説明

歯髄幹細胞を用いた神経疾患治療用組成物

【課題】乳歯又は永久歯から採取される歯髄幹細胞の新規な用途を提供すること。
【解決手段】歯髄幹細胞を含むことを特徴とする神経疾患治療用組成物が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯髄幹細胞の新規用途に関する。詳しくは、歯髄幹細胞を含み、神経疾患の治療に適用される組成物及びその用途(当該組成物を用いた治療法など)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の医療では治療困難な疾病に対する汎用的な代替技術として、幹細胞を利用した再生医療が注目されている。再生医療の適用が可能な又は期待される疾病は多く、臨床応用に向けた数多くの研究が行われている。神経疾患、特に脊髄損傷などの難治性神経疾患は、再生医療による治療が期待される疾患の一つである。
【0003】
ヒト胎児やES細胞由来の神経幹細胞を用いた難治性神経疾患の移植治療(例えば特許文献1を参照)が現実性のある研究課題として認識されているが、倫理性や安全性に大きな問題を抱えており、実用的な「幹細胞源」については今も模索状態である(例えば非特許文献1、2、3を参照)。
【0004】
生体内幹細胞として骨髄や脂肪由来の幹細胞があるが(例えば特許文献2を参照)、これらの幹細胞には幾つかの短所、即ち、(1)加齢とともに採取可能な幹細胞数が減少すること、(2)加齢における遺伝子変異の蓄積によって移植幹細胞の安全性が確保しにくいこと、(3)細胞増殖能が低いこと、(4)幹細胞採取には激しい生体侵襲を伴うこと(例えば非特許文献4、5を参照)などの短所がある。これらの問題点を解決する新しい難治性神経疾患治療用の幹細胞リソースの開発が重要である。
【0005】
医療廃棄物であるヒト脱落乳歯歯髄幹細胞(stem cells from exfoliated deciduous teeth; SHED)や智歯由来の永久歯歯髄幹細胞(dental pulp stem cells; DPSC)は、神経系譜に近い性状を示す神経堤由来の細胞集団であり、神経細胞への分化誘導に高い反応性を示す(例えば非特許論文5、6を参照)。SHEDやDPSCは、自己由来の組織幹細胞であるため、移植における安全性が高く、倫理的問題も極めて少ない。歯髄幹細胞の移植が難治性神経疾患に有用であることが明らかとなれば、極めてユニークかつ重要な「医療廃棄物の有効利用のモデルケース」を提示するとともに、低侵襲・安全性の高い自己幹細胞を用いた再生医療の実現を可能にする。また、原因不明の難治性神経疾患に困窮している多数の患者を救うことが可能になると期待されている。しかしながら、従来のSHEDやDPSCの研究においては、断片的な神経細胞系譜の解析や、神経分化誘導したSHEDやDPSCをげっ歯類に移植し生着を観察した以上の知見はあきらかにされていない(例えば非特許論文6、7を参照)。従って、SHEDやDPSCを用いてどのような医学的応用が可能であるかは、未だ明らかではなく、具体的な対象神経疾患も、全く知られていない。尚、乳歯は子供の頃に自然に抜け落ち、通常はそのまま廃棄される。従って、乳歯歯髄幹細胞を利用することには、採取に伴う侵襲性の問題はもとより、利用する際の倫理的な問題もないという大きな利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−281962号公報
【特許文献2】国際公開第02/086108号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Keirstead et al. Human embryonic stem cell-derived oligodendrocyte progenitor cell transplants remyelinate and restore locomotion after spinal cord injury. Journal of Neuroscience (2005) vol. 25 (19) pp. 4694
【非特許文献2】Okano et al. Neural stem cells and regeneration of injured spinal cord. Kidney international (2005)
【非特許文献3】Okada et al. Spatiotemporal recapitulation of central nervous system development by murine embryonic stem cell derived neural stem and progenitor cells. Stem Cells (2008) vol. 26 (12) pp. 3086-3098
【非特許文献4】Gronthos et al. Postnatal human dental pulp stem cells (DPSCs) in vitro and in vivo. Proc Natl Acad Sci USA (2000) vol. 97 (25) pp. 13625-30
【非特許文献5】Miura et al. SHED: stem cells from human exfoliated deciduous teeth. Proceedings of the National Academy of Sciences (2003)
【非特許文献6】Arthur et al. Adult human dental pulp stem cells differentiate toward functionally active neurons under appropriate environmental cues. Stem Cells (2008) vol. 26 (7) pp. 1787-95
【非特許文献7】Huang et al. Putative dental pulp-derived stem/stromal cells promote proliferation and differentiation of endogenous neural cells in the hippocampus of mice. Stem Cells (2008) vol. 26 (10) pp. 2654-63
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上の背景の下、本発明は、乳歯又は永久歯から採取される歯髄幹細胞の新規な用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
後述の実施例に示す通り、本発明者らは歯髄幹細胞(SHED、DPSC)の特徴を詳細に調べた。特に、幹細胞としての特徴に加え、SHEDやDPSCを用いることのできる難治性神経疾患を特定することを目指し、神経細胞又はその前駆細胞の特徴に的を絞って検討を進めた。その結果、歯髄幹細胞が神経幹細胞マーカー、分化した神経細胞のマーカー、アストロサイトマーカー、及びオリゴデンドロサイトマーカーなど、全ての神経系譜マーカーを共発現する希有な細胞集団であることが明らかとなった。また、驚くべきことに、歯髄幹細胞が脳由来神経栄養因子(BDNF; Brain-derived neurotrophic factor)を高発現することが判明するとともに、乳歯由来の歯髄幹細胞の特徴として、BDNFの発現レベルが顕著に高いことが示された。
【0010】
以上の知見は、歯髄幹細胞が神経幹細胞又は神経細胞の誘導に特に有効であり、歯髄幹細胞を適用すれば、神経細胞の障害が原因又は一因となる神経疾病の治療が可能であることを強く示唆する。一方、脊髄を完全に切断した動物モデル(脊髄損傷モデル)を用いて検討した結果、歯髄幹細胞の移植によって下肢の運動機能が回復するという、驚くべき治療効果が見られた。即ち、歯髄幹細胞が神経の再生を促し、脊髄損傷の治療に有効であることが実証された。ここで、歯髄幹細胞は高い分化能を示し、様々な中枢神経細胞への分化誘導が可能である。この点と上記の実験結果を総合すれば、脊髄損傷に限らず様々な神経疾患に対して歯髄幹細胞が良好な治療効果を発揮することを大いに期待できる。
【0011】
以下に列挙する本発明は、主として上記の成果に基づく。
[1]歯髄幹細胞を含むことを特徴とする、神経疾患治療用組成物。
[2]歯髄幹細胞が乳歯由来であることを特徴とする、[1]に記載の神経疾患治療用組成物。
[3]神経疾患が脊髄損傷、末梢神経麻痺等の外傷性疾患、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上清麻痺、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症等の神経変性疾患、脳虚血、脳内出血等に伴う脳梗塞による神経細胞の変性・脱落、及び神経細胞の障害を伴う網膜疾患からなる群より選択される疾患ないし病態である、[1]又は[2]に記載の神経疾患治療用組成物。
[4]神経疾患が脊髄損傷である、[1]又は[2]に記載の神経疾患治療用組成物。
[5]歯髄幹細胞が、採取後に分化誘導処理をしていない未分化型歯髄幹細胞であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の神経疾患治療用組成物。
[6]歯髄幹細胞が、ネスチン陽性、ダブルコルチン陽性、β-IIIチューブリン陽性、NeuN陽性、GFAP陽性、CNPase陽性であり、且つ脳由来神経成長因子の産生能を有する、[5]に記載の神経疾患治療用組成物。
[7]歯髄幹細胞が、特定の細胞系譜へと分化誘導した分化誘導型歯髄幹細胞であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の神経疾患治療用組成物。
[8][1]〜[7]のいずれか一項に記載の神経疾患治療用組成物を、神経疾患患者に投与することを特徴とする、神経疾患の治療法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】SHEDの神経系細胞系譜マーカー発現をFACSおよび蛍光免疫組織染色で解析した結果を示す図。A:SHEDの神経系細胞系譜マーカーの発現。B:神経幹細胞と神経マーカーの共発現。C:神経幹細胞とオリゴデンドロサイトマーカーの共発現。脱落乳歯および抜去した乳歯・永久歯から歯髄幹細胞を採取し、拡大培養を行った。
【図2】拡大培養したSHED及びDPSCにおける神経栄養因子群(NT-3 (Neurotrophin-3)、BDNF (Brain Derived Neurotrophic Factor)、GDNF (Glia Derived Neurotrophic Factor)、NGF (Nerve Growth factor)、CTNF (Ciliary Neurotrophic Factor))の遺伝子発現を定量的PCRで解析した結果を示す図。口腔粘膜上皮細胞(HFBs)を比較対象とした。
【図3】歯髄幹細胞移植後の脊髄損傷モデルラットの運動機能をBBBスコアにより評価した結果を示すグラフ図。
【図4】SHED移植後の脊髄損傷モデルラットにおける脊髄切断部位周囲の全神経繊維(NF-M)とセロトニン陽性神経繊維(5-HT)を蛍光免疫染色法で解析した結果を示す図。
【図5】SHED移植後(8週)の脊髄損傷モデルラットを組織学的に解析(細胞タイプ特異的マーカーに対する抗体染色)した結果を示す図。マーカーに対する抗体として、抗HuNu抗体(移植したヒト細胞核を検出)、抗NeuN抗体(成熟した神経細胞の核を検出)、抗MBP抗体(成熟したオリゴデンドロサイトを検出)、抗GFAP抗体(アストロサイトを検出)を用いた。
【図6】移植後のSHEDの抗アポプトーシス効果を示す解析結果。A:神経細胞及びアストロサイトのアポプトーシス抑制。B:オリゴデンドロサイトのアポプトーシス抑制。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は神経疾患治療用組成物(以下、略称して「本発明の組成物」ともいう)に関する。本発明の神経疾患治療用組成物は歯髄幹細胞を含むことを特徴とする。好ましくは、乳歯の歯髄幹細胞を用いる。永久歯の歯髄幹細胞に比べ、細胞の増殖能が高いからである。また、分化能もより高いと考えられるからである。さらには、後述の実施例に示す通り乳歯歯髄幹細胞(SHED)のBDNF発現レベルは高く、より高い治療効果を発揮し得ることも乳歯歯髄幹細胞を用いる利点である。加えて、乳歯の歯髄幹細胞には、採取が簡単であるというメリットもある。尚、本明細書において、乳歯歯髄幹細胞のことをSHEDと略称し、永久歯歯髄幹細胞のことをDPSCと略称する。
【0014】
本発明の組成物は神経疾患の治療に利用される。中枢神経系(脳や脊髄)又は末梢神経系の神経疾患が治療対象となる。本発明の組成物を適用可能な神経疾患の例は、脊髄損傷、末梢神経麻痺等の外傷性疾患、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上清麻痺、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症等の神経変性疾患、脳虚血、脳内出血等に伴う脳梗塞よる神経細胞の変性・脱落、神経細胞の障害を伴う網膜疾患である。神経細胞が損傷する疾患・病態であればその原因(例えば、外傷や脳梗塞などによる一次的原因、感染、腫瘍などによる二次的原因)は特に限定されない。
【0015】
脊髄損傷は外部からの衝撃や脊髄腫瘍又はヘルニアなどの内的要因によって脊髄が損傷した状態をいう。損傷の度合によって完全型(脊髄が途中で完全に切断された状態)と不完全型(脊髄が損傷又は圧迫を受けているものの脊髄の機能が部分的に維持されている状態)に分かれる。現在の医療技術では脊髄損傷を完全に回復させることはできず、新たな治療法の確立が切望されている。脊髄損傷は、再生医療の適用が期待される疾病の一つであり、骨髄、神経幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞等の使用が検討されている。しかしながら、様々な問題から、決定的な治療技術の実現には至っていない。本発明の組成物は、このような状況にあって高い治療効果を期待できる治療法を提供するものであり、その意義・価値は極めて高い。
【0016】
本発明の適用可能な別の疾病・病態は急性期や亜急性期の脳虚血、脳内出血等による神経細胞の変性・脱落によって生じる脳梗塞や、周産期の低酸素虚血が原因となって生じる新生児脳疾患である脳室周囲白質軟化症などである。脳虚血とは脳内の血液が不足し、脳に十分な酸素や栄養が供給されない状態である。脳虚血は神経細胞死、脳浮腫を引き起こし脳梗塞の原因となる。本発明の組成物は、このような脳虚血等に起因する神経細胞の破壊又はそれに伴う各種疾患の治療にも適用され得る。
【0017】
パーキンソン病、脊髄小脳変性症、アルツハイマー病、ハンチントン病、多系統萎縮症、進行性核上清麻痺は、大脳、中脳および小脳領域における領域特異的な神経細胞の脱落変異によって引き起こされる難治性神経疾患である。本発明の組成物はこれらの疾患における神経細胞の変性・脱落を抑制することで治療効果を発揮し得る。
【0018】
本発明の組成物は神経細胞の障害を伴う網膜疾患にも適用可能である。網膜には大別して5種類の神経細胞、即ち、視細胞(錐体細胞、桿体細胞)双極細胞、水平細胞、アマクリン細胞及び神経節細胞が存在する。網膜に存在するこれらの神経細胞(1種又は2種以上)の障害が原因となる網膜疾患のみならず、これらの神経細胞(1種又は2種以上)の障害を呈する病態の網膜疾患(外傷性網膜剥離、網膜裂孔、網膜振盪症、視神経管骨折、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性、網膜色素変性症、緑内障、コロイデレミア、レーベル先天盲、錐体ジストロフィ、家族性ドルーゼン、中心性輪紋状脈絡膜ジストロフィ、常染色体優性視神経萎縮など)における神経細胞死と脱落を本発明の組成物が抑制することで治療効果を発揮し得る。
【0019】
歯髄幹細胞の採取・調製法の一例を以下に示す。この採取・調製法では(1)歯髄の採取、(2)酵素処理、(3)細胞培養、(4)細胞の回収を順に行う。
【0020】
(1)歯髄の採取
自然に脱落した乳歯(又は抜歯した乳歯、或いは永久歯)をクロロヘキシジンまたはイソジン溶液で消毒した後、歯冠部を分割し歯科用リーマーにて歯髄組織を回収する。
【0021】
(2)酵素処理
採取した歯髄組織を基本培地(10%ウシ血清・抗生物質含有ダルベッコ変法イーグル培地)に懸濁し、2mg/mlのコラゲナーゼ及びディスパーゼで37℃、1時間処理する。5分間の遠心操作(5000回転/分)により酵素処理後の歯髄細胞を回収する。セルストレーナーによる細胞選別はSHEDやDPSCの神経幹細胞分画の回収効率を低下させるので原則、使用しない。
【0022】
(3)細胞培養
細胞を4cc基本培地で再懸濁し、直径6cmの付着性細胞培養用ディッシュに播種する。5%CO2、37℃に調整したインキュベータにて3日間培養した後、コロニーを形成した接着性細胞を0.05%トリプシン・EDTAにて5分間、37℃で処理する。ディッシュから剥離した歯髄細胞を直径10cmの付着性細胞培養用ディッシュに播種し拡大培養を行う。例えば、肉眼で観察してサブコンフルエント(培養容器の表面の約70%を細胞が占める状態)又はコンフルエントに達したときに細胞を培養容器から剥離して回収し、再度、培養液を満たした培養容器に播種する。継代培養を繰り返し行ってもよい。例えば継代培養を1〜8回行い、必要な細胞数(例えば約1×107個/ml)まで増殖させる。尚、培養容器からの細胞の剥離は、トリプシン処理など常法で実施することができる。以上の培養の後、細胞を回収して保存することにしてもよい(保存条件は例えば-198℃)。様々なドナーから回収した細胞を歯髄幹細胞バンクの形態で保存することにしてもよい。
【0023】
(4)細胞の回収
次に、細胞を回収する。トリプシン処理等で培養容器から細胞を剥離した後、遠心処理を施すことによって細胞を回収することができる。このようにして回収した細胞を用いて本発明の組成物を調製する。
【0024】
上記の通り、本発明者らの検討によって、歯髄幹細胞が神経系細胞系譜への分化能を有し、且つBDNFを高発現することが明らかとなった。この知見に基づき、本発明の一態様では、上記の如き調製法によって調製した歯髄幹細胞を特定の細胞へ分化誘導することなく、本発明の組成物に使用する。即ち、採取後に分化誘導をしていない歯髄幹細胞(本明細書において「未分化型歯髄幹細胞」とも呼ぶ)を有効成分として用いる。この態様の組成物は強い神経保護作用を発揮するため、特に急性期や亜急性期の脊髄損傷、末梢神経麻痺、脳梗塞等の激しい神経細胞の脱落・変性をともなう難治性神経疾患への適用に適する。この態様で使用する歯髄幹細胞は神経幹細胞マーカーであるネスチン(Nestin)陽性、神経幹細胞マーカーであるダブルコルチン(Doublecortin)陽性、神経細胞マーカーであるβ-IIIチューブリン陽性、神経細胞マーカーであるNeuN陽性、アストロサイトマーカーであるGFAP陽性、オリゴデンドロサイトマーカーであるCNPase陽性であり、且つBDNFを高発現する。神経幹細胞マーカーなどの細胞表面マーカーの発現の有無は、常法に従って調べればよい。例えば、フローサイトメトリーや蛍光免疫組織染色法を利用することによって、特定の細胞表面マーカーの発現の有無を容易に調べることができる。以上の各マーカーは全て細胞内タンパク質であるため、蛍光免疫組織染色を行う場合には歯髄幹細胞を例えば0.05%のTriton-100にて10分間程度(室温)処理し、細胞膜透過性を高めた後、一次抗体染色を行うとよい。反応後に細胞を洗浄し、蛍光標識した二次抗体にて検出する。フローサイトメトリー解析には例えばFACS Calibur(ベクトンディッキンソン)を用いることができる。DAPIで核染色後の多重染色標本の解析には例えば共焦点レーザー顕微鏡A1Rsi(ニコン社)を用いることができる。
【0025】
神経栄養因子の発現解析は次の方法で行うことができる。歯髄幹細胞(例えば5継代目の細胞)から常法でRNAを抽出し、逆転写酵素を用いてcDNAを作製する。これを鋳型として各神経栄養因子(BDNF (Brain Derived Neurotrophic Factor)、GDNF (Glia Derived Neurotrophic Factor)、NGF (Nerve Growth factor)、CTNF (Ciliary Neurotrophic Factor)、NT-3 (Neurotrophin-3)等)を増幅するオリゴプライマーを用いた定量的PCR法にて解析する。
【0026】
歯髄幹細胞が神経細胞への分化能力を有することは次の方法で確認することができる。神経細胞に分化誘導するために、0.5%BSA、25μg/ml FGF8、25μg/ml SHH、25μg/ml bFGFを含有する培地で歯髄幹細胞を12日間程度培養する。産生した神経細胞はネスチンに対する抗体、NeuNに対する抗体、β-IIIチューブリンに対する抗体を用いた免疫染色により確認できる。
【0027】
尚、理論に拘泥する訳ではないが、本発明の組成物を適用した際に得られる治療効果の少なくとも一部は、歯髄幹細胞が発現するBDNFが神経細胞の誘導・分化・樹状突起の伸長・シナプス結合の形成などに関して正の影響(促進効果)を与えることによる。
【0028】
別の一態様では、調製した歯髄幹細胞を特定の細胞系譜へと分化誘導した後に本発明の組成物に使用する。分化誘導処理を施した歯髄幹細胞のことを本明細書では「分化誘導型歯髄幹細胞」と呼ぶ。分化誘導型歯髄幹細胞には、(1)ドーパミン産生細胞など、各種中枢神経細胞及び末梢神経細胞、(2)アストロサイト、(3)オリゴデンドロサイト、(4)シュワン細胞が含まれる。分化誘導型歯髄幹細胞を有効成分とした組成物は慢性脊髄損傷、慢性末梢神経麻痺、慢性脳梗塞等の外傷性疾患(好ましくは成熟型神経細胞やオリゴデンドロサイト・シュワン細胞に分化誘導させた細胞の混合物を用いる)、筋萎縮性側索硬化症(好ましくは脊髄、脳幹の運動ニューロンに分化誘導させた細胞を用いる)、パーキンソン病(好ましくはドーパミン産生細胞に分化誘導させた細胞を用いる)、脊髄小脳変性症(好ましくは小脳プルキンエ細胞や顆粒細胞に分化誘導させた細胞を用いる)等への適用に適する。
【0029】
ドーパミン産生神経細胞への分化誘導には以下の2工程からなる方法を利用できる。第1工程では、ポリ-L-リジンでコートされたディッシュを用い、例えば12.5 U/ml Nystatin、N2 supplement、20ng/ml bFGF及び20ng/ml EGFを含んだDMED培地にて歯髄幹細胞を2〜3日間培養する。この工程により、歯髄幹細胞は神経幹細胞へと分化誘導される。第2工程では、第1工程後の細胞を例えばB27 supplement、1mM db-cAMP、0.5mM IBMX、200μMアスコルビン酸及び50ng/ml BDNFを含むNeurobasalTM培地にて6〜7日間培養する。誘導されたドーパミン産生神経細胞は、チロシンヒドロキシラーゼに対する抗体を用いて免疫染色にて確認することができる。以上の方法の他、bFGF存在下で培養した後に浮遊凝集培養系で培養する方法(Studer, L. et al.: Nat. Neurosci., 1: 290-295, 1998)、bFGF及びグリア細胞株の培養上清の存在下で培養する方法(Daadi, M. M. and Weiss, S. J.: Neuroscience, 19: 4484-4497, 1999.)、FGF8、Shh、bFGF及びアスコルビン酸等を利用した方法(Lee, S. H. et al.: Nat. Biotechnol., 18 : 675-679, 2000.)、骨髄間質細胞と共培養する方法(Kawasaki, H. et al.: Neuron, 28 : 31-40, 2000.)等、神経幹細胞又は胚性幹細胞をドーパミン産生神経細胞へ分化誘導させる方法として報告された各種方法を必要に応じて適宜修正した上で利用してもよい。
【0030】
アストロサイトへの分化誘導には以下の2工程からなる方法を利用できる。第1工程では、ポリ-L-オルニチンとフィブロネクチンを二重コートしたディッシュを用い、例えばN2 supplement及び10ng/ml bFGFを含むDMEM/F12培地にて歯髄幹細胞を4日間培養する。第2工程では、更に80ng/ml LIF、80ng/ml BMP2を加えた培地で3日間培養する。分化誘導されたアストロサイトは、GFAPに対する抗体を用いた免疫染色にて確認することができる。
【0031】
オリゴデンドロサイトへの分化誘導には以下の2工程からなる方法を利用できる。アストロサイトへの分化誘導と同様に第1工程では、ポリ-L-オルニチンとフィブロネクチンを二重コートしたディッシュを用い、例えばN2 supplement、10ng/ml bFGF及び0.5%FCSを含むDMEM/F12培地にて歯髄幹細胞を4日間培養する。この工程により歯髄幹細胞はオリゴデンドロサイト前駆細胞へと誘導される。続く第2工程では20ng/ml T3 (Triiodothyronine)、20ng/ml T4 (Thyroxine)及びN2 supplementを含むDMEM/F12培地にて4日間培養する。分化誘導されたオリゴデンドロサイトはO4に対する抗体を用いて確認することができる。
【0032】
本発明の組成物は、操作性の向上や治療効果の向上等を理由として、好ましくはゲル状に調製される。本明細書での「ゲル状」とは、医療用に使用されるフィブリンゲル又はフィブリン糊のように、適度な粘性を有し、移植部での保持性の高い状態をいう。例えば、ゲル化剤や増粘剤の添加、或いはフィブリノーゲンとトロンビンの添加によって、ゲル状の組成物が形成される。
【0033】
本発明の組成物に期待される治療効果が維持されることを条件として、他の成分を追加的に使用することを妨げない。ゲル状に調製するための材料を含め、本発明において追加的に使用され得る成分を以下に列挙する。
(1)生体吸収性材料
有機系生体吸収性材料としてヒアルロン酸、コラーゲン、フィブリノーゲン(例えばボルヒール(登録商標))等を使用することができる。
【0034】
(2)ゲル化材料
ゲル化材料は、生体親和性が高いものを用いることが好ましく、ヒアルロン酸、コラーゲン又はフィブリン糊等を用いることができる。ヒアルロン酸、コラーゲンとしては種々のものを選択して用いることができるが、本発明の組成物の適用目的(適用組織)に適したものを採用することが好ましい。用いるコラーゲンは可溶性(酸可溶性コラーゲン、アルカリ可溶性コラーゲン、酵素可溶性コラーゲン等)であることが好ましい。
【0035】
(3)溶媒
本発明の組成物は、水系の溶媒を含むものであってもよい。水系の溶媒としては、滅菌水、生理食塩水、リン酸塩溶液等の緩衝液等を用いることができる。尚、調製した細胞を生理食塩水やPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁して本発明の組成物とし(他の成分を含有しない)、患部に適用することもできる。
【0036】
(4)その他
本発明の組成物は、上記の成分の他、抗生物質、安定化剤、保存剤、pH調整剤等を含んでいても良い。また、成長因子を含ませることもできる。
【0037】
(適用方法)
本発明の組成物は、自家移植又は同種移植による神経疾患の治療に利用される。歯髄幹細胞をそのまま投与してもよいが、組織生着効率を高めるために、予めスフィア(sphere)を形成させた上で投与しても良い。本発明の組成物の投与は、直接投与でも間接投与でもよい。例えば、直接投与では神経損傷部位に本発明の組成物が注入、埋入、填入、又は塗布等によって移植される。適度な流動性を有するゲル状に調製すれば、填入、注入、又は塗布等、簡便な手技で適用することができる。また、ゲル状であれば注射針等を用いて適用部位に容易に填入でき(患部を開放することなく適用することも可能である)。間接投与では、例えば、静脈注射や髄腔内投与によって血液・脳脊髄液の循環に乗せて細胞を患部に送達する。
【実施例】
【0038】
1.神経細胞系譜マーカーの発現
脱落乳歯及び抜去した乳歯・永久歯から歯髄幹細胞(SHED、DPSC)を採取し拡大培養を行った。SHED及びDPSCの70%以上の細胞が、神経幹細胞マーカーのネスチン及びダブルコルチン、分化した神経細胞マーカーのβ-IIIチューブリン及びNeuN、アストロサイトマーカーのGFAP、オリゴデンドロサイトマーカーのCNPaseなど、全ての神経系譜マーカーを共発現する細胞集団であることをFACS及び蛍光免疫染色法で確認した(図1)。
【0039】
2.神経栄養因子の発現
拡大培養したSHED及びDPSC(5継代目)は口腔粘膜上皮細胞と比較して、SHEDで12倍量、DPSCで3倍量のNT-3 (Neurotrophin-3)遺伝子を発現していた(図2)。また、SHEDで60倍量、DPSCで30倍量のBDNF(Brain Derived Neurotrophic Factor)遺伝子を発現することが明らかとなった(図2)。
【0040】
3.脊髄損傷に対する歯髄幹細胞の治療効果
(1)脊髄損傷モデル作製と歯髄細胞移植
Halothaneを用いた8週齢雌性Sprague-Dawleyラットを麻酔した。第9〜10胸椎を椎弓切除後、脊髄を外科メスにて切断し脊髄完全切断モデルラットとした。
【0041】
5μlのPBS溶液に懸濁した10万個のヒト歯髄細胞を、ハミルトンシリンジに装着したガラスニードルに充填した。脊髄切断直後に頭側および尾側断端の両側2カ所に歯髄細胞を移植した。さらに、切断面にフィブリンゲルと混和した歯髄細胞を充填した。移植に用いる総細胞数は約50万個であった。細胞を含まない培地だけを同様に移植したものをコントロールとした。
【0042】
手術後、温度と湿度が管理されたケージの中で24時間、ラットの回復を待った。その後、一般ケージに移し、排尿を日々行った。免疫抑制剤シクロスポリンを移植前から屠殺を行うまで腹腔内投与することにした。8週後に行動学的及び組織学的評価を行った。
【0043】
(2)運動機能評価
歯髄細胞の移植による下肢運動機能の改善効果は、排尿後のラットの下肢運動を5分間観察し、Basso-Beattie-Bresnahan Locomotor Rating Scaleに準じて評価した。図3に示すように、培地のみ注入したコントロール群で下肢運動機能が回復したラットはいなかった(0.9±0.89, n=10)。一方、SHED又はDPSCを移植したラットでは下肢運動機能が有意に改善した(SHED:6.57±0.54, n=12。DPSC: 6±1.89, n=10)。
【0044】
(3)神経線維の再生
脊髄切断部位を超えた神経線維の伸張は、切断した脊髄の末梢側へのセロトニン(serotonin, 5-hydroxytryptamine, 5-HT)輸送能を、抗セロトニン抗体を用いて検出することによって評価した。セロトニンはモノアミン神経伝達物質で視床下部や大脳基底核、延髄の縫線核などに高濃度に分布している。脊髄切断面を超えて上位中枢神経(脳および脳幹)からの神経線維が伸張していれば、切断面より遠位側でセロトニン陽性神経線維が確認できる。再生した神経軸索の検出には抗Neurofilament-M抗体を用いた。パラホルムアルデヒドによる灌流固定後、脊髄を採取し再固定を行った。30%シュークロース液に浸透させた後、コンパウンドに包埋し凍結切片を作製した。図3Bに示すように、培地のみを注入したラットでは切断末梢側にセロトニンは確認されなかった(n=5)。一方、SHED移植群では切断部位を超えて、末梢側脊髄にセロトニンが脳から輸送されていた(n=10)。SHEDを移植した切断部位では抗Neurofilament-M抗体で染色される再生神経線維が多く検出されたが、培地を注入したコントロール群では陽性神経線維がほとんど観察されなかった(図3C)。
【0045】
(4)移植後の歯髄細胞の分化
移植したSHEDの脊髄切断部位周囲における分化について、抗ヒト細胞核染色抗体、成熟型神経細胞マーカー(抗NeuN抗体)、成熟型アストロサイト特異的抗体(抗GFAP抗体)、成熟型オリゴデンドロサイト特異的抗体(抗MBP抗体)による蛍光免疫組織染色で評価した。移植した多くの未分化型SHEDはオリゴデンドロサイトに分化していた。ごくわずかなSHEDが神経細胞へ分化するが、アストロサイトに分化したSHEDは検出されなかった(図4)。
【0046】
様々な難治性神経疾患において神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトのアポプトーシスが病態の重篤化に大きな影響をもたらす。移植したSHEDによる、脊髄損傷部位におけるアポプトーシス抑制機能はTUNEL法により確認できる。SHED移植群では切断後24時間で観察される神経細胞とアストロサイトのアポプトーシスが効率に抑制される。脊髄皮質のオリゴデンドロサイトは切断後一週間でアポプトーシスを開始する。移植したSHEDはオリゴデンドロサイトのアポプトーシスも効率に抑制する。この強力なアポプトーシス抑制効果が脊髄損傷後の下肢運動機能改善に重要な役割を果たす(図5)。
【0047】
以上の実験結果が示す通り、神経損傷マウスに対してSHED又はDPSCを移植することにより、神経損傷を治療することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の組成物を適用可能な疾患として、脊髄損傷、末梢神経麻痺等の外傷性疾患、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上清麻痺、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症等の神経変性疾患、脳虚血、脳梗塞、脳内出血等による神経細胞の変性・脱落、神経細胞の障害を伴う網膜疾患が想定される。自家に限らず同種移植による適用も可能である。
【0049】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯髄幹細胞を含むことを特徴とする、神経疾患治療用組成物。
【請求項2】
歯髄幹細胞が乳歯由来であることを特徴とする、請求項1に記載の神経疾患治療用組成物。
【請求項3】
神経疾患が脊髄損傷、末梢神経麻痺等の外傷性疾患、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、進行性核上清麻痺、ハンチントン病、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症等の神経変性疾患、脳虚血、脳内出血等に伴う脳梗塞による神経細胞の変性・脱落、及び神経細胞の障害を伴う網膜疾患からなる群より選択される疾患ないし病態である、請求項1又は2に記載の神経疾患治療用組成物。
【請求項4】
神経疾患が脊髄損傷である、請求項1又は2に記載の神経疾患治療用組成物。
【請求項5】
歯髄幹細胞が、採取後に分化誘導処理をしていない未分化型歯髄幹細胞であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の神経疾患治療用組成物。
【請求項6】
歯髄幹細胞が、ネスチン陽性、ダブルコルチン陽性、β-IIIチューブリン陽性、NeuN陽性、GFAP陽性、CNPase陽性であり、且つ脳由来神経成長因子の産生能を有する、請求項5に記載の神経疾患治療用組成物。
【請求項7】
歯髄幹細胞が、特定の細胞系譜へと分化誘導した分化誘導型歯髄幹細胞であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の神経疾患治療用組成物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の神経疾患治療用組成物を、神経疾患患者に投与することを特徴とする、神経疾患の治療法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−219432(P2011−219432A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−92585(P2010−92585)
【出願日】平成22年4月13日(2010.4.13)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行所:日本再生医療学会総会、刊行物名:再生医療増刊号 第9回 日本再生医療学会総会 プログラム・抄録、発行日:平成22年2月5日
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】