説明

歯周炎治療薬

【課題】PDE阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤および該コラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬の提供。
【解決手段】コラーゲンゲルの収縮を顕著に抑制するPDE阻害剤を見出し、該PDE阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤および該コラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホジエステラーゼ(以下、PDEとする)阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤に関する。また、該コラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
PDE阻害剤は複数のアイソザイムファミリーがあり、中枢神経作用、血管拡張作用、炎症メディエーター遊離抑制等の薬理作用を有する様々な物質が知られている。
例えば、PDE阻害剤のひとつであるトラピジル(Trapidil)は、血管拡張作用を有し、1979年に狭心症治療薬として販売されて以来、副作用の少ない安全性の高い薬として長年利用されている。近年では、ステント内再狭窄、血管狭窄等を抑制することを目的として、トラピジル(Trapidil)を含む拡張性ステント等も開発されている(例えば、特許文献1参照)。また、トラピジル(Trapidil)は腫瘍壊死因子(TNF−α)阻害活性を有することが確認されており、TNF誘発的障害に関連する疾患への利用も検討されている(例えば、特許文献2参照)。
【0003】
また、PDE4を阻害することで細胞内cAMPの分解を抑制し、炎症性細胞の不活性化を起こすベンゾクアナミン誘導体においては、炎症性細胞の活性化を原因とする歯肉炎、歯周炎、歯槽膿漏等の治療に利用できることが示唆されている(例えば、特許文献3参照)。さらに、歯周病の治療において、PDE阻害剤と抗ヒスタミン剤とを含む組成物により、歯根周囲炎に見られる炎症過程に伴う血漿C−反応性タンパク質(CRP)および炎症性サイトカインの上昇を抑制する方法等も開発されている(例えば、特許文献4参照)。しかし、PDE阻害剤において、歯周炎の原因のひとつであるコラーゲン分解に対し、有効な効果を有するものは知られておらず、安全かつ有効な歯周炎治療薬の提供が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005−507711号公報
【特許文献2】特表平11−503434号公報
【特許文献3】国際公開WO2005/026132号パンフレット
【特許文献4】特表2009−514969号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、PDE阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤の提供を課題とする。また、該コラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、本発明者らが開発した「コラーゲン分解阻害剤のスクリーニング方法」(特願2009−072185)により、コラーゲンゲルの収縮を顕著に抑制するPDE阻害剤を見出し、本発明を完成するに至った。
該PDE阻害剤はコラーゲン分解阻害剤の有効成分として有用であり、また、歯周炎の原因のひとつであるコラーゲンの分解においても効果がある。
本発明において見出されたコラーゲン分解抑制作用を有するPDE阻害剤は、副作用の少ない安全性の高い薬として狭心症治療薬等に長年利用されているものであり、歯周炎治療薬への使用においても安全性が高いものと予測される。
【0007】
すなわち、本発明は次の(1)〜(3)のコラーゲン分解阻害剤および歯周炎治療薬に関する。
(1)PDE阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤。
(2)PDE阻害剤がトラピジル(Trapidil)である上記(1)に記載のコラーゲン分解阻害剤。
(3)上記(1)または(2)に記載のコラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬。
【発明の効果】
【0008】
本発明のPDE阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤は、コラーゲンの分解を主な原因とする歯周炎において、安全かつ有効な、新たな治療薬を提供するための成分として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】トラピジル(Trapidil)のコラーゲン分解阻害能を示した図である(実施例1)。
【図2】トラピジル(Trapidil)の濃度依存的なコラーゲン分解阻害能を示した図である(実施例1)。
【図3】トラピジル(Trapidil)の濃度依存的なコラーゲン分解阻害能を示した図である(実施例1)。
【図4】トラピジル(Trapidil)の濃度依存的なコラーゲン分解阻害能を残存コラーゲン量によって示した図である(実施例1)。
【図5】トラピジル(Trapidil)の細胞毒性および生存細胞数への影響を示した図である(実施例1)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の「コラーゲン分解阻害剤」とは、コラーゲンの分解能を有するPDE阻害剤を有効成分とするものであればいずれのものも含まれる。PDE阻害剤はビンポセチン、ミルリノン、アムリノン、ピモベンダン、シロスタマイド、エノキシモン、ベスナリノン、ロリプラム、ジピリダモール等が挙げられるが、特にトラピジル(Trapidil)であることが好ましい。
本発明の「コラーゲン分解阻害剤」は、コラーゲンの分解能を有するPDE阻害剤のみを含有するものであってもよく、薬学的に許容されるその他の成分を含有するものであっても良い。
【0011】
本発明の「歯周炎治療薬」は、本発明の「コラーゲン分解阻害剤」を有効成分とするものであればいずれのものも含まれる。特に、トラピジル(Trapidil)を有効成分とする「コラーゲン分解阻害剤」を有効成分とするものであることが好ましい。
本発明の「コラーゲン分解阻害剤」は、本発明の「コラーゲン分解阻害剤」のみを含有するものであってもよく、薬学的に許容されるその他の成分を含有するものであっても良い。
【0012】
以下、実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0013】
<コラーゲン分解阻害剤>
「コラーゲン分解阻害剤のスクリーニング方法」(特願2009−072185)に記載の方法に従い、コラーゲン分解阻害能を有する物質をスクリーニングした。
即ち、
1.コラーゲンゲルの調製
1)細胞の調製
歯周外科手術の際に切除され不要となった歯肉片、または抜去歯より組織を経て細切後、組織片をプレートの底に静置し、組織片から外生した細胞を第1代として継代培養を行ったヒト歯肉線維芽細胞(GF:Gingival fibroblasts)を、コラーゲン分解能を有する細胞として得た。
本発明においては、このうち、コラーゲンゲル収縮率が大きく、コラーゲンゲル収縮後の残存コラーゲン量が約500μg以下と少ない、コラーゲン分解能が高いヒト歯肉線維芽細胞を悪玉線維芽細胞とし、コラーゲンゲル収縮率が小さく、コラーゲンゲル収縮後の残存コラーゲン量が約2500μgより多い、コラーゲン分解能が低いヒト歯肉線維芽細胞を善玉線維芽細胞とした。各細胞のコラーゲンゲル収縮率としては、例えば直径35mmのコラーゲンゲルを用いて培養した場合、培養終了時には悪玉線維芽細胞では直径3mm以下位まで収縮するが、善玉線維芽細胞では10mm程度までの収縮となる傾向が見られた。また、悪玉線維芽細胞は、重度歯周炎の患者から得られ、善玉線維芽細胞は健康な歯肉および歯肉炎の患者から得られ、悪玉線維芽細胞は善玉線維芽細胞と比較して増殖能が強いことが観察された。
次に、歯周外科手術の際に切除され、不要となった歯肉片をDispase処理した後、結合組織部分から剥離した上皮組織を細切後、組織片をプレートの底に静置し、組織片から外生した細胞を第1代として継代培養を行ったヒト歯肉上皮細胞(GE:Gingival epithelial cells)を、コラーゲン分解能を高める細胞として得た。
【0014】
2)コラーゲンゲルの構築
セルマトリックスtypeI−A(新田ゼラチン)、5×DMEM、再構成用緩衝液(新田ゼラチン)を混合し、コラーゲン混合溶液を作成した。このコラーゲン混合溶液に、スクリーニングに用いる被験物質を添加した。
これに上記1)で調製したコラーゲン分解能を有する細胞を懸濁した後、6穴プレート内に播種して30分間硬化(ゲル化)させ、コラーゲン分解能を有する細胞を含むコラーゲンゲルを構築した。
次に、このコラーゲンゲル上に、上記1)で調製したコラーゲン分解能を高める細胞をトリプシンで分散させた後播種し、コラーゲン分解細胞の単層を形成させ、コラーゲン分解能を有する細胞とコラーゲン分解能を高める細胞とを含むコラーゲンゲルを構築した。
【0015】
2.コラーゲン分解阻害剤のスクリーニング
上記で構築した被験物質を含むコラーゲンゲルを、24時間後にプレートの底から浮かせ、コラーゲンゲル浮遊培養を開始した(培養1日目)。浮遊培養開始時点に、再度被験物質を加えた。浮遊培養開始後5日目の段階でコラーゲンゲルの収縮が見られるようであれば、コラーゲンゲルの収縮レベルおよび湿重量や残存コラーゲン量を定量することで、被験物質によるコラーゲン分解阻害の有無や程度を調べ、コラーゲン分解阻害剤のスクリーニングを行った。
また、この段階では十分なコラーゲンゲルの収縮が見られない場合には、浮遊培養開始後5日目に、ゲルをメッシュ上に載せ、ゲル表面が空気に曝される状態でさらに5日間培養を行い、培養開始後11日目に回収したゲルについて、同様に調べ、コラーゲン分解阻害剤のスクリーニングを行った。
【0016】
3.結果
被験物質としてPDE阻害剤のひとつであるトラピジル(Trapidil)(持田製薬株式会社)を用いた。
図1は、トラピジル(Trapidil)を100μg/mLとなるようにコラーゲン混合溶液に添加して構築したコラーゲンゲルを用い、悪玉線維芽細胞または善玉線維芽細胞(各2症例)におけるコラーゲン分解阻害能を検討した結果を示したものである。
本発明においてトラピジル(Trapidil)の添加濃度は、参考文献を参照して決定した。
この結果より、悪玉線維芽細胞において、トラピジル(Trapidil)によってコラーゲンゲルの収縮が顕著に抑制されることが確認され、PDE阻害剤のひとつであるトラピジル(Trapidil)がコラーゲン分解阻害能を有することが確認された。
参考文献:Knorr M, Denk PO; Inhibitory effect of Trapidil on the proliferation of bovine cornial fibroblasts in vitro, Grafe‘s Arch Clin Exp Ophthalmol 237, 72−77(1999)
【0017】
図2、3は、トラピジル(Trapidil)を0,25,100,400μg/mLとなるようにコラーゲン混合溶液に添加して構築したコラーゲンゲルを用い、トラピジル(Trapidil)の濃度依存的なコラーゲン分解阻害能を検討した結果を示したものである。その結果、トラピジル(Trapidil)の濃度依存的にコラーゲンゲルの収縮が抑制されることが確認された。
また、図4は、トラピジル(Trapidil)の濃度依存的なコラーゲン分解阻害能を、Sircol Soluble Collagen Assay (Biocolor,Carrickfergus,Northern Ireland,UK)を用い、熱処理して可溶化したコラーゲンゲルを試料として、コラーゲンゲル中に残存するコラーゲン量を測定することにより検討した結果を示したものである。この結果からも、トラピジル(Trapidil)の濃度依存的に悪玉線維芽細胞(図4、GF00、GFA11−6)によるコラーゲンゲルの収縮が抑制されることが確認された。
【0018】
図5は、トラピジル(Trapidil)の濃度依存的な添加による細胞毒性と生存細胞への影響を、LDH−細胞毒性テストワコー(和光純薬工業)を用い、培養上清中のLDH活性を測定することで検討したものである。その結果、図5(a)に示したように、悪玉線維芽細胞(図5(a)、GF00)および善玉線維芽細胞(図5(a)、GFH1−1)のいずれにおいても細胞毒性(LDH活性)は認められなかった。
また、図5(b)に示したように、悪玉線維芽細胞(図5(b)、GF00)および善玉線維芽細胞(図5(b)、GFH1−1)のいずれにおいてもトラピジル(Trapidil)の濃度依存的に生存細胞数が減少することが確認された。なお、トラピジル(Trapidil)を400μg/mL添加した場合には細胞毒性が認められたが、それ以外の濃度では細胞毒性は認められなかった。
【0019】
4.コラーゲン分解阻害剤の製造
トラピジル(Trapidil)を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤を製造した。
【実施例2】
【0020】
<歯周炎治療薬>
実施例1において製造した、トラピジル(Trapidil)を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬を製造した。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明のPDE阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤は、コラーゲンの分解を原因のひとつとする歯周炎等の疾患において、安全かつ有効な、新たな治療薬を提供するための成分として利用することができる。また、該コラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬は、歯科医院等において歯周病治療のために提供することができる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
PDE阻害剤を有効成分とするコラーゲン分解阻害剤。
【請求項2】
PDE阻害剤がトラピジル(Trapidil)である請求項1に記載のコラーゲン分解阻害剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載のコラーゲン分解阻害剤を有効成分とする歯周炎治療薬。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−162455(P2011−162455A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24339(P2010−24339)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】