説明

歯科用充填修復材キット

【課題】歯科治療に際して、1ステップ光照射により前処理材および充填修復材を硬化させることができる上に、窩洞内壁と充填修復材との接着強度にも優れること。
【解決手段】酸性基非含有ラジカル重合性単量体、フィラーおよび光重合開始剤を含む充填修復材と、酸性基含有ラジカル重合性単量体および水を含む前処理材と、を有し、充填修復材、および、前処理材から選択される少なくとも一方の部材に、チタノセン系光重合開始剤が含まれ、歯科治療に際して、前処理材を窩洞に塗布し、次に、前処理材が塗付された窩洞内に充填修復材を充填し、続いて、充填修復材が充填された窩洞部分に可視光を照射することにより充填修復材を硬化させると共に窩洞壁面と窩洞内に充填された充填修復材とを接着することを特徴とする歯科用充填修復キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用充填修復材キットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、歯牙の齲蝕等により生じた小さい欠損(窩洞)は、アマルガム等の金属材料にて充填されている。しかし、近年、天然歯牙色と同等の色調を付与できることおよび操作が容易なことから、アクリル系の重合性単量体、無機フィラーおよび重合開始剤を含むコンポジットレジンと呼ばれる充填修復材が好んで用いられている。充填修復材は、歯牙の形状を付する際には容易に変形できるが、充填を終了するとすぐに硬化することが好ましい。このため、最近の充填修復材は光重合開始剤を含み、生体に対して無害である可視光を用いて硬化するものが用いられている。
【0003】
しかし、上記レジン系の充填修復材自体には歯牙に対する接着性がない。このため、レジン系の充填修復材料のみで歯牙の窩洞を充填すると、充填修復材と歯牙との間に隙間が生じることがある。その結果、その隙間から細菌が進入したり、あるいは、歯牙から充填修復材が脱落してしまう可能性が高くなる。
【0004】
そこで、レジン系の充填修復材と歯牙との間に、酸性基を含有する重合性単量体等を主成分として含む前処理材からなる層を設ける技術が実用化されている。前処理材は、歯牙のエナメル質および象牙質の表面処理剤として作用し、充填修復材と歯牙との接着力を高める作用を有する。このような前処理材を歯牙とレジン系の充填修復材との間に介在させることにより、充填修復材と歯牙とを隙間なく接着することができる。最近では、前処理材は、充填修復材と同様に光重合開始剤を含み、可視光を用いて硬化するものが用いられている。
【0005】
歯牙の修復を行う作業は、以下の手順で行われる。まず、齲歯部分を削り、窩洞を形成する。次に、その窩洞に前処理材を塗布する。次に、前処理材を硬化させるために、前処理材を塗布した部分に可視光を照射する。そして、前処理材により形成された層の上に充填修復材を充填する。最後に、充填修復材を硬化させるために、充填修復材に可視光を照射する。
【0006】
この光硬化処理に際しては、硬化させた充填修復材と歯牙との接着性が確保されていなければならないが、この他にも審美性の観点から硬化した充填修復材の変色が生じないことも必要である。このような変色を抑制するために、酸性基含有ラジカル重合性単量体と、チタノセン系化合物と、水とを含む歯科用接着性組成物が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。
【0007】
また、特許文献1等に例示される歯科用接着性組成物などを用いて上述した修復作業を行う場合、可視光を前処理材の塗付後および充填修復材の充填後の2回のタイミングに分けて照射(2ステップ光照射)する必要がある。しかし、患者の負担を軽減し、修復作業の簡略化を図る観点から、一連の修復作業において、可視光を照射するタイミングを減らすことが望ましい。しかし、充填修復材に可視光を照射した場合、充填修復材の重合に伴い収縮応力が生じる。この収縮応力は、充填修復材と歯牙との接着部を剥離させる力として作用する。この結果、充填修復材と歯牙との間の接着強度が非常に小さくなったり、あるいは、長期間の接着耐久性に劣るという問題が生じやすい。そして、一連の修復作業において、可視光を照射するタイミングをある作業を終えた後のみとする照射(1ステップ光照射)の場合は、充填修復材の重合に伴う収縮応力の影響を受けやすく、上述した問題がより顕著となる傾向がある。
【0008】
上述の問題を解決するために、充填修復材および前処理材の両方に、酸性基を有する重合性単量体、酸性基を有しない重合性単量体および重合開始剤を含む歯科用充填キット(たとえば、特許文献2を参照)や、充填修復材や前処理材に含まれる重合禁止剤または光重合開始剤の量を調節することで、前処理材の光重合開始を早くした歯科用充填修復キットが提案されている(たとえば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−145779号公報(請求項1、段落番号0007、0053等)
【特許文献2】特開2006−131621号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2007−210944号公報(特許請求の範囲)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献2に記載の歯科用充填キットでは、充填修復材は前処理材に類似する組成からなる。このため、前処理材と充填修復材との接着界面の親和性が高くなり、前処理材と充填修復材との接着界面での剥離が抑制できると考えられる。また、特許文献3に記載の歯科用充填修復キットでは、歯面に塗布した前処理材と、この前処理材からなる層上に充填された充填修復材とを同時に光照射し硬化させた場合、前処理材層の光重合開始が早くなるため前処理材と充填修復材との接着界面での剥離を抑制できると考えられる。
【0011】
以上に説明したメカニズムを考慮すれば、特許文献2、3に開示される技術では、前処理材と充填修復材とを1ステップ光照射で同時に重合させるだけで、十分な接着強度が確保できると考えられる。しかしながら、実際には、これら従来技術では、十分な接着強度が得られていない。
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、歯科治療に際して、1ステップ光照射により前処理材および充填修復材を硬化させることができる上に、窩洞内壁と充填修復材との接着強度にも優れた歯科用充填修復キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題は以下の本発明により達成される。
すなわち、本発明の歯科用充填修復キットは、(a)酸性基非含有ラジカル重合性単量体、(b)フィラーおよび(c)光重合開始剤を含む(A)充填修復材と、(d)酸性基含有ラジカル重合性単量体および(e)水を含む(B)前処理材と、を有し、(A)充填修復材、および、(B)前処理材から選択される少なくとも一方の部材に、(c1)チタノセン系光重合開始剤が含まれ、歯科治療に際して、(B)前処理材を窩洞に塗布し、次に、(B)前処理材が塗付された窩洞内に(A)充填修復材を充填し、続いて、(A)充填修復材が充填された窩洞部分に可視光を照射することにより(A)充填修復材を硬化させると共に窩洞壁面と窩洞内に充填された(A)充填修復材とを接着することを特徴とする。
【0014】
本発明の歯科用充填修復キットの一実施態様は、(a)酸性基非含有ラジカル重合性単量体100質量部中、(a1)酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体が3〜30質量部の範囲内で含まれることが好ましい。
【0015】
本発明の歯科用充填修復キットの他の実施態様は、(c1)チタノセン系光重合開始剤が、少なくとも(B)前処理材に含まれることが好ましい。
【0016】
本発明の歯科用充填修復キットを用いた治療方法は、(a)酸性基非含有ラジカル重合性単量体、(b)フィラーおよび(c)光重合開始剤を含む(A)充填修復材と、(d)酸性基含有ラジカル重合性単量体および(e)水を含む(B)前処理材と、を有し、(A)充填修復材、および、(B)前処理材から選択される少なくとも一方の部材に、(c1)チタノセン系光重合開始剤が含まれる歯科用充填修復キットを用いて、前処理材を窩洞に塗布する前処理材塗布工程と、前処理材が塗付された窩洞内に充填修復材を充填する充填修復材充填工程と、充填修復材が充填された窩洞部分に可視光を照射することにより充填修復材を硬化させると共に窩洞壁面と窩洞内に充填された充填修復材とを接着する硬化・接着工程と、をこの順に実施することにより歯科治療を行うものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、歯科治療に際して、1ステップ光照射により前処理材および充填修復材を硬化させることができる上に、窩洞内壁と充填修復材との接着強度にも優れた歯科用充填修復キットを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本実施形態の歯科用充填修復キットは、(A)充填修復材(以下、「コンポジットレジン」と称す場合がある)と、(B)前処理材(以下、「プライマー」と称す場合がある)とを有する。ここで、本実施形態の歯科用充填修復キットを用いて歯科治療を行う場合は、まず、(B)プライマーを窩洞に塗布する(前処理剤塗布工程)。次に、(B)プライマーが塗付された窩洞内に(A)コンポジットレジンを充填し(充填修復材充填工程)、続いて、(A)コンポジットレジンが充填された窩洞部分に可視光を照射することにより(A)コンポジットレジンを硬化させると共に窩洞壁面と窩洞内に充填された(A)コンポジットレジンとを接着する(硬化・接着工程)。そして、これら3つの工程を経ることで、治療が完了する。
【0019】
このように、本実施形態の歯科用充填修復キットを用いて歯科治療を行う場合は、充填修復材充填工程の終了後のみにおいて、硬化・接着工程を実施するために可視光を照射する1ステップ光照射が採用される。このため、プライマーの塗付後およびコンポジットレジンの充填後のタイミングで可視光を照射する2ステップ光照射を採用しなければならない従来の歯科用充填修復キットと比べて、本実施形態の歯科用充填修復キットは、患者の負担を軽減でき、修復作業の簡略化が図れる。なお、充填修復材充填工程の終了後のみに実施される1ステップ光照射は、1回の光照射を実施するのみでもよいが、たとえば、コンポジットレジンの硬化度合などを確認しながら、必要に応じて、2回以上に分けて光照射を実施してもよい。
【0020】
また、本実施形態の歯科用充填修復キットでは、コンポジットレジンが、(a)酸性基非含有ラジカル重合性単量体、(b)フィラーおよび(c)光重合開始剤を含み、プライマーが、(d)酸性基含有ラジカル重合性単量体および(e)水を含む。さらに、コンポジットレジン、および、プライマーから選択される少なくとも一方の部材に、(c1)チタノセン系光重合開始剤が含まれる。
【0021】
本実施形態の歯科用充填修復キットでは、従来の歯科用充填修復キットと同様に光重合開始剤を利用するが、この光重合開始剤としては、上述したように、少なくともチタノセン系光重合開始剤が必ず用いられる。この理由は以下の通りである。
【0022】
まず、従来の歯科用充填修復キットに用いられる光重合開始剤としては、通常、審美性を確保する観点から、硬化したコンポジットレジンの光重合開始剤に起因する着色を避けるために、可視光域の中でも400nm付近から高くても500nm未満の波長の比較的短波長領域に最大吸収波長を有する化合物が用いられる。
【0023】
しかしながら、本発明者が鋭意検討した結果、このような従来の光重合開始剤を利用する歯科用充填修復キットを用いて、コンポジットレジンを窩洞内に充填し終えた後のみに1ステップ光照射を実施した場合、次のような問題が発生することを確認した。すなわち、上述した1ステップ光照射を実施した場合、プライマーを窩洞に塗布し終えた後およびコンポジットレジンを窩洞内に充填し終えた後の2回に分けて2ステップ光照射を実施した場合と比べて、硬化したコンポジットレジンが窩洞内から脱落したり、硬化したコンポジットレジンと窩洞内壁との剥離により隙間が形成されやすくなることを確認した。そして、硬化したコンポジットレジンが脱落が生じた場合は再治療が必要となり、コンポジットレジンと窩洞内壁との間に隙間が形成された場合には、当該隙間から細菌が侵入し、再び齲蝕が生じ易くなる。このため、上述した脱落の発生や隙間の形成は、抑制されることが必要である。
【0024】
このような脱落の発生や隙間が形成され易くなる理由は、以下の通りである。
(1)審美性を確保するためにコンポジットレジンの色調は、歯牙と同様に半透明感な色調とされていること。
(2)上記(1)から、コンポジットレジンの可視光に対する光透過性は低くなること。
(3)よって、窩洞内壁にプライマーを塗布した後に、窩洞内にコンポジットレジンを充填した状態で、可視光を照射した場合、窩洞内に盛り付けられたコンポジットレジンにより光が吸収されたり散乱される。このため、窩洞内に盛り付けられたコンポジットレジンの厚みが増大するに伴い、窩洞内壁表面に形成されたプライマー層に到達できる光の強度はより不十分となり易いこと。
(4)プライマー層に到達した光の強度が弱すぎる場合、プライマーの硬化が不十分となる。このため、窩洞内壁面を構成する歯質とコンポジットレジンとの接着強度が不十分となり、結果的に、上述した脱落が発生したり、隙間が形成されること。
【0025】
一方、従来の歯科用充填修復キットに用いられる光重合開始剤の最大吸収波長は、上述したように可視光の中でも比較的短波長領域(波長400nm付近から高くても500nm未満の波長)であり、500nm以上の光はほとんど吸収せず活性を示さない。そうして、上記短波長領域の光は、より長波長域の光と比べて、散乱され易い。それゆえ、上記(3)に示すケースにおいて、この光重合開始剤の活性化に有効な光の強度はより不十分となり易い。そこで、本発明者は、光重合開始剤の活性化に有効であり、かつ、プライマー層に到達できる光の強度を十分なものとすることで、脱落が発生したり、隙間が形成されるのを抑制するためには、波長500nm以上の比較的長波長域の光を吸収する光重合開始剤を用いることが極めて有効であると考えた。
【0026】
ここで、波長500nm以上の比較的長波長域の光を吸収する光重合開始剤(2種類以上の化合物の組み合わせからなる系を含む)としては、公知の光重合開始剤の中から種々の物質が利用可能と考えられる。たとえば、トリアジン等の電子受容体やボレート化合物等の電子供与体を、同領域に吸収を有する増感色素と組み合わせてなる光重合開始剤や、増感色素と電子受容体を同一分子内に有する光重合開始剤などが挙げられる。しかしながら、本発明者が鋭意検討したところ、前者の光重合開始剤は、少なくとも2分子間での電子移動を伴う開始機構であるため、反応系のpH等の影響を受けやすい。これに加えて、増感色素は反応系のpHにより吸収波長が変化してしまう。このため、光重合反応の再現性や安定性に乏しく、実用性に欠ける。また、後者の光重合開始剤は、硬化後にも光重合開始剤の色が残ってしまうため、審美性の点で問題がある。
【0027】
以上の点を考慮すると、光重合開始剤としては、脱落の発生や隙間の形成を抑制するために(a)波長500nm以上の比較的長波長域の光を吸収できることが必要であるが、その他にも歯科用材料としての実用性を考慮すれば、(b)光重合反応の再現性や安定性に優れ、(c)審美性が確保できる特性を有していることも必要である。以上に示す(a)〜(c)を考慮すると、光重合開始剤としては、少なくともチタノセン系光重合開始剤を用いることが必要であると考えられる。
【0028】
このチタノセン系光重合開始剤は、従来の歯科材料用に利用されてきた光重合開始剤と同様に波長400〜500nmの波長域の光を吸収するのみならず、500nm以上、特に500〜530nm付近、より好適には510〜520nmの比較的長波長域の光も吸収して、反応系の光重合を開始させることが可能である。このため、充填修復材充填工程の終了後のみにおいて、硬化・接着工程を実施するために可視光を照射する1ステップ光照射を採用しても、窩洞内壁とこの窩洞内に充填されたコンポジットレジンとの接着強度を十分に確保できる。よって、硬化したコンポジットレジンが窩洞内から脱落したり、硬化したコンポジットレジンと窩洞内壁との剥離により隙間が形成されるのを抑制できる。これに加えて、チタノセン系光重合開始剤は、光重合反応の再現性や安定性にも優れ、実用的である。さらに、チタノセン系光重合開始剤は、光を吸収して分解すると光重合開始剤特有の色が消色するため、審美性も確保できる。したがって、本実施形態の歯科用充填修復キットでは、光重合開始剤としては、少なくともチタノセン系光重合開始剤が用いられる。
【0029】
なお、上記(3)および(4)項に説明したように、窩洞内に盛り付けられたコンポジットレジンの厚みが増大するに伴い、窩洞内壁表面に形成されたプライマー層に到達できる光の強度がより不十分となり易く、この場合において脱落が発生したり、隙間が形成され易いことを考慮すれば、チタノセン系光重合開始剤を利用する本実施形態の歯科用充填修復キットは、重度の齲蝕等により形成された深さのある窩洞(具体的には、深さが1.0mm以上、より顕著には1.5mm以上の窩洞)の修復治療に用いられることが特に好適である。
【0030】
この理由は以下の通りである。まず、深さのある窩洞では、窩洞内に盛りつけられるコンポジットレジンが肉厚となる。このため、窩洞表面に形成されたプライマー層に十分な強度の光が到達し難しくなり、従来の比較的短波長領域(波長400nm付近から高くても500nm未満の波長)の光しか実質的に吸収できない光重合開始剤では、十分に光が吸収できず、プライマー層の硬化がより困難となる。すなわち、深さのある窩洞を修復治療する場合に、従来の上記比較的短波長領域の光のみを吸収する光重合開始剤を利用した歯科用充填修復キットを用いた場合、脱落の発生や、隙間の形成が、極めて顕著となり易い。これに対して、本実施形態の歯科用充填修復キットでは、波長500nm以上のより長波長かつ散乱され難い光を吸収するチタノセン系光重合開始剤を利用する。このため、たとえ窩洞内に盛りつけられるコンポジットレジンが肉厚となっても、チタノセン系光重合開始剤が、重合の開始に必要な十分な光を吸収することができる。それゆえ、本実施形態の歯科用充填修復キットは、窩洞内に盛りつけられるコンポジットレジンが肉厚となっても、脱落の発生や、隙間の形成を抑制することが比較的容易である。
【0031】
なお、チタノセン系光重合開始剤は、コンポジットレジン、および、プライマーから選択される少なくとも一方の部材に、含まれていればよいが、少なくともプライマーに含まれていることが好ましい。この理由は、チタノセン系重合開始剤は、酸性条件下において活性化され、光を吸収した際の重合開始能がより高められるという特色を有することに加え、プライマーには、チタノセン系重合開始剤を活性化するのに必要な酸性条件を実現する酸性基含有ラジカル重合性単量体が含まれているためである。それゆえ、この場合は、特に優れた接着強度を得ることができる。なお、窩洞内壁に形成されたプライマー層を構成する分子と、窩洞内に盛り付けられたコンポジットレジンを構成する分子とは、プライマー層とコンポジットレジンとの界面において相互に物質拡散して混じり合う。このため、コンポジットレジンにチタノセン系重合開始剤が含まれている場合であっても、プライマー層側界面近傍のチタノセン系重合開始剤は、プライマー層中の酸性基含有ラジカル重合性単量体と混合され活性化されうる。よって、コンポジットレジン側のみにチタノセン系重合開始剤が含まれるような場合でも十分な接着強度を確保することができる。次に、コンポジットレジンやプライマーを構成する各種成分の詳細について説明する。
【0032】
(a)酸性基非含有ラジカル重合性単量体
酸性基を含有しないラジカル重合性単量体は、硬化体の機械的強度や耐水性が高くなる。従って、コンポジットレジンに配合するラジカル重合性単量体としては酸性基非含有のものが使用される。こうした酸性基非含有ラジカル重合性単量体は、特に限定されず公知のラジカル重合性単量体が使用できる。また、ラジカル重合性不飽和基も特に限定されず公知の如何なる基であってもよい。具体的には、(メタ)アクリロイル基および(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基等の(メタ)アクリロイル基の誘導体基、ビニル基、スチリル基等が例示される。中でも重合性の観点から(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基が好ましく、(メタ)アクリロイルオキシ基がより好ましい。なお、本明細書において、「(メタ)アクリロイル」とは、アクリロイルおよびメタアクリロイルの双方を意味し、これは、”メタ”の意味するところは、他の構造を有する官能基の説明においても同様である。
【0033】
このような、(メタ)アクリロイルオキシ基を有する(メタ)アクリレート系重合性単量体の具体例を例示すると、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、テトラヒドロフルフリル(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリロキシエチルプロピオネート、2−メタクリロキシエチルアセトアセテート等の重合性不飽和基を1つ有する非水溶性の(メタ)アクリレート系単量体類、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、エトキシ化ウンデセノール(メタ)アクリレート等の水溶性の(メタ)アクリレート系単量体類、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、デカエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ドデカエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、テトラデカエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールジ(メタ)アクリレート、等の水溶性のジ(メタ)アクリレート系単量体類、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ブチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、1,3−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1.6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、1,9−ノナンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ネオペンチルグリコールジ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、トリメチロールメタントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールペンタ(メタ)アクリレート、ジトリメチロールプロパンテトラ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート、UDMA等の重合性不飽和基を複数有する脂肪族系(メタ)アクリレート系単量体類、2,2−ビス((メタ)アクリロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−(メタ)アクリロキシプロポキシ)フェニル]プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシポリエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−(メタ)アクリロキシプロポキシフェニル)プロパン等の重合性不飽和基を複数有する芳香族系(メタ)アクリレート系単量体類が挙げられる。
【0034】
これら、(メタ)アクリレート系単量体類の中でも、ラジカル重合性不飽和基を二つ以上持つものが好適である。
【0035】
一方、酸性基非含有ラジカル重合性単量体の一部に、水溶牲のラジカル重合性単量体を含むことが好ましい。コンポジットレジンに含まれる酸性基非含有ラジカル重合性単量体の一部を、水溶性にした場合、この水溶性の酸性基非含有ラジカル重合性単量体と、プライマーに含まれる酸性基含有ラジカル重合性単量体の酸性基とが高い親和性を発揮する。このため、コンポジットレジンとプライマーとの親和性を高くできる。さらに、コンポジットレジンが、酸性基非含有のラジカル重合性単量体のみを含む場合、プライマーは、酸性基含有ラジカル重合性単量体を含むので、コンポジットレジンのpHはプライマーのpHよりも高い。したがって、コンポジットレジンとプライマーとの間にpH勾配が生じる。その結果、コンポジットレジンとプライマーとの界面において、双方へのラジカル重合性単量体の移動が生じ、両層の融和が生じる。従って、コンポジットレジンとプライマーとの親和性が向上するのみならず、後述するチタノセン系重合開始剤がコンポジットレジンのみに添加されている場合であっても、両層の融和によって、プライマー中の酸性基含有重合性単量体によってチタノセン系重合開始剤を容易に活性化できる。
【0036】
ここで、本明細書において、「水溶性」とは、23℃の水に対する溶解度が1g/L以上であることを意味する。なお、さらに好ましい溶解度は、100g/L以上である。そのような酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体としては、酸性基非含有の(メタ)アクリレート系単量体のうち、水溶性の(メタ)アクリレート系単量体類を何ら制限なく使用することができる。具体的に例示すると、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレートあるいは3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等のヒドロキシル基を有する(メタ)アクリレート系単量体、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、メトキシポリエチレングリコールメタクリレート等の分子内にエチレングリコール鎖を有するメタアクリレート等が挙げられる。これらは単独にまたは2以上を混合して用いることができる。
【0037】
上述の酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体の中でも、多官能ラジカル重合性単量体を用いることが好ましい。具体的に例示すると、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレートあるいは3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の単官能ラジカル重合性単量体よりも、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート等の多官能ラジカル重合性単量体を用いることが好ましい。多官能ラジカル重合性単量体を用いることにより、プライマーを介してコンポジットレジンと歯牙との間、特に象牙質に対する接着強度を向上させることができる。
【0038】
好適な酸性基非含有かつ水溶性の多官能ラジカル重合性単量体を例示すると、重合度が9〜30のポリエチレングリコールジメタクリレート、ポリエチレングリコール部位の重合度が合計20〜50のポリエトキシ化ビスフェノール類のジメタクリレート、モノあるいはジエチレングリコールジグリシジルエーテルのメタクリル酸付加物等が挙げられ、中でもポリエチレングリコールジメタクリレート、ポリエトキシ化ビスフェノールAジメタクリレートがより好ましく、ポリエチレングリコールジメタクリレートが最も好ましい。
【0039】
また、コンポジットレジンに含まれる酸性基非含有ラジカル重合性単量体100質量部中に占める、上述の酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体の配合割合は、特に限定されないが、3〜30質量部の範囲が好ましく、5〜20質量部の範囲がより好ましい。配合割合を3〜30質量部の範囲とすることによりプライマーを介して、象牙質に対するコンポジットレジンの接着強度をさらに向上させることができる。それゆえ、硬化したコンポジットレジンが窩洞内から脱落したり、硬化したコンポジットレジンと窩洞内壁との剥離を防いで隙間が形成されるのをより一層効果的に抑制できる。このような効果が得られる具体的な理由は以下の通りである。酸性基非含有ラジカル重合性単量体100質量部中に占める、上述の酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体の配合割合を3質量部以上とした場合、窩洞内に充填されたコンポジットレジンと窩洞内壁表面に形成されたプライマー層との間でチタノセン系光重合開始剤の移動がより生じやすくなる。このため硬化したコンポジットレジンと窩洞内壁との接着強度をより高めることができる。これに加えて、配合割合を30質量部以下とすると、接着強度の低下を招く原因となる吸水性を低くすることができる。
【0040】
(b)フィラー
コンポジットレジンには、コンポジットレジンの強度を向上させると共に、重合時の収縮を抑えるためにフィラーが添加される。また、フィラーの添加量を調整することによりコンポジットレジンの粘度を修復作業に適した範囲に調節することができる。フィラーの添加量としては、上述した目的に応じて適宜選択することができるが、酸性基非含有ラジカル重合性単量体100質量部に対して、80〜2000質量部の範囲が好ましく、100〜500質量部の範囲がより好ましく、120〜230質量部の範囲が最も好ましい。フィラーの添加量を80質量部以上とすることにより、コンポジットレジンを硬化させた場合に、その硬化物の強度をより十分なものとすることができる。また、フィラーの添加量を2000質量部以下とすることにより、コンポジットレジンの粘度が高くなりすぎるのを抑制できるため、コンポジットレジンを窩洞内に充填する際の作業性をより一層高めることができる。
【0041】
フィラーとしては、無機フィラー、有機フィラーおよび無機―有機複合フィラーから選択される少なくとも1種類を選択することができる。有機フィラーとしては公知のものを適宜選択できるが、たとえば、ポリメチル(メタ)アクリレート、ポリエチル(メタ)アクリレート、メチル(メタ)アクリレート・エチル(メタ)アクリレート共重合体、メチル(メタ)アクリレート・ブチル(メタ)アクリレート共重合体あるいはメチル(メタ)アクリレート・スチレン共重合体等の非架橋性ポリマー若しくは、メチル(メタ)アクリレート・エチレングリコールジ(メタ)アクリレート共重合体、メチル(メタ)アクリレート・トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート共重合体あるいは(メタ)アクリル酸メチルとブタジエン系単量体との共重合体等の(メタ)アクリレート重合体等が使用できる。また、これらの2種以上の混合物を用いることもできる。
【0042】
無機フィラーの種類としては、公知のものを適宜選択できるが、たとえば、周期律第I、II、III、IV族、遷移金属もしくはこれらの酸化物、ハロゲン化物、硫酸塩もしくはこれらの混合物、または、複合塩等から選択することができる。
【0043】
代表的な無機フィラーを具体的に例示すると、石英、シリカ、アルミナ、シリカチタニア、シリカジルコニア、ランタンガラス、バリウムガラスあるいはストロンチウムガラス等が挙げられる。さらに、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム等の水酸化物、酸化亜鉛、ケイ酸塩ガラスあるいはフルオロアルミノシリケートガラス等の酸化物のようなカチオン溶出性フィラーも好適に挙げられる。
【0044】
上述の無機フィラーの中でも、シリカ、アルミナもしくはジルコニアのような金属酸化物粒子、または、シリカ−チタニアもしくはシリカ−ジルコニアのような複合金属酸化物粒子からなる無機フィラーを好適に用いることができる。また、これらを2種以上組み合わせて使用することもできる。
【0045】
また、無機−有機複合フィラーとしては、たとえば、無機フィラーに重合性単量体を予め添加し、ペースト状にした後、重合させ、その後粉砕することにより、粒状としたものが利用できる。このような有機−無機複合フィラーとしては、たとえば、TMPTフィラー(トリメチロールプロパンメタクリレートとシリカフィラーを混和、重合させた後に粉砕したフィラー)等を使用できる。
【0046】
上述の無機フィラーあるいは無機―有機複合フィラーは、シランカップリング剤に代表される表面処理剤で処理することにより、コンポジットレジン等に含まれる重合性単量体に対する親和性および分散性を向上させたり、また、コンポジットレジンを硬化させた硬化体の機械的強度および耐水性を向上させることができる。かかる表面処理剤および表面処理方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法が制限なく採用できる。無機フィラーの表面処理に用いられるシランカップリング剤としては、たとえば、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシランあるいはヘキサメチルジシラザン等が好適に用いられる。また、シランカップリング剤以外にも、チタネート系カップリング剤、アルミネート系カップリング剤、ジルコ−アルミネート系カップリング剤を用いる方法、あるいは、フィラー粒子表面に前記重合性単量体をグラフト重合させる方法により、無機フィラーや無機―有機複合フィラーの表面処理を行うことができる。
【0047】
上述したフィラーの屈折率は特に限定されないが、一般的な歯科用途に適した、屈折率が1.4〜2.2の範囲のものが好適に用いられる。また、フィラーの形状や粒径についても、特に限定されず適宜選択できるが、平均粒径は通常0.001〜100μmであることが好ましく、0.001〜10μmであることがより好ましい。また、コンポジットレジンを硬化させた硬化体の表面滑沢性を向上させることができる観点からは、特に球状の無機フィラーを用いることが好ましい。
【0048】
なお、フィラーは、必要に応じてプライマーにも添加することができる。この場合は接着強度をより高めるたり、プライマー層の強度をより向上させることができる。この場合、フィラーとしてはフルオロアルミノシリケートガラスを用いることが好ましい。フィラーの配合量は、プライマーに含まれる全ラジカル重合性単量体100質量部に対して、0.5〜30質量部が好ましく、1〜30質量部である。
【0049】
(c)光重合開始剤
本実施形態の歯科用充填修復キットでは、光重合開始剤として、チタノセン系光重合開始剤が用いられることが必要であるが、必要に応じてチタノセン系以外のその他の光重合開始剤(非チタノセン系光重合開始剤)を併用してもよい。また、光重合開始剤は、チタノセン系、非チタノセン系を問わずコンポジットレジンに必ず含まれている必要がある。
以下に、(c1)チタノセン系光重合開始剤と、(c2)非チタノセン系光重合開始剤とに分けて説明する。また、これら光重合開始剤に対して必要に応じて併用可能な化合物の代表的な物質として、アミン化合物や光酸発生剤についても説明する。
【0050】
(c1)チタノセン系光重合開始剤
チタノセン系光重合開始剤としては、光照射した場合に、活性ラジカルを発生し得る化合物であれば特に限定されず公知の化合物を用いることができるが、たとえば、特開昭59−152396号公報、特開昭61−151197号公報、特開昭63−41483号公報、特開平2−249号公報、特開平2−291号公報、特開平3−27393号公報、特開平3−12403号公報、特開平6−41170号公報に記載される公知の化合物を選択して用いることができる。中でも、高い光感応性が得られる観点から、下記一般式(1)で示される化合物を用いることが好ましい。
・一般式(1) CpTi(IV)R
但し、一般式(1)中、Ti(IV)は4価のチタン原子であり、Cpはシクロペンタジエニル基であり、R、Rはそれぞれ独立に、部分的に置換されていても良いアルキル基、アリール基、塩素原子または臭素原子である。
【0051】
チタノセン系化合物の具体例としては、ジ−シクロペンタジエニル−Ti−ジ−クロライド、ジ−シクロペンタジエニル−Ti−ビス−フェニル、ジ−シクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,3,4,5,6−ペンタフルオロフェニ−1−イル、ジ−シクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,3,5,6−テトラフルオロフェニ−1−イル、ジ−シクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,4,6−トリフルオロフェニ−1−イル、ジ−シクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,6−ジフルオロフエニ−1−イル、ジ−シクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,4−ジフルオロフエニ−1−イル、ジ−メチルシクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,3,4,5,6−ペンタフルオロフエニ−1−イル、ジ−メチルシクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,3,5,6−テトラフルオロフエニ−1−イル、ジ−メチルシクロペンタジエニル−Ti−ビス−2,4−ジフルオロフエニ−1−イル、ビス(シクロペンタジエニル)−ビス(2,6−ジフルオロ−3−(ピル−1−イル)フェニル)チタニウム等を挙げることができる。これらの中でも、入手の容易さ、重合活性の高さ、保存安定性等の理由からビス(シクロペンタジエニル)−ビス(2,6−ジフルオロ−3−(ピル−1−イル)フェニル)チタニウムが特に好ましい。
【0052】
これらチタノセン系光重合開始剤は、上述のように酸成分によって活性化され、これにより光重合能を発揮する。酸性基含有重合性単量体を含むプライマーに配合した場合のみならず、コンポジットレジンに配合した場合も、コンポジットレジンとプライマーとの接触部分あるいはその融和部分においてプライマー中の酸性基含有重合性単量体によって活性化される。なお、チタノセン系光重合開始剤は、より高い接着強度が得られるという観点から、特に好ましくは、少なくともプライマー中に配合される。また、コンポジットレジンの硬化体の変色等の恐れが少ないことから、チタノセン系光重合開始剤は、プライマー中にのみ配合されることが最も好ましい。プライマー中にチタノセン系重合開始剤が配合される場合、チタノセン系重合開始剤の配合量は、プライマー中に含まれる全重合性単量体100質量部に対し、0.001〜10質量部の範囲内が好ましく、0.01〜5質量部の範囲内がより好ましい。また、コンポジットレジン中にチタノセン系重合開始剤が配合される場合、チタノセン系重合開始剤の配合量は、コンポジットレジン中に含まれる全重合性単量体100質量部に対し、0.001〜10質量部の範囲内が好ましく、0.01〜5質量部の範囲内がより好ましい。
【0053】
(c2)非チタノセン系光重合開始剤
チタノセン系光重合開始剤と共に、必要に応じて併用可能な非チタノセン系光重合開始剤としては、光照射した場合に、活性ラジカルを発生し得る化合物であれば特に限定されず公知の化合物を用いることができる。しかしながら、光照射により、重合開始可能なラジカルを生成するものであれば特に制限はされない。特に、歯科用照射器の照射波長として用いられることの多い可視光域のうち、特に380〜500nmの波長域の光に活性な光重合開始剤が好ましい。このような光重含開始剤としては、たとえば、α−ケトカルボニル化合物、あるいはアシルフオスフィンオキシド化合物等が挙げられる。
【0054】
α−ケトカルボニル化合物としては、たとえば、α−ジケトン、α−ケトアルデヒド、あるいはα−ケトカルボン酸エステル等が挙げられる。具体的には、ジアセチル、2,3−ペンタジオン、2,3−ヘキサジオン、ベンジル、4,4’−ジメトキシベンジル、4,4’−ジエトキシベンジル、4,4’−オキシベンジル、4,4’−ジクロルベンジル、4,4’−ニトロベンジル、α−ナフチル、β−ナフチル、カンファーキノン、カンファーキノンスルホン酸エステル、カンファーキノンカルボン酸エステルあるいは2,2’−シクロヘキサンジオン等のα−ジケトン、メチルグリオキザールあるいはフェニルグリオキザール等のα−ケトアルデヒド、ピルビン酸メチル、ベンゾイルギ酸エチル、フェニルピルビン酸メチルあるいはフェニルピルビン酸ブチル等のα−ケトカルボン酸エステル等が挙げられる。
【0055】
これらα−ケトカルボニル化合物の中では、安定性等の面からα−ジケトンを使用する
ことが好ましく、カンファーキノンが特に好ましい。アシルフォスフィンオキシド化合物としては、たとえば、ベンゾイルジメトキシホスフィンオキシド、ベンゾイルエトキシフェニルホスフィンオキシド、ベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、2−メチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキシあるいは2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキシド、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)−フェニルホスフィンオキシド等が挙げられる。
【0056】
上述の非チタノセン系光重合開始剤のなかでも、重合開始がチタノセン系光重合開始剤よりも遅い点からα−ケトカルボニル化合物がより好ましい。また、非チタノセン系光重合開始剤の配合量は特に限定されないが、コンポジットレジンに含まれる全ラジカル重合性単量体100質量部に対し、0.001〜10質量部が好ましく、0.01〜5質量部の範囲内がより好ましい。なお、こうした非チタノセン系光重合開始剤は、プライマーに配合させても良い。斯様にプライマーに配合させる場合も、その配合量は、プライマー中に含まれる全重合性単量体100質量部に対し、0.001〜10質量部の範囲内が好ましく、0.01〜5質量部の範囲内がより好ましい。これら非チタノセン系光重合開始剤は2種類以上組み合わせて用いることができる。
【0057】
(アミン化合物)
光重合開始剤、特に非チタノセン系光重合開始剤の重合開始効果を向上させたり、反応系の重合反応を促進させるために、アミン化合物を併用してもよい。特に、非チタノセン系光重合開始剤としてα−ケトカルボニル化合物を用いる場合には、重合開始効果を向上させるために、アミン化合物のような還元性化合物を併用することが好ましい。
【0058】
アミン化合物としては、公知のアミン化合物が使用できるが、第3級アミン類を使用するのが特に好ましい。このような第3級アミン類を具体的に例示すると、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、N,N−ジ−n−ブチルアニリン、N,N−ジベンジルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、p−ジメチルアミノアセトフェノン、p−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、N,N−ジメチルアンスラニリックアシッドメチルエステル、N,N−ジヒドキシエチルアニリン、N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、p−ジメチルアミノスチルペン、N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、4−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、トリブチルアミン、トリプロピルアミン、トリエチルアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルヘキシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミン、N,N−ジメチルステアリルアミン、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N−ジエチルアミノエチルメタクリレートあるいは2,2’−(n−ブチルイミノ)ジエタノール等が挙げられる。
【0059】
これらの中でも、後述するプライマーに含まれる酸性基含有ラジカル重合性単量体の酸性基との中和反応が生じにくく、塩基性が比較的低い観点から、対応するアンモニウムイオンの25℃水中でのpKa値が9以下のアミン化合物が好適に用いられ、特に好ましくはpKa値7.0〜0.5のアミン化合物が用いられる。このような塩基性の低いアミン化合物は、一般には、芳香族第三級アミンであり、上記に例示したものを少なくとも1種以上使用することにより、後述のプライマーとコンポジットレジンとの接触界面および接触界面近傍の両者の内部における光重合開始剤の開始効果および重合促進効果をより高めることができる。また、後述する光酸発生剤と組み合わせて用いる場合には、脂肪族第3級アミンと芳香族第3級アミンの2種類を組み合わせて用いることが好ましい。この場合、より短時間の光照射でコンポジットレジンが硬化させることができる。これらアミン化合物の配合量としては、使用する光重合開始剤の0.1〜10倍の範囲が好ましく、0.3〜5倍の範囲がより好ましい。
【0060】
(光酸発生剤)
コンポジットレジンには、光重合開始剤と共に、必要に応じて光酸発生剤を添加することができる。この場合、光重合開始剤の重合活性をより高めることができる。光酸発生剤としては、光照射によってブレンステッド酸あるいはルイス酸を生成するものが好適に用いられる。
【0061】
このような光酸発生剤としては、たとえば、ハロメチル基置換−s−トリアジン誘導体、ジアリールヨードニウム塩化合物、スルホニウム塩化合物、あるいはピリジニウム塩化合物等を挙げることができる。これら光酸発生剤の中でもハロメチル基置換−s−トリアジン誘導体、あるいは、ジアリールヨードニウム塩化合物が好適である。
【0062】
ハロメチル基置換−s−トリアジン誘導体としては、たとえば、2,4,6−トリス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2,4,6−トリス(トリブロモメチル)−s−トリアジン、2−メチル−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−メチル−4,6−ビス(トリブロモメチル)−s−トリアジン、2−フェニル−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−メトキシフェニル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−メチルチオフェニル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−クロロフェニル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(2,4−ジクロロフェニル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−ブロモフェニル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−トリル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−メトキシフェニル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−n−プロピル−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(α,α,β−トリクロロエチル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−スチリル−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−メトキシスチリル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(o−メトキシスチリル−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(p−ブトキシスチリル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(3,4−ジメトキシスチリル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン、2−(3,4,5−トリメトキシスチリル)−4,6−ビス(トリクロロメチル)−s−トリアジン等を挙げることができる。
【0063】
また、ジアリールヨードニウム塩化合物としては、たとえば、ジフェニルヨードニウム、ビス(p−クロロフェニル)ヨードニウム、ジトリルヨードニウム、ビス(p−tert−ブチルフェニル)ヨードニウム、ビス(m−ニトロフェニル)ヨードニウム、p−tert−ブチルフェニルフェニルヨードニウム、メトキシフェニルフェニルヨードニウム、p−オクチルオキシフェニルフェニルヨードニウム、4−イソプロピルフェニル−4−メチルフェニルヨードニウム、等のクロリド、ブロミド、テトラフルオロボレート、ヘキサフルオロフォスフェート、ヘキサフルオロアルセネート、ヘキサフルオロアンチモネート、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート、トリフロロメタンスルホネート等が挙げられ、特に化合物の溶解性の点からテトラフルオロボレート、ヘキサフルオロフォスフェート、ヘキサフルオロアルセネート、ヘキサフルオロアンチモネート、トリフロロメタンスルホネート、テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレート塩が好適に使用される。
【0064】
上記した光酸発生剤は1種または2種以上を混合して用いても良い。これら光酸発生剤の配合量は、その効果が発現する範囲であれば特に制限されるものではないが、コンポジットレジンに含まれる酸性基非含有ラジカル重合性単量体100質量部に対し0.001〜12質量部が好ましく、0.005〜6質量部の配合がより好ましい。
【0065】
(d)酸性基含有ラジカル重合性単量体
酸性基含有ラジカル重合性単量体は、歯質に対して浸透性が高く且つ脱灰作用も有し、充填修復材と歯牙との接着力を高める作用を有するため、プライマーに配合される。こうした酸性基含有ラジカル重合性単量体は、1分子中に少なくとも1つの酸性基と1つのラジカル重合性不飽和基とを有する化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。
【0066】
酸性基含有ラジカル重合性単量体に含まれる酸性基としては、カルボキシル基、スルホ基、ホスホン基、リン酸モノエステル基あるいはリン酸ジエステル基等を挙げることができる。その中でも、歯質に対する接着性が高い酸性基として、カルボキシル基、リン酸モノエステル基あるいはリン酸ジエステル基がより好ましい。さらに、コンポジットレジンとプライマーとの間の物質の移動を活発化させる目的で、コンポジットレジンとプライマーとの間のpH勾配をより急勾配にするため、プライマーに含まれる酸性基含有ラジカル重合性単量体の酸性基は、強酸性であることが最も好ましい。このような強酸性の酸性基としては、リン酸モノエステル基あるいはリン酸ジエステル基が最も好ましい。
【0067】
酸性基含有ラジカル重合性単量体の具体例としては、たとえば、2−(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンマレエート、2−(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンサクシネート、2−(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンフタレート、11−(メタ)アクロイルオキシエチル−1,1−ウンデカンジカルボン酸、2−(メタ)アクロイルオキシエチル−3’−メタクロイルオキシ−2’−(3,4−ジカルボキシベンゾイルオキシ)プロピルサクシネート、4−(2−(メタ)アクロイルオキシエチル)トリメリテートアンハイドライド、N−(メタ)アクロイルグリシン、N−(メタ)アクロイルアスパラギン酸等のカルボン酸酸性ラジカル重合性単量体類;2−(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、ビス((メタ)アクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェート、(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、10−(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート等のリン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類;ビニルホスホン酸等のホスホン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類;スチレンスルホン酸、3−スルホプロパン(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等のスルホン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類などが挙げられる。また、これら酸性基含有ラジカル重合性単量体は、必要に応じて2種以上のものを併用しても良い。
【0068】
なお、プライマーには、酸性基含有ラジカル重合性単量体以外に上述した酸性基非含有の単量体が含まれていてもよい。この場合、プライマーに含まれる全ラジカル重合性単量体100質量部に占める酸性基含有ラジカル重合性単量体の配合割合は、10質量部以上が好ましく、30質量部以上がより好ましい。ここで、酸性基非含有の重合性単量体としては、前述の酸性基非含有かつ水溶性ラジカル重合性単量体や、酸性基非含有かつ非水溶性のラジカル重合性単量体を用いることができる。特に、酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体がプライマーに含まれていることが好ましい。この場合、歯質に対するプライマーの浸透性および、酸性基非含有かつ非水溶性のラジカル重合性単量体の水に対する相溶性を向上させることができる。
【0069】
一方、酸性基非含有かつ非水溶性ラジカル重合性単量体がプライマー中に含まれている場合には、硬化したプライマー層の強度が向上させることができる。しかしながら、同時に、酸性基非含有かつ非水溶性ラジカル重合性単量体と水との相分離を引き起こし、コンポジットレジンからの重合開始剤の進入を妨げる可能性もある。このため、プライマー中に含まれる酸性基非含有かつ非水溶性ラジカル重合性単量体の配合割合は、プライマー中の全ラジカル重合性単量体100質量部中に5質量部以下が好ましい。また、配合割合を、5質量部より多くする場合は、酸性基非含有かつ非水溶性ラジカル重合性単量体と酸性基非含有かつ水溶性ラジカル重合性単量体をと合わせて用いることが好ましい。
【0070】
(e)水
プライマーに含まれる水は、酸性基含ラジカル重合性単量体による歯質の脱灰を助ける働きを有する。プライマー中の水の配合量は、プライマーに含まれる全ラジカル重合性単量体100質量部に対して、5〜150質量部が好ましく、15〜110質量部がより好ましい。
【0071】
(親水性の有機溶媒)
また、プライマーを窩洞内壁に塗布する際の作業性をより向上させるために、プライマーは、流動性を有する親水性の有機溶媒を含んでいてもよい。たとえば、アセトン、エタノールあるいはイソプロピルアルコール等の溶媒が含まれていても良い。特に、乾燥処理が容易である観点からは、親水性の有機溶媒としてはエタノールあるいはイソプロピルアルコールのように、揮発性が高く、かつ毒性の低い溶媒が好適である。
【0072】
親水性の有機溶媒の含有量は、プライマーに含まれる全ラジカル重合性単量体100質量部に対して、20〜400質量部が好ましく、50〜300質量部がより好ましい。
【0073】
(その他の添加剤)
本実施形態の歯科用充填修復キットを構成するプライマーやコンポジットレジンには、必要に応じて、各種の添加剤を配合することができる。たとえば、歯牙や歯肉の色調に合わせるため、顔料あるいは蛍光顔料等の着色材料を配合できる。また、紫外線に対する変色防止のため紫外線吸収剤を添加してもよい。さらに、保存安定性を向上させるために、重合禁止剤を配合することも好ましい。また、安定剤あるいは殺菌剤等を添加してもよい。
【0074】
(歯科治療方法)
本実施形態の歯科用充填修復キットを用いて歯科治療を行う場合は、既述した前処理剤塗布工程、充填修復材充填工程および硬化・接着工程を実施する。ここで前処理剤塗布工程において、プライマーの窩洞への塗付方法は特に限定さされないが、一般には、ハケ、ヘラ、筆、あるいはローラー等による塗布方法や、窩洞に噴霧する塗布方法を採用することができる。また、プライマーは複数回に分けて塗布してもよい。また、エッチング剤を別途用いる場合には、エッチング剤を塗布後にプライマーを塗布することができる。
【0075】
プライマーを窩洞に塗布した後には、塗付されたプライマー中に含まれる水等の溶媒成分を蒸発させるために乾燥処理することが好ましい。乾燥処理方法としては、たとえば、自然乾燥、加熱乾燥、送風乾燥、減圧乾燥、あるいは、それらを組み合わせる乾燥方法があるが、口腔内で乾燥させることを考慮すると、乾燥空気を吐出する空気銃を用いて送風乾燥することが好ましい。
【0076】
次に、乾燥したプライマーの上に、コンポジットレジンを盛り付けて窩洞を充填する充填修復材充填工程を実施する。この際、コンポジットレジンの充填方法は特に限定されないが、一般には、ヘラ等で盛り付けられ、実際の歯牙と同様の形状に整えられる。最後に、500nm以上、特に500〜530nmの波長域の光を含む歯科用光照射機にて可視光をコンポジットレジンが充填された窩洞部分(充填修復部)に照射することにより、充填修復部に存在するコンポジットレジンを硬化させる。また、この際、プライマーも硬化するため、窩洞壁面と窩洞内に充填されたコンポジットレジンとを接着できる。なお、コンポジットレジンやプライマーに非チタノセン系光重合開始剤が配合されている場合は、これらは前記したように通常、比較的短波長領域(波長400nm付近から500nm未満)の光を吸収して活性化するため、上記歯科用光照射機にて照射する可視光には、係る短波長領域の光も含まれることが必要になる。
【0077】
(包装形態)
また、本実施形態の歯科用充填修復キットの包装形態は、特に制限されるものではないが、操作がより簡便であることから、それぞれが同一容器内に包装され、1ペーストのコンポジットレジンおよび1液のプライマーとして包装されることがより好ましい。
【実施例】
【0078】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0079】
(1)使用した化合物およびその略称
[酸性基非含有ラジカル重合性単量体]
「BisGMA」:2,2’−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン
「3G」:トリエチレングリコールジメタクリレート
【0080】
[酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体]
「HEMA」:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
「14G」:ポリエチレングリコール(重合度14)ジメタクリレート(下記に示す化合物1)
【0081】
【化1】

【0082】
[酸性基含有ラジカル重合性単量体]
「PM」:2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェートおよびビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェートを質量比2:1の割合で混合した混合物
「MDP」:10−メタクリルオキシデシルジハイドロジェンフォスフェート
【0083】
[非チタノセン系光重合開始剤]
「CQ」:カンファーキノン
「BTPO」:ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド
【0084】
[チタノセン系光重合開始剤]
「CPT」:下記に示す化合物2
【0085】
【化2】

【0086】
[第三級アミン]
「DMBE」:p−N,N−ジメチルアミノ安息香酸エチル
【0087】
[フィラー]
「F1」:球状シリカ−ジルコニア(平均粒径0.4μm)をγ―メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したものと、球状シリカ−チタニア(平均粒径0.08μm)γ―メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したものとを質量比70:30にて混合した混合物
「F2」:ヒュームドシリカ(平均粒径0.02μm)をメチルトリクロロシランにより表面処理したもの
「MF」:フルオロアルミノシリケートガラス粉末(トクソーアイオノマー、株式会社トクヤマ製)を湿式の連続型ボールミル(ニューマイミル、三井鉱山株式会社製)を用いて、平均粒径0.5μmまで粉砕したもの
【0088】
[揮発性の水溶性有機溶媒]
IPA:イソプロピルアルコール
【0089】
[重合禁止剤]
「HQME」:ハイドロキノンモノメチルエーテル
「BHT」:2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール
【0090】
(2)1.5mm厚コンポジットレジンの接着強度測定方法
牛を屠殺し、屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去した。抜去した牛前歯を、注水下、#600のエメリーペーパーで研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、エナメル質および象牙質平面を削り出した2種類の牛前歯サンプルを準備した。次に、これら2種類の牛前歯サンプルの各々について、削り出した平面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥させた。次に、この平面に直径3mmの穴を有する両面テープを貼り付け、さらに、厚さ1.5mmおよび直径8mmの穴を有するパラフィンワックスを、先に貼り付けられた両面テープの穴の中心に、パラフィンワックスの穴の中心をあわせて固定することで、模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞に、プライマーを塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した。更にその上にコンポジットレジンを充填し、可視光線照射器(トクソーパワーライト、照射波長域380〜530nm、株式会社トクヤマ製)により可視光を30秒間照射して、コンポジットレジンの厚さが1.5mmである接着試験片を作製した。
【0091】
上述の接着試験片を37℃の水中に24時間浸漬した後、万能試験機(オートグラフ、株式会社島津製作所製)を用いて、クロスヘッドスピード2mm/minにて引っ張り、歯牙とコンポジットレジンとの引張り接着強度を測定した。歯牙とコンポジットレジンとの引張接着強度の測定は、各実施例あるいは各比較例につき、各種試験片4本についてそれぞれ測定した。その4回の引張接着強度の平均値を、該当する実施例若しくは比較例の接着強度とした。
【0092】
(3)コンポジットレジンの硬化前後の色調変化
上記1.5mm厚コンポジットレジンの接着強度測定方法において、模擬窩洞に充填したコンポジットレジンに可視光を照射して硬化させる前後で、夫々色調を目視で評価した。
【0093】
(4)コンポジットレジンの調製
6.0gのBisGMA、4.0gの3Gに対して、0.05gのCQ、0.10gのDMBE、0.01gのHQMEおよび0.003gのBHTを加え、暗所にて均一になるまで撹拌し、マトリックスとした。得られたマトリックスを、16.3gのF1とメノウ乳鉢で混合し、真空下にて脱泡することにより、フィラー充填率61.7体積%の光硬化型のコンポジットレジンCR1を得た。他のコンポジットレジン(CR2〜CR9)も
、組成を表1に示すものとした以外は、コンポジットレジンCR1と同様の手順で作製した。
【0094】
【表1】

【0095】
(5)プライマーの調製
5.0gのPM、5.0gのHEMA、0.1gのCPT、0.003gのBHT、および10.0gの蒸留水を暗所にて均一になるまで撹拌し、プライマーP1を得た。他のプライマー(P2〜P11)も、組成を表2に示すものとした以外は、プライマーP1と同様の手順で作製した。
【0096】
【表2】

【0097】
(実施例1〜18)
コンポジットレジンおよびプライマーのうちの少なくとも一方にチタノセン系光重合開始剤を含むように、コンポジットレジンとプライマーとを組み合わせて接着試験を行なった。すべての場合において、エナメル質、象牙質共に良好な接着強度を示した。その結果を表3に示す。
【0098】
【表3】

【0099】
(比較例1〜7)
コンポジットレジンおよびプライマーの双方にチタノセン系光重合開始剤を含まないように、コンポジットレジンとプライマーとを組み合わせて接着試験を行なった。すべての場合において、エナメル質、象牙質共に低い接着強度を示した。その結果を表4に示す。
【0100】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)酸性基非含有ラジカル重合性単量体、(b)フィラーおよび(c)光重合開始剤を含む(A)充填修復材と、
(d)酸性基含有ラジカル重合性単量体および(e)水を含む(B)前処理材と、
を有し、
上記(A)充填修復材、および、上記(B)前処理材から選択される少なくとも一方の部材に、(c1)チタノセン系光重合開始剤が含まれ、
歯科治療に際して、上記(B)前処理材を窩洞に塗布し、次に、上記(B)前処理材が塗付された窩洞内に上記(A)充填修復材を充填し、続いて、上記(A)充填修復材が充填された窩洞部分に可視光を照射することにより上記(A)充填修復材を硬化させると共に窩洞壁面と窩洞内に充填された上記(A)充填修復材とを接着することを特徴とする歯科用充填修復キット。
【請求項2】
請求項1に記載の歯科用充填修復キットにおいて、
前記(a)酸性基非含有ラジカル重合性単量体100質量部中、(a1)酸性基非含有かつ水溶性のラジカル重合性単量体が3〜30質量部の範囲内で含まれることを特徴とする歯科用充填修復キット。
【請求項3】
請求項1または2に記載の歯科用充填修復キットにおいて、
前記(c1)チタノセン系光重合開始剤が、少なくとも前記(B)前処理材に含まれることを特徴とする歯科用充填修復キット。