説明

機能性フィルムを移送するための負圧吸着ヘッドとそれを用いた機能性フィルムの移送方法

【課題】機能性フィルム10を負圧吸着ヘッド40を用いて初期位置から細胞培養容器50へ移送するときに、機能性フィルム10と細胞培養容器50の底面51との間に気泡が存在しない状態で、機能性フィルム10を細胞培養容器50の底面51に落下させることのできる負圧吸着ヘッド40を得る。
【解決手段】負圧吸着ヘッド40は、吸着面41に他の領域と比較して排気量が大きくされた領域を一部に有している。この領域は、例えば負圧吸着孔44aの開口面積S1を他の領域の負圧吸着孔44cの開口面積S3よりも大きくすることで形成される。吸着した機能性フィルム10を離脱するときに、負圧吸着孔44から空気を排出する。前記大きい開口面積S1の領域からはより多くの空気が排気されるので、落下する機能性フィルム10は下に凸の曲面を形成して細胞培養容器50の底面51に落下する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性フィルムを細胞培養容器へ移送するための負圧吸着ヘッドとそれを用いた機能性フィルムの細胞培養容器への移送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面に細胞培養される親水性ポリマー(温度応答性ポリマー)の層を被覆した細胞培養支持体(シャーレなどの細胞培養容器)が特許文献1に記載されている。この細胞培養支持体を用いることにより、温度を変化させるだけで培養・増殖後の細胞を破壊することなく細胞支持体から容易に剥離して回収することができる。しかし、特許文献1に記載のように、シャーレなどの細胞培養容器に、別個にバッチ処理により表面処理をして機能性化合物層を設けることは、多くの手間を必要としており、作業性の観点からはなお改善する余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平2−211865号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そのための改善された手法として、機能性化合物層の多数個を帯状の剥離フィルム上に配列した原反を予め作っておき、ラベリングの手法を使って、原反から機能性化合物層を連続的に剥離させるとともに、各剥離した機能性化合物層を、従来からシート材などの搬送手段として用いられている負圧吸着ヘッドを用いて、細胞培養容器まで移送した後、負圧の解消と負圧吸着ヘッドからの排気を行い、機能性化合物層を細胞培養容器の底部に配置する手法が考えられる。
【0005】
細胞培養容器の底面に機能性フィルムを配置して細胞の培養・増殖を行う場合、細胞培養容器の底面と機能性フィルムの裏面との間に気泡が存在しない状態で、両者が密着していることが求められる。本発明者らは従来から用いられている負圧吸着ヘッドを用い、負圧吸着ヘッドの吸着面に機能性フィルムを吸着した状態で細胞培養容器の上まで移送し、そこで負圧の解消と排気を行って機能性フィルムを細胞培養容器の底面に落下させる処理を多く行っているが、多くの場合、落下した機能性フィルムと細胞培養容器の底面との間に気泡が存在してしまうのを避けることができなかった。気泡が存在する場合、高温高圧水蒸気によるオートクレーブ処理を行って気泡を除去することが必要であり、余分な作業が必要となることに加え、機能性フィルムの種類によっては、特に親水性ポリマーを備えた機能性フィルムの場合には、オートクレーブ処理により機能性フィルムを損傷する恐れもある。
【0006】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、機能性フィルムを負圧吸着ヘッドを用いて初期位置から細胞培養容器へ移送するときに、機能性フィルムと細胞培養容器の底面との間に気泡が存在しない状態で、機能性フィルムを細胞培養容器の底面に落下させることを可能とした負圧吸着ヘッドを提供することを第1の課題とする。また、その負圧吸着ヘッドを用いて機能性フィルムを細胞培養容器の底面に移送する移送方法を提供することを第2の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく多くの実験を行うことにより、従来知られた負圧吸着ヘッドでは、図11(a)に示すように、その吸着面1には同じ孔径である複数の負圧吸着孔2が等しい密度で分布しており、負圧の解除後にそこから排気したときに、機能性フィルムの全面にわたって各負圧吸着孔2からほぼ等しい排気圧および等しい量の空気が作用することとなり、結果として、機能性フィルム3は、図11(b)に示すように、細胞培養容器4の底面5とほぼ平行な姿勢を保った状態で容器底面5に向けて落下することとなり、空気の逃げ道が制限されることから、図11(c)に示すように、両者の間に気泡6が残ってしまうことを知見した。
【0008】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、本発明による負圧吸着ヘッドは、機能性フィルムを複数の負圧吸着孔を備えた吸着面に負圧吸着して初期位置から細胞培養容器へ移送した後、各負圧吸着孔から排気して機能性フィルムを細胞培養容器へ落下させるのに用いる負圧吸着ヘッドであって、前記吸着面は他の領域と比較して排気量が大きくされた領域を一部に有することを特徴とする。
【0009】
本発明による負圧吸着ヘッドを用いて機能性フィルムを初期位置から細胞培養容器へ移送するときの、前記初期位置での機能性フィルムの吸着動作は、従来知られている負圧吸着ヘッドにおけると同様に行われる。細胞培養容器上で機能性フィルムを負圧吸着ヘッドから分離する際には、負圧を解消すると同時に負圧吸着ヘッドの各負圧吸着孔から排気を行う。排気量は吸着面全面で等しくなく、一部の領域で比較してより多くの量が排気される。より多くの排気量が作用することで、機能性フィルムのその領域の部分は他の部分と比較してより早くかつより早い落下速度で、吸着面から細胞培養容器に向けて落下する。
【0010】
結果として、機能性フィルムは下に凸の曲面を形成した状態で細胞培養容器の底面に向けて落下することとなり、機能性フィルムの全体は時間差をもって細胞培養容器の底面に次第に着地していく。その過程で、機能性フィルムの裏面と細胞培養容器の底面との間に存在する空気は、順次連続して外側に向けて排出されるので、間に気泡がない状態で機能性フィルムの全体が細胞培養容器の底面に配置されるようになる。
【0011】
本発明による負圧吸着ヘッドにおいて、排気量が大きくされた領域での排気量は、他の領域の排気量と比較して、一律に大きくされていてもよい。好ましい態様では、前記排気量が大きくされた領域は排気量が他の領域から漸増する漸増領域をさらに備える。その漸増領域を備えることにより、落下時に機能性フィルムに形成される前記した下に凸の曲面の形状は一層滑らかな形状となり、間に気泡が残存するのをより確実に回避することができる。
【0012】
前記排気量が大きくされた領域は任意の方法で形成することができる。負圧吸着ヘッドに接続する吸排気装置側の操作により該領域を形成することもできる。そのためには従来の吸排気装置を改変する必要がある。従来の吸排気装置をそのまま用いて、本発明の所期の目的を達成できる負圧吸着ヘッドの一形態は、前記排気量が大きくされた領域は他の領域と比較して負圧吸着孔の開口面積を大きくすることで形成される。また、他の形態では、前記排気量が大きくされた領域は他の領域と比較して負圧吸着孔の形成密度を高くすることで形成される。
【0013】
本発明において、負圧吸着ヘッドの吸着面の平面視での形状は、特に限定されないが、好ましくは、移相する機能性フィルムを収容する細胞培養容器の底面形状と一致した形状である。また、前記他の領域と比較して排気量が大きくされた領域を吸着面のどの位置に形成するかも特に制限はなく、実際の機能性フィルムが持つ物理的な物性値と細胞培養容器の底面形状とを考慮して実験的に最適位置を設定すればよい。一般的には、吸着面の中央部か一端部である。
【0014】
本発明は、さらに、上記したいずれかの負圧吸着ヘッドを用いて機能性フィルムを初期位置から細胞培養容器へ移送する移送方法であって、前記初期位置において負圧吸引により機能性フィルムを負圧吸着ヘッドの吸着面に負圧吸着し、負圧吸着ヘッドおよび細胞培養容器のいずれか一方または双方を移動して機能性フィルムと細胞培養容器とを対向した位置とし、その後、負圧吸着ヘッドの負圧吸着孔から排気して機能性フィルムを細胞培養容器に向けて落下させることを特徴とする機能性フィルムの移送方法を開示している。
【発明の効果】
【0015】
本発明による負圧吸着ヘッドを用いることにより、簡単な操作でもって、機能性フィルムの裏面と細胞培養容器の底面との間に気泡の発生を抑えた状態で、機能性フィルムを細胞培養容器の底面に配置することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明による負圧吸着ヘッドによって移送される機能性フィルムの一例を説明する模式図。
【図2】多数個の機能性フィルムを帯状の剥離フィルムに仮接着した原反を説明する模式図。
【図3】本発明による負圧吸着ヘッドを備えた細胞培養容器の製造装置の一例を説明する模式図。
【図4】本発明による負圧吸着ヘッドの一例を説明する図。
【図5】本発明による負圧吸着ヘッドの他の例を説明する図。
【図6】本発明による負圧吸着ヘッドを用いた場合での機能性フィルムの落下状態を説明する図。
【図7】機能性フィルムを配置した細胞培養容器の例であるフラスコ型細胞培養容器を示す図。
【図8】図7に示すフラスコ型細胞培養容器の製造手順を示す図。
【図9】図7に示すフラスコ型細胞培養容器の他の製造手順を示す図。
【図10】本発明による負圧吸着ヘッドを用いた場合での機能性フィルムの落下状態を説明する他の図。
【図11】従来の負圧吸着ヘッドを用いる場合での枚様シートの落下状体を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施の形態に基づき説明する。図1は、本発明による負圧吸着ヘッドによって移送される機能性フィルムの一例を説明する模式的に示す断面図である。なお、本発明において、対象となる機能性フィルムは、可撓性を有しており、かつ表面に細胞培養に適した所望の機能が付与された、粘着剤層を備えたフィルムであれば特に限定されない。好ましい実施形態では、図1に示す機能性フィルム10のように、フィルム基材層11の一方の面に機能性化合物層12が積層され、他方の面に粘着剤層13が積層されている。なお、図1において、14は後記する帯状をなす剥離フィルムである。
【0018】
<フィルム基材層11>
限定されないが、フィルム基材層11は、一方の表面に前記機能性化合物層12を形成することが可能な材料を含むものであればよく、材料の種類は特に限定されない。典型的には、フィルム基材層11の材料として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリル等が挙げられる。
【0019】
フィルム基材層11の、機能性化合物層12が形成される側の表面は、易接着処理された表面であることができる。「易接着処理」とは、例えば、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等の易接着剤による処理を指す。
【0020】
フィルム基材層11の厚さ(フィルム基材層11が基材の層に加えて易接着層を備える場合は、易接着層を含むフィルム基材層の全体の厚さを指す)は、特に制限は無いが可撓性を付与する厚さであることが好ましく、例えば5μm〜400μm、好ましくは50μm〜250μmである。
【0021】
<機能性化合物層12>
機能性化合物層12を構成する機能性化合物としては、有機化合物または無機化合物が挙げられ、より好ましくは、所定の刺激によって細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な表面を有する刺激応答性ポリマーや、1つ以上のエチレングリコール単位(CH−CH−O)からなるエチレングリコール鎖等の親水性化合物が挙げられる。
【0022】
機能性化合物層の膜厚は、例えば、0.5nm〜300nmの範囲内とするのがよく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。
【0023】
以下「刺激応答性ポリマー層」および「親水性化合物層」の好適な実施形態について説明する。
【0024】
<刺激応答性ポリマー層>
機能性有機化合物層は、刺激応答性ポリマー層であることが特に好ましい。刺激応答性ポリマー層とは、所定の刺激によって表面の細胞の接着度合いが変化するポリマーを含む層である。刺激応答性ポリマーとしては、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー、イオン応答性ポリマー、光応答性ポリマーなどを挙げることができる。なかでも温度応答性ポリマーが、刺激の付与が容易であることから好ましい。
【0025】
温度応答性ポリマーとして、例えば、細胞を培養する温度では細胞接着性を示し、作製した細胞シートの剥離する時の温度では細胞非接着性を示すものを用いるとよい。例えば、温度応答性ポリマーは、臨界溶解温度未満の温度では周囲の水に対する親和性が向上し、ポリマーが水を取り込んで膨潤して表面に細胞を接着しにくくする性質(細胞非接着性)を示し、同温度以上の温度ではポリマーから水が脱離することでポリマーが収縮して表面に細胞を接着しやすくする性質(細胞接着性)を示すものを用いるとよい。このような臨界溶解温度は、下限臨界溶解温度と呼ばれる。下限臨界溶解温度Tが0℃〜80℃、さらに好ましくは0℃〜50℃である温度応答性ポリマーを用いるとよい。Tが0℃〜80℃であると、細胞を安定的に培養できるからである。
【0026】
好適な温度応答性ポリマーとしては、アクリル系ポリマーまたはメタクリル系ポリマーが挙げられる。具体的に好適な温度応答性ポリマーとしては、例えばポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、およびポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。
【0027】
pH応答性ポリマーおよびイオン応答性ポリマーは作製しようとする細胞シートに適したものを適宜選択することができる。
【0028】
刺激応答性ポリマー層は、重合して目的の刺激応答性ポリマーを形成するモノマーと、該モノマーを溶解しうる有機溶媒と含む塗布用組成物を調製し、これを慣用の塗布方法に従って、フィルム基材の表面に塗布して塗膜を形成し、次に、該塗膜に放射線照射等の適当な手段により塗膜中のモノマーを重合してポリマーを形成するとともに、フィルム基材の表面とポリマーとの間にグラフト化反応を生じさせることにより形成することができる。
【0029】
<親水性化合物層>
機能性有機化合物層の他の実施形態として、1つ以上のエチレングリコール単位からなるエチレングリコール鎖(複数のエチレングリコール単位からなるエチレングリコール鎖は、「ポリエチレングリコール鎖」ということができる)等の親水性化合物の層が挙げられる。
【0030】
エチレングリコール鎖の末端は水酸基により封鎖された形態であってもよいし、エチレングリコール鎖の末端に生体関連物質等の他の物質が共有結合により連結された形態であってもよい。
【0031】
末端が水酸基により封鎖されたエチレングリコール鎖を含む層は、細胞が接着し難い親水性の表面を提供することができる。
【0032】
エチレングリコール鎖の末端に共有結合されうる生体関連物質としては、抗原、抗体、DNA、RNA、ペプチド、ホルモン、酵素、サイトカイン、糖鎖、脂質、補酵素、酵素阻害剤、細胞、その他の機能を有するタンパク質が含まれる。更に、このような生体関連物質と親和性を有する低分子化合物、および高分子化合物も生体関連物質の範囲に含まれる。
【0033】
エチレングリコール鎖等の親水性化合物の層を、樹脂製のフィルム基材層の表面に固定化するためには、予め、フィルム基材層の表面に、物理的に吸着可能であって、エチレングリコール鎖の末端の水酸基と反応して共有結合を形成可能な官能基を側鎖に含むポリシロキサンを含むプライマー層を設ける。ポリシロキサンの側鎖上の官能基としては、グリシジル基またはエポキシ基が好ましい。プライマー層は、フィルム基材層の表面に、所望の側鎖を有するシラノール化合物を適用し、該表面上で縮合重合してポリシロキサンに変換することにより形成することができる。
【0034】
次いで、プライマー層の官能基と、エチレングリコールまたはエチレングリコール単位が2以上繰り返されたポリエチレングリコールの水酸基とを反応させて共有結合を形成し、エチレングリコール鎖を固定化する。このとき、触媒量の濃硫酸を含むエチレングリコールまたはポリエチレングリコールをプライマー層に接触させる。
【0035】
末端が水酸基により封鎖されたエチレングリコール鎖を含む層はこのようにして形成される。
【0036】
更に、必要に応じて、エチレングリコール鎖の一端に、他の物質との共有結合を形成することが可能な、少なくとも1つの官能基を直接的または間接的に連結させる。官能基の導入方法は特に限定されない。
【0037】
<粘着剤層13>
粘着剤層13を構成する粘着剤としてはポリエステル樹脂、アクリル酸エステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエチレンイミン樹脂、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等を挙げることができ、なかでもアクリル酸エステル樹脂、ポリウレタン樹脂等を好ましく用いることができる。
【0038】
粘着剤層の厚さは特に限定されないが、10μm〜300μmであることが好ましく、20μm〜200μmであることがより好ましい。
【0039】
図1に示す層構造の機能性フィルム10は、任意の方法で作ることができるが、本実施の形態では、次のようにして作られる。すなわち、帯状をなす剥離フィルム14の全面に前記粘着剤層13を塗布し、その上に、同じ幅であるやはり帯状のフィルム基材層11と機能性フィルム10を積層する。それにより、図に示すように、剥離フィルム14と粘着剤層13とフィルム基材層11と機能性フィルム10の層の4層構造からなる、長尺物20(図2参照)が形成される。なお、剥離フィルム14には、必要な強度や柔軟性を有する限り特に限定されないが、例えば、ポリエチレンテレフタレート等の樹脂からなるフィルムまたはそれらの発泡フィルムに、シリコーン系剥離剤等の剥離剤で剥離処理したものを挙げることができる。
【0040】
長尺物20の前記剥離フィルム14とは反対の面から、得ようとする機能性フィルム10の外郭形状を持つ型枠(不図示)を、剥離フィルム14の表面にまで達するように押下する。それにより、機能性フィルム10とフィルム基材層11と粘着剤層13には、機能性フィルム10の外郭形状をなす切り込み線21が形成される。その型押し作業を所定の間隔をおいて連続的に長尺物20に対して行うことにより、図2に示すような、複数個の切り込み線21の入った長尺物20が得られる。
【0041】
機能性フィルム10の平面視での形状には制限はなく任意の形状を取ることができ、それに応じた型枠が用いられる。図2に示した例では、図7に示すような先狭まり状とされた細胞培養容器50Aの底面51Aに配置することを予定する機能性フィルム10を得ようとするものであり、切り込み線21は、細胞培養容器50Aの底面51Aの内周輪郭の形状とほぼ同じ形状とされている。
【0042】
前記長尺物20は、機能性フィルム10側が内側となるようにしてロール状に巻き込まれて原反22(図3参照)とされ、保管される。
【0043】
図3は、前記原反22から機能性フィルム10を分離し、分離後の機能性フィルム10を細胞培養容器50の底面51に移し替える装置の一例を示している。図示の移し替え装置30は、従来知られた3次元ロボットアーム(不図示)に取り付けられたエアーシリンダ31を備え、該エアーシリンダ31の下方先端に、図4に一例を示すような本発明による負圧吸着ヘッド40が着脱自在に装着されている。エアーシリンダ31は、3次元ロボットアームの制御装置(不図示)により、面方向であるX−Y軸方向および垂直方向であるZ軸方向に移動自在とされている。
【0044】
エアーシリンダ31の近傍には、水平方向またはわずかに下方に傾斜した方向に延在する案内台32が位置しており、前記原反22から巻き出される長尺物20は、ガイドロール33・・によって案内されることで、前記案内台32の上面に沿って移動し、先端でUターンした後、巻き取りロール34によって巻き取られる。長尺物20が案内台32の先端でUターンするときに、前記切り込み線21によって区画された内側の領域は剥離フィルム14から剥離し、案内台32の上面の延長線方向に送り出される。すなわち、機能性フィルム10とフィルム基材層11と粘着剤層13の3層構造からなる機能性フィルム10が、粘着剤層13側を下面側とした姿勢で連続的に剥離フィルム14から剥離し、水平方向またはわずかに下方に傾斜した方向に送り出される。
【0045】
移し替え装置30は、さらに、細胞培養容器50を水平姿勢に載置した状態で間欠的に移動と停止を繰り返すことのできる搬送コンベア35を備えている。また、好ましくは、前記案内台32の先端近傍であって送り出される機能性フィルム10の下方位置には、機能性フィルム10の横幅にほぼ等しい横幅を持つエアノズル37が空気噴出方向を斜め上方に向けた姿勢で取り付けられる。エアノズル37からの空気噴出を下方から受けることにより、剥離フィルム14から剥離して送り出される機能性フィルム10は、その後もほぼ水平な姿勢を維持することができる。
【0046】
前記負圧吸着ヘッド40は、図4(a)の断面図に示すように、実質的に平坦面である吸着面41と該吸着面41の裏面側の空気室42とを有し、前記空気室42は前記エアーシリンダ31の空気路36と接続している。そして、前記空気路36は適宜の図示しない空気吸引および排気手段に接続している。また、図4(b)に示すように、この例において、前記吸着面41の形状は平面視で円形であり、該吸着面41には多数の負圧吸着孔44が形成されている。すなわち、この移し替え装置30で用いる前記原反22には、図2に記したものと異なり、前記吸着面41とほぼ同じ大きさである円形の切り込み線21が一定間隔で形成されており、円形の機能性フィルム10が、前記したように、粘着剤層13側を下面側とした姿勢で連続的に剥離フィルム14から剥離して水平方向に送り出される。
【0047】
ロボットアームの制御装置は、送り出されてくる機能性フィルム10を負圧吸着ヘッド40によって負圧吸着することのできる位置に、前記エアーシリンダ31を位置させる。そして、吸引手段によって空気室42内の空気を吸引することで、吸着面41に負圧を発生させ、それにより、機能性フィルム10は吸着面41に負圧吸引される。その状態で制御装置はロボットアームを操作して、エアーシリンダ31を前記搬送コンベア35で搬送されてくる細胞培養容器50の直上位置に移動させる。移動後、細胞培養容器50の底面と機能性フィルム10との距離が0.1mm〜10mm程度となるまでエアーシリンダ31を下降させ、下降位置で、負圧を解消すると同時に、排気手段を操作して空気室42内に所定圧の空気を送り込む。この空気は吸着面41に形成した各負圧吸着孔44から吐出(排気)され、自重に加えて空気の吐出圧によって、機能性フィルム10は細胞培養容器50の底面に向けて落下する。
【0048】
本発明において、負圧吸着ヘッド40の吸着面41は他の領域と比較して空気の排気量(吐出量)が大きくされた領域を一部に備えている。以下、それを説明する。図4に示す例では、吸着面41に形成された負圧吸着孔44の開口面積Sは均一ではなく、部分的に異なっている。図示の例では、図4(b)に示すように、円形の吸着面41の直径をなす弦L1に沿って最も大きな開口面積S1を持つ負圧吸着孔44aの複数個が所定間隔で形成されており、そこから左右対称に、所定距離だけ離れた前記弦L1に平行な弦L2には、前記開口面積S1よりは小さい開口面積S2を持つ負圧吸着孔44bの複数個が所定間隔で形成されている。さらに、前記弦L2から所定距離だけ離れた弦L2に平行な弦L3にも、前記開口面積S2を持つ負圧吸着孔44bの複数個が所定間隔で形成されている。さらに、弦L3に平行でありそれぞれ所定距離だけ離れて位置する弦L4、L5、L6には、さらに開口面積の小さい開口面積S3である負圧吸着孔44cの複数個が所定間隔で形成されている。
【0049】
上記の負圧吸着孔44の開口面積分布を持つ負圧吸着ヘッド40では、空気室42から空気が所定圧で排気されると、吸着面41における空気の排気量は面方向で均一とならずに、排気量に大小の分布が生じる。すなわち、開口面積Sの大小に応じて空気に対する抵抗が異なることから、最も大きな開口面積S1を持つ負圧吸着孔44aを備えた前記弦L1の領域では、他の領域と比較して、単位面積あたりでの排出量は最も大きくなり、2番目に大きい開口面積S2を持つ負圧吸着孔44bを備えた前記弦L2、L3の領域では、前記弦L1の領域と比較して、単位面積あたりでの排出量はより小さいものとなり、さらに、最も小さい開口面積S3を持つ負圧吸着孔44cを備えた前記弦L4〜L6の領域では、単位面積あたりでの排出量はさらに小さいものとなる。なお、前記弦L2、L3の領域は本発明でいう「排気量が他の領域から漸増する漸増領域」を形成する。
【0050】
そのために、負圧吸着ヘッド40から機能性フィルム10が離脱するときに、機能性フィルム10の全面が同時に離脱することはなく、わずかな時間差をもって離脱し、さらに離脱後の落下速度も部分的に異なってくる。図4に示す例では、弦L1の領域に対向する領域で最も早く離脱し、次に弦L2、L3に対向する領域、次に弦L4〜L6に対向する領域の順に離脱する。また離脱後の落下速度も、弦L1の領域に対向するが最も速く、次に弦L2、L3に対向する領域、次に弦L4〜L6に対向する領域の順となる。
【0051】
そのために、図6(a)に示すように、落下するときの機能性フィルム10の姿勢は、幅方向の中央部10aが最も下位に位置する下に凸の湾曲した姿勢となる。その姿勢を維持した状態でさらに落下していき、図6(b)に示すように、機能性フィルム10の最も下位に位置する中央部10aが最初に細胞培養容器50の底面51に接触する。その後で、左右の領域が中央部10aから側縁領域に向かうようにして、順次、細胞培養容器50の底面51に接触していく。そのために、細胞培養容器50の底面51と機能性フィルム10の裏面の間に存在している空気は、機能性フィルム10の前記挙動にしたがって順次外側に排気されていき、結果として、空気溜まりが生じるのを効果的に回避される。図6(c)は機能性フィルム10の裏面、すなわち粘着剤層13側の全面が細胞培養容器50の底面51に接触した状態を示しており、気泡が存在しない状態で、機能性フィルム10は粘着剤層13を介して細胞培養容器50の底面51に固定される。
【0052】
図5は、吸着面41に排気量が大きくされた領域を形成する他の例を示している。ここでは、負圧吸着孔44の口径、すなわち開口面積はすべて同じであるが、図示のように、中央領域41aにおいて、単位面積あたりの負圧吸着孔44の形成密度を高くすることで、排気量が大きくされた領域を形成している。図示しないが、さらに他の例として、負圧吸着孔44を平行な複数個のスリットによって形成することもできる。この場合にも、一部のスリットの開口幅を異ならせることで、排気量が大きくされた領域を形成するができる。
【0053】
前記したように、負圧吸着ヘッド40における吸着面41の形状は、上記した円形に限らず、吸着した機能性フィルム10を移送する細胞培養容器50の底面51の形状に依存して定められる。細胞培養容器50は、図6に示したような、上方が開放した皿状または碗状の形状の容器に加えて、図7に示すようなフラスコ型の容器50Aも例としてあげられる。
【0054】
フラスコ型細胞培養容器50Aは、図7(a)に記すように、容器部100と蓋110を備える。容器部100は、底面51Aと、底面51Aの周縁に立設された側壁部102と、側壁部102の上端部に接合された、底面51Aに対向配置される天面部103とを少なくとも備える。底面51Aは矩形状の平板の一方端側が狭くなった形状であり、該狭くされた先端に対応する前記側壁部102の部分には通孔104が穿設されている。そして、通孔104の周縁から容器部外側に延びる首部105を備え、そこに蓋110が着脱可能に装着される。容器部100と蓋110とを組み合わせることによりフラスコ型の細胞培養容器50Aが形成される。
【0055】
図7(b)は、図7(a)のb−b線に沿う断面を示し、図7(c)はc−c線に沿う断面を示す。容器部100の、底面51A、側壁部102および天面部103に包囲される内部空間には、細胞および培地を収容するための内室130が形成されている。内室130に面する底面51Aの一部分には、前記した機能性フィルム10が固定されている。
【0056】
フラスコ型細胞培養容器50Aのように、機能性フィルム10が固定される面が開放されておらず閉鎖された容器内に位置している場合には、機能性フィルム10を固定することが可能な形状の部材に機能性フィルム10を固定し、フィルム固定後の部材を他の部材と組み合わせて目的とする細胞培養容器を完成させればよい。
【0057】
例えば、図8に示すように、底面51Aと側壁部102とを備え、底面51Aの機能性フィルム10の固定面と反対の側が開放された第1部材201と、該開放した面に前記天面部103に対応する第2部材202とを接合することにより容器部100を形成する。このとき、第2部材202を接合の前に、第1部材201の底面51Aの内側面に、前記した手法により機能性フィルム10が固定される。第1部材201と第2部材202との接合は、細胞培養の目的に応じて、必要な場合は培養液が漏出しないように、適宜の手法により液密に接合される。
【0058】
図9に示す実施形態では、底面51Aに対応する第1部材301と、首部105を備えた側壁部102に対応する第2部材302と、天面部103に対応する第3部材303とを接合することにより容器部100を形成する。この態様では、前記第1部材301の、底面51Aの内側面に対応する部分に、前記した手法により機能性フィルム10が固定される。
【0059】
なお、図7〜図9に示した底面51Aの形状を持つフラスコ型の細胞培養容器50Aに対して、機能性フィルム10を移送する場合には、前記図2に示したような、一方端側が狭くなった形状をなす切り込み線21の入った長尺物20を用いるとともに、負圧吸着ヘッド40における吸着面41の形状もそれに応じた形状とされる。
【0060】
このような形状の場合に、底面50Aの一方端側、図7〜図9に示す細胞培養容器50Aの場合には、底面51Aの前記首部105とは反対側の端部側の領域54に、落下する機能性フィルム10の一端側が最も速く接触できるようになる位置に、前記排気量が大きくされた領域を形成することが望ましい場合がある。図示しないが、図2に示した切り込み線21の形状に沿った吸着面41の形状を持つ負圧吸着ヘッド40の場合には、図2に斜線で示した領域15に「排気量が大きくされた領域」が形成されるように、吸着面41における負圧吸着孔44の開口面積の大きさあるいは形成密度を設定することとなる。
【0061】
それにより、図10(a)に示すように、機能性フィルム10は細胞培養容器50Aの底面51Aの一端側から、順次、容器底面に接触していくようになり、気泡が入り込むのを確実に回避することが可能となる。また、図10(b)に示すように、細胞培養容器50Aの底面51Aが、水平部55と上方への傾斜部56を持つような場合にも、水平部55の傾斜部56とは反対側の端部領域に、落下する機能性フィルム10の一端側が最も速く接触できるようになる位置に「排気量が大きくされた領域」を形成することにより、気泡のない状態での機能性フィルム10の配置が可能となる。
【0062】
本発明において、各細胞培養容器を構成する材料は特に限定されず、細胞培養において一般的に用いられる材料を用いることができる。例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂等の樹脂材料、表面親水化処理を施した上記の少なくとも1種を含む樹脂材料、およびガラスや石英等の無機材料であることができるが、好ましくは樹脂材料である。樹脂材料としては、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることが好ましい。
【符号の説明】
【0063】
10…機能性フィルム、
11…フィルム基材層、
12…機能性化合物層、
13…粘着剤層、
14…帯状をなす剥離フィルム、
20…4層構造からなる長尺物、
21…機能性フィルムの外郭形状をなす切り込み線、
22…ロール状の原反、
30…移し替え装置、
31…エアーシリンダ、
32…案内台、
33…ガイドロール、
34…巻き取りロール、
35…細胞培養容器の搬送コンベア、
36…空気路、
40…負圧吸着ヘッド、
41…吸着面、
42…空気室、
44(44a、44b、44c)…負圧吸着孔、
50、50A…細胞培養容器、
51、51A…細胞培養容器の底面、
S…負圧吸着孔の開口面積、
L1〜L6…円形の吸着面での弦、
S1…最も大きな開口面積、
S2…次に大きい開口面積、
S3…最も小さい開口面積。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機能性フィルムを複数の負圧吸着孔を備えた吸着面に負圧吸着して初期位置から細胞培養容器へ移送した後、各負圧吸着孔から排気して機能性フィルムを細胞培養容器へ落下させるのに用いる負圧吸着ヘッドであって、
前記吸着面は他の領域と比較して排気量が大きくされた領域を一部に有することを特徴とする負圧吸着ヘッド。
【請求項2】
前記排気量が大きくされた領域は排気量が他の領域から漸増する漸増領域を備えることを特徴とする請求項1に記載の負圧吸着ヘッド。
【請求項3】
前記排気量が大きくされた領域は他の領域と比較して負圧吸着孔の開口面積を大きくすることで形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の負圧吸着ヘッド。
【請求項4】
前記排気量が大きくされた領域は他の領域と比較して負圧吸着孔の形成密度を高くすることで形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の負圧吸着ヘッド。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項に記載の負圧吸着ヘッドを用いて機能性フィルムを初期位置から細胞培養容器へ移送する移送方法であって、前記初期位置において負圧吸引により機能性フィルムを負圧吸着ヘッドの吸着面に負圧吸着し、負圧吸着ヘッドおよび細胞培養容器のいずれか一方または双方を移動して機能性フィルムと細胞培養容器とを対向した位置とし、その後、負圧吸着ヘッドの負圧吸着孔から排気して機能性フィルムを細胞培養容器に向けて落下させることを特徴とする機能性フィルムの移送方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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