説明

正孔注入輸送層を有するデバイス、及びその製造方法、並びに正孔注入輸送層形成用インク

【課題】製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能なデバイスを提供する。
【解決手段】基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスであって、前記正孔注入輸送層が、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有することを特徴とする、デバイスである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス素子などの有機デバイス及び量子ドット発光素子を含む正孔注入輸送層を有するデバイス及びその製造方法、並びに正孔注入輸送層形成用インクに関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機物を用いたデバイスは、有機エレクトロルミネセンス素子(以下、有機EL素子という。)、有機トランジスタ、有機太陽電池、有機半導体等、広範な基本素子及び用途への展開が期待されている。また、その他に正孔注入輸送層を有するデバイスには、量子ドット発光素子、酸化物系化合物太陽電池等がある。
【0003】
有機EL素子は、発光層に到達した電子と正孔とが再結合する際に生じる発光を利用した電荷注入型の自発光デバイスである。この有機EL素子は、1987年にT.W.Tangらにより蛍光性金属キレート錯体とジアミン系分子とからなる薄膜を積層した素子が低い駆動電圧で高輝度な発光を示すことが実証されて以来、活発に開発されている。
【0004】
有機EL素子の素子構造は、陰極/有機層/陽極から構成される。この有機層は、初期の有機EL素子においては発光層/正孔注入層とからなる2層構造であったが、現在では、高い発光効率と長駆動寿命を得るために、電子注入層/電子輸送層/発光層/正孔輸送層/正孔注入層とからなる5層構造など、様々な多層構造が提案されている。
これら電子注入層、電子輸送層、正孔輸送層、正孔注入層などの発光層以外の層には、電荷を発光層へ注入・輸送しやすくする効果、あるいはブロックすることにより電子電流と正孔電流のバランスを保持する効果や、光エネルギー励起子の拡散を抑制するなどの効果があるといわれている。
【0005】
電荷輸送能力および電荷注入能力の向上を目的として、酸化性化合物を、正孔輸送性材料に混合して電気伝導度を高くすることが試みられている(特許文献1、特許文献2)。
特許文献1においては、酸化性化合物すなわち電子受容性化合物として、トリフェニルアミン誘導体と6フッ化アンチモン等の対アニオンを含む化合物や7,7,8,8−テトラシアノキノジメタン等の炭素−炭素二重結合の炭素にシアノ基が結合した電子受容性が極めて高い化合物が用いられている。
特許文献2においては、酸化性ドーパントとして、一般的な酸化剤が挙げられ、ハロゲン化金属、ルイス酸、有機酸、及びアリールアミンとハロゲン化金属又はルイス酸との塩が挙げられている。
【0006】
特許文献3〜6においては、酸化性化合物すなわち電子受容性化合物として、化合物半導体である金属酸化物が用いられている。注入特性や電荷移動特性が良い正孔注入層を得ることを目的として、例えば五酸化バナジウムや三酸化モリブデンなどの金属酸化物を用いて蒸着法で薄膜を形成したり、或いはモリブデン酸化物とアミン系の低分子化合物との共蒸着により混合膜を形成している。
特許文献7においては、酸化性化合物すなわち電子受容性化合物として、オキソバナジウム(V)トリ−i−プロポキシドオキシドを溶解させた溶液を用い、それと正孔輸送性高分子との混合塗膜の形成後に水蒸気中で加水分解させてバナジウム酸化物として、電荷移動錯体を形成させる作製方法が挙げられている。
特許文献8においては、三酸化モリブデンの塗膜形成の試みとして、三酸化モリブデンを物理的に粉砕して作製した微粒子を溶液に分散させてスラリーを作製し、それを塗工して正孔注入層を形成して長寿命な有機EL素子を作製することが記載されている。
【0007】
一方、有機トランジスタは、π共役系の有機高分子や有機低分子からなる有機半導体材料をチャネル領域に使用した薄膜トランジスタである。一般的な有機トランジスタは、基板、ゲート電極、ゲート絶縁層、ソース・ドレイン電極、及び有機半導体層の構成からなる。有機トランジスタにおいては、ゲート電極に印加する電圧(ゲート電圧)を変化させることで、ゲート絶縁膜と有機半導体膜の界面の電荷量を制御し、ソース電極及びドレイン電極間の電流値を変化させてスイッチングを行なう。
【0008】
有機半導体層とソース電極またはドレイン電極との電荷注入障壁を低減することにより、有機トランジスタのオン電流値を向上させ、かつ素子特性を安定化させる試みとして、有機半導体中に電荷移動錯体を導入することによって、電極近傍の有機半導体層中のキャリア密度を増加させることが知られている(例えば、特許文献9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−36390号公報
【特許文献2】特許第3748491号公報
【特許文献3】特開2006−155978号公報
【特許文献4】特開2007−287586号公報
【特許文献5】特許第3748110号公報
【特許文献6】特許第2824411公報
【特許文献7】SID 07 DIGEST p.1840-1843 (2007)
【特許文献8】特開2008−041894号公報
【特許文献9】特開2002−204012号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1から特許文献9で開示されたような酸化性材料を正孔輸送性材料に用いても、長寿命素子の実現は困難であるか、更に寿命を向上させる必要があった。特許文献1、2、及び9で開示されている酸化性材料では、正孔輸送性材料への酸化能力が低いか、薄膜中での分散安定性が悪いためと推測される。例えば、特許文献1及び特許文献2の両方で用いられているカチオン性トリフェニルアミン誘導体と6フッ化アンチモンとからなる酸化性材料を正孔輸送材料に混合した場合、電荷移動錯体を生成させる一方、電荷移動錯体と同数の遊離の対アニオン種である6フッ化アンチモンが薄膜中に存在する。この遊離の6フッ化アンチモンは駆動時に泳動し、材料が一部で凝集したり、隣接層との界面に析出するなど、薄膜中の材料の駆動時の分散安定性が悪くなると推定される。このような駆動中における分散安定性の変化は、素子中のキャリア注入や輸送を変化させるために、寿命特性に悪影響を及ぼすと考えられる。また、特許文献3〜5で開示されている金属酸化物では、正孔注入特性は向上するものの、隣接する有機化合物層との界面の密着性が不十分になり、寿命特性に悪影響を及ぼしていると考えられる。
【0011】
また、特許文献1から特許文献9で開示されていたような酸化性材料は、溶液塗布法により成膜する正孔輸送性高分子化合物と、同時に溶解するような溶剤溶解性が十分ではなく、酸化性材料のみで凝集しやすかったり、使用可能な溶剤種も限られるため汎用性に欠けるなどの問題があった。特に無機化合物のモリブデン酸化物においては比較的高い特性が得られているものの、溶剤に不溶であり溶液塗布法を用いることができないという課題があった。例えば、特許文献7には、オキソバナジウム(V)トリ−i−プロポキシドオキシドと正孔輸送性高分子との混合塗膜の形成後に水蒸気中で加水分解させてバナジウム酸化物として、電荷移動錯体を形成させる作製方法が挙げられている。しかしながら、特許文献7では、加水分解−重縮合反応により固化するため、バナジウムが凝集し易く、膜質制御が困難で、良好な膜が得られない。また、オキソバナジウム(V)トリ−i−プロポキシドオキシドだけでは塗膜にならないため、正孔輸送性高分子と混合しているので、特許文献7の塗膜は有機成分濃度が必然的に高く、素子の寿命の有効成分と考えられるバナジウムの濃度が不十分となる。このように特許文献7では、寿命特性や素子特性に更なる改善が必要であった。また、特許文献8には平均粒径20nmの酸化モリブデン微粒子を溶媒に分散させたスラリーを用いて、スクリーン印刷法により電荷注入層を作製した旨の記述がある。しかしながら、特許文献8のようにMoO粉末を粉砕する方法だと、例えば10nm程度の正孔注入層を形成する要求に対して10nm以下のスケールで粒径のそろった微粒子を作製することは、実際には非常に困難である。また、粉砕されて作成される酸化モリブデン微粒子は凝集させることなく溶液中に安定的に分散させることはさらに困難である。微粒子の溶液化が不安定であると、塗布膜作製の際に凹凸の大きな平滑性が悪い膜しか形成できず、デバイスの短絡の原因となる。蒸着法でしか薄膜形成できないと、発光層をインクジェット法等の溶液塗布法で塗り分けて形成しても、結局、溶液塗布法の利点を活かすことができないという問題があった。すなわち、親液性となるモリブデン酸化物によって各発光層の間の隔壁(バンク)の撥液性を損なわないために、無機化合物のモリブデン酸化物を含有する正孔注入層あるいは正孔輸送層を、高精細マスクを用いて蒸着する必要があり、結局コストや歩留まりの点から、溶液塗布法の利点を活かすことができなくなる。さらに、無機化合物のモリブデン酸化物は酸素欠損型の酸化物半導体で、電気伝導性は酸化数+6のMoOよりも酸化数+5のMoは常温で良導体であるが大気中では不安定であり、容易に熱蒸着できる化合物は、MoOあるいはMoOなどの安定な価数をもつ酸化化合物に限定される。
成膜性や薄膜の安定性は素子の寿命特性と大きく関係する。一般的に有機EL素子の寿命とは、一定電流駆動などで連続駆動させたときの輝度半減時間とし、輝度半減時間が長い素子ほど長駆動寿命であるという。
【0012】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、その主目的は、溶液塗布法により正孔注入輸送層を形成可能で製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能なデバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、正孔注入輸送層に、モリブデン錯体又はタングステン錯体を用い、当該モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物とすることにより、電荷移動錯体を形成可能で正孔注入特性を向上し、且つ、隣接する電極や有機層との密着性にも優れた、安定性の高い膜となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明のデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスであって、
前記正孔注入輸送層が、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有し、前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がそれぞれ、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒と反応したモリブデン酸化物又はタングステン酸化物であることを特徴とする。
【0014】
本発明のデバイスに用いられるモリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物は、無機化合物のモリブデン酸化物又はタングステン酸化物と異なり、金属の価数や配位子により、電荷注入性や電荷輸送性をコントロールできる。また、モリブデン錯体又はタングステン錯体は、無機化合物のモリブデン酸化物又はタングステン酸化物と異なり、配位子中に有機部分を含み得るため、有機物である正孔輸送性化合物との相溶性が良好となり、且つ、隣接する有機層との界面の密着性も良好となる。また、従来用いられていた銅フタロシアニンのような金属錯体と比べて、モリブデン錯体又はタングステン錯体は反応性が高く、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物は、電荷移動錯体を形成しやすいと考えられる。そのため、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する正孔注入輸送層を備えた本発明のデバイスは、低電圧駆動、高電力効率、長寿命なデバイスを実現することが可能である。
また、本発明のデバイスにおいては、モリブデン錯体又はタングステン錯体の配位子の種類を選択したり配位子を修飾することにより、溶剤溶解性や親水性・疎水性、電荷輸送性、あるいは密着性などの機能性を付与するなど、多機能化することが容易である。
本発明のデバイスの正孔注入輸送層に用いられるモリブデン錯体又はタングステン錯体は、適宜選択することにより合成ステップ数が少なく簡単に合成できるため、安価に高性能なデバイスを作製することができる。
【0015】
本発明のデバイスに用いられるモリブデン錯体又はタングステン錯体は、溶剤溶解性を有するか、或いは共に用いる正孔輸送性化合物との相溶性が高いものが多い。この場合には、溶液塗布法によっても薄膜形成が可能であるため、製造プロセス上のメリットが大きい。このように溶液塗布法を適用する場合において、モリブデン錯体又はタングステン錯体は、例えば顔料のように凝集する傾向がなく、溶液中での安定性が高いため、歩留まりが高いという利点がある。また、溶液塗布法によって正孔注入輸送層を形成する場合には、撥液性バンクを持つ基板に正孔注入輸送層から発光層までを順次塗布プロセスのみで形成できる。そのため、無機化合物のモリブデン酸化物の場合のように正孔注入層を高精細なマスク蒸着等で蒸着した後に、正孔輸送層や発光層を溶液塗布法で形成し、さらに第二電極を蒸着するようなプロセスと比較して、単純であり、低コストでデバイスを作製できる利点がある。
【0016】
本発明のデバイスにおいては、前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がそれぞれ、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体であることが駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0017】
本発明のデバイスにおいては、前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がそれぞれ、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体のアニオン状態で存在することが駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0018】
本発明のデバイスにおいては、前記正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物、並びに、正孔輸送性化合物を少なくとも含有することが、駆動電圧の低下や素子寿命を更に向上させる点から好ましい。
【0019】
本発明のデバイスにおいては、前記正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する層と、正孔輸送性化合物を含有する層とが少なくとも積層された層からなる層であっても良い。
【0020】
本発明のデバイスにおいては、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する層と、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物、並びに、正孔輸送性化合物を少なくとも含有する層とが少なくとも積層された層からなる層であっても良い。
【0021】
本発明のデバイスにおいては、前記正孔輸送性化合物が、正孔輸送性高分子化合物であることが、駆動電圧の低下や素子寿命を更に向上させる点から好ましい。
【0022】
本発明のデバイスは、少なくとも発光層を含む有機層を含有する有機EL素子として好適に用いられる。
【0023】
また、本発明に係るデバイスの製造方法は、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスの製造方法であって、
モリブデン錯体又はタングステン錯体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有する正孔注入輸送層形成用インクを調製する工程と、前記正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上に正孔注入輸送層を形成する工程と、前記モリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とする酸化物化工程とを有することを特徴とする。
【0024】
本発明に係るデバイスの製造方法によれば、溶液塗布法により正孔注入輸送層を形成可能で製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能なデバイスを提供することが可能である。
【0025】
本発明に係るデバイスの製造方法においては、前記酸化物化工程は、前記正孔注入輸送層形成用インクを調製後、正孔注入輸送層を形成する工程前に行ってもよいし、正孔注入輸送層を形成する工程後に行ってもよい。
すなわち、一態様としては、前記電極上のいずれかの層上に、モリブデン錯体又はタングステン錯体を含有する正孔注入輸送層を形成する工程と、前記正孔注入輸送層中のモリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とする酸化物化工程を有する。
別の一態様としては、前記正孔注入輸送層形成用インクを調製する工程後、正孔注入輸送層を形成する工程前に、前記酸化物化工程が実施され、酸化物化された正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上にモリブデン酸化物又はタングステン酸化物を含有する正孔注入輸送層を形成する工程を有する。
【0026】
本発明に係るデバイスの製造方法においては、前記酸化物化工程が、酸素存在下で実施されることが好ましい。
【0027】
本発明に係るデバイスの製造方法においては、前記酸化物化工程として、加熱工程、及び/又は、光照射工程、及び/又は、活性酸素を作用させる工程を用いることができる。
【0028】
また、本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクは、モリブデン錯体又はタングステン錯体の反応生成物であるモリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有することを特徴とする。
【0029】
また、本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクにおいては、前記モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体が、モリブデン錯体又はタングステン錯体とカルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒との反応生成物であって、モリブデン酸化物又はタングステン酸化物であることが、駆動電圧の低下や素子寿命を更に向上させる点から好ましい。
【発明の効果】
【0030】
本発明のデバイスは、製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能である。
本発明に係るデバイスの製造方法によれば、製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能なデバイスを提供することが可能である。
また、本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクによれば、製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能なデバイスを提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係るデバイスの基本的な層構成を示す断面概念図である。
【図2】本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の一例を示す断面模式図である。
【図3】本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の他の一例を示す断面模式図である。
【図4】本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の他の一例を示す断面模式図である。
【図5】本発明に係るデバイスの別の実施形態である有機トランジスタの層構成の一例を示す断面模式図である。
【図6】本発明に係るデバイスの別の実施形態である有機トランジスタの層構成の他の一例を示す断面模式図である。
【図7】合成例2で得られたモリブデン錯体の反応生成物のIR測定結果を示した図である。
【図8】サンプル4、サンプル7及びサンプル8について得られたXPSスペクトルの一部拡大図を示す。
【図9】合成例2で得られたモリブデン錯体の反応生成物の粒度分布計による粒子径測定結果を示した図である。
【図10】モリブデン錯体の反応生成物のMALDI−TOF−MSスペクトルを示した図である。
【図11】モリブデン錯体の反応生成物のNMRスペクトルを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
1.デバイス
本発明のデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスであって、前記正孔注入輸送層が、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有することを特徴とする。
【0033】
本発明のデバイスは、前記正孔注入輸送層が、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有することにより、電荷移動錯体を形成可能で正孔注入特性を向上し、且つ、隣接する電極や有機層との密着性にも優れた、安定性の高い膜となるため、素子の長寿命化を達成可能である。また、溶液塗布法を用いて前記正孔注入輸送層を形成可能であり、この場合には、製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能である。
【0034】
このように、本発明のデバイスに用いられるモリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物が寿命を向上できるのは、以下のように推定される。すなわち、モリブデン錯体又はタングステン錯体は、反応性が高く、例えば溶液塗布法により層を形成する際に用いる有機溶媒との酸化還元反応を経て、錯体同士で反応生成物を形成し得る。当該モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物は、正孔輸送性化合物との間で、或いは錯体の反応生成物同士で、電荷移動錯体を形成し易いため、正孔注入輸送層の電荷注入輸送能力を効率よく向上することが可能になり、寿命を向上できると推定される。また、錯体の反応生成物は、無機化合物の酸化物と異なり、金属の価数や配位子により、電荷注入性や電荷輸送性をコントロールできる。その結果、本発明では正孔注入輸送層の電荷注入輸送能力を効率よく向上することが可能である。また、モリブデン錯体又はタングステン錯体は、無機化合物のモリブデン酸化物又はタングステン酸化物と異なり、配位子中に有機部分を含み得るため、有機物である正孔輸送性化合物との相溶性が良好となり、且つ、隣接する有機層との界面の密着性も良好となる。そのため、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する正孔注入輸送層を備えた本発明のデバイスは、低電圧駆動、高電力効率で、特に寿命が向上したデバイスを実現できると推定される。
また、本発明のデバイスによれば、モリブデン錯体又はタングステン錯体において配位子の種類を選択したり配位子を修飾することにより、溶剤溶解性や親水性・疎水性、電荷輸送性、あるいは密着性などの機能性を付与するなど、多機能化することが容易である。
本発明のデバイスの正孔注入輸送層に用いられるモリブデン錯体又はタングステン錯体は、適宜選択することにより合成ステップ数が少なく簡単に合成できるため、安価に高性能なデバイスを作製することができる。
【0035】
本発明のデバイスに用いられるモリブデン錯体又はタングステン錯体は、溶剤溶解性を有するか、或いは共に用いる正孔輸送性化合物との相溶性が高いものが多い。この場合には、溶液塗布法によって薄膜形成が可能であるため、製造プロセス上のメリットが大きい。このように溶液塗布法を適用する場合において、モリブデン錯体又はタングステン錯体は、例えば金属ナノ粒子や顔料のように凝集する傾向がなく、溶液中での安定性が高いため、歩留まりが高いという利点がある。また、溶液塗布法によって正孔注入輸送層を形成する場合には、撥液性バンクを持つ基板に正孔注入輸送層から発光層までを順次塗布プロセスのみで形成できる。そのため、無機化合物のモリブデン酸化物の場合のように正孔注入層を高精細なマスク蒸着等で蒸着した後に、正孔輸送層や発光層を溶液塗布法で形成し、さらに第二電極を蒸着するようなプロセスと比較して、単純であり、低コストでデバイスを作製できる利点がある。
【0036】
なお、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がアニオン状態であることは、MALDI-TOF-MSによってアニオンが検出されることや、XPS測定で5価が検出されることによって示唆される。
【0037】
また、電荷移動錯体を形成していることは、例えば、1H NMR測定により、モリブデン錯体を電荷輸送性化合物の溶液へ混合した場合、電荷輸送性化合物の6〜10ppm付近に観測される芳香環に由来するプロトンシグナルの形状やケミカルシフト値が、モリブデン錯体を混合する前と比較して変化する現象が観測されることによって示唆される。
【0038】
以下、本発明に係るデバイスの層構成について説明する。
本発明に係るデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスである。
本発明に係るデバイスには、有機EL素子、有機トランジスタ、色素増感太陽電池、有機薄膜太陽電池、有機半導体を包含する有機デバイスのほか、正孔注入輸送層を有する量子ドット発光素子、酸化物系化合物太陽電池等も含まれる。
図1は本発明に係る有機デバイスの基本的な層構成を示す断面概念図である。本発明のデバイスの基本的な層構成は、基板7上に対向する2つの電極(1及び6)と、その2つの電極(1及び6)間に配置され少なくとも正孔注入輸送層2を含む有機層3を有する。
基板7は、デバイスを構成する各層を形成するための支持体であり、必ずしも電極1の表面に設けられる必要はなく、デバイスの最も外側の面に設けられていればよい。
【0039】
正孔注入輸送層2は、少なくともモリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有し、電極1から有機層3への正孔の注入及び/又は輸送を担う層である。
有機層3は、正孔注入輸送されることにより、デバイスの種類によって様々な機能を発揮する層であり、単層からなる場合と多層からなる場合がある。有機層が多層からなる場合は、有機層は、正孔注入輸送層の他に更に、デバイスの機能の中心となる層(以下、機能層と称呼する。)や、当該機能層の補助的な層(以下、補助層と称呼する。)を含んでいる。例えば、有機EL素子の場合、正孔注入輸送層の表面に更に積層される正孔輸送層が補助層に該当し、当該正孔輸送層の表面に積層される発光層が機能層に該当する。
電極6は、対向する電極1との間に正孔注入輸送層2を含む有機層3が存在する場所に設けられる。また、必要に応じて、図示しない第三の電極を有していてもよい。これらの電極間に電場を印加することにより、デバイスの機能を発現させることができる。
【0040】
図2は、本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の一例を示す断面模式図である。本発明の有機EL素子は、電極1の表面に正孔注入輸送層2が積層され、当該正孔注入輸送層2の表面に補助層として正孔輸送層4a、機能層として発光層5が積層された形態を有する。このように、本発明に特徴的な正孔注入輸送層を正孔注入層の位置で用いる場合には、導電率の向上に加え、当該正孔注入輸送層は電荷移動錯体を形成して溶液塗布法に用いた溶媒に不溶になるので、上層の正孔輸送層を積層する際にも溶液塗布法を適用することが可能である。更に、電極との密着性向上も期待できる。
図3は、本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の別の一例を示す断面模式図である。本発明の有機EL素子は、電極1の表面に補助層として正孔注入層4bが形成され、当該正孔注入層4bの表面に正孔注入輸送層2、機能層として発光層5が積層された形態を有する。このように、本発明に特徴的な正孔注入輸送層を正孔輸送層の位置で用いる場合には、導電率の向上に加え、当該正孔注入輸送層は電荷移動錯体を形成して溶液塗布法に用いた溶媒に不溶になるので、上層の発光層を積層する際にも溶液塗布法を適用することが可能である。
図4は、本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の別の一例を示す断面模式図である。本発明の有機EL素子は、電極1の表面に正孔注入輸送層2、機能層として発光層5が順次積層された形態を有する。このように、本発明に特徴的な正孔注入輸送層を1層で用いる場合には、工程数が削減されるというプロセス上のメリットがある。
なお、上記図2〜図4においては、正孔注入輸送層2、正孔輸送層4a、正孔注入層4bのそれぞれが、単層ではなく複数層から構成されているものであっても良い。
【0041】
上記図2〜図4においては、電極1は陽極、電極6は陰極として機能する。上記有機EL素子は、陽極と陰極の間に電場を印加されると、正孔が陽極から正孔注入輸送層2及び正孔輸送層4を経て発光層5に注入され、且つ電子が陰極から発光層に注入されることにより、発光層5の内部で注入された正孔と電子が再結合し、素子の外部に発光する機能を有する。
素子の外部に光を放射するため、発光層の少なくとも一方の面に存在する全ての層は、可視波長域のうち少なくとも一部の波長の光に対する透過性を有することを必要とする。また、発光層と電極6(陰極)の間には、必要に応じて電子輸送層及び/又は電子注入層が設けられていてもよい(図示せず)。
【0042】
図5は、本発明に係るデバイスの別の実施形態である有機トランジスタの層構成の一例を示す断面模式図である。この有機トランジスタは、基板7上に、電極9(ゲート電極)と、対向する電極1(ソース電極)及び電極6(ドレイン電極)と、電極9、電極1、及び電極6間に配置された前記有機層としての有機半導体層8と、電極9と電極1の間、及び電極9と電極6の間に介在する絶縁層10を有し、電極1と電極6の表面に、正孔注入輸送層2が形成されている。
上記、有機トランジスタは、ゲート電極における電荷の蓄積を制御することにより、ソース電極−ドレイン電極間の電流を制御する機能を有する。
【0043】
図6は、本発明に係るデバイスの実施形態である有機トランジスタの別の層構成の一例を示す断面模式図である。この有機トランジスタは、基板7上に、電極9(ゲート電極)と、対向する電極1(ソース電極)及び電極6(ドレイン電極)と、電極9、電極1、及び電極6間に配置された前記有機層として本発明の正孔注入輸送層2を形成して有機半導体層8とし、電極9と電極1の間、及び電極9と電極6の間に介在する絶縁層10を有している。この例においては、正孔注入輸送層2が有機半導体層8となっている。
【0044】
尚、本発明のデバイスの層構成は、上記例示に限定されるものではなく、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
以下、本発明に係るデバイスの各層について詳細に説明する。
【0045】
(1)正孔注入輸送層
本発明のデバイスは、少なくとも正孔注入輸送層を含む。本発明のデバイスが有機デバイスであって、有機層が多層の場合には、有機層は、正孔注入輸送層の他に更に、デバイスの機能の中心となる層や、当該機能層を補助する役割を担う補助層を含んでいるが、それらの機能層や補助層は、後述するデバイスの具体例において、詳細に述べる。
【0046】
本発明のデバイスにおける正孔注入輸送層は、少なくともモリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有するものである。本発明のデバイスにおける正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物のみからなるものであっても良いが、更に他の成分を含有していても良い。中でも、更に正孔輸送性化合物を含有することが、駆動電圧の低下や素子寿命を更に向上させる点から、好ましい。なお、本発明の正孔注入輸送層において含まれていても良いモリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物とは、正孔注入輸送層を形成する過程、例えば、正孔注入輸送層形成用インク(塗布溶液)中、或いは、層形成時又は層形成後において、加熱時、光照射時、活性酸素を作用させる時、素子駆動時等に行われる、モリブデン錯体又はタングステン錯体の反応によって生成される反応生成物のことをいう。ここでのモリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物は、モリブデン又はタングステンが含まれるものをいう。
【0047】
更に正孔輸送性化合物を含有する場合に、本発明のデバイスにおける正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物と正孔輸送性化合物を含有する混合層1層からなるものであっても良いし、当該混合層を含む複数層からなるものであっても良い。また、前記正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する層と、正孔輸送性化合物を含有する層とが少なくとも積層された複数層からなるものであっても良い。更に、前記正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する層と、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物、並びに、正孔輸送性化合物を少なくとも含有する層とが少なくとも積層された層からなるものであっても良い。
【0048】
本発明で用いられるモリブデン錯体とは、モリブデンを含む配位化合物であって、モリブデンの他に配位子を含む。モリブデン錯体としては、酸化数−2から+6までの錯体がある。また本発明で用いられるタングステン錯体は、タングステンを含む配位化合物であって、タングステンの他に配位子を含む。タングステン錯体としても、酸化数−2から+6までの錯体がある。タングステン錯体は、多核になりやすくオキソ配位子がつきやすいなど、モリブデン錯体に似た傾向を示し、配位数が7以上になることもある。配位子の種類は適宜選択され、特に限定されないが、溶剤溶解性や隣接する有機層との密着性から有機部分(炭素原子)を含むことが好ましい。また、配位子は、比較的低温(例えば200℃以下)で錯体から分解するものであることが好ましい。
【0049】
単座配位子としては、例えば、アシル、カルボニル、チオシアネート、イソシアネート、シアネート、イソシアネート、ハロゲン原子等が挙げられる。中でも、比較的低温で分解しやすいヘキサカルボニルが好ましい。
【0050】
また、芳香環及び/又は複素環を含む構造としては、具体的には例えば、ベンゼン、トリフェニルアミン、フルオレン、ビフェニル、ピレン、アントラセン、カルバゾール、フェニルピリジン、トリチオフェン、フェニルオキサジアゾール、フェニルトリアゾール、ベンゾイミダゾール、フェニルトリアジン、ベンゾジアチアジン、フェニルキノキサリン、フェニレンビニレン、フェニルシロール、及びこれらの構造の組み合わせ等が挙げられる。
また、本発明の効果を損なわない限り、芳香環及び/又は複素環を含む構造に置換基を有していても良い。置換基としては、例えば、炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基、ハロゲン原子、炭素数1〜20のアルコキシ基、シアノ基、ニトロ基等が挙げられる。炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基の中では、炭素数1〜12の直鎖または分岐のアルキル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等が好ましい。
【0051】
また、配位子としては、単座配位子又は二座配位子が、モリブデン錯体の反応性が高くなる点から好ましい。錯体自身が安定になりすぎると反応性が劣る場合がある。
【0052】
酸化数0以下のモリブデン錯体としては、例えば、金属カルボニル[Mo−II(CO)]2−、[(CO)Mo−IMo−I(CO)] 2−、[Mo(CO)]等が挙げられる。
また、酸化数が+1のモリブデン(I)錯体としては、ジホスファンやη−シクロペンタジエニドを含む非ウェルナー型錯体が挙げられ、具体的には、Mo-C) ],[MoCl(N)(diphos)](diphosは、2座配位子(CPCHCHP(C)が挙げられる。
【0053】
酸化数が+2のモリブデン(II)錯体としては、モリブデンが2核錯体となって、(Mo4+イオンの状態で存在するMo化合物が挙げられ、例えば、[Mo(RCOO)]や[Mo(RCOO)]などが挙げられる。ここで前記RCOOのうちのRは、置換基を有していても良い炭化水素基であり、各種カルボン酸を用いることができる。カルボン酸としては、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸や酪酸、吉草酸などの脂肪酸、トリフルオロメタンカルボン酸などのハロゲン化アルキルカルボン酸、安息香酸、ナフタレンカルボン酸、アントラセンカルボン酸、2−フェニルプロパン酸、ケイ皮酸、フルオレンカルボン酸などの炭化水素芳香族カルボン酸、フランカルボン酸やチオフェンカルボン酸、ピリジンカルボン酸などの複素環カルボン酸等が挙げられる。また、後述するような、正孔輸送性化合物(アリールアミン誘導体、カルバゾール誘導体、チオフェン誘導体、フルオレン誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体等)においてカルボキシル基を有するカルボン酸であっても良い。中でも、カルボン酸に、上述のような芳香環及び/又は複素環を含む構造が好適に用いられる。カルボン酸は選択肢が多く、混合する正孔輸送性化合物との相互作用を最適化したり、正孔注入輸送機能を最適化したり、隣接する層との密着性を最適化するのに適した配位子である。また前記Xはハロゲンやアルコキシドであり、塩素、臭素、ヨウ素やメトキシド、エトキシド、イソプロポキシド、sec−ブチトキシド、tert−ブチトキシドを用いることができる。またLは中性の配位子であり、P(n−CやP(CHなどのトリアルキルホスフィンやトリフェニルホスフィンなどのトリアリールホスフィンを用いることができる。
酸化数が+2のモリブデン(II)錯体としては、その他、[MoII] 、[MoII] などのハロゲン錯体を用いることができ、例えば、[MoIIBr(P(n−C] や[MoII(diars)](diarsは、ジアルシン(CH)As−C−As(CH))などが挙げられる。
【0054】
酸化数が+3のモリブデン(III)錯体としては、例えば、[(RO)Mo≡Mo(OR)]や、[Mo(CN)(HO)]4−などが挙げられる。Rは炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基である。炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基の中では、炭素数1〜12の直鎖または分岐のアルキル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等が好ましい。
また、酸化数が+4のモリブデン(IV)錯体としては、例えば、[Mo{N(CH)}]、[Mo(CN)]4−、それにオキソ配位子をもつMoO2+の錯体や、O2−で2重架橋したMo4+の錯体が挙げられる。
【0055】
酸化数が+5のモリブデン(V)錯体としては、例えば、[Mo(CN)]3−や、Mo=Oがトランス位でO2−で架橋された2核のMo4+を有するオキソ錯体としては例えばキサントゲン酸錯体Mo(SCOC、Mo=Oがシス位でO2−で2重架橋された2核のMo2+を有するオキソ錯体としては例えばヒスチジン錯体[Mo(L−histidine)]・3HOなどが挙げられる。
また、酸化数が+6のモリブデン(VI)錯体としては、例えば、MoO(acetylacetonate)]が挙げられる。なお、2核以上の錯体の場合には、混合原子価錯体もある。
【0056】
また、酸化数0以下のタングステン錯体としては、例えば、金属カルボニル[W−II(CO)]2−、[(CO)−I−I(CO)] 2−、[W(CO)]等が挙げられる。
また、酸化数が+1のタングステン(I)錯体としては、ジホスファンやη−シクロペンタジエニドを含む非ウェルナー型錯体が挙げられ、具体的には、W-C) ],[ WCl(N)(diphos)](diphosは、2座配位子(CPCHCHP(C)が挙げられる。
【0057】
酸化数が+2のタングステン(II)錯体としては、タングステンが2核錯体となって、(W4+イオンの状態で存在するW化合物が挙げられ、例えば、[W(RCOO)]や[W(RCOO)]などが挙げられる。ここで前記RCOOのうちのRは、上記モリブデン錯体で説明したものと同様のものを用いることができる。酸化数が+2のタングステン(II)錯体としては、その他、[WII] 、[WII] などのハロゲン錯体を用いることができ、例えば、[WIIBr(P(n−C] や[WII(diars)](diarsは、ジアルシン(CH)As−C−As(CH))などが挙げられる。
【0058】
酸化数が+3のタングステン(III)錯体としては、例えば、[(RO)W≡W(OR)]や、[W(CN)(HO)]4−などが挙げられる。Rは炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基である。
また、酸化数が+4のタングステン(IV)錯体としては、例えば、[W{N(CH)}]、[W(CN)]4−、それにオキソ配位子をもつWO2+の錯体や、O2−で2重架橋したW4+の錯体が挙げられる。
【0059】
酸化数が+5のタングステン(V)錯体としては、例えば、[W(CN)]3−や、W=Oがトランス位でO2−で架橋された2核のW4+を有するオキソ錯体としては例えばキサントゲン酸錯体W(SCOC、W=Oがシス位でO2−で2重架橋された2核のW2+を有するオキソ錯体としては例えばヒスチジン錯体[W(L−histidine)]・3HOなどが挙げられる。
また、酸化数が+6のタングステン(VI)錯体としては、例えば、WO(acetylacetonate)]が挙げられる。なお、2核以上の錯体の場合には、混合原子価錯体もある。
【0060】
モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物としては、それぞれ、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体であることが、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。更に、前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がそれぞれ、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体のアニオン状態で存在することが、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0061】
モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体である場合に、酸化数が+6のモリブデン又はタングステン100モルに対して、酸化数が+5のモリブデン又はタングステンが10モル以上であることが、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0062】
モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物は、それぞれ、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒と反応したモリブデン酸化物又はタングステン酸化物であることが好ましい。モリブデン錯体又はタングステン錯体は、反応性が高いため、正孔注入輸送層を形成する過程、例えば、正孔注入輸送層形成用インク中、或いは、当該インクを用いた層形成時に、加熱、光照射、又は活性酸素を作用させると、正孔注入輸送層形成用インクに含まれる有機溶媒がカルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒である場合には、当該有機溶媒と酸化還元反応を行い、少なくとも錯体の一部がモリブデン酸化物又はタングステン酸化物となる。このような場合は、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体のアニオン状態が形成され、本来不安定な酸化数が+5のモリブデン又はタングステンが比較的多い状態で保持され得るため、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0063】
本発明に用いられる上記カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒としては、適宜モリブデン錯体又はタングステン錯体と酸化還元反応を行うことができれば特に限定されない。
【0064】
上記カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒としては、アルデヒド系、ケトン系、カルボン酸系、エステル系、アミド系、アルコール系、フェノール系などが挙げられ、沸点が50℃〜250℃であるものが好適に用いられる。上記カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒は、具体的には例えば、アセトン、メチルエチルケトン、2−ペンタノン、3−ペンタノン、2−ヘキサノン、2−ヘプタノン、4−ヘプタノン、メチルイソプロピルケトン、ジイソブチルケトン、アセトニルアセトン、イソホロン、シクロヘキサノン等のケトン系溶媒;アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、フルフラール、ベンズアルデヒド等のアルデヒド系溶媒;酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸等のカルボン酸系溶媒;酢酸エチル、酢酸n−プロピル、酢酸i−プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸i−ブチル、酢酸n−アミル、安息香酸エチル、安息香酸ブチル等のエステル系溶媒;N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−エチルアセトアミド等のアミド系溶媒;例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、グリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,2−ブチレングリコール、シクロヘキサノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のアルコール系溶媒;フェノール、クレゾール、キシレノール、エチルフェノール、トリメチルフェノール、イソプロピルフェノール、t−ブチルフェノール等のフェノール系溶媒等が挙げられる。
【0065】
一方、本発明で用いられる正孔輸送性化合物は、正孔輸送性を有する化合物であれば、適宜用いることができる。ここで、正孔輸送性とは、公知の光電流法により、正孔輸送による過電流が観測されることを意味する。
正孔輸送性化合物としては、低分子化合物の他、高分子化合物も好適に用いられる。正孔輸送性高分子化合物は、正孔輸送性を有し、且つ、ゲル浸透クロマトグラフィーのポリスチレン換算値による重量平均分子量が2000以上の高分子化合物をいう。本発明の正孔注入輸送層においては、溶液塗布法により安定な膜を形成することを目的として、正孔輸送性材料としては有機溶媒に溶解しやすく且つ化合物が凝集し難い安定な塗膜を形成可能な高分子化合物を用いることが好ましい。
【0066】
正孔輸送性化合物としては、特に限定されることなく、例えばアリールアミン誘導体、アントラセン誘導体、カルバゾール誘導体、チオフェン誘導体、フルオレン誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体、スピロ化合物等を挙げることができる。アリールアミン誘導体の具体例としては、N,N’−ビス−(3−メチルフェニル)−N,N’−ビス−(フェニル)−ベンジジン(TPD)、ビス(N−(1−ナフチル−N−フェニル)ベンジジン)(α−NPD)、4,4',4”−トリス(3−メチルフェニルフェニルアミノ)トリフェニルアミン(MTDATA)、4,4’,4”−トリス(N−(2−ナフチル)−N−フェニルアミノ)トリフェニルアミン(2−TNATA)など、カルバゾール誘導体としては4,4−N,N’−ジカルバゾール−ビフェニル(CBP)など、フルオレン誘導体としては、N,N’−ビス(3−メチルフェニル)−N,N’−ビス(フェニル)−9,9−ジメチルフルオレン(DMFL−TPD)など、ジスチリルベンゼン誘導体としては、4−(ジ−p−トリルアミノ)−4’−[(ジ−p−トリルアミノ)スチリル]スチルベン(DPAVB)など、スピロ化合物としては、2,7−ビス(N−ナフタレン−1−イル−N−フェニルアミノ)−9,9−スピロビフルオレン(Spiro−NPB)、2,2’,7,7’−テトラキス(N,N−ジフェニルアミノ)−9,9’−スピロビフルオレン(Spiro−TAD)などが挙げられる。
また、正孔輸送性高分子化合物としては、例えばアリールアミン誘導体、アントラセン誘導体、カルバゾール誘導体、チオフェン誘導体、フルオレン誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体、スピロ化合物等を繰り返し単位に含む重合体を挙げることができる。
【0067】
アリールアミン誘導体を繰り返し単位に含む重合体の具体例としては、非共役系の高分子としてコポリ[3,3’−ヒドロキシ−テトラフェニルベンジジン/ジエチレングリコール]カーボネート(PC−TPD−DEG)、下記構造で表されるPTPDES及びEt-PTPDEK等、共役系の高分子としてポリ[N,N’−ビス(4−ブチルフェニル)−N,N’−ビス(フェニル)−ベンジジン]を挙げることができる。アントラセン誘導体類を繰り返し単位に含む重合体の具体例としては、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(9,10−アントラセン)]等を挙げることができる。カルバゾール類を繰り返し単位に含む重合体の具体例としては、ポリビニルカルバゾール(PVK)等を挙げることができる。チオフェン誘導体類を繰り返し単位に含む重合体の具体例としては、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(ビチオフェン)]等を挙げることができる。フルオレン誘導体を繰り返し単位に含む重合体の具体例としては、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(4,4’−(N−(4−sec−ブチルフェニル))ジフェニルアミン)](TFB)等を挙げることができる。スピロ化合物を繰り返し単位に含む重合体の具体例としては、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−alt−co−(9,9’−スピロ−ビフルオレン−2,7−ジイル)]等を挙げることができる。これらの正孔輸送性高分子化合物は単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0068】
【化1】

【0069】
正孔輸送性高分子化合物としては、中でも、下記一般式(1)で示される化合物であることが、隣接する有機層との密着安定性が良好になりやすく、HOMOエネルギー値が陽極基板と発光層材料の間である点からも好ましい。
【0070】
【化2】

(式(1)において、Ar〜Arは、相互に同一であっても異なっていてもよく、共役結合に関する炭素原子数が6個以上60個以下からなる未置換もしくは置換の芳香族炭化水素基、または共役結合に関する炭素原子数が4個以上60個以下からなる未置換もしくは置換の複素環基を示す。nは0〜10000、mは0〜10000であり、n+m=10〜20000である。また、2つの繰り返し単位の配列は任意である。)
【0071】
また、2つの繰り返し単位の配列は任意であり、例えば、ランダム共重合体、交互共重合体、周期的共重合体、ブロック共重合体のいずれであってもよい。
nの平均は、5〜5000であることが好ましく、更に10〜3000であることが好ましい。また、mの平均は、5〜5000であることが好ましく、更に10〜3000であることが好ましい。また、n+mの平均は、10〜10000であることが好ましく、更に20〜6000であることが好ましい。
【0072】
上記一般式(1)のAr〜Arにおいて、芳香族炭化水素基における芳香族炭化水素としては、具体的には例えば、ベンゼン、フルオレン、ナフタレン、アントラセン、及びこれらの組み合わせ、並びにそれらの誘導体、更に、フェニレンビニレン誘導体、スチリル誘導体等が挙げられる。また、複素環基における複素環としては、具体的には例えば、チオフェン、ピリジン、ピロール、カルバゾール、及びこれらの組み合わせ、並びにそれらの誘導体等が挙げられる。
【0073】
上記一般式(1)のAr〜Arが置換基を有する場合、当該置換基は、炭素数1〜12の直鎖または分岐のアルキル基やアルケニル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、ビニル基、アリル基等であることが好ましい。
【0074】
上記一般式(1)で示される化合物として、具体的には例えば、下記式(2)で示されるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(4,4’−(N−(4−sec−ブチルフェニル))ジフェニルアミン)](TFB)、下記式(3)で示されるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−alt−co−(N,N’−ビス{4−ブチルフェニル}−ベンジジンN,N’−{1,4−ジフェニレン})]、下記式(4)で示されるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)](PFO)が好適な化合物として挙げられる。
【0075】
【化3】

【0076】
【化4】

【0077】
【化5】

【0078】
本発明の正孔注入輸送層において、前記正孔輸送性化合物が用いられる場合には、正孔輸送性化合物の含有量は、前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物100重量部に対して、10〜10000重量部であることが、正孔注入輸送性を高くし、且つ、膜の安定性が高く長寿命を達成する点から好ましい。
正孔注入輸送層において、前記正孔輸送性化合物の含有量が少なすぎると、正孔輸送性化合物を混合した相乗効果が得られ難い。一方、前記正孔輸送性化合物の含有量が多すぎると、モリブデン錯体又はタングステン錯体を用いる効果が得られ難くなる。
【0079】
本発明の正孔注入輸送層は、本発明の効果を損なわない限り、バインダー樹脂や硬化性樹脂や塗布性改良剤などの添加剤を含んでいても良い。バインダー樹脂としては、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリアリレート、ポリエステル等が挙げられる。また、熱または光等により硬化するバインダー樹脂を含有していてもよい。熱または光等光等により硬化する材料としては、上記正孔輸送性化合物において分子内に硬化性の官能基が導入されたもの、あるいは、硬化性樹脂等を使用することができる。具体的に、硬化性の官能基としては、アクリロイル基やメタクリロイル基などのアクリル系の官能基、またはビニレン基、エポキシ基、イソシアネート基等を挙げることができる。硬化性樹脂としては、熱硬化性樹脂であっても光硬化性樹脂であってもよく、例えばエポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコン樹脂、シランカップリング剤等を挙げることができる。
【0080】
上記正孔注入輸送層の膜厚は、目的や隣接する層により適宜決定することができるが、通常0.1〜1000nm、好ましくは1〜500nmである。
また、上記正孔注入輸送層の仕事関数は5.0〜6.0eV、更に5.0〜5.8eVであることが、正孔注入効率の点から好ましい。
【0081】
本発明の正孔注入輸送層は、溶液塗布法により形成されることが、製造プロセスが容易な上、ショートが発生しにくいため歩留まりが高く、電荷移動錯体を形成して長寿命を達成する点から好ましい。中でも本発明の正孔注入輸送層は、少なくともモリブデン錯体又はタングステン錯体が良好に溶解乃至分散する溶媒中で溶解乃至分散させた溶液(正孔注入輸送層形成用インク)を用いて、溶液塗布法により形成されたものであることが好ましい。また、更に正孔輸送性化合物が用いられる場合には、本発明の正孔注入輸送層は、モリブデン錯体又はタングステン錯体と、正孔輸送性化合物とを、双方が良好に溶解乃至分散する溶媒中で混合した溶液を用いて、溶液塗布法により形成されたものであることが好ましい。この場合、モリブデン錯体又はタングステン錯体と正孔輸送性化合物の双方が良好に溶解乃至分散する溶媒中で混合すると、溶液中でモリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物と正孔輸送性化合物が相互作用し、電荷移動錯体を形成しやすくなるため、正孔輸送性及び膜の経時安定性に優れた正孔注入輸送層を形成できる。このように電荷移動錯体を形成した正孔注入輸送層は、正孔注入輸送層を形成する際に用いた溶媒に不溶になる傾向があるため、当該正孔注入輸送層の上層に該当する有機層を形成する場合も、当該正孔注入輸送層を溶出させることなく溶液塗布法を用いる可能性が広がる。
溶液塗布法は、下記、デバイスの製造方法の項目において説明する。
【0082】
(2)基板
基板は、本発明のデバイスの支持体になるものであり、例えばフレキシブルな材質であっても、硬質な材質であってもよい。具体的に用いることができる材料としては、例えば、ガラス、石英、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリメタクリレート、ポリメチルメタクリレート、ポリメチルアクリレート、ポリエステル、ポリカーボネート等を挙げることができる。
これらのうち、合成樹脂製の基板を使用する場合には、ガスバリア性を有することが望ましい。基板の厚さは特に限定されないが、通常、0.5〜2.0mm程度である。
【0083】
(3)電極
本発明のデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極を有する。
本発明のデバイスにおいて、電極は、金属又は金属酸化物で形成されることが好ましく、公知の材料を適宜採用することができる。通常、アルミニウム、金、銀、ニッケル、パラジウム、白金等の金属、インジウム及び/又はスズの酸化物などの金属酸化物により形成することができる。
【0084】
電極は、通常、基板上にスパッタリング法、真空蒸着法などの方法により形成されることが多いが、塗布法やディップ法等の湿式法により形成することもできる。電極の厚さは、各々の電極に要求される透明性等により異なる。透明性が必要な場合には、電極の可視光波長領域の光透過率が、通常、60%以上、好ましくは80%以上となることが望ましく、この場合の厚さは、通常10〜1000nm、好ましくは20〜500nm程度である。
本発明においては、電極上に、電荷注入材料との密着安定性を向上させるために、更に金属層を有していても良い。金属層は金属が含まれる層をいい、上述のような通常電極に用いられる金属や金属酸化物から形成される。
【0085】
(4)その他
本発明のデバイスは、必要に応じて、電子注入電極と正孔注入輸送層の間に、従来公知の電子注入層及び/又は電子輸送層を有していてもよい。
【0086】
2.有機EL素子
【0087】
本発明のデバイスの一実施形態として、少なくとも本発明の正孔注入輸送層及び発光層を含む有機層を含有する、有機EL素子が挙げられる。
以下、有機EL素子を構成する各層について、図2〜4を用いて順に説明する。
(基板)
基板7は、有機EL素子の支持体になるものであり、例えばフレキシブルな材質であっても、硬質な材質であってもよい。具体的には、例えば、上記デバイスの基板の説明において挙げたものを用いることができる。
発光層5で発光した光が基板7側を透過して取り出される場合においては、少なくともその基板7が透明な材質である必要がある。
【0088】
(陽極、陰極)
電極1および電極6は、発光層5で発光した光の取り出し方向により、どちらの電極に透明性が要求されるか否かが異なり、基板7側から光を取り出す場合には電極1を透明な材料で形成する必要があり、また電極6側から光を取り出す場合には電極6を透明な材料で形成する必要がある。
基板7の発光層側に設けられている電極1は、発光層に正孔を注入する陽極として作用し、基板7の発光層側に設けられている電極6は、発光層5に電子を注入する陰極として作用する。
本発明において、陽極及び陰極は、上記デバイスの電極の説明において列挙した金属又は金属酸化物で形成されることが好ましい。
【0089】
(正孔注入輸送層、正孔輸送層、及び正孔注入層)
正孔注入輸送層2、正孔輸送層4a、及び正孔注入層4bは、図2〜4に示すように、発光層5と電極1(陽極)の間に適宜形成される。図2のように、本発明に係る正孔注入輸送層2の上に更に正孔輸送層4aを積層し、その上に発光層を積層してもよいし、図3のように、正孔注入層4bの上に更に本発明に係る正孔注入輸送層2を積層し、その上に発光層を積層してもよいし、図4のように、電極1の上に、本発明に係る正孔注入輸送層2を積層しその上に発光層を積層してもよい。
【0090】
図2のように、本発明に係る正孔注入輸送層2の上に更に正孔輸送層4aを積層する場合に、正孔輸送層4aに用いられる正孔輸送材料は特に限定されない。本発明に係る正孔注入輸送層において説明した正孔輸送性化合物を用いることが好ましい。中でも、隣接する本発明に係る正孔注入輸送層2に用いられている正孔輸送性化合物と同じ化合物を用いることが、正孔注入輸送層と正孔輸送層の界面の密着安定性を向上させ、長駆動寿命化に寄与する点から好ましい。
正孔輸送層4aは、正孔輸送材料を用いて、後述の発光層と同様方法で形成することができる。正孔輸送層4aの膜厚は、通常0.1〜1μm、好ましくは1〜500nmである。
【0091】
図3のように、正孔注入層4bの上に更に本発明に係る正孔注入輸送層2を積層する場合に、正孔注入層4bに用いられる正孔注入材料は特に限定されず、従来公知の化合物を用いることができる。例えば、フェニルアミン系、スターバースト型アミン系、フタロシアニン系、酸化バナジウム、酸化モリブデン、酸化ルテニウム、酸化アルミニウム等の酸化物、アモルファスカーボン、ポリアニリン、ポリチオフェン誘導体等が挙げられる。
正孔注入層4bは、正孔注入材料を用いて、後述の発光層と同様方法で形成することができる。正孔注入層4bの膜厚は、通常1nm〜1μm、好ましくは2nm〜500nm、さらに好ましくは5nm〜200nmである。
【0092】
さらに、正孔注入特性を考慮すると、電極1側から有機層である発光層5に向かって各層の仕事関数(HOMO)の値が階段状に大きくなるような正孔注入材料及び正孔輸送材料を選択して、各界面での正孔注入のエネルギー障壁をできるだけ小さくし、電極1と発光層5の間の大きな正孔注入のエネルギー障壁を補完することが好ましい。
【0093】
具体的には例えば、電極1にITO(UVオゾン洗浄直後の仕事関数5.0eV)を用い、発光層5にAlq3(HOMO5.7eV)を用いた場合、正孔注入輸送層を構成する材料としてTFB(仕事関数5.4eV)とモリブデン錯体(仕事関数5.0eV)の混合物、正孔輸送層を構成する材料としてTFB(仕事関数5.4eV)というように選択して、電極1側から発光層5に向かって各層の仕事関数の値が順に大きくなるような層構成をとるように配置することが好ましい。なお、上記仕事関数又はHOMOの値は、光電子分光装置AC−1(理研計器製)を使用した光電子分光法の測定値より引用した。
このような層構成の場合、電極1(UVオゾン洗浄直後の仕事関数5.0eV)と発光層5(例えばHOMO5.7eV)の間の正孔注入の大きなエネルギー障壁を、HOMOの値が階段状になるように補完可能で、正孔注入効率に非常に優れた正孔注入輸送層が得られる。
【0094】
(発光層)
発光層5は、図2〜4に示すように、電極1が形成された基板7と電極6との間に、発光材料により形成される。
本発明の発光層に用いられる材料としては、通常、発光材料として用いられている材料であれば特に限定されず、蛍光材料およびりん光材料のいずれも用いることができる。具体的には、色素系発光材料、金属錯体系発光材料等の材料を挙げることができ、低分子化合物または高分子化合物のいずれも用いることができる。
【0095】
(色素系発光材料の具体例)
色素系発光材料としては、例えば、アリールアミン誘導体、アントラセン誘導体、(フェニルアントラセン誘導体、)、オキサジアゾール誘導体、オキサゾール誘導体、オリゴチオフェン誘導体、カルバゾール誘導体、シクロペンタジエン誘導体、シロール誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体、ジスチリルピラジン誘導体、ジスチリルアリーレン誘導体、シロール誘導体、スチルベン誘導体、スピロ化合物、チオフェン環化合物、テトラフェニルブタジエン誘導体、トリアゾール誘導体、トリフェニルアミン誘導体、トリフマニルアミン誘導体、ピラゾロキノリン誘導体、ヒドラゾン誘導体、ピラゾリンダイマー、ピリジン環化合物、フルオレン誘導体、フェナントロリン類、ペリノン誘導体、ペリレン誘導体等を挙げることができる。またこれらの2量体や3量体やオリゴマー、2種類以上の誘導体の化合物も用いることができる。
これらの材料は単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0096】
(金属錯体系発光材料の具体例)
金属錯体系発光材料としては、例えばアルミキノリノール錯体、ベンゾキノリノールベリリウム錯体、ベンゾオキサゾール亜鉛錯体、ベンゾチアゾール亜鉛錯体、アゾメチル亜鉛錯体、ポルフィリン亜鉛錯体、ユーロピウム錯体等、あるいは中心金属にAl、Zn、Be等または、Tb、Eu、Dy等の希土類金属を有し、配位子にオキサジアゾール、チアジアゾール、フェニルピリジン、フェニルベンゾイミダール、キノリン構造等を有する金属錯体を挙げることができる。
これらの材料は単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0097】
(高分子系発光材料)
高分子系発光材料としては、分子内に上記低分子系材料を分子内に直鎖あるいは側鎖あるいは官能基として導入されたもの、重合体およびデンドリマー等を使用することができる。
例えば、ポリパラフェニレンビニレン誘導体、ポリチオフェン誘導体、ポリパラフェニレン誘導体、ポリシラン誘導体、ポリアセチレン誘導体、ポリビニルカルバゾール、ポリフルオレノン誘導体、ポリフルオレン誘導体、ポリキノキサリン誘導体、及びそれらの共重合体等を挙げることができる。
【0098】
(ドーパントの具体例)
上記発光層中には、発光効率の向上や発光波長を変化させる等の目的でドーピング材料を添加してもよい。高分子系材料の場合は、これらを分子構造の中に発光基として含んでいても良い。このようなドーピング材料としては、例えばペリレン誘導体、クマリン誘導体、ルブレン誘導体、キナクドリン誘導体、スクアリウム誘導体、ポルフィリン誘導体、スチリル系色素、テトラセン誘導体、ピラゾリン誘導体、デカシクレン、フェノキサゾン、キノキサリン誘導体、カルバゾール誘導体、フルオレン誘導体を挙げることができる。またこれらにスピロ基を導入した化合物も用いることができる。
これらの材料は単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
また、りん光系のドーパントとして、白金やイリジウムなどの重金属イオンを中心に有し、燐光を示す有機金属錯体が使用可能である。具体的には、Ir(ppy)、(ppy)Ir(acac)、Ir(BQ)、(BQ)Ir(acac)、Ir(THP)、(THP)Ir(acac)、Ir(BO)、(BO)(acac)、Ir(BT)、(BT)Ir(acac)、Ir(BTP)、(BTP)Ir(acac)、FIr6、PtOEP等を用いることができる。これらの材料は単独で用いてもよく2種以上を併用してもよい。
【0099】
本発明においては、発光層の材料としては蛍光発光する低分子化合物または高分子化合物や、燐光発光する低分子化合物または高分子化合物のいずれをも用いることができる。本発明において、発光層を設ける下地層が本発明の上記正孔注入輸送層である場合、当該正孔注入輸送層は電荷移動錯体を形成して溶液塗布法に用いたキシレン等の非水系溶媒に不溶になるので、発光層の材料としては、キシレン等の非水系溶媒に溶解しやすく溶液塗布法により層を形成する高分子型材料を用いることが可能である。この場合、蛍光発光する高分子化合物または蛍光発光する低分子化合物を含む高分子化合物や、燐光発光する高分子化合物または燐光発光する低分子化合物を含む高分子化合物を好適に用いることができる。
【0100】
発光層は、発光材料を用いて、溶液塗布法または蒸着法または転写法により形成することができる。溶液塗布法及び蒸着法は、後述のデバイスの製造方法の項目において説明するのと同様の方法を用いることができる。転写法は、例えば、予めフィルム上に溶液塗布法又は蒸着法で形成した発光層を、電極上に設けた正孔注入輸送層2に貼り合わせ、加熱により発光層5を正孔注入輸送層2上に転写することにより形成される。また、フィルム、発光層5、正孔注入輸送層2の順に積層された積層体の正孔注入輸送層側を、電極上に転写してもよい。
発光層の膜厚は、通常、1〜500nm、好ましくは20〜1000nm程度である。本発明は、正孔注入輸送層を溶液塗布法で形成することが好適であるため、発光層も溶液塗布法で形成する場合はプロセスコストを下げることができるという利点がある。
【0101】
3.有機トランジスタ
本発明に係るデバイスの別の実施形態として、有機トランジスタが挙げられる。以下、有機トランジスタを構成する各層について、図5及び図6を用いて説明する。
図5に示されるような本発明の有機トランジスタは、電極1(ソース電極)と電極6(ドレイン電極)の表面に正孔注入輸送層2が形成されているため、それぞれの電極と有機半導体層との間の正孔注入輸送能力が高くなり、且つ本発明の正孔注入輸送層の膜安定性が高いため、長駆動寿命化に寄与する。
本発明の有機トランジスタは、図6に示されるような、本発明の正孔注入輸送層2が有機半導体層8として機能するものであっても良い。
また、本発明の有機トランジスタは、図5に示されるように電極1(ソース電極)と電極6(ドレイン電極)の表面に正孔注入輸送層2を形成し、更に有機半導体層8として電極表面に形成した正孔注入輸送層とは材料が異なる本発明の正孔注入輸送層2を形成してもよい。
【0102】
図5に示されるような有機トランジスタを形成する場合に、有機半導体層を形成する材料としては、ドナー性(p型)の、低分子あるいは高分子の有機半導体材料が使用できる。
上記有機半導体材料としては、ポルフィリン誘導体、アリールアミン誘導体、ポリアセン誘導体、ペリレン誘導体、ルブレン誘導体、コロネン誘導体、ペリレンテトラカルボン酸ジイミド誘導体、ペリレンテトラカルボン酸二無水化物誘導体、ポリチオフェン誘導体、ポリパラフェニレン誘導体、ポリパラフェニレンビニレン誘導体、ポリピロール誘導体、ポリアニリン誘導体、ポリフルオレン誘導体、ポリチオフェンビニレン誘導体、ポリチオフェン−複素環芳香族共重合体とその誘導体、α−6−チオフェン、α−4−チオフェン、ナフタレンのオリゴアセン誘導体、α−5−チオフェンのオリゴチオフェン誘導体、ピロメリト酸二無水物誘導体、ピロメリト酸ジイミド誘導体を用いることができる。具体的には、ポルフィリン誘導体としては例えばフタロシアニンや銅フタロシアニンなどの金属フタロシアニンを挙げることができ、アリールアミン誘導体としては例えばm−TDATAを用いることができ、ポリアセン誘導体としては、例えばナフタレン、アントラセン、ナフタセン、ペンタセンを挙げることができる。また、これらポルフィリン誘導体やトリフェニルアミン誘導体などにルイス酸や四フッ化テトラシアノキノジメタン(F−TCNQ)、バナジウムやモリブデンなど無機の酸化物などを混合し、導電性を高くした層を用いることもできる。
【0103】
図5に示されるような、本発明の正孔注入輸送層を含む有機トランジスタを形成する場合であっても、前記有機半導体層8を構成する化合物としては、本発明の正孔注入輸送層に用いられる正孔輸送性化合物、中でも正孔輸送性高分子化合物を用いることが、本発明の正孔注入輸送層2と有機半導体層8の界面の密着安定性を向上させ、長駆動寿命化に寄与する点から好ましい。
【0104】
有機半導体層のキャリア移動度は10−6cm/Vs以上であることが、特に有機トランジスタに対しては10−3cm/Vs以上であることが、トランジスタ特性の点から好ましい。
また、有機半導体層は、上記有機EL素子の発光層と同様に、溶液塗布法またはドライプロセスにより形成することが可能である。
【0105】
基板、ゲート電極、ソース電極、ドレイン電極と、絶縁層については、特に限定されず、例えば以下のような材料を用いて形成することができる。
基板7は、本発明のデバイスの支持体になるものであり、例えばフレキシブルな材質であっても、硬質な材質であってもよい。具体的には、上記有機EL素子の基板と同様のもの用いることができる。
ゲート電極、ソース電極、ドレイン電極としては、導電性材料であれば特に限定されないが、本発明に係る電荷輸送材料を用いて、金属イオンが配位している化合物が吸着してなる正孔注入輸送層2を形成する点からは、金属又は金属酸化物であることが好ましい。具体的には、上述の有機EL素子における電極と同様の金属又は金属酸化物を用いることができるが、特に、白金、金、銀、銅、アルミニウム、インジウム、ITOおよび炭素が好ましい。
【0106】
ゲート電極を絶縁する絶縁層には種々の絶縁材料を用いることができ、無機酸化物でも有機化合物でも用いることが出来るが、特に、比誘電率の高い無機酸化物が好ましい。無機酸化物としては、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化タンタル、酸化チタン、酸化スズ、酸化バナジウム、チタン酸バリウムストロンチウム、ジルコニウム酸チタン酸バリウム、ジルコニウム酸チタン酸鉛、チタン酸鉛ランタン、チタン酸ストロンチウム、チタン酸バリウム、フッ化バリウムマグネシウム、チタン酸ビスマス、チタン酸ストロンチウムビスマス、タンタル酸ストロンチウムビスマス、タンタル酸ニオブ酸ビスマス、トリオキサイドイットリウムなどが挙げられる。それらのうち好ましいのは、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化タンタル、酸化チタンである。窒化ケイ素、窒化アルミニウムなどの無機窒化物も好適に用いることができる。
【0107】
有機化合物としては、ポリイミド、ポリアミド、ポリエステル、ポリアクリレート、光ラジカル重合系、光カチオン重合系の光硬化性樹脂、あるいはアクリロニトリル成分を含有する共重合体、ポリビニルフェノール、ポリビニルアルコール、ノボラック樹脂、およびシアノエチルプルラン、ポリマー体、エラストマー体を含むホスファゼン化合物、等を用いることができる。
【0108】
なお、色素増感太陽電池、有機薄膜太陽電池、有機半導体等のその他の有機デバイス、正孔注入輸送層を有する量子ドット発光素子、酸化物系化合物太陽電池等についても、正孔注入輸送層を上記本発明に係る正孔注入輸送層とすれば、その他の構成は特に限定されず、適宜公知の構成と同じであって良い。
【0109】
4.デバイスの製造方法
本発明のデバイスの製造方法は、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスの製造方法であって、モリブデン錯体又はタングステン錯体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有する正孔注入輸送層形成用インクを調製する工程と、前記正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上に正孔注入輸送層を形成する工程と、前記モリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とする酸化物化工程とを有することを特徴とする。
【0110】
本発明に係るデバイスの製造方法においては、正孔注入輸送層は、上述のように正孔注入輸送層形成用インクを用いて、溶液塗布法により形成される。溶液塗布法を用いることにより、正孔注入輸送層の形成の際に蒸着装置が不要で、マスク蒸着等を用いることなく、塗り分けも可能であり、生産性が高く、また、電極と正孔注入輸送層の界面、及び正孔注入輸送層と有機層界面の密着安定性が高いデバイスを形成できる。
【0111】
ここで溶液塗布法とは、少なくともモリブデン錯体又はタングステン錯体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有する正孔注入輸送層形成用インクを調製し、当該インクを下地となる電極又は層上に塗布し、乾燥して正孔注入輸送層を形成する方法である。正孔注入輸送層形成用インクは、必要に応じて正孔輸送性化合物、及び、正孔のトラップにならないバインダー樹脂や塗布性改良剤などの添加剤とを溶媒に添加し、溶解乃至分散して調製しても良い。
【0112】
溶液塗布法として、例えば、浸漬法、スプレーコート法、スピンコート法、ブレードコート法、デイップコート法、キャスト法、ロールコート法、バーコート法、ダイコート法、インクジェット法などの液体滴下法などが挙げられる。単分子膜を形成したい場合には、浸漬法、デイップコート法が好適に用いられる。
【0113】
インクに用いられる溶媒としては、モリブデン錯体又はタングステン錯体と酸化還元反応が可能な、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒を用いる。このような有機溶媒としては、前述と同様のものを用いることができる。カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒の中から、必要に応じて正孔輸送性化合物などのその他成分と良好に溶解乃至分散するものを選択して用いる。
【0114】
本発明のデバイスの製造方法においては、前記モリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とする酸化物化工程を有することにより、溶剤溶解性のないモリブデン酸化物又はタングステン酸化物を含有する層を、蒸着法を用いることなく溶液塗布法を用いて形成することが可能である。また、正孔注入輸送層中のモリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とすることにより、隣接する有機層との密着性を保持したまま、適宜正孔注入輸送性を変化させることも可能である。また、酸化物化工程を有することにより、膜強度を向上させることも可能である。
【0115】
本発明に係るデバイスの製造方法において、前記酸化物化工程は、前記正孔注入輸送層形成用インクを調製後、正孔注入輸送層を形成する工程前に行ってもよいし、正孔注入輸送層を形成する工程後に行ってもよい。
【0116】
すなわち、一態様としては、モリブデン錯体又はタングステン錯体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有する正孔注入輸送層形成用インクを調製し、前記電極上のいずれかの層上に、モリブデン錯体又はタングステン錯体を含有する正孔注入輸送層を形成する工程と、前記正孔注入輸送層中のモリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とする酸化物化工程を有する製造方法が挙げられる。このようにすると、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する正孔注入輸送層を形成することができる。前記酸化物化工程は、前記電極上のいずれかの層上に前記正孔注入輸送層形成用インクが層状に塗布された後、モリブデン錯体又はタングステン錯体と前記有機溶媒とを含有する層中の有機溶媒を乾燥しながら行われてもよい。
【0117】
前記酸化物化工程で得られるモリブデン酸化物又はタングステン酸化物としては、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体であることが好ましい。また、前記モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体は、モリブデン錯体又はタングステン錯体とカルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒との反応生成物であることが好ましい。
【0118】
別の一態様としては、前記正孔注入輸送層形成用インクを調製する工程後、正孔注入輸送層を形成する工程前に、前記酸化物化工程が実施され、酸化物化されてモリブデン酸化物又はタングステン酸化物を含む正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上にモリブデン酸化物又はタングステン酸化物を含有する正孔注入輸送層を形成する工程を有する製造方法が挙げられる。このようにすると、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する正孔注入輸送層を形成することができる。当該層を形成後、さらに、酸化物化工程を行っても良い。
【0119】
前記酸化物化された正孔注入輸送層形成用インクは、モリブデン錯体又はタングステン錯体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒との間で酸化還元反応が行われることにより得ることができる。
このような場合の正孔注入輸送層形成用インクとしては、モリブデン錯体又はタングステン錯体の反応生成物であるモリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有することが、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0120】
酸化物化する手段としては、例えば、加熱工程、光照射工程、活性酸素を作用させる工程などが挙げられ、これらを適宜併用しても良い。酸化物化は、効率的に酸化を行うため、酸素存在下で実施されることが好ましい。
加熱工程を用いる場合には、加熱手段としては、ホットプレート上で加熱する方法やオーブン中で加熱する方法などが挙げられる。加熱温度としては、50〜250℃が好ましい。加熱温度により、モリブデン錯体又はタングステン錯体の反応性や、モリブデン錯体又はタングステン錯体同士の相互作用や、モリブデン錯体又はタングステン錯体の正孔輸送性化合物に対する相互作用に違いが生じるため、適宜調節することが好ましい。
【0121】
光照射工程を用いる場合には、光照射手段としては、紫外線を露光する方法等が挙げられる。光照射量により、モリブデン錯体又はタングステン錯体の反応性や、モリブデン錯体又はタングステン錯体同士の相互作用やモリブデン錯体又はタングステン錯体の正孔輸送性化合物に対する相互作用に違いが生じるため、適宜調節することが好ましい。
【0122】
活性酸素を作用させる工程を用いる場合には、活性酸素を作用させる手段としては、紫外線によって活性酸素を発生させて作用させる方法や、酸化チタンなどの光触媒に紫外線を照射することによって活性酸素を発生させて作用させる方法が挙げられる。活性酸素量により、モリブデン錯体又はタングステン錯体の反応性や、モリブデン錯体又はタングステン錯体の正孔輸送性化合物に対する相互作用やモリブデン錯体又はタングステン錯体同士の相互作用に違いが生じるため、適宜調節することが好ましい。
【0123】
デバイスの製造方法における、その他の工程については、従来公知の工程を適宜用いることができる。
【実施例】
【0124】
以下、実施例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。これらの記載により本発明を制限するものではない。尚、実施例中、部は特に特定しない限り重量部を表す。
【0125】
[合成例1]
下記式に示したモリブデン錯体1の合成はInorganic Chemistry,13,1974,p.1824 に記載の方法に従い、下記スキームのように行った。日本電子社製核磁気共鳴スペクトルJNM−LA400WBを用いて、1H NMRスペクトルを測定し、合成されたモリブデン錯体1が下記構造を有することを確認した。
【0126】
【化6】

【0127】
[合成例2]
モリブデン錯体の反応生成物を含む正孔注入輸送層形成用インクを調製した。
モリブデンヘキサカルボニルをシクロヘキサノン中に溶解させて大気中100℃で10分加熱して正孔注入輸送層形成用インクを調製した。次に前記インクの溶媒成分をダイアフラムポンプによる減圧下で溶媒を留去した。残った黒色分散液をさらにロータリーポンプによる減圧下でオイルバスを用い150℃に加熱して高沸点蒸留物(モリブデン錯体の反応生成物:モリブデン含有有機−無機複合酸化物)を得た。
【0128】
[モリブデン錯体の反応生成物の酸化数の測定]
合成例2で得られたモリブデン錯体の反応生成物中のモリブデンの酸化数+5の存在を調べるために、赤外分光法で8つのサンプルのスペクトルを比較した。赤外分光測定にはFT−IR装置(VARIAN社製、FTS6000)を用いた。
サンプル1:モリブデンヘキサカルボニルの粉末
サンプル2:合成例2で得られた高沸点蒸留物(モリブデン錯体の反応生成物)
サンプル3:合成例2で得られた正孔注入輸送層形成用インクをガラス基板上にスピンコートし、薄膜(膜厚50nm)を形成した。この薄膜を室温(22℃)大気中で風乾させ、この薄膜をカッターで削り、サンプル3の粉末とした。
サンプル4:合成例2で得られた正孔注入輸送層形成用インクをガラス基板上にスピンコートし、薄膜(膜厚50nm)を形成した。この薄膜を200℃大気中で30分加熱後、この薄膜をカッターで削り、サンプル4の粉末とした。
サンプル5:モリブデンヘキサカルボニルをシクロヘキサノン中に溶解させてグローブボックス中(酸素濃度0.1ppm以下、水分濃度0.1ppm以下)で、100℃で10分加熱して正孔注入輸送層形成用インクを調製した。グローブボックス中で、当該インクをガラス基板上にスピンコートし、薄膜(膜厚50nm)を形成した。グローブボックス中で、この薄膜を200℃30分加熱後、カッターで削り、サンプル5の粉末とした。
サンプル6:MoO(KOCH CHEMICALS LTD.社製)の粉末
サンプル7:抵抗加熱法により真空中で蒸着してガラス基板上に形成したMoO膜(100nm)をカッターで削り、サンプル7の粉末とした。
サンプル8:NPD(ビス(N−(1−ナフチル−N−フェニル)ベンジジン))とMoOを体積比が9:1になるように抵抗加熱法により真空中で蒸着してガラス基板上に形成したMoO3膜(100nm)をカッターで削り、サンプル8の粉末とした。
【0129】
サンプル1〜8の測定結果を表1に示す。サンプル2のIRスペクトルを図7に示す。
なお、表1中の記号は、スペクトルの強さで表わしている。
◎:強い吸収がある。
○:強くない吸収がある。
△:弱い吸収がある。
×:吸収がない。
不明:他の成分のピークと重なり判別不明
【0130】
【表1】

【0131】
(測定結果)
Moの酸化数+5と+6の遷移に関係するといわれている(“Synthetic Metals”,(1997),vol.85,p.1229-1232)5つの吸収波数(1620、975、910、750、560cm-1)に対して上記8つのサンプルに吸収があるかを調べた。サンプル1(Mo錯体粉末)とサンプル5(酸素のないグローブボックス雰囲気で調整されたサンプル)ではMoの酸化数+5と+6の吸収に帰属されるピークは観察されていなかった。それに対して、サンプル2、3、4ではMoの酸化数+5と+6の特徴的なピークが観察された。この結果は、大気中でインクを作製する際に、インク中でMo酸化物が形成され、Moの酸化数+5と+6の共存状態が実現し、薄膜中でもその状態が保持され、200℃の乾燥後にも安定的に保持されていることがわかる。一方、サンプル6(無機化合物のMoOの粉末)にはMoの酸化数+5の存在は確認されないが、無機化合物のMoOを蒸着したサンプル7及び8では、Moの酸化数+5の存在が確認されている。これは蒸着によるエネルギーで結合が切断され、酸素欠損の状態で膜になることにより、Moの酸化数+5が存在するようになったものと考えられる。しかし、Mo錯体から合成されたMoの酸化数+5と+6の複合体(サンプル2)はシクロヘキサノンなどの有機溶媒に可溶であるが、サンプル7及び8は有機溶媒に不溶である。従って、Mo錯体から合成されたMoの酸化数+5と+6の複合体と、無機化合物の蒸着により得られた複合体とでは、明らかに化合物として異なるものである。さらに、Mo錯体から合成されたMoの酸化数+5と+6の複合体を含むサンプル2,3,4では、975 cm-1に代表されるピークが強く現れており、これらの違いが、本願において素子寿命が大きく向上した理由ではないかと推察される。また、サンプル4のIR測定においては、薄膜形成時に200℃で加熱したにもかかわらず、溶媒であるシクロヘキサノン(沸点151℃)に由来するピークが強く観察されている。Mo錯体は溶媒中で酸化されながらMoの酸化数+5と+6のアニオンクラスターを形成していると推定される。そのMoアニオンクラスターが生成するのと同時にシクロヘキサノンが還元的に重合変質し、その結果、Moアニオンクラスターとシクロヘキサノンの重合変質物とが化学結合するなど強く相互作用して、Mo錯体の反応生成物は溶媒に可溶化しているものと推察される。上記サンプル2において、高沸点蒸留物としてシクロヘキサノンの重合変質物が得られたこともこのMoクラスターアニオンの推定生成機構を支持する。
【0132】
[モリブデン錯体の反応生成物の酸化数+5と+6の割合の測定]
モリブデン錯体の反応生成物(有機−無機複合酸化物)中のモリブデンの酸化数+6と酸化数+5の比率を調べるために、XPS(X線光電子分光法)で3つのサンプル(上記サンプル4、サンプル7、サンプル8)のスペクトルを比較した。測定には、X線光電子分光測定装置(Theta−Probe、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用い、X線源:Monochromated Al Kα(単色化X線)X線照射領域(=測定領域):400μmφ、X線出力:100W、レンズモード:Standard、光電子取り込み角度:53°(但し、試料法線を0°とした場合)、帯電中和:電子中和銃(+6V、0.05mA)、低加速Ar+イオン照射条件で測定した。測定結果を表2に示す。表2においては、Moの酸化数+6と酸化数+5のピークに対して、ピーク分離を行い、酸化数+6を100と規格化した場合の酸化数+5のピーク強度を示した。サンプル4とサンプル7とサンプル8のXPSスペクトルを図8に示す。
【0133】
【表2】

【0134】
(測定結果)
モリブデン錯体の反応生成物(サンプル4)のスペクトルは、MoO蒸着膜(サンプル7)と比較してショルダー状にモリブデンの酸化数+5の成分が観測されている。このモリブデン錯体の反応生成物(サンプル4)中のモリブデンの酸化数+5の比率は、NPDと無機化合物を共蒸着した場合(サンプル8)に比べて2倍存在していた。サンプル7のMoO3蒸着膜では、モリブデンの酸化数+5は検出限界以下であった。特に、本願のモリブデン錯体の反応生成物中のモリブデンは、通常不安定である酸化数+5の状態が大気中でも加熱過程でも安定的に残っていることが特徴的である。一方、NPDと無機化合物の共蒸着膜(サンプル8)では電荷移動錯体形成の弱い相互作用によりモリブデンの酸化数+5が存在すると推定され、NPDを取り去ればこの酸化数+5は消失する。また、NPDと無機化合物の蒸着膜は溶媒にも不溶である。本願の正孔注入輸送層を用いると素子寿命が大きく向上した理由は、このモリブデンの酸化数+5の安定性や相互作用の強さとその割合の違いではないかと推察される。
本願のモリブデン錯体の反応生成物は、低酸化数(0や+2など)のモリブデンが酸化され、有機溶媒であるシクロヘキサノンが還元されて有機−無機複合体と考えられる反応生成物を形成している。一方、NPDとMoOの共蒸着膜の場合はNPDのアミンが酸化され、MoOが還元されて、弱く相互作用する電荷移動錯体と推定される。モリブデンの酸化数+5の量の違いや素子寿命の違いは、モリブデンの酸化数+5が生成される反応経路の酸化還元が逆であることに起因すると推測される。
【0135】
[粒度分布計による粒子径の測定]
動的光散乱法にて、モリブデン錯体の反応生成物の粒子径を測定した。測定には動的光散乱測定装置(日機装株式会社製、ナノトラック粒度分布測定装置 UPA−EX150)を用いた。
合成例2で得られた正孔注入輸送層形成用インクを、0.2μmのフィルターでろ過させてから測定した。
その結果、MV(Mean Volume Diameter)は15nm、MN(Mean Number Diameter)は6.2nmであった。測定結果を図9に示す。
【0136】
[アニオン状態の観測]
上記サンプル4、5、6、7を用いて、モリブデンのイオン状態を、MALDI−TOF−MSを用いて測定した。測定にはMALDI−TOF−MS装置(Bruker Japan社製、REFLEX II)を用い、ネガティブモードで測定した。
本願に該当するサンプル4では、モリブデン錯体の反応生成物がアニオンとして検出された。この結果は、IRやXPSの測定結果と一致する。さらにサンプル4からは、クラスターを形成していることを示唆するスペクトルが得られた(図10)。
一方、グローブボックス中でサンプルが処理されたサンプル5では、アニオンは検出されなかった。この結果は、IRやXPSの測定結果と一致する。
また、無機化合物を用いたサンプル6と7では、モリブデンがアニオンとして検出されたが、アニオンクラスターであることを示唆するm/zが600以上のピークは検出されなかった(サンプル6; m/z=287.70、431.75、サンプル7;285.67、233.73)。この結果は、IRやXPSの測定結果と一致する。
以上の結果から、サンプル4は、モリブデン錯体の反応生成物が有機−無機複合酸化物としてアニオンクラスターを形成しているものと推測される。
【0137】
[NMRによるシクロヘキサノンの測定]
IR測定で観測されたシクロヘキサノンの状態を調べるために、1H−NMR測定及び13C−NMR測定をした。サンプル4の粉末を重クロロホルムに0.5重量%溶解させ、核磁気共鳴装置(日本電子社製、JNU-LA400W 400 MHz)を用い測定した。サンプル4の1H−NMRスペクトルを図11に示す。原料のモリブデン錯体であるモリブデンヘキサカルボニルと、有機溶媒であるシクロヘキサノンについても同様にNMR測定を行った。
サンプル4と、原料のモリブデン錯体であるモリブデンヘキサカルボニルと、有機溶媒であるシクロヘキサノンのスペクトルをそれぞれ比較した。
サンプル4の13C−NMR測定で得られたチャートから、モリブデンヘキサカルボニルを示すスペクトルは消失していることが確認された。この結果は、サンプル4のXPSスペクトルでMoが酸化物に変質していることを示す結果と一致する。さらにサンプル4の1H−NMRスペクトルでは、溶媒として使用したシクロヘキサノン由来のスペクトルにおいて、シクロヘキサノンのC=O結合が還元されてアルコールあるいはオリゴマーかポリマーを形成していることを示唆するスペクトルが得られた。この酸化還元反応により、モリブデンのアニオンクラスターとシクロヘキサノンの重合変質物とが同時に生成し、化学結合するなど強く相互作用して溶媒に可溶化するとともに、Moアニオンクラスターの+5と+6の酸化状態を安定化しているものと推察される。
【0138】
[実施例1]
ガラス基板の上に透明陽極、正孔注入輸送層としてモリブデン錯体を含有する層と正孔輸送性化合物を含有する層との積層体、正孔輸送層、発光層、電子注入層、陰極の順番に成膜して積層し、最後に封止して有機EL素子を作製した。透明陽極と正孔注入輸送層以外は、水分濃度0.1ppm以下、酸素濃度0.1ppm以下の窒素置換グローブボックス内で作業を行った。
【0139】
まず、透明陽極として酸化インジウム錫(ITO)の薄膜(厚み:150nm)を用いた。ITO付ガラス基板(三容真空社製)をストリップ状にパターン形成した。パターン形成されたITO基板を、中性洗剤、超純水の順番に超音波洗浄し、UVオゾン処理を施した。UVオゾン処理後のITOのHOMOは5.0eVであった。
【0140】
次に、上記の合成で得られたモリブデン錯体1を、安息香酸エチル中に0.4重量%の濃度で溶解させ、正孔注入輸送層(1)形成用塗布溶液を調製した。
続いて、上記正孔注入輸送層(1)形成用塗布液を、洗浄された陽極の上にスピンコート法により塗布して、モリブデン錯体を含有する正孔注入輸送層を形成した。正孔注入輸送層(1)形成用塗布液の塗布後、溶剤を蒸発させるためにホットプレートを用いて200℃で30分乾燥させた。乾燥後の正孔注入輸送層(1)の厚みは5nm以下であった。
【0141】
次に、作製した正孔注入輸送層(1)の上に、正孔注入輸送層(2)として共役系の高分子材料であるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(4,4’−(N−(4−sec−ブチルフェニル))ジフェニルアミン)](TFB)薄膜(厚み:10nm)を形成した。キシレンにTFBを0.4重量%の濃度で溶解させた溶液を、スピンコート法により塗布して成膜した。TFB溶液の塗布後、溶剤を蒸発させるためにホットプレートを用いて200℃で30分乾燥させた。
次に、成膜した正孔注入輸送層(2)の上に、正孔輸送層としてビス(N−(1−ナフチル−N−フェニル)ベンジジン)(α−NPD)薄膜(厚み:100nm)、さらに当該正孔輸送層の上に発光層としてトリス(8−キノリノラト)アルミニウム錯体(Alq)薄膜(厚み:60nm)を形成した。正孔輸送層および発光層は真空中(圧力:1×10−4Pa)で、抵抗加熱蒸着法により成膜した。
【0142】
次に、作製した発光層の上に、電子注入層としてフッ化リチウム(LiF)(厚み:0.5nm)、陰極としてAl(厚み:100nm)を順次成膜した。真空中(圧力:1×10−4Pa)で、抵抗加熱蒸着法により成膜した。
最後に陰極形成後、グローブボックス内にて無アルカリガラスとUV硬化型エポキシ接着剤を用いて封止し、実施例1の有機EL素子を作製した。
【0143】
[実施例2]
実施例1における正孔注入輸送層を、TFBとモリブデン錯体1を重量比2:1で混合した層(1層)のみとし、正孔注入輸送層(2)を形成しなかったこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2の有機EL素子を作製した。
正孔注入輸送層は、TFBとモリブデン錯体1を重量比2:1で安息香酸エチル中に0.4重量%の濃度で溶解させた正孔注入輸送層形成用塗布溶液を調製し、この正孔注入輸送層形成用塗布液を、洗浄された陽極の上にスピンコート法により塗布することにより形成した。正孔注入輸送層形成用塗布液の塗布後、溶剤を蒸発させるためにホットプレートを用いて200℃で30分乾燥させた。乾燥後の正孔注入輸送層の厚みは10nmであった。
【0144】
[実施例3]
実施例2において、正孔注入輸送層の乾燥を200℃で30分の代わりに、100℃で30分とした以外は、実施例2と同様にして有機EL素子を作製した。
【0145】
[実施例4]
実施例1において、正孔注入輸送層(2)としてTFBの代わりに、TFBとモリブデン錯体1を重量比2:1で混合した層を用いた以外は、実施例1と同様にして有機EL素子を作製した。
正孔注入輸送層(2)は、TFBとモリブデン錯体1を重量比2:1で安息香酸エチル中に0.4重量%の濃度で溶解させた正孔注入輸送層(2)形成用塗布溶液を調製し、この正孔注入輸送層(2)形成用塗布液を、成膜された正孔注入輸送層(1)の上にスピンコート法により塗布することにより形成した。正孔注入輸送層(2)形成用塗布液の塗布後、溶剤を蒸発させるためにホットプレートを用いて200℃で30分乾燥させた。乾燥後の正孔注入輸送層(2)の厚みは10nmであった。
【0146】
[比較例1]
実施例2において、正孔注入輸送層としてTFB薄膜(厚み:10nm)を用いた以外は、実施例2と同様にして比較例1の有機EL素子を作製した。
【0147】
[比較例2]
比較例1において、正孔注入輸送層としてTFB薄膜を形成する代わりに、酸化モリブデン(MoO)薄膜(厚み:1nm)を形成した以外は、比較例1と同様にして比較例2の有機EL素子を作製した。
MoO薄膜は、真空中(圧力:1×10−4Pa)で、抵抗加熱蒸着法により成膜した。
【0148】
<HOMO(仕事関数)の測定>
実施例1のように合成例1で得られたモリブデン錯体を用いて形成された薄膜と、比較例2で使用した酸化モリブデン(MoO)薄膜について、光電子分光装置AC−1(理研計器製)を用いてHOMO(仕事関数)を測定した。
合成例1で得られたモリブデン錯体を安息香酸エチル中に溶解させてインクを調製し、当該インクを洗浄済みのITO付きガラス基板(三容真空社製)上にスピンコートし、薄膜を形成した。この薄膜を200℃大気中で30分加熱し、乾燥後膜厚が40nmのモリブデン錯体の反応物の薄膜を形成した。
また、MoOについては、洗浄済みのITO付きガラス基板(三容真空社製)上に、抵抗加熱法により真空中で蒸着してMoO膜(40nm)を形成した。
前記の光電子分光装置AC−1で光電子が放出されるエネルギー値で決定した。測定条件としては、モリブデン錯体の反応生成物は50nWの光量で、MoO3は200nWの光量で、それぞれ0.05eV刻みで行った。
その結果、合成例1のモリブデン錯体を用いて形成された薄膜の仕事関数は5.04eVであり、酸化モリブデン(MoO)薄膜の仕事関数は5.63eVであった。MoOの測定結果は、文献値と±0.05eV以内の精度でほぼ一致した。モリブデン錯体の反応生成物がMoOと比較してイオン化ポテンシャルが小さい理由は、反応する有機物との相互作用か、あるいは反応生成物中の有機物のイオン化ポテンシャルを反映している可能性がある。
【0149】
上記実施例及び比較例において作製した有機EL素子は、いずれもAlq由来の緑色に発光した。これらについて、10mA/cmでの駆動時の印加電圧、及び寿命特性の評価を下記方法により行った。結果を表3に示す。
有機EL素子の寿命特性は、定電流駆動で輝度が経時的に徐々に低下する様子を観察して評価した。ここでは初期輝度5000cd/mに対して保持率が80%の輝度に劣化するまでの時間(hr.)を寿命(LT80)とした。
【0150】
【表3】

【0151】
<結果のまとめ>
比較例1と実施例1を比較すると、比較例1のTFBのみの場合より、モリブデン錯体1とTFBを積層した方が駆動電圧は下がり、寿命特性LT80も長くなった。これは、モリブデン錯体1の反応物とTFBが層界面において相互作用し、TFBへの電荷注入特性およびTFBの電荷輸送の安定性が向上したことと、さらに、モリブデン錯体1の反応物が有機−無機複合体であることにより隣接する電極(ITO)および正孔輸送層(TFB)との親和性が高まり、これにより層間の界面の密着安定性が向上したからであると考えられる。
さらに、比較例1と実施例2および3を比較すると、TFBにモリブデン錯体1を混合した方が、駆動電圧が低下し、寿命特性LT80も長くなった。これは、モリブデン錯体1とTFBを混合することにより、相互作用がしやすくなり、電荷注入特性及び電荷輸送の安定性がさらに向上したからと考えられる。実施例2と実施例3で乾燥温度によって特性に差が出ており、加熱温度によりモリブデン錯体の反応状態や、モリブデン錯体の反応生成物の正孔輸送性化合物に対する相互作用やモリブデン錯体の反応生成物同士の相互作用に違いがあることが考えられる。すなわち、200℃乾燥で寿命特性LT80が長いのは、モリブデン錯体の反応性が良好になり、モリブデン錯体の生成物のTFBとの相互作用やモリブデン錯体の反応生成物同士の相互作用が強く、100℃乾燥では加熱による相互作用が200℃に比較して弱いと予想される。また、駆動電圧も5.6Vから5.3Vに低下しており、基材であるITOとの相互作用にも上記と同様な違いがあることが推定された。
実施例4は、モリブデン錯体1の層とTFBとモリブデン錯体1の混合層の積層(実施例1と実施例2の組み合わせ)であるが、電極(ITO)と混合層の間にモリブデン錯体を用いた層が挿入されることにより、駆動電圧がさらに低下した。電極(ITO)と混合層の界面において、モリブデン錯体1がの反応物が有機−無機複合体であることによってITOおよびTFBとの親和性が高まり、これにより界面の密着安定性が向上したからであると考えられる。
実施例1〜4のいずれにおいても、比較例2のMoOを用いたときと比較して寿命特性LT80が長かった。これは無機物であるMoOを用いたときに比べて、金属と配位子を含有するモリブデン錯体を用いることにより、隣接する電極(ITO)および正孔輸送層a(TFB)との間の界面密着性が高くなったことによると考えられる。
【0152】
[実施例5]
有機EL素子は、透明陽極付ガラス基板の上に、正孔注入輸送層として、Mo錯体の反応生成物を含有する層(正孔注入層)と、正孔輸送性化合物を含有する層(正孔輸送層)との積層体、発光層、正孔ブロック層、電子輸送層、電子注入層、陰極の順番に成膜して積層し、最後に封止して作製した。
まず、透明陽極として酸化インジウム錫(ITO)の薄膜(厚み:150nm)を用いた。ITO付ガラス基板(三容真空社製)をストリップ状にパターン形成した。パターン形成されたITO基板を、中性洗剤、超純水の順番に超音波洗浄し、UVオゾン処理を施した。
【0153】
次に、モリブデンヘキサカルボニルをシクロヘキサノンに0.5wt%溶解させ、大気中100℃で10分加熱して正孔注入輸送層(1)形成用インクを作製した。次に、そのインキを用いてスピンコート法により乾燥後の膜厚が10nmになるように形成した。正孔注入輸送層の塗布後、薄膜中の溶剤を蒸発させるためにホットプレートを用いて200℃で30分間乾燥させた。以上の正孔注入輸送層の塗布による形成と乾燥工程はすべて大気中で行った。
【0154】
次に、作製した正孔注入輸送層の上に、正孔注入輸送層(2)として共役系の高分子材料であるTFB薄膜(厚み:30nm)を形成した。キシレンにTFBを0.7重量%の濃度で溶解させた溶液を、スピンコート法により塗布して成膜した。TFB溶液の塗布後、溶剤を蒸発させるためにホットプレートを用いて200℃で30分乾燥させた。
次に、上記正孔注入輸送層(2)の上に、発光層としてトリス(2−フェニルピリジン)イリジウム(III)(Ir(ppy)3)を発光性ドーパントとして含有し、4,4’−ビス(2、2−カルバゾール−9−イル)ビフェニル(CBP)をホストとして含有した混合薄膜を蒸着形成した。混合薄膜は、真空中(圧力:1×10−4Pa)で抵抗加熱法によりホストとドーパントの体積比が20:1、合計膜厚が40nmになるように共蒸着で形成した。
【0155】
次に、上記発光層の上に、正孔ブロック層としてビス(2−メチル−8−キノリラト)(p−フェニルフェノラート)アルミニウム錯体(BAlq)薄膜を蒸着形成した。BAlq薄膜は、真空中(圧力:1×10−4Pa)で抵抗加熱法により膜厚が15nmになるように形成した。
次に、上記正孔ブロック層の上に、電子輸送層としてトリス(8−キノリノラト)アルミニウム錯体(Alq3)薄膜を蒸着形成した。Alq3薄膜は、真空中(圧力:1×10−4Pa)で抵抗加熱法により膜厚が15nmになるように形成した。
次に、作製した発光層の上に、電子注入層としてLiF(厚み:0.5nm)、陰極としてAl(厚み:100nm)を順次成膜した。真空中(圧力:1×10−4Pa)で、抵抗加熱蒸着法により成膜した。
最後に陰極形成後、グローブボックス内にて無アルカリガラスとUV硬化型エポキシ接着剤を用いて封止し、実施例5の有機EL素子を作製した。
【0156】
[実施例6]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いるモリブデン錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりにモリブデン(II)アセテートダイマー(シグマアルドリッチ製)を用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例6の有機EL素子を作製した。
【0157】
[実施例7]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いるモリブデン錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりにビス(2,4−ペンタジオナト)モリブデンジオキサイド(シグマアルドリッチ製)を用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例7の有機EL素子を作製した。
【0158】
[実施例8]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いるモリブデン錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりに、下記化学式で表わされる1−ナフタレンカルボン酸型モリブデン錯体を用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例8の有機EL素子を作製した。
なお、1−ナフタレンカルボン酸型モリブデン錯体は、合成例1において安息香酸の代わりに、東京化成社製の4−メチル−1−ナフタレンカルボン酸を用いた以外は、合成例1と同様にして合成した。
【0159】
【化7】

【0160】
[実施例9]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いるモリブデン錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりに合成例1の安息香酸型モリブデン錯体を用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例9の有機EL素子を作製した。
【0161】
[実施例10]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いるモリブデン錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりに下記化学式で表わされる4−t−ブチル安息香酸型モリブデン錯体を用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例10の有機EL素子を作製した。
なお、3,5−ジメチル安息香酸型モリブデン錯体は、合成例1において安息香酸の代わりに、東京化成社製の4−t−ブチル安息香酸を用いた以外は、合成例1と同様にして合成した。
【0162】
【化8】

【0163】
[実施例11]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いるモリブデン錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりに下記化学式で表わされる3,5−ジメチル安息香酸型モリブデン錯体を用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例11の有機EL素子を作製した。
なお、3,5−ジメチル安息香酸型モリブデン錯体は、合成例1において安息香酸の代わりに、東京化成社製の3,5−ジメチル安息香酸を用いた以外は、合成例1と同様にして合成した。
【0164】
【化9】

【0165】
[実施例12]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いるモリブデン錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりに下記化学式で表わされる3,4−ジメチル安息香酸型モリブデン錯体を用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例12の有機EL素子を作製した。
なお、3,4−ジメチル安息香酸型モリブデン錯体は、合成例1において安息香酸の代わりに、東京化成社製の3,5−ジメチル安息香酸を用いた以外は、合成例1と同様にして合成した。
【0166】
【化10】

【0167】
[実施例13]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)形成用インクにおける溶媒として、シクロヘキサノンの代わりに安息香酸エチルを用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例13の有機EL素子を作製した。
【0168】
[実施例14]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)形成用インクにおける溶媒として、シクロヘキサノンの代わりにイソプロピルアルコールを用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例13の有機EL素子を作製した。
【0169】
[実施例15]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)に用いる錯体として、モリブデンヘキサカルボニルの代わりにタングステンヘキサカルボニルを用いた以外は、実施例5と同様にして、実施例14の有機EL素子を作製した。
【0170】
[比較例3]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)を作成しなかった以外は、実施例5と同様にして、比較例3の有機EL素子を作製した。
【0171】
[比較例4]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)形成用インクにおける溶媒として、シクロヘキサノンの代わりにトルエンを用いた以外は、実施例5と同様にして、正孔注入輸送層(1)形成用インクを調製した。しかしながら、モリブデン錯体をトルエン中に溶解させることができず、正孔注入輸送層を形成することができず、モリブデン錯体の反応生成物も得ることができなかった。
【0172】
[比較例5]
実施例5において、正孔注入輸送層(1)形成用インクの調製及び正孔注入輸送層の形成の全てをグローブボックス中で行った以外は、実施例5と同様にして比較例5の有機EL素子を作製した。モリブデン錯体はシクロヘキサノンと反応せず、モリブデン錯体の反応生成物が得られなかった(サンプル5のIR測定結果参照)。
【0173】
上記実施例5〜15、並びに比較例3及び5において作製した有機EL素子は、いずれも緑色に発光した。これらについて、10mA/cmでの駆動時の印加電圧、電流効率、及び寿命特性の評価を下記方法により行った。結果を表4に示す。
電流効率は、電流−電圧−輝度(I−V−L)測定により算出した。I−V−L測定は、陰極を接地して陽極に正の直流電圧を100mV刻みで走査(1sec./div.)して印加し、各電圧における電流と輝度を記録して行った。輝度はトプコン(株)製輝度計BM−8を用いて測定した。得られた結果を基に、電流効率(cd/A)は発光面積と電流と輝度から計算して算出した。
有機EL素子の寿命特性は、定電流駆動で輝度が経時的に徐々に低下する様子を観察して評価した。ここでは初期輝度5000cd/mに対して保持率が80%の輝度に劣化するまでの時間(hr.)を寿命(LT80)とした。
【0174】
【表4】

【0175】
<結果のまとめ>
実施例5〜12と比較例3を比較すると、さまざまな種類のMo錯体から反応したモリブデン反応生成物を正孔注入輸送層に用いると、素子の電圧は低くなり、電流効率は高くなり、寿命は長くなることがわかる。また、出発物であるMo錯体の種類に大きく依存しないことがわかる。
実施例5、13,14と比較例4を比較すると、C=O結合のある有機溶媒を用いた場合には、Mo錯体は溶解しながら反応して酸化モリブデンを含む反応生成物を形成するのに対し、芳香族系のトルエンでは反応が進行しないことがわかる。
実施例15と比較例3を比較すると、モリブデンと同属であるタングステンも同様に酸化タングステンを含む反応生成物を形成して、素子特性を向上させる効果があることがわかる。
比較例5では、酸素存在下ではない場合には、Mo錯体の反応が進行しづらく、素子特性は比較例3と同様に非常に悪いことがわかる。
【符号の説明】
【0176】
1 電極
2 正孔注入輸送層
3 有機層
4a 正孔輸送層
4b 正孔注入層
5 発光層
6 電極
7 基板
8 有機半導体層
9 電極
10 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスであって、
前記正孔注入輸送層が、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有し、前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がそれぞれ、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒と反応したモリブデン酸化物又はタングステン酸化物であることを特徴とする、デバイス。
【請求項2】
前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がそれぞれ、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体であることを特徴とする、請求項1に記載のデバイス。
【請求項3】
前記モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物がそれぞれ、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体のアニオン状態で存在することを特徴とする、請求項1又は2に記載のデバイス。
【請求項4】
前記正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物、並びに、正孔輸送性化合物を少なくとも含有することを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載のデバイス。
【請求項5】
前記正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する層と、正孔輸送性化合物を含有する層とが少なくとも積層された層からなることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれかに記載のデバイス。
【請求項6】
前記正孔注入輸送層は、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する層と、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物、並びに、正孔輸送性化合物を少なくとも含有する層とが少なくとも積層された層からなることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれかに記載のデバイス。
【請求項7】
前記正孔輸送性化合物が、正孔輸送性高分子化合物であることを特徴とする、請求項4乃至6のいずれかに記載のデバイス。
【請求項8】
前記デバイスが、少なくとも発光層を含む有機層を含有する有機EL素子である、請求項1乃至7のいずれかに記載のデバイス。
【請求項9】
基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスの製造方法であって、
モリブデン錯体又はタングステン錯体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有する正孔注入輸送層形成用インクを調製する工程と、前記正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上に正孔注入輸送層を形成する工程と、前記モリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とする酸化物化工程とを有することを特徴とする、デバイスの製造方法。
【請求項10】
前記電極上のいずれかの層上に、モリブデン錯体又はタングステン錯体を含有する正孔注入輸送層を形成する工程と、前記正孔注入輸送層中のモリブデン錯体又はタングステン錯体の少なくとも一部をモリブデン酸化物又はタングステン酸化物とする酸化物化工程を有することを特徴とする、請求項9に記載のデバイスの製造方法。
【請求項11】
前記正孔注入輸送層形成用インクを調製する工程後、正孔注入輸送層を形成する工程前に、前記酸化物化工程が実施され、酸化物化された正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上にモリブデン酸化物又はタングステン酸化物を含有する正孔注入輸送層を形成する工程を有することを特徴とする、請求項9に記載のデバイスの製造方法。
【請求項12】
前記酸化物化工程が、酸素存在下で実施されることを特徴とする、請求項9乃至11のいずれかに記載のデバイスの製造方法。
【請求項13】
前記酸化物化工程が、加熱工程を含むことを特徴とする、請求項9乃至12のいずれかに記載のデバイスの製造方法。
【請求項14】
前記酸化物化工程が、光照射工程を含むことを特徴とする、請求項9乃至13のいずれかに記載のデバイスの製造方法。
【請求項15】
前記酸化物化工程が、活性酸素を作用させる工程を含むことを特徴とする、請求項9乃至14のいずれかに記載のデバイスの製造方法。
【請求項16】
モリブデン錯体又はタングステン錯体の反応生成物であるモリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体と、カルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒とを含有することを特徴とする、正孔注入輸送層形成用インク。
【請求項17】
前記モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又はタングステンの酸化数が+5と+6の複合体が、モリブデン錯体又はタングステン錯体とカルボニル基及び/又は水酸基を有する有機溶媒との反応生成物であって、モリブデン酸化物又はタングステン酸化物であることを特徴とする、請求項16に記載の正孔注入輸送層形成用インク。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2010−272891(P2010−272891A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−186710(P2010−186710)
【出願日】平成22年8月24日(2010.8.24)
【分割の表示】特願2009−109764(P2009−109764)の分割
【原出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】