説明

歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサ

【課題】歪抵抗薄膜全体としてのTCR値を低く抑えることが可能であると共に、温度サイクルに対して、比抵抗ρに代表される電気特性が安定で、かつ優れた高温安定性と高いゲージ率とを実現可能な歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサの提供。
【解決手段】積層膜からなる歪抵抗薄膜10、20であって、上記積層膜が、クロム薄膜、酸化クロム薄膜または窒化クロム薄膜からなる第一の薄膜11、21と、第一の薄膜11の両主面のうち第一面111または第一面211と第二面212に積層され、薄膜の膜厚を同一としたときのTCR値[ppm・K−1]が第一の薄膜より小さい第二の薄膜12、22、23とを少なくとも一層以上有し、上記積層膜を構成する第二の薄膜12、22の一つが上記積層膜の表出面Sとして表出している歪抵抗薄膜とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
現在知られている、圧力、加減速度、流量、触覚、力覚またはトルク等の検出に用いられるセンサ素子は、測定圧力とバランスする受圧装置の変位量を読み取る“変位式”と、圧力によってセンサ材料に誘起された歪による物性変化を電気信号として読み取る“ひずみ式”とに大別される。
この中でも、ひずみ式は、基層(板)となるダイアフラムの変形を、いわゆるひずみセンサ素子を利用して測定する方式が主流である。この方式の装置は、小型化が可能であり、ひずみ抵抗を測定しているので、測定回路が簡単であるという利点を有しており、食品、医薬品、化粧品産業等、清潔・安全を第一とする産業の製造工程に係るサニタリ分野や、内燃機関の燃料圧制御やエンジン内部の油圧検出用途その他の自動車分野、或いは高温下で使用される産業用機械の圧力制御用途をはじめとして、広い分野・用途において多用されている。
【0003】
一般的に、いわゆるひずみセンサ素子は、感応膜である歪抵抗薄膜に歪が発生した際、当該歪抵抗薄膜の電気抵抗値が変化することを利用して構成されるもので、当該電気抵抗値の変化を利用して、上記圧力、加減速度、流量、触覚、力覚またはトルクのいずれかまたはこれらの組み合わせが検出される様になっている。ここで、上記歪抵抗薄膜は、測定対象に機械的に接し得る状態とされた基層(板)上に電気的に絶縁された状態で備えられる構成となっている。
なお、このようなひずみセンサ素子としては、以下で定義する通り、電気抵抗の温度微分係数(抵抗温度係数のこと。「TCR値」という)が比較的小さく、ゲージ率(抵抗の歪による変化)が大きく、また電気抵抗(抵抗率すなわち比抵抗ρ)が一定範囲にある薄膜材料が望ましいことが知られている。さらに、特に高温条件下でも温度補償をすることを要せず、安定な出力を発揮できる特性の再現性に優れた素子であることが求められるため、温度サイクルに対しても十分安定で温度依存性が少ないと共に、優れた高温安定性を有することが求められている。そして現在も、これらのニーズを満たす薄膜材料を求めて、日々検討が行われている(特許文献1参照)。
【0004】
図5(a)は、従来技術を示す、歪抵抗薄膜としてCr薄膜を用いたセンサの断面図である。図5(a)に示す歪抵抗薄膜11’はCr薄膜からなっており、その両主面のうち第一面111が表出面として表出し、第二面112が基板2に電気的に絶縁された状態で備えられることにより、圧力、加減速度、流量、触覚、力覚またはトルクのいずれかまたはこれらの組み合わせを検出するセンサ素子1’として構成されている。ここで、基板2は測定対象に機械的に接し得るものである。
【0005】
図5(b)は、図5(a)に示した従来技術に係るCr薄膜の比抵抗と温度の関係(ρ−T特性)を示すグラフである。図5(b)においては、Cr膜11’の膜厚はd=300[nm]とした。図5(b)において、
i)○は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(1回目)したときにおけるρ−T特性を、
ii)●は773K(500℃)から室温(RT)に降温(1回目)したときにおけるρ−T特性を、
iii)△は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(2回目)したときにおけるρ−T特性を、
iv)▲は773K(500℃)から室温(RT)に降温(2回目)したときにおけるρ−T特性を、
v)□は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(3回目)したときにおけるρ−T特性を、
vi)■は773K(500℃)から室温(RT)に降温(3回目)したときにおけるρ−T特性を、それぞれ示す。なお、各グラフの下の説明における()内の数字は、昇温または降温の各回数を、またそれぞれの場合におけるTCR値[ppm・K−1]を示している。
図5(b)から明らかなように、温度変化に対する比抵抗(ρ)は安定しているものの、同図下部の注釈に示すように、TCR値は+1600[ppm・K−1]を超えている。
【0006】
図5(c)は、図5(a)に示した従来技術に係るCr薄膜のρ−T特性を示すグラフである。図5(b)と異なり、図5(c)においては、Cr膜11’の膜厚はd=14[nm]とした。図5(b)において、
i)○は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(1回目)したときにおけるρ−T特性を、
ii)●は773K(500℃)から室温(RT)に降温(1回目)したときにおけるρ−T特性を、
iii)△は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(2回目)したときにおけるρ−T特性を、
iv)▲は773K(500℃)から室温(RT)に降温(2回目)したときにおけるρ−T特性を、
v)□は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(3回目)したときにおけるρ−T特性を、
vi)■は773K(500℃)から室温(RT)に降温(3回目)したときにおけるρ−T特性を、それぞれ示すことは先と同様である。
図5(c)によれば、上記i)〜vi)全体を通じてρ−T特性が安定していないことは明らかである。このように、図5(c)に示す歪抵抗薄膜はその特性が不安定なものとなっている。
また、図5(c)の各グラフの下の説明に示された()内のTCR値[ppm・K−1]についてみても、昇温時i)、iii)、v)におけるTCR値が高い一方、降温時ii)、iv)、vi)におけるTCR値はすべて負値をとっており、上記i)〜vi)全体を通じてTCR値が安定していないことは明らかである。特に、昇温時i)、v)におけるTCR値は非常に高い値となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4284508号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように、従来技術に係る歪抵抗薄膜によれば、歪抵抗薄膜のTCR値を全体的に低く抑えることが難しいという問題があった。
これに関しては、Cr膜11’上部、つまりCr膜11’の第一面111と大気との間のほか、Cr膜11’下部、つまりCr膜11’の第二面112と基板2との間で生じる、温度サイクル中における、膜のモフォロジー変化や界面の問題が影響しているものと推察される。
【0009】
次に、図6は、従来技術を示す図であり、Cr薄膜の膜厚dとゲージ率(GF)およびTCR値の関係につき示すグラフである。ここで、図6におけるTCR値は、図5(b)および(c)と同様に773K(500℃)から室温(RT)に降温(1回目)したときの値を用いて算出している。
まず、ゲージ率のグラフについて見ると、ゲージ率の値はCr薄膜の膜厚dに依存することなく、あまり大きな変化が見られないことが読み取れる。
その一方、TCR値についてはCr薄膜の膜厚dが増えるに従って増加しているほか、膜厚d≒14[nm]の辺り(C点)でTCR値が0となり、その前後でTCR値の正負の符号が逆転していることが読み取れる。
【0010】
このように、従来技術に係るCr薄膜については、図6に示す通りその膜厚dを十分検討することで、ゲージ率を十分高いレベルのまま維持できると共に、そのTCR値を低く抑えることができる可能性があった。
【0011】
しかしながら、上記のように基板2上にCr薄膜11’を成膜した構成からなる従来技術に係る歪抵抗薄膜では、図5(c)に示す通り温度サイクルに対して、比抵抗ρに代表される電気特性およびTCR値が不安定なものとなっており、その安定化およびTCR値を全体的に低く抑えることが難しいという問題があった。
【0012】
したがって本発明は、優れた高温安定性と高いゲージ率とを実現可能な歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサを提供することを課題とする。
また本発明は、温度サイクルに対して、比抵抗ρに代表される電気特性が安定であると共に、TCR値を全体的に低く抑えることが可能な歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決すべく種々検討を行った結果、本願発明者は、
i)歪抵抗材料として高いゲージ率を有する一方、TCR値も高く、それゆえTCR値のさらなる減少が期待されていた第一の材料と、
ii)上記TCR値の抑制に関連し、耐熱性の改善と共にTCR値の減少が実現される一方、今度はゲージ率が大きく減少することが問題となっていた第二の材料と
を適宜組み合わせること、すなわち、上記i)に相当する材料を基板上で薄膜として形成した第一の薄膜と、上記ii)に相当する材料を基板上で薄膜として形成した第二の薄膜であって、TCR値(同一膜厚条件)が第一の薄膜より小さいものとの積層構造とすることにより、上記課題を解決可能なことを見い出し、本発明を完成した。
【0014】
上記課題を解決可能な本発明の歪抵抗薄膜は、(1)積層膜からなる歪抵抗薄膜であって、
前記積層膜が、
クロム薄膜、酸化クロム薄膜または窒化クロム薄膜からなる第一の薄膜と、
前記第一の薄膜の両主面のうち第一面または前記第一面と第二面に積層され、薄膜の膜厚を同一としたときのTCR値[ppm・K−1]が第一の薄膜より小さい第二の薄膜と
を少なくとも一層以上有し、
前記積層膜を構成する前記第二の薄膜の一つが前記積層膜の表出面として表出していることを特徴とするものである。
【0015】
ここで、上記第二の薄膜については、(2)CrSiC、SiC、GaN、AlN、BN、SnO、ダイヤモンドおよびこれらの一部をドーピング材で置換した材料のいずれかまたはこれらの組み合わせからなることが好ましい。
【0016】
また、上記歪抵抗薄膜については、(3)比抵抗値ρが1×10−5≦ρ≦1×10−1[Ω・cm]であることが好ましい。
【0017】
さらに、上記歪抵抗薄膜を用いた本発明のセンサ素子は、(4)測定対象に機械的に接し得る基層と、
前記基層に電気的に絶縁された状態で備えられた、(1)〜(3)のいずれかに記載の歪抵抗薄膜とからなることを特徴とする、圧力、加減速度、流量、触覚、力覚またはトルクのいずれかまたはこれらの組み合わせを検出するものである。
【0018】
本明細書において、「TCR値」[ppm・K−1]とは、抵抗温度係数すなわち電気抵抗の温度微分係数であり、測定温度における傾きを示すものである。一般的に、歪抵抗薄膜では、TCR値は0に近い小さい値であることが望ましい。
本明細書において、TCR値は下式(1)
TCR=(1/R)dR/dT (1)
[Rは電気抵抗あるいは比抵抗、Tは絶対温度、単位はppm・K−1
で算出される値を指し示すものとする。
なお、具体的には、本明細書において説明する歪抵抗薄膜の使用温度の上限を、773K(500℃)とした場合、下式(2)により、TCR値が算出される。
【数1】

[Rは電気抵抗あるいは比抵抗、Tは絶対温度、RTは室温、単位はppm・K−1
【0019】
本明細書において、「ゲージ率(GF)」とは、抵抗の歪による変化の大きさを指し示すものとする。一般的に、歪抵抗薄膜では、ゲージ率は可能な限り高いことが望ましい。
【0020】
本明細書において、「比抵抗値」ρ[Ω・cm]とは、抵抗率のことであり、一般的に、ひずみセンサ素子としては、抵抗率が一定範囲にある薄膜材料が望ましいことが知られている。そこで、比抵抗値ρを1×10−5≦ρ≦1×10−1[Ω・cm]に設定することで、パターン長を短く、膜厚を薄くすることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、優れた高温安定性と高いゲージ率とを実現可能な歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサを提供することが可能となる。
また本発明によれば、歪抵抗薄膜全体としてのTCR値を低く抑えることが可能であると共に、温度サイクルに対して、比抵抗ρに代表される電気特性が安定な歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサの一構成例を示す断面図である。
【図2】本実施例に係る歪抵抗薄膜のρ−T特性を示すグラフであり、(a)はCr/CrSiC2層膜のρ−T特性を、(b)はCrSiC/Cr/CrSiC3層膜のρ−T特性を示すグラフである。
【図3】本実施例に係る歪抵抗薄膜とゲージ率が既知(GF=2.1)の市販の歪ゲージに係る歪抵抗薄膜における抵抗変化率とひずみの関係(ΔR/R−ε特性)の比較結果を示すグラフである。
【図4】本実施例に係る、CrSiC/Cr/CrSiC3層膜からなる歪抵抗薄膜の諸特性を示すグラフであり、(a)は上部CrSiC薄膜の膜厚依存性につき、(b)は中間Cr薄膜の膜厚依存性につき示すグラフである。
【図5】従来技術を示す図であり、(a)は歪抵抗薄膜としてCr薄膜を用いたセンサの断面図、(b)は膜厚dが300[nm]であるCr薄膜のρ−T特性を示すグラフ、(c)は膜厚dが14[nm]であるCr薄膜のρ−T特性を示すグラフである。
【図6】従来技術を示す図であり、Cr薄膜の膜厚dとGFおよびTCRの関係につき示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサの詳細に付き、一実施例を用いて説明する。なお、以下では、従来例の構成と共通する箇所については、同一の参照符を用いるものとするほか、説明が重複することとなる部分については適宜省略することとする。
【実施例】
【0024】
[構成]
図1に、本実施例に係る歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサの断面構成を示す。
以下、本実施例に係る歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサについては、図1(a)に示される、Cr/CrSiC2層の積層膜からなる歪抵抗薄膜10を備えたセンサ素子1A[第1例]と、図1(b)に示される、CrSiC/Cr/CrSiC3層の積層膜からなる歪抵抗薄膜20を備えたセンサ素子1B[第2例]の2例に基づき具体的に説明を行う。
【0025】
第1例に係る歪抵抗薄膜10は、次に述べる第一の薄膜11と、第一の薄膜11の両主面のうち第一面111に積層され、薄膜の膜厚を同一としたときのTCR値[ppm・K−1]が第一の薄膜より小さい第二の薄膜12とを有し、第二の薄膜12が積層膜の表出面Sとして表出している構造を有している。そして、第一の薄膜11の両主面のうち第一面と反対側の面(第二面)が絶縁性基板2に接合されている。すなわち、歪抵抗薄膜10が基板2に電気的に絶縁された状態で備えられることにより、圧力、加減速度、流量、触覚、力覚またはトルクのいずれかまたはこれらの組み合わせを検出するセンサ素子1Aが構成されている。ここで、基板2は測定対象に機械的に接し得るものである。
【0026】
第2例に係る歪抵抗薄膜20は、第一の薄膜21と、第一の薄膜21の両主面に相当する第一面211および第二面212に積層され、薄膜の膜厚を同一としたときのTCR値[ppm・K−1]が第一の薄膜より小さい第二の薄膜22、23とを有し、第二の薄膜の一方であり、第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22が積層膜の表出面Sとして表出している構造を有している。そして、第二の薄膜の他方であり、第一の薄膜21の下部に形成される第二の薄膜23が絶縁性基板2に接合されている。このように、歪抵抗薄膜20が基板2に電気的に絶縁された状態で備えられることにより、センサ素子1Bが構成される点は、第1例と同様である。
【0027】
第一の薄膜11、21として、本実施例ではクロム(Cr)薄膜を用いた。ただし、第一の薄膜についてはこれに限らず、酸化クロム薄膜または窒化クロム薄膜からなるものとしても構わない。
【0028】
第二の薄膜12、22、23として、本実施例ではCrSiCを用いた。
ここで、本実施例では第二の薄膜としてCrSiCを単独で用いたが、これに限られず、その一部をドーピング材で置換したものを用いても良い。
第二の薄膜として使用可能な材料の一例、並びにそれらの一部を置換可能なドーピング材の一例を下表に示す。第二の薄膜は、下表に挙げた材料を適宜組み合わせて構成されていても構わない。下表に挙げた材料は、いずれもTCR特性が安定(温度サイクルによる変化が小さい)している膜厚領域(Cr薄膜では、膜厚が100[nm]以上あれば、単層膜でもTCR特性が安定する)で、第一の薄膜とTCR値を比較したときに、第一の薄膜よりもTCR値が小さい。
【表1】

【0029】
なお、第2例において、第一の薄膜21を間に挟んで対向する第二の薄膜22,23それぞれについては、互いに別の構成材料からなっていても構わない。
【0030】
また、上記2層または3層の積層膜からなる歪抵抗薄膜10、20は、全体としてその比抵抗値ρが1×10−5≦ρ≦1×10−1[Ω・cm]となる様に構成されている。
【0031】
[成膜要領]
次に、上記構成からなる本実施例の歪抵抗薄膜10、20の一成膜要領につき説明する。成膜には、市販の薄膜作製装置を使用し得る。本実施例では、その一例として、日新電機株式会社製イオンビームスパッタ装置NIS−250−Lを使用した。
また、第一の薄膜および第二の薄膜の成膜条件は、次表2の通りとした。
なお、膜厚に関してはいずれも、成膜時間により調整した。
【表2】


【0032】
[実験結果]
以下、上記要領により製造された本実施例の歪抵抗薄膜10、20の諸特性の評価を行った結果につき説明する。はじめに、前提として、評価に用いた各装置の一例を下表に示す。表3に示すように、TCR値は、(株)東陽テクニカ製のホール効果測定装置(型名:ResiTest8308)を用いて対象温度(T)における薄膜の比抵抗(ρ)を測定することにより、式(1)に基づいて(室温−773K(500℃)間の傾きにより算出する場合には式(2)に基づいて)算出した。
【表3】


【0033】
図2は、本実施例に係る歪抵抗薄膜のρ−T特性を示すグラフである。(a)は第1例に係るCr/CrSiC2層膜のρ−T特性を、(b)は第2例に係るCrSiC/Cr/CrSiC3層膜のρ−T特性を示すグラフである。
図2において、
i)○は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(1回目)したときにおけるρ−T特性を、
ii)●は773K(500℃)から室温(RT)に降温(1回目)したときにおけるρ−T特性を、
iii)△は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(2回目)したときにおけるρ−T特性を、
iv)▲は773K(500℃)から室温(RT)に降温(2回目)したときにおけるρ−T特性を、
v)□は室温(RT)から773K(500℃)に昇温(3回目)したときにおけるρ−T特性を、
vi)■は773K(500℃)から室温(RT)に降温(3回目)したときにおけるρ−T特性を、それぞれ示す。なお、各グラフの下の説明における()内の数字は、昇温または降温の各回数を、またそれぞれの場合におけるTCR値[ppm・K−1]を示している。
【0034】
ここで、各薄膜の膜厚dに関しては、第1例の場合、第一の薄膜11を14[nm]、第二の薄膜12を30[nm]、また第2例の場合、第一の薄膜21を14[nm]、第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22を180[nm]、第一の薄膜21の下部に形成される第二の薄膜23を30[nm]とした。
表4に第二の薄膜として用いたCrSiC薄膜およびSiC薄膜のTCR特性を示す。具体的には、昇温ステップ(室温→773K(500[℃]))および降温ステップ(773K(500[℃])→室温)を繰り返したときの各ステップごとに算出したTCR値と、温度サイクル2回目以降(昇温ステップ2〜降温ステップ3)のTCR値の平均値を示す。なお、CrSiC薄膜の膜厚を300[nm]とした。
【表4】

表4から明らかなように、Cr薄膜の温度サイクル2回目以降のTCR値の平均値が1618[ppm・K−1]に対し、CrSiC薄膜およびSiC薄膜の温度サイクル2回目以降のTCR値の平均値は、いずれも小さい。つまり、薄膜の膜厚を同一(300[nm])としたときのTCR値において、CrSiC薄膜およびSiC薄膜(第二の薄膜)はCr薄膜(第一の薄膜)よりも小さい。このように、本発明では、TCR特性が十分に安定している膜厚領域において、TCR値が第一の薄膜よりも小さい材料を第二の薄膜として使用することができる。
【0035】
図2によれば、第1例および第2例共に、i)の1回目の昇温時を除いてii)の1回目の降温サイクル以降は、概ね安定したρ−T特性が得られていることが明らかとなった。したがって、i)の1回目の昇温時をアニール処理と考えれば、本発明における歪抵抗薄膜は、一旦高温まで加熱して熱処理を行えば、その後は安定な膜構造となって概ね安定な特性を示すことが明らかとなった。
また、図2の各グラフの下の説明に示した()内のTCR値[ppm・K−1]について見ると、i)の1回目の昇温時においては、第1例で2486[ppm・K−1]、第2例で2748[ppm・K−1]と高い値を示しているものの、それ以外は概ね低い数値(例えば、第2例に係る図2(b)の場合、TCR≒250[ppm・K−1])を示している。したがって、本実施例に係る歪抵抗薄膜によれば、歪抵抗薄膜全体としてのTCR値を低く抑えることが可能であることが明らかとなった。
【0036】
なお、ゲージ率に関してみれば、第1例に係る図2(a)の条件下の場合、GF≒10.4、第2例に係る図2(b)の条件下の場合、GF≒9.8(いずれも、室温での値)となり、いずれも十分高い数値を示すことが明らかとなった。
【0037】
図3は、第2例に係る歪抵抗薄膜と図5(a)に示すゲージ率が既知(GF=2.1)の市販の歪ゲージに係る歪抵抗薄膜におけるΔR/R−ε特性の比較結果を示すグラフである。これは、歪に対する抵抗変化率ΔR/Rを示すものである。図3中、Aは市販の歪ゲージに係るグラフ、Bは第2例に係るグラフである。
ここで、第2例の各薄膜の膜厚dに関しては、図2(b)の場合と同様、第一の薄膜21を14[nm]、第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22を180[nm]、第一の薄膜21の下部に形成される第二の薄膜23を30[nm]とした。
【0038】
図3からは、抵抗変化率ΔR/Rは、引っ張りに対して増大、圧縮に対して減少することが分かる。さらに、図3の結果からも明らかな通り、第2例に係る歪抵抗薄膜は歪に対する直線性を有していると共に、第2例に係る歪抵抗薄膜によれば、圧縮応力、引っ張り応力に対する抵抗変化率ΔR/Rの直線的な変化が、市販の歪ゲージに係る歪抵抗薄膜と比較してより明確かつ大きく表れていることが分かる。
この結果からも、第2例に係る歪抵抗薄膜は十分高いゲージ率を示すことが推認できる。
【0039】
図4は、第2例に係る歪抵抗薄膜20の諸特性を示すグラフであり、(a)は第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜(上部CrSiC薄膜)22の膜厚依存性につき、(b)は第一の薄膜(中間Cr薄膜)21の膜厚依存性につき示すグラフである。
ここで、各薄膜の膜厚dに関しては、図4(a)の場合、第一の薄膜21を14[nm]、第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22を図の横軸に示される通り可変、第一の薄膜21の下部に形成される第二の薄膜23を30[nm]とした。
【0040】
また図4(b)の場合、各薄膜の膜厚dに関して、第一の薄膜21を図の横軸に示される通り可変、第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22を180[nm]、第一の薄膜21の下部に形成される第二の薄膜23を30[nm]とした(■、▲、●の各プロット)。
なお、図4(b)の場合にあっては、比較検討のため、□、△、○の各プロットで示す通り、第二の薄膜22、23の膜厚dを上記の半分の値(第二の薄膜22を90[nm]、第二の薄膜23を15[nm])とし、第一の薄膜の膜厚を7[nm]としたサンプルで得られたTCR、比抵抗ρおよびゲージ率の各特性を同一グラフ上に例示している。
【0041】
まず、図4(a)のグラフについて見ると、比抵抗ρの値は第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22の膜厚dが増えるに従って増加する一方、TCRおよびゲージ率については、あまり大きな変化が見られないことが読み取れる。したがって、第2例における歪抵抗薄膜20においては、第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22の膜厚dに大きく依存することなく、歪抵抗薄膜全体としてのTCR値を低く抑えることが可能であると共に、十分高いゲージ率を示すことが明らかとなった。
【0042】
続いて、図4(b)のグラフについて見ると、第一の薄膜21の膜厚dが増えるに従って、i)TCR値は増加、ii)比抵抗ρの値は減少、iii)ゲージ率は増加、の各傾向を示していることが読み取れる。
TCR値は0に近いことが望ましく、ゲージ率は可能な限り高いことが望ましく、比抵抗ρについても少なくとも一定程度の大きさを有していることが望ましいことから、当該積層膜の構成および第二の薄膜の膜厚条件において、第一の薄膜21の膜厚dについては7[nm]以上であることが好ましい。
【0043】
なお、比較検討のために示した歪抵抗薄膜のサンプルに係る□、△、○の各プロットを見ると、TCR値は0近傍にあり、望ましい値を示していることが分かる。その他、比抵抗についても少なくとも一定程度の大きさを示しているほか、ゲージ率も十分高い値を示しており、当該サンプルについても歪抵抗薄膜として十分有用であることが明らかとなった。
【0044】
図2および4の実験結果を検討しても明らかな通り、複数層の積層膜からなる本実施例によれば、単一膜からなる従来技術のものに比べ、第一の薄膜部分の膜厚を相対的に薄くすることが出来、そうすることで、第一の薄膜のゲージ率を高い値に維持したまま、TCR値を減少させることが可能となった(膜厚を含めた第一の薄膜のモフォロジーの制御)。
【0045】
また、図2の実験結果を検討しても明らかな通り、本実施例によれば、第一の薄膜に第二の薄膜を積層させることで、温度サイクルに対して、比抵抗に代表される電気特性の安定性の向上およびTCR値の抑制を図ることが可能となった。
【0046】
さらに、図2の実験結果を検討しても明らかな通り、本実施例によれば、使用温度範囲は、室温から少なくとも773K(500℃)まで拡げることが可能となった。ただし、本発明に係る歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサの使用温度範囲については、図2の横軸に規定される温度範囲に拘束されることは無い。
【0047】
このように、複数層の積層膜からなる本実施例によれば、第一の薄膜と、薄膜の膜厚を同一としたときのTCR値が第一の薄膜より小さい第二の薄膜との積層構造とすることにより、歪抵抗薄膜全体としてのTCR値を低く抑えることが可能となる。また本発明によれば、優れた高温安定性と高いゲージ率とを実現可能な歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサを提供することが可能となる。
【0048】
[変形例]
以上、一実施例に基づき本発明に係る歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサの詳細につき説明したが、本発明に係る歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサについては上記実施例に記載の構成に限定されず、種々の変形実施が可能である。
【0049】
例えば、上記実施例では、Cr/CrSiC2層膜からなる歪抵抗薄膜10およびCrSiC/Cr/CrSiC3層膜からなる歪抵抗薄膜20の2例に基づき詳細に説明を行ったが、歪抵抗薄膜の構成に関しては上記に限定されない。
具体的には、2層膜からなる歪抵抗薄膜10または3層膜からなる歪抵抗薄膜20を2回以上繰り返して、またはこれらを組み合わせて積層し、その上で、第二の薄膜12または第二の薄膜の一つであり、第一の薄膜21の上部に形成される第二の薄膜22が積層膜の表出面Sとして表出している構造としても構わない。このとき、歪抵抗薄膜10または20の組み合わせ体が基板2に電気的に絶縁された状態で備えられることにより、センサ素子1が構成される点は、上記実施例と同様である。
【0050】
以上の通り本発明は、第一の薄膜と、薄膜の膜厚を同一としたときのTCR値が第一の薄膜より小さい第二の薄膜との積層構造とすることにより、歪抵抗薄膜全体としてのTCR値を低く抑えることが可能であると共に、温度サイクルに対して、比抵抗ρに代表される電気特性が安定で、かつ優れた高温安定性と高いゲージ率とを実現可能な歪抵抗薄膜および当該歪抵抗薄膜を用いたセンサを提供する新規かつ有用なるものであることが明らかである。
【符号の説明】
【0051】
S 表出面
1A、1B センサ素子
1’ センサ素子
2 基板
10 歪抵抗薄膜
11 第一の薄膜
12 第二の薄膜
20 歪抵抗薄膜
21 第一の薄膜
22 第二の薄膜
23 第二の薄膜
111、211 第一面
112、212 第二面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
積層膜からなる歪抵抗薄膜であって、
前記積層膜が、
クロム薄膜、酸化クロム薄膜または窒化クロム薄膜からなる第一の薄膜と、
前記第一の薄膜の両主面のうち第一面または前記第一面と第二面に積層され、薄膜の膜厚を同一としたときのTCR値[ppm・K−1]が第一の薄膜より小さい第二の薄膜と
を少なくとも一層以上有し、
前記積層膜を構成する前記第二の薄膜の一つが前記積層膜の表出面として表出していることを特徴とする歪抵抗薄膜。
【請求項2】
前記第二の薄膜が、CrSiC、SiC、GaN、AlN、BN、SnO、ダイヤモンドおよびこれらの一部をドーピング材で置換した材料のいずれかまたはこれらの組み合わせからなることを特徴とする請求項1に記載の歪抵抗薄膜。
【請求項3】
前記歪抵抗薄膜は、比抵抗値ρが1×10−5≦ρ≦1×10−1[Ω・cm]であることを特徴とする請求項1または2に記載の歪抵抗薄膜。
【請求項4】
測定対象に機械的に接し得る基層と、
前記基層に電気的に絶縁された状態で備えられた、請求項1〜3のいずれかに記載の歪抵抗薄膜とからなることを特徴とする、圧力、加減速度、流量、触覚、力覚またはトルクのいずれかまたはこれらの組み合わせを検出するセンサ素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−207985(P2012−207985A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−72979(P2011−72979)
【出願日】平成23年3月29日(2011.3.29)
【出願人】(512109161)地方独立行政法人大阪府立産業技術総合研究所 (13)
【出願人】(594094205)日本リニアックス株式会社 (3)
【上記1名の代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
【Fターム(参考)】