説明

水晶体前嚢切開刀

【課題】本発明の目的は、より短時間でかつより安全に、水晶体前嚢を切開することができる切開刀を提供することである。
【解決手段】本発明は、把持部および前記把持部から延出し、先端が屈曲されている針状部材を有する水晶体前嚢切開刀であって、前記針状部材の先端が、二股また三股以上のマルチの股にされている、切開刀を提供する。針状部材の先端を二以上の股にすることによって、前嚢との摩擦抵抗を高め、かつ針と前嚢との平坦性を高めることにより、操作性を向上させた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白内障治療などの眼科手術において水晶体前嚢を切開する切開刀に関する。
【背景技術】
【0002】
白内障などの治療として、患者の水晶体を人工水晶体に置換することがある。水晶体を摘出するために、水晶体の前面を覆っている嚢(「水晶体前嚢」とも称される)の一部を切開して連続円形切嚢(Continuous curvilinear capsulorrhexis; CCC)を形成し、連続円形切嚢から超音波などで粉砕された水晶体を吸引して除去することがある。
【0003】
連続円形切嚢を形成する手段として、嚢切開刀を用いることがある。従来の嚢切開刀は、例えば、把持部と、把持部から延出するプローブと、プローブ先端に配置された切開部を有している。このような切開器具により、安定して、かつ安全に水晶体前嚢を切開するため、種々の提案がされている。例えば、プローブ先端に配置された切断部の切断向きを、プローブの延びる方向と逆方向とした切開器具(特許文献1を参照)や、切開部を丸形状とした切開器具(特許文献2を参照)などが提案されている。
【0004】
さらに、注射針を有する注射器の注射針の先端を折り曲げて嚢切開刀とすることもあった。この嚢切開刀は、安価であって切開縁の強度もあるので、比較的優れた手段である。
【特許文献1】特開平8−47505号公報
【特許文献2】特開平8−275969号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述の針を利用した嚢切開刀によって連続円形切嚢を形成しようとすると、切開縁が所望の切開線よりも外方にずれることがあるが、それを修正することが困難であった。この原因の一つは、嚢切開刀の針と前嚢との摩擦が低く「滑り」が生じることであることがわかった。そこで、本発明者は嚢切開刀の針の先端を、2以上の股にすることによって、前嚢との摩擦抵抗を高め、かつ針と前嚢との平坦性を高めることにより、操作性を向上させることを検討した。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち本発明は、以下に示される水晶体前嚢切開刀に関する。
[1]把持部、および前記把持部から延出し、先端が屈曲されている針状部材を有する水晶体前嚢切開刀であって、前記針状部材の先端が、二股また三股以上のマルチの股にされている、水晶体前嚢切開刀。
[2]前記針状部材の先端は45〜90°屈曲されている、[1]に記載の水晶体前嚢切開刀。
[3]前記針状部材は、27ゲージ〜30ゲージの針である、[1]または[2]に記載の水晶体前嚢切開刀。
[4]前記股の間の距離は、前記針状部材の針の太さ以下である、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の水晶体前嚢切開刀。
[5]前記針状部材は、前記先端から1〜2mmの部位で屈曲しており、その屈曲角度が30〜60°である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の水晶体前嚢切開刀。
[6]前記針状部材が交換可能である、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の水晶体前嚢切開刀。
【発明の効果】
【0007】
本発明の切開器具により、例えば以下の効果が得られる。
1)前嚢を切開するときに、安定して前嚢を保持(把持)することができるので、切開の操作性が向上する。
2)前嚢を切開する縁が、所望の切開線から外部へ流れにくくなる。また仮に流れてしまっても、修正しやすい。
3)手術時間の短縮が期待される。
4)切開した前嚢を、針の股の間に挟み込むことによって、容易に除去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の水晶体前嚢切開刀は、把持部と、把持部から延出した針状部材を有する。把持部は、切開器具を用いる施術者が手で把持する部分である。したがって、握りやすい形状にされていればよく、特にその形状や大きさは限定されない。注射針を切開刀の針状部材として用いる場合には、シリンジを把持部として用いることもできる。
【0009】
本発明の水晶体前嚢切開刀の針状部材は、把持部から延出している。針状部材の材質は、通常は金属(例えばステンレス鋼)である。針状部材の表面(特に、針状部材の先端の表面)は、可視光を反射させにくいことが好ましい。前嚢を切開するときに、切開部を視認しやすくするためである。可視光の反射を抑制するには、NGなどの表面処理を施せばよい。
【0010】
針状部材は、例えば27ゲージ〜30ゲージの針である。針状部材の針の太さが細いと、角膜と前嚢との間に針先端を挿入しやすくなるので好ましいが、強度が下がるので切開の操作性が低下することがある。
【0011】
本発明の水晶体前嚢切開刀の針状部材の先端部は屈曲されている。例えば、先端から0.1〜1mm程度を屈曲させればよい。より具体的には、針状部材を27ゲージ針(例えばテルモ社製 27ゲージ針)とした場合にはベベル部分の1/4程度を屈曲させればよく、30ゲージ針(例えばニプロ社製、30ゲージ針)とした場合にはベベル部分の1/3程度を屈曲させればよい。
【0012】
針状部材の先端部の屈曲部から先端までの距離が短すぎると、前嚢切開の操作において針状部材の先端部以外の部分が、前嚢に接触してしまうので操作性が低下することがある。また、屈曲部から先端までの距離が長すぎると、前嚢切開の操作において角膜と前嚢の間に針状部材を挿入させにくくなることがある。
【0013】
針状部材の先端部の屈曲角度は、約45〜90°であることが好ましい。切開における操作性を向上させるためである。
【0014】
針状部材の先端は、2股または3股以上のマルチの股にされていることを特徴とする。図1には、針状部材の先端を二股にした例が示される。股と股の距離dは、通常は針状部材の針の太さの1.5倍以下、好ましくは1倍以下であり、更に狭くてもよい。水晶体前嚢切開刀は、角膜と前嚢との間に挿入して用いるため、その挿入を容易にする必要がある。針状部材の先端の股の距離dが大きいと、この挿入が困難になることがある。
【0015】
また針状部材の先端の股の数が多いと、後述するように、前嚢へ引っ掛かりやすくなるため切開の操作性が向上する。しかしながら股の数が増えれば、股の距離も長くなりやすいので、角膜と前嚢との間への挿入がしにくくなる恐れがある。
【0016】
針状部材の股の高さhは、股同士で同じにされていてもよく、操作性を考慮して股によって異なっていてもよい。例えば、施術者が切開刀を右手または左手で把持するのか、前嚢を時計回りまたは半時計回りに切断するのか、によって各股の高さを調整してもよい。
【0017】
さらに、図1に示されるように前嚢の切開操作の向上のため、針状部材は、その先端から把持部側に1〜2mm(距離L参照)手前で屈曲されていることが好ましい。屈曲部の先端からの距離Lは、角膜の大きさと、眼球の位置などに応じて適宜選択されるが、ヒトの治療に用いる場合は、約1.2mmである。屈曲される角度θ2は、約30〜60°であることが好ましい。また、針状部材の屈曲は、先端部の屈曲と比較すると容易であるので、施術者自身が、患者の状態に応じて適宜行ってもよい。
【0018】
本発明の水晶体前嚢切開刀の針状部材は、把持部に交換可能に配置されて、ディスポーザブルにされていてもよい。例えば把持部をシリンジ、針状部材を注射針として、通常の注射器と同様に、針を交換可能に配置する。
【0019】
図1には、本発明の水晶体前嚢切開刀を製造する手順の例が示されるが、もちろんその手順は特に限定されない。
図1Aには、通常の注射器が示される。切開刀の把持部をシリンジ1としている。注射針2は、27ゲージ〜30ゲージの注射針とされている。注射針2の先端部2−1をベベル部分と称する。図1Bには、ベベル部分2−1の一部を二つにカットして、二股(2−2,2−2’)にした状態が示される。図1Cには、股にした部分を含めて、ベベル部分の一部(先端から1/3〜1/4)を屈曲させた状態が示される。屈曲角度θ1は45〜90°とすればよい。図1Dには、針状部材2の先端から1〜2mm(図中Lの距離)の部分を屈曲させた状態が示される。屈曲角度θ2は30〜60°とすればよい。
【0020】
針状部材の先端の股と股の距離dは、通常は注射針2の太さの1.5倍以下、好ましくは1倍以下である。距離dが大きすぎる場合には、圧力を加えて縮めてもよい。また、先端の屈曲部の高さhは、約0.1〜1mmであればよい。
【0021】
図2には、本発明の水晶体前嚢切開刀を用いて、水晶体前嚢を切開している様子が示される。図2Aは、眼球を正面から見た図であって;図2Bは、眼球の断面を見た図である。図2Bは針状部材2が、前嚢3と角膜6との間に挿入している状態を示す。
【0022】
図2Aには、水晶体前嚢切開刀を用いて、図中点線に沿って、前嚢を矢印方向に切開している状態が示される。前嚢は角膜で覆われているので、まず切開刀を角膜と前嚢の間に挿入する必要がある。挿入を容易にするため、切開刀の針状部材、特にその先端を細くすることが好ましい。よって、本発明の切開刀の針状部材の先端は、股(図では二股)にされているが、その股の間の距離をできるだけ短くしている。
【0023】
図2Aに示されるように、切開刀の針2の先端で前嚢3を引っかけて亀裂をつけた後、前嚢3を針2で捲るようにして、円形状の切断線(図中点線)にそって前嚢を切断していく。そして切断された前嚢(前嚢フラップ)3−1を折り畳む。この切断と折り畳みを繰り返しながら、連続円形切嚢を形成する。切断線が虹彩5の方へ(外側へ)ずれないようにする必要がある。前嚢3を切断することにより水晶体4を露出させ、露出された水晶体4を超音波などで粉砕し、粉砕された水晶体4を吸引して除去することができる。
【0024】
したがって切開刀の針2の先端は、前嚢に引っ掛かりやすいことが重要である。従来は、切開刀の針状部材の先端が、一点で前嚢に引っ掛かっていたので、前嚢に引っ掛かりにくく「滑り」が生じやすかった。
【0025】
一方、本発明の水晶体前嚢切開刀は、図2Bに示されるように切開刀の針状部材2の先端が股(図2では二股2−2と2−2’)になっているので、前嚢3を多点で支持することができる。そのため針状部材2の先端が前嚢に引っ掛かりやすく、かつ操作が安定する。そのため、前嚢切開縁が外側に流れた場合であっても、修正して円形に切断しやすくなる。また円形状に切断された前嚢3を、針状部材の先端の股に挟み込むことにより、容易にとりだすことが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の切開器具は、水晶体の摘出手術などの、水晶体前嚢を切開する手術において用いられ、より安全かつ迅速な手術が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の水晶体前嚢切開刀を製造する手順の例を示す図である。
【図2】本発明の水晶体前嚢切開刀を用いて、前嚢を切開して、連続円形切嚢を形成する様子を示す図である。
【符号の説明】
【0028】
1 把持部
2 針状部材
2−1 針状部材の先端部
2−2 針状部材の先端部の股
3 前嚢
3−1 前嚢フラップ
4 水晶体
5 虹彩
6 角膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
把持部、および前記把持部から延出し、先端が屈曲されている針状部材を有する水晶体前嚢切開刀であって、
前記針状部材の先端が、二股また三股以上のマルチの股にされている、水晶体前嚢切開刀。
【請求項2】
前記針状部材の先端は45〜90°屈曲されている、請求項1に記載の水晶体前嚢切開刀。
【請求項3】
前記針状部材は、27ゲージ〜30ゲージの針である、請求項1または2に記載の水晶体前嚢切開刀。
【請求項4】
前記股の間の距離は、前記針状部材の針の太さ以下である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の水晶体前嚢切開刀。
【請求項5】
前記針状部材は、前記先端から1〜2mmの部位で屈曲しており、当該屈曲角度が30〜60°である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の水晶体前嚢切開刀。
【請求項6】
前記針状部材が交換可能である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の水晶体前嚢切開刀。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−307297(P2008−307297A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−159411(P2007−159411)
【出願日】平成19年6月15日(2007.6.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第46回日本白内障学会総会/第22回日本眼内レンズ屈折手術学会総会 プログラム・講演抄録集 平成19年5月31日発行(松山赤十字病院眼科,愛媛大学医学部眼科学教室)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)