説明

殺ノロウイルス組成物

【課題】着色等により消毒対象物に悪影響を及ぼすことが少なく、良好な殺ノロウイルス効果を発揮し、より簡便かつ安全に、ノロウイルスによる食中毒の発生と感染拡大を防止し得る、殺ノロウイルス組成物を提供する。
【解決手段】プロアントシアニジンを0.002重量%〜0.1重量%含有する組成物とする。また、0.002重量%〜0.1重量%のプロアントシアニジンを、43重量%〜52重量%のエタノール水溶液に含有する組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺ノロウイルス組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年ノロウイルスは食中毒の原因の多数を占め、食品調理者などから不特定多数のヒトに感染が拡大し大きな問題となっており、学校、病院、介護施設等の食品調理場やトイレなどの衛生対策が、感染拡大を防ぐ上で重要となっている。
【0003】
ノロウイルスはヒト免疫不全ウイルス、インフルエンザウイルス、SARSコロナウイルスなどとは異なり、エンベロープという脂質の膜を有しておらず、界面活性剤やアルコールなどの薬剤に対して高い抵抗性を有しており、アルコール製剤や逆性石鹸では十分に不活化されないことが報告されている。
非特許文献1には、インフルエンザウイルスのエンベロープにカテキン類が作用し、ウイルスの細胞への吸着や、細胞への侵入を妨げることが示唆されている。同様に、カテキン構造を含むプロアントシアニジンの抗ウイルス活性の利用についても、SARSコロナウイルスやインフルエンザウイルスなど、主にエンベロープを有するウイルスに関して提案されている(特許文献1〜3)。これらにおいて開示された抗ウイルス効果は、主としてエンベロープウイルスの表面に作用し、宿主細胞内における増殖を抑制するものであった。
しかしながら、上記のように、ノロウイルスはエタノールや逆性石鹸に対して抵抗性が高く、10個〜100個という少量のウイルスによっても発症するほど、高い感染力を有するため、ウイルス構造体の破壊に伴いウイルス遺伝子の消失が図られなければ、宿主内に取り込まれた際に感染性が残存する恐れがある。また、インフルエンザウイルスなどの空気感染が主な感染経路であるウイルスとは異なり、ウイルスキャリアから食品や調理器具等の物品を介する感染経路を考慮すれば、直接ウイルス遺伝子を消失せしめ、感染性を消滅させて感染経路を断ち切ることが、感染拡大を防ぐ上で最も重要である。よって、ノロウイルスに関しては、これまで提案されていた生体内における抗ウイルス効果による感染予防を図る抗ウイルス剤では不十分であり、直接的にウイルスに作用し、ウイルス遺伝子を消失せしめるような殺ウイルス効果を有する殺ウイルス組成物が望まれる。
【0004】
厚生労働省によるとノロウイルスを不活化するには、食品では85℃で1分間の加熱、調理器具などは200ppmの次亜塩素酸ナトリウムでの消毒を推奨している(非特許文献2)。しかし、次亜塩素酸ナトリウムは強い金属腐食性を有し、使用が制限される場合や、調理場など有機物汚れの多い場所では、次亜塩素酸ナトリウムが分解し、十分な効果の得られない場合などが予想される。また皮膚や粘膜を侵す危険性に加え、酸と反応して有毒ガスが発生するなど、取り扱いや使用に際し注意が必要である。
かかる状況下において、取り扱いが簡便で、次亜塩素酸ナトリウムが使用できない場合でも十分な不活化効果を発揮し得る抗ノロウイルス組成物が強く求められていた。
【0005】
これまで、ノロウイルス等の非エンベロープタイプのウイルスに対する抗ウイルス効果に言及したものとしては、アルコールとプロアントシアニジンを含有する抗ウイルス剤(特許文献4)、エタノールと酸を含有し、pHが2.5〜5.0である組成物を接触させることによるカリシウイルスの不活化方法(特許文献5)などが開示されている。
【0006】
しかし、特許文献4に記載された抗ウイルス剤は、どちらかといえばエンベロープを有するウイルスの不活化を目的とするものであり、また、十分な不活化効果を奏するためには、70容量%〜80容量%のアルコールと、0.13重量%〜8.3重量%のプロアントシアニジンを要しており、消毒対象物の材質によっては、変質等の好ましくない影響が見られることがあり、また、組成物が着色して、消毒対象物に好ましくない影響を与えるおそれがあった。さらに、特許文献4に記載された抗ウイルス活性の評価は、各保存ウイルス液100μLと抗ウイルス剤の試料液900μLを混合して行われている。しかし、ノロウイルスによる感染が問題となる場所には、トイレや調理場のように水分の多く存在する場所が多く、かかる場所では、抗ウイルス組成物が希釈されることが予想される。それゆえ、供試ウイルスに対して抗ウイルス成分が高濃度で存在する状態で効果が見られても、実際に消毒対象物に使用した際に十分な効果が得られるとは限らない。また、特許文献5に記載されたウイルス不活化方法は、酸性の水溶液を使用するため、金属等、消毒対象物によってはやはり材質の変性等を生じることがあり、皮膚や粘膜に対する刺激性も問題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−314316号公報
【特許文献2】国際公開第2006/115123号パンフレット
【特許文献3】特開2010−222344号公報
【特許文献4】特開2008−214297号公報
【特許文献5】国際公開第2010/047108号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】衛生化学43(5) 311-315 (1997)
【非特許文献2】厚生労働省ホームページ 「ノロウイルスに対するQ&A」;http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/040204-1.html
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明は上記のような課題に着目し、既存の逆性石鹸やアルコール製剤では効果の見られなかったノロウイルスに対して、良好な殺ノロウイルス効果を発揮し、より簡便かつ安全に、消毒対象物に好ましくない影響を及ぼすことが少なく、ノロウイルスによる食中毒の発生と感染拡大を防止し得る殺ノロウイルス組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題達成のため鋭意検討した結果、ブドウ種子由来ポリフェノールであるプロアントシアニジンが、低濃度の特定の濃度範囲において、組成物の着色といった悪影響が軽減され、好ましい殺ノロウイルス活性を有し、さらには従来用いられていたものより低濃度のアルコール溶液において、弱酸性から中性域でも良好な殺ノロウイルス効果が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、次の[1]〜[7]に関する。
[1]プロアントシアニジンを0.002重量%〜0.1重量%含有する、殺ノロウイルス組成物。
[2]0.002重量%〜0.1重量%のプロアントシアニジンを、43重量%〜52重量%のエタノール水溶液に含有してなる、殺ノロウイルス組成物。
[3]プロアントシアニジンがブドウ種子抽出物として含有される、上記[1]または[2]に記載の殺ノロウイルス組成物。
[4]組成物のpHが5.5〜8である、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の殺ノロウイルス組成物。
[5]さらにグリセリン脂肪酸エステルを含有する、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の殺ノロウイルス組成物。
[6]上記[1]〜[5]のいずれかに記載の殺ノロウイルス組成物を含有する、消毒剤。
[7]上記[1]〜[5]のいずれかに記載の殺ノロウイルス組成物を含有する、殺菌洗浄剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、調理器具、調理室、食堂、トイレ、洗面場など有機物汚れや水分が多く、次亜塩素酸ナトリウムの効果が期待できない場合や、金属腐食等の消毒対象物の材質の変質等が予想されるため、次亜塩素酸ナトリウムを使用できない場合でも、簡便かつ安全に使用でき、かつ着色等の消毒対象物に対する悪影響が軽減された殺ノロウイルス組成物を提供することができる。さらに本発明によれば、直接的にノロウイルスに作用し、カプシドタンパク質の構造に影響を与える等により、その遺伝子を消滅せしめるといった殺ノロウイルス効果を発揮でき、消毒対象物に残留しても安全性上問題なく、短時間作用させるのみで、ノロウイルスによる食中毒の発生と拡大を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】RT−PCR法により、本発明の殺ノロウイルス組成物のネコカリシウイルス遺伝子に対する作用を示す図である。
【図2】RT−PCR法により、本発明の殺ノロウイルス組成物のノロウイルス遺伝子に対する作用を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の殺ノロウイルス組成物は、プロアントシアニジンを0.002重量%〜0.1重量%含有してなる。また、0.002重量%〜0.1重量%のプロアントシアニジンを、43重量%〜52重量%のエタノール水溶液に含有してなる。
【0015】
本発明において用いるプロアントシアニジンは、植物に含まれるポリフェノールの1種であり、加水分解により赤色系の色素であるアントシアニジン(シアニジン、デルフィニジン、ペラルゴニジン等)を生じる化合物である。
本発明においては、ブドウ、クランベリー、カカオ、リンゴ、小豆、柿、ライチ、キャベツ、大麦、麦芽、クルミ、アーモンド、杉、桧、松、栃、樫、乾姜(カンキョウ)、茗荷(ミョウガ)、葉生姜(ハショウガ)等の花、茎、種子、果実、果肉、皮類、根、幹、樹皮、葉などの植物体組織に含まれるプロアントシアニジンを用いることができる。
本発明においては、上記植物体組織より常法により抽出、単離して用いることもでき、化学的もしくは酵素的合成法または発酵法等により得られたものを用いることもできる。また、各種プロアントシアニジンを含有する抽出物の状態で用いることもできる。さらに、ブドウ種子由来の商品名「グラヴィノール」(キッコーマンバイオケミファ株式会社製)、「グレープシードエキス末」(香栄工業株式会社製)、リンゴ未熟果由来の商品名「アップルフェノン」(ニッカウヰスキー株式会社製)、海岸松の樹皮由来の商品名「ピクノジェノール」(ホーファーリサーチ社製)等の市販品を用いることもできる。
【0016】
本発明の殺ノロウイルス組成物には、プロアントシアニジンとして、ブドウの種子抽出物を用いることが好ましい。
かかるブドウ種子抽出物は、ヨーロッパブドウ(ヴィニフェラ種 Vitis vinifera)、アメリカブドウ(ラブルスカ種 Vitis labrusca)、アムールブドウ(アムレンシス種 Vitis amurensis)等、ブドウ科(Vitaceae)ブドウ属(Vitis)植物、マスカダイン(ロトゥンディフォリア種 Muscadinia rotundifolia)等のマスカダイン属植物などの種子より、水溶性有機溶媒または水溶性有機溶媒と水との混合液で、加熱還流させながら抽出するといった、特開平11−80148号公報に記載の方法等により調製することができる。
本発明の殺ノロウイルス組成物には、ブドウ種子抽出物としては、白ブドウ、赤ブドウ、黒ブドウ等のいずれの品種のブドウの種子より抽出されたものを用いてもよいが、たとえば、シャルドネ種、リースリング種、甲州種、ナイアガラ種、ネオ・マスカット種、巨峰種、デラウェア種、マスカットベリーA種、白羽種(リカチテリ種)、セレサ種、ミラトルガウ種等、ヴィニフェラ種、ヴィニフェラ系交雑種、非ヴィニフェラ系交雑種など種々の品種のブドウ種子より、有機溶媒抽出等の方法により得られたものが好ましく用いられ、商品名「グラヴィノールF」、「グラヴィノールT」、「グラヴィノールN」(キッコーマンバイオケミファ株式会社製)等の市販品を好ましく用いることができる。また、本発明の目的には、ブドウ種子抽出物として、プロアントシアニジン含有量が14重量%以上であるものが好ましく、29重量%以上であるものがより好ましい。
本発明の殺ノロウイルス組成物におけるプロアントシアニジン含有量は、0.002重量%〜0.1重量%であり、好ましくは0.005重量%〜0.02重量%である。プロアントシアニジン含有量が0.002重量%未満であると、十分な殺ノロウイルス効果が得られず、また、0.1重量%を超えると、組成物の安定性が低下し、着色による影響が大きくなるため、好ましくない。
【0017】
本発明の殺ノロウイルス組成物は、プロアントシアニジンを水または極性有機溶媒もしくは水と極性有機溶媒との混合溶液に溶解して提供することが好ましい。極性有機溶媒としては、エタノール、イソプロパノール等の低級アルコールが好ましく、殺ノロウイルス効果を増強する点で、エタノールがより好ましい。さらには、エタノール水溶液を用いることが好ましい。
エタノール水溶液におけるエタノールの濃度は、43重量%〜52重量%(約50容量%〜約60容量%)が最適である。エタノールについては、通常、60重量%〜73重量%(約68容量%〜約80容量%)の高濃度において殺菌性が高いことが知られているが、52重量%(約60容量%)を超える濃度のエタノール溶液については、消毒対象物の材質によっては変質することがあり、手指などに付着した際に肌が荒れることもある。また、60重量%以上では消防法上危険物として扱われ、取り扱いにおいて制限を受けることがある。一方、速乾性が求められるような場合には、43重量%よりも低濃度では、水分量が多く乾きにくいため使用しづらいことがある。
なお、速乾性が必要でなく、消毒対象物が有機溶媒により変質するおそれのある場合には、溶媒として水を用いることが好ましい。
【0018】
本発明において、殺ノロウイルス組成物のpHは、5.5〜8に調整することが好ましい。組成物の液性が酸性となると、金属に対して腐食性を示すことがあり、塩基性となると、製剤安定性が低下することがあり、また、皮膚を侵すことがあるためである。さらには、pH6〜7の中性域に調整することがより好ましい。
【0019】
本発明の殺ノロウイルス組成物におけるpHの調整は、公知のpH調整剤や緩衝液により行うことができる。pH調整剤としては、塩酸、硝酸、硫酸、リン酸等の無機酸;乳酸、クエン酸、コハク酸、グルコン酸、アスコルビン酸等の有機酸およびこれらの塩;水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物;炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム等の炭酸塩などが挙げられる。また、緩衝液としては、リン酸緩衝液、クエン酸リン酸緩衝液、乳酸緩衝液などが挙げられる。本発明の殺ウイルス組成物においては、乳酸および乳酸ナトリウム、アスコルビン酸およびアスコルビン酸ナトリウム等の有機酸および有機酸塩を用いてpHを調整することが好ましい。
【0020】
本発明の殺ノロウイルス組成物には、プロアントシアニジンの他に、本発明の特徴を損なわない範囲で、アシクロビル等の一般的な抗ウイルス成分、フェノキシエタノール、グルコン酸クロルヘキシジン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、塩酸アルキルジアミノエチルグリシン、イソプロピルメチルフェノール等の一般的な抗菌成分を含有させることもできる。
【0021】
また、一般生菌に対する除菌力を増強するため、グリセリン脂肪酸エステルを加えても、殺ノロウイルス活性には影響しないため、問題はない。
本発明の殺ノロウイルス組成物に用い得るグリセリン脂肪酸エステルとしては、グリセリンモノカプリン酸エステル、グリセリンモノラウリン酸エステル、グリセリンモノミリスチン酸エステル、グリセリンモノパルミチン酸エステル、グリセリンモノステアリン酸エステル、グリセリンモノイソステアリン酸エステル、グリセリンモノオレイン酸エステル、グリセリンモノベヘン酸エステル等のグリセリンモノ脂肪酸エステル;グリセリンジステアリン酸エステル、グリセリンジイソステアリン酸エステル、グリセリンジオレイン酸エステル等のグリセリンジ脂肪酸エステル;酢酸モノグリセリド、クエン酸モノグリセリド、コハク酸モノグリセリド、ジアセチル酒石酸モノグリセリド、乳酸モノグリセリド等のモノグリセリド誘導体などが挙げられる。本発明においては、これらより1種または2種以上を選択して用いることができる。
一般生菌に対する除菌力増強効果からは、グリセリンモノカプリル酸エステル、グリセリンモノカプリン酸エステル、グリセリンモノラウリン酸エステル等、炭素数8〜12の脂肪酸のグリセリンモノ脂肪酸エステルを用いることが好ましく、殺ノロウイルス組成物全量に対する含有量は、0.01重量%〜0.5重量%とすることが好ましい。また、0.2重量%〜0.4重量%とすることがより好ましい。
【0022】
さらに本発明の殺ノロウイルス組成物には、殺ノロウイルス活性や組成物の安定性等に影響を与えない範囲において、洗浄性や起泡性の付与を目的として、上記グリセリン脂肪酸エステル以外の界面活性剤を添加することができる。かかる界面活性剤としては、第1級〜第3級の脂肪アミン塩、第4級アンモニウム塩、2−アルキル−1−アルキル−1−ヒドロキシエチルイミダゾリニウム塩等の陽イオン性界面活性剤;N,N−ジメチル−N−アルキル−N−カルボキシメチルアンモニウムベタイン等のアルキルベタイン型、N,N−ジアルキルアミノアルキレンカルボン酸等のアミノカルボン酸型、N,N,N−トリアルキル−N−スルホアルキレンアンモニウムベタイン等のアルキルスルホベタイン型、2−アルキル−1−ヒドロキシエチル−1−カルボキシメチルイミダゾリニウムベタイン等のイミダゾリン型両性界面活性剤などを用いることができる。また、増泡、製剤安定性の向上、着色、着香等を目的として、アラビアゴム、カラギーナン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシセルロース、ポリアクリル酸ナトリウム等の水溶性高分子;エチレンジアミン四酢酸ナトリウム、トリポリリン酸、ヘキサメタリン酸塩等の金属イオン封鎖剤;塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸ナトリウム等の無機塩;色素;香料などを添加してもよい。
【0023】
本発明の殺ノロウイルス組成物は、ノロウイルス属に属するウイルスに対して優れた殺ウイルス活性を示すが、その他のカリシウイルス科(Caliciviridae)ウイルス、ピコルナウイルス科(Picornaviridae)ウイルス、パルボウイルス科(Parvoviridae)ウイルス、パピローマウイルス科(Papillomaviridae)ウイルス、ポリオーマウイルス科(Polyomaviridae)ウイルス、アデノウイルス科(Adenoviridae)ウイルス等、ノロウイルス以外の非エンベロープウイルスに対しても良好な殺ウイルス活性を示す。
【0024】
本発明において「殺ノロウイルス組成物」とは、ノロウイルスの感染能力または増殖能力を除去または低下させるのみではなく、ノロウイルスに直接作用し、そのカプシドタンパク質の構造に影響を与えること等により、ノロウイルス遺伝子を露出させ、環境中のリボヌクレアーゼ(RNase)の作用を受けやすい状態とするなどして、結果として消失せしめる効果を有する組成物をいう。
【0025】
また、本発明の殺ノロウイルス組成物は、1分間という短時間の作用でノロウイルスに対し、十分な殺ウイルス活性を示す。
【0026】
本発明の殺ノロウイルス組成物は、そのまま、または各種担体、他の界面活性剤、殺菌剤等の添加成分などを加えて、消毒剤または殺菌洗浄剤とすることができる。本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤は、液状、ゲル状、粉末状等の種々の形態で提供することができるが、短時間に広範囲の消毒対象物に作用させる上で、液状とすることが好ましい。液状の消毒剤または殺菌洗浄剤は、ローション剤、スプレー剤等として提供することができ、計量キャップ付きボトル、トリガータイプのスプレー容器、スクイズタイプもしくはディスペンサータイプのポンプスプレー容器等に充填し、散布または噴霧等して用いることができる。
【0027】
本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤は、病室、居室、調理室、浴室、洗面所、トイレ等の施設内の消毒、殺菌洗浄、テーブル、椅子、寝具等の家具類、食器、調理器具、医療用品等の器具または機器、装置などの消毒、殺菌洗浄など、ウイルスが存在する可能性のある場所、またはウイルスに汚染されている可能性のある物の消毒、殺菌洗浄などに幅広く用いることができる。
【0028】
本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤は、消毒対象物の表面がまんべんなく濡れる程度の量を用いればよい。また、消毒対象物に対する本発明の消毒剤または殺菌洗浄剤の作用時間は短時間でよく、1分〜5分で十分な消毒または殺菌洗浄効果を得ることができる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、以下において、「%」は特に記載のない限り、重量%を意味する。
【0030】
[実施例1〜7]
表1に示す処方に従い、ブドウ種子抽出物およびグリセリン脂肪酸エステルをそれぞれイオン交換水またはエタノール溶液に添加、溶解し、殺ノロウイルス組成物を調製した。なお、ブドウ種子抽出物としては、「グラヴィノールT」(キッコーマンバイオケミファ株式会社製、プロアントシアニジン含有量=29%)を、グリセリン脂肪酸エステルとしては、グリセリンモノカプリン酸エステル(「サンソフト760」、太陽化学株式会社製)を用いた。
実施例1の殺ノロウイルス組成物のpHを測定したところ、4.88であった。また、実施例7の殺ノロウイルス組成物については、乳酸および乳酸ナトリウムにより、pHを7.0とした。
【0031】
【表1】

【0032】
[試験例1]
培養系が確立しているネコカリシウイルスをノロウイルスの代替として用い、50%培養細胞感染濃度法(以下TCID50法)によりウイルス感染抑制効果を評価した。
使用したネコカリシウイルス(以下FCV)はFCV−F9株で、供試細胞はネコ腎細胞(以下CRFK細胞)である。CRFK細胞はダルベッコ修正イーグル培地(D−MEM)に牛胎児血清(FBS)を10%加えた培地(D−MEN F10)を用いて培養し、FBSの終濃度が5%を超えるように、細胞数に応じて適宜培地の調整を行った。また、試験用の維持培養は、D−MEM基礎培地にFBSを1%加えた培地(D−MEM F1)を用いて行った。
【0033】
ウイルス感染抑制効果は、本発明の殺ノロウイルス組成物の消毒対象物が水分含量の高い環境に存在する場合の多いことを考慮し、また、殺ノロウイルス組成物に含まれるエタノールのタンパク質変性作用により、ウイルスカプシドタンパク質が影響を受ける可能性を考慮して、供試ウイルス液と試料液を1対1の等量で1分間または5分間作用させる条件にて評価した。なお、供試ウイルス液としては、FCV−F9株をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)により、logTCID50/mLとして6.0となるように調製した懸濁液を用いた。
感染価を求めるために、供試ウイルスと試料の作用液をD−MEM F1で10倍に段階希釈していき、96穴マイクロプレートの各穴に、D−MEM F1で培養したCRFK細胞を5×10cfu/穴となるように播種し、各希釈段階の前記作用液をそれぞれ4ウェルずつ接種して、36℃、5%COのCO2インキュベーターで5〜7日間培養し、細胞変性効果(CPE)を顕微鏡下で観察して、TCID50/mLの値をリード−メンチ(Reed−Muench)法により算出した。
対照として、試料液の代わりにPBSを用いる以外は同様に操作して感染価を求めた。対照の感染価の対数値(logTCID50/mL)から試料液と作用させたウイルスの感染価の対数値(logTCID50/mL)を差し引いた値(ΔlogTCID50/mL)を求め、この減少値が3を超えた場合に、十分な感染抑制効果があると判断した。なお、58容量%エタノール水溶液、75容量%エタノール水溶液、およびブドウ種子抽出物を0.005%となるように58容量%水溶液に添加したものを、それぞれ比較例1〜3の組成物とした。
【0034】
TCID50法によるウイルス感染抑制効果についての評価結果を表2に示した。
【0035】
【表2】

【0036】
表2より明らかなように、本発明の実施例1〜7の各組成物においては、1分間の作用でも3.0以上のΔlogTCID50/mL値が得られており、良好なウイルス感染抑制効果が認められた。また、ブドウ種子抽出物の濃度依存的に、ウイルス感染価の減少する傾向が見られた。
一方、58容量%エタノール水溶液(比較例1)については、ウイルス感染抑制効果は見られず、75容量%エタノール水溶液(比較例2)、および0.005重量%のブドウ種子抽出物を含有する58容量%エタノール水溶液(比較例3)についても、5分間作用させた場合においても十分なウイルス感染抑制効果は見られなかった。
なお、58容量%エタノール水溶液を作用させた場合(ウイルスとの作用液中のエタノール濃度は29容量%)には、ウイルスカプシドタンパク質に影響を与えないことが確認されたが、75容量%エタノールを作用させた場合(ウイルス作用液中のエタノール濃度は38容量%)には、ウイルスカプシドタンパク質に対して若干の影響があることが確認された。従って、抗ウイルス成分の効果を評価する際は、ウイルスとの作用液中のエタノール濃度が38容量%を超えないようにする必要がある。
【0037】
[試験例2]
上記試験例1において見られたネコカリシウイルスに対する感染抑制効果が、ウイルス遺伝子の消失によるものであるかどうかについて、下記の通りRT−PCR法により検討した。
すなわち、ネコカリシウイルスFCV−F9株のlogTCID50/mL値が4.5となるようにPBSで調整して供試ウイルス液とし、0.5mLずつ等量の試料液(上記実施例4および比較例1の各組成物)と混合して1分間ローテーターで作用させた。その後、直ちに前記作用液140μLを採取し、QIAGEN社のQIAamp(登録商標)Viral RNA Miniキットを用いてウイルスRNAの抽出を行った。なお、対照として、供試ウイルス液0.5mLをPBS 0.5mLと混合し、同様に処理してウイルスRNAを抽出した。抽出したウイルスRNAに対し、ランダムヘキサマーおよび逆転写酵素を用いて、cDNAを得た。得られたcDNAを鋳型とし、FCV−8F、FCV−8Rをプライマーとして用いてPCRを行った。前記プライマーについては、Sakai, Sら;Vet. Res. Com., 30, 293-305, (2006)を参考とした。なお、ネコカリシウイルス遺伝子を検出できるならば別のプライマーを用いても構わない。
得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動で泳動分離し、ウイルス遺伝子の検出を行った。
結果を図1に示す。
【0038】
図1のウェルは、左からラダーマーカー(100bp)、実施例4の組成物とウイルスとを作用させた液から抽出した遺伝子についてのPCR産物(1)、比較例1の組成物とウイルスとを作用させた液から抽出した遺伝子についてのPCR産物(2)、対照についてのPCR産物(3)、ラダーマーカー(100bp)、をそれぞれ入れて泳動した結果である。図1において、本発明の実施例4の組成物を作用させた場合(1)にはウイルス遺伝子に対応するバンドは検出されず、ネコカリシウイルス遺伝子が消失していることが示された。
【0039】
[試験例3]
ノロウイルスに対する本発明の組成物の効果を、下記の通りRT−PCR法により検討した。
ノロウイルスは実験室的に培養することができないため、ノロウイルス患者の糞便から粗精製されたノロウイルスサンプル(ウイルス力価はおよそ8.0と推定される)をPBSで10倍希釈して供試ノロウイルス液とし、試料液とウイルス液とをそれぞれ0.1mLずつ等量混合して1分間ローテーターで作用させた。その後、直ちに前記作用液140μLを採取し、QIAGEN社のQIAamp(登録商標)Viral RNA Miniキットを用いてウイルスRNAの抽出を行った。なお、試料としては、本発明の上記実施例2〜4の各組成物と、比較例1の組成物を用いた。また対照として、供試ウイルス液0.1mLをPBS 0.1mLと混合し、同様に処理してRNAを抽出した。
抽出したウイルスRNAに対し、ランダムヘキサマーおよび逆転写酵素を用いて、cDNAを得た。得られたcDNAを鋳型として、G2−SKF、G2−SKRをプライマーとして用いてPCRを行った。前記プライマーについては、厚生労働省ホームページ、食中毒関連情報より「ノロウイルスの検出法」(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/kanshi/dl/031105-1a.pdf)の図3および表11を参考とした。なお、ノロウイルス遺伝子が検出できるならば、別のプライマーを用いても構わない。
得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動で泳動分離し、ウイルス遺伝子の検出を行った。
結果を図2に示す。
【0040】
図2のウェルは、左からラダーマーカー(100bp)、実施例3の組成物とウイルスとを作用させた液から抽出した遺伝子のPCR産物(4)、実施例4の組成物とウイルスとを作用させた液から抽出した遺伝子のPCR産物(5)、実施例2の組成物とウイルスとを作用させた液から抽出した遺伝子のPCR産物(6)、比較例1の組成物とウイルスとを作用させた液から抽出した遺伝子のPCR産物(7)、対照についてのPCR産物(8)、ラダーマーカー(100bp)、をそれぞれ入れて泳動した結果である。
図2より、実施例4の組成物を作用させた場合(5)および、実施例2の組成物を作用させた場合(6)において、増幅されたノロウイルス遺伝子(約340bp)が消失していることが確認された。また、実施例3の組成物を作用させた場合(4)には、ノロウイルス遺伝子のバンドは確認されるもののかなり薄く、今回行ったRT−PCR法による評価において、ノロウイルス遺伝子が検出限界以下となるには至らなかったが、増幅されたノロウイルス遺伝子の顕著な減少が認められた。なお、ゲルの下部に見られる薄いバンドは、プライマー等の遺伝子断片である。
一方、比較例1の組成物を作用させた場合(7)には、対照(8)と同様に、増幅されたノロウイルス遺伝子の減少は見られなかった。
【0041】
上記した試験例3の結果から、本発明の殺ノロウイルス組成物は、ウイルスまたは宿主細胞の表面への吸着や、ウイルスの酵素との結合等を介して、ウイルスの宿主細胞への感染能力または宿主細胞での増殖能力を低減または阻害する従来の抗ウイルス組成物とは異なり、ノロウイルス遺伝子を消失せしめる効果を有することから、環境中に存在するノロウイルスの除去を促進し、かつ宿主への感染を防止する効果の高いものであることが示された。
なお、本発明の殺ノロウイルス組成物がノロウイルス遺伝子を消失せしめる効果については、本発明の組成物が、ノロウイルスに直接作用して、そのカプシドタンパク質の構造に影響を与え、ノロウイルス遺伝子を露出させる等して、RNaseの作用を受けやすくすることによるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上詳述したように、本発明により、調理器具、調理室、食堂、トイレ、洗面場など有機物汚れや水分が多く、次亜塩素酸ナトリウムの効果が期待できない場合や、金属腐食等の消毒対象物の材質の変質等が予想されるため、次亜塩素酸ナトリウムを使用できない場合でも、簡便かつ安全に使用でき、かつ着色等により、消毒対象物に悪影響を及ぼすことの少ない殺ウイルス組成物を提供することができる。さらに本発明によれば、直接的にノロウイルスに作用して、その遺伝子を消失せしめることにより殺ノロウイルス効果を発揮するため、短時間の作用により有効にノロウイルスによる食中毒の発生と拡大を防止でき、消毒対象物に残留しても安全性上問題のない殺ノロウイルス組成物を提供することができる。
【符号の説明】
【0043】
1 実施例4の組成物とネコカリシウイルスとを作用させた液より抽出した遺伝子のPCR産物
2 比較例1の組成物とネコカリシウイルスとを作用させた液より抽出した遺伝子のPCR産物
3 対照の遺伝子のPCR産物
4 実施例3の組成物とノロウイルスとを作用させた液より抽出した遺伝子のPCR産物
5 実施例4の組成物とノロウイルスとを作用させた液より抽出した遺伝子のPCR産物
6 実施例2の組成物とノロウイルスとを作用させた液より抽出した遺伝子のPCR産物
7 比較例1の組成物とノロウイルスとを作用させた液より抽出した遺伝子のPCR産物
8 対照の遺伝子のPCR産物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロアントシアニジンを0.002重量%〜0.1重量%含有する、殺ノロウイルス組成物。
【請求項2】
0.002重量%〜0.1重量%のプロアントシアニジンを、43重量%〜52重量%のエタノール水溶液に含有してなる、殺ノロウイルス組成物。
【請求項3】
プロアントシアニジンがブドウ種子抽出物として含有される、請求項1または2に記載の殺ノロウイルス組成物。
【請求項4】
組成物のpHが5.5〜8である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の殺ノロウイルス組成物。
【請求項5】
さらにグリセリン脂肪酸エステルを含有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の殺ノロウイルス組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の殺ウイルス組成物を含有する、消毒剤。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の殺ウイルス組成物を含有する、殺菌洗浄剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2013−47196(P2013−47196A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−186419(P2011−186419)
【出願日】平成23年8月29日(2011.8.29)
【出願人】(397056042)攝津製油株式会社 (4)
【Fターム(参考)】