説明

機能性フィルムを移送するための負圧吸着ヘッドおよびそれを用いた機能性フィルムの移送方法

【課題】機能性フィルム10を負圧吸着ヘッド40を用いて初期位置から細胞培養容器50へ移送するときに、機能性フィルム10と細胞培養容器50の底面51との間に気泡が存在しない状態で、機能性フィルム10を細胞培養容器50の底面51に落下させることのできる負圧吸着ヘッド40を得る。
【解決手段】負圧吸着ヘッド40の吸着面部42を機能性フィルム10の落下方向に傾斜した傾斜面42a、42bで構成する。吸着された機能性フィルム10は下に凸の曲面を形成して細胞培養容器50の底面51に向けて落下する。機能性フィルム10の最も下方に位置する部分が最初に底面51に着地し、そのあとで左右の領域が順次底面51に着地する。それにより、機能性フィルム10と細胞培養容器50の底面51との間の空気は、効果的に排除される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性フィルムを細胞培養容器へ移送するための負圧吸着ヘッドと、その負圧吸着ヘッドを用いた機能性フィルムの移送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面に細胞培養される親水性ポリマー(温度応答性ポリマー)の層を被覆した細胞培養支持体(シャーレなどの細胞培養容器)が特許文献1に記載されている。この細胞培養支持体を用いることにより、温度を変化させるだけで培養・増殖後の細胞を破壊することなく細胞支持体から容易に剥離して回収することができる。しかし、特許文献1に記載のように、シャーレなどの細胞培養容器に、別個にバッチ処理により表面処理をして機能性化合物層を設けることは、多くの手間を必要としており、作業性の観点からはなお改善する余地がある。
【0003】
また、プレプリントされていて剥離機により剥離発行されるシール類を所望の製品に貼り付けるためのシール貼り付け装置において、シールを負圧吸引する吸引部の吸引面を断面弧状を呈する弾性的部材で形成し、該弾性的部材をその中央から対象物品に押し付けることで、最初にシールの中央部を圧着し、その後、さらに押圧することで弾性的部材を次第に撓ませながらシールの全体の面を貼り付けるようにすることで、貼り付けられたシールと物品との間に気泡が入らないようにしたシールの貼り付け装置が特許文献2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平2−211865号公報
【特許文献2】特開2009−154904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載される細胞培養支持体の持つバッチ処理による不都合を解消する手法として、機能性化合物層の多数個を帯状の剥離フィルム上に配列した原反を予め作っておき、ラベリングの手法を使って、原反から機能性化合物層を連続的に剥離させるとともに、各剥離した機能性化合物層を、従来からシート材などの搬送手段として用いられている負圧吸着ヘッドを用いて、細胞培養容器まで移送した後、負圧を開放して、機能性化合物層を細胞培養容器の底部に配置する手法が考えられる。
【0006】
一方、細胞培養容器の底面に機能性フィルムを配置して細胞の培養・増殖を行う場合、細胞培養容器の底面と機能性フィルムの裏面との間に気泡が存在しない状態で、両者が密着していることが求められる。気泡が存在していると細胞培養時の顕微鏡観察像に移りこんでしまう可能性があるため、気泡なく密着していることが望ましい。
【0007】
本発明者らは従来からシール類の貼付に用いられている負圧吸着ヘッドを用い、負圧吸着ヘッドの吸着面に機能性フィルムを吸着した状態で細胞培養容器の上まで移送し、そこで負圧の開放と排気を行って機能性フィルムを細胞培養容器の底面に落下させる処理を多く行っているが、多くの場合、落下した機能性フィルムと細胞培養容器の底面との間に気泡が存在してしまうのを避けることができなかった。気泡が存在する場合、高温高圧水蒸気によるオートクレーブ処理を行って気泡を除去することが必要であり、余分な作業が必要となることに加え、機能性フィルムの種類によっては、特に親水性ポリマーを備えた機能性フィルムの場合には、オートクレーブ処理により機能性フィルムを損傷する恐れもある。
【0008】
また、特許文献2に記載の方法、すなわち、吸着面を断面弧状を呈する弾性的部材で形成して、物品へのシールの貼り付けを、シールを弾性部材とともに物品に押し付ける方法を、機能性フィルムを細胞培養容器へ移し替える手法に採用すると、押し付け時の圧力によって機能性フィルムの機能性化合物が形成された面を損傷する恐れがあるので、圧着による手法を採用することは好ましくない。
【0009】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、機能性フィルムを負圧吸着ヘッドを用いて初期位置から細胞培養容器へ移送するときに、機能性フィルムと細胞培養容器の底面との間に気泡が存在しない状態で、機能性フィルムを細胞培養容器の底面に落下させることを可能とした負圧吸着ヘッドを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく多くの実験を行うことにより、図12(a)に示すような複数の負圧吸着孔2を有する平面状の吸着面を備えた負圧吸着ヘッド1を用い、機能性フィルム3を吸着した状態で、負圧吸着ヘッド1の吸着面と細胞培養容器4の底面5とを平行な姿勢として負圧を開放すると、機能性フィルム3は、図12(b)に示すように、細胞培養容器4の底面5とほぼ平行な姿勢を保った状態で容器底面5に向けて落下することとなり、空気の逃げ道が制限されることから、図12(c)に示すように、両者の間に気泡6が残ってしまうことを知見した。
【0011】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、本発明による負圧吸着ヘッドは、機能性フィルムを複数の負圧吸着孔を備えた吸着面に負圧吸着して細胞培養容器へ移送した後、負圧を開放して機能性フィルムを細胞培養容器へ落下させるのに用いる負圧吸着ヘッドであって、前記吸着面は、機能性フィルムの落下方向に傾斜した傾斜面を有することを特徴とする。
【0012】
本発明による負圧吸着ヘッドを用いて機能性フィルムを初期位置から細胞培養容器へ移送するときの、前記初期位置での機能性フィルムの吸着動作は、従来知られている負圧吸着ヘッドにおけると同様に行われる。そして、細胞培養容器上で負圧を開放することで、機能性フィルムは負圧吸着ヘッドの吸着面から自重で落下していくが、吸着面が傾斜面であることから、落下開始時での機能性フィルムの姿勢は、吸着面の傾斜面に応じた傾斜した姿勢となっている。そのために、落下する機能性フィルムは、その最も下位に位置する部分が他の部分と比較してより早く細胞培養容器の底面に着地するようになり、その後、機能性フィルムの全体は時間差をもって細胞培養容器の底面に次第に着地していく。その過程で、機能性フィルムの裏面と細胞培養容器の底面との間に存在する空気は、順次連続して外側に向けて排出されるので、間に気泡がない状態で機能性フィルムの全体を細胞培養容器の底面に配置させることができる。また、機能性フィルムが負圧吸着ヘッドから細胞培養容器の底面へ移動するときに、機能性フィルムには、押圧力のような外的な力が作用することはないので、機能性フィルムの機能性化合物が形成された面に損傷が生じることもない。
【0013】
本発明において、負圧吸着ヘッドの吸着面の平面視での形状は、特に限定されないが、好ましくは、細胞培養容器に移送する機能性フィルムの外郭形状と一致した形状とされる。円形の機能性フィルムの場合には、平面視で円形の吸着面を持つ負圧吸着ヘッドが用いられ、矩形の機能性フィルムの場合には、平面視で矩形の吸着面を持つ負圧吸着ヘッドが用いられる。
【0014】
平面視の形状如何を問わず、本発明による負圧吸着ヘッドにおいて、前記吸着面は、1つの前記傾斜面で形成される形態でもよく、傾斜方向が逆方向である対向する2つの前記傾斜面で形成される形態でもよい。2つの傾斜面を備える場合、下端部での斜面同士の接合部は、鋭角でなく、湾曲した接合部とすることは好ましく、それにより、負圧吸引した姿勢で斜面同士の接合部が機能性フィルムに損傷を与えるのを回避できる。なお、1つの前記傾斜面を有する形態では、負圧吸着ヘッドから落下する機能性フィルムは、単に斜めに傾斜した姿勢で落下することとなり、2つの傾斜面を備える場合には、機能性フィルムは、断面U字状またはV字状に下方に屈曲した姿勢で落下することとなる。
【0015】
また、上記したいずれの形態の負圧吸着ヘッドにおいても、前記傾斜面は全体が平面状あってもよく、全部または一部は断面弧状をなしていてもよい。後者の態様では、落下する機能性フィルムの全部または一部に湾曲した姿勢を与えることができるので、機能性フィルムの裏面と細胞培養容器の底面との間に存在する空気をより確実に外側に向けて排出できるようになる。
【0016】
本発明は、また、上記したいずれかの負圧吸着ヘッドを用いて機能性フィルムを吸着し、該機能性フィルムを細胞培養容器上へ移送した後、負圧を開放して前記機能性フィルムを前記細胞培養容器へ落下させ、前記機能性フィルムを前記細胞培養容器に配置することを特徴とする細胞培養容器の製造方法をも開示する。
【発明の効果】
【0017】
本発明による負圧吸着ヘッドを用いることにより、機能性フィルムの裏面と細胞培養容器の底面との間に気泡の発生を抑えた状態で、機能性フィルムを細胞培養容器の底面に配置することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明による負圧吸着ヘッドによって移送される機能性フィルムの一例を説明する模式図。
【図2】多数個の機能性フィルムを帯状の剥離フィルムに仮接着した原反を説明する模式図。
【図3】本発明による負圧吸着ヘッドを備えた細胞培養容器の製造装置の一例を説明する模式図。
【図4】機能性フィルムを配置した細胞培養容器の例であるフラスコ型細胞培養容器を示す図。
【図5】図4に示すフラスコ型細胞培養容器の製造手順を示す図。
【図6】本発明による負圧吸着ヘッドの一例を説明する図。
【図7】図6に示す負圧吸着ヘッドを用いた場合での機能性フィルムの落下状態を説明する図。
【図8】本発明による負圧吸着ヘッドの他の例を説明する図。
【図9】本発明による負圧吸着ヘッドのさらに他の例を説明する図。
【図10】図9に示す負圧吸着ヘッドを用いた場合での機能性フィルムの落下状態を説明する図。
【図11】フラスコ型細胞培養容器の他の製造方法を説明する図。
【図12】従来の負圧吸着ヘッドを用いる場合での枚様シートの落下状態を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施の形態に基づき説明する。図1は、本発明による負圧吸着ヘッドによって移送される機能性フィルムの一例を模式的に示す断面図である。なお、本発明において、対象となる機能性フィルムは、可撓性を有しており、かつ表面に細胞培養に適した所望の機能が付与された、粘着剤層を備えたフィルムであることが好ましい。より好ましい実施形態では、図1に示す機能性フィルム10のように、フィルム基材層11の一方の面に機能性化合物層12が積層され、他方の面に粘着剤層13が積層されている。なお、図1において、14は後記する帯状をなす剥離フィルムである。
【0020】
<フィルム基材層11>
限定されないが、フィルム基材層11は、一方の表面に前記機能性化合物層12を形成することが可能な材料を含むものであればよく、材料の種類は特に限定されない。典型的には、フィルム基材層11の材料として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリル等が挙げられる。
【0021】
フィルム基材層11の、機能性化合物層12が形成される側の表面は、易接着処理された表面とすることができる。「易接着処理」とは、例えば、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等の易接着剤による処理を指す。
【0022】
フィルム基材層11の厚さ(フィルム基材層11が基材の層に加えて易接着層を備える場合は、易接着層を含むフィルム基材層の全体の厚さを指す)は、特に制限は無いが可撓性を付与する厚さであることが好ましく、例えば5μm〜400μm、好ましくは50μm〜250μmである。
【0023】
<機能性化合物層12>
機能性化合物層12を構成する機能性化合物としては、有機化合物または無機化合物が挙げられ、より好ましくは、所定の刺激によって細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な表面を有する刺激応答性ポリマーや、1つ以上のエチレングリコール単位(CH−CH−O)からなるエチレングリコール鎖等の親水性化合物が挙げられる。
【0024】
機能性化合物層の膜厚は、例えば、0.5nm〜300nmの範囲内とするのがよく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。
【0025】
以下「刺激応答性ポリマー層」および「親水性化合物層」の好適な実施形態について説明する。
【0026】
<刺激応答性ポリマー層>
機能性有機化合物層は、刺激応答性ポリマー層であることが特に好ましい。刺激応答性ポリマー層とは、所定の刺激によって表面の細胞の接着度合いが変化するポリマーを含む層である。刺激応答性ポリマーとしては、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー、イオン応答性ポリマー、光応答性ポリマーなどを挙げることができる。なかでも温度応答性ポリマーが、刺激の付与が容易であることから好ましい。
【0027】
温度応答性ポリマーとして、例えば、細胞を培養する温度では細胞接着性を示し、作製した細胞シートの剥離する時の温度では細胞非接着性を示すものを用いるとよい。例えば、温度応答性ポリマーは、臨界溶解温度未満の温度では周囲の水に対する親和性が向上し、ポリマーが水を取り込んで膨潤して表面に細胞を接着しにくくする性質(細胞非接着性)を示し、同温度以上の温度ではポリマーから水が脱離することでポリマーが収縮して表面に細胞を接着しやすくする性質(細胞接着性)を示すものを用いるとよい。このような臨界溶解温度は、下限臨界溶解温度と呼ばれる。下限臨界溶解温度Tが0℃〜80℃、さらに好ましくは0℃〜50℃である温度応答性ポリマーを用いるとよい。Tが0℃〜80℃であると、細胞を安定的に培養できるからである。
【0028】
好適な温度応答性ポリマーとしては、アクリル系ポリマーまたはメタクリル系ポリマーが挙げられる。具体的に好適な温度応答性ポリマーとしては、例えばポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、およびポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。
【0029】
pH応答性ポリマーおよびイオン応答性ポリマーは作製しようとする細胞シートに適したものを適宜選択することができる。
【0030】
刺激応答性ポリマー層は、重合して目的の刺激応答性ポリマーを形成するモノマーと、該モノマーを溶解しうる有機溶媒と含む塗布用組成物を調製し、これを慣用の塗布方法に従って、フィルム基材の表面に塗布して塗膜を形成し、次に、該塗膜に放射線照射等の適当な手段により塗膜中のモノマーを重合してポリマーを形成するとともに、フィルム基材の表面とポリマーとの間にグラフト化反応を生じさせることにより形成することができる。
【0031】
<親水性化合物層>
機能性有機化合物層の他の実施形態として、1つ以上のエチレングリコール単位からなるエチレングリコール鎖(複数のエチレングリコール単位からなるエチレングリコール鎖は、「ポリエチレングリコール鎖」ということができる)等の親水性化合物の層が挙げられる。
【0032】
エチレングリコール鎖の末端は水酸基により封鎖された形態であってもよいし、エチレングリコール鎖の末端に生体関連物質等の他の物質が共有結合により連結された形態であってもよい。
【0033】
末端が水酸基により封鎖されたエチレングリコール鎖を含む層は、細胞が接着し難い親水性の表面を提供することができる。
【0034】
エチレングリコール鎖の末端に共有結合されうる生体関連物質としては、抗原、抗体、DNA、RNA、ペプチド、ホルモン、酵素、サイトカイン、糖鎖、脂質、補酵素、酵素阻害剤、細胞、その他の機能を有するタンパク質が含まれる。更に、このような生体関連物質と親和性を有する低分子化合物、および高分子化合物も生体関連物質の範囲に含まれる。
【0035】
エチレングリコール鎖等の親水性化合物の層を、樹脂製のフィルム基材層の表面に固定化するためには、予め、フィルム基材層の表面に、物理的に吸着可能であって、エチレングリコール鎖の末端の水酸基と反応して共有結合を形成可能な官能基を側鎖に含むポリシロキサンを含むプライマー層を設ける。ポリシロキサンの側鎖上の官能基としては、グリシジル基またはエポキシ基が好ましい。プライマー層は、フィルム基材層の表面に、所望の側鎖を有するシラノール化合物を適用し、該表面上で縮合重合してポリシロキサンに変換することにより形成することができる。
【0036】
次いで、プライマー層の官能基と、エチレングリコールまたはエチレングリコール単位が2以上繰り返されたポリエチレングリコールの水酸基とを反応させて共有結合を形成し、エチレングリコール鎖を固定化する。このとき、触媒量の濃硫酸を含むエチレングリコールまたはポリエチレングリコールをプライマー層に接触させる。
末端が水酸基により封鎖されたエチレングリコール鎖を含む層はこのようにして形成される。
【0037】
更に、必要に応じて、エチレングリコール鎖の一端に、他の物質との共有結合を形成することが可能な、少なくとも1つの官能基を直接的または間接的に連結させる。官能基の導入方法は特に限定されない。
【0038】
<粘着剤層13>
粘着剤層13を構成する粘着剤としてはポリエステル樹脂、アクリル酸エステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエチレンイミン樹脂、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等を挙げることができ、なかでもアクリル酸エステル樹脂、ポリウレタン樹脂等を好ましく用いることができる。
【0039】
粘着剤層の厚さは特に限定されないが、10μm〜300μmであることが好ましく、20μm〜200μmであることがより好ましい。
【0040】
図1に示す層構造の機能性フィルム10は、任意の方法で作ることができるが、本実施の形態では、次のようにして作られる。すなわち、帯状をなす剥離フィルム14の全面に前記粘着剤層13を塗布し、その上に、同じ幅であるやはり帯状のフィルム基材層11と機能性フィルム10を積層する。それにより、図に示すように、剥離フィルム14と粘着剤層13とフィルム基材層11と機能性フィルム10の層の4層構造からなる、長尺物20(図2参照)が形成される。なお、剥離フィルム14には、必要な強度や柔軟性を有する限り特に限定されないが、例えば、ポリエチレンテレフタレート等の樹脂からなるフィルムまたはそれらの発泡フィルムに、シリコーン系剥離剤等の剥離剤で剥離処理したものを挙げることができる。
【0041】
長尺物20の前記剥離フィルム14とは反対の面から、得ようとする機能性フィルム10の外郭形状を持つ型枠(不図示)を、剥離フィルム14の表面にまで達するように押下する。それにより、機能性フィルム10とフィルム基材層11と粘着剤層13には、機能性フィルム10の外郭形状をなす切り込み線21が形成される。その型押し作業を所定の間隔をおいて連続的に長尺物20に対して行うことにより、図2に示すような、複数個の切り込み線21の入った長尺物20が得られる。前記長尺物20は、機能性フィルム10側が内側となるようにしてロール状に巻き込まれて原反22(図3参照)とされ、保管される。
【0042】
なお、機能性フィルム10の平面視での形状に制限はなく任意の形状を取ることができ、それに応じた型枠が用いられる。図2に示した例では、後に説明する図4に示すような先狭まり状とされた細胞培養容器(フラスコ型細胞培養容器)50Aの底面51Aに配置することを予定する機能性フィルム10を得ようとするものであり、切り込み線21は、細胞培養容器50Aの底面51Aの内周輪郭の形状とほぼ同じ形状とされている。
【0043】
図3は、前記原反22から機能性フィルム10を分離し、分離後の機能性フィルム10を細胞培養容器50の底面51に移し替える装置の一例を示している。図示の移し替え装置30は、従来知られた3次元ロボットアーム(不図示)に取り付けられたエアーシリンダ31を備え、該エアーシリンダ31の下方先端に、図6、図8、図9に例を示すような本発明による負圧吸着ヘッド40が着脱可能に装着されている。エアーシリンダ31は、3次元ロボットアームの制御装置(不図示)により、面方向であるX−Y軸方向および垂直方向であるZ軸方向に移動可能とされている。
【0044】
エアーシリンダ31の近傍には、水平方向またはわずかに下方に傾斜した方向に延在する案内台32が位置しており、前記原反22から巻き出される長尺物20は、ガイドロール33・・によって案内されることで、前記案内台32の上面に沿って移動し、先端でUターンした後、巻き取りロール34によって巻き取られる。長尺物20が案内台32の先端でUターンするときに、前記切り込み線21によって区画された内側の領域は剥離フィルム14から剥離し、案内台32の上面の延長線方向に送り出される。すなわち、機能性フィルム10とフィルム基材層11と粘着剤層13の3層構造からなる機能性フィルム10が、粘着剤層13側を下面側とした姿勢で連続的に剥離フィルム14から剥離し、水平方向またはわずかに下方に傾斜した方向に送り出される。
【0045】
移し替え装置30は、さらに、細胞培養容器50を水平姿勢に載置した状態で間欠的に移動と停止を繰り返すことのできる搬送コンベア35を備えている。また、好ましくは、前記案内台32の先端近傍であって送り出される機能性フィルム10の下方位置には、機能性フィルム10の横幅にほぼ等しい横幅を持つエアノズル37が空気噴出方向を斜め上方に向けた姿勢で取り付けられる。エアノズル37からの空気噴出を下方から受けることにより、剥離フィルム14から剥離して送り出される機能性フィルム10は、その後もほぼ水平な姿勢を維持することができる。
【0046】
前記負圧吸着ヘッド40について説明する。図6、図8、図9は、3つの形態の負圧吸着ヘッド40a、40b、40cの断面図(各図の(a))と下方から見た平面図(各図の(b))である。限定されないが、図示の形態の負圧吸着ヘッド40a、40b、40cは、図4に示したフラスコ型の容器50Aを製造するのに好適に用いられるものなので、まず、フラスコ型の容器50Aについて説明する。
【0047】
フラスコ型細胞培養容器50Aは、図4(a)に記すように、容器部100と蓋110を備える。容器部100は、底面51Aと、底面51Aの周縁に立設された側壁部102と、側壁部102の上端部に接合された、底面51Aに対向配置される天面部103とを少なくとも備える。底面51Aは矩形状の平板の一方端側が狭くなった形状であり、該狭くされた先端に対応する前記側壁部102の部分には通孔104が穿設されている。そして、通孔104の周縁から容器部外側に延びる首部105を備え、そこに蓋110が着脱可能に装着される。容器部100と蓋110とを組み合わせることによりフラスコ型の細胞培養容器50Aが形成される。
【0048】
図4(b)は、図4(a)のb−b線に沿う断面を示し、図4(c)はc−c線に沿う断面を示す。容器部100の、底面51A、側壁部102および天面部103に包囲される内部空間には、細胞および培地を収容するための内室130が形成されている。内室130に面する底面51Aの一部分には、前記した機能性フィルム10が固定される。
【0049】
図示のフラスコ型細胞培養容器50Aのように、機能性フィルム10が固定される面が開放されておらず閉鎖された容器内に位置している場合には、図5に示すように、機能性フィルム10を固定することが可能な形状の部材(底面51Aと側壁部102とからなる部材201)に機能性フィルム10を固定し、フィルム固定後の前記部材を他の部材(天面部103)を固定することで、目的とする細胞培養容器とすることができる。
【0050】
図6に示す負圧吸着ヘッド40aは、円筒形のエアーシリンダ31の下端部にねじ係合される円筒状部分41と、該円筒状部分41の下端側に一体成形された山形をなす吸着面部42とからなる。該山形をなす吸着面部42は、図6(b)のa−a線に沿う断面図である図6(a)に示すように、円柱体をその直径位置を稜線部として等しい角度で左右に切り落として形成される形状であり、互いに逆方向に傾斜する、平面状である右下がり傾斜面42aと、やはり平面状である左下がり傾斜面42bとで構成される。2つの傾斜面42a、42bの接合部43は水平方向の直線状であり、面取り加工をすることでラウンド形状とされている。
【0051】
図6(b)に示すように、2つの傾斜面42a、42bには、図2に示した機能性フィルム10の形状に一致する領域に、多数の負圧吸着孔44が形成されている。より詳細には、2つの傾斜面42a、42bを平面に展開した状態で、前記接合部43に前記機能性フィルム10の短手方向の横幅の中心線La(図2参照)が位置するようにして機能性フィルム10を配置したときに、当該機能性フィルム10で覆われる領域S内に多数の負圧吸着孔44が形成されている。図示の例では、前記接合部43の領域にも多数の負圧吸着孔44が形成されている。負圧吸着ヘッド40aは、前記山形をなす吸着面部42の裏面側に空気室45を形成しており、該空気室45は前記エアーシリンダ31の空気路36と接続している。そして、前記空気路36は適宜の図示しない空気吸引手段に接続している。
【0052】
ロボットアームの制御装置は、送り出されてくる機能性フィルム10を負圧吸着ヘッド40aによって負圧吸着することのできる位置に、前記エアーシリンダ31を位置させる。その際に、制御装置は、機能性フィルム10の送り出し方向と負圧吸着ヘッド40aの前記2つの傾斜面42a、42bの接合部43の延出方向が一致し、かつ前記した機能性フィルム10の短手方向の横幅の中心線Laの位置が前記接合部43の位置に一致する位置に、エアーシリンダ31を位置させる。
【0053】
送り出されてくる機能性フィルム10が負圧吸着ヘッド40aの直下に達したときに、吸引手段によって空気室45内の空気を吸引する。それにより、山形をなす吸着面部42における前記負圧吸着孔44が形成された領域には負圧が発生し、その領域に機能性フィルム10は負圧吸引される。
【0054】
その状態で制御装置はロボットアームを操作して、エアーシリンダ31を前記搬送コンベア35で搬送されてくる細胞培養容器50の直上位置に移動させ、負圧吸着ヘッド40aに吸着されている機能性フィルム10の向きを細胞胞培養容器50の向きに一致させる。移動後、細胞培養容器50の底面51と、山形をなす吸着面部42に負圧吸着された機能性フィルム10の最下端部との距離、すなわち前記2つの傾斜面42a、42bの接合部43に対応する部分での機能性フィルム10の距離が0.1mm〜10mm程度となるまでエアーシリンダ31を下降させ、下降位置で、負圧を開放する。場合によっては、排気手段を操作して空気室45内に所定圧の空気を送り込む。上記距離に設定することで、機能性フィルムの配置の位置精度を維持することができる。この空気は吸着面部42に形成した各負圧吸着孔44から吐出(排気)され、自重に加えて空気の吐出圧によって、機能性フィルム10は細胞培養容器50の底面51に向けて落下する。これにより、機能性フィルム10の機能性化合物層12を機械的に押圧することなく、機能性フィルム10を細胞培養容器50の底面51に配置することができる。
【0055】
そのときの落下の状態が図5および図7に示される。なお、図5において、10aで示される領域は、機能性フィルム10が負圧吸着ヘッド40aの山形をなす吸着面部42に吸着されていたときに、当該機能性フィルム10が前記2つの傾斜面42a、42bの接合部43に当接していた領域である。また、図7は図5のx−x線に沿う方向の断面図である。機能性フィルム10は、負圧吸着ヘッド40aの山形をなす吸着面部42に負圧吸着した状態から負圧が解放されて落下するので、図7(a)に示すように、落下するときの機能性フィルム10の姿勢は、短手方向の幅方向中央部10aが最も下位に位置する下に凸の湾曲した姿勢となっている。その姿勢を維持した状態でさらに落下していき、図7(b)に示すように、機能性フィルム10の最も下位に位置する中央部10aが最初に細胞培養容器50Aの底面51Aに接触する。その後、左右の領域が中央部10aから側縁領域に向かうようにして、順次、細胞培養容器50Aの底面51Aに接触していく。そのために、細胞培養容器50Aの底面51Aと機能性フィルム10の裏面の間に存在している空気は、機能性フィルム10の前記挙動にしたがって順次外側に排気されていくこととなり、結果として、間に空気溜まりが生じるのを回避できる。図7(c)は機能性フィルム10の裏面、すなわち粘着剤層13側の全面が細胞培養容器50Aの底面51Aに接触した状態を示しており、気泡が存在しない状態で、機能性フィルム10は粘着剤層13を介して細胞培養容器50Aの底面51Aに固定される。
【0056】
図示しないが、前記傾斜面42a、42bの双方またはいずれか一方を平面ではなく湾曲面としてもよい。そして、2つの傾斜面42a、42bが連続した1つの湾曲面を形成するようにしてもよい。さらに、前記接合部43は、上記した例のように山形をなす吸着面部42の幅方向の中央部に位置していなくてもよく、左右のいずれから偏位していてもよい。後者の場合、2つの傾斜面42a、42bの傾斜角度が等しい場合には、各傾斜面の横幅は異なってくるが、傾斜角度を調整することで同じ横幅とすることもできる。前者の場合であっても、2つの傾斜面42a、42bの傾斜角度が異なるように成形してもよい。
【0057】
図8は、負圧吸着ヘッドの他の形態を示している。この負圧吸着ヘッド40bは、山形をなす吸着面部42に形成される前記した機能性フィルム10で覆われる領域Sの向きが異なっている点で、図6に示した負圧吸着ヘッド40aと相違している。すなわち、負圧吸着ヘッド40bでは、前記接合部43の位置に、機能性フィルム10の長手方向の横幅のほぼ中心線Lb(図2参照)の位置が来るようにして、多数の負圧吸着孔44が傾斜面42a、42bに形成されている。この負圧吸着ヘッド40bを用いる場合には、機能性フィルム10は、負圧吸着ヘッド40aの場合と90度回転した姿勢で、前記領域Sの面に吸着される。上記の点を除き、他の構成部材およびその奏する作用効果は負圧吸着ヘッド40aと同じであるので、同じ符号を付して説明は省略する。
【0058】
図9は、負圧吸着ヘッドの他の形態を示している。この負圧吸着ヘッド40cは、吸着面部42が、山形ではなく、1つの平坦な斜面で形成されている点で、負圧吸着ヘッド40a、40bと相違している。すなわち、負圧吸着ヘッド40cの吸着面42は、円柱体をその中心軸線に傾斜する平面で切断したときの切断面の形状であり、該切断面内に所要の領域に多数の負圧吸着孔44が形成されることで、前記機能性フィルム10で覆われる領域Sが形成されている。図示の例では、吸着面部42である1つの平坦な斜面における上方の領域に、機能性フィルム10の先狭まり状とされた領域が吸着され、下方側の領域に矩形状の領域が吸着されるように、前記多数の負圧吸着孔44が形成されている。上記の点を除き、他の構成部材およびその奏する作用効果は負圧吸着ヘッド40aと同じであるので、同じ符号を付して説明は省略する。
【0059】
負圧吸着ヘッド40cによって負圧吸着された機能性フィルム10が細胞培養容器50Aの底面51Aに落下するときの状態が図10に示される。図に示されるように、機能性フィルム10の一方の端部側が最初に細胞培養容器50Aの底面51Aに接触し、その後、残りの領域が、順次、細胞培養容器50Aの底面51Aに接触していくようになる。
【0060】
なお、前記したように、負圧吸着ヘッド40における吸着面部42の形状は、上記した形状に限らず、機能性フィルム10を移送する細胞培養容器50の底面51の形状に依存して定められる。また、多数の負圧吸着孔44で形成される前記機能性フィルム10で覆われる領域Sの形状も、上記した形状に限らず、吸着する機能性フィルム10の形状に合わせ、適宜設定される。また、図示のものでは、負圧吸着ヘッドの吸着面部42を円筒体をベースとしてその端面に形成するようにしたが、前記機能性フィルム10で覆われる領域Sの形状がそのまま吸着面部42であってもよい。
【0061】
また、フラスコ型細胞培養容器50Aは、図11に示すようにして製造することもできる。すなわち、底面51Aに対応する第1部材301と、首部105を備えた側壁部102に対応する第2部材302と、天面部103に対応する第3部材303とを接合することにより容器部100を形成する。この態様では、前記第1部材301の、底面51Aの内側面に対応する部分に、前記した手法により機能性フィルム10が固定される。
【0062】
本発明において、各細胞培養容器を構成する材料は特に限定されず、細胞培養において一般的に用いられる材料を用いることができる。例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂等の樹脂材料、表面親水化処理を施した上記の少なくとも1種を含む樹脂材料、およびガラスや石英等の無機材料であることができるが、好ましくは樹脂材料である。樹脂材料としては、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることが好ましい。
【符号の説明】
【0063】
10…機能性フィルム、
11…フィルム基材層、
12…機能性化合物層、
13…粘着剤層、
14…帯状をなす剥離フィルム、
20…4層構造からなる長尺物、
21…機能性フィルムの外郭形状をなす切り込み線、
22…ロール状の原反、
30…移し替え装置、
31…エアーシリンダ、
32…案内台、
33…ガイドロール、
34…巻き取りロール、
35…細胞培養容器の搬送コンベア、
36…空気路、
40(40a、40b、40c)…負圧吸着ヘッド、
41…円筒状部分、
42…吸着面部、
42a…右下がり傾斜面、
42b…左下がり傾斜面、
43…2つの傾斜面の接合部、
44…負圧吸着孔、
45…空気室、
50、50A…細胞培養容器、
51、51A…細胞培養容器の底面、
La…機能性フィルムの短手方向の横幅の中心線、
Lb…機能性フィルムの長手方向の横幅の中心線、
S…機能性フィルムで覆われる領域。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機能性フィルムを複数の負圧吸着孔を備えた吸着面に負圧吸着して細胞培養容器へ移送した後、負圧を開放して機能性フィルムを細胞培養容器へ落下させるのに用いる負圧吸着ヘッドであって、
前記負圧吸着ヘッドの前記吸着面は機能性フィルムの落下方向に傾斜した傾斜面を有することを特徴とする負圧吸着ヘッド。
【請求項2】
前記吸着面は1つの前記傾斜面で形成されていることを特徴とする請求項1に記載の負圧吸着ヘッド。
【請求項3】
前記吸着面は傾斜方向が逆方向である対向する2つの前記傾斜面で形成されていることを特徴とする請求項1に記載の負圧吸着ヘッド。
【請求項4】
前記傾斜面は全部または一部が断面弧状とされていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一項に記載の負圧吸着ヘッド。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載の負圧吸着ヘッドを用いて機能性フィルムを吸着し、該機能性フィルムを細胞培養容器上へ移送した後、負圧を開放して前記機能性フィルムを前記細胞培養容器へ落下させ、前記機能性フィルムを前記細胞培養容器に配置することを特徴とする細胞培養容器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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