説明

水性インク、インクカートリッジ及びインクジェット記録方法

【課題】インクジェット用の水性インクの基本的な性能である高画像濃度、耐水性、耐候性を有した上で十分な耐擦過性を備えた画像を与えることができ、かつ連続記録において、吐出口の目詰まりが生じず不吐出などが発生しないインクジェット用の水性インクを提供すること。
【解決手段】式(A)、式(B)及び式(C)で示される単位を含んで構成され、各単位のモル%をそれぞれl、m、nとした際に、l+m+n=100.0、70.0≦l、m≦30.0、1.0≦n≦15.0を満たす共重合体であるアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で、α,β−エチレン性不飽和単量体を重合してなる樹脂微粒子を含有することを特徴とするインクジェット用の水性インク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット用の水性インク、インクカートリッジ及びインクジェット記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の、色材に染料などを用いたインクによるインクジェット記録方法によって得られる画像の耐候性を向上させるため、色材として顔料を含有するインクを利用する技術がある。しかし、顔料インクの場合、インクジェット方式の記録ヘッドからの吐出安定性を長期間維持するのが難しく、また、得られた画像は耐擦過性の点において、未だ改良の余地が残されている。
【0003】
このような課題を改良する手段は、現在までに多数提案されている。特許文献1には、画像の耐擦過性を改良する目的で、顔料インクに水溶性樹脂を添加する技術が提案されている。一方、特殊な樹脂微粒子を使用することにより、含有量が少量であっても良好な画像の耐擦過性を発現させる技術が提案されている。例えば、特許文献2には、乳化剤としてポリビニルアルコールを用いて合成されたアクリル系の樹脂微粒子が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−65205号公報
【特許文献2】特開2003−192956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、画像の耐擦過性を向上するためにインク中の水溶性樹脂の含有量を増やすと、記録ヘッドの吐出口近傍においてインクが乾燥した際に目詰まりが生じ易く、吐出安定性が低下するという問題が発生する。また、インクに添加する樹脂の種類によっては、インクの粘度が上昇し、インクの吐出安定性を確保することが困難となる。このような課題に対し、先に挙げた特許文献1では、インクの粘度上昇を抑えるために、樹脂微粒子をインクに添加することについての提案もされている。しかし、この場合においては、樹脂微粒子と顔料が別々に存在している状態であるため、得られる画像の耐擦過性の改良は十分なものではなかった。また、特許文献2に記載された製造方法により得られる樹脂微粒子を使用したインクによれば、良好な画像の耐擦過性を得られるものの、連続記録においては、吐出口の目詰まりが生じ、インクの吐出安定性は不十分であった。
【0006】
したがって、本発明の目的は、高いレベルの耐擦過性を備えた画像を与え、樹脂微粒子の分散安定性や吐出安定性に優れるインクジェット用の水性インク、該水性インクを用いたインクカートリッジ及びインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的は、以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、式(A)、式(B)及び式(C)で示される単位を含んで構成され、各単位のモル%をそれぞれl(エル)、m、nとした際に、l+m+n=100.0、70.0≦l(エル)、m≦30.0、1.0≦n≦15.0を満たす共重合体であるアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で、α,β−エチレン性不飽和単量体を重合してなる樹脂微粒子を含有することを特徴とするインクジェット用の水性インク、該水性インクを用いたインクカートリッジ及びインクジェット記録方法を提供する。
【0008】

[式(B)中のR1は、炭素数1乃至7のアルキル基を表す。また、式(C)中のR2はそれぞれ独立に、H、CH3、COOH及びCH2COOHから選ばれるいずれかを表す。]
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高いレベルの耐擦過性を備えた画像を与え、樹脂微粒子の分散安定性や吐出安定性に優れるインクジェット用の水性インク、該水性インクを用いたインクカートリッジ及びインクジェット記録方法の提供が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、好適な実施の形態を挙げて本発明を詳細に説明する。なお、インクジェット用の水性インクのことを、以下、「インク」と記載することがある。
本発明者らは、高いレベルの画像の耐擦過性が得られ、かつ、吐出安定性に優れるインクを提供するために、以下のことに着目した。すなわち、樹脂微粒子の分散安定性を高めることによる記録ヘッドの吐出口における目詰まりの抑制と、樹脂微粒子の強度を高めて、記録した画像の耐擦過性を向上するため、樹脂微粒子を重合する際の乳化剤に着目した。より具体的には、最適な乳化剤を選定することにより、樹脂微粒子の強度を高め、高いレベルの画像の耐擦過性を得ることと、樹脂微粒子の分散安定性を高め、インクの吐出安定性を向上することの両立を図ることを試みた。
【0011】
本発明者らは、上記観点の下、従来技術の課題を解決すべく検討を行った結果、本発明のインクの構成を見出した。本発明のインクには、特定の共重合体であるアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で、α,β−エチレン性不飽和単量体を重合させて得られる樹脂微粒子を含有させる。上記のようにして得られる樹脂微粒子には、特定のアニオン変性ポリビニルアルコールが吸着して存在しているため、インク中での樹脂微粒子の分散安定性やインクの吐出安定性に優れ、また、得られる画像の耐擦過性も高まる。より具体的には、本発明のインクを特徴づける樹脂微粒子は、以下の構造を満たす共重合体であるアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で、α,β−エチレン性不飽和単量体を重合してなるものである。該ポリビニルアルコールは、まず、式(A)、式(B)、式(C)で示される単位を含んで構成されるものであることを要す。さらに、上記各式で示される各単位のモル%を、式(A)=l(エル)、式(B)=m、式(C)=nとした際に、l+m+n=100.0、70.0≦l(エル)、m≦30.0、1.0≦n≦15.0の要件を満足するものであることを要す。
【0012】

[式(B)中のR1は、炭素数1乃至7のアルキル基を表す。また、式(C)中のR2はそれぞれ独立に、H、CH3、COOH及びCH2COOHから選ばれるいずれかを表す。]
【0013】
上記構成の樹脂微粒子を含有してなる本発明のインクによって、このような効果が得られる理由を、本発明者は以下のように考えている。一般的に樹脂微粒子は、重合する際に乳化剤として界面活性剤が用いられるが、本発明のインクに含有させる樹脂微粒子は、特定のアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下でα,β−エチレン性不飽和単量体を重合させたものである。本発明においては、このアニオン変性ポリビニルアルコールが吸着している樹脂微粒子をインクに含有させることで、該ポリビニルアルコールの構造中のカルボキシ基による静電的な反発力により、分散安定性が向上し、インクの吐出安定性も向上したものと考えられる。さらに、このポリビニルアルコール構造は非常に強固な膜物性を示すものであるため、得られる画像は高いレベルの耐擦過性を示すものになったと考えられる。このように、本発明では、上記特有の樹脂微粒子をインクに含有させることによって、高いレベルの画像の耐擦過性の達成と、樹脂微粒子の分散安定性やインクの吐出安定性の向上とを両立させたインクの実現を可能にできたものと考えられる。
【0014】
本発明者らの検討によれば、本発明で規定する上記した特定のアニオン変性ポリビニルアルコールは、特に、樹脂微粒子を合成する際に用いることで初めて、上記したインクにおいて発現される本発明の効果を示す。すなわち、上記アニオン変性ポリビニルアルコールを単純にインク中に添加するだけでは、該成分が樹脂微粒子に吸着して存在するものとはならず、下記に述べるように本発明の効果を得ることはできない。この場合は、インクの粘度上昇による吐出安定性の低下が生じるため、画像の耐擦過性の向上と、樹脂微粒子の分散安定性やインクの吐出安定性の向上との両立を図ることはできない。なお、樹脂微粒子にアニオン変性ポリビニルアルコールが吸着していることは、インクを8,000rpmで1時間遠心分離して得られた上澄み液中に存在するアニオン変性ポリビニルアルコール量を測定することにより検証することができる。そして、インク中のアニオン変性ポリビニルアルコールの全量に対して、上澄み液中に存在する量が50.0質量%未満である場合、アニオン変性ポリビニルアルコールが樹脂微粒子に確実に吸着して存在しているものと判断する。
【0015】
[インクジェット用の水性インク]
以下、本発明のインクジェット用の水性インクを構成する各成分について、それぞれ説明する。
<樹脂微粒子>
本発明において「樹脂微粒子」とは、インク中に分散している状態で存在する樹脂微粒子を意味する。本発明のインクに含有させる樹脂微粒子は、α,β−エチレン性不飽和単量体を一般的な重合法により合成することで得ることができる。そして、本発明のインクに含有させる樹脂微粒子は、後述する特定のアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で重合しさえすれば、重合法や、α,β−エチレン性不飽和単量体の種類に関しては特に限定されない。α,β−エチレン性不飽和単量体としては、例えば、以下のような親水性単量体や疎水性単量体が挙げられ、1種又は2種以上で使用することができる。なお、本明細書における(メタ)アクリルとは、アクリル及びメタクリルを示すものとする。
【0016】
親水性単量体としては、(メタ)アクリル酸などのエチレン性不飽和モノカルボン酸単量体;イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、ブテントリカルボン酸などのエチレン性不飽和多価カルボン酸単量体;フマル酸モノブチル、マレイン酸モノブチル、マレイン酸モノ−2−ヒドロキシプロピルなどのエチレン性不飽和多価カルボン酸の部分エステル単量体;(メタ)アクリルアミド、N−メチロール(メタ)アクリルアミド、N−ブトキシメチル(メタ)アクリルアミドなどのエチレン性不飽和アミド単量体;これらの単量体の無水物や塩などが挙げられる。
【0017】
疎水性単量体としては、スチレン、α−メチルスチレン、ビニルトルエン、クロロスチレンなどの芳香族ビニル単量体;(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸2−エチルへキシル、(メタ)アクリル酸n−アミル、(メタ)アクリル酸イソアミル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸グリシジルなどの(メタ)アクリル酸エステル単量体;(メタ)アクリロニトリルなどのシアノ基含有エチレン性不飽和単量体;アリルグリシジルエーテルなどのエチレン性不飽和グリシジルエーテル単量体;1,3−ブタジエン、イソプレン、2,3−ジメチル−1,3−ブタジエン、1,3−ペンタジエンなどの共役ジエン単量体;酢酸ビニルなどのカルボン酸ビニルエステル単量体などが挙げられる。
【0018】
本発明を構成する樹脂微粒子は、一般的な乳化重合や懸濁重合などの重合法により合成することが可能である。先に述べたように、本発明のインクの特徴は、特定のアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で、上記に挙げたようなα,β−エチレン性不飽和単量体を重合させて得られた樹脂微粒子を用いたことにある。本発明においては、樹脂微粒子を重合によって得る際に、α,β−エチレン性不飽和単量体の使用量が、アニオン変性ポリビニルアルコールの使用量に対する質量比率で、10.0倍以上100.0倍以下とすることが好ましい。なお、この場合の各成分の使用量は質量部であり、α,β−エチレン性不飽和単量体については、複数種の単量体を使用する場合には、その使用量は各単量体の合計量である。このような使用量の質量比率で重合した樹脂微粒子はインク中における分散安定性がより良好なものとなり、かつ、得られる画像の耐擦過性もより高いレベルとなる。
【0019】
<アニオン変性ポリビニルアルコール>
本発明において、「アニオン変性ポリビニルアルコール」は、式(A)、式(B)、式(C)で示される単位を含んで構成される共重合体である。そして、上記アニオン変性ポリビニルアルコールは、式(A)、式(B)、式(C)で示される各単位のモル%をそれぞれl(エル)、m、nとした際に、l+m+n=100.0、70.0≦l、m≦30.0、1.0≦n≦15.0を満たす必要がある。以下、式(A)、式(B)、式(C)で示される単位のことをそれぞれ、(A)成分、(B)成分、(C)成分と記載することがある。
【0020】

[式(B)中のR1は、炭素数1乃至7のアルキル基を表す。また、式(C)中のR2はそれぞれ独立に、H、CH3、COOH及びCH2COOHから選ばれるいずれかを表す。]
【0021】
アニオン変性ポリビニルアルコールを構成する(A)成分は、(ポリ)ビニルアルコール単位である。アニオン変性ポリビニルアルコールにおける式(A)で示される単位が占める割合l(モル%)は、70.0モル%以上であることを要する。(A)成分の割合が70.0モル%未満であると、ポリビニルアルコール単位が少なく、本発明が目的とする高いレベルの耐擦過性を実現することができない。さらには、式(A)で示される単位が占める割合l(モル%)は、80.0モル%以上であることがより好ましい。また、式(A)で示される単位が占める割合l(モル%)は、99.0モル%未満であることが好ましい。
【0022】
アニオン変性ポリビニルアルコールを構成する(B)成分は、アクリルエステル単位である。アニオン変性ポリビニルアルコールにおける式(B)で示される単位が占める割合m(モル%)は、30.0モル%以下であることを要する。(B)成分の割合が30.0モル%超であると、ポリビニルアルコール単位が相対的に少なくなり、本発明が目的とする高いレベルの画像の耐擦過性を得ることができなくなる。さらには、式(B)で示される単位が占める割合は、20.0モル%以下であることがより好ましい。また、式(B)で示される単位が占める割合m(モル%)は、0.0モル%以上であることが好ましい。つまり、m=0.0モル%である場合、アニオン変性ポリビニルアルコールは(B)成分を有さず、(A)成分及び(C)成分で構成されることになる。
【0023】
アニオン変性ポリビニルアルコールを構成する(C)成分は、酸基を有する単位である。つまり本発明で用いるアニオン変性ポリビニルアルコールは、(C)成分によってアニオン変性されたものである。式(C)で示される単位としては、アクリル酸、メタクリル酸などのエチレン性不飽和モノカルボン酸単量体;イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、ブテントリカルボン酸などのエチレン性不飽和多価カルボン酸単量体などに由来する単位が挙げられる。アニオン変性ポリビニルアルコールにおける式(C)で示される単位が占める割合n(モル%)は、1.0モル%以上15.0モル%以下であることを要する。(C)成分の割合が1.0モル%未満であると、樹脂微粒子の分散安定性が低下し、記録ヘッドの吐出口の目詰まりによりインクの吐出安定性も低下する。一方、(C)成分の割合が15.0モル%超であると、アニオン変性ポリビニルアルコールが乳化剤として十分に機能せずに、分散安定性が保たれる樹脂微粒子を得ることができなくなる。
【0024】
次に、アニオン変性ポリビニルアルコールを製造する方法について説明する。本発明で用いるアニオン変性ポリビニルアルコールは、従来公知の合成方法により容易に合成することが可能である。例えば、酢酸ビニルとα,β−エチレン性不飽和カルボン酸とを共重合させたものを、部分的ないしは完全にけん化することによって得ることができる。酢酸ビニルが部分的にけん化された場合には、アニオン変性ポリビニルアルコールは(A)成分、(B)成分、(C)成分で構成されることになる。一方、酢酸ビニルが完全にけん化された場合には、アニオン変性ポリビニルアルコールは(B)成分を有さず、(A)成分及び(C)成分で構成されることになる。本発明においては、アニオン変性ポリビニルアルコールの重合度は、300以上1,000以下の範囲内であることが好ましい。重合度が300未満であると、画像の耐擦過性をより向上する効果が十分に得られない場合がある。一方、重合度が1,000超であると、アニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で、α,β−エチレン性不飽和単量体を重合して得られた樹脂微粒子の分散安定性が低下しやすく、インクの吐出安定性をより向上する効果が十分に得られない場合がある。
【0025】
本発明におけるアニオン変性ポリビニルアルコールの「重合度(P)」とは、下記の方法で算出したものである。すなわち、上記のようにして得られる、本発明で使用するアニオン変性ポリビニルアルコールを完全にけん化した後、再酢化し、この重合体の極限粘度([η]、dl/g単位)をアセトン中、30℃で測定し、下記の数式1を用いて算出したものである。
[数式1]
P=([η]×103/7.94)1/0.62
【0026】
本発明で用いるアニオン変性ポリビニルアルコールの酸価は、20mgKOH/g以上150mgKOH/g以下の範囲内であることが好ましい。酸価が20mgKOH/g未満であると、樹脂微粒子の分散安定性が低下しやすく、インクの吐出安定性をより向上する効果が十分に得られない場合がある。一方、酸価が150mgKOH/g超である、画像の耐擦過性をより向上する効果が十分に得られない場合がある。
【0027】
また、本発明においては、重合度/酸価の値が5以上30以下であるアニオン変性ポリビニルアルコールを使用することがより好ましい。これは、本発明者らの検討によれば、この範囲外のアニオン変性ポリビニルアルコールを用いた場合は、その存在下で重合を行って得られる樹脂微粒子の分散安定性がやや下がる傾向が認められるからである。
【0028】
また、本発明においては、(A)成分中のヒドロキシ基のモル数が、(C)成分中のカルボキシ基のモル数に対する比率(OH/COOH)で、5.5倍以上35.0倍以下であるアニオン変性ポリビニルアルコールを使用することがより好ましい。これは、本発明者らの検討によれば、この範囲外のアニオン変性ポリビニルアルコールを用いた場合は、その存在下で重合を行って得られる樹脂微粒子の分散安定性がやや下がる傾向が認められるからである。
【0029】
<水性媒体>
本発明のインクには、水、又は、水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を用いることができる。インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、5.0質量%以上90.0質量%以下、さらには、10.0質量%以上50.0質量%以下であるであることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、従来、インクジェット用のインクに一般的に用いられているものをいずれも用いることができる。例えば、炭素数1乃至4のアルキルアルコール類、アミド類、ケトン類、ケトアルコール類、エーテル類、ポリアルキレングリコール類、グリコール類、アルキレン基の炭素原子数が2乃至6のアルキレングリコール類、1,2−アルカンジオール以外の多価アルコール類、アルキルエーテルアセテート類、多価アルコールのアルキルエーテル類、含窒素化合物類、含硫黄化合物類などが挙げられる。これらの水溶性有機溶剤は、必要に応じて1種又は2種以上を用いることができる。水は脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、10.0質量%以上90.0質量%以下であることが好ましい。なお、25℃におけるインクの粘度は6mPa・s以下であることが好ましく、インクの粘度の調整は、例えば、水性媒体の構成や含有量を適切に選択することによって行うことができる。25℃におけるインクの粘度が6mPa・sより高いと、インクの吐出安定性の向上効果が十分に得られない場合がある。
【0030】
<色材>
次に、本発明に使用できる色材について説明する。本発明の水性インクは、色材を添加していないクリアインクであってもよい。すなわち、この場合には、色材を含有するインクにより画像を記録した後に、色材を含有しない本発明の水性インクを該画像にオーバーコートすることによって、本発明が目的とする高いレベルの画像の耐擦過性を得ることが可能になる。
【0031】
また、本発明のインクに色材を添加する場合は、高画像濃度、耐水性、耐候性を有する画像を得るために、顔料を用いることが好ましい。顔料としては、その分散方式にかかわらず、いずれのものも用いることができる。例えば、分散剤として樹脂を用いる樹脂分散顔料、界面活性剤により分散された顔料、顔料粒子の表面の少なくとも一部を樹脂などで被覆したマイクロカプセル顔料などを挙げることができる。また、顔料粒子の表面に親水性基を導入した自己分散型顔料、顔料粒子の表面に高分子を含む有機基を化学的に結合させた顔料(樹脂結合型の自己分散顔料)などを用いることができる。もちろん、これらの分散方式の異なる顔料を組み合わせて使用することも可能である。インク中の顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下、さらには1.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0032】
本発明の水性インクにおいて使用することのできる顔料の種類は特に限定されず、下記に挙げるようなものをいずれも使用することができる。具体的には、カーボンブラックなどの無機顔料、アゾ、フタロシアニン、キナクリドン、イソインドリノン、イミダゾロン、ジケトピロロピロール、ジオキサジンなどの有機顔料が挙げられ、1種又は2種以上を用いることができる。なお、本発明においては、本発明の効果が得られる範囲で、染料などの水溶性色材をさらに含有させてもよい。
【0033】
(その他の成分)
本発明のインクには、上記成分以外にも必要に応じて、尿素、エチレン尿素などの含窒素化合物;トリメチロールエタン、トリメチロールプロパンなどの常温で固体の水溶性有機化合物を含有させてもよい。また、上記の成分の他に、さらに必要に応じて、界面活性剤、水溶性樹脂、pH調整剤、消泡剤、防錆剤、防腐剤、防カビ剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤などの種々の添加剤をインクに含有させてもよい。
【0034】
<インクカートリッジ>
本発明のインクカートリッジは、インクと、このインクを収容するインク収容部とを備える。そして、このインク収容部に、上記で説明した本発明のインクが収容されている。インクカートリッジの構造としては、インク収容部が、液体のインクを収容するインク収容室、及び負圧によりその内部にインクを保持する負圧発生部材を収容する負圧発生部材収容室で構成されるものが挙げられる。なお、インクカートリッジは、液体のインクを収容するインク収容室を持たず、収容量の全量を負圧発生部材により保持する構成のインク収容部であるインクカートリッジであってもよい。さらには、インク収容部と記録ヘッドとを有するように構成された形態のインクカートリッジとしてもよい。
【0035】
<インクジェット記録方法>
本発明のインクジェット記録方法は、インクジェット方式の記録ヘッドにより上記で説明した本発明のインクを吐出させて、記録媒体に画像を記録する方法である。インクを吐出する方式としては、インクに力学的エネルギーを付与する方式や、インクに熱エネルギーを付与する方式が挙げられる。本発明においては、熱エネルギーを利用するインクジェット記録方法を採用することが特に好ましい。本発明のインクを用いること以外、インクジェット記録方法の工程は公知のものとすればよい。
【実施例】
【0036】
次に、実施例及び比較例を挙げて、本発明を具体的に説明する。本発明は、その要旨を超えない限り、下記実施例により限定されるものではない。なお、文中「部」又は「%」とあるのは特に断りのない限り質量基準である。
【0037】
<アニオン性ポリビニルアルコールの合成>
[(P−1)の合成]
撹拌機、還流冷却管、温度計及び窒素吹き込み管を備えた4つ口フラスコに、酢酸ビニル(VAc)81.7g及びアクリル酸(AA)3.6gを仕込んだ。反応系内を窒素置換した後、75℃に昇温し、開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル0.1gのメタノール溶液を添加して重合を開始した。3時間後、重合を停止し、ヘキサン中で沈殿させて得られた共重合体(樹脂)を真空乾燥することにより、樹脂を得た。得られた樹脂をメタノールに溶解し、濃度を20.0%に調整した後、モル比で、[NaOH]/[VAc]=0.0075となるように、NaOHのメタノール溶液を加えて40℃でけん化を行った。アセトンでよく洗浄した後、乾燥して、共重合体であるアニオン変性ポリビニルアルコール(P−1)を得た。
【0038】
得られた共重合体を再酢化して、アセトン中、30℃で測定した共重合体の極限粘度は0.461dl/gであり、これから求めた重合度は700であった。また、得られた共重合体を重水素化ジメチルスルホキシドに溶解し、35℃で1H−NMRスペクトルを分析することにより、下記の各式で示される成分量をそれぞれ測定した。その結果、(A)成分の割合l(モル%)は80.0モル%、(B)成分の割合m(モル%)は15.0モル%、(C)成分の割合n(モル%)は5.0モル%であった。さらに、得られた共重合体の酸価を測定した結果、54mgKOH/gであった。
【0039】

【0040】
[(P−2)〜(P−17)の合成]
酢酸ビニル(表1中のVAc)及びアクリル酸(表1中のAA)の仕込み量をそれぞれ表1に示した仕込み量に変更し、(P−2)〜(P−17)のアニオン変性ポリビニルアルコールを得た。詳しくは、開始剤量とけん化の際に用いるNaOH量を適宜調整した以外は(P−1)を合成する方法に従い、(P−2)〜(P−17)のアニオン変性ポリビニルアルコールを得た。表1には、各アニオン変性ポリビニルアルコールについて求めた各種の物性を示した。表1中、「OH/COOH」は、ヒドロキシ基のモル数/カルボキシ基のモル数の値である。
【0041】

【0042】
[(C−1)の合成]
アクリル酸を仕込まず、酢酸ビニルの仕込み量を86gとしたこと以外は、(P−1)を合成する方法に従い、表2に示す(C−1)のポリビニルアルコールを得た。
【0043】
[(C−2)の合成]
アクリル酸をジメチルアミノエチルアクリレートメチルクロライド4級塩(表2中のDMAEAMC)に変更し、仕込み量を7.1gに変更した以外は、(P−1)を合成する方法に従い、表2に示す(C−2)のカチオン変性ポリビニルアルコールを得た。
【0044】
[(C−3)の合成]
アクリル酸をアクリル酸2−エチルへキシル(表2中の2EHA)に変更し、仕込み量を9.2gに変更した以外は、(P−1)を合成する方法に従い、表2に示す(C−3)のアルキル変性ポリビニルアルコールを得た。
【0045】
[(C−4)〜(C−7)の合成]
酢酸ビニルの仕込み量、アクリル酸の仕込み量をそれぞれ表2に示した仕込み量に変更し、表2に示す(C−4)〜(C−7)のアニオン変性ポリビニルアルコールを得た。具体的には、開始剤量とけん化の際に用いるNaOH量を適宜調整した以外は(P−1)を合成する方法に従い、(C−4)〜(C−7)のアニオン変性ポリビニルアルコールを得た。表2には、各(変性)ポリビニルアルコールについて求めた各種の物性を示した。表2中、「OH/COOH」は、ヒドロキシ基のモル数/カルボキシ基のモル数の値である。
【0046】

【0047】
<樹脂微粒子の合成>
[(Em−1)の合成]
撹拌装置、窒素導入管、還流冷却装置、温度計を備えたフラスコに、イオン交換水100.0部に、乳化剤として上記で得た(P−1)を1.5部加えた混合液を入れ、撹拌しながら窒素雰囲気下で90℃に昇温した。その後、上記混合液に、後述するα,β−エチレン性不飽和単量体、イオン交換水を100.0部、(P−1)を1.5部混合した液体と、過硫酸カリウム1部をイオン交換水20部に溶解した液体とを3時間かけてそれぞれ滴下した。α,β−エチレン性不飽和単量体としては、メタクリル酸メチル(表3中のMMA)8.5部、アクリル酸2−エチルへキシル(表3中の2EHA)10.0部、メタクリル酸(表3中のMAA)5.0部を用いた。その後、エージングを2時間行い、適量の水で固形分を調整して、樹脂微粒子(Em−1)が分散してなる樹脂エマルションを得た。該溶液中の固形分である樹脂微粒子(Em−1)の含有量は25.0%である。
【0048】
[(Em−2)〜(Em−23)の合成]
単量体成分の添加量及び乳化剤の種類と添加量を表3に示す値にそれぞれ変更した以外は、樹脂微粒子(Em−1)を合成した方法に従い、樹脂微粒子(Em−2)〜(Em−23)が分散してなるエマルションを得た。これらの樹脂エマルション中の固形分である樹脂微粒子(Em−2)〜(Em−23)の含有量は、それぞれ25.0%である。表3には単量体/乳化剤の使用量の質量比率の値を示した。
【0049】

【0050】
[(CEm−1)〜(CEm−9)の合成]
単量体成分の添加量及び乳化剤の種類と添加量を表4に示す値に変更した以外は、樹脂微粒子(Em−1)を合成した方法に従い、樹脂微粒子(CEm−1)〜(CEm−9)が分散してなる樹脂エマルションを得た。これらの樹脂エマルション中の固形分である樹脂微粒子(CEm−1)〜(CEm−9)の含有量は、それぞれ25.0%である。なお、(CEm−8)で使用したラテムルPD−104は、アニオン性の界面活性剤、(CEm−9)で使用したラテムルPD−420は、ノニオン性の界面活性剤であり、いずれも(A)成分を有さないものである。表4には単量体/乳化剤の使用量の質量比率の値を示した。
【0051】

【0052】
<顔料分散液の調製>
自己分散顔料として市販されているCab−O−Jet400(顔料の含有量15.0%、キャボット製)を水で希釈し、十分撹拌して顔料分散液を得た。得られた顔料分散液中における顔料の含有量は10.0%、pHは9.0であり、顔料の平均粒子径は110nmであった。
【0053】
<インクの調製>
下記表5に示した各成分を混合し、十分撹拌して分散した後、ポアサイズ3.0μmのミクロフィルター(富士フイルム製)にて加圧ろ過を行い、各インクを調製した。なお、ポリエチレングリコールは数平均分子量1,000のものを用いた。また、アセチレノールE100は川研ファインケミカル製のノニオン性界面活性剤である。
【0054】

【0055】

【0056】

【0057】
<画像の作成方法>
上記で調製した実施例1〜23及び比較例1〜13の各インクを用いて、以下の方法でベタ画像を形成した。詳しくは、PB PAPER GF−500(キヤノン製)、及び、OKトップコート、ミラーコート・ゴールド(以上、王子製紙製)の3種の記録媒体に、それぞれ10cm×15cmのベタ画像を形成した。また、記録物の作成には、インクジェット記録装置PIXUS iP3100(キヤノン製)を用いた。そして、得られた画像を、後述する耐擦過性の評価に用いた。
【0058】
また、実施例24〜26の各インクは顔料を含まないクリアインクであるので、これらのインクの耐擦過性の評価は、下記のようにして行った。まず、実施例1〜3のインク組成から樹脂微粒子を除き、水で合計量を100.0%としたインクA〜Cをそれぞれ調製した。そして、得られたインクA〜Cをそれぞれ用いて、上記した3種の記録媒体にベタ画像を形成した後、さらにベタ画像の上から実施例24〜26のクリアインクを用いてオーバーコートを行い、画像を形成した。そして、得られた画像を、後述する耐擦過性の評価に用いた。
【0059】
<評価方法>
下記の評価を行った。本発明においては、以下の各評価項目の評価基準において、B以上を許容できるレベル、C以下を許容できないレベルとし、結果を表6にそれぞれ示した。
【0060】
(樹脂微粒子の分散安定性)
上記のようにして得られた樹脂エマルションの状態から、樹脂微粒子の分散安定性を以下の基準により評価した。
AA:樹脂エマルションの粘度は100mPa・s未満であり、樹脂微粒子の分散安定性が非常に良好であった。
A:樹脂エマルションの粘度は100mPa・s以上500mPa・s未満であり、樹脂微粒子の分散安定性が比較的良好であった。
B:樹脂エマルションの粘度は500mPa・s以上1,000mPa・s以下であり、樹脂微粒子の分散安定性が良好であった。
C:重合時に増粘やゲル化が生じて1,000mPa・s以下の低粘度の樹脂エマルションが得られず、樹脂微粒子の分散安定性が不十分であった。
【0061】
(耐擦過性評価)
上記で得られた各画像に対して、学振形染色摩擦堅ろう度試験機(安田精機製作所製)を用いて、耐擦過性を評価した。なお、摩擦子には画像を形成したのと同種の記録媒体を固定した。また、荷重は1.96Nの条件で行った。
AA:30往復擦った後、いずれの記録媒体においても画像に傷がほとんど見られなかった。
A:30往復擦った後、いずれかの記録媒体において画像にわずかな傷が見られた。
B:30往復擦った後、いずれかの記録媒体において画像に明らかな傷が見られたが、10往復擦った後では、いずれの記録媒体においても画像に傷がほとんど見られなかった。
C:10往復擦った後、いずれかの記録媒体において画像に明らかな傷が見られた。
D:10往復擦った後、いずれの記録媒体においても画像に明らかな傷が見られた。
【0062】
(吐出安定性)
上記で調製した各インクをそれぞれインクカートリッジに充填し、熱エネルギーの作用によりインクを吐出するインクジェット記録装置PIXUS iP3100(キヤノン製)に搭載した。その後、A4サイズのPPC用紙GF−500(キヤノン製)に、19cm×26cmのベタ画像を10枚連続記録した。このときの5枚目及び10枚目のベタ画像の記録物を目視で観察することにより、吐出安定性を評価した。
AA:10枚目においても白スジやカスレが生じなかった。
A:5枚目では白スジやカスレが生じなかったが、10枚目では白スジやカスレが僅かに見られた。
B:10枚目において、白スジやカスレがやや見られた。
C:5枚目において、画像全体に白スジやカスレが見られた。
【0063】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(A)、式(B)及び式(C)で示される単位を含んで構成され、各単位のモル%をそれぞれl、m、nとした際に、l+m+n=100.0、70.0≦l、m≦30.0、1.0≦n≦15.0を満たす共重合体であるアニオン変性ポリビニルアルコールの存在下で、α,β−エチレン性不飽和単量体を重合してなる樹脂微粒子を含有することを特徴とするインクジェット用の水性インク。

[式(B)中のR1は、炭素数1乃至7のアルキル基を表す。また、式(C)中のR2はそれぞれ独立に、H、CH3、COOH及びCH2COOHから選ばれるいずれかを表す。]
【請求項2】
前記樹脂微粒子を重合する際における、前記α,β−エチレン性不飽和単量体の使用量が、前記アニオン変性ポリビニルアルコールの使用量に対する質量比率で、10.0倍以上100.0倍以下である請求項1に記載の水性インク。
【請求項3】
前記アニオン変性ポリビニルアルコールの重合度が、300以上1,000以下である請求項1又は2に記載の水性インク。
【請求項4】
前記アニオン変性ポリビニルアルコールの酸価が、20mgKOH/g以上150mgKOH/g以下である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の水性インク。
【請求項5】
前記アニオン変性ポリビニルアルコールにおける、重合度/酸価の値が、5以上30以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の水性インク。
【請求項6】
前記アニオン変性ポリビニルアルコールにおける、ヒドロキシ基のモル数が、カルボキシ基のモル数に対する比率で、5.5倍以上35.0倍以下である請求項1乃至5のいずれか1項に記載の水性インク。
【請求項7】
インクと、前記インクを収容するインク収容部とを備えたインクカートリッジであって、
前記インクが、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項8】
インクジェット方式の記録ヘッドからインクを吐出させて記録媒体に画像を記録する工程を有するインクジェット記録方法であって、
前記インクが、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の水性インクであることを特徴とするインクジェット記録方法。

【公開番号】特開2013−87138(P2013−87138A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226258(P2011−226258)
【出願日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】