説明

水分散性量子ドット

【課題】水分散性を有し、生体適合性や生体親和性に優れた量子ドット、及びその用途を提供する。
【解決手段】本発明の水分散性量子ドットは、量子ドットの表面が、疎水性基と極性基とを含む界面活性剤型重合開始剤により被覆されてなることを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体適合性を有する水分散性量子ドットに関する。さらに本発明は、所望のポリマー等を結合させることで表面を機能化し得る水分散性量子ドットに関する。
【背景技術】
【0002】
量子ドット(以下QDsと言うことがある)は、優れた蛍光特性を有しており生物学の研究において多色蛍光ラベル剤として有用なものである。QDsは、in vitroでの応用として、細胞ラベリング、細胞移動、蛍光共鳴エネルギー移動などの解析に用いられ、in vivoでは、腫瘍組織切片の造影剤、前立腺ガンのイメージング、センチネルリンパ節のマッピングなどに広く用いられている。
QDsを生体環境下で用いるためには、QDsの表面を生体分子または水溶性のポリマーにより被覆する必要がある。調製直後のQDsの表面は、一般に疎水性の配位子(trioctylphosphine oxide;以下TOPOと言うことがある)により被覆されている。水媒体に分散させるため、QDs表面の配位子は、TOPOからmercaptoacetic acidやcarbodithioate等の機能的な官能基を有した他の配位子に交換される。これらの化合物は、水媒体や生体分子を結合するための親水基およびQDs表面と相互作用するチオール基の両方を有している。しかし、様々な問題、例えば、TOPOから他の配位子への配位子交換プロセスや、他の配位子とQDs表面間での安定性が、QDsの蛍光特性にマイナスの効果を与え得ることが報告されている(非特許文献1)。
さて、従来、QDs表面からポリマーを直接的に重合する方法に関する報告は殆ど見当たらない。QDs存在下では、従来のラジカル重合および一般的なリビングラジカル重合は困難であった。それは、そのような重合中においては、2,2'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)または過酸化ベンゾイル(BPO)および銅の触媒を使用する原子移動ラジカル重合(ATRP)から生成するフリーなラジカルが、QDsの直径の減少を引き起こし、蛍光特性を劣化させることがあるためである。
QDs表面からポリマーを直接的に重合することに関する僅かな報告例として、界面活性剤により形成したミニエマルジョン中で、TOPO誘導体に基づいたAGET-ATRP開始剤を用い、CdS表面からポリアクリル酸ブチルを重合した例がある(非特許文献2)。この例では、AGET-ATRP開始剤が銅の触媒を非常に少量しか必要としないため、QDsの蛍光特性の劣化を免れることができる。その他の例として、TOPO誘導体配位子を用い、可逆的付加−開裂連鎖移動重合(RAFT)剤により、疎水性のポリマーであるポリスチレン、ポリアクリル酸メチルおよびポリアクリル酸ブチルのグラフト重合を行ったことが報告されている(非特許文献3)。この例では、AIBNやBPOに比べて長いラジカル半減期を有するtert-butyl peroxideを、低濃度で使用している。しかし、これら上記の方法では、疎水性ポリマーの合成には有用であるが、QDsの存在下において水溶性のポリマーを合成するためには利用することができない。
ところで、生体内組織又は細胞内の薬物動態や細胞機能の解析など、組織又は細胞内で起こる現象をイメージングすることができる優れたツールが望まれている。量子ドットは半導体の微結晶であり、粒子サイズにより様々な色調が出せるため、バイオテクノロジー分野における生体内バイオイメージングツールとして期待されている。
一方で、前述したように、量子ドットは、水に対する分散性を有さず、有機溶媒による分散が必須であるため、生体適合性や生体親和性に欠けるものであり、これが上記イメージングツールとしての量子ドットの利用の大きな問題点であった。また、生体内の優れたイメージングツールとして使用するためには、生体内での非特異的な相互作用や凝集を避ける性能も必要とされる場合がある。さらに、特定の組織又は細胞についてのイメージングを行う場合は、標的組織又は細胞への優れた移行性が求められる場合もある。
【非特許文献1】J. A. Kloepfer et al., J. Phys. Chem. B., vol. 109, p. 9996 (2005)
【非特許文献2】Ana C. C. Esteves et al., Small, vol. 3, p. 1230 (2007)
【非特許文献3】H. Skall et al., Angew. Chem. Int. Ed., vol. 43, p. 5383 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、水分散性を有し、生体適合性や生体親和性に優れた量子ドット、及びその用途を提供することにある。さらには、生体内において生体内物質との非特異的な相互作用や自己凝集がなく、生体内安定性に優れた量子ドット、および標的組織又は細胞移行性に優れた量子ドットを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、量子ドットの表面を、疎水性基と極性基とを含む界面活性剤型重合開始剤で被覆することにより、前記課題を解決し得る水分散性量子ドットが得られることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1) 量子ドットの表面が、疎水性基と極性基とを含む界面活性剤型重合開始剤により被覆されてなる、水分散性量子ドット。
本発明の水分散性量子ドットとしては、例えば、前記界面活性剤型重合開始剤に関し、その疎水性基が前記量子ドットの表面側方向に配向し、その極性基が当該方向とは反対方向に配向してなるものが挙げられる。ここで、前記界面活性剤型重合開始剤としては、例えば、可逆的付加−開裂連鎖移動重合剤が挙げられ、当該可逆的付加−開裂連鎖移動重合剤としては、具体的には、下記式(1):
【化2】

(式中、R1は炭素数4〜21のアルキル基を表し、R2はNa+、K+、NH3+又はLi+を表す。)
に示されるものが例示できる。
本発明の水分散性量子ドットとしては、例えば、さらに前記界面活性剤型重合開始剤にポリマーが結合してなるものが挙げられる。ここで、当該ポリマーとしては、例えば、前記界面活性剤型重合開始剤中の重合性基を起点としてモノマーが重合されたものが挙げられ、具体的には、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含むモノマーが重合されたポリマーが例示できる。また、上記モノマーの重合(重合反応の種類)としては、リビングラジカル重合が好ましく例示できる。
(2) 上記(1)に記載の水分散性量子ドットを含む、生体内バイオイメージング用粒子。
(3) 上記(1)に記載の水分散性量子ドットを生体内組織又は細胞に導入し、当該量子ドットの蛍光を検出することを特徴とする、生体内バイオイメージング方法。
(4) 上記(1)に記載の水分散性量子ドットを含む、生体内バイオイメージング用キット。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、水分散性を有し、生体適合性や生体親和性に優れた量子ドット、及びその用途を提供することができる。さらには、生体内において生体内物質との非特異的な相互作用や自己凝集がなく、生体内での安定性に優れた量子ドット、および標的組織又は細胞移行性に優れた量子ドットを提供することもできる。
なお、量子ドット自体は、他の公知の蛍光物質に比べて長時間退色せず、半導体微結晶粒子のサイズにより様々な蛍光波長のものを容易に準備できるという優れた特徴を有するものである。そのため、本発明の水分散性量子ドットは、生体内組織又は細胞内のバイオイメージング用蛍光粒子として従来にない優れた実用性を備えるものであると言え、極めて有用性の高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込まれる。
【0007】

1.本発明の概要
本発明者は、量子ドット(QDs)の容易な表面修飾およびその応用を目的として、非常に簡単なアイデアを提案した。初めに、trioctylphosphine oxide (TOPO)-QDsを水媒体中へ界面活性剤により可溶化させた。界面活性剤の疎水性部位はTOPOとの疎水性の相互作用し、QDsが可溶化され内側へ固定された。同時に、表面は界面活性剤の親水性の官能基により被覆された。通常、界面活性剤の役割は可溶化したところで終わるが、もし界面活性剤が重合の開始能力を備えているならば、モノマー添加後に溶媒中で重合することによりQDs表面を修飾することが可能であると考えられた。これらの目的を達成するため、可逆的付加−開裂連鎖移動剤(RAFT剤)を利用することに着目した。好都合なことに、RAFT剤を利用する重合は、ATRPの場合のように金属触媒を取り除く必要がない。この点は、生体医用への応用に対して非常に有利であると考えられた。
本発明者は、QDs存在下、水媒体中おいて、RAFT重合による水溶性かつ生体適合性ポリマーのグラフト重合を実証した。このような生体適合性ポリマーにより修飾されたQDsは、生体環境条件にも適用可能である。本研究の新規な戦略は、スキーム1に示す。TOPO-QDsは、水媒体中でRAFT剤のミセルに可溶化されて、低ラジカル濃度に制御されるRAFT重合が行われる。ここでは、sodium 2-dodecylsulfanylthiocarbonylsulfanyl-2-methyl propionate(DMP-Na)が、界面活性能と連鎖移動能の二重の機能を有するRAFT剤として焦点をあてた。2-dodecylsulfanylthiocarbonylsulfanyl-2-methyl propionic acid (DMP)は、すでにRAFT剤として使用されている。しかし、カルボキシル基をナトリウム塩として界面活性能をもたせた例はない。また、水溶性、生体適合性のポリマーとして2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)を用いた。MPCポリマーが優れた生体適合性を示すことは、タンパク質/細胞吸着の活性化を抑制すること、また、免疫反応も抑制する例からも、既によく知られている(T. Konno et al., Biomaterials, vol. 26, p. 1381 (2005);Y. Iwasaki et al., J. Biomed. Mater. Res., vol. 57, p. 74 (2001);K. Ishihara et al., J. Biomed. Mater. Res., vol. 24, p. 1069 (1990);K. Ishihara et al., J. Biomed. Mater. Res., vol. 26, p. 1543 (1992);T. Moro et al., Nat. Mater., vol. 3, p. 829 (2004);T. Goda et al., Biomaterials, vol. 27, p. 5151 (2006))。従って、MPCポリマー鎖を、量子ドットの被覆に用いたRAFT剤に修飾することにより、いわゆる生体内における優れたステルス特性を付与させることもできた。
【0008】

2.水分散性量子ドット
本発明の水分散性量子ドットは、前述の通り、量子ドットの表面が、疎水性基と極性基とを含む界面活性剤型重合開始剤により被覆されてなることを特徴とするものである。
【0009】
(1)被覆対象となる量子ドット
本発明において、被覆の対象となる量子ドットとしては、限定はされず、公知の量子ドットを使用することができる。例えば、市販のものとしては、Evident Technologies社製のTrioctylphosphine oxide (TOPO)-QDs(CdSe/ZnS)等が挙げられる。
また、本発明において、被覆対象となる量子ドットは、表面が複数の疎水性配位子により被覆され、粒子全体として疎水性となっているものを意味する。そのため、量子ドットは、通常、トルエン等の有機溶媒中に分散させた状態で取り扱われる。ここで、疎水性の配位子としては、例えば、下記式に示すTrioctylphosphine oxide(TOPO)等が挙げられる。
【化3】

被覆対象となる量子ドットの構造の概略図を、図1中の(a)に示す。
【0010】
(2)界面活性剤型重合開始剤
本発明において、量子ドットを被覆するために用いる界面活性剤型重合開始剤は、疎水性基と極性基とを含む化合物であって、本剤自体が重合開始剤として機能するために重合開始基を含むものであればよく、限定はされないが、例えば、可逆的付加−開裂連鎖移動重合剤(RAFT剤)に含まれる化合物、又はその塩であることが好ましい。
【0011】
本発明に使用されるRAFT剤としては、市販のものなど公知のものであればよく、限定はされないが、例えば、下記式(1):
【化4】

〔式中、R1は炭素数4〜21(好ましくは6〜16、より好ましくは8〜12)のアルキル基を表し、R2はNa+、K+、NH3+又はLi+(好ましくはNa+又はK+)を表す。〕
に示される化合物が好ましく挙げられる。ここでは、R1が疎水性基、COOR2が極性基となる。また、RAFT剤としては、下記式に示す2-dodecylsulfanylthiocarbonylsulfanyl-2-methyl propionic acidのナトリウム塩(DMP-Na)であることが、特に好ましい。
【0012】
【化5】

本発明で言う界面活性剤型重合開始剤、特にRAFT剤は、従来、リビングラジカル重合を行う際に使用されることが一般に知られていたが、本発明のように、疎水性の量子ドットの表面を被覆し、界面活性剤としての働きをさせるために使用することは全く知られていない。RAFT剤は、量子ドットを水分散性のものとし、生体適合性を持たせるという重要な効果を発揮するものであるが、さらに所望のポリマーを重合させる際に自身が重合開始剤として働くという効果も発揮する。しかもその重合は、水系媒体に分散させた状態のまま行うことができるため、RAFT剤は、生体適合性や生体親和性を損なうことなく所望のポリマーを重合し結合させることができるという極めて顕著な特徴を奏するものである。
【0013】
(3)水分散性量子ドット
上述したように、本発明の水分散性量子ドットは、疎水性の量子ドットの表面に、上記界面活性剤型重合開始剤が被覆してなるものである。
ここで、界面活性剤型重合開始剤の被覆形態としては、限定はされないが、当該開始剤中の疎水性基を有する部分は、被覆対象となる量子ドットの表面側方向(つまり内側方向)に配向し、極性基を有する部分は、当該方向とは反対方向(つまり外側方向)に配向していることが好ましい。すなわち、被覆対象となる量子ドットを中心として、上記界面活性剤型重合開始剤がミセル状に凝集した状態で表面被覆をしていることが好ましい。
本発明の水分散性量子ドットの構造の概略図を、図1中の(b)に示す。
なお、本発明の水分散性量子ドットとして、疎水性の量子ドットの表面にDMP-Naを被覆したものについては、本発明者は、細胞内に導入した場合に有意に核内へ移行する性質を有することを見出した(実施例1参照)。この知見から、被覆材料として用いたDMP-Naは、所望の物質を細胞の核内へ導入するための試薬(核内導入試薬)として利用することもできるものである。
【0014】
(4)ポリマー重合型の水分散性量子ドット
本発明の水分散性量子ドットは、さらに界面活性剤型重合開始剤にポリマーが結合してなるもの(ポリマー重合型の水分散性量子ドット)であってもよい。
前述したように、界面活性剤型重合開始剤中には重合性基が含まれているため、当該基を起点として所望のモノマーを所望の反応条件下で重合させることができる。なお、このモノマーの重合は、リビングラジカル重合であることが好ましく、水分散性量子ドットを水系媒体に分散させたままで(すなわち生体適合性の性質を保ったままで)所望のポリマーの重合反応を行うことができる。また、界面活性剤型重合開始剤に、予め上記モノマーの重合をしてポリマーを結合させておき、その後、水分散性量子ドットの調製に用いることで、ポリマー重合型の水分散性量子ドットを得ることもできる。
【0015】
本発明の水分散性量子ドットに結合させるポリマーの種類は、当該水分散性量子ドットにどのような表面機能化を図るのかに応じて適宜選択すればよく、限定はされないが、例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)、アクリルアミド、N-ビニルピロリドン、ポリエチレングリコールモノメタクリレート、ジメチルアクリルアミド等を含むモノマー成分を重合して得られたポリマーが好ましいが、なかでも特に、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含むモノマー成分を重合して得られたポリマー(好ましくはMPCホモポリマー)であることがより好ましい。MPCポリマーは、優れた生体適合性・生体親和性を有し、タンパク質/細胞吸着の活性化を抑制し、また免疫反応も抑制し得るものである。そのため、当該MPCポリマーに、さらに所望のタンパク質(例えば抗体等)や糖鎖などを結合させ、生体内組織又は細胞への標的移行性の機能を付与させたい場合に特に有効であると考えられる。
ポリマー重合型の水分散性量子ドットの構造の概略図を、図1中の(c)に示す。
【0016】
3.生体内バイオイメージング方法
本発明は、前述した水分散性量子ドットを含む、生体内バイオイメージング用粒子を提供することができる。本発明の水分散性量子ドットは、生体適合性や生体親和性に優れるものであり、また量子ドット自体は、長期発光持続性など優れた発光特性を有するものであるため、生体内の標的組織又は細胞内におけるイメージング用の粒子として極めて有用性の高いものである。本発明の生体内バイオイメージング用粒子は、水分散性量子ドットの以外に任意の他の成分を含んでいてもよく、限定はされない。他の成分は、水分散性量子ドットによる生体内バイオイメージングの効果が顕著に損なわれない範囲であれば、任意の含有割合で含むことができる。また、当該水分散性量子ドットとしては、蛍光波長が1種類のもののみを用いてもよいし、2種類以上のものを併用してもよく、限定はされない。さらに、当該水分散性量子ドットとしては、例えば、前述したポリマー重合型の水分散性量子ドットである場合に、所望の組織や細胞への標的移行性が1種類のもののみを用いてもよいし、2種類以上のものを併用してもよく、限定はされない。
【0017】
また本発明は、前述した水分散性量子ドットを生体内組織又は細胞に導入し、当該量子ドットの蛍光を検出することを特徴とする、生体内バイオイメージング方法を提供することもできる。生体内組織又は細胞に導入する水分散性量子ドットとしては、例えば、上記の生体内バイオイメージング用粒子の態様で使用することができる。生体内に導入した水分散性量子ドットの蛍光検出は、限定はされないが、例えば、公知の蛍光顕微鏡のほか、共焦点レーザースキャン顕微鏡等を用いて行うことができる。検出した蛍光は、所望の解析ソフト等を用いてデータ処理することができる。本発明の生体内バイオイメージング方法は、経時的に(連続的又は断続的に)イメージングを行ってもよいし、一時的にイメージングを行ってもよく、限定はされない。
【0018】
さらに本発明は、前述した水分散性量子ドットを含む、生体内バイオイメージング用キットを提供することもできる。
本発明のキットは、上記水分散性量子ドット以外に、その使用目的に応じ、他に公知の任意の構成成分を含んでいてもよく、限定はされない。例えば、各種バッファー、コントロール用試薬、洗浄溶液、説明書、説明図及び/又は製品情報等が挙げられる。
また、本発明のキットは、必要な構成成分のうちの一部のみを含む部分的キットであってもよく、その場合には、ユーザーが他の構成成分を用意することができる。さらに、本発明のキットは、各容器又は包装が、使用する構成成分のうちの一部を含む、2つ以上の別個の容器又は包装を備えたものであってもよい。
【0019】

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
1.材料
Trioctylphosphine oxide (TOPO)-QDs(CdSe/ZnS)トルエン分散液は、Evident Technologies Co, Ltd. (Troy, USA) から入手した。これらQDsの蛍光波長は、商標値として487nm、528nm、543nm、566nmおよび618nmである(以下、それぞれ順に、QD 487、QD 528、QD 543、QD 566およびQD 618という)(図2及び3参照)。ここで、QD 487、QD 528、QD 543、QD 566およびQD 618の直径は、それぞれ順に、商標値として1.9 nm、2.1 nm、2.4 nm、2.6 nmおよび5.2 nmである。
RAFT剤の2-dodecylsulfanylthiocarbonylsulfanyl-2-methyl propionic acid (DMP)は、既知の論文(Y. Z. You et al., Biomacromolecules, vol. 8, p. 98 (2007))を参照して合成した。また、MPCモノマー(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)は、NOF Co. Ltd(Tokyo, Japan)より入手した。
【0021】
2.DMP-Na水溶液の調製
DMPを陰イオンのタイプ界面活性剤に変更するために、カルボキシル基をナトリウム塩(DMP-Na)に変換した(下記スキーム1参照)。DMPは、1.0 x 10-1 Mをアセトンに溶かし、このDMP溶液を撹拌下の等モルの1.0 x 10-1 M水酸化ナトリウム水溶液へ滴下した。滴下終了後30分後に、アセトンを減圧留去して、DMP-Na水溶液を得た。DMP-Na水溶液の濃度は、脱イオン水により希釈して調整した。最終的に得られたDMP-Na水溶液のpHは、pH 8.0〜9.0の範囲であった。
【化6】

【0022】
3.DMP-Na水溶液の表面張力測定
水溶液中におけるDMP-Naのミセル形成を評価するために、種々の濃度におけるDMP-Na水溶液の表面張力を測定した。表面張力の測定は、DCA-100 (Orientec, Tokyo, Japan)を用い、Ptリングを等速度に溶液に浸すことによって行った。その結果を図4に示した。
図4に示すように、5 x 10-3 mol/L近傍のDMP-Na濃度において、CMC(臨海ミセル濃度)が存在しており、界面活性効果を有することが分かった。
【0023】
4.DMP-NaミセルへのQD可溶化
DNP-NaミセルへのTOPO-QD可溶化(すなわちDNP-NaによるQDの被覆(本発明の水分分散性量子ドットの調製))を、溶媒蒸発法により行った。TOPO-QDトルエン分散液100μLからトルエンを減圧留去し、留去後、QDsにジクロロメタン100μLを添加して、QD分散液を得た。このQD分散液を、撹拌下の種々の濃度のDMP-Na水溶液2 mLに添加し混合した。混合溶液は、ジクロロメタンが蒸発するまで超音波で処理した。最後に、ジクロロメタンを完全に留去させるため減圧留去を行った。
その後、遠心分離(5,000rpm, 15分)を行い、DMP-NaミセルによってQDが可溶化された上澄み溶液について、紫外可視吸収スペクトル、および蛍光スペクトル測定を行った。なお、紫外可視吸収スペクトル測定は、V-650分光測光器(JASCO)を用いて行い、蛍光スペクトル測定は、FP-6500(JASCO)を用いて行った。QD 566の濃度は、ランバート・ベールの法則から算出した。その際、545nmのモル吸光係数:9.80 x 104 (M-1 cm-1)を用いた。ミセル可溶化前の標準溶液は、TOPO-QDトルエン分散液100μLをトルエン2mLで希釈することにより調製した。流体力学的ミセル直径は、Zetasizer NanoZS (Malvern, Ltd., Worcestershire, UK)を用いて測定した。当該測定前は、孔直径0.20μm又は0.45μmのフィルターにより溶液を濾過した。
【0024】
5.QD存在下におけるMPCポリマーのRAFT重合
DMP-Na水溶液5.0 x 10-3 Mにおいて、DMP-Na被覆 QD表面からMPCのRAFT重合(リビングラジカル重合)を行った。MPC (1.5mmol)および開始剤4,4'-azobis(4-cyanopentanoic acid) (2.0μmol)を、ガラス反応管中のDMP-Na水溶液(2 mL)に添加した。なお、重合反応前に15分間アルゴンガスでバブリングすることによって酸素除去を行った。上記DMP-Na水溶液の添加後、ガラス反応管を密閉し、60℃の予熱したオイルバスに浸して重合反応を行った。種々の時間重合を行った後に反応を止める際は、ガラス反応管をバスから取り出し室温で冷却した。
【0025】
6.細胞導入
DMP-Na被覆 QD 566(ポリマー結合無し)(DMP-Na濃度:1.0 x 10-2 M)、およびMPCポリマー結合型DMP-Na被覆 QD 566(重合時間:2h)の水溶液を、孔直径0.20μm又は0.45μmのフィルターで濾過した後に、それぞれHeLa細胞を培養したガラスボトムディシュに添加した。ガラスボトムディシュは直径3.5cmのものを用い、培養液は10% FBS (fetal bovine serum)含有D-MEM (Dulbecco's Modified Eagle Medium) 1.0 mLを用いた。このディシュへ最終的なQD濃度が約100 nMとなるようにQDs水溶液を添加し、37℃、5%CO2雰囲気で24時間インキュベートした。24時間後にPBS緩衝溶液によって洗浄し、10%ホルムアルデヒド溶液で細胞を固定化した後、蛍光顕微鏡で観察した。その結果を図5に示した。
図5に示すように、DMP-Na被覆 QD 566(ポリマー結合無し)の場合(図5(a))と、MPCポリマー結合型DMP-Na被覆 QD 566の場合(図5(b))とでは、励起前の状態(Phase contrast image)は、実質的に同じ細胞状態と認められる。しかし、励起後の状態(Fluorescence image)では、DMP-Na被覆 QD 566(ポリマー結合無し)は、細胞内の核への移行性を有することが認められ、MPCポリマー結合型DMP-Na被覆 QD 566は、細胞内への移行性自体が認められなかった。細胞内への移行性が認められなかったのは、DMP-Naに結合したMPCポリマーによる、細胞吸着の活性化を抑制する働きに基づくものであると考えられ、MPCポリマーの結合によりDMP-Na被覆 QD 566に新たな機能が付与されたことを示す結果が得られた。
なお、図6に、細胞内に移行したDMP-Na被覆 QD 566(ポリマー結合無し)について、共焦点レーザースキャン顕微鏡による観察及び解析結果を示した。
【0026】
〔参考例1〕
実施例1で使用したDMP-Na被覆 QD 566との比較として、DMP-Naの代わりに界面活性剤として既知のSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)と混合したQD 566について、HeLa細胞に添加した場合の効果を確認した。その結果を図7に示した。
図7に示すように、SDSを使用した場合は、SDS濃度が高いと細胞が分解し、SDS濃度が低い場合でも、細胞は分解しないものの細胞膜の形態が変化した。これらのことから、本発明の水分散性量子ドットであるDMP-Na被覆 QD 566は、SDSを使用した場合のように細胞への悪影響を与えるということがない点でも、生体内イメージングツールとして実用性に優れたものであると言える。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明にかかる水分散性量子ドットの調製過程を示す概略図である。
【図2】各種QDs(QD 487、QD 528、QD 543、QD 566、QD 618)の蛍光波長の違いを示すチャートである(横軸は蛍光波長)。
【図3】各種QDs(QD 487、QD 528、QD 543、QD 566、QD 618)をUV光で励起した場合の実際の蛍光色を示す図である(上の写真が励起前、下の写真が励起後)。
【図4】DMP-Na水溶液の濃度と、DMP-Na
【図5】(a) DMP-Na被覆 QD 566(ポリマー結合無し)と、(b) MPCポリマー結合型DMP-Na被覆 QD 566との、細胞内移行性を比較した図である。(a)及び(b)とも、左図が、UV励起前のHeLa細胞の顕微鏡写真(Phase contrast image)であり、右図が、UV励起前のHeLa細胞の蛍光顕微鏡写真(Fluorescence image)である。
【図6】細胞内に移行したDMP-Na被覆 QD 566(ポリマー結合無し)についての、共焦点レーザースキャン顕微鏡による観察及び解析結果を示す図である。
【図7】DMP-Na被覆 QD 566との比較として、DMP-Naの代わりに界面活性剤として既知のSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)と混合したQD 566についての、HeLa細胞に添加した場合の効果を確認した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子ドットの表面が、疎水性基と極性基とを含む界面活性剤型重合開始剤により被覆されてなる、水分散性量子ドット。
【請求項2】
前記界面活性剤型重合開始剤は、疎水性基が前記量子ドットの表面側方向に配向し、極性基が当該方向とは反対方向に配向してなるものである、請求項1記載の量子ドット。
【請求項3】
前記界面活性剤型重合開始剤が、可逆的付加−開裂連鎖移動重合剤である、請求項1又は2記載の量子ドット。
【請求項4】
前記可逆的付加−開裂連鎖移動重合剤が、下記式(1):
【化1】

(式中、R1は炭素数4〜21のアルキル基を表し、R2はNa+、K+、NH3+又はLi+を表す。)
に示されるものである、請求項3記載の量子ドット。
【請求項5】
さらに前記界面活性剤型重合開始剤にポリマーが結合してなるものである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の量子ドット。
【請求項6】
前記ポリマーは、前記界面活性剤型重合開始剤中の重合性基を起点としてモノマーが重合されたものである、請求項5記載の量子ドット。
【請求項7】
前記モノマーの重合がリビングラジカル重合である、請求項6記載の量子ドット。
【請求項8】
前記ポリマーは、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンを含むモノマーが重合されたものである、請求項5〜7のいずれか1項に記載の量子ドット。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の量子ドットを含む、生体内バイオイメージング用粒子。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の量子ドットを生体内組織又は細胞に導入し、当該量子ドットの蛍光を検出することを特徴とする、生体内バイオイメージング方法。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の量子ドットを含む、生体内バイオイメージング用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−190976(P2009−190976A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−30171(P2008−30171)
【出願日】平成20年2月12日(2008.2.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、科学技術連携施策群の効果的・効率的な推進/1遺伝子可視化法による遺伝子ベクター創製事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】