説明

水中六価クロムの定量方法

【課題】日常的な環境モニタリングや工場排水の管理等において、大型の装置類を用いることなく簡便かつ経済的に環境基準濃度レベルの六価クロム濃度を計測できる水中六価クロム検知材及び検出定量方法を提供する。
【解決手段】シリカ粒子とジフェニルカルバジドとを複合化して得られる粉末粒子状の検知材、当該検知材を用いて水中極微量六価クロムを簡易に検出定量する方法、及び上記粒子状検知材を検知物質として使用した水中六価クロム検出定量用キット。
【効果】測定の現場で、簡便に水中六価クロムの濃度を計測できる水中六価クロム検知材、検出定量方法を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶液試料、例えば、環境河川水、地下水、産業排水中に含まれる六価クロムを簡便に検出定量することを可能とする水中六価クロム検知材及び検出定量方法に関するものであり、更に詳しくは、本発明は、六価クロム検知材料と六価クロムを含む試料水溶液とを接触させることにより、六価クロム検知材料を変色させ、その色調と色の濃さにより水溶液中に含まれる六価クロムを検出定量する水中六価クロムの検知材、検出定量方法及び検出定量用キットに関するものである。
【0002】
本発明は、シリカ粒子に色素分子を複合化して得られる粒子状検知材を利用することで、当該検知材の色調の変化から水中六価クロムの濃度を高精度に検出定量することができる簡便な水中六価クロム検知材、検出定量方法及び検出定量用キットを提供するものである。
【背景技術】
【0003】
水溶液試料中の六価クロムの濃度を測定するためには、例えば、吸光光度法、イオンクロマトグラフィー、原子吸光光度法、ICP発光分析法など、様々な方法が知られているが(JIS K 0102など)、これらの方法は、操作に熟練を要する、現場での測定には適さない、ランニングコストがかかる、高額な装置を使用するなどの点で、それぞれに難点がある。これらの問題点を克服する方法の一つとして試験紙タイプの検知材による方法が挙げられる。
【0004】
しかし、市販されている六価クロム検知材には、環境基準値の六価クロム濃度であるppbレベルの濃度を検出する感度を満たすものはない。また、吸光光度法を利用する方法では、例えば、試薬の安定化と妨害元素の除去に効果があるとする粉末試薬とアルコールを利用する方法(特許文献1)があるが、この種の有機溶媒を使用する方法は、健康上及び環境上好ましい方法とはいえない。
【0005】
日常的な環境モニタリングや工場排水の管理等において、その手段として大型の測定機器による機器分析を使用するには、時間、コスト、及び労力の点で問題が多い。したがって、測定の現場で、簡便に微量六価クロムの濃度を計測できるならば、社会生活上極めて有用であり、当該技術分野においては、測定の現場で、簡便に微量六価クロムの濃度を計測できる水中六価クロムの計測技術の開発が強く要請されていた。
【0006】
【特許文献1】特開昭48−102693号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、水中六価クロムの検出を、測定現場において、簡便に行うことができる新しい水中六価クロムの検出法を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、シリカ粒子と色素分子を複合化して得られる粒子状検知材を利用することにより水中六価クロムを検出定量できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、大型の装置類を用いることなく、簡便かつ経済的にppbレベルの六価クロム濃度を有機溶媒類を使用せずに計測できる水中六価クロム検知材及び検出定量方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)水中六価クロムを検出定量する検知材であって、シリカ粒子と色素分子を複合化したことを特徴とする水中六価クロム検知材。
(2)シリカ粒子が、メソポーラスシリカ粒子である、前記(1)記載の水中六価クロム検知材。
(3)シリカ粒子に、色素分子として、ジフェニルカルバジドを複合化した、前記(1)記載の水中六価クロム検知材。
(4)シリカ粒子に、ジフェニルカルバジドを物理的に吸着担持させて複合化した、前記(3)記載の水中六価クロム検知材。
(5)シリカ粒子と色素分子を複合化した粒子状検知材と水溶液試料とを接触させて、当該検知材の色調の変化から六価クロムの濃度を読み取ることで水中六価クロムの濃度を検出することを特徴とする水中六価クロムの定量方法。
(6)シリカ粒子が、メソポーラスシリカ粒子である、前記(5)記載の水中六価クロムの定量方法。
(7)シリカ粒子と複合化される色素分子が、ジフェニルカルバジドである、前記(5)記載の水中六価クロムの定量方法。
(8)前記(1)から(4)のいずれかに記載の水中六価クロム検知材を検知物質として使用したことを特徴とする水中六価クロム検出定量用キット。
【0009】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明者らは、六価クロム検知材による定量方法について鋭意検討を重ねた結果、シリカ粒子と色素分子のジフェニルカルバジドとを複合化して得られる粉末粒子状の検知材料が極めて有効であることを見出した。その結果、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、水中六価クロムを検出定量する検知材であって、シリカ粒子と色素分子を複合化したことを特徴とするものである。本発明では、シリカ粒子が、メソポーラスシリカ粒子であること、シリカ粒子に色素分子として、ジフェニルカルバジドを複合化したこと、シリカ粒子にジフェニルカルバジドを物理的に吸着担持させて複合化したこと、を好ましい実施の態様としている。
【0011】
また、本発明は、水中六価クロムの定量方法であって、シリカ粒子と色素分子を複合化した粒子状検知材と水溶液試料とを接触させて、当該検知材の色調の変化から六価クロムの濃度を読み取ることを特徴とするものである。本発明では、シリカ粒子が、メソポーラスシリカ粒子であること、シリカ粒子と複合化される色素分子が、ジフェニルカルバジドであること、を好ましい実施の態様としている。更に、本発明は、水中六価クロム検出定量用キットであって、上記の水中六価クロム検知材を検知物質として使用したことを特徴とするものである。
【0012】
本発明においては、シリカ粒子と色素分子のジフェニルカルバジドとを複合化して検知材とする。検知材の調製に利用するシリカ粒子はどのようなものでも用いることができるが、好ましくは、表面積の大きなメソポーラスシリカ粒子が利用される。このようなメソポーラスシリカは、例えば、公知の次のような方法で製造される(J.Phys.Chem.B,109,9255−9264(2005))。
【0013】
すなわち、界面活性剤と有機シリコン化合物を混合してリオトロピック型液晶相を形成し、ここへ、酸水溶液を加えることによって短時間に有機シリコン化合物の加水分解反応を起こさせしめ、メソポーラスシリカと界面活性剤の複合生成物を得た後、界面活性剤を除去して、当該メソポーラスシリカを得る方法が利用される。
【0014】
本発明において、当該メソポーラスシリカとジフェニルカルバジドとの複合化は、複合化したジフェニルカルバジドがシリカから溶出してこない方法であれば、イオン交換法等、どのような方法でも適用できるが、例えば、一般の固体材料の機能化に利用される公知の方法である試薬含浸法(REACTIVE & FUNCTIONAL POLYMERS,49,189(2001))により行うことができる。
【0015】
この方法は、シリカ粒子とジフェニルカルバジドの有機溶媒溶液とを接触させ、有機溶媒だけをろ過あるいは蒸留などにより取り除くことで、当該ジフェニルカルバジドをシリカ粒子内に物理的に吸着させて担持する方法である。これらの複合化の方法は、特別の条件、操作ではなく、既知の一般的な技術分野に属するものであるので、これらの一般的な技術分野の詳細については、当該固体吸着分野に関する総説、成書などを参照することができる。また、本発明では、上記ジフェニルカルバジドの誘導体を含む同様の色素分子を使用することができる。
【0016】
本発明における水中六価クロムの定量は、例えば、次のようにして行われる。まず、粉末粒子状の六価クロム検知材を被検液に加えて反応させた後、混合液をろ過して検知材をフィルター上に集め、フィルター上の六価クロム検知材の色調の変化を目視あるいは光度計で読み取ることにより六価クロム濃度を判定する。目視による判定には、別に用意した判定用カラーチャートが利用される。六価クロム濃度に応じて変化する検知材の吸収スペクトルを、図1に示す。
【0017】
本発明の六価クロム検知材を実際に適用するにあたっては、それぞれの試料に最も適切な条件、操作法について本発明の基本事項にもとづき当業者の通常の技術的配慮を加味して選定すればよく、したがって、それらは特別の条件、操作ではなく、既知の一般的な技術分野に属するものである。これらの一般的な技術分野の詳細についても、当該分析分野に関する総説、成書などを参照することができる。すなわち、本発明に基づく六価クロム検知材の利用の方法については前述の通常の技術的配慮に帰属されるべきものである。 以上の内容をもとに、試料水溶液中に含まれる六価クロムの濃度を目視あるいは光度計を用いて簡便に定量する方法を実現することができる。
【0018】
本発明に基づく水中六価クロムの定量方法の利用の一つの好ましい形態では、試料水溶液10mLに、0.01M硫酸水溶液5mLを加えてpHを2.2とし、これに六価クロム検知材4mgを加えた後、0.01Mドデシル硫酸ナトリウム(SDS)1mLを加えて全量を水で20mLとして、室温で4分間振り混ぜる。その後、六価クロム検知材をろ捌してフィルター上に集め、その色調の変化を、別に用意した標準試料のそれと比較して、六価クロム濃度を目視あるいは光度計により判定する。図2に、フィルター上に集められた検知材の色が被検液中の六価クロム濃度に応じて変わる様子を示す。
【0019】
本発明に基づく水中六価クロムの定量方法の別の形態では、先端にメンブレンフィルターをセットし、六価クロム検知材4mgを内部に入れた50mLの注射筒に、pHを調節しSDSを所定量加えた試料水溶液20mLを取り、室温で4分間振り混ぜた後シリンダーを押し込んで六価クロム検知材をフィルター上に集め、その色調の変化を、別に用意した標準試料のそれと比較して、六価クロム濃度を目視あるいは光度計により判定する。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)簡便、迅速でかつ経済的な定量法を実現する水中六価クロム検知材を提供することができる。
(2)簡素な器具キットにより、測定現場において、排水基準値(50ng/L)、あるいは環境基準値(5ng/L)濃度の水中六価クロムの検出定量を行うことができる。
(3)水溶液試料、例えば、環境河川水、地下水、産業排水中に含まれる水中六価クロムを簡便に検出定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
次に、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0022】
製造例1
ジフェニルカルバジドの0.1Mエタノール溶液100mLに、メソポーラスシリカ0.5gを加え、よく攪拌した。次いで、ロータリーエバポレーターでエタノールを除去した。残留したシリカ粒子に対して、この操作をジフェニルカルバジドの吸着が観察されなくなるまで繰り返した。生成物をろ過して蒸留水でよく洗浄し、65℃で5時間乾燥して六価クロム検知材を得た。
【実施例1】
【0023】
未知濃度の六価クロムを含む試料水溶液10mLに、0.01M硫酸水溶液5mLを加えてpHを2.2とし、これに六価クロム検知材4mgを加えた後、0.01Mドデシル硫酸ナトリウム(SDS)1mLを加えて、全量を水で20mLとして、室温で4分間振り混ぜた。その後、六価クロム検知材をろ別してフィルター上に集め、その色調の変化を、別に用意した標準試料のそれと比較して、六価クロム濃度を目視あるいは光度計により判定した。標準試料による発色の様子を図2に示した。
【実施例2】
【0024】
先端にメンブレンフィルターをセットし、六価クロム検知材4mgを内部に入れた50mLの注射筒に、pHを調節し、SDSを所定量加えた未知濃度の六価クロムを含む試料水溶液20mLを取り、室温で4分間振り混ぜた後、シリンダーを押し込んで、六価クロム検知材をフィルター上に集めた。このとき、シリンダー内に試料溶液が残留することにより検知材がフィルター上に十分捕集できない場合には、加圧又は減圧操作を取り入れて、目的を達成した。こうしてフィルター上に捕集した検知材の色調の変化を、別に用意した標準試料のそれと比較して、六価クロム濃度を目視あるいは光度計により判定した。
【産業上の利用可能性】
【0025】
以上詳述したように、本発明は、水溶液試料中の六価クロム濃度の検知材及び検出定量方法に係るものであり、本発明により、簡便、迅速でかつ経済的な定量法を実現することができる。本発明に係る六価クロム検知材及び六価クロム検出定量方法を用いることで、高額な装置による多大な労力とコストをかけた測定に代えて、簡素な器具セットに基づき、測定現場において、排水基準値(50ng/L)あるいは環境基準値(5ng/L)濃度の六価クロムの検出定量を行うことができる。本発明は、水溶液試料、例えば、環境河川水、地下水、産業排水中に含まれる六価クロムを、測定現場において、簡便に検出定量することが可能な水中六価クロム検知材及び検出定量方法を提供するものとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】検知材の六価クロム濃度に対応した可視光吸収スペクトル変化を示す。検知材の実際の色は、白色から赤紫色に変化する。
【図2】六価クロム濃度の違いによる六価クロム検知材の色の違いを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中六価クロムを検出定量する検知材であって、シリカ粒子と色素分子を複合化したことを特徴とする水中六価クロム検知材。
【請求項2】
シリカ粒子が、メソポーラスシリカ粒子である、請求項1記載の水中六価クロム検知材。
【請求項3】
シリカ粒子に、色素分子として、ジフェニルカルバジドを複合化した、請求項1記載の水中六価クロム検知材。
【請求項4】
シリカ粒子に、ジフェニルカルバジドを物理的に吸着担持させて複合化した、請求項3記載の水中六価クロム検知材。
【請求項5】
シリカ粒子と色素分子を複合化した粒子状検知材と水溶液試料とを接触させて、当該検知材の色調の変化から六価クロムの濃度を読み取ることで水中六価クロムの濃度を検出することを特徴とする水中六価クロムの定量方法。
【請求項6】
シリカ粒子が、メソポーラスシリカ粒子である、請求項5記載の水中六価クロムの定量方法。
【請求項7】
シリカ粒子と複合化される色素分子が、ジフェニルカルバジドである、請求項5記載の水中六価クロムの定量方法。
【請求項8】
請求項1から4のいずれかに記載の水中六価クロム検知材を検知物質として使用したことを特徴とする水中六価クロム検出定量用キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−327886(P2007−327886A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−160155(P2006−160155)
【出願日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】