説明

水分離膜

【課題】エタノール、糖類の水溶液から効率よく水を分離する手段を提供する。
【解決手段】本発明の水分離膜は、ポリビニルスルホン酸イオンが配位しているポリピロールを含む高分子化合物を、電気化学的に還元することにより得られる高分子化合物であって、ポリビニルスルホン酸イオンが配位されているポリピロールと、電気的に中性のポリピロールとからなる共重合体と、遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含む高分子化合物、又は電気的に中性のポリピロールと、遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含む高分子化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノール、糖類等の水溶液から水を分離する水分離膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止の観点から、その原因の一つと考えられている二酸化炭素排出量を削減することが求められている。そこで、ガソリン等の液体炭化水素とエタノールとの混合燃料を自動車燃料に用いることが検討されている。前記エタノールとしては、植物性物質、例えばサトウキビ、トウモロコシ等の農作物の醗酵により得たエタノールを用いることができる。前記植物性物質は、原料となる植物自体が既に光合成により二酸化炭素を吸収しているので、かかる植物性物質から得られたエタノールを燃焼させたとしても、排出される二酸化炭素の量は前記植物自体が吸収した二酸化炭素の量に等しい。即ち、総計としての二酸化炭素の排出量は理論的にはゼロになるという所謂カーボンニュートラル効果を得ることができる。従って、前記ガソリン等の液体炭化水素に代えて前記エタノールを用いた分だけ、二酸化炭素排出量を削減することができる。
【0003】
ところが、前記サトウキビ、トウモロコシ等は、エタノールの原料として大量に消費されると、食料として供給される量が減少するという問題がある。
【0004】
そこで、前記植物性物質として、サトウキビ、トウモロコシ等に代えて、セルロースを含むが食用ではないバイオマスを用いてエタノールを製造する技術が検討されている。前記セルロースを含むバイオマスとしては、例えば、木材、稲藁、麦藁、バガス、竹、パルプ及びこれらから生じる廃棄物例えば古紙等を挙げることができる。前記エタノールの製造方法として、セルロースを含むバイオマスを収容した糖化槽に糖化酵素を加えることによって、該セルロースを酵素糖化させて糖を生成し糖溶液を得る工程と、該糖溶液を、醗酵槽に導入し、さらにエタノール醗酵菌を加えることによって、該糖をエタノール醗酵させてエタノール水溶液を得る工程とを含む方法が知られている(特許文献1参照)。
【0005】
このようにして得られたエタノール水溶液は、例えば、0.5〜5重量%の範囲の濃度であって希薄であるため、液体燃料として使用するためにはさらに濃縮処理をする必要がある。前記濃縮処理として、一般的には蒸溜法が用いられるが、エタノールと水とは、共沸点が存在するため、エタノールを約96重量%以上の濃度に濃縮することは原理的に不可能である。そこで、蒸溜して得たエタノール水溶液を、さらに、例えば、ゼオライト系水分離膜を用いるパーベーパレーション法により処理して、50〜75℃の範囲の処理温度で水を分離することにより、99重量%以上の濃度のエタノールを得ることができる(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−88136号公報
【特許文献2】特開平07−185275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前記エタノール水溶液の濃縮処理における蒸溜法は、大量の熱エネルギーを必要とするという問題点がある。
【0008】
そこで、本発明の目的は、エタノール、糖類等の水溶液に対する蒸溜処理に際し、予め該水溶液から効率的に水のみを分離することができる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するために、本発明の水分離膜は、ポリビニルスルホン酸イオンが配位しているポリピロールを含む第1の高分子化合物を、電気化学的に還元することにより得られる第2の高分子化合物からなることを特徴とする。
【0010】
前記電気化学的還元は、不完全であってもよく、完全に行ってもよい。前記電気化学的還元が不完全である場合、前記第2の高分子化合物は、ポリビニルスルホン酸イオンが配位しているポリピロールと、電気的に中性のポリピロールとからなる共重合体と、遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含むものとなる。
【0011】
また、前記電気化学的還元が完全に行われた場合、前記第2の高分子化合物は、電気的に中性のポリピロールと、遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含むものとなる。
【0012】
本発明の水分離膜によれば、前記第2の高分子化合物からなることにより、例えば、10重量%以下の濃度の希薄なエタノール水溶液からでも効率よく水を分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の水分離膜を製造に用いられる重合装置の斜視図。
【図2】図1の重合装置のII−II線断面図。
【図3】本発明の水分離膜の製造に用いられる還元装置の斜視図。
【図4】図3の還元装置のIV−IV線断面図
【図5】パーベーパレーション装置の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態の水分離膜は、ポリビニルスルホン酸イオンが配位しているポリピロールを含む第1の高分子化合物を、電気化学的に還元することにより得られる第2の高分子化合物からなる。第1の高分子化合物は、ポリピロールのモノマーであるピロールと、ポリビニルスルホン酸塩とを溶解した重合溶液を、定電流酸化重合することにより合成することができる。
【0015】
前記定電流酸化重合により合成されたポリピロールは、酸化状態、即ち、電子が失われた状態であるため、正の電荷を有する。その結果、酸化状態のポリピロールには、アニオンであるポリビニルスルホン酸イオンが配位しており、下記の化学式(1)で表される構造を備える高分子化合物となる。
【0016】
次に、化学式(1)で表される高分子化合物を、電気化学的に還元することにより、ポリピロールは電気的に中性となる。その結果、ポリビニルスルホン酸イオンは、ポリピロールから遊離する。このとき、化学式(1)で表される高分子化合物の電気化学的還元は、不完全であってもよく、完全に行ってもよい。化学式(1)で表される高分子化合物を不完全に電気化学的に還元すると、下記の化学式(2)で表される高分子化合物となり、完全に電気化学的に還元すると、下記の化学式(3)で表される高分子化合物となる。
【0017】

【0018】

【0019】

【0020】
化学式(2)で表される高分子化合物は、ポリビニルスルホン酸イオンが配位しているポリピロールと、電気的に中性のポリピロールとからなる共重合体と、遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含む。また、化学式(3)で表される高分子化合物は、電気的に中性のポリピロールと、遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含む。
【0021】
化学式(1)で表される高分子化合物は、例えば、図1及び図2に示す電気化学的重合装置1を用い、定電流酸化重合法により合成することができる。重合装置1は、重合容器2と、重合容器2内に配設された作用電極3、対向電極4,4及び参照電極5とを備えている。対向電極4,4は、互いに作用電極3と等距離を存して作用電極3の両側に対向配置され、参照電極5は、作用電極3と一方の対向電極4との間に配置されている。そして、作用電極3、対向電極4,4、参照電極5は、それぞれガルバノスタット6に電気的に接続されている。
【0022】
作用電極3は、例えば、ニッケル板からなり、その表面は、例えば、アルミナ系研磨剤により均一に研磨されている。対向電極4,4は、例えば、ニッケル板からなる。参照電極5は、溶媒に応じて適宜選択することができる。参照電極5は、例えば、溶媒が水の場合、水系参照電極Ag/AgCl(BAS株式会社製)等を挙げることができる。
【0023】
次に、例えば、蒸留水又はイオン交換水を溶媒として、ポリビニルスルホン酸の塩を溶解し、その後、ポリピロールのモノマーであるピロールを溶解することにより重合溶液を調製する。前記溶媒は、アルゴンガスまたは窒素ガスにより、予め溶存酸素を脱気しておくことにより、高品質の水分離膜を容易に形成することができる。前記重合溶液中の前記ポリビニルスルホン酸の塩及びピロールの濃度は、それぞれ、例えば、0.01〜2.0モル/lの範囲の濃度となるようにする。
【0024】
次に、重合容器2に、前記重合溶液を収容し、作用電極3を陽極、対向電極4,4を陰極として、例えば、0.1〜5.0mA/cmの範囲の電流密度で、作用電極3の両面それぞれに、所定の厚さの膜が形成されるまで定電流酸化重合を行う。
【0025】
前記定電流酸化重合が完了した後、作用電極3の両面に形成された前記膜を剥離することにより、化学式(1)で表される高分子化合物からなる膜を得ることができる。
【0026】
このようにして得られた化学式(1)で表される高分子化合物からなる膜は、例えば、図3及び図4に示す還元装置7を用いて電気化学的還元処理をすることにより、還元することができる。還元装置7は、還元容器8と、還元容器8内に配設された作用電極9、対向電極10,10及び参照電極5とを備えている。対向電極10,10は、互いに作用電極9と等距離を存して作用電極9の両側に対向配置され、参照電極5は、作用電極9と一方の対向電極10との間に配置されている。そして、作用電極9、対向電極10,10、参照電極5は、それぞれポテンショスタット11に電気的に接続されている。
【0027】
作用電極9は、上記のようにして得られた化学式(1)で表される高分子化合物からなる膜からなり、対向電極10は、例えば、白金板からなる。
【0028】
次に、例えば、蒸留水又はイオン交換水を溶媒として、塩化ナトリウム等の溶解時にナトリウムイオンを形成する化合物を溶解することにより還元溶液を調製する。前記還元溶液中のナトリウムイオンの濃度は、例えば、0.01〜2.0モル/lの範囲の濃度となるようにする。
【0029】
次に、還元容器8に、前記還元溶液を収容し、作用電極9にポテンショスタット11により負方向の電位を印加することにより、電気化学的還元処理を行う。化学式(1)で表される高分子化合物の電気化学的還元は、不完全であってもよく、完全に行ってもよい。化学式(1)で表される高分子化合物を不完全に電気化学的に還元すると、化学式(2)で表される高分子化合物となり、完全に電気化学的に還元すると、化学式(3)で表される高分子化合物となる。このようにして得られた化学式(2)又は化学式(3)で表される高分子化合物は、水分離膜として用いることができる。
【0030】
化学式(2)又は化学式(3)で表される高分子化合物からなる水分離膜は、例えば、パーベーパレーション法により、エタノール水溶液等から水を分離するために用いられる。
【0031】
パーベーパレーション法は、図5に示すように、水分離膜により該含水有機溶剤の供給液側と透過液側とに隔てられているパーベーパレーション装置21において、透過液側を供給液側よりも低圧とすることで水と有機溶剤との該水分離膜への透過度の違いを利用して、水を選択的に分離する方法である。
【0032】
パーベーパレーション装置21は、図5に示すように、パーベーパレーション用セル22と、コールドトラップ23と、真空ポンプ24と、真空計25とを備えている。パーベーパレーション用セル22は、蒸気の流通が可能であり、円形の焼結ガラスフィルタ26を有するフィルタホルダ27とを備えている。焼結ガラスフィルタ26の上面側には、パラフィルム(登録商標)からなるドーナツ状のシール部材(図示せず)が配置されている。前記シール部材の上には、該シール部材の外径と同一直径の円形の前記水分離膜が配置されている。フィルタホルダ27の上端側には、エタノール水溶液を供給する円筒状供給部材28が配置され、円筒状供給部材28の内周側には、前記水分離膜が露出している。フィルタホルダ27の下端部は、導管29に接続されている。導管29は、コールドトラップ23を介して真空ポンプ24に接続されており、コールドトラップ23と真空ポンプ24との間には、真空計25が配置されている。
【0033】
パーベーパレーション装置21によれば、セル22にエタノール水溶液を供給し、真空ポンプ24を駆動して、フィルタホルダ27の下端側を減圧することにより、パーベーパレーション処理をすることができる。このようにすることにより、セル22に供給されたエタノール水溶液から水が分離される。
【0034】
次に、本発明の実施例を示す。
【実施例】
【0035】
本実施例では、先ず、イオン交換水にアルゴンガスを吹き込み、脱酸素処理した。前記脱酸素処理されたイオン交換水200mlに、濃度25重量%のポリビニルスルホン酸ナトリウム水溶液10.40gを溶解した後、ピロールを1.34g溶解し、ポリビニルスルホン酸イオンの濃度が0.1モル/l、ピロールの濃度が0.1モル/lである重合溶液を調製した。
【0036】
次に、図1に示す電気化学的重合装置1の重合容器2内に、本実施例で調製した重合溶液を収容し、作用電極3を陽極、対向電極4,4を陰極として、0.4mA/cmの電流密度で1.5時間定電流酸化重合を行い、作用電極3の両面に21μmの厚さの膜を形成した。その後、前記膜を作用電極3から剥離し化学式(1)で表されるポリビニルスルホン酸イオンが配位したポリピロールからなる高分子化合物を得た。
【0037】
次に、イオン交換水200mlに、塩化ナトリウム11.69gを溶解し、ナトリウムイオンの濃度が1モル/lである還元溶液を調製し、図2に示す電気化学的還元装置7の還元容器8内に収容した。そして、本実施例で得た化学式(1)で表される高分子化合物からなる膜を作用電極9として用い、作用電極9を陰極、対向電極10,10を陽極とした。
【0038】
次に、ポテンショスタット11により、作用電極9の電位を0Vから−0.6Vまで1mV/秒の速度で連続的に下降させた後、同速度で電位を−0.6Vから0Vまで上昇させる工程を1サイクルとして、該工程を4サイクル行った。その後、同様にして電位を−0.6Vに下降させて電気化学的還元処理を終了とした。このようにすることにより、化学式(1)で表される高分子化合物からなる膜を不完全に電気化学的に還元することができ、化学式(2)で表される高分子化合物からなる水分離膜を得ることができる。
【0039】
次に、本実施例で製造した水分離膜を用いて、パーベーパレーション法による水分離性能試験を行った。
【0040】
本実施例では、図5に示すパーベーパレーション装置21において、有効透過面積が34.6mm(直径21mm)の焼結ガラスフィルタ26と、外径28mm、内径21mmの前記シール部材とを備えるものを用いた。前記シール部材の上には、本実施例で製造した水分離膜を該シール部材の外径と同一直径の円形として配置した。
【0041】
次に、パーベーパレーション装置21のセル22に、10重量%のエタノール水溶液3.34gを供給した。その後、室温(25℃)条件下で、真空ポンプ24を駆動して、フィルタホルダ27の下端側の気圧を500Paまで減圧し、2時間の間維持することにより、パーベーパレーション処理をした。その後、円筒状供給部材28内に残留するエタノール水溶液の濃度と、コールドトラップ23にトラップされた液体中のエタノール濃度とを測定し、該トラップされた液体の量及びエタノール濃度から水透過量(g/m・時)を算出した。結果を表1に示す。
【0042】
[比較例]
本比較例では、前記実施例と全く同一にして、化学式(1)で表されるポリビニルスルホン酸イオンがドープされたポリピロールを製造した。
【0043】
次に、本比較例で製造したポリビニルスルホン酸イオンがドープされたポリピロールを水分離膜として用い、セル22に供給するエタノール水溶液の量を3.33gとした以外は、前記実施例と全く同一にして水分離性能試験を行った。その後、前記実施例と全く同一にして、円筒状供給部材28内に残留するエタノール水溶液の濃度と、コールドトラップ23にトラップされた液体中のエタノール濃度とを測定し、該トラップされた液体の量及びエタノール濃度から水透過量(g/m・時)を算出した。結果を表1に示す。
【0044】
[表1]

【0045】
表1から、本発明の水分離膜を用いた実施例において、パーベーパレーション処理の前後で円筒状供給部材28内のエタノール濃度を比較すると、パーベーパレーション処理後の方が、エタノール濃度が上昇していることが明らかである。また、本発明の水分離膜を用いた実施例において、透過液側であるコールドトラップ23にトラップされた液にはエタノール分がほとんど含まれていないことが明らかである。従って、本発明の水分離膜は、実質的に水を選択的に透過させることができ、この結果、エタノール水溶液を濃縮することができることが明らかである。
【0046】
さらに、表1から、パーベーパレーション処理において、電気化学的還元処理を行った実施例の水分離膜を用いた場合によれば、電気化学的還元処理を行っていない比較例の水分離膜を用いた場合に比較して、単位時間、単位面積当たりの水透過量が多くなっていることが明らかである。
【0047】
尚、上記実施例においては、水分離膜として、化学式(1)で表される高分子化合物を不完全に還元し、化学式(2)で表される高分子化合物を用いているが、電気化学的還元をさらに進めて完全に還元することにより得られる化学式(3)で表される高分子化合物を用いてもよい。
【符号の説明】
【0048】
1…電気化学的重合装置、2…重合容器、3,9…作用電極、4,10…対向電極、5…作用電極、6…ガルバノスタット、7…還元装置、8…還元容器、11…ポテンショスタット、21…パーベーパレーション装置、22…パーベーパレーション用セル、23…コールドトラップ、24…真空ポンプ、28…円筒状供給部材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルスルホン酸イオンが配位しているポリピロールを含む第1の高分子化合物を、電気化学的に還元することにより得られる第2の高分子化合物からなることを特徴とする水分離膜。
【請求項2】
請求項1記載の水分離膜であって、
前記第2の高分子化合物は、ポリビニルスルホン酸イオンが配位されているポリピロールと、電気的に中性のポリピロールとからなる共重合体と、
遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含むことを特徴とする水分離膜。
【請求項3】
請求項1記載の水分離膜であって、
前記第2の高分子化合物は、電気的に中性のポリピロールと、
遊離のポリビニルスルホン酸イオンとを含むことを特徴とする水分離膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−147851(P2011−147851A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−9483(P2010−9483)
【出願日】平成22年1月19日(2010.1.19)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】