説明

歯科用接着性組成物

【課題】酸性基含有重合性単量体を含有する歯科用接着性組成物において、その接着性を保持しながら、保存安定性を向上させ、酸性基含有重合性単量体が水の存在下でも、加水分解が有効に抑制できる歯科用接着性組成物を提供する。
【解決手段】酸性基含有重合性単量体(A1)を含む重合性単量体成分(A)、水(B)、及び水溶性有機溶媒(C)からなる歯科用接着性組成物において、前記組成物は、更に、トレハロース(D)を含有していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科医療分野等における歯の修復に使用される歯科用接着性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕等により損傷を受けた歯の修復には、主にコンポジットレジンと呼ばれる充填材料が用いられる。このコンポジットレジンは、歯の空洞に充填した後重合硬化して使用されるのが一般的である。しかし、コンポジットレジン自体は歯質、例えばエナメル質や象牙質への接着性を持たないため、重合性組成物を用いた歯科用接着材と併用することが必要である。そのため、このような接着材は、コンポジットレジン及び歯質両方に接着することが要求される。
【0003】
従来、接着材の歯質に対する接着強度を向上させるために、使用に際しては、歯面に対して、
(a)硬い歯質(主にエナメル質)のエッチング処理、更に、
(b)歯質の中へプライマーと呼ばれる接着性向上成分を浸透せしめるプライミン
グ処理、
という前処理が行われた。
【0004】
エッチング処理は、酸水溶液を用いて歯質を脱灰する処理であり、酸により脱灰された歯質の表面は粗造化したエナメル質やスポンジ状のコラーゲン繊維からなる象牙質が露出することとなる。エッチング処理した後、該露出したエナメル質及び象牙質への接着材の接着機構はそれぞれ異なり、具体的には以下のとおりである。
エナメル質への接着材の接着は、酸水溶液により脱灰された粗造な表面へ、接着性成分が浸透して硬化するというマクロな機械的嵌合により達成される。それに対し、象牙質への接着材の接着は、脱灰後に露出されたスポンジ状のコラーゲン線維の微細な空隙に、接着性成分が浸透して硬化するというミクロな機械的嵌合により達成される。しかし、接着性成分は、コラーゲン線維の微細な空隙への浸透が容易ではなく、脱灰処理後に、更に、プライマー(浸透促進剤)によるプライミング処理(浸透)を行ってから接着材を塗布することが必要である。
【0005】
上述したように、エナメル質と象牙質の双方に対して良好な接着強度を得るためには、損傷された歯を修復する際において、エッチング処理及びプライミング処理の2段階の前処理を行う必要があり、この2段階の前処理を行った上、接着材を塗布して硬化させる3ステップシステムが採用されており、操作が煩雑であるという問題があった。
【0006】
その後、歯科用接着材の操作性の簡略化が求められ、脱灰機能と浸透促進機能を併せて持つ1液の前処理材が主流となっていた。即ち、エッチング処理とプライミング処理との2段階の前処理を1段階に簡略することにより、歯の修復操作は、従来の3ステップシステムから、1段階の前処理後に接着材を塗布して硬化する2ステップシステムとなり、操作性が大きくアップした(特許文献1及び2)。
【0007】
更に、近年では、一液性接着材が開発されており、エッチング処理及びプライミング処理等の前処理を必要とせず、脱灰機能及び浸透促進機能を併せて持つ接着性組成物が主流となっている。従って、従来の2ステップシステムを1ステップシステムと大幅に操作性が簡略化されるようになった。
【0008】
例えば、特許文献3には、酸性基を有する重合性単量体を含む重合性単量体からなり、前処理を不要とする1液性の歯科用接着材が開示されている。
即ち、酸性基を重合性単量体に導入することにより、接着材の溶液を酸性に呈することができ、酸水溶液を別途用意する必要なく、接着材の有する酸性により脱灰機能を果たすようになった。また、親水性モノマー及び疎水性モノマーを接着材に配合することにより、象牙質への浸透促進効果も果たすことができ、別途にプライミング処理をする必要がなくなった。
【0009】
しかしながら、これら1液性接着材は、操作性の簡略化の目的は達成したものの、エッチング処理を行う際に水を必要とするため、脱灰機能を有する酸性基含有重合性単量体は、水と共存することが必要となり、この結果、酸性基含有重合性単量体の加水分解が生じるという問題があった。即ち、加水分解により酸性基が重合性単量体から脱離され、接着材の有効成分である酸性基含有重合性単量体が分解されてしまい、歯質に対する接着性が低下するという接着材自体の劣化(保存安定性)が問題となっている。
【0010】
このような状況下、1液性の接着材において、水存在下における酸性基含有接着性単量体の加水分解を抑制し、保存安定性を向上させる技術が強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−073218
【特許文献2】特開2001−026511
【特許文献3】特開2007−119404
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従って、本発明の目的は、酸性基含有重合性単量体を含有する歯科用接着性組成物において、その接着強度を保持しながら、保存安定性も向上させることにより、水の存在下でも、酸性基含有重合性単量体の加水分解を有効に抑制することができる歯科用接着性組成物を提供することにある。
【0013】
本発明者らは、上記問題を解決するために研究を行った結果、トレハロースを配合することにより、接着性組成物中の酸性基含有重合性単量体の水による加水分解を有効に抑制することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によれば、
(A)酸性基含有重合性単量体(A1)を含む重合性単量体成分;
(B)水;及び
(C)水溶性有機溶媒;
からなる歯科用接着性組成物において、
前記組成物は、更に、
(D)トレハロース;
を含有していることを特徴とする歯科用接着性組成物が提供される。
【0015】
本発明の歯科用接着性組成物において、
(1)前記トレハロース(D)の配合量は、酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部当たり、1〜100質量部であること、
(2)前記重合性単量体成分(A)は、酸性基含有重合性単量体を5質量%以上含有していること、
(3)前記酸性基含有重合性単量体の酸性基は、リン酸基であること、
(4)更に、重合開始剤(E)を含有していること、
が好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の歯科用接着性組成物は、トレハロースを酸性基含有重合性単量体を含む接着性組成物に配合することによって、酸性基含有重合性単量体の加水分解を劇的に抑制することができ、保存安定性にも優れており、歯質に対して安定して高い接着性を示す。
トレハロースの配合による加水分解防止効果の理由については、まだ解明されているわけではないが、本発明者らは、トレハロースの有する水に対する親和力が加水分解防止の要因ではないかと考えている。即ち、水に対して高い親和力を有するトレハロース分子は水分子との強い相互作用により、大きな分子の凝集団を形成し、この凝集団が障壁となり酸性基含有重合性単量体の加水分解を有効に防止できると考えている。また、多くの水分子はトレハロースと凝集団を形成するため、遊離している水分子の量が相対的に少なくなり、このことも加水分解が有効に抑制される要因と考えられる。
【0017】
更に、トレハロースを配合した本発明の接着性組成物は、酸性基含有重合性単量体が加水分解せず安定して存在するため、脱灰機能及び浸透促進機能の両方について優れた効果を有しており、エナメル質及び象牙質双方に対して高い接着力を有している。従って、本発明の接着性組成物は、歯と接着する際、エッチング処理及びプライミング処理の2段階の前処理を必要とせず、1段階の操作でコンポジットレジン及び歯質(エナメル質及び象牙質)双方に信頼性の高い接着力を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本願発明の歯科用接着性組成物は、酸性を呈するものであり、酸性基含有重合性単量体(A1)を含む重合性単量体成分(A)、水(B)及び水溶性有機溶媒(C)からなり、更に、トレハロース(D)を配合することにより得られる。この組成物は、コンポジットレジンと歯質とを接着させる際のプライマー(歯質の前処理剤)や接着材として使用される。特に、上記接着性組成物を接着材として用いる場合には、重合開始剤(E)を配合することが必要である。
【0019】
<(A)重合性単量体成分>
本発明において、重合性単量体成分(以下、単に「単量体成分」と呼ぶ)(A)は、重合により硬化してコンポジットレジンや各種の補綴物等に対する接着性を付与するために使用される成分であるが、歯質に対する脱灰機能を付するため、酸性基含有重合性単量体(A1)を含有していることが必要である。
【0020】
酸性基含有重合性単量体(以下、単に「酸性基含有単量体」と呼ぶ場合がある)(A1)としては、1分子中に少なくとも1つの重合性不飽和基と、少なくとも1つの酸性基とを有する重合性単量体であれば特に制限されず、公知の物を使用することができる。
【0021】
上記の重合性不飽和基としては、アクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、ビニル基、アリル基、エチニル基、スチリル基のようなものを挙げることができる。特に、硬化速度の点からアクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基が好ましく、アクリロイル基、メタクリロイル基が最も好ましい。
【0022】
酸性基含有単量体(A1)は、重合性不飽和基と共に、酸から誘導される酸性基を分子中に有する化合物である。酸性基として、リン酸基、カルボン酸基等を用いることができるが、その中で、リン酸基が最も好ましい。リン酸基を含有する重合性単量体は、歯質の脱灰作用が高いばかりでなく、コンポジットレジンや歯質に対しても高い接着強度を有する。
【0023】
このようなリン酸基を含有している重合性単量体の具体例としては、以下の化合物を例示することができる。

但し、上記化合物中、Rは水素原子またはメチル基を表す。
上述した酸性基含有単量体(A1)は、1種単独で使用されていてもよいし、2種以上を併用することもできる。
【0024】
尚、上記の酸性基含有単量体(A1)で好適に使用されるものとしては、以下のホスフィン酸基、ホスホン酸基及びホスホン酸水素エステル基を有する単量体を例示することができる。
ホスフィン酸基を有する重合性単量体;
ビス(2−メタクリルオキシ)ホスホン酸
ビス(メタクリルオキシプロピル)ホスフィン酸
ビス(メタクリルオキシブチル)ホスフィン酸
ホスホン酸基を有する重合性単量体;
3−メタクリルオキシプロピルホスホン酸
2−メタクリルオキシエトキシカルボニルメチルホスホン酸
4−メタクリルオキシブトキシカルボニルメチルホスホン酸
6−メタクリルオキシヘキシルオキシカルボニルメチルホスホン酸
2−(2−エトキシカルボニルアリルオキシ)エチルホスホン酸
ホスホン酸水素モノエステル基を有する重合性単量体;
2−メタクリルオキシエチルホスホン酸モノ(メタクリルオキシエチル)エステル
2−メタクリルオキシエチルホスホン酸モノフェニルエステル
【0025】
本発明において、酸性基含有単量体(A1)の使用量は、特に制限されるものではなく、例えば、単量体成分(A)の全量が酸性基含有単量体(A1)であってもよいし、また、単量体成分(A)の一部が酸性基含有単量体(A1)であってもよい。但し、接着性組成物の歯質に対する適度の浸透性を示し、また硬化体の強度を向上させるという観点から、酸性基を有しない重合性単量体(A2)と酸性基含有単量体(A1)とを単量体成分(A)として併用することが好ましい。特に、エナメル質及び象牙質の両方に対する接着強度を良好にする観点から、酸性基単量体成分(A)の全量当り、5質量%以上、より好ましくは5〜80質量%、最も好ましくは10〜60質量%の範囲で酸性基含有単量体(A1)を使用するのが好ましい。酸性基含有単量体(A1)の配合量が少ないと、エナメル質に対する接着強度が低下する傾向があり、逆に多いと象牙質に対する接着強度が低下する傾向がある。
【0026】
本発明においては、上記の酸性基含有単量体(A1)と共に、酸性基を有していない重合性単量体(以下、「非酸性単量体」と呼ぶ)(A2)を併用することができる。このような非酸性単量体(A2)としては、前述した重合性不飽和基を分子中に少なくとも1個有しており且つ酸性基を有していない化合物が使用される。このような非酸性単量体(A2)の具体例としては、以下の化合物を例示することができ、これらは1種単独で或いは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0027】
1.モノ(メタ)アクリレート系単量体;
メチル(メタ)アクリレート
エチル(メタ)アクリレート
グリシジル(メタ)アクリレート
2−シアノメチル(メタ)アクリレート
ベンジル(メタ)アクリレート
ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート
アリル(メタ)アクリレート
2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート
グリシジル(メタ)アクリレート
3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート
グリセリルモノ(メタ)アクリレート
2−(メタ)アクリルオキシエチルアセチルアセテート
【0028】
2.多官能(メタ)アクリレート系単量体;
エチレングリコールジ(メタ)アクリレート
ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート
トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート
ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート
プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート
ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート
2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン
2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]
プロパン
2,2’−ビス{4−[3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロ
ポキシ]フェニル}プロパン
1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート
1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート
トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート
ウレタン(メタ)アクリレート
エポキシ(メタ)アクリレート
【0029】
また、非酸性単量体(A2)としては、上記の(メタ)アクリレート系単量体以外の重合性単量体の少なくとも1種を、(メタ)アクリレート系単量体と併用することも可能である。
【0030】
上記以外の非酸性単量体(A2)としては、フマル酸ジメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α−メチルスチレン、α−メチルスチレンダイマー等のスチレン系誘導体;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物;などを挙げることができる。
【0031】
また、非酸性単量体(A2)として疎水性の高い重合性単量体を用いる場合には、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の両親媒性の単量体を併用し、水の分離を防ぎ、均一な組成を確保することが、高い接着強度を得る上で好ましい。
【0032】
<水(B)>
本発明においては、上述した脱灰機能を持つためには、酸性基と共に水が必要となる。水が存在しないと、歯質に対するエッチング処理がうまくできないからである。
【0033】
本発明において、上記の水は、本発明の接着性組成物を歯面に塗布した際に、該組成物の硬化に先立って、エアブローにより除去させることが、硬化を十分に進行させる観点から好ましい。
本発明の歯科用接着性組成物が適用される口腔内環境にはある程度の水分が存在しているため、本発明の接着性組成物においては、水が含有されていない場合であっても、歯科用接着性組成物所定の脱灰作用により歯質の脱灰が行われ、良好な接着力が発揮されるが、より十分な歯質の脱灰を行うためには水の使用は必須不可欠である程度で含有されていることが好ましい。
【0034】
本発明において、このような水(B)は、酸性基含有単量体(A1)100質量部当たり、10〜120質量部、特に50〜100質量部の量で使用されることが好ましい。
【0035】
<水溶性有機溶媒(C)>
本発明の接着材に使用する水溶性有機溶媒(C)は、上記単量体成分(A)及び水(B)と、後述する適宜使用される重合開始剤(E)との混和性を向上させ、均一な組成の接着材を得るために必要である。
【0036】
該水溶性有機溶媒としては、室温で揮発性を有し、水溶性を示すものであれば公知の有機溶媒が何等制限なく使用できる。ここで言う揮発性とは、760mmHgでの沸点が100℃以下であり、且つ20℃における蒸気圧が1.0KPa以上であることを言う。また、水溶性とは、20℃での水への溶解度が20g/100ml以上であることを言う。このような揮発性の水溶性有機溶媒として具体的に例示すると、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトンなどが挙げられる。これら有機溶媒は必要に応じ複数を混合して用いることも可能である。生体に対する為害性を考慮すると、エタノール、プロパノール又はアセトンが好ましい。
【0037】
本発明の接着材における水溶性有機溶媒(C)の配合量は、上記のように配合される各成分が均一となる程度であれば良く、酸性基含有単量体(A1)100質量部当たり、100〜600質量部配合することが好ましく、特に、200〜500質量部で配合することがより好ましい。
【0038】
<トレハロース(D)>
本発明の接着性組成物で用いるトレハロース(D)は、下記式:

で表わされる化合物であり、接着性を有する酸性基含有単量体(A1)に導入された酸性基の加水分解を抑制するために用いる成分である。
【0039】
その配合量は、酸性基含有単量体(A1)の配合量及び水(B)の配合量を考慮した上、酸性基含有単量体(A1)の加水分解を抑制する程度であればよいが、好ましくは、酸性基含有単量体(A1)100質量部当たり1〜100質量部、より好ましくは、酸性基含有単量体(A1)100質量部当たり10〜50質量部で配合される。
【0040】
トレハロース(D)自体は接着性には寄与しないため、その配合量が多すぎると、単量体成分(A)の配合量が少なくなり、接着強度が低下するおそれがある。また、トレハロース(D)の配合量が少なすぎると、酸性基含有単量体(A1)の加水分解の抑制効果が不十分となり、保存安定性が低下し、結局、接着性組成物の接着材としての機能が損なわれてしまう。
【0041】
また、口腔内で使用する接着性組成物である以上、齲蝕の原因となる成分は使用できない観点からも、トレハロースを用いることは極めて重要である。大多数の糖類は、虫歯菌の栄養剤となり虫歯を誘発するが、トレハロースは糖類とはいえ、虫歯菌の栄養剤とならないばかりか、虫歯を抑制する効果を有しており、虫歯の予防にも有効である。
【0042】
<重合開始剤(E)>
本発明の接着性組成物には、有効量の重合開始剤(E)を配合させても良く、これ自体を接着材として用いる場合には、重合開始剤を配合することが必要である。
【0043】
このような重合開始剤(E)としては、任意のタイミングで重合硬化させることができることから、光重合開始剤が好ましい。光重合開始剤としては、そのもの自身が光照射によってラジカル種を生成する化合物や、このような化合物に重合促進剤を加えた混合物が使用される。
【0044】
それ自身が光照射にともない分解して重合可能なラジカル種を生成する化合物としては、以下のものを例示することができる。
α−ジケトン類;
カンファーキノン、ベンジル、α−ナフチル、アセトナフテン、
ナフトキノン、1,4−フェナントレンキノン、
3,4−フェナントレンキノン、9,10−フェナントレンキノン等。
チオキサントン類;
2,4−ジエチルチオキサントン等。
α−アミノアセトフェノン類;
2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−
ブタノン−1、
2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−
ブタノン−1、
2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−
プロパノン−1、
2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−
プロパノン−1、
2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−
ペンタノン−1、
2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−
ペンタノン等。
アシルフォスフィンオキシド誘導体;
2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド、
ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチル
フォスフィンオキシド等。
【0045】
また、上記した重合促進剤としては、第三級アミン類、バルビツール酸類、メルカプト化合物などが使用される。その具体例は以下の通りである。
第三級アミン類;
N,N−ジメチルアニリン、
N,N−ジエチルアニリン、
N,N−ジ−n−ブチルアニリン、
N,N−ジベンジルアニリン、
N,N−ジメチル−p−トルイジン、
N,N−ジエチル−p−トルイジン、
N,N−ジメチル−m−トルイジン、
p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、
m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、
p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、
p−ジメチルアミノアセトフェノン、
p−ジメチルアミノ安息香酸、
p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、
p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、
N,N−ジメチルアンスラニックアシッドメチルエステル、
N,N−ジヒドロキシエチルアニリン、
N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、
p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、
p−ジメチルアミノスチルベン、
N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、
4−ジメチルアミノピリジン、
N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、
N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、
トリブチルアミン、
トリプロピルアミン、
トリエチルアミン、
N−メチルジエタノールアミン、
N−エチルジエタノールアミン、
N,N−ジメチルヘキシルアミン、
N,N−ジメチルドデシルアミン、
N,N−ジメチルステアリルアミン、
N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、
N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、
2,2’−(n−ブチルイミノ)ジエタノール等。
バルビツール酸類;
5−ブチルバルビツール酸、
1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸等。
メルカプト化合物;
ドデシルメルカプタン、
ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)等。
【0046】
このような重合開始剤(E)の配合量は、この接着性組成物を硬化できるだけの有効量であれば特に限定されず、適宜設定すれば良いが、一般的には、酸性基含有単量体(A1)100質量部当り、0.5〜50質量部、特に1〜20質量部の範囲とするのがよい。0.5質量部未満では重合が不十分になり易く、20質量部を越えると、硬化体の強度が低下する傾向がある。
【0047】
<その他の成分>
本発明の接着性組成物には、上記(A)〜(D)成分、更に、必要により重合開始剤(E)成分が配合されていれば歯質やコンポジットレジンに対して優れた接着性が発現するが、接着性組成物の機械的強度及び耐水性を向上させる為に無機充填剤を配合することが好ましい。
このような無機充填剤としては、ホウケイ酸ガラス、ソーダガラス、重金属(例えばバリウム、ストロンチウム、ジルコニウム)を含むガラス、アルミノシリケート、ガラスセラミックス、シリカやシリカ・ジルコニア、シリカ・チタニア、シリカ・アルミナなどの複合無機酸化物などが挙げられ、このうちシリカが最も好ましい。
【0048】
これらの無機充填剤は、シランカップリング剤に代表される表面処理剤で疎水化することで重合性単量体とのなじみを良くし、機械的強度や耐水性を向上させることができる。疎水化の方法は公知の方法で行えばよく、シランカップリング剤としては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザンなどが好適に用いられる。上記各種フィラーは単独または二種以上を混合して使用することができる。
【0049】
本発明に用いる無機充填剤の配合量は、上記酸性基含有単量体(A1)100質量部当たり、10〜200質量部の範囲で用いるのが好ましく、特に、20〜100質量部の範囲で用いるのが最も好ましい。該無機充填剤の配合量が10質量部未満の場合は、接着性組成物の強度および耐水性が不足し、また、40質量部を超えると接着性組成物の硬化性が不十分となり、歯質との接着力が低下する。
【0050】
また、本発明においては、接着性組成物の接着性を損なわない範囲で、必要に応じて歯科用接着性組成物の配合成分として公知の他の成分、例えば、酸性基含有ラジカル重合性単量体や多官能性ラジカル重合性単量体以外のラジカル重合性単量体、紫外線吸収剤、重合禁止剤、重合抑制剤、染料、顔料などが配合されていてもよい。
【0051】
本発明の接着性組成物の製造方法は特に限定されるものではなく、公知の歯質用接着性組成物の製造方法に従えばよく、一般的には、赤色光などの不活性光下に、配合される全成分を秤取り、均一溶液になるまでよく混合すればよい。
【0052】
本発明の接着性組成物の使用方法も、公知の歯質用接着性組成物の使用方法に従えばよく、接着材として使用する場合には、齲蝕部を取り除くなどした被着体となる歯質に本発明の接着性組成物を塗布し、5〜60秒程度放置後に圧縮空気などを軽く吹きつけて揮発性成分を揮発させ、コンポジット等の補綴物を詰めた後、ついで歯科用照射器を用いて可視光を照射し重合、硬化させればよい。
【実施例】
【0053】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。実施例中に示した、略称、略号については以下の通りである。
【0054】
重合性単量体成分(A)
[酸性基含有重合性単量体(A1)]
PM1:2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェート
PM2:ビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェート
MHP:6−メタクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンフォスフェート
MDP:10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンフォスフェート
【0055】
[非酸性重合性単量体(A2)]
Bis−GMA:2,2′−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシ
プロポキシ)フェニル]プロパン
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
【0056】
水溶性有機溶媒(C)
IPA:イソプロピルアルコール
【0057】
重合開始剤(E)
CQ:カンファーキノン
DMBE:p−N,N−ジメチルアミノ安息香酸エチル
【0058】
その他の成分(無機充填剤)
F1:粒径0.02μmの非晶質シリカ(メチルトリクロロシラン処理物)
F2:粒径0.4μmの球状シリカ−ジルコニア(γ−メタクリロイルオキシプロ
ピルトリメトキシシラン疎水化処理物)と、粒径0.08μmの球状シリカ−
チタニア(γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン疎水化処理
物)との質量比70:30の混合物
【0059】
また、以下の実施例および比較例において、各種の測定は以下の方法により実施した。
(1)保存安定性(酸性基含有単量体(A1)残存率)の測定方法
調整直後の歯科用接着性組成物0.05gをアセトニトリル4.95gに入れ、撹拌しながら溶解させ、均一な溶液を得た。この液5μlを、液体クロマトグラフィー(MD−2010 Plas、日本分光社製)で測定し、その液中の酸性基含有単量体(A1)のピーク面積を算出し、得られたピーク面積を酸性基含有単量体(A1)の初期存在量(S1)とした。
次に、この接着材を50℃のインキュベーター内に3週間保存後、上記と同様の方法を用いて、該液中の酸性基含有単量体(A1)のピーク面積を算出し、得られたピーク面積を、酸性基含有単量体(A1)の保存後の存在量(S2)とした。
そして、50℃で3週間保存後の酸性基含有単量体(A1)の残存率(%)は、下記の計算式により算出した。
酸性基含有単量体残存量(%)=(S2/S1)×100%
【0060】
上記液体クロマトグラフィーの測定条件は、以下の通りである。
展開溶媒:アセトニトリル/1.0%リン酸水溶液=50/50
カラム:GLサイエンス社製「InertsilODS−2」
流速:1.0ml/min
測定波長:210nm
サンプル打込み量:5μl
【0061】
(2)歯質接着性(初期接着性)の測定方法
a)接着試験片の作成方法
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、流水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。
次に、これらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、エナメル質および象牙質のいずれかの平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで、厚さ0.5mm、直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。
この模擬窩洞内に歯科用接着材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥し、歯科用可視光照射器(トクソーパワーライト、トクヤマ社製)にて10秒間光照射した。
更に、その上に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片を作製した。
b)接着試験方法
上記接着試験片を37℃の水中に24時間浸漬した後、引張り試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、歯牙とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4つの試験片について、引張り接着強さを上記方法で測定し、その平均値を、エナメル質或いは象牙質に対する初期接着強度として、歯質接着性を評価した。
【0062】
(3)保存安定性(接着強度)評価方法
調整した歯科用接着性組成物を50℃インキュベーター内に3週間保管した後、上記と同様に引張り接着強度を測定した。1試験当り、4つの試験片について、引張り接着強さを測定し、その平均値を、エナメル質或いは象牙質に対する50℃で3週間保存後の接着強度とした。
【0063】
<実施例1>
酸性基含有単量体(A1)としてPM1を10g、非酸性重合性単量体(A2)としてBis−GMAを18g及び3Gを12g、水(B)を7.6g、水溶性有機溶媒(C)としてIPAを34g、トレハロース(D)を2.8g及び重合開始剤(E)としてCQとDMBEとを其々5g取り、均一な溶液となるまで攪拌して、本発明の歯科用接着性組成物を調整した。
この接着性組成物を用いて、エナメル質(Enamel)および象牙質(Dentin)に対して、初期接着強度および保存安定性(50℃で3週間保存後のPM1成分の残存率及び接着強度)について測定した。接着性組成物の組成を表1に、評価結果を表2に示した。
【0064】
<実施例2〜実施例21>
実施例1の方法に準じ組成の異なる接着性組成物を調整し、エナメル質および象牙質に対して、初期接着強度および保存安定性(50℃で3週間保存後のA1成分の残存率及び接着強度)を測定した。接着性組成物の各組成を表1に、評価結果を表2に示した。
【0065】
<比較例1〜比較例10>
実施例1の方法に準じ組成の異なる接着性組成物を調整し、エナメル質および象牙質に対して、初期接着強度および保存安定性(50℃で3週間保存後のA1成分の残存率及び接着強度)を測定した。接着性組成物の各組成を表3に、評価結果を表4に示した。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
実施例1〜21は、本発明の要件すべてを満足するように配合されたものであるが、何れの場合においても、50℃で3週間保存後の酸性基含有単量体(A1)の残存率は高く、接着強度も維持されており、良好な保存安定性を有していた。
【0071】
これに対して、比較例1〜4は、トレハロース(D)を配合しなかった場合であるが、何れの場合においても、50℃で3週間保存後には酸性基含有単量体(A1)の大半が加水分解されており、接着強度が大幅に低下した。
【0072】
比較例5及び6は、トレハロース(D)を配合する代わりに其々グルコース及びスクロースを配合した場合であるが、何れの場合においても、50℃で3週間保存後には酸性基含有単量体(A1)の大半が加水分解されており、接着強度が大幅に低下した。
【0073】
比較例7は、酸性基含有単量体(A1)を配合しなかった場合であり、比較例8は、水(B)を配合しなかった場合であるが、何れの場合においても、歯質脱灰性が得られず、象牙質およびエナメル質に対する接着強度が大幅に低下している。
【0074】
比較例9は、水溶性有機溶媒(C)を配合しなかった場合であるが、接着性組成物の粘度が上昇し、歯質脱灰性及び浸透性が不足し、象牙質およびエナメル質に対する接着強度が大幅に低下している。
【0075】
比較例10は、重合開始剤(E)を配合しなかった場合であり、重合硬化がされない為、象牙質およびエナメル質に対する接着性が得られていない。即ち、接着性組成物を接着材で用いる場合には、重合開始剤(E)が必要である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)酸性基含有重合性単量体(A1)を含む重合性単量体成分;
(B)水;及び
(C)水溶性有機溶媒;
からなる歯科用接着性組成物において、
前記組成物は、更に、
(D)トレハロース;
を含有していることを特徴とする歯科用接着性組成物。
【請求項2】
前記トレハロース(D)の配合量は、酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部当たり、1〜100質量部である請求項1に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項3】
前記重合性単量体成分(A)は、酸性基含有重合性単量体(A1)を5質量%以上含有している請求項1又は2に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項4】
前記酸性基含有重合性単量体(A1)の酸性基は、リン酸基である請求項1乃至3の何れかに記載の歯科用接着性組成物。
【請求項5】
更に、重合開始剤(E)を含有している請求項1乃至4の何れかに記載の歯科用接着性組成物。