説明

水処理フィルター用濾材およびその製造方法

【課題】本発明が解決すべき課題は、親水性と耐薬品性という互いに相反する特性を有し、長寿命である水処理フィルター用濾材と、その製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明に係る水処理フィルター用濾材は、親水性コーティング層を有する多孔質基材からなり;親水性コーティング層は、架橋親水性高分子と高電子密度部位を有し;架橋親水性高分子中、親水性高分子は、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋されており;高電子密度部位がπ電子を有するものであり且つ架橋親水性高分子に共有結合していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水処理フィルター用の濾材、当該濾材を含む水処理フィルター、当該水処理フィルターを含む水処理装置、当該濾材の製造方法、および水処理フィルター用濾材の耐酸化性を改善するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工場などからの排水時、汚水の浄化処理、また、地下水の利用時などにおいて、不溶成分の除去は重要である。かかる除去には、一般的に、水処理用のフィルターが用いられている。
【0003】
水処理フィルターには、使用により当然に不溶成分が蓄積する他、微生物とその細胞外産物との混合体である所謂バイオファウリングが付着する。これらを放置すると目詰まりを起こすことから、水処理フィルターは定期的に洗浄する必要がある。しかし、バイオファウリングは微生物の防御手段であるだけに容易に除去できるものではなく、ある種の化学物質にさえ耐性を持つこともあり、完全な除去が困難である。そこで、水処理フィルターの洗浄には、次亜塩素酸塩などの酸化剤が用いられている。
【0004】
次亜塩素酸塩は、広い範囲の微生物に対して効果を示し、バイオファウリングを溶解除去することができる。その上、即効性、漂白作用や脱臭作用も示し、さらに水溶性が高く、安価で比較的毒性が低く、不燃性であることから、食品産業や水処理産業分野で広く用いられている。
【0005】
このように水処理フィルターの洗浄に汎用されている次亜塩素酸塩ではあるが、効果が高いだけにフィルター自体にもダメージを与え、その寿命を損なうという問題がある。具体的には、次亜塩素酸塩中の塩素はCl+の状態にあり、安定的な塩化物イオン(Cl-)に比べて極度に電子不足の状態であるために次亜塩素酸塩は強力な酸化剤として作用し、フィルター素材の親水性基や高分子骨格を攻撃し、ひいては高分子骨格を切断してしまうことがある。そこで、フィルターの素材を耐薬品性が高いものにすることが検討されてきた。
【0006】
耐薬品性に優れた素材としては、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などのフッ素樹脂がある。実際、フッ素樹脂は水処理フィルターの素材として利用されているが、親水性に劣るという欠点がある。そこで、フッ素樹脂からなるフィルターの親水性を向上するための技術が開発されている。
【0007】
例えば特許文献1には、多孔質PTFE膜を、含フッ素ビニルモノマーと含親水性基ビニルモノマーとの親水性共重合体で含浸処理する方法が開示されている。また、特許文献2〜3には、多孔質PTFE膜の表面を、架橋したポリビニルアルコールなどの親水性高分子で被覆する方法が開示されている。
【0008】
さらに、素材の工夫よりも表面処理によりフィルターの耐薬品性を向上させる技術として、ヒドロキシラジカルなどの活性種に対する耐久性を向上させるべく、フィルター基材の表面に、酸化作用を及ぼす活性種を消去する金属からなる抗酸化金属膜を備えるフィルターが特許文献4に開示されている。
【0009】
その他、特許文献5には、湿潤状態と乾燥状態の繰返しによる水透過性の低下を抑制する技術として、架橋性コーティング膜で被覆された多孔質膜であり、架橋性コーティングがブロックイソシアネートまたはウレタンを含む膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平6−1876号公報
【特許文献2】特開平8−283447号公報
【特許文献3】特開2011−11194号公報
【特許文献4】特開2009−195824号公報
【特許文献5】特開2007−100088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、水処理フィルターの耐薬品性や親水性を向上させるための技術は種々開発されている。
【0012】
しかし、水処理フィルターの洗浄に用いられる次亜塩素酸塩は極めて強力な酸化剤であり、これに耐え得る親水化剤は無いのが現状である。よって、ポリビニルアルコールは強酸や強塩基にも耐える、優れた親水化剤であるが、次亜塩素酸塩に対する耐性は十分でないため、特許文献1〜3のフィルターは、洗浄による寿命の短縮の問題を解決できるものではない。
【0013】
また、特許文献4のフィルターは、担持または蒸着される金属が金、白金、銀など高価なものであり、製造コストが高くつくのみでなく、使用により脱落してしまうため同じく高寿命なものではない。
【0014】
さらに、特許文献5の多孔質膜も次亜塩素酸塩に対する耐性が十分でない。詳しくは、当該多孔質膜を被覆する架橋コーティング膜は、ポリビニル求核性ポリマーがブロックイソシアネートまたはウレタンで架橋されているという化学構造を有する。この架橋コーティング膜中のウレタン基やイソシアネート基は、電子密度が高く求核性を示すことから次亜塩素酸塩の攻撃を受けて切断され易い。その結果、架橋コーティング膜が脱落し、親水性が極端に低下するという問題がある。
【0015】
そこで本発明が解決すべき課題は、親水性と耐薬品性という互いに相反する特性を有し、長寿命である水処理フィルター用濾材と、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、水処理フィルターの洗浄に用いられる次亜塩素酸塩が強力な酸化剤であり、その中でもCl+イオンが極めて強い求電子性を示すことから、多孔質基材をコーティングする親水性高分子を求核性が比較的低い架橋基で架橋した上で、さらに求電子剤に対して反応性の高いπ電子を有する高電子密度部位を当該架橋親水性高分子に共有結合させ、当該部位を次亜塩素酸塩に優先的に攻撃させれば多孔質基材を次亜塩素酸塩から有効に保護できるのではないかと考え、このことを実験的に証明して本発明を完成した。
【0017】
本発明に係る水処理フィルター用濾材は、親水性コーティング層を有する多孔質基材からなり;親水性コーティング層は、架橋親水性高分子と高電子密度部位を有し;架橋親水性高分子中、親水性高分子は、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋されており;高電子密度部位がπ電子を有するものであり且つ架橋親水性高分子に共有結合していることを特徴とする。
【0018】
上記水処理フィルター用濾材において、高電子密度部位としては、脂肪族不飽和炭化水素基、芳香族炭化水素基、複素芳香族基、カルボニル基、ニトリル基、スルホキシド結合、スルホニル結合およびスルホン酸基からなる群より選択される1種以上を有するものを挙げることができる。
【0019】
その他、上記高電子密度部位としては、アミド結合や芳香族炭化水素部位を有するものを挙げることができる。
【0020】
上記高電子密度部位としては、さらに親水性基を有するものが好ましい。高電子密度部位が芳香族炭化水素基など、活性の高いπ電子を有するものでありながら親水性でない場合には、次亜塩素酸塩に対する耐酸化性は向上しても濾材自体の親水性が低減してしまうことがある。このような場合にはさらに親水性基を導入して濾材の親水性を担保する。
【0021】
かかる親水性基としては、水酸基、スルホン酸基、カルボキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1種以上を挙げることができる。
【0022】
多孔質基材としては、多孔質フッ素樹脂膜を用いてもよく、特に多孔質PTFE膜が好適である。水処理フィルター用の濾材には、当然に高い濾過性能が求められるが、特に下水処理場など大規模に水を処理しなければならない場合、5年から10年の寿命が要求される。よって、水処理フィルター用濾材には、長期間にわたっての強度や、酸やアルカリなどに対する耐薬品性も必要である。この点において、多孔質フッ素樹脂膜、特に多孔質PTFEは極めて優れた耐薬品性を示し、次亜塩素酸塩による洗浄処理にも耐え得るほか、多孔質PTFEは延伸されていることから強度も高い。
【0023】
上記親水性高分子としては、ポリビニルアルコール、エチレン・ビニルアルコール共重合体、テトラフルオロエチレン・ビニルアルコール共重合体、ポリアルキレングリコールまたは金属アルコキシドを挙げることができる。これらは疎水性の多孔質基材にも適度な親水性を付与できるほか、その親水性故に、疎水性部分を有するバイオファウリングが付着し難い。
【0024】
本発明に係る水処理フィルターは、上記本発明に係る水処理フィルター用濾材を含むことを特徴とする。かかる水処理フィルターの特性としては、膜間差圧20kPaにおける透水量が1mL/min/cm2以上、および、0.6質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後における透水量の減少率が70%以下を挙げることができる。
【0025】
また、本発明に係る水処理装置は、上記本発明に係る水処理フィルターを含むことを特徴とする。
【0026】
本発明に係る水処理フィルター用濾材の製造方法は、上記本発明に係る水処理フィルター用濾材を製造するための方法であって、多孔質基材を親水性高分子溶液および架橋剤溶液に浸漬する工程;親水性高分子を、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋する工程;次いで、π電子を有する高電子密度部位の前駆体化合物を反応させることにより、高電子密度部位を架橋親水性高分子に共有結合させる工程を含むことを特徴とする。
【0027】
本発明に係る水処理フィルター用濾材の耐酸化性の改善方法は、親水性コーティング層を有する多孔質基材に、π電子を有する高電子密度部位を共有結合させることにより、水処理フィルターの洗浄に使用される酸化性物質に対する耐酸化性を改善する工程を含み;架橋親水性高分子中の親水性高分子は、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
大規模な下水処理場などでは、不溶成分の除去に用いられる水処理フィルターの寿命としては5年から10年が望まれている。しかし、次亜塩素酸塩などの酸化剤を用いた洗浄処理により親水性基や親水性コーティング層を構成する親水性架橋高分子が攻撃されるため、1年から5年の間隔でフィルターの交換を余儀なくされているのが実情である。
【0029】
一方、本発明に係る水処理フィルターは、次亜塩素酸塩などの酸化剤の攻撃をより受け易い高電子密度部位を、親水性コーティング層の主鎖や架橋鎖とは別の位置に有することから洗浄処理の際に親水性基や親水性架橋高分子が影響を受け難く、長寿命である。
【0030】
従って、本発明に係る水処理フィルターは、特に大量の水を処理しなければならずフィルター交換やメンテナンスに多大なコストを要する大規模水処理施設において、かかる交換やメンテナンスの頻度を低減できるものとして、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】図1は、次亜塩素酸ナトリウムで処理した後における従来のフィルター用濾材と本発明に係るフィルター用濾材に対して水を滴下した場合の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明に係る水処理フィルター用濾材は、親水性コーティング層を有する多孔質基材からなり;親水性コーティング層は、架橋親水性高分子と高電子密度部位を有し;架橋親水性高分子中、親水性高分子は、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋されており;高電子密度部位がπ電子を有するものであり且つ架橋親水性高分子に共有結合していることを特徴とする。
【0033】
本発明に係る水処理フィルターは、親水性コーティング層を有する多孔質基材を含む。かかる基材は、親水性であり且つ多孔質であることにより排水などのフィルターとして用い得るものであれば特に制限されない。
【0034】
例えば、多孔質基材の素材としては、親水性高分子であるセルロースおよびその誘導体、ポリアミド、ポリアクリロニトリル、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、ポリ(メタ)アクリル酸およびその誘導体などを挙げることができる。
【0035】
本発明に係る親水性コーティング層を有する多孔質基材は、フィルターとして用いるものであることから、独立気泡のみを有するものでは不十分であり、表面から裏面までの連通孔を有する必要がある。JIS P8117に定められたガーレーナンバーでいえば、1000秒以下が好ましい。ガーレーナンバーが1000秒以下程度のものであれば、十分な水透過性を示し、水処理フィルターとして用いることができる。ガーレーナンバーの下限としては、0.1秒が好ましい。なお、ガーレーナンバーとは、1.29kPaの圧力下、100cm3の空気が6.45cm2の面積の試料を垂直方向に通過する時間(秒)をいう。また、目付け量でいえば、0.5g/m2以上が好ましい。目付け量が0.5g/m2以上であれば、フィルターとして十分な強度を確保することができる。目付け量の上限としては、500g/m2が好ましい。
【0036】
本発明に係る多孔質基材は、親水性コーティング層で被覆されている。かかる多孔質基材は、疎水性のものであってもよい。例えば、フッ素樹脂などからなる耐久性の高い多孔質基材を親水性コーティング層でコーティングして用いることにより、フィルターの寿命をさらに延長することが可能になる。かかるフッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリ三フッ化塩化エチレン(PCTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)などを挙げることができる。かかる多孔質基材としては、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(延伸多孔質PTFE)が好適である。
【0037】
多孔質基材の形状は、所望されるフィルターの形状に合わせればよい。また、その厚さも使用時における水圧などにより適宜調整することができるが、通常は15μm以上、1mm以下程度とすることができる。また、不織布などのサポート材を用いる場合には、50μm以上、1mm以下程度とすることができる。
【0038】
本発明に係る多孔質基材は親水性コーティング層で被覆されており、当該親水性コーティング層は、架橋親水性高分子と高電子密度部位を有する。
【0039】
親水性高分子としては、例えば、ポリビニルアルコール、エチレン・ビニルアルコール共重合体、テトラフルオロエチレン・ビニルアルコール共重合体、ポリアルキレングリコール、ケイ素アルコキシドなどの金属アルコキシドを挙げることができる。
【0040】
なお、多孔質基材や架橋親水性高分子の基本骨格にπ電子が存在する場合、かかるπ電子が酸化剤の攻撃を受け、多孔質基材や架橋親水性高分子の基本骨格が切断されることがあり得る。よって、多孔質基材や親水性高分子としては、その基本骨格にπ電子を有さないものが好ましい。なお、本発明において、基本骨格とは、多孔質基材や架橋親水性高分子の主鎖と、架橋親水性高分子の架橋鎖の主鎖をいうものとする。即ち、本発明に係る高密度電子部位は、多孔質基材や架橋親水性高分子の主鎖の一部を構成することはなく、多孔質基材や架橋親水性高分子の主鎖に結合している官能基や分岐鎖に共有結合している。また、多孔質基材や架橋親水性高分子が親水性基を有する場合、当該親水性基としてはπ電子を有さないヒドロキシ基やアミノ基がより好ましい。
【0041】
本発明に係る親水性高分子は、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋されている。親水性高分子が飽和脂肪族炭化水素基のみで架橋されている場合、かかる架橋鎖は酸化剤に攻撃され難く安定である。しかし、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基は、孤立電子対を有するもののπ電子は有さず、π電子を有する高電子密度部位よりも求核性が低い。よって、本発明に係る濾材を次亜塩素酸塩などの酸化剤で洗浄しても、架橋鎖は比較的攻撃され難く、本発明の親水性コーティング層はより安定であるので、これら官能基は架橋鎖の官能基として許容される。
【0042】
架橋鎖の長さは適宜調整すればよいが、例えば、架橋鎖を構成する飽和脂肪族炭素基の主鎖の炭素数としては、2以上、15以下が好ましい。なお、上記において主鎖の炭素数とは、架橋鎖が枝分かれ構造を有する場合、親水性高分子を結合する直鎖状部位の炭素数をいい、架橋鎖を構成する飽和脂肪族炭素基から枝分かれ部位の炭素を除いた部位の炭素数をいう。
【0043】
本発明に係る水処理フィルター用濾材では、親水性コーティング層を構成する架橋親水性高分子に、π電子を有する高電子密度部位が共有結合している。
【0044】
水処理フィルターは、通常、バイオファウリングを除去するため、次亜塩素酸塩などの酸化剤により定期的に洗浄処理しなければならないが、従来の水処理フィルターは、かかる洗浄処理によりダメージを受け、その寿命が短縮されてしまっていた。一方、本発明に係る水処理フィルターは、次亜塩素酸塩などによる洗浄処理に対して耐久性を有するため、長寿命である。
【0045】
より詳しくは、次亜塩素酸塩は強力な酸化剤であり求電子性を示すことから、電子密度がより高い部位を優先的に攻撃する。一般的に、水処理フィルターは、上述したように親水性高分子を原料とするものであるか、或いは親水性高分子によりコーティングされていることから、親水性であり、水に対する濡れ性を示す。かかる親水性高分子の親水性は、一般的に多数の親水性基によるところが大きいが、親水性基は、その電子密度の高さから次亜塩素酸塩による攻撃を受け、親水性基自体が分解されたり、親水性基が結合している基本骨格が切断されてしまう。そこで本発明では、求電子剤に対して反応性の高いπ電子を有する高電子密度部位を、多孔質基材を被覆する親水性コーティング層中の架橋親水性高分子に高電子密度部位を導入し、洗浄処理の際において次亜塩素酸塩に優先的に攻撃させる。それにより親水性基や親水性コーティング層を構成する架橋親水性高分子の主鎖や特定構造を有する架橋鎖を選択的に保護し、親水性基や架橋親水性高分子の基本骨格の分解や切断を抑制し、フィルターの寿命を維持している。
【0046】
π電子を有する高電子密度部位としては、脂肪族不飽和炭化水素基、芳香族炭化水素基、複素芳香族基、カルボニル基、ニトリル基、スルホキシド結合、スルホニル結合およびスルホン酸基からなる群より選択される1種以上を有するものを挙げることができる。
【0047】
脂肪族不飽和炭化水素基としては、例えば炭素数2〜6の二重結合および/または炭素数2〜6の三重結合を1以上含む一価または二価の脂肪族不飽和炭化水素部位をいう。例えば、ビニル基、アリル基、2−メチル−1−プロペニル基、2−メチル−2−プロペニル基、ブテニル基、1−メチル−2−ブテニル基、1−メチル−1−ブテニル基、3−メチル−2−ブテニル基、1−メチル−3−ブテニル基、2−メチル−3−ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基などのC2-6アルケニル基;エチニル基、プロピニル基、1−メチル−2−プロピニル基、2−メチル−2−プロピニル基、ブチニル基、1−メチル−2−ブチニル基、2−メチル−2−ブチニル基、1−メチル−3−ブチニル基、2−メチル−3−ブチニル基、ペンチニル基、1−メチル−2−ペンチニル基、2−メチル−2−ペンチニル基、1−メチル−3−ペンチニル基、2−メチル−3−ペンチニル基、1−メチル−4−ペンチニル基、2−メチル−4−ペンチニル基、ヘキシニル基などの一価C2-6アルキニル基;−CH=CH−や−C≡C−などの二価不飽和炭化水素基を挙げることができる。なお、本願においては、他の部位との結合数が1のものを一価、他の部位との結合数が2のものを二価というものとする。
【0048】
芳香族炭化水素基としては、例えば炭素数6〜12の一価芳香族炭化水素基や、炭素数6〜12の二価芳香族炭化水素基をいう。例えば、フェニル基、インデニル基、ナフチル基、ビフェニル基などの一価C6-12芳香族炭化水素基;フェニレン基、ナフチレン基、ビフェニレン基などの二価C6-12芳香族炭化水素基を挙げることができる。
【0049】
複素芳香族基は、窒素原子、酸素原子、硫黄原子より選択される一種以上のヘテロ原子を含む5員ヘテロアリール基、6員ヘテロアリール基、縮合ヘテロアリール基、5員ヘテロアリーレン基、6員ヘテロアリーレン基、縮合ヘテロアリーレン基をいうものとする。例えば、ピロリル基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、チエニル基、フリル基、オキサゾリル基、イソキサゾリル基、チアゾリル基、イソチアゾリル基、チアジアゾール基などの一価5員ヘテロアリール基;ピリジニル基、ピラジニル基、ピリミジニル基、ピリダジニルなどの一価6員ヘテロアリール基;インドリジニル基、インドリル基、イソインドリル基、インダゾリル基、キノリル基、イソキノリル基、クロメニル基、ベンゾキサゾリル基、ベンゾチアゾリル基などの一価縮合ヘテロアリール基;およびこれらに対応する二価ヘテロアリーレン基を挙げることができる。
【0050】
なお、上記の脂肪族不飽和炭化水素基、芳香族炭化水素基および複素芳香族基は、一般的な置換基を有するものであってもよい。
【0051】
カルボニル基は、他の官能基に含まれているものであってもよい。カルボニル基を含む官能基は、例えば、カルバモイル基、カルボキシ基、ホルミル基、C2-7アシル基、C2-7アルコキシカルボニル基、ウレア基、アクリレート基、メタクリレート基、アミド結合、ウレタン結合などである。これらの中でも、カルバモイル基、カルボキシ基、C2-7アルコキシカルボニル基、アミド結合やウレタン結合などは、電子密度がカルボニル基自体よりも高く、次亜塩素酸塩などに攻撃され易いため、より好ましい。なお、親水性高分子の親水性基がヒドロキシ基の場合、これにイソシアネート化合物を反応させると、反応部分はウレタン結合となる。しかしかかるウレタン結合中のエーテル酸素原子(−O−)は、親水性高分子の水酸基に由来するので、ここでの「π電子を有する基」はアミド基とする。
【0052】
高電子密度部位としては、A群:π電子に加えて、孤立電子対を有する窒素原子、酸素原子、硫黄原子を有するものがより好ましく、B群:孤立電子対を有する窒素原子、酸素原子、硫黄原子とπ電子が隣接しているものがさらに好ましく、C群:互いに共役している2以上のπ電子を有し且つ孤立電子対を有する窒素原子、酸素原子、硫黄原子と当該共役π電子が隣接しているものが特に好ましい。
【0053】
高電子密度部位の種類は、多孔質基材や、親水性コーティング層に含まれる親水性高分子の種類などに応じて適宜選択すればよい。親水性コーティング層に含まれる親水性高分子がポリビニルアルコールまたはポリビニルアルコール共重合体である場合は、高電子密度部位中のπ電子を有する基としてはカルボニル基が好適であることが実験的に確認されている。
【0054】
また、高電子密度部位中のπ電子を有する基としては、活性の高いπ電子を有する基が好ましい。例えば、芳香族炭化水素基や複素芳香族基は4n+2個(nは0以上の整数を示す)のπ電子を有し、また、2以上の二重結合が共役していることから、これら基に含まれるπ電子の活性は非常に高い。よって、高電子密度部位の中でも芳香族炭化水素基や複素芳香族基は特に次亜塩素酸塩に優先的に攻撃され易いため、多孔質基材や親水性高分子の親水性基や基本骨格をより有効に保護することができる。
【0055】
「高電子密度部位が架橋親水性高分子に共有結合している」とは、親水性コーティング層に含まれる架橋親水性高分子に、高電子密度部位、より具体的にはπ電子を有する基や結合が直接またはリンカー基を介して間接的に共有結合していてもよいし、π電子を有する基や結合を含む化合物が共有結合していてもよいことを意味する。また、本発明に係る高密度電子部位は、多孔質基材や架橋親水性高分子の主鎖の一部を構成することはなく、多孔質基材や架橋親水性高分子の主鎖に結合している官能基や分岐鎖に共有結合している。また、多孔質基材や架橋親水性高分子が親水性基を有する場合、当該親水性基としてはπ電子を有さないヒドロキシ基やアミノ基がより好ましい。
【0056】
高電子密度部位としては、さらに親水性基を有するものが好ましい。高電子密度部位のうちπ電子を有する基や結合が芳香族炭化水素など疎水性のものであり、且つ高電子密度部位が架橋親水性高分子の親水性基に結合するような場合には、本発明濾材全体の親水性が低下するおそれがある。このような場合、高電子密度部位が親水性基を有するものであれば、濾材の親水性を維持することができる。
【0057】
本発明に係る水処理フィルター用濾材は、多孔質基材を親水性高分子溶液および架橋剤溶液に浸漬する工程;親水性高分子を、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋する工程;次いで、π電子を有する高電子密度部位の前駆体化合物を反応させることにより、高電子密度部位を架橋親水性高分子に共有結合させる工程を含む方法により製造することができる。以下、本発明方法を工程ごとに説明する。
【0058】
(1) 浸漬工程
先ず、多孔質基材を親水性高分子溶液および架橋剤溶液に浸漬する。
【0059】
必要であれば、多孔質基材を、親水性高分子溶液または架橋剤溶液の溶媒で事前に濡らしておく。例えば、親水性高分子溶液または架橋剤溶液の溶媒が水やアルコールであり、多孔質基材の材質が疎水性のフッ素樹脂である場合、十分にコーティングできない場合があり得る。このような場合、多孔質基材を事前に溶媒で濡らしておくことにより、十分なコーティングが可能になり得る。例えば、多孔質基剤を事前に水に濡らしておきたい場合には、先ずはエタノールなどのアルコールに濡らしておき、次いで水に濡らせばよい。
【0060】
多孔質基材を親水性高分子溶液および架橋剤溶液に浸漬する順番は任意であるが、親水性コーティング層の主な成分は親水性高分子であることから、最初に親水性高分子溶液に浸漬することが好ましい。
【0061】
親水性高分子溶液の溶媒は、高分子が親水性であることから水、水混和性有機溶媒、および水と水混和性有機溶媒との混合液が好ましい。水混和性有機溶媒としては、メタノールやエタノールなどのアルコール溶媒;ジエチルエーテルやテトラヒドロフランなどのエーテル溶媒;アセトンなどのケトン溶媒;ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミド溶媒を挙げることができる。
【0062】
親水性高分子溶液の濃度は適宜調整すればよいが、例えば、0.1質量%以上、10質量%以下とすることができる。
【0063】
架橋剤は、反応後の架橋鎖に残る官能基がエーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上であるか、官能基が残らないものであれば、特に制限されない。例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、(ポリ)エチレングリコールジグリシジルエーテル、(ポリ)プロピレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ジグリセリントリグリシジルエーテル、テトラグリセリンテトラグリシジルエーテル、ポリ(エチレングリコール)ジグリシジルエーテルなどのジエポキシ化合物;グリオキザール、マロンジアルデヒド、スクシンアルデヒド、グルタルアルデヒド、ヘキサンジアール、ヘプタンジアール、オクタンジアール、ノナンジアール、デカンジアールなどのジアルデヒド化合物;テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトライソプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、テトラプロポキシシランなどのケイ素アルコキシド化合物;塩化ビニル、塩化ビニリデン、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、プロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル、t−ブチルビニルエーテル、2−エチルヘキシルビニルエーテル、シクロヘキシルビニルエーテル、メトキシエチルビニルエーテル、メトキシエトキシエチルビニルエーテル、テトラヒドロフリフリルビニルエーテルなどのビニル化合物;エチレングリコールモノアリルエーテル、トリメチロールプロパンアリルエーテル、ジエチレングリコールモノアリルエーテル、ペンタエリスリトールトリアリルエーテル、グリセリンモノアリルエーテルなどのアリル化合物;エチレン、プロピレン、イソブチレンなどのアルケン化合物などを用いることができる。本発明においては、架橋反応後、架橋鎖にπ電子が残る架橋剤は用いることができない。
【0064】
架橋剤溶液の溶媒としては、親水性高分子溶液の溶媒と同様のものを用いることができる。
【0065】
架橋剤溶液の濃度も適宜調整すればよいが、例えば、0.1質量%以上、10質量%以下とすることができる。
【0066】
反応を促進するために、親水性高分子溶液または架橋剤溶液の少なくとも一方に、塩基または酸を添加してもよい。かかる塩基としては、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物を挙げることができ、酸としては、塩酸を挙げることができる。
【0067】
本工程では、親水性高分子溶液または架橋剤溶液の一方に多孔質基材を浸漬した後に、他方に浸漬する。これら浸漬処理は連続して行ってもよいし、或いは、一方に浸漬した後に、溶液をある程度乾燥してから、他方の溶液に浸漬してもよい。
【0068】
(2) 架橋工程
続いて、使用した架橋剤に応じた手段で親水性高分子を架橋することにより、多孔質基材上に架橋親水性高分子からなる強固な親水性コーティング層を形成する。
【0069】
例えば、架橋剤としてジエポキシ化合物やジアルデヒド化合物などを用いた場合には、加熱すればよい。
【0070】
加熱条件は、親水性高分子が十分に架橋される範囲で適宜調整すればよい。例えば、加熱温度は90℃以上、200℃以下とすることができ、加熱時間は、5分間以上、10時間以下とすることができる。
【0071】
例えば、親水性高分子が親水性基としてヒドロキシ基を有し、架橋剤としてジエポキシ化合物を用いた場合には、架橋鎖にエーテル基(−O−)とヒドロキシ基が含まれることになる。親水性高分子が親水性基としてアミノ基を有し、架橋剤としてジエポキシ化合物を用いた場合には、架橋鎖にアミノ基(−NH−)とヒドロキシ基が含まれることになる。親水性高分子が親水性基としてヒドロキシ基を有し、架橋剤としてジアルデヒド化合物を用いた場合には、架橋鎖にエーテル基が含まれることになる。
【0072】
但し、親水性高分子が親水性基としてアミノ基を有し、架橋剤としてジアルデヒド化合物を用いた場合には、π電子を含むイミノ基(−N=C<)が形成される。このような場合には、還元剤を作用させることにより、イミノ基をアミノ基(−NH−)に還元することが好ましい。
【0073】
架橋剤としてケイ素アルコキシド化合物を用いた場合には、触媒としてホウ素イオンとハロゲンイオンを添加し、pHを8以上、10以下に調整することにより、ケイ素アルコキシドを重合させつつ親水性高分子を重合することができる。
【0074】
架橋剤としてアルケン化合物などを用いた場合には、紫外線を照射することによりラジカルを発生させ、親水性高分子の主鎖上の官能基や主鎖自体を架橋することができる。紫外線としては、10nm以上、400nm以上の波長光を用いることができる。
【0075】
(3) 高電子密度部位結合工程
次いで、親水性コーティングした多孔質基材にπ電子を有する高電子密度部位の前駆体化合物を反応させることにより、高電子密度部位を架橋親水性高分子に共有結合させる。
【0076】
高電子密度部位の前駆体化合物とは、架橋親水性高分子に、π電子を含む基や結合を共有結合させるための化合物であり、π電子を含む基や結合に加えて、親水性高分子の親水性基や基本骨格への反応性基を有する化合物であって、当該反応部位自体がπ電子を含む基になる化合物を挙げることができる。例えば後者として、イソシアネート化合物を親水性高分子のヒドロキシ基に反応させると、反応部位は−O−と−NH(C=O)−を含むウレタン結合となる。この場合、−O−は親水性高分子のヒドロキシ基に由来するので、本発明においては、π電子を含む結合はアミド結合とする。
【0077】
ヒドロキシ基に共有結合するための反応性基としては、例えば、イソシアネート基;イソチオシアネート基;酸クロライド基や酸ブロマイド基などの酸ハライド基;コハク酸イミド、フタル酸イミド、N−ヒドロキシスクシンイミド、5−ノルボルネン−2,3−ジカルボキシイミドなどの活性イミド;p−ニトロフェニルエステルなどの活性エステル;アルデヒド基を挙げることができる。
【0078】
高電子密度部位の前駆体化合物における上記反応性基の数は2以上であってもよい。この場合、多孔質基材が反応性官能基を有する場合は多孔質基材自体が、または親水性コーティング層を構成する親水性高分子が架橋されることになり、フィルターの強度や耐久性をより一層向上できる可能性がある。
【0079】
また、高電子密度部位の前駆体化合物1分子当たりの高電子密度部位の数も2以上であってもよい。親水性高分子の親水性基を介して高電子密度部位を共有結合させる場合、その親水性基に対して高電子密度部位が2以上であれば、残りの親水性基がより有効に保護されることになり、次亜塩素酸塩による洗浄効果を経てもフィルターの親水性などの低下が抑制される。
【0080】
より具体的な反応条件は、高電子密度部位の前駆体化合物の反応性基の種類などにより適宜決定すればよい。例えば、親水性高分子の主な親水性基がヒドロキシ基であり、高電子密度部位の前駆体化合物の反応性基が活性エステル基である場合には、当該前駆体化合物を適度な溶解性を有する溶媒に溶解し、親水性コーティングされた多孔質基材を当該溶液に浸漬したり或いは当該溶液を親水性コーティングされた多孔質基材に塗布した後、必要に応じて加熱することにより、高電子密度部位を親水性コーティング層の親水性高分子に共有結合させ、高電子密度部位を導入することができる。一方、親水性コーティング層の親水性高分子の主な親水性基がヒドロキシ基であり、高電子密度部位の前駆体化合物の反応性基がアルデヒド基である場合には、適切な酸触媒を溶液に添加することが好ましい。
【0081】
本発明に係る水処理フィルター用濾材は、処理すべき排水などを透過させなければならないが、上記反応時に高電子密度部位の前駆体化合物の濃度が高過ぎると多孔質基材の連通孔が目詰まりするおそれがあり得る。反応溶液における高電子密度部位の前駆体化合物の適切な濃度は、多孔質基材の多孔率や耐性向上用化合物の種類などにもよるが、通常、0.01質量%以上、5質量%以下が好ましい。当該濃度としては、0.02質量%以上がより好ましく、0.05質量%以上がさらに好ましく、0.1質量%以上が特に好ましく、また、3質量%以下がより好ましく、2質量%以下がさらに好ましく、1質量%以下が特に好ましい。
【0082】
上記浸漬または溶液の塗布の後の加熱温度や加熱時間は、予備実験などにより適宜決定すればよいが、例えば、100℃以上、250℃以下程度で10分間以上、5時間以下程度加熱処理すればよい。
【0083】
本発明に係る水処理フィルター用濾材は、常法により水処理フィルターとすることができる。例えば、加工した上で適用すべき水処理装置に合わせた形状に切り出したり、或いは事前に所望の形状にした本発明濾材を加工してよい。加工としては、特に制限されないが、例えば、プリーツ加工、筒状加工、スパイラル加工、積層、フレームへの貼付などを挙げることができる。
【0084】
本発明に係る水処理フィルター用濾材は、透水性に優れる。例えば、膜間差圧20kPaにおける透水量としては、1mL/min/cm2以上である。
【0085】
また、本発明に係る水処理フィルター用濾材は、水処理フィルターの洗浄に用いられる次亜塩素酸塩などの酸化剤に対して高い耐性を示す。例えば、0.6質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後における透水量の減少率は、70%以下である。当該透水量減少率としては、65%以下がより好ましく、60%以下がさらに好ましく、55%以下がさらに好ましく、50%以下がさらに好ましく、40%以下がさらに好ましく、30%以下が特に好ましい。なお、当該減少率は、以下の式で算出できる。
酸化剤による透水量減少率(%)=[1−(0.6質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後の、膜間差圧20kPaでの透水量)/(前記浸漬前の膜間差圧20kPaでの透水量)]×100
【0086】
さらに、本発明フィルターを用いて水処理装置を製造することも可能である。例えば、プリーツ加工した本発明フィルターの両面に流路となる多孔質素材を配置し、筒状の筐体に入れて両端をシールすることによりカートリッジフィルターとしたり、同様に本発明フィルターの両面に流路となる多孔質素材を配置し、封筒状に両サイドと長さ方向の一端を封止し、流路となるコア材の周りに懸回させてスパイラル型フィルターとすることができる。
【0087】
本発明に係る水処理フィルターと水処理装置は、濾材自体が親水性を示すため、水や水系有機溶媒を含む媒体の濾過に有用である。例えば、薬剤やタンパク質などを含む溶液や懸濁液、上水、工業廃水、下水や汚水、ジュースなどの飲料などの濾過に適用することができる。
【0088】
また、本発明濾材は、次亜塩素酸塩などの酸化剤による洗浄に十分耐えるものである。よって、特に廃水や下水などの大規模な濾過において特に有用である。
【0089】
上述したとおり、従来の水処理フィルター用濾材は、バイオファウリングの除去などのために用いられる酸化性物質に対する耐酸化性が十分ではなく、洗浄により寿命が短くなってしまう。しかし本発明では、酸化性物質に対する反応性が非常に高いπ電子を有する高電子密度部位を親水性多孔質基材に共有結合させることにより、親水性多孔質基材に対して優先的にπ電子部分を攻撃させ、結果として親水性多孔質基材を酸化性物質から守っている。また、当該π電子部分は共有結合していることから、耐酸化性物質を担持させるような場合と異なり、脱落し難い。
【0090】
従って、本発明によれば、洗浄に使用される酸化性物質に対する水処理フィルター用濾材の耐酸化性を改善し、その寿命を延ばすことが可能になる。
【実施例】
【0091】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0092】
なお、以下、特に指定しない限り、「%」は質量%を表すものとする。
【0093】
実施例1
(1) 親水性延伸ポリテトラフルオロエチレン多孔質膜の調製
微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜(ジャパンゴアテックス社製,製品名「SM9−54020」,孔径:0.2μm,厚さ200μmのポリエステル不織布との積層体)を予めエタノールに含浸し、当該エタノールを純水に置換した後、1.0質量%ポリビニルアルコール水溶液(クラレ社製,製品名「PVA−107」)に浸漬した。続いて、架橋剤であるエチレングリコールジグリシジルエーテルを、濃度が2.0質量%となるように0.2%水酸化カリウム水溶液に混合し、当該混合液に上記膜を浸漬した。大気圧下、150℃で10分間アニール処理を行った。その後、沸騰水に30分間浸漬して洗浄し、次いで乾燥することにより、親水性延伸ポリテトラフルオロエチレン多孔質膜(以下、単に「親水性ePTFE膜」という)を得た。
【0094】
(2) 本発明に係るフィルター用濾材の調製
市販の35%親水化ブロックドイソシアネート水溶液(バイエルマテリアルサイエンス社製,製品名「Bayhydur(登録商標)BL5335」,以下、「BL5335」と略記する)(0.086g)に、全量が30gになるまで水を加えて0.1%水溶液とした。当該水溶液を、上記親水性ePTFE膜に薄く塗布し、バーコーター(第一理科社製)により過剰な当該水溶液を除去した。次いで、170℃で30分間熱処理してBL5335の末端イソシアネート基とポリビニルアルコールの水酸基を反応させ共有結合させることによって、フィルター用濾材を得た。
【0095】
なお、BL5335の基本骨格は下記構造であると発表されており、その詳細な化学構造は明らかにされていないが、XRFおよびIRの測定の結果、主な親水性基として水酸基を有している。
【0096】
【化1】

【0097】
上記反応においては、BL5335の末端イソシアネート基とポリビニルアルコールの水酸基が反応してπ電子を含む−O−C(=O)−NH−基が形成される。
【0098】
実施例2
上記実施例1において、BL5335を0.429g用い、その水溶液濃度を0.5%とした以外は同様にしてフィルター用濾材を作製した。
【0099】
実施例3
上記実施例1において、BL5335を0.696g用い、その水溶液濃度を0.8%とした以外は同様にしてフィルター用濾材を作製した。
【0100】
実施例4
上記実施例1において、BL5335を0.858g用い、その水溶液濃度を1%とした以外は同様にしてフィルター用濾材を作製した。
【0101】
実施例5
上記実施例1において、BL5335を1.716g用い、その水溶液濃度を2%とした以外は同様にしてフィルター用濾材を作製した。
【0102】
実施例6
上記実施例1において、BL5335を2.574g用い、その水溶液濃度を3%とした以外は同様にしてフィルター用濾材を作製した。
【0103】
実施例7
市販の30%ブロックドイソシアネート水溶液(明成化学工業社製,製品名「メイカネートMF」)(0.15g)に、全量が30gになるまで水を加えて0.15%水溶液とした。上記実施例1と同様にして、当該水溶液を上記親水性ePTFE膜に塗布した後、160℃で5分間熱処理することによりフィルターを得た。
【0104】
なお、メイカネートの化学構造式は以下のとおりであり、末端イソシアネート基とポリビニルアルコールの水酸基が反応してπ電子を含む−O−C(=O)−NH−基が形成される。また、ベンゼン環もπ電子を有する。
【0105】
【化2】

【0106】
実施例8
市販の39%親水化ブロックドイソシアネート水溶液(バイエルマテリアルサイエンス社製,製品名「Bayhydur(登録商標)BL−XP−2669」,以下、「XP2669」と略記する)(0.389g)に、全量が30gになるまで水を加えて0.5%水溶液とした。上記実施例1と同様にして、当該水溶液を上記親水性ePTFE膜に塗布した後、80℃で5分間熱処理することによりフィルターを得た。
【0107】
なお、XP2669の基本骨格は以下のとおりであり、これに親水基が導入されている。上記反応において、XP2669の末端イソシアネート基とポリビニルアルコールの水酸基が反応してπ電子を含む−O−C(=O)−NH−基が形成される。
【0108】
【化3】

【0109】
比較例1
上記実施例1(1)で得た親水性ePTFE膜を、そのまま用いた。
【0110】
比較例2
上記実施例1(1)で得た親水性ePTFE膜を170℃30分熱処理したものを用いた。
【0111】
試験例1 濡れ性試験
上記実施例1〜8および比較例1〜2のフィルター用濾材に、10cmの高さから、スポイトを用いて水を1滴(約0.1mL)垂らし、以下の基準により濡れ性を評価した。
5点:水滴が1秒間以内にフィルター用濾材へ浸透する場合
4点:水滴が1秒超,1分間以内にフィルター用濾材へ浸透する場合
3点:水滴が1分超,3分間以内にフィルター用濾材へ浸透する場合
2点:水滴が3分間以内にフィルター用濾材へ浸透せず、フィルター用濾材がわずかに濡れるのみである場合
1点:水滴が全くフィルター用濾材へ浸透せず、フィルター用濾材が濡れない場合
【0112】
さらに、各フィルター用濾材を0.6質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後、水洗し、室温で一晩乾燥させた。次いで、上記と同様の条件で濡れ性を試験した。結果を表1に示す。また、次亜塩素酸ナトリウム水溶液に浸漬した後の実施例1〜2および比較例1〜2の各フィルター用濾材に水滴を滴下した様子の写真を図1に示す。
【0113】
【表1】

【0114】
表1と図1の結果のとおり、未処理の親水性多孔質PTFE膜(比較例1)および熱処理のみした親水性多孔質PTFE膜(比較例2)には、次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後、親水性が低下してしまっている。これは、次亜塩素酸ナトリウムにより多孔質PTFEを被覆しているPVAの水酸基の数が減少してしまい、且つPVAの基本骨格が切断されて、膜の親水性が低下してしまったことによると考えられる。これでは、次亜塩素酸塩による定期的な洗浄を繰り返した場合、差圧が高くなり流量が低下してしまう。
【0115】
一方、本発明に係るフィルター用濾材は、次亜塩素酸塩による処理にもかかわらず、親水性はほとんど低下していない。これは、π電子を含み電子密度の高いアミド基が次亜塩素酸塩により優先的に攻撃され、結果として次亜塩素酸塩の攻撃からPVAが保護され、親水性が維持されたことによると考えられる。
【0116】
従って、本発明に係る濾材を水処理フィルターに適用した場合には、排水処理などに利用するに当たり、効率的な次亜塩素酸塩による洗浄処理を行ってもその性能が劣化し難く、従来のものよりも長寿命であることが実証された。
【0117】
なお、本実験は親水性の劣化程度を明らかなものとするために水滴を滴下しているが、実際の水処理では大量の水をフィルターに導入するので、水処理フィルター用濾材の親水性としては上記2点のレベルでも十分である。
【0118】
実施例9
孔径:0.2μmの微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜の代わりに、孔径:0.5μmの微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜(ジャパンゴアテックス社製,製品名「SM9−54050」,厚さ200μmのポリエステル不織布との積層体)を用いた以外は実施例1と同様にして、本発明に係るフィルター用濾材を作製した。
【0119】
実施例10
孔径:0.2μmの微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜の代わりに、孔径:0.5μmの微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜(ジャパンゴアテックス社製,製品名「SM9−54050」,厚さ200μmのポリエステル不織布との積層体)を用いた以外は実施例2と同様にして、本発明に係るフィルター用濾材を作製した。
【0120】
実施例11
孔径:0.2μmの微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜の代わりに、孔径:0.5μmの微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜(ジャパンゴアテックス社製,製品名「SM9−54050」,厚さ200μmのポリエステル不織布との積層体)を用いた以外は実施例7と同様にして、本発明に係るフィルター用濾材を作製した。
【0121】
比較例3
250mL容三角フラスコに、ポリビニルアルコール(1g,クラレ社製,製品名「PVA−107」)と水(49g)を入れた。当該混合物を約90℃で攪拌することにより、ポリビニルアルコールを溶解した。当該溶液を室温まで冷却した後、激しく攪拌しながらイソプロピルアルコール(約45g)と市販の30%ブロックドイソシアネート水溶液(ブロックドイソシアネート換算で0.05g,明成化学工業社製,製品名「メイカネートMF」)を加えた。当該溶液を微孔性ポリテトラフルオロエチレン膜(ジャパンゴアテックス社製,製品名「SM9−54050」,孔径:0.5μm,厚さ200μmのポリエステル不織布との積層体)に吹き付けた後、当該膜を上記溶液に完全に浸漬した。当該膜を160℃で5分間加熱した後、さらに110℃で2時間加熱することにより、ポリビニルアルコールがジイソシアネート化合物により架橋された親水性高分子でコーティングされたフィルター用濾材を作製した。
【0122】
比較例4
ブロックドイソシアネートの使用量を0.1gとした以外は比較例3と同様にして、ポリビニルアルコールがジイソシアネート化合物により架橋された親水性高分子でコーティングされたフィルター用濾材を作製した。
【0123】
試験例2 透水量試験
実施例9〜11および比較例3〜4のフィルター用濾材を、実際の排水濾過を想定して膜間差圧を20kPaとし、1分間当たり且つ1cm2当たりの透水量を測定した。
【0124】
また、各フィルター用濾材を0.6質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後、水洗し、室温で一晩乾燥させた。次いで、上記と同様の条件で透水量を測定した。また、透水量の減少率を算出した。結果を表2に示す。
【0125】
【表2】

【0126】
上記結果のとおり、コーティング層中のポリビニルアルコールをジイソシアネート化合物で直接架橋した場合、必ずしも理由は明らかではないが、当初透水量自体が低かった。また、次亜塩素酸ナトリウム水溶液で処理した後は、測定限界以下まで透水量が低下した。その理由としては、コーティング層中の架橋鎖が次亜塩素酸ナトリウムに攻撃されて切断され、コーティング層が脱落し、膜の親水性が低下したことが考えられる。
【0127】
一方、コーティング層のポリビニルアルコールを架橋してからさらにπ電子を有する高密度電子部位を結合させた場合には、当初の透水量が高い上に、次亜塩素酸ナトリウムに2週間も接触した後であっても、透水量は十分に維持されていた。かかる結果より、本発明に係る水処理フィルター用濾材は、優れた水透過性と共に、酸化剤に高い耐性を有していることが実証された。
【0128】
試験例3 質量変化試験
上記試験例2の考察を検証するために、各フィルター用濾材の質量変化を試験した。具体的には、実施例9〜11および比較例3〜4のフィルター用濾材を秤量した。次いで、試験例2と同様に次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後、秤量した。結果を表3に示す。
【0129】
【表3】

【0130】
上記結果のとおり、コーティング層中のポリビニルアルコールをジイソシアネート化合物で直接架橋した場合、次亜塩素酸ナトリウムで処理することにより明確な質量減少が認められた。一方、本発明に係る水処理フィルター用濾材では、次亜塩素酸ナトリウム処理後も明確な質量減少は見られなかった。かかる結果からも、本発明に係る水処理フィルター用濾材は、優れた水透過性と共に、酸化剤に高い耐性を有していることが明らかと成った。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性コーティング層を有する多孔質基材からなり、
親水性コーティング層は、架橋親水性高分子と高電子密度部位を有し、
架橋親水性高分子中、親水性高分子は、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋されており、
高電子密度部位がπ電子を有するものであり且つ架橋親水性高分子に共有結合していることを特徴とする水処理フィルター用濾材。
【請求項2】
高電子密度部位が、脂肪族不飽和炭化水素基、芳香族炭化水素基、複素芳香族基、カルボニル基、ニトリル基、スルホキシド結合、スルホニル結合およびスルホン酸基からなる群より選択される1種以上を有するものである請求項1に記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項3】
高電子密度部位がアミド結合を有するものである請求項1または2に記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項4】
高電子密度部位が芳香族炭化水素基を有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項5】
高電子密度部位が、さらに親水性基を有する請求項1〜4のいずれかに記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項6】
親水性基が、水酸基、スルホン酸基、カルボキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1種以上である請求項5に記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項7】
多孔質基材が多孔質フッ素樹脂膜である請求項1〜6のいずれかに記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項8】
多孔質フッ素樹脂膜が多孔質PTFE膜である請求項7に記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項9】
親水性高分子が、ポリビニルアルコール、エチレン・ビニルアルコール共重合体、テトラフルオロエチレン・ビニルアルコール共重合体、ポリアルキレングリコールまたは金属アルコキシドである請求項1〜8のいずれかに記載の水処理フィルター用濾材。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の水処理フィルター用濾材を含むことを特徴とする水処理フィルター。
【請求項11】
膜間差圧20kPaにおける透水量が1mL/min/cm2以上である請求項10に記載の水処理フィルター。
【請求項12】
0.6質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液に2週間浸漬した後における透水量の減少率が70%以下である請求項11に記載の水処理フィルター。
【請求項13】
請求項10〜12のいずれかに記載の水処理フィルターを含むことを特徴とする水処理装置。
【請求項14】
請求項1〜9のいずれかに記載の水処理フィルター用濾材を製造するための方法であって、
多孔質基材を親水性高分子溶液および架橋剤溶液に浸漬する工程、
親水性高分子を、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋する工程、
次いで、π電子を有する高電子密度部位の前駆体化合物を反応させることにより、高電子密度部位を架橋親水性高分子に共有結合させる工程を含むことを特徴とする水処理フィルター用濾材の製造方法。
【請求項15】
水処理フィルター用濾材の耐酸化性を改善するための方法であって、
親水性コーティング層を有する多孔質基材に、π電子を有する高電子密度部位を共有結合させることにより、水処理フィルターの洗浄に使用される酸化性物質に対する耐酸化性を改善する工程を含み、
架橋親水性高分子中の親水性高分子は、エーテル基、ヒドロキシ基およびアミノ基からなる群より選択される1以上の官能基を含んでもよい飽和脂肪族炭化水素基で架橋されていることを特徴とする水処理フィルター用濾材の耐酸化性改善方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−206115(P2012−206115A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−57916(P2012−57916)
【出願日】平成24年3月14日(2012.3.14)
【出願人】(000107387)日本ゴア株式会社 (121)
【Fターム(参考)】