説明

正極合剤層形成用組成物の調製方法および非水電解液二次電池の製造方法

【課題】 リチウムニッケル複合酸化物を正極活物質に使用しつつ、増粘やゲル化に伴う正極の生産性の低下を抑制し得る正極合剤層形成用組成物の調製方法と、前記方法により調製される正極合剤層形成用組成物を使用した非水電解液二次電池の製造方法を提供する。
【解決手段】 正極活物質、導電助剤、バインダおよび溶媒を含有し、非水電解液二次電池用の正極の正極合剤層を形成するための組成物を調製する方法であって、正極活物質、導電助剤、バインダおよび前記溶媒を混合する混合工程と、前記混合工程により得られた混合物を容器に収容して保管する保管工程とを少なくとも有しており、正極活物質にリチウムニッケル含有複合酸化物を使用し、溶剤に有機溶剤を使用し、かつバインダに前記有機溶剤に溶解し得るバインダを使用し、および前記保管工程中に、前記容器内に炭酸ガスを導入する正極合剤層形成用組成物の調製方法により、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムニッケル複合酸化物を正極活物質に使用しつつ、増粘に伴う正極の生産性の低下を抑制し得る正極合剤層形成用組成物の調製方法と、前記方法により調製される正極合剤層形成用組成物を使用した非水電解液二次電池の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池などの非水電解液二次電池は、高電圧・高容量であることから、携帯電話やノート型パソコンなどの電子機器の電源として利用されており、また、電気自動車などへの用途展開も図られている。
【0003】
非水電解液二次電池で使用されている正極は、例えば、正極活物質、導電助剤およびバインダに溶剤を加えて混合することにより、スラリー状やペースト状などの正極合剤層形成用組成物を調製し、この正極合剤層形成用組成物を集電体となる導電性基体の表面に塗布し、溶剤を乾燥除去すると共にプレス処理などを施し、厚みや密度の調整された正極合剤層を形成する工程を経て作製される。
【0004】
ところが、水を溶剤に用いた正極合剤層形成用組成物では、正極活物質からLi(リチウム)が溶出しやすく、これがLiOHを形成して正極合剤層形成用組成物の性状を変化させたり、正極合剤層形成用組成物が塗布される集電体を構成する金属箔を劣化させたりする問題があることが指摘されている。そして、特許文献1および特許文献2には、正極合剤層形成用組成物中で形成したLiOHを中和して、これらの問題を回避する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−69791号公報
【特許文献2】特開2003−187787号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、非水電解液二次電池には、更なる高容量化の要請がある。現在の非水電解液二次電池には、LiとCo(コバルト)とを含有するリチウムコバルト複合酸化物が正極活物質として汎用されているが、例えば、これよりも単位質量あたりの容量が大きいNi(ニッケル)を含有するリチウムニッケル複合酸化物を正極活物質に用いることで、電池の高容量化を図ることが検討されている。
【0007】
しかしながら、リチウムニッケル複合酸化物のようにNiを含有するリチウム含有複合酸化物からは、水ではなく有機溶剤を用いた正極合剤層形成用組成物中であっても、Liが溶出してLiOHを形成し、これが正極合剤層形成用組成物中のバインダに作用して、組成物の粘度を増大させたりゲル化を引き起こしたりする。粘度が非常に増大したりゲル化を引き起こしたりした正極合剤層形成用組成物は、集電体表面に塗布することができないため、これが正極の生産性、ひいては非水電解液二次電池の生産性を損なう要因となっていた。
【0008】
前記の問題を回避するにあたっては、例えば、正極合剤層形成用組成物の調製段階や保管段階、使用段階において、環境内の水分を厳密に管理することが考えられるが、この場合、組成物の成分組成の点で完全な乾燥環境での作業などが困難であるといった問題や、必要とされる設備が大掛かりになるなどの問題がある。
【0009】
また、一方で、正極合剤層形成用組成物中に酸を投入して、形成したLiOHを中和してしまうことも考えられるが、LiOHの形成量は一定ではないため、投入する酸の量の調整が難しく、例えば、酸の投入量が多くなりすぎて、中和反応に関与しなかった酸が組成物中に多く残存すると、製造される正極の品質を損なう虞がある。
【0010】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、リチウムニッケル複合酸化物を正極活物質に使用しつつ、増粘やゲル化に伴う正極の生産性の低下を抑制し得る正極合剤層形成用組成物の調製方法と、前記方法により調製される正極合剤層形成用組成物を使用した非水電解液二次電池の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成し得た本発明の正極合剤層形成用組成物の調製方法は、正極活物質、導電助剤、バインダおよび溶剤を含有し、非水電解液二次電池用の正極の正極合剤層を形成するための組成物を調製する方法であって、前記正極活物質、前記導電助剤、前記バインダおよび前記溶剤を混合する混合工程と、前記混合工程により得られた混合物を容器に収容して保管する保管工程とを少なくとも有しており、前記正極活物質にリチウムニッケル含有複合酸化物を使用し、前記溶剤に有機溶剤を使用し、かつ前記バインダに前記有機溶剤に溶解し得るバインダを使用し、前記保管工程中に、前記容器内に炭酸ガスを導入することを特徴とする。
【0012】
また、本発明の非水電解液二次電池の製造方法は、正極、負極、セパレータおよび非水電解液を有する非水電解液二次電池を製造するにあたり、集電体の片面または両面に、本発明の正極合剤層形成用組成物の調製方法により得られた正極合剤層形成用組成物を塗布する工程を経て正極合剤層を形成した正極を用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、リチウムニッケル複合酸化物を正極活物質に使用しつつ、増粘やゲル化に伴う正極の生産性の低下を抑制し得る正極合剤層形成用組成物の調製方法を提供できる。また、本発明の非水電解液二次電池の製造方法によれば、非水電解液二次電池を良好な生産性で製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る非水電解液二次電池の一例を模式的に表す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の調製方法により得られる正極合剤層形成用組成物は、非水電解液二次電池の正極に係る正極合剤層を形成するためのものであり、正極活物質、導電助剤、バインダおよび溶剤を含有している。
【0016】
本発明法に係る正極合剤層形成用組成物は、正極活物質の少なくとも一部に、リチウムニッケル複合酸化物を使用する。リチウムニッケル複合酸化物は、例えば、現在の非水電解液二次電池の正極活物質として汎用されているLiCoOなどのリチウムコバルト複合酸化物に比べて、単位質量あたりの容量が大きいため、これを含有する正極合剤層形成用組成物を使用して製造される正極を用いることで、非水電解液二次電池の高容量化を図ることができる。
【0017】
リチウムニッケル複合酸化物としては、下記一般式(1)で表される層状リチウムニッケルコバルト複合酸化物(A)[以下、単に化合物(A)という]が好ましい。
LiNiCo(1−x−y−z)Mn (1)
[前記一般式(1)中、0.5≦x≦0.9、0≦y≦0.3、0.003≦z≦0.05であり、元素MはLi、Ni、CoおよびMn以外の金属元素であって、Mg、Al、Ti、Sr、Zr、Nb、AgおよびBaよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む。]
【0018】
化合物(A)において、Niは容量向上に寄与する成分であり、前記一般式(1)におけるNiの量xは、Niによる容量向上効果を確保する観点から、0.5以上であることが好ましく、0.75以上であることがより好ましい。ただし、化合物(A)中のNiの量が多すぎると、他の元素の量が少なくなって、これらによる効果を良好に確保し得ないことがあるため、前記一般式(1)におけるNiの量xは、0.9以下であることが好ましく、0.85以下であることがより好ましい。
【0019】
また、化合物(A)において、結晶格子中にMnを存在させると、Niとともに層状の構造を安定化させ、化合物(A)の熱的安定性を向上させ得ることから、より安全性の高い電池を構成可能な正極を得るための正極合剤層形成用組成物を調製することができる。前記一般式(1)におけるMnの量yは、0.3以下であることが好ましく、0.2以下であることがより好ましい。また、前記一般式(1)におけるMnの量yは、0であってもよいが、前記の効果を確保する観点からは、0.1以上であることが好ましい。
【0020】
更に、化合物(A)は、元素Mとして、Li、Ni、CoおよびMn以外の金属元素であって、Mg、Al、Ti、Sr、Zr、Nb、AgおよびBaよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含んでおり、これらの元素を含有することによっても、その安定性を高めて、より安全性の高い電池を構成可能な正極を得るための正極合剤層形成用組成物の調製が可能となる。元素Mによるこのような効果を良好に確保する観点から、前記一般式(1)における元素Mの量zは、0.003以上であることが好ましく、0.01以上であることがより好ましい。ただし、化合物(A)中の元素Mの量が多すぎると、他の元素の量が少なくなって、これらによる効果を良好に確保し得ないため、前記一般式(1)における元素Mの量zは、0.05以下であることが好ましく、0.04以下であることがより好ましい。
【0021】
また、化合物(A)において、その結晶格子中にCoを存在させると、電池の充放電でのLiの脱離および挿入による化合物(A)の相転移から起こる不可逆反応を緩和でき、化合物(A)の結晶構造の可逆性を高めることができるため、充放電サイクル寿命の長い電池を構成可能な正極を得るための正極合剤層形成用組成物の調製が可能となる。前記一般式(1)において、Coの量は「1−x−y−z」で表されるが、具体的には、0.05〜0.4であることが好ましい。
【0022】
リチウムニッケル複合酸化物[前記化合物(A)を含む]からは、水分との共存下でLiが溶出してLiOHを形成し、これが正極合剤層形成用組成物中のバインダに作用して、正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化を引き起こす。しかし、本発明法により調製される正極合剤層形成用組成物であれば、その保管途中におけるLiの溶出による増粘やゲル化を抑制することができる。
【0023】
なお、リチウムニッケル複合酸化物は、通常、LiOHなどのアルカリ性のリチウム含有化合物を原材料として合成される。よって、リチウムニッケル複合酸化物には、未反応のリチウム含有化合物が残存し、これも正極合剤層形成用組成物の保管途中における増粘やゲル化の原因となることがある。よって、本発明法で使用される正極活物質は、未反応のリチウム含有化合物の残存量が少ないことが好ましい。
【0024】
正極活物質中の未反応のリチウム含有化合物の量は、例えば、正極活物質を水洗してリチウム含有化合物を除去したり、未反応のリチウム含有化合物の量の多い正極活物質[例えば化合物(A)]と、未反応のリチウム含有化合物の量の少ない正極活物質とを混合したりすることが好ましい。
【0025】
例えば、化合物(A)においても、Niの量が特に多いものでは、未反応のリチウム含有化合物の量も多いため、水洗を行って前記リチウム含有化合物を除去することが好ましいが、この場合、水洗を複数回繰り返し行わないと、未反応のリチウム含有化合物の量を十分に低減できない一方で、水洗の回数を増やすと化合物(A)が失活する虞がある。よって、Niの量が特に多い化合物(A)の場合[例えば、前記一般式(1)におけるNiの量xが、0.7以上0.9以下程度]には、1〜2回程度水洗を行って、未反応のリチウム含有化合物の量をある程度減らした上で、未反応のリチウム含有化合物の量の少ない別の正極活物質(リチウム含有複合酸化物)と併用し、正極活物質全量中における未反応のリチウム含有化合物の量を減らして使用することが好ましい。
【0026】
他方、化合物(A)のうち、Niの量の少ないもの[例えば、前記一般式(1)におけるNiの量xが、0.5以上0.7未満程度]は、未反応のリチウム含有化合物の量も比較的少ないため、1回程度の水洗によって未反応のリチウム含有化合物の量を前記の値に調整でき、失活も抑制できるため、化合物(A)のみを正極活物質として正極合剤層形成用組成物の調製に使用してもよく、また、水洗を行うことなく、未反応のリチウム含有化合物の量の少ない別の正極活物質(リチウム含有複合酸化物)と併用して、正極活物質全量中の未反応のリチウム含有化合物の量を減らしてもよい。
【0027】
化合物(A)と共に別の正極活物質を使用する場合、このような正極活物質には、従来から知られている非水電解液二次電池の正極活物質として利用されているリチウム含有複合酸化物のうち、未反応のリチウム含有化合物の量が少ないものであれば、特に制限なく使用できるが、下記一般式(2)で表される層状リチウムコバルト複合酸化物(B)[以下、「化合物(B)」という]を使用することが好ましい。
LiNiCo(1−a−b−c)Mn (2)
[前記一般式(1)中、0≦a≦0.03、0≦b≦0.02、0.003≦c≦0.01であり、元素MはLi、Ni、CoおよびMn以外の金属元素であって、Mg、Al、Ti、Sr、Zr、Nb、AgおよびBaよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む。]
【0028】
化合物(B)において、NiおよびCoは容量向上に寄与する成分であるが、前記の通り、Niの量を多くしすぎると、例えば、不純物である未反応のリチウム含有化合物の量が多くなりすぎる虞があることから、前記一般式(2)におけるNiの量aは、0.03以下であることが好ましく、0.02以下であることがより好ましい。また、化合物(B)はNiを含有していなくてもよい[すなわち、前記一般式(2)におけるNiの量aが0でもよい]。
【0029】
また、化合物(B)において、結晶格子中にMnを存在させると、Niとともに層状の構造を安定化させ、化合物(B)の熱的安定性を向上させ得ることから、より安全性の高い電池を構成可能な正極を得るための正極合剤層形成用組成物を調製することができる。前記一般式(2)におけるMnの量bは、0.02以下であることが好ましく、0.015以下であることがより好ましい。また、前記一般式(2)におけるMnの量bは、0であってもよいが、前記の効果を確保する観点からは、0.01以上であることが好ましい。
【0030】
更に、化合物(B)は、元素Mとして、Li、Ni、CoおよびMn以外の金属元素であって、Mg、Al、Ti、Sr、Zr、Nb、AgおよびBaよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含んでおり、これらの元素を含有することによっても、その安定性を高めることができるため、正極合剤層形成用組成物によって得られる正極を用いて構成される電池の安全性をより高めることが可能となる。元素Mによるこのような効果を良好に確保する観点から、前記一般式(2)における元素Mの量cは、0.003以上であることが好ましく、0.004以上であることがより好ましい。ただし、化合物(B)中の元素Mの量が多すぎると、他の元素の量が少なくなって、これらによる効果を良好に確保し得ないため、前記一般式(2)における元素Mの量cは、0.01以下であることが好ましく、0.008以下であることがより好ましい。
【0031】
また、前記の通り、化合物(B)においてCoは容量向上に寄与する成分であり、前記一般式(2)において、Coの量は「1−a−b−c」で表されるが、具体的には、0.990〜0.997であることが好ましい。
【0032】
例えば、化合物(A)と化合物(B)とを併用する場合、それらの比率は、正極活物質全量中の未反応のリチウム含有化合物の量を十分に低減できる範囲で設定すればよいが、化合物(A)の使用による効果(特に高容量化の効果)を良好に確保する観点からは、正極活物質全量を100質量%としたときに、化合物(A)の量を、10質量%以上とすることが好ましく、20質量%以上とすることがより好ましい。
【0033】
また、前記の通り、正極活物質には、リチウムニッケル複合酸化物のみを使用してもよく、例えば化合物(A)のみを使用してもよいが、化合物(A)と化合物(B)とを併用する場合には、正極活物質全量を100質量%としたときに、化合物(A)の量を、30質量%以下とすることが好ましく、25質量%以下とすることがより好ましい。
【0034】
正極合剤層形成用組成物に係る溶剤には、有機溶剤を使用する。非水電解液二次電池を製造するための正極合剤層形成用組成物に係る溶剤には、水が使用されることも多いが、その場合、リチウムニッケル複合酸化物からのLiの溶出を促し、かつLiOHの形成に関与する水が、前記組成物内に多量に存在することになるため、正極合剤層形成用組成物の保管途中での増粘やゲル化を十分に抑制したり、保管途中に増粘した正極合剤層形成用組成物の粘度を、集電体の塗布に適切な程度に低減したりすることが困難となる。
【0035】
正極合剤層形成用組成物の溶剤に使用し得る有機溶剤としては、例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、アセトン、N,N−ジメチルエチレンウレアなどが挙げられ、これらの中でも、NMPが特に好ましい。
【0036】
正極合剤層形成用組成物に係るバインダには、正極合剤層形成用組成物の溶剤(有機溶剤)に溶解可能なバインダを使用する。バインダを溶剤に溶解している状態で含有する正極合剤層形成用組成物では、例えば、バインダが前記溶剤に溶解せずにエマルションの形態で存在している正極合剤層形成用組成物に比べて、バインダがリチウムニッケル複合酸化物由来のLiOHによる影響を受けやすいことから、それによる問題が発生しやすい。しかしながら、本発明法によれば、バインダが溶剤に溶解している状態であっても、正極合剤層形成用組成物の保管途中での増粘やゲル化を十分に抑制することができる。
【0037】
前記バインダの具体例としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、フッ化ビニリデンと他の単量体との共重合体[フッ化ビニリデン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(VDF−CTFE)、フッ化ビニリデン−テトラフルオロエチレン共重合体(VDF−TFE)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン−テトラフルオロエチレン共重合体(VDF−HFP−TFE)]、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素樹脂などが挙げられる。これらの中でも、少なくとも、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を使用することが好ましい。PVDFは高い結着力を有しているため、本発明法に係る正極合剤層形成用組成物がバインダとしてPVDFを含有している場合には、それにより形成される正極合剤層の性状が良好となるからである。
【0038】
その一方で、リチウムニッケル複合酸化物とともにPVDFを含む正極合剤層形成用組成物は、その保管途中において、内部で形成されたLiOHの影響によって、特に増粘したりゲル化したりしやすい。PVDFはLiOHによって脱フッ酸を生じやすく、これがPVDFの分子量増大や架橋構造の形成を促し、正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化を引き起こしているものと推測される。しかしながら、本発明法によれば、PVDFをバインダに用いた場合でも、正極合剤層形成用組成物の保管途中での増粘やゲル化を十分に抑制することができる。
【0039】
前記溶剤に溶解可能なバインダは、前記の例示のもののうち1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0040】
正極合剤層形成用組成物に係る導電助剤には、天然黒鉛(鱗片状黒鉛など)、人造黒鉛などのグラファイト類;アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラック、ランプブラック、サーマルブラックなどのカ−ボンブラック類;炭素繊維;などの炭素材料を用いることが好ましく、また、金属繊維などの導電性繊維類;フッ化カーボン;アルミニウムなどの金属粉末類;酸化亜鉛;チタン酸カリウムなどの導電性ウィスカー類;酸化チタンなどの導電性金属酸化物;ポリフェニレン誘導体などの有機導電性材料;などを用いることもできる。
【0041】
本発明法により調製される正極合剤層形成用組成物において、正極活物質、バインダおよび導電助剤を含めた固形分(溶剤以外の成分。以下同じ。)の濃度は、例えば、72〜86質量%であることが好ましい。また、正極合剤層形成用組成物に係る固形分全量中において、正極活物質の量は96〜98質量%であることが好ましく、バインダの量は1.0〜1.5質量%であることが好ましく、導電助剤の量は0.9〜2.0質量%であることが好ましい。
【0042】
本発明の正極合剤層形成用組成物の調製方法では、少なくとも、混合工程と保管工程とを設ける。
【0043】
前記混合工程では、正極活物質、導電助剤、バインダおよび溶剤などを混合する。その混合方法については特に制限はなく、例えば、従来から知られているバッチ方式の混合機(混練機。プラネタリーミキサーなど。)を用いて、前記の各成分を混合(混練)する方法が採用できる。また、混合工程での手順も特に制限はなく、前記の各成分を混合機に一度に投入して混合してもよく、予めバインダを溶剤に溶解した溶液を調製しておき、これを正極活物質や導電助剤などとともに混合機に投入して混合してもよい。更に、混合工程では、二軸混練押出機(連続式の二軸混練押出機)を用いて連続的に各成分の混合を行ってもよい。
【0044】
前記の通り、正極活物質として使用されるリチウムニッケル複合酸化物からは、例えば、正極合剤層形成用組成物の保管途中でLiが溶出してLiOHが形成されるが、このようなLiの溶出は、前記混合工程においても生じ得る。よって、前記混合工程においては、正極活物質、導電助剤、バインダおよび溶剤などの混合を、炭酸ガスを導入した系内で行うことが好ましい。混合工程途中でリチウムニッケル複合酸化物からのLiの溶出により生じたLiOHを、導入した炭酸ガスによって中和して、正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化を引き起こさないLiCOにすることができるため、後述する保管工程での正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化を、更に抑制することが可能となる。また、LiOHの中和反応に関与しなかった炭酸ガスは、正極の正極合剤層に多量に残存することはないため、LiOHの中和処理に付随する正極の特性低下も抑制することができる。
【0045】
混合工程において導入する炭酸ガスの量は、モル基準で、正極活物質中のLiOH量に対して同等以上とすることが好ましい。炭酸ガスの導入量が少なすぎると、中和しきれないLiOH量が多くなるため、正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化を抑制する効果が小さくなる虞があるからである。
【0046】
炭酸ガスを導入した系内の前記混合は、例えば、前記のバッチ方式の混合機の混合系内(混合槽内)に前記の各成分を投入し、更に炭酸ガスを封入した後に混合を行うことにより実施できる。また、前記の二軸混練押出機を使用する場合には、二軸混練押出機内に炭酸ガスを連続的に供給しつつ、各成分の混練を行えばよい。
【0047】
本発明法の前記保管工程では、前記混合工程により得られた混合物、すなわち、正極合剤層形成用組成物を容器に収容して保管する。
【0048】
この保管工程では、正極合剤層形成用組成物内のリチウムニッケル複合酸化物からLiが溶出してLiOHが形成され、それにより正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化が生じやすい。
【0049】
そこで、本発明法の前記保管工程では、正極合剤層形成用組成物を収容した前記容器内に炭酸ガスを導入する。例えば、前記保管工程の初期から前記容器内に炭酸ガスを導入した場合には、正極合剤層形成用組成物内でLiOHが形成されても、容器内の炭酸ガスによって、これが速やかに中和され、正極合剤層形成用組成物内に存在しても増粘やゲル化を引き起こさないLiCOが形成される。そのため、前記保管工程の初期から前記容器内に炭酸ガスを導入することで、保管途中での正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化を抑制することができる。
【0050】
また、例えば容器内に炭酸ガスを導入しない状態で保管を開始するなどして、保管途中でLiOHの影響によって多少増粘してしまった正極合剤層形成用組成物が収容されている前記容器内に炭酸ガスを導入した場合には、それ以後の正極合剤層形成用組成物の増粘を抑えることができる。よって、保管途中の容器内に炭酸ガスを導入することによっても、正極合剤層形成用組成物の増粘やゲル化を抑制することができる。
【0051】
本発明法によれば、このように、保管途中での正極合剤層形成用組成物の品質低下を抑制することが可能であることから、保管を経ても使用できなくなる正極合剤層形成用組成物の割合を大幅に低減することができる。そのため、本発明法によれば、非水電解液二次電池用正極の生産性、ひいては、非水電解液二次電池の生産性を高めることができる。
【0052】
正極合剤層形成用組成物は、例えば、集電体表面に良好に塗布し得るようにするために、前記混合工程直後の粘度が3000〜12000Pa・sとなるように調製することが好ましい。このような粘度となるように調製した正極合剤層形成用組成物は、その後の保管工程において、例えば、その保管開始時に、正極合剤層形成用組成物を収容した容器内に炭酸ガスを十分に導入していない場合には、前記の通り、増粘することがある。しかし、保管の途中からでも正極合剤層形成用組成物を収容している容器内に炭酸ガスを導入することで、例えば、その粘度を5000〜14000Pa・s程度に維持し、更なる増粘やゲル化を抑制できるため、正極合剤層形成用組成物の集電体への良好な塗布性を維持することができる。
【0053】
本明細書でいう正極合剤層形成用組成物の粘度は、コーンプレート型粘度計(東機産業製「TVE22H」、コーンプレート1°34’×R24)を用い、恒温槽で25℃に温度調節しながら、0.5rpmの条件でコーンプレートを回転させ、3分後に測定される値である。
【0054】
前記混合工程直後の正極合剤層形成用組成物の粘度は、例えば、前記混合工程で使用する各成分の組成比率を調節することにより調整できる。
【0055】
前記保管工程において、正極合剤層形成用組成物を収容した容器内への炭酸ガスの導入(保管開始時からの導入および保管途中の導入)は、例えば、前記容器内を脱気し、続いて炭酸ガスを導入して常圧に戻す方法により実施することができる。なお、炭酸ガスの導入により常圧とした前記容器内の圧力は、時間の経過とともに低下することがある。よって、必要に応じて、前記容器内の圧力がある程度低下した段階で、再度炭酸ガスを前記容器内に導入する操作を繰り返してもよい。
【0056】
本発明法の前記保管工程においては、保管開始時から前記容器内へ炭酸ガスを導入することがより好ましく、また、保管途中に前記容器内の圧力がある程度低下する毎に、再度炭酸ガスを前記容器内に導入する操作を繰り返すことが更に好ましい。これらの操作によって、保管途中の正極合剤層形成用組成物の増粘およびゲル化を、より良好に抑制でき、正極および非水電解液二次電池の生産性をより高めることができる。
【0057】
本発明の非水電解液二次電池の製造方法は、正極集電体の片面または両面に、本発明の調製方法により得られた正極合剤層形成用組成物を塗布する工程を経て正極合剤層を形成した正極を用いることを特徴としており、その他の工程(負極の製造工程、正極と負極との間にセパレータを介在させて電極体を製造する工程、電池の組み立て工程など)については、従来から知られている非水電解液二次電池の製造時に採用されている工程と同様とすることができる。
【0058】
すなわち、本発明の非水電解液二次電池の製造方法では、調製後の増粘やゲル化が抑制されていたり、一旦増大した粘度が集電体の塗布に適切な程度に低下されていたりする本発明法に係る正極合剤層形成用組成物を使用することから、品質の安定した非水電解液二次電池を良好な生産性で製造できる。
【0059】
正極集電体は、構成される電池において実質上化学的に安定な電子伝導体であれば特に制限はない。例えば、集電体を構成する材料としては、アルミニウムやその合金、ステンレス鋼、ニッケルやその合金、チタンやその合金、炭素、導電性樹脂などの他に、アルミニウムまたはステンレス鋼の表面にカーボンまたはチタンを処理させたものなどが用いられる。これらの中でも、アルミニウムおよびアルミニウム合金が特に好ましい。これらの材料は表面を酸化して用いることもできる。また、表面処理により集電体表面に凹凸を付けることが好ましい。集電体の形状としては、フォイルの他、フィルム、シート、ネット、パンチングされたもの、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群の成形体などが挙げられる。正極集電体の厚みは特に限定されないが、例えば、5〜50μmであることが好ましい。
【0060】
正極の製造工程においては、前記のような正極集電体の片面または両面に、本発明法により調製された正極合剤層形成用組成物を塗布し、例えば乾燥して組成物中の溶剤を除去し、更に必要に応じてカレンダー成形などのプレス処理を施して正極合剤層を形成し、正極を得る。
【0061】
正極合剤層形成用組成物を正極集電体の表面に塗布する方法については、特に制限はなく、従来から知られている各種の塗布方法を採用することができる。また、プレス処理時の条件としては、例えば、線圧を700〜2000kgf/cmとすることが好ましい。
【0062】
正極合剤層の厚み(集電体の両面に正極合剤層が形成されている場合には、その片面あたりの厚み)は、30〜80μmであることが好ましい。
【0063】
負極の製造工程としては、例えば、負極活物質やバインダ、更には必要に応じて導電助剤などを含む混合物(負極合剤)を、適当な溶剤を加えて十分に混練して負極合剤層形成用組成物(スラリー、ペーストなど)を調製し、これを集電体の片面または両面に塗布し、乾燥して前記組成物中の溶剤を除去し、更に必要に応じてカレンダー成形などのプレス処理を施して負極合剤層を形成し、負極を得る工程を採用することができる。
【0064】
負極活物質としては、例えば、天然黒鉛(鱗片状黒鉛)、人造黒鉛、膨張黒鉛などの黒鉛材料;ピッチを加熱して得られるコークスなどの易黒鉛化性炭素質材料;フルフリルアルコール樹脂(PFA)やポリパラフェニレン(PPP)およびフェノール樹脂を低温焼成して得られる非晶質炭素などの難黒鉛化性炭素質材料;などの炭素材料が挙げられる。また、炭素材料の他に、リチウムやリチウム含有化合物も負極活物質として用いることができる。リチウム含有化合物としては、Li−Alなどのリチウム合金や、Si、Snなどのリチウムとの合金化が可能な元素を含む合金が挙げられる。更にSn酸化物やSi酸化物などの酸化物系材料も用いることができる。負極合剤全量中における負極活物質量は、例えば、97〜99質量%であることが好ましい。
【0065】
導電助剤は、電子伝導性材料であれば特に限定されないし、使用しなくても構わない。導電助剤の具体例としては、アセチレンブラック;ケッチェンブラック;チャンネルブラック、ファーネスブラック、ランプブラック、サーマルブラックなどのカーボンブラック類;炭素繊維;などの炭素材料の他、金属繊維などの導電性繊維類;フッ化カーボン;銅、ニッケルなどの金属粉末類;ポリフェニレン誘導体などの有機導電性材料;などが挙げられ、これらを1種単独で用いてもよく、2種以上を併用しても構わない。これらの中でも、アセチレンブラック、ケッチェンブラックや炭素繊維が特に好ましい。ただし、負極に導電助剤を使用する場合には、高容量化のために、負極合剤全量中における導電助剤量を10質量%以下とすることが望ましい。
【0066】
負極合剤層に係るバインダとしては、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂のいずれであってもよい。具体的には、例えば、本発明の正極合剤層形成用組成物に用い得るバインダとして先に例示した各種バインダや、スチレンブタジエンゴム(SBR)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、エチレン−アクリル酸共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体、エチレン−メタクリル酸共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体、エチレン−アクリル酸メチル共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体、エチレン−メタクリル酸メチル共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体などが使用でき、それらの材料を1種単独で用いてもよく、2種以上を併用しても構わない。
【0067】
前記の中でも、PVDF、SBR、エチレン−アクリル酸共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体、エチレン−メタクリル酸共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体、エチレン−アクリル酸メチル共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体、エチレン−メタクリル酸メチル共重合体または該共重合体のNaイオン架橋体が特に好ましい。負極合剤全量中におけるバインダ量は、例えば、1〜5質量%であることが好ましい。
【0068】
負極合剤層の厚み(集電体の両面に負極合剤層が形成されている場合には、その片面あたりの厚み)は、30〜80μmであることが好ましい。
【0069】
負極に用いる集電体としては、非水電解液二次電池内において、実質上、化学的に安定な電子伝導体であれば特に限定されない。かかる集電体を構成する材料としては、例えば、ステンレス鋼、ニッケルやその合金、銅やその合金、チタンやその合金、炭素、導電性樹脂などの他に、銅またはステンレス鋼の表面にカーボンまたはチタンを処理させたものなどが用いられる。これらの中でも、銅および銅合金が特に好ましい。これらの材料は表面を酸化して用いることもできる。また、表面処理により集電体表面に凹凸を付けることが好ましい。集電体の形状としては、フォイルの他、フィルム、シート、ネット、パンチングされたもの、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群の成形体などが挙げられる。集電体の厚みは特に限定されないが、例えば、5〜50μmであることが好ましい。
【0070】
電極群の製造工程では、例えば、本発明法により調製された正極合剤層形成用組成物を用いて得られた正極と、前記の負極とを、セパレータを介在させつつ重ねて積層電極体としたり、更にこれを渦巻状に巻回し、必要に応じて横断面を扁平状に成形して巻回電極体としたりする。
【0071】
セパレータには、例えば、大きなイオン透過度および所定の機械的強度を有する絶縁性の微多孔性薄膜が用いられる。また、一定温度以上(例えば100〜140℃)で構成材料の溶融によって孔が閉塞し、抵抗を上げる機能を有するもの(すなわち、シャットダウン機能を有するもの)が好ましい。このようなセパレータの具体例としては、耐有機溶剤性および疎水性を有するポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)などポリオレフィン系ポリマー、またはガラス繊維などの材料で構成されるシート(多孔質シート)、不織布若しくは織布;前記例示のポリオレフィン系ポリマーの微粒子を接着剤で固着した多孔質体;などが挙げられる。セパレータの孔径は、正負極より脱離した正負極の活物質、導電助剤および結着剤などが通過しない程度であることが好ましく、例えば、0.01〜1μmであることが望ましい。セパレータの厚みは、8〜30μmとすることが一般的であるが、本発明では、10〜20μmとすることが好ましい。また、セパレータの空孔率は、構成材料や厚みに応じて決定されるが、30〜80%であることが一般的である。
【0072】
電池の組み立て工程では、例えば、前記の電極体を外装体内に収容し、非水電解液を注入した後に外装体を封止して、非水電解液二次電池を得る。外装体には、スチール製やアルミニウム(アルミニウム合金)製の筒形(円筒形や角筒形など)の外装缶、金属を蒸着したラミネートフィルムからなるラミネート外装体などを用いることができる。
【0073】
非水電解液には、例えば、下記の非水系溶媒中に、リチウム塩を溶解させることで調製した溶液が使用できる。
【0074】
溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、メチルエチルカーボネート(MEC)、γ−ブチロラクトン(γ-
BL)、1,2−ジメトキシエタン(DME)、テトラヒドロフラン(THF)、2−メチルテトラヒドロフラン、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、1,3−ジオキソラン、ホルムアミド、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジオキソラン、アセトニトリル、ニトロメタン、蟻酸メチル、酢酸メチル、燐酸トリエステル、トリメトキシメタン、ジオキソラン誘導体、スルホラン、3−メチル−2−オキサゾリジノン、プロピレンカーボネート誘導体、テトラヒドロフラン誘導体、ジエチルエーテル、1,3−プロパンサルトンなどの非プロトン性有機溶媒を1種単独で、または2種以上を混合した混合溶媒として用いることができる。
【0075】
非水電解液に係る無機イオン塩としては、例えば、LiClO、LiPF、LiBF、LiAsF、LiSbF、LiCFSO、LiCFCO、Li(SO、LiN(CFSO、LiC(CFSO、LiC2n+1SO3(n≧2)、LiN(RfOSO[ここでRfはフルオロアルキル基]などのリチウム塩から選ばれる少なくとも1種が挙げられる。これらのリチウム塩の非水電解液中の濃度としては、0.6〜1.8mol/lとすることが好ましく、0.9〜1.6mol/lとすることがより好ましい。
【0076】
外装体の有する端子と電極体に係る各電極との電気的な接続や、外装体の封止については、常法に従って行えばよい。
【0077】
図1に、本発明に係る非水電解液二次電池の一例を表す縦断面図を示している。図1に示す非水電解液二次電池は、電池の異常時に作動する電流遮断機構を含む防爆手段を備えた電池の例である。
【0078】
図1に示す非水電解液二次電池では、正極1と負極2がセパレータ3を介して渦巻状に巻回され、巻回電極体として非水電解液4と共に電池ケース(外装体)5内に収容されている。なお、図1では、繁雑化を避けるため、正極1や負極2の作製にあたって使用した集電体などは図示していない。
【0079】
電池ケース5(例えばステンレス鋼製)の底部には前記巻回電極体の挿入に先立って、絶縁体6(例えばPP)が配置されている。封口板7(例えばアルミニウム製)は円板状をしていて、その中央部に薄肉部7aが設けられ、かつ前記薄肉部7aの周囲に電池内圧を防爆弁9に作用させるための圧力導入口7bとしての孔が設けられている。そして、この薄肉部7aの上面に防爆弁9の突出部9aが溶接され、溶接部分11を構成している。なお、前記の封口板7に設けた薄肉部7aや防爆弁9の突出部9aなどは、図面上での理解がしやすいように、切断面のみを図示しており、切断面後方の輪郭は図示を省略している。また、封口板7の薄肉部7aと防爆弁9の突出部9aの溶接部分11も、図面上での理解が容易なように、実際よりは誇張した状態に図示している。
【0080】
端子板8(例えば、表面にニッケルメッキが施された圧延鋼製)は周縁部が鍔状になった帽子状をしており、この端子板8にはガス排出口8aが設けられている。防爆弁9(例えばアルミニウム製)は円板状をしており、その中央部には発電要素側(図1では、下側)に先端部を有する突出部9aが設けられ、かつ薄肉部9bが設けられ、前記突出部9aの下面が、前記のように、封口板7の薄肉部7aの上面に溶接され、溶接部分11を構成している。絶縁パッキング10(例えばPP製)は環状をしており、封口板7の周縁部の上部に配置され、その上部に防爆弁9が配置していて、封口板7と防爆弁9とを絶縁するとともに、両者の間から非水電解液が漏れないように両者の間隙を封止している。環状ガスケット12は例えばPP製で、リード体13(例えばアルミニウム製)は前記封口板7と正極1とを接続し、巻回電極体の上部には絶縁体14が配置され、負極2と電池ケース5の底部とはリード体15(例えばニッケル製)で接続されている。
【0081】
この電池においては、封口板7の薄肉部7aと防爆弁9の突出部9aとが溶接部分11で接触し、防爆弁9の周縁部と端子板8の周縁部とが接触し、正極1と封口板7とは正極側のリード体13で接続されているので、通常の状態では、正極1と端子板8とはリード体13、封口板7、防爆弁9およびそれらの溶接部分11によって電気的接続が得られ、電路として正常に機能する。
【0082】
そして、電池が高温にさらされたり、電池が過充電状態になったりするなど、電池に異常事態が起こり、電池内部にガスが発生して電池の内圧が上昇した場合には、その内圧上昇により、防爆手段が以下のように作動して、電池の破裂を防止することができるように設計されている。まず、電流遮断機構が、防爆弁9の中央部が内圧方向(図1では、上側の方向)に変形し、それに伴って溶接部分11で一体化されている薄肉部7aに剪断力が働いて該薄肉部7aが破断するか、または防爆弁9の突出部9aと封口板7の薄肉部7aとの溶接部分11が剥離することで作動して電流が遮断され、続いて、この防爆弁9に設けられている薄肉部9bが開裂することでガスを端子板8のガス排出口8aから電池外部に排出させる。
【0083】
なお、本発明に係る非水電解液二次電池は、正極合剤層中にLiCOを含有しているが、例えば電池が過充電状態になることによって、このLiCOがガス化し、電池の電流遮断機構の作動を促すため、電池内での電流が早期に遮断される。よって、本発明に係る非水電解液二次電池は、高い安全性を有するものとなる。
【0084】
本発明法により製造される非水電解液二次電池は、従来から知られている非水電解液二次電池と同様の用途に用いることができる。
【実施例】
【0085】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に述べる。ただし、下記実施例は、本発明を制限するものではない。
【0086】
実施例1
<正極合剤層形成用組成物の調製>
(混合工程)
正極活物質である化合物(A):LiNi0.5Co0.17Mn0.3Mg0.03と化合物(B):LiCo0.997Al0.003とを、(A)/(B)=30/70の質量割合で含む混合物100質量部と、結着剤であるPVDFを10質量%の濃度で含むNMP溶液20質量部と、導電助剤である人造黒鉛1質量部およびケッチェンブラック1質量部とを、プラネタリーミキサーを用いて炭酸ガスを導入した系内で混練した。ここに、更にNMPを加えて粘度を調節して、正極合剤層形成用組成物を調製した。
【0087】
(保管工程)
混練後の正極合剤層形成用組成物を容器に移し、この容器内に炭酸ガスを導入し、正極合剤層形成用組成物が沈降しないようにボールミル回転架台を用いて12時間保管した。
【0088】
<正極の作製>
保管工程後の正極合剤層形成用組成物を、70メッシュの厚みを通過させて粗大なものを除去した後、厚みが12μmのアルミニウム箔からなる正極集電体の両面に均一に塗布して乾燥し、更にプレス処理を行って、集電体の両面に、厚み(集電体の片面あたりの厚み)が65μmの正極合剤層を有する正極を作製した。
【0089】
<負極の作製>
天然黒鉛:97.5質量%、SBR:1.5質量%、およびCMC(増粘剤):1質量%を、水を用いて混合して負極合剤層形成用スラリーを調製した。この負極合剤層形成用スラリーを、集電体である銅箔(厚み:8μm)の両面に塗布し、120℃で12時間真空乾燥を施し、更にプレス処理を施して、集電体の両面に、厚み(集電体の片面あたりの厚み)が70μmの負極合剤層を有する負極を作製した。
【0090】
<電極体の作製>
前記の正極と負極とをセパレータ(厚みが14μmで、透気度が300秒/100cm3のポリエチレン製多孔膜)を介して重ね合わせ、渦巻状に巻回して巻回電極体を作製した。
【0091】
<非水電解液の調製>
メチルエチルカーボネートとジエチルカーボネートとエチレンカーボネートとの混合溶媒(体積比が2:1:3)に、1.2mol/lの濃度でLiPFを溶解し、これに2質量%となる量のビニレンカーボネート(VC)2質量%と、1質量%となる量のビニルエチレンカーボネート(V−EC)とを加えて非水電解液を調製した。
【0092】
<電池の組み立て>
前記の巻回電極体を円筒形の電池ケースに挿入し、前記非水電解液を注入した後、封止して、図1に示す構造の非水電解液二次電池を作製した。
【0093】
実施例2
実施例1と同じ混合工程によって調製した正極合剤層形成用組成物を容器に移し、炭酸ガスを容器内に導入しなかった以外は、実施例1と同様にして12時間保管した。その後、正極活物質中のLiOH量に対してモル基準で同等以上の炭酸ガスを容器内に導入し、更に12時間保管して、保管工程を完了した。
【0094】
そして、前記の保管工程を経た正極合剤層形成用組成物を用いた以外は、実施例1と同様にして正極を作製し、この正極を用いた以外は、実施例1と同様にして非水電解液二次電池を作製した。
【0095】
実施例3
混練系内に炭酸ガスを導入しなかった以外は、実施例1と同じ混合工程によって正極合剤層形成用組成物を調製し、これを実施例1と同じ保管工程によって保管した。
【0096】
そして、前記の保管工程を経た正極合剤層形成用組成物を用いた以外は、実施例1と同様にして正極を作製し、この正極を用いた以外は、実施例1と同様にして非水電解液二次電池を作製した。
【0097】
比較例1
実施例1と同じ混合工程によって調製した正極合剤含有組成物を容器に移し、炭酸ガスを容器内に導入しなかった以外は、実施例1と同様にして12時間保管して保管工程を完了した。
【0098】
そして、前記の保管工程を経た正極合剤層形成用組成物を用いた以外は、実施例1と同様にして正極を作製し、この正極を用いた以外は、実施例1と同様にして非水電解液二次電池を作製した。
【0099】
比較例2
混練系内に炭酸ガスを導入しなかった以外は、実施例1と同じ混合工程によって調製した正極合剤層形成用組成物を容器に移し、炭酸ガスを容器内に導入しなかった以外は、実施例1と同様にして12時間保管して保管工程を完了した。
【0100】
そして、前記の保管工程を経た正極合剤層形成用組成物を用いた以外は、実施例1と同様にして正極を作製し、この正極を用いた以外は、実施例1と同様にして非水電解液二次電池を作製した。
【0101】
実施例1〜3および比較例1、2の非水電解液二次電池を、以下の方法で評価した。
【0102】
<生産性の評価>
実施例1〜3および比較例1、2の非水電解液二次電池に係る正極を、前記の方法で100個ずつ作製した際に、正極合剤層形成用組成物を集電体に良好に塗布できたものの個数を調べた。
【0103】
<安全性の評価>
実施例および比較例の各電池を、あらかじめ100%充電状態にしてから過充電試験を行い、その特性を評価した。過充電試験は、18Vの電源を用い、各電池に1500mA(1C)の電流を強制的に流し続けるという通常では起こらない異常動作を想定して行い、その時の内圧上昇に伴う電流遮断機構(安全機構)が作動するまでの時期、および電池の到達する最高温度を測定した。
【0104】
前記の各評価結果を、正極合剤層形成用組成物の混合工程および保管工程での炭酸ガスの導入状況と併せて表1に示す。なお、表1では、各工程で炭酸ガスの導入があった場合を「○」で示し、炭酸ガスの導入がなかった場合を「×」で示す。また、表1では、「生産性の評価」の欄に、正極を100個作製した際に、正極合剤層形成用組成物を集電体に良好に塗布できたものの個数を示す。
【0105】
【表1】

【0106】
実施例1〜3の非水電解液二次電池の正極の作製に使用した正極合剤層形成用組成物は、保管工程後の増粘が抑えられており、表1に示す通り、集電体への塗布性が良好で、正極および非水電解液二次電池の生産性が良好であった。
【0107】
これに対し、比較例1、2の非水電解液二次電池の正極の作製に使用した正極合剤層形成用組成物は、保管工程後に増粘が認められ、表1に示す通り、集電体への塗布性が、実施例1〜3に係る正極合剤含有組成物に比べて大きく損なわれており、正極および非水電解液二次電池の生産性が劣っていた。
【0108】
また、表1に示す通り、実施例1〜3の非水電解液二次電池は、過充電試験時において、比較例の電池に比べて電流遮断機構の作動時間が短く、かつ電池の最高到達温度が低く、安全性がより優れている。これは、実施例1〜3の電池では、保管工程のいずれかの段階で炭酸ガスを導入した正極合剤含有組成物を使用して作製した正極を有しているため、正極合剤層が、電池の安全性を高め得る量のLiCOを含有しているためであると推測される。
【符号の説明】
【0109】
1 正極
2 負極
3 セパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質、導電助剤、バインダおよび溶剤を含有し、非水電解液二次電池用の正極の正極合剤層を形成するための組成物を調製する方法であって、
前記正極活物質、前記導電助剤、前記バインダおよび前記溶剤を混合する混合工程と、
前記混合工程により得られた混合物を容器に収容して保管する保管工程とを少なくとも有しており、
前記正極活物質にリチウムニッケル含有複合酸化物を使用し、前記溶剤に有機溶剤を使用し、かつ前記バインダに前記有機溶剤に溶解し得るバインダを使用し、
前記保管工程中に、前記容器内に炭酸ガスを導入することを特徴とする正極合剤層形成用組成物の調製方法。
【請求項2】
混合工程において、炭酸ガスを導入した系内で正極活物質、導電助剤、バインダおよび溶剤を混合する請求項1に記載の正極合剤層形成用組成物の調製方法。
【請求項3】
正極活物質の少なくとも一部に、一般式LiNiCo(1−x−y−z)Mn(0.5≦x≦0.9、0≦y≦0.3、0.003≦z≦0.05であり、元素MはLi、Ni、CoおよびMn以外の金属元素であって、Mg、Al、Ti、Sr、Zr、Nb、AgおよびBaよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む)で表される層状リチウムニッケルコバルト複合酸化物(A)を使用する請求項1または2に記載の正極合剤層形成用組成物の調製方法。
【請求項4】
正極活物質に、一般式LiNiCo(1−a−b−c)Mn(0≦a≦0.03、0≦b≦0.02、0.003≦c≦0.01であり、元素MはLi、Ni、CoおよびMn以外の金属元素であって、Mg、Al、Ti、Sr、Zr、Nb、AgおよびBaよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む)で表される層状リチウムコバルト複合酸化物(B)を、層状リチウムニッケルコバルト複合酸化物(A)とともに使用する請求項3に記載の正極合剤層形成用組成物の調製方法。
【請求項5】
バインダにポリフッ化ビニリデンを使用する請求項1〜4のいずれかに記載の正極合剤層形成用組成物の調製方法。
【請求項6】
正極、負極、セパレータおよび非水電解液を有する非水電解液二次電池の製造方法であって、
集電体の片面または両面に、請求項1〜5のいずれかに記載の正極合剤層形成用組成物の調製方法により得られた正極合剤層形成用組成物を塗布する工程を経て正極合剤層を形成した正極を用いることを特徴とする非水電解液二次電池の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2013−73779(P2013−73779A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−211909(P2011−211909)
【出願日】平成23年9月28日(2011.9.28)
【出願人】(511084555)日立マクセルエナジー株式会社 (212)
【Fターム(参考)】