説明

水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒

【課題】高電流の溶接条件で水平すみ肉溶接しても耐棒焼け性に優れてアークが安定し、スラグ剥離性およびビード形状が良好なすみ肉溶接用被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】鋼心線に被覆剤が塗装されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤は、平均粒径が5〜45μmでMnCOの含有量が90質量%以上である炭酸マンガン:0.6〜4.0質量%、炭酸マンガン以外の金属炭酸塩:2〜8質量%、ルチール:8〜16質量%、珪砂:4〜12質量%、マグネシアクリンカー:2〜8質量%、フェロマンガン:5〜11質量%、鉄粉:40〜60質量%を含有し、その他は塗装剤、水ガラスおよび不可避的不純物からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒に係り、高電流の溶接条件で水平すみ肉溶接しても溶接作業性など諸性能を満足しつつ耐棒焼け性に優れ、大脚長が得られかつ等脚性が良好な水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ルチール、硅砂およびマグネシアクリンカーを主成分とする水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒は、炭酸カルシウムおよび蛍石を主成分とする低水素系被覆アーク溶接棒に比べ、ビード形状が平滑でかつアンダーカットの発生が極めて少ないことから、船体構造用鋼材の水平すみ肉姿勢による1パス溶接に多く用いられている。
【0003】
水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒は、溶接作業能率のさらなる向上を目的として長尺化が強く要望されており、さらに高電流の溶接条件で使用される場合が多い。高電流の溶接条件で溶接すると、深い溶け込みが得られる反面、溶接棒の後半部において鋼心線が発熱し、被覆剤が焼けた状態、即ち、棒焼け現象を起こし易くなる欠点がある。この棒焼けを生じた溶接棒を使用すると、溶接時にアークが不安定となり、溶接作業性の劣化を招くばかりかブローホールや溶け込み不足などの溶接欠陥が発生する。
【0004】
このような状況に対し、耐棒焼け性の改善策として、提案が多数されている。例えば、特開平9−68712号公報(特許文献1)には、鋼心線の比抵抗および鋼心線と溶接棒ホルダーとの接触電気抵抗を限定することによって耐棒焼け性を向上する技術が開示されている。しかしその効果は小さく、水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒に適用した場合は多量に金属粉を含んでいるので耐棒焼け性が不良になる。
【0005】
また、特開昭57−206595号公報(特許文献2)には、固着剤としての水ガラスにおけるSiO/NaOのモル比を2.8〜3.8とした高モル比水ガラスを用いることによって棒焼けを防止している。ところが、水ガラスのモル比を高くすると、製造時に乾燥割れが生じ、またNaOやKOなどのアルカリ金属酸化物の含有量が少なくなるのでアーク状態が劣化しスパッタの飛散が多くなるという課題がある。
【0006】
一方、本出願人は先に特開2008−6446号公報(特許文献3)で、被覆剤中のMnCOおよびFeCOの1種または2種の合計量を限定することによって棒焼け現象を改善できる技術を提案したが、この手法を水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒に適用しても棒焼け改善に効果が見られなかった。
このように、水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒においては、諸性能を満足しつつ高電流での溶接時の耐棒焼け性を安定して優れたものにすることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平9−68712号公報
【特許文献2】特開昭57−206595号公報
【特許文献3】特開2008−6446号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した課題に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、高電流の溶接条件で水平すみ肉溶接しても耐棒焼け性に優れてアークが安定し、スラグ剥離性およびビード形状が良好な水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は、鋼心線に被覆剤が塗布されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤は、平均粒径が5〜45μmでMnCOの含有量が90質量%以上である炭酸マンガン:0.6〜4.0質量%、炭酸マンガン以外の金属炭酸塩の1種または2種以上の合計:2〜8質量%、ルチール:8〜16質量%、珪砂:4〜12質量%、マグネシアクリンカー:2〜8質量%、フェロマンガン:5〜11質量%、鉄粉:40〜60質量%を含有し、その他は塗装剤、水ガラスおよび不可避的不純物からなることを特徴とする水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒にある。
【発明の効果】
【0010】
本発明の水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒によれば、生産性が良好で、水平すみ肉溶接におけるアーク状態、スラグ剥離性、ビード形状等の溶接作業性が良好で、特に耐棒焼け性が著しく良好であるので、溶接施工においてアークが安定して高電流の溶接条件が採用できるので溶接作業能率向上に大きく貢献できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者は、水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒の耐焼付け性について鋭意研究し、特に分解時に吸熱する金属炭酸塩を被覆剤中に含有させることによって耐棒焼付け性を改善できることを見出して本発明を完成した。
【0012】
水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒に通常含有する金属炭酸塩は、炭酸カルシウムおよび炭酸バリウムである。これらの分解温度は、炭酸カルシウムが800〜1000℃、炭酸バリウムが1350〜1450℃であり、これらの含有量を増加することで耐棒焼け性は改善されるが、アークが強くなると共にスラグ生成剤が不足するためビード形状が劣化する問題があった。
【0013】
そこで、本発明者らはその他の金属炭酸塩(炭酸マグネシウム、炭酸ソーダ、炭酸リチウムなど)について検討した結果、分解温度が600℃を超えるガス発生剤は、吸熱による効果が得られず耐棒焼け性を改善するには至らなかった。
【0014】
そこで、非低水素系被覆アーク溶接棒において棒焼けに有効な炭酸マンガンについて検討した結果、炭酸マンガンと前記炭酸カルシウムや炭酸バリウムとを併用して、炭酸マンガンの平均粒径範囲とMnCOの含有量を限定することを見出した。これにより低温(100℃程度)からMnCOの分解が始まり、MnOが吸熱することにより水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒の耐棒焼けに有効であることを突き止めた。
【0015】
ここで炭酸マンガンの平均粒径が大きい場合は、アークが強くなりビード形状が劣化した。また、溶接棒の製造時には被覆剤の固着性が劣化し、輸送中などに被覆が脱落しやすくなる。従って、適正な平均粒径とすることは重要である。さらに、炭酸マンガンのMnCO含有量を限定することも水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒の耐棒焼け性に欠かせない。炭酸マンガンのMnCO含有量が少ないと鋼心線が発熱しやすくなり棒焼けの原因となるとが判明した。
以下、本発明の水平すみ肉用溶接被覆アーク溶接棒について、被覆剤中における各成分の含有量の限定理由について詳細に説明する。
【0016】
[炭酸マンガン:0.6〜4.0質量%]
被覆剤中の炭酸マンガンは、被覆剤の耐棒焼け性を向上する。炭酸マンガンが0.6質量%未満では、棒焼けが生じてアークが不安定になる。一方、4.0質量%を超えて添加すると、スラグ生成剤量が不足すると共にアーク電圧が高くなることから、ビードが広がらずビード形状が不良になる。
【0017】
[炭酸マンガンの平均粒径:5〜45μm]
炭酸マンガンの平均粒径は、溶接作業性と生産性に大きく影響する。炭酸マンガンの平均粒径が5μm未満であると、溶滴の離脱が悪くなってスパッタの発生量が多くなる。一方、45μmを超えると、アーク電圧が高くなって入熱量が多くなるので、溶接棒の溶融速度が早くなりアークが強く、ビード形状が不良になる。また被覆剤に締りが無くなり製造時の乾燥工程で被覆に割れが生じて被覆が脱落するようになる。
【0018】
[炭酸マンガンのMnCO含有量:90質量%以上]
炭酸マンガンの純度すなわちMnCO含有量が90質量%未満であると、分解温度が高く、耐棒焼けの効果が十分ではない。一方、MnCO含有量が90質量%以上であると分解温度が100℃以下となりMnOが吸熱するため耐棒焼け性が良好となる。
【0019】
[炭酸マンガン以外の金属炭酸塩の1種または2種以上の合計:2〜8質量%]
炭酸マンガン以外の金属炭酸塩は炭酸カルシウム、炭酸バリウム、マグネサイトなどを指し、アーク中で分解してCOガスを発生して溶着金属を大気から遮断する。またアーク雰囲気中の水素分圧を下げるとともに分解時の吸熱による耐棒焼け性向上の効果がある。炭酸マンガン以外の金属炭酸塩の1種または2種以上の合計が2質量%未満であると、シールド効果が不足してブローホールが発生しやすくなるとともに、棒焼けが生じてアークが不安定になる。一方、8質量%を超えると、アークの吹きつけが弱くなりアークが不安定になる。
【0020】
[ルチール:8〜16質量%]
ルチールはスラグ生成剤およびスラグの粘性調整剤として不可欠な成分である。ルチールが8質量%未満では、スラグ生成量およびスラグの粘性が共に不十分になってスラグ被包性が低下しアンダーカットが生じやすくなる。一方、16質量%を超えると、スラグ生成量およびスラグの粘性が高くなりスラグが溶融池に被りやすくなってビードの下脚が不揃いな2段ビードになる。
【0021】
[珪砂:4〜12質量%]
珪砂は、ルチールと同様にスラグ生成剤およびスラグの粘性調整剤として不可欠な成分である。珪砂が4質量%未満では、スラグ生成量およびスラグの粘性が共に不十分になってスラグ被包性が低下しアンダーカットを生じやすい。一方、12質量%を超えると、スラグの粘性が高くなりスラグが溶融池に被りやすくなってビードの下脚が不揃いな2段ビードになる。
【0022】
[マグネシアクリンカー:2〜8質量%]
マグネシアクリンカーは、スラグの剥離性を高める効果がある。マグネシアクリンカーが2質量%未満では、スラグ剥離性が不良になる。一方、8質量%を超えると、スラグが溶融池に被ってビード形状が凸状となりやすい。
【0023】
[フェロマンガン:5〜11質量%]
フェロマンガンは脱酸剤として作用し、ピットの発生を防止する働きがある。フェロマンガンが5質量%未満では、脱酸不足となりピットが発生しやすくなる。一方、11質量%を超えると、溶接金属が脱酸過剰になってビードが広がらず凸ビードとなる。なお、フェロマンガンは、Cを0.5〜2.0質量%、Mnを60〜80質量%含有するものであることが脱酸剤としての効果が優れるので好ましい。
【0024】
[鉄粉:40〜60質量%]
鉄粉は、溶着金属量を増加し溶接能率を高めるのに重要な成分であると共に、水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒として必要なビードの伸びを高める作用がある。鉄粉が40質量%未満では、ビード形状が凸状となる。一方、60質量%を超えると、被覆の絶縁性が低下してサイドアークが生じてアークが不安定となり、ビード形状も不良になる。
【0025】
なお、前記被覆剤組成以外に、塗装剤としてマイカ、アルギン酸ソーダ等の1種以上を合計で4質量%以下、その他水ガラスとして珪酸ソーダ、珪酸カリウム等の固質成分を含むことができる。また、被覆剤の軟鋼心線への被覆率(溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%)は25〜38質量%とする。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
表1に示す各種被覆剤成分の含有量を変化させた被覆剤を用いて、直径5.5mm、長さ900mmのJIS G3523 SWY11の鋼心線に被覆率31質量%で被覆剤を塗装後、乾燥して各種水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒を試作した。
【0027】
【表1】

【0028】
表1に示す溶接棒を用いて生産性、溶接作業性および耐棒焼け性を調査した。生産性の評価は、溶接棒を各100kg製造し、塗装時または乾燥工程において被覆に疵、へこみ、割れがないものを良品とし、製造した全溶接棒に対する良品の割合を生産歩留とし、生産歩留が95.0質量%以上であったものを良好とした。
【0029】
溶接作業性の調査は、板厚16mm、幅100mm、長さ1000mmの無機系プライマ塗装鋼板をT型に組み立てた試験体を用いて、溶接電流260A(AC)の溶接条件で水平すみ肉溶接し、アーク状態、スラグ剥離性およびビードの形状を調査した。
【0030】
耐棒焼け性の評価は、前記試験体を用いて、溶接電流320A(AC)の溶接条件で水平すみ肉溶接し溶接中に鋼心線が発熱して棒焼けが発生しないものを良好とした。
これらの結果を表2にまとめて示す。
【0031】
【表2】

【0032】
表1および表2中、溶接棒No.1〜No.8は本発明例、溶接棒No.9〜No.17は比較例である。本発明例である溶接棒No.1〜No.8は、被覆剤中の炭酸マンガンの平均粒径、炭酸マンガン中のMnCOの含有量および被覆剤への添加量が適正であり、金属炭酸塩の1種または2種以上の合計、ルチール、珪砂、マグネシアクリンカー、フェロマンガンおよび鉄粉の含有量が適量であるので生産性、耐棒焼け性に優れ、アーク状態、スラグ剥離性およびビード形状が良好であり、極めて満足な結果であった。なお、別途実施したJIS Z3211に準じた溶着金属試験においても、引張試験の引張強さは490MPa以上、衝撃試験の吸収エネルギーは試験温度0℃で47J以上が得られた。
【0033】
比較例中、溶接棒No.9は、炭酸マンガンの平均粒径が小さいので、スパッタ発生量が多かった。また、珪砂が多いので、ビードの下脚が不揃いな2段ビードであった。
溶接棒No.10は、炭酸マンガンの平均粒径が大きいので、溶接棒製造時の歩留が低く、溶接時にアークが強くビード形状が不良であった。また、珪砂が少ないので、アンダーカットが生じた。
【0034】
溶接棒No.11は、炭酸マンガンのMnCO含有量が少ないので、棒焼けが生じてアークが不安定であった。また、ルチールが多いので、ビードの下脚が不揃いな2段ビードであった。
【0035】
溶接棒No.12は、炭酸マンガンが少ないので、棒焼けが生じてアークが不安定であった。また、マグネシアクリンカーが多いので、スラグが溶融地に被ってビード形状が凸状となった。
溶接棒No.13は、炭酸マンガンが多いので、ビードに広がりがなくビード形状が不良であった。また、フェロマンガンが少ないので、ピットが生じた。
【0036】
溶接棒No.14は、金属炭酸塩が少ないので、棒焼けが生じてアークが不安定であった。また、鉄粉が少ないので、ビード形状が凸状になった。
溶接棒No.15は、金属炭酸塩の炭酸カルシウム、炭酸バリウムおよびマグネサイトの合計が多いので、アークの吹きつけが弱くアークが不安定であった。またフェロマンガンが多いので凸ビードになった。
【0037】
溶接棒No.16は、ルチールが少ないので、スラグの被包性が悪くアンダーカットが生じた。また、マグネしアクリンカーが少ないので、スラグ剥離性が不良であった。
溶接棒No.17は、鉄粉が多いので、サイドアークが生じてアークが不安定で、ビード形状も不良であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼心線に被覆剤が塗布されている被覆アーク溶接棒において、前記被覆剤は、平均粒径が5〜45μmでMnCOの含有量が90質量%以上である炭酸マンガン:0.6〜4.0質量%、炭酸マンガン以外の金属炭酸塩の1種または2種以上の合計:2〜8質量%、ルチール:8〜16質量%、珪砂:4〜12質量%、マグネシアクリンカー:2〜8質量%、フェロマンガン:5〜11質量%、鉄粉:40〜60質量%を含有し、その他は塗装剤、水ガラスおよび不可避的不純物からなることを特徴とする水平すみ肉溶接用被覆アーク溶接棒。

【公開番号】特開2013−111617(P2013−111617A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260761(P2011−260761)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】