説明

比表面積の測定方法

【課題】BET法のように液体窒素を使用せず、被測定物の冷却および加熱操作を伴わない迅速かつ簡便な方法で、複合材料中の粉体についても比表面積を測定できるようにする。
【解決手段】小角X線散乱法によって得られる小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値であるX線散乱積分強度と、比表面積とがほぼ直線関係にあることに基づき、被測定物についてX線散乱積分強度を求め、既知のX線散乱積分強度と比表面積の関係から比表面積を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小角X線散乱法を用いた比表面積の測定方法に関する。更に詳しくは、被測定物由来のX線の散乱角度と散乱強度の関係を示す小角X線散乱曲線を求め、得られた小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値であるX線散乱積分強度から、被測定物の比表面積を測定する比表面積の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被測定物の単位質量あたりの表面積、すなわち比表面積を測定する方法として、BET法が知られている。これは、被測定物の入った試料セルに混合ガス(通常、N2:30%、He:70%)を流し、試料セルを液体窒素温度に冷却すると、被測定物の表面にN2ガスだけが吸着する特性と、この試料セルを常温に戻すと被測定物に吸着したN2ガスが脱離する特性とを利用したものである。N2ガス吸着量または脱離量は、熱伝導検出器等で検出し、表面積に換算される。
【0003】
この方法は、固体表面での吸着現象を利用しているため、あらかじめ吸着している水分等を測定前に除く操作、すなわち脱気操作が必要であり、通常100℃〜200℃に加熱しながら1時間〜1日かけて脱気操作が行われる。
【0004】
【非特許文献1】粉体工学会編「粉体工学便覧 第2版」p.47,日刊工業新聞社(1998)
【非特許文献2】日本工業規格JIS R 1626:1996「ファインセラミックス粉体の気体吸着BET法による比表面積の測定方法」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、BET法では液体窒素を用いた冷却操作および脱気操作における加熱操作が必要である。このため、冷却操作における凍傷と加熱操作におけるやけどに対して、安全上の注意が必要である。加えて、脱気処理を含む、測定に要する時間は、被測定物1点あたり1時間以上である。また、嵩の高い被測定物について測定を行う場合には、ガスの流動に伴って被測定物が試料セル内から流出し、正しい結果が得られないことがある。さらには、BET法を適用できる被測定試料の形態は粉体に限られており、複合材料中の粉体、例えば樹脂中に混練した粉体の比表面積を直接測定することは測定原理的に不可能で、適用できる被測定物の範囲が狭い問題がある。
【0006】
本発明の目的は、BET法のように液体窒素を使用せず、被測定物の冷却および加熱操作を伴わない迅速かつ簡便な方法で、複合材料中の粉体についても比表面積を測定できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、小角X線散乱法によって測定されるX線の散乱角度と散乱強度の関係を示す小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値であるX線散乱積分強度と、比表面積との間に相関関係があることを本発明者らが見出したことによってなされたものである。
【0008】
すなわち、本発明は、被測定物について、小角X線散乱法によって測定されるX線の散乱角度と散乱強度の関係から小角X線散乱曲線を求め、この小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値である被測定物のX線散乱積分強度を求め、この被測定物のX線散乱積分強度と、比表面積が既知の複数の基準物から予め求めた基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係とから、被測定物の比表面積を算出することを特徴とする比表面積の測定方法を提供するものである。
【0009】
上記本発明は、基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係を、複数の基準物についてそれぞれ小角X線散乱曲線を求め、各基準物の小角X線散乱曲線について、所定の基準散乱角度で所定の基準散乱強度となる係数をかけて規格化し、規格化した各基準物の小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値である基準物のX線散乱積分強度と既知の比表面積との関係として求めること、
被測定物の小角X線散乱曲線を、基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係を求める際と同じ基準散乱角度で同じ基準散乱強度となる係数をかけて規格化し、規格化した被測定物の小角X線散乱曲線から被測定物のX線散乱積分強度を求めること、
小角X線散乱法による測定範囲が、散乱角度5°以下の範囲であること、
測定する被測定物の比表面積が、30m2/g〜200m2/gの範囲であること、
被測定物が非晶質シリカ微粒子であること、
をその好ましい態様として含むものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、小角X線散乱法によって比表面積を測定することができるので、BET法のように液体窒素を使用せず、しかも被測定物の冷却および加熱操作を行わずに測定することができる。従って、冷却操作における凍傷と加熱操作におけるやけどの危険をなくすことができると共に、測定時間を大幅に短縮することができる。具体的には、測定に要する時間は被測定物1点あたり30分程度であり、従来のBET法に比べ約1/2に測定時間を短縮でき、迅速かつ簡便に測定できる。
【0011】
また、被測定物と気体を接触させる必要がないので、被測定物近傍での気体の流れや気圧変化による測定精度の低下がなく、嵩の高い被測定物についても、気体との接触により被測定物が移動することないので、精度の高い測定が可能である。
【0012】
さらには、被測定物である粉体が、例えば合成樹脂などのX線透過性の材料と複合されていても、被測定物である粉体とX線透過性の材料を分離することなく、複合材料のまま測定に供することができ、被測定物の範囲を広げることができる。
【0013】
特に、基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係と、被測定物のX線散乱積分強度をもとめる際に、それぞれ小角X線散乱曲線を規格化すると、基準物及び被測定物の測定試料量のバラツキなどによる誤差を防止することができる。
【0014】
本発明は、小角X線散乱法による測定範囲が散乱角度5°以下の範囲である場合、測定する被測定物の比表面積が30m2/g〜200m2/gの範囲である場合に高い精度を得やすく、例えば非晶質シリカ微粒子の比表面積の測定に有益である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明をさらに説明する。
【0016】
小角X線散乱法によると、粒径または空孔径が0.1μm以下の被測定物にX線を照射することにより生じる、入射線方向に散漫な散乱を測定することができる。この散乱は、被測定物の内部構造には無関係に、散乱角度が0°〜5°位の範囲で観測され、粒径または空孔径が小さいほど散乱曲線が広がりをもつ。
【0017】
本発明では、小角X線散乱法により、被測定物についてのX線の散乱角度と散乱強度の関係を示す小角X線散乱曲線を求める。
【0018】
小角X線散乱法自体は従来周知であり、本発明におけるX線の散乱角度と散乱強度の測定は、この周知の方法で行うことができる。小角X線散乱法による測定には、小角散乱装置や点収束カメラを用いることができる。
【0019】
本発明における被測定物としては、例えば、粒径または空孔径が0.1μm以下の粉体が適している。また、この被測定物は、上記のような粉体単独の形態で存在する場合は勿論のこと、例えば合成樹脂などのX線透過性の物質と複合されたものでもよい。
【0020】
本発明では、小角X線散乱法により、被測定物について、X線の散乱角度と散乱強度の関係から小角X線散乱曲線を求め、この小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値である被測定物のX線散乱積分強度を求める。さらに具体的には、例えば横軸を散乱角度、縦軸を散乱強度とした座標系に被測定物の小角X線散乱曲線を描き、小角X線散乱曲線の始点(測定範囲内における最も散乱角度の小さい側の点)から横軸に垂線を引き、そして小角X線散乱曲線の終点(測定範囲内における最も散乱角度の大きい点)から横軸に垂線を引き、これらの垂線と横軸と小角X線散乱曲線とで囲まれた面積を被測定物のX線散乱積分強度として求める。小角X線散乱曲線の終点は、上記カッコ書きのように、測定範囲内における最も散乱角度の大きい点である。
【0021】
本発明者等が見出したところによると、X線散乱積分強度と比表面積はほぼ直線関係にあることから、表面積が既知の複数の基準物から基準物のX線散乱積分強度と比表面積の関係を求めておけば、上記被測定物のX線散乱積分強度を、この基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係に当てはめることにより、被測定物の比表面積を知ることができる。
【0022】
なお、X線散乱積分強度と比表面積の関係は、材質の異なる物質間では異なる関係となる。このため、被測定物の材質が異なる場合は、新たにこの被測定物と同じ材質で比表面積が既知の基準物を用いてX線散乱積分強度と比表面積の関係を求め、この関係に基づいて測定することになる。
【0023】
基準物のX線散乱積分強度を求める場合と、被測定物のX線散乱積分強度を求める場合の両者について、それぞれ小角X線散乱曲線を規格化することが好ましい。この規格化は、例えば被測定物の測定条件と、基準物の測定条件とを一致させておくことで省略することもできるが、通常、測定条件を厳密に合わせることは困難であることから、X線散乱積分強度の算出に先だって規格化を行うことが好ましい。
【0024】
規格化は、被測定物の測定試料量などの測定条件の差異によるX線散乱強度のずれを補正するためのもので、散乱角度の大きい側で予め設定されている基準散乱角度におけるX線の散乱強度が予め設定されている基準散乱強度となるよう、小角X線散乱曲線に適切な係数をかけること〔小角X線散乱曲線をX線散乱積分強度を示す軸(通常縦軸)に沿って平行移動させること〕で行うことができる。
【0025】
さらに説明すると、基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係は、例えば検量線として求めることができる。検量線は、通常、比表面積が既知の複数の基準物について、それぞれ小角X線散乱法により小角X線散乱曲線を計測し、規格化した各基準物の小角X線散乱曲線について、始点から終点までの散乱角度についての積分値であるX線散乱積分強度をそれぞれ求めることで得ることができる。つまり、X線散乱積分強度を縦軸(又は横軸)とし、比表面積を横軸(又は縦軸)とした座標系に、求めたX線散乱積分強度と、それに対応する既知の比表面積とを座標とする点をプロットし、各プロットを結ぶ直線として求められる。比表面積は、この検量線を基準にして求めることができることから、被測定物から得られた小角X線散乱曲線を規格化する際の基準散乱角度と、該基準散乱角度における基準散乱強度とは、検量線を求める際の規格化の基準散乱角度と、該基準散乱角度における基準散乱強度と等しい値として予め定められる。
【0026】
元々小角X線散乱法は、散乱角度が0〜5°程度の範囲のX線の散乱強度を測定するものであることから、本発明における小角X線散乱法による測定範囲も、測定精度を維持するために、散乱角度が5°以下の範囲であることが好ましい。また、本発明は、測定する被測定物の比表面積が30m2/g〜200m2/gの範囲である場合に高い精度を得やすいことから、このような範囲の比表面積の測定に用いることが好ましい。具体的には、例えば非晶質シリカ微粒子の比表面積の測定に有益である。
【実施例】
【0027】
以下に実施例をあげてさらに具体的に本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
実施例1
試料として、表1に示す合成非晶質シリカ粉末を用意した。これらの試料は、内径1mm×高さ30mmのガラスキャピラリを満たすように充填して測定に供した。
【0029】
【表1】

【0030】
上記の試料1〜4について、それぞれ小角X線散乱法に基づく小角X線散乱曲線の測定を行った。この測定には、小角X線散乱装置ユニットCN2230F型(株式会社リガク製)を使用した。
【0031】
測定条件はCuKα特性X線を使用し、管電圧40kV、管電流30mA、測定散乱角度は0.1°〜1°であり、測定に要した時間は約20分である。このとき得られた小角X線散乱曲線の一例を図1に示す。散乱角度1°のX線散乱強度で各試料のX線散乱曲線を規格化した後、X線散乱積分強度を求めた。得られたX線散乱積分強度を表1に示す。なお、図1における斜線領域がX線散乱積分強度を示す。
【0032】
測定に用いた試料1〜4の比表面積と、上記によって得たX線散乱積分強度の関係を図2に示す。
【0033】
図2から明らかなように、試料1〜4の既知の比表面積と、試料1〜4のX線散乱積分強度とは、ほぼ直線関係にあることが分かる。従って、未知の合成非晶質シリカ粉末の比表面積は、そのX線散乱積分強度を求め、図2の検量線に当てはめることで求めることができる。
【0034】
実施例2
上記実施例1で求めた、X線散乱積分強度と比表面積の関係、すなわち検量線に、表2に示す試料5〜7より得られたX線散乱積分強度を当てはめて比表面積を算出し、BET法による値と比較した。本発明法の比表面積は、BET法による値と大きな相違がなく、本発明により比表面積を測定できることが分かる。なお、本発明法による比表面積と、BET法による比表面積を表2に示す。
【0035】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例1で測定した小角X線散乱曲線の一例を示す図である。
【図2】実施例1で得た比表面積とX線散乱積分強度の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物について、小角X線散乱法によって測定されるX線の散乱角度と散乱強度の関係から小角X線散乱曲線を求め、この小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値である被測定物のX線散乱積分強度を求め、この被測定物のX線散乱積分強度と、比表面積が既知の複数の基準物から予め求めた基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係とから、被測定物の比表面積を算出することを特徴とする比表面積の測定方法。
【請求項2】
基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係を、複数の基準物についてそれぞれ小角X線散乱曲線を求め、各基準物の小角X線散乱曲線について、所定の基準散乱角度で所定の基準散乱強度となる係数をかけて規格化し、規格化した各基準物の小角X線散乱曲線の始点から終点までの散乱角度についての積分値である基準物のX線散乱積分強度と既知の比表面積との関係として求めることを特徴とする請求項1に記載の比表面積の測定方法。
【請求項3】
被測定物の小角X線散乱曲線を、基準物の比表面積とX線散乱積分強度との関係を求める際と同じ基準散乱角度で同じ基準散乱強度となる係数をかけて規格化し、規格化した被測定物の小角X線散乱曲線から被測定物のX線散乱積分強度を求めることを特徴とする請求項2に記載の比表面積の測定方法。
【請求項4】
小角X線散乱法による測定範囲が散乱角度5°以下の範囲であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の比表面積の測定方法。
【請求項5】
測定する被測定物の比表面積が30m2/g〜200m2/gの範囲であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の比表面積の測定方法。
【請求項6】
被測定物が非晶質シリカ微粒子であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の被測定物の比表面積の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−133221(P2006−133221A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−293191(P2005−293191)
【出願日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】