説明

水産資材用ポリエステル繊維

【課題】長期使用による品質低下の少ない水産資材用ポリエステル繊維を提供する。
【解決手段】全繰り返し単位の85モル%以上がエチレンナフタレート単位であるポリエステルからなり、下記(1)〜(5)を同時に満足する特性を有する水産資材用ポリエステル繊維とする。
(1)固有粘度が0.63〜0.80
(2)強度が6.0cN/dtex以上
(3)強度と、伸度の平方根の積から計算されるタフネスが25.0以上
(4)総繊度が700〜2100dtex、単糸繊度が10〜25dtex
(5)150℃における乾熱収縮率が2〜8%

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水産資材、特に漁網に適したポリエステル繊維に関し、更に詳しくは腐敗した魚肉が発生する熱や酸による強力の低下の少ない、耐久性の改善された編地コードを製造可能な高伸度、高タフネスの水産資材用ポリエステル繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に水産資材用に用いられる網は、主としてポリエステル、ポリアミド、ポリエチレンなどの合成繊維が使用されている。中でもポリエチレンテレフタレート繊維は比重が大きいために魚網の沈降速度が大きく、特に旋網としての特性に優れること、収縮率が小さいために製網時の寸法変化が小さく編地のコントロールがしやすいこと、コストパフォーマンスが良好であることなど優れた性能を有するため、当分野では広く使用されている。
しかしながら、ポリエチレンテレフタレート繊維を使用した魚網は、使用後に付着した魚肉が腐敗したときに発生するアミノ酸や硫化水素などによって経時劣化が著しい。更に発酵によってかなりの高熱を発生するため、劣化の進行が加速される。
【0003】
さらに乾燥などのため直射日光下に晒されることも多いが、ポリエチレンテレフタレートの耐光性は他の機能素材に比べて不良であり、長期間の使用によって徐々に強力が低下して「小破れ」などが発生する問題がある。
【0004】
魚網の耐久性に対しては、ポリトリメチレンテレフタレート繊維を用いた魚網が提案されているが(特許文献1)、同繊維はガラス転移温度が低く、さらに結晶性の低い繊維であるため、酸、アルカリに弱く、また耐熱性も低いため、上記問題については未だに解決できない。
【特許文献1】特開2004−92007号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる従来技術の欠点を解消し、長期使用による品質低下の少ない水産資材用ポリエステル繊維を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、全繰り返し単位の85モル%以上がエチレンナフタレート単位であるポリエステルからなり、下記(1)〜(5)を同時に満足する特性を有する水産資材用ポリエステル繊維である。
(1)固有粘度が0.63〜0.80
(2)強度が6.0cN/dtex以上
(3)強度と伸度の平方根の積から計算されるタフネスが25.0以上
(4)総繊度が700〜2100dtex、単糸繊度が10〜25dtex
(5)150℃における乾熱収縮率が2〜8%
【発明の効果】
【0007】
本発明の水産資材用ポリエステル繊維は、長期使用による品質低下が少なく、特に魚網などとして優れた性能を発揮するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の水産資材用ポリエステル繊維は、主たる繰り返し単位をエチレンナフタレートとするポリエステルからなる繊維であって、該ポリエステルは本発明の目的を阻害しない範囲、例えば全酸成分を基準として15モル%以下、好ましくは5モル%以下で第3成分を共重合しても良い。好ましく用いられる共重合成分としては、酸成分としてテレフタル酸、イソフタル酸、アジピン酸、セバシン酸などを例示することができる。またグリコール成分としては、トリメチレングリコール、ジエチレングリコール、テトラメチレングリコール、ヘキサメチレングリコール、ネオペンチレングリコール、p−キシレングリコールなどを例示することができる。また上記ポリエステルには、本発明の目的を阻害しない範囲、例えば3重量%以下の範囲で紫外線吸収剤、リン酸、亜リン酸及びそれらのエステルなどの安定剤を添加しても良い。
【0009】
ポリエチレンナフタレートは酸、アルカリなどの化学薬品に対する安定性にきわめて優れ、使用後に魚網に付着した魚肉が腐敗したときに発生する酸成分に対する耐性が高い。更にガラス転移温度が112℃と、一般に使用されているポリエチレンテレフタレート繊維やナイロン繊維に比して高く、腐敗時に発生する熱に対する劣化も生じにくい。特にポリエチレンテレフタレート繊維は高温時の耐化学薬品性に劣るため、使用後は付着した魚肉をきれいに洗浄しない限り強力低下は免れないが、ポリエチレンナフタレート繊維を使用することにより、上記の問題を解決できる。このポリエチレンナフタレート繊維は刺網や曳網などの魚網に限らず、養殖用ネットその他水産加工全般に好適に用いることができる。
【0010】
本発明のポリエステル繊維の固有粘度は0.63〜0.80、好ましくは0.65〜0.75にすることが必要である。固有粘度が0.63以下の場合は耐酸性や耐熱性が不十分であり、本発明の目的を達成し得ない。一方固有粘度が0.80を超えると紡糸時の溶融粘度が著しく上昇するため、口金からの吐出安定性が不良となり、安定した生産が困難である。また最大延伸倍率が低くなるため低強度の繊維しか得られない。
【0011】
ポリエチレンナフタレートは溶融粘度が極めて高いため、溶液重合で得られる固有粘度は0.6台が限界である。従って本発明の固有粘度を得るには溶液重合したチップを固相重合することが必要となる。固相重合は真空容器中でポリマーの融点より少し低い温度に加熱するバッチ式や、反応容器にチップを充填して窒素などの加熱流体を吹き込みながら水分やエチレングリコールを除去する連続式などの方法を採用できる。
【0012】
次に本発明のポリエステル繊維は、強度が6.0cN/dtex以上であることが必要である。強度が6.0cN/dtexより低い場合は魚網として必要な強力を得るためにコードを太くする必要があるため、網重量が増して網さばきが困難になる。強度は高いほど良いが、ポリエチレンナフタレート繊維では9.0cN/dtex以下が製糸安定性を考慮すると適当である。上記強度は、好ましくは6.0〜8.0cN/dtexである。
【0013】
また、強度と伸度の平方根の積で計算されるタフネスが25.0以上であることが必要である。タフネスが低い繊維で製造した魚網は、漁体との衝突による衝撃によって容易に破れやホツレが生じる。従って耐久性のある魚網を得るには、繊維のタフネスは高いほど好ましいが、上記ポリエステル繊維では35が製糸安定性を考慮すると適当である。上記タフネスは、より好ましくは30〜35である。
【0014】
上記ポリエステル繊維の総繊度は700〜2100detx、好ましくは800〜2000dtex、単糸繊度が10〜25dtex、好ましくは10〜20dtexである。総繊度は対象となる漁法や魚種によって適宜選択されるが、魚網の場合は慣例的に277dtex(250デニール)を単位として魚網が構成される。総繊度が700dtexより小さい場合は一定本数の網地を製造するための原糸数が増えるためコストアップとなり、一方、総繊度が2200を越えると網地の硬さや取り扱い性が低下するため好ましくない。また、単糸繊度は10dtexより小さい場合は、耐摩耗性に劣ることのほかに、比表面積が小さくなって耐酸性や耐光性が低下することと、魚網のコシ、ハリが不足するため好ましくない。逆に単糸繊度が25dtexを超えると網地が硬くなりすぎてしまう。
【0015】
本発明においては、ポリエステル繊維の150℃における乾熱収縮率が2〜8%、好ましくは2〜6%であることを要する。熱収縮が小さい繊維は結晶構造が発達しているため、熱や酸、光に対する耐久性が良好となるため、タイヤコードなど通常一般産業資材に用いられるポリエチレンナフタレート繊維よりは小さい収縮を持つ方が本発明の効果に有効である。上記乾熱収縮率が8%より大きいと製網後の熱セット時に目合いのズレが大きくなりやすいため好ましくなく、一方、2%より小さい場合は繊維製造時の熱セット温度が高すぎて強力低下を引き起こす。
【0016】
本発明のポリエステル繊維は、溶融紡糸時に顔料を添加することができる。原着化により染色工程を省略できるためコスト的に有利であるだけでなく、繊維内部まで着色することによって耐光性が向上する。一般に魚網の色相としては黒色や、いわゆるカッチ色が広範に使用される。着色の方法としては、カーボンブラックなどの顔料や染料を高濃度のポリエステルに配合したマスターバッチを原料に混合して溶融、混練する方法が簡便である。上記の顔料または染料の含有量は繊維重量を基準として0.05〜2.0重量%が好ましい。
【0017】
本発明のポリエステル繊維は以下の方法によって製造することができる。すなわち、固有粘度0.60〜0.65の前述したポリエチレンナフタレート系ポリエスエルを235〜240℃で10〜30時間固相重合して固有粘度を0.70〜0.85とし、顔料を添加して、300〜320℃で紡糸し、150〜170℃で、3.0〜5.0倍に延伸する。更に本発明のタフネス、収縮率を得るには、延伸後に3〜10%の弛緩熱処理を施すことが必要である。
【実施例】
【0018】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。なお、実施例における各項目は以下の方法で測定した。
(1)固有粘度
樹脂をフェノールとオルトジクロロベンゼンとの混合溶媒(容量比6:4)に溶解し、35℃で測定した粘度から求めた。
(2)強度
JIS L−1070に準拠し、島津製作所製オートグラフを使用して破断時の強力および伸度を測定した。
(3)乾熱収縮率
JIS L−1013 8.18.2に準じ、温度150℃で測定した。
(4)網地耐久性
実際に魚網を半年間使用し、網地から撚糸コードを取り出して強力維持率を測定した。
【0019】
[実施例1]
固有粘度0.64のポリエチレンナフタレート樹脂を真空下、240℃で固相重合を行い、固有粘度0.76のチップを得た。このチップに赤色染料を中心としたカッチ色の原着マスターバッチを5重量%添加し、エクストルーダーを用いて315℃の温度に溶融し、直径0.6mmで96個の円形の細孔を有する紡糸口金を通して吐出した。ポリマー吐出量は最終延伸糸の繊度が1100dtexとなるように調整した。
【0020】
口金直下に設けた250mmの加熱域を通過させた後、25℃の冷風を吹付けて冷却固化し、キスロールにて紡糸油剤を付与した後、約640m/分の速度で引き取った。
引き取った未延伸糸を一旦巻き取ることなく連続して延伸工程に供給し、170℃に加熱した供給ロール上で予熱した後、全延伸倍率が5.0倍となるように2段延伸した。
延伸した繊維を230℃に加熱した熱セットロールで熱固定した後、冷却ロールとの間で6%の弛緩処理を行い、3000m/分の速度で巻き取った。
【0021】
得られた繊維2本を300回/mの下撚りをかけつつ合糸して管巻きに巻き取った。さらにこの撚り糸を無結節編網機にかけ、370回/mの上撚りをかけながら16本、12節の網地となして、210℃、3分間定長熱セットを施して魚網を作成した。得られた繊維の特性と、網地の耐久性を表1に示す。
【0022】
[実施例2]
固有粘度が0.68のポリエチレンナフタレートチップを使用した以外は、実施例1と同様に魚網を得た。結果を表1に示す。
【0023】
[実施例3〜5]
総繊度が、830dtex、1390dtex及び1900dtexとなるようにポリマー吐出量を調整し、それぞれ72個、120個及び96個の細孔を通して紡糸した以外は、実施例1と同様に魚網を得た。結果を表1に示す。
【0024】
[実施例6]
延伸時の熱セット温度を240℃とした以外は、実施例1と同様に魚網を得た。結果を表1に示す。
【0025】
[比較例1]
固有粘度0.64のポリエチレンナフタレートチップを固相重合せずに使用した以外は、実施例1と同様にポリエチレンナフタレート繊維を製造し、魚網を得た。結果を表1に示す。
【0026】
[比較例2]
固有粘度0.64のポリエチレンナフタレートチップを240℃で50時間固相重合し、固有粘度1.0のチップを得た。紡糸温度を極限まで高くして溶融したが、紡糸工程での糸切れが多発し、延伸ができなかった。
【0027】
[比較例3]
実施例1と同様に紡糸、延伸した後、255℃の熱セットロール上で熱処理し、10%の弛緩熱処理して繊維を得た。結果を表1に示す。
【0028】
[比較例4]
延伸時の熱セット温度が190℃である以外は、実施例1と同様にして繊維を得た。結果を表1に示す。
【0029】
[比較例5]
固有粘度0.64のポリエチレンテレフタレート樹脂を真空下、235℃で固相重合を行い、固有粘度1.02のチップを得た。このチップに赤色染料を中心としたカッチ色の原着マスターバッチを5重量%添加し、エクストルーダーを用いて300℃の温度に溶融し、直径0.6mmで96個の円形の細孔を有する紡糸口金を通して吐出した。ポリマー吐出量は最終延伸糸の繊度が1100dtexとなるように調整した。
【0030】
口金直下に設けた250mmの加熱域を通過させた後、25℃の冷風を吹付けて冷却固化し、キスロールにて紡糸油剤を付与した後、約720m/分の速度で引き取った。
引き取った未延伸糸を一旦巻き取ることなく連続して延伸工程に供給し、100℃に加熱した供給ロール上で予熱した後、全延伸倍率が4.5倍となるように2段延伸した。
延伸した繊維を225℃に加熱した熱セットロールで熱固定した後、冷却ロールとの間で8%の弛緩処理を行い、3000m/分の速度で巻き取った。
【0031】
得られた繊維は、熱セット温度が180℃である点を除いて実施例と同様にして魚網を作成した。得られた繊維の特性と、網地の耐久性を表1に示す。
表1から明らかなように、本発明の魚網は耐酸性、耐熱性に優れ、魚網として優れた耐久性を示した。
【0032】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の水産資材用ポリエステル繊維は、長期使用による品質低下が少なく、特に魚網などとして優れた性能を発揮し、その産業上の利用価値がきわめて高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
全繰り返し単位の85モル%以上がエチレンナフタレート単位であるポリエステルからなり、下記(1)〜(5)を同時に満足する特性を有する水産資材用ポリエステル繊維。
(1)固有粘度が0.63〜0.80
(2)強度が6.0cN/dtex以上
(3)強度と、伸度の平方根の積から計算されるタフネスが25.0以上
(4)総繊度が700〜2100dtex、単糸繊度が10〜25dtex
(5)150℃における乾熱収縮率が2〜8%
【請求項2】
原糸着色されている、請求項1記載の水産資材用ポリエステル繊維。
【請求項3】
請求項1または2記載の水産資材用ポリエステル繊維で編網されたことを特徴とする魚網。

【公開番号】特開2006−291392(P2006−291392A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−113540(P2005−113540)
【出願日】平成17年4月11日(2005.4.11)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】