説明

水溶性エラスチンのナノ粒子の製造方法と該ナノ粒子からなる皮膚透過性担体

【課題】水溶性エラスチンのコアセルベート液滴の技術を更に展開し、経皮投与のDDSとして利用できる皮膚透過性担体を提供すること。
【解決手段】薬物を担持し得る水溶性エラスチンのナノ粒子、好ましくは、粒径が40nm〜400nmの範囲、更に好ましくは、粒径が80nm〜220nmの範囲にあるナノ粒子からなる皮膚透過性担体。かかる担体は、水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に、放射線を、例えば、5〜60kGy照射して、ナノオーダーの粒径をもつ粒子を得る方法によって製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性エラスチンのナノ粒子の製造方法と、得られたナノ粒子からなり薬物等を担持することができる皮膚透過性担体に関する。
【背景技術】
【0002】
薬物を目的の部位に効率よく作用させるシステムであるドラッグ・デリバリー・システム(DDS)は、投与方法により経口投与、経肺投与、経皮投与、静脈注射などに分類される。経口投与は、投与法の中でも簡便であるが、消化管粘膜のバリアーがネックとなっており、透過機構に着目した研究や受容体を介在した吸収方法などが研究されている。経肺投与は、最も非浸襲的といわれており、液体や噴霧乾燥粉末の吸入剤の研究と共に、より効率的なネブライザーなどの開発も行われている。経皮投与は、既に実用化されたものも存在するが、タンパク質医薬品はほとんど皮膚を透過しないため、透過を促進する超音波やイオントフォレシスなどと組み合わせて利用されることが多い。静脈注射は、抗原性の消失や血中滞留性の増大を図る目的で、タンパク質医薬品をポリエチレングリコール(PEG)で修飾して利用する。また、これらのDDS担体として、生体由来であるリポソームやPLGA(乳酸・グリコール酸重合体)を素材としたナノ粒子も研究されている。
【0003】
経皮投与は、経口投与に比べ肝代謝を避けることが可能で、静脈注射に比べ患者への供給がより簡便である理由から、多くの利点を持っているが、角質層や皮膚バリアーのような内因性の機構により、高分子量の物質は低分子量の物質に比べて皮膚へ浸透させることが難しいとされている。しかし、投与した物質が腫瘍などの病巣部に選択的に補足され、長期に亘り留まりやすくなるEPR効果は、低分子の物質よりも高分子の物質のほうが期待でき、高分子の物質を皮膚へ透過させることは大きな利点となる。
【0004】
他にも物質が皮膚へ浸透する要因として、物性や粒径などがある。脂溶性の物質の方が水溶性のものに比べ浸透を示しやすく、また粒径が200nm以下の粒子は皮膚に浸透し、経皮製剤や機能性化粧品への応用が期待できるが、100nm以下の粒子は細網内皮系組織による貧食(RES)効果によりマクロファージなどに捕食されるため、血中滞留性は低い。
【0005】
一方、本発明者らは、生体高分子であるエラスチンに着目し、その薬物担体としての応用を検討してきた。エラスチンは、動物の大動脈や項靭帯や皮膚などの主要な構成成分である。また魚類の動脈球などの主要な構成成分でもある。エラスチンは、不溶性だが酸やアルカリ処理によって可溶化される。その可溶化エラスチンは水溶液中においてコアセルベーションと呼ばれる現象を引き起こす。これは、エラスチン水溶液を体温付近まで加熱すると白濁し、そのまま放置すると透明な平衡溶液と淡黄色の高粘性なコアセルベートの2層に分離し、冷却すると元の均一溶液に戻るという可逆的な一連の現象のことをいう(特許文献1、2参照)。本発明者らは、このコアセルベーション時に形成されるコアセルベート液滴に着目し、これにγ線を照射することでより安定なナノ粒子を作製することに成功した。そして、本発明者らは、かかるナノ粒子のDDS担体としての利用に着目してきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−45722号公報
【特許文献2】特開2009−219422号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、水溶性エラスチンのコアセルベート液滴の技術を更に展開し、経皮投与のDDSとして利用できる皮膚透過性担体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に様々な条件でγ線照射を行うことで粒径の異なるナノ粒子を作製しγ線照射条件の違いによる影響を調べ、粒径が10〜1000nmの範囲のナノ粒子が得られることを知見し本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、薬物を担持し得る水溶性エラスチンのナノ粒子からなる皮膚透過性担体である。水溶性エラスチンのナノ粒子の粒径が、40nm〜400nmの範囲にあるもの、特に80nm〜220nmの範囲にあるものが好ましい。
【0010】
そして、本発明の他の態様は、かかる担体の製造方法に係るものであり、水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に放射線を照射し、ナノオーダーの粒径をもつ粒子を得ることを特徴とする水溶性エラスチンのナノ粒子の製造方法である。照射する放射線量としては、5〜60kGyの範囲が好ましい。
【発明の効果】
【0011】
経皮投与は、経口投与に比べ肝代謝を避けることが可能で、患者への供給がより簡便である理由から、多くの利点を持っているが、角質層や皮膚バリアーのような内因性の機構により、高分子量の物質は低分子量の物質に比べて皮膚へ浸透させることが難しいとされている。しかし、本発明の水溶性エラスチンのナノ粒子を用いると、投与した物質が腫瘍などの病巣部に選択的に補足され、長期に亘り留まりやすくなるEPR効果は、低分子の物質よりも高分子の物質のほうが期待できるので、経皮投与方法によるDDS製剤として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ミニブタ皮膚組織標本をヘマトキシリン・エオシン(HE)染色した図。
【図2】ミニブタ皮膚組織標本をエラスティカ・ワンギーソン(EVG)染色した図。
【図3】ミニブタ皮膚組織標本をマッソン・トリクローム(MT)染色した図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
水溶性エラスチンを得る方法・手段は色々と提案されている。好ましいのは、本発明者が提案した下記の方法である(特開2007−45722号公報(特許文献1)参照)。
【0014】
第1の方法は、動物性生体組織からコラーゲンやその他の不要タンパク質の除去処理を行って不溶性エラスチンを得、次いでこの不溶性エラスチンをシュウ酸等の酸性可溶化液、又は水酸化ナトリウム等のアルカリ性可溶化液に浸漬・溶解させ、水溶性エラスチンを製造する。コラーゲンやその他の不要タンパク質の除去処理は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの少なくともいずれか一つを含むアルカリ性溶液であって、このアルカリ性溶液中に添加した水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの総量を、1Lあたり0.05〜0.5molで90〜105℃としたアルカリ性溶液中に、動物性生体組織を5〜60分間浸漬して行うのが好ましい。また、コラーゲンやその他の不要タンパク質の除去処理に際しては、アルカリ性溶液による処理の前に、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化バリウムの少なくともいずれか一つを含む塩溶液に、動物性生体組織を浸漬させる浸漬処理(前処理)を行うのも好ましい。
【0015】
動物性生体組織としては、特に制限はないが、エラスチンの含量が多い点で、豚、馬、牛、羊などの哺乳動物から得られた項靱帯や大動脈血管を使用することが好ましい。またエラスチン含量の多い魚類の動脈球などを使用しても良い。動物性生体組織は、先ず、ホモジナイザーを用いてホモジナイズするのが良い。ホモジナイズはミキサー、ミートチョッパーなど動物性生体組織を細断できれば良く、好ましくは3ミリメートル角以下、さらに好ましくはペースト状に細断できる器具を用いると良い。細断した動物性生体組織の粒が小さいほど、コラーゲンやその他の不要なタンパク質の除去効率を上げることができるので好ましい。ホモジナイズした動物性生体組織は、例えば、熱水又は熱希薄アルカリ水溶液で煮沸するか、もしくは有機溶媒で処理することによって脱脂処理を行っても良い。
【0016】
前記可溶化液としては、シュウ酸、蟻酸、酢酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、安息香酸、ベタイン、ジフルオロ酢酸、トリフルオロ酢酸、リン酸、スルファミン酸、過塩素酸、トリクロロ酢酸の少なくともいずれか一つを含む酸性溶液が用いられる。そして、この酸性溶液の酸の総量は、1Lあたり0.05〜5molとし、かつ、液温を90〜105℃とするのが好ましい。
【0017】
前記可溶化液は、また、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの少なくともいずれか一つを含むアルカリ性溶液であっても良い。このアルカリ性溶液中に添加した水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムの総量を、1Lあたり0.05〜5molとし、かつ、液温が90〜105℃のアルカリ性溶液とするのが好ましい。
【0018】
第2の方法は、動物性生体組織の不要部分の除去処理、動物性生体組織の脱脂処理、動物性生体組織の細断処理、塩による不要タンパク質の除去処理の少なくともいずれか一つを含む前処理工程と、前処理された動物性生体組織をアルカリ性溶液に浸漬してコラーゲンやその他の不要タンパク質を濾別するアルカリ抽出工程と、アルカリ抽出工程後の残渣をアルカリで溶解するアルカリ溶解工程を所定回数繰り返し、濾別により水溶性エラスチンを含む濾液を得る濾液回収工程と、濾液から水溶性エラスチンを生成する水溶性エラスチン生成工程とを順次行って水溶性エラスチンを製造する方法である。前記アルカリ溶解工程で用いるアルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウムのいずれか一つ又は混合物が好ましい。
【0019】
この操作は、前記の、組織からコラーゲンやその他の不要タンパク質を除去して不溶性エラスチンを得て、次いで、この不溶性エラスチンを可溶化して水溶性エラスチンを得る第1の方法とは異なり、組織から不溶性エラスチンを得ることなく、直接水溶性エラスチンを得る方法である。即ち、1Lあたり0.05〜0.5molで90〜105℃としたアルカリ性溶液中に、脱脂、細断、塩処理した動物性生体組織を5〜60分間浸漬し、エラスチン以外のコラーゲンや不要タンパク質を除去した処理組織を得、次いで、この処理組織を1Lあたり0.05〜5mol(アルカリ液の濃度がより高濃度)で90〜105℃のアルカリ性溶液中に5〜240分間(時間がより長い)浸漬して溶解し、水溶性エラスチンを得る方法である。
【0020】
前記のごとく第1又は第2の方法で得られた水溶性エラスチンは、次いで、それを、例えば、透析処理することによって低分子量のものを除去して、本発明で好ましく用いられる比較的高分子量の水溶性エラスチンが得られる。
【0021】
得られた水溶性エラスチンは、濃度0.1〜60mg/mlの範囲で広域緩衝溶液(pH1.0〜11.0)の溶媒でそれぞれ調整し、昇温速度0.1〜40℃/minで加熱することにより、コアセルベート液滴を形成することができる。そして、水溶性エラスチンの水溶液の濁度を5〜80℃の温度範囲で測定することによって、コアセルベート液滴の生成を確認することができる。
【0022】
前記のようにして得られたコアセルベート液滴に、放射線、例えば、Co−60γ線照射装置によってγ線を照射すればよい。照射条件としては、照射温度は20〜80℃、照射量は5〜60kGy程度が適当である。得られるナノ粒子の粒径は、40nm〜400nmの範囲にあるもの、特に80nm〜220nmの範囲にあるのが好ましい。
【実施例】
【0023】
本実施例では、ブタ大動脈由来水溶性エラスチンのナノ粒子をγ線照射により作製し、ミニブタの皮膚への浸透実験を行うことにより、本来皮膚への浸透が見られない高分子量タンパク質が皮膚中へ浸透することを示した。
【0024】
[ブタ由来水溶性エラスチンの作製]
1)ブタ由来不溶性エラスチンの単離
以下の手順に従ってブタ大動脈脱脂組織からNaCl可溶及びNaOH可溶の不要タンパク質を抽出した。
【0025】
ブタ大動脈脱脂組織(生体組織)を用い、前処理として付着している脂肪や筋肉などエラスチン含量の低い部分を、刃物などを用いて削ぎ落とすことで不要部分の除去処理を行い、その後、アセトン処理や熱水又は熱希薄アルカリ処理などの脱脂工程を行った。次いで、脱脂した生体組織を、ホモジナイザーを用いてホモジナイズすることで細断処理を行った。ホモジナイズした生体組織を、重量の約10倍容量の1M塩化ナトリウムを加え、室温で1時間攪拌してNaCl可溶の不要タンパク質の除去工程を行った。そして、生体組織とNaCl溶液とを分離した。分離したNaCl溶液を、例えば、ビューレット法にて総タンパク質の定量を行い、NaCl溶液中に含まれる総タンパク質量が0.1mg/mL以下になるまで、この操作を5回繰り返し、その後蒸留水で洗浄し、遠心分離(3000rpm、5分)により水切りした。
【0026】
次いで、脱脂した生体組織の重量に対して約10倍容量(重量1g当たり10ml)の0.1N水酸化ナトリウム水溶液を加え、100℃で15分間攪拌し、コラーゲンやアルカリ可溶の不要タンパク質を除去する工程を行った。そして、生体組織とアルカリ性溶液とを分離した。分離したアルカリ性溶液を、例えば、ビューレット法にて総タンパク質の定量を行い、アルカリ性溶液中に含まれる総タンパク質量が0.1mg/mL以下になるまで、この操作を5回繰返した。その後、酢酸を加えて中和し、遠心分離(5000rpm、20分)により洗浄し、残渣を乾燥して不溶性エラスチンを得た。
【0027】
2)ブタ由来水溶性エラスチンの調製
ブタ由来不溶性エラスチンの乾燥重量の10倍容量の0.5Nの水酸化ナトリウムを加え、100℃で30分撹拌した。反応後、溶液を速やかに氷冷し酢酸で中和した。その後、分子量6,000〜8,000以上を分画する透析膜を用いて1週間透析した。その後、凍結乾燥し比較的高分子量のブタ由来水溶性エラスチンを得た。
【0028】
[水溶性エラスチンの分子量と濁度測定]
得られた水溶性エラスチンについて非還元条件下でSDS-PAGEを行い、分子量分布を調べた。ゲル濃度は15.0%、染色法はCBB、分子量マーカーにはタンパク質分子量マーカー「第一」・IIを用いた。その結果、分子量分画6,000〜8,000カットの透析膜を用いたため、分子量8,000以上の比較的高分子量の水溶性エラスチンが得られた。平均分子量は252kDaであった。
【0029】
水溶性エラスチンを濃度2.2mg/mlに調整後、ペルチェ式温度コントローラー付き分光光度計(JASCO: V-560)を用い窒素気流下で濁度測定を行った。測定条件は、波長400nm、温度範囲5〜65℃、温度上昇速度0.5℃/minとした。その結果、温度上昇に連れて濁度の上昇がみられた。また、25℃付近から40℃付近までシャープな立ち上がりをみせた。その後40℃付近から濁度強度は一定となった。
【0030】
[γ線照射によるナノ粒子の作製]
先ず、150nm前後のナノ粒子を作製するのに最適な、γ線照射時の溶液濃度を検討するため、水溶性エラスチンを10mlバイアル瓶に各濃度(2.0mg/ml、5.0mg/ml、10mg/ml)に調整して、温度上昇速度は20℃/minで加熱し、照射温度は60℃、照射量は10kGyでγ線照射を行った。
【0031】
[粒径測定]
γ線照射によって架橋されたナノ粒子の粒径測定には、NICOMP(Imaging Technology Group、380ZLS)を用い、動的光散乱法(DLS)により行った。各サンプルを3.0mlセルに入れ、セル内の温度を4℃、37℃、60℃に設定し各々8分ずつ測定を行った。γ線を照射した各濃度の水溶性エラスチンの、4℃、37℃、60℃における粒径を表1に示した。照射条件は、照射量10kGy、温度上昇速度20℃/min、照射温度60℃であった。
【0032】
【表1】

【0033】
表1より、2.0mg/ml、10mg/mlの濃度では温度による粒径の変化が大きく、5.0mg/mlの濃度では、どの温度でも100〜150nm程度の粒径を維持しており、今回の目的である150nm前後の粒径を持つナノ粒子を作るのに最適な濃度は、5.0mg/mlであることがわかった。
【0034】
[作製したナノ粒子の収量・収率]
5.0mg/mlに調整した水溶性エラスチン150mlの、γ線照射によって得られたナノ粒子の収量は0.345g、収率は46.0%であった(水溶性エラスチン0.750gを100%としたときの収量と収率)。
【0035】
[ブタ由来水溶性エラスチン及びナノ粒子のH標識化]
以下の方法により、水溶性エラスチンから作製したナノ粒子及び水溶性エラスチンのH標識化を行った。
【0036】
[H標識水溶性エラスチンの作製]
水溶性エラスチン200μgをシリコナイズドエッペンに秤量し、これにTFEを60μl加え、ピリジンを250μl加え、更に、[H]無水酢酸をトルエン250μlに放射能が5.0mCiになるよう混合したものを加えた。室温で4時間静置し、次いで、遠心分離で沈殿させ、窒素気流下で溶媒を飛ばした。残渣をTFEに溶解させ、PBS1.0mlを加えたのち、ソニケーターとボルテクスで攪拌し、上記の水溶性エラスチンのH標識反応溶液を得た。PBS10ml、2.0mg/10mlの未標識エラスチン500μl、PBS10mlの順番で前処理し、次いで、4℃のPBSをカラム担体が十分冷えるまで流して前処理したSephadex G-25ゲルろ過クロマトグラフィーカラムに、上記の水溶性エラスチンのH標識反応溶液を流した。そして、次に、PBS1.0ml、1.0ml、3.0mlを順に流した。H標識アセチル−水溶性エラスチン3.0ml(3フラクション×1.0ml)の分画を採取した。得られたH標識アセチル-水溶性エラスチンの放射活性は141μCi/mgであった。
【0037】
[H標識ナノ粒子の作製]
ナノ粒子200μgをシリコナイズドエッペンに秤量し、これにTFEを60μl加え、ピリジンを250μl加え、更に、[H]無水酢酸をトルエン250μlに放射能が5.0mCiになるよう混合して加えた。室温で4時間静置し、遠心分離で沈殿させ、窒素気流下で溶媒を飛ばした。更に、遠心分離(10,000 rpm、4℃、10min×3回)で洗浄して、残渣にPBSを500ml加え、遠心分離(10,000 rpm、4℃、10min×3回)で洗浄し、残渣にPBSを500μl加えて、H標識アセチル−ナノ粒子500μlを得た。得られたH標識アセチル−ナノ粒子の放射活性は、9.30μCi/mgであった。
【0038】
[H標識水溶性エラスチン及びH標識ナノ粒子の放射能]
H標識アセチル−水溶性エラスチン、及び、H標識アセチル−ナノ粒子の放射能を表2に示した。塗布量当たりの放射能で比較した場合、H標識アセチル−ナノ粒子の放射能がH標識アセチル−水溶性エラスチンの約0.4倍であることがわかった。
【0039】
【表2】

【0040】
[ミニブタ皮膚組織へのH標識水溶性エラスチン、及び、H標識ナノ粒子浸透実験]
ミニブタ皮膚組織を室温で解凍し、5cm 平方にカット後、70%エタノールを含ませた脱脂綿で皮膚表面を軽く拭き、培養液10mlを入れたディッシュに2枚ずつ浮かべた。ディッシュに浮かべたそれぞれの皮膚上に、H標識アセチル−水溶性エラスチン、及び、H標識アセチル−ナノ粒子を50μl(各々20μg、3.3μg)ずつ塗布後、37℃の炭酸ガスインキュベーター内に静置した。塗布後0h、9h、24hで、7mmパンチとハンマーを用い、塗布部位を打ち抜き回収した。同様の条件で、サンプルを何も塗布しなかったものをcontrolとして回収した。
【0041】
[ミクロトームによるミニブタ皮膚組織の標本作製]
回収した皮膚サンプルを10%ホルマリンに一晩つけ、流水水洗を5h行った。その後以下の方法により脱水作業を行った。
【0042】
サンプルを順次、70%エタノールに入れ(90min、37℃)、80%エタノールに入れ(90min、37℃)、90%エタノールに入れ(90min、37℃)、100%エタノールに入れ(90min×4、37℃)、100%キシレンに入れ(30min×3、37℃)脱水し、次いで、パラフィンに入れ(45min×3、63℃)、そして、パラフィンバス(PB−150)に入れサンプルを包埋した。
【0043】
無処置の皮膚サンプルについては、SAKURA ETPにより、全自動で同様の作業を行った。
また、脱水を終えたサンプルは、Tissue-TekIII(Dispensing Console、Cryo Console)を用いてパラフィン包埋を行った。包埋を行ったサンプルの薄切面を滑らかにし十分に冷やしたのち、ミクロトーム(Reichert-Jung, 2030 BIOCUT)を用いて、8μmの厚さにサンプルを時間別に3枚ずつ薄切し、水に浮かべてスライドガラスにすくい取り、伸展機でパラフィンを伸ばした。十分に伸ばし乾燥させたのち37℃で一晩静置した。
【0044】
[オートラジオグラフィーによるH標識サンプルの確認]
37℃で一晩静置したサンプルを、3層用意した100%キシレンに5minずつ、その後100%、99%、95%、85%、75%エタノールに順次浸け、脱パラフィンを行った。脱パラフィンを終えたサンプル(無処置のものを除く)を、暗室で45℃の乳剤(KODAK Autoradiography Emulsion Type、NTB:蒸留水=1:1)に浸け、軽く乳剤を落としたのち、シリカゲルを入れたケースに横に立てて並べ、蓋を閉めビニルテープと黒ビニル袋で遮光し、4℃で3週間静置した。3週間静置後、サンプルを再び暗室で、室温の現像液(KODAK DEKTOL Developer、貯蔵液:蒸留水=1:1(32〜38℃で混合))に2min、固定用の蒸留水に10min
、定着液(KODAK
Fixer)に5min全て攪拌しながら浸け、その後流水水洗を20min行った。
【0045】
[ミニブタ皮膚組織標本の染色]
以下の方法により、脱パラフィン又はオートラジオグラフィーまで終えたサンプルの染色を行った。脱パラフィンを終えた無処置の皮膚サンプルは、細胞の核を染めるヘマトキシリン・エオシン(HE)染色、エラスチンを染めるエラスティカ・ワンギーソン(EVG)染色、コラーゲンを染めるマッソン・トリクローム(MT)染色の各染色法で処理し、オートラジオグラフィーを行った皮膚サンプルは、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色のエオシンのみの染色で処理した。
【0046】
[ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色]
脱パラフィン化したサンプルを、流水水洗したのち蒸留水に浸け、マイヤー・ヘマトキシリン液を軽くなじませ、その同液に5min浸けた。色出しのための流水水洗を10min行い蒸留水へ浸け、95%エタノールで5倍希釈したエオシンに2min浸け、流水水洗を行った。その後、前記と同様にエタノールとキシレンで脱水してパラフィンに封入した。HE染色した皮膚組織切片の光学顕微鏡(Olympus BX 50)写真を図1の左側に示した。
【0047】
[エラスティカ・ワンギーソン(EVG)染色]
脱パラフィン化したサンプルを、順次、流水水洗したのち蒸留水に浸け、70%エタノールに浸け、レゾルシンフクシンに2〜3h浸け、100%エタノールに浸け、流水水洗後蒸留水に浸け、鉄ヘマトキシリン液(鉄ヘマトキシリン液I:II=1:1)に10min浸け、色出しのための流水水洗を10min行い、蒸留水へ浸け、ワンギーソン液(ワンギーソン液A:B=20:3)に3min浸け、70%エタノールへ入れた。その後、前記と同様に脱水処理をし、パラフィンに封入した。EVG染色した皮膚組織切片の光学顕微鏡(Olympus BX 50)写真を図1の中央に示した。
【0048】
[マッソン・トリクローム(MT)染色]
脱パラフィン化したサンプルを、順次、流水水洗したのち蒸留水に浸け、媒染剤に20min浸け、流水水洗(3min)後蒸留水へ浸け、カラッチヘマトキシリンに1h浸け、流水水洗(10min)を行った。その後、オレンジGに1min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗い、フクシン・ポンソー液に10min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗った。更に、リンタングステン酸に10min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗い、アニリン青に3min浸け、2バット用意した1%酢酸に順次浸け洗い、2バット用意した100%プロパノールに順次浸け洗った。その後、前記と同様に脱水処理をし、パラフィンに封入した。TM染色した光学顕微鏡(Olympus BX 50)写真を図1の右側に示した。
【0049】
[オートラジオグラフィーによるH標識サンプルの浸透確認]
H標識アセチル−水溶性エラスチン、及び、H標識アセチル−ナノ粒子の塗布後、オートラジオグラフィーを行ったエオシン染色の皮膚組織切片の光学顕微鏡(Olympus BX 50)写真を撮影し、その結果を、それぞれ図2と図3に示した。
【0050】
[結果の解析]
HE染色、EVG染色、MT染色の写真(図1)から、表皮を構成する細胞(HE染色)、エラスチン(EVG染色)、コラーゲン(TM染色)が観察された。また、H標識アセチル−水溶性エラスチン塗布後のオートラジオグラフィー(図2)と、H標識アセチル−ナノ粒子塗布後のオートラジオグラフィー(図3)から、以下のことが分かった。
【0051】
H標識アセチル−水溶性エラスチンを塗布したミニブタ皮膚組織(図2)では、図2中の矢印で示すように、塗布後0hで角質層に沈着し始め、9hにおいてほぼ沈着するものの、24h経過しても皮膚中への浸透は殆ど見られなかった。一方、H標識アセチル−ナノ粒子を塗布したミニブタ皮膚組織(図3)では、図3中の矢印で示すように、塗布後0hではH標識アセチル−水溶性エラスチンと同様に、角質層に認められたが、塗布後9hにおいて、角質層上のサンプルの減少につれ表皮への浸透が認められ、H標識アセチル−水溶性エラスチンとの差が確認できた。また、塗布後24hでは表皮全体及び真皮上層にまで浸透した。更に、塗布量50μl当たりに含まれるエラスチン量は、H標識アセチル−水溶性エラスチンが多いにもかかわらず、放射能はH標識アセチル−水溶性エラスチンの約0.4倍と放射活性が低いことから、結果以上にナノ粒子が水溶性エラスチンに比べより皮膚へ浸透している可能性が示唆された。
【0052】
これらの結果から、通常皮膚への浸透が見られない水溶性エラスチンを、γ線照射を行いナノ粒子化することによって皮膚内に浸透させることが確認できた。これはエラスチン自体がナノ粒子として皮膚内に浸透し、皮膚内部で吸収されて皮膚の重要な構成成分になると同時に、エラスチンが新たな経皮投与のDDS担体となりうる可能性があることが示唆された。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬物を担持し得る水溶性エラスチンのナノ粒子からなる皮膚透過性担体。
【請求項2】
水溶性エラスチンのナノ粒子の粒径が、40nm〜400nmの範囲にある請求項1記載の皮膚透過性担体。
【請求項3】
水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に放射線を照射し、ナノオーダーの粒径をもつ粒子を得ることを特徴とする水溶性エラスチンのナノ粒子の製造方法。
【請求項4】
水溶性エラスチンのコアセルベート液滴に照射する放射線が、5〜60kGyの照射量のγ線である請求項3記載の水溶性エラスチンのナノ粒子の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−219427(P2011−219427A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−91952(P2010−91952)
【出願日】平成22年4月13日(2010.4.13)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】