説明

歯質用接着性組成物

【課題】 一液状態で長期保存されても接着強度が持続して発揮され、且つ、硬化体の耐水性も良好で、上記接着強度が接着に使用後も高度に維持可能な歯科用接着性組成物を開発すること。
【解決手段】 (A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体
(B)多価金属イオン、好適にはチタンイオン
(C)水
さらに、好適には(E)光重合開始剤
を含有することを特徴とする一液型歯質用接着性組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯科医療分野において、金属、有機高分子、セラミックス、又はこれらの複合材料等からなる歯科用修復物と、歯質とを接着するためのプライマーや接着材として有用な歯質用接着性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕等により損傷を受けた歯質は、それが初中期の比較的小さい窩洞の場合には、審美性、操作の簡略性や迅速性の点から、コンポジットレジンによる直接修復を行うことが多い。一方、比較的大きな窩洞の場合は、金属、セラミックス、或いは歯科用レジンで作られた補綴物を用いて修復することが多い。
【0003】
これらコンポジットレジンや補綴物等の歯科用修復物は、基本的に歯質に対する接着性を有していない。従って、これらを歯質に接着させるためには、重合性単量体組成物からなる接着材が使用される。接着材は、メタクリレート系単量体を主成分とするものが多く、その歯質への接着強さは満足できる高さまでに至っていない。例えば、コンポジットレジンの接着の場合、該コンポジットレジンの硬化に際して発生する内部応力、即ち、歯質とコンポジットレジンとの界面に生じる引っ張り応力に打ち勝つだけの接着強度に達していないことが多い。更に、咬合によって掛かる力に対しても、これに耐えられるだけの接着強度に達していないことが多い。そのため、これら接着材の接着強度を向上させることを目的として、使用時に、歯面に対して次のような前処理が施されている。すなわち、
1)硬い歯質(主にヒドロキシアパタイトを主成分とするエナメル質)をエッチング処理するための前処理材の塗布、さらに、
2)接着材の歯質中への浸透を促進するため、プライマーと呼ばれる前処理材の塗布
を行っている。
【0004】
こうした中、歯質に対するより高い接着強度と、上記操作の煩雑さの軽減を目的として、歯科用接着材において、歯質に対する接着性を有する重合性単量体を含有させることが試みられている。例えば、重合性単量体成分の少なくとも一部として、リン酸エステル基、カルボン酸基等の酸性基を有する重合性単量体(以下、酸性基含有重合性単量体という)を含有させたものが提案されており、これら酸性基は歯質(ヒドロキシアパタイトやコラーゲン)に対して高い親和性を有するため、この接着剤では上記歯質に対する接着強度を大きく向上させることに成功している(特許文献1および特許文献2)。
【0005】
また、酸性基含有重合性単量体および水を含有する接着材やプライマーの中に、多価金属イオン溶出性フィラーを配合させることで、自己の重合硬化性を一層に高めたものも、開発されている(特許文献3、4)。ここで、該多価金属イオン溶出性フィラーとは、酸性溶液中で多価金属イオンを溶出するフィラーを意味し、具体的には、フルオロアルミノシリケートガラス等が該当する。そして、この溶出される多価金属イオンとしては、アルカリ土類金属、アルミニウム等が好適なものとされている。こうした多価金属イオン溶出性フィラーを含有させた接着材において、歯質に対する接着強度が向上する理由は、接着材の硬化時に、酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体の重合と共に、係る多価金属イオン溶出性フィラーから溶出した多価金属イオンが、上記酸性基含有重合性単量体の酸性基と塩を形成し、これによりイオン架橋が生じて、その硬化体の強度が高められるものと考えられている。
【0006】
一方、接着材の中には、酸性基含有重合性単量体としてホスホン酸基含有重合性単量体を含有させた接着性組成物からなるものも開発されている(例えば特許文献5)。
【0007】
このように酸性基含有重合性単量体を含有する接着性組成物(接着材やプライマー)は、該単量体を含有しないものに比べて高い接着強度が得られ、更にその酸性基の作用により歯質の脱灰機能も備えているため接着操作の簡便化も実現でき大変有用である。しかし、前記したように歯質と歯科用修復物との間には極めて強い接着強度が求められるため、未だその接着強度は十分とまでは言えず、さらなる高い接着性を安定して発揮できるように改良することが必要であった。
【0008】
このような背景のもと、本発明者らは特定の多価金属イオン、水、及び酸性基含有重合性単量体としてリン酸から誘導される酸性基含有のものを用い、これらを特定の混合比で一液に混合した接着性組成物を提案した(特許文献6)。この接着性組成物は保存形態が上記の如くに一液であり、該保存中に多価金属イオンとリン酸基含有重合性単量体とのイオン架橋が発達して形成されるため架橋密度が高まって、その接着強度は著しく高くなり優れている。ここで、この接着性組成物において、リン酸から誘導される酸性基含有重合性単量体としては、実施例では、該リン酸から誘導される酸性基として、リン酸エステル基〔基−O−P(=O)(OH)(リン酸二水素モノエステル基)、基(−O−)P(=O)OH(リン酸水素ジエステル)〕を有する化合物しか具体的に使用されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭52−113089号公報
【特許文献2】特開昭58−21687号公報
【特許文献3】特開平9−263604号公報
【特許文献4】特開2000−86421号公報
【特許文献5】特開2009−46397号公報
【特許文献6】特開2008−201726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、該リン酸から誘導される酸性基としてリン酸エステル基を有する化合物を用いた接着性組成物は、前記一液に混合した初期には、確かに、歯質に対して大変優れた接着性を示すものの、該組成物中に存在する水分によって経時的に上記リン酸エステル基の加水分解が徐々に進行し、その接着性が微減していく問題を有していた。
【0011】
更に、硬化させた後も、得られた硬化体の耐水性が十分ではなく、口腔内のような過酷な環境下に長期間晒されると、その接着強度がさらに低下していく問題があった。
【0012】
従って、一液状態で長期保存されても接着強度が持続して発揮され、且つ、硬化体の耐水性も良好で、接着強度が接着に使用後も高度に維持可能な歯科用接着性組成物の開発が強く求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記技術課題を克服すべく鋭意研究を重ねた結果、酸性基含有重合性単量体としてホスホン酸基、又はホスフィン酸基を有する化合物を用いることにより、上記の課題が解決できること見出し本発明を完成させるに至った。
【0014】
本発明によれば、
(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体
(B)多価金属イオン
(C)水
を含有することを特徴とする一液型歯質用接着性組成物が提供される。
【0015】
上記歯科用接着性組成物の発明において、
(1)当該組成物が、酸性を呈すること
(2)(B)多価金属イオンが、下記式(1):
P+=TVP+/TVA・・・・・(1)
(式中、TVP+は、組成物中に含まれる(B)多価金属イオンの総価数量であり、TVAは、組成物中に含まれる(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体が有する酸性基の総価数量である)で定義される総価数量比(RP+)が0.1〜1.5となる範囲で配合されること
(3)(B)多価金属イオンが、チタンイオンであること
(4)(B)多価金属イオンが、式(1)で定義される総価数量比
(RP+)が0.2〜0.6となる範囲で配合されること
(5)(D)酸性基非含有重合性単量体を配合すること
(6)(E)光重合開始剤を含有してなること
が好適である。
【0016】
本発明によれば、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体、(C)水、(Balk)多価金属アルコキシドを混合して歯質用接着性組成物を製造する方法において、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体を(Balk)多価金属アルコキシドと予め混合し、次いで(C)水と混合することを特徴とする前記一液型歯質用接着性組成物の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の歯質用接着性組成物は、従来のリン酸エステル基含有重合性単量体と多価金属イオンを含有させた接着材に比較して、製造初期の接着強度の対比では、これを上回るほどに傑出しているものではないが、その保存安定性に優れる。したがって、長期間保存した後接着に供しても、得られる接着強度は製造初期値に近い値が維持されており、安定的な歯牙修復と言う観点での信頼性ではリン酸エステル基含有重合性単量体を用いた接着材よりも秀でる。しかも、得られた硬化体の耐水性にも優れ、上記高い接着強度は、口腔内のような過酷な環境下で長期間使用されても高度に保持される。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の歯質用接着性組成物は、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体、(B)多価金属イオン、(C)水を基本成分とする。
<(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体>
本発明で用いられるホスホン酸基含有重合性単量体は、ホスホン酸基(−C−P(=O)(OH))基と重合性不法和基とを、1分子中に夫々少なくとも一つずつ有する化合物である。同様に、ホスフィン酸基含有重合性単量体は、ホスフィン酸基((−C−)P(=O)OH)基と重合性不法和基とを、1分子中に夫々少なくとも一つずつ有する化合物である。これらの酸性基含有重合性単量体において重合性不飽和基としては、アクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、ビニル基、アリル基、エチニル基、スチリル基のようなものを挙げることができる。特に硬化速度の点からアクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基が好ましく、アクリロイル基、メタクリロイル基が最も好ましい。
【0019】
これらホスホン酸基含有重合性単量体及びホスフィン酸基含有重合性単量体は、公知のものが制限なく使用できるが、好適に利用できる化合物を例示すれば、下記一般式で示される重合性単量体が挙げられる。
【0020】
【化1】

【0021】
但し、上記化合物中、Rは水素原子またはメチル基を表す。これらの化合物は単独で又は二種以上を混合して用いることができる。
【0022】
本発明の歯質用接着性組成物において、ホスホン酸基、ホスフィン酸基含有重合性単量体を用いることにより、その保存安定性が向上する理由は、次のように推察している。すなわち、前記したように従来のリン酸エステル基重合性単量体は該リン酸エステル基部分の加水分解耐性が十分ではなく、これを用いた接着性組成物では保存中に、この基の加水分解が生じて、リン酸エステル基含有重合性単量体と多価金属イオンとの間に形成されているイオン架橋を破壊するためと考えられる。また、上記加水分解により生成するリン酸は、リン酸エステル基含有重合性単量体と多価金属イオンとの更なるイオン架橋の発達した形成を阻害するとも考えられる。
【0023】
これらからリン酸エステル基重合性単量体を用いたのでは保存安定性が十分ではなくなるが、これに対してホスホン酸基、ホスフィン酸基含有重合性単量体を用いれば、P−O−C結合がP−C結合に置き換わっているため、該酸性基部分の耐加水分解性は大きく向上したものになる。このため、ホスホン酸基含有重合性単量体やホスフィン酸基含有重合性単量体を用いると、これらの酸性基と多価金属イオンとの間に形成されているイオン架橋の安定性が高まり、組成物の棚寿命が延びると考えられる。
【0024】
また、本発明の歯科用接着性組成物の硬化体は、長期耐水性を有することから、口腔内のような過酷な条件下でも上記優れた接着強度を長期間保持することができる。この理由は、次のように推察している。すなわち、酸性基含有重合性単量体に由来する単位が、前記リン酸エステル基を有している場合では、硬化体が口腔内のような過酷な条件下に長時間晒されると、やはり徐々に加水分解が進行することが避けられないが、この酸性基部分が上記ホスホン酸基やホスフィン酸基であると、こうした加水分解が生じなくなり、前述の高い接着強度が良好に保持されるためと考えられる。
【0025】
本発明の歯質用接着性組成物において、(A)酸性基含有重合性単量体は、上記ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体が95質量%以上、より好ましくは97質量%以上含まれていれば、他の酸性基を含有する重合性単量体が5質量%未満、より好ましくは3質量%未満の範囲で含有されていても許容される。すなわち、保存安定性に優れる効果は十分に発揮される。このような他の酸性基含有重合性単量体が有する酸性基としては、リン酸エステル基(リン酸二水素モノエステル基、リン酸水素ジエステル)が好ましい。こうしたリン酸エステル系基を含有している重合性単量体として好適に利用できる化合物を例示すれば、下記一般式で示される重合性単量体が挙げられる。
【0026】
【化2】

【0027】
但し、上記化合物中、R1は水素原子またはメチル基を表す。これらの化合物は単独で又は二種以上を混合して用いることができる。
【0028】
この他、他の酸性基含有重合性単量体としては、酸性基として、カルボキシル基(−COOH)、スルホ基(−SOH)、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}等が例示される。これらの具体例としては、(メタ)アクリル酸、N−(メタ)アクリロイルグリシン、N−(メタ)アクリロイルアスパラギン酸、N−(メタ)アクリロイル−5−アミノサリチル酸、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル ハイドロジェンサクシネート、2−(メタ)アクリロイルオキシエチル ハイドロジェンフタレート等の分子内に1つのカルボキシル基を有す重合性単量体;11−(メタ)アクリロイルオキシウンデカン−1,1−ジカルボン酸、10−(メタ)アクリロイルオキシデカン−1,1−ジカルボン酸、12−(メタ)アクリロイルオキシドデカン−1,1−ジカルボン酸、4−(メタ)アクリロイルオキシブチルトリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルトリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシデシルトリメリテート等の分子内に複数のカルボキシル基;2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、p−ビニルベンゼンスルホン酸、ビニルスルホン酸等の分子内にスルホ基を有す重合性単量体等が挙げられる。
<(B)多価金属イオン>
本発明では、上述した(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体が(B)多価金属イオンと共存していることが重要である。本発明では、多価金属イオンが、これらの酸性基含有重合性単量体と共存することにより、イオン結合による補強構造が十分に発達して形成され、高い接着強度が長期間にわたって発現するものになる。
【0029】
ここで、多価金属イオンとは、ホスホン酸基やホスフィン酸基とイオン結合可能な2価以上の金属イオンのことであり、これら酸性基と結合可能である限り、任意の多価金属イオンであってよい。具体例を示すと、2価の金属イオンとしては、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、亜鉛、銅(II)、スズ(II)、等のイオンが挙げられ、3価の金属イオンとしては、アルミニウム、ガリウム、インジウム、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジウム、プロメチウム、ネオジウム、サマリウム、ユーロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、鉄(III)、アクチニウム等のイオンが挙げられる。4価以上の金属イオンとしては、チタンイオン、ジルコニウムイオン、タングステン(IV)イオン等が挙げられる。これらのうち、接着強度の観点から3価以上のイオンが好適である。中でも特に4価の多価金属イオンを用いることにより、硬化体の架橋密度をより高めることができ、硬化体の耐水性をより向上させることができることからより好ましい。さらにはチタンイオンがより効果的である。
【0030】
これらの多価金属イオンの配合量は、特に制限されるものではないが、下記式(1):
P+=TVP+/TV・・・・・(1)
(式中、TVP+は、組成物中に含まれる(B)多価金属イオンの総価数量であり、TVは、組成物中に含まれる(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体が有する酸性基の総価数量である)で定義される総価数量比(RP+)が0.1〜1.5の範囲であるのが好ましい。この(RP+が、0.1より小さくなると、脱灰はするものの十分な接着強度が得られなくなる。一方この割合が、1.5より大きくなっても、接着性は十分でなくなり、耐水性が低下し接着後の長期耐久性が低下する。多価金属イオンの共存量が多くなってくると、ホスホン酸基、ホスフィン酸基含有重合性単量体成分における酸性基は、その多くがこれとイオン結合し中和されてしまう。したがって、RP+が1以上になると、通常、接着性組成物は酸性をほとんど呈さなくなり、その場合、該接着性組成物は、エッチング機能(歯質の脱灰機能)を有さなくなり、その接着強度が大きく低下するようになる。ただし、チタンイオンのようにアート錯体を形成するものは、そのような多価金属イオンを使用する場合はRP+が1以上でも酸性を呈することから、RP+が1以上でも接着強度が大きく低下することがない。しかし、このようなアート錯体を形成する多価金属イオンにおいてもその共存量が多くなってくるとイオン結合による架橋密度が低下することからRP+は1.5以下が好ましい。この酸性基含有重合性単量体における歯質の脱灰機能を十分に発揮させる観点からは、このRP+は0.2〜0.9であるのがより好ましく、0.2〜0.6であるのが最も好ましい。
【0031】
なお、前記総価数量比(RP+)を示す式において、接着性組成物中に含まれるホスホン酸基、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体が有する酸性基の総価数量(TV)は、下記式(1a):
TV=ΣP×A …(1a)
(式中、kは、1,2,3……,nであり、nは、組成物中に含まれる酸性基含有重合性単量体の種類の数であり、Pは、該組成物中に含まれる酸性基含有重合性単量体のモル数であり、Aは、酸性基含有重合性単量体が有する酸性基の価数である)により算出される。
【0032】
例えば、ビス[3−(メタ)アクリロイルオキシプロピル]ホスフィン酸等のジアルキルホスフィン酸基を有する重合性単量体であれば、酸性基の価数は1価になる。また、3−(メタ)アクリロイルオキシプロピルホスホン酸等のモノアルキルホスフィン酸基を有する重合性単量体であれば、酸性基の価数は2価である。また、組成物中に含まれている酸性基含有重合性単量体が、ジアルキルホスフィン酸重合性単量体の1種類のみの場合には、上記式により、このジアルキルホスフィン酸重合性単量体について算出された価数量が総価数量(TV)となり、組成物中に該ジアルキルホスフィン酸重合性単量体を含めて複数種の酸性基含有重合性単量体が含有されている場合には、各酸性基含有重合性単量体について、価数量を算出し、その合計値が総価数量(TV)となる。
【0033】
他方、該組成物中に含まれる多価金属イオンの総価数量(TVP+)は、
TVP+=ΣI×B …(1b)
(式中、kは、1,2,3……,nであり、nは、組成物中に含まれる金属イオンの種類の数であり、Iは、該組成物中に含まれる各多価金属イオンのモル数であり、Bは、各多価金属イオンの価数である)により算出される。
【0034】
本発明の歯質用接着性組成物中に存在する多価金属イオンの種類および含有量は、固体成分を除いた後、誘導結合型プラズマ(ICP)発光分析装置を用いて測定することにより求めることができる。具体的には、接着材を水溶性有機溶媒で濃度1質量%まで希釈し、得られた希釈液をシリンジフィルター等で用いてろ過し、固体成分を除去する。次いで、得られた濾液のイオン種およびイオン濃度をICP発光分析装置で測定し、接着材の多価金属イオン種と量を算出する。
【0035】
また、歯質用接着性組成物中の酸性基含有重合性単量体が有する酸性基の種類および含有量は、分取用高速液体クロマトグラフィーにより組成物中から各酸性基含有重合性単量体を単離し、それぞれの酸性基含有重合性単量体の質量分析からその分子量を測定し、また、核磁気共鳴分光(NMR)により構造を決定することにより、酸性基の同定や含有量の算出を行うことができる。
【0036】
例えば、31PのNMRを測定することで、その化学シフト値から、ホスフィン酸ジアルキル基を同定することができる。即ち、ホスフィン酸ジアルキル基を有する既知の化合物、具体的には、ジメチルホスフィン酸を標準物質として使用し、これらの標準物質について、同条件(希釈溶媒、濃度、温度)で31P−NMRを測定し、接着性組成物について測定された31P−NMRとを比較することにより化学シフト値を決定することができる。尚、酸性基としてホスホン酸モノアルキル基を有する重合性単量体の標準物質としては、メチルホスホン酸が使用される。
【0037】
また、組成物中の酸性基含有重合性単量体の量は、分取用高速液体クロマトグラフィーにより単離した各単量体から、標準物質との検量線を作成し、上記ろ液の一部に内標準物質を添加して高速液体クロマトグラフィーで測定することで求めることができる。
【0038】
さらに、前記したように多価金属イオンは、3価以上の金属イオン、特に4価の金属イオンがより好ましく、その中でもチタンイオンが最も好ましい。
【0039】
該4価の金属イオン以外の総イオン価数量は、前記組成物中に含まれる多価金属イオンの総価数量に対して50%以下、特に20%以下の割合であるのが好適である。すなわち、4価の金属イオン(特に、チタンイオン)の多価金属イオンに対する総価数量比(R4+)は、下記式(2):
4+=TV4+/TVP+ ・・・・(2)
(式中、TV4+は、該組成物中に含まれる4価の金属イオンの総価数量であり、TVP+は、前記のとおり、該組成物中に含まれる多価金属イオンの総価数量である)で表されるが、この総価数量比(R4+)は、0.5以上、特に0.8以上の範囲であることが好適である。
【0040】
なお、本発明の歯質用接着性組成物には、上記特定量の多価金属イオンの他に、本発明の効果を大きく損なわない範囲であれば1価の金属イオンが含有されていても良い。これら1価の金属イオンの総イオン価数量は、組成物中に含まれる全金属イオンの総価数量(多価金属イオンの総価数量と1価の金属イオンの総価数量との合計値)に対して50%以下、特に30%以下の割合であるのが好適である。すなわち、1価の金属イオンの全金属イオンに対する総価数量比(R1+)は、下記式(3):
1+=TV1+/TV ・・・・(3)
(式中、TV1+は、該組成物中に含まれる1価の金属イオンの総価数量であり、TVは、該組成物中に含まれる全金属イオンの総価数量である)で表されるが、この総価数量比(R1+)は、0.5以下、特に0.3以下の範囲であることが好適である。1価の金属イオンが多量に共存していると、1価の金属イオンと酸性基含有重合性単量体の酸性基との中和反応によって、多価金属イオンによるイオン結合の発達が損なわれてしまう恐れがあるからである。
【0041】
本発明の歯質用接着性組成物において、系中に多価金属イオンを含有させる方法は特に制限されるものではなく、歯質用接着性組成物を調製する際に、酸性基含有重合性単量体成分に、上記多価金属イオンのイオン源となる物質を配合または接触させて、系中に該多価金属イオンを前記量で溶出させれば良い。
【0042】
多価金属イオン源化合物としては、多価金属イオンを溶出するイオンを含んでなる多価金属イオン溶出性フィラーが挙げられる。多価金属イオン化合物としては、金属塩、金属ハロゲン化物、金属アルコキシドが挙げられる。金属塩としては、1,3−ジケトンのエノール塩、クエン酸塩、酒石酸塩、フッ化物、マロン酸塩、グリコール酸塩、乳酸塩、フタル酸塩、イソフタル酸塩、テレフタル酸塩、酢酸塩、メトキシ酢酸塩等が挙げられ、金属ハロゲン化物としてはフッ化チタン、フッ化ジルコニウム、フッ化ハフニウム等が挙げられる。また、金属アルコキシドとしては(Balk)多価金属アルコキシドが特に好ましく、チタニウムメトキシド、チタニウムエトキシド、チタニウムプロポキシド、チタニウムイソプロポキシド等が挙げられる。これらの化合物のなかでも、炭素数4以下の低級多価金属アルコキシドが、金属イオンの溶出が速く、副生物がアルコールであるため接着強度に影響がなく副生物の除去が容易であり、また取り扱いが容易な点からより好ましい。尚、これらの多価金属イオン化合物中には、溶解性が著しく低いものがあるため、予め予備実験等で確認した上で用いるとよい。
【0043】
なお、多価金属イオン源化合物としての、チタンの単体ならびにその酸化物は、重合性単量体または有機溶媒に不溶性のものが多く、一般には、水の存在下であっても、殆ど対応する金属イオンを溶出しないため、多価金属イオン源としての使用は通常は困難である。また、一般に、強酸の塩は弱酸と塩交換をし難い傾向がある。そのため、ホスホン酸基含有重合性単量体を用いる場合には該ホスホン酸の第一解離に基づくpKa値、またはホスフィン酸基含有重合性単量体を用いる場合には該ホスフィン酸のpKa値より小さいpKa値を有する酸、即ち、ホスホン酸またはホスフィン酸より強酸の金属塩は、遊離した多価金属イオンとこれらの酸基とのイオン結合が十分に生じないため多価金属イオン源としては好ましくない。酸性基含有重合性単量体として、上記ホスホン酸基含有重合性単量体やホスフィン酸基含有重合性単量体以外のものも含有させる場合において、該その他の酸性基含有重合性単量体が有する酸性基のpKa値が、上記ホスホン酸の第一解離に基づくpKa値やホスフィン酸のpKa値より大きいものである場合には、多価金属イオン源は、係るその他の酸性基含有重合性単量体が有する酸性基のpKa値より小さいpKa値を有する酸の金属塩は避けるのが、より好ましい態様になる。
【0044】
本発明の歯質用接着性組成物は、製造の容易性の観点から、上記多価金属イオン源として(Balk)多価金属アルコキシドを用いて製造することが好ましい。すなわち、ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体と多価金属アルコキシドとを先に混合したのちに、水と混合する。上記酸性基含有重合性単量体以外の重合性単量体を配合する場合は、該他の重合性単量体は、先に、酸性基含有重合性単量体と混合したのち、多価金属アルコキシドと混合し次いで水と混合する。或いは先に酸性基含有重合性単量体と多価金属アルコキシドとを混合し、次いで水と混合した混合物に、最後に混合する。
【0045】
酸性基含有重合性単量体と多価金属イオン化合物との混合は、水が存在しない状態で行う必要がある。水存在下で、これらを混合すると、通常は多価金属イオンが固体酸化物となって析出してしまい、酸性基とのイオン結合を良好に形成することができなくなる。即ち、水存在下で、酸性基含有重合性単量体と多価金属イオン化合物とを混合した場合、組成物を調製した直後においても所望の接着強度が得られなくなる。従って、酸性基含有重合性単量体と多価金属イオン化合物を予め混合し、両者間に十分なイオン結合を形成させた後に、水を配合する必要がある。
<(C)水>
本発明において、(C)水は、各種成分を均一に分散させるための溶媒としての機能を有すると同時に、歯質の脱灰や、(A)酸性基含有重合性単量体と(B)多価金属イオンとのイオン結合の促進の為に必要である。水は、貯蔵安定性及び医療用成分に有害な不純物を実質的に含まない蒸留水や脱イオン水が好適に使用される。これらの水は、接着性組成物の使用時において歯質に塗布された十分脱灰が進行した後は、エアブローにより乾燥されるため、通常、重合反応時には除去されている。
【0046】
水の配合量は、(A)酸性基含有重合性単量体成分100質量部に対して10〜120質量部、特に50〜100質量部が好適である。水の配合量がこの範囲よりも少ないと、歯質の脱灰やイオン結合が十分でなくなり、高い接着強度が得難くなる。また、上記範囲よりも多量に使用されると、この接着性組成物を歯面に塗布した後のエアブローによる除去性が低減し、歯面に水が多く残存するようになり、十分な接着強度が得られなくなる。
<(D)酸性基非含有重合性単量体>
本発明の歯科用接着性組成物には、重合性単量体成分として、前記(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体の他に、(D)酸性基非含有重合性単量体を配合しても良い。こうした酸性基非含有重合性単量体は、接着界面の強度及び前処理材の歯質に対する浸透性を調節し、歯質に対してより優れた接着強度を得る等の目的に応じて、種々のものを使い分ければ良い。硬化体の強度、耐水性の観点から、疎水性の高い二官能性重合性単量体、接着成分の歯質への浸透性の観点から、両親媒性重合性単量体を組み合わせて使用することが好ましい。
【0047】
本発明で用いることのできる、酸性基非含有重合性単量体は、公知のものを何等制限無く使用でき、分子中に少なくとも一つの重合性不飽和基を持つ化合物について具体例を示すと、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、2−シアノメチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリルオキシエチルアセチルアセテート等のモノ(メタ)アクリレート系単量体;エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス{4−[3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロポキシ]フェニル}プロパン、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート等の多官能(メタ)アクリレート系単量体等を挙げることができる。
【0048】
更に、酸性基非含有重合性単量体として、上記(メタ)アクリレート系単量体以外の重合性単量体を混合して重合することも可能である。これらの他の重合性単量体を例示すると、フマル酸ジメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α−メチルスチレン、α−メチルスチレンダイマー等のスチレン、α−メチルスチレン誘導体;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物等を挙げることができる。これらの重合性単量体は単独で又は二種以上を混合して用いることができる。
【0049】
また、疎水性の高い重合性単量体を用いる場合には、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の両親媒性の単量体を使用し、水の分離を防ぎ、均一な組成とした方が接着強度の点で好ましい。
【0050】
このような酸性基非含有重合性単量体の配合量は、前記(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体成分100質量部に対して500質量部以下、より好ましくは350質量部以下であるのが、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体の配合効果を十分に発揮させる観点から好ましい。
<(E)光重合開始剤>
本発明の歯質用接着性組成物には、有効量の重合開始剤を配合させても良く、特に上記歯科用接着材として用いる場合必要である。このような重合開始剤としては、任意のタイミングで重合硬化させることができることから、光重合開始剤が好ましい。光重合開始剤としてはカンファーキノン、ベンジル、α−ナフチル、アセトナフテン、ナフトキノン、1,4−フェナントレンキノン、3,4−フェナントレンキノン、9,10−フェナントレンキノン等のα−ジケトン類;2,4−ジエチルチオキサントン等のチオキサントン類;2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン等のα−アミノアセトフェノン類;2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキシド等のアシルフォスフィンオキシド誘導体等が好適に使用される。
【0051】
また、光重合開始剤と組み合わせて用いることのできる光重合促進剤としては、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、N,N−ジ−n−ブチルアニリン、N,N−ジベンジルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、p−ジメチルアミノアセトフェノン、p−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、N,N−ジメチルアンスラニックアシッドメチルエステル、N,N−ジヒドロキシエチルアニリン、N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、p−ジメチルアミノスチルベン、N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、4−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、トリブチルアミン、トリプロピルアミン、トリエチルアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルヘキシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミン、N,N−ジメチルステアリルアミン、N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、2,2’−(n−ブチルイミノ)ジエタノール等の第三級アミン類;5−ブチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸等のバルビツール酸類;ドデシルメルカプタン、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)等のメルカプト化合物を挙げることができる。
【0052】
当該光重合開始剤の配合量は、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体全成分100質量部に対して、0.01〜10質量部、より好ましくは0.1〜5質量部である。更に、重合開始活性をより高める目的で、上記の重合開始剤、重合促進剤に加え、ヨードニウム塩、トリハロメチル置換S−トリアジン、フェナンシルスルホニウム塩化合物等の電子受容体を加えても良い。
【0053】
本発明の歯質用接着性組成物は、更に充填剤を添加してもよい。当該充填剤としては、好ましくはシリカやジルコニア、チタニア、シリカ・ジルコニア、シリカ・チタニアなどの無機充填剤が挙げられ挙げられる。これら無機充填剤は、シランカップリング剤に代表される表面処理剤で疎水化することで重合性単量体とのなじみを良くし、機械的強度や耐水性を向上させることができる。疎水化の方法は公知の方法で行えばよく、シランカップリング剤としては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザンなどが好適に用いられる。当該無機充填剤の配合量は、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体成分100質量部に対して2〜400質量部の範囲、より好ましくは5〜100質量部である。
【0054】
本発明の歯質用接着性組成物には、更にまた揮発性有機溶媒を配合しても良い。揮発性有機溶媒は、室温で揮発性を有し水溶性を示すものを好適に使用することができる。ここで言う揮発性とは、760mmHgでの沸点が100℃以下であり、且つ20℃における蒸気圧が1.0KPa以上であることを言う。また、水溶性とは、20℃での水への溶解度が20g/100ml以上であり、好ましくは該20℃において水と任意の割合で相溶することを言う。このような揮発性の水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロピルアルコール、ターシャリーブタノール、アセトン、メチルエチルケトンなどを挙げることができる。これら有機溶媒は必要に応じ複数を混合して用いることも可能である。生体に対する毒性を考慮すると、エタノール、イソプロピルアルコール及びアセトンが好ましい。これらの揮発性有機溶媒の配合量については特に制限されないが、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体成分100質量部に対して2〜400質量部の範囲、より好ましくは5〜100質量部である。なお、これらの揮発性有機溶媒も、前記水と同様に、本発明の歯質用接着性組成物を歯面に塗布した際に、該接着材を硬化させる前にエアブローすることにより除去されるものである。
【0055】
さらに、本発明の接着材には、用途に関わらずに必要に応じて、その性能を低下させない範囲で、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール等の高分子化合物などの有機増粘材を添加することが可能である。また、紫外線吸収剤、染料、帯電防止剤、顔料、香料等の各種添加剤を必要に応じて選択して配合することができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を具体的に説明するために、実施例、比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。実施例中に示した、略称、略号については
以下の通りである。
【0057】
(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体
6MHPA:6−(メタ)アクリロイルオキシへキシルホスホン酸
3MHPA:3−(メタ)アクリロイルプロピルホスホン酸
B3MHPA:ビス[3−(メタ)アクリロイルオキシプロピル]ホスフィン酸
その他の酸性基含有重合性単量体
MDP:10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンフォスフェート
Phenyl−P:2−メタクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンフォスフェート
PM1:2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェート
PM2:ビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンホスフェート
【0058】
(B)多価金属イオン
Al(O−iPr):アルミニウムトリイソプロポキシド
Ca(O−iPr):カルシウムジイソプロポキシド
Ti(O−iPr):チタニウムテトライソプロポキシド
【0059】
(D)酸性基非含有重合性単量体
Bis−GMA:2,2′−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン
D−2.6E:ビスフェノールAポリエトキシメタクリレート
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
【0060】
(E)光重合開始剤
CQ:カンファーキノン
DMBE:p−N,N−ジメチルアミノ安息香酸エチル
揮発性有機溶媒
IPA:イソプロピルアルコール
無機充填材
F1:粒径0.02μmの非晶質シリカ(メチルトリクロロシラン処理物)
F2:粒径0.4μmの球状シリカ−ジルコニア(γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン疎水化処理物)と、粒径0.08μmの球状シリカ−チタニア(γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン疎水化処理物)との質量比70:30の混合物
【0061】
また、以下の実施例および比較例において、各種の測定は以下の方法により実施した。
(1)多価金属イオンの測定方法
本発明の接着性組成物を調整し、24時間攪拌した後、100mlのサンプル管に0.2gを計り取り、IPAを用いて0.1質量%に希釈した。この液をシリンジフィルターでろ過し、ろ液をICP(誘導結合型プラズマ)発光分光分析を用いて、重合性単量体100質量部当りに含まれる各金属イオン濃度(mmol/g)を測定した。なお、各金属イオン濃度は、各イオンの標準試料(1ppm、2.5ppm、6ppm)から求めた検量線を用いて換算した。
【0062】
(2)歯質接着性の測定方法
a)接着試験片の作成方法
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、流水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。次に、これらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、エナメル質および象牙質のいずれかの平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで厚さ0.5mm直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞内に歯科用接着材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥し、歯科用可視光照射器(トクソーパワーライト、トクヤマ社製)にて10秒間光照射
した。更にその上に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片を作製した。
b)接着試験方法
上記接着試験片を37℃の水中に24時間浸漬した後、引張り試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、歯牙とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4つの試験片について、引張り接着強さを上記方法で測定し、その平均値を、エナメル質或いは象牙質に対する接着強度として、歯質接着性を評価した。
【0063】
(3)接着材の保存安定性評価方法
調整後37℃のインキュベーター内で6ヶ月間保存した本発明の接着性組成物を用いて、上記した接着強度測定方法と同様の方法を用いて接着強度を測定し、37℃保存前の接着強度と比較した。
【0064】
(4)長期耐水性評価方法
上記接着試験片を37℃の水中に1年浸漬した後、引張り試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、歯牙とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4つの試験片について、引張り接着強さを上記方法で測定し、その平均値を、エナメル質或いは象牙質に対する接着強度として、歯質接着性を評価した。
【0065】
実施例1
ホスホン酸基含有重合性単量体として、10gの6MHPA、多価金属イオン源として1.5gのAl(O−ipr)、8gの水、光重合開始剤として、0.4gのCQおよび0.4gのDMBEを量りとり、24時間攪拌混合して本発明の歯科用接着材を得た。
【0066】
この接着材について、多価金属イオン量の測定を実施した後、これを用いてエナメル質および象牙質に対する接着強さを評価した。また、この接着材を37℃のインキュベーター内で6ヶ月間保存後、及び接着試験片を37℃の水中に1年浸漬した後のエナメル質、象牙質接着性を試験した。接着材の組成を表1に、評価結果を表2に示した。
実施例2〜22
実施例1の方法に準じ、表1に示した組成の異なる歯科用接着材を調整した。
【0067】
得られた接着材について、多価金属イオン量の測定を実施した後、これを用いてエナメル質および象牙質に対する接着強さを評価した。また、この接着材を37℃のインキュベーター内で6ヶ月間保存後、及び接着試験片を37℃の水中に1年浸漬した後のエナメル質、象牙質接着性を試験した。接着材の組成を表1に、評価結果を表2に示した。
比較例1〜10
実施例1の方法に準じ、表3に示した組成の異なる接着材を調整した。
【0068】
得られた接着材について、多価金属イオン量の測定を実施した後、これを用いてエナメル質および象牙質に対する接着強さを評価した。また、この接着材を37℃のインキュベーター内で6ヶ月間保存後、及び接着試験片を37℃の水中に1年浸漬した後のエナメル質、象牙質接着性を試験した。接着材の組成を表3に、評価結果を表4に示した。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【0072】
【表4】

【0073】
実施例1〜22は、各成分が本発明で示される構成を満足するように配合されたものであるが、いずれの場合においてもエナメル質、及び象牙質に対して良好な接着強さが得られ、37℃のインキュベーター内で6ヶ月間保存した場合、及び接着試験片を37℃の水中に1年浸漬した場合においても歯質に対する接着性能が維持されており、良好な保存安定性、耐水性を有していることがわかる。
【0074】
これに対して、比較例1は(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体を配合しなかった場合であるが、酸性モノマーによる歯質の脱灰効果が全く得られず、イオン架橋も生じない為、歯質に対する接着性が大きく低下している。
【0075】
比較例2は本発明の成分である(B)多価金属イオンを全く含まない場合であるが、イオン架橋による接着性向上効果が得られず、歯質接着性が大きく低下している。
【0076】
比較例3は本発明の成分である(C)水を全く含まない場合であるが、歯質脱灰効果が得られないだけでなく、多可金属イオンも溶出されない為、歯質に対する接着性が大きく低下している。
【0077】
比較例4は本発明の成分である(E)光重合開始剤を全く含まない場合であるが、重合が開始しないため歯質に対し、接着しない。
【0078】
比較例5〜9は(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体を配合しない代わりに、その他のリン酸エステル基含有重合性単量体を配合した場合であるが、いずれの場合においてもエナメル質、及び象牙質に対して良好な初期接着強さが得られるものの、37℃のインキュベーター内で6ヶ月間保存後には、配合した酸モノマーの劣化によって歯質接着性が大きく低下した。また、接着試験片を37℃で1年間水中浸漬した場合には、歯質と接着し得られた重合硬化体が親水性を有すため、長期間注水下に浸漬することで劣化し、結果歯質接着性が低下した。
【0079】
比較例10は、(A)成分であるホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体が95質量%を満たない場合であるが、エナメル質、及び象牙質に対して良好な初期接着強さが得られるものの、37℃のインキュベーター内で6ヶ月間保存後には、配合した酸モノマーの劣化によって歯質接着性が大きく低下し、接着試験片を37℃で1年間水中浸漬した場合にも、歯質接着性が低下した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体
(B)多価金属イオン
(C)水
を含有することを特徴とする一液型歯質用接着性組成物。
【請求項2】
酸性を呈することを特徴とする請求項1に記載の一液型歯質用接着性組成物。
【請求項3】
(B)多価金属イオンが、下記式(1):
P+=TVP+/TVA・・・・・(1)
(式中、TVP+は、組成物中に含まれる(B)多価金属イオンの総価数量であり、TVAは、組成物中に含まれる(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体が有する酸性基の総価数量である)で定義される総価数量比(RP+)が0.1〜1.5となる範囲で配合されることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の一液型歯質用接着性組成物。
【請求項4】
(B)多価金属イオンが、チタンイオンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の一液型歯質用接着性組成物。
【請求項5】
さらに、(D)酸性基非含有重合性単量体を配合することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の一液型歯質用接着性組成物。
【請求項6】
さらに、(E)光重合開始剤を含有してなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の一液型歯質用接着材。
【請求項7】
(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体
(C)水
(Balk)多価金属アルコキシド
を混合して歯質用接着性組成物を製造する方法において、(A)ホスホン酸基含有重合性単量体、又はホスフィン酸基含有重合性単量体を95質量%以上含んでなる酸性基含有重合性単量体を(Balk)多価金属アルコキシドと予め混合し、次いで(C)水と混合することを特徴とする前記歯質用接着材の製造方法。

【公開番号】特開2012−20975(P2012−20975A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160969(P2010−160969)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(391003576)株式会社トクヤマデンタル (222)
【Fターム(参考)】