説明

歯科用アルジネート印象材と印象用トレーとの接着剤

【課題】 印象材とトレーとの間の接着剤において、金属製、レジン製のいずれのトレーに対しても高い接着力を示し、且つ、1液状態で長期間保管してもゲル化せず、接着効果を長期間持続することができる接着剤を開発すること。
【解決手段】 (A)1分子中にアミノ基を2個以上含むポリアミン化合物、
(B)平均粒子径が10μm以下の無機粒子、
(C)溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕であり、且つアルコール性OH基、若しくはエーテル基を有する有機溶剤、さらに
さらに、好適には(D)有機過酸化物
を含んでなることを特徴とする、歯科用アルジネート印象材と印象用トレーとの接着剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルジネート印象材と印象用トレーとを接着するための接着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
歯牙等を修復するために、鋳造歯冠修復処理または欠損補綴処理等を必要とする際には、まず、支台歯等の型を取る。次に、その採得された型を用いて、石膏製等の模型を作製する。そして、その模型を元に補綴物を作製し、作製された補綴物を支台歯等に装着する。この支台歯等の型を印象と称し、印象を採得するための硬化体を印象材と称する。
【0003】
一般的に、印象材として、アルジネート印象材、寒天印象材、シリコーンゴム印象材、ポリサルファイドゴム印象材、あるいはポリエーテルゴム印象材等が用いられる。その中でも、アルジネート印象材は、安価かつ取扱いが容易であるため、最も広く用いられる。
【0004】
アルジネート印象材は、アルギン酸塩を主成分とする基材と、硫酸カルシウムを主成分とする硬化材とから成り、当該基材と当該硬化材とを水の存在下で練和すると、ゲル状硬化体が得られることを利用した印象材である。
【0005】
アルジネート印象材(以下、単に「印象材」とも略する)を用いて印象を採得する作業は、以下の手順で行う。まず、歯列を模した印象用トレーに、硬化前の基材と硬化材とを混練したものを盛り付ける。次に、口腔内の歯牙を包み込むように、印象材を盛り付けたトレーを歯牙に押し付ける。そして、印象材が硬化した後に、印象材とトレーとを一体として歯牙から外して、口腔外に撤去する。
【0006】
印象を採得する際に用いられるトレーは、既製トレーあるいは個人トレーの2種類に大別される。既製トレーは、既製の大きさおよび形状を有するトレーである。具体的な既製トレーとしては、ステンレス、真鍮、あるいは真鍮にクロムめっきを施した金属製トレー等が挙げられる。また、個人トレーは、各個人に合わせてその形状が個別に作製されるトレーである。具体的な個人トレーとしては、ポリメタクリル酸エステルからなるレジン製トレー、あるいは熱可塑性樹脂からなるモデリングコンパウンド製トレー等が挙げられる。なお、レジン製トレーの素材となるポリメタクリル酸エステルは、通常、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート、メチルメタクリレート−エチルメタクリレート共重合体等が使用される。
【0007】
アルジネート印象材は、前述の各トレーに対する密着性が低いので、印象材を歯牙から外す際に、印象材がトレーから剥離することがある。印象材がトレーから剥離すると、印象の形状が大きく変化しやすいため、精度の高い印象が採得できないという問題が生じる。
【0008】
上述の問題を解決するために、網状、アンダーカット状あるいはパンチ穴を有するトレーを用いる方法も考えられる。このような形状を有するトレーを用いることにより、トレーに接触する印象材の面積が増加するため、印象材とトレーとの保持力が向上する。したがって、印象材をトレーから剥離しにくくすることができる。
【0009】
一方、上述のような形状のトレーではなく、プレート状等の既製トレーあるいは個人トレーを用いる際には、別の方法にて印象材とトレーとの保持力を高める必要がある。その方法として、トレーと印象材との間に、微粉体、および有機溶剤、特に、溶解度パラメーター(δ)が17.0〜20.5〔(MPa)1/2〕の範囲であるレジン膨潤性の有機溶剤(例えば、キシレン、トルエン、酢酸エチル)を含有する接着剤を用いて接着する方法(特許文献1を参照)、或いは、1分子中にアミノ基を2個以上含むポリアミン化合物、溶剤、および好適には有機過酸化物を含有する接着剤を用いて接着する方法(特許文献2を参照)などが既に提案されている。
【0010】
ところが、特許文献1に示されている接着剤は、前記溶解度パラメーターの範囲にあるレジン膨潤性の有機溶剤を用いることにより、トレーの表面を膨潤および溶解させ、微粉体成分をトレー表面に付着させて、その物理的勘合力によって印象材の保持性を高めているにすぎない。したがって、斯様に物理的勘合力のみによる印象材の保持では接着力にばらつきが生じることが避けられなかった。また、この接着剤は、有機溶剤により膨潤可能な、レジン製トレーやモデリングコンパウンド製トレーには有効であるが、金属製トレーにはほとんど効果がないものであった。
【0011】
これに対して、特許文献2に示されている接着剤は、上記ポリアミン化合物の作用により、そのアミノ基とアルジネート印象材中のカルボキシル基との間で架橋を形成させ、さらに、該ポリアミン化合物作用は各種トレー材質に対して親和性も高いため、レジン製トレーやモデリングコンパウンド製トレーのみならず、金属製トレーに対しても高い接着力が発揮されて有用である。
【0012】
しかしながら、その接着力は、実用化を考えると、依然として今一歩満足できるものではなく、さらに、改善の余地があった。特に、レジン製トレーに対しては、この接着剤を用いたとしても、口腔内における印象採得時において、印象材を盛り付けたトレーを歯牙に押し付ける圧接力が足りない場合には接着力が低下することがわかった。また、レジン製トレーは、印象材との接着力を高めるため、表面に、研磨処理(歯科用タービン等を用いて表面を研削する)やサンドブラスト処理を施すことによって表面粗さを大きくすることができる。そうして、このように表面が荒れたトレー(通常、JIS B 0601に基づいて接触型表面粗さ計で測定した値(Ra)で示して1.0μmを越える)であれば、前記接着剤を用いれば、アルジネート印象材は高い接着力で接着できる。しかしながら、斯様な処理がなされず表面が荒れていないレジン製トレーに対しては、前記接着剤では、十分な強度で接着できないものであった。
【0013】
こうした状況にあって、本発明者らは、この特許文献2の接着剤において、溶剤として特に、前記レジン膨潤性の溶解度パラメーターの範囲の有機溶剤を用い、さらに、平均粒子径10μm以下の無機粒子を含有させれば、レジン製トレーに対する接着力がさらに著しく向上することを見出し、先に提案した(特許文献3を参照)。すなわち、このように改善した接着剤を用いれば、レジン製トレーにおいて、その圧接力が弱い場合や、研磨処理されておらず表面が平滑な場合であっても、高い接着力が得られるように改善される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第3778731号公報
【特許文献2】国際公開第2008/105452号パンフレット
【特許文献3】特開2010−57905号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、この特許文献3の接着剤について、本発明者らがさらに検討を重ねたところ、上記レジン膨潤性の溶解度パラメーターの範囲のものとして例示した有機溶剤のほとんどはポリアミン化合物と1液中に共存させると、数日間の保管で液がゲル化してしまい、接着剤として使用できなくなることが判明した。また、このようなゲル化が生じることから考察して、この接着剤では、斯様にゲル化する以前の段階でも、ゲル化につながるこれら成分の相互作用が進行していることが予測され、これにより1液への調整当初から、既にその接着性に何らかの悪影響が及んでいることも懸念された。
【0016】
こうした状況にあって本発明は、印象材とトレーとの間の接着剤において、金属製、レジン製のいずれのトレーに対しても高い接着力を示し、且つ、長期間保管可能、つまり、その効果を長期間持続することができる接着剤を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するため、本発明者は鋭意研究を続けてきた。その結果、1分子中にアミノ基を2個以上含むポリアミン化合物と、平均粒子径が10μm以下の無機粒子とを、前記溶解度パラメーターの範囲であるレジン膨潤性の特定の有機溶剤に溶解または分散させれば、前記の課題が良好に解決することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0018】
すなわち、本発明は、(A)1分子中にアミノ基を2個以上含むポリアミン化合物、(B)平均粒子径が10μm以下の無機粒子、および(C)有機溶剤として、溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕である、アルコール系溶剤またはエーテル系溶剤を含んでなることを特徴とする、歯科用アルジネート印象材と印象用トレーとの接着剤である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の接着剤を採用することで、接着剤をトレーに塗布するだけの簡単な操作で、アルジネート印象材と印象用トレーとの間の接着力を安定的に付与することができる。したがって、アルジネート印象材が印象用トレーから剥がれてしまうことを効果的に防止することができる。特に、レジン製トレーにおいて、被着面となるレジン製トレーの表面粗さが小さい場合(Ra=1.0μm以下、より好ましくは0.05〜0.2μm)において、その接着力の高さが顕著である。また、接着剤を1液状態で長期間保管しても、液がゲル化することなく、長期間使用することが可能になり、極めて有用である。
【0020】
しかも、上記した印象材とレジン製トレーとの接着力の高さは、溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕の範囲である、アルコール系またはエーテル系以外の有機溶剤を用いた場合を上回るほどになる。その原因は必ずしも定かではないが、上記アルコール系またはエーテル系以外の有機溶剤を用いた場合、ポリアミン化合物との共存により、ゲル化する以前の段階から、これら各成分の相互作用が進行すると考えられる。そして、この相互作用の進行がレジン製トレー等に対する接着力向上に何らかの悪影響を与えるところ、本発明の如くにゲル化が抑制されるアルコール系溶剤やエーテル系溶剤を使用すると、この悪影響を受けなくなるためと推察される。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る歯科用アルジネート印象材と印象用トレーとの接着剤の好適な実施の形態を説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施の形態に何ら限定されるものではない。
【0022】
本発明の接着剤として、1分子中にアミノ基(−NH)を2個以上有するポリアミン化合物(以下、単に「ポリアミン化合物」とも略する)を含むものを用いることにより、ポリアミン化合物中のアミノ基とアルジネート印象材中のカルボキシル基との間で架橋が形成されると考えられる。さらに、ポリアミン化合物は、トレー材料、特に金属製のトレーに対して親和性が高いので、トレー材料と接した際に強固に密着する。
【0023】
ポリアミン化合物として具体的には、エチレンジアミン、1,4−ブタンジアミン、1,7−ヘプタンジアミン、4−(アミノメチル)−1,8−オクタンジアミン、トリス(2−アミノエチル)アミン、或いは、トリエチレンテトラアミン、ペンタエチレンヘキサアミン、トリプロピレンテトラアミンのようなポリアルキレンポリアミン化合物、のような1分子中に2個以上のアミノ基を有する脂肪族ポリアミン化合物、1,2−ジアミノシクロヘキサン、1,4−ジアミノシクロヘキサン若しくは1,3−シクロヘキサンビス(メチルアミン)のような1分子中に2個以上のアミノ基を有する脂環式ポリアミン化合物、1,3−フェニレンジアミン、3,3’−メチレンジアニリン、1,2,4−トリアミノベンゼン、ジアミノアルカン類、1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリアミン若しくは3,3’−ジアミノベンジジンのような1分子中に2個以上のアミノ基を有する芳香族ポリアミン化合物、あるいはポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリエチレンイミン、ポリオルニチン、ポリリジン若しくはキトサンのような1個以上のアミノ基を有しているモノマーにより構成される重合体若しくは共重合体を好適に用いることができる。これらは単独にまたは2種以上を混合して用いることができる。
【0024】
なかでも安定した接着力の観点から、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリエチレンイミン、ポリオルニチン、ポリリジン、あるいはキトサン等の1分子中に5個以上、より好ましくは15個以上のアミノ基を有するポリアミン化合物を含むことが好ましい。
【0025】
本実施の接着剤に用いられるポリアミン化合物の分子量は特に制限されないが、溶剤への溶解性を考慮すると、500,000以下が好ましく、さらに分子量は1,000〜20,000がより好ましい。また分子量が2,000以上のポリアミン化合物を用いる場合には、十分に高い接着力を得るために、分子量300あたりアミノ基を1個以上含むことが好ましく、分子量200あたりアミノ基を1個以上含むポリアミン化合物を用いることがより好ましい。
【0026】
また、本発明の接着剤においてポリアミン化合物の使用量は、接着剤100質量部中に1質量部以上50質量部以下であるのが好ましい。特に、好ましいポリアミン化合物の使用量は、接着剤100質量部中に2質量部以上45質量部以下であり、最も好ましくは15質量部以上30質量部以下である。
【0027】
本実施の接着剤において無機粒子は、レジン製トレーやモデリングコンパウンド製トレー、特に、レジン製トレーに対して接着力を高める作用を有する。すなわち、後述する有機溶剤の作用により、上記レジン製トレーの表面を十分に膨潤・溶解させて粗面化し、ここに無機粒子を固定させ、その物理的勘合力によって印象材に対する接着力を大きく高める。
【0028】
上記無機粒子は特に限定されず、具体的には、シリカガラス、ホウケイ酸ガラス、ソーダガラス、アルミノシリケートガラス、及びフルオロアルミノシリケートガラス、重金属(例えばバリウム、ストロンチウム、ジルコニウム)を含むガラス;それらのガラスに結晶を析出させた結晶化ガラス、ディオプサイド、リューサイト等の結晶を析出させた結晶化ガラス等のガラスセラミックス;シリカ−ジルコニア、シリカ−チタニア、シリカ−アルミナ等の複合無機酸化物;あるいはそれらの複合酸化物にI族金属酸化物を添加した酸化物;シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア等の金属無機酸化物;等が使用できる。なかでも、シリカガラス、フルオロアルミノシリケートガラスや、シリカ、シリカ−チタニア、シリカ−ジルコニアなどの金属酸化物が好適である。これらは単独にまたは2種以上を混合して用いることができる。
【0029】
本実施の接着剤に用いられる無機粒子は有機溶剤への分散性等を向上させるため、その表面をシランカップリング剤などで表面処理することができる。該シランカップリング剤は公知のものが使用でき、またその方法も特に制限なく公知の方法が使用可能である。具体的に例示すれば、無機粒子及びカップリング剤を、適当な溶媒中でボールミル等を用いて分散混合させ、エバポレーターや噴霧乾燥機で乾燥した後、50〜150℃に加熱する方法や、無機粒子及びカップリング剤をアルコール等の溶剤中で攪拌下に加熱する方法等が挙げられる。
【0030】
上記無機粒子において、その粒子径は、物理的勘合力を高め、レジン製トレーに対して高い接着力を発揮させる観点からは、平均粒子径が10μm以下である必要がある。さらに溶剤中での沈降性を考慮すると、3μm以下が好適であり、1μm以下の粒子が特に好適である。また、平均粒子径はあまり小さくても接着剤の粘度が高くなりすぎるため、0.001μm以上であるのが好適である。本発明において、無機粒子の平均粒子径は、光回折法を用いた粒度分布計により測定した値をいう。
【0031】
また、該粒子の形状についても特に限定されず、ゾルーゲル法によって合成された球状や略球状粒子、粉砕によって得られた不定形状粒子など任意の形状の粒子が使用可能である。
【0032】
本発明の接着剤において、平均粒子径が10μm以下の無機粒子の使用量は、接着性の観点から、接着剤100質量部中に、0.1質量部以上20質量部以下の範囲であるのが好ましい。接着剤の粘度およびトレーへの塗布性を考慮すると、この無機粒子の使用量は、接着剤100質量部中に、1質量部以上10質量部以下が特に好ましい。
【0033】
本発明の接着剤において有機溶剤は、レジン製トレーの表面を膨潤・溶解させ、無機粒子をレジン製トレー表面に固定させるために用いられる。したがって、レジン製トレーの素材であるポリメチルメタクリレート等に対して良好な溶解力を有する必要性があり、そのために溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕のものを使用する。但し、前記したとおり該溶解度パラメーターの要件を満足する有機溶剤であっても、例えば、キシレン(σ=18.1)、トルエン(σ=18.2)、酢酸エチル(σ=18.6)等、大抵のものは、これを用いて接着剤を調整しても早い場合には数日の短期間で液がゲル化する。その理由は定かではないが、接着剤成分であるポリアミン化合物のアミノ基の相互作用が関与していることが予想できる。
【0034】
こうした中、本発明では、上記溶解度パラメーターの範囲(δ=17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕)の有機溶剤の中でも、特定の構造のものを選択的に使用する。即ち、本発明では、有機溶剤として、上記溶解度パラメーター(δ)を有する、アルコール系溶剤またはエーテル系溶剤を使用する。これにより、接着剤中に、ポリアミン化合物が共存していても、接着剤のゲル化は大幅に抑制できる。その理由は定かではないが、有機溶剤が有するアルコール基、或いはエーテル基の相互作用によって、反応性の高いポリアミンのアミノ基が保護される為であると考えられる。
【0035】
ここで、溶解度パラメーター(δ)が上記17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕のアルコール系溶剤は、1価アルコールであれば、炭素数5〜10、より好ましくは5〜8のものが通常該当する。メタノール、エタノール等の低級1価アルコール場合、溶解度パラメーター(δ)は上記範囲の上限を越える。このような溶解度パラメーター(δ)が大きすぎる有機溶剤は、レジンの膨潤性がなくなり、これを有機溶剤の主成分として用いてもレジン製トレーに対して十分な接着力が得られなくなる。炭素数5〜10の1価アルコールを具体的に例示すると、n−ペンタノール(σ=22.3)、n−ヘキサノール(σ=21.8)、n−ヘプタノール(σ=20.6)などの直鎖状のものや、2−エチルブタノール(σ=21.5)、2−エチルヘキサノール(σ=19.4)、メチルイソブチルカルビノール(σ=20.5)などの分岐状のものが挙げられる。
【0036】
また、溶解度パラメーター(δ)が上記17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕のアルコール系溶剤としては、1、4−オクタンジオール等の炭素数7〜10から選ばれる2価アルコールであっても良く、さらには3価以上のものでも、上記溶解度パラメーター(δ)の要件を満足する限り良好に使用できる。
【0037】
他方、溶解度パラメーター(δ)が上記17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕のエーテル系溶剤としては、具体的には、ジメチルエーテル(σ=18.0)、メチルエチルエーテル(σ=17.5)等のアルキル基の炭素数が1〜5であるジ低級アルキルエーテル;トリエチレングリコールモノメチルエーテル(σ=22.1)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル(σ=22.1)、エチレングリコールジメチルエーテル(σ=18.0)等のジまたはトリエチレングリコール低級アルキル(炭素数1〜3)エーテル;トリプロピレングリコールモノメチルエーテル(σ=20.4)等のジまたはトリプロピレングリコール低級アルキル(炭素数1〜3)エーテル等から選ばれる。
【0038】
上記有機溶剤の中でも、溶解度パラメーター(δ)が19.0〜22.5のものが、接着剤のゲル化を抑制する効果が高いことから好ましく、さらにはエーテル系溶剤よりも、アルコール系溶剤の方が同様の理由からより好ましい。ゲル化抑制の効果が特に高いことから、本発明において最も好適に使用できるのは、n−ヘキサノールである。
【0039】
なお、本発明で使用する、上記溶解度パラメーター(δ)が上記17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕の有機溶剤としては、2−メトキシエタノール(σ=20.8)等のアルコール基とエーテル基の両方を有するものであっても良好に使用できる。この場合、ゲル化抑制効果は、上記アルコール系溶剤を使用した場合の優れた結果が得られる。
【0040】
本発明の接着剤において有機溶剤は、上記特定するもの以外のものも、本発明の効果を損なわない範囲で少量であれば配合可能である。具体的には、前記アルコール系溶剤やエーテル系溶剤以外で、溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕のものが挙げられ、キシレン(18.1)、トルエン(18.2)、酢酸ブチル(17.4)等が代表的である。その使用量は、前記溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕の範囲のアルコール系溶剤やエーテル系溶剤の使用量に対して20質量%以下が一般的であり、10質量%以下がより好ましい。さらに、本発明において、他の有機溶剤としては、溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕の範囲を外れる、アルコール系溶剤やエーテル系溶剤〔アルコール系溶剤であれば、メタノール(29.7)、エタノール(26.0)、イソプロピルアルコール(25.6)、ブタノール(23.3)等が該当〕も使用可能である。これらは、接着剤に配合すると、ポリアミン化合物の溶解性や無機粒子の分散性を高め、接着剤の操作性も向上させるために、使用すると効果的である。その使用量は、レジン製トレーの膨潤性や溶解性を保持するために、有機溶剤全体の溶解度パラメーター(δ)が前記17.0〜23.0の範囲内に維持できる範囲の少量に留めることが必要である。通常は、この溶解度パラメーター(δ)が小さいアルコール系溶剤やエーテル系溶剤の使用量も、前記溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕の範囲のアルコール系溶剤やエーテル系溶剤の使用量に対して20質量%以下、さらには10質量%以下に抑えられる。
【0041】
本発明の接着剤において有機溶剤の使用量は、接着剤100質量部中に30質量部以上98.9質量部以下であるのが好ましい。特に、好ましい有機溶剤の使用量は、接着剤100質量部中に45質量部以上97質量部以下であり、最も好ましくは60質量部以上80質量部以下である。
【0042】
本発明の接着剤は、上記アルコール系またはエーテル系の有機溶剤を使用することにより、その溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕の範囲でありながら長期保管してもゲル化が生じ難い。このようにゲル化し難いということは、接着剤がゲル化する状態までに至っていない場合でも、これを引き起こす原因になる有機溶剤とポリアミン化合物との相互作用は進行していないということであり、これが好影響して印象材とレジン製トレーとの接着力自体もより優れたものになる。ただし、その接着力をさらに向上させるためには、組成にさらに、有機過酸化物を含有させるのがより好ましい。
【0043】
こうした有機過酸化物としては、ジアシルパーオキサイド類、パーオキシエステル類、ジアルキルパーオキサイド類、パーオキシジカーボネート類、パーオキシケタール類、ケトンパーオキサイド類、若しくはハイドロパーオキサイド類等を用いることができる。その中でも、ジアシルパーオキサイド類を用いることにより、より強固に接着する。ジアシルパーオキサイド類を具体的に例示すると、ベンゾイルパーオキサイド、ステアロイルパーオキサイド、2,4−ジクロロベンゾイルパーオキサイド、若しくはm−トルオイルパーオキサイド等が挙げられる。
【0044】
また、十分に強力な接着力を得るためには、接着剤100質量部中に0.1質量部以上30質量部以下の有機過酸化物を含めるのが好ましく(この場合、接着剤100質量部中に、ポリアミン化合物は1質量部以上50質量部以下、平均粒子径が10μm以下の無機粒子は0.1質量部以上20質量部以下、有機溶剤の使用量は30質量部以上98.8質量部以下で配合するのが好ましい)、さらには、接着剤100質量部中に1質量部以上12質量部以下の有機過酸化物を含めるのが特に好ましい(この場合、接着剤100質量部中に、ポリアミン化合物は15質量部以上35質量部以下、平均粒子径が10μm以下の無機粒子は1質量部以上10質量部以下、有機溶剤の使用量は60質量部以上80質量部以下で配合するのが好ましい)。
【0045】
以上説明した各成分からなる接着剤において、その製造方法は特に限定されない。通常は、ポリアミン化合物、および必要により有機過酸化物を有機溶剤に混合、溶解させ、さらに、無機粒子を該溶液中に分散させて製造するのが好ましい。各成分の混合は、マグネチックスターラーや羽根撹拌等による方法のほかに、超音波分散、ディスパーザー分散、湿式ボールミル分散等の方法を適用することができる。
【0046】
本発明の接着剤の使用方法は、特に制限されない。一般には、ハケ、ヘラ、筆、あるいはローラー等でトレーに塗布、またはトレーに噴霧する方法を採用することができる。接着剤をトレーに塗布または噴霧した後には、好ましくは、余剰な溶剤を揮発させるために乾燥させる。乾燥の方法としては、例えば、自然乾燥、加熱乾燥、送風乾燥、減圧乾燥、あるいは、加熱乾燥と送風乾燥を組み合わせる熱風乾燥等を採用するのが好ましい。
【0047】
本発明の接着剤が適用されるアルジネート印象材としては、公知のものが何ら制限されることなく用いられる。アルジネート印象材の具体的な種類として、アルギン酸塩を主成分とする基材ペーストと、硫酸カルシウムを主成分とする硬化材ペーストとを混合して用いるタイプ、あるいはアルギン酸塩および硫酸カルシウムを主成分とする粉体に水を混合して用いるタイプが挙げられる。
【0048】
さらに詳しく述べると、ペーストを混合して用いるタイプのアルジネート印象材に用いられる基材ペーストは、アルギン酸カリウム、シリカ粉末、水酸化カリウム、ポリアクリル酸および水等から構成される。同様に、硬化材ペーストは、粒状シリカ、流動パラフィン、酸化亜鉛、酸化マグネシウム、リン酸三ナトリウム、フッ化チタン酸カリウム、超微粒子シリカおよび硫酸カルシウム等から構成される。粉体に水を混合して用いるタイプのアルジネート印象材において、その粉体は、アルギン酸カリウム、シリカ粉末、酸化亜鉛、酸化マグネシウム、リン酸三ナトリウム、フッ化チタン酸カリウム、または硫酸カルシウム等から成る。
【実施例】
【0049】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。なお、接着試験方法を(1)に、使用したトレーの種類を(2)に、評価方法を(3)に、実施例および比較例で用いた化合物を(4)に示す。
(1)接着試験方法
予め調整した前処理剤を(2)に記す各トレーに筆で塗布し、エアーブローにて余剰の溶剤を揮発させた。次いで、同被着面に、予め調整した接着剤を筆で塗布し、エアーブローにて余剰の溶剤を揮発させた。そして、該トレーに練和したアルジネート印象材を盛り付けた後、130gf/cmの荷重をかけて、37℃下で3分間放置した。その後、硬化した印象材をトレーから引き剥がした。
【0050】
次に、(3)に記す評価基準に従い、印象材とトレーとの界面にて凝集破壊を引き起こしている面積の割合に基づいて、接着性能を評価した。全ての接着試験において、APミキサーII(株式会社トクヤマデンタル製)にて練和した、ペーストタイプのアルジネート印象材「AP−1ペースト」(株式会社トクヤマデンタル製)を用いた。
【0051】
また、長期保存後の接着試験は、調整した接着剤を密封容器に入れ、25℃下1週間保管したあとのものを使用して同様の試験を行なった。
(2)トレーの種類
レジン製トレーとして、「オストロンII」(株式会社ジーシー製)を板状に硬化させたものを用いた。オストロンIIの粉、液を混和したものをポリプロピレン(PP)フィルム上に載せ、その上からさらに別のPPポリプロピレンフィルムを乗せ圧接し硬化させたもの(接触型表面粗さ計(サーフコム、東京精密社製)で測定した表面粗さRa=0.1μm)を用いた。
【0052】
金属製トレーとして、ニッケルめっきを施した真鍮製トレー「COE104」(株式会社ジーシー製)を用いた。
【0053】
モデリングコンパウンド製トレーとして、「モデリングコンパウンド中性」(株式会社ジーシー製)を用いた(表中ではMC製トレーと略す)。
(3)評価基準
◎:印象材とトレーを手で引き剥がすと、全面的に印象材の凝集破壊を引き起こす。
○:印象材とトレーを手で引き剥がすと、印象材の大部分が凝集破壊を引き起こすが、一部はトレーとの界面から剥がれる。
△:印象材とトレーを手で引き剥がすと、印象材の一部が凝集破壊を引き起こすが、大部分はトレーとの界面から剥がれる。
×:印象材とトレーを手で引き剥がすと、全面的に印象材がトレーの界面で容易に剥がれる。
【0054】
(4)実施例および比較例で用いた化合物の略称
(4−1)ポリアミン化合物
PA1:1,7−ヘプタンジアミン
PA2:ポリアリルアミン(1分子中にアミノ基の数16個、分子量1000)
PA3:ポリアリルアミン(1分子中にアミノ基の数53個、分子量3000)
PA4:ポリアリルアミン(1分子中にアミノ基の数263個、分子量15000)
【0055】
(4−2)無機粒子
F1:レオロシールQS102(非晶質シリカ、株式会社トクヤマ製)平均粒子径0.012μm
F2:レオロシールZD30ST(表面処理非晶質シリカ、株式会社トクヤマ製)平均粒子径0.015μm
F3:ゾル−ゲル法で合成した球状のシリカ−ジルコニア粒子、平均粒子径0.9μm
F4:ゾル−ゲル法で合成した不定形シリカージルコニア粒子 平均粒子径5μm
F5:ゾル−ゲル法で合成した不定形シリカージルコニア粒子 平均粒子径30μm
なお、上記無機粒子の平均粒子径の測定は、光回折法による粒度分布測定(コールター、ベックマンコールター社製)により実施した。
【0056】
(4−3)溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕であり、且つアルコール性OH基、若しくはエーテル基を有する有機溶剤
n−HexOH : n−ヘキサノール(σ=21.8)
n−OctOH : n−オクタノール(σ=22.4)
DME : ジメチルエーテル(σ=18.0)
EGME : エチレングリコールジメチルエーテル(σ=18.0)
MeEtOH : 2−メトキシエタノール(σ=20.8)
TEGME : トリエチレングリコールモノメチルエーテル(σ=22.1)
【0057】
(4−4)その他の有機溶剤
Et−OH : エタノール(σ=26.0)
トルエン(σ=18.2)
キシレン(σ=18.1)
酢酸エチル(σ=18.6)
【0058】
(4−5)有機過酸化物
BPO:ベンゾイルパーオキサイド
SPO:ステアロイルパーオキサイド
BBTC:1、1−ビス(t−ブチルパーオキシ)3、3、5−トリメチルシロキサン
【0059】
実施例1
表1に示すように、ポリアミン化合物としてPA1を20g、有機溶剤としてn−HexOHを75g、スクリュー管中に量りとり、撹拌し混合した。続いて、該スクリュー管中に無機粒子としてF1を5g量りとり、超音波分散によって粒子を分散させて接着剤を調製した。得られた接着剤を用いて、各種トレーに対する接着試験を行なった。更に、調整した接着剤を25℃下で1週間放置したあとで、同様の接着試験を行なった。結果を表2に示した。
【0060】
いずれのトレーに対しても高い接着力が得られた。また、長期保管(25℃下1週間)した後の接着剤はゲル化すること無く、いずれのトレーに対する接着性能もほぼ維持されていた。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
実施例2〜33
表1に示す組成の接着剤を使用する以外は、実施例1と同様の方法を用いて、接着試験を行なった。結果を表2に示すが、いずれの条件においても高い接着性を示した。また、長期保管した後の接着剤もゲル化することなく、接着性能が維持されていた。
【0064】
また、実施例27〜29は、実施例1で使用した接着剤に有機過酸化物を配合したものであるが、有機過酸化物の効果によって、各トレーに対する接着性が向上していることがわかった。
比較例1〜11
表3に示す組成の接着剤を使用する以外は、実施例1と同様の方法を用いて、接着試験を行なった。結果を表4に示した。
【0065】
【表3】

【0066】
【表4】

【0067】
比較例1は、本発明の接着剤成分である(A)ポリアミン化合物を配合しなかった場合であるが、被着体表面に対するポリアミン化合物の結合効果が得られず、特に金属製トレーに対する接着性が大きく低下する結果であった。
【0068】
比較例2は、本発明の接着剤成分である(B)無機粒子を配合しなかった場合であるが、無機粒子による物理的勘合力が発揮されない為、特にレジン製トレーに対する接着性が大きく低下する結果であった。
【0069】
比較例3は、本発明の接着剤成分である(B)無機粒子として、その平均粒子径が10μmを大きく超えたものを使用した場合であるが、無機粒子の物理的勘合力が十分に発揮されず、特にレジン製トレーに対する初期接着性が低下する結果であった。また、保存後においては、無機粒子が沈降してしまう為、レジン製トレーに対する接着性が更に低下する結果であった。
【0070】
比較例4、及び比較例5は、本発明の接着剤成分である(C)有機溶剤の溶解度パラメーター(σ)が、本発明の条件を満たさない場合であるが、有機溶剤によるレジン膨潤効果が十分に得られない為、特にレジン製トレーに対する接着性が大きく低下する結果であった。
【0071】
比較例6〜比較例8は、本発明の接着剤成分である(C)有機溶剤の代わりに、溶解度パラメーター(σ)の値は満足するが、アルコール性OH基、或いはエーテル基を有さない溶剤を使用した場合であるが、各トレーに対する初期接着性は良好なものの、調整後僅か数日で接着剤がゲル化する結果であった。
【0072】
比較例9〜比較例11は、本発明の接着剤成分すべてを含有するが、(C)有機溶剤として、アルコール性OH基、或いはエーテル基を有さない溶剤を組み合わせて使用した場合であるが、各トレーに対する初期接着性は良好なものの、調整後僅か数日で接着剤がゲル化する結果であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)1分子中にアミノ基を2個以上含むポリアミン化合物、(B)平均粒子径が10μm以下の無機粒子、および(C)有機溶剤として、溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕である、アルコール系溶剤またはエーテル系溶剤を含んでなることを特徴とする、歯科用アルジネート印象材と印象用トレーとの接着剤。
【請求項2】
(B)有機溶剤が、溶解度パラメーター(δ)が17.0〜23.0〔(MPa)1/2〕であるアルコール系溶剤である、請求項1記載の歯科用アルジネート印象材と印象用トレーとの接着剤。
【請求項3】
さらに、(D)有機過酸化物を含んでなる、請求項1〜2のいずれか一項に記載の歯科用アルジネート印象材と印象用トレーとの接着剤。

【公開番号】特開2011−241198(P2011−241198A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117072(P2010−117072)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】(391003576)株式会社トクヤマデンタル (222)
【Fターム(参考)】