説明

歯車の打痕検知装置及び歯車の打痕検知方法

【課題】打痕付きの歯車を特定できる歯車の打痕検知装置等を提供する。
【解決手段】歯車31が取り付けられた回転軸21と、歯車31と噛み合って歯車対Aを構成する他の歯車33が取り付けられた他の回転軸22と、を備えた装置20において、歯車の打痕の有無を検知する歯車の打痕検知装置10である。回転軸21を回転させたときの装置20の振動を検出し、振動信号を出力する振動検出手段(ステップS1)と、振動信号から歯車対Aの固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出するフィルタ処理手段(ステップS3)と、抽出された信号にエンベロープ処理を施すエンベロープ処理手段(ステップS4)と、エンベロープ処理が施された信号から各回転軸21、22に対応する信号を分離する信号分離手段(ステップS5)と、分離された信号に基づき歯車対Aを構成する歯車31、33から打痕付きの歯車を検知する打痕検知手段(ステップS6)とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の車軸や変速機などに用いられる歯車の打痕を検知する歯車の打痕検知装置及び歯車の打痕検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車軸や変速機などにおいて用いられる歯車の打痕を検知する技術が知られている(特許文献1参照)。特許文献1には、打痕付きの歯車の有無を、打痕付きの歯車の噛み合い時の特徴的振動を考慮して判定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭58−169003号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に開示された技術では、どの軸に打痕付きの歯車があるかが判別できるが、同軸上に複数の歯車が存在する場合にどの歯車が打痕付きの歯車であるかまでは特定できない問題があった。そのため、打痕付きの歯車を新品に交換する際には、打痕付きの歯車の有無を判別したあとに打痕付きの歯車を特定する工程が別途必要になった。
【0005】
本発明は、このような技術的課題を鑑みてなされたもので、打痕付きの歯車を特定することができる歯車の打痕検知装置及び歯車の打痕検知方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、歯車が取り付けられた回転軸と、前記歯車と噛み合って歯車対を構成する他の歯車が取り付けられた他の回転軸と、を備えた装置において、歯車の打痕の有無を検知する歯車の打痕検知装置であって、前記回転軸を回転させたときの前記装置の振動を検出し、振動信号を出力する振動検出手段と、前記振動検出手段により検出した振動信号から、前記歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出するフィルタ処理手段と、前記フィルタ処理手段により抽出された信号に、エンベロープ処理を施すエンベロープ処理手段と、前記エンベロープ処理手段によりエンベロープ処理が施された信号から、各回転軸に対応する信号を分離する信号分離手段と、前記信号分離手段により分離された各回転軸に対応する信号に基づき、前記歯車対を構成する歯車から打痕付きの歯車を検知する打痕検知手段と、を有することを特徴とする。
【0007】
また、本発明は、歯車が取り付けられた回転軸と、前記歯車と噛み合って歯車対を構成する他の歯車が取り付けられた他の回転軸と、を備えた装置において、歯車の打痕の有無を検知する歯車の打痕検知方法であって、前記回転軸を回転させたときの前記装置の振動を検出し、振動信号を出力する振動検出工程と、前記振動検出工程により検出した振動信号から、前記歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出するフィルタ処理工程と、前記フィルタ処理工程により抽出された信号に、エンベロープ処理を施すエンベロープ処理工程と、前記エンベロープ処理工程によりエンベロープ処理が施された信号から、各回転軸に対応する信号を分離する信号分離工程と、前記信号分離工程により分離された各回転軸に対応する信号に基づき、前記歯車対を構成する歯車から打痕付きの歯車を検知する打痕検知工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フィルタ処理手段が装置の振動信号から歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出している。歯車対の固有振動数とは、その歯車対を構成する歯車が打痕付きの歯車である場合には、装置の振動の最も大きな発生原因となる衝撃音の周波数に相当する。したがって、このような歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出することで、その歯車対を構成する歯車から打痕付きの歯車を検知することができる。また、打痕検知手段が各回転軸に対応する信号に基づき打痕付きの歯車を検知することで、その歯車対を構成する歯車のうちのいずれの回転軸に取り付けられた歯車が打痕付きの歯車であるかを特定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施形態に係る打痕検知装置の概略構成を示す図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る打痕検知の制御ロジックを示すフローチャートである。
【図3】図2のステップS3を説明するための図である。
【図4】歯車対に打痕付きの歯車がある場合の具体例を説明する図である。
【図5】歯車対に打痕付きの歯車がない場合の具体例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0011】
(装置構成例)
図1は、本発明の一実施形態に係る打痕検知装置10の概略構成を示す図である。図1に示す打痕検知装置10は、振動検出部11、回転速度検出部12、PC(Personal Computer)部13を備えた構成である。この打痕検知装置10は、診断対象装置20が有する歯車31、32、33、34のうちのいずれの歯車が打痕付きの歯車であるかを検知する装置である。
【0012】
診断対象装置20は、第1回転軸21、第2回転軸22、第3回転軸23の複数の回転軸を備え、歯車31、32、33、34を用いて動力を伝達する歯車伝達装置である。第1回転軸21には、第1歯車31及び第2歯車32が取り付けられている。第1歯車31は、第2回転軸22に取り付けられた第3歯車33と噛み合って歯車対Aを構成している。第2歯車32は、第3回転軸23に取り付けられた第4歯車34と噛み合って歯車対Bを構成している。
【0013】
つまり、第1回転軸21には複数の歯車(ここでは第1歯車31及び第2歯車32)が取り付けられていて、各々の歯車31、32は他の回転軸(ここでは第2回転軸22、第3回転軸23)に取り付けられた歯車(ここでは第3歯車33、第4歯車34)と噛み合って複数の歯車対(ここでは歯車対A、B)を構成している。
【0014】
打痕検知装置10が備える各構成要素について説明する。
【0015】
振動検出部11は、診断対象装置20の装置全体の振動を検出し、この振動を表す振動信号を出力する。例えば、診断対象装置20のユニット中央の直上に配設された変位センサ、速度センサ又は加速度センサにより、診断対象装置20の変位、速度又は加速度の物理量の周期的な変化、すなわち振動、を表す信号を検出して出力する。
【0016】
回転速度検出部12は、各回転軸21、22、23の回転速度を検出する。例えば、第1回転軸21の近傍に又は一体に取り付けられた回転センサにより、第1回転軸21の回転速度を表す信号を検出する。また、検出した信号に対して歯車対Aの歯数比を乗算又は除算することにより、第2回転軸22の回転速度を検出(算出)する。さらに、検出した信号に対して歯車対Bの歯数比を乗算又は除算することにより、第3回転軸23の回転速度を検出(算出)する。
【0017】
PC部13は、CPU(Central Processing Unit)及びその周辺装置からなるマイクロコンピュータにより構成されたコントロールユニットである。
【0018】
以上に示される装置構成により本実施形態に係る打痕検知装置10は、振動検出部11により検出される振動信号を解析することにより、診断対象装置20が有する歯車31、32、33、34の打痕の有無やこれらの歯車のうちのいずれの歯車が打痕付きの歯車であるかを検知する。
【0019】
(打痕検知の制御ロジック)
図2は、本発明の一実施形態に係る打痕検知の制御ロジックを示すフローチャートである。ここでは、図1の各回転軸21、22、23を回転させたときに打痕検知装置10が行う打痕検知の制御ロジックを説明する。なお、この制御ロジックは歯車対毎に実行されるものとする。すなわち、図1の例では歯車対Aと歯車対Bの各々について実行される。
【0020】
まずステップS1において打痕検知装置10は、振動を検出する(S1)。ここでは振動検出部11が、診断対象装置20の振動を検出し、振動信号を出力する。
【0021】
続いてステップS2へ進んで打痕検知装置10は、回転速度を検出する(S2)。ここでは回転速度検出部12が、各回転軸21、22、23の回転速度を検出(算出)する。
【0022】
続いてステップS3へ進んで打痕検知装置10は、歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出する(S3)。ここではPC部13が、ステップS1で検出された振動信号から、歯車対(例えば歯車対A)の固有振動数に対応する周波数帯域の信号成分を抽出する。具体的な内容は後述する。
【0023】
続いてステップS4へ進んで打痕検知装置10は、エンベロープ処理を施す(S4)。ここではPC部13が、ステップS3により抽出された信号に対してエンベロープ処理を施す。具体的な内容は後述する。
【0024】
続いてステップS5へ進んで打痕検知装置10は、各回転軸に対応する信号を分離する(S5)。ここではPC部13が、ステップS4でエンベロープ処理が施された信号から、各回転軸21、22、23に対応する信号成分を分離する。具体的な内容は後述する。
【0025】
続いてステップS6へ進んで打痕検知装置10は、打痕付き歯車を検知する(S6)。ここではPC部13が、ステップS5で回転軸21、22、23毎に分離された信号を用いて、打痕付き歯車があるか否か及びどの歯車が打痕付きの歯車であるかを検知する。具体的な内容は後述する。
【0026】
以上図2に示す制御ロジックにより、打痕検知装置10は振動検出部11により検出される振動信号を解析することにより診断対象装置20が有する歯車31、32、33、34の打痕の有無やこれらの歯車のうちのいずれの歯車が打痕付きの歯車であるかを検知する。以下、各ステップの具体的な内容について説明するが、まずステップS3について説明する。
【0027】
(ステップS3について)
図3は、図2のステップS3を説明するための図である。前述のようにステップS3では打痕検知装置10は、診断対象装置20の振動信号から歯車対(例えば歯車対A)の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出している。これは、診断対象装置20の振動信号に以下の特徴があるためである。
【0028】
診断対象装置20の振動(及び騒音)は、歯車対Aや歯車対Bのような歯車と歯車との噛み合いを振動の最も大きな発生原因とするものである。すなわち、歯車と歯車とが噛み合った状態で回転すると、それぞれの歯車が備える金属又はプラスティックの歯が断続的に噛み合う。しかし、現実に製作される歯車対ではそれぞれの歯車の歯面位置が製作誤差や組み付け誤差や各種の弾性変形のために本来幾何学的にあるべき位置から隔たった位置になる。そうすると、一方の歯車(駆動歯車:駆動する歯車)が回転したときには、この歯車と噛み合う他方の歯車(被駆動歯車:駆動される歯車)は駆動歯車と等速で回転せずに駆動歯車に対して回転の進み遅れを生じることとなり、これが噛合音の発生要因である。一方、今回注目すべき現象は、噛合始めに発生する噛合時の衝撃音であり、この衝撃音の周波数は歯車対の固有振動数に相当する。
【0029】
そうすると、かかる診断対象装置20の振動信号においては、衝撃音の周波数すなわち打痕付きの歯車を含む歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号成分が高い周波数を示すことになる。そこでステップS3では、診断対象装置20の振動信号から歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出しているのである。図3を用いて歯車対の固有振動数の算出方法を説明する。
【0030】
図3に示す歯車対Aの振動モデルは、歯車対Aを構成する第1歯車31と第3歯車33との間の相対ねじり振動を両歯車31、33の噛み合い作用線L上の直線運動に置き換えて1自由度で示した振動モデルである。上記の歯面位置の誤差(以下、「歯面誤差」という。)を考慮しない場合には、歯車対Aの振動方程式は式(1)で示される。
【0031】
【数1】

ここで等価質量M及び合成ばねこわさkはそれぞれ式(2)、(3)で示される。
【0032】
【数2】

【0033】
【数3】

【0034】
そうすると、歯車対Aの固有振動数fn及び歯車対Aの減衰係数cはそれぞれ式(4)、(5)で示される。
【0035】
【数4】

【0036】
【数5】

【0037】
他方、上記の歯面誤差を考慮した場合には、歯車対Aの振動方程式は式(6)で示される。
【0038】
【数6】

【0039】
ここで、相対変位X、合成ばねこわさk(t)、歯面誤差による起振力F(t)をそれぞれ式(7)、(8)、(9)に示されるように静的成分と変動成分(動的成分)とに分離したときに、静的成分についてのつり合い(式10参照)を考慮すると、式(6)に示した歯車対Aの振動方程式は式(11)のようになる。
【0040】
【数7】

【0041】
【数8】

【0042】
【数9】

【0043】
【数10】

【0044】
【数11】

【0045】
そうすると、歯車対Aの固有振動数fn及び歯車対Aの減衰係数cはそれぞれ式(12)、(13)で示される。
【0046】
【数12】

【0047】
【数13】

【0048】
以上、歯面誤差がない場合(式(4)参照)と歯面誤差がある場合(式(12)参照))とに分けて歯車対の固有振動数の算出方法を説明してきた。図2のステップS3においてPC部13は、このように算出された歯車対の固有振動数を用いて、診断対象装置20の振動信号から歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出する。
【0049】
具体的には、例えば式(4)に示す歯車対の固有振動数を中心に所定の振動数幅(プラスマイナス50Hz等)になるよう決定したバンドパスフィルタ値でバンドパスフィルタをかける等により抽出する。また例えば式(4)に示す歯車対の固有振動数と式(12)に示す歯車対の固有振動数との間の振動数幅になるよう決定したバンドパスフィルタ値でバンドパスフィルタをかける等により抽出する。
【0050】
従来このようなバンドパスフィルタ値は任意に決定されていた。一方本実施形態では、上記の通り歯車対の固有振動数に基づいて自動的に決定することができる。ここで前述のように歯車対の固有振動数とは診断対象装置20の振動(及び騒音)の最も大きな発生原因となる衝撃音の周波数に相当するものである。そのため、かかる歯車対の固有振動数を用いることで診断対象装置20の振動特性を考慮した適切なバンドパスフィルタ値を自動的に決定できる。また、バンドパスフィルタ値の決定に係る工数を削減することができる。
【0051】
また、特に式(12)のような歯車対の固有振動数を用いることで、よりS/N比の高いバンドパスフィルタ値を決定することができる。これは、式(12)に示す歯車対の固有振動数は、歯車対の固有振動数の変動特性(歯車対の固有振動数が歯車対の合成ばねこわさの変動成分によって変動する特性)を反映したものだからである。具体的には、式(12)に示す歯車対の固有振動数を、抽出する周波数帯域の上限値又は下限値とすることができる。
【0052】
なおPC部13は、かかる歯車対の固有振動数を歯車の諸元情報(上記の質量、ばねこわさ等)に基づいて自動的に算出する固有振動数算出手段を備えている。また、歯車対の固有振動数を算出するに際して、歯車の諸元情報が変化した場合には予め有限要素解析により求めた等価質量Mや合成ばねこわさkの計算値を線形補間して算出する。
【0053】
以上説明してきたようにステップS3において打痕検知装置10は、診断対象装置20の振動信号から歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出している。以下、歯車対に打痕付きの歯車がある場合とない場合とに分けて、図2の制御ロジックを実行した場合の具体例について説明する。
【0054】
(歯車対に打痕付きの歯車がある場合について)
図4は、歯車対に打痕付きの歯車がある場合の具体例を説明する図である。ここでは、図1に示すシステム構成において歯車対Aを構成する第1歯車31が打痕付きの歯車であると仮定する。このときに打痕検知装置10が歯車対Aについて図2の制御ロジックを実行することで、第1歯車31が打痕付きの歯車であることを検知する流れを具体的に説明する。なお、以下では図2のフローチャートとの対応が分かりやすくするために、フローチャートのステップ番号にSを付して記載する。
【0055】
まずステップS1において振動検出部11は、図4(a)に示す信号を診断対象装置20の振動信号として検出する(S1)。図4(a)はステップS1で検出される振動信号(加速度)の波形を示しており、横軸に時間を縦軸に加速度を示す。図4(a)において一定時間毎に現れている加速度のピークは打痕付きの第1歯車31によるものである。続いてステップS2において回転速度検出部12は、各回転軸21、22、23の回転速度信号を検出する(S2)。
【0056】
続いてステップS3においてPC部13は、図4(a)の振動信号から図4(b)の信号Cに示す信号を歯車対Aの固有振動数に対応する周波数帯域の信号として抽出する(S3)。図4(b)の信号CはステップS3で抽出される信号の波形を示しており、横軸に時間を縦軸に振幅を示す。図4(b)の信号Cにおいて一定時間毎に現れているピークは、打痕付きの第1歯車31によるものである。
【0057】
続いてステップS4においてPC部13は、図4(b)の信号Cに対してエンベロープ処理を施すことで図4(b)の信号Dを取得する(S4)。図4(b)の信号Dは、ステップS4で取得される信号の波形を示す。なお、エンベロープ処理とは、振動信号の振動波形とヒルベルト変換後波形の直交座標値から複素数を算出し、算出した複素数の絶対値波形を包絡線化することにより振動波形の包絡線に比例した出力を得る処理である。このステップS4については補足説明を後述する。
【0058】
続いてステップS5においてPC部13は、図4(b)の信号Dから各回転軸21、22、23に対応する信号E、F、G(図4(c)参照)を分離する(S5)。図4(c)の信号E、F、GはステップS5で取得される信号の波形を示しており、横軸に時間を縦軸に振幅を示す。このステップS5ではPC部13は、同期平均処理を実行することで図4(c)に示す信号E、F、Gを分離する。
【0059】
ここで同期平均処理について説明する。同期平均処理とは、処理対象の信号に対する各回転軸の寄与を特定するための処理である。具体的には、各回転軸について以下の処理を実行する。すなわち、まずステップS2で検出された回転速度に基づき1回転に要する時間を算出し、回転軸を規定回数回転させたとき(つまり1回転に要する時間に規定回数を乗算した時間の間回転させたとき)の各回転時の信号を取得する。次に各回転時の信号を同期させた上で信号の出力値を加算する。最後にこの加算した信号の出力値を規定回数で除算することで各回転時の信号を平均化する。
【0060】
本具体例では、第1回転軸21を2回回転させて1回目の回転で取得される信号と2回目の回転で取得される信号とを同期させた上で信号の出力値を加算する。その後、加算した信号の出力値を回転回数である2で除算することで1回目の回転時の信号と2回目の回転時の信号を平均化する。ステップS5ではPC部13は、このような同期平均処理を各回転軸21、22、23について実行する。
【0061】
そうすると、図4(c)の信号Eのように第1回転軸21についてはピーク値が高い信号波形になる。一方、図4(d)の信号F又はGのように第2回転軸22、第3回転軸23についてはピーク値が低い信号波形になる。なお、図4(c)において各回転軸21、22、23の横軸(時間)の長さが異なるのは、各回転軸21、22、23が2回回転するのに要する時間が異なるためである。
【0062】
続いてステップS6へ進んでPC部13は、打痕付き歯車を検知する(S6)。ここではPC部13が、ステップS5で分離された各回転軸21、22、23の信号E、F、Gのピーク値が予め設定された閾値より大きいか否かを判定する。予め設定された閾値より大きいときには打痕付きの歯車があることを検知する。一方、予め設定された閾値より小さいときには打痕付きの歯車がないことを検知する。
【0063】
本具体例では、第1回転軸21の信号Eのピーク値が閾値(3とする)より大きいため、第1の回転軸21に取り付けられた歯車であって歯車対Aを構成する歯車である第1歯車31が打痕付きの歯車であることを検知する。
【0064】
以上図4を用いて説明してきたように、打痕検知装置10は歯車対Aについて図2の制御ロジックを実行することで、第1歯車31が打痕付きの歯車であることを検知することができる。
【0065】
(歯車対に打痕付きの歯車がない場合について)
図5は、歯車対に打痕付きの歯車がない場合の具体例を説明する図である。ここでは、図1に示すシステム構成において歯車対Aを構成する第1歯車31が打痕付きの歯車であると仮定する。このときに打痕検知装置10が歯車対Aではなく歯車対Bについて図2の制御ロジックを実行した場合の流れを具体的に説明する。なお、以下では図2のフローチャートとの対応が分かりやすくするために、フローチャートのステップ番号にSを付して記載する。
【0066】
まずステップS1において振動検出部11は、図5(a)に示す信号を診断対象装置20の振動信号として検出する(S1)。図5(a)の信号波形は図4(a)の信号波形と同様であるとしてここでは説明を省略する。続いてステップS2において回転速度検出部12は、各回転軸21、22、23の回転速度信号を検出する(S2)。
【0067】
続いてステップS3においてPC部13は、図5(a)の振動信号から図5(b)の信号Hに示す信号を歯車対Bの固有振動数に対応する周波数帯域の信号として抽出する(S3)。図5(b)の信号HはステップS3で抽出される信号の波形を示しており、横軸に時間を縦軸に振幅を示す。図5(b)の信号Hでは図4(b)の信号Cと異なりピークが現れていない。これは、ステップS3に係る処理により歯車対Aの固有振動数に対応する周波数帯域の信号が除かれてしまったためである。
【0068】
続いてステップS4においてPC部13は、図5(b)の信号Hに対してエンベロープ処理を施すことで図5(b)の信号Iを取得する(S4)。図5(b)の信号Iは、ステップS4で取得される信号の波形を示す。なお、エンベロープ処理とは、振動信号の振動波形とヒルベルト変換後波形の直交座標値から複素数を算出し、算出した複素数の絶対値波形を包絡線化することにより振動波形の包絡線に比例した出力を得る処理である。このステップS4については補足説明を後述する。
【0069】
続いてステップS5においてPC部13は、図5(b)の信号Iから各回転軸21、22、23に対応する信号J、K、L(図5(c)参照)を分離する(S5)。図5(c)の信号J、K、LはステップS5で取得される信号の波形を示しており、横軸に時間を縦軸に振幅を示す。このステップS5ではPC部13は、同期平均処理を実行することで図5(c)に示す信号J、K、Lを分離する。同期平均処理については前述した通りである。
【0070】
そうすると、図5(c)の信号Jのように第1回転軸21についてはピーク値が発生するものの図4(c)の信号Eに比して低い信号波形になる。これも、ステップS3に係る処理により歯車対Aの固有振動数に対応する周波数帯域の信号が除かれてしまったためである。一方、図5(d)の信号K又はLのように第2回転軸22、第3回転軸23についてはピーク値が低い信号波形になる。なお、図5(c)において各回転軸21、22、23の横軸(時間)の長さが異なるのは、各回転軸21、22、23が2回回転するのに要する時間が異なるためである。
【0071】
続いてステップS6へ進んでPC部13は、打痕付き歯車を検知する(S6)。ここではPC部13が、ステップS5で分離された各回転軸21、22、23の信号J、K、Lのピーク値が予め設定された閾値より大きいか否かを判定する。予め設定された閾値より大きいときには打痕付きの歯車があることを検知する。一方、予め設定された閾値より小さいときには打痕付きの歯車がないことを検知する。
【0072】
本具体例では、全ての信号J、K、Lのピーク値がこの閾値(3とする)より低いため、各回転軸21、22、23に取り付けられた歯車であって歯車対Bを構成する歯車には打痕付きの歯車がないことを検知する。
【0073】
以上図5を用いて説明してきたように、打痕検知装置10は歯車対Bについて図2の制御ロジックを実行することで、各回転軸21、22、23に取り付けられた歯車であって歯車対Bを構成する歯車には打痕付きの歯車がないことを検知することができる。
【0074】
(ステップS4のエンベロープ処理についての補足)
ここで、図2のステップS4のエンベロープ処理について補足する。前述の通りステップS4に係るエンベロープ処理を施すに際しては、振動信号の振動波形とヒルベルト変換後波形の直交座標値から複素数を算出し、算出した複素数の絶対値波形を包絡線化する。ここで、算出される複素数とは実数部と虚数部とからなるが、この実数部はエンベロープ時定数に基づいて決定される。
【0075】
従来このようなエンベロープ時定数は任意に決定されていた。一方本実施形態では、歯車対の減衰係数c(式(5)、式(13)参照)により自動的に決定することができる。これにより、診断対象装置20の振動特性を考慮した適切なエンベロープ時定数を自動的に決定できる。また、エンベロープ時定数の決定に係る工数を削減することができる。
【0076】
(まとめ)
本実施形態に係る打痕検知装置10(又は打痕検知方法)によれば、ステップS3(フィルタ処理手段)において診断対象装置20の振動信号から歯車対Aの固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出している。ここで歯車対Aの固有振動数とは、その歯車対Aを構成する歯車31、33に打痕付きの歯車31が有る場合には、診断対象装置20の振動の最も大きな発生原因となる衝撃音の周波数に相当する。したがって、このような歯車対Aの固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出することで、その歯車対Aを構成する歯車31,33から打痕付きの歯車を検知することができる。また、ステップS6(打痕検知手段)において各回転軸21、22に対応する信号に基づき打痕付きの歯車を検知することで、その歯車対Aを構成する歯車31、33のうちのいずれの回転軸21又は22に取り付けられた歯車が打痕付きの歯車であるかを特定することができる(請求項1又は4に記載の発明の効果)。
【0077】
また、本実施形態に係る打痕検知装置10によれば、複数の歯車対(本実施形態では、歯車対A、B)がある場合には、各々の歯車対A、BについてステップS3(フィルタ処理手段)、ステップS4(エンベロープ処理手段)、ステップS5(信号分離手段)、ステップS6(打痕検知手段)による処理を実行する(図4、図5の説明参照)。したがって、診断対象装置20が同一軸上に複数の歯車(ここでは第1歯車31、第2歯車32)が取り付けられた第1回転軸21を備えた場合であっても、打痕付きの歯車の有無に加えて打痕付きの歯車を特定することができる(請求項2に記載の発明の効果)。
【0078】
また、本実施形態に係る打痕検知装置10によれば、診断対象装置20の振動信号から抽出した歯車対Aの固有振動数に対応する周波数帯域の信号にエンベロープ処理を施し、エンベロープ処理が施された信号から各回転軸21、22、23に対応する信号のピーク値と閾値とを比較して、いずれかの回転軸(例えば回転軸21)に対応する信号のピーク値が閾値より大きいとき、歯車対Aを構成する歯車であってこの回転軸21に取り付けられた歯車31が打痕付きの歯車であると検知している。したがって、歯車対Aを構成する歯車31、33から打痕付きの歯車を適切に特定することができる(請求項3に記載の発明の効果)。
【0079】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一つを示したものであり、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【0080】
例えば、上記説明においては、診断対象装置20が歯車伝達装置である場合を例示して説明したが、この場合に限らない。診断対象装置20は有段変速機や無段変速機などの歯車伝達機構を備えた装置であってもよい。
【符号の説明】
【0081】
10 打痕検知装置
11 振動検出部
12 回転速度検出部
13 PC部
20 診断対象装置
21 第1回転軸(回転軸)
22 第2回転軸(他の回転軸)
23 第3回転軸
31 第1歯車(歯車)
32 第2歯車(他の歯車)
33 第3歯車
34 第4歯車
A、B 歯車対
ステップS1 振動検出手段
ステップS2 回転速度検出手段
ステップS3 フィルタ処理手段
ステップS4 エンベロープ処理手段
ステップS5 信号分離手段
ステップS6 打痕検知手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯車が取り付けられた回転軸と、前記歯車と噛み合って歯車対を構成する他の歯車が取り付けられた他の回転軸と、を備えた装置において、歯車の打痕の有無を検知する歯車の打痕検知装置であって、
前記回転軸を回転させたときの前記装置の振動を検出し、振動信号を出力する振動検出手段と、
前記振動検出手段により検出した振動信号から、前記歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出するフィルタ処理手段と、
前記フィルタ処理手段により抽出された信号に、エンベロープ処理を施すエンベロープ処理手段と、
前記エンベロープ処理手段によりエンベロープ処理が施された信号から、各回転軸に対応する信号を分離する信号分離手段と、
前記信号分離手段により分離された各回転軸に対応する信号に基づき、前記歯車対を構成する歯車から打痕付きの歯車を検知する打痕検知手段と、
を有することを特徴とする歯車の打痕検知装置。
【請求項2】
前記装置が複数の前記歯車対を備えている場合には、各々の歯車対について前記フィルタ処理手段、前記エンベロープ処理手段、前記信号分離手段、及び、前記打痕検知手段による処理を実行することを特徴とする請求項1に記載の歯車の打痕検知装置。
【請求項3】
前記打痕検知手段は、各回転軸に対応する信号のピーク値と閾値とを比較して、いずれかの回転軸に対応する信号のピーク値が閾値より大きいとき、前記歯車対を構成する歯車のうちの該回転軸に取り付けられた歯車が打痕付きの歯車であると検知することを特徴とする請求項1又は2に記載の歯車の打痕検知装置。
【請求項4】
歯車が取り付けられた回転軸と、前記歯車と噛み合って歯車対を構成する他の歯車が取り付けられた他の回転軸と、を備えた装置において、歯車の打痕の有無を検知する歯車の打痕検知方法であって、
前記回転軸を回転させたときの前記装置の振動を検出し、振動信号を出力する振動検出工程と、
前記振動検出工程により検出した振動信号から、前記歯車対の固有振動数に対応する周波数帯域の信号を抽出するフィルタ処理工程と、
前記フィルタ処理工程により抽出された信号に、エンベロープ処理を施すエンベロープ処理工程と、
前記エンベロープ処理工程によりエンベロープ処理が施された信号から、各回転軸に対応する信号を分離する信号分離工程と、
前記信号分離工程により分離された各回転軸に対応する信号に基づき、前記歯車対を構成する歯車から打痕付きの歯車を検知する打痕検知工程と、
を有することを特徴とする歯車の打痕検知方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−236929(P2010−236929A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−83127(P2009−83127)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】