説明

水性インクはじき表面を有する構造物及びその製造方法

【課題】 任意形状の固体基材上に、IJ水性インクを容易に弾くことができる構造物、および該構造物の簡便且つ効率的な製造方法を提供すること。
【解決手段】 表面張力が24mN/m以上の水性インクをはじくことができる表面を有する構造物であって、該構造物が、固体基材(X)の表面を、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)とシリカ(B)とを含有するナノ構造体(y1)中の該シリカ(B)に、重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)が結合してなるナノ構造複合体(Z1)で被覆したものであることを特徴とする水性インクはじき表面を有する構造物、及びその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意形状の固体基材表面がポリエチレンイミン骨格を有するポリマーとシリカとがナノメートルオーダーで複合化されてなるナノ構造体で緻密に被覆され、そのナノ構造体表面にフッ素系ポリマーが結合されてなる、水性インクはじき表面を有する構造物及び該構造物の製造方法に関する。また、前記ナノ構造体中のポリエチレンイミン骨格を有するポリマーを除去し、残りのシリカを主構成成分とするナノ構造体表面にフッ素系ポリマーが結合されてなる、水性インクはじき表面を有する構造物及び該構造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
蓮の葉の超撥水性構造解明以来、超撥水性材料開発は近年多くの成果を生み出し、水を完全に弾くことは極めて容易なこととなった(例えば、特許文献1〜2、及び非特許文献1〜3参照)。即ち、水の接触角を170°以上までに引き上げる技術はすでに完成されている状況である。しかしながら、単純水を弾くことでは、材料そのものの産業的応用には限界がある。実用的な濡れ性制御には、様々な物質を含む水性液体を弾くことが最も重要である。
【0003】
液体物質中、水の表面張力はもっとも高く、72.8mN/mである。従って、水は蓮の葉のように空気を多く含む凹凸表面構造の上では、接触角が大きくなることにより球状になりやすく、その表面から簡単に弾かれる。しかしながら、表面張力が低い水性液体、例えばアルコールなど水溶性有機物質を一定量含む水性液体の場合では、同様な凹凸表面構造の上であっても、当該水性液体の接触角は小さくなるため、凹凸表面構造上でも濡れてしまう。即ち、水溶性有機物質を含む液体はその表面張力が低いので、それを弾くことは極めて困難である。
【0004】
インクジェット(以下、IJと略記する。)用の水性インクの場合では、一般的に主のインク成分以外、水とアルコール類を含む。従って、IJ用水性インクの表面張力は24〜30mN/mの範囲であることが多い。これを弾くには、当然であるが、表面張力が高い水との接触角が180°に近い超撥水ナノ構造表面を有することが出来なくてはならない。即ち、水を完全に弾く表面構造を有する前提で、その表面の自由エネルギーを極力下げることが必要である。
【0005】
本発明者らは既に、直鎖状ポリエチレンイミン骨格を有するポリマーが水性媒体中で自己組織化的に成長する結晶性会合体を反応場にし、溶液中でその会合体表面にてアルコキシシランを加水分解的に縮合させ、シリカを析出させることで得られる、ナノファイバーを基本ユニットにした複雑形状のシリカ含有ナノ構造体を提供した(例えば、特許文献3〜6参照。)。
【0006】
この技術の基本原理は、溶液中でポリエチレンイミン骨格含有ポリマーの結晶性会合体を自発的に生長させることであり、一旦結晶性会合体ができたら、後は単に該結晶性会合体の分散液中にシリカソースを混合して、結晶性会合体表面上だけでのシリカの析出を自然に任せることになる(いわゆる、ゾルゲル反応)。この手法で得られるシリカ含有ナノ構造体は基本的にナノファイバーを構造形成のユニットとするものであり、それらユニットの空間的配列によって全体の構造体の形状を誘導するため、ナノレベルの隙間が多く、表面積が大きい。これはちょうどナノレベルで荒い表面構造形成を満たす効率的なプロセスになるものと考えられる。
【0007】
上記で提案した溶液中でのポリエチレンイミン骨格含有ポリマーの結晶性会合体の生長を、任意形状の固体基材の表面にて進行させ、基材上にポリマーの結晶性会合体の層が形成できれば、その固体基材上にシリカとポリマーとが複合化された新しい表面を有するナノ構造物を構築することも可能となる。
【0008】
このようなモデルに基づき、本発明者らは、ポリエチレンイミン骨格含有ポリマーのこの特徴を生かし、任意形状の固体基材表面と一定濃度、一定温度のポリエチレンイミン骨格含有ポリマーとの分子溶液と接触(浸漬)させることにより、溶液中の該ポリマーが固体基材表面に吸引され、結果的には該ポリマーの分子会合体からなる層を、固体基材表面の接触させた部分の全面に形成させ、それをシリカソース液中に浸漬させることで、固体基材を複雑な構造を有するシリカとポリマーとが複合してなるナノ構造体で被覆させることができることを見出した(例えば、特許文献7参照。)。更に、そのナノ構造体のシリカの部分に疎水性基を有するシラン類を化学結合させることにより、固体基材上に超疎水性を発現する表面を構築した(例えば、非特許文献4参照)。
【0009】
しかしながら、このようにして構築した超撥水性表面は強烈に水を弾くことができても、IJ用水性インクなどの表面張力が低い水性液体を弾くことはできなかった。更に、顔料または染料系IJ水性インクの場合、それら色素分子骨格そのものが疎水性を示す大きなπ平面分子構造を有するため、当該色素と超疎水性表面間に疎水性の吸引力が働く結果、色素が超疎水性の表面に吸着する表面汚れが生じる。この結果、超疎水性表面の自由エネルギーは低下し、次第に当該超疎水性表面では単純な水さえ弾くことが出来なくなるという問題がある。
【0010】
印刷技術、特に、IJ印刷技術の進歩はめざましく、環境的視点から、IJ用水性インク、例えば、染料系、顔料系、ナノ金属系のIJ用水性インクの需要はますます高まることが予測されている。IJ用水性インクを弾く材料は、印刷機器における流路の汚れ防止、目詰まり防止には極めて重要な意義を有するが、未だ、水を弾くと同様なレベルの水性インク弾き材料は開発されてない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2008−508181号公報
【特許文献2】米国特許出願公開第2006/029808号明細書
【特許文献3】特開2005−264421号公報
【特許文献4】特開2005−336440号公報
【特許文献5】特開2006−063097号公報
【特許文献6】特開2007−051056号公報
【特許文献7】特開2009−057263号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Sun et al.,Acc.Chem.Res.,2005,38,644−652
【非特許文献2】Li et al.,J.Mater.Chem.,2008,18,2276−2280
【非特許文献3】Feng et al.,J.Am.Chem.Soc.,2004,126,62−63
【非特許文献4】Jin et al. Adv. Mater. 10.1002/adma.200803393
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記実情を鑑み、本発明が解決しようとする課題は、任意形状の固体基材上に、IJ水性インクを容易に弾くことができる構造物、および該構造物の簡便且つ効率的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ポリエチレンイミンとシリカとがナノメートルオーダーで複合化されてなるナノ構造体が基材表面全体に広がり、それが基材を完全に被覆するほどの皮膜として基材上に複雑構造のナノ界面を形成している構造物を得た後、その表面をフッ素系ポリマーで処理することにより、表面張力が低い水性インクを弾く表面を有する構造物が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
即ち、本発明は、表面張力が24mN/m以上の水性インクをはじくことができる表面を有する構造物であって、
該構造物が、固体基材(X)の表面を、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)とシリカ(B)とを含有するナノ構造体(y1)中の該シリカ(B)に、重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)が結合してなるナノ構造複合体(Z1)で被覆したものであることを特徴とする水性インクはじき表面を有する構造物とその製造方法を提供するものである。
【0016】
更に、本発明は、表面張力が24mN/m以上の水性インクをはじくことができる表面を有する構造物であって、
該構造物が、固体基材(X)の表面を、シリカ(B)を主構成成分とするナノ構造体(y2)中の該シリカ(B)に重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)が結合してなるナノ構造複合体(Z2)で被覆したものであることを特徴とする水性インクはじき表面を有する構造物とその製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の水性インクはじき表面を有する構造物は、任意形状の金属、ガラス、無機金属酸化物、プラスチック、繊維、紙などの固体基材表面に、超疎水性ナノ構造複合体が形成されているものであり、該構造物自体は、複雑な平面、曲面、棒状、管状等のいずれの形態であってもよく、また、管内、管外、容器内、容器外のいずれにも限定的または包括的に水性インクはじき表面を形成させることができる。また、被覆する超疎水性ナノ構造複合体は、ポリエチレンイミン骨格を有するポリマー溶液と固体基材との接触によって該基材上に形成されるポリマー層をテンプレートとすることから、固体基材表面の一部のみを選択して被覆することも容易である。また、固体基材表面のナノ構造複合体は基本的にシリカであるため、耐溶剤性、耐腐食性、耐熱性にも強い。従って、本発明は印刷用IJヘッド、ノズルなどのマイクロ流路、溶液輸送/移動装置、自己洗浄流路など、産業上幅広い分野への応用展開が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1で得た、フッ素系ポリマー処理前の構造物の走査型電子顕微鏡写真である。低倍率(a)、凸起部以外の中倍率(b)、高倍率(c)。
【図2】実施例1で得た、フッ素系ポリマー処理後の構造物の走査型電子顕微鏡写真である。低倍率(a)、高倍率(b)。
【図3】実施例2で得た構造物表面にIJインク液滴を落として乾燥した後の斑点の写真(上)と、その斑点を水中にて洗い落とした後の写真(下)である。
【図4】実施例4で得たプラスチック板上での、フッ素系ポリマー処理後の構造物の走査型電子顕微鏡写真である。低倍率では(a)、高倍率(b)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[固体基材]
本発明において使用する固体基材(X)としては、後述するポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)が吸着できるものであれば特に限定されず、例えば、ガラス、金属、金属酸化物などの無機材料系基材、樹脂(プラスチック)、セルロース、繊維、紙などの有機材料系基材等、更にはガラス、金属、金属酸化物表面をエッチング処理した基材、樹脂基材の表面をプラズマ処理、オゾン処理した基材などを使用できる。
【0020】
無機材料系ガラス基材としては、特に限定することではないが、例えば、耐熱ガラス(ホウケイ酸ガラス)、ソーダライムガラス、クリスタルガラス、鉛や砒素を含まない光学ガラスなどのガラスを好適に用いることができる。ガラス基材の使用においては、必要に応じ、表面を水酸化ナトリウムなどのアルカリ溶液でエッチングして用いることができる。
【0021】
無機材料系金属基材としては特に限定しないが、例えば、鉄、銅、アルミ、ステンレス、亜鉛、銀、金、白金、またはこれらの合金などからなる基材を好適に用いることができる。
【0022】
無機材料系金属酸化物基材としては、特に限定することではないが、例えば、ITO(インジウムティンオキシド)、酸化スズ、酸化銅、酸化チタン、酸化亜鉛、アルミナなどを好適に用いることができる。
【0023】
樹脂基材としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカボナート、ポリエステル、ポリスチレン、ポリメタクリレート、ポリ塩化ビニール、ポリエチレンアルコール、ポリイミド、ポリアミド、ポリウレタン、エポキシ樹脂、セルロースなどの各種ポリマーの加工品を用いることができる。各種ポリマーの使用においては、必要に応じ、表面をプラズマまたはオゾン処理したものであっても、硫酸またはアルカリ等で処理したものであっても良い。
【0024】
固体基材(X)の形状については、特に限定されるものではなく、平面状若しくは曲面状板、またはフィルムでも良い。特に、複雑形状加工品の管状チューブ、管状チューブのらせん体、マイクロチューブ;また、任意形状の(例えば、球形、四角形、三角形、円柱形等)容器;また、任意形状の(例えば、円柱形、四角形、三角形等)棒または繊維状態の固体基材でも好適に用いることができる。
【0025】
後述する、本発明の構造物の製造方法において、焼成工程によりポリマー(A)を除去する場合には、焼成温度において変質しない固体基材を用いる必要があることは勿論である。
【0026】
[ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)]
本発明において、固体基材(X)上に形成するポリマー層には、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を用いることを必須とする。該ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)としては、線状、星状、櫛状構造の単独重合体であっても、他の繰り返し単位を有する共重合体であっても良い。共重合体の場合には、該ポリマー(A)中のポリエチレンイミン骨格(a)のモル比が20%以上であることが、安定なポリマー層を形成できる点から好ましく、該ポリエチレンイミン骨格(a)の繰り返し単位数が10以上である、ブロック共重合体であることがより好ましい。
【0027】
前記ポリエチレンイミン骨格(a)としては、直鎖状または分岐状のいずれでも良いが、結晶性会合体形成能が高い直鎖状ポリエチレンイミン骨格であることがより好ましい。また単独重合体であっても共重合体であっても、ポリエチレンイミン骨格部分に相当する分子量が500〜1,000,000の範囲であると、安定なポリマー層を基材(X)上に形成することができる点から好ましい。これらポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)は市販品または本発明者らがすでに開示した合成法(前記特許文献3〜6参照。)により得ることができる。
【0028】
後述するように、前記ポリマー(A)は様々な溶液に溶解して用いることができるが、この時、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)以外に、該ポリマー(A)と相溶するその他のポリマーと混合して用いることができる。その他のポリマーとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリメチルオキサゾリン、ポリエチルオキサゾリン、ポリプロピレンイミンなどを挙げることができる。これらのその他のポリマーを用いることにより、得られる構造物中の表面にあるナノ構造体の厚み、ひいては超疎水性ナノ構造複合体の厚みを容易に調整することが可能となる。
【0029】
[シリカ(B)]
本発明で得られる構造物の基材表面は、ポリマー(A)とシリカ(B)とを主構成成分とするナノ構造体(y1)、またはシリカ(B)を主構成成分とするナノ構造体(y2)で被覆されてなるものであることが大きな特徴である。シリカ(B)形成に必要なシリカソースとしては、例えば、アルコキシシラン類、水ガラス、ヘキサフルオロシリコンアンモニウム等を用いることができる。
【0030】
アルコキシシラン類としては、テトラメトキシシラン、メトキシシラン縮合体のオリゴマー、テトラエトキシシラン、エトキシシラン縮合体のオリゴマーを好適に用いることができる。さらに、アルキル置換アルコキシシラン類の、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、n−プロピルトリメトキシシラン、n−プロピルトリエトキシシラン、iso−プロピルトリメトキシシラン、iso−プロピルトリエトキシシラン等、更に、3−クロロプロピルトリメトキシシラン、3−クロロプロピルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3−メルカプトトリエトキシシラン、3,3,3−トリフルオロプロピルトリメトキシシラン、3,3,3−トリフルオロプロピルトリエトキシシラン、3−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリルオキシプロピルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、p−クロロメチルフェニルトリメトキシシラン、p−クロロメチルフェニルトリエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジエチルジメトキシシラン、ジエチルジエトキシシラン等を、単一で、又は混合して用いることができる。
【0031】
また、上記シリカソースに、他のアルコキシ金属化合物を混合して用いることもできる。例えば、テトラブトキシチタン、テトライソプロポキシチタン、または水性媒体中安定なチタニウムビス(アンモニウムラクテート)ジヒドロキシド水溶液、チタニウムビス(ラクテート)の水溶液、チタニウムビス(ラクテート)のプロパノール/水混合液、チタニウム(エチルアセトアセテート)ジイソプロポオキシド、硫酸チタン、ヘキサフルオロチタンアンモニウム等を用いることができる。
【0032】
[ポリマー(A)とシリカ(B)とを含有するナノ構造体(y1)]
ポリマー(A)とシリカ(B)とを含有するナノ構造体(y1)は、基本的にはポリマー(A)がシリカ(B)でコートされた構造の複合ナノファイバーであり、それが基材表面での空間配列を変えながら、全体を覆った状態を構成し、様々なパターンまたはモルフォロジーを形成する。例えば、ナノファバーが固体基材上の全面に主として該ファイバーの長軸が垂直方向を向いて生えているような芝状(ナノ芝)または若干垂直方向よりも倒れている田んぼ状(ナノ田んぼ)、ナノファイバーが基材上全面で横倒れているような畳状(ナノ畳)、ナノファイバーが基材上の全面でネットワークを形成し、ネット状構造になっているスポンジ状(ナノスポンジ)など、多様多種の階層構造を構成することができる。
【0033】
上記ナノ芝状またはナノファイバーネット状等を形成する基本ユニットのナノファイバーの太さは10〜200nmの範囲である。ナノ芝状におけるナノファイバーの長さ(長軸方向)は50nm〜2μmの範囲に制御することができる。
【0034】
固体基材上を被覆する際の厚さは、ナノファイバーの空間配列状態とも関連するが、概ね50nm〜20μmの範囲で変化させることができる。ナノ芝状では、ナノファイバーが立ち伸びる傾向が強く、ファイバーの長さが基本的に厚みを構成し、一本一本のファイバーの長さはかなり揃った状態であることが特徴である。ネットワークを形成している場合には、その重なり状態等によって厚みが決定される。
【0035】
ナノ構造体(y1)中、ポリマー(A)の成分は5〜30質量%で調整可能である。ポリマー(A)成分の含有量を変えることで、空間配列構造(高次構造)を変えることもできる。
【0036】
[シリカ(B)を主構成成分とするナノ構造体(y2)]
上記で得られるポリマー(A)とシリカ(B)とを含有するナノ構造体(y1)を、固体基材(X)ごと焼成することで、ポリマー(A)が除去された、シリカ(B)を主構成成分とするナノ構造体(y2)で被覆された固体基材(X)を得ることができる。このとき、焼成によりポリマー(A)は消失するが、シリカ(B)はその構造を維持したままである。従って、ナノ構造体(y1)の空間配置によってナノ構造体(y2)の形状も決定される。すなわち、例えば、ナノファイバーが固体基材上の全面に主として該ファイバーの長軸が垂直方向を向いて生えているような芝状(ナノ芝)または横倒れのネット状など、多様多種の階層構造を構成している。また、基本ユニットであるナノファイバーの太さは10〜200nmの範囲であり、ナノファイバーの長さ(長軸方向)は50nm〜2μmの範囲である。
【0037】
尚、シリカ(B)を主構成成分とするということは、焼成工程によりポリマー(A)を除去する際、焼成温度や時間の不足等により、ポリマー(A)由来の炭素原子等が若干含まれる場合もあるが、意図的に第三成分を併用しない限りにおいて、シリカ以外の成分を含まないことを言うものである。
【0038】
[疎水化処理]
本発明では、表面張力が水より低い水性インクを弾く表面とするために、重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)でナノ構造体(y1)又はナノ構造体(y2)の表面を修飾しなければならない。当該修飾は、前記フッ素系ポリマー(C)との接触で容易に行なうことができる。
【0039】
前記フッ素系ポリマー(C)としては、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ポリテトラフルオロエチレン、ポリヘキサフルオロプロピレン、ポリ(テトラフルオロエチレンオキシド)、ポリ(ヘキサフルオロプロピレンオキシド)等のホモポリマーや、フッ化ビニリデン、フッ化ビニル、テトラフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレンオキシド、ヘキサフルオロプロピレンオキシド等から選択される複数種のモノマーを共重合、三元共重合等させたポリマーが挙げられる。これらの中でも、得られる構造物が水性インクをより効果的に弾くことができる点から、ポリ(テトラフルオロエチレンオキシド)骨格を有するポリマーであることが好ましい。
【0040】
又、前記フッ素系ポリマー(C)としては、ポリ(テトラフルオロエチレンオキシド)鎖を有する(メタ)アクリレートの単独重合体、又はポリ(テトラフルオロエチレンオキシド鎖を有する(メタ)アクリレートと、フッ素原子含有基を有するビニル系単量体との共重合体であっても良い。フッ素原子含有基を有するビニル系単量体としては、(メタ)アクリル酸エステルが好適である。このようなフッ素原子含有基を有する(メタ)アクリル酸エステルとしては、例えば、パーフルオロメチル(メタ)アクリレート、パーフルオロエチル(メタ)アクリレート、パーフルオロプロピル(メタ)アクリレート、パーフルオロイソプロピル(メタ)アクリレート、パーフルオロブチル(メタ)アクリレート、パーフルオロイソブチル(メタ)アクリレート、パーフルオロs−ブチル(メタ)アクリレート、パーフルオロt−ブチル(メタ)アクリレート、パーフルオロペンチル(メタ)アクリレート、パーフルオロヘキシル(メタ)アクリレート、パーフルオロヘプチル(メタ)アクリレート、パーフルオロオクチル(メタ)アクリレートなどのパーフルオロC1-20アルキル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
【0041】
本発明に用いるフッ素系ポリマー(C)としては、前記で挙げたポリマーを単独で用いても良く、2種以上のポリマーを混合して使用しても良い。又、フッ素系ポリマー(C)の市販品としては、例えば、DIC株式会社製のRS−701,RS−713、株式会社ハーベス製のHD1101Z、DS1605TH、DS−5110Z130等が挙げられる。
【0042】
本発明で用いるフッ素系ポリマー(C)の重量平均分子量(テトラヒドロフラン溶液を用い、GPCにて測定したポリスチレン換算値)としては、1,000〜100,000の範囲であることを必須とするものである。重量平均分子量が1,000未満のフッ素含有化合物を用いた場合は、得られる構造物表面は超疎水性を発現するものの、アルコール類等を含む水性インクに対する撥液性が不足する。又、該ポリマー(C)の重量平均分子量が100,000を超える場合には、これを均一に溶解する溶媒種の選択が困難であり、ナノ構造体(y1)又はナノ構造体(y2)の表面のシリカに対して充分にポリマー(C)を結合させることが難しく、結果として水性インクへの撥液性が不足することがある。
【0043】
さらに、上記フッ素系ポリマー(C)を効率的に前記ナノ構造体(y1)又はナノ構造体(y2)のシリカ(B)に修飾させるためには、当該フッ素系ポリマー(C)をシランカップリング剤と混合して用いることが好ましい。
【0044】
前記シランカップリング剤として、例えば、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、n−プロピルトリメトキシシラン、n−プロピルトリエトキシシラン、iso−プロピルトリメトキシシラン、iso−プロピルトリエトキシシラン、ペンチルトリメトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン等のアルキル基の炭素数が1〜22までのアルキルトリメトキシシランまたはアルキルトリクロロシラン類が挙げられる。
【0045】
また、表面自由エネルギー低下に有効なフッ素原子を有するものとして、(部分)フッ素化アルキル基を有するシランカップリング剤、例えば、3,3,3−トリフルオロプロピルトリメトキシシラン、トリデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロオクチル)トリクロロシラン等を用いることもできる。
【0046】
また、芳香族基を有するシランカップリング剤として、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、p−クロロメチルフェニルトリメトキシシラン、p−クロロメチルフェニルトリエトキシシラン等も好適に用いることができる。
【0047】
[水性インクはじき表面を有する構造物の製造方法]
本発明の構造物の製造方法は、
ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を含有する溶液中に固体基材(X)を浸漬させた後取り出し、該固体基材(X)の表面にポリマー層を形成させる工程(1−1)と、
前記工程(1−1)で得られたポリマー層を有する固体基材(X)と、シリカソース液(B’)とを接触して、固体基材(X)表面のポリマー層中にシリカ(B)を析出させ、ナノ構造体(y1)を形成させる工程(1−2)と、
前記工程(1−2)で得た固体基材(X)上のナノ構造体(y1)の表面を、重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)で処理する工程(1−3)と
から構成される。これらの工程を経て、ポリエチレンイミン骨格を有するポリマーが表面組成に含まれた、水性インキはじき表面を有する構造物を製造することができる。
【0048】
また、本発明の構造物の製法では、上記工程(1−1)および(1−2)を経て得られたナノ構造体(y1)で被覆された固体基材(X)を加熱焼成することで、ナノ構造体(y1)中のポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を焼成除去する工程を設けることにより、ポリエチレンイミン骨格を有するポリマーが表面組成に含まれていない水性インクはじき表面を有する構造物を製造することができる。
【0049】
前記第一の工程で用いる、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)は前述のポリマーを使用できる。また、該ポリマー(A)の溶液を得る際に使用可能な溶媒としては、該ポリマー(A)が溶解するものであれば特に制限されず、例えば、水、メタノールやエタノールなどの有機溶剤、あるいはこれらの混合溶媒などを適宜使用できる。
【0050】
溶液中における該ポリマー(A)の濃度としては、固体基材(X)上にポリマー層を形成できる濃度であれば良いが、所望のパターン形成や、基材表面へ吸着するポリマー密度を高くする場合には、0.5質量%〜50質量%の範囲であることが好ましく、2質量%〜20質量%の範囲であるとより好ましい。
【0051】
ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)の溶液中には、該溶剤に可溶でポリマー(A)と相溶可能な前述のその他のポリマーを混合することもできる。その他のポリマーの混合量としては、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)の濃度より高くても低くても良い。
【0052】
また、第一の工程においてポリマー層を作製するには、固体基材(X)をポリマー(A)の溶液と接触させる。接触法としては、所望の固体基材(X)をポリマー(A)の溶液に浸漬する方法が好適である。
【0053】
浸漬法では、基材状態により、基材(非容器状)を溶液中に入れる、または溶液を基材(容器状)中に入れる方式で、基材と溶液を接触させることができる。浸漬の際、ポリマー(A)の溶液の温度は加熱状態であることが好ましく、概ね50〜90℃の温度であれば好適である。固体基材(X)をポリマー(A)の溶液と接触させる時間は特に制限されず、基材(X)の材質に合わせて、数秒から1時間で選択することが好ましい。基材の材質がポリエチレンイミンと強い結合能力を有する場合、例えば、ガラス、金属などでは数秒〜数分でよく、基材の材質がポリエチレンイミンと結合能力が弱い場合は数十分から1時間でも良い。
【0054】
固体基材(X)とポリマー(A)の溶液を接触した後、該基材をポリマー(A)の溶液から取り出し、室温(25℃前後)に放置すると、自発的にポリマー(A)の集合体層が該基材(X)の表面に形成される。あるいは、該基材(X)をポリマー(A)の溶液から取り出してから、ただちに4〜30℃の蒸留水中、または室温〜氷点下温度のアンモニア水溶液中に入れることにより、自発的なポリマー(A)の集合体層を形成させても良い。
【0055】
固体基材(X)の表面とポリマー(A)の溶液との接触方法では、例えば、スピンコーター、バーコーター、アプリケーターなどによる塗布の他、ジェットプリンタによるプリントや印刷などの方法も使用できる。特に、微細なパターン状に接触させる場合には、ジェットプリンタよる方法が好適である。
【0056】
第二の工程においては、前記工程で形成したポリマー層とシリカソース液(B’)とを接触させ、ポリマー層表面にシリカ(B)を析出し、ポリマー(A)とシリカ(B)とのナノ構造体(y1)を形成させる。
【0057】
この時用いる、シリカソース液(B’)としては、前述した各種のシリカソースの水溶液や、アルコール類溶剤、例えば、メタノール、エタノール、プロパノールなどの水性有機溶剤溶液、またはこれらと水との混合溶剤溶液を用いることができる。また、pH値が9〜11の範囲に調整した水ガラス水溶液も用いることができる。用いるシリカソース液(B’)には、シリカ以外の金属アルコキシドを混合することもできる。
【0058】
また、シリカソースとしてのアルコキシシラン類化合物は、無溶剤のバルク液のままでも使用可能である。
【0059】
ポリマー層が形成した固体基材をシリカソース液(B’)と接触させる方法としては、浸漬法を好ましく用いることができる。浸漬する時間は5〜60分であれば十分であるが、必要に応じ時間を更に長くすることもできる。シリカソース液(B’)の温度は室温でもよく、加熱状態でも良い。加熱の場合、シリカ(B)を固体基材(X)の表面にて規則的に析出させるため、温度を70℃以下に設定することが望ましい。
【0060】
シリカソースの種類、濃度などの選定により、析出されるシリカ(B)とポリマー(A)とのナノ構造体(y1)の構造を調整することができ、目的に応じて、シリカソースの種類や濃度を適宜に選定することが好ましい。
【0061】
ナノ構造体(y1)中のポリマー(B)を加熱焼成によって除去し、ナノ構造体(y2)とする場合、焼成温度は300〜600℃に設定することができる。この工程を行なう場合には、固体基材(X)はガラス、金属酸化物、金属など耐熱性無機材質から選択することになる。
【0062】
加熱焼成時間としては1〜7時間の範囲であることが望ましいが、温度が高い時は短時間焼成でよく、温度が低い時は、時間を長くすること等、適宜調整することが好ましい。
【0063】
上記で得られたナノ構造体(y1)又はナノ構造体(y2)で被覆されている固体基材(X)を、前述したフッ素系ポリマー(C)の溶液と接触させる工程を経て、表面を水性インクはじき機能を有する表面に変換する。
【0064】
このとき、フッ素系ポリマー(C)の溶液に用いる溶剤としては、クロロホルム、塩化メチレン、シクロヘキサノン、キシレン、トルエン、アセトン、メチルエチルケトン、酢酸エチル、フッ素系溶剤などが挙げられる。これらの溶剤は単独または混合して用いることもでき、またフッ素系ポリマー(C)の濃度は0.1〜5wt%に調整することが好ましい。
【0065】
フッ素系ポリマー(C)の溶液中には、前述したシランカップリング剤を混合して用いることもできる。
【0066】
上記溶液中に浸漬する時間は1時間〜3日の範囲で、フッ素系ポリマーの濃度や構造などにより適宜選択することが好ましい。一定濃度の溶液中、浸漬時間を長くするにつれて、水性インクの接触角を徐々に大きくすることができ、一定時間経過後では接触角は最高の数値180°近くなる。この数値が現れる時点で、表面のフッ素系ポリマー(C)の結合が飽和状態であるとみなすことができる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、特に断わりがない限り、「%」は「質量%」を表わす。
【0068】
[走査電子顕微鏡によるナノ構造体の形状分析]
単離乾燥したナノ構造体を両面テープにてサンプル支持台に固定し、それをキーエンス製表面観察装置VE−9800にて観察した。
【0069】
[接触角測定]
接触角は自動接触角計Contact Angle System OCA (Dataphysics社製)により測定した。
【0070】
合成例1
<直鎖状のポリエチレンイミン(L−PEI)の合成>
市販のポリエチルオキサゾリン(数平均分子量50,000,平均重合度5,000,Aldrich社製)30gを、5モル/Lの塩酸150mLに溶解させた。その溶液をオイルバスにて90℃に加熱し、その温度で10時間攪拌した。反応液にアセトン300mLを加え、ポリマーを完全に沈殿させ、それを濾過し、メタノールで3回洗浄し、白色のポリエチレンイミンの粉末を得た。得られた粉末をH−NMR(重水、日本電子株式会社製、AL300、300MHz)にて同定したところ、ポリエチルオキサゾリンの側鎖エチル基に由来したピーク1.2ppm(CH)と2.3ppm(CH)が完全に消失していることが確認された。即ち、ポリエチルオキサゾリンが完全に加水分解され、ポリエチレンイミンに変換されたことが示された。
【0071】
その粉末を50mLの蒸留水に溶解し、攪拌しながら、その溶液に15%のアンモニア水300mLを滴下した。その混合液を一晩放置した後、沈殿したポリマー会合体粉末を濾過し、そのポリマー会合体粉末を冷水で3回洗浄した。洗浄後の結晶粉末をデシケータ中で室温乾燥し、線状のポリエチレンイミン(L−PEI)を得た。収量は20g(結晶水含有)であった。ポリオキサゾリンの加水分解により得られるポリエチレンイミンは、側鎖だけが反応し、主鎖には変化がない。従って、L−PEIの重合度は加水分解前の5,000と同様である。
【0072】
実施例1
[水性インク弾き表面を有するガラス板構造物]
濃度が0.5wt%のポリスチレンスルホン酸水溶液を用い、3×2cmのソーダライムガラス板上にスピンコーター(500rpm/2秒、3000rpm/30秒)にて表面に薄膜を調製した。それを完全乾燥後、上記合成例で得られた3wt%のL−PEIの水溶液(80℃液)に浸け、10秒間静置した。板を取り出し、それを室温状態の蒸留水中に沈め、約30分放置した。これを取り出し、シリカソースの混合液(MS51/蒸留水/IPA=0.5/3/3体積比)中に、室温で20分浸けた。板を液中から取り出し、エタノールで表面を洗浄し、室温にて乾燥後、120℃にて3時間加熱した。得られた板の表面をSEMで観察したところ、板表面全体はナノファイバーを基本ユニットとするネットワークで被覆されていることが確認された(図1)。低倍率(a)の観察では、ガラス表面は凸起部と束状構造が点在することを確認できる。高倍率で凸起部以外(b)の観察では、高密度のナノファイバーのネットワークで被われていることがわかる。それをさらに高倍率で見たところ(c)、ナノファイバー太さが15nm前後であることを確認した。(MS51:テトラメトキシシランの4量体、コルコート社製。)
【0073】
上記で得たシリカナノファイバーで被覆されたガラス板を、5mLのフッ素系ポリマーの溶液(0.1wt%,HD1101Z,株式会社ハーベス製)中に浸漬し、12時間保持した。それを取り出し、デシケータ中にて2日間乾燥した。図2にはフッ素系ポリマー処理後のSEM写真を示した。表面構造イメージには変化なく、低倍率では、凸起部と束状構造(a)と高倍率ではナノファイバーネットワークが観察された。
【0074】
上記で得たガラス板構造物の接触角測定を行なった。測定には、蒸留水、水/エタノール(1/1体積比)混合液、エプソン株式会社製、キャノン株式会社製のIJ用水性インクを用いた。表1にその結果を示した。
【0075】
【表1】

【0076】
何れの液体でも、接触角は178°を越える数値であった。即ち、表面張力が26mN/m以上の何れの液体の場合でも、表面では完全に弾けるようになった。また、何れの液体のおいても転落角は2°以下であった。
【0077】
実施例2
[水性インク弾き表面を有するガラス板構造物]
実施例1と同様にして得たナノファイバーネットワークの構造体で被覆されたガラス板を500℃にて3時間加熱焼成し、ポリマー成分を除去した後、実施例1と同様な方法で、フッ素系ポリマー溶液中に浸漬し、シリカ表面にフッ素系ポリマーを結合させた。このようにして得た構造物表面でのIJ用水性インクの接触角を測定したところ、それぞれ、178.8(藍)と178.7°(黒)であった。
【0078】
また、該構造物を藍のインク液に1時間浸漬後取り出したところ、表面は薄く着色するような状態であった。それを水中に浸漬すると色は完全に消えた。さらに、インク1滴を構造物表面に落とし、それを室温にて一晩放置し、完全乾燥させ、表面に青色の斑点を形成させた。この乾燥状態の斑点を水中に浸漬すると斑点はすぐ消えた。図3には、斑点とそれが水中で落とされた後のイメージ写真を示した。このことは、該構造物表面は自己洗浄能力を有することを示唆する。インクを落とした後の表面にて、再びインク液の接触角を測定したところ、依然178°であった。
【0079】
比較例1
[非フッ素系化合物残基を結合した表面を有するガラス構造物]
実施例2の同様な方法で得た、500℃焼成後の、ナノ構造体(y2)で被覆されたガラス板を作製した。一方、20%濃度のデシルトリメトキシシラン(DTMS)のクロロホルム溶液3mLを取り出し、それを30mLエタノールと混合した後、その液に0.6mLのアンモニア水(濃度28%)加えて、混合溶液を調製した。該液中に、前記ガラス板を6時間浸漬した。それを取り出し、表面をエタノールで洗浄後、窒素ガスを流しながら乾燥させた。このようにして得た構造物の水性液体の接触角測定を行なった。表2にその結果を示した。
【0080】
【表2】

【0081】
表2の結果は、非フッ素系化合物で処理された表面は優れた超疎水性を示すが、表面張力が低い水性液体を弾くことができないことを強く示唆する。
【0082】
さらに、実施例2と同様に、この表面にて、インク1滴を落とし、それを室温にて一晩放置し、完全乾燥させ、表面に青色の斑点を形成させた。この乾燥状態の斑点を水中に浸漬して5時間経っても、斑点消失はなかった。その斑点に水を落とすと表面は完全にぬれてしまった。
【0083】
比較例2
[フッ素系化合物残基を結合した表面を有するガラス構造物]
実施例2の同様な方法で得た500℃焼成後の、ナノ構造体(y2)で被覆されたガラス板を作製した。該板を5mLの濃度が0.5wt%であるトリデカフルオロ−1,1,2,2−テトラヒドロオクチル)トリクロロシランのヘキサン溶液中に60分浸漬した。ガラス板を取り出し、150℃で1時間加熱した。このようにして得た構造物の水性液体接触角測定を行なった。表3にその結果を示した。
【0084】
【表3】

【0085】
表3の結果からわかるように、フッ素系化合物残基の導入によって、各種水性液体の接触角は比較例1より向上の傾向を示したが、やはり、水性インクとの接触角は130°以下で、水性インク弾き効果は実施例1、2の結果には全く及ばなかった。
【0086】
実施例3
[水性インク弾き表面を有するガラス板構造物]
フッ素系ポリマーとして、DS1605TH(0.5wt%ポリマー濃度、株式会社ハーベス製)を用いた以外、実施例2と同様な方法により、水性インキ弾き表面を有するガラス板構造物を得た。該構造物表面での接触角を表4に示した。何れの水性液体でも接触角が150°以上に達した。
【0087】
【表4】

【0088】
実施例4
[水性インク弾き表面を有するプラスチック板構造物]
基材として、ポリメタクリレート用いた以外、実施例1同様な方法により、プラスチック構造物を得た。図4にSEM観察による表面構造写真を示した。低倍率では、凸起部と束状構造(a)、高倍率ではナノファイバーネットワーク構造が観察された。その構造物表面での各種水性液体の接触角は表4に示した通り、何れも超撥液性であった。
【0089】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面張力が24mN/m以上の水性インクをはじくことができる表面を有する構造物であって、
該構造物が、固体基材(X)の表面を、ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)とシリカ(B)とを含有するナノ構造体(y1)中の該シリカ(B)に、重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)が結合してなるナノ構造複合体(Z1)で被覆したものであることを特徴とする水性インクはじき表面を有する構造物。
【請求項2】
前記ナノ構造体(y1)が、太さが10〜200nmの範囲で、且つ長さが50nm〜2μmの範囲にあるナノファイバーを基本ユニットとする集合体である請求項1記載の構造物。
【請求項3】
表面張力が24mN/m以上の水性インクをはじくことができる表面を有する構造物であって、
該構造物が、固体基材(X)の表面を、シリカ(B)を主構成成分とするナノ構造体(y2)中の該シリカ(B)に重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)が結合してなるナノ構造複合体(Z2)で被覆したものであることを特徴とする水性インクはじき表面を有する構造物。
【請求項4】
前記ナノ構造体(y2)が、太さが10〜200nmの範囲で、且つ長さが50nm〜2μmの範囲にあるナノファイバーを基本ユニットとする集合体である請求項4記載の構造物。
【請求項5】
前記フッ素系ポリマー(C)がポリ(テトラフルオロエチレンオキシド)骨格を含むポリマーである請求項1〜4の何れか1項記載の構造物。
【請求項6】
ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を含有する溶液中に固体基材(X)を浸漬させた後取り出し、該固体基材(X)の表面にポリマー層を形成させる工程(1−1)と、
前記工程(1−1)で得られたポリマー層を有する固体基材(X)と、シリカソース液(B’)とを接触して、固体基材(X)表面のポリマー層中にシリカ(B)を析出させ、ナノ構造体(y1)を形成させる工程(1−2)と、
前記工程(1−2)で得た固体基材(X)上のナノ構造体(y1)の表面を、重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)で処理する工程(1−3)と、
を有することを特徴とする水性インクはじき表面を有する構造物の製造方法。
【請求項7】
ポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を含有する溶液中に耐熱性固体基材(X’)を浸漬させた後取り出し、該固体基材(X’)の表面にポリマー層を形成させる工程(2−1)と、
前記工程(2−1)で得られたポリマー層を有する固体基材(X)と、シリカソース液(B’)とを接触して、固体基材(X’)表面のポリマー層中にシリカ(B)を析出させ、ナノ構造体(y1)を形成させる工程(2−2)と、
前記工程(2−2)で得たナノ構造体(y1)で被覆された固体基材(X’)を焼成し、ナノ構造体(y1)中のポリエチレンイミン骨格(a)を有するポリマー(A)を除去してナノ構造体(y2)とする工程(2−3)と、
前記工程(2−3)で得た固体基材(X’)上のナノ構造体(y2)の表面を、重量平均分子量が1,000〜100,000のフッ素系ポリマー(C)で処理する工程(2−4)と、
を有することを特徴とする水性インクはじき表面を有する構造物の製造方法。
【請求項8】
前記フッ素系ポリマー(C)がポリ(テトラフルオロエチレンオキシド)骨格を含むポリマーである請求項6又は7記載の構造物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−20327(P2011−20327A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−166695(P2009−166695)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【出願人】(000173751)財団法人川村理化学研究所 (206)
【Fターム(参考)】