、8以上10.76以下である、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項25】
請求項1ないし3の何れか1項に記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、アスパラギン酸残基またはグルタミン酸残基である酸性アミノ酸残基を含まず、アルギニン残基またはリジン残基である塩基性アミノ酸残基を6個以上含み、かつ塩基性アミノ酸残基の含有数割合が60%以上であり、隣合う塩基性アミノ酸残基同士の間に介在する中性アミノ酸残基が2個以下に規制されたペプチド鎖を有してなる、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項26】
請求項1ないし25の何れかに記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントはシステイン残基を含み、当該システイン残基の硫黄元素に前記帯電性セグメントが化学結合されている、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項27】
請求項1ないし25の何れかに記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントの一方端がシステイン残基であり、当該システイン残基の硫黄元素に前記帯電性セグメントが化学結合されている、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項28】
請求項1ないし25の何れかに記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントは、前記標的認識ペプチドセグメントを構成するアミノ酸のN末端またはC末端に化学結合されている、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項29】
請求項1ないし28の何れかに記載の標的認識分子において、
前記標的認識ペプチドセグメントは、3個以上19個以下のアミノ酸残基を有するペプチドである、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項30】
請求項1ないし29の何れかに記載の標的認識分子において、
前記帯電性セグメントには、基材と結合させるための官能基を備える基材結合用セグメントが化学結合されている、
ことを特徴とする標的認識分子。
【請求項31】
マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、
上記請求項4に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点以上のpHに調整する標的認識分子溶液作製工程と、
前記マイクロ流路内の電極にプラス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、
を備えることを特徴とする標的認識分子の固定化方法。
【請求項32】
マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、
上記請求項5に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを前記標的認識ペプチドセグメントの平均等電点以下のpHに調整する標的認識分子溶液作製工程と、
前記マイクロ流路内の電極にマイナス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、
を備えることを特徴とする標的認識分子の固定化方法。
【請求項33】
マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、
上記請求項6に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを6.5を超え7.5未満に調整する標的認識分子溶液作製工程と、
前記マイクロ流路内の電極にマイナスまたはプラスの何れかの電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、
を備えることを特徴とする標的認識分子の固定化方法。
【請求項34】
マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、
上記請求項20に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを6以上8.5以下に調整する標的認識分子溶液作製工程と、
前記マイクロ流路内の電極にプラス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、
を備えることを特徴とする標的認識分子の固定化方法。
【請求項35】
マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、
上記請求項24に記載の標的認識分子を溶液に溶解し、当該溶液のpHを6以上8.5以下に調整する標的認識分子溶液作製工程と、
前記マイクロ流路内の電極にマイナス電荷を印加した状態で、前記マイクロ流路内に前記標的認識分子溶液を流して、溶液中の標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し保持させる保持工程と、
を備えることを特徴とする標的認識分子の固定化方法。
【請求項36】
マイクロ流路内に電極の形成された分析用デバイスに標的認識分子を固定化する方法であって、
上記請求項30に記載の標的認識分子を水系溶媒に溶解し所定pHに調整した標的認識分子溶液を作製する工程と、
前記標的認識分子溶液中における帯電性セグメントの電荷と逆極性の電荷を電極に印加した状態で、当該電極上に前記標的認識分子溶液を流して、標的認識分子を電極表面に電気的に吸引し暫定的に保持させ、この状態で標的認識分子の基材結合用セグメントを介して標的認識分子を電極面に固定化する工程と、
を備えることを特徴とする標的認識分子の固定化方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−137651(P2011−137651A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−296106(P2009−296106)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)