説明

気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ

【課題】 気液界面でも安定した高い信号雑音比(SNR)を得ることができる、気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサを提供する。
【解決手段】 気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、シリコン薄膜に数μmの単位の幅のスリット2Bを形成することによって作製されたカンチレバー2Aを、気体と溶液の気液界面に配置することにより、気体4に面する面における親水性負荷を取り除き高い信号雑音比(SNR)が得られるようにし、レーザーを用いて駆動した前記カンチレバー2Aの共振周波数を前記気体4側に配置した監視装置5によって測定するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサに関するものである。
【背景技術】
【0002】
MEMS(微小電子機械システム)により作製したマイクロカンチレバーは、高感度であるという利点により、様々な研究分野で用いられている。例えば、バイオセンサなどのバイオ応用向けに液中環境での調査に適用することが試みられてきた。
図13は従来の継続的監視のための閉ループフィードバック実験システムの模式図である。
【0003】
この図において、100はバイオセンサデバイスであり、このバイオセンサデバイス100は、ステージ101、スライドガラス102、ウェハ上に作製したカンチレバー103、液体セル104、液体105からなる。110は光学系であり、この光学系110は対物レンズ(マイクロスコープ)111、反射ミラー112,113,114、カンチレバー103を観察するためのCCDカメラ115からなる。120はカンチレバー103を励振するためのレーザーダイオード(波長405nm)、130はカンチレバー103の振動を計測するためのレーザードップラー干渉計、140はカンチレバー103をその共振周波数で振動させるための位相同期ループ(PLL)回路であり、このPLL回路140は、信号発生器141、ロックイン増幅器142、第1の並列インターフェース143、第2の並列インターフェース144からなる。150は共振周波数の変調信号を記録するデータロガーである。
【0004】
ここで、継続的監視のための閉ループフィードバック実験システムは、(1)バイオセンサデバイス100におけるレーザーダイオード120からの405nm波長のレーザー光(A)によりカンチレバー103を励振し、(2)レーザードップラー干渉計120におけるヘリウムネオンレーザーからの633nmの波長のレーザー光(B)によりカンチレバー103の振動を計測し、(3)PLL回路140におけるロックイン増幅器142からの位相信号を共振周波数追跡すべき閉ループにフィードバックし、(4)光学系110の対物レンズ111をX軸及びY軸方向に調節できるバイオセンサデバイス100のためのテーブルを有する。
【0005】
すなわち、レーザードップラー干渉計130からの速度信号(Velocity signal)は、レーザードップラー干渉計130及びレーザーダイオード120間の2つの信号を比較するロックイン増幅器142へフィードバックされ、ロックイン増幅器142からの位相信号は第1の並列インターフェース143へ、ロックイン増幅器142からの増幅信号は第2の並列インターフェース144へとそれぞれ送られ、第1の並列インターフェース143からのFM信号は信号発生器141へフィードバックされるとともに、データロガー150へ記録され、第2の並列インターフェース144からのAM信号は信号発生器141へフィードバックされる。
【0006】
バイオセンサデバイス100は、観察テーブル上に配置され、そのカンチレバー103は、観察テーブルの裏面から対物レンズ111を通じてレーザー光を照射することによって観察される。2つのレーザーは、測定及び振動により駆動するように、対物レンズ111を通じて照射される。
図14は従来の液体中における原子間力顕微鏡用カンチレバーの模式図である。
【0007】
この図において、201は液体、202は液体201中に配置された探針202Aを有するカンチレバー、203はサンプル、Aは励振用レーザー、Bは検出用レーザーである。
このように構成することにより、液体中に配置されたカンチレバー202によって、サンプル203の微小凹凸面を計測するようにしている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Jurgen Fritz,“Cantilever biosensors”,Analyst,Vol.133,2008,pp.855−863
【非特許文献2】Thomas P.Burg,Michel Godin,Scott M.Knudsen,Wenjiang Shen,Greg Carlson,John S.Foster,Ken Babcock,Scott R.Manalis,“Weighing of biomolecules,single cells and single nanoparticles in fluid”,nature,Vol.446,2007,pp.1066−1069
【非特許文献3】J.W.Park,O.Ducloux,S.Nishida,H.Fujita,“Continuous Monitoring of Insulin Attachment Kinetics on Photothermally Actuated Microcantilever Biosensor”,Transducers 2009,Denver,USA,June 2009,pp.979−982
【非特許文献4】O.Ducloux,J.W.Park,N.Tiercelin,P.Pernod,V.Preobrazhensky,M.Hamon,Y.Sakai and H.Fujita,“MEMS Resonators Actuated by TbCo/FeCo Nanostructed Magnetostrictive Multilayers in Liquid Environment”,Transducers 2009,Denver,USA,June 2009,pp.1019−1022
【非特許文献5】D.Ramos,J.Tamayo,J.Mertens,and M.Calleja,“Photothermal excitation of microcantilvers in liquids”,Journal of Applied Physics,vol.99,2006,Atn.124904
【非特許文献6】S.Nishida,D.Kobayashi,and H.Kawakatsu,“Photothermal excitation of a single−crystalline silicon cantilever for higher vibration modes in liquid”,Journal of Vacuum Science and Technology B,Vol.27,2009,pp.964−968
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、図14に示すようなカンチレバー202を液体201中に配置する構成では、カンチレバー202周囲の液体201分子のブラウン運動に起因する熱雑音が生じ、また、検出用レーザーBが液体201を通して散乱したり、図14に矢印で示すようにガラスとの界面で屈折したりすることにより、測定ノイズ増加する。さらに、液体201の粘性が高いとカンチレバー202を振動させる際の障害となる。これらの理由から、カンチレバー202の振動を正確に測定し、ナノ/マイクロスケールで現象を理解するための主要素である共振周波数を精密に識別することが困難であった。
【0010】
流体力学的効果を低減させるため、これまでに多数の技術がダイナミックカンチレバーセンサに利用されてきた。上記非特許文献2では、10-4g/mLの分解能で質量密度を計測することができる、懸濁マイクロチャネル共振器(SMR)について研究している。この懸濁マイクロチャネル共振器は、高感度であるものの、マイクロ流路の作製が複雑であり、また、その容積に制限があることは、バイオセンサにとっての欠点と考えられてきた。上記非特許文献3では、カンチレバーを液中で効率的に共振させるため、位置調整可能な光熱励振用レーザーを導入している。さらに、上記非特許文献4では、片面が液体に面しているカンチレバーは他方の自由表面上では親水性負荷(hydrophilic loading)によって生じる減衰効果が少ないという理由で、細胞数測定用バイオセンサの気液界面にカンチレバーを配置している。この研究では、光熱励振技術によって遠隔で作動させ、レーザードップラー振動計(LDV:Laser Doppler Vibrometer)によって計測した、気液界面で共振するMEMSカンチレバーに基づくバイオセンサについて研究している。
【0011】
図15は従来(非特許文献4に示される本発明の発明者らによる先行発明)のカンチレバーセンサの断面図である。
この図において、301はマイクロ流路、302はカンチレバー、303はスリット、304はPDMSからなるカバー、305は空気部、306はガラス基板、307は磁気ひずみ膜である。
【0012】
このバイオセンサにおいては、図15に示すように、カンチレバー302の片面は空気部305に接しているが、その空気部305は下方に配置されたガラス基板306によって密閉されているため、レーザードップラー振動計測時にガラス基板306による乱反射を生じるといった問題があった。
本発明は、上記状況に鑑みて、気液界面でも安定した高い信号雑音比(SNR)を得ることができる、気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、シリコン薄膜に数μm単位の幅のスリットを形成することによって作製されたカンチレバーを、気体と溶液の気液界面に配置することにより、気体に面する面における親水性負荷を取り除き高い信号雑音比(SNR)が得られるようにし、レーザーを用いて駆動した前記カンチレバーの共振周波数を前記気体側に配置した監視装置によって測定するようにしたことを特徴とする。
【0014】
〔2〕上記〔1〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記スリットの幅が2μm〜10μmであり、メニスカス力によって前記溶液が前記気体側に漏れるのを防ぐことを特徴とする。
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記監視装置は、前記カンチレバーの前記気体に面する面から反射されるドップラーレーザーを用いてリアルタイムに前記カンチレバーの共振周波数を監視することを特徴とする。
【0015】
〔4〕上記〔1〕、〔2〕又は〔3〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記カンチレバーの溶液側に溶液を供給するマイクロ流路を配置し、プッシュプル型シリンジポンプを用いて前記溶液の液圧を前記マイクロ流路の両端でそれぞれ制御するとともに、前記プッシュプル型シリンジポンプと前記マイクロ流路を接続するチューブの長さを調整することにより、前記カンチレバーにおける液圧の摂動を補償するようにしたことを特徴とする。
【0016】
〔5〕上記〔4〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記プッシュプル型シリンジポンプと前記マイクロ流路の流入口との間に、前記マイクロ流路内に化学物質を注入するための注入装置を配置することを特徴とする。
〔6〕上記〔4〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記カンチレバーの表面を検出分子に特異的に結合する分子で予め修飾して、分子識別能を付加しておき、前記カンチレバーの表面に前記検出分子が吸着した時に発生する共振周波数の変化を検出することを特徴とする。
【0017】
〔7〕上記〔4〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記マイクロ流路内の液圧を直接測定することを特徴とする。
〔8〕上記〔1〕、〔2〕又は〔3〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記カンチレバーの溶液に面する面に原子間力顕微鏡の探針を具備することを特徴とする。
【0018】
〔9〕上記〔8〕記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記溶液中の生体分子を生理的条件下で観察することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
マイクロ流路に構築された気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、カンチレバーの気体に面する面の親水性負荷を取り除きカンチレバーの変位計測における信号雑音比を向上させることができる。
また、カンチレバーの周波数特性が向上するので、液中原子間力顕微鏡の撮像においてより微小な凹凸情報の検出ができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施例を示す気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサの全体構成図である。
【図2】図1のマイクロカンチレバーセンサのカンチレバーの裏面図である。
【図3】図1のA部拡大図である。
【図4】本発明に係るカンチレバー周囲の異なる環境における周波数特性図である。
【図5】本発明の実施例を示すカンチレバーの製造工程図である。
【図6】本発明に係るカンチレバーの共振周波数を1時間計測した計測値を示す図である。
【図7】プッシュプル型シリンジポンプを使用し、マイクロ流路の両側に向かうチューブの長さを調整して、逆方向の同じ圧力であるべき液圧P1およびP2を平衡させるための実験のセットアップ状態を示す図である。
【図8】本発明に係るカンチレバーの3種類の微小球濃度に対する共振周波数の過渡応答を示す図である。
【図9】本発明に係るカンチレバーの3種類の異なる濃度における微小球の反応動態を示す図である。
【図10】本発明に係るカンチレバーのマイクロ流路内の流速による周波数の変化を示す図である。
【図11】本発明に係る原子間力顕微鏡用カンチレバーの模式図である。
【図12】本発明の実施例を示す原子間力顕微鏡用カンチレバーの製造工程図である。
【図13】従来の液体中で共振するマイクロカンチレバーセンサの模式図である。
【図14】従来の液体中における原子間力顕微鏡用カンチレバーの模式図である。
【図15】従来のカンチレバーセンサの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサは、シリコン薄膜に数μm単位の幅のスリットを形成することによって作製されたカンチレバーを、気体と溶液の気液界面に配置することにより、気体に面する面における親水性負荷を取り除き高い信号雑音比(SNR)が得られるようにし、レーザーを用いて駆動した前記カンチレバーの共振周波数を前記気体側に配置した監視装置によって測定するようにした。
【実施例】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1は本発明の実施例を示す気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサの全体構成図、図2は図1のマイクロカンチレバーセンサのカンチレバーの裏面図、図3は図1のA部拡大図である。
ここでは、バイオセンサ構造について説明する。
【0023】
これらの図において、1はPDMSからなるカバー、2はSOIウェハからなり、カンチレバー構造を有するデバイス、3はマイクロ流路、4は気体部、5はカンチレバーの共振周波数の監視装置であり、図13に示したものと同様であるので、その説明は割愛する。
マイクロ流路3に組み込んだカンチレバー2Aを、DRIE(Deep Reactive Ion Etching)プロセスを用いてシリコン・オン・インシュレーター(SOI、Si/SiO2 /Si:5/2/400μm)ウェハ上に作製した。カンチレバー2Aは、図2に示すように、メニスカス力によって液体を維持する数μm幅のスリット2Bを形成することによって、マイクロ流路3の底面に形成した。流体溶液の流入と流出を可能にするため、マイクロ流路3の上に厚さ2mmのPDMSカバー1を加工した。カンチレバー2Aの共振周波数を検出しながら、溶液をマイクロ流路3に流入させ、カンチレバー2Aの上面と接触させるようにした。なお、2CはSiO2 膜である。
【0024】
カンチレバー2Aの固定端部の周辺で加熱強度を変化させることによって、光熱励振用レーザーでカンチレバー2Aを作動させた。最大振幅を有する自由端に位置付けたLDVのビームによって、共振周波数におけるその位相を計測した。位相の偏差は位相同期回路を用いて信号発生器に対して補償した。
なお、図2に示されるカンチレバーは、長さ80μm、幅20μm、厚さ5μmである。スリット2Bの幅は、図3に示されるように、マイクロ流路3中の液体が漏れることなく維持される限り、適宜設定することができる。
【0025】
次に、カンチレバー周囲の環境が異なる場合の周波数特性の比較について説明する。
図4は本発明に係るカンチレバー周囲の環境が異なる場合の周波数特性図であり、大気中〔図4(a)〕、大気と純水との界面〔図4(b)〕、および純水中〔図4(c)〕という3種類の異なる条件でカンチレバーを共振させ、その共振周波数を測定した結果を示す。環境の影響を正確に把握するため、同じカンチレバーを異なる条件で共振させた。
【0026】
大気中では、図4(a)に示すように、カンチレバーはその共振周波数において最も高いQ値を示し、1,191kHzで397であった。
一方、カンチレバーを純水に浸漬させた状態では、図4(c)に示すようにカンチレバー周辺の流体力学負荷(hydrodynamic loading)の影響によって、共振周波数およびQ値は788.5kHzおよび11まで大幅に低下した。さらに、片面が大気に晒されているカンチレバーの場合は、図4(b)に示すように、他の条件の場合の中間である919.5kHzの共振周波数と少なくとも15のQ値を有していた。
【0027】
特に、本発明に係る気液界面におけるカンチレバーのSNRは液中環境のカンチレバーの8倍であるが、これは、カンチレバーが、レーザー検出器とカンチレバー表面との間の界面に、雑音を増加させる液体やガラスカバーなどの妨害層を有さないためである。そのため、その雑音レベルから、理論計算上では8.4×10-12 g程度の低い付加質量を測定することができた。
【0028】
以下、本発明の実験例について説明する。
(A)カンチレバーの作製
図5は本発明の実施例を示すカンチレバーの製造工程図である。
寸法80μm×20μm×5μmのカンチレバーをDRIEプロセスによってSOIウェハ上に作製し、その親水性表面をSiO2 層で覆った。カンチレバーは、厚さ400μmのシリコン最下層上に作製したマイクロ流路に組み込んだ厚さ5μmのシリコン層上に形成した。そのプロセスは次の通りである。
【0029】
(1)図5(a)に示すように、SOIウェハ11を準備する。
(2)図5(b)に示すように、熱蒸着プロセスを用いて厚さ100nmのAl層12をSOIウェハ11の底面に堆積させる。
(3)図5(c)に示すように、Al層12上にフォトレジスタS1818を4000rpmで30秒間スピン塗布し、90℃の熱板上で10分間焼成する。Al層12は、マイクロ流路のDRIEプロセス中のエッチングマスクとしての役割を果たす。
【0030】
(4)図5(d)に示すように、フォトレジスタS1805を用いて厚さ5μmのシリコン層でカンチレバー13をパターニングし、薄いシリコン層上にパターニングしたカンチレバー13を、STS−ICPの「SOIプロセス」を用いて33サイクルで形成する。
(5)図5(e)に示すように、マイクロ流路が予定される領域15を、SiO2 膜14膜まで、STS−ICPの「Tokyoプロセス」を用いて500サイクルで作製し、ピラニア溶液を用いてデバイスを120℃の熱板で15分間洗浄し、次いで純水で数回すすぎを行う。
【0031】
(6)図5(f)に示すように、厚さ2μmの埋め込みSiO2 膜14を、デバイスから7cm離したフィラメント光下で5分間、気相フッ酸(HF)によって除去し、最終的なマイクロ流路が予定される領域15′を形成する。
さらに、カンチレバーの表面を官能基化するため、マイクロ流路側のカンチレバー表面にスパッタリングを施して厚さ130nmのSiO2 を堆積させた。
【0032】
(B)共振周波数の安定化
カンチレバー周囲の様々なスリット幅に関して、静的および動的流動条件における漏れが研究されてきた。マイクロ流路からの溶液の漏れを検証するため、幅2μm〜10μmのスリットを使用した。静的条件では、スリット幅が10μmであっても、スリットはメニスカス力によって漏れを生じることなく溶液を維持した。さらに、動的条件では、純水をマイクロ流路に流したところ、流動速度が生体反応に対する流動速度としてはかなり高速である11,250mm/秒未満のとき、スリットからの漏れはなかった。
【0033】
しかしながら、流入口と流出口の圧送構造が非対称的であるため、マイクロ流路内で生体反応が十分に起こり得る1時間にわたって共振周波数を継続的にモニタしたところ、いくつかの問題が生じた。
図6は本発明に係るカンチレバーの共振周波数を1時間計測した計測値を示す図であり、図6(a)はプル型シリンジポンプを使用した場合、図6(b)のaはプッシュプル型シリンジポンプを使用した場合であり、ピークは規則的に出現した。図6(b)のbはマイクロ流路の流入口/流出口に向かうチューブの長さを調整した後にプッシュプル型シリンジポンプを使用した場合を示している。
【0034】
1つのシリンジポンプのみを適用して液体を注入すると、流体速度が高速になってマイクロ流路内の液圧が減少するため、カンチレバーが液圧の影響を受けやすくなった。共振周波数は1時間計測する間に約15kHz増加し、数時間後に初期レベルに戻った〔図6(a)〕。これを最小限に抑え、マイクロ流路内のカンチレバーの共振周波数を安定させるため、反対の圧力を両方向に同時に印加することができるプッシュプル型シリンジポンプ(push/pull syringe pump)を利用することによって、マイクロ流路の両側で液圧を制御した〔図6(b)のa〕。それに加えて、ポンプと流入口/流出口とを接続するチューブの長さを調整して、流体抵抗を平均化した。その結果、1時間以上にわたって共振周波数を安定させることに成功した〔図6(b)のb〕。
【0035】
このように構成することにより、本発明のカンチレバーは、連続計測中の気液間の環境が非対称的であっても、スリットからの液体の漏れはなく、かつ共振周波数が安定していることが実証された。
図7はプッシュプル型シリンジポンプを使用し、マイクロ流路の両側に向かうチューブの長さを調整して、逆方向の同じ圧力であるべき液圧P1およびP2を平衡させるための実験のセットアップ状態を示す図である。
【0036】
この図において、21はポンプ、22はポンプ21から送り出される第1の流れ、23は注入装置、24は注入装置23の出口に接続される第1のチューブ、25はマイクロ流路、26はマイクロ流路25への流入口、27はマイクロ流路25からの流出口、28は流出口27へ接続される第2のチューブ、29は第2のチューブ28を経てポンプ21に戻される第2の流れである。つまり、化学物質をマイクロ流路25に注入するため、ポンプ21と流入口26との間に注入装置23を採用した。溶液は注入装置23の閉回路に導入し、次いで第1のチューブ24に注入した。
【0037】
(C)異なる濃度の微小球に対する反応動態
直径450nmのカルボキシル化微小球を、アミノ基で官能基化したカンチレバーに連続的に暴露して、異なる濃度に対応する反応動態を確認した。アミノ官能基を表面上に均一に分布させるため、APTES(3−アミノプロピルトリエトキシシラン)溶液、すなわち、APTES5%、純水5%、およびエタノール90%、をカンチレバー上のSiO2 層に30分間適用し、エタノールおよび純水を用いて慎重にすすぎを行った。デバイスは、60℃のオーブン内で一晩完全に乾燥させた。微小球上でアミノ基とカルボキシル基を結び付けるため、EDC〔1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド:水溶性カルボジイミド〕を2mg/mL添加してペプチド結合させた。
【0038】
3種類の異なる微小球懸濁濃度は、3×107 個/mL、3×106 個/mL、3×105 個/mLとし(順に濃度を10分の1ずつにした)、異なるマイクロ流路内の各カンチレバーにそれぞれ適用した。実験は、マイクロ流路内の平均流体速度を2mm/秒として1時間行った。この速度は、プッシュプル型シリンジポンプの体積速度に換算すると5μL/分であった。
【0039】
幅2μmのスリットを有する3つのカンチレバーを3つの異なるマイクロ流路内で用いた。EDC結合緩衝液中でのそれらの共振周波数はそれぞれ、559kHz、587.5kHz、および596.8kHz、Q値は18であった。各カンチレバーは、ロックインアンプを備えた位相同期回路を使用して共振条件で振動させた。共振周波数シフトは、位相のフィードバック電圧に感度30kHz/Vを乗算して計算した。
【0040】
図8は本発明に係るカンチレバーの3種類の微小球濃度に対する共振周波数の過渡応答を示す図であり、図8(a)は微小球濃度が3×107 個/mL、図8(b)は微小球濃度が3×106 個/mL、図8(c)は微小球濃度が3×105 個/mLである(スケールバーは10分を示している)。
この図に示すように、濃度が高いほど反応時間は短くなる。特に、図8(a)に示すように、最も高い濃度では、共振周波数は最初の5分間で大幅に減少し、その後わずかだけ徐々に増加した。対照的に、図8(b),図8(c)に示すように、他の2つの低濃度では、共振周波数はそれぞれ減少し飽和した。
【0041】
図9は本発明に係るカンチレバーの3種類の異なる濃度における微小球の反応動態を示す図であり、図9(a)は3つの条件における共振周波数シフトの正規化プロット図であり、この図において、Aは図8(a)に示した共振周波数の過渡応答、Bは図8(b)に示した共振周波数の過渡応答、Cは図8(c)に示した共振周波数の過渡応答を示している。図9(b)は微小球の濃度に応じて変わる時定数、および結果から導き出された方程式を示す図である。
【0042】
反応動態の方程式[fr ]=[fr0]exp(−kt),fr (式中、fr は共振周波数、fr0は初期共振周波数、tは時間、kは速度定数)によって、kはそれぞれ、濃度の高い順に0.82、0.31、および0.11と算出された。結果として、微小球濃度が10倍になるとkは約2.62倍となる。これは、図9(b)および図中に挿入した方程式で説明されている。
【0043】
上記したように、本発明によれば、バイオ応用向けのカンチレバーを用いて、それを気液界面に配置しその界面で共振させることで、カンチレバー表面の気体側における親水性負荷を取り除き液中環境の場合の8倍のSNRが得られた。
しかしながら、カンチレバー周囲の環境が非対称的であるため、液圧変化の影響を受けやすくなった。プッシュプル型シリンジポンプを利用し、ポンプとマイクロ流路を接続するチューブの長さを調整して、カンチレバーにおける液圧の摂動を補償した。カンチレバーの共振周波数は、大気に晒された表面から反射されるドップラーレーザーを用いてリアルタイムでモニタした。共振周波数は、表面上のアミノ基と微小球のカルボキシル基との間のペプチド結合による負荷質量によって変化した。3種類の異なる濃度は、周波数変化に対して対数関数的に比例することが示された。
【0044】
図10は本発明に係るカンチレバーのマイクロ流路内の流速による共振周波数の変化を示す図である。
スリット付きカンチレバーを用いて、マイクロ流路内の送液圧力を測定するセンサに応用することができる。液体の送液により生じた流路内圧力をカンチレバーの共振周波数変化として図10のように測定することができる。流速の増加に伴い、共振周波数はほぼ線形的に上昇した。これにより、共振周波数変化からカンチレバーに加わる圧力を計算すれば、マイクロ流路内の送液圧力を直接測定することができる。
【0045】
図11は本発明に係る原子間力顕微鏡用カンチレバーの模式図である。
この図において、31はマイクロ流路、32はマイクロ流路への流入口、33はマイクロ流路からの流出口、34は液体中に配置された探針34Aを有するスリット34B付きのカンチレバー、35はサンプル、36は気体部、Aは励振用レーザー、Bは検出用レーザーである。
【0046】
このように構成したので、図14に比べて、励起レーザーAと検出レーザーBの乱反射を生じることがなくなるので、高い信号雑音比の振動信号が得られ、またカンチレバーの気体に面する面の親水性負荷が除去され、カンチレバーの周波数特性が向上するので、マイクロ流路31中においても、カンチレバー34により、サンプル35の微小な凹凸情報を高精度に計測する原子間力顕微鏡としての応用が可能となる。
【0047】
図12は本発明の実施例を示す原子間力顕微鏡用カンチレバーの製造工程図である。
(1)図12(a)に示すように、SOIウェハ41の裏面にAl層42を蒸着する。
(2)図12(b)に示すように、裏面のAl層42をパターニングする。
(3)図12(c)に示すように、SOIウェハ41の表面に探針43A付きのAFMカンチレバー43のプローブをパターニングし、異方エッチングを行う。
【0048】
(4)図12(d)に示すように、表面にスリット43B付きのカンチレバー43の形をパターニングし、DRIEを行う。
(5)図12(e)に示すように、SOIウェハ41のSiO2 膜44まで、裏面のDRIEを行い、マイクロ流路となる領域45を形成する。
(6)図12(f)に示すように、フッ酸でSiO2 膜44をエッチングし、最終的なマイクロ流路となる領域45′を形成する。
【0049】
このようにして、原子間力顕微鏡用カンチレバーを作製することができる。
また、カンチレバーセンサはカンチレバー表面に検出分子を吸着させた時に発生する、共振周波数や静的変位の変化を検出する装置であり、検出分子に特異的に結合するような分子(例えば抗体)であらかじめカンチレバーの表面を修飾しておくことで、分子識別能を付加させることができる。
【0050】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサは、マイクロ流路に構築された気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサのカンチレバー表面の気体側における親水性負荷を取り除きカンチレバーの変位計測における信号雑音比を向上させる気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサとして利用することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 PDMSからなるカバー
2 カンチレバーデバイス
2A,13,34 カンチレバー
2B,34B,43B スリット
2C,14,44 SiO2
3,25,31 マイクロ流路
4,36 気体部
5 カンチレバーの共振周波数の監視装置
11,41 SOIウェハ
12,42 Al層
15,45 マイクロ流路となる領域
15′,45′ 最終的なマイクロ流路となる領域
21 ポンプ
22 第1の流れ
23 注入装置
24 第1のチューブ
26,32 マイクロ流路への流入口
27,33 マイクロ流路からの流出口
28 第2のチューブ
29 第2の流れ
34A,43A 探針
35 サンプル
43 AFMカンチレバー
A 励振用レーザー
B 検出用レーザー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン薄膜に数μm単位の幅のスリットを形成することによって作製されたカンチレバーを、気体と溶液の気液界面に配置することにより、気体に面する面における親水性負荷を取り除き高い信号雑音比(SNR)が得られるようにし、レーザーを用いて駆動した前記カンチレバーの共振周波数を前記気体側に配置した監視装置によって測定するようにしたことを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項2】
請求項1記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記スリットの幅が2μm〜10μmであり、メニスカス力によって前記溶液が前記気体側に漏れるのを防ぐことを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項3】
請求項1又は2記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記監視装置は、前記カンチレバーの前記気体に面する面から反射されるドップラーレーザーを用いてリアルタイムに前記カンチレバーの共振周波数を監視することを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項4】
請求項1、2又は3記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記カンチレバーの溶液側に溶液を供給するマイクロ流路を配置し、プッシュプル型シリンジポンプを用いて前記溶液の液圧を前記マイクロ流路の両端でそれぞれ制御するとともに、前記プッシュプル型シリンジポンプと前記マイクロ流路を接続するチューブの長さを調整することにより、前記カンチレバーにおける液圧の摂動を補償するようにしたことを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項5】
請求項4記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記プッシュプル型シリンジポンプと前記マイクロ流路の流入口との間に、前記マイクロ流路内に化学物質を注入するための注入装置を配置することを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項6】
請求項4記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記カンチレバーの表面を検出分子に特異的に結合する分子で予め修飾して、分子識別能を付加しておき、前記カンチレバーの表面に前記検出分子が吸着した時に発生する共振周波数の変化を検出することを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項7】
請求項4記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記マイクロ流路内の液圧を直接測定することを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項8】
請求項1、2又は3記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記カンチレバーの溶液に面する面に原子間力顕微鏡の探針を具備することを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。
【請求項9】
請求項8記載の気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサにおいて、前記溶液中の生体分子を生理的条件下で観察することを特徴とする気液界面で共振するマイクロカンチレバーセンサ。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図15】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−150074(P2012−150074A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10594(P2011−10594)
【出願日】平成23年1月21日(2011.1.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り Printing House,Inc.,“International Conference on Micro Electro Mechanical Systems(MEMS 2011)Electronic Technical Digest”(平成23年1月10日)
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【Fターム(参考)】