説明

樹脂被覆アルミニウム板及びその製造方法

【課題】プレス成形等の成形加工後において、樹脂密着性及び耐腐食性に優れた樹脂被覆アルミニウム板、ならびに、その製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム板又はアルミニウム合金板からなるアルミニウム基材と、当該アルミニウム基材の少なくとも一方の表面に形成した化成皮膜と、当該化成皮膜上に形成した樹脂塗膜であって全乾燥質量に対して5mass%以上の顔料を含有する樹脂塗膜と、を備えた樹脂被覆アルミニウム板において、前記化成皮膜がリン酸クロメート皮膜から成り、リン酸クロメート皮膜の付着量が金属Crに換算して5〜50mg/mであり、リン酸クロメート皮膜中の元素において、Mgが2.0mass%以下、(Crのmass%)/(Fのmass%)が0.1以上、(Crのmass%)/(Pのmass%)が1.0〜30.0以下である樹脂被覆アルミニウム板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム基材の少なくとも片面に、顔料を含有する樹脂塗膜を被覆した樹脂被覆アルミニウム板に関し、特に、プレス成形などの成形加工後において塗膜密着性及び耐食性に優れた、例えばキャップ成型用アルミニウム板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム板又はアルミニウム合金板(以下、「アルミニウム板」と記す)は、軽量で適度な機械的特性を有し、かつ美感、成形加工性、耐食性等に優れた特徴を有しているため、各種容器類、構造材、機械部品等に広く使用されている。
【0003】
上記用途のアルミニウム板は、耐食性及び耐溶出性の更なる向上、外観の向上及び傷付き防止等のため、その表面に樹脂塗料の塗装や樹脂フィルムのラミネート加工が施されることが多い。この場合に、アルミニウム板には樹脂密着性及び耐食性を向上させるため、既存技術に基づいた下地処理(例えばリン酸クロメート、クロム酸クロメート及びリン酸ジルコニウム等の化成型下地処理)が施されるのが一般的である。アルミニウム製キャップの場合、材料のアルミニウム板に下地処理及び樹脂被覆を施してから成型加工する、いわゆるプレコート材料が多く用いられている。
【0004】
キャップ成型用プレコートアルミニウム板に対しては、成型加工しても樹脂塗膜等の剥離が生じないための塗膜密着性や、腐食雰囲気に侵されない耐食性、ならびに、高度な成型に耐え得る加工性が要求される。
【0005】
こうした要求に対し、塗膜密着性向上の立場から、特に下地処理方法の観点から様々な提案がなされている。例えば特許文献1には、アルミニウム板にリン酸クロメート処理を施した後に特定のフェノール重合体を含む溶液中で処理するか、又は、アルミニウム板にリン酸クロメート処理を施し次いでシラン処理を施して表面処理アルミニウム板を作製することが記載されている。更に、このようにして作製した表面処理アルミニウム板に熱可塑性樹脂を被覆して樹脂被覆アルミニウム板とし、絞りしごき加工を施してコンデンサー外装用容器に成形する方法が提案されている。
【特許文献1】:特開2001−303273号公報
【0006】
特許文献2には、キャップの内面及び外面に、陽極酸化皮膜とシランカップリング剤とがこの順に形成された下地層を備えたキャップ用アルミニウム板が記載されている。陽極酸化皮膜は有孔率が5%以下とされ、かつ、シリコン(Si)を200〜50000ppm含有する。シランカップリング剤は、陽極酸化皮膜の表面に、0.5〜5000mg/m塗布される。キャップ内面の下地層表面には、ポリエステル/アミノ系樹脂からなるサイズコート層とライナー接着剤層とがこの順に設けられる。キャップ外面の下地層の表面には、ポリエステル/アミノ系樹脂からなるサイズコート層が設けられ、サイズコート層表面に塗膜が形成され、これらサイズコート層と塗膜を被覆するトップコート層が更に設けられている。
【特許文献2】:特開2005−67618号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記のような従来の樹脂被覆アルミニウム板には、以下のような問題があった。すなわち、ボトル缶を始めとする再密閉可能な容器に用いられるアルミニウム製キャップは、深絞り成型、スクリュー成型、更にはピルファープルーフ化に伴うミシン目加工など、特許文献1の対象であるコンデンサーケースと比べて加工条件が非常に厳しい。加えて、外観や意匠上の要求から、樹脂塗膜に顔料(酸化チタン粒子及び/又はシリカ粒子であることが多い)を添加する場合もあり、顔料添加によって塗膜密着性が損なわれ易い。特に、顔料添加量が塗膜全体の乾燥質量に対し5mass%以上になると、その傾向が強まる。更に近年になって、ボトル缶がホット飲料にも採用されるようになったため、キャップの樹脂塗膜に耐レトルト性も要求されるようになった。
【0008】
このような状況において、特許文献1及び2に開示されるような技術では、厳しい条件での加工を受けた後の樹脂塗膜の密着性が不足するため、レトルト後の塗膜剥離のような問題が発生するに至った。加えて、厳しい加工条件により塗膜及び下地が損傷を受けるため、内容物である飲料等に対する耐食性も低下する場合が多かった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、化成皮膜たるリン酸クロメート皮膜の付着量と、リン酸クロメート皮膜に含まれるMg、Cr、F及びPの各元素の存在量が、加工後における樹脂塗膜密着性及び耐食性に極めて大きな影響を及ぼすことを見出し本発明を完成させるに至った。
【0010】
本発明は請求項1において、アルミニウム板又はアルミニウム合金板からなるアルミニウム基材と、当該アルミニウム基材の少なくとも一方の表面に形成した化成皮膜と、当該化成皮膜上に形成した樹脂塗膜であって全乾燥質量に対して5mass%以上の顔料を含有する樹脂塗膜と、を備えた樹脂被覆アルミニウム板において、前記化成皮膜がリン酸クロメート皮膜から成り、リン酸クロメート皮膜の付着量が金属Crに換算して5〜50mg/mであり、リン酸クロメート皮膜中の元素において、Mgが2.0mass%以下、(Crのmass%)/(Fのmass%)が0.1以上、(Crのmass%)/(Pのmass%)が1.0〜30.0以下であることを特徴とする樹脂被覆アルミニウム板とした。
【0011】
本発明は請求項2において、アルミニウム板又はアルミニウム合金板からなるアルミニウム基材の少なくとも一方の表面にリン酸クロメート処理を施す工程と、リン酸クロメート処理表面に樹脂塗膜を形成する工程と、を含む樹脂被覆アルミニウム板の製造方法において、リン酸クロメート処理工程における処理液温度が30〜60℃であり、当該処理液中におけるフッ酸濃度が500〜3000ppmで、かつ、Cr6+濃度(A)とリン酸濃度(B)の比A/Bが0.03〜0.7であることを特徴とする樹脂被覆アルミニウム板の製造方法とした。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、プレス成形等の成形加工後において、樹脂塗膜の密着性及び耐腐食性に優れた樹脂被覆アルミニウム板で、例えばキャップ成型用として好適に用いられるアルミニウム板、ならびに、その製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態について順に説明する。
A.アルミニウム基材
本発明で用いるアルミニウム基材としては、純アルミニウム材又はアルミニウム合金材から成るアルミニウム板が用いられ、用途や要求特性に応じて適宜選択することができる。アルミニウム合金材としては、強度及び加工性の観点から、1000系、3000系、5000系等が好適に用いられる。アルミニウム板は、通常0.15〜0.30mmの厚さのものが用いられる。
【0014】
なお、本発明では、「アルミニウム」の用語は、純アルミニウム及びアルミニウム合金の双方を含む意とし、「アルミニウム基材」の用語は、純アルミニウム基材及びアルミニウム合金基材の双方を含む意とし、「アルミニウム板」の用語は、純アルミニウム板及びアルミニウム合金板の双方を含む意とする。
【0015】
B.レトルト剥離及び耐食性低下のメカニズム
一般的に、顔料を含有する樹脂塗膜には、キャップ成型及びスクリュー加工等による強加工により、長さ数十〜数百μm程度の微小なヒビが発生し易い。顔料粒子と塗料樹脂の相互作用が弱いことや、顔料が硬質であるのに対して塗料樹脂が比較的柔軟であること等により、このヒビを皆無とすることは実質的に困難である。
【0016】
レトルト剥離の原因は、レトルト工程において、このヒビから熱水が侵入し樹脂塗膜とリン酸クロメート皮膜との界面が熱水によって直接侵食されるためと考えられる。従って、レトルト剥離を予防するには、ヒビから侵入する熱水に耐え得る樹脂塗膜/リン酸クロメート皮膜界面を形成することが求められる。また、この樹脂塗膜のヒビのため、樹脂塗膜/リン酸クロメート皮膜界面が直接腐食雰囲気に曝されることから、腐食進行を食い止めるためリン酸クロメート皮膜にはより厳しい耐食性が要求される。
【0017】
本発明者らは、TEM(透過型電子顕微鏡)等により、強加工後における化成皮膜の断面観察を行ったところ、従来技術により形成されたリン酸クロメート皮膜は、水平方向すなわちアルミニウム基材表面と平行にクラックが生じることを見出した。このようなクラックを有するリン酸クロメート皮膜は、乾燥状態においては分子間力等により樹脂塗膜及びアルミニウム基材に対して一応の密着力を有しているものの、レトルト工程等の熱水雰囲気に曝されると、垂直方向の凝集力を急速に失う。このとき、顔料を含有する樹脂塗膜の残留応力が樹脂塗膜を引き剥がす方向に作用する結果、リン酸クロメート皮膜のクラック部分から樹脂塗膜の剥離が発生することが判明した。また、このリン酸クロメート皮膜の水平方向クラックにより、本来アルミニウム基材を保護すべきリン酸クロメート層の厚みが極端に損なわれる結果、耐食性にも著しい悪影響を及ぼすことも判明した。
【0018】
このようなリン酸クロメート皮膜のクラックの発生要因について本発明者らが種々検討したところ、リン酸クロメート皮膜の付着量が金属Crに換算して5〜50mg/mであり、リン酸クロメート皮膜中に含有されるMgが2.0mass%以下であり、更に、(Crのmass%)/(Fのmass%)が0.1以上であり、(Crのmass%)/(Pのmass%)が1.0〜30.0である場合に、クラックが発生し難いことを見出した。リン酸クロメート皮膜中に含有される各金属元素が上記条件を満たすことにより、キャップ成型後のレトルト工程のような過酷な使用条件においても顔料を含有する樹脂塗膜が剥離せず、また耐食性も維持されることが判明した。ここで、Mgはマグネシウム、Crはクロム、Fはフッ素、Pはリンの各元素を表わす。
【0019】
従来、アルミニウム基材/リン酸クロメート皮膜の界面付近における構造は、アルミニウム基材表面付近にAl、AlOF及びAlF等を主成分とする層が存在し、その上のリン酸クロメート皮膜下面近傍にCrPO・4HO及びCr・nHO(ただしnは不特定)等を主成分とする層が存在するとされていた。本発明者らは、リン酸クロメート皮膜中に酸化物或いは水酸化物として存在するMg、リン酸クロメート皮膜成分とされるアルミ−フッ素化合物及びリン酸塩の作用に着目し、本発明を成すに至ったものである。
【0020】
まず、Cr付着量を5〜50mg/mとする点について説明する。Cr付着量が5mg/m未満であると、リン酸クロメート皮膜の厚み自体が不足する。更に、Cr付着量がこのような少量では、リン酸クロメート皮膜に含まれるリン酸塩の絶対量が不足する。その結果、リン酸クロメート皮膜と顔料含有樹脂塗膜との水素結合力に由来する樹脂塗膜密着力が不足するため、樹脂塗膜の加工密着性及び耐食性が不足する。一方、Cr付着量が50mg/mを超えると、加工に伴うリン酸クロメート皮膜自身の凝集破壊が発生する確率が高まるためクラックの発生が多発し、結果として耐食性低下及びレトルト剥離が発生する。
【0021】
次に、リン酸クロメート皮膜に含有されるMgを2.0mass%以下とする点について説明する。Mgが2.0mass%を超えた場合も、レトルト剥離が発生し易い。本発明者らは、リン酸クロメート皮膜に含有されるMg化合物は、リン酸クロメート皮膜の最表面付近に比較的多く分布することをグロー放電発光分光分析法(GD-OES)によって確認した。Mg化合物がリン酸クロメート皮膜の最表面付近、すなわちリン酸クロメート皮膜と顔料含有樹脂塗膜の界面に存在すると、水素結合力に由来するリン酸クロメート皮膜と樹脂塗膜との密着力を著しく低下させ、結果としてレトルト剥離を招くのである。Mgが2.0mass%を超えると、このような密着力低下の悪影響が顕著に現れる。
【0022】
Mgの殆どは、アルミニウム合金成分に由来する。この意味で、1000系合金等においては本要件の達成は比較的容易であるものの、製造工程における熱処理等により、不純物程度のMgが表面に濃縮する場合がある。そのため、Mg含有量の低い1000系合金等を用いたからといって、本要件は必ずしも自動的に達成されるものではない。
【0023】
更に、リン酸クロメート皮膜中におけるCr化合物とF化合物との存在比について説明する。これは、リン酸クロメート皮膜中に含有されるCrのmass%とFのmass%の比すなわちCr/Fによって規定される。Cr/Fが0.1未満、すなわちCr化合物に対しF化合物が過剰に存在すると、キャップ成型に代表される厳しい条件の加工を受けた際においてアルミニウム基材/リン酸クロメート皮膜の界面に多く存在するとされるフッ素化合物が凝集破壊を起こし易くなる。その結果、このような加工後において耐食性低下及びレトルト剥離が発生する。このフッ素化合物は、リン酸クロメート皮膜において何ら好ましい性質をもたらすものではないため、Cr/Fは大きい程好ましく、少なくとも0.1であり、0.15以上であればさらに好ましい。
【0024】
最後に、リン酸クロメート皮膜中におけるCr化合物とP化合物との存在比について説明する。これは、リン酸クロメート皮膜に含有されるCrのmass%とPのmass%の比すなわちCr/Pにより規定される。Cr/Pが1.0未満、すなわちCr化合物に対しP化合物が過剰に存在すると、リン酸クロメート最表面にP化合物が必要以上に形成される。その結果、リン酸クロメート皮膜と樹脂塗膜との水素結合力に由来する樹脂塗膜密着力は十分に発揮されるものの、P化合物のレトルト加工に対する耐性不足からレトルト剥離を招くことになる。一方、Cr/Pが30.0を超えると、リン酸クロメート皮膜と樹脂塗膜との水素結合力に由来する樹脂塗膜の密着力が十分に確保できず、やはり加工密着性に劣ることになる。
【0025】
C.アルカリ脱脂処理工程
アルミニウム基材は、化成処理の前処理としてアルカリ脱脂処理を行なうのが好ましい。このようなアルカリ脱脂処理は、従来技術に基づいた脱脂液及び脱脂方法をそのまま適用することができる。アルカリ脱脂液としては、アルカリ性脱脂剤を例えば0.5〜2.0重量%の濃度で水等の溶媒に溶解又は分散した溶液であって、エッチング性を有するpHが9〜13程度のものが用いられる。アルカリ性脱脂剤は、アルカリビルダー、界面活性剤及びキレート化剤等を含む。このようなアルカリ脱脂剤としては、例えば、日本ペイント(株)社製の商品名「SC−EC370」等を用いることができる。
【0026】
アルカリビルダーとしては、炭酸Na、炭酸K等の炭酸アルカリ金属塩;苛性Na等のアルカリ金属水酸化物;リン酸Naやリン酸水素Na等のアルカリ金属リン酸塩;ケイ酸Na等のアルカリ金属ケイ酸塩等;或いは、これらの混合物;が用いられる。
【0027】
界面活性剤としては、HLB(親水性/親油性の比)=8〜11程度のポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル等のポリオキシエチレン系界面活性剤や高級アルコール系界面活性剤等の界面活性剤が用いられる。また、キレート化剤としては、EDTA・2Na塩やナフチルアミン等が用いられる。
【0028】
アルカリ脱脂処理によるアルミニウム基材表面のエッチング量は、60〜300mg/m程度が好ましい。圧延により生じるアルミニウム基材上の酸化皮膜の量は、およそ2〜20nm程度であり、しかもその厚みは不均一である。これを完全に除去し、かつ基材表面の残存圧延油およびアルミニウム磨耗粉等の汚染物質を完全に除去するためには、エッチング量が60mg/m以上であることが望ましい。ただしエッチング量が300mg/mを超えたのでは酸化皮膜除去の効果が向上しないだけでなく、スラッジ生成も加速されるので好ましくない。
【0029】
なお、このようなアルカリ脱脂液によるエッチングにおいては、アルミニウム基材表面に存在するMgの除去は期待できない。これは、アルミニウム基材表面のMgは主にMgOとして存在することと関係し、これは酸には容易に溶解する一方、アルカリには溶解し難いためである。そのため、後述する化成処理工程におけるフッ酸によるエッチングが重要になる。
【0030】
アルカリ脱脂処理は、例えば、50〜80℃のアルカリ脱脂液を1〜20秒間にわたってアルミニウム基材にスプレー噴射するか、或いは、50〜90℃のアルカリ脱脂液に10〜60秒間にわたってアルミニウム基材を浸漬する方法が採用される。
【0031】
アルカリ脱脂処理の終了後は、直ちに水による洗浄を行うのが好ましい。これは、後続の化成処理工程で用いる化成処理液の汚染を防ぐとともに、アルミニウム基材表面のアルカリ成分、界面活性剤及び反応残渣等を除去するためである。このよう水洗工程は、例えば、1〜20秒間にわたってイオン交換水又は工業用水をアルミニウム基材表面にスプレー噴射する方法が採用される。
【0032】
水洗工程が終了した後は、アルミニウム基材表面が乾燥しないうちに、直ちに次の工程である化成処理工程に移ることが望ましい。アルミニウム基材表面がいったん乾燥してしまうと、たちまちアルミニウム自然酸化皮膜が形成されるからである。このようなアルミニウム自然酸化皮膜の形成により、リン酸クロメート皮膜形成の反応速度が低下し又は不均一になる。その結果、アルミニウム基材表面全体にわたって均質なリン酸クロメート皮膜が形成されないことになる。
【0033】
D.化成処理工程
化成処理工程は、本発明を達成する上で必須な主要工程である。すなわち、従来技術に基づいて行われるリン酸クロメート処理のうち、処理液の温度を30〜60℃、当該処理液中におけるフッ酸濃度を500〜3000ppm、かつ、Cr6+濃度(A)とリン酸濃度(B)の比A/Bを0.03〜0.7に制御することにより、リン酸クロメート皮膜中に含有されるMgを2.0mass%以下とし、(Crのmass%)/(Fのmass%)を0.1以上とし、(Crのmass%)/(Pのmass%)を1.0〜30.0とすることができる。このような処理条件を採用することによって、成型加工後の樹脂塗膜の密着性及び耐食性に優れたキャップ成型用アルミニウム板等の樹脂被覆アルミニウム板を得ることができる。
【0034】
まず、上記処理条件のうち、処理液温度について説明する。処理液温度は、30〜60℃に制御する必要がある。処理液温度が30℃未満では、リン酸クロメート皮膜形成の化学反応速度が低下するので生産性が著しく低下する。更に、アルミニウム基材に対するエッチング能力が不足するため、基材表面に存在するMgを除去しきれない。一方、処理液温度が60℃を超えると、エッチング速度が化成皮膜生成速度を上回り十分な化成皮膜付着量が得られない。
【0035】
次に、化成処理液中のフッ酸濃度について説明する。処理液中のフッ酸濃度は500〜3000ppm以下に制御される。フッ酸濃度が500ppm未満では、アルミニウム基材に対する処理液のエッチング能力が不足する。その結果、アルミニウム基材表面に存在するMgを除去しきれず、Mgが2.0mass%を超えてしまう。一方、フッ酸濃度が3000ppmを超えると、多量に存在するFが過剰量のフッ化物を形成し、Cr/Fが0.1未満となる不具合が発生する。なお、フッ酸濃度の制御には、フッ素イオン電極、例えば日本ペイント株式会社製「サーフプロガード101」等が好適に使用できる。
【0036】
最後に、処理液中におけるCr6+濃度(A)とリン酸濃度(B)の比A/Bが、0.03〜0.7に制御される。これは、A/Bが0.03未満、すなわち相対的にリン酸が過剰に存在すると、P化合物が必要以上に形成されてCr/Pが1.0未満となる不都合が生じる。一方、A/Bが0.7を超えると、すなわち相対的にCr6+が過剰であると、P化合物の形成量が不足するためCr/Pが30.0を超える不具合が生じる。
【0037】
なお、リン酸クロメート皮膜の付着量が金属Crに換算して5〜50mg/mであることについては、処理液についての上記条件を維持する範囲において、処理液におけるCr成分濃度及びフッ酸濃度、ならびに、処理液温度及び処理時間を適宜設定することにより容易に達成できるものである。
【0038】
ところで、リン酸クロメート処理液の劣化が進行すると処理液中にCr3+イオンが増加する。Cr3+イオンは極力低い範囲で管理することが望ましく、具体的には全Crイオンに対するCr3+イオンの存在比を50%未満に制御することが望ましい。これは、リン酸クロメート形成反応には主としてCr6+イオンが関与するが、Cr3+はアルミニウム基材表面への析出速度が極端に速く、そのためCr3+が一定量以上存在すると部分的に不均質なリン酸クロメート皮膜が形成され易くなる。そして、全Crイオンに対するCr3+イオンの存在比が50%を超えると、上記不均質性がより顕著に現れる。なお、Cr6+イオンやCr3+イオンの濃度制御については、各種オンライン分析を実施し、必要に応じて処理液の一部又は全量の入れ換えを適宜行うことで実施できる。
【0039】
E.樹脂塗膜形成工程
このようにして得られた化成処理表面に対し、全乾燥質量に対し5mass%以上の顔料を含有する樹脂塗膜を設けることによって、成型加工後の樹脂密着性及び耐食性に優れた樹脂被覆アルミニウム板を得ることができる。この場合において顔料とは、先に述べた通り多くの場合において酸化チタン粒子及び/又はシリカ粒子であり、その発色効果及び下地色隠蔽効果を発揮するためには、樹脂塗膜全体の乾燥質量に対し5mass%以上の配合量とするのが好ましい。
【0040】
樹脂塗膜に用いる樹脂には、ポリエステル系樹脂、エポキシ系樹脂及び塩化ビニル系樹脂等、一般的に塗料に用いられる樹脂をそのまま用いることができる。そして、この樹脂に顔料を加えたものを、水又は有機溶剤を溶媒としてこれに溶解又は分散して塗料を調製する。塗料には、必要に応じて安定剤等の添加成分が加えられる。このような塗料を化成処理したアルミニウム基材表面に塗布し、焼き付けることによって樹脂被覆アルミニウム板を作製する。焼付条件としては、塗料樹脂の硬化を促進し、かつ、アルミニウム基材の材料強度を損なわない温度及び時間が選択され、例えば、炉内雰囲気温度190℃にて10分間焼き付けられる。樹脂塗膜の厚みは、発色効果ならびに下地色隠蔽効果の観点から、乾燥状態で1〜20μm程度とするのが好ましい。なお、樹脂塗膜の上に色彩付与を目的として各種インキ層を設けてもよく、更に、トップコートとして各種仕上げクリアー塗膜を設けてもよい。
【0041】
なお、化成皮膜に含まれるMg、Cr、F及びPの量を測定する方法としては、Mgに対しては上述のようにGD-OESが、それ以外の元素に対しては電子線プローブマイクロアナライザ法(EPMA)が、それぞれ好適に用いられる。Crをはじめとする大部分の元素の定量分析にはEPMAで十分対応できるものの、Mgに関しては、アルミニウム基材の合金成分として添加されることが多いので、EPMAでは必ずしも正確な分析結果が得られない。そのため、深さ方向分析に適しており、測定が簡易で測定時間も短いGD−OESが好適に用いられる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明の好適な実施の形態を具体的に説明する。
【0043】
実施例1〜12及び比較例1〜10
アルミニウム基材用のアルミニウム板として、板厚0.25mmのAA5151−H39、JIS1100−H39及びJIS3003−H39の合金板を使用した。また、アルカリ脱脂液として、市販のアルカリ脱脂剤「EC−370(日本ペイント)」を使用した。使用条件は、濃度1.0%水溶液、スプレー圧1.5kgf/cm、処理時間5秒、脱脂液温度は65℃とし、上記アルミニウム板にアルカリ脱脂液をスプレー噴射してアルカリ脱脂処理を施した。アルカリ脱脂処理の後に、室温の脱イオン水にてスプレー圧1.5kgf/cm、処理時間5秒の条件で水洗を実施した。次いで、表1に示す条件にてリン酸クロメート処理を行った。処理薬剤は「アルサーフ408/48(日本ペイント株式会社製)」を使用し、アルサーフ408の濃度を2.0mass%として(溶媒は水)、アルサーフ48にてフッ酸濃度を調整した。リン酸クロメート処理はスプレー圧1.5kgf/cmのスプレーにて実施し、Cr付着量は処理時間の長短のみで制御した。表1には、アルミニウム基材の材質、リン酸クロメート処理液の温度、リン酸クロメート処理液中のフッ酸濃度及びCr6+/リン酸の比、ならびに、処理時間を示す。
【0044】
【表1】

【0045】
上記のリン酸クロメート処理によってアルミニウム基材表面に付着させたリン酸クロメート皮膜の付着量、リン酸クロメート皮膜中のMg濃度(mass%)、Cr/Fの濃度比(mass%/mass%)、Cr/Pの濃度比(mass%/mass%)を、表2に示す。Crの付着量は、蛍光X線分光分析によって測定した。また、Mg濃度はGD-OESにより、Cr、F及びP濃度はEPMAによって測定した。
【0046】
【表2】

【0047】
次いで、上記リン酸クロメート処理を施したアルミニウム基材の両面に、市販のキャップ用溶剤型塗料「ホワイトコーチング」(85mass%以上ポリエステル系樹脂、6.3mass%酸化チタン顔料、主溶媒としてシクロヘキサノン)を、乾燥した樹脂塗膜量が13g/mとなるような量だけ塗布し、190℃の焼付温度で600秒の焼付時間で焼付けして、樹脂被覆アルミニウム板試料を作製した。
【0048】
このようにして作製した試料を、以下のようにして評価した。
(樹脂塗膜の密着性評価)
上記試料の両面に、市販のシリコン系潤滑剤を50mg/mずつ塗布し、キャップ成型機により絞り成型加工(キャップ径=38mm、キャップ高さ=18mm)を行った後、更にミシン目加工、スクリュー加工をこの順に行った。得られたキャップに対し、ミシン目部、キャップ下端及びビード部の樹脂塗膜剥離状態を、レトルト後(123℃×60分)に目視観察した。ミシン目部、キャップ下端及びビード部の全長に対する剥離発生部位の長さの比率(%)を測定した。全体評価としては、ミシン目部、キャップ下端及びビード部の全ての箇所において上記比率が10%以下のものを合格(A)とし、一箇所でも10%を超える場合を不合格(B)とした。
【0049】
(耐食性評価)
上記試料の両面に、市販のシリコン系潤滑剤を50mg/mずつ塗布し、キャップ成型機により絞り成型加工(キャップ径=38mm、キャップ高さ=18mm)を行った後、更にミシン目加工、スクリュー加工をこの順に行った。このようにして得られたキャップを、70℃に加温したモデルジュース試験水溶液(クエン酸一水和物1.0%+塩化ナトリウム0.5%)に72時間浸漬し、ミシン目部、キャップ下端及びビード部における腐食の度合いを目視にて評価し、全く腐食がない場合を◎、腐食発生箇所が5ヶ所未満 の場合を○、5〜10ヶ所の場合を△、10ヶ所を超える場合を×とした。全体評価としては、ミシン目部、キャップ下端及びビード部の全ての箇所において上記評価が◎又は○の場合を合格(A)とし、一箇所でも△又は×がある場合を不合格(B)とした。
【0050】
加工後の上記樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果を表3に示す。
【0051】
【表3】

【0052】
表3から明らかなように、実施例1〜12では、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも合格であった。
【0053】
比較例1ではリン酸クロメート処理液温度が低温であったため、リン酸クロメート皮膜中のMg濃度が高く、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例2ではリン酸クロメート処理液温度が高温であったため、リン酸クロメート皮膜の付着量が少なく、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例3ではリン酸クロメート処理液中のフッ酸濃度が低かったため、リン酸クロメート皮膜中のMg濃度が高く、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例4ではリン酸クロメート処理液中のフッ酸濃度が高かったため、Cr/Fの比が低く、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例5ではリン酸クロメート処理液中のCr6+/リン酸の比が低かったため、Cr/Pの比が高く、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例6ではリン酸クロメート処理液中のCr6+/リン酸の比が高かったため、Cr/Pの比が低く、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例7ではリン酸クロメート皮膜の付着量が少なかったため、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例8ではリン酸クロメート皮膜の付着量が多かったため、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
比較例9、10ではリン酸クロメート処理液中のフッ酸濃度が低かったため、リン酸クロメート皮膜中のMg濃度が高く、樹脂塗膜の密着性評価及び耐食性評価の結果がいずれも不合格であった。
【0054】
また、これら実施例11、12及び比較例9、10で使用したJIS1100−H39及びJIS3003−H39の両材料は、積極的な添加元素としてのMgは含有しないものの、不純物として含有するMgが材料表面に濃縮していた。比較例9、10では、リン酸クロメート処理工程においてこのMgを除去しきれないため、特にレトルト後の樹脂塗膜剥離が目立つ結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
以上のように、本発明に係る製造方法によって製造される樹脂被覆アルミニウム板は、プレス成形等の成形加工後において、樹脂塗膜の密着性及び耐腐食性に優れるので、例えばキャップ成型用として好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム板又はアルミニウム合金板からなるアルミニウム基材と、当該アルミニウム基材の少なくとも一方の表面に形成した化成皮膜と、当該化成皮膜上に形成した樹脂塗膜であって全乾燥質量に対して5mass%以上の顔料を含有する樹脂塗膜と、を備えた樹脂被覆アルミニウム板において、
前記化成皮膜がリン酸クロメート皮膜から成り、リン酸クロメート皮膜の付着量が金属Crに換算して5〜50mg/mであり、リン酸クロメート皮膜中の元素において、Mgが2.0mass%以下、(Crのmass%)/(Fのmass%)が0.1以上、(Crのmass%)/(Pのmass%)が1.0〜30.0以下であることを特徴とする樹脂被覆アルミニウム板。
【請求項2】
アルミニウム板又はアルミニウム合金板からなるアルミニウム基材の少なくとも一方の表面にリン酸クロメート処理を施す工程と、リン酸クロメート処理表面に樹脂塗膜を形成する工程と、を含む樹脂被覆アルミニウム板の製造方法において、リン酸クロメート処理工程における処理液温度が30〜60℃であり、当該処理液中におけるフッ酸濃度が500〜3000ppmで、かつ、Cr6+濃度(A)とリン酸濃度(B)の比A/Bが0.03〜0.7であることを特徴とする樹脂被覆アルミニウム板の製造方法。

【公開番号】特開2009−30136(P2009−30136A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−197184(P2007−197184)
【出願日】平成19年7月30日(2007.7.30)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)
【Fターム(参考)】