説明

正極活物質の製造方法、正極、および蓄電デバイス

【課題】炭素を過剰に添加しなくとも、十分な導電性が得られるLiVPO4Fを製造する方法を提供することを目的とする。また、このLiVPO4Fを用いることにより、高容量の正極、および高エネルギー密度の蓄電デバイスを提供すること。
【解決手段】原料としての五酸化バナジウムとリン酸塩化合物、及び添加物としての炭素材料から、炭素を含有したVPO4を含む前駆体を合成する前駆体合成工程と、前記前駆体とLiFとから、炭素を含有したLiVPO4Fを合成するLiVPO4F合成工程と、を有し、前記添加物としての炭素材料が、比表面積700〜1500m2/gの導電性カーボンブラックであり、前記前駆体合成工程において、前記導電性カーボンブラックの添加量を、五酸化バナジウム1モルに対して2モル未満としたことを特徴とするLiVPO4F型の結晶構造を有する正極活物質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、正極活物質の製造方法、正極、および蓄電デバイスに関し、特に、LiVPO4Fを主成分とする正極活物質の製造方法、該製造方法により製造された正極、及び該正極を用いて製造された蓄電デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車や携帯型情報通信関連機器等の多岐の分野にわたり、リチウムイオン二次電池等のリチウムイオン蓄電デバイスが使用されている。このようなリチウムイオン蓄電デバイスにおいて、正極活物質に使用される材料としてLiVPO4F型の結晶構造を有する組成物が用いられている。
【0003】
特許文献1には、LiVPO4Fを製造する方法の一例が開示されている。特に、この特許文献1では、第1段階でLiVPO4Fの前駆体であるVPO4を合成し、第2段階で合成したVPO4とLiFを用いて活物質であるLiVPO4Fを合成する方法が開示されている。当該方法では、第1段階及び第2段階をそれぞれ以下の式I及び式IIにしたがって、原料物質であるV25とNH42PO4に炭素を添加して焼成し、生成されたVPO4をさらに焼成してLiVPO4Fを得るカーボサーマル法が開示されている。
【0004】
0.5V25+NH42PO4+C→VPO4+NH3+1.5H2O+CO I
LiF+VPO4→LiVPO4F II
【0005】
更に、非特許文献1〜3においては、下記の式III及び式IVの反応式にしたがい原料物質からLiVPO4Fを製造する方法が開示されている。
【0006】
25+2(NH42HPO4+xC→2VPO4/{(x−2)}/2}C+4NH3+3H2O+2CO III
LiF+VPO4/{(x−2)}/2}C→LiVPO4F/{(x−2)}/2}C IV
【0007】
上記非特許文献における第1段階の反応式において、炭素Cにかかる係数部分のxは、添加する炭素のV25に対するモル比を意味している。この炭素の添加量xは、2より大きい値とる。すなわち、1モルの原料V25に対して炭素が2モルよりも多く添加されることとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−18989号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Journal of Power Sources 146 (2005) 516 - 520
【非特許文献2】Journal of The Electrochemical Society 151 (10) A1670 - A1677 (2004)
【非特許文献3】Electrochimica Acta 56 (2011) 1344 - 1351
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1の第一段階においては、反応式をみれば理解されるように理論的には0.5モルのV25に対して炭素の添加量を1モルとすることで反応が成立する。しかし、特許文献1の実施例2等を参照すると、実際には、0.5モルのV25に対して1.1モルの炭素を添加している。また、非特許文献においても、1モルのV25に対して2モルよりも多くの炭素が添加されている。これは、LiVPO4Fが高容量ではあるものの高い電気抵抗を示すため、蓄電デバイスとして機能させるためにはその電気抵抗を低下させる必要があるからである。また、電気抵抗は、放電維持率とも相関関係を示し、一般的に抵抗値が小さくなると放電維持率が向上する。
【0011】
従って、V25を還元させるという観点からは、理論的な炭素の添加量をV25に対して2倍のモル比とすればよいのであるが、活物質であるLiVPO4Fの導電性を向上させるために炭素を余剰に添加していた。
【0012】
しかし、一方で炭素添加量を増加させればさせるほど、正極材料中の活物質の割合、すなわち、結晶としてのLiVPO4Fの割合が低下して、結果として正極の容量が低下してしまう。正極の容量が低下すると、蓄電デバイスのエネルギー密度が低下することとなる。
【0013】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、炭素を過剰に添加しなくとも、十分な導電性が得られるLiVPO4Fを製造する方法を提供することを目的とする。また、このLiVPO4Fを用いることにより、高容量の正極、および高エネルギー密度の蓄電デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的を達成するために本発明にかかるLiVPO4F型の結晶構造を有する正極活物質の製造方法は、炭素を含有したLiVPO4F型の結晶構造を有する正極活物質の製造方法であって、原料としての五酸化バナジウムとリン酸塩化合物、及び添加物としての炭素材料から、炭素を含有したVPO4を含む前駆体を合成する前駆体合成工程と、前記前駆体とLiFとから、炭素を含有したLiVPO4Fを合成するLiVPO4F合成工程と、を有し、前記添加物としての炭素材料が、比表面積700〜1500m2/gの導電性カーボンブラックであり、前記前駆体合成工程において、前記導電性カーボンブラックの添加量を、五酸化バナジウム1モルに対して2モル未満としたことを特徴とするLiVPO4F型の結晶構造を有することを特徴とする。
【0015】
また、炭素を含有したLiVPO4F型の結晶構造を有する正極活物質の製造方法であって、原料としての五酸化バナジウムとリン酸塩化合物、及び添加物としての炭素材料から、炭素を含有したVPO4を含む前駆体を合成する前駆体合成工程と、前記前駆体とLiFとから、炭素を含有したLiVPO4Fを合成するLiVPO4F合成工程と、を有し、前記添加物としての炭素材料が比表面積700〜1500m2/gの導電性カーボンブラックであり、前記LiVPO4F工程においてLiVPO4Fに含有される炭素量がLiVPO4Fに対して5質量%以下となるように、前記前駆体合成工程において導電性カーボンブラックを添加する。
【0016】
本発明によれば、前駆体合成工程における原料物質に添加する炭素材料として、比表面積700〜1500m2/gの導電性カーボンブラックとしてケッチェンブラックを用いることにより、カーボンブラック等の他の炭素材料を添加する場合と比較して、LiVPO4Fを主成分とする正極活物質に電極材料として用いるために必要な十分な導電性を与えることができる。
【0017】
本発明にかかる前駆体は、蓄電デバイス用電極又は該電極を用いた蓄電デバイスに使用されることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、前駆体合成工程における原料物質に添加する炭素材料として、比表面積700〜1500m2/gの導電性カーボンブラックとしてケッチェンブラックを用いることにより、カーボンブラック等の他の炭素材料を添加する場合と比較して、その添加量を少なくしても正極活物質LiVPO4Fに十分な導電性を与えることができる。従って、正極活物質LiVPO4Fにおいて含有炭素量が増加することにより正極容量の低下が防止され、延いては蓄電デバイスのエネルギー密度の向上が促される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施の形態にかかる各工程の流れを説明するフローチャートである。
【図2】本実施の形態にかかる蓄電デバイス内部を模式的に示した断面図である。
【図3】炭素材料としてケッチェンブラックを用い、その添加量を変化させた場合における対応する各VPO4のXRD測定結果を示す。
【図4】炭素材料としてカーボンブラックを用い、その添加量を変化させた場合における対応する各VPO4のXRD測定結果を示す。
【図5】炭素材料としてケッチェンブラックを用い、その添加量を変化させた場合における対応する各LiVPO4FのXRD測定結果を示す。
【図6】炭素材料としてカーボンブラックを用い、その添加量を変化させた場合における対応する各LiVPO4FのXRD測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明にかかる実施の形態について説明する。図1は、本実施の形態にかかる正極活物質の製造方法の流れを示すフローチャートである。
【0021】
図示のように、本実施の形態にかかる製造方法においては、先ず、前駆体合成工程が行われる。前駆体合成工程では、原料として五酸化バナジウムとリン酸塩化合物、及び添加物としての炭素材料であるケッチェンブラック(以下、KBと記載する)が混合される。具体的には、原料物質である五酸化バナジウムとリン酸塩化合物を、親水性のアルコール(炭素数が3以下の)、例えば、2−プロパノールを含有させた混合溶媒を用いて湿式混合する。そして、得られた混合物を焼成することで固相反応させVPO4を含む前駆体を合成する。
【0022】
なお、上記焼成には、不活性雰囲気下において200〜400℃の間の温度で熱処理される仮焼成工程と、不活性雰囲気下において800℃〜900℃の間の温度で熱処理が行われる本処理工程が含まれる。不活性雰囲気とは、例えばヘリウム、アルゴン等の希ガス流や窒素等の不活性ガス流である。仮焼成における熱処理は、例えば約300℃の温度で2〜6時間の間行われ、本焼成における熱処理は、例えば約800℃の温度で約16時間の間行われることが好ましい。
【0023】
上記混合工程及び焼成工程を経てVPO4を主成分とする前駆体が得られる。この本実施の形態にかかる前駆体は、V23等の不純物の含有量が極めて少なくなる。例えば、製造された前駆体は、X線回折パターンから定量されるVO結合を有する生成不純物の割合が主成分であるVPO4に比して5%未満となる。このようにVO結合を有する不純物の割合の減少が実現されたことにより、正極活物質の容量特性及びエネルギー密度が向上される。
【0024】
なお、混合溶媒中の水の配合比は、原料物質であるV25に対して、2〜9モルの範囲内となるように調整されることが好ましい。また、混合溶媒の投入量が、原料(V25及び(NH42HPO4)の質量に対して100〜200%となるように投入が行われることが好ましく、混合溶媒の投入量の調整は、水と混合する2−プロパノールの量を調節することにより行われる。
【0025】
原料物質としてのリン酸塩化合物は、本実施の形態ではリン酸アンモニウム化合物である(NH42HPO4を用いる。五酸化バナジウムV25とリン酸塩化合物(NH42HPO4の混合モル比は、1:2である。
【0026】
また、本実施の形態においては、KBの添加量が、V251モルに対して2モル未満、すなわち、KBのV25に対するモル比(以下モル比Nと記載)が、2と設定される。すなわち、本実施の形態におけるKBの添加量は、従来のカーボンブラック等の炭素材料における一般的な添加量と比べて低く設定されている。
【0027】
次に、LiVPO4F合成工程として、前駆体合成工程で得られた前駆体VPO4とLiFから、炭素を含有した正極活物質LiVPO4Fを得る。
【0028】
具体的には、例えば、ボールミルを用いてLiFとVPO4を適切な混合比で混合し、紛体混合物をペレット化し、このペレットを不活性雰囲気下において加熱して、その後、冷却した後に、得られたペレットを紛体化する。これにより、正極活物質としてのLiVPO4Fの粉末が得られる。
【0029】
得られた正極活物質LiVPO4Fは、KBの添加量が、従来の他の炭素材料の添加量と比較して少ないにもかかわらず、低い抵抗率、すなわち、高い導電性が実現される。従って、このLiVPO4Fを用いて蓄電デバイスを製造することによって、炭素材料の添加量を少なくして容量の低下を防ぎつつ、電極の抵抗増大による放電容量及び放電容量維持率の低下も防止することができる。
【0030】
そして、この正極活物質LiVPO4Fを、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を含むバインダーと、導電助剤としてのKBと混合し、溶媒としてのN−メチル−2−ピロリジノン(NMP)を用いてスラリーとし、得られたスラリーの成型・裁断を行うことで、上記正極活物質LiVPO4Fを含む、蓄電デバイス用の正極活物質層を得ることができる。
【0031】
以下、本実施の形態にかかる正極活物質LiVPO4Fを用いて製造された蓄電デバイス(リチウムイオン蓄電デバイス)の構成について説明する。
【0032】
図2は、リチウムイオン蓄電デバイス10の構造説明する図である。本実施の形態にかかるリチウムイオン蓄電デバイス10は、リチウムイオンをドープ・脱ドープ可能な上記正極活物質LiVPO4Fを含む正極18と、リチウムイオンをドープ・脱ドープ可能な負極活物質を有する負極12と、正極18と負極12間を満たす非水電解液(図示せず)とを備え、正極18と負極12との間におけるリチウムイオンの移動により充放電を行い、放電時に電流を取り出すことができるデバイスである。
【0033】
ここで、「ドープ」とは、吸蔵・挿入の他に吸着・担持等も含む概念であり、「脱ドープ」とはその逆の概念である。例えば、リチウムイオン蓄電デバイスとしては、リチウムイオン二次電池等が含まれる。
【0034】
非水電解液として、一般的なリチウム塩を電解質とし、これを溶媒に溶解した電解液が使用される。なお、電解質や溶媒は特に制限されるものではないが、例えば、電解質としては、LiClO4、LiAsF6、LiBF4、LiPF6、LiB(C654、CH3SO3Li、CF3SO3Li、(C25SO22NLi、(CF3SO22NLi等やこれらの混合物を用いることができる。これらの電解質は単独使用しても、複数種類を併用してもよい。LiPF6やLiBF4が特に好ましい。さらに、非水電解液の溶媒としては、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(MEC)等の鎖状カーボネート、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ビニレンカーボネート(VC)等の環状カーボネート、アセトニトリル(AN)、1,2-ジメトキシエタン(DME)、テトラヒドロフラン(THF)、1,3-シオキソラン(DOXL)、ジメチルスホキシド(DMSO)、スルホラン(SL)、プロピオニトリル(PN)等の比較的分子量の小さい溶媒、又はこれらの混合物を使用することができる。鎖状カーボネートと環状カーボネートの混合物が特に好ましい。更には、2種類以上の鎖状カーボネートや2種類以上の環状カーボネートを用いた混合物であってもよい。また、必要に応じて溶媒にはフルオロエチレンカーボネート(FEC)等が添加される。
【0035】
正極18と負極12とはフィルム状のセパレータ25を介して積層されており、セパレータ25には非水電解液が浸透している。正極と負極とが複数ある場合には、正極18と負極12とが交互に積層される。また、平板上に積層される積層型の電極ユニットや積層したものを捲回した捲回型の電極ユニットのいずれでも本実施の形態に適用できる。
【0036】
負極12は、Cu箔等の金属基板からなり外部回路と接続のためのリード14aが設けられた集電体14と、集電体14の片面または両面に設けられた負極活物質層16とから構成される。負極活物質層16は、負極活物質、バインダー、及び導電助剤をNMP等の溶媒を用いてスラリーにし、塗布・乾燥させて形成される。
【0037】
負極活物質は、リチウムイオンをドープ・脱ドープ可能な物質であって、金属材料、その他リチウムイオンを吸蔵可能な炭素材料や金属材料や合金材料や酸化物、又はこれらの混合物が用いられる。負極活物質の粒径は0.1〜30μmであることが好ましい。金属材料としては例えばシリコンやスズが挙げられる。合金材料としては例えばシリコン合金やスズ合金が挙げられる。酸化物としては例えば酸化シリコン、酸化スズ、酸化チタンが挙げられる。炭素材料としては例えば黒鉛、難黒鉛化炭素、易黒鉛化炭素、ポリアセン系有機半導体等が挙げられる。これらの材料を混合して用いても良い。本発明では、シリコン元素やスズ元素等を含む合金系負極を有する蓄電デバイスに対し特に効果的である。
【0038】
本実施形態において、正極18は、Al箔等の金属基板からなり外部回路と接続のためのリード20aが設けられた集電体20と、集電体20の片面または両面に設けられ上記正極活物質LiVPO4Fを含む正極活物質層22とから構成される。
【実施例】
【0039】
以下、実施例及び比較例により本発明を更に詳細に説明する。ただし、本発明は本実施例に限定されるものではない。
【0040】
(実施例1)
[正極の製造]
1.原料物質
・V25:90.94g(0.5mol)
・(NH42HPO4:132.06g(1mol)
2.炭素材料
・ケッチェンブラック(KB):3.0025g(炭素0.25mol、すなわちモル比x=0.5)、比表面積1400m2/g
3.混合溶媒
水:18.02g(1.0mol、すなわち、V25に対する水の配合比=2.0)及び2−プロパノール316.48gの混合溶媒。従って、この混合溶媒の全質量は、334.5gであり、原料の質量223gに対して150%である。
【0041】
(a)上記原料V25及び(NH42HPO4に、KBを添加して、上記水と2−プロパノールの混合溶媒を用いて3時間湿式混合した。
(b)得られた混合物をアルゴン雰囲気下において約300℃で2時間の間熱処理を行った。
(c)その後、更に、混合物を同様にアルゴン雰囲気下において約800℃で16時間の間熱処理して固相反応させた。固相反応後、約145.9gの前駆体Aが合成された。
(d)この前駆体Aに対してXRD測定(X線回折測定)及び抵抗率の測定を行った。前駆体Aの主成分はVPO4であった。また、抵抗率の測定は、抵抗率測定器(北斗電工社製 電気化学測定システムHZ3000)を用いて行い、その値は、1.2×1010Ω・cmであった。
(e)ボールミルを用いて、前駆体A:145.9gに対してLiF:25.94g(すなわち、VPO4とLiFのモル比が1:1となるように)を混合し、2−プロパノール溶媒中で1時間混合した。
(f)得られた混合物を、アルゴン雰囲気下において約670℃で1時間の間熱処理して、正極活物質Aの粉末を得た
(g)得られた正極活物質Aの粉末に対してXRD分析を行い、その成分を測定した。その主成分は、LiVPO4Fであった。
(h)更に、抵抗率測定器を用いて正極活物質Aの粉末の抵抗率を測定した。その値は、6.1×109Ω・cmであった。
(i)正極活物質Aに含有されている炭素量(wt%)を測定した。炭素量は高周波燃焼−赤外線吸収法(LECO社製 IR−412型を使用)を用いて測定した。炭素量は、0.9質量%であった。
(j)(f)において得られた正極活物質LiVPO4Fの粉末を、質量比が90:5:5となるように、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を含むバインダー、及び導電助剤としてのケッチェンブラックと混合し、溶媒としてN−メチル−2−ピロリジノン(NMP)を用いてスラリーとした。その後、スラリーを、多孔密度が、2g/cm3となるように均一に塗布して成型し、24×36mm四方に裁断して、上記正極活物質LiVPO4Fからなる正極活物質層を含む正極Aを得た。
【0042】
[負極の作製]
グラファイトと、バインダーとしてのPVDFとを、質量比94:6で混合し、NMPで希釈したスラリーを調製した。このスラリーを、片面当たりの合材密度1.5mg/cm3となるように、貫通孔を有する銅製集電体両面または片面に均一に塗布したものを成型し、26×38mm四方に裁断して負極とした。
【0043】
[電池の作製]
上述の工程により正極Aを12枚作成と負極12枚(内片面塗布2枚)とを、セパレータとしてのポリオレフィン系微多孔膜を介して積層した。なお、片面塗布の負極2枚は最外層に塗布した。そして、さらにセパレータを介して、ステンレス多孔箔に金属リチウムを貼り付けたリチウム極を最外層に配置して、正極A、負極、リチウム極およびセパレータからなる電極積層ユニットを作製した。この電極積層ユニットをアルミニウムのラミネートフィルムでパッケージングし、ホウフッ化リチウム(LiBF4)を1モル/Lで溶解したエチレンカーボネート(EC)/ジエチルカーボネート(DEC)=1/3(質量比)の電解液を注入した。これにより、リチウムイオン二次電池Aを組み立てた。
【0044】
[放電容量の測定]
作製したリチウムイオン二次電池Aを、20日間放置した後、その1セルの電池を用いて、0.1C放電にて、電池容量の指標としての活物質あたりの放電容量(mAh/g活物質)を測定した。リチウムイオン二次電池Aの放電容量は活物質あたり100mAh/gであった。
【0045】
[放電特性の調査]
更に、他の一セルの電池を用いて放電特性を調査した。放電特性は容量(時間)の経過に伴う電圧の値を測定することで得た。本実施例では、1回目の充電後に容量の測定を行い、放電後の20回目の充電後に再び容量の測定を行った。1回目の容量に対する20回目の容量の比、すなわち、放電容量維持率は、86%であった。
【0046】
(実施例2)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するKBの量を、6.005g(炭素0.5mol、すなわちモル比x=1.0)とした以外は、実施例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本実施例では、得られた前駆体を前駆体B、正極活物質を正極活物質B、及びリチウムイオン二次電池を電池Bとする。
【0047】
VPO4を主成分とする前駆体Bの抵抗率は、8.7×10Ω・cmであり、正極活物質Bに含有されている炭素量は2.5質量%であり、正極活物質Bの抵抗率は、4.8×10Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Bの放電容量は、活物質あたり132mAh/gであり、放電容量維持率は、88%であった。
【0048】
(実施例3)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するKBの量を、9.0075g(炭素0.75mol、すなわちモル比x=1.5)とした以外は、実施例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本実施例では、得られた前駆体を前駆体C、得られた正極活物質を正極活物質C、及びリチウムイオン二次電池を電池Cとする。
【0049】
VPO4を主成分とする前駆体Cの抵抗率は2.6×10Ω・cmであり、正極活物質Cに含有されている炭素量は3.9質量%であり、正極活物質Cの抵抗率は、1.3×10Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Cの放電容量は、活物質あたり131mAh/gであり、放電容量維持率は、92%であった。
【0050】
以下では、比較例について説明する。
【0051】
(比較例1)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するKBの量を、18.015g(炭素1.5mol、すなわちモル比x=3.0)とした以外は、実施例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本実施例では、得られた前駆体を前駆体D、得られた正極活物質を正極活物質D、及びリチウムイオン二次電池を電池Dとする。
【0052】
VPO4を主成分とする前駆体Dの抵抗率は6.5Ω・cmであり、正極活物質Dに含有されている炭素量は、7.6質量%であり、正極活物質Dの抵抗率は、4.3Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Dの放電容量は、活物質あたり131mAh/gであり、放電容量維持率は、92%であった。
【0053】
(比較例2)
原料物質V25及び(NH42HPO4に、KBではなく、カーボンブラック(CB:比表面積161m2/g)を3.0025g(炭素0.25mol、すなわちモル比x=0.5)添加した以外は、比較例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本比較例では、得られた正極活物質を正極活物質E、リチウムイオン二次電池を電池Eとする。
VPO4を主成分とする前駆体Eの抵抗率は、5.1×109Ω・cmであり、正極活物質Eに含有されている炭素量は、0.9質量%であり、正極活物質Eの抵抗率は、3.7×109Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Eの放電容量は、活物質あたり96mAh/gであり、放電容量維持率は、77%であった。
【0054】
(比較例3)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するCBの量を、6.005g(炭素0.5mol、すなわちモル比x=1.0)とした以外は、比較例2と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本比較例では、得られた正極活物質を正極活物質F、リチウムイオン二次電池を電池Fとする。
【0055】
VPO4を主成分とする前駆体Fの抵抗率は1.1×1010Ω・cmであり、正極活物質Fに含有されている炭素量は、2.3質量%であり、正極活物質Fの抵抗率は、5.7×109Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Fの放電容量は、活物質あたり101mAh/gであり、放電容量維持率は、78%であった。
【0056】
(比較例4)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するCBの量を、9.0075g(炭素0.75mol、すなわちモル比x=1.5)とした以外は、比較例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本比較例では、得られた正極活物質を正極活物質G、リチウムイオン二次電池を電池Gとする。
【0057】
VPO4を主成分とする前駆体Gの抵抗率は1.2×103Ω・cmであり、正極活物質Gに含有されている炭素量は、3.9質量%であり、正極活物質Gの抵抗率は、7.2×108Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Gの放電容量は、活物質あたり107mAh/gであり、放電容量維持率は、79%であった。
【0058】
(比較例5)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するCBの量を、12.8507g(炭素1.07mol、すなわちモル比x=2.14)とした以外は、比較例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本比較例では、得られた正極活物質を正極活物質H、リチウムイオン二次電池を電池Hとする。
【0059】
VPO4を主成分とする前駆体Hの抵抗率は3.2×10Ω・cmであり、正極活物質Hに含有されている炭素量は、5.6質量%であり、正極活物質Hの抵抗率は、5.3×107Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Hの放電容量は、活物質あたり113mAh/gであり、放電容量維持率は、81%であった。
【0060】
(比較例6)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するCBの量を、14.6522g(炭素1.22mol、すなわちモル比x=2.44)とした以外は、比較例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本比較例では、得られた正極活物質を正極活物質I、リチウムイオン二次電池を電池Iとする。
【0061】
VPO4を主成分とする前駆体Iの抵抗率は1.3×10Ω・cmであり、正極活物質Iに含有されている炭素量は、6.4質量%であり、正極活物質Iの抵抗率は、3.5×104Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Iの放電容量は、活物質あたり119mAh/gであり、放電容量維持率は、84%であった。
【0062】
(比較例7)
原料物質V25及び(NH42HPO4に添加するCBの量を、18.015g(炭素1.5mol、すなわちモル比x=3.0)とした以外は、比較例1と同様の条件で同様の工程を行った。なお、本比較例では、得られた正極活物質を正極活物質J、リチウムイオン二次電池を電池Jとする。
【0063】
VPO4を主成分とする前駆体Jの抵抗率は3.1×10Ω・cmであり、正極活物質Jに含有されている炭素量は、7.5質量%であり、正極活物質Jの抵抗率は、3.3Ω・cmであった。また、リチウムイオン二次電池Jの放電容量は、活物質あたり126mAh/gであり、放電容量維持率は、88%であった。
【0064】
各実施例及び各比較例の結果について考察する。
【0065】
図3には、上記実施例1〜3の各前駆体A〜C、及び比較例1の前駆体DのXRD測定結果を示す。すなわち、これは、原料物質に炭素材料としてKBが添加されて得られた前駆体A〜Dの分析結果である。
【0066】
図示のように、前駆体A〜C、及び前駆体Dではピークの位置及び大きさがほぼ一致している。この一致するピークは、VPO4の結晶構造を示すものであるので、各実施例1〜3の前駆体A〜C及び比較例1の前駆体Dの主成分はVPO4であることが理解される。
【0067】
一方、図4には、上記比較例2〜7の各前駆体E〜JのXRD測定結果を示す。すなわち、これは、原料物質に炭素材料としてCBが添加されて得られた前駆体E〜Jの分析結果である。これら前駆体E〜Jでは、ピークの位置が図3における各前駆体A〜Dのピーク位置と共通していることから、これら前駆体E〜JもVPO4を主成分として有することが理解される。
【0068】
そして、図3に示すように、各実施例1〜3の前駆体A〜Cは、KBの添加量が少ない(モル比x=0.5〜1.5)にもかかわらず、KBの添加量が多い比較例1の前駆体Dと略同じ大きさのピークを示している。これにより、炭素材料がKBの場合、その添加量をある程度少なくしても、前駆体の結晶構造は安定していることがわかる。
【0069】
次に、図5には、上記実施例2及び3の各正極活物質B及びCのXRD測定結果を示す。すなわち、これは、原料物質に炭素材料としてKBが添加されて得られた正極活物質B及びCの分析結果である。
【0070】
図示のように、正極活物質B及びCではピークの位置及び大きさがほぼ一致している。この一致するピークは、LiVPO4Fの結晶構造を示すものであるので、各実施例2及び3の正極活物質B及びCの主成分はLiVPO4Fであることが理解される。なお、実施例1の正極活物質AについてXRD測定結果は、図示されていないが、実施例2及び3の正極活物質B及びCに対するXRD測定結果と略同様である。
【0071】
一方、図6には、上記比較例2、5、及び7の各正極活物質E、H、及びJのXRD測定結果を示す。すなわち、これは、原料物質に炭素材料としてCBが添加されて得られた正極活物質の分析結果である。これら正極活物質E、H、及びJでは、ピークの位置が図5における各正極活物質B及びCのピーク位置と共通していることから、これら正極活物質E、H、及びJもLiVPO4Fを主成分として有することが理解される。
【0072】
表1には、各実施例及び比較例における各数値の測定結果を示す。
【0073】
【表1】

【0074】
上記表1から理解されるように、炭素材料としてのCBの添加量xが0.5〜2.4の場合(比較例2〜6)、正極活物質LiVPO4Fの抵抗率は104〜109Ω・cmオーダーと極めて高く、正極活物質として機能させるために必要な導電性を得ることができない恐れがある。実際に、比較例2〜6の正極活物質における放電容量は、96〜119mAhg-1程度で、放電容量維持率は77〜84%程度の低い値となっている。従って、炭素材料としてCBを添加する場合には、少なくともCBの添加量xを2.4より大きくする必要があることが理解される。一方、正極活物質中に含まれる炭素が増加すると、実施例1〜3および比較例1の傾向から、放電容量は約130mAh/gで飽和すると考えられる。しかし、正極活物質中の炭素を増加させるという行為は、充放電容量に寄与するLiVPO4Fの割合を減らすということであり、高エネルギー密度化に対して不利な方向となる。
【0075】
これに対して、本実施例2〜3においては、炭素材料としてKBを添加したことにより、その添加量xが、1.0〜1.5程度であっても、正極活物質LiVPO4Fの抵抗率は、101Ω・cmオーダーとなっている。これは、比較例2〜6の場合と比較して十分に低い値であり、従って、本実施例にかかる正極活物質LiVPO4Fは、正極活物質として機能するために必要な導電性を備えている。実際に、実施例2〜3の正極活物質における放電容量は、ほぼ130mAhg-1程度の高い値を示し、放電容量維持率も88〜92%程度の高水準な値となっている。
【0076】
これにより、本実施例のように炭素材料としてKBを添加する場合には、その添加量xが、1.0〜1.5程度の比較的少量であっても、正極活物質LiVPO4Fに必要な導電性を与えることができる。このように少量の添加でも十分な導電性が得られる理由は、KBの比表面積(700〜1500m2/g)がCBの比表面積(100〜200m2/g)に比べて高いことにより、単位重量あたりの粒子数が多く、少量でも良好な導電回路を形成できるためと考えられる。
【0077】
従って、過剰な炭素材料の添加による容量低下を防ぎつつも、放電容量及び放電維持率の上で高い性能を維持した正極活物質を製造することができる。なお、KBの添加量xが、3.0である場合(比較例1)において、放電容量は131mAhg-1程度と比較的高い値を示し、かつ放電容量維持率も92%と高い値を示す。しかしながら、KBの添加量xが2.0より大きな値をとると、KBの高い比表面積により、良好なスラリーを得るためにはバインダーの量を増やさなければならない。その結果、電極中の活物質の割合が低下してしまい、高エネルギー密度化には不利な方向となるため、添加量xを2未満とすることが好ましい。
【0078】
一方、炭素材料の添加量xを0.5未満とすると、抵抗率が高くなるため、容量やサイクル特性が低下する可能性があるので、KBの添加量xは、0.5よりも増やすことが好ましい。
【0079】
なお、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、発明の要旨の範囲内で種々の変更が可能である。例えば、本実施の形態において使用される 原料としての五酸化バナジウムとリン酸塩化合物は、これら原料物質の基本的な性質を大きく変更しない程度に他の種々の構成元素を含んでいても良い。また、電極を作成するためのバインダーや溶媒等を、状況に合わせて種々のものを用いることができる。
【符号の説明】
【0080】
10 リチウムイオン蓄電デバイス
12 負極
14 負極集電体
16 負極活物質層
18 正極
20 正極集電体
22 正極活物質層
24 リード
25 セパレータ
26 リード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素を含有したLiVPO4F型の結晶構造を有する正極活物質の製造方法であって、
原料としての五酸化バナジウムとリン酸塩化合物、及び添加物としての炭素材料から、炭素を含有したVPO4を含む前駆体を合成する前駆体合成工程と、
前記前駆体とLiFとから、炭素を含有したLiVPO4Fを合成するLiVPO4F合成工程と、を有し、
前記添加物としての炭素材料が、比表面積700〜1500m2/gの導電性カーボンブラックであり、
前記前駆体合成工程において、前記導電性カーボンブラックの添加量を、五酸化バナジウム1モルに対して2モル未満としたことを特徴とするLiVPO4F型の結晶構造を有することを特徴とする正極活物質の製造方法。
【請求項2】
炭素を含有したLiVPO4F型の結晶構造を有する正極活物質の製造方法であって、
原料としての五酸化バナジウムとリン酸塩化合物、及び添加物としての炭素材料から、炭素を含有したVPO4を含む前駆体を合成する前駆体合成工程と、
前記前駆体とLiFとから、炭素を含有したLiVPO4Fを合成するLiVPO4F合成工程と、を有し、
前記添加物としての炭素材料が比表面積700〜1500m2/gの導電性カーボンブラックであり、
前記LiVPO4F工程においてLiVPO4Fに含有される炭素量がLiVPO4Fに対して5質量%以下となるように、前記前駆体合成工程において導電性カーボンブラックを添加したことを特徴とするLiVPO4F型の結晶構造を有する正極活物質の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2の製造方法で製造された正極活物質を用いた正極。
【請求項4】
請求項3の正極を用いた蓄電デバイス。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−69456(P2013−69456A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−205605(P2011−205605)
【出願日】平成23年9月21日(2011.9.21)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】