樹脂中の可塑剤の分析方法及びその分析装置
【課題】樹脂試料中からフタル酸エステル類等の可塑剤を簡便かつ高感度にスクリーニング分析できる樹脂中の可塑剤の分析方法及びその分析装置の提供。
【解決手段】可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程とを含む樹脂中の可塑剤の分析方法である。
【解決手段】可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程とを含む樹脂中の可塑剤の分析方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂中の可塑剤、特にフタル酸エステル類の含有を簡便かつ高感度に検出することができる樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、さまざまな分野で環境保全に対する取り組みがなされている。電子及び電気機器の分野においては、特定有害物質の使用制限についてのEU(欧州連合)による指令であるRoHS(Restrictions of the Certain Hazardous Substances in Electrical and Electronic Equipment)が世界的な環境規制のグローバルスタンダードとなっている。このRoHS指令では、鉛、水銀、六価クロム等が有害物質として厳しく規制されているが、追加案として発がん性等の人体への影響が懸念されるフタル酸エステル類も規制対象物質の候補として検討されていることが公表されている。
現時点において、規制対象候補物質のフタル酸エステル類は、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(Di(2-ethylhexyl) phthalate:DEHP)、フタル酸ジブチル(Dibutyl phthalate:DBP)及びフタル酸ブチルベンジル(Butyl benzyl phthalate:BBP)の3種類であり、規制濃度はそれぞれ1000ppmとすることが検討されている。
【0003】
フタル酸エステル類は、主としてポリ塩化ビニル(PVC)の可塑剤として使用されている。中でも、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)は、日本国内の生産量(約20万トン)の60%を占め、電線の被覆材等に多く使用されている。
このような背景から、電子及び電気機器製品の製造工場等では調達した部材にフタル酸エステル類が使用されているかどうかを検査する必要がある。フタル酸エステル類の分析方法としては、例えば、ガスクロマトグラフ質量分析法、液体クロマト質量分析法、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR:Attenuated Total Reflection-Fourier Transform Infrared Spectroscopy)などが挙げられる。
また、微量の試料を分析する関連技術として、赤外線反射部材に形成したフッ素系樹脂の薄膜にピンホールを、所定間隔を隔てて形成し、このピンホールに試料を含ませた溶液を滴下した後蒸発させて凝縮し、赤外線を照射してスペクトルを測定する方法などがある。
【0004】
前記ガスクロマトグラフ質量分析法及び液体クロマト質量分析法は、フタル酸エステル類を精密に分析できるが、試料の作製に多くの工数を要し、測定結果を得るまでに長時間を要すること、工程中に環境への負荷が大きく、衛生管理上取り扱いに注意を要する化学物質の使用が必要な場合があること、測定結果の解析に高度な技術を要すること、更に装置のメンテナンス費用、質量分析装置の価格が高価であることなどから、工場の調達部材の受け入れを行う検査部門での適用には問題がある。
【0005】
前記赤外分光分析法の一つであるフーリエ変換赤外分光(FT−IR)法は、製品を直接測定することができ試料作製に長時間を要することはないが、分析においてマトリクス成分(原料物質成分)に基づくスペクトルがフタル酸エステル類の検出に影響し、検出精度が低いという問題がある。
前記フッ素系樹脂の薄膜にピンホールを形成して測定する方法は試料を凝集濃縮できるが、質量分析と同様に製品からフタル酸エステル類の溶液抽出に時間を要する、という問題がある。
【0006】
ところで、電子及び電気機器製品の製造工場では、毎月(毎日)数十から数百(工場の規模に依存)種類(ロット)もの納入品があり、これらを検査する必要がある。ロット毎、或いはロット内の代表抜き取り検査により対象を絞り込んでも、数量は膨大となる。フタル酸エステル類が可塑剤として多用されるポリ塩化ビニル(PVC)を被覆材とした電線は、一本のケーブルに複数(信号線分)使用されている場合が多く、被覆材の色が複数あるように、各電線の被覆材は、それぞれ異なるものであり、検査数量が一層増大することになる。
【0007】
一方、フタル酸エステル類は、玩具製品等においては既に規制されている(非特許文献1参照)。この場合、フタル酸エステル類の規制濃度は、0.1質量%(1000ppm)である。このレベルのフタル酸エステル類の分析には、通常、GC−MS等の分析方法が用いられるが、前処理(溶媒での溶解、遠心分離による抽出など)から分析までに数時間以上、分析装置の分解清掃などの後片付けまで含めると更に数時間を要し、分析全体の工数が増大する。特に、前処理には、樹脂を良く溶解させるため、環境及び人への影響が大きい有機溶剤(例えば、ヘキサンなど)を多量に使用し、安全衛生管理上も負担が大きく、廃液、廃棄の処理も必要となる。
【0008】
工場での検査においては、工数の削減が必須である。したがって、多少検査の精度が低下しても、簡便にスクリーニングできる手法に対するニーズは高い。このような背景を受け、米国消費者製品安全委員会は、子供向け玩具製品に含有するフタル酸エステル類の試験方法を公表したCPSC−CH−C1001−09.3の改訂版で、検出下限が10質量%以上と、規制値0.1質量%の2桁以上も悪い方法であることを認めながら、非常に簡便な赤外分光光度計を使用した選別方法をオプションとして利用できるようにしている(非特許文献2及び3参照)。
【0009】
分析工数とのバランスではあるが、スクリーニングであっても規制値に対してより検出下限の近い、簡便な分析方法に対するニーズは、当然のことながら大きい。前処理量が多いと、試料(量)をたくさん用意しなければいけないという課題の他、当然処理の工数も量の増加に伴って増加するし、後片付けに必要な部材(洗浄後の薬品、廃棄物など)、工数も増加する。
【0010】
したがって、必要最小限の処理量で、樹脂試料中からフタル酸エステル類等の可塑剤を簡便かつ高感度にスクリーニング分析できる樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置の提供が強く望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】URL:http://www.shimadzu-techno.co.jp/technical/ftir_gcms_phthalate.html#0
【非特許文献2】URL:http://www.gakusainet.com/ousyuu201005.html
【非特許文献3】URL:http://www.cpsc.gov/about/cpsia/CPSC-CH-C1001-09.3.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、樹脂試料中からフタル酸エステル類等の可塑剤を簡便かつ高感度にスクリーニング分析できる樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するための手段としては、後述する付記に記載した通りである。即ち、
開示の樹脂中の可塑剤の分析方法は、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、
樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程と、を含む。
開示の樹脂中の可塑剤の分析装置は、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発手段と、
前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する捕集手段と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中手段と、
を有する。
【発明の効果】
【0014】
開示の樹脂中の可塑剤の分析方法によると、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、必要最小限の処理量で、試料樹脂中からフタル酸エステル類等の可塑剤を簡便かつ高感度にスクリーニング分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)のTG/DAT(示差熱・熱重量同時測定)の結果を示すグラフである。
【図2】図2は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法の工程フローを示す図である。
【図3】図3は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法における捕集工程を示す図である。
【図4】図4のAは、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法における集中工程を示し、図4のBは、溶液を3回滴下した状態を示す図である。
【図5】図5は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法における可塑剤検出工程で用いる顕微赤外分光装置を示す写真である。
【図6】実施例1のステンレス板上に付着しているフタル酸エステル類の捕集物の状態を示す写真である。
【図7】実施例1の可塑剤を分析した結果を示すIRスペクトル図である。
【図8】比較例1の可塑剤を分析した結果を示すIRスペクトル図である。
【図9】実施例1及び比較例1の1650cm−1〜1550cm−1のIRスペクトル図である。
【図10】実施例2のホットプレートの温度を200℃、230℃、及び260℃に変え、それぞれの温度でステンレススチール(SUS)板の熱容量を半分に変えて、フタル酸エステル類を測定した結果のIRスペクトル図である。
【図11】図11は、実施例2のホットプレートの温度を200℃、230℃、及び260℃に変え、それぞれの温度で、対向位置にステンレススチール(SUS)板を設け、その熱容量を半分に変えて、表面の温度と時間との関係を示すグラフである。
【図12】図12は、滴下する溶剤の種類を変えた場合の濡れ広がりの状態とフタル酸エステル類の移動、集中度を評価した図である。
【図13】図13は、比較例2の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図14】図14は、比較例3の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図15】図15は、比較例4の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図16】図16は、比較例5の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図17】図17は、比較例6の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図18】図18は、フタル酸エステル類の濃度0.6質量%の樹脂試料での比較例2〜6のフタル酸エステル類のIRスペクトル図である。
【図19】図19は、フタル酸エステル類の濃度6.6質量%の樹脂試料での比較例2〜6のフタル酸エステル類のIRスペクトル図である。
【図20】図20は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置の一例を示す概略図である。
【図21】図21は、溶剤滴下装置の一例を示す概略図である。
【図22】図22は、溶剤を3回滴下する場合の滴下方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置)
本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法は、蒸発工程と、捕集工程と、集中工程とを含み、可塑剤検出工程、更に必要に応じてその他の工程を含んでなる。
本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置は、蒸発手段と、捕集手段と、集中手段とを有し、可塑剤検出手段、更に必要に応じてその他手段を有してなる。
【0017】
本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置により好適に実施することができ、前記蒸発工程は前記蒸発手段により行うことができ、前記捕集工程は前記捕集手段により行うことができ、前記集中工程は前記集中手段により行うことができ、前記可塑剤検出工程は前記可塑剤検出手段により行うことができ、前記その他の工程は前記その他の手段により行うことができる。
【0018】
<蒸発工程及び蒸発手段>
前記蒸発工程は、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる工程であり、蒸発手段により実施される。
前記蒸発手段としては、前記可塑剤を含む樹脂試料を加熱する加熱部材などが挙げられる。
【0019】
前記加熱部材としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えばホットプレート、などが挙げられる。
前記加熱部材による加熱温度は、200℃〜400℃が好ましい。これは、フタル酸エステル類としてのフタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)の蒸発温度は193℃であり、ポリ塩化ビニルの熱分解温度は240℃〜250℃、分解終了温度が400℃程度であるからである。
【0020】
ここで、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)の「蒸発温度」としているのは、TG/DAT(示差熱・熱重量同時測定)により、DEHPを測定して、急激な重量変化が開始(蒸発が顕著になる)するときの温度である。図1に示すように、150℃程度で蒸発による重量の現象が顕著になり始め、240℃程度で蒸発は終了する。
前記加熱部材による加熱は、温度が高すぎると、目的とするフタル酸エステル類以外の蒸発物(例えば、高沸点の添加剤、ポリ塩化ビニル(PVC)分解物)などが付着しやすくなる。また、輻射熱で、捕集用平板の表面温度が上昇して捕集性能が低下したり、捕集物が再蒸発してしまうことがある。
【0021】
前記可塑剤を含む樹脂試料としては、可塑剤を含んでいれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えばポリ塩化ビニル(PVC)ペレット、などが挙げられる。
前記可塑剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、フタル酸エステル類が好適に挙げられる。前記フタル酸エステル類としては、例えば、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)などが挙げられる。
【0022】
<捕集工程及び捕集手段>
前記捕集工程は、樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する工程であり、捕集手段により実施される。
前記捕集手段は、前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する手段である。
【0023】
前記平板としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えばステンレススチール(SUS)板などが挙げられる。これは、繰り返し使用しても表面の状態が安定な(捕集状態や溶剤の濡れ広がり状態への影響が少ない)金属、金属反射顕微法で測定するので表面を平滑(鏡面)に加工しやすい金属という条件を総合的に判断してステンレススチール(SUS)板が好ましい。
前記平板の大きさは、加熱する樹脂試料の大きさに応じて異なり適宜選択することができるが、5cm角程度が好ましく、顕微赤外分光装置にセットすることから数mm程度の厚さのものが取り扱い性の点で好ましい。
【0024】
加熱する樹脂試料量、温度、時間により、凝縮量、捕集量は変化する。樹脂試料量を多くすると、捕集量は増加するが、熱伝導により、厚くするより広げるほうが捕集しやすくなる。樹脂試料が厚い場合は、時間が長くなり、対向平板の表面温度が輻射熱で上昇して、凝縮が阻害され、更に時間が長くなると捕集物が再蒸発する。
加熱温度も高いほうが可塑剤の蒸発を推進するが、上記と同様の理由で、輻射熱も大きくなり、また、検出目的物質である可塑剤以外の高分子成分の蒸発も推進されるので、スペクトル判定の際、妨害となる場合もある。また、温度は、捕集する可塑剤成分が分解しない温度とすることが好ましい。
輻射熱の問題は、測定時間、ホットプレート面と平板の間隔、平板の熱容量などそれぞれが相関するので、適切な条件を設定することが好ましい。
ホットプレートの温度範囲3点(ホットプレートなので精度の高い温度調整はできず、初期を概設定温度にして、時間経過とともに温度が徐々に上昇している)と捕集時間を設定して、平板の熱容量(1枚、2枚重ね)もパラメータに捕集した捕集物でのダブルピークの実験結果から、260℃でSUS板2枚、及び230℃でSUS板2枚を用い3分程度の加熱の条件が好ましいことが分かる。
【0025】
<集中工程及び集中手段>
前記集中工程は、可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める工程であり、集中手段により実施される。
【0026】
前記溶剤としては、平板との濡れ性が良好で、可塑剤としてのフタル酸エステル類の良溶媒でなく、常温常圧下で蒸発しやすい液体が用いられる。即ち、溶剤を滴下したとき、平板とフタル酸エステル類の界面に浸透して、浮き上がらせ、溶剤の濡れ広がりに応じて外側にあるフタル酸エステル類の方向へ移動することが好ましい。また、その濡れ広がり途中で、蒸発して濡れ広がった外周部にフタル酸エステル類を固定することが好ましい。溶剤がフタル酸エステル類の良溶媒であれば、滴下した溶剤に均一に溶解し、移動集中しないので、好ましくない。
前記溶剤として、低分子の直鎖1価アルコールであるメタノール、エタノールなどが好ましく、安全衛生上の観点から、エタノールが特に好ましい。
【0027】
<可塑剤検出工程及び可塑剤検出手段>
前記可塑剤検出工程は、可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する工程であり、可塑剤検出手段により実施される。
前記可塑剤検出手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、顕微赤外分光装置、ガスクロマトグラフ質量分析法、液体クロマト質量分析法、フーリエ変換赤外分光(FT−IR)法、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)などが挙げられる。これらの中でも、前述したように、工数の少なさ、取り扱いの容易性などの観点から、顕微赤外分光装置が特に好ましい。
【0028】
−その他の工程及びその他の手段−
前記その他の工程及び前記その他の手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、制御工程及び制御手段などが挙げられる。
【0029】
ここで、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法の工程フローを図2に示す。
図2中、ステップ1は蒸発工程を示し、ホットプレート等の加熱手段により、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、前記樹脂試料から可塑剤を蒸発させる。
【0030】
図2中、ステップ2は捕集工程を示し、樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する。
ここで、図3に示すように、樹脂試料2と対向する位置に平板3を設けると、樹脂試料2から蒸発した蒸気は平板3表面で冷却され、平板3上に凝縮し、可塑剤を捕集することができる。この捕集工程で捕集される可塑剤は極微量であるため、捕集された試料を直接、簡便なフーリエ変換赤外分光(FT−IR)法などで分析することは困難である。なお、図3中、1はホットプレート等の加熱手段、4は蒸気凝縮捕集物を表す。
【0031】
図2中、ステップ3は集中工程を示し、可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める。
図4のAに示すように、平板3の捕集面にマイクロピペット5により溶剤を滴下して、溶剤が濡れ広がる際に、濡れた部位の捕集物を外周部へ移動させる。これにより、捕集物を、簡便かつ効率的に集中させることができる。1回の滴下により集中する可塑剤量は、平板上、単位面積あたりの捕集量に依存するが、1回の滴下による集中する可塑剤量が分析に不足する場合は、図4のBに示すように、滴下位置を変えて、複数回実施する。この際、外周部が重なるように滴下位置を調整することで、集中する可塑剤量の増加を図ることができる。図4のBは、滴下位置を変えて3回滴下した場合を示す。
【0032】
図2中、ステップ4は可塑剤検出工程を示し、可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する。
可塑剤が集まった部分を、顕微赤外分光装置で測定することにより、図5に示すIRスペクトル図が得られる。IRスペクトル図では、いろいろな位置のピークを確認して検出物質を特定することができるが、規制候補対象のフタル酸エステル類では、フェニル基中の隣接する2つのCのHが置換(1,2置換)されているので、その構造を反映した1600cm−1付近のダブルピークの有無により、目的とするフタル酸エステル類を検出することができる。
【0033】
<樹脂中の可塑剤の分析装置>
本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置は、樹脂試料を加熱して可塑剤の蒸気を凝縮し、捕集する可塑剤捕集手段と、捕集した面に溶剤を滴下する溶剤滴下手段と、可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する可塑剤検出手段とを有し、可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変える滴下位置変更手段、更に必要に応じてその他の手段を有してなる。
【0034】
前記可塑剤捕集手段は、図20に示すように、加熱部材20と、熱拡散板30と、試料台40と、樹脂試料70と、平板50とを有している。
加熱部材20はホットプレートの機能を有する部材であり、発熱部(不図示)として例えばセラミックヒータなどが挙げられる。発熱部により加熱される熱拡散板30と、試料台40として熱伝導性のよい、銅、アルミニウム等の金属が用いられる。この熱拡散板の温度を計測するセンサー(不図示)として、例えば、熱電対などが挙げられる。このセンサーの出力のフィードバックを受けて発熱部の発熱を制御し、駆動する制御回路と電源(不図示)を有している。なお、熱拡散板30以外は、本体20に内蔵されている。
【0035】
前記可塑剤検出手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、顕微赤外分光装置などが挙げられる。
【0036】
図21は、溶剤滴下装置100の一例を示す概略図である。この図21の溶剤滴下装置100は、台座31に設けた3本の支柱32により、環33が保持されている。環内にはレール34が設置されている。また、環内壁にはベアリング等の回転機構(不図示)があり、レール34を保持している。レール34には、マイクロピペット35が設置され、レール34の中心位置から左右に稼動することができる。また、レール34は環33内を回転するので、マイクロピペット35は、所定の外周部範囲を除き、環33内の任意の位置に移動することができる。
環33内のほぼ中心付近に対応した台座31の上に、可塑剤蒸気を捕集した平板をセットする。マイクロピペット35は、最初、環33の中心に位置しており、内部に保持した溶剤を所定量滴下することができる。
次に、必要に応じて、2回目の滴下した溶剤が濡れ広がった外周部に重なりが生じるように、所定の距離、マイクロピペット35をレール34上でスライドさせ、2回目の滴下を行う。更に、必要があれば3回目の滴下を行う。この場合、マイクロピペット35はレール34上では固定して、レールを回転させることで、3回目の滴下位置まで移動させる。
平板の材料、捕集物、溶剤の条件がほぼ同じ場合には、濡れ広がり方もほぼ同じになると想定されるので、スライドの範囲、回転の範囲を予め設定して、マーカー及びストッパを設けることで、簡便かつ再現性良く試料の前処理を実施することが可能になる。
【0037】
図22には、溶剤を3回滴下する場合の滴下位置の一例を示す。最初にS0の位置に溶剤を滴下する。次に、2回目の滴下位置S1は、予め把握しておいた溶剤の濡れ広がり量から外周部が重なる中心間距離Rを求めておき、図21の溶剤滴下装置にスライドさせる距離Rを設定しておく。更に、3回目の滴下位置S2は、角S1S0S2のθ(60度)を溶剤滴下装置の回転角として設定しておく。これにより、図21に示す溶剤滴下装置を用いて、図22に示す滴下パターンを容易に形成できる。
図22では、3回滴下する場合を説明したが、滴下回数と滴下パターンを決めれば、それに応じて、溶剤滴下装置に設定するスライド距離、回転角を何段階か組み合わせることで、任意の滴下パターンを形成することができる。
【0038】
−用途−
本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置は、樹脂中の可塑剤の検出、特に、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)等のフタル酸エステル類の検出に好適に用いられる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら制限されるものではない。
【0040】
(実施例1)
樹脂試料としてポリ塩化ビニル(PVC)ペレット(サイズ:直径4mm×厚み2mm、可塑剤としてフタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)を0.6質量%含有、アジピン酸エステル類35質量%含有)を用いた。
次に、ホットプレート(EC PLATE MODEL EC−400、井内盛栄堂(現アズワン)社製)上に汚染防止のアルミニウム箔を敷いてホットプレートで約260℃に加熱した(蒸発工程)。
ホットプレート上に樹脂試料を3個置き、すぐに対面にステンレススチール(SUS)板(20mm×70mm×2mm(厚み))を約3mmの間隔で3分間保持して蒸気捕集を行った(捕集工程)。得られた蒸気凝集捕集物は、直径50μm程度以下の粒状になって、SUS板上に付着している(図6参照)。
次に、SUS板が常温程度になるまで、自然冷却後、捕集面に、マイクロピペット(エッペンドルフ社製)で、10μLのエタノールを、滴下位置を変えて、滴下液の濡れ広がりの周辺部が重なるように3回滴下した(集中工程)。
次に、重なり部分に捕集物が集中していることを目視で確認し、重なり部分を分析位置として、顕微赤外分光装置(赤外分光本体:島津製作所製、型格:FTIR−8400S、顕微部(OP):島津製作所製、型格AIM8800)で、フタル酸エステル類を測定した。実施例1のフタル酸エステル類の測定結果のIRスペクトルを図7に示す。
【0041】
(比較例1)
フッ素樹脂製のヘラ(ミクロスパーテル、150mm(全長)、アズワン株式会社製)で捕集面をかき取り一箇所に集中させた部位を試料として、実施例1と同様にして、フタル酸エステル類を測定した。この比較例1のフタル酸エステル類の測定結果のIRスペクトルを図8に示す。
【0042】
図7及び図8の結果から、フタル酸エステル類の検出判断を行う、1650cm−1〜1550cm−1のIRスペクトルを抜粋し、拡大して図9に示す。
これらの結果から、フタル酸エステル類の含有濃度0.6質量%の樹脂試料から、フタル酸エステル類を検出できることが分かった。ピークの高さ比から、比較例1のヘラを用いてかき集める方法に比べて、実施例1は10倍の検出感度を有することが分かった。
【0043】
(実施例2)
蒸発工程で用いる加熱部材としてのホットプレートの温度を200℃、230℃、及び260℃に変え、それぞれの温度でSUS板の熱容量を半分に変えた(SUS板1枚1mm、SUS板2枚2mm)以外は、実施例1と同様にして、フタル酸エステル類を測定した。測定結果のIRスペクトルで1,600cm−1付近を比較して図10に示す。図11では、ホットプレートの温度と時間との関係を示す。
図10及び図11の結果から、260℃でSUS板2枚、及び230℃でSUS板2枚において明確にダブルピークが確認できた。
【0044】
(実施例3)
実施例1と同様にして、フタル酸エステル類を捕集したSUS板表面に、集中工程で滴下する溶剤として、トルエン(関東化学株式会社製、特級、99.5%)、エタノール(和光純薬工業株式会社製、電子工業用、99.5%以上)、メタノール(関東化学株式会社製、フタル酸エステル類試験用、99.8%)、2−プロパノール(和光純薬工業株式会社製、高速液体クロマトグラフ用、99.7%)、及びアセトン(関東化学株式会社製、フタル酸エステル類試験用、99.8%)を用い、それぞれ10μL滴下し、乾燥した以外は、実施例1と同様にして、溶剤の濡れ広がりの状態とフタル酸エステル類の移動、集中度を評価した。図12に結果を示す。
図12の結果から、メタノール及びエタノールは、拡張した周辺エッジに捕集物を移動した。2−プロパノールは拡張面積が小さい。アセトン及びトルエンは、捕集物を溶解し、周辺エッジへ移動しなかった。
これらの結果から、溶剤としては、低分子の直鎖1価アルコールであるメタノール、エタノールが好ましいことが分かった。これらの中でも、安全性の面でエタノールが特に好ましいことが分かった。
【0045】
(比較例2〜6)
図13〜図17に示す比較例2〜6について、それぞれフタル酸エステル類を0.6質量%、及び6.6質量%を含有する樹脂試料でのIRスペクトルの測定結果をそれぞれ図18及び図19に示す。
図13の比較例2は、前処理(蒸発工程、捕集工程、及び集中工程)なしの場合であって、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)で測定したものである。
図14の比較例3は、比較例2において、樹脂試料を剃刀で切断して新たな切断面を用いた場合である。
図15の比較例4は、熱延伸フィルムに形成された試料を用い、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)で測定したものである。
図16の比較例5は、アルミニウム板に蒸気を採取し、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)で測定したものである。
図17の比較例6は、SUS板を用いて蒸気捕集し、顕微赤外分光装置で測定したものである。
図18及び図19の結果から、フタル酸エステル類の含有を判定する1600cm−1付近のダブルピークを確認すると、フタル酸エステル類の含有濃度が0.6質量%の樹脂試料の場合には、比較例2〜6のいずれでもダブルピークは確認できなかった。一方、フタル酸エステル類の含有濃度が6.6質量%の樹脂試料の場合には、比較例6のみについてダブルピークを確認でき、目的とするフタル酸エステル類を検出することができた。
【0046】
以上の実施例1〜3を含む実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1) 可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、
蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程と、を含むことを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記2) 可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変えて集中工程を複数回実施し、溶剤が濡れ広がった複数の外周部の重なり部分に可塑剤を集める付記1に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記3) 集中工程を3回実施し、溶剤が濡れ広がった3つの外周部の重なり部分に可塑剤を集める付記2に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記4) 可塑剤が集まった部分の可塑剤を測定する可塑剤検出工程を含む付記1から3のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記5) 溶剤が、可塑剤を溶解しない炭素数1〜3のアルコールである付記1から4のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記6) 溶剤が、エタノールである付記5に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記7) 可塑剤がフタル酸エステル類であり、集中させたフタル酸エステル類を顕微赤外分光装置で測定する付記1から6のいずれかに記載の可塑剤の分析方法。
(付記8) 平板が平滑であり、かつ可塑剤及び溶媒に耐性のある金属からなる付記1から7のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記9) 可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発手段と、
前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する捕集手段と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中手段と、
を有することを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析装置。
(付記10) 可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変える滴下位置変更手段を有する付記9に記載の樹脂中の可塑剤の分析装置。
(付記11) 可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する可塑剤検出手段を有する付記9から10のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析装置。
【符号の説明】
【0047】
1 加熱手段
2 樹脂試料
3 平板
4 蒸気凝縮捕集物
5 マイクロピペット
31 台座
32 支柱
33 環
34 レール
35 マイクロピペット
20 加熱部材
30 熱拡散板
40 試料台
50 平板
70 樹脂試料
100 溶剤滴下装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂中の可塑剤、特にフタル酸エステル類の含有を簡便かつ高感度に検出することができる樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、さまざまな分野で環境保全に対する取り組みがなされている。電子及び電気機器の分野においては、特定有害物質の使用制限についてのEU(欧州連合)による指令であるRoHS(Restrictions of the Certain Hazardous Substances in Electrical and Electronic Equipment)が世界的な環境規制のグローバルスタンダードとなっている。このRoHS指令では、鉛、水銀、六価クロム等が有害物質として厳しく規制されているが、追加案として発がん性等の人体への影響が懸念されるフタル酸エステル類も規制対象物質の候補として検討されていることが公表されている。
現時点において、規制対象候補物質のフタル酸エステル類は、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(Di(2-ethylhexyl) phthalate:DEHP)、フタル酸ジブチル(Dibutyl phthalate:DBP)及びフタル酸ブチルベンジル(Butyl benzyl phthalate:BBP)の3種類であり、規制濃度はそれぞれ1000ppmとすることが検討されている。
【0003】
フタル酸エステル類は、主としてポリ塩化ビニル(PVC)の可塑剤として使用されている。中でも、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)は、日本国内の生産量(約20万トン)の60%を占め、電線の被覆材等に多く使用されている。
このような背景から、電子及び電気機器製品の製造工場等では調達した部材にフタル酸エステル類が使用されているかどうかを検査する必要がある。フタル酸エステル類の分析方法としては、例えば、ガスクロマトグラフ質量分析法、液体クロマト質量分析法、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR:Attenuated Total Reflection-Fourier Transform Infrared Spectroscopy)などが挙げられる。
また、微量の試料を分析する関連技術として、赤外線反射部材に形成したフッ素系樹脂の薄膜にピンホールを、所定間隔を隔てて形成し、このピンホールに試料を含ませた溶液を滴下した後蒸発させて凝縮し、赤外線を照射してスペクトルを測定する方法などがある。
【0004】
前記ガスクロマトグラフ質量分析法及び液体クロマト質量分析法は、フタル酸エステル類を精密に分析できるが、試料の作製に多くの工数を要し、測定結果を得るまでに長時間を要すること、工程中に環境への負荷が大きく、衛生管理上取り扱いに注意を要する化学物質の使用が必要な場合があること、測定結果の解析に高度な技術を要すること、更に装置のメンテナンス費用、質量分析装置の価格が高価であることなどから、工場の調達部材の受け入れを行う検査部門での適用には問題がある。
【0005】
前記赤外分光分析法の一つであるフーリエ変換赤外分光(FT−IR)法は、製品を直接測定することができ試料作製に長時間を要することはないが、分析においてマトリクス成分(原料物質成分)に基づくスペクトルがフタル酸エステル類の検出に影響し、検出精度が低いという問題がある。
前記フッ素系樹脂の薄膜にピンホールを形成して測定する方法は試料を凝集濃縮できるが、質量分析と同様に製品からフタル酸エステル類の溶液抽出に時間を要する、という問題がある。
【0006】
ところで、電子及び電気機器製品の製造工場では、毎月(毎日)数十から数百(工場の規模に依存)種類(ロット)もの納入品があり、これらを検査する必要がある。ロット毎、或いはロット内の代表抜き取り検査により対象を絞り込んでも、数量は膨大となる。フタル酸エステル類が可塑剤として多用されるポリ塩化ビニル(PVC)を被覆材とした電線は、一本のケーブルに複数(信号線分)使用されている場合が多く、被覆材の色が複数あるように、各電線の被覆材は、それぞれ異なるものであり、検査数量が一層増大することになる。
【0007】
一方、フタル酸エステル類は、玩具製品等においては既に規制されている(非特許文献1参照)。この場合、フタル酸エステル類の規制濃度は、0.1質量%(1000ppm)である。このレベルのフタル酸エステル類の分析には、通常、GC−MS等の分析方法が用いられるが、前処理(溶媒での溶解、遠心分離による抽出など)から分析までに数時間以上、分析装置の分解清掃などの後片付けまで含めると更に数時間を要し、分析全体の工数が増大する。特に、前処理には、樹脂を良く溶解させるため、環境及び人への影響が大きい有機溶剤(例えば、ヘキサンなど)を多量に使用し、安全衛生管理上も負担が大きく、廃液、廃棄の処理も必要となる。
【0008】
工場での検査においては、工数の削減が必須である。したがって、多少検査の精度が低下しても、簡便にスクリーニングできる手法に対するニーズは高い。このような背景を受け、米国消費者製品安全委員会は、子供向け玩具製品に含有するフタル酸エステル類の試験方法を公表したCPSC−CH−C1001−09.3の改訂版で、検出下限が10質量%以上と、規制値0.1質量%の2桁以上も悪い方法であることを認めながら、非常に簡便な赤外分光光度計を使用した選別方法をオプションとして利用できるようにしている(非特許文献2及び3参照)。
【0009】
分析工数とのバランスではあるが、スクリーニングであっても規制値に対してより検出下限の近い、簡便な分析方法に対するニーズは、当然のことながら大きい。前処理量が多いと、試料(量)をたくさん用意しなければいけないという課題の他、当然処理の工数も量の増加に伴って増加するし、後片付けに必要な部材(洗浄後の薬品、廃棄物など)、工数も増加する。
【0010】
したがって、必要最小限の処理量で、樹脂試料中からフタル酸エステル類等の可塑剤を簡便かつ高感度にスクリーニング分析できる樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置の提供が強く望まれているのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】URL:http://www.shimadzu-techno.co.jp/technical/ftir_gcms_phthalate.html#0
【非特許文献2】URL:http://www.gakusainet.com/ousyuu201005.html
【非特許文献3】URL:http://www.cpsc.gov/about/cpsia/CPSC-CH-C1001-09.3.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、樹脂試料中からフタル酸エステル類等の可塑剤を簡便かつ高感度にスクリーニング分析できる樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するための手段としては、後述する付記に記載した通りである。即ち、
開示の樹脂中の可塑剤の分析方法は、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、
樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程と、を含む。
開示の樹脂中の可塑剤の分析装置は、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発手段と、
前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する捕集手段と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中手段と、
を有する。
【発明の効果】
【0014】
開示の樹脂中の可塑剤の分析方法によると、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、必要最小限の処理量で、試料樹脂中からフタル酸エステル類等の可塑剤を簡便かつ高感度にスクリーニング分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)のTG/DAT(示差熱・熱重量同時測定)の結果を示すグラフである。
【図2】図2は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法の工程フローを示す図である。
【図3】図3は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法における捕集工程を示す図である。
【図4】図4のAは、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法における集中工程を示し、図4のBは、溶液を3回滴下した状態を示す図である。
【図5】図5は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法における可塑剤検出工程で用いる顕微赤外分光装置を示す写真である。
【図6】実施例1のステンレス板上に付着しているフタル酸エステル類の捕集物の状態を示す写真である。
【図7】実施例1の可塑剤を分析した結果を示すIRスペクトル図である。
【図8】比較例1の可塑剤を分析した結果を示すIRスペクトル図である。
【図9】実施例1及び比較例1の1650cm−1〜1550cm−1のIRスペクトル図である。
【図10】実施例2のホットプレートの温度を200℃、230℃、及び260℃に変え、それぞれの温度でステンレススチール(SUS)板の熱容量を半分に変えて、フタル酸エステル類を測定した結果のIRスペクトル図である。
【図11】図11は、実施例2のホットプレートの温度を200℃、230℃、及び260℃に変え、それぞれの温度で、対向位置にステンレススチール(SUS)板を設け、その熱容量を半分に変えて、表面の温度と時間との関係を示すグラフである。
【図12】図12は、滴下する溶剤の種類を変えた場合の濡れ広がりの状態とフタル酸エステル類の移動、集中度を評価した図である。
【図13】図13は、比較例2の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図14】図14は、比較例3の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図15】図15は、比較例4の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図16】図16は、比較例5の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図17】図17は、比較例6の従来の樹脂中の可塑剤の分析方法を示す模式図である。
【図18】図18は、フタル酸エステル類の濃度0.6質量%の樹脂試料での比較例2〜6のフタル酸エステル類のIRスペクトル図である。
【図19】図19は、フタル酸エステル類の濃度6.6質量%の樹脂試料での比較例2〜6のフタル酸エステル類のIRスペクトル図である。
【図20】図20は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置の一例を示す概略図である。
【図21】図21は、溶剤滴下装置の一例を示す概略図である。
【図22】図22は、溶剤を3回滴下する場合の滴下方法を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置)
本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法は、蒸発工程と、捕集工程と、集中工程とを含み、可塑剤検出工程、更に必要に応じてその他の工程を含んでなる。
本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置は、蒸発手段と、捕集手段と、集中手段とを有し、可塑剤検出手段、更に必要に応じてその他手段を有してなる。
【0017】
本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法は、本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置により好適に実施することができ、前記蒸発工程は前記蒸発手段により行うことができ、前記捕集工程は前記捕集手段により行うことができ、前記集中工程は前記集中手段により行うことができ、前記可塑剤検出工程は前記可塑剤検出手段により行うことができ、前記その他の工程は前記その他の手段により行うことができる。
【0018】
<蒸発工程及び蒸発手段>
前記蒸発工程は、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる工程であり、蒸発手段により実施される。
前記蒸発手段としては、前記可塑剤を含む樹脂試料を加熱する加熱部材などが挙げられる。
【0019】
前記加熱部材としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えばホットプレート、などが挙げられる。
前記加熱部材による加熱温度は、200℃〜400℃が好ましい。これは、フタル酸エステル類としてのフタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)の蒸発温度は193℃であり、ポリ塩化ビニルの熱分解温度は240℃〜250℃、分解終了温度が400℃程度であるからである。
【0020】
ここで、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)の「蒸発温度」としているのは、TG/DAT(示差熱・熱重量同時測定)により、DEHPを測定して、急激な重量変化が開始(蒸発が顕著になる)するときの温度である。図1に示すように、150℃程度で蒸発による重量の現象が顕著になり始め、240℃程度で蒸発は終了する。
前記加熱部材による加熱は、温度が高すぎると、目的とするフタル酸エステル類以外の蒸発物(例えば、高沸点の添加剤、ポリ塩化ビニル(PVC)分解物)などが付着しやすくなる。また、輻射熱で、捕集用平板の表面温度が上昇して捕集性能が低下したり、捕集物が再蒸発してしまうことがある。
【0021】
前記可塑剤を含む樹脂試料としては、可塑剤を含んでいれば特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えばポリ塩化ビニル(PVC)ペレット、などが挙げられる。
前記可塑剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、フタル酸エステル類が好適に挙げられる。前記フタル酸エステル類としては、例えば、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)などが挙げられる。
【0022】
<捕集工程及び捕集手段>
前記捕集工程は、樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する工程であり、捕集手段により実施される。
前記捕集手段は、前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する手段である。
【0023】
前記平板としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えばステンレススチール(SUS)板などが挙げられる。これは、繰り返し使用しても表面の状態が安定な(捕集状態や溶剤の濡れ広がり状態への影響が少ない)金属、金属反射顕微法で測定するので表面を平滑(鏡面)に加工しやすい金属という条件を総合的に判断してステンレススチール(SUS)板が好ましい。
前記平板の大きさは、加熱する樹脂試料の大きさに応じて異なり適宜選択することができるが、5cm角程度が好ましく、顕微赤外分光装置にセットすることから数mm程度の厚さのものが取り扱い性の点で好ましい。
【0024】
加熱する樹脂試料量、温度、時間により、凝縮量、捕集量は変化する。樹脂試料量を多くすると、捕集量は増加するが、熱伝導により、厚くするより広げるほうが捕集しやすくなる。樹脂試料が厚い場合は、時間が長くなり、対向平板の表面温度が輻射熱で上昇して、凝縮が阻害され、更に時間が長くなると捕集物が再蒸発する。
加熱温度も高いほうが可塑剤の蒸発を推進するが、上記と同様の理由で、輻射熱も大きくなり、また、検出目的物質である可塑剤以外の高分子成分の蒸発も推進されるので、スペクトル判定の際、妨害となる場合もある。また、温度は、捕集する可塑剤成分が分解しない温度とすることが好ましい。
輻射熱の問題は、測定時間、ホットプレート面と平板の間隔、平板の熱容量などそれぞれが相関するので、適切な条件を設定することが好ましい。
ホットプレートの温度範囲3点(ホットプレートなので精度の高い温度調整はできず、初期を概設定温度にして、時間経過とともに温度が徐々に上昇している)と捕集時間を設定して、平板の熱容量(1枚、2枚重ね)もパラメータに捕集した捕集物でのダブルピークの実験結果から、260℃でSUS板2枚、及び230℃でSUS板2枚を用い3分程度の加熱の条件が好ましいことが分かる。
【0025】
<集中工程及び集中手段>
前記集中工程は、可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める工程であり、集中手段により実施される。
【0026】
前記溶剤としては、平板との濡れ性が良好で、可塑剤としてのフタル酸エステル類の良溶媒でなく、常温常圧下で蒸発しやすい液体が用いられる。即ち、溶剤を滴下したとき、平板とフタル酸エステル類の界面に浸透して、浮き上がらせ、溶剤の濡れ広がりに応じて外側にあるフタル酸エステル類の方向へ移動することが好ましい。また、その濡れ広がり途中で、蒸発して濡れ広がった外周部にフタル酸エステル類を固定することが好ましい。溶剤がフタル酸エステル類の良溶媒であれば、滴下した溶剤に均一に溶解し、移動集中しないので、好ましくない。
前記溶剤として、低分子の直鎖1価アルコールであるメタノール、エタノールなどが好ましく、安全衛生上の観点から、エタノールが特に好ましい。
【0027】
<可塑剤検出工程及び可塑剤検出手段>
前記可塑剤検出工程は、可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する工程であり、可塑剤検出手段により実施される。
前記可塑剤検出手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、顕微赤外分光装置、ガスクロマトグラフ質量分析法、液体クロマト質量分析法、フーリエ変換赤外分光(FT−IR)法、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)などが挙げられる。これらの中でも、前述したように、工数の少なさ、取り扱いの容易性などの観点から、顕微赤外分光装置が特に好ましい。
【0028】
−その他の工程及びその他の手段−
前記その他の工程及び前記その他の手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、制御工程及び制御手段などが挙げられる。
【0029】
ここで、本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法の工程フローを図2に示す。
図2中、ステップ1は蒸発工程を示し、ホットプレート等の加熱手段により、可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、前記樹脂試料から可塑剤を蒸発させる。
【0030】
図2中、ステップ2は捕集工程を示し、樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する。
ここで、図3に示すように、樹脂試料2と対向する位置に平板3を設けると、樹脂試料2から蒸発した蒸気は平板3表面で冷却され、平板3上に凝縮し、可塑剤を捕集することができる。この捕集工程で捕集される可塑剤は極微量であるため、捕集された試料を直接、簡便なフーリエ変換赤外分光(FT−IR)法などで分析することは困難である。なお、図3中、1はホットプレート等の加熱手段、4は蒸気凝縮捕集物を表す。
【0031】
図2中、ステップ3は集中工程を示し、可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める。
図4のAに示すように、平板3の捕集面にマイクロピペット5により溶剤を滴下して、溶剤が濡れ広がる際に、濡れた部位の捕集物を外周部へ移動させる。これにより、捕集物を、簡便かつ効率的に集中させることができる。1回の滴下により集中する可塑剤量は、平板上、単位面積あたりの捕集量に依存するが、1回の滴下による集中する可塑剤量が分析に不足する場合は、図4のBに示すように、滴下位置を変えて、複数回実施する。この際、外周部が重なるように滴下位置を調整することで、集中する可塑剤量の増加を図ることができる。図4のBは、滴下位置を変えて3回滴下した場合を示す。
【0032】
図2中、ステップ4は可塑剤検出工程を示し、可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する。
可塑剤が集まった部分を、顕微赤外分光装置で測定することにより、図5に示すIRスペクトル図が得られる。IRスペクトル図では、いろいろな位置のピークを確認して検出物質を特定することができるが、規制候補対象のフタル酸エステル類では、フェニル基中の隣接する2つのCのHが置換(1,2置換)されているので、その構造を反映した1600cm−1付近のダブルピークの有無により、目的とするフタル酸エステル類を検出することができる。
【0033】
<樹脂中の可塑剤の分析装置>
本発明の樹脂中の可塑剤の分析装置は、樹脂試料を加熱して可塑剤の蒸気を凝縮し、捕集する可塑剤捕集手段と、捕集した面に溶剤を滴下する溶剤滴下手段と、可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する可塑剤検出手段とを有し、可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変える滴下位置変更手段、更に必要に応じてその他の手段を有してなる。
【0034】
前記可塑剤捕集手段は、図20に示すように、加熱部材20と、熱拡散板30と、試料台40と、樹脂試料70と、平板50とを有している。
加熱部材20はホットプレートの機能を有する部材であり、発熱部(不図示)として例えばセラミックヒータなどが挙げられる。発熱部により加熱される熱拡散板30と、試料台40として熱伝導性のよい、銅、アルミニウム等の金属が用いられる。この熱拡散板の温度を計測するセンサー(不図示)として、例えば、熱電対などが挙げられる。このセンサーの出力のフィードバックを受けて発熱部の発熱を制御し、駆動する制御回路と電源(不図示)を有している。なお、熱拡散板30以外は、本体20に内蔵されている。
【0035】
前記可塑剤検出手段としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、顕微赤外分光装置などが挙げられる。
【0036】
図21は、溶剤滴下装置100の一例を示す概略図である。この図21の溶剤滴下装置100は、台座31に設けた3本の支柱32により、環33が保持されている。環内にはレール34が設置されている。また、環内壁にはベアリング等の回転機構(不図示)があり、レール34を保持している。レール34には、マイクロピペット35が設置され、レール34の中心位置から左右に稼動することができる。また、レール34は環33内を回転するので、マイクロピペット35は、所定の外周部範囲を除き、環33内の任意の位置に移動することができる。
環33内のほぼ中心付近に対応した台座31の上に、可塑剤蒸気を捕集した平板をセットする。マイクロピペット35は、最初、環33の中心に位置しており、内部に保持した溶剤を所定量滴下することができる。
次に、必要に応じて、2回目の滴下した溶剤が濡れ広がった外周部に重なりが生じるように、所定の距離、マイクロピペット35をレール34上でスライドさせ、2回目の滴下を行う。更に、必要があれば3回目の滴下を行う。この場合、マイクロピペット35はレール34上では固定して、レールを回転させることで、3回目の滴下位置まで移動させる。
平板の材料、捕集物、溶剤の条件がほぼ同じ場合には、濡れ広がり方もほぼ同じになると想定されるので、スライドの範囲、回転の範囲を予め設定して、マーカー及びストッパを設けることで、簡便かつ再現性良く試料の前処理を実施することが可能になる。
【0037】
図22には、溶剤を3回滴下する場合の滴下位置の一例を示す。最初にS0の位置に溶剤を滴下する。次に、2回目の滴下位置S1は、予め把握しておいた溶剤の濡れ広がり量から外周部が重なる中心間距離Rを求めておき、図21の溶剤滴下装置にスライドさせる距離Rを設定しておく。更に、3回目の滴下位置S2は、角S1S0S2のθ(60度)を溶剤滴下装置の回転角として設定しておく。これにより、図21に示す溶剤滴下装置を用いて、図22に示す滴下パターンを容易に形成できる。
図22では、3回滴下する場合を説明したが、滴下回数と滴下パターンを決めれば、それに応じて、溶剤滴下装置に設定するスライド距離、回転角を何段階か組み合わせることで、任意の滴下パターンを形成することができる。
【0038】
−用途−
本発明の樹脂中の可塑剤の分析方法及び樹脂中の可塑剤の分析装置は、樹脂中の可塑剤の検出、特に、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)等のフタル酸エステル類の検出に好適に用いられる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら制限されるものではない。
【0040】
(実施例1)
樹脂試料としてポリ塩化ビニル(PVC)ペレット(サイズ:直径4mm×厚み2mm、可塑剤としてフタル酸ジ−2−エチルヘキシル(DEHP)を0.6質量%含有、アジピン酸エステル類35質量%含有)を用いた。
次に、ホットプレート(EC PLATE MODEL EC−400、井内盛栄堂(現アズワン)社製)上に汚染防止のアルミニウム箔を敷いてホットプレートで約260℃に加熱した(蒸発工程)。
ホットプレート上に樹脂試料を3個置き、すぐに対面にステンレススチール(SUS)板(20mm×70mm×2mm(厚み))を約3mmの間隔で3分間保持して蒸気捕集を行った(捕集工程)。得られた蒸気凝集捕集物は、直径50μm程度以下の粒状になって、SUS板上に付着している(図6参照)。
次に、SUS板が常温程度になるまで、自然冷却後、捕集面に、マイクロピペット(エッペンドルフ社製)で、10μLのエタノールを、滴下位置を変えて、滴下液の濡れ広がりの周辺部が重なるように3回滴下した(集中工程)。
次に、重なり部分に捕集物が集中していることを目視で確認し、重なり部分を分析位置として、顕微赤外分光装置(赤外分光本体:島津製作所製、型格:FTIR−8400S、顕微部(OP):島津製作所製、型格AIM8800)で、フタル酸エステル類を測定した。実施例1のフタル酸エステル類の測定結果のIRスペクトルを図7に示す。
【0041】
(比較例1)
フッ素樹脂製のヘラ(ミクロスパーテル、150mm(全長)、アズワン株式会社製)で捕集面をかき取り一箇所に集中させた部位を試料として、実施例1と同様にして、フタル酸エステル類を測定した。この比較例1のフタル酸エステル類の測定結果のIRスペクトルを図8に示す。
【0042】
図7及び図8の結果から、フタル酸エステル類の検出判断を行う、1650cm−1〜1550cm−1のIRスペクトルを抜粋し、拡大して図9に示す。
これらの結果から、フタル酸エステル類の含有濃度0.6質量%の樹脂試料から、フタル酸エステル類を検出できることが分かった。ピークの高さ比から、比較例1のヘラを用いてかき集める方法に比べて、実施例1は10倍の検出感度を有することが分かった。
【0043】
(実施例2)
蒸発工程で用いる加熱部材としてのホットプレートの温度を200℃、230℃、及び260℃に変え、それぞれの温度でSUS板の熱容量を半分に変えた(SUS板1枚1mm、SUS板2枚2mm)以外は、実施例1と同様にして、フタル酸エステル類を測定した。測定結果のIRスペクトルで1,600cm−1付近を比較して図10に示す。図11では、ホットプレートの温度と時間との関係を示す。
図10及び図11の結果から、260℃でSUS板2枚、及び230℃でSUS板2枚において明確にダブルピークが確認できた。
【0044】
(実施例3)
実施例1と同様にして、フタル酸エステル類を捕集したSUS板表面に、集中工程で滴下する溶剤として、トルエン(関東化学株式会社製、特級、99.5%)、エタノール(和光純薬工業株式会社製、電子工業用、99.5%以上)、メタノール(関東化学株式会社製、フタル酸エステル類試験用、99.8%)、2−プロパノール(和光純薬工業株式会社製、高速液体クロマトグラフ用、99.7%)、及びアセトン(関東化学株式会社製、フタル酸エステル類試験用、99.8%)を用い、それぞれ10μL滴下し、乾燥した以外は、実施例1と同様にして、溶剤の濡れ広がりの状態とフタル酸エステル類の移動、集中度を評価した。図12に結果を示す。
図12の結果から、メタノール及びエタノールは、拡張した周辺エッジに捕集物を移動した。2−プロパノールは拡張面積が小さい。アセトン及びトルエンは、捕集物を溶解し、周辺エッジへ移動しなかった。
これらの結果から、溶剤としては、低分子の直鎖1価アルコールであるメタノール、エタノールが好ましいことが分かった。これらの中でも、安全性の面でエタノールが特に好ましいことが分かった。
【0045】
(比較例2〜6)
図13〜図17に示す比較例2〜6について、それぞれフタル酸エステル類を0.6質量%、及び6.6質量%を含有する樹脂試料でのIRスペクトルの測定結果をそれぞれ図18及び図19に示す。
図13の比較例2は、前処理(蒸発工程、捕集工程、及び集中工程)なしの場合であって、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)で測定したものである。
図14の比較例3は、比較例2において、樹脂試料を剃刀で切断して新たな切断面を用いた場合である。
図15の比較例4は、熱延伸フィルムに形成された試料を用い、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)で測定したものである。
図16の比較例5は、アルミニウム板に蒸気を採取し、全反射フーリエ変換型赤外分光法(ATR−FTIR)で測定したものである。
図17の比較例6は、SUS板を用いて蒸気捕集し、顕微赤外分光装置で測定したものである。
図18及び図19の結果から、フタル酸エステル類の含有を判定する1600cm−1付近のダブルピークを確認すると、フタル酸エステル類の含有濃度が0.6質量%の樹脂試料の場合には、比較例2〜6のいずれでもダブルピークは確認できなかった。一方、フタル酸エステル類の含有濃度が6.6質量%の樹脂試料の場合には、比較例6のみについてダブルピークを確認でき、目的とするフタル酸エステル類を検出することができた。
【0046】
以上の実施例1〜3を含む実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1) 可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、
蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程と、を含むことを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記2) 可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変えて集中工程を複数回実施し、溶剤が濡れ広がった複数の外周部の重なり部分に可塑剤を集める付記1に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記3) 集中工程を3回実施し、溶剤が濡れ広がった3つの外周部の重なり部分に可塑剤を集める付記2に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記4) 可塑剤が集まった部分の可塑剤を測定する可塑剤検出工程を含む付記1から3のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記5) 溶剤が、可塑剤を溶解しない炭素数1〜3のアルコールである付記1から4のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記6) 溶剤が、エタノールである付記5に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記7) 可塑剤がフタル酸エステル類であり、集中させたフタル酸エステル類を顕微赤外分光装置で測定する付記1から6のいずれかに記載の可塑剤の分析方法。
(付記8) 平板が平滑であり、かつ可塑剤及び溶媒に耐性のある金属からなる付記1から7のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
(付記9) 可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発手段と、
前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する捕集手段と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中手段と、
を有することを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析装置。
(付記10) 可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変える滴下位置変更手段を有する付記9に記載の樹脂中の可塑剤の分析装置。
(付記11) 可塑剤が集まった部分の可塑剤を検出する可塑剤検出手段を有する付記9から10のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析装置。
【符号の説明】
【0047】
1 加熱手段
2 樹脂試料
3 平板
4 蒸気凝縮捕集物
5 マイクロピペット
31 台座
32 支柱
33 環
34 レール
35 マイクロピペット
20 加熱部材
30 熱拡散板
40 試料台
50 平板
70 樹脂試料
100 溶剤滴下装置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、
樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程と、を含むことを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項2】
可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変えて集中工程を複数回実施し、前記溶剤が濡れ広がった複数の外周部の重なり部分に可塑剤を集める請求項1に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項3】
溶剤が、可塑剤を溶解しない炭素数1〜3のアルコールである請求項1から2のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項4】
可塑剤がフタル酸エステル類であり、集中させたフタル酸エステル類を顕微赤外分光装置で測定する請求項1から3のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項5】
可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発手段と、
前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する捕集手段と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中手段と、
を有することを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析装置。
【請求項1】
可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発工程と、
樹脂試料から蒸発した可塑剤を前記樹脂試料と対向配置された平板上に凝縮させて可塑剤を捕集する捕集工程と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中工程と、を含むことを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項2】
可塑剤を補集した平板上での溶剤の滴下位置を変えて集中工程を複数回実施し、前記溶剤が濡れ広がった複数の外周部の重なり部分に可塑剤を集める請求項1に記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項3】
溶剤が、可塑剤を溶解しない炭素数1〜3のアルコールである請求項1から2のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項4】
可塑剤がフタル酸エステル類であり、集中させたフタル酸エステル類を顕微赤外分光装置で測定する請求項1から3のいずれかに記載の樹脂中の可塑剤の分析方法。
【請求項5】
可塑剤を含む樹脂試料を加熱して、該樹脂試料から可塑剤を蒸発させる蒸発手段と、
前記樹脂試料と対向するように平板を保持し、蒸発した可塑剤を平板上に捕集する捕集手段と、
可塑剤を捕集した平板上に溶剤を滴下し、前記平面上で濡れ広がらせて、該濡れ広がった溶剤の外周部に可塑剤を集める集中手段と、
を有することを特徴とする樹脂中の可塑剤の分析装置。
【図11】
【図18】
【図19】
【図20】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図21】
【図22】
【図18】
【図19】
【図20】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図21】
【図22】
【公開番号】特開2012−194063(P2012−194063A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−58354(P2011−58354)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】
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