説明

水溶性シリコン加工液

【課題】シリコンの加工において、シリコンと加工液との反応による水素の発生を抑制できる水溶性シリコン加工液を提供すること。
【解決手段】(A)成分として、スルホン酸金属塩を配合してなる水溶性シリコン加工液である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性シリコン加工液に関し、詳しくは、シリコンと加工液との反応による水素の発生を抑制する水溶性シリコン加工液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリコンの加工は、各種半導体製品や太陽電池の製造において、単結晶シリコンインゴットや多結晶シリコンインゴットをスライスしてシリコンウエハを得るウェハ加工などで、広く行われている。
このようなウェハ加工には、一般に、ワイヤーソー加工法が用いられており、被加工物(シリコンインゴット)とワイヤーの摺動面に遊離砥粒を供給しながら溝入れや切断、研磨を行う方式と、ワイヤーの表面に直接砥粒が固着された固定砥粒ワイヤーソーを用いる方式が知られている。従来、この種のシリコン加工液として、加工性能を高めるため、油系の加工液(油をベースとする加工液)が用いられてきた。しかし、そのような油系の加工油を用いると被加工物に付着した油の洗浄が困難であり、また加工油自体が引火する恐れがあるなど、取扱い性や安全性など問題があった。このようなことから、近年では水溶性加工液などの水系の加工液(水をベースとする加工液)が多く用いられるようになった。
ところが、シリコンの加工において水溶性の加工液を用いると、シリコン、特に活性なシリコン粉末(切屑)と水との反応により水素が発生し、また、水溶性加工液にアルカリが存在する場合は、発熱を伴って、さらに水素の発生が加速的に進行して大量の水素が発生する恐れがあることが分かった。
【0003】
このように多量の水素が発生すると、シリコンの加工工程において着火を起こす危険性が高まり、安全な加工作業が確保できなくなる。また、発生する水素(水素ガス)によって加工液中に泡が多量に発生し、加工液としての性能を低下させる現象も生ずる。
このような状況にあることから、シリコンの加工において、水素の発生を抑制できる水溶性加工液の開発が試みられている。
例えば、特許文献1は、過酸化水素など酸化剤を含有する水溶性油剤が、シリコンの切断加工における水素の発生を抑制することを開示している。
しかしながら、過酸化水素は不安定であって短時間で水に分解する。したがって、過酸化水素を含有する加工液は安定して存在し得えず、現実にシリコンの加工工程において安定して水素の発生を抑制する効果は期待できない。
このような背景から、シリコンの加工において、現実に安定的に水素の発生を抑制できる水溶性加工液が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−182901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、シリコンの加工において、シリコンと加工液との反応による水素の発生を抑制できる水溶性シリコン加工液を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、スルホン酸金属塩を配合した水溶性シリコン加工液が、上記目的を有効に達成できることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。
【0007】
すなわち、本発明は、
〔1〕(A)成分として、スルホン酸金属塩を配合してなる水溶性シリコン加工液、
〔2〕スルホン酸金属塩がスルホン酸のアルカリ金属塩である上記〔1〕記載の水溶性シリコン加工液、
〔3〕スルホン酸のアルカリ金属塩が、下記の一般式(I)
【0008】
【化1】

(式中、R1は、炭素数1〜50の炭化水素基、Mは、アルカリ金属を示す。)
で表される化合物、又は下記の一般式(II)
【0009】
【化2】

(式中、R2、R3は、それぞれ独立に、炭素数1〜30の二価の炭化水素基、Xは、炭素数1〜3のアルキレン基もしくは酸素原子を示し、Mは、アルカリ金属を示す。)
で表される化合物である上記〔2〕に記載の水溶性シリコン加工液、
〔4〕さらに、(B)成分として
(b−1):カルボン酸及び塩基性化合物、
(b−2):カルボン酸と塩基性化合物から形成される塩、もしくは
(b−3):前記(b−2)の塩とカルボン酸及び/又は塩基性化合物との混合物
のいずれかを配合してなる上記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の水溶性シリコン加工液、
〔5〕水溶性シリコン加工液のpHが3〜9である上記〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の水溶性シリコン加工液、
〔6〕水溶性シリコン加工液の全量を基準として(A)成分の配合量が0.001〜20質量%、(B)成分の配合量が0.001〜2質量%である上記〔4〕又は〔5〕に記載の水溶性シリコン加工液、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、シリコンの加工において、シリコンと加工液との反応による水素の発生を抑制し得る水溶性加工液を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、(A)成分として、スルホン酸金属塩を配合したことを特徴とする水溶性シリコン加工液である。
スルホン酸金属塩((A)成分)を配合した水溶性シリコン加工液は、シリコンの加工において、加工液が、シリコン、特に、加工工程で発生する活性なシリコンの切屑と反応して水素を発生することを抑制することができる。
【0012】
前記(A)成分のスルホン酸金属塩を形成するスルホン酸としては、特に制限はなく、あらゆるスルホン酸(炭化水素スルホン酸)を用いることができる。例えば、エーテル結合を有していてもよい炭素数1〜80、好ましくは1〜60の炭化水素の1又は2以上の水素原子をスルホン基(−SO3H)に置換えたモノスルホン酸やポリスルホン酸が好ましく、中でも、入手が容易であることから、モノスルホン酸やジスルホン酸が好適に用いられる。
一方、スルホン酸金属塩を形成する金属としては、Na、K,Li等のアルカリ金属、Ca,Mg,Ba等のアルカリ土類金属、Cu等の銅族、Al等のアルミニウム族、Fe、Co、Ni等の鉄族金属が挙げられる。これらの中でも、アルカリ金属、特に、NaやKが好ましい。
【0013】
スルホン酸金属塩として、スルホン酸アルカリ金属塩を用いる場合は、例えば、下記の一般式(I)
【0014】
【化3】

で表されるモノスルホン酸アルカリ金属塩、及び下記の一般式(II)
【0015】
【化4】

【0016】
で表されるジスルホン酸アルカリ金属塩が好ましい。
前記一般式(I)におけるR1は、炭素数1〜50、好ましくは1〜30の炭化水素基を示す。当該炭化水素としては、飽和もしくは不飽和の直鎖状もしくは分岐状の脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基のいずれであってもよい。
また、Mは、アルカリ金属であり、Na、K、Liなどが挙げられ、中でも効果及び入手の容易性の観点からNa及びKが好ましく、特にNaが好ましい。
前記一般式(II)における、R2、R3は、それぞれ独立に、炭素数1〜30、好ましくは1〜20の二価の炭化水素基を示す。当該炭化水素は、飽和もしくは不飽和の直鎖状もしくは分岐状の二価の脂肪族炭化水素基、二価の脂環式炭化水素基、二価の芳香族炭化水素基のいずれであってもよい。
一般式(II)におけるXは、炭素数1〜3のアルキレン基もしくは酸素原子を表す。Mは、一般式(I)と同じである。
【0017】
一般式(I)で表されるモノスルホン酸のアルカリ金属塩の代表例としては、メタンスルホン酸ナトリウム、エタンスルホン酸ナトリウム、プロパンスルホン酸ナトリウム、ブタンスルホン酸ナトリウム、ヘキサンスルホン酸ナトリウム、オクタンスルホン酸ナトリウム、デカンスルホン酸ナトリウム、ドデカンスルホン酸ナトリウム、テトラデカンスルホン酸ナトリウム、ヘキサデカンスルホン酸ナトリウム、オクタデカンスルホン酸ナトリウム、イコサンスルホン酸ナトリウム、α−オレフイン(例えば、炭素数3〜18のα−オレフイン)スルホン酸ナトリウムなどの脂肪族炭化水素スルホン酸ナトリウム(これらの脂肪族炭化水素は、直鎖、分岐のいずれであってもよい)、ベンゼンスルホン酸ナトリウム、トルエンスルホン酸ナトリウム、エチルベンゼンスルホン酸ナトリウム、プロピルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ブチルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ヘキシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、オクチルベンゼンスルホン酸ナトリウム、デシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、テトラデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ヘキサデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、オクタデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、イコシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ナフタリンスルホン酸ナトリウム、アルキル(炭素数3〜8)ナフタリンスルホン酸ナトリウム、石油スルホン酸ナトリウムなどの芳香族炭化水素スルホン酸ナトリウム(置換基のアルキル基は、直鎖、分岐のいずれであってもよい)、シクロヘキサンスルホン酸ナトリウムなどの脂環式炭化水素スルホン酸ナトリウム、及びこれらのカリウム塩及びリチウム塩が例示できる。
また、一般式(II)で表されるジスルホン酸アルカリ金属塩の代表としては、ジナフチルメタンジスルホン酸ナトリウム、オクチルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム、ドデシルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウム、及びこれらのカリウム塩及びリチウム塩が例示できる。
【0018】
本発明においては、(A)成分として、前記スルホン酸のアルカリ金属塩を一種単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
(A)成分の配合量については、水溶性加工液全量を基準として、0.005〜20質量%であることが好ましい。(A)成分の配合量が、0.005質量%以上であれば、活性シリコンと水との反応による水素の発生を抑制することができ、また、(A)成分の配合量が、20質量%以下であれば水溶性加工液の消泡性が悪化する恐れは小さい。(A)成分の配合量は、0.01〜10質量%であることがより好ましく、0.05〜5質量%であることさらに好ましい。
【0019】
本発明においては、さらに(B)成分として、
(b−1):カルボン酸及び塩基性化合物、
(b−2):カルボン酸及び塩基性化合物から形成される塩、もしくは
(b−3):前記(b−2)の塩とカルボン酸及び/又は塩基性化合物との混合物、
のいずれかを配合することが好ましい。
(A)成分とともに(B)成分を配合することにより、加工液を適正なpHに調整することができ、かつ、そのpHを維持することができるため、シリコン加工中の水素の発生をさらに抑制することができる。また、(B)成分を配合することにより、摩擦係数を小さくするなど加工性能を高め、さらに腐食を抑制する効果も得ることができる。
【0020】
上記(b−1)成分におけるカルボン酸としては、炭素数6〜22のカルボン酸が好ましく、炭素数8〜20のカルボン酸がより好ましく用いられる。
炭素数6以上のカルボン酸であれば、加工性能を高め、腐食を抑制する点からも貢献できる。一方、炭素数22以下のカルボン酸であれば、加工液に対する溶解性が良好である。
このようなカルボン酸としては、飽和もしくは不飽和の直鎖状又は分岐状脂肪酸、ヒドロキシ脂肪酸、脂環式カルボン酸、芳香族カルボン酸、脂肪族ジカルボン酸などが挙げられる。
上記カルボン酸の具体例としては、例えば、ヘキサン酸(カプロン酸)、オクタン酸(カプリル酸)、ノナン酸(ペラルゴン酸)、デカン酸(カプリン酸)、ウンデカン酸、ドデカン酸(ラウリン酸)、テトラデカン酸(ミリスチン酸)、ヘキサデカン酸(パルミチン酸)、オクタデカン酸(ステアリン酸)イコサン酸(アラキン酸)等の直鎖飽和脂肪酸、オレイン酸、リノール酸及びリノレン酸等の直鎖不飽和脂肪酸、イソオクタン酸、2−エチルヘキサン酸、イソノナン酸、イソデカン酸及びイソステアリン酸等の分岐飽和脂肪酸、12−ヒドロキシステアリン酸及びリシノール酸等のヒドロキシ脂肪酸、シクロヘキサン酸及び4−メチルシクロヘキサン酸等の脂環式カルボン酸、安息香酸、tert−ブチル安息香酸及びp−ニトロ安息香酸等の芳香族カルボン酸、オクタン二酸(スベリン酸)、ノナン二酸(アゼライン酸)、デカン二酸(セバシン酸)、ドデカン二酸、テトラデカン二酸などの脂肪族ジカルボン酸等が挙げられる。これらカルボン酸は、1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
中でも、イソオクタン酸、2−エチルヘキサン酸、イソノナン酸、イソデカン酸などの分岐飽和脂肪酸やオクタン二酸(スベリン酸)、ノナン二酸(アゼライン酸)、デカン二酸(セバシン酸)、ドデカン二酸、テトラデカン二酸などの脂肪族ジカルボン酸が好ましい。
これらカルボン酸は、1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。例えば、分岐飽和脂肪酸と脂肪族ジカルボン酸を組み合わせて用いることできる。
【0021】
一方、(b−1)の塩基性化合物としては、例えば、アンモニア、アルカノールアミン(アミノアルコール)、もしくはその誘導体、アルキルアミン、ピペラジンなどのアミン化合物、及びアルカリ金属化合物、並びに、前記アミン化合物の誘導体が挙げられる。
前記アルカノールアミンとしては、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、モノ‐n‐プロパノールアミン、ジ‐n‐プロパノールアミン、トリ‐n‐プロパノールアミン、モノイソプロパノールアミン、ジイソプロパノールアミン、トリイソプロパノールアミン、N−メチルエタノールアミン、N−エチルエタノールアミン、N−イソプロピルエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、N,N−ジエチルエタノールアミン、N−シクロヘキシルジエタノールアミン、N−シクロヘキシルジプロパノールアミン、N−ベンジルジエタノールアミン、N−ベンジルジプロパノールアミン、N−ヒドロキシエチルーN,N−ジ(2−ヒドロキシプロピル)アミン等が挙げられる。
また、アルカノールアミン誘導体としては、アルカノールアミンのアルキレンオキシド付加物が挙げられ、例えば、トリエタノールアミンのエチレンオキシド付加物、プロピレンンキシド付加物が例示できる。
これらは1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0022】
前記アルキルアミンとしては、例えば、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、ジプロピルアミン、トリプロピルアミン、ブチルアミン、ジブチルアミン、トリブチルアミン、ヘキシルアミン、シクロヘキシルアミン等が挙げられ、これらは1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
前記ピペラジン化合物としては、N−(2−ヒドロキシメチル)ピペラジン、N−(2−ヒドロキシエチル)ピペラジン、N−(2−ヒドロキシプロピル)ピペラジンなどのN−(2−ヒドロキシアルキル)ピペラジンが挙げられる。
【0023】
前記アルカリ金属化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム及び炭酸水素カリウム等、アルカリ金属、アルカリ土類金属、及び銅族、アルミニウム族、鉄族金属の水酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩などが挙げられる。これらは1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
本発明の(B)成分として(b−1)を用いる場合は、上記カルボン酸1種又は2種以上と塩基性化合物1種又は2種以上を混合して用いる。
【0024】
(B)成分として(b−1)に換えて、(b−2)カルボン酸及び塩基性化合物から形成される塩を用いることができる。この場合の塩は、上記(b−1)で記載したカルボン酸1種又は2種以上と塩基性化合物1種又は2種以上を混合して反応させることによって得られる塩を用いることが好ましい。なお、塩の調製方法については、特に制限はなく、公知の方法で行えばよい。
【0025】
(B)成分として(b−3)、すなわち上記(b−2)で述べた塩とカルボン酸及び/又は塩基性化合物との混合物を用いる場合は、(b−2)の塩と(b−1)のカルボン酸、(b−2)の塩と(b−1)の塩基性化合物、もしくは(b−2)の塩と(b−1)のカルボン酸及び塩基性を配合する。これによって、塩を配合した上で、さらに加工液のpHを調製することができる。
【0026】
本発明における(B)成分の中の、カルボン酸と塩基性化合物との配合比率、および(B)成分全体の配合量については以下のようにすることが好ましい。
基本的には、カルボン酸と塩基性化合物との配合比率は、所定量の(A)成分を配合した後、(B)成分を配合したことによって加工液のpHが3〜9になるように(B)成分の配合量と配合比率を調整する。加工液のpHは、3〜8に調整することがより好ましく、4〜7に調整することがさらに好ましい。
上記のようにカルボン酸と塩基性化合物の両方を配合して、その緩衝作用を利用して加工液のpHを調整することが必要である。カルボン酸のみ、又は塩基性化合物のみを配合してpHを調整すると、緩衝作用が利用されず、循環使用される加工液が変質して、そのpHが変化するため、pHが加工液の適正値を逸脱し、水素の発生を安定的に抑制できない恐れがあるからである。なお、緩衝作用については後述する。
(B)成分の配合量は、上記のとおり、加工液のpHを適正にする範囲で選定すればよいが、通常水溶性加工液全量を基準として(B)成分を0.01〜2質量%の範囲で配合することが好ましい。このような範囲で配合すれば、水溶性加工液pHを適正に制御できるとともに、加工性、腐食性を高める効果を得ることができる。
また、通常カルボン酸の配合量は、0.001〜1.999質量%、塩基性化合物の配合量は、1.999〜0.001質量%の範囲であることが好ましい。
【0027】
本発明における(B)成分のpHを適正に制御する効果については、以下のような作用機構によると考えられる。
本発明では、(B)成分として、「カルボン酸」及び「塩基性化合物」を配合する。これによって、水溶性加工液には弱酸であるカルボン酸と該カルボン酸と塩基性化合物によって形成された塩との混合物が存在することになる。したがって緩衝作用によって、水溶性加工液のpHの変動は抑えられることになると考えられる。このことから、初期段階で水溶性加工液のpHは適正に設定すれば、その後の水溶性加工液のpHの変動が効果的に制御されることになる。
【0028】
本発明においては、水に、(A)成分、又は(A)成分及び(B)成分を配合するとともに、さらに金属不活性化剤を配合することが好ましい。金属不活性化剤としては、イミダゾリン、ピリミジン、チアジアゾール、ベンゾトリアゾール及びそれらの誘導体等が挙げられる。
これらは1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。また、その配合量は、加工液全量を基準として、通常0.01〜5質量%程度である。
【0029】
本発明の水溶性シリコン加工液においては、本発明の目的に反しない範囲で消泡剤、酸化防止剤、および殺菌剤・防腐剤等の公知の添加剤を配合できる。消泡剤としては、シリコーン油、フルオロシリコーン油及びフルオロアルキルエーテル等が挙げられる。酸化防止剤としては、フェノール系酸化防止剤やアミン系酸化防止剤が挙げられる。殺菌剤・防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類(パラベン類)の他、安息香酸、サリチル酸、ソルビン酸、デヒドロ酢酸、p−トルエンスルホン酸及びそれらの塩類、フェノキシエタノール等が挙げられる。
これらの添加剤の配合量は、目的に応じて適宜選定すればよいが、通常これらの添加剤の合計が加工液全量を基準にして、通常0.005〜3質量%程度である。
【0030】
本発明の好ましい態様の水溶性シリコン加工液は、水に、水溶性シリコン加工液の全量を基準として(A)成分を0.001〜20質量%、(B)成分を0.001〜2質量%配合した組成物であるであり、pHが3〜9の加工液である。
なお、これまでに述べた水溶性シリコン加工液は、実際に加工に使用する加工液を示しており、(A)成分、(B)成分(及びその他の添加剤)の配合量は、そのような実際に使用する加工液全量を基準とするものである。
ただし、該加工液は、通常水を含まないか、もしくは水の含有量を少なくして配合した濃縮液の形態(これを「原液」という)で製造し、運搬し、販売され、実際使用する場合に水で希釈する。そして、希釈倍率は、通常2〜10倍程度である。
したがって、本発明の水溶性シリコン加工液の原液を基準とすれば(A)成分、(B)成分等各成分の配合割合は、水の配合は1/2〜1/10になり、(A)成分、(B)成分等各成分の配合割合は増大することになる。
【0031】
本発明の加工液は、シリコンの種々加工に用いられ、例えば、シリコンの切削、研削、研磨に用いられる。中でも、ワイヤーソー(マルチワイヤーソーを含む)やバンドソーを用いて単結晶や多結晶シリコンをワイヤソー加工する際に用いる加工液として好適に用いられる。
【実施例】
【0032】
次に、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、加工液の評価は以下に示す方法で行った。
(1)水素発生実験
ワイヤーソー切断機(「CS−810」、Diamond Wire Technology 社製)を用い加工液1600gを循環させながら、ダイヤモンドワイヤーソー(φ0.25mm)で多結晶シリコンインゴット(□156mm)をシリコンウエハに切断加工した。そして、1回切断後の加工液(切断による活性なシリコン切粉入り)100gを枝付三角フラスコに採取した。次いで三角フラスコ内に発生するガスを水上置換法により捕捉し、3日後の気体の発生量を水素発生量(mL)として測定した。
なお、ワイヤーソー切断機の加工条件は、以下に示すとおりである。
・ワイヤー張力:25±3psi,
・ワイヤー走行速度(平均):340m/min、
・ワイヤー:アライドマテリアル社製PWS0.18、
・ワイヤーたわみ設定:5℃、
・プーリー軸間距離:365mm
(2)pH測定
JIS Z8802により加工液のpHを測定した。
【0033】
実施例1〜4及び比較例1、2
第1表に示した配合材料を用い、第1表に示す割合で混合して加工液を調製し、その性状及び性能を測定した。結果を第1表に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
[注]
※1: 花王社製、「ペレックスSS−L」
※2: WITCO Chem.社製、「Petronate L」
※3: Celanese社製、「ISONONANOIC−ACID」
※4: インビスタジャパン社製、「Corfree M1」
※5: 日本乳化剤社製、「アミノアルコールMDA」
※6: 日本乳化剤社製、「CHE20」
※7: シプロ化成社製、「シーテックBT」
【0036】
第1表より、本願発明である実施例1〜3の水溶性加工液を用いると、水素発生量は非常に少なく40mL以下であることが分かる。これに対して、(A)成分を含まない加工液を用いた場合は、水素発生量は著しく増大し80mL以上である(比較例1,2)。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、シリコンの加工において、シリコンと加工液中の水やアルカリとの反応による水素の発生を抑制できる加工液を提供することができる。したがって、シリコンインゴットの切断などシリコンの切削や、研削、研磨などの加工を安全に実施できる加工液として有効に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)成分として、スルホン酸金属塩を配合してなる水溶性シリコン加工液。
【請求項2】
スルホン酸金属塩がスルホン酸のアルカリ金属塩である請求項1に記載の水溶性シリコン加工液。
【請求項3】
スルホン酸のアルカリ金属塩が、下記の一般式(I)
【化1】

(式中、R1は、炭素数1〜50の炭化水素基、Mは、アルカリ金属を示す。)
で表される化合物、又は下記の一般式(II)
【化2】

(式中、R2、R3は、それぞれ独立に、炭素数1〜30の二価の炭化水素基、Xは、炭素数1〜3のアルキレン基もしくは酸素原子を示し、Mは、アルカリ金属を示す。)
で表される化合物である請求項2に記載の水溶性シリコン加工液。
【請求項4】
さらに、(B)成分として
(b−1):カルボン酸及び塩基性化合物、
(b−2):カルボン酸と塩基性化合物から形成される塩、もしくは
(b−3):前記(b−2)の塩とカルボン酸及び/又は塩基性化合物との混合物
のいずれかを配合してなる請求項1〜3のいずれかに記載の水溶性シリコン加工液。
【請求項5】
水溶性シリコン加工液のpHが3〜9である請求項1〜4のいずれかに記載の水溶性シリコン加工液。
【請求項6】
水溶性シリコン加工液の全量を基準として(A)成分の配合量が0.001〜20質量%、(B)成分の配合量が0.001〜2質量%である請求項4又は5に記載の水溶性シリコン加工液。

【公開番号】特開2011−184561(P2011−184561A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51159(P2010−51159)
【出願日】平成22年3月8日(2010.3.8)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【Fターム(参考)】