説明

水性懸濁液剤の製造法

【目的】角膜障害等の治療剤として有用な5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンを有効成分として含有する安定な水性懸濁液剤を得る方法を提供する。
【構成】ポリビニルアルコール,ポリビニルピロリドン,ヒドロキシプロピルメチルセルロース,メチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースの1種以上および5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンを溶解したpH8以上の水溶液に酸を加えてpHを7以下に調整して微細な5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンの水性懸濁液剤を製造する

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、安定な水性懸濁液剤の製造法に関する。さらに詳しくは、糖尿病性白内障、角膜障害や虹彩・毛様体疾患などの予防・治療に有用な5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンの安定な水性懸濁液剤の製造法に関する。
【0002】
【従来技術】本発明の方法によって製造される水性懸濁液剤の主成分である5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオン(以下単にCT−112ということもある。)はアルドース還元酵素阻害作用を有する公知化合物であって、人を含む哺乳動物の糖尿病性白内障、神経疾患および網膜症などの慢性症状の予防・治療効果を有すること(特開昭57−28075)、および虹彩・毛様体疾患の治療効果を有すること(特開昭61−43114)が知られている。上記疾患の治療・予防のために、CT−112を含有させた点眼液や注射液などの水性液剤を製造しようとする場合、CT−112は点眼剤や注射剤などとして使用するのに適当なpH範囲においては水に極めて溶けにくいため、水性懸濁液剤を調製する必要がある。しかしながら、CT−112の水性懸濁液剤を調製しようとする場合、CT−112の原末をそのまま分散したり、適当な溶媒に溶解した後水性懸濁液剤にするなどの従来の方法で行うと、CT−112の凝集、製造時泡などへの取り込み、容器などへの吸着によりCT−112の含量の低下や分散性不良が生じ、CT−112の安定な水性懸濁液剤を調製することは極めて困難であった。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】このような現状にあって、本発明者等は上記の欠点を克服すべく種々検討し、pHを調整したCT−112を溶解した水溶液から特定の水溶性高分子化合物の存在下、pHを変更することにより意外にも上記の諸欠点のない安定な水性懸濁液剤が得られることを見いだした。
【0004】
【課題を解決するための手段】すなわち本発明は、1.ポリビニルアルコール,ポリビニルピロリドン,ヒドロキシプロピルメチルセルロース,メチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースからなる水溶液高分子化合物群から選ばれた1種以上および5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンを溶解したpH8以上の水溶液に酸を加えてpHを7以下に調整することを特徴とする微細な5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンの水性懸濁液剤の製造法、および2.粒子径が10μm以下の微細な5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンを懸濁してなる水性点眼剤、である。
【0005】本発明の水性懸濁液剤の薬効成分である5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオン(CT−112)は特開昭57−28075記載の方法またはそれに準じて製造することができる。本発明において、水性懸濁液剤の調製に用いるCT−112は遊離の化合物でもよいが、たとえばナトリウム塩,カリウム塩などのアルカリ金属塩でもよい。本発明にかかる水性懸濁液剤の製造は次のようにして行う。まず、ポリビニルアルコール,ポリビニルピロリドン,ヒドロキシプロピルメチルセルロース,メチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースからなる群から選ばれた1種以上(以下単に水溶性高分子化合物ということもある。)およびCT−112を溶解したpH8以上の水溶液を調製する。この水溶液の調製は、CT−112および水溶性高分子化合物を水に混合または溶解しついでpHを調整してもよく、いずれか一方を水に加えpHを調整した後他方を添加溶解してもよく、また予めpHを調整した水溶液にCT−112および水溶性高分子化合物を溶解してもよい。CT−112と水溶性高分子化合物の水への添加は同時でも別々でもよくいずれが先であってもよい。この溶解過程はCT−112の分解を防止するためできるだけ迅速に行うのが好ましい。また、水溶性高分子化合物は、予め水に溶解しておいたものを用いてもよく、このようにすることにより溶解時間を短縮することができる。
【0006】水溶性高分子化合物の中でもヒドロキシプロピルメチルセルロースが最も好ましい。水溶性高分子化合物は必要と目的に応じてその2種以上を適宜組み合わせて用いてもよい。2種以上の組み合わせで用いる場合ヒドロキシプロピルメチルセルロースとポリビニルピロリドンとの併用、ヒドロキシプロピルメチルセルロースとポリビニルアルコールとの併用およびヒドロキシプロピルメチルセルロースとヒドロキシエチルセルロースとの併用が好ましい。また必要により本発明で用いられる水溶性高分子化合物とそれ以外の水溶性高分子化合物たとえばポリエチレングリコールやカルボキシメチルセルロースナトリウムとを併用してもよい。
【0007】水溶液のpHは8以上、好ましくは10〜13である。pHが高すぎるとCT−112の分解が起こり好ましくない。またpHが8未満のアルカリ性ではCT−112を溶解するのに時間がかかり好ましくない。CT−112の濃度は通常0.5w/w%以上、好ましくは2〜5w/w%に調製される。水溶性高分子化合物の濃度は通常0.1〜10w/w%、好ましくは0.5〜5w/w%に調製される。pHの調整はアルカリ化合物の添加によって行われる。該アルカリ化合物としてはたとえば水酸化ナトリウム,水酸化カリウムなどの塩基の他、たとえば硼砂,炭酸ナトリウム,リン酸三ナトリウム,クエン酸三ナトリウムなど、水に溶けてアルカリ性を呈する塩が挙げられる。
【0008】次に、このようにして得られた水溶液を撹拌しながらこれに酸を徐々に滴下して溶液のpHを7以下好ましくは4〜6程度に調整し、CT−112の結晶を析出させて水性懸濁液を得る。なお、撹拌はCT−112の取り込みを避けるため極力発泡しないように行うのがよい。酸としてはたとえば塩酸,硫酸,酢酸,リン酸などの酸の他、たとえばリン酸一ナトリウム,クエン酸一ナトリウムなど、水に溶けて酸性を呈するものが挙げられる。このようにして得られる水性懸濁液剤はCT−112の粒子径が、均一的に10μm以下となり、またその結晶は親水性であり、水中で安定であるので、きわめて安定な水性懸濁液剤を得ることができる。また、本発明の製造方法によれば、水溶性高分子化合物の種類や濃度を変えることによって、容易に均一な微粒子を調製することができるので、無菌濾過が可能となり、無菌原料を必要としないで安定な水性懸濁液剤を得ることができる点でも極めて有利である。
【0009】本発明の製造方法によって得られる水性懸濁液剤はそのままもしくは精製水を加えて配合成分の濃度を調整し、必要により他の添加剤を配合してたとえば点眼剤,注射剤に供することができる。水性懸濁液剤中におけるCT−112の濃度は対象疾患の種類、その症状の程度、患者の年令・体重および投与方法などによって異なるが、通常0.01〜5w/w%好ましくは約0.05〜1w/w%程度の割合で配合するのがよい。
【0010】本発明の水性懸濁液剤中の水溶性高分子化合物の濃度は、分散させようとするCT−112の濃度や水溶性高分子化合物の種類や分子量などによっても異なるが、通常約0.001〜10w/w%、好ましくは0.02〜0.5w/w%程度がよい。
【0011】本発明の製造方法によって得られる水性懸濁液剤には、さらに場合によっては本発明の目的を損なわないかぎり、CT−112に加えて同種または異なった薬効成分を含有させてもよい。たとえば点眼剤にする場合、従来の点眼剤に通常配合されるたとえば緩衝剤、等張化剤[たとえばホウ酸、塩類(塩化ナトリウムなど)、グリセリン、糖類など],防腐剤(たとえば塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピペリジニウム、クロロブタノール、パラオキシ安息香酸エステル類など)を配合してもよい。それらは1種または2種以上を適宜組み合わせて用いられる。点眼剤中のこれらの添加割合は、緩衝剤は0.05〜2w/w%、等張化剤は通常約5w/w%以下、防腐剤は通常約0.001〜0.5w/w%程度配合するのがよい。
【0012】
【発明の効果】本発明の水性懸濁液剤の製造方法によれば、水性懸濁液剤中におけるCT−112は粒子径が10μm以下の粒子として均一に分散しており、長期間安定で異物感のない水性懸濁液剤を得ることができる。したがって、本発明の水性懸濁液剤は、糖尿病性白内障、網膜症や虹彩・毛様体疾患などの予防・治療のため有利に使用することができる。
【0013】
【実施例】以下、実験例および実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
〔実験例1〕分散剤の検討(1)実験方法滅菌精製水100mlに水酸化ナトリウム1gおよび5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオン5gを加えて溶かし、表1に示した濃度の各種分散剤500mlを加えた。この液を撹拌しながら8規定の塩酸を添加し、pH5.5に調整した液を顕微鏡で観察した。
【表1】


(2)結果この結果、ポリソルベート80、HCO−60、グリセリンを分散剤として用いた場合本化合物の結晶形が四角形で疎水性であるのに対し、ヒドロキシプルピルメチルセルロース,ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ヒドロキシエチルセルロースおよびメチルセルロースを分散剤として用いた場合には、その結晶は不定形で親水性の結晶であった。以上の結果から、水溶性高分子化合物としてのヒドロキシプロピルメチルセルロース,ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ヒドロキシエチルセルロースおよびメチルセルロースは分散剤として有用であることが認められた。
【0014】〔実験例2〕安定試験■実験方法表2に示す処方を5mlポリプロピレン製容器に充填し、4℃、15℃、25℃、30℃、40℃および50℃において放置した。2カ月後に結晶性および凝集体を観察し、粒子径を測定した。上記処方はつぎのように調製した。約10mlの精製水にHPMC、水酸化ナトリウムおよび本化合物(CT−112)を完全に溶解し滅菌濾過を行った。この溶液のpHは12.2であった。これに撹拌しながら滅菌した塩酸を徐々に滴下しながらpHを5.5に調整した。この液にパラオキシ安息香酸メチル、エデト酸ナト リウム、濃グリセリン、クエン酸ナトリウムを溶解し無菌濾過した水溶液70mlを加えて、さらに滅菌精製水を加えて全量100mlとした。
【表2】


■結果本化合物(CT−112)の結晶はいずれの温度においても、2カ月後の本化合物の分散性もよく、凝集も観察されなかった。この結果から、この処方は凝集しにくく、長期間安定であることが確認された。
【0015】〔実験例3〕添加剤による安定性添加剤による本化合物の安定性について検討した。まず、2倍濃度の表2に記載の処方10mlに下記に示した各種添加剤を含有する滅菌した水溶液10mlを加えた処方を調製した。
【表3】


■実験方法上記処方の懸濁水性液剤を5mlポリプロピレン容器に入れ、サイクルテスト(5℃→20℃→40℃→20℃各3時間=1サイクル)を行った。40サイクル後に本化合物の結晶形および分散形を観察し、その粒子径を測定した。
■結果いずれもその結晶形および粒子径の変化がなく、添加剤として使用可能であることが判った。
【0016】〔実験例4〕表2に記載の処方に実験例3と同一の添加剤を加えて、それぞれの点眼液の使用感を下記の点数に従って評価した。その結果はつぎのとおりであった。
【表4】


この結果から、いずれの処方も刺激感がないことが判った。
【0017】〔実験例5〕精製水(表5に記載のXml)に水酸化ナトリウム(0.5g)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)(表5に記載のYg)およびCT−112(1g)を加えて溶かし、無菌濾過を行った。これに撹拌しながら滅菌した2規定の塩酸を徐々に滴下し、pH5.5に調整した。この液にHPMC(表5に記載のZg),パラオキシ安息香酸メチル(0.125g)エデト酸ナトリウム(0.05g),濃グリセリン(9.5g)およびクエン酸ナトリウム(0.25g)を溶解して無菌濾過した水溶液(80ml)を加え、さらに滅菌精製水を加えて全量を500mlとして処方a,bおよびcを調製した。それぞれの処方につき使用感を実験例4の判定基準にしたがって評価した。結果は表5に記載のとおりであった。
【表5】


この結果から、調製時における酸を滴下する前のCT−112の濃度が0.5w/w%以上であれば刺激感のない点眼液が得られることが判った。
【0018】〔実施例1〕約200mlの精製水に水酸化ナトリウム0.8g、酢酸ナトリウム1gを完全に溶解し、これに5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4,−ジオン5gを加えて完全に溶解し、2.5w/w%ヒドロキシプロピルメチルセルロース水溶液200μlを加えて濾過滅菌を行った。この溶液のpHは11.7であった。これに撹拌しながら滅菌した1規定の塩酸を徐々に滴下してpH5に調整した。この液に濃グリセリン20g、パラオキシ安息香酸メチル0.3gを溶解し無菌濾過した水溶液700mlを加え、さらに滅菌精製水を 加えて全量1000mlとした。
【0019】〔実施例2〕約10mlの精製水に1規定の水酸化ナトリウム2mlおよび5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4,−ジオン0.25gを完全に溶解し10w/w%のポリビニルアルコール10mlを加えた後無菌瀘過を行った。この溶液のpHは11.8であった。これに撹拌しながら滅菌した1w/w%のリン酸を徐々に滴下してpH5.5に調整した。この液にマンニット 4gおよび塩化ベンザルコニウム0.005gを溶解し無菌濾過した水溶液70 mlを加えて、さらに滅菌精製水を加えて全量100mlとした。
【0020】〔実施例3〕0.2規定の水酸化ナトリウム220μl、酢酸ナトリウム5mgおよび5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4,−ジオン12.5mgを完全に溶解し25w/w%のヒドロキシプロピルメチルセルロース水溶液200μlを加えて、無菌濾過を行った。この溶液のpHは11.8であった。これに撹拌しながら滅菌した0.5規定の塩酸を徐々に加えて滴下してp H5.5に調整した。この液にエデト酸ナトリウム1mgを溶解して無菌濾過した水溶液3.5mlを加えて、さらに滅菌精製水を加えて全量5mlとした。

【特許請求の範囲】
【請求項1】ポリビニルアルコール,ポリビニルピロリドン,ヒドロキシプロピルメチルセルロース,メチルセルロースおよびヒドロキシエチルセルロースからなる水溶性高分子化合物群から選ばれた1種以上および5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンを溶解したpH8以上の水溶液に酸を加えてpHを7以下に調整することを特徴とする微細な5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンの水性懸濁液剤の製造法。
【請求項2】水溶液中の水溶性高分子化合物および5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンの含有割合がそれぞれ0.1〜10w/w%および0.5w/w%以上である請求項1記載の水性懸濁液剤の製造法。
【請求項3】選ばれた水溶性高分子化合物がヒドロキシプロピルメチルセルロースである請求項1記載の水性懸濁液剤の製造法。
【請求項4】選ばれた水溶性高分子化合物がヒドロキシプロピルメチルセルロースとポリビニルピロリドンである請求項1記載の水性懸濁液剤の製造法。
【請求項5】選ばれた水溶性高分子化合物がヒドロキシプロピルメチルセルロースとポリビニルアルコールである請求項1記載の水性懸濁液剤の製造法。
【請求項6】選ばれた水溶性高分子化合物がヒドロキシプロピルメチルセルロースとヒドロキシエチルセルロースである請求項1記載の水性懸濁液剤の製造法。
【請求項7】水溶液のpHが10〜13である請求項1記載の水性懸濁液剤の製造法。
【請求項8】酸を加えてpHを4〜6に調整する請求項1記載の水性懸濁液剤の製造法。
【請求項9】粒子径が10μm以下の微細な5−(3−エトキシ−4−n−ペンチルオキシフェニル)チアゾリジン−2,4−ジオンを懸濁してなる水性点眼剤

【公開番号】特開平5−186348
【公開日】平成5年(1993)7月27日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−67574
【出願日】平成4年(1992)3月25日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成3年3月5日 日本薬学会発行の「日本薬学会第111年会講演要旨集」に発表
【出願人】(000002934)武田薬品工業株式会社 (396)
【出願人】(000199175)千寿製薬株式会社 (46)