説明

歯周病の治療または予防剤

【課題】新規な歯周病治療薬を提供する。
【解決手段】リベロマイシンAもしくはその誘導体(例えば、下記一般式(I))、またはそれらの薬学的に許容される塩を有効成分とする歯周病の治療または予防剤。


一般式(I)中、Rは炭素数が1〜9のアルコキシ基又は-OC(=O)CH2CH2COOHを示し、R1は水素、または酸性条件下で脱離し得る水酸基の保護基を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周病の治療剤または予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病は歯周病原細菌によって惹起される炎症性疾患であり、炎症の進行により歯槽骨が吸収され症状が重篤化する。現在、国内では歯周病患者はおよそ7,000万人と推定されている。現在の歯周病治療は、歯周組織に付着した細菌を含む歯垢、歯石及び炎症組織を機械的、化学的に除去するという局所的なアプローチが主体となっている。さらに、急性炎症時の抗炎症剤投与、侵襲性歯周炎に対する抗菌剤投与などの薬物療法が全身的アプローチとして行われている。これらの薬物療法は抗炎症作用や細菌の増殖阻止作用を期待するものであり、症状の緩和に一定の効果を示している。
一方、歯周組織を直接の標的とした薬物療法はほとんど報告がない。ビスフォスフォネートを用いた歯周病の治療が提案されているが、副作用として抜歯等に伴う顎骨壊死が多く報告されており、口腔内での使用には注意が必要であった。
【0003】
リベロマイシンAはストレプトマイセス属細菌によって産生される抗生物質であり(特許文献1)、骨疾患治療効果を有することが知られている(特許文献2)。また、リベロマイシンA誘導体がいくつか知られており、蛋白質合成阻害効果や、高カルシウム血症および骨疾患治療効果も知られている(特許文献3,4)。しかしながら、リベロマイシンAおよびその誘導体が歯周病治療に効果があるかは全く不明であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平06-033271号公報
【特許文献2】特開平07-223945号公報
【特許文献3】特開2004-059471号公報
【特許文献4】特開2005-035895号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は新規な歯周病の治療剤または予防剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題の解決のために、破骨細胞機能を阻害する薬剤は歯周病の治療薬または予防薬になる可能性があると考えて鋭意検討した結果、リベロマイシンA、およびその誘導体が、歯周病モデル動物において、破骨細胞を選択的に死滅させ、歯牙移動による歯槽骨吸収を有意に抑制する効果があることを見出した。このような知見から、リベロマイシンAおよびその誘導体が、従来の歯周病化学療法(抗炎症剤や抗菌剤)とは全く異なる、歯槽骨吸収の抑制を標的とした歯周病の治療剤または予防剤として使用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)リベロマイシンAもしくはその誘導体、またはそれらの薬学的に許容される塩を有効成分とする歯周病の治療または予防剤。
(2)リベロマイシンAの誘導体が下記一般式(I)の化合物である、(1)に記載の歯周病の治療または予防剤。
【化1】

一般式(I)中、Rは炭素数が1〜9のアルコキシ基又は-OC(=O)CH2CH2COOHを示し、R1は水素、または酸性条件下で脱離し得る水酸基の保護基を示す。
【発明の効果】
【0008】
本発明の歯周病治療剤または予防剤は、歯槽骨吸収抑制を介して歯周病を治療または予防するものであるため、歯周病の効果的な治療や予防が可能となる。リベロマイシンA及びその誘導体は胃で分解されるので、口腔内における局所塗布や口腔内含嗽などにおいて万が一大量投与の事態が起こっても、全身的には影響がきわめて少ないという有利な点が存在する。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の治療剤または予防剤に用いられるリベロマイシンAは、下記式で表される化合物である。
【化2】

【0010】
本発明の治療剤または予防剤に用いられるリベロマイシンA誘導体としては、下記一般式(I)で表される化合物が例示される。
【化3】

【0011】
一般式(I)中、Rは炭素数が1〜9のアルコキシ基又は-OC(=O)CH2CH2COOHを示す。
【0012】
一般式(I)中、R1は水素、または酸性条件下で脱離し得る水酸基の保護基を示す。ここで、「水酸基の保護基」とは、水酸基を一時的に種々の反応から保護することができる原子団であれば特に限定されない。また、「酸性条件下で脱離し得る」とは、保護基が酸性条件下で脱離可能であって、中性条件下においては酸性条件下における場合と比較してより脱離しにくいことを意味する。好ましくは、「酸性条件下で脱離し得る」とは、成熟破骨細胞などにより作り出される酸性環境下において保護基が脱離可能であって、通常の細胞が存在する中性環境下においては保護基がより脱離しにくいことを意味する。なお、「中性条件下において保護基がより脱離しにくい」とは、好ましくは中性条件下において保護基が安定でほとんど脱離しないことを意味する。具体的には、「酸性条件下で脱離し得る」とは、例えばpH4.0以下の酸性条件下において保護基が脱離し、pH7.0の中性条件下において保護基がほとんど脱離しないことを意味する。
【0013】
酸性条件下で脱離し得る水酸基の保護基としてのR1は、好ましくはアシル基、アルキル基またはシリル基などを用いることができ、より好ましくはアシル基またはシリル基を用いることができる。より具体的には、アシル基としてはホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基、バレリル基、イソバレリル基、ヘキサノイル基などのアルキルカルボニル基など、アルキル基としてはメチル基、エチル基などのアルキル基;テトラヒドロピラニル基;エトキシエチル基 、メトキシメチル基などのアルコキシアルキル基;ベンジル基などのアリールアルキル(アラルキル)基;メチルチオメチル基などのアルキルチオアルキル基など、シリル基としてはtert−ブチルジフェニルシリル基 、tert−ブチルジメチルシリル基、トリエチルシリル基、トリイソプロピルシリル基、ジメチルエチルシリル基などを用いることができるが、これらに限定されることはない。
【0014】
本発明の治療剤または予防剤においてはリベロマイシンAまたはその誘導体の薬学的に許容される塩も用いることができる。薬学的に許容される塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩などの鉱酸塩;又はp−トルエンスルホン酸塩などの有機酸塩;ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩などの金属塩;アンモニウム塩;メチルアンモニウム塩などの有機アンモニウム塩;グリシン塩などのアミノ酸塩などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0015】
リベロマイシンAおよびその誘導体は複数の不斉炭素を有しており、また置換基の種類によりさらに1個以上の不斉炭素を有する場合がある。これらの不斉炭素に基づく光学異性体またはジアステレオマーなどの立体異性体が存在するが、本発明においては純粋な形態の立体異性体のほか、任意の立体異性体の混合物またはラセミ体などを用いることができる。また、リベロマイシンAおよびその誘導体にはオレフィン性の二重結合を有する場合も存在し、二重結合に基づく幾何異性体が存在するが、純粋な形態の幾何異性体のほか、任意の幾何異性体の混合物も本発明に用いることができる。本発明に用いられるリベロマイシンAおよびその誘導体は任意の結晶形として存在することができ、水和物または溶媒和物として存在することもできる。
【0016】
リベロマイシンAについては公知方法及びそれに準ずる方法、例えば、特公平6−33271号公報、及びジャーナル・オブ・アンチバイオティクス(Journal of Antibiotics Vol. 45, No. 9, pp1409−1413 (1992))に記載されているリベロマイシンA生産菌を培養し、リベロマイシンAを採取する方法により製造することができる。
【0017】
リベロマイシンA誘導体については、公知方法、例えばバイオオーガニック・アンド・メディシナル・ケミストリー・レターズ(Bioorganic & Medicinal
Chemistry Letters Vol. 12, pp3363−3366 (2002))などに記載されているリベロマイシンA誘導体の製造方法および通常の有機合成手法により製造することができる。また、特開2005-035895や特開2004-059471に記載の合成手法も参照することができる。
【0018】
本発明の歯周病治療剤または予防剤は、リベロマイシンAもしくはその誘導体またはそれらの薬学的に許容される塩を有効成分とする薬剤であり、歯周病の治療および/または予防のために使用することができる。
【0019】
本発明の治療剤または予防剤は、その使用目的にあわせて通常の薬学的手法に準じて投与方法、剤型、投与量を適宜決定することが可能である。例えば、歯周病の治療あるいは予防を目的としてヒトなどの動物に投与する場合は、錠剤、カプセル剤、トローチ剤、顆粒剤、内服液剤、シロップ剤、軟膏剤、ゲル剤、噴霧剤、坐剤等として投与することができる。好ましくは、口腔内に投与される。本発明の治療剤または予防剤は歯磨剤や口腔内含嗽剤等の医薬部外品であってもよい。
【0020】
また、本発明の治療剤または予防剤に用いられるリベロマイシンAまたはその誘導体の有効量は、通常の薬学的手法に準じて、その剤型に適した賦形剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、滑沢剤等の医薬用添加剤を必要に応じて混合し、医薬製剤(医薬組成物)とすることができる。注射剤の場合には、適当な担体とともに滅菌処理を行って製剤とする。また、歯磨剤の場合には、任意成分として、各種研磨剤、湿潤剤、粘結剤、界面活性剤、甘味料、香料、着色剤、防腐剤、その他の有効成分などが配合できる。
これらの製剤に用いる担体や賦形剤としては、例えば乳糖、ブドウ糖、白糖、マンニトール、馬鈴薯デンプン、トウモロコシデンプン、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、硫酸カルシウム、結晶セルロース、カンゾウ末、ゲンチアナ末など、結合剤としては例えばデンプン、トラガントゴム、ゼラチン、シロップ、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、カルボキシメチルセルロースなど、崩壊剤としては例えばデンプン、寒天、ゼラチン末、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、アルギン酸ナトリウムなど、滑沢剤としては例えばステアリン酸マグネシウム、タルク、水素添加植物油、マクロゴールなど、着色剤としては医薬品に添加することが許容されているものを、それぞれ用いることができる。錠剤、顆粒剤は必要に応じ白糖、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、精製セラック、ゼラチン、グリセリン、ソルビトール、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、フタル酸セルロースアセテート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メチルメタクリレート、メタアクリル酸重合体などで被膜しても良いし、2以上の層で被膜しても良い。さらにエチルセルロースやゼラチンのような物質のカプセルでも良い。
【0021】
投与量は疾患の状態、投与ルート、患者の年齢、または体重によっても異なり、最終的には医師の判断に委ねられるが、有効成分量として成人に投与する場合、通常10〜300 mg/kg/日、好ましくは20〜200 mg/kg/日を投与する。これを1回あるいは数回に分割して投与すればよい。
【0022】
本発明の治療剤または予防剤を含む医薬製剤は、さらに抗生物質、抗菌剤、抗真菌剤、抗炎症剤、成長因子等を含んでもよい。ここで、抗生物質としては、テトラサイクリン系抗生物質やマクロライド系抗生物質が挙げられ、例えば塩酸ミノサイクリン、テトラサイクリン、ドキシサイクリン、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシン、アジスロマイシン等が挙げられる。抗菌剤としては、塩化セチルピリジニウム等の4級アンモニウム塩、クロルヘキシジン等のビスグアニド類、スパルフロキサシン、レボフロキサシン等のフルオロキノロン系抗菌剤、トリクロサン等が挙げられる。抗真菌剤としては、硝酸ミコナゾール、フルコナゾール、フルシトシン、イトラコナゾール等が挙げられる。抗炎症剤としては、イブプロフェン、フルルビプロフェン、アスピリン、インドメタシン、デキサメタゾン、ヒドロコルチゾン等が挙げられる。成長因子としては、血小板由来成長因子、上皮増殖因子、ファイブロブラスト成長因子等が挙げられる。
【実施例】
【0023】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0024】
[実験方法]
8週齢オス野生型マウス(WT)及び高回転型骨粗鬆症モデルであるOPG(osteoprotegerin)ノックアウトマウス(OPG-/-)(Genes Dev. 1998 May 1;12(9):1260-8)の上顎第1、第2臼歯間に矯正用ゴムを挿入し、2時間、12時間、1日、3日後に上顎骨を採取した。移動距離計測ならびに、第1臼歯遠心口蓋根周囲の骨梁計測、破骨細胞活性、骨芽細胞活性について検討した。リベロマイシンA(RM-A)投与はゴム挿入3日前より1日2回連日腹腔内投与(15mg/kg)し、対照群には同量の生理食塩水を投与した。
【0025】
[実験結果]
距離計測より、WT群と比較してOPG-/-群は移動距離が著しく大きくなる傾向を示したが、RM-A投与群では移動距離が抑制され、WT群に近似する値となった。組織学的には、OPG-/-生食投与群が著しい破骨細胞数増加と根間中隔の骨消失を認めたのに対し、RM-A投与群は破骨細胞数、骨消失とも有意な差をもって抑制された。また、OPG-/-群において高回転な骨芽細胞活性が、RM-A投与によりWTレベルまで正常化された。
【0026】
[結論]
RM-Aは破骨細胞による歯槽骨吸収を有意に抑制することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、医薬や衛生などの分野で有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リベロマイシンAもしくはその誘導体、またはそれらの薬学的に許容される塩を有効成分とする歯周病の治療または予防剤。
【請求項2】
リベロマイシンAの誘導体が下記一般式(I)の化合物である、請求項1に記載の歯周病の治療または予防剤。
【化1】

一般式(I)中、Rは炭素数が1〜9のアルコキシ基又は-OC(=O)CH2CH2COOHを示し、R1は水素、または酸性条件下で脱離し得る水酸基の保護基を示す。

【公開番号】特開2012−41291(P2012−41291A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182935(P2010−182935)
【出願日】平成22年8月18日(2010.8.18)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(500175325)学校法人愛知学院 (6)
【Fターム(参考)】