説明

正孔注入輸送層用材料、正孔注入輸送層形成用インク、デバイス、及びこれらの製造方法

【課題】溶液塗布法による正孔注入輸送層の形成が可能で、デバイスの寿命の向上が可能な正孔注入輸送層用材料及びその製造方法、溶液塗布法により正孔注入輸送層を形成可能で、且つ、デバイスの寿命の向上が可能な正孔注入輸送層形成用インク及びその製造方法、高寿命なデバイス及びその製造方法を提供する。
【解決手段】モリブデン錯体と下記化学式(1)で表される化合物との反応生成物である、正孔注入輸送層用材料である。


(化学式(1)中、R、R、X及びXは、酸素原子、硫黄原子、または直接結合を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正孔注入輸送層用材料、正孔注入輸送層形成用インク、デバイス、及びこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機物を用いたデバイスは、有機エレクトロルミネセンス素子(以下、有機EL素子という。)、有機トランジスタ、有機太陽電池、有機半導体等、広範な基本素子及び用途への展開が期待されている。また、その他に正孔注入輸送層を有するデバイスには、量子ドット発光素子、酸化物系化合物太陽電池等がある。
【0003】
有機EL素子は、発光層に到達した電子と正孔とが再結合する際に生じる発光を利用した電荷注入型の自発光デバイスである。この有機EL素子は、1987年にT.W.Tangらにより蛍光性金属キレート錯体とジアミン系分子とからなる薄膜を積層した素子が低い駆動電圧で高輝度な発光を示すことが実証されて以来、活発に開発されている。
【0004】
有機EL素子の素子構造は、陰極/有機層/陽極から構成される。この有機層は、初期の有機EL素子においては発光層/正孔注入層とからなる2層構造であったが、現在では、高い発光効率と長駆動寿命を得るために、電子注入層/電子輸送層/発光層/正孔輸送層/正孔注入層とからなる5層構造など、様々な多層構造が提案されている。
これら電子注入層、電子輸送層、正孔輸送層、正孔注入層などの発光層以外の層には、電荷を発光層へ注入乃至輸送しやすくする効果、あるいはブロックすることにより電子電流と正孔電流のバランスを保持する効果や、光エネルギー励起子の拡散を抑制するなどの効果があるといわれている。
【0005】
電荷輸送能力および電荷注入能力の向上を目的として、酸化性化合物を、正孔輸送性材料に混合して電気伝導度を高くすることが試みられている(特許文献1、特許文献2)。
特許文献1においては、酸化性化合物すなわち電子受容性化合物として、トリフェニルアミン誘導体と六フッ化アンチモン等の対アニオンを含む化合物や7,7,8,8−テトラシアノキノジメタン等の炭素−炭素二重結合の炭素にシアノ基が結合した電子受容性が極めて高い化合物が用いられている。
特許文献2においては、酸化性ドーパントとして、一般的な酸化剤が挙げられ、ハロゲン化金属、ルイス酸、有機酸、及びアリールアミンとハロゲン化金属又はルイス酸との塩が挙げられている。
【0006】
特許文献3〜6においては、酸化性化合物すなわち電子受容性化合物として、化合物半導体である金属酸化物が用いられている。注入特性や電荷移動特性が良い正孔注入層を得ることを目的として、例えば五酸化バナジウムや三酸化モリブデンなどの金属酸化物を用いて蒸着法で薄膜を形成したり、或いはモリブデン酸化物とアミン系の低分子化合物との共蒸着により混合膜を形成している。
特許文献7においては、五酸化バナジウムの塗膜形成の試みとして、酸化性化合物すなわち電子受容性化合物として、オキソバナジウム(V)トリ−i−プロポキシドオキシドを溶解させた溶液を用い、それと正孔輸送性高分子との混合塗膜の形成後に水蒸気中で加水分解させてバナジウム酸化物として、電荷移動錯体を形成させる作製方法が挙げられている。
特許文献8においては、三酸化モリブデンの塗膜形成の試みとして、三酸化モリブデンを物理的に粉砕して作製した微粒子を溶液に分散させてスラリーを作製し、それを塗工して正孔注入層を形成して長寿命な有機EL素子を作製することが記載されている。
【0007】
一方、有機トランジスタは、π共役系の有機高分子や有機低分子からなる有機半導体材料をチャネル領域に使用した薄膜トランジスタである。一般的な有機トランジスタは、基板、ゲート電極、ゲート絶縁層、ソース電極及びドレイン電極、及び有機半導体層の構成からなる。有機トランジスタにおいては、ゲート電極に印加するゲート電圧を変化させることで、ゲート絶縁膜と有機半導体膜の界面の電荷量を制御し、ソース電極及びドレイン電極間の電流値を変化させてスイッチングを行なう。
【0008】
有機半導体層とソース電極またはドレイン電極との電荷注入障壁を低減することにより、有機トランジスタのオン電流値を向上させ、かつ素子特性を安定化させる試みとして、有機半導体中に電荷移動錯体を導入することによって、電極近傍の有機半導体層中のキャリア密度を増加させることが知られている(例えば、特許文献9)。
しかしながら、特許文献1から特許文献9で開示されたような酸化性材料を正孔輸送性材料に用いても、長寿命素子の実現は困難であるか、更に寿命を向上させる必要があった。
【0009】
特許文献10には、溶液塗布法により正孔注入輸送層を形成し、デバイスの寿命が向上する手法として、モリブデン錯体の反応生成物又はタングステン錯体の反応生成物を含有する正孔注入輸送層を有するデバイスが開示されている。しかしながら、デバイスの寿命の更なる向上が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000−36390号公報
【特許文献2】特許第3748491号公報
【特許文献3】特開2006−155978号公報
【特許文献4】特開2007−287586号公報
【特許文献5】特許第3748110号公報
【特許文献6】特許第2824411公報
【特許文献7】SID 07 DIGEST p.1840-1843 (2007)
【特許文献8】特開2008−041894号公報
【特許文献9】特開2002−204012号公報
【特許文献10】特開2009−290205号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1、2、及び9で開示されている酸化性材料では長寿命素子の実現が困難であるのは、正孔輸送性材料への酸化能力が低いか、材料が一部で凝集したり、隣接層との界面に析出するなど、薄膜中での分散安定性が悪いためと推測される。このような駆動中における分散安定性の変化は、素子中のキャリア注入や輸送を変化させるために、寿命特性に悪影響を及ぼすと考えられる。また、特許文献3〜5で開示されている金属酸化物では、正孔注入特性は向上するものの、隣接する有機化合物層との界面の密着性が不十分になり、寿命特性に悪影響を及ぼしていると考えられる。
【0012】
また、特許文献1から特許文献9で開示されていたような酸化性材料は、溶液塗布法により成膜する正孔輸送性高分子化合物と、同時に溶解するような溶剤溶解性が十分ではなく、酸化性材料のみで凝集しやすかったり、使用可能な溶剤種も限られるため汎用性に欠けるなどの問題があった。特に無機化合物のモリブデン酸化物においては比較的高い特性が得られているものの、溶剤に不溶であり溶液塗布法を用いることができないという課題があった。特許文献8のように酸化モリブデン微粒子を溶媒に分散させたスラリーを用いても、微粒子の溶液化が不安定なため、塗布膜作製の際に凹凸の大きな平滑性が悪い膜しか形成できず、デバイスの短絡の原因となる。さらに、無機化合物のモリブデン酸化物は酸素欠損型の酸化物半導体で、電気伝導性は酸化数+6のMoOよりも酸化数+5のMoは常温で良導体であるが大気中では不安定であり、容易に熱蒸着できる化合物は、MoOあるいはMoOなどの安定な価数をもつ酸化化合物に限定される。
また、特許文献7には、オキソバナジウム(V)トリ−i−プロポキシドオキシドと正孔輸送性高分子との混合塗膜の形成後に水蒸気中で加水分解させてバナジウム酸化物として、電荷移動錯体を形成させる作製方法が挙げられている。しかしながら、特許文献7では、加水分解−重縮合反応により固化するため、バナジウムが凝集し易く、膜質制御が困難で、良好な膜が得られない。また、オキソバナジウム(V)トリ−i−プロポキシドオキシドだけでは塗膜にならないため、正孔輸送性高分子と混合しているので、特許文献7の塗膜は有機成分濃度が必然的に高く、素子の寿命の有効成分と考えられるバナジウムの濃度が不十分となる。その結果、特許文献7では、寿命特性や素子特性に更なる改善が必要であった。
また、特許文献10に記載のモリブデン錯体の反応生成物の場合、正孔輸送性高分子化合物の良溶媒である芳香族炭化水素系溶剤に対する溶剤溶解性が十分でなく、モリブデン錯体の反応生成物が凝集しやすい場合があった。また、未反応のカルボニル基や水酸基を有する有機溶媒や当該有機溶媒の反応生成物が混在して、寿命に悪影響を与えている可能性が考えられた。
成膜性や薄膜の安定性は素子の寿命特性と大きく関係する。一般的に有機EL素子の寿命とは、一定電流駆動などで連続駆動させたときの輝度半減時間とし、輝度半減時間が長い素子ほど長駆動寿命であるという。
【0013】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、溶液塗布法による正孔注入輸送層の形成が可能で、デバイスの寿命の向上が可能な正孔注入輸送層用材料及びその製造方法、溶液塗布法により正孔注入輸送層を形成可能で、且つ、デバイスの寿命の向上が可能な正孔注入輸送層形成用インク及びその製造方法、高寿命なデバイス及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、モリブデン錯体と、特定の化合物との反応生成物を正孔注入輸送層用材料として用いることにより、溶液塗布法による正孔注入輸送層の形成が可能で、デバイスの寿命の向上が可能であるとの知見を得た。
本発明は、係る知見に基づいて完成したものである。
【0015】
本発明に係る正孔注入輸送層用材料は、モリブデン錯体と下記化学式(1)で表される化合物との反応生成物であることを特徴とする。
また、本発明に係る正孔注入輸送層用材料の製造方法は、モリブデン錯体と下記化学式(1)で表される化合物との混合物を加熱して反応生成物を得る工程と、反応液から未反応の前記化学式(1)で表される化合物を除去する工程とを有することを特徴とする。
【0016】
【化1】

(化学式(1)中、R及びRは、それぞれ独立に、置換基を有していてもよく、ヘテロ原子を含んでいても良い炭化水素基を表す。X及びXは、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は直接結合を表す。但し、R及びRの炭素数の合計が5以上である。)
【0017】
本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクは、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料と、芳香族炭化水素系溶剤とを含有することを特徴とする。
また、本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクの製造方法は、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料、又は前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料の製造方法により得られた正孔注入輸送層用材料を、芳香族炭化水素系溶剤に溶解する工程を有することを特徴とする。
【0018】
本発明に係るデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうち2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスであって、前記正孔注入輸送層が、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料を含有することを特徴とする。
本発明に係るデバイスの製造方法は、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうち2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスの製造方法であって、前記本発明に係る正孔注入輸送層形成用インク、又は前記本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクの製造方法により得られた正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層状上に正孔注入輸送層を形成する工程を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、溶液塗布法による正孔注入輸送層の形成が可能で、デバイスの寿命の向上が可能な正孔注入輸送層用材料及びその製造方法、溶液塗布法により正孔注入輸送層を形成可能で、且つ、デバイスの寿命の向上が可能な正孔注入輸送層形成用インク及びその製造方法、高寿命なデバイス及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係るデバイスの基本的な層構成を示す断面概念図である。
【図2】本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の一例を示す断面模式図である。
【図3】本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の他の一例を示す断面模式図である。
【図4】本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の他の一例を示す断面模式図である。
【図5】本発明に係るデバイスの別の実施形態である有機トランジスタの層構成の一例を示す断面模式図である。
【図6】本発明に係るデバイスの別の実施形態である有機トランジスタの層構成の他の一例を示す断面模式図である。
【図7】実施例1で得られた反応生成物1のIRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.正孔注入輸送層用材料及びその製造方法
本発明に係る正孔注入輸送層用材料は、モリブデン錯体と下記化学式(1)で表される化合物との反応生成物であることを特徴とする。
【0022】
【化2】

(化学式(1)中、R及びRは、それぞれ独立に、置換基を有していてもよく、ヘテロ原子を含んでいても良い炭化水素基を表す。X及びXは、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は直接結合を表す。但し、R及びRの炭素数の合計が5以上である。)
【0023】
本発明の正孔注入輸送層用材料を含有する正孔注入輸送層を有するデバイスは、正孔注入特性が向上し、且つ、当該デバイスの寿命が向上する。
本発明に係る正孔注入輸送層用材料は、モリブデン錯体と上記化学式(1)で表される化合物との反応生成物であることから、電荷移動錯体を形成可能で正孔注入特性を向上し、且つ、隣接する電極や有機層との密着性にも優れた、安定性の高い膜となるため、素子の長寿命化を達成可能である。また、溶液塗布法を用いて前記正孔注入輸送層を形成可能であり、この場合には、製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能である。
【0024】
このように、本発明のデバイスに用いられる上記モリブデン錯体の反応生成物が素子の寿命を向上できるのは、以下のように推定される。すなわち、モリブデン錯体は、反応性が高く、上記化学式(1)で表される化合物との酸化還元反応を経て錯体同士で反応生成物を形成したり、前記化学式(1)で表される化合物が配位した構造を有する反応生成物を形成したり、更にこれら反応生成物の混合物又は複合体を反応生成物として形成し得る。
当該モリブデン錯体の反応生成物は、正孔輸送性化合物との間で、或いは錯体の反応生成物同士で、電荷移動錯体を形成し易いため、正孔注入輸送層の電荷注入輸送能力を効率よく向上することが可能になり、寿命を向上できると推定される。特に本発明のモリブデン錯体の反応生成物は、特定の構造の上記化学式(1)で表される化合物との反応生成物であることから、上記化学式(1)で表される化合物が反応生成物に組み込まれることにより、溶剤溶解性が向上し、且つ正孔輸送性化合物との親和性が向上するものと推測される。特に、正孔輸送性化合物の良溶媒で且つデバイス性能に悪影響を与え難い溶剤、例えば芳香族炭化水素系溶剤に対する溶解性も向上する。このような溶剤溶解性や共存し得る正孔輸送性化合物との親和性が向上し、モリブデン錯体の反応生成物同士が凝集し難くなり、塗膜中での分散性や分散安定性が従来よりも向上し、正孔注入輸送層の電荷注入輸送能力を効率よく向上することが可能になり、寿命を向上できると推定される。
また、錯体の反応生成物は、無機化合物の酸化物と異なり、金属の価数や配位子により、電荷注入性や電荷輸送性をコントロールできるが、上記化学式(1)で表される化合物との反応生成物の場合に、電荷注入性や電荷輸送性が向上する可能性も考えられる。
更に、上記化学式(1)で表される化合物は、当該化合物同士が重合等を起こし難く、反応生成物を生成後、反応液から未反応の上記化学式(1)で表される化合物を除去し易いため、従来に比べてデバイス性能に悪影響を与え難いことも推定される。
以上の相乗効果から、当該モリブデン錯体の反応生成物である本発明の正孔注入輸送層用材料は、特に寿命が向上したデバイスを実現できると推定される。
【0025】
(モリブデン錯体)
本発明において用いられるモリブデン錯体は、モリブデンを含む配位化合物であって、モリブデンの他に配位子を含む。モリブデン錯体としては、酸化数−2から+6までの錯体がある。
配位子の種類は適宜選択され、特に限定されないが、化学式(1)で表される化合物との相溶性の点からは、炭素原子を含むことが好ましく、更に炭素原子と酸素原子を含むことが好ましい。また、配位子は、例えば200℃以下などの比較的低温で錯体から分解するものであることが好ましい。
【0026】
単座配位子としては、例えば、アシル、カルボニル、チオシアネート、イソシアネート、シアネート、イソシアネート、ハロゲン原子等が挙げられる。中でも、比較的低温で分解しやすいカルボニルが好ましい。
【0027】
また、芳香環及び複素環の少なくとも1つを含む構造としては、具体的には例えば、ベンゼン、トリフェニルアミン、フルオレン、ビフェニル、ピレン、アントラセン、カルバゾール、フェニルピリジン、トリチオフェン、フェニルオキサジアゾール、フェニルトリアゾール、ベンゾイミダゾール、フェニルトリアジン、ベンゾジアチアジン、フェニルキノキサリン、フェニレンビニレン、フェニルシロール、及びこれらの構造の組み合わせ等が挙げられる。
また、本発明の効果を損なわない限り、芳香環及び複素環の少なくとも1つを含む構造に置換基を有していても良い。置換基としては、例えば、炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基、ハロゲン原子、炭素数1〜20のアルコキシ基、シアノ基、ニトロ基等が挙げられる。炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基の中では、炭素数1〜12の直鎖または分岐のアルキル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等が好ましい。
【0028】
また、配位子としては、単座配位子又は二座配位子が、モリブデン錯体の反応性が高くなる点から好ましい。錯体自身が安定になりすぎると反応性が劣る場合がある。
【0029】
酸化数0以下のモリブデン錯体としては、例えば、金属カルボニル[Mo−II(CO)2−、[(CO)Mo−IMo−I(CO)2−、[Mo(CO)]等が挙げられる。
また、酸化数が+1のモリブデン(I)錯体としては、ジホスファンやη−シクロペンタジエニドを含む非ウェルナー型錯体が挙げられ、具体的には、Mo(η−C、[MoCl(N)(diphos)]等が挙げられる。なお、diphosは、2座配位子の(CPCHCHP(Cである。
【0030】
酸化数が+2のモリブデン(II)錯体としては、モリブデンが2核錯体となって、(Mo4+イオンの状態で存在するMo化合物が挙げられ、例えば、[Mo(RCOO)]や[Mo(RCOO)]などが挙げられる。ここで前記RCOOのうちのRは、置換基を有していてもよい炭化水素基であり、各種カルボン酸を用いることができる。カルボン酸としては、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸や酪酸、吉草酸などの脂肪酸、トリフルオロメタンカルボン酸などのハロゲン化アルキルカルボン酸、安息香酸、ナフタレンカルボン酸、アントラセンカルボン酸、2−フェニルプロパン酸、ケイ皮酸、フルオレンカルボン酸などの炭化水素芳香族カルボン酸、フランカルボン酸やチオフェンカルボン酸、ピリジンカルボン酸などの複素環カルボン酸等が挙げられる。また、後述するような、アリールアミン誘導体、カルバゾール誘導体、チオフェン誘導体、フルオレン誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体等の正孔輸送性化合物がカルボキシル基を有する構造であるカルボン酸であっても良い。中でも、カルボン酸に、上述のような芳香環及び複素環の少なくとも1つを含む構造が好適に用いられる。カルボン酸は選択肢が多く、混合する正孔輸送性化合物との相互作用を最適化したり、正孔注入輸送機能を最適化したり、隣接する層との密着性を最適化するのに適した配位子である。また前記Xはハロゲンやアルコキシドであり、塩素、臭素、ヨウ素やメトキシド、エトキシド、イソプロポキシド、sec−ブチトキシド、tert−ブチトキシドを用いることができる。またLは中性の配位子であり、P(n−CやP(CHなどのトリアルキルホスフィンやトリフェニルホスフィンなどのトリアリールホスフィンを用いることができる。
酸化数が+2のモリブデン(II)錯体としては、その他、[MoII]、[MoII]などのハロゲン錯体を用いることができ、例えば、[MoIIBr(P(n−C]や[MoIII(diars)]などが挙げられる。なお、diarsは、ジアルシンである(CHAs−C−As(CHである。
【0031】
酸化数が+3のモリブデン(III)錯体としては、例えば、[(RO)Mo≡Mo(OR)]や、[Mo(CN)(HO)]4−などが挙げられる。Rは炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基である。炭素数1〜20の直鎖または分岐のアルキル基の中では、炭素数1〜12の直鎖または分岐のアルキル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基等が好ましい。
また、酸化数が+4のモリブデン(IV)錯体としては、例えば、[Mo{N(CH]、[Mo(CN)4−、それにオキソ配位子をもつMoOの錯体や、O2−で2重架橋したMo4+の錯体が挙げられる。
【0032】
酸化数が+5のモリブデン(V)錯体としては、例えば、[Mo(CN)3−や、Mo=Oがトランス位でO2−で架橋された2核のMo4+を有するオキソ錯体としては例えばキサントゲン酸錯体Mo(SCOC、Mo=Oがシス位でO2−で2重架橋された2核のMo2+を有するオキソ錯体としては例えばヒスチジン錯体[Mo(L−histidine)・3HOなどが挙げられる。
また、酸化数が+6のモリブデン(VI)錯体としては、例えば、MoO(acetylacetonate)]が挙げられる。
なお、2核以上の錯体の場合には、混合原子価錯体もある。
【0033】
モリブデン錯体の反応生成物としては、それぞれ、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体であることが、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。更に、前記モリブデン錯体の反応生成物の反応生成物が、モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体又のアニオン状態で存在することが、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0034】
モリブデンの酸化数が+5と+6の複合体である場合に、酸化数が+6のモリブデン100モルに対して、酸化数が+5のモリブデンが10モル以上であることが、駆動電圧の低下や素子寿命を向上させる点から好ましい。
【0035】
(化学式(1)で表される化合物)
本発明において、モリブデン錯体と反応させる化合物は、下記化学式(1)で表される化合物である。下記化学式(1)で表される化合物は、βジケトン構造を有し、且つ、末端の炭素数の合計が5以上であることから、モリブデン錯体との反応性が高く、当該化合物が組み込まれた反応生成物は溶剤溶解性が高くなる。
【0036】
【化3】

(化学式(1)中、R及びRは、それぞれ独立に、置換基を有していてもよく、ヘテロ原子を含んでいても良い炭化水素基を表す。X及びXは、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は直接結合を表す。但し、R及びRの炭素数の合計が5以上である。)
【0037】
及びRにおける炭化水素基としては、直鎖、分岐又は環状の飽和又は不飽和脂肪族炭化水素基、或いは、単環又は多環芳香族基、或いは、これらの組み合わせが挙げられ、ヘテロ原子として、酸素原子、硫黄原子、窒素原子等が含まれていてもよい。
及びRの炭化水素基が有していてもよい置換基としては、ハロゲン原子、メトキシ基などのアルコキシ基、シクロヘキシルオキシ基などのシクロアルコキシ基、フェノキシ基などのアリールオキシ基、メチルチオ基などのアルキルチオ基、フェニルチオ基などのアリールチオ基、アセチル基などのアシルオキシ基等が挙げられる。
【0038】
及びRで表される炭化水素基としては、メチル基などのアルキル基、シクロペンチル基などのシクロアルキル基、ビニル基などのアルケニル基、エチニル基などのアルキニル基、フェニル基などのアリール基、ピリジル基などの芳香族複素環基、ピロリジル基などの脂肪族複素環基、ベンジル基などのアリールアルキル基、1,3,5−トリメチルフェニル基などのアルキルアリール基などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
また、R及びRにおける置換基を有する炭化水素基としては、例えば、ヘプタフルオロプロピル基などのフッ化炭化水素基等のハロゲン化炭化水素基、メトキシメチル基などのアルコキシアルキル基、メトキシフェニル基などのアルコキシアリール基、フェノキシメチル基などのアリールオキシアルキル基、メチルチオメチル基などのアルキルチオアルキル基、メチルチオフェニル基などのアルキルチオアリール基、フェニルチオメチル基などのアリールチオアルキル基、アセチルメチル基などのアシルアルキル基、アセチルフェニル基などのアシルアリール基、アセトキシプロピル基などのアシルオキシアルキル基、アセトキシフェニル基などのアシルオキシアリール基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0040】
本発明においては、前記R及びRの少なくとも一方は、炭素数が4以上であることが、デバイスの寿命の向上が可能で、溶液塗布法による正孔注入輸送層の形成が容易となることから好ましい。ここでの炭素数は、置換基の炭素数も含まれる。
中でも、前記R及びRの少なくとも一方は、脂肪族炭化水素基を含み、且つ炭素数が4以上であることが好ましく、具体的には、前記R及びRの少なくとも一方が、炭素数が4以上であって且つ、直鎖、分岐又は環状の飽和又は不飽和脂肪族炭化水素基、アルコキシアルキル基、アルコキシアリール基、アリールオキシアルキル基、アルキルチオアルキル基、アルキルチオアリール基、アリールチオアルキル基、アシルアルキル基、アシルアリール基、アシルオキシアルキル基、及びアシルオキシアリール基よりなる群から選択される1種以上であることが好ましい。R及びRの少なくとも一方が、脂肪族炭化水素基を含み、且つ炭素数が4以上である場合には、溶剤溶解性の向上や、正孔輸送性化合物との相溶性が向上し、溶液塗布法による正孔注入輸送層の形成が容易となり、デバイスの寿命が向上する。中でも、更に前記R及びRの合計炭素数が8以上であることが好ましい。
また、化学式(1)で表される化合物は、分子中にオキシ基又はチオ基を含むことが、溶剤溶解性が向上し、デバイスの寿命が向上する点から好ましい。
【0041】
及びXは、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は直接結合を表す。中でも、デバイスの寿命の向上の点からは、酸素原子、又は直接結合であることが好ましく、直接結合であることがより更に好ましい。
【0042】
本発明において、前記化学式(1)で表される化合物は、反応生成物の原料であるが、前記モリブデン錯体の溶媒として機能することが好ましい。中でも、前記化学式(1)で表される化合物が前記モリブデン錯体を25℃で1質量%以上溶解することが好ましく、5質量%以上溶解することが更に好ましく、10質量%以上溶解することがより更に好ましい。この場合、前記反応生成物を得る工程において、他の溶媒が不要又は少量添加で反応可能となり、反応効率が高くなり、且つ、デバイスの寿命が向上する。
前記化学式(1)で表される化合物は、25℃で液体であることが好ましいが、25℃で液体であるものに限定されるものではない。
前記化学式(1)で表される化合物は、合成反応時に前記モリブデン錯体の溶媒として機能することが容易になる点から、融点が150℃以下であることが好ましく、更に80℃以下であることが好ましい。また、粘度が20mPa・s以下であることが好ましい。
【0043】
前記化学式(1)で表される化合物としては、前記R、R、X及びXの任意の組み合わせが挙げられる。
前記化学式(1)で表される化合物は、市販で入手可能な他、例えば、金属触媒存在下、酸塩化物とハロゲン化化合物を用いたクロスカップリング反応等により合成で入手可能である。
【0044】
(反応生成物)
本発明における反応生成物は、上記化学式(1)で表される化合物との酸化還元反応を経て錯体同士で反応した反応生成物、前記化学式(1)で表される化合物が配位した構造を有する反応生成物、或いは、これら反応生成物の混合物又は複合体であると推測され、上記化学式(1)で表される化合物由来の構造を少なくとも一部に有すると推測される。
【0045】
更に、本発明において反応生成物は、モリブデン酸化物であることが好ましい。当該モリブデン酸化物は、前記モリブデン錯体と、前記化学式(1)で表される化合物との混合物に対して、酸化物化工程を経ることにより得られる。酸化物化工程としては、例えば、加熱工程、光照射工程、活性酸素を作用させる工程等が挙げられ、これらを適宜併用してもよいが、本発明においては、大気中で自然酸化させてもよい。
【0046】
また、本発明の正孔注入輸送層用材料は、トルエン、キシレン、アニソール、及びメシチレンよりなる群から選択される少なくとも1種の芳香族炭化水素系溶剤に、25℃で0.1質量%以上溶解することが、溶液塗布法により正孔注入輸送層の形成が容易で、且つ、これら芳香族炭化水素系溶剤が正孔輸送性化合物の良溶媒で且つデバイス性能に悪影響を与え難い溶剤であることから、高寿命なデバイスが得られる点から好ましい。
【0047】
(正孔注入輸送層用材料の製造方法)
本発明に係る正孔注入輸送層用材料の製造方法は、モリブデン錯体と下記化学式(1)で表される化合物との混合物を加熱して反応生成物を得る工程と、反応液から未反応の前記化学式(1)で表される化合物を除去する工程とを有することを特徴とする。
【0048】
【化4】

(化学式(1)中、R及びRは、それぞれ独立に、置換基を有していてもよく、ヘテロ原子を含んでいても良い炭化水素基を表す。X及びXは、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は直接結合を表す。但し、R及びRの炭素数の合計が5以上である。)
【0049】
<反応生成物を得る工程>
本工程においては、まず、モリブデン錯体と前記化学式(1)で表される化合物とを混合して、混合物を調製する。前述のように、前記化学式(1)で表される化合物は、前記モリブデン錯体の溶媒として機能することが好ましく、前記混合物に前記化学式(1)で表される化合物以外の有機溶剤を実質的に含まないことが好ましい。この場合、前記反応生成物を得る工程において、反応効率が高くなり、且つ、デバイスの寿命が向上する。なお、ここでの実質的に含まないとは、前記混合物中に1.0質量%以下しか含有しないことをいう。しかしながら、前記モリブデン錯体として昇華し易い錯体を用いる場合には、少量の芳香族炭化水素系溶剤等を添加して還流させながら反応した方が、収率が向上する点から好ましい。以上のことから、前記化学式(1)で表される化合物は、前記モリブデン錯体の溶媒であり、前記化学式(1)で表される化合物以外の有機溶剤を前記混合物中に10.0質量%以下しか含有しないことが好ましい。
前記化学式(1)で表される化合物の含有量は、モリブデン錯体100質量部に対して、200質量部〜1000質量部であることが反応収率を向上させる点から好ましい。
【0050】
加熱温度は、特に制限はないが、通常100℃〜200℃程度であり、副反応を抑制する点から120℃〜160℃であることが好ましい。加熱温度により、前記モリブデン錯体の反応性や、当該モリブデン錯体同士の相互作用や、当該モリブデン錯体の正孔輸送性化合物に対する相互作用に違いが生じるため、適宜調節することが好ましい。また、加熱時の圧力に特に制限はないが、常圧〜0.1MPaが望ましく、常圧がさらに望ましい。また上記加熱時間は、合成量や反応温度等により変動する場合があるので一概には言えないが、通常0.1時間〜24時間、好ましくは1時間〜10時間の範囲に設定される。
また、上記加熱は、アルゴン雰囲気下や窒素雰囲気下など、脱酸素系で行われることが、副反応を抑制する点から好ましい。なお、アルゴン雰囲気下や窒素雰囲気下においても、残留酸素により酸化され得る。アルゴン雰囲気下や窒素雰囲気下の目安としては、例えば、10−1Pa程度に排気した後、アルゴン又は窒素が導入された状態であることが好ましい。
上記加熱手段としては、オイルバスやマントルヒーターなどによる加熱が挙げられる。
【0051】
反応生成物を生成する際に、光照射工程や活性酸素を作用させる工程を更に有しても良い。
光照射工程を用いる場合には、光照射手段としては、紫外線を露光する方法等が挙げられる。光照射量により、前記モリブデン錯体の反応性や、当該モリブデン錯体同士の相互作用や当該モリブデン錯体の正孔輸送性化合物に対する相互作用に違いが生じるため、適宜調節することが好ましい。
【0052】
活性酸素を作用させる工程を用いる場合には、活性酸素を作用させる手段としては、紫外線によって活性酸素を発生させて作用させる方法や、酸化チタンなどの光触媒に紫外線を照射することによって活性酸素を発生させて作用させる方法が挙げられる。活性酸素量により、前記モリブデン錯体の反応性や、当該モリブデン錯体の正孔輸送性化合物に対する相互作用や当該モリブデン錯体同士の相互作用に違いが生じるため、適宜調節することが好ましい。
【0053】
<未反応の化学式(1)で表される化合物を除去する工程>
反応液から未反応の前記化学式(1)で表される化合物を除去する方法としては、例えば、加熱する方法、カラムクロマトグラフィーによる分離等が挙げられる。
加熱温度は、特に制限はないが、通常40℃〜200℃程度であり、60℃〜150℃であることが好ましい。加熱時の圧力に特に制限はないが、0.1MPa以下の減圧下で行われることが好ましい。また加熱時間は、得られた反応液の量により変動する場合があるので適宜設定されれば良い。
上記工程により得られた反応液から、未反応の化学式(1)で表される化合物を除去することにより、反応生成物が純度よく得られ、デバイスの寿命を向上することができる。
【0054】
2.正孔注入輸送層形成用インク及びその製造方法
本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクは、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料と、芳香族炭化水素系溶剤とを含有することを特徴とする。
【0055】
本発明の正孔注入輸送層形成用インクによれば、溶液塗布法により正孔注入輸送層を形成可能で、長寿命なデバイスを得ることができる。
前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料は、前述の通り、電荷移動錯体を形成可能で、正孔注入特性を向上すると共に、有機溶剤への溶解性が向上したものである。このため、本発明の正孔注入輸送層用材料は、芳香族炭化水素系溶剤を用いて正孔注入輸送層形成用インクを調製した際に、均一に溶解又は分散し、当該インク中、及び塗膜中で、正孔注入輸送層用材料凝集が起こりにくいものと推測される。したがって、芳香族炭化水素系溶剤を用いた溶液塗布法によっても、正孔注入輸送層用材料が均一に分散した正孔注入輸送層を得ることができるため、正孔注入特性が向上し、且つ、当該正孔注入輸送層を有するデバイスは寿命が向上するものと推測される。
更に本発明の正孔注入輸送層形成用インクにおいては、溶剤として、芳香族炭化水素系溶剤を用いているため、溶液塗布法により正孔注入輸送層の塗膜を形成後、当該溶剤は、除去し易く、又は残留しても素子に悪影響を与え難い。このため、得られた正孔注入輸送層においては、不純物となる溶剤の影響が低減され、長寿命なデバイスを得ることができるものと推測される。
本発明の正孔注入輸送層形成用インクは、少なくとも正孔注入輸送層用材料と、芳香族炭化水素系溶剤とを含有するものであり、必要に応じて他の成分を含有してもよいものである。
以下、このような本発明の正孔注入輸送層形成用インクの各成分について説明する。なお、正孔注入輸送層用材料については前記したとおりであるので、ここでの説明は省略する。
【0056】
(芳香族炭化水素系溶剤)
本発明において芳香族炭化水素系溶剤は、特に限定されない。中でも、正孔注入輸送層用材料が均一に分散した正孔注入輸送層が得られる点から、25℃で、前記本発明の正孔注入輸送層用材料を0.1質量%以上溶解する溶剤が好ましい。また、正孔注入輸送層中で溶剤が残留し難く、長寿命なデバイスが得られる点からは、沸点が250℃以下の溶剤を用いることが好ましい。
このような芳香族炭化水素系溶剤としては、例えば、トルエン、キシレン、アニソール、メシチレン等が挙げられる。
【0057】
(正孔輸送性化合物)
本発明の正孔注入輸送層形成用インクにおいては、更に、正孔輸送性化合物を含有することが、膜の安定性が高くなり、且つ、正孔輸送能力が向上する点から好ましい。
正孔輸送性化合物としては、特に限定されず、正孔輸送性を有する化合物であれば、適宜用いることができる。ここで、正孔輸送性とは、公知の光電流法により、正孔輸送による過電流が観測されることを意味する。
正孔輸送性化合物としては、低分子化合物の他、高分子化合物も好適に用いられる。正孔輸送性高分子化合物は、正孔輸送性を有し、且つ、ゲル浸透クロマトグラフィーのポリスチレン換算値による質量平均分子量が2000以上の高分子化合物をいう。本発明の正孔注入輸送層においては、溶液塗布法により安定な膜を形成することを目的として、正孔輸送性材料としては有機溶媒に溶解しやすく且つ化合物が凝集し難い安定な塗膜を形成可能な高分子化合物を用いることが好ましい。
【0058】
正孔輸送性化合物としては、特に限定されることなく、例えばアリールアミン誘導体、アントラセン誘導体、カルバゾール誘導体、チオフェン誘導体、フルオレン誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体、スピロ化合物等を挙げることができる。
また、正孔輸送性高分子化合物としては、例えばアリールアミン誘導体、アントラセン誘導体、カルバゾール誘導体、チオフェン誘導体、フルオレン誘導体、ジスチリルベンゼン誘導体、スピロ化合物等を繰り返し単位に含む重合体を挙げることができる。
【0059】
正孔輸送性高分子化合物としては、中でも、下記一般式(2)で示される化合物であることが、隣接する有機層との密着安定性が良好になりやすく、HOMOエネルギー値が陽極基板と発光層材料の間である点からも好ましい。
【0060】
【化5】

(式(2)において、Ar〜Arは、相互に同一であっても異なっていてもよく、共役結合に関する炭素原子数が6個以上60個以下からなる未置換もしくは置換の芳香族炭化水素基、または共役結合に関する炭素原子数が4個以上60個以下からなる未置換もしくは置換の複素環基を示す。nは0〜10000、mは0〜10000であり、n+m=10〜20000である。また、2つの繰り返し単位の配列は任意である。)
【0061】
また、2つの繰り返し単位の配列は任意であり、例えば、ランダム共重合体、交互共重合体、周期的共重合体、ブロック共重合体のいずれであってもよい。
nの平均は、5〜5000であることが好ましく、更に10〜3000であることが好ましい。また、mの平均は、5〜5000であることが好ましく、更に10〜3000であることが好ましい。また、n+mの平均は、10〜10000であることが好ましく、更に20〜6000であることが好ましい。
【0062】
上記一般式(2)のAr〜Arにおいて、芳香族炭化水素基における芳香族炭化水素としては、具体的には例えば、ベンゼン、フルオレン、ナフタレン、アントラセン、及びこれらの組み合わせ、並びにそれらの誘導体、更に、フェニレンビニレン誘導体、スチリル誘導体等が挙げられる。また、複素環基における複素環としては、具体的には例えば、チオフェン、ピリジン、ピロール、カルバゾール、及びこれらの組み合わせ、並びにそれらの誘導体等が挙げられる。
【0063】
上記一般式(2)のAr〜Arが置換基を有する場合、当該置換基は、炭素数1〜12の直鎖または分岐のアルキル基やアルケニル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、ビニル基、アリル基等であることが好ましい。
【0064】
上記一般式(2)で示される化合物として、具体的には例えば、下記式(3)で示されるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(4,4’−(N−(4−sec−ブチルフェニル))ジフェニルアミン)](TFB)、下記式(4)で示されるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−alt−co−(N,N’−ビス{4−ブチルフェニル}−ベンジジンN,N’−{1,4−ジフェニレン})]、下記式(5)で示されるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)](PFO)が好適な化合物として挙げられる。
【0065】
【化6】

【0066】
【化7】

【0067】
【化8】

【0068】
本発明の正孔注入輸送層において、前記正孔輸送性化合物が用いられる場合には、正孔輸送性化合物の含有量は、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料100質量部に対して、10質量部〜10000質量部であることが、正孔注入輸送性を高くし、且つ、膜の安定性が高く長寿命を達成する点から好ましい。
正孔注入輸送層において、前記正孔輸送性化合物の含有量が少なすぎると、正孔輸送性化合物を混合した相乗効果が得られ難い。一方、前記正孔輸送性化合物の含有量が多すぎると、前記正孔注入輸送層用材料を用いる効果が得られ難くなる。
【0069】
(添加剤)
本発明の正孔注入輸送層形成用インクは、本発明の効果を損なわない限り、バインダー樹脂や硬化性樹脂や塗布性改良剤などの添加剤を含んでいても良い。バインダー樹脂としては、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリアリレート、ポリエステル等が挙げられる。また、熱または光等により硬化するバインダー樹脂を含有していてもよい。熱または光等により硬化する材料としては、上記正孔輸送性化合物において分子内に硬化性の官能基が導入されたもの、あるいは、硬化性樹脂等を使用することができる。具体的に、硬化性の官能基としては、アクリロイル基やメタクリロイル基などのアクリル系の官能基、またはビニレン基、エポキシ基、イソシアネート基等を挙げることができる。硬化性樹脂としては、熱硬化性樹脂であっても光硬化性樹脂であってもよく、例えばエポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコン樹脂、シランカップリング剤等を挙げることができる。
【0070】
本発明の正孔注入輸送層形成用インクにおいて、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料の含有量は、前記芳香族炭化水素系溶剤100質量部に対して、通常0.05質量部〜20質量部であり、0.1質量部〜10質量部であることが好ましい。
【0071】
また、本発明の正孔注入輸送層形成用インクにおいては、前記化学式(1)で表される化合物を実質的に含まないことが、長寿命なデバイスを得ることができる点から好ましい。なお、ここで実質的に含まないとは、正孔注入輸送層形成用インク中に前記化学式(1)で表される化合物を1.0質量%以下しか含有しないことをいう。
【0072】
(正孔注入輸送層形成用インクの製造方法)
本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクの製造方法は、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料、又は前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料の製造方法により得られた正孔注入輸送層用材料を、芳香族炭化水素系溶剤に溶解する工程を有することを特徴とする。
【0073】
中でも、モリブデン錯体と前記化学式(1)で表される化合物との混合物を加熱して反応生成物を得る工程と、反応液から未反応の前記化学式(1)で表される化合物を除去することにより正孔注入輸送層用材料を調製する工程と、前記調製された正孔注入輸送層用材料を、芳香族炭化水素系溶剤に溶解する工程を有する、正孔注入輸送層形成用インクの製造方法であることが好ましい。
【0074】
本発明の正孔注入輸送層形成用インクの製造方法によれば、正孔注入輸送層用材料が芳香族炭化水素系溶剤に均一に溶解された正孔注入輸送層形成用インクを得ることができ、当該正孔注入輸送層形成用インクを用いて形成された正孔注入輸送層は、溶液塗布法であっても、正孔注入輸送層用材料が均一に分散し、長寿命なデバイスを得ることができる。
【0075】
正孔注入輸送層用材料を芳香族炭化水素系溶剤に溶解する方法は、特に限定されない。正孔注入輸送層用材料と、必要に応じて、正孔輸送性化合物や他の添加剤を芳香族炭化水素系溶剤に加え、必要に応じて加熱乃至攪拌することにより、正孔注入輸送層形成用インクを得ることができる。
【0076】
3.デバイス及びその製造方法
本発明のデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうち2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスであって、前記正孔注入輸送層が、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料を含有することを特徴とする。
【0077】
本発明のデバイスは、前記正孔注入輸送層が、前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料を含有することにより、前述のように、正孔注入特性を向上し、且つ、長寿命化が達成可能である。また、溶液塗布法を用いて前記正孔注入輸送層を形成可能であり、この場合には、製造プロセスが容易でありながら、長寿命を達成可能である。
【0078】
以下、本発明に係るデバイスの層構成について説明する。
本発明に係るデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうちの2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスである。
本発明に係るデバイスには、有機EL素子、有機トランジスタ、色素増感太陽電池、有機薄膜太陽電池、有機半導体を包含する有機デバイスのほか、正孔注入輸送層を有する量子ドット発光素子、酸化物系化合物太陽電池等も含まれる。
図1は本発明に係る有機デバイスの基本的な層構成を示す断面概念図である。本発明のデバイスの基本的な層構成は、基板7上に対向する2つの電極(1及び6)と、その2つの電極(1及び6)間に配置され少なくとも正孔注入輸送層2を含む有機層3を有する。
基板7は、デバイスを構成する各層を形成するための支持体であり、必ずしも電極1の表面に設けられる必要はなく、デバイスの最も外側の面に設けられていればよい。
【0079】
正孔注入輸送層2は、少なくとも前記本発明に係る正孔注入輸送層用材料を含有し、電極1から有機層3への正孔の注入及び輸送の少なくとも1つを担う層である。
有機層3は、正孔注入輸送されることにより、デバイスの種類によって様々な機能を発揮する層であり、単層からなる場合と多層からなる場合がある。有機層が多層からなる場合は、有機層は、正孔注入輸送層の他に更に、デバイスの機能の中心となる層(以下、機能層と称呼する。)や、当該機能層の補助的な層(以下、補助層と称呼する。)を含んでいる。例えば、有機EL素子の場合、正孔注入輸送層の表面に更に積層される正孔輸送層が補助層に該当し、当該正孔輸送層の表面に積層される発光層が機能層に該当する。
電極6は、対向する電極1との間に正孔注入輸送層2を含む有機層3が存在する場所に設けられる。また、必要に応じて、図示しない第三の電極を有していてもよい。これらの電極間に電場を印加することにより、デバイスの機能を発現させることができる。
【0080】
図2は、本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の一例を示す断面模式図である。本発明の有機EL素子は、電極1の表面に正孔注入輸送層2が積層され、当該正孔注入輸送層2の表面に補助層として正孔輸送層4a、機能層として発光層5が積層された形態を有する。このように、本発明に特徴的な正孔注入輸送層を正孔注入層の位置で用いる場合には、導電率の向上に加え、当該正孔注入輸送層は電荷移動錯体を形成して溶液塗布法に用いた溶媒に不溶になるので、上層の正孔輸送層を積層する際にも溶液塗布法を適用することが可能である。更に、電極との密着性向上も期待できる。
図3は、本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の別の一例を示す断面模式図である。本発明の有機EL素子は、電極1の表面に補助層として正孔注入層4bが形成され、当該正孔注入層4bの表面に正孔注入輸送層2、機能層として発光層5が積層された形態を有する。このように、本発明に特徴的な正孔注入輸送層を正孔輸送層の位置で用いる場合には、導電率の向上に加え、当該正孔注入輸送層は電荷移動錯体を形成して溶液塗布法に用いた溶媒に不溶になるので、上層の発光層を積層する際にも溶液塗布法を適用することが可能である。
図4は、本発明に係るデバイスの一実施形態である有機EL素子の層構成の別の一例を示す断面模式図である。本発明の有機EL素子は、電極1の表面に正孔注入輸送層2、機能層として発光層5が順次積層された形態を有する。このように、本発明に特徴的な正孔注入輸送層を1層で用いる場合には、工程数が削減されるというプロセス上のメリットがある。
なお、上記図2〜図4においては、正孔注入輸送層2、正孔輸送層4a、正孔注入層4bのそれぞれが、単層ではなく複数層から構成されているものであっても良い。
【0081】
上記図2〜図4においては、電極1は陽極、電極6は陰極として機能する。上記有機EL素子は、陽極と陰極の間に電場を印加されると、正孔が陽極から正孔注入輸送層2及び正孔輸送層4を経て発光層5に注入され、且つ電子が陰極から発光層に注入されることにより、発光層5の内部で注入された正孔と電子が再結合し、素子の外部に発光する機能を有する。
素子の外部に光を放射するため、発光層の少なくとも一方の面に存在する全ての層は、可視波長域のうち少なくとも一部の波長の光に対する透過性を有することを必要とする。また、発光層と電極6(陰極)の間には、必要に応じて電子輸送層及び電子注入層の少なくとも1つが設けられていてもよい(図示せず)。
【0082】
図5は、本発明に係るデバイスの別の実施形態である有機トランジスタの層構成の一例を示す断面模式図である。この有機トランジスタは、基板7上に、電極9(ゲート電極)と、対向する電極1(ソース電極)及び電極6(ドレイン電極)と、電極9、電極1、及び電極6間に配置された前記有機層としての有機半導体層8と、電極9と電極1の間、及び電極9と電極6の間に介在する絶縁層10を有し、電極1と電極6の表面に、正孔注入輸送層2が形成されている。
上記、有機トランジスタは、ゲート電極における電荷の蓄積を制御することにより、ソース電極−ドレイン電極間の電流を制御する機能を有する。
【0083】
図6は、本発明に係るデバイスの実施形態である有機トランジスタの別の層構成の一例を示す断面模式図である。この有機トランジスタは、基板7上に、電極9(ゲート電極)と、対向する電極1(ソース電極)及び電極6(ドレイン電極)と、電極9、電極1、及び電極6間に配置された前記有機層として本発明の正孔注入輸送層2を形成して有機半導体層8とし、電極9と電極1の間、及び電極9と電極6の間に介在する絶縁層10を有している。この例においては、正孔注入輸送層2が有機半導体層8となっている。
【0084】
尚、本発明のデバイスの層構成は、上記例示に限定されるものではなく、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
以下、本発明に係るデバイスの各層について詳細に説明する。
【0085】
(1)正孔注入輸送層
本発明のデバイスは、少なくとも正孔注入輸送層を含む。本発明のデバイスが有機デバイスであって、有機層が多層の場合には、有機層は、正孔注入輸送層の他に更に、デバイスの機能の中心となる層や、当該機能層を補助する役割を担う補助層を含んでいるが、それらの機能層や補助層は、後述するデバイスの具体例において、詳細に述べる。
【0086】
本発明のデバイスにおける正孔注入輸送層は、少なくとも前記本発明の正孔注入輸送層用材料を含有するものである。本発明のデバイスにおける正孔注入輸送層は、モリブデン錯体と前記化学式(1)で表される化合物との反応生成物のみからなるものであっても良いが、更に他の成分を含有していても良い。中でも、更に正孔輸送性化合物を含有することが、駆動電圧の低下や素子寿命を更に向上させる点から、好ましい。なお、正孔輸送性化合物については、前記正孔注入輸送層形成用インクの項において説明したものと同様のものとすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0087】
更に正孔輸送性化合物を含有する場合に、本発明のデバイスにおける正孔注入輸送層は、前記本発明に係る正孔輸送層形成用材料と正孔輸送性化合物を含有する混合層1層からなるものであっても良いし、当該混合層を含む複数層からなるものであっても良い。また、前記正孔注入輸送層は、前記正孔輸送層形成用材料を含有する層と、正孔輸送性化合物を含有する層とが少なくとも積層された複数層からなるものであっても良い。更に、前記正孔注入輸送層は、前記正孔輸送層形成用材料を含有する層と、前記正孔輸送層形成用材料と正孔輸送性化合物とを少なくとも含有する層とが少なくとも積層された層からなるものであっても良い。
【0088】
本発明の正孔注入輸送層は、本発明の効果を損なわない限り、バインダー樹脂や硬化性樹脂や塗布性改良剤などの添加剤を含んでいても良い。バインダー樹脂としては、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリアリレート、ポリエステル等が挙げられる。また、熱または光等により硬化するバインダー樹脂を含有していてもよい。熱または光等光等により硬化する材料としては、上記正孔輸送性化合物において分子内に硬化性の官能基が導入されたもの、あるいは、硬化性樹脂等を使用することができる。具体的に、硬化性の官能基としては、アクリロイル基やメタクリロイル基などのアクリル系の官能基、またはビニレン基、エポキシ基、イソシアネート基等を挙げることができる。硬化性樹脂としては、熱硬化性樹脂であっても光硬化性樹脂であってもよく、例えばエポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、シリコン樹脂、シランカップリング剤等を挙げることができる。
【0089】
上記正孔注入輸送層の膜厚は、目的や隣接する層により適宜決定することができるが、通常0.1nm〜1000nm、好ましくは1nm〜500nmである。
また、上記正孔注入輸送層の仕事関数は5.0eV〜6.0eV、更に5.0eV〜5.8eVであることが、正孔注入効率の点から好ましい。
【0090】
(2)基板
基板は、本発明のデバイスの支持体になるものであり、例えばフレキシブルな材質であっても、硬質な材質であってもよい。具体的に用いることができる材料としては、例えば、ガラス、石英、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリメタクリレート、ポリメチルメタクリレート、ポリメチルアクリレート、ポリエステル、ポリカーボネート等を挙げることができる。
これらのうち、合成樹脂製の基板を使用する場合には、ガスバリア性を有することが望ましい。基板の厚さは特に限定されないが、通常、0.5mm〜2.0mm程度である。
【0091】
(3)電極
本発明のデバイスは、基板上に対向する2つ以上の電極を有する。
本発明のデバイスにおいて、電極は、金属又は金属酸化物で形成されることが好ましく、公知の材料を適宜採用することができる。通常、アルミニウム、金、銀、ニッケル、パラジウム、白金等の金属、インジウム及びスズの少なくとも1つを含む酸化物などの金属酸化物により形成することができる。
【0092】
電極は、通常、基板上にスパッタリング法、真空蒸着法などの方法により形成されることが多いが、塗布法やディップ法等の湿式法により形成することもできる。電極の厚さは、各々の電極に要求される透明性等により異なる。透明性が必要な場合には、電極の可視光波長領域の光透過率が、通常、60%以上、好ましくは80%以上となることが望ましく、この場合の厚さは、通常10nm〜1000nm、好ましくは20nm〜500nm程度である。
本発明においては、電極上に、電荷注入材料との密着安定性を向上させるために、更に金属層を有していても良い。金属層は金属が含まれる層をいい、上述のような通常電極に用いられる金属や金属酸化物から形成される。
【0093】
(4)その他
本発明のデバイスは、必要に応じて、電子注入電極と正孔注入輸送層の間に、従来公知の電子注入層及び電子輸送層の少なくとも1つを有していてもよい。
【0094】
以下、本発明のデバイスの実施形態として、有機EL素子、有機トランジスタについて説明する。なお、本発明のデバイスは、これらの実施形態に限定されるものではない。
<有機EL素子>
本発明のデバイスの一実施形態として、少なくとも本発明の正孔注入輸送層用材料を含有する正孔注入輸送層、及び発光層を含む有機層を含有する、有機EL素子が挙げられる。
以下、有機EL素子を構成する各層について、図2〜4を用いて順に説明する。
(基板)
基板7は、有機EL素子の支持体になるものであり、例えばフレキシブルな材質であっても、硬質な材質であってもよい。具体的には、例えば、上記デバイスの基板の説明において挙げたものを用いることができる。
発光層5で発光した光が基板7側を透過して取り出される場合においては、少なくともその基板7が透明な材質である必要がある。
【0095】
(陽極、陰極)
電極1および電極6は、発光層5で発光した光の取り出し方向により、どちらの電極に透明性が要求されるか否かが異なり、基板7側から光を取り出す場合には電極1を透明な材料で形成する必要があり、また電極6側から光を取り出す場合には電極6を透明な材料で形成する必要がある。
基板7の発光層側に設けられている電極1は、発光層に正孔を注入する陽極として作用し、基板7の発光層側に設けられている電極6は、発光層5に電子を注入する陰極として作用する。
本発明において、陽極及び陰極は、上記デバイスの電極の説明において列挙した金属又は金属酸化物で形成されることが好ましい。
【0096】
(正孔注入輸送層、正孔輸送層、及び正孔注入層)
正孔注入輸送層2、正孔輸送層4a、及び正孔注入層4bは、図2〜4に示すように、発光層5と陽極である電極1の間に適宜形成される。図2のように、本発明に係る正孔注入輸送層2の上に更に正孔輸送層4aを積層し、その上に発光層を積層してもよいし、図3のように、正孔注入層4bの上に更に本発明に係る正孔注入輸送層2を積層し、その上に発光層を積層してもよいし、図4のように、電極1の上に、本発明に係る正孔注入輸送層2を積層しその上に発光層を積層してもよい。
【0097】
図2のように、本発明に係る正孔注入輸送層2の上に更に正孔輸送層4aを積層する場合に、正孔輸送層4aに用いられる正孔輸送材料は特に限定されない。本発明に係る正孔注入輸送層において説明した正孔輸送性化合物を用いることが好ましい。中でも、隣接する本発明に係る正孔注入輸送層2に用いられている正孔輸送性化合物と同じ化合物を用いることが、正孔注入輸送層と正孔輸送層の界面の密着安定性を向上させ、長駆動寿命化に寄与する点から好ましい。
正孔輸送層4aは、正孔輸送材料を用いて、後述の発光層と同様方法で形成することができる。正孔輸送層4aの膜厚は、通常0.1μm〜1μm、好ましくは1nm〜500nmである。
【0098】
図3のように、正孔注入層4bの上に更に本発明に係る正孔注入輸送層2を積層する場合に、正孔注入層4bに用いられる正孔注入材料は特に限定されず、従来公知の化合物を用いることができる。例えば、フェニルアミン系、スターバースト型アミン系、フタロシアニン系、酸化バナジウム、酸化モリブデン、酸化ルテニウム、酸化アルミニウム等の酸化物、アモルファスカーボン、ポリアニリン、ポリチオフェン誘導体等が挙げられる。
正孔注入層4bは、正孔注入材料を用いて、後述の発光層と同様方法で形成することができる。正孔注入層4bの膜厚は、通常1nm〜1μm、好ましくは2nm〜500nm、さらに好ましくは5nm〜200nmである。
【0099】
さらに、正孔注入特性を考慮すると、電極1側から有機層である発光層5に向かって各層の仕事関数の値が階段状に大きくなるような正孔注入材料及び正孔輸送材料を選択して、各界面での正孔注入のエネルギー障壁をできるだけ小さくし、電極1と発光層5の間の大きな正孔注入のエネルギー障壁を補完することが好ましい。
【0100】
(発光層)
発光層5は、図2〜4に示すように、電極1が形成された基板7と電極6との間に、発光材料により形成される。
本発明の発光層に用いられる発光材料としては、有機EL素子に用いられる一般的な発光材料であれば特に限定されるものではなく、蛍光材料および燐光材料のいずれも用いることができる。具体的には、色素系発光材料、金属錯体系発光材料等の材料を挙げることができる。また、発光材料は、低分子化合物および高分子化合物のいずれも用いることができる。
また、有機発光層中には、発光効率の向上や発光波長を変化させる等の目的でドーパントを添加してもよい。このようなドーパントとしては、有機発光層に用いられる一般的なものを挙げることができる。
【0101】
発光層は、発光材料を用いて、溶液塗布法または蒸着法または転写法により形成することができる。溶液塗布法及び蒸着法は、後述のデバイスの製造方法の項目において説明するのと同様の方法を用いることができる。転写法は、例えば、予めフィルム上に溶液塗布法又は蒸着法で形成した発光層を、電極上に設けた正孔注入輸送層2に貼り合わせ、加熱により発光層5を正孔注入輸送層2上に転写することにより形成される。また、フィルム、発光層5、正孔注入輸送層2の順に積層された積層体の正孔注入輸送層側を、電極上に転写してもよい。
発光層の膜厚は、通常、1nm〜500nm、好ましくは20nm〜1000nm程度である。本発明は、正孔注入輸送層を溶液塗布法で形成することが好適であるため、発光層も溶液塗布法で形成する場合はプロセスコストを下げることができるという利点がある。
【0102】
<有機トランジスタ>
本発明に係るデバイスの別の実施形態として、有機トランジスタが挙げられる。以下、有機トランジスタを構成する各層について、図5及び図6を用いて説明する。
図5に示されるような本発明の有機トランジスタは、ソース電極である電極1とドレイン電極である電極6の表面に正孔注入輸送層2が形成されているため、それぞれの電極と有機半導体層との間の正孔注入輸送能力が高くなり、且つ本発明の正孔注入輸送層用材料を含有する正孔注入輸送層の膜安定性が高いため、長駆動寿命化に寄与する。
本発明の有機トランジスタは、図6に示されるような、本発明の正孔注入輸送層2が有機半導体層8として機能するものであっても良い。
また、本発明の有機トランジスタは、図5に示されるように電極1と電極6の表面に正孔注入輸送層2を形成し、更に有機半導体層8として電極表面に形成した正孔注入輸送層とは材料が異なる本発明の正孔注入輸送層2を形成してもよい。
【0103】
図5に示されるような有機トランジスタを形成する場合に、有機半導体層を形成する材料としては、ドナー性、すなわちp型の、低分子あるいは高分子の有機半導体材料が使用できる。有機半導体材料としては、有機トランジスタの有機半導体層に一般的に用いられる材料を使用することができる。
有機半導体層のキャリア移動度は10−6cm/Vs以上であることが、特に有機トランジスタに対しては10−3cm/Vs以上であることが、トランジスタ特性の点から好ましい。
有機半導体層の形成方法としては、上記有機EL素子の有機発光層の形成方法と同様とすることができる。
【0104】
図5に示されるような、本発明の正孔注入輸送層用材料を含有する正孔注入輸送層を含む有機トランジスタを形成する場合であっても、前記有機半導体層8を構成する化合物としては、前記正孔注入輸送層に用いられる正孔輸送性化合物、中でも正孔輸送性高分子化合物を用いることが、本発明の正孔注入輸送層2と有機半導体層8の界面の密着安定性を向上させ、長駆動寿命化に寄与する点から好ましい。
【0105】
基板、ゲート電極、ソース電極、ドレイン電極と、絶縁層については、特に限定されず、有機トランジスタに用いられる一般的なものを使用することができる。
【0106】
なお、色素増感太陽電池、有機薄膜太陽電池、有機半導体等のその他の有機デバイス、正孔注入輸送層を有する量子ドット発光素子、酸化物系化合物太陽電池等についても、正孔注入輸送層を上記本発明に係る正孔注入輸送層用材料を含有する正孔注入輸送層とすれば、その他の構成は特に限定されず、適宜公知の構成と同じであって良い。
【0107】
(デバイスの製造方法)
本発明に係るデバイスの製造方法は、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうち2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスの製造方法であって、前記本発明に係る正孔注入輸送層形成用インク、又は前記本発明に係る正孔注入輸送層形成用インクの製造方法により得られた正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上に正孔注入輸送層を形成する工程を有することを特徴とする。
【0108】
中でも、基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうち2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスの製造方法であって、
モリブデン錯体と前記化学式(1)で表される化合物との混合物を加熱して反応生成物を得る工程と、反応液から未反応の前記化学式(1)で表される化合物を除去することにより正孔注入輸送層用材料を調製する工程と、前記調製された正孔注入輸送層用材料を、芳香族炭化水素系溶剤に溶解することにより正孔注入輸送層形成用インクを調製する工程と、前記調製された正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上に正孔注入輸送層を形成する工程を有する、デバイスの製造方法であることが好ましい。
【0109】
本発明のデバイスの製造方法によれば、前記本発明の正孔注入輸送層形成用インクを用いることにより、溶液塗布法によって正孔注入輸送層を形成することが可能であり、前述のように、長寿命のデバイスを得ることができる。
【0110】
<正孔注入輸送層を形成する工程>
本発明において、正孔注入輸送層を形成する工程は、特に限定されないが、前記本発明の正孔注入輸送層形成用インクを用いて、溶液塗布法により形成されることが好ましい。溶液塗布法を用いることにより、正孔注入輸送層の形成の際に蒸着装置が不要で、マスク蒸着等を用いることなく、塗り分けも可能であり、生産性が高く、また、電極と正孔注入輸送層の界面、及び正孔注入輸送層と有機層界面の密着安定性が高いデバイスを形成できる。
【0111】
ここで溶液塗布法とは、前記正孔注入輸送層形成用インクを下地となる電極又は層上に塗布し、乾燥して正孔注入輸送層を形成する方法である。本発明の正孔注入輸送層形成用インクは、芳香族炭化水素系溶剤を用いているため、溶剤を除去し易く、又は溶剤が残留しても素子に悪影響を与え難いため、不純物となる溶剤の影響が低減され、長寿命なデバイスを得ることができるものと推測される。
【0112】
溶液塗布法として、例えば、浸漬法、スプレーコート法、スピンコート法、ブレードコート法、デイップコート法、キャスト法、ロールコート法、バーコート法、ダイコート法、インクジェット法などの液体滴下法などが挙げられる。単分子膜を形成したい場合には、浸漬法、デイップコート法が好適に用いられる。
【0113】
デバイスの製造方法における、その他の工程については、従来公知の工程を適宜用いることができる。
【実施例】
【0114】
以下、実施例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。これらの記載により本発明を制限するものではない。尚、実施例中、部は特に特定しない限り質量部を表す。
【0115】
[実施例1]
(1)正孔注入輸送層用材料1の製造
モリブデンヘキサカルボニル(関東化学製)0.33g及びジピバロイルメタン(東京化成製)2.3gを三口フラスコに入れ、アルゴンガス雰囲気下、130℃で攪拌しながら、3時間加熱還流し、赤褐色の反応液を得た。得られた反応液をガラスチューブオーブンに入れ、真空ポンプにより減圧し、80℃で3時間加熱し、未反応のジピバロイルメタンを除去し、黒色固体の反応生成物1(正孔注入輸送層用材料1)を0.045g得た。
【0116】
<反応生成物の分析>
実施例1で得られた反応生成物1を、FT−IR(日本分光社製FT−IR610)によりATR法にて分析した。
実施例1で得られた反応生成物1のIRを図7に示す。反応生成物1のIRスペクトルからは、t−ブチル基に帰属される3000cm−1、及び1200cm−1のピークが確認された。また、950cm−1前後、1535cm−1には、Mo=Oに帰属されるピークが確認された。このことから反応生成物1中には、ジピバロイルメタン由来の構造、及び、モリブデン酸化物を含む、有機−無機複合酸化物となっていることがわかった。
【0117】
<反応生成物の溶解性試験>
実施例1で得られた反応生成物1 0.001gをトルエン1.0gに添加し、室温で1時間攪拌後、30分間放置した。
【0118】
溶解性試験の結果、実施例1で得られた反応生成物1は、添加直後からトルエンに溶解し、青黒色の液体が得られ、攪拌、放置後も沈殿は生じなかった。
[溶解性試験の評価基準]
◎:溶液調製後にすぐに溶解
○:溶液調製後、溶液を1時間加熱にて溶解
△:溶液調製、溶液加熱後も少量の沈殿物あり。溶液の着色はあり。
×:溶液調製、溶液加熱後も全く不溶。溶液の着色なく、懸濁液。
【0119】
(2)正孔注入輸送層形成用インク1の調製
実施例1で得られた正孔注入輸送層用材料1と、共役系の高分子材料であるポリ[(9,9−ジオクチルフルオレニル−2,7−ジイル)−co−(4,4’−(N−4−sec−ブチルフェニル))ジフェニルアミン)](TFB)を質量比2:1で混合し、キシレン中に0.4wt%の濃度で溶解させ、正孔注入輸送層形成用インク1を得た。
【0120】
(3)デバイスの製造
透明陽極付ガラス基板の上に、正孔注入輸送層、発光層、正孔ブロック層、電子輸送層、電子注入層、陰極の順番に、下記の手順に従って製膜して積層し、最後に封止して有機EL素子を作製した。透明陽極以外は水分濃度0.1ppm以下、酸素濃度0.1ppm以下の窒素置換グローブボックス内で作業を行った。
まず、陽極として酸化インジウム錫(ITO)の厚み150nmの薄膜付きのガラス基板(三容真空社製)を用いた。当該ガラス基板のITO膜をストリップ状にパターン形成し、得られた基板を、中性洗剤、超純水の順に超音波洗浄し、UVオゾン処理を施した。
次に、前記で得られた正孔注入輸送層形成用インク1を、洗浄された前記陽極上にスピンコート法により塗布した。塗布された基板を、ホットプレートを用いて200℃で30分加熱することにより、溶剤を除去し、正孔注入輸送層用材料1を含有する正孔注入輸送層を形成した。乾燥後の正孔注入輸送層の厚みは20nmであった。
上記正孔注入輸送層の上に、発光層として、トリス(2−フェニルピリジン)イリジウム(III)(Ir(ppy))を発光性ドーパントとして含有し、4,4’−ビス(2,2−カルバゾール−9−イル)ビフェニル(CBP)をホストとして含有する混合薄膜を蒸着形成した。混合薄膜は、圧力が1×10−4Paの真空中で抵抗加熱法によりホストとドーパントの体積比20:1、合計膜厚が30nmになるように共蒸着で形成した。
上記発光層の上に、正孔ブロック層として、ビス(2−メチル−8−キノリラト)(p−フェニルフェノラート)アルミニウム錯体(BAlq)薄膜を蒸着形成した。BAlq薄膜は、圧力が1×10−4Paの真空中で抵抗加熱法により膜厚が10nmになるように形成した。
上記正孔ブロック層の上に、電子輸送層として、トリス(8−キノリラト)アルミニウム錯体(Alq)薄膜を蒸着形成した。Alq薄膜は、圧力が1×10−4Paの真空中で、抵抗加熱蒸着法により成膜した。
上記電子輸送層の上に、電子注入層として厚み0.5nmのフッ化リチウム(LiF)、陰極として厚み100nmのAlを順次、圧力が1×10−4Paの真空中で、抵抗加熱蒸着法により成膜した。
陰極形成後、グローブボックス内で、無アルカリガラスとUV硬化型エポキシ接着剤を用いて封止し、実施例1の有機EL素子を得た。
【0121】
[実施例2〜6]
(1)正孔注入輸送層用材料2〜6の製造
実施例1において、ジピバロイルメタンの代わりに、表1に表わされる化学式(1)で表される化合物をそれぞれ用いて、反応生成物2(正孔注入輸送層用材料2)〜反応生成物6(正孔注入輸送層用材料6)をそれぞれ得た。
得られた反応生成物2(正孔注入輸送層用材料2)〜反応生成物6(正孔注入輸送層用材料6)についても、実施例1と同様に、溶解性評価を行った。表1に合わせて示す。
【0122】
(2)正孔注入輸送層形成用インク2〜6の調製
実施例1において、正孔注入輸送層用材料1の代わりに、上記で得られた正孔注入輸送層用材料2〜6を用いたこと以外は、実施例1と同様にして正孔注入輸送層形成用インク2〜6を得た。
【0123】
(3)デバイスの製造
実施例1において、正孔注入輸送層形成用インク1の代わりに、正孔注入輸送層形成用インク2〜6をそれぞれ用いた以外は、実施例1と同様にして、実施例2〜6の有機EL素子を得た。
【0124】
【表1】

【0125】
[比較例1]
(1)比較正孔注入輸送層用材料1の製造
実施例1において、ジピバロイルメタンの代わりにアセチルアセトン(東京化成製)1.25gを用いて、黄固体の比較反応生成物1(比較正孔注入輸送層用材料1)を0.055g得た。
得られた比較反応生成物1(比較正孔注入輸送層用材料1)についても、実施例1と同様に、溶解性評価を行った。表1に合わせて示す。
【0126】
(2)比較正孔注入輸送層形成用インク1の調製
実施例1において、正孔注入輸送層用材料1の代わりに、上記で得られた比較正孔注入輸送層用材料1を用いたこと以外は、実施例1と同様にして比較正孔注入輸送層形成用インク1を得た。
【0127】
(3)デバイスの製造
実施例1において、正孔注入輸送層形成用インク1の代わりに、比較正孔注入輸送層形成用インク1を用いた以外は、実施例1と同様にして、比較例1の有機EL素子を得た。
【0128】
[比較例2]
(1)比較正孔注入輸送層形成用インク2の調製
実施例1において、正孔注入輸送層用材料1の代わりにMoO(acac)(東京化成製)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして比較正孔注入輸送層形成用インク2を得た。MoO(acac)はキシレンへの溶解性が低く、MoO(acac)は沈殿した状態であった。
【0129】
(2)デバイスの製造
実施例1において、正孔注入輸送層形成用インク1の代わりに、比較正孔注入輸送層形成用インク2を用いた以外は、実施例1と同様にして、比較例2の有機EL素子を得た。
【0130】
[比較例3]
(1)比較正孔注入輸送層形成用インク3の調製
比較例2において、キシレンの代わりに、安息香酸エチルを用いたこと以外は、比較例2と同様にして比較正孔注入輸送層形成用インク3を得た。MoO(acac)は安息香酸エチルには少量溶解するため、MoO(acac)が溶解したインクが得られた。
【0131】
(2)デバイスの製造
実施例1において、正孔注入輸送層形成用インク1の代わりに、比較正孔注入輸送層形成用インク3を用いた以外は、実施例1と同様にして、比較例3の有機EL素子を得た。
【0132】
<デバイス特性評価>
【0133】
上記実施例及び比較例において作製した有機EL素子は、いずれもIr(ppy)由来の緑色に発光した。これらについて、(株)トプコン製の分光放射計SR−2を10mA/cmで駆動させて、発光輝度とスペクトルを測定した。測定結果を表2に示す。なお、電流効率は駆動電流と輝度から算出して求めた。
有機EL素子の寿命特性は、定電流駆動で輝度が経時的に徐々に低下する様子を観察して評価した。ここでは、実施例1の電流効率、輝度半減寿命を1として比較した。
【0134】
【表2】

【0135】
<結果のまとめ>
実施例1〜6と比較例3を比較すると、キシレンに可溶であるMo反応生成物1〜6を正孔注入輸送層に用いると長寿命化することが分かる。
比較例1,2では、Mo反応生成物やMoO(acac)のキシレンに対する溶解性が悪く、成膜性が悪いため、凝集した材料が輝点となり、ショートが生じてしまう。よって、比較例1,2はデバイスの安定性が悪いことが分かる。
【符号の説明】
【0136】
1 電極
2 正孔注入輸送層
3 有機層
4a 正孔輸送層
4b 正孔注入層
5 発光層
6 電極
7 基板
8 有機半導体層
9 電極
10 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン錯体と下記化学式(1)で表される化合物との反応生成物である、正孔注入輸送層用材料。
【化1】

(化学式(1)中、R及びRは、それぞれ独立に、置換基を有していてもよく、ヘテロ原子を含んでいても良い炭化水素基を表す。X及びXは、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は直接結合を表す。但し、R及びRの炭素数の合計が5以上である。)
【請求項2】
前記R及びRの少なくとも一方は、炭素数が4以上である、請求項1に記載の正孔注入輸送層用材料。
【請求項3】
前記化学式(1)で表される化合物は、前記モリブデン錯体の溶媒である、請求項1又は2に記載の正孔注入輸送層用材料。
【請求項4】
前記反応生成物がモリブデン酸化物である、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の正孔注入輸送層用材料。
【請求項5】
トルエン、キシレン、アニソール、及びメシチレンよりなる群から選択される少なくとも1種の芳香族炭化水素系溶剤に、25℃で0.1質量%以上溶解する、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の正孔注入輸送層用材料。
【請求項6】
モリブデン錯体と下記化学式(1)で表される化合物との混合物を加熱して反応生成物を得る工程と、反応液から未反応の前記化学式(1)で表される化合物を除去する工程とを有する、正孔注入輸送層用材料の製造方法。
【化2】

(化学式(1)中、R及びRは、それぞれ独立に、置換基を有していてもよく、ヘテロ原子を含んでいても良い炭化水素基を表す。X及びXは、それぞれ独立に、酸素原子、硫黄原子、又は直接結合を表す。但し、R及びRの炭素数の合計が5以上である。)
【請求項7】
前記R及びRの少なくとも一方は、炭素数が4以上である、請求項6に記載の正孔注入輸送層用材料の製造方法。
【請求項8】
前記化学式(1)で表される化合物は前記モリブデン錯体の溶媒であり、前記混合物中には前記化学式(1)で表される化合物以外の有機溶剤を10.0質量%以下しか含有しない、請求項6又は7に記載の正孔注入輸送層用材料の製造方法。
【請求項9】
前記反応生成物がモリブデン酸化物である、請求項6乃至8のいずれか一項に記載の正孔注入輸送層用材料の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の正孔注入輸送層用材料と、芳香族炭化水素系溶剤とを含有する、正孔注入輸送層形成用インク。
【請求項11】
前記化学式(1)で表される化合物を実質的に含まない、請求項10に記載の正孔注入輸送層形成用インク。
【請求項12】
更に、正孔輸送性化合物を含有する、請求項10又は11に記載の正孔注入輸送層形成用インク。
【請求項13】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の正孔注入輸送層用材料、又は請求項6乃至9のいずれか一項に記載の正孔注入輸送層用材料の製造方法により得られた正孔注入輸送層用材料を、芳香族炭化水素系溶剤に溶解する工程を有する、正孔注入輸送層形成用インクの製造方法。
【請求項14】
基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうち2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスであって、前記正孔注入輸送層が、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の正孔注入輸送層用材料を含有する、デバイス。
【請求項15】
前記正孔注入輸送層が、更に正孔輸送性化合物を含有する、請求項14に記載のデバイス。
【請求項16】
基板上に対向する2つ以上の電極と、そのうち2つの電極間に配置された正孔注入輸送層を有するデバイスの製造方法であって、請求項10乃至12いずれか一項に記載の正孔注入輸送層形成用インク、又は請求項13に記載の正孔注入輸送層形成用インクの製造方法により得られた正孔注入輸送層形成用インクを用いて、前記電極上のいずれかの層上に正孔注入輸送層を形成する工程を有する、デバイスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−110386(P2013−110386A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−210723(P2012−210723)
【出願日】平成24年9月25日(2012.9.25)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】