説明

歯科用アルギン酸塩印象材組成物

【課題】 アルギン酸塩印象材と水との練和物を使用する際に、アルギン酸塩印象材粉末全体への水の浸入速度が遅いために練和時間が長くかかり充分な操作余裕が確保できなくなってしまっている問題、及び、経時変化により印象採得時に練和物が喉の奥に垂れてしまう問題を解決した歯科用アルギン酸塩印象材組成物を提供する。
【解決手段】 脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とする油脂類あるいは脂肪酸とグリセリンのエステルを主成分とするロウ類,脂肪酸エステルから選ばれる1種または2種以上を0.001〜1重量%と、界面活性剤を0.01〜10重量%含有し、更に特定の多糖類が0.01〜10重量%含有されていることを特徴とする歯科用アルギン酸塩印象材組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯科治療において補綴物を作製する際に、口腔内の印象採得を行うために用いる歯科用アルギン酸塩印象材組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療おいて、口腔内の欠損部位の補綴物を作製する際に口腔内の印象を採得する印象材としてアルギン酸塩印象材が広く用いられている。このアルギン酸塩印象材には製品形態により粉末状やペースト状のが存在するが、現在は安価で応用範囲が広いことから粉末状のアルギン酸塩印象材が広く使用されている。本発明はこの粉末状のアルギン酸塩印象材に関する。アルギン酸塩印象材の粉末は主成分として、アルギン酸塩,ゲル化反応材,ゲル化調整材及び充填材が配合されており、水と練和することによりゲル状となり硬化する。
【0003】
アルギン酸塩印象材は粉末と水とを混合・練和しゲル状にしてから口腔内に挿入し硬化させて用いる際、アルギン酸塩印象材の粉末に対して水の浸透速度が低いため粉末全体に水が浸透するのに時間がかかる。そのため練和時間が長くなってしまい充分な操作余裕時間を確保することができなかった。また、アルギン酸塩印象材の粉末を長期保管等すると経時的に粉末成分が変質してしまい、アルギン酸印象材の粉末と水との練和物を口腔内で使用する際、練和物が垂れ易くなってしまい仰向けとなっている患者の喉の奥に垂れてしまうという歯科用の印象材としては大きな問題があった。
【0004】
このような問題点を改善するために、まず水との初期親和性が良好な粉末状アルギン酸塩印象材として、アルギン酸塩印象材中に桿状の珪藻土と特定の界面活性剤であるポリオキシエチレン脂肪族エーテルを含有する印象材が開示されている(例えば、特許文献1)。しかし、このアルギン酸塩印象材は、水との初期親和性については改善されているものの、水の浸透速度については改善されていないため練和時間については短縮されていない。また、アルギン酸塩印象材を練和した際の垂れ易さについては、本発明中においても記載されているカラーギナン、プルラン等の多糖類を含むことで垂れ難く改善された印象材が開示されている。しかしながら、この発明では練和条件(粉末と水の比率)によって垂れが改善されているものの、経時的な変化によって起きる練和物の垂れの問題点は改善されていない。
【特許文献1】特開2002−104916号公報
【特許文献2】特開2002−68919号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、従来、歯科用アルギン酸塩印象材組成物を使用する際に、アルギン酸塩印象材粉末全体への水の浸透速度が遅いために練和時間が長くかかり充分な操作余裕が確保できなくなってしまっている問題、及び、経時変化により印象採得時に練和物が喉の奥に垂れてしまう問題を解決した歯科用アルギン酸塩印象材組成物を提供することを本発明の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は前記問題点を解決するために鋭意検討した結果、アルギン酸塩,ゲル化反応剤,ゲル化調整剤及び充填材を主成分とするアルギン酸塩印象材において、特定の基本的に疎水性を有する物質と界面活性剤とを含有させるとアルギン酸塩印象材粉末全体への水の浸透速度を速め練和時間が短くなることを見出し、更に、疎水性を有する特定の物質と界面活性剤の存在下において、特定の多糖類を含有させることでアルギン酸塩印象材粉末の経時変化による練和物が垂れ易くなってしまう問題を解決できることを見出し本発明を完成した。
【0007】
即ち、本発明は、アルギン酸塩,ゲル化反応剤,ゲル化調整剤及び充填材を主成分とするアルギン酸塩印象材において、脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とする油脂類あるいは脂肪酸とグリセリンのエステルを主成分とするロウ類,脂肪酸エステルから選ばれる1種または2種以上を0.001〜1重量%と、界面活性剤を0.01〜10重量%含有し、更にカラーギナン,プルラン,ガードラン,キサンタンガム,ジェランガム,ペクチン,コンニャクグルコマンナン,キシログルカン,グァーガム,アラビアガム,ローカストビーンガムから選ばれる1種または2種以上の多糖類が0.01〜10重量%含有されていることを特徴とする歯科用アルギン酸塩印象材組成物である。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る歯科用アルギン酸塩印象材用組成物は、アルギン酸塩印象材粉末全体への水の浸透速度が速いため練和時間が短く、しかも経時変化によりアルギン酸塩印象材と水との練和物が垂れ易くなることのない優れた歯科用アルギン酸塩印象材組成物である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に係る歯科用アルギン酸塩印象材組成物は、通常のアルギン酸塩,ゲル化反応剤,ゲル化調整剤及び充填材を主成分とするアルギン酸塩印象材において、組成中に脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とする油脂類あるいは脂肪酸とグリセリンのエステルを主成分とするロウ類,脂肪酸エステルから選ばれる1種または2種以上の基本的に疎水性である成分と、界面活性剤と、カラーギナン,プルラン,ガードラン,キサンタンガム,ジェランガム,ペクチン,コンニャクグルコマンナン,キシログルカン,グァーガム,アラビアガム,ローカストビーンガムより選ばれる1種または2種以上の多糖類を含有する。
【0010】
油脂類としては、脂肪酸とグリセリンとのエステルを主成分とするパ−ム油,ツバキ油,ヤシ油等を例示できる。ロウ類としては、脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とするラノリンを代表例として例示できる。脂肪酸エステルとしては、脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とするラオレイン酸グリセリル,イソステアリン酸グリセリル等を例示できる。
【0011】
この脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とする油脂類あるいは脂肪酸とグリセリンのエステルを主成分とするロウ類,脂肪酸エステルから選ばれる1種または2種以上の物質は、単独で用いても良く、あるいは組み合わせで用いても良い。中でもラノリンが最も好適である。
【0012】
この脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とする油脂類あるいは脂肪酸とグリセリンのエステルを主成分とするロウ類,脂肪酸エステルから選ばれる1種または2種以上の特定の物質の含有量は、組成物中に0.001〜1重量%であることが必要であり、0.001重量%より少ない、あるいは1重量%より多いと後述する界面活性剤と共存させてもアルギン酸塩印象材粉末全体への水の浸透速度を速めることができず、しかも経時変化により練和物の垂れ易さを抑える効果も無くなる。好ましくは、0.01〜0.1重量%である。
【0013】
界面活性剤は非イオン系の界面活性剤が好適に用いられ、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル,ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル,ポリオキシエチレンアルキルエーテル等のアルキル基を含む非イオン界面活性剤が好ましい。更には、このアルキル基の平均炭素数が、14.2〜14.7のものが最も好ましい。例えば具体的にはポリオキシエチレンアルキルエーテルとして、三洋化成工業株式会社製「商品名:ナローアクティ−N」、「商品名:ナローアクティ−HN」,「商品名:ナローアクティ−CL」を代表例として例示できる。このような界面活性剤は、ポリオキシエチレン鎖の分子量分布も他の界面活性剤と比較して小さいためその効果が高い。
【0014】
これらの界面活性剤は組成物中に0.01〜10重量%含有されている必要がある。0.01重量%より少ないと前述の効果が充分ではなく、10重量%より多いと組成物の保存安定性が悪くなり経時変化により練和物が垂れ易くなってしまう。より好ましくは0.05〜1重量%の含有量である。
【0015】
前記の脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とする油脂類あるいは脂肪酸とグリセリンのエステルを主成分とするロウ類,脂肪酸エステルから選ばれる1種または2種以上の物質と界面活性剤に、更にカラーギナン,プルラン,ガードラン,キサンタンガム,ジェランガム,ペクチン,コンニャクグルコマンナン,キシログルカン,グァーガム,アラビアガム,ローカストビーンガムより選ばれる1種または2種以上の多糖類を組み合わせることにより、アルギン酸塩印象材の練和物の垂れ易さを防止すると共に経時変化により垂れ易くなる問題を解決できる。これらの多糖類は、単独で用いても良いし2種類以上を組み合わせても良い。中でもカラーギナン,キサンタンガム,グァーガムが好ましい。
【0016】
これらの多糖類は、組成物中に0.01〜10重量%配合されている必要がある。0.01重量%より少ないと練和物が垂れ易くなり、10重量%より多いと練和物の粘度が非常に高くなってしまい練和し難く印象採得の操作が困難になってしまう。より好ましい配合範囲は0.1〜2重量%であり、この範囲であれば練和物として最適の流動性をもったアルギン酸塩印象材が得られる。
【0017】
本発明に係る歯科用アルギン酸塩印象材組成物には、着色剤,香料等の公知の添加剤、石こう面の粗れを低下させることを目的とした公知の各種フッ化物,マグネシウム化合物,粉末の粉塵を抑制するための公知の炭化水素や公知の抗菌材を本発明の効果を損なわない範囲で使用しても良いことは言うまでもない。
【実施例】
【0018】
本発明について実施例を挙げ詳細に説明するが、本発明はこれ等に限定されるものではない。
【0019】
<実施例1>
アルギン酸ナトリウム(アルギン酸塩) 12重量%
硫酸カルシウム2水塩(ゲル化反応剤) 12重量%
ピロリン酸ナトリウム10水塩(ゲル化調整剤) 2重量%
珪藻土(充填材) 71.17重量%
ラノリン(ロウ類) 0.03重量%
ポリオキシエチレンアルキルエーテル(界面活性剤) 0.3重量%
キサンタンガム(多糖類) 0.5重量%
フッ化チタン酸カリウム(フッ化物) 1重量%
流動パラフィン(炭化水素) 1重量%
上記各成分を混合機で充分に混合してアルギン酸塩印象材組成物の粉末を得た。
【0020】
<初期硬化時間の測定>
次にこの混合物の粉末全体への水の浸透速度と練和時間を測定するために、粉末16.8gを計量しラバーカップに入れ、次に、水40ccを計量し粉末が入っているラバーカップに注入した。この水を注入した直後よりスパチュラにて混合を開始し、水が粉末全体に浸透した時間を確認した。練和開始から15秒経過後に練和を終了し、JIS T6505に従い初期硬化時間を測定した。つぎに同様にして練和を開始してから、25秒後、35秒後の初期硬化時間をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0021】
<フローの測定>
垂れ易さを評価するために練和物の自重による広がりを測定した。内径:35mm、高さ:50mmの金属リングに上記試験と同様に練和開始より15秒、25秒、35秒間練和した練和物を充填し、練和開始より60秒後に組成物のみをガラス板上に押し出し、硬化後、練和物の広がりの直径を測定して垂れ易さの代理特性としてのフロー値とした。結果を表1に示す。
【0022】
<経時変化の確認>
経時変化によるこのフロー値の変化を評価するために、アルギン酸塩印象材組成物の粉末をアルミパックに1kg充填し、60℃湿度100%にて1週間保管した後、前記フロー値の測定を同様の条件にて再度測定し、保存前のフロー値との変化を確認した。結果を表1に示す。
【0023】
<実施例2>
アルギン酸ナトリウム(アルギン酸塩) 11重量%
硫酸カルシウム2水塩(ゲル化反応剤) 13重量%
ピロリン酸ナトリウム10水塩(ゲル化調整剤) 2重量%
珪藻土(充填材) 70.14重量%
ラノリン(ロウ類) 0.06重量%
ポリオキシエチレンアルキルエーテル(界面活性剤) 0.8重量%
キサンタンガム(多糖類) 1重量%
フッ化チタン酸カリウム(フッ化物) 1重量%
流動パラフィン(炭化水素) 1重量%
上記各成分を混合機で充分に混合してアルギン酸塩印象材組成物を得た。
この組成物について実施例1と同様の試験を行なった。結果を表1に示す。
【0024】
<実施例3>
アルギン酸ナトリウム(アルギン酸塩) 12重量%
硫酸カルシウム2水塩(ゲル化反応剤) 12重量%
ピロリン酸ナトリウム10水塩(ゲル化調整剤) 2重量%
珪藻土(充填材) 71.79重量%
ラノリン(ロウ類) 0.01重量%
ポリオキシエチレンアルキルエーテル(界面活性剤) 0.1重量%
キサンタンガム(多糖類) 0.1重量%
フッ化チタン酸カリウム(フッ化物) 1重量%
流動パラフィン(炭化水素) 1重量%
上記各成分を混合機で充分に混合してアルギン酸塩印象材組成物を得た。
この組成物について実施例1と同様の試験を行なった。結果を表1に示す。
【0025】
<実施例4>
アルギン酸ナトリウム(アルギン酸塩) 12重量%
硫酸カルシウム2水塩(ゲル化反応剤) 12重量%
ピロリン酸ナトリウム10水塩(ゲル化調整剤) 2重量%
珪藻土(充填材) 65.5重量%
ラノリン(ロウ類) 0.5重量%
ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル(界面活性剤) 3.0重量%
グァーガム(多糖類) 3.0重量%
フッ化チタン酸カリウム(フッ化物) 1重量%
流動パラフィン(炭化水素) 1重量%
上記各成分を混合機で充分に混合してアルギン酸塩印象材組成物を得た。
この組成物について実施例1と同様の試験を行なった。結果を表1に示す。
【0026】
<比較例1>
アルギン酸ナトリウム(アルギン酸塩) 12重量%
硫酸カルシウム2水塩(ゲル化反応剤) 12重量%
ピロリン酸ナトリウム10水塩(ゲル化調整剤) 2重量%
珪藻土(充填材) 71.4重量%
ラノリン(ロウ類) 0.1重量%
グァーガム(多糖類) 0.5重量%
フッ化チタン酸カリウム(フッ化物) 1重量%
流動パラフィン(炭化水素) 1重量%
上記各成分を混合機で充分に混合してアルギン酸塩印象材組成物を得た。
この組成物について実施例1と同様の試験を行なった。結果を表1に示す。
【0027】
<比較例2>
アルギン酸ナトリウム(アルギン酸塩) 12重量%
硫酸カルシウム2水塩(ゲル化反応剤) 12重量%
ピロリン酸ナトリウム10水塩(ゲル化調整剤) 2重量%
珪藻土(充填材) 71.5重量%
ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル(界面活性剤) 0.5重量%
フッ化チタン酸カリウム(フッ化物) 1重量%
流動パラフィン(炭化水素) 1重量%
上記各成分を混合機で充分に混合してアルギン酸塩印象材組成物を得た。
この組成物について実施例1と同様の試験を行なった。結果を表1に示す。
【0028】
<表1>

【0029】
表1に示すように、実施例に示した本発明による歯科用アルギン酸塩印象材組成物は、水の浸透時間が何れも5秒程度であり、比較例と比べて半分程度の短時間でアルギン酸塩印象材粉末に水が浸透している。初期硬化時間は、練和時間が15秒,25秒,35秒で変化が無い。これは、練和時間が15秒という短い段階でも充分な練和が行われていることが分かる。一方、比較例の組成物は、練和時間による差異が大きく、しかも短時間の練和では初期硬化時間が長く充分に練和されていないことが分かる。また、実施例は60℃湿度100%1週間の環境下においてもフローの変化が少なく、初期の垂れないという特性が経時変化によっても影響を受けていないことを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸塩,ゲル化反応剤,ゲル化調整剤及び充填材を主成分とするアルギン酸塩印象材において、脂肪酸とアルコールのエステルを主成分とする油脂類あるいは脂肪酸とグリセリンのエステルを主成分とするロウ類,脂肪酸エステルから選ばれる1種または2種以上を0.001〜1重量%と、界面活性剤を0.01〜10重量%含有し、更にカラーギナン,プルラン,ガードラン,キサンタンガム,ジェランガム,ペクチン,コンニャクグルコマンナン,キシログルカン,グァーガム,アラビアガム,ローカストビーンガムから選ばれる1種または2種以上の多糖類が0.01〜10重量%含有されていることを特徴とする歯科用アルギン酸塩印象材組成物。