説明

水性顔料分散液およびインクジェット記録用水性インクの製造方法

【課題】
水性顔料分散液中に存在する粗大粒子を大幅に低減し、分散粒子の微細化、分散安定性の向上を可能とし、その結果、保存安定性の向上や、インクジェット記録用水性インクを作製したときの良好な吐出安定性を実現するとともに、製造効率の高い水性顔料分散液の製造方法を提供すること。
【解決手段】
キナクリドン系顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(c)、塩基性化合物(d)及び水酸基価50〜500(mgKOH/g)のポリエチレングリコール(e)を含有する混合物を混練し、常温で固体の顔料分散体を作製する混練工程を有し、さらに前記顔料分散体に対して水性媒体を混合して、粘度を低下させ、前記顔料分散体の液状化を行う混合工程を有することを特徴とする水性顔料分散液の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性顔料分散液の製造方法に関するものである。さらに前記水性顔料分散液の製造方法を用い、さらに希釈工程を施して製造されるインクジェット記録用水性インクの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
主溶剤として水を用いる水性インクは、溶剤インクのような火災の危険性や変異原性などの毒性が皆無か、より低減できるという優れた特徴を有している。このため産業用途以外のインクジェット記録用インクとしては、水性インクがインクジェット記録の主流となっている。
インクジェット記録に用いられるインクに必要な特性には、(1)記録媒体上ににじみのない高発色,高解像度、高濃度で均一な画像が得られること、(2)ノズル先端において、インクの乾燥による目詰まりが発生せず吐出安定性が良好であること、(3)記録媒体上でのインクの乾燥性が良好であること、(4)画像の堅牢性が良好であること、(5)長期保存安定性が良好であること、等が挙げられる。
従来、インクジェット記録用水性インクとしては、溶解安定性が高く、ノズル目詰まりが少なく良好な発色性を有し高画質の印刷を可能とすることから、着色剤として染料が用いられてきたが、染料を用いた画像は耐水性や耐光性が劣るという問題があった。
【0003】
この問題を解決するため、染料から顔料への着色剤の転換が活発に図られている。顔料インクは優れた耐水性および耐光性が期待できるが、染料と比較して発色性に劣ることや、顔料の凝集・沈降に伴うノズル目詰まりが問題となる。そこで、微粒子化した顔料を高分子系の分散剤を用いて水性媒体中に分散させる方法及び分散方法そのものについての種々検討が行われている。
【0004】
例えば、水溶性樹脂とアルカリ成分を水に溶解した水溶液を作製し、これに顔料を加えて充分撹拌した後、さらに分散効率の高い高速のサンドミルなどを用いて分散させて水性顔料分散液を得る方法が提案されている(例えば特許文献1参照。)。
しかしながら、この方法においては、分散時間が長時間にわたり、製造効率が低いという問題があった。また、この様にして得られた水性顔料分散液においては、顔料の分散安定性は未だ不十分であった。
【0005】
このような状況に鑑み、顔料と高分子分散剤を予め混練する前処理工程を経由する分散方法が提案されている(例えば特許文献2参照。)。これにより、製造効率は向上し、顔料の微粒子化が可能となった。しかしながら、微粒子化が達成されたとしても、顔料の分散安定性が不十分であったためインクの保存安定性に改良すべき点を残していた。特にマゼンタインク製造に使用されるキナクリドン系顔料は、分子間水素結合を通して顔料として機能する水素結合型顔料であり,顔料粒子が強固に凝集しているおり、分散しきれない粗大粒子がインク中に残りやすかった。また分散により微粒子化した顔料粒子が再凝集を起こしやすく分散の安定性の達成が一層困難であった。
【0006】
そこで、キナクリドン系顔料と、フタルイミドメチル化キナクリドン系化合物或いはさらにキナクリドンスルホン酸系化合物、並びにガラス転移点が−20〜60℃のアニオン性基含有有機高分子化合物を用いる水性顔料分散液製造方法が提案された(例えば、特許文献3参照。)。この水性顔料分散液は分散性及び分散安定性に優れ、高温度での長期間放置でも粒径の増大が少なく、粘度上昇が少なく低粘度域に維持でき、インクジェット記録用水性インクとしての特徴も優れたものである。
【0007】
しかしながら、顔料の分散に上記いずれの処方を用いても、分散体中に解砕が不十分で未分散の粗大粒子が含まれており、混練工程の導入でその数は低減されたものの、実際にインクジェット記録用水性インクとして用いる場合には、遠心処理・濾過処理による粗大粒子の除去が必要であった。このような粗大粒子の残存は、顔料収率の低下を招き、また生産効率を大幅に低下させるため生産性の面から多くの課題があり、特にキナクリドン系顔料を用いた場合に解決が困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−262038号公報
【特許文献2】特開2003−226832号公報
【特許文献3】特開2004−043791号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、分散不良の粗大粒子を大幅に減少でき、その結果、顔料が安定に分散し、良好な分散状態が長期保存においても維持さる水性顔料分散液と、該水性顔料分散液から作製される、優れた吐出安定性を有したインクジェット記録用水性インクを得ることができる水性顔料分散液の製造方法を提供することであり、同時に上記良好な特性を有しつつ製造に要する時間が短く、製造効率が高い水性顔料分散液の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らはこの課題に関し鋭意検討の結果、キナクリドン系顔料、スチレン−アクリル酸系共重合体、塩基性化合物及び特定のポリエチレングリコールを含有する混合物を混練する工程を有する水性顔料分散液製造方法を用いることにより、粗大粒子を大幅に低減できるのみならず、従来行っていた分散装置を用いた分散工程の省略が可能であり、上記課題を達成しうることを見出し、本発明に到達した。すなわち、本発明は、キナクリドン系顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(c)、塩基性化合物(d)及びポリエチレングリコール(e)を含有する混合物を混練し、常温で固体の顔料分散体を作成する混練工程と、前期顔料分散体に水性媒体を混合する混合工程を有し、前記ポリエチレングリコール(e)の水酸基価が50〜500(mgKOH/g)であることを特徴とする水性顔料分散液の製造方法を提供する。
本発明の水性顔料分散液の製造方法においては、混練工程の混合物中にキナクリドン系顔料誘導体を含有することが好ましい。
【0011】
本発明の水性顔料分散液の製造方法が、粗大粒子の低減に対して大きな効果を発揮する理由は必ずしも明確ではないが、以下のような理由が考えられる。
混練において顔料を媒体中に分散させる工程は,さらに細かく分解すると一般的に次の3つの工程を経ると考えられる。すなわち、分散媒体に対して顔料がぬれる工程、剪断力を用いて顔料を微細化する工程、分散能を有する樹脂吸着により顔料の微細化状態を安定化する工程である。顔料の分散は基本的に可逆的であり、分散できたとしても顔料の再凝集を抑制する手段を講じない限り、分散状態を安定に保つことは困難である。そのため、顔料粒子表面に樹脂吸着層を形成して分散を安定化させる必要がある。この分散安定化のためには分散媒体の顔料粒子表面と樹脂に対する親和性が重要である。樹脂が顔料粒子表面に吸着するには、樹脂と顔料粒子表面の親和性が樹脂と分散媒体の親和性より高くなければならない。しかしながら、樹脂と分散媒体の親和性が低すぎると樹脂吸着層が分散媒体中に配向せず、分散安定性の達成は困難となる。一方顔料粒子表面と分散媒体の親和性をみた場合、親和性が高すぎると樹脂の吸着を阻害するし、逆に親和性が低すぎると分散機構のひとつの要素である、ぬれの過程が効率よく進行せず分散そのものの達成が困難になる。よって、分散媒体の選択は、顔料及び樹脂との親和性のバランスを考慮しなければならない。
【0012】
従来分散媒対中に使用していた溶剤をそのまま使用すると、該溶剤を含む分散媒体の顔料に対する親和性が高すぎ樹脂の吸着を阻害し、そのため、顔料の分散安定化が得られず粗大粒子の増大をもたらしていたと考えられる。このため粗大粒子の低減を目的とした、分散装置を用いた分散工程が必要であった。本発明で用いている特定のポリエチレングリコールの場合、これを含む分散媒体は顔料に対する適度な親和性を有するため、顔料のぬれを進行させつつ、樹脂の一部溶解状態と見られる膨潤を発生させ、これによって顔料への樹脂吸着も進行する。このため顔料の微細化と分散安定化が極めて効率的に進行し、分散液中の粗大粒子を大幅に低減することができ、分散装置を用いたさらなる分散工程を省略することが可能となると考えられる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の水性顔料分散液の製造方法はキナクリドン系顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(c)、塩基性化合物(d)及びポリエチレングリコール(e)を含有する混練物を混練し、常温で固体の顔料分散体を作成する混練工程を有し、該顔料分散体に水性媒体を混合する混合工程を有し、前記ポリエチレングリコール(e)の水酸基価が50〜500(mgKOH/g)であるので、混練工程においては高剪断力下で、顔料の微細粒子への解砕と、解砕された顔料表面の樹脂による被覆のプロセスが良好に進行し、これに続く混合工程によって水性顔料分散液を高い生産効率で製造できる。また本発明の製造方法は水性顔料分散液中の粗大粒子数を大幅に減少でき、顔料の分散状態を長期間にわたって安定に維持することができる。さらに本発明の水性顔料分散液の製造方法を用いて作製された水性顔料分散液から、さらにインクジェット記録用水性インクを製造した場合,粗大粒子数の少ない良好な分散性、良好な吐出性を有する優れたインクが得られた。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、まず本発明の製造方法において使用する各種の原材料について詳細に説明を行い、続いてそれら原材料を用いた本発明の水性顔料分散液の製造方法を詳細に説明する。
なお以下の記載において、水酸基価が50〜500(mgKOH/g)の本願発明で使用するポリエチレングリコールについて、単に「ポリエチレングリコール」と記し水酸基価を省略する場合がある。以下特に説明がなければ「ポリエチレングリコール」は水酸基価50〜500(mgKOH/g)の本願発明の製造方法で使用するポリエチレングリコールのことである。
(キナクリドン系顔料)
本発明に用いられるキナクリドン系顔料(a)の顔料種としては、公知慣用のものがいずれも使用でき、具体例としては、C.I.ピグメントレッド122等のジメチルキナクリドン系顔料、C.I.ピグメントレッド202、C.I.ピグメントレッドレッド209等のジクロロキナクリドン系顔料、C.I.ピグメントバイオレット19等の無置換キナクリドン、及びこれらの顔料から選ばれる少なくとも2種以上の顔料の混合物もしくは固溶体を挙げることができる。顔料の形態は粉末状、顆粒状あるいは塊状の乾燥顔料でもよく、ウエットケーキやスラリーでもよい。
【0015】
(キナクリドン系顔料誘導体)
本発明で使用が好ましいとされるキナクリドン系顔料誘導体(b)としては、キナクリドン系顔料の顔料骨格にジアルキルアミノメチル基、アリールアミドメチル基、スルホン酸アミド基、スルホン酸基及びその塩、フタルイミド基等を導入した顔料誘導体があげられる。
上記、本発明で使用が好ましいとされるキナクリドン系顔料誘導体(b)の中でも、下記一般式式(1)で表される化合物であることがさらに好ましい。
【0016】
【化1】

(1)
{式中、R1〜R10は各々独立的に水素原子、塩素原子、炭素数1〜8個のアルキル基若しくはアルコキシ基、又は一般式(2)
【0017】
【化2】

(2)
(式中、R11は炭素数1〜8個のアルキレン基若しくはアルケニレン基、R12〜R15は各々独立的に水素原子、炭素数1〜8個のアルキル基若しくはアルコキシ基、又はフェニル基を表す。)で表される基であり、R〜R10の少なくとも一つは前記式IIで表される基である。}
一般式(1)で表される化合物の中でさらに好ましい化合物としては、下記一般式(3)で表される化合物が上げられる。
【0018】
【化3】

(3)
(式中、RとR’とは互いに独立的に水素原子、塩素原子又は炭素数1〜5個のアルキル基若しくはアルコキシ基であり、mは0、1または2であり、nは1〜4である。)
さらに下記構造式(4)で表される基を有する下記構造式(5)で表される化合物がより好ましい。
【0019】
【化4】

(4)
【0020】
【化5】

(5)
(式中、m及びnはそれぞれ独立的に0、1、2又は3を表す。但し、mとnが共に0となることはない。)
【0021】
また、本発明で使用する化学構造式(5)で表される化合物としては、化学構造式(5)で表される化合物の中でも、化学構造色(4)で表される基を1分子あたり1個或いは複数個有する化合物であることが好ましく、1分子あたり平均1〜2個有する化合物であることが好ましい。特に、1分子あたり平均1〜1.5個有する化合物であることが特に好ましい。化学構造式(4)で表される基が1分子あたり平均1個以上であると分散性に対する効果が良好に現れる傾向にあり、1分子あたり平均2個を以下であると、分散安定性に対する効果が良好となる可能性が高い。
一般式(1)で表される化合物が、例えば、上記式化学構造式(4)で表される基を有する化合物である場合は、無置換キナクリドン、ジメチルキナクリドン、ジクロロキナクリドン等とフタルイミド及びホルムアルデヒドあるいはパラホルムアルデヒドとを濃硫酸中で反応させることにより合成することができる。
【0022】
本発明の水性顔料分散液において、キナクリドン系顔料(a)100質量部に対するキナクリドン系顔料誘導体(b)の使用量は、1質量部以上であることが好ましく、2〜15質量部であることがより好ましい。使用量が上記の範囲であると水性分散液及びそれから製造したインクジェット記録用インク組成物の保存安定性が良好である。また、特にサーマルジェット方式のプリンターで印字した際のインク吐出状態が良好である。
【0023】
(スチレン−アクリル酸共重合体)
本発明で使用するスチレン−アクリル酸系共重合体(c)はスチレン系モノマー及びアクリル酸とメタクリル酸の少なくとも一方をモノマー成分として含有する。
スチレン系モノマーとしては公知の化合物を用いることができる。例えば、スチレン、α−メチルスチレン、β−メチルスチレン、2,4−ジメチルスチレン、α−エチルスチレン、α−ブチルスチレン、α−ヘキシルスチレンの如きアルキルスチレン、4−クロロスチレン、3−クロロスチレン、3−ブロモスチレンの如きハロゲン化スチレン、更に3−ニトロスチレン、4−メトキシスチレン、ビニルトルエン等がある。
【0024】
スチレン−アクリル酸系共重合体(c)の原料であるスチレン系モノマーの使用比率は50〜90質量%であることがより好ましく、中でも70〜90質量%であることが特に好ましい。スチレン系モノマーの使用比率が50質量%以上であると、キナクリドン系顔料(a)へのスチレン−アクリル酸共重合体(c)の親和性が良好となり、水性顔料分散液の分散安定性が向上する傾向がある。また該水性顔料分散液から得られるインクジェット記録用水性インクの普通紙記録特性が向上し、画像記録濃度が高くなる傾向があり、更に耐水特性も良好となる傾向がある。スチレン系モノマーの量が90質量%以下の上記範囲であると、スチレン−アクリル酸共重合体(c)で被覆されたキナクリドン系顔料の水性媒体に対する分散性を良好に維持することができ、水性顔料分散液における顔料の分散性や分散安定性を向上させることができる。更に、インクジェット記録用インク組成物として使用した場合の印字安定性が良好になる。
本発明のスチレン−アクリル酸共重合体(c)はスチレン系モノマー及び、アクリル酸モノマー及びメタクリル酸モノマーの少なくとも一方の共重合によって得られるが、アクリル酸とメタクリル酸を併用することが好ましい。その理由は、樹脂合成時の共重合性が向上して、樹脂の均一性が良くなり、その結果、保存安定性が良好となり、且つより微粒子化された顔料分散液が得られる傾向があるためである。
本発明で使用するスチレン−アクリル酸共重合体(c)においてスチレン系モノマーとアクリル酸モノマーとメタクリル酸モノマーの共重合時の総和は、全モノマー成分に対して95質量%以上であることが好ましい。
【0025】
スチレン−アクリル酸共重合体(c)には、スチレン系モノマー、アクリル酸モノマー及びメタクリル酸モノマー以外にこれらのモノマーと共重合可能な公知のモノマーを共重合させても良い。そのようなモノマーの例としては、メチルアクリレート、メチルメタクリレート、n−プロピルアクリレート、イソプロピルアクリレート、n−ブチルアクリレート、sec−ブチルアクリレート、tert−ブチルアクリレート、2−エチルブチルアクリレート、1,3−ジメチルブチルアクリレート、ヘキシルアクリレート、2−エチルヘキシルアクリレート、オクチルアクリレート、エチルメタアクリレート、n−ブチルメタアクリレート、2−メチルブチルメタアクリレート、ペンチルメタアクリレート、ヘプチルメタアクリレート、ノニルメタアクリレート等のアクリル酸エステル類及びメタアクリル酸エステル類;3−エトキシプロピルアクリレート、3−エトキシブチルアクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、2−ヒドロキシエチルアクリレート、2−ヒドロキシブチルアクリレート、エチル−α−(ヒドロキシメチル)アクリレート、ジメチルアミノエチルメタアクリレート、ヒドロキシエチルメタアクリレート、ヒドロキシプロピルメタアクリレートのようなアクリル酸エステル誘導体及びメタクリル酸エステル誘導体;フェニルアクリレート、ベンジルアクリレート、フェニルエチルアクリレート、フェニルエチルメタアクリレートのようなアクリル酸アリールエステル類及びアクリル酸アラルキルエステル類;ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ビスフェノールAのような多価アルコールのモノアクリル酸エステル類あるいはモノメタアクリル酸エステル類;マレイン酸ジメチル、マレイン酸ジエチルのようなマレイン酸ジアルキルエステル、酢酸ビニル等を挙げることができる。これらのモノマーはその1種又は2種以上をモノマー成分として添加することができる。
【0026】
スチレン−アクリル酸共重合体(c)の製造方法としては、通常の重合方法を採ることが可能で、溶液重合、懸濁重合、塊状重合等、重合触媒の存在下に重合反応を行う方法が挙げられる。重合触媒としては、例えば、2,2´−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、2,2´−アゾビスイソブチロニトリル、1,1´−アゾビス(シクロヘキサン−1−カルボニトリル)、ベンゾイルパーオキサイド、ジブチルパーオキサイド、ブチルパーオキシベンゾエート等が挙げられ、その使用量はビニルモノマー成分の0.1〜10.0質量%が好ましい。
【0027】
本発明で使用するスチレン−アクリル酸共重合体(c)の重量平均分子量は5,000から20,000の範囲内であることが好ましく、5,000から18,000の範囲内にあることがより好ましい。中でも、5,500〜15,000範囲内にあることが特に好ましい。重量平均分子量が5,000以上であると、キナクリドン系顔料(a)の初期の分散小粒径化の容易さはやや低下するが、水性顔料分散液の長期保存安定性が良くなる傾向にあり、顔料の凝集などによる沈降が発生しにくい傾向がある。スチレン−アクリル酸共重合体(c)の重量平均分子量が20,000以下であると、これを用いた水性顔料分散液から調製したインクジェット記録用インク組成物の粘度は極めて適正であって、インクの吐出安定性が向上する傾向にある。
ここで重量平均分子量とはGPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)法で測定される値であり、標準物質として使用するポリスチレンの分子量に換算した値である。
本発明で使用するスチレン−アクリル酸共重合体(c)はランダム共重合体でもよいが、グラフト共重合体であっても良い。グラフト共重合体としてはポリスチレンあるいはスチレンと共重合可能な非イオン性モノマーとスチレンとの共重合体が幹又は枝となり、アクリル酸、メタクリル酸とスチレンを含む他のモノマーとの共重合体を枝又は幹とするグラフト共重合体をその一例として示すことができる。スチレン−アクリル酸共重合体(c)は、このグラフト共重合体とランダム共重合体の混合物であってもよい。
【0028】
本発明において使用されるスチレン−アクリル酸共重合体(c)はアクリル酸モノマー及びメタクリル酸モノマー由来のカルボキシル基を有し、酸価は120〜220(mgKOH/g)であることが好ましく、150〜200(mgKOH/g)であることがさらに好ましい。酸価が120(mgKOH/g)以上であれば親水性が十分な大きさとなり水性顔料分散液の顔料の分散安定性が良好となる傾向にある。一方酸価が220(mgKOH/g)以下であると顔料の凝集がより発生し難くなる傾向にあり、また水性顔料分散液から得られるインクジェット記録用インク組成物を用いた印刷物については十分な耐水性を維持できる傾向にある。
混練工程における前記キナクリドン系顔料(a)とキナクリドン系顔料誘導体(b)の合計質量に対するスチレン−アクリル酸系共重合体(c)の質量比、c/(a+b)は0.05〜0.5が好ましく、0.15〜0.5がさらに好ましい。
ここでいう酸価とは、日本工業規格「 K 0070:1992. 化学製品の酸価,けん化価,エステル価,よう素価,水酸基価及び不けん化物の試験方法」に従って測定された数値であり、樹脂1gを完全に中和するのに必要な水酸化カリウムの量(mg)である。
【0029】
(塩基性化合物)
スチレン−アクリル酸系共重合体(c)は、そのアクリル酸部位を中和させて水性媒体への分散性を向上させるため、塩基性化合物(d)を共存させた形で用いられる。塩基性化合物(d)は混練工程でスチレン−アクリル酸系共重合体を軟化させ、樹脂による顔料の被覆過程を円滑にするとともに、樹脂被覆された顔料の水性媒体への分散性を良好にする。塩基性化合物(d)としては、無機系塩基性化合物、有機系塩基性化合物のいずれも用いることができる。有機系塩基性化合物としては、例えばメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミンなどのアミン;トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、メチルジエタノールアミンなどのアルコールアミンを例示することができる。無機系塩基性化合物としては、カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の水酸化物;カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の炭酸塩;カルシウム、バリウムなどのアルカリ土類金属などの炭酸塩;水酸化アンモニウムなどを例示することができる。
特に、アルカリ金属水酸化物、アルコールアミン類は、本発明の顔料分散体から水性顔料分散液、さらにはインクジェット記録用インク組成物へと調製した場合、分散性、保存安定性の点から好適である。これらアルカリ金属水酸化物とアルコールアミン類は混合して用いることもできる。これらの塩基性化合物の中で、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウムに代表されるアルカリ金属水酸化物は、水性顔料分散液の低粘度化に寄与し、インクジェット記録用インクの吐出安定性の面から好ましく、特に水酸化カリウムが好ましい。
【0030】
また、塩基性化合物は水溶液、または有機溶剤溶液で用いることが好ましく、水溶液で用いることがさらに好ましい。塩基性化合物(d)の水溶液又は有機溶剤溶液の濃度は、20質量%〜50質量%であることが好ましい。また、塩基性化合物(d)を溶解する有機溶剤としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、等のアルコール系溶剤を用いることが好ましい。中でも、本発明では、塩基性化合物(d)の水溶液を用いることが好ましく、特にアルカリ金属水酸化物の水溶液を用いることがさらに好ましい。塩基性化合物の添加量は、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)の酸価に基づき、中和率として80〜120%となる範囲であることが好ましい。中和率を80%以上と設定することが、顔料分散体から水性顔料分散液を作製するときの水性媒体中の分散速度の向上、水性顔料分散液の分散安定性、保存安定性の点から好ましい。水性顔料分散液、またはインクジェット記録用インクの長期保存時におけるゲル化を防ぐ点においても、インクによって作製した印字物の耐水性の点でも中和率120%以下とすることが好ましい。
なお本発明において、中和率とは塩基性化合物の配合量がスチレン−アクリル酸系共重合体(b)中の全てのカルボキシル基の中和に必要な量に対して何%かを示す数値であり、以下の式で計算される。
【0031】
【数1】

【0032】
(ポリエチレングリコール)
通常樹脂と顔料を含む混合物の混練に際しては、水溶性有機溶剤を適量添加して混合物を高固形分比の粘土状の一つの固まりとし、高剪断力を加えて混練を行う。このための水溶性有機溶剤としては、沸点が高く混練中に容易に揮散しないこと、また混練物中にたとえ残存しても、もともと後工程である混合工程において、水性媒体の成分として混練物に添加されうるので除去の必要がないこと等の理由により、湿潤剤が好適に使用される。
【0033】
本発明で使用するポリエチレングリコール(e)は,水酸基価が50(mgKOH/g)から500の(mgKOH/g)範囲のものを使用する。水酸基価は100(mgKOH/g)から500の(mgKOH/g)範囲であるものが好ましく、100(mgKOH/g)から400の(mgKOH/g)範囲であるものがさらに好ましい。水酸基価が50(mgKOH/g)より小さい場合、顔料、スチレンアクリル酸系共重合体、ポリエチレングリコールを含有する分散媒体の系においては、顔料と分散媒体の親和性が顔料と共重合体の親和性に比べて高過ぎて、該共重合体の一部溶解状態と見られる膨潤の発生が起きにくくなり、樹脂吸着による分散した顔料の安定化が進行しないため粗大粒子が増大する。また、水酸基価が500(mgKOH/g)より大きい場合、分散媒体と共重合体との親和性は向上するが顔料との親和性が良好でないため、顔料の表面が濡れにくく、顔料、共重合体、溶剤の混合物から粘土状の混練に適した固まりが形成されにくい、このため混練工程自体が進行せず、水性顔料分散液中の粗大粒子数が増大する。
本発明で用いるポリエチレングリコール(e)においては、ポリオキシアルキレン骨格はオキシエチレンまたはオキシプロピレン、またはオキシエチレンとオキシプロピレン両方から構成されていることが好ましく、オキシエチレンとオキシプロピレンから構成される場合は,オキシエチレンとオキシプロピレンはランダムな配列であっても,それぞれのポリオキシアルキレンのブロック配列でも良い。
ここでいう水酸基価の測定は、日本工業規格「 K 0070:1992. 化学製品の酸価,けん化価,エステル価,よう素価,水酸基価及び不けん化物の試験方法」による。
【0034】
具体的な製品名としては、PEG−300(ポリエチレングリコール、水酸基価379(mgKOH/g)、分子量約300、三洋化成社製)、PEG−400(ポリエチレングリコール、水酸基価279(mgKOH/g)、分子量約400、三洋化成社製)、PEG−600(ポリエチレングリコール、水酸基価192(mgKOH/g)、分子量約600、三洋化成社製)、PEG−1000(ポリエチレングリコール、水酸基価114(mgKOH/g)、分子量約1000、三洋化成社製)がある。
混練工程における、前記キナクリドン系顔料(a)とキナクリドン系顔料誘導体(b)の合計質量に対するポリエチレングリコール(e)の質量比e/(a+b)は、0.3〜0.8である。
なお本項において、ポリエチレングリコールの分子量とは数平均分子量のことであり、以下の式で計算される。
【0035】
【数2】

【0036】
ここで,水酸基価とは、試料中の水酸基(-OH)をアセチル化して、アセチル化に要した酢酸を中和するのに要する水酸化カリウムの量を、試料1gに対するmg数で表したもので、試料中のOH基の含有量を示す尺度である。
【0037】
(湿潤剤)
本発明の製造方法においては、上記混練時に添加する分散媒体である水溶性有機溶剤として、ポリエチレングリコールに加えて、従来公知の湿潤剤を用いても良い。さらにこのような湿潤剤は、混練工程後に顔料分散体に水性媒体を添加、混合する混合工程において混練物に添加、混合しこれを希釈させる水性媒体の成分、さらにはインクジェット記録用水性インクの成分としても重要である。この様な湿潤剤としては,例えば、グリセリン、グリセリンのポリオキシアルキレン付加物、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,2,6−ヘキサントリオール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等のポリオール類、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、テトラエチレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等の多価アルコールアルキルエーテル類,エチレングリコールモノフェニルエーテル、エチレングリコールモノベンジルエーテル等の多価アルコールアリールエーテル類および多価アルコールアラルキルエーテル類、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、ε−カプロラクタム等のラクタム類、1,3−ジメチルイミダゾリジノン等が挙げられる。これらの湿潤剤は1種または2種以上を混合して用いることができる。特に高沸点、低揮発性で、高表面張力の常温で液体の多価アルコール類が好ましく、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール等のグリコール類がさらに好ましい。
【0038】
混練に用いることができるポリエチレングリコール(e)以外の上記湿潤剤は、スチレン−アクリル酸共重合体(c)の溶解力が強くなく、該樹脂濃度を25質量%として前記湿潤剤と前記スチレン−アクリル酸共重合体を撹拌したときに、均一溶液とならないものが好ましい。
また,ポリエチレングリコール(e)と湿潤剤の総量中のポリエチレングリコール(e)の割合は,少なくとも75質量%以上で有ることが好ましい。ポリエチレングリコール(e)の割合が75質量%以上であると、顔料を十分に解砕し分散することができ、粗大粒子数を効果的に低減しやすい。
【0039】
以下に本発明の水性顔料分散液の製造方法についてさらに詳細に説明を行う。
(混練工程)
本発明の製造方法における混練工程においては、キナクリドン系顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(c)、塩基性化合物(d)及び水酸基価50〜500のポリエチレングリコール(e)、さらにこのましくはキナクリドン系顔料誘導体(b)を含有する混合物を混練し、常温で固体の顔料分散体を作製する。本発明の製造方法において、キナクリドン系顔料(a),スチレン−アクリル酸共重合体(c),塩基性化合物(d)及び水酸基価50〜500のポリエチレングリコール(e)、好ましくはキナクリドン系顔料誘導体(b)を含有する混合物を、高剪断力下で混練することが好ましい。高剪断力下で混練することにより、キナクリドン系顔料(a)が微粉砕され、微細化された粒子表面に、前記ポリエチレングリコール(e)と塩基性化合物(d)の添加で膨潤状態となったスチレン−アクリル酸共重合体(c)が押しつけられ、顔料表面の被覆が進行し、顔料が均一に分散した常温で固体の顔料組成物得られる。
【0040】
混合物に高剪断力が加わって混練工程が進行するためには、混練される混合物の固形分濃度は55〜80質量%であることが好ましい。固形分濃度をこのような範囲において混練を行うことにより、十分な剪断力をかけることができ、キナクリドン系顔料(a)の粉砕が不十分となることがなく、顔料が均一な分散した常温で固体の顔料組成物を得ることができる。
ポリエチレングリコールや、必要に応じて添加される湿潤剤の総量は混練工程で混練する混合物の固形分濃度をこのように高く保つことができるように調整される。混練工程において混練される混合物中の、ポリエチレングリコールとその他の湿潤剤の総量は顔料と顔料誘導体の合計量に対して、30〜80質量%の範囲内であることが好ましい。ポリエチレングリコール(e)と湿潤剤の合計の添加量が上記範囲にあると、固形物同士を容易に融合状態とすることができ、混練時に十分な剪断力を負荷することができる。
【0041】
塩基性化合物(c)としてアルカリ金属水酸化物を用いるときは、通常水溶液として用いられるが、水の量は最小限とすることが好ましく、この水量は顔料に対して15質量%以下に抑えることが好ましく、8質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0042】
本発明の混練工程においては、本発明の水性顔料分散液において用いられる全ての顔料、顔料誘導体とスチレンアクリル酸系共重合体(c)が配合されるが、キナクリドン系顔料(a)とキナクリドン系顔料誘導体(b)との合計100質量部に対するスチレン−アクリル酸共重合体(c)の使用量は5〜50質量部であることが好ましく、10〜45質量部であることがより好ましく、15〜40質量部であることがさらに好ましい。スチレン−アクリル酸共重合体(c)の使用量が15質量部以上であれば、顔料及び顔料誘導体の表面がスチレンアクリル酸系共重合体で十分に被覆されるため、水性顔料分散液から製造したインクジェット記録用インクの分散安定性が向上し、本インクジェット記録用インクで印刷した印刷物の耐摩擦性が向上する傾向にあり、また使用量が50質量部以下であれば、水性顔料分散液やインクジェット記録用水性インクを作製したときに、顔料に未吸着な樹脂が水性媒体中に存在することがなく、水性顔料分散液や水性インクの粘度が適正に維持され、インクの吐出性も良好に維持される傾向にある。
【0043】
また混練時の温度は混練物に十分な剪断力が加わるように、前記スチレン−アクリル酸系共重合体(c)の温度特性を考慮して適宜調整を行うことができるが、前記スチレン−アクリル酸系共重合体(c)のガラス転移点より低く、かつ該ガラス転移点との温度差が50℃より小さい範囲で行うことが好ましい。このような温度範囲で混練を行うことにより、混練温度の上昇による樹脂の溶融に伴う混練物の粘度低下によって剪断力が不足することがない。
【0044】
混練工程に用いる混練装置としては、固形分比率の高い混合物に対して高い剪断力を発生させることのできるものであればよく、公知の混練装置の中から選択して用いることが可能であるが、二本ロール等の撹拌槽を有しない開放型の混練機を用いるよりは、撹拌槽と撹拌羽根を有し撹拌槽を密閉可能な混練装置を用いることが好ましい。撹拌槽と撹拌羽根を有し、混練装置を用いることが好ましい。このような構成の混練装置を用いると、混練中にポリエチレングリコール・湿潤剤・水分などが揮散することがなく、一定の固形分比率を有する混合物の混練を続けることができ、粗大粒子の低減に効果的である。また混練後の常温で固体の顔料組成物を、水性媒体で直接希釈して水性顔料分散液を作製する混合工程へと移行することができる。
【0045】
このような装置としては、ヘンシェルミキサー、加圧ニーダー、バンバリーミキサー、プラネタリーミキサーなどが例示され、特にプラネタリーミキサーなどが好適である。本発明においては、好ましくは顔料濃度と顔料と樹脂からなる固形分濃度が高い状態で混練を行うため、混練物の混練状態に依存して混練物の粘度が広い範囲で変化するが、プラネタリーミキサーは二本ロール等と比較すると、広い範囲の粘度領域で混練処理が可能であり、更に水性媒体の添加及び減圧溜去も可能であるため、混練時の粘度及び負荷剪断力の調整が容易である。
【0046】
(混合工程)
この様な混練工程によって得られた常温で固体の顔料分散体に水性媒体を混合して水性顔料分散液を製造する際には,前述のように撹拌槽を有する混練機で固体の顔料分散体を製造した後,該撹拌槽に水性媒体を添加、混合し、必要に応じて撹拌して直接希釈することにより水性顔料分散液を製造できる。また,撹拌翼を備えた別の攪拌機で固体の顔料分散体と水性媒体を混合し,必要に応じて撹拌して水性顔料分散液を調製できる。水性媒体の混合に関しては、顔料分散体に対して必要量を一括混合してもよいが、連続的あるいは断続的に必要量を添加して混合を進めた方が、水性媒体による希釈が効率的に行われ、より短時間で水性顔料分散液を作製することができる。また,この様にして得られた水性顔料分散液を、更に分散機により分散処理しても良い。本発明の製造方法においては顔料の微細化、及びスチレン−アクリル酸共重合体による被覆が効果的に進行しているため、分散機による分散処理を行って、さらなる剪断力を加え顔料を解砕することを行わなくても、水性媒体を混合して固形分比を低下させて液状化させ、必要に応じて撹拌を行うだけで、良好な特性の水性顔料分散液の製造が可能である。しかし顔料特性の変動等で水性顔料分散液中に粗大分散粒子が残存したときでも、分散処理を行うことにより、残存した粗大分散粒子が更に粉砕され、より分散粒子の粒径が小さくなることによって、水性顔料分散液から製造したインクジェット記録用インク組成物の吐出安定性、印字濃度などのインクジェット特性が改善される。
【0047】
常温で固体の顔料分散体から水性顔料分散液を製造する際に使用する水性媒体は,水に加えて、水性顔料分散液の乾燥防止、および分散装置を用いるときの分散処理実施時の粘度調整の必要性から高沸点の水溶性有機溶剤を含んでいても良く、従来公知の湿潤剤を使用することができる。好適に使用される水溶性有機溶剤としては,本発明の混練工程で使用したポリエチレングリコール(e)および混練工程により固形の顔料分散体を製造する際に添加可能であった湿潤剤を例示することができる。水性顔料分散体液中の水溶性有機溶剤の総量は,1〜50質量%であることが好ましく3〜40質量%であることがより好ましい。この下限未満では、乾燥防止効果が不十分となる傾向にあり、上記上限を超えると分散液の分散安定性が低下する傾向にある。
【0048】
分散処理を行う際の分散機としては、公知慣用の機器が使用でき、例えば、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、ペイントシェーカー、ボールミル、ロールミル、サンドミル、サンドグラインダー、ダイノーミル、ディスパーマット、ナノミル、SCミル、ナノマイザー等を挙げることができ、これらのうちの1つを単独で用いてもよく、2種類以上装置を組み合わせて用いてもよい。なお本発明における、分散機、分散装置とは分散処理を行う工程に専用に用いられる装置であって、通常の混合、撹拌等にも広く使用される汎用の混合機、攪拌機等は含まないものとする。
混合工程または混合工程後の分散処理終了後に作製された水性顔料分散液の顔料濃度は10〜20質量%であることが好ましい。
【0049】
(インクジェット記録用水性インクの調整)
本発明の水性顔料分散液を使用したインクジェット記録用水性インク組成物は、水性顔料分散液を水性媒体に希釈し必要に応じて各種添加剤を添加して、常法により調製することができる。インクジェット記録用水性インク組成物を調製する場合は、粗大粒子が、ノズル詰まり、その他の画像特性を劣化させる原因になるため、インク調製後に、遠心分離、あるいは濾過処理等により粗大粒子を除去しても良い。
本発明の水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合、インクの乾燥防止を目的として、ポリエチレングリコール(e)、あるいは先に例示した湿潤剤を添加することができる。乾燥防止を目的とするポリエチレングリコール(e)と湿潤剤のインク中の総含有量は3から50質量%であることが好ましい。
【0050】
また、本発明の水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合、被記録媒体への浸透性改良や記録媒体上でのドット径調整を目的として浸透剤を添加することができる。
浸透剤としては、例えばエタノール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール、エチレングリコールヘキシルエーテルやジエチレングリコールブチルエーテル等のアルキルアルコールのエチレンオキシド付加物やプロピレングリコールプロピルエーテル等のアルキルアルコールのプロピレンオキシド付加物等が挙げられる。
インク中の浸透剤の含有量は0.01から10質量%であることが好ましい。
【0051】
本発明のインクジェットインク用顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合、表面張力等のインク特性を調整するために、界面活性剤を添加することができる。このために添加することのできる界面活性剤はとくに限定されるものではなく、各種のアニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤などが挙げられ、これらの中では、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤が好ましい。
【0052】
アニオン性界面活性剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルフェニルスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、高級脂肪酸塩、高級脂肪酸エステルの硫酸エステル塩、高級脂肪酸エステルのスルホン酸塩、高級アルコールエーテルの硫酸エステル塩及びスルホン酸塩、高級アルキルスルホコハク酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルカルボン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩等が挙げられ、これらの具体例として、ドデシルベンゼンスルホン酸塩、イソプロピルナフタレンスルホン酸塩、モノブチルフェニルフェノールモノスルホン酸塩、モノブチルビフェニルスルホン酸塩、ジブチルフェニルフェノールジスルホン酸塩などを挙げることができる。
ノニオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、グリセリンのポリオキシアルキレン付加物、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレン脂肪酸アミド、脂肪酸アルキロールアミド、アルキルアルカノールアミド、アセチレングリコール、アセチレングリコールのオキシエチレン付加物、ポリプロピレングリコールブロックコポリマー、等を挙げることができ、これらの中では、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンドデシルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、脂肪酸アルキロールアミド、アセチレングリコール、アセチレングリコールのオキシエチレン付加物、ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールブロックコポリマーが好ましい。
その他の界面活性剤として、ポリシロキサンオキシエチレン付加物のようなシリコーン系界面活性剤;パーフルオロアルキルカルボン酸塩、パーフルオロアルキルスルホン酸塩、オキシエチレンパーフルオロアルキルエーテルのようなフッ素系界面活性剤;スピクリスポール酸、ラムノリピド、リゾレシチンのようなバイオサーファクタント等も使用することができる。
【0053】
これらの界面活性剤は、単独で用いることもでき、また、2種類以上を混合して用いることもできる。また、界面活性剤の溶解安定性等を考慮すると、そのHLBは、7から20の範囲であることが好ましい。界面活性剤を添加する場合は、その添加量はインクの全質量に対し、0.001から1質量%の範囲が好ましく、0.001から0.5質量%であることがより好ましく、0.01から0.2質量%の範囲であることがさらに好ましい。界面活性剤の添加量が0.001質量%以上の場合は、界面活性剤添加の効果が良好に得られる傾向にあり、1質量%以下で用いた場合には、画像が滲むなどの問題の発生が起きにくい傾向にある。
【0054】
本発明の水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インク組成物を調製する場合は、必要に応じて防腐剤、粘度調整剤、pH調整剤、キレート化剤、可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等をも添加することができる。
【0055】
本発明の水性顔料分散液に占める、キナクリドン系顔料(a)とキナクリドン系顔料誘導体(b)の総量は5から25質量%であることが好ましく、5から20質量%であることがより好ましい。キナクリドン系顔料(a)とキナクリドン系顔料誘導体(b)の総量が5質量%以上である場合は、本発明の水性顔料分散液から調製したインクジェット記録用インク組成物が良好な着色性能を有し、充分な画像濃度が得られる傾向にある。また、25質量%以下である場合には、水性顔料分散液において顔料の分散安定性の低下が発生しにくい傾向にある。
本発明の水性顔料分散液から調製するインクジェット記録用インク組成物に占める、キナクリドン系顔料(a)とキナクリドン系顔料誘導体(b)の総量は、充分な画像濃度を得る必要性と、インク中での分散粒子の分散安定性を確保するために、1から10質量%であることが好ましい。
本発明の製造方法によって製造されたインクジェット記録用インク組成物は、加温された場合にも分散安定性を良好に維持し、種々の方式のインクジェット記録用のインクとして好適に用いることができる。適用するインクジェットの方式は特に限定するものではないが、連続噴射型(荷電制御型、スプレー型など)、オンデマンド型(ピエゾ方式、サーマル方式、静電吸引方式など)などの公知のものを例示することができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明の実施例を示して詳しく説明する。
なお、特に断りがない限り「部」は「質量部」、「%」は「質量%」である。
また、本実施例、比較例において用いた樹脂は以下のとおりのものである。
樹脂A:モノマー組成比において、スチレン/アクリル酸/メタクリル酸/ブチルアクリレート=74/11.3/14.6/0.1(質量比)のスチレンアクリル酸系共重合体であり、測定酸価172mgKOH/g、重量平均分子量11,000である樹脂。
尚,重量平均分子量はGPC(ゲルパークロマトグラフ)を用いて測定したポリスチレン換算の数値である。
【0057】
(実施例1)
下記組成のうち粉状原料の混合物(顔料、顔料誘導体、樹脂)を、プラネタリーミキサー(商品名:ケミカルミキサーACM04LVTJ−B 株式会社愛工舎製作所製)に仕込み、ジャケットを加温し、内容物温度が80℃に達した後、自転回転数:80回転/分、公転回転数:25回転/分で混練を行い、5分後、下記組成のうち液体原料を加えさらに混練を継続した。
樹脂A 12部
キナクリドン系顔料:クロモフタールジェットマジェンタ2BC
(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ社製) 38部
フタルイミドメチル化3,10−ジクロロキナクリドン
(1分子あたりの平均フタルイミドメチル基数 1.4) 2部
ポリエチレングリコール
PEG−300 (三洋化成工業社製) 20部
(水酸基価379( mgKOH/g)、分子量約300)
34質量%水酸化カリウム水溶液 6部
プラネタリーミキサーの電流値が最大電流値を示してから30分を経過した時点まで混練を継続し常温で固体の顔料分散体を得た。得られた常温で固体の顔料分散体をジャケットから取出し、1cm角状に切断した後、市販のジューサーミキサーに入れた。そこにイオン交換水70部を加え10分間ミキサーにかけて混合、希釈し、さらにイオン交換水を加えキナクリドン系顔料濃度13.5質量%の水性顔料分散液Aを得た。
【0058】
(実施例2〜4)
実施例1のPEG−300を三洋化成工業社製のPEG−400(水酸基価279(mgKOH/g))、PEG−600(水酸基価192(mgKOH/g))、PEG−1000(水酸基価114(mgKOH/g)に変更した以外は、実施例1と同様の条件で、それぞれ実施例2〜4を行い水性顔料分散液B〜Dを得た。
(実施例5)
実施例1のキナクリドン系顔料の使用量を40部、フタルイミドメチル化3,10−ジクロロキナクリドンを0部にし、その他は実施例2と同じ条件で実施例5を行い、水性顔料分散液Eを得た。
【0059】
(実施例6)
下記組成の混合物を、容量50LのプラネタリーミキサーPLM−V−50V(株式会社井上製作所製)に仕込み、ジャケットを加温し、ジャケット温度が60℃になった後、低速(自転回転数:21回転/分,公転回転数:14回転/分)で混練を行い、10分後、高速(自転回転数:35回転/分,公転回転数:24回転/分)に切り替え、混練を継続した。
樹脂A 150部
キナクリドン系顔料:クロモフタールジェットマジェンタ2BC
(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ社製) 475部
フタルイミドメチル化3,10−ジクロロキナクリドン
(1分子あたりの平均フタルイミドメチル基数 1.4) 25部
ポリエチレングリコール:PEG−400
(三洋化成工業社製) 220部
【0060】
その後、混練を継続し、プラネタリーミキサーの最大電流値を示してから1時間混練を経過した時点まで混練を継続し着色樹脂組成物を得た。得られた着色樹脂組成物に対してプラネタリーミキサーによる撹拌を継続しながら、5時間で総量1200部のイオン交換水を加えた。さらに、キナクリドン系顔料濃度が13.5質量%になるようにイオン交換水を撹拌しながら少量ずつ添加し、水性顔料分散液F−1を得た。
(実施例7)
実施例6で作製した水性顔料分散液F−1の18kgを、ビーズミル(浅田鉄工製ナノミルNM−G2L)にて下記条件で分散を実施し、顔料分散液F−2を得た。
【0061】
・分散条件
分散機 ナノミルNM−G2L(浅田鉄工製)
ビーズ φ0.3mmジルコニアビーズ
ビーズ充填量 85%
冷却水温度 10℃
回転数 2660回転/分
(ディスク周速:12.5m/sec)
送液量 200g/10秒
【0062】
(比較例1)
PEG−300をPEG−200(水酸基価569(mgKOH/g))に変更した以外は、実施例1と同様の条件で比較例1を行い、水性顔料分散液Gを得た。
【0063】
(比較例2)
PEG−300をジエチレングリコールに変更した以外は、実施例1と同様の条件で比較例2を行い、水性顔料分散液Hを得た。
【0064】
(比較例4)
PEG−400に換えてジエチレングリコールを使用する以外は、実施例6と同様の方法で水性顔料分散液を作製し、これを水性顔料分散液I−1とした。
(比較例5)
PEG−400に換えてジエチレングリコールを使用する以外は、実施例7と同様の方法で水性顔料分散液を作製し、これを水性顔料分散液I−2とした。
【0065】
(参考例1)
樹脂Aを固形分濃度として50%含むメチルエチルケトン溶液100gを攪拌しながら、この溶液に市販の1モル/リットルのKOH水溶液153mlとイオン交換水47mlとの混合液を添加し、スチレンアクリル系樹脂Aを中和した。減圧下でメチルエチルケトンを留去した後イオン交換水を加え,メチルエチルケトンとの共沸にて失った水を補い固形分濃度20%の樹脂Aを含む樹脂水溶液Bを得た。
次に、容量250mlの容器に下記の組成の仕込みを行った後、ペイントシャーカー(東洋精機製作所製)を用い、以下の配合で2時間かけて分散処理を行い、キナクリドン系顔料濃度13.5質量%の水性顔料水性分散液Jを得た。
スチレンアクリル系樹脂水溶液B 10g
キナクリドン系顔料 5.4g
クロモフタールジェットマジェンタ2BC(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ社製)
フタルイミドメチル化3,10−ジクロロキナクリドン 0.6g
(1分子あたりの平均フタルイミドメチル基数 1.4)
PEG−400 4.8g
イオン交換水 19.2g
ジルコニアビーズ(1.25mm径) 180g
【0066】
(参考例2)
PEG−400をジエチレングリコールに変更した以外は、参考例1と同様の条件で参考例2を行い、水性顔料分散液Kを得た。
以上の実施例、比較例で作製した水性顔料分散液の評価を以下の方法を用いて行った。
【0067】
(水性顔料分散液の評価)
〔体積平均粒径〕
上述の様にして得られた実施例、比較例の水性顔料分散液について、マイクロトラックUPA150EX粒度分析計(日機装社製)でセル温度25℃にて粒径測定を実施した。その際、粒径測定サンプルとしては、各サンプルともにイオン交換水でキナクリドン系顔料濃度を12.5質量%に希釈して調製し、更にイオン交換水で500倍に希釈したものを用いた。
〔粗大粒子数〕
粗大粒子数は、AccuSizer 780 (Particle Sizing Systems, Inc.)を用いて測定した。その際、粗大粒子数測定サンプルとしては、各サンプルともに200〜10000倍のイオン交換水を加えてキナクリドン系顔料濃度を低下させ、検出器をサンプルが毎秒1ml通過する際に、粒子径が0.5μm以上の粗大粒子のカウント数が1000から4000となるように希釈を行ったものを用いた。
粗大粒子数を測定後に希釈倍率を考慮して、キナクリドン系顔料濃度12.5%の水性顔料分散液1ml中に存在する粗大粒子数に換算した。
【0068】
〔インクジェット吐出特性〕
インクジェットの吐出特性の測定のために、まず実施例1〜9、比較例1、2、参考例1、2で作製した水性顔料分散液から以下の組成でインクジェット記録用水性インクを作製した。
実施例1〜9、比較例1、2、参考例1、2で作製した各水性顔料分散液を純水で希釈して、キナクリドン系顔料濃度6質量%の水性顔料分散液の希釈液を作り、該希釈液に対して以下を配合した。
水性顔料分散液の希釈液 50部
2-ピロリジノン 8部
トリエチレングリコール モノ-n-ブチルエーテル 8部
精製グリセリン 3部
サーフィノール440 (エアープロダクツ社製) 0.5部
純水 30.5部
【0069】
作製した各インクジェット記録用水性インクを、インクジェットプリンター(HP社製Photosmart D5360)を用いて試験した。インクを黒色用カートリッジに充填後、試験開始時にノズルチェックテスト用パターンを印刷した。更にモノクロームモードでA4用紙1枚の340cmの範囲に印刷濃度設定100%の印刷をした後にノズルチェックテスト用パターンを印刷し,試験前後のノズルの状態を比較し、
ノズル欠けが増加しないものを・・・・・・・・・○、
ノズル欠けが1〜5ヶ所以下増加するものを・・・△、
ノズル欠けが6ヶ所以上増加するものを・・・・・×
として評価した。
【0070】
〔保存安定性〕
保存安定性については、実施例、比較例、参考例で作製した水性顔料分散液を60℃条件下で保管して評価した。試験開始前の初期の粒径と試験開始6週間後の粒径との変化量が
10%以下のものを・・・・○、
11〜20%のものを・・・△、
21%以上のものを・・・・×
とした。上記の結果を表1に示す。
【0071】
【表1】

実施例1〜実施例4と比較例1、比較例2の比較から明らかなように、混練工程における水溶性有機溶剤として、水酸基価50〜500のポリエチレングリコールを用いることにより、水性顔料分散液中の粗大粒子数が大幅に減少している。顔料分散液中の粗大粒子数を少なく、かつ体積平均粒径を小さくするためには、水酸基価50〜500のポリエチレングリコールの添加が必要であるとことが分かる。そしてさらに混練工程におけるキナクリドン系顔料誘導体の添加が好ましいことが、実施例2と実施例5の比較から明らかである。実施例1〜4と実施例6とを比較すると、実際の製造装置に近い容量の大きい混練装置を用いると、剪断力が低下する傾向があるため粗大粒子数が増加する傾向があることがわかる。このような場合には、混練工程の後に引き続き、メディアを用いた分散装置による分散処理を行うことにより粗大粒子数を低減できる(実施例7)。しかし仮にこのような分散処理を行わなかったとしても、従来のジエチレングリコールをそのまま用いて容量の大きい混練装置を用いた時(比較例3、比較例4)に比べ、粗大粒子数は遥かに少ない値に留まっている。ジエチレングリコールや、水酸基価が500より大きいポリエチレングリコールを用いているかぎり、混練効率の良いより小さい混練機を用いたとしても(比較例1、2)、粗大粒子低減のために混練工程後にビーズミルを用いたとしても(比較例4)、実施例6のような小さい粗大粒子数の値は実現できないことがわかる。したがって、ジエチレングリコール等の分散媒体を用いて混練工程を行い、その後にメディアを用いた分散装置による分散工程を経る従来の製造方法に比較して、本願発明の製造方法は混練工程のみで十分に体積平均粒径や粗大粒子の低減が達成されているといえる。
さらに参考例1参考例2から明らかなように、ペイントコンディショナーにより水性顔料分散液を作製した場合は、混練工程を用いて水性顔料分散液を作製した場合よりも粗大粒子数及び体積平均粒径ともに非常に大きな値となる。そして、この時は、酸価50〜500のポリエチレングリコールを添加しても、それらの値が改善されることはない。このように、前記ポリエチレングリコールと、キナクリドン系顔料誘導体を用いて水性顔料分散液を製造したとしても、高固形分比のそれらを含有する混合物を混練する工程を経ないと、前記ポリエチレングリコールの、粗大粒子を低減する効果が全く発揮されないことが明らかである。以上のように、キナクリドン系顔料の分散において、水溶性有機溶剤として水酸基価50〜500のポリエチレングリコールを用いることにより、分散装置を用いた従来の分散工程がなくても、混練工程で作製した顔料分散体に水性媒体を添加、混合、必要に応じて撹拌を行って混合する混合工程を経るだけで分散不良の粗大粒子の大幅な減少を達成した水性顔料分散液を製造することができる。その結果、顔料が安定に分散し、良好な分散状態が長期保存においても維持され、粗大粒子数の少ない優れた水性顔料分散液とインクジェット記録用水性インクを得ることができる。製造に要する時間が短く、製造効率の高い方法で水性顔料分散液の製造を行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キナクリドン系顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(c)、塩基性化合物(d)及びポリエチレングリコール(e)を含有する混合物を混練し、常温で固体の顔料分散体を作製する混練工程と、前記顔料分散体に水性媒体を混合する混合工程を有し、前記ポリエチレングリコール(e)の水酸基価が50〜500(mgKOH/g)であることを特徴とする水性顔料分散液の製造方法。
【請求項2】
前記スチレン−アクリル酸系共重合体は酸価120〜220(mgKOH/g)、重量平均分子量5000〜20000で、全モノマー成分に対して50〜90質量%のスチレン系モノマー単位を含有する請求項1に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項3】
前記混合物中にさらにキナクリドン系顔料誘導体(b)を含有する請求項1または2に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項4】
前記キナクリドン系顔料誘導体(b)はフタルイミドメチル化キナクリドン系化合物である請求項3に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項5】
前記混練工程における前記キナクリドン系顔料(a)とキナクリドン系顔料誘導体(b)の合計質量に対するスチレン−アクリル酸系共重合体(c)の質量比、c/(a+b)が0.05〜0.5で、前記合計質量に対するポリエチレングリコール(e)の質量比e/(a+b)が0.3〜0.8である請求項1〜4のいずれか1項に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項6】
前記混練工程における顔料分散体の固形分比が55〜80質量%である請求項1〜5のいずれか1項に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の水性顔料分散液の製造方法によって製造された水性顔料分散液を、水性媒体で希釈する工程を有するインクジェット記録用水性インクの製造方法。
【請求項8】
キナクリドン系顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(c)、塩基性化合物(d)及びポリエチレングリコール(e)を含有する混合物を混練してなり、前記ポリエチレングリコール(e)の水酸基価が50〜500(mgKOH/g)であることを特徴とする常温で固体の顔料組成物。
【請求項9】
前記混合物中にさらにキナクリドン系顔料誘導体(b)を含有する請求項8に記載の常温で固体の顔料組成物。
【請求項10】
前記キナクリドン系顔料誘導体(b)はフタルイミドメチル化キナクリドン系化合物である請求項9に記載の常温で固体の顔料組成物。

【公開番号】特開2011−225821(P2011−225821A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−39859(P2011−39859)
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】